音コミュニケーションを支える薄型ホーン -...

2
音コミュニケーションを支える薄型ホーン Compact Horn for Comfortable Acoustic Communication 1W100272-1 鈴木 絢子 指導教員 山﨑 芳男 教授 SUZUKI Ayako Prof. YAMASAKI Yoshio 概要:ホーンは電気を使わず音の放射の効率を上げることができ,放射だけでなく受音にも用いることができる.一 方で,補聴器は電気を使うのでハウリングを起こすことがあり,電池交換の手間もかかる.本研究では,補聴を目的 とした薄型ホーンを提案する.性能を上げようとすると長く大きくなってしまうホーンを折り曲げることで持ち運び を容易にした.またホーンに指向性があることを利用して,ホーンを向けることにより所望の会話を聞きとりやすく する.薄型ホーンを製作し,ストレートホーンとの受音の周波数特性の比較実験を行った.また,境界要素法による シミュレーションを行うことで,折り曲げることによる影響の検証と補聴に適したホーンの形状の検討をした. キーワード:ホーン,コミュニケーション,パッシブ,境界要素法 Keywords: horn, communication, passive, boundary element method 1. まえがき ホーンは電気を使わず音の放射の効率を上げることが できる.蓄音機が発明された当初は,再生時だけでなく 録音する際にも用いられていたようにホーンは放射だけ でなく受音にも用いることができる.補聴器の始まりに もホーンが使われていたが,電子機器の技術が進歩し小 型化したことで補聴にはほとんど用いられなくなった. 補聴器は便利になったものの,電気的な増幅によりハ ウリングすることがあり,電池交換の手間もかかる.そ こで本研究では補聴の手段として薄型ホーンを考える. ホーンは性能を上げようとすると長く大きくなり持ち運 びにくいので,これを何度も折り曲げることで解決する. 電気を使わず持ち運びやすく,またホーンに指向性があ ることを利用して,ホーンを向けることにより所望の会 話を聞きとりやすくする補聴手段を提案する. 2. ホーンの理論 ホーンとは断面積が連続的に変化している音響管のこ とである.代表的なホーンの形としてエクスポネンシャ ルホーンがある.喉の断面積を S 0 ,喉から x での断面積 S x とすると S x = S 0 e mx (1) μ=1 μ=2 μ=∞ μ=4 μ=8 喉 :So 開口端 :Sl S x = S 0 ( 1+ ( μ S l /S 0 - 1 ) x l ) μ 図―1 ベッセルホーン群 開口端 :Sl 喉 :So T=∞ T=5 T=1 T=0 T=2 S x = S 0 (cosh mx + T sinh mx) 図―2 ハイパボリックホーン群 と表せ,断面積を指数関数的に増大させることで効率の 良い放射ができる.ただしカットオフ周波数 f c 以下で はホーンのインピーダンスが虚数のみとなり音波が伝播 しない.m を広がり定数,c を音速とするとカットオフ 周波数 f c f c = mc 4π (2) となる.x のべき乗で表わされるホーン群をベッセル ホーン群といい,断面図を図―1 に示す.ホーンの長さ l,開口端での面積を S l ,形状を決めるパラメータを 0 < = μ< とすると S x = S 0 ( 1+ ( μ S l /S 0 - 1 ) x l ) μ (3) と表せる.また,双曲線で表わされるホーン群をハイパ ボリックホーン群といい,断面図を図―2 に示す.形状 を決めるパラメータを 0 < = T< とすると Sx = S0 (cosh mx + T sinh mx) (4) と表わされる. [1], [2]3. 薄型ホーン 3. 1 薄型化を目指した折り曲げホーンの製作 薄く短いホーンを提案し 3D プリンタ (Stratasys u-Print) で折り曲げホーンを断面積が増大するように設 計し,製作した.喉は半径 8 mm,開口は半径 83 mm ある.高さは 330 mm のものを折り返すことで 98 mm に小さくすることができた.カットオフ周波数は 382 Hz である. 3. 2 受音実験 ストレートホーンと折り曲げホーンの受音の周波数特 性の比較実験を行った.使用したストレートホーンを図 3 に示す.ホーンの開口端正面にマイクロホンを置き、

Upload: others

Post on 22-Jan-2021

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 音コミュニケーションを支える薄型ホーン - intermedia...音コミュニケーションを支える薄型ホーン Compact Horn for Comfortable Acoustic Communication

音コミュニケーションを支える薄型ホーン

Compact Horn for Comfortable Acoustic Communication

1W100272-1 鈴木 絢子 指導教員 山﨑 芳男 教授SUZUKI Ayako Prof. YAMASAKI Yoshio

概要:ホーンは電気を使わず音の放射の効率を上げることができ,放射だけでなく受音にも用いることができる.一

方で,補聴器は電気を使うのでハウリングを起こすことがあり,電池交換の手間もかかる.本研究では,補聴を目的

とした薄型ホーンを提案する.性能を上げようとすると長く大きくなってしまうホーンを折り曲げることで持ち運び

を容易にした.またホーンに指向性があることを利用して,ホーンを向けることにより所望の会話を聞きとりやすく

する.薄型ホーンを製作し,ストレートホーンとの受音の周波数特性の比較実験を行った.また,境界要素法による

シミュレーションを行うことで,折り曲げることによる影響の検証と補聴に適したホーンの形状の検討をした.

キーワード:ホーン,コミュニケーション,パッシブ,境界要素法

Keywords: horn, communication, passive, boundary element method

1. ま え が き

ホーンは電気を使わず音の放射の効率を上げることが

できる.蓄音機が発明された当初は,再生時だけでなく

録音する際にも用いられていたようにホーンは放射だけ

でなく受音にも用いることができる.補聴器の始まりに

もホーンが使われていたが,電子機器の技術が進歩し小

型化したことで補聴にはほとんど用いられなくなった.

補聴器は便利になったものの,電気的な増幅によりハ

ウリングすることがあり,電池交換の手間もかかる.そ

こで本研究では補聴の手段として薄型ホーンを考える.

ホーンは性能を上げようとすると長く大きくなり持ち運

びにくいので,これを何度も折り曲げることで解決する.

電気を使わず持ち運びやすく,またホーンに指向性があ

ることを利用して,ホーンを向けることにより所望の会

話を聞きとりやすくする補聴手段を提案する.

2. ホーンの理論

ホーンとは断面積が連続的に変化している音響管のこ

とである.代表的なホーンの形としてエクスポネンシャ

ルホーンがある.喉の断面積を S0,喉から xでの断面積

を Sx とすると

Sx = S0emx (1)

μ=1μ=2

μ=∞

μ=4

μ=8喉 :So

開口端 :Sl

Sx =

S0

(1 +

(µ√

Sl/S0 − 1)

xl

図―1 ベッセルホーン群

開口端 :Sl喉 :So

T=∞

T=5

T=1

T=0

T=2

Sx =

S0 (coshmx+ T sinhmx)

図―2 ハイパボリックホーン群

と表せ,断面積を指数関数的に増大させることで効率の

良い放射ができる.ただしカットオフ周波数 fc 以下で

はホーンのインピーダンスが虚数のみとなり音波が伝播

しない.mを広がり定数,cを音速とするとカットオフ

周波数 fc は

fc =mc

4π(2)

となる.x のべき乗で表わされるホーン群をベッセル

ホーン群といい,断面図を図―1に示す.ホーンの長さ

を l,開口端での面積を Sl,形状を決めるパラメータを

0 <= µ < ∞とすると

Sx = S0

(1 +

(µ√

Sl/S0 − 1) x

l

(3)

と表せる.また,双曲線で表わされるホーン群をハイパ

ボリックホーン群といい,断面図を図―2に示す.形状

を決めるパラメータを 0 <= T < ∞とすると

Sx = S0 (coshmx+ T sinhmx) (4)

と表わされる.[1], [2].

3. 薄型ホーン

3. 1 薄型化を目指した折り曲げホーンの製作

薄く短いホーンを提案し 3D プリンタ (Stratasys 製

u-Print)で折り曲げホーンを断面積が増大するように設

計し,製作した.喉は半径 8 mm,開口は半径 83 mmで

ある.高さは 330 mmのものを折り返すことで 98 mm

に小さくすることができた.カットオフ周波数は 382 Hz

である.

3. 2 受 音 実 験

ストレートホーンと折り曲げホーンの受音の周波数特

性の比較実験を行った.使用したストレートホーンを図

―3に示す.ホーンの開口端正面にマイクロホンを置き、

Page 2: 音コミュニケーションを支える薄型ホーン - intermedia...音コミュニケーションを支える薄型ホーン Compact Horn for Comfortable Acoustic Communication

開口端:半径90mm

開口端:83mm

高さ98mm 喉:半径8mm

ストレートホーン

折り曲げホーン

高さ330mm

図―3 製作した折り曲げホーンとストレートホーンの外観

開口端:半径83mm

高さ98mm

喉:半径8mm

図―4 折り曲げホーンの断面

表―1 測 定 条 件

場所 早稲田大学 55 号館 N 棟

地下 1 階 07 室マルチメディアスタジオ

マイクロホン BK4006

スピーカ YAMAHA MSP5 STUDIO

使用音源 TSP

校正信号 1 kHz 正弦波

ホーンの材質 ABS 樹脂

距離を変えて測定を行った.測定条件を表―1に、ホー

ン開口端とマイクロホンとの距離 1 m での測定結果を

図―5示す. 結果を図―5に示す.ホーンがない状態に

比べ折り曲げホーンでは 20~30 dBほど音圧が上昇した

が,ストレートホーンに比べ 6 dBほど音圧が低いこと

が確認できる.

ストレートホーンより折り曲げホーンの方が音圧が低

いことについては,開口端の面積がストレートホーンに

比べ折り曲げホーンの方が 15 %ほど小さいことや,折

り曲げたことにより音の反射が生じ,ホーン開口端から

外部へ放出され減衰した可能性が考えられる.また 10

kHz付近で大きな音圧の低下が見られるが,ホーン内部

におけるわずかな経路差などが原因であると考えられる.

10 2 10 3 10 440

50

60

70

80

90

100

110

120

130

Frequency [Hz]

SPL [dB]

ホーンなし折り曲げホーンストレートホーン

図―5 種類別周波数特性 スピーカ―ホーン開口端距離 1m

10 2 10 34

6

8

10

12

14

16

18

20

Frequency [Hz]

Gain [d

B]

μ=1μ=2μ=4μ=8μ=∞

μ=1μ=2

μ=∞

μ=4

μ=8喉 :So

開口端 :Sl

(a) ベッセルホーン群

10 2 10 34

6

8

10

12

14

16

18

20

22

Frequency [Hz]

Gain [d

B]

T=0T=0.3T=0.6T=1

開口端 :Sl喉 :So

T=1

T=0

(b) ハイパボリックホーン群

図―6 周波数特性

4. シミュレーション

2次元の境界要素法を実装し補聴に適した形状の検討

を行った [3].設定条件としてホーンを自由空間に置き,

観測点を喉の境界上,ホーンの開口端の正面 1 mに音源

を置いた.ホーンの開口端の長さは 180 mm,喉の長さ

は 16 mm,長さ 330 mmとした.

ベッセルホーンとハイパボリックホーンのホーン群を

用いて,図―1,図―2に示すようにホーンの形を変え,

利得の周波数特性を求めた.結果を図―6に示す.ベッ

セルホーン群に関しては 2 kHz付近までは µ = ∞のときであるエクスポネンシャルホーンの利得が最大であり

周波数特性は最も平坦である.ハイパボリックホーン群

に関してはエクスポネンシャルホーンと大きな差は見ら

れないが,低い周波数では T = 0のとき 1 dBほど高く

なった.

5. む す び

補聴器の代替手段として電気を使わず持ち運びが容易

な薄型ホーンを提案し,高さを 3 分の 1 にすることが

できた.受音実験の結果,折り曲げホーンはストレート

ホーンと比べ 6 dBほど音圧が小さかったが,ホーンがな

い状態に比べ 20~30 dBほどの音圧上昇が確認できた.

今後はより薄くすることを検討し折りげることの検証

を深める.

参 考 文 献[1] 伊藤毅,音響工学原論,コロナ社,1957.[2] 早坂寿雄,吉川昭吉郎著,音響振動論,丸善出版,1974.[3] 日本建築学会,はじめての音響数値シミュレーションプ

ログラミングガイド,コロナ社,2011.