使いにくい電子カルテが 生まれるワケ · つくるもの」と考えている...

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新連載 なぜ「うちの電子カルテは 使えない?」のか 「電子カルテが使えない! IT業界が医療に追い ついていない!」 「電子カルテのせいで,医師や看護師の仕事の効 率化が妨げられている!」 このような電子カルテに対する不満や不信感 を抱いたりすることはありませんか? 私は, 院内の業務改善に取り組むたびに,「もう少し 電子カルテを改善してくれたらいいのに」「現 場の動きに合わせたつくりにしてほしいな」と 憤りを感じることが多くあります。 一方で,私はもともとIT企業で働いていたこ ともあり,彼らの厳しい開発状況や判断基準, 決裁方法などをイメージすることができます。 またIT企業側の立場で考え,「病院からの依頼 にはなかなか対応しにくいなぁ」と困ってしま うだろうと想像したりもします。 つまり,電子カルテユーザーである病院と, その電子カルテを作っているIT企業,その両者 ともに困窮している状態なのです。 紹介が遅れました。はじめまして,犬飼貴壮 と申します。私は大学卒業後,NTTデータとい うIT企業で営業に従事していました。その後, 倉敷中央病院の経営企画部に転職し,国際基準 であるJoint Commission International(JCI) の認定取得に取り組み,現在は医事企画課に 使いにくい電子カルテが 生まれるワケ て,経営分析や院内横断的な業務改善を行って います。 本連載では,IT企業と病院,両方の立場で働 いてきた私の経験を生かして,「どうしてこん なに困ったことが起こっているのか」を両組織 の関係性という視点からお話しします。また, そこから良好な関係を築くために必要だと考え ることを述べたいと思います。 看護師の業務改善を進めていく中で,次に挙 げるような電子カルテに関する不満や改善要望 を受けることが多くあります。 ・テンプレートがどんどん増えてしまって,入 力に手間取ってしまう。 ・指示の表示が分かりにくかったり,指示受け の操作が煩雑であったりして,ストレスがた まる。 ・集中治療室に独自システムを入れたけど,電 子カルテと接続できなくて,あっちもこっち も見ないといけない。 どうして,こんなにも看護師の手間がかかる ような「イケてない電子カルテ」になっている のでしょうか。私は,「病院がIT企業のビジネ スとシステムの開発方法を知らなすぎる顧客だ から」というのが,大きな原因の一つだと考え ます。 犬飼貴壮 倉敷中央病院 医事診療サービス部 医事企画課 係長 2009年早稲田大学理工学部卒業後,NTTデータにて 政府系金融機関への営業,石油業界への商品企画に従 事。2013年にUターン転職し,倉敷中央病院に入職。経営企画部にて Joint Commition International取得プロジェクトに参画。プロジェクト管 理並びにケアの標準化に向けた取り組みの立ち上げ,運用を行う。現在, 医事診療サービス部にて病床稼働率向上に向けた業務フロー改善など内 部運用改善に取り組んでいる。応用情報技術者。 28 臨床看護記録 vol.29 no.4

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Page 1: 使いにくい電子カルテが 生まれるワケ · つくるもの」と考えている ・お互いにつくるものを決めた後に,「やっぱり これもつくって」と簡単に言う

新連載

なぜ「うちの電子カルテは 使えない?」のか「電子カルテが使えない! IT業界が医療に追いついていない!」「電子カルテのせいで,医師や看護師の仕事の効率化が妨げられている!」 このような電子カルテに対する不満や不信感

を抱いたりすることはありませんか? 私は,

院内の業務改善に取り組むたびに,「もう少し

電子カルテを改善してくれたらいいのに」「現

場の動きに合わせたつくりにしてほしいな」と

憤りを感じることが多くあります。

 一方で,私はもともとIT企業で働いていたこ

ともあり,彼らの厳しい開発状況や判断基準,

決裁方法などをイメージすることができます。

またIT企業側の立場で考え,「病院からの依頼

にはなかなか対応しにくいなぁ」と困ってしま

うだろうと想像したりもします。

 つまり,電子カルテユーザーである病院と,

その電子カルテを作っているIT企業,その両者

ともに困窮している状態なのです。

 紹介が遅れました。はじめまして,犬飼貴壮

と申します。私は大学卒業後,NTTデータとい

うIT企業で営業に従事していました。その後,

倉敷中央病院の経営企画部に転職し,国際基準

であるJoint Commission International(JCI)

の認定取得に取り組み,現在は医事企画課に

使いにくい電子カルテが 生まれるワケ

て,経営分析や院内横断的な業務改善を行って

います。

 本連載では,IT企業と病院,両方の立場で働

いてきた私の経験を生かして,「どうしてこん

なに困ったことが起こっているのか」を両組織

の関係性という視点からお話しします。また,

そこから良好な関係を築くために必要だと考え

ることを述べたいと思います。

 看護師の業務改善を進めていく中で,次に挙

げるような電子カルテに関する不満や改善要望

を受けることが多くあります。

・テンプレートがどんどん増えてしまって,入力に手間取ってしまう。

・指示の表示が分かりにくかったり,指示受けの操作が煩雑であったりして,ストレスがたまる。

・集中治療室に独自システムを入れたけど,電子カルテと接続できなくて,あっちもこっちも見ないといけない。

 どうして,こんなにも看護師の手間がかかる

ような「イケてない電子カルテ」になっている

のでしょうか。私は,「病院がIT企業のビジネ

スとシステムの開発方法を知らなすぎる顧客だ

から」というのが,大きな原因の一つだと考え

ます。

犬飼貴壮倉敷中央病院

医事診療サービス部 医事企画課 係長2009年早稲田大学理工学部卒業後,NTTデータにて政府系金融機関への営業,石油業界への商品企画に従事。2013年にUターン転職し,倉敷中央病院に入職。経営企画部にてJoint Commition International取得プロジェクトに参画。プロジェクト管理並びにケアの標準化に向けた取り組みの立ち上げ,運用を行う。現在,医事診療サービス部にて病床稼働率向上に向けた業務フロー改善など内部運用改善に取り組んでいる。応用情報技術者。

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Page 2: 使いにくい電子カルテが 生まれるワケ · つくるもの」と考えている ・お互いにつくるものを決めた後に,「やっぱり これもつくって」と簡単に言う

 IT企業は,当然のことながら情報技術(IT)に

ついて多くの知見を有しています。また,大手

企業であれば,病院だけでなく官公庁や金融,

多種多様な法人企業相手に多くのシステム開発

を行ってきた豊富な実績があります。開発手順

だけでなく,プロジェクト管理手法にも慣れて

いますし,契約方法や開発費用の使い方などの

管理にも詳しいです。簡単に言うと,「ITシス

テムのつくり方」というものを熟知しています。

 一方で,病院はどうでしょうか。医師や看護

師らは医療の専門家でありますが,ITやシステ

ム開発に関する知識は持ち得ていないでしょ

う。また,システム開発の契約内容やプロジェ

クト管理などの「ITシステムのつくり方」につ

いては,事務職員を含めて知る術さえないのが

現実だと思います。

 つまり,IT企業と医療者の間には大きな「情

報の非対称性」が存在しているのです。この非

対称性により,医療者が満足できるようなシス

テム開発ができておらず,結果として使いにく

い電子カルテをつくり上げているのではない

か,と考えています。

IT企業との「情報の非対称性」 「情報の非対称性」は,皆さんにもなじみ深

い言葉ではないでしょうか。医療においては

「医療者と患者の間における医療知識の差」が

あることを指しますが,この非対称性を意識し

ないまま治療やケアを進めると,患者の納得感

が得られず,提供される医療に満足しにくくな

り,コンフリクトが発生するリスクが高くなる

と思います。

 私は,これと同じ現象がシステム開発でも起

こっていると考えています。つまり,医療では

「医療者がよく知っていて,患者はあまりに知

らない」という関係性ですが,システム開発で

は「IT企業がよく知っていて,医療者はあまり

知らない」という関係性が成り立っています。

 電子カルテを開発あるいは導入する時に,IT

企業と医療者の間に「情報の非対称性」が存在

すると強く感じる医療者側の行動として,次の

ようなものが挙げられます。

・「私の病院に合う電子カルテはIT企業が考えて,つくるもの」と考えている

・お互いにつくるものを決めた後に,「やっぱりこれもつくって」と簡単に言う

・契約に含まれていない機能を「簡単だから」と無償で開発させようとする

・電子カルテのソフトを買って導入する時に,当院に合うような改造をたくさんしようとする

 これらは電子カルテに限らず,ITシステム開

発においてご法度とされるものです。契約上の

不正行為もあれば,開発スケジュールの遅延要

因になったり,今後の改良の邪魔になったり,

最悪プロジェクトが頓挫したりするレベルの危

険な行動も含まれています。

 システム開発の仕組みを知らなければ,「こ

れぐらいはいいじゃん」「当院がお金を払って

いるのだから,やってくれて当たり前」と思っ

てしまうでしょう。でも,これらの要望を無理

やり通したり,IT企業に作業を丸投げしたりし

ていては,システム開発プロジェクトの「炎上」

リスクが跳ね上がります。そして,結果として

病院,ひいては貴方が不利益を被る可能性が高

くなります。

 システム開発は医療と同じ,非定型でカタチ

のないものを提供するサービス業の側面があり

ます。また,その内容が複雑であり専門性が高

いもの,というのも似ています。

 電子カルテは,最終的に画面を通して皆さん

の「目に見える」ようになりますが,「データを

どのように処理するか」という本当に手がかか

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ることは見ることはできません。また,その処理

方法を指示する言語である「プログラム」や,デー

タを格納したり取り出したりする仕組みである

「データベース」などは,専門知識と経験を有

するシステムエンジニアの専門領域になります。

 例えば,「ここにクリックするボタンを追加

してほしい」という要望を,開発が進んでいる

最中に出すとします。確かに医療者側から見れ

ば,「ボタンを追加すればよいだけ」に思えま

すし,技術的にも追加作成することは可能だと

思います。ですが,もともと作成していた設計

書に「ボタンを追加すること」を追記しなけれ

ばなりませんし,その開発によってほかの部分

に影響がないかを調査しなければなりません。

どのような機能を持たせるのかを整理したり,

実際にプログラミングしたり,テストしたり

と,開発側はやらなければならないことがたく

さんあるのです(図1)。この作業の追加によっ

て,本来やるべきシステム開発が遅れてしまう

ことも考えられます。また,「簡単」な要望を

随時受け付けて,どんどん追加対応をすると,

本来の目的にそぐわないシステムが出来上がっ

てしまうかもしれません。

 これらはシステム開発においてやってしまい

がちな失敗事例ですが,これ以外にもシステム

ユーザーである医療者が「やるべきこと」や

「やってはいけないこと」は多く存在していま

す。IT企業はそれらを熟知しており,医療者側

はその知見を持ち合わせていない,ということ

が最もリスクのある「情報の非対称性」です。

この非対称性を軽視したり,無視したりしたま

まシステム開発を進めていくことで,電子カル

テがどんどん使いにくくなっていっているので

はないかと考えています。

「情報の非対称性」の中で 医療者ができること もちろん,システム開発における「情報の非

対称性」というのは,医療者とIT企業の間だけ

に発生する問題ではありません。IT企業のすべ

ての顧客との間に発生するものです。このため,

IT企業やその社員は,この非対称性をいかに解

ダウンロード⬇

簡単にできた!ボタンが欲しいなぁ医

療者側の視点

IT企業の視点

開発に向けた検討 設計書の修正・追加 データ確認 プログラミングなど

●図1 医療者側からは「簡単」に見えることでも…

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消,軽減するかということに腐心しています。

 私が勤めていた企業では,入職時に約3カ月

間の新人研修がありました。この間は全くビジ

ネスの現場には行かず,自社が保有する研修施

設で座学とグループワークを連日行います。そ

の内容は,プログラミングや情報技術に関する

ものは3分の1程度で,残りは情報の非対称性

を解消するためのコミュニケーションに関する

ものでした。顧客の要望を漏れなく把握するた

めのヒアリング力強化を目的にしたものであっ

たり,自分たちがやっていることを正確に伝え

るための説明力強化を目的にするものであった

り,とにかく「正しく聞き,正しく伝える」こ

とを叩き込まれました。

 また,IT企業との仕事では,打ち合わせや確

認しなければならない文書が多くあります。こ

れは,常に互いが同じゴールをイメージできて

いるかを確認するために必要なプロセスでもあ

ります。「私たちは貴方の要望をこのように認

識して,こんな感じで作ろうとしているけれど,

いいですよね?」という確認をします。

 つまり,電子カルテをはじめとするシステム

開発は,「技術力」もさることながら,正しく

課題を認識し,顧客と意識を合わせて進めてい

くための「コミュニケーション力」が重要とい

うことです。プロジェクトの始まりから最後ま

で顧客とIT企業で認識を合わせて,思いを一つ

にすることが成功のカギであるということを示

しています。逆に言うと,顧客と良好なコミュ

ニケーションや意思疎通ができなければ,「イ

ケてないシステム」になる可能性が極めて高い,

ということでもあるのです。

 では,顧客である医療者は「情報の非対称性

がある」と認識した上で,何をすべきでしょうか。

最も大切なことは「知らないことを知らないと伝

える」ことです。逆に言うと,最もやってはなら

ないのは「知ったかぶりをする」ということです。

 少し概念的な話になりましたので,医療にお

ける「情報の非対称性」に置き換えて考えてみ

たいと思います。皆さんの看護経験の中で次の

ような事例はないでしょうか。

「医師や看護師ら医療者はすごく丁寧に説明し

医療に関する知識

納得感が少ないまま進めると…

ITに関する知識 IT企業

患者医療者

医療者

不満!

非対称性をそのままにすることは満足な結果を得にくい状態になる➡分からないことをそのままにしない工夫が必要

●図2 情報の非対称性は医療もITも同じ

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Page 5: 使いにくい電子カルテが 生まれるワケ · つくるもの」と考えている ・お互いにつくるものを決めた後に,「やっぱり これもつくって」と簡単に言う

て,患者も納得されている様子であった。しかし,治療やケアを実施した後に,患者から『こんなことになるとは思わなかった』『もっとよく説明してほしかった』と怒られてしまった」 皆さんは看護のプロとして,患者の立場となっ

て思いを傾聴したり,分かりやすい言葉や資料

を使って説明されたりと,本当に親身にお伝え

されていると思います。それでも,後々コンフ

リクトに発展する事例があるのであれば,患者

が「知ったかぶりをした」可能性があるのでは

ないでしょうか。その理由は,「その場では分

かったように思った」であったり,「医療のプロ

に委ねようと思った」であったり,いろいろあ

ると思いますが,患者が真に理解することがで

きていなかったという事実は確かだと考えます。

 この関係性が,システム開発だと,医療者が

IT企業,患者が医療者に置き換わります。つま

り,次のような事例につながるのです。

「IT企業はすごく丁寧に説明して,医療者も納得されている様子であった。しかし,システム開発を終えた後に,医療者から『こんなことになるとは思わなかった』『もっとよく説明してほしかった』と怒られてしまった」 真に理解して,納得しなければ,コンフリク

トに発展するというのは,医療もシステム開発

も同じだと考えます(図2)。

 「ITのことはよく分からない」というのは致

し方ありません。専門家であるIT企業の方が詳

しい,というのは覆すことができない事実で

す。ただ,分からないことをそのままにして,

「知ったかぶり」をしてしまうことは,後々の

不満足につながります。ですので,懸念に思っ

たことや理解できなかったことについては,IT

企業にしっかりと確認をとり,「その仕組みで

つくってくれれば満足だ」というレベルに至る

まで話し合うことが大切だと思います。

プログラム

事例を通して関連図も使いながら習得!

伊東美佐江氏 山口大学医学部、川崎医療福祉大学を経て、2018年より現職となる。米国VillanovaUniversity大学院看護学修士、山口大学大学院医学研究科にて医学博士を取得。看護倫理学をはじめ、看護実践と結びつけた看護過程、看護診断における教育や研究を進めている。

NANDA-I看護診断の基礎理解と

プロセストレーニング

[時間]10:00~16:00

広島19年 10/26(土)RCC文化センター

大阪19年 12/14(土)田村駒ビル 名古屋

20年 3/14(土)日総研ビル

福岡19年 11/9(土)日総研 研修室(第7岡部ビル)

【2018-2020】

1.看護診断の基本的理解  1)看護診断の目的~使用することによるメリット・デメリット 2)看護診断の構造~分類法II、診断指標、危険因子、関連因子、           ハイリスク群、関連する状態の理解 3)看護過程と看護診断~クラスタリングの考え方 4)看護診断の正しい理解~セルフケア・運動と活動・自己概念 など

2.看護診断の活用プロセス 1)データの枠組みに沿った情報収集  2)データの系統的分類〔クラスタリング〕 3)患者情報の分析・統合 4)関連因子と診断指標等の見方 5)看護診断仮説の立て方 6)看護診断の確定

3.看護診断プロセストレーニング   事例をもとに関連図を書きながら診断を導く思考過程を整理!

4.現場の悩みを解決する看護診断Q&A  ●看護診断の何が変わったの?●疾患の診断がつかなければ看護診断はできないの?●看護理論がなくても看護診断はできるの?● データベースは何を使ってもいいの?●複数挙がった看護診断に優先順位をつける基準は?●院内で導入、指導していく際の注意点は?●絶対に看護診断を使わなければいけないの? ●看護診断に慣れるには何が一番効果的?

山口大学大学院 医学系研究科 保健学専攻 教授

『NANDA-I看護診断 定義と分類 2018-2020』(医学書院) をご持参ください

●【2018-2020】の変更点とポイントがよくわかる!●情報の分析と統合が噛み砕いて理解できる!●事例を通じて看護診断プロセスを理解し習得できる!

本誌購読者 15,500円 一般 18,500円参加料/税込

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