成長のカギを握るスエズ地域の開発 - jccme · 2020. 2. 19. ·...

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20 中東協力センターニュース 2020・2 〈アラブの春以降,苦難を乗り越え,回復基調へ〉 2010年暮れにチュニジアで起こったアラブの春(民主化運動)から10年が過ぎようと している。当時,エジプト経済は大きな影響を受け,劣悪な生活環境,治安の悪化,外国 信用の失墜など苦境の時期を迎えてしまった。それまでのエジプトは,ムバラク政権が約 30年も続いた長期政権ではあったが,欧州との緊密化や湾岸地域の発展などを頼りに高い 成長力を見せてきただけに,世界中に大きなインパクトを与えたことになる。 2011年にムバラク政権が崩壊し,その後ムスリム同胞団が政権を握った2013年,当時, 政権の中枢にいたのがエル・シーシ大統領だった。エル・シーシ大統領は,見るに見かね た政変の繰り返しに辟易とし,自らが政権を握ることを宣言したのが2014年6月のことだ。 2014年6月に満場一致で就任したエル・シーシ大統領は,極めて厳しい陣頭指揮をと り,国家の発展とそれに必要な治安の改善,外国信用の回復に汗を流す。この6年の動き を見てもかなり外交に力をいれ,関係修復・改善・強化に努めているのがよくわかる。ム バラク政権は,欧州中心の外交色が濃かったと言われているが,エル・シーシ政権はそれ に加え,アジア(日本,中国,韓国,ベトナム等)や最近ではアフリカ域内での立場も強 化しているなど親密な関係を維持する中東湾岸を含めた十字戦略が展開されている。 外交政策の中で,大きな成果を得たのが2016年11月に合意された IMF の融資120億ド ルである。複数回のトランシェでの資金投入であるが,これによりそれまで輸入3ヵ月分 程度しかなかった外貨準備が一気に改善され,現在は約450億ドルまでに至っている。 治安も大きく改善している。エル・シーシ大統領就任時の首相を務めたイスマイル前首 相も積極的に外国行脚を行い,2016年9月に日本で開催されたエジプト観光セミナー(エ ジプト政府観光局主催)では,ビデオスピーチなどでエジプトの治安改善に関する取り組 みや観光地の現状,日本とエジプト(カイロ)直行便(エジプト航空)の再開などを積極 ジェトロカイロ事務所 所長 常味 高志 成長のカギを握るスエズ地域の開発 ~スエズ運河経済特区の現状と課題となるビジネス環境~ 中東情勢分析 

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Page 1: 成長のカギを握るスエズ地域の開発 - JCCME · 2020. 2. 19. · スエズ運河経済特区は,Suez Canal Economic Zone(以下,SCZONE)と呼ばれて おり,運河周辺の約461平方キロメートルを開発指定地域とした。同地域は2002年の政令

20 中東協力センターニュース 2020・2

〈アラブの春以降,苦難を乗り越え,回復基調へ〉 2010年暮れにチュニジアで起こったアラブの春(民主化運動)から10年が過ぎようとしている。当時,エジプト経済は大きな影響を受け,劣悪な生活環境,治安の悪化,外国信用の失墜など苦境の時期を迎えてしまった。それまでのエジプトは,ムバラク政権が約30年も続いた長期政権ではあったが,欧州との緊密化や湾岸地域の発展などを頼りに高い成長力を見せてきただけに,世界中に大きなインパクトを与えたことになる。

 2011年にムバラク政権が崩壊し,その後ムスリム同胞団が政権を握った2013年,当時,政権の中枢にいたのがエル・シーシ大統領だった。エル・シーシ大統領は,見るに見かねた政変の繰り返しに辟易とし,自らが政権を握ることを宣言したのが2014年6月のことだ。

 2014年6月に満場一致で就任したエル・シーシ大統領は,極めて厳しい陣頭指揮をとり,国家の発展とそれに必要な治安の改善,外国信用の回復に汗を流す。この6年の動きを見てもかなり外交に力をいれ,関係修復・改善・強化に努めているのがよくわかる。ムバラク政権は,欧州中心の外交色が濃かったと言われているが,エル・シーシ政権はそれに加え,アジア(日本,中国,韓国,ベトナム等)や最近ではアフリカ域内での立場も強化しているなど親密な関係を維持する中東湾岸を含めた十字戦略が展開されている。

 外交政策の中で,大きな成果を得たのが2016年11月に合意された IMF の融資120億ドルである。複数回のトランシェでの資金投入であるが,これによりそれまで輸入3ヵ月分程度しかなかった外貨準備が一気に改善され,現在は約450億ドルまでに至っている。

 治安も大きく改善している。エル・シーシ大統領就任時の首相を務めたイスマイル前首相も積極的に外国行脚を行い,2016年9月に日本で開催されたエジプト観光セミナー(エジプト政府観光局主催)では,ビデオスピーチなどでエジプトの治安改善に関する取り組みや観光地の現状,日本とエジプト(カイロ)直行便(エジプト航空)の再開などを積極

ジェトロカイロ事務所 所長 常味 高志

成長のカギを握るスエズ地域の開発~スエズ運河経済特区の現状と課題となるビジネス環境~

中東情勢分析 

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的にアピールした。現在は,日本~カイロ直行便は,週2便運航されているが,今年4月28日から週3便になる予定だ。日本人の観光客も年々増加傾向にあり,2016年は約18,600人であったのが,翌2017年は約32,000人,2018年には41,800人まで回復している。日本人の割合はほんの一部で,欧米,ロシア,中国,韓国など多くの国からの来訪が増えており,報道による速報ベースでは2019年の観光客数は前年比で20%増を記録している(近年は,中国人の観光客が一気に増加しているが,武漢で発生した新型コロナウイルスの影響を受け,1月28日からは中国との直行便は停止しており,観光分野の成長が懸念されている)。

 外国投資を見ると,2016年11月の IMF 融資を好材料にエジプト政府のプロジェクトが積極的に展開されている。幸運にも地中海地域ではガスが採掘され,開発ブームが一気に加速しており,2019年には2回にわたり地中海ガスフォーラム(OPEC のガス版と称される)が開催され,イスラエルなどは自国で採取されたガスをエジプトで液化する計画が進行しそうである。英国やイタリアのオイルメジャーなどは積極的に資金を投入し,開発を進めている。エジプト政府は,天然ガス車の生産計画など国内産業への利用推進を行っている。不動産分野も高い成長を示す。UAEの大手開発業者はカイロに限らず地方に至るまで不動産投資を継続している。米国も昨年は大型ミッションの来訪をベースに自動車や食品分野に増資を行った。こうした動きは,格付け機関も次第に格付けを挙げてきており,

2019年1月 6242 2018年1月 4492 2017年1月 5051 2016年1月 1554

2019年2月 6458 2018年2月 4574 2017年2月 4638 2016年2月 1548

2019年3月 5420 2018年3月 3724 2017年3月 3981 2016年3月 1375

2019年4月 3770 2018年4月 2073 2017年4月 1810 2016年4月 1297

2019年5月 2067 2018年5月 1623 2017年5月 1465 2016年5月 1413

2019年6月 2194 2018年6月 1760 2017年6月 833 2016年6月 639

2019年7月 - 2018年7月 2145 2017年7月 1368 2016年7月 989

2019年8月 - 2018年8月 2800 2017年8月 1387 2016年8月 1149

2019年9月 - 2018年9月 2763 2017年9月 1752 2016年9月 1216

2019年10月 - 2018年10月 3263 2017年10月 2341 2016年10月 1572

2019年11月 - 2018年11月 5377 2017年11月 3806 2016年11月 2386

2019年12月 - 2018年12月 7213 2017年12月 4322 2016年12月 3421

  26151 41807 32754 18559

出所:エジプト観光警察

表 日本人観光客数

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B +もしくは B2を維持している。

〈スエズの発展は国家の発展~スエズ経済特区〉 エル・シーシ大統領は,2014年6月の就任後は直ちにスエズ運河拡張と同河地域の経済開発に乗り出す。まさに大統領直轄案件として今も大々的に開発が進められている。スエズ運河は,エジプトにとって極めて重要な収入源になっており,2015年には複線化された新スエズ運河が開通した。複線化により船の待機時間と通過時間が短縮され,政府は欧州とアジアを結ぶ最短航路に位置する地の利を生かすべく,スエズ運河近隣で経済特区の開発と投資誘致に力を入れることになる。

 スエズ運河経済特区は,Suez Canal Economic Zone(以下,SCZONE)と呼ばれており,運河周辺の約461平方キロメートルを開発指定地域とした。同地域は2002年の政令

(単位:100万ドル,%)

2017年 2018年

金額 金額 構成比 伸び率

英国 4,694 4,854 36.8 3.4

米国 1,853 2,297 17.4 24.0

ベルギー 2,209 2,244 17.0 1.6

アラブ首長国連邦(UAE) 967 793 6.0 △17.9

オランダ 80 430 3.3 439.1

サウジアラビア 369 355 2.7 △3.8

ドイツ 101 183 1.4 80.5

フランス 210 172 1.3 △18.4

スイス 121 162 1.2 34.5

中国 169 151 1.1 △10.4

日本 184 42 0.3 △77.3

EU28 7,697 8,181 62.0 6.3

アラブ諸国 1,918 1,586 12.0 △17.3

流入計(その他含む) 12,528 13,192 100 5.3

流出計 △5120 △6394 24.9

ネット 7,409 6,798 △8.2

出所  エジプト中央銀行

表 エジプトの国・地域別対内直接投資〈国際収支ベース,ネット,フロー〉

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で都市開発が進められてきたが,特区として位置づけられてから10年になる。投資や貿易の拡大と伸び悩む雇用創出のため,同地域のインフラ整備を進め,農業・工業・サービス業で競争力のあるプロジェクト誘致を進め,産業集積に取り組む。

 SCZONE は,世界中の投資家に対して優れたビジネス環境を提供し,ワンストップショップを通じた投資承認,輸入許可,輸出許可および通関検査手続きの迅速化が可能になることを魅力としている。許認可は,通常は,カイロにあるエジプト投資・フリーゾーン庁(GAFI)が所管になるが,この特区内においては,SCZONE庁が特別に権限を有しているところが特徴だ(ちなみにエジプトにはもうひとつGolden Triangleという経済特区が南部に存在している)。

〈なぜスエズに経済特区を置くのか?シナイ半島の発展がリンク〉 エジプト政府は,スエズ地域の発展はエジプト国家の安全保障という観点で重要視する。カイロから東へイスマイリアロードを通って,地中海沿岸の町ポートサイードへ車で向かう途中,カンタラ(アラビア語で「橋」を意味する)という場所にスエズ運河架橋がある。このスエズ運河架橋は,アジア大陸とアフリカ大陸を陸路でつなぐ唯一無二の重要な橋と言われており,橋の前後の道路を加えると全長9km を JICA のプロジェクトで2001年10月に完成した(総事業費220億円)。計画から完成まで約6年を費やしている。

 このスエズ運河架橋は,その先に通じるシナイ半島の開発への寄与を目的として建設され,シナイ半島の発展の重要な導線となっている。シナイ半島は,中東に繋がる重要な地域であるため,地政学的な観点からエジプト政府はこのシナイ半島の安定と発展を急いでいる。

 このシナイ半島は,エジプトの北東部とイスラエルの南部を繋ぐ位置にあり,地中海と紅海に面する観光の名所として知られている。多くの山々にも囲まれており,冬は気温が氷点下まで下がることもあるこの地では,かつては複数回繰り広げられてきた中東戦争でイスラエルと争った地でもある。1979年3月26日に両国は平和条約に署名し,イスラエルは再びシナイ半島の領有権をエジプトに譲り,現在も,この合意は守られている。

 しかし,今もなお,特に北部地域において治安情勢が芳しくなく,イスラム過激化組織

筆者紹介 1993年ジェトロ入構。農水産部,徳島事務所,カラチ事務所,技術交流部,リヤド事務所(中東協力センター出向),展示事業部,海外調査部,企画部に所属。2018年1月より現職。

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ISISの分派組織がまだ存在しているため,特に分派の流入源とされるパレスチナとつながる北部半島の治安回復が急務となっている。これまで述べてきたとおりエジプトに対する世界的評価は大きく改善してきているものの,このシナイ半島の治安事情が一つのカントリーリスクの一つとして未だに懸念されるところである。

 エル・シーシ大統領は,二期目の大統領就任となった2019年6月の就任インタービューで述べた所信表明は,経済成長と更なる治安改善策として具体的にシナイ半島への取り組み強化,スエズの開発推進を述べている。シナイ半島は,有望な観光名所としても知られ

図 スエズ経済特区内の工業団地

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る地でもあり,この地域の開発は観光国エジプトとしてシンボリックなものにしたいという想いがある。現在,エジプト政府は大量の軍を派遣し,シナイ半島の安全確保に熱心だ。半島北部に作られたパレスチナを繋ぐ地下道はエジプト軍により破壊され,安易にISIS分派の流入はできなくなったと言われており,近年はシナイ半島に関するネガテイブな報道はされていなし。この地域は安定すれば隣接するスエズ地域の発展も前進することが期待されよう。

〈5つの工業団地と隣接港湾で多業種と研究拠点の設置を狙う〉 SCZONE は,シンガポールのほぼ3分の2の大きさに相当すると言われている。現在5つの工業団地と6つの港湾が運営されている。

1.Ain Sohkna(アインソフナ地区※二つの区画あり) 総面積は16,250ヘクタール。近距離に広大なアインソフナ港あり。対象業種は,重工業,軽工業,ICT,石油精製,化学品,石油化学品,エネルギー部品製造,自動車製造,建築材料,農業,食品加工,衣料,家電,電子機器,医薬品など。アインソフナは,現在役所の移転作業が続いている新行政都市(New Administrative Capital)から60kmという比較的近い距離にあり,将来的に大きく発展する余地のある地域でもある。

2.East Port Said(東ポートサイード地区) 総面積4,000ヘクタール。近接する東ポートサイード港(スエズ運河と地中海の北の入り口にある8400万平方メートルの面積)は,新しく建設されたトンネルを介した優れた内

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陸へのアクセスに限らず,ヨーロッパ,西アフリカ,および南アメリカへのアクセスにも優れていると言われている。対象業種は,自動車製造,建築材料,農業,食品加工,衣料,家電,電子機器,医薬品,ICT など。

3.West Qantara(西カンタラ地区) スエズ運河に隣接する新しい住宅地として構想。比較的に人口が密集していると言われるイスマイリア市および東イスマイリアからの人材確保に有利。ICT と再生可能エネルギー,農産物加工および関連物流センター,軽工業,住宅,農業などが対象。

4.Technology Valley(イスマイリア地区@ハイテク産業専用団地) この地区は,ハイテク産業に基づく投資,教育,科学研究を通じた新しい都市社会の創造を目指している。カイロにスマートバレーというハイテク関連の研究施設群があるが,エジプト政府はこうした類似の施設の拡張を目指しており,ICTを活用した新たなデジタル社会による国家の発展を大きな目標として掲げている。

〈SCZONE利用のメリット,インセンティブ〉 誘致,運営,許認可を一貫して担う SCZONE 庁は,この経済特区の利点を次の背景にあると概説する。 ① エジプトは国際貿易の中心にあり,スエズの経済的発展はそれを加速させる ②  エジプトをハブとして中東,アフリカ,欧州,南米など約20億人の消費者へのアク

セス

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 ③ 世界クラスの規模を有する港湾 ④ 周辺地域との FTA ⑤ 国内市場1億人へのアクセス ⑥ 人口の約70%が30歳以下という豊富な労働市場

 これら工業団地に入居する際のインセンティブについて SCZONE 庁は以下の点を強調する。1- 生産に必要と思われる材料(機器,原材料,部品,その他の必要な材料)の輸入関税

免除。2-再輸出を目的とした輸入品の関税免除3-印紙税,不動産税免除4-輸出された製品にのみ付加価値税(VAT)14%を免除。5-投資家は,7年間で投資コストの50%の法人所得税免税6-迅速な各種手続き(SCZONE 内のワンストップサービス)7-ゾーン内の専門の技術教育および職業訓練センターを介した熟練労働者の確保

〈中国,ロシアが先行して利用〉 この SCZONE への誘致プローモーションは,エル・シーシ大統領の外交では必ず言及される案件だ。度重なる外交の結果,現在,主にロシアと中国が複数企業の入居にコミットしている。経済特区の開発は砂漠からの開発が殆どのため,インフラ整備にかなり時間を要してきたが,アインソフナ地域の開発は進んでおり,肥料や化学,鉄鋼,製紙,石油製品など64社が活動しており,外国企業も15社程度入居している。

 中国天津経済技術開発区(TEDA)は「中国・エジプト・スエズ経済貿易協力区」を設けており,企業数はまだ少ないが中国遠洋運輸集団による物流拠点設置や巨石集団が進出しガラス繊維を生産している。またスエズ運河の地中海側に位置するポートサイードは,欧州からの距離が近く,欧州諸国の物流業者の拠点などが設けられているが,ロシア企業専用の工業団地の建設も計画されており,昨年10月にはロシアの官民ミッションがエジプトに派遣され,約30社が工業団地への入居を検討しているという。

 SCZONE への入居を検討している日系企業もいる。現地の報道では大阪に本社を有するサラヤ㈱がアインソフナの工業団地において20,000m2の土地を確保し,ホホバオイルの搾油,天然甘味料や自然化粧品の製造を行うプロジェクトを準備しているという。他にもスエズ地域でのビジネスに注目している日系企業がある。SCZONE 内でのプロジェク

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トではないが,豊田通商㈱は日本郵船㈱やボロレ・アフリカ・ロジスティクスと共に東ポートサイード港で自動車専用ターミナルの運営を行う委託契約を SCZONE 庁と締結した。完成車の輸入港であるアレキサンドリア港では抱えきれないことが背景にあり,荷受け規模の大きい東ポートサイード港を利用した完成車の専用ターミナルを建設する。

〈課題となるビジネス環境の改善〉 このように活気あふれるエジプト経済に対して,ジェトロとしてもこの数年,二国間の経済交流促進に重点を置き,2019年3月にはビジネスミッションを派遣し,大統領,首相,主要閣僚と日系企業とのラウンドテーブルの場を設けた。同9月にもカイロで日本アラブ経済フォーラム(外務省,経済産業省,中東協力センター,ジェトロ,アラブ連盟が主催)を開催し,日本とエジプトとの経済交流の促進を行っている。この2つのイベントだけで延べ140社の日系企業が参加している。多くの日系企業がエジプトでのビジネス開拓に期待を寄せていることが十分理解できよう。

 では,現在のエジプトにおけるビジネス環境が日系企業にとってどれだけ魅力的に映っているのだろうか?現在エジプト政府が進めている投資促進は,投資家にとってどれだけ効果的なのであろうか?

 エル・シーシ大統領は,国内の投資環境の改善に人一倍エネルギーを注ぐ人物であるとの評価は内外で高い。多くの制度改変を行い,2017年には投資法を改正し,2018年には投資フリーゾーン庁および地方の支所にはワンストップセンターである Inventors

中国 TEDAが開発中の総合施設

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Support Center(ISC)を設置し,外国企業の進出を円滑化する環境を整備している。更には必要な閣僚の交代も迅速に行い,汚職撲滅に向けた取り組みを強化している。

 しかしながら,日系企業が現在の投資環境を満足しているかというと未だ道半ばというところだ。主な課題について列挙すると以下のとおりとなる。昨年3月のビジネスミッションでは,概ねこれらの内容についての見直し・改善を大統領,首相,関係大臣に直接働きかけるもまだ明快な回答が出ていない。

 1.行政手続きの不透明さ(労働ビザ,滞在許可取得手続きの長期化) 2. 国内産業政策が不透明(欧州やトルコ FTA による完成車輸入税が免除による国産

車の競争力強化) 3. 駐在員事務所ライセンス取得基準の不透明さ(取得後3年以内に支店・現法化ルー

ルの撤廃) 4.通関手続きの長期化・不透明さ(検品時の扱いが雑,検品検査基準が不明) 5.汚職(税関職員,政府職員など多数) 6.競争力ある投資優遇インセンティブ(他国との比較優位が不明)

 エジプト政府は,2019年12月21日に内閣が改造され,その約一ヵ月前には約15の地方知事が交代した。この中で大きく変化を見せたのが投資国際協力省が投資省と国際協力省に分断し,投資促進については首相のイニシアテイブにより傘下投資・フリーゾーン庁

(GAFI)が実行部隊となることである。エジプト政府関係筋によると今後の投資促進については,首相を筆頭に関係閣僚,投資・フリーゾーン庁長官らが月一回程度の会合を行ない,ビジネス環境の改善や新規案件の発掘・形成などが議論されるという。この会議にはSCZONE 庁の長官もメンバーになっている。日本としてもこの協議に上手くコミットするよう,調整を進めているところだ。

 SCZONE の発展は,上述のとおり国家の発展,外国からの信用回復というキーワードをベースに言うとすれば,シナイ半島の治安改善と入居への優遇措置,そして外国人投資家からのニーズを聞き取り,迅速かつ明瞭なレスポンスを行うことに限る。IMFなどの国際機関は,エジプト経済は,2020年以降も引き続き好調を維持すると評価している。成長の加速に SCZONE の発展がカギになることは間違いない。更なる優遇措置の検討を期待したい。

*本稿の内容は執筆者の個人的見解であり,中東協力センターとしての見解でないことをお断りします。