歩行者の頭部傷害に関する研究方,ais...
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歩行者の頭部傷害に関する研究
自動車安全部 ※民田 博子 山口 知宏 米澤 英樹 元自動車技術評価部 水野 幸治 元成蹊大学 中村 英大
1.はじめに 我が国における全交通事故の全死者数のうち歩行
者の死者は,約 27%を占めており,歩行者保護は重
要な課題と考えられている.交通弱者の死者数を低
減するために多様な交通事故における交通弱者の人
体傷害の発生状況を明らかにする必要がある.本研
究では,最も死亡率の高い歩行者の頭部の傷害発生
の危険度を明らかにすることを目的とし,歩行者事
故分析,マルチボディ解析プログラムMADYMOに
よる車対歩行者衝突のシミュレーション,大人の頭
部インパクト実験を行い,車による頭部傷害の発生
状況,傷害の危険度について検討した.
2.事故分析データ 全国事故統計を用いて歩行者の傷害を年齢別,車
体形状別に検討した.さらに,頭部傷害については
交通事故総合分析センターの事故調査データにより,
衝突位置,傷害程度を調べた. 2.1.歩行者事故分析データ
歩行者の年齢別・死傷者数を図1に示す.死者数
では,就学年齢に達する5歳から6歳にひとつのピ
ークが見られる.その後,40歳ほどから死者数が増
大している.負傷者数においても5歳から 6歳にピ
ークが見られる.これは道路への飛び出し等による
所が大きいと考えられる.死亡率を見ると子供の死
亡率は全体的に低くなっているが,6 歳以下では高
くなる傾向があることがわかる.また,1988 年と
1997年のデータを比較すると子供の死者数,負傷者
数が減少している.これは,子供の人口の減少によ
ると考えられる. 歩行者が事故に遭ったときの死亡率を車の形状別,
歩行者の年齢別に分けて図 2 に示す.6 歳以下,7歳から 12 歳の子供について見るとセダンでは死亡
率がそれほど高くはないが,1BOX,特にSUVでは
死亡率が高くなっていることがわかる.これは,子
供の身長が低いため,バンパーなどの位置関係が大
人と異なることが一因と考えられる.したがって,
子供の歩行者の傷害には,車両前面形状が大きく関
係していると考えられる.また,大人については歩
行者の加齢により死亡率が上がる傾向を示し,65歳
以上では死亡率が急激に増加している.この要因と
して高齢者の衝撃耐性が低いことが考えられる.ま
た,車のクラス別では,SUVや1BOXによる死亡率
が高い.これは,車体形状や剛性によるものと考え
られる. 歩行者の受傷部位を図3に示す.速度の差の影響
を少なくするために,危険認知速度を 40km/h 以下
に限定した.また,歩行者の身長の影響を小さくす
死者数
0
10
20
30 40
50 60
70 80 90
100
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90
年 齢
1988
1997
負傷者数
0
1000
2000
3000
4000
5000
6000
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90
年 齢
1988
1997
図 1 歩行者の年齢別・死傷者数
るため13歳以上とした.この図より,どの車種にお
いても死亡では,頭部が最も頻度の高いことがわか
り,1BOX車では,他のクラスの車に比べて,死者,
重傷者ともに頭部,胸部が加害部位となる割合が高
いことがわかる.したがって,頭部傷害は,歩行者
の死亡,重傷につながる確率が高いため歩行者の被
害軽減をするためには,頭部傷害を分析することが
重要であると考えられる.
2.2. 頭部傷害内容 AIS 3以上と AIS 1,2について頭部への加害部位
および傷害の内容について図 4 に示す.AIS 3 以上
では,頭部傷害のうち脳損傷が主な原因になってお
り,ウィンドシールド,ウィンドシールドフレーム,
Aピラーなどウィンドシールド周りの件数が多くな
っている.このうちウィンドシールドはフレーム近
くのものである.また,1BOX車によるフロントパ
ネルも加害部位として大きな割合を占めている.一
方,AIS 1,2の軽傷では,挫傷や裂傷の占める割合
が高くなっており,ウィンドシールドの占める割合
が多くなっていることがわかる.歩行者の頭部が Aピラーやウィンドフレーム,路面等の剛性の高い部
位に衝突する場合には,頭蓋骨骨折が発生すること
がある.最近の車では短いフード長,ウェッジシェ イプ等,車体前部形状が変わっている.このため,
歩行者の頭部衝突位置も過去にはフードが多かった
が,事故分析により国内の最近の車ではウィンドシ
ールド,Aピラー等の車体後方部位の衝突頻度が多
くなってきている.
3.計算機シミュレーション 車と衝突時の歩行者の挙動,頭部の衝突状況を明
らかにするためには,計算機シミュレーションが有
効である.そこで,マルチボディより歩行者のモデ
ルを作成し,歩行者衝突シミュレーションをおこな
った.
1BOX SUV
セダン
6歳以下
7-12
13-1
5
16-1
9
20-2
4
25-2
9
30-3
4
35-3
9
40-4
4
45-4
9
50-5
4
55-5
9
60-6
4
65-6
9
70歳以上
年 齢
0
5
10
15
歩行者の死亡率(%)
図 2 車のクラス別の歩行者の死亡率
事故
千件
あた
りの
傷害
者数
死亡
腰部 下肢 胸部 頭部
5
10
15
20
0
1BOX
中型セダン
軽乗用車
図 3 歩行者の受傷部位
(全国データ)
事故千件あたりの傷害者数 100
1BOX
中型セダン
軽乗用車
重傷
下肢 頭部 腰部 0
20
40
60
80
胸部
図 4 頭部傷害
路面 フロント
パネル
ウィンド シールド フレーム
ウィンド
シールド
ウィンド シールド フレーム
フロント
パネル 路面
ウィンド
シールドフード
AIS 3以上
0
件数
1
2
3
4
5
6
7
8
Aピラー
AIS 1,2
0
5
10
15
20
25
その他
脳震盪
擦過傷
神経損傷
裂傷
挫傷
頭蓋骨折
血管損傷
脳幹損傷
大脳損傷
脳損傷
フードAピラー
件数
3.1.歩行者モデル
図 5は歩行者モデルである.歩行者事故では高齢
者の死者数が多くなっているため 65 歳の日本人男
性の平均身長,体重に基づいてモデルを作成した.
楕円体によって,接触力,各部の形状を表しており,
各ジョイントには,死体及びボランティア実験から
得られた人体特性に基づいて,モーメント‐回転角
関数を与えたこれにより人体に近い挙動を示すと考 えられる. 3.2.車体形状と歩行者の挙動
大きく形状の異なるボンネット車と1BOX車で歩
行者衝突シミュレーションを行なった.図6に車体
形状と歩行者の挙動を示す.ボンネット車では,下
肢がバンパーとフードエッジによって大きな力を受
けるため,下肢の傷害の危険性が高くなる.上体が
回転して,頭部が高い速度でウィンドシールド下部
と衝突するので,頭部傷害の危険性が高くなる.
1BOX 車では,歩行者全身がほぼ同時に車体に衝突
する.胸部と腰部が直接車の進行方向に衝突するた
め,これら部位の傷害の危険性が大きくなることが
わかる. 3.3.傷害値
シミュレーションより求めた歩行者の傷害値を図
7 に示す.傷害値として頭部傷害基準値 HIC(Head Injury Criteria),胸部,腰部,大腿部の加速度(3ms)
図 6 車体形状と歩行者の挙動
図 5 歩行者モデル
Joint location
Body segment
Mass (kg)
Head 4.7 Neck 1.1 Chest 14.7
Abdomen 3.4Pelvis 9.7 Upper arms 3.2Lower arms 3.6
Upper legs 11.9 Lower legs 5.5 Feet 1.3
Tota 59.0
89
124
390
318
322
278
70
30
1613
mm
1BOX
ボンネット車
加速度(
g)加速度(
g)
加速度(
g)H
IC
HIC
0
500
1000
1500
ボンネット車 1BOX車
胸部加速度(3 ms)
0
20
40
60
80
ボンネット車 1BOX車
腰部加速度(3 ms)
0
20
40
60
80
ボンネット車 1BOX車
大腿骨加速度(3 ms)
0
20
40
60
80
100
120
ボンネット車 1BOX車
図 7 シミュレーションより求めた傷害値
を用いた.加速度(3ms)は,持続時間 3ms にわた
る最大加速度である.1BOX車と歩行者の衝突では,
HICの値がボンネット車より高くなっている.これ
は頭部が剛性の高いウィンドシールドフレームと衝
突したためである.しかし,HICについては頭部が
衝突する部位に強く関連すること,また,路面との
衝突もあることから,車体形状による頭部傷害の危
険性についてはさらに検討が必要であると考えられ
る. また,胸部,腰部加速度については 1BOX 車
の方がボンネット車よりも高くなり,大腿部加速度
についてはボンネット車の方が高くなっている.し
たがって,ボンネット車の方が1BOX車よりも下肢
傷害の危険性が高いが,胸部や腰部傷害の危険性は
低いという結果が得られた. 4.頭部インパクト実験
事故分析と計算機シミュレーションから,歩行者
の頭部はウィンドシールドおよびその回りに衝突す
ることがわかった.しかし,欧州の歩行者保護試験
法(案)では頭部衝突位置はボンネットトップに限定
されている.そこで,ウィンドシールドを含み頭部
インパクト試験をおこなった.特にウィンドシール
ドに関してはウィンドシールド内の位置で頭部の衝
突危険度が異なることを考慮して,ウィンドシール
ド内でフレームからの距離を変えて,HICの分布を
調べた.
4.1.実験方法 歩行者の頭部に対する車体各部の傷害発生の危険
度を明らかにすることを目的として,頭部インパク
ト試験を行った.頭部インパクト実験の状況を図 8に示す.この試験は頭部を模擬したインパクターを
静止させた車にフリーフライト状態で衝突させ,頭
部傷害基準値 HICを測定するものである.実験に使
用した頭部インパクターは,欧州歩行者保護試験法
(案)によるもので,表皮と本体からなり,インパ
クター重心位置で加速度を測定する.衝突角度は,
欧州歩行者保護試験法(案)に基づき水平面から
65°とした.衝突速度は,40km/hである.頭部イン
パクターの質量は 4.8kg である.打撃位置はウィン
ドシールド下部(中央),フード/フェンダー境界,
フードヒンジ,ルーフエッジ(中央),Aピラー(上
端,中央,ベルトライン)で車種は,1990年モデル
の乗用車Aと1999年モデルの軽乗用車 B,乗用車C, 1BOX車Dである.なお,軽乗用車 Bは,メーカー
が歩行者対策をした車である.
4.2.実験結果 試験結果より求めたウィンドシールド内のHIC値
の等高線を図9に示す(なお,ウィンドシールドの
うち上半分は文献(3)による).ウィンドシールドで
は HICが 1000 以下の領域が多くなっている.した
がって,頭部がウィンドシールドと衝突したときは,
全体的に頭部の危険性は低いということがいえる.
しかし,ウィンドシールドでもフレーム,Aピラー
近くでは,頭部がこれらの部位とも接触し,これら
の剛性の影響を受けるため,HICが高い値となって
いる.特に,ウィンドシールドフレームのコーナー
部では HICが 5000 を超える値となっている.
実験結果より求めた車体各部の HICを図 10 に示
す.ウィンドシールドフレーム下部中央,ルーフエ
ッジ中央,フード/フェンダー境界では,軽乗用車
B を除くと,乗用車 Aと乗用車 C 及び 1BOX車 Dではそれほど HIC が変わっていないことがわかる.
A ピラーは,どのモデルでも HICが 4000 を超えて
頭部インパクター
0-1000 1001-2000 2001-3000 3001-4000 4001-5000 5001-
図 8 頭部インパクト実験状況
図 9 ウィンドシールド内の HICの分布
おり,非常に高い値となっている.1990年モデルの
乗用車 Aと1999年モデルの車を比較すると 1999年
モデルの Aピラーでは,HIC 8000,9000といった値
が出ていることがわかる.これは,図 11に示すよう
に Aピラー の構造が乗用車 A (1990)では,Aピラ
ーが 1枚の板からなっているが,乗用車C (1999)では,Aピラーが2層,3層へと変わったことでAピ
ラーによるHICの値が高くなり頭部に重度の傷害を
受ける確率は増加していると考えられる.次に, 図
12 にウィンドシールドフレーム下部(中央),A ピ
ラー(中央),ルーフエッジ(中央),フード/フェ
ンダー境界の4つの打撃位置の荷重変形特性を示す.
図 10 車体各部の HIC
乗用車 A(1990 モデル)
図 11 Aピラー断面
乗用車 C(1999 モデル)
図 12 荷重変形量曲線
ウィンドシールドフレーム下部( 中央)
0 0.05 0.10 0
10
20
30
変形量 (m)
乗用車C (1999)
乗用車A (1990)
軽乗用車B (1999)
1BOX車D (1999)
荷重
(kN
)
0 0.05 0.10 0
10
20
30
変形量 (m)
荷重
(kN
)
A ピラー( 中央)
乗用車A (1990)
軽乗用車B (1999)
1BOX車D (1999)
乗用車C (1999)
乗用車A (1990)
軽乗用車B (1999)
1BOX車D (1999)
乗用車C (1999)
0 0.05 0.10 0
10
20
30
変形量 (m)
ルーフエッジ( 中央)
荷重
(kN
)
0 0.05 0.10 0
10
20
30
変形量 (m)
フード/フェンダー境界
乗用車A (1990)
軽乗用車B (1999)
1BOX車D (1999)
乗用車C (1999)
荷重
(kN
)
乗用車A (1990)
軽乗用車B(1999)
乗用車C (1999)
1BOX車D (1999)
A ピラー
中央 フードヒンジ
フード/ フェンダー
境界
ウィンドシールド フレーム下部
(中央)
0
1000
2000
3000
4000
5000
6000
7000
8000
9000
10000
HIC
AピラA ピラーベルト
ライン
ルーフ
エッジ中央 フー
打撃位置
A ピラー
上端
ウィンドシールド下部(中央)では,軽乗用車B が
他の車種に比べて小さい荷重であり変形量も大きい.
Aピラーでは,どの車においても変形量が小さくな
っているが,特に1999年モデルにおいて最大荷重が
大きくなっていることがわかる.ルーフエッジでは,
ルーフエッジが曲がったため変形量が大きくなって
いる.
HIC と動的変形量(40km/h)を図 13 に示す.図
よりHICと動的変形量には強い関係があることがわ
かる.HICは動的変形量が増加するほど減少してい
る.すなわち,変形スペースが大きいほど,HICは
下がることになる. HIC1000が重傷の閾値になっているためこれ以下
とするには,動的変形量が76mm必要であると考え
られる.この変形量を A ピラーで確保することは,
現時点では困難である.したがって,今後さらに研
究が必要となると考えられる. 5.まとめ
数値シミュレーションと事故データより最近の車
は,車体前部形状の変化により頭部の衝突位置がウ
ィンドシールドおよびその周りに衝突する頻度が高
いことを確認した.また,ボンネット車では下肢,
1BOX 車では頭部や胸部に重度の傷害を受ける頻度
が高いことが確認された. HICはウィンドシールドでは低いが,ウィンドシ
ールドフレームでは高く,最近の車では特に Aピラ
ーの構造変化のため HICが高くなっている. 歩行者保護対策が行われている車では,ボンネット
トップの HICのレベルが下がっている. 変形スペースが大きいほど,HICが下がるため重
傷の閾値である HIC1000以下とするためには,動的
変形量が 76mm 必要である. 6.参考文献
1) 交通事故総合分析センター,交通安全公害研究
所,名古屋大学,共同研究報告書,歩行者事故
と歩行者傷害のための研究,平成10年度共同研
究,平成 11 年 3 月,1998
2) 交通事故総合分析センター,交通安全公害研究
所,名古屋大学,共同研究報告書,歩行者及び
自転車事故における傷害低減のための研究,平
成 11 年度共同研究,平成 12 年 3 月,1999 3) 乗用車前面窓ガラスおよびその周辺部の衝撃耐
性と頭部傷害値, 自動車研究,Vol.22, No.4,
pp.179-182, 2000
図 13 HICと動的変形量の関係
Car body WindscreeTheoretical HIC
y = 4.07 x-2.13
R2=0.929
0.0760
1000
2000
3000
4000
5000
6000
7000
8000
0.000 0.050 0.100 0.150
動的変形量 (m)
HIC
y = 13.3 x-1.80
R2=0.956
y = 0.00188 v04x-1.5
0.089