新規製パン用酵素「センシア フォーム 最新技術情報 (sensea … ·...
TRANSCRIPT
月刊フードケミカル 2019−172
1. はじめに
産業用酵素は食品・飲料などの分野を中心に世界的に幅広く利用されている。国内製パン業界においても例外ではなく,特に近年では下記のような理由で,酵素に対する期待が非常に高まってきている。
①パンの品質や製パン性を改善できる(品質向上・歩留まり向上)
② 乳化剤などの添加物の代替を行なうことができる(原料表示の簡略化)
このような市場のニーズに応えるため,ノボザイムズ社は製パン用酵素として「ノバミル」や「リポパン プライム」などの特徴のある製品を市場に提案してきた。ノバミルは,パンの老化防止用アミラーゼとしてパンの柔らかさを維持する効果をもち,製パン用酵素を代表する世界的ベストセラーである1)。リポパン プライムは当社の開発技術で生まれた臭いリスク低減型リパーゼであり,パン生地改良,ボリュームアップ,イニシャルソフトネスの効果をもつ革新的な酵素製品である2)。
そして,さらなるソリューションを市場に届けるためユーザーの声に耳を傾けてみると,パンの柔らかさ維持や製パン性向上に加え,パンの「保形性向上」について強い関心をもっていることに気付いた。特に,食パンのケービング(腰折れ)抑制はベーカリーにお
いて大きな課題となっている。ケービングは,パンが自重を支えきれないため起こると考えられており,しっかりと焼きこむことで改善されるが,パン全体のしっとり感が失われてしまうという欠点がある。また,乳化剤やアルギン酸エステルを用いてある程度予防することもできるが,これらの添加物は表示義務があるため,添加物非表示を謳うパン製品にとっては不向きである。
この課題を解決すべく,当社は保形性向上における酵素ソリューションを開発し,新規酵素製品「センシア フォーム(Sensea Form)」を2019年2月末から販売開始する予定となった。
本稿では,センシア フォームのユニークな効果を紹介していくとともに,その効果を引き起こすメカニズムについても説明する。
2. 焼成後のパンにおけるセンシア フォームの働き
1) ケービング防止効果上記で述べたように,センシア フォーム
はケービング防止ソリューションとして利用することができる酵素製品である。この効果を実証するために次のような試験を行った。
ケービングを故意に引き起こす試験系には,パン生地の加水率を70%にし,α-アミラーゼを過剰添加する条件を用いた。α-アミラーゼは焼成後のパンに柔らかさをもたら
新規製パン用酵素「センシア フォーム(Sensea Form)」の効果と機能
福永 健三/栃尾 巧,安井 忍,柏倉 雄一Kenzo Fukunaga/Takumi Tochio, Shinobu Yasui, Yuichi Kashiwakura
ノボザイムズ ジャパン株式会社 / 物産フードサイエンス株式会社
最新技術情報最新技術情報最新技術情報
73月刊フードケミカル 2019−1
す効果をもつが,過剰添加すると,パンのクラムが極端に柔らかくなり,ケービングを引き起こしてしまう反作用もある。本試験において,高い柔らかさ保持効果をもつα-アミラーゼ「ノバミル3D(当社製品)」を,通常10 ~ 25ppmが適正添加量であるのに対し,過剰添加量となる50ppmで使用した。
まず,ノバミル3Dを50ppm添加した場合,パンが非常に柔らかくなり,ケービングが起こった(図1のA)。これに対し,ノバミル3Dを50ppm添加するのと同時に,センシア フォーム100ppmを添加すると,ノバミル3Dによる柔らかさ維持効果は依然発揮されつつも,食パンの両側がまっすぐになり,ケービングが改善されることが観察された(図1のB)。なお,このケービング防止効果はセンシア フォームの添加量依存的に起こる。
このようにセンシア フォームには保形性向上効果をもつことが確認されたが,パンにどのような物性変化をもたらしているのだろうか?このことについて,従来のソリューションと比較した。2) 復元性向上効果
パンの保形性向上の既存ソリューションの一つに,アルギン酸エステル(アルギン酸プロピレングリコールエステル;PGA)の利用がある。この食品添加物は,海藻から抽出精製されたアルギン酸にプロピレングリコールをエステル結合させた増粘多糖類であり,焼成後パンのケービングを抑制しつつ復元性を
改善する効果をもつため製パンにおいて広く利用されている3)。センシア フォームもアルギン酸エステルと同様な効果が期待されるため,復元性における効果を調べてみることにした。
復元性については次の方法でテストした。焼成後4日目の食パンのクラムから5cm角の立方体を切り出し,直径3cm円盤型のプランジャーを用いて圧縮を続けて2回行った。そして,1回目の圧縮力と2回目の圧縮力の比を復元性と定義した。この値が1に近いほど復元性が高いことを表している。このような試験方法で復元性を測定したところ,次の結果が得られた。
図2で示すように,添加なしの場合,復元性が0 .67であったのに対し,センシア フォーム添加では,0 .71まで改善された。この効果は,アルギン酸エステル(復元性0 .68)と比較しても高いスコアである。
以上の結果より,センシア フォームはアルギン酸エステルと同等以上の高い復元力を持つことが分かった。そして,このことは本酵素製品をアルギン酸エステルの代替として利用できる可能性を示唆している。近年価格が上昇しているアルギン酸エステルの使用量を抑えることができることは原料コストの点で大きなメリットとなりうる4)。また,本酵素製品は焼成中に失活するので,パン製品における原料表示簡略化の目的でも利用可能である。
ノバミル 3D 50ppm ノバミル 3D 50ppm+ センシア フォーム 100ppm
A B
図 1 センシア フォームはケービング(腰折れ)を抑制する
0.66
0.68
0.70
0.72
添加なし センシア フォーム50ppm
復元性
低い
高い
アルギン酸エステル0.1%
図 2 センシア フォームは高い復元力をもつ
月刊フードケミカル 2019−174
3) 食感改良効果次に,センシア フォームの食感に対する
効果を調べた。パンの食感改良は消費者への訴求ポイントとして外すことができない。本酵素製品の食感への影響を調べるために,センシア フォームで処理したパンを用いて官能評価を行なった。
図3が示すように,センシア フォームを用いると,保形性だけでなく,クラムの柔からさ,弾性,歯切れ,くちゃつきを改善することができた。特に,「歯切れの良さ」と「くちゃつき改善」についてはユーザーから求められているポイントである。また,前述で紹介したノバミル3Dと併用すると,お互いの強みを活かすことにより,柔らかさと食感のよさという点でバランスのとれたパンになる
という評価結果となった。以上のように,センシア フォームはパン
の物性を変化させることにより,保形性や食感を改良することができる酵素製品である。それでは,なぜこのような効果を発揮することができるのであろうか?そのメカニズムについて次項のように考察した。
3. センシア フォームの製パンにおけるメカニズム
センシア フォームは,微生物由来の6-α-グルカノトランスフェラーゼ活性をもつ酵素製品である。この酵素は,デンプン中のα-1, 4-D-グルコシド結合を切断するとともに, α-1,6-D-グルコシド結合を形成する反応を触媒し,高度に分岐したデキストリンを作り出していく5)。このようにデンプンにたくさんの枝を付ける働きをもつため,この酵素は一般的にブランチングエンザイム(枝付け酵素)と呼ばれている。では,実際に小麦粉中のデンプンに働かせるとどのような変化をもたらすであろうか?
他研究グループの報告において,植物から抽出したデンプン(アミロースとアミロペクチンを含有する)に6-α-グルカノトランスフェラーゼを添加すると,デンプン分子内と分子間でブランチング反応が起こるという現象が観察されている6)。その結果,アミロースと大きな分子のアミロペクチンの含有量が著しく減少し,さらに高度分枝デキストリン
●官能評価結果(N=5)
食感改善
02468
10
添加なしノバミル 3D
ノバミル 3D+センシア フォーム
センシア フォームクラムの柔らかさ(柔らかい)
弾性(強い)
歯切れ(良い)
くちゃつき(少ない)
保形性(良い)
図 3 センシア フォームはパンの食感を改善する
アミロペクチン
アミロース
センシアフォーム
分子間での転移
分子内での転移高度分枝デキストリンを生成
図 4 センシア フォームはより高度に構造化されたデンプンネットワークを形成する
75月刊フードケミカル 2019−1
が生成され,より高度に構造化されたデンプンネットワークが形成される(図4)。本稿で述べている製パン試験においても,小麦粉はアミロースとアミロペクチンを含んだデンプン構造をとっているため,6-α-グルカノトランスフェラーゼで反応させると高度分枝デキストリンを中心としたデンプン構造を形成する可能性は十分にあり,この構造変化がパンの保形性などに影響を与えていたと考えられる。では,なぜこのように構造化されたデンプンが,パンの物性に影響をもたらすことができるのであろうか?この疑問に答えるべく,次のようなモデルを当社は推察している。
図5の モ デ ル で 示 す よ う に,セ ン シ ア フォームで処理していないデンプンは,アミロースとアミロペクチンが混在している状態である。アミロースは線状であるため,アミロース同士またはアミロペクチンと絡まってしまう。そのため,パンにおいてもその絡み合いがくちゃつきの食感を与えてしまうのではないかと考える。また,アミロペクチンは大きな分子であるため分子間に隙間ができてしまい,パンの形が潰れやすくなってしまうのではないだろうか。一方,センシア フォームで処理すると,より画一的な高度分枝デキストリンを形成する。アミロース含有量が減少するため分子間の絡みあいが緩和され,くちゃつきが改善される。また大きな分子のアミロペクチンが減少するため,分子間の隙間が減り,へこみに対して強度な構造をもつことになると考えられる。
以上のように,センシア フォームによるデンプン構造のダイナミックな再構築が起こ
ることによって,パンの物性が変化すると考えている。しかし,このモデルはあくまで現時点での仮説である。当社は今後,パンにおける本酵素製品のより正確な作用機構を解明していくことを予定している。
4. まとめ
上記で述べてきたように,センシア フォームは小麦粉中のデンプンの構造を酵素の力を使って大きく変えることにより,次のようなメリットを与えることができる製パン酵素ソリューションである。
①ケービング抑制②復元性改善③食感改良④アルギン酸エステル代替(原料表示の簡
略化)これらの効果に加え,パン生地の弾性強化
効果があることも発見し,加水を増加させることができることも最近の製パン試験結果で分かってきた(データ未掲載)。本酵素はこれまでないユニークな酵素反応をもつため,アイデアによってはまだまだ使い道が出てくる可能性は十分にある。
最後に,センシア フォームの名前の由来を紹介し本稿を締めくくりたい。この製品名は,「New Sensory experience by Starch structure Reforming(デンプン構造の再構築を引き起こすことにより,新しい食経験を提供する)」というコンセプトがベースとなって名付けられた。この名の通り,本酵素製品がユーザーおよび消費者に新しい食体験をお届けすることができれば幸いである。
・分子同士の絡み合いが多い→食感がくちゃつく ・分子間の隙間が多い →パンの形がつぶれやすい
・分子同士の絡み合いが少ない→歯切れがよい,口どけよい・分子間の隙間が少ない →パンの形がつぶれにくい
アミロペクチン
アミロースセンシア フォーム
高度分岐デキストリン
図 5 デンプン構造の変化とパンにおける効果におけるモデル
月刊フードケミカル 2019−176
参 考 文 献1) 黒坂玲子:月刊フードケミカル,(12),(2015).
2) 福永健三:月刊フードケミカル,(5),(2018).
3) 宮島千尋:SEN ʼI GAKKAISHI(繊維と工業),65(12),
(2009).
4) 『食品添加物総覧 2015-2018』,(食品化学新聞社,
2018).
5) Hiroshi Takata, et al:Carbohydrate research,
295 , 91-101(1996).
6) Yadi Li, et al:Int. J. of Bio. Macromolecules,
103 , 630-639(2017).
ふくなが・けんぞう
ノボザイムズ ジャパン株式会社
食品&飲料分野 アカウント・マネージャー
九州大学大学院農学研究院博士課程
修了(学位:農学)。2012年,ノボザイ
ムズ ジャパン株式会社入社。
とちお・たくみ
物産フードサイエンス株式会社 研究開発センター
広島大学大学院理学研究科 博士課程修了(学位:理学)。
2011年,物産フードサイエンス株式会社入社。
やすい・しのぶ
物産フードサイエンス株式会社 研究開発センター 東京
アプリケーションセンター
2012年,物産フードサイエンス株式会社入社。
かしわくら・ゆういち
物産フードサイエンス株式会社 研究開発センター 東京
アプリケーションセンター
明治大学大学院農学研究科 修士課程修了。2017年,物
産フードサイエンス株式会社入社。