列車在線位置情報等のオープンデータ配信 ·...

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1 論文番号 202 列車在線位置情報等のオープンデータ配信 東京地下鉄株式会社 神谷仁 東京地下鉄株式会社 川原井友幸 1.はじめに 東京地下鉄株式会社(東京メトロ)は帝都高速度交通営 団(営団地下鉄)を引継ぎ、2004年4月に東京地下鉄 株式会社法(平成14年12月18日法律第188号)に より設立され、2015年4月に創立10周年を迎えた。 現在は9路線、営業キロ195.1kmを有し、一日あ たり683万人(2014年度実績)のお客様に利用して いただいている。更に銀座線及び丸ノ内線を除く7路線で は相互直通運転を実施しており、首都圏の交通輸送の一翼 を担っている。 創立10周年記念行事の一環として、列車の運行情報、 位置情報等をオープンデータ化し、これを利用したアプリ ケーションコンテストを実施することとした。 (オープンデ ータ活用コンテスト応募ポスターを図-1に示す。) このコンテストの意義は、①オープンデータをインフラ の一つとして捉え、外部にアプリケーションの開発を委ね ることにより、革新的なサービス向上を図る、②鉄道事業 者として国内初となるオープンデータを、社内におけるサ ービス向上の動きを加速させる起爆剤とする、③2020 年東 京オリンピック・パラリンピックを見据え、世界的なオー プンデータの動きへの対応策の一環として各種ノウハウの 取得を図ることにある。 コンテストの結果、280件以上の応募が寄せられ、応 募者の年齢、職業も多岐にわたり多くの方から注目を受け た。図-2にグランプリを受賞した「ココメトロ(作者: 池間 健仁氏)」のアプリケーションを参考に示す。 また、総務省のオープンデータを推進している「オープ ン&ビックデータ活用・地方創生推進機構(VLED)」が オープンデータの普及促進などに貢献した事例を対象に行 っている表彰において、本コンテストの取組みが最優秀賞 および日本マイクロソフト賞に選出された。 図-1 「オープンデータ活用コンテスト応募ポスター」 図-2 アプリケーション「ココメトロ」 2.東京メトロのホームページおよびWEBアプリ 東京メトロではお客様の利便性向上、サービス向上の一 環として、スマートフォン用のアプリ「東京メトロ公式ア プリ」およびオフラインで動作し4か国語(英語・中国語 簡体字・繁体字・韓国語・日本語)に対応した観光客向け アプリ「Tokyo Subway Navigation for Tourists」を提供 しておりご好評をいただいている。 また、ホームページでは時刻表、駅構内図、乗換・出入 口案内、バリアフリー設備(エスカレーター・エレベータ) 等の情報、運賃検索、ならびに各路線の運行情報等の提供 を行っている。リアルタイムに変化する運行情報に関して は、列車遅延・運転見合わせ等が発生時に該当区間を配信 するのみで、個々の列車の遅延時間等は配信していない。 図-3 東京メトロ・ホームページ

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Page 1: 列車在線位置情報等のオープンデータ配信 · このコンテストの意義は、①オープンデータをインフラ の一つとして捉え、外部にアプリケーションの開発を委ね

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論文番号 202

列車在線位置情報等のオープンデータ配信

東京地下鉄株式会社 神谷仁 東京地下鉄株式会社 川原井友幸

1.はじめに

東京地下鉄株式会社(東京メトロ)は帝都高速度交通営

団(営団地下鉄)を引継ぎ、2004年4月に東京地下鉄

株式会社法(平成14年12月18日法律第188号)に

より設立され、2015年4月に創立10周年を迎えた。

現在は9路線、営業キロ195.1kmを有し、一日あ

たり683万人(2014年度実績)のお客様に利用して

いただいている。更に銀座線及び丸ノ内線を除く7路線で

は相互直通運転を実施しており、首都圏の交通輸送の一翼

を担っている。

創立10周年記念行事の一環として、列車の運行情報、

位置情報等をオープンデータ化し、これを利用したアプリ

ケーションコンテストを実施することとした。(オープンデ

ータ活用コンテスト応募ポスターを図-1に示す。)

このコンテストの意義は、①オープンデータをインフラ

の一つとして捉え、外部にアプリケーションの開発を委ね

ることにより、革新的なサービス向上を図る、②鉄道事業

者として国内初となるオープンデータを、社内におけるサ

ービス向上の動きを加速させる起爆剤とする、③2020 年東

京オリンピック・パラリンピックを見据え、世界的なオー

プンデータの動きへの対応策の一環として各種ノウハウの

取得を図ることにある。

コンテストの結果、280件以上の応募が寄せられ、応

募者の年齢、職業も多岐にわたり多くの方から注目を受け

た。図-2にグランプリを受賞した「ココメトロ(作者:

池間 健仁氏)」のアプリケーションを参考に示す。

また、総務省のオープンデータを推進している「オープ

ン&ビックデータ活用・地方創生推進機構(VLED)」が

オープンデータの普及促進などに貢献した事例を対象に行

っている表彰において、本コンテストの取組みが最優秀賞

および日本マイクロソフト賞に選出された。

図-1 「オープンデータ活用コンテスト応募ポスター」

図-2 アプリケーション「ココメトロ」

2.東京メトロのホームページおよびWEBアプリ

東京メトロではお客様の利便性向上、サービス向上の一

環として、スマートフォン用のアプリ「東京メトロ公式ア

プリ」およびオフラインで動作し4か国語(英語・中国語

簡体字・繁体字・韓国語・日本語)に対応した観光客向け

アプリ「Tokyo Subway Navigation for Tourists」を提供

しておりご好評をいただいている。

また、ホームページでは時刻表、駅構内図、乗換・出入

口案内、バリアフリー設備(エスカレーター・エレベータ)

等の情報、運賃検索、ならびに各路線の運行情報等の提供

を行っている。リアルタイムに変化する運行情報に関して

は、列車遅延・運転見合わせ等が発生時に該当区間を配信

するのみで、個々の列車の遅延時間等は配信していない。

図-3 東京メトロ・ホームページ

Page 2: 列車在線位置情報等のオープンデータ配信 · このコンテストの意義は、①オープンデータをインフラ の一つとして捉え、外部にアプリケーションの開発を委ね

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3.オープンデータとは

前項で紹介したとおり弊社においてもWEB上に様々

な情報を開示しているが、これだけではオープンデータと

は言えない。

総務省ではオープンデータと言えるためには、①機械判

読に適したデータ形式で、②二次利用が可能な利用ルール

で公開されたデータ、である必要があると定義されている。

①機械判読に適したデータ形式とは、コンピュータが自

動的にデータを再利用するためにはコンピュータが、当該

データの論理的な構造を識別(判読)でき、構造中の値(数

値、テキスト等)が処理できるようになっていること。

②二次利用が可能なルールについは、第三者がデータを

一部改変して利用すること、すなわちデータの二次利用を、

データ所有者が予め承諾し明示することが必要とされてい

る。

また、公共交通機関の運行情報、駅・停留所・空港等の

施設情報等のデータを提供するためのオープンデータ化を

進めるための技術と制度の両面から環境整備をすること目

的として設立された公共交通オープンデータ研究会(会

長:坂村健 東京大学大学院情報学環教授、YRPユビキ

タス・ネットワーワーキング研究所所長)では、オープン

データを、公共性の高いデータに対して、アクセスするた

めのAPIなどを公開し、ネットワーク経由で他の組織の

システムから利用可能した、いわばデータの公共基盤と位

置付けている。

4.配信するオープンデータ

今回オープンデータとして配信するデータは、①東京メ

トロ全線の列車位置、遅延時間等に関するデータ、②列車・

施設に関するデータに大別することができる。

①に関しては前述したとおりオープンデータとして情

報を公開するのは日本では初の取組みである。

その概要は、以下のとおりである。

(1)全線の列車位置、遅延時間等に関するデータ

東京メトロを走行している全列車(ただし、試運転・回

送列車を除く。)の情報を配信している。配信している列車

位置、遅延時間等に関するデータの内容は表-1のとおり

である。なお、データの更新はサーバーの負荷、伝送速度

等を考慮して 1 分周期で行っている。

要素について概要を説明する。

①列車番号 列車に付与されている個別の識別符号

②運転方向 列車の運転方向を表している。

③列車種別 普通、快速、急行等

④始発駅 列車の始発駅

⑤行先駅 列車の行先駅

⑥在線前駅および⑦在線次駅 在線前駅に駅名があり

在線次駅に駅名がないときは在線前駅に在線、在線前駅お

よび在線次駅に駅名があるときは、その駅間に在線してい

ることを表している。

⑦現在遅延時間 遅延時間を分単位で表している。

表-1 に記載されているデータ内容・例は銀座線の例で

あるが、A0501 列車はA方向(浅草駅から渋谷駅方向)に

運転しており、始発駅は浅草駅、行先駅は渋谷駅であり、

現在は表参道駅~渋谷駅の駅間に在線しており遅延時間は

0 分であることを示している。

表-1 列車位置、遅延時間等データの概要

№ 要素 タグ名 データ内容・例

① 列車番号 TrainNum A0501

② 運転方向 Direction A

③ 列車種別 TrainType 1

④ 始発駅 StartSta 浅草

⑤ 行先駅 EndSta 渋谷

⑥ 在線前駅 PastSta 表参道

⑦ 在線次駅 NextSta 渋谷

⑧ 現在遅延時間 DelayMin 0

(2)列車・施設に関するデータ

従前から東京メトロのホームページにおいて公開して

いる列車情報および施設情報の情報をアプリ開発者が利用

しやすいデータ形式に変換して情報を配信している。

①列車情報

列車時刻表、運賃表、駅間所要時間、各駅の乗降人員数、

女性専用車両の情報を配信している。

②施設情報

バリアフリー情報、駅出入口情報、車両ごとの最寄り施

設・出入口案内の情報を配信している。

図-3 時刻表(データのイメージ)

図-4 駅出入口(データのイメージ)

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図-5 バリアフリー情報(データのイメージ)

(3)開発者サイトの開設

「東京メトロオープンデータ開発者サイト」を弊社HP

に開設した。アプリケーション開発者は、API(アプリ

ケーション・プログラミング・インターフェース)利用承

諾規約およびガイドラインに同意の上、ユーザー登録をす

ることにより利用することができる。

APIの利用にあたっては以下の制限を設けている。

①データの使用目的に制限は設けていないが、有償・無償

に係らず商用目的での利用は禁止している。

②アプリ等への広告掲載、アプリ等内での課金は禁止して

いる。

(API利用承諾規約から一部抜粋要約)

5.システム構成の概要

全線の列車位置、遅延時間等に関するデータの配信につ

いては、図-6「システム構成図」に示す構成となってい

る。

主な装置は、(1)運行管理システム(PTC)、(2)

列車在線情報配信装置、(3)サービスサーバー、(4)オ

ープンデータサーバーで構成されている。

(1)運行管理システム(PTC)

東京メトロで運行されている全ての列車はPTCによ

り総合指令所で一元的に管理されている。PTCは、コン

ピュータにより常に列車の動きを追跡し、列車の追跡情報

とダイヤに基づき列車の進路を自動的に制御するものであ

る。列車の運行を常時監視するとともに、列車遅延等が発

生したときは遅延が拡大しないよう運転間隔の調整、ダイ

ヤの変更等を行い輸送サービスの低下を招かないよう、制

御を行っている。(写真-1)

このPTCで管理しているダイヤによりホーム上に設

備さし列車の行先を表示している自動旅客案内装置を自動

的に制御している。同様に列車の追跡情報は、運転事務所、

信号扱所、駅のインフォメーションカウンター等に設備し

ている運行状況モニターに配信し、駅係員等が運行状況を

把握し、お客様へのご案内に活用している。

システムを検討した結果、PTCが管理している列車の

追跡情報(列車位置、遅延時間等)をオープンデータとし

て配信することとした。

写真-1 運行管理システム

(2)列車在線情報配信装置

PTCから送出された列車の追跡情報をサービスサー

バーに接続するためのインターフェース変換および外

部からの不正アクセスを防止するためのセキュリティーを

確保するための装置である。

列車在線情報配信装置の外見を写真-2、内部の様子を

写真-3に示す。

写真―2 列車在線情報配信装置外形

写真-3 列車在線情報配信装置内部

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(3)サービスサーバー

列車在線情報配信装置経由で送出された列車位置、遅延

時間等の情報をオープンデータサーバー向けのデータ変換

を行い一旦蓄積する。オープンデータサーバーから送信要

求を受信することにより同装置間へデータ転送を行う。

また、セキュリティーポリシーを確保するためのファイ

ヤーウォール等の機能を有している。

サービスサーバーは、運用面、費用対効果等を考慮して

自社以外のサーバーを利用することとしたが、PTCに関

する技術的知見を有すること、および情報漏えいを防ぐた

めPTCと同一メーカーが提供しているサーバーを利用し

ている。

(4)オープンデータサーバー

サービスサーバーから配信される列車位置、遅延時間デ

ータ等の動的情報および列車・施設等に関するデータの静

的情報をアプリ開発者向けAPIに変換し、インターネッ

トを通じてアプリ開発者のサーバーに配信する。

なお、アプリ開発者はオープンデータサーバーから受信

したデータを自身のサーバーに蓄積をし、エンドユーザー

に対してデータを配信するものとする。よって、アプリを

利用するエンドユーザーはアプリ提供者のサーバーにイン

ターネットを通じてアクセスする。

APIについては前述のとおり、弊社HPの東京メトロ

オープンデータ開発者サイトからユーザー登録することに

より利用可能となるため、本稿では公開を控える。

なお、オープンデータサーバーは公共交通におけるオー

プン実証実験の履行実績があり多大な知見を有している、

YRPユビキタス・ネットワーキング研究所のサーバーを

利用している。

6.セキュリティー対策

PTCは列車運行の安全を司る非常に重要な設備であ

る。オープンデータを配信するにあたり、外部からの不正

アクセスを防ぐため、弊社、運行管理システム導入メーカ

ー、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所とセキュ

リティー対策について入念な検討を行った。

詳細については控えるが、サービスサーバー及びオープ

ンデータサーバーにはファイヤウォールによる対策、並び

に列車在線情報配信装置~サービスサーバー間、サービス

サーバー~オープンデータサーバー間の伝送媒体は専用線

に接続によるものとした。運行管理システムとサービスサ

ーバーのインターフェースはIP接続を行わない接続方法

を施し対策を行っている。

7.おわりに

冒頭に述べたとおり創立10周年記念のコンテストと

して始めたオープンデータであるが、非常に多くのアプリ

ケーションが発表されており社会的にも大きなインパクト

与えたものと自負している。そのため、コンテストは終了

したがサービスを継続することとなった。

オープンデータはデータ版の公共基盤であり、東京メト

ロをご利用になるお客さまのみならず2020年に開催さ

れる東京オリンピック・パラリンピックを見据えてサービ

ス向上、社会的なニーズに貢献できるよう、更なる改善を

検討していきたい。

最後に本サービス実施にあたり多大なるご支援、ご協力

をいただきました、YRPユビキタス・ネットワーキング

研究所ならびに株式会社日立製作所に対して紙面をお借り

して心から感謝申し上げます。

運行管理

システム

列車在線情報

配信装置

サービス

サーバー

オープンデータ

サーバー ユーザー

インターネット

図-6 システム構成図