幼児の創造性を育む音楽表現の指導に関する一考察 -保育者...

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幼年教育 WEB ジャーナル 第 2 2019 10 幼児の創造性を育む音楽表現の指導に関する一考察 -保育者養成における「つくる」活動を通じて- 木村 文子 (小田原短期大学保育学科) 現代社会は科学技術とメディアの発達により多種多様な音で溢れており、このような環境においては 知覚や感受性の脆弱化、情緒の減衰、思考の停滞などの影響が及んでいる。幼児にとって適切な音環境 を構成し主体的に「聴く耳」を育む音楽遊びを展開するために、保育者には音を感受する経験とそれら を遊びに生かす創造的な思考・応用力が求められる。本稿では、通信教育の短期スクーリングにおける 手づくり楽器の製作から発展した音楽づくりにおいて、学生が身のまわりの様々な音素材を用いて創意 工夫し作品をつくるプロセスを通じて学んだことについての振り返りシートの自由記述から6つの主 要な概念を析出し、それらの概念を基に各事例を分析・考察することにより「つくる」活動の学習効果 を明らかにする。 キーワード:幼児 音感受 創造性 保育者養成 表現 1.研究背景と目的 我々の日常を取り巻く音環境は多種多様であり、幾種類もの音や音楽が織り混ざり合いながら容赦な く人間の耳に入ってくる。現代を生きる幼児は日常生活の中で聞くことは多く経験していても耳を傾け て意識して聴くことはあまり経験していない(立本,2010) 1) といわれるように身のまわりの音への気づ きや感受性が損なわれやすい大量の情報が渦巻く環境に囲まれて生活している。感覚の鈍磨化が指摘さ れるなか、聴くことに向かおうとする態度、すなわち「音の聴取力」を養うことは重要視されている。 聴覚(the ear)と生き生きと迸る思考や情動の結び付きは、視覚(the eye)とそれとの結び付きよ りも圧倒的に緊密であり多彩である(デューイ,1927) 2) 。外界に耳を傾けた状態であるからこそ音の刺 激は幼児の心に響いてくるものと推察され、音を通して感受したものを何らかの手段で表現したいとい う欲求が自然に幼児の中に生じるものである(Zee,1976) 3) 我が国では平成元年の小学校音楽科の学習指導要領改訂の際、「A 表現」の領域に「(4)音楽をつくっ て表現するようにする」という独立した項目が立てられて以来 4) 、カナダの作曲家 R・マリー・シェー ファーによる「聴き方を学ぶ」ことに教育的意義を見出すサウンド・スケープへの共感のもと、生活の 中で音を探したり音を楽しんで聴くというサウンド・エデュケーション 5) 的な活動が就学前の保育を含 むあらゆる教育現場で行われている。平成 29 年告示の幼稚園教育要領 6) や保育所保育指針 7) の「表現」 におけるねらいや内容項目に定められるように、幼児が自分なりの思いを音や動き、或いは自由にかい たり、つくったりすることで表現したり、言葉で伝えられるようになることが大切な目標である。した がって、今日の保育現場では身のまわりの環境へ子どもの興味や関心を持たせ、意欲的に環境と関わり を持つ中で、子どもたちの自発性や創造性、思考や感受性の発育というものを大切にした取り組みが展 開されている。「子どものための創造的音楽」(Creative Music for Children,1922) 8) と呼ばれた S・コ ールマンの楽器づくりとは、子どもたちに人間と音楽との原初的な関わりとしての楽器づくりにおいて、 自分の心を表現するための音を探し、それを奏で、自由に表現することができる機会を与えられるよう な学習方法により子どもたちに表現の喜びを味わわせることを目的とした。楽器の発達の諸段階を自力 で発見するような経験を通じて、想像力や表現力、自律心といった子どもの成長発達を自然に促し、体 験を通した真の音楽理解へと導くことになると考えたのである。そして 1970 年代から、子どもが身の まわりの全ての音をもとに音楽を創る活動が世界各地で盛んになり、イギリスのペインターとアストン

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幼年教育 WEB ジャーナル 第 2 号 2019 年

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幼児の創造性を育む音楽表現の指導に関する一考察

-保育者養成における「つくる」活動を通じて-

木村 文子

(小田原短期大学保育学科)

現代社会は科学技術とメディアの発達により多種多様な音で溢れており、このような環境においては

知覚や感受性の脆弱化、情緒の減衰、思考の停滞などの影響が及んでいる。幼児にとって適切な音環境

を構成し主体的に「聴く耳」を育む音楽遊びを展開するために、保育者には音を感受する経験とそれら

を遊びに生かす創造的な思考・応用力が求められる。本稿では、通信教育の短期スクーリングにおける

手づくり楽器の製作から発展した音楽づくりにおいて、学生が身のまわりの様々な音素材を用いて創意

工夫し作品をつくるプロセスを通じて学んだことについての振り返りシートの自由記述から6つの主

要な概念を析出し、それらの概念を基に各事例を分析・考察することにより「つくる」活動の学習効果

を明らかにする。

キーワード:幼児 音感受 創造性 保育者養成 表現

1.研究背景と目的

我々の日常を取り巻く音環境は多種多様であり、幾種類もの音や音楽が織り混ざり合いながら容赦な

く人間の耳に入ってくる。現代を生きる幼児は日常生活の中で聞くことは多く経験していても耳を傾け

て意識して聴くことはあまり経験していない(立本,2010)1)といわれるように身のまわりの音への気づ

きや感受性が損なわれやすい大量の情報が渦巻く環境に囲まれて生活している。感覚の鈍磨化が指摘さ

れるなか、聴くことに向かおうとする態度、すなわち「音の聴取力」を養うことは重要視されている。

聴覚(the ear)と生き生きと迸る思考や情動の結び付きは、視覚(the eye)とそれとの結び付きよ

りも圧倒的に緊密であり多彩である(デューイ,1927)2)。外界に耳を傾けた状態であるからこそ音の刺

激は幼児の心に響いてくるものと推察され、音を通して感受したものを何らかの手段で表現したいとい

う欲求が自然に幼児の中に生じるものである(Zee,1976)3)。

我が国では平成元年の小学校音楽科の学習指導要領改訂の際、「A表現」の領域に「(4)音楽をつくっ

て表現するようにする」という独立した項目が立てられて以来 4)、カナダの作曲家 R・マリー・シェー

ファーによる「聴き方を学ぶ」ことに教育的意義を見出すサウンド・スケープへの共感のもと、生活の

中で音を探したり音を楽しんで聴くというサウンド・エデュケーション 5)的な活動が就学前の保育を含

むあらゆる教育現場で行われている。平成 29 年告示の幼稚園教育要領 6)や保育所保育指針 7)の「表現」

におけるねらいや内容項目に定められるように、幼児が自分なりの思いを音や動き、或いは自由にかい

たり、つくったりすることで表現したり、言葉で伝えられるようになることが大切な目標である。した

がって、今日の保育現場では身のまわりの環境へ子どもの興味や関心を持たせ、意欲的に環境と関わり

を持つ中で、子どもたちの自発性や創造性、思考や感受性の発育というものを大切にした取り組みが展

開されている。「子どものための創造的音楽」(Creative Music for Children,1922)8)と呼ばれた S・コ

ールマンの楽器づくりとは、子どもたちに人間と音楽との原初的な関わりとしての楽器づくりにおいて、

自分の心を表現するための音を探し、それを奏で、自由に表現することができる機会を与えられるよう

な学習方法により子どもたちに表現の喜びを味わわせることを目的とした。楽器の発達の諸段階を自力

で発見するような経験を通じて、想像力や表現力、自律心といった子どもの成長発達を自然に促し、体

験を通した真の音楽理解へと導くことになると考えたのである。そして 1970 年代から、子どもが身の

まわりの全ての音をもとに音楽を創る活動が世界各地で盛んになり、イギリスのペインターとアストン

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が Sound and Silence(1970) 9)の中でこうした活動を「創造的音楽学習」(Creative Music Making)と

読んだのが源流といわれている。日本でもこれが反響を呼び、平成元年告示の学習指導要領に「つくっ

て表現する」活動として注目され広く推進されることとなり、全ての音素材を対象とする楽器づくりも

全国的に普及していった。降矢ら(2007)は楽器づくりのいずれも、子どもが知恵をしぼって工夫しな

がらよりよい音の楽器を作り上げ、世界にたった一つしかない自分の楽器で奏法を工夫して自分の音楽

を創って演奏する活動で、主体的で能動的な学習活動が可能とし、音楽観の転換や広がり、自然や文化

など新しい世界を開く可能性を持つ理解も深められると述べている 10)。

また今川ら(2005)も子どもたちがモノや人と関わることができるための環境構成と働きとして、音

探求や身近な素材を用いた楽器づくりや音作品づくりを提案している 11)。このように身近な音素材や人

と積極的に触れ合いながら展開する創作活動は、広く音を意識し能動的に聴くことにより幼児の感じる

心を育み内にあるものを自分の外に向けて表出しようとする力を引き出す。すなわち教育的意義を十分

に兼ね備えた遊びと捉えることができる。

日本における保育者、及び教員養成系の教育現場における楽器づくりの授業実践に関する先行研究は

数多くみとめられる。降矢ら(2007)によるモデルがある篠笛、カホン、トガトンづくりを通じた楽器

づくりの意義に関する考察、笠井(2016)による自然素材【ひょうたん】を使った手作り楽器と音楽創

作の導入による感性の育みについて 12)、三輪(2016)による手作り楽器の製作を教育的意図を持った遊

びの計画へと繋げる試み 13)、楽器作製からコンサートの演出発表まで行う音楽体験学習(矢野,2018)

による楽器づくりと創作活動の協同性や責任感の向上を論じたものなどがある 14)。また小島ら(2013)

は音探求と音楽づくりが一体となった「構成活動」としての楽器づくりの理論と実践を展開し、子ども

たちの音への感性や音楽への知覚・感受を育てるだけでなく想像力を養うことを目指した楽器づくりの

アプローチ方法について論じている 15)。さらに、一日の集中講義における受講生の反応と学びや感想を

報告したものには、松園(2016)のパンフルートづくりの実践講義を事後アンケートから省察したもの

などがある。松園は主に高等学校幼児教育科や小学校教諭・幼稚園教諭を対象とした教員免許状更新講

習におけるパンフルートづくりを行ったが、アンケートより、子どもの自ら発見し学ぶ意欲、探究心や

想像力の育成に繋がる、素材を分け合い教え合うことが良い体験に繋がること、音の鳴る原理や仕組み

を知ることによる視野の広がりなど、多様な意義を楽器づくりに見出せたとしている 16)。

以上のような楽器づくりの教育的有効性を述べた実践事例を踏まえ、筆者は保育者養成校通信教育課

程における短期スクーリング(集中講義)で手づくり楽器の製作を音楽づくりへと発展させる表現活動

を行った。通信教育課程のスクーリングにおけるピアノ (平松,2009)17)、や弾き歌い(拙稿,2017、2018)

に関する研究 18)19)は少なくも存在するが、手づくり楽器の製作を音楽づくりへと展開した授業実践に

関する具体的な学習効果については明らかにされていない。

スクーリングでは短期間の時間的制約の中で保育者として求められる音楽的技能の様々な要素を総

合的に集中して学習しなければならない。本稿では 90 分×15 コマ、1日連続 5 コマ×3 日間の「音楽

表現ⅠB」のスクーリングのうち第 1日目の 3・4限(計 2コマ)に行われた手づくり楽器の製作から音

楽づくりまでの過程を省察し、振り返りシートの学びに関する自由記述を分析することにより、授業実

践の学習効果を検証する。

2.研究方法

授業実践は、2018 年 7 月から 9 月に大阪市内の短期大学保育学科 1年生 22 名を対象とした「音楽表

現」の 3 日間にわたる集中講義の第 1 日目 3,4 限に行われた様々な音素材による楽器づくりと音楽創

作である。なお手作り楽器の際の音の探求に先立ち音の聴取力を高めるため、同日の 2 限目に

小松(2017)20)による音源にてあらゆる生活音を聴き、それを色、擬音語、図形で表す、教室の窓を全

て開け、聞こえてくる音を絵にするサウンドマップづくりを行った。

学生が楽器づくりの過程で、身のまわりの音素材の響きの特徴や多様性に気づき、そこからイメージ

したことが音楽的な表現に結びつく部分において、どのような学びや育ちが見られるのか、いかなる部

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分に保育者としての視点をもつことができたのかを明らかにする。具体的には、手づくり楽器の製作の

記録や、その際学生がイメージやアイデアを記入したワークシート、物語の朗読に合う BGMをつける創

作活動の発表の記録、そして授業の最終段階で学生が学習内容に関する気づきや感想を自由に記述した

振り返りシートを分析の対象とし、学習効果を考証する。

3.授業の実践内容と学生の様子

3-1.手づくり楽器の製作

(1)マラカス

一斉活動としての手づくり楽器に関しては、紙コップの中に各素材を入れ、響きを確認しながら各自

で気に入る音をつくり、空の紙コップで封をしてマラカスを製作する。

できあがった楽器の音色について、どのような感じがする音か、どのような情景、もしくは心理的側

面をイメージするか、音の鳴らし方も試しながら想起したイメージの内容をワークシートに書き留めた。

そしてこのワークシートに記入したイメージと音の響きをクラスで共有し、3~4名単位のグループで各

自が創り出した音を BGMとして用いた物語を考え、クラス全体で演奏発表させた。

中に入れる素材は小豆、大豆、お米、コーン、どんぐり、落ち葉、木片、マカロニ、ゴマ、おはじき、

ビーズ、ストローなどから一つ或いは複数の物を組み合わせて入れ、様々な音色が出る楽器になった。

中に入れる素材を取り換えながら自分の気に入る音を探して選ぶまで、吟味精選する様子がどの学生に

も見受けられた。「落ち葉って意外としっかりした音が出る。」「放り投げると花火みたい。堅くて中ぐら

いの大きさのを入れる方がそれらしく聞こえるかもしれない。」「違う素材の音を重ねると面白い。」な

ど音質やイメージについて互いに感想を述べ合っていた。素材の形や大きさ、量、組み合わせにより、

音質や音量、音の高さに違いが生じることを感じ取っている様子であった。できあがった音に対するイ

メージを言葉で表すと表1のようになった。楽器の外側にマカロニと小豆やどんぐりなどで顔文字を形

作って貼る、絵や模様を描いたり折り紙やマスキングテープ、シールで好きな装飾を施すなど、視覚的

にも楽しくなるような工夫も自ずと為されていた。

表1.学生がワークシートに記述した音のイメージ(一部抜粋)

・ザーザー降りの雨 ・歯磨きをする音・馬の走る音 ・運動場を歩いたときの音

・電車の音 ・兵隊の行進 ・海の砂浜に打ちつける波の音 ・フライパンで料理している時の音

・怒っているような音 ・洗濯機のまわる音 ・おなかの中の音

(2)オリジナル楽器

次に、牛乳パック、新聞紙、団扇、トイレットペーパーの芯、画用紙、缶、ペットボトル、ティッシ

ュペーパーの箱、発泡スチロールの食品トレイ、竹串、割りばし、ポリ袋、輪ゴムやモールなどの素材

を提示し、これらを使った見本(繁下,199421)、及び細田,200622)らによる作品例と神戸市内の幼稚園を

訪れた際に使われていた廃材による楽器を参考に筆者が作製したもの)として紙太鼓、厚紙や散水用ホ

ースでつくったカズー、缶のアルミブロック、小豆を小さなアルミ缶やトイレットペーパーの芯に入れ

たシェイカー、ティッシュペーパーの箱にジグザグ織りの厚紙を張り付けたギロなどを紹介した。ただ

し、製作過程や方法について、質問は受け付けるが説明は行わず、学生各自が自由に上記の素材を使っ

て自由にオリジナルの楽器を完成させることとした。

素材の音色を探求し楽器の使いやすさや形など試行錯誤を繰り返した結果、以下のものができあがっ

た。

a) 団扇にビーズをタコ紐で連結させたものを複数取り付けたでんでん太鼓(図 1)

b) 複数の牛乳パックを張り合わせて四角柱にし、中に新聞紙を詰めた紙太鼓(図 2)

c) 牛乳パックを切って音が響く空洞をつくるよう形づくったカズー(図 3)

d) 大きさの違うアルミ缶を組み合わせて音の高低の響きを可能にしたアルミブロック(図 4)

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e) 食品トレイに、面に応じた長さに切った竹串を一定間隔に並べてボンドで貼ったギロ(図 5)

f) ナッツが詰められていたプラスチック容器でつくった太鼓(図 6)

図1.団扇のでんでん太鼓 図2.牛乳パックの紙太鼓

図3.牛乳パックのカズー 図 4.缶のアルミブロック

図 5.食品トレイのギロ 図 6.プラスチック容器の太鼓

a)は 3人ほどの女子がハート型や貝殻型のビーズでアクセサリーを作るかのように気に入った色合い

でビーズを連結させていった。「先生、これどうしたら音になりますかね?」と質問を受けたので、「重

ねて音が鳴るような土台を探してみてはどうか。」と筆者が提案した結果できあがったものである。

b)に関しては「中が空洞より何か詰める方が通ったぶ厚い音が出る。」「新聞紙を詰める密度で響きが

変わる。」「何人かで協力して固定を行う方が凹凸なくきれいな鼓面が仕上がる。」「牛乳パック同士をボ

ンドだけで引っ付ける場合はしばらく時間をおく必要がある。」「ビニールテープや布テープで補強する

方が安定する。」等、気づきや新たなアイデアが出てきた。

c)のカズーは息を吹き込むだけでは音にならず、声を出すとビニールの振動によりスピーカーから

聞こえる雑音のような面白い音に変わって聞こえる楽器である。車やバイクのエンジンの音や生き物の

真似、複数人で遊ぶ際にはコール&レスポンス、輪唱やイントロクイズ、何をしゃべったか当てる聞き

取りクイズなどあらゆる遊び方が考えられる。以前勤務校のイベントで子どもたちを対象にカズーによ

る聞き取りクイズを行ったところ面白くて楽しいと好評であったので紹介したところ、「変音器みたい

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で愉快な声になる。」「手軽にできそう。」ということで試行した。「同じ紙類でも牛乳パックとトイレッ

トペーパーやティッシュペーパーの箱に使われている紙によって音が違う。」「円筒形か角柱形、比べる

としっかり折り目がある方が牛乳パックの材質では響きもいいし、持った感じが安定しそう。」など素

材と形状による音質や機能性にも意見が及んだ。

d)に関しては「アルミとスチール缶、大きさや形で響きが随分変わる。」「缶の横側(側面)に笛みた

いにいくつか穴を開けたら音色や響きが変わって面白いかもしれない。」「ゴムだけじゃなくてビニール

テープで対角線状に固定すると安定感がある。」「缶を連ねて色んな音がする太鼓を作れるのではなか。」

など、アルミブロックとしての響きの工夫や缶を活用したその他の楽器づくりの可能性にも目を向けて

いた。

e)に関しては「ティッシュペーパーの箱よりもトレイを土台にする方が聴き取りやすくてシャープ音

が出る。」「ティッシュペーパーの箱の底の部分に貼るジャバラ型の擦る部分に使う紙は堅めで両端のみ

固定する方が残響があって良い。」「割り箸を貼ってもうまくいくかもしれない。」等、素材の性質や相性

に関心を持つ意見がみられた。

f)に関しては「何も中に入れない方がボンゴみたいな音がして色んな曲に使いやすい。」「手の形や

叩く位置を変えるだけで色々な音がする。」「ペンで打つと低くて大きな音が出る。」「カラフルに見た目

も楽しめるよう折り紙をボンドでブラスチックの側面に直接貼り付けていったが、意外とすぐに乾燥し

てやりやすかった。」など、太鼓としての機能の生かし方や奏法による様々な表現と手に取って演奏し

たくなるようなデザインについて考えを深め、楽器の持ち方や鳴らし方を試していた。

3-2.音楽づくり

(1)音素材を用いた物語づくり

まず最初の取り組みとして、前述のマラカスづくりや身のまわりの様々な素材を用いた楽器づくりで

見つけた身近な音素材を適用し音楽として構成するにあたり、表現したい情景や物語をグループごとに

文章化させた。個々が創った音を用いてグループで物語をつくる活動の内容として、テーマ、音の台本、

さらなる発展活動として音の絵本をつくり、それに合った音を選んで鳴らした音の用い方に工夫して作

品を創り上げる(今川ら,2005)11)とより充実したものになるが、授業シラバスと時間的な都合もあり、

物語の台本に個々の創った音を登場させるまでを完成形とした。

物語の題名を「宝探し」、「Tさんのおなか」、「ゴリラとカメ」「雨の日の決戦」などとグループ毎に決

め、情景、登場人物の設定もそれぞれ題名に因んだものとなった。下駄を履き犬を散歩に連れて歩く様

子、馬に乗って近づいて来る様子、ご飯を作っている音、波の動き、ゴリラとカメの足音、兵隊が雨の

日に砂利道を進む音、喜びや辛い時の心情など、対象となる情景や人物の様子に適した音を出す楽器と

奏法を決めた。「思いっきり縦に振る」「横にしてやさしく静かに揺らす」「違った楽器を交互に鳴らす」

「ジェスチャーしながら楽器を鳴らす」「縦にゆっくりと楽器を回転させる」など、効果的な表現を求め

て奏法や間合いにも様々なこだわりが散見された。音の探求や選択とともに、音の鳴らし方や止め方に

よる微妙な音色や印象の違いを吟味していたことが窺える。各場面のイメージとなる音の組み合わせと

時間的な経過や空間的な広がりを考えながら、メンバーの個々が創り出した音をどのようなタイミング

や間をとって物語上に登場させていくか思案を重ね、自然な流れの台本を創り出す。まとまりのある音

楽を構成していくために、互いに活発なコミュニケーションを取り個々のアイデアを共有することが

各々の想像力を膨らませることとなり、グループ全体の表現へと反映させることに繋がった。

(2)絵本を題材とした音楽創作

以上の創作活動を踏まえ次のステップとして、今度は幼児を対象とした既存の絵本「まどから☆おく

りもの」23)の朗読に効果音や音楽をつける授業を行うことにした。1グループの人数を 4~5名とし、3

グループに分かれて、10分間の打ち合わせの後、各自が作製した手作り楽器や声、身体を含めた教室内

の身のまわりにある音素材を用いてグループ演奏を行った。

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この絵本の中ではクリスマスの夜中に様々な動物たちがそれぞれの寝室で眠りについているところ

にサンタクロースがプレゼントを届けに来る場面が繰り返される。各グループとも物語の朗読に対して

創作した効果音として取り入れた楽器の使い方が次のように多様であった。

カズーで声を優しく短く小刻みに発してねずみを、複数人が色々な音域の声を重ねて寝ているうさぎ

たちの様子を表す。また、ブタのいびきは太い声で声をうねらせカズーを吹き、断続的に団扇のでんで

ん太鼓を細かく揺する。クマの気持ちよさそうに夢見ている姿は牛乳パックの紙太鼓を両手で交互に細

かく鳴らす。部屋いっぱいの大きなワニの寝息は食品トレイのギロをボールペンで大きく擦るなかで、

ナッツの容器のプラスチック太鼓をカタカタ・・・と不規則的に打ち鳴らす。このように、打ち合わせは

僅かな時間であったが、既定の枠に捕われない発想豊かな発表ができた。

4.振り返りシートについて

スクーリング 1 日目の最終時限の授業が終了した時点で振り返りシート(巻末資料参照)を配布し、

その日全体の学びや気づきを始め各授業テーマに沿った質問項目に対する回答を受講生 22 名に自由記

述させた。そのうち研究に同意を得た 20 名の振り返りシート上の楽器製作と音楽づくりに関する学び

や気づきを直接的に問う設問 4 とその結果を分析の対象とした。考察に用いるデータとして各学生の記

述を番号(例:事例-1、事例-2、・・・)であらわす。

4-1.振り返りシートの内容

振り返りシートの設問内容

Q1. 今日一日の学習を通じてどのようなことに気づきましたか。詳しく書いてください。

Q2. コードの知識や技能を保育の現場でどのように活用しようと思いますか。

Q3. 幼児が多種多様な音素材に親しみ音遊びを楽しむためには、保育者として日頃からどのよ

うに働きかければよいでしょうか。

Q4. 身近な音素材による楽器づくりや、物語の効果音を考え演奏する活動を通じて、どのよう

なことを学びましたか。詳しく書いてください。

スクーリング1日目は楽器や音楽をつくる活動以外に生活音に耳を澄ましサウンドマップを作る活

動やコードによる伴奏付け、さらに弾き歌いや歌唱など他の活動も行ったため、Q1、Q2、Q3 は調査対

象とせず、楽器製作と音楽づくりから学んだことを問う Q4 を調査対象として扱った。

4-2.分析手順

自由記述の中で複数の内容を包含している場合は、各記述を内容ごとにセグメント化する。記述の中

の着目すべき語句を探索し、そこから浮かび上がってくるテキスト外の主要な概念に集約する。セグメ

ント化した記述がどの概念に該当するか分類し、概念と個別の記述(事例)を対応させることにより自

由記述、すなわち学んだ内容の解釈を行う 24)。

4-3.振り返りシートの回答結果

【振り返りシートより】

設問4. 身近な音素材による楽器づくりや、物語の効果音を考え演奏する活動を通じて、どのような

ことを学びましたか。詳しく書いてください。

事例-1 同じ楽器を作っても、素材を変えると音も変わるので、自分だけの音が作れることがわかった。

物語を考えて、それに合わせた効果音を付けると、子どもたちの想像力を育てられると思った。

事例-2 班になってそれぞれが作ったマラカスでストーリーを生み出すのは難しかったけど楽しかった

です。一人として同じ作品で同じ音の人はいないのでこれが良いところだと思いました。

工夫すれば楽しい楽器になり多様な表現ができることがわかりました。

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幼児の創造性を育む音楽表現の指導に関する一考察

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事例-3 人によってつくる音が違うこと、振り方によって音が変わることを学んだ。

マラカスをみんなとつくったけど一緒になることがなくて量や物によって違うことを知った。

事例-4 一つの物でも鳴らし方や音の重ね方を変えるだけで違う音が出ていた。自分たちで作った楽器を

使うみんなはとても楽しそうだった。

事例-5 身の回りにあるものも叩くとこんな音がするのかと新しい発見がたくさんあるので、触れてみ

ることややってみることの大切さを学びました。物語の効果音は、かなり想像力を使うし、ワク

ワクしながら楽しく考えられるので良い方法だと学びました。

事例-6 身近な物で楽器を作るのは、自分にしか作れない自分だけの音になるし、つくるのも楽しいと

思った。効果音は鳴らすのが難しかったけど、鳴らし方によって色々な音が出て面白かった。

事例-7 この活動を通じて普段、捨てているような紙パックやトレイ、空き缶などでも楽器に変化する

ことができるんだということを学びました。

事例-8 効果音をつけることは、将来保育の現場に出た時の劇などで活用したいと思います。その際、

今日みたいに自分たちでつくった楽器を使うのも面白いかなと思いました。

事例-9 公園に落ちているどんぐりや木の実、落ち葉などそれをコップに入れるだけで音が出て楽器と

して使えたり、身近なビーズとか入れるだけでも楽しむことができ、子どもたちも簡単に作れ

るし、すごく良いと思う。

事例-10 子どもが好奇心をもてるように身近な物や活用できるものをいつでも遊びに取り入れること

ができるようになっておく。

事例-11 簡単に楽器を作ることができ、入れるものの大きさ重さ形で音も異なり、振る強さなどを変

えると様々な音を一つの楽器で作ることができることを学んだ。

事例-12 入れているものの形や大きさで出る音が全然違うし音の出し方でも変わってくるので素材っ

てすごく大切だなと思いました。

事例-13 一つひとつの効果音、音、音楽には意味があり、場面展開、音を聴くことが幼児のコミュニ

ケーション力・安全確保にも繋がっていると思いました。音を聴く経験は大切です。

事例-14 普段はゴミとして捨てられる牛乳パックや落ち葉など、お金を掛けずに簡単に楽器が作れる

しいいなと思った。

事例-15 牛乳パックやビニールを使って、元からある楽器を再現したのがすごいなと思いました。

私もそうやって身の回りにある捨ててしまいそうなものも、何かにつかえないかなーと思い

ながら生活したいです。

事例-16 牛乳パックや身近なもので楽器ができてお金を掛けなくてもできるから誰でもできるし合奏

の楽しさを知れた。子どもたちにもたくさん教えてあげたい。

事例-17 お金を掛けなくてもできるという合奏の楽しさを知れた。

事例-18 想像力が豊かになると思いました。実際の音とは違うけれど、ニュアンスとしてこんな感じ

っぽいなという気持ちがみんなと共感できた時が気持ち良かったです。人によって感じ方や

表現の仕方が違いお互い刺激になると思います。

事例-19 今日身近な物での楽器作りをしてとても楽しかったです。とても楽しめるということを学ん

だし、チームやグループでみんなの意見を出し合って一緒につくることの楽しさがわかりまし

た。私たちは作った楽器にクジラの絵を描きクジラのようにしてギロをつくりましたがとても

愛着が湧きました。

事例-20 それぞれ好きなパーツを組み合わせて作って、どんな音に聞こえるか人によって感じ方が違

う。一人ひとりが違う素材を使って楽器をつくってみんなで合奏などができると学びました。

4-4.回答の分析と考察

自由記述のデータより6つの主要な概念を析出した(図 7)。授業での学びはこれら6つの概念に分け

て捉えることができ、各事例の自由記述にそれらの概念のどの項目が該当するかを示す(表 2)。

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図 7. 主要な概念

表 2.概念と個別的事例の対応表 (該当あり・・・●、該当なし・・・×)

事例

番号

①幼児への有効性 ②保育での実用性

と期待

③新たな発見と

学びの楽しさ

④独自性の魅力 ⑤身近で便利な

遊びへの共感

⑥協同学習の

成果

1 ● × ● ● × ×

2 × × ● ● × ●

3 × × ● ● × ×

4 × × ● × × ●

5 ● × ● × × ×

6 × × ● ● × ×

7 × × × × ● ×

8 × ● × × × ×

9 × ● ● × × ×

10 ● ● × × ● ×

11 × × ● × ● ×

12 × × ● × × ×

13 ● × ● × × ×

14 × × × × ● ×

15 × × × × ● ×

16 × ● ● × ● ●

17 × × ● × ● ●

18 ● × ● ● × ●

19 × × ● ● × ●

20 × × ● ● × ×

まず全体の約 4 分の 3 の多数の事例で『③新たな発見と学びの楽しさ』がみられる。「工夫すれば楽

しい楽器になり多様な表現ができる(事例 2)」「人によってつくる音が違うこと、振り方によって音が

変わる(事例 3)」「鳴らし方や音の重ね方を変えるだけで違う音が出ていた(事例 4)」「入れるものの

大きさ重さ形で音も異なり、振る強さなどを変えると様々な音を一つの楽器で作ることができる(事例

11)」「素材ってすごく大切(事例 12)」のように、音素材の性質や形状、量の配分や奏法や音の重ね方、

強弱などによって音の響きやイメージが変わり異なって聞こえることを学んだという意見が多数みら

れた。同時に「鳴らし方によって色々な音が出て面白かった(事例 6)」と同様の感想を複数の者が述べ

①幼児への有効性

②保育での実用性と

期待

③新たな発見と

学びの楽しさ ④独自性の魅力

⑤身近で便利な

遊びへの共感

⑥協同学習の

成果

授業での学び

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幼児の創造性を育む音楽表現の指導に関する一考察

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ていた。また事例 5 のように「新しい発見がたくさんあるので、触れてみることややってみることの大

切さを学んだ」と体験することの意義を見出した者もおり、学習観や音楽的思考に広がりがみられた。

「一人として同じ作品で同じ音の人はいないのでこれが良いところだと思いました(事例 2)」「自分

にしか作れない自分だけの音になるし、つくるのも楽しいと思った(事例 6)」「人によって感じ方や表

現の仕方が違いお互い刺激になると思います(事例 18)」「それぞれ好きなパーツを組み合わせて作っ

て、どんな音に聞こえるか人によって感じ方が違う。一人ひとりが違う素材を使って楽器をつくってみ

んなで合奏などができると学びました(事例 20)」など『④独自性の魅力』や個性を尊重する気持ちが

約 3 分の 1 の受講生に芽生えていることが捉えられる。「合奏の楽しさを知れた(事例 16、17)」「チー

ムやグループでみんなの意見を出し合って一緒につくることの楽しさがわかりました(事例 19)」など

それぞれの製作した楽器を持ち寄って一緒に楽器や音楽をつくる喜びを味わっている学生の事例は対

話による学びと協力の楽しさを実感し『⑥協同学習の成果』や良さを自然に気づいた一例であるといえ

るのではないか。効果的な学習は純然たる単独の活動ではなく、個人的な知識構成は、学習環境の中に

いる他者との協調と社会的な相互作用を通じた協同的な学習である(コルテ,2013)25)。互いを聴取し

様々な音楽の対話経験する中から独自の方法を身に付ける(スワニック,2004)26)ということを、仲間

と協力し作品を創り上げるために活発にコミュニケーションを交わした中で体感したことが窺える。協

同学習を効果的に展開させるのが「対話の活用」であり、多様な発言、見解、感覚が出される、「複数性

の交錯する接合点」としての対話によってこそ、新たな叡智が共創され協同の学びが拡充されるのであ

る(多田,2013)27)。ただし、少数ではあるが「マラカスでストーリーを生み出すのは難しかったけど楽

しかったです(事例 2)」「効果音は鳴らすのが難しかったけど、鳴らし方によって色々な音が出て面白

かった(事例 6)」のようにグループ活動途上での難しさを実感した者もみとめられる。

一方、『①幼児への有効性』すなわち幼児の知能や情緒の発達に有効であるかということに関しては、

事例 1、5、18 に共通して「想像力豊かになる」という実感を得られた。そこには子どもの発達を促す

楽器づくりの可能性がみとめられる。また『②保育での実用性と期待』ということでは、「自分たちでつ

くった楽器を使うのも面白いかなと思いました(事例 8)」「子どもたちも簡単に作れるし、すごく良い

と思う(事例 9)」「子どもたちにもたくさん教えてあげたい(事例 16)」など将来保育現場に適用でき

る、幼児と楽しむのに役立つ、といった実用的メリットを感じる中に子どもと共に創意工夫して表現を

楽しみたいという保育者としての活動への期待が込められていた。

さらに『⑤身近で便利な遊びへの共感』に該当する事例も全体の約 3 分の 1 にみられ、「子どもが好

奇心をもてるように身近な物や活用できるものをいつでも遊びに取り入れることができるようになっ

ておく(事例 10)」「普段はゴミとして捨てられる牛乳パックや落ち葉など、お金を掛けずに簡単に楽器

が作れるしいいなと思った(事例 14)」「牛乳パックやビニールを使って、元からある楽器を再現したの

がすごいなと思いました(事例 15)」「牛乳パックや身近なもので楽器ができてお金を掛けなくてもでき

るから誰でもできる(事例 16)」など活動の利便性と低コストな遊びの有効性に関心を持つ意見がみら

れることは着目すべきである。廃材をリサイクルして活用し、地球環境をより良く保つ手立てとしての

エコロジーへの関心、モノを大切に扱うという意識を就学前から持てるようになってもらいたいという

保育者としての願望や経済的にも安価で身近な物を使って手軽にできる活動には幼児にとっての操作

性の面や教材の調達面でも取り組みやすいと感じている姿がみられた。

次に各①から⑥の概念間の相関性に注目する。事例 1、2、3、6、18~20 のように「自分だけの音が

つくれる(事例 1,6)」「一人として同じ作品、同じ音の人がいないのでこれが良い(事例 2)」など『④

独自性の魅力』に気づいた時、或いは事例 2、4、16~19 のように「班になってそれぞれが作ったマラ

カスでストーリーを生み出すのは難しかったけど楽しかった(事例 2)」「気持ちがみんなと共有できた

時が気持ち良かった(事例 18)」「みんなの意見を出し合って一緒に作ることの楽しさがわかりました

(事例 19)」など『⑥協同学習の成果』や共に協力して行う活動の手応えを感じた時に『③新たな発見

と学ぶ楽しさ』があると感じている学生が散見された。またこれらの発見や学びが「かなり想像力を使

うし、ワクワクしながら楽しく考えられる(事例 5)」「幼児のコミュニケーション力・安全確保にも繋

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がっている(事例 13)」などの事例にみられるように『①幼児への有効性』を考えることや、「身近なビ

ーズとか入れるだけでも楽しむことができ、子どもたちも簡単に作れるし、すごく良いと思う(事例 9)」

「子どもたちにもたくさん教えてあげたい(事例 16)」に窺える『②保育での実用性と期待』に連なっ

ていくのが見て取れた。

5.総括

身の周りにあるものから音を探し、イメージに適った音楽にするために様々な奏法を工夫し柔軟な発

想のもとに表現できたことは、ひとつの貴重な体験であり、保育者養成での音楽表現の授業では、こう

いった様々な表現法に出会い、新たな興味や探求心を持つきっかけをつくることも必要であると考える。

本実践の分析から、五感を働かせて環境と関わり、感性を高めるよう心掛ける姿勢のみならず、子ど

もたちに音楽の楽しさや仲間同士で気持ちや考えを共有する喜びを伝えるための環境構成や遊びの展

開についての新たな意識が多くの学生の中に芽生えたことが明らかとなった。三輪(2016)は「学生ら

が実際に楽器を作り鳴らすことによる各楽器の持つ特徴についての気づきは、子どもが遊びや活動を通

してこんな経験をしてほしいという保育者としての指導のねらいと結びつき、明確な意図を持った子ど

もの遊びや活動を考える上で反映される」と述べている 28)。また木村(2016)は協働的な試行錯誤・創

意工夫のプロセスで自らの課題を見つけて主体的に取り組む経験は、子どもの創造性や表現力を育み、

子ども同士や子どもと教師など他者との関係性を構築する上で重要であると提言している 29)。本実践

でも「つくる」体験を通じて子どもの発達、及び個々の特性や興味に適した遊びの展開について教育的

意図をもって考える事例が多数みられると共に、モノや人など環境との関わりの中で発揮され協働によ

って生まれる「創造性」への関心が高まり、互いに刺激を受け合いながら音楽的判断をして創作に生か

す熱心な姿勢がみとめられた。さらには幼児の環境や音感受に主体的・自発的に関わっていこうとする

意欲が少しずつ学生の中に芽生えていったと考える。音や音楽を聴いて「感じる・考える」といった心

的プロセスの豊かさが、幼児の感性と表現を育むのであり(吉永,2013) 30)、保育者としての感性と思考

力を磨くことが子どもの創造力を豊かにする遊びに通じていく。

スクーリングにおける 90 分×2 コマという短い時間の中でも学生自身様々なことを感じ取り体得で

きたことは確かである。しかしこれらが単発的な学びとして完結してしまうのではなく、自発的に環境

と関わる態度を継続して育みながら内なる力を伸ばしていけるよう授業を構成する必要がある。また、

独自で考え何かを創り出すことや、仲間とコミュニケーションを取って互いの意見を作品に反映させる

ことに苦手意識や難しさを感じる学生も存在する。したがって、創作上の条件設定に関する工夫、グル

ープ内でも各自が楽しめる役割分担の意識付け、多様な資質や感性を認め合う受容的雰囲気づくりなど

に十分配慮して「つくる」活動の提示の仕方を検討することが今後の課題となる。

6.終わりに

本実践では音楽表現力、そして保育者としての視点や思考・想像力が育成されるひとつの局面を見る

ことができた。学生が想像力を働かせて主体的に音を聴き、仲間と共有しながら表現をさらに進化させ

る活動が、保育者としての豊かな発想や幼児を取り巻く環境に対する感性を高め、専門職としての英気

を養ううえで有効性を持つものであったことが、本検証により明らかとなった。

今後は自由記述と授業の記録を帰納的にまとめるだけでなく分析手法を検討し、より客観的で詳細な

学習効果を明らかにして、表現の指導法にさらなる見通しをたてたい。「つくる」活動における自発的な

学びや気づきが、保育者としての資質や子どもたちの発達を促す豊かな表現技能の向上に繋がるよう、

教科間連携の可能性も視野に入れながら授業の工夫と改善に努める。

【引用・参考文献】

1)立本千寿子(2010)「幼児の音の聴取・表現力と行動特性-聴く・つくる」活動を通してみる幼

児像-」『教育実践学論集(兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科)』第 12 号, pp. 114

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幼児の創造性を育む音楽表現の指導に関する一考察

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2)デューイ,J.(1927)『公衆とその問題』植木豊訳,ハーベスト社,pp.218-219

3)Zee,N.V. (1976) Responses of Kindergarten Children to Musical Stimuli and Termionology,

Reseach in Music Education,Vol.24(1),pp.14-21

4)文部省(1989)『小学校学習指導要領』第 2章第 6節音楽の項

5)シェーファー,R.マリー(1992)『サウンド・エデュケーション』鳥越けい子・若尾裕・今田匡

彦訳,春秋社,pp.1-166

6)文部科学省(2017)『幼稚園教育要領』フレーベル館

7)厚生労働省(2017)『保育所保育指針』フレーベル館

8)Coleman,Satis N.(1922) Creative Music for Children (邦訳:丸林実千代訳(2004)

『子どもと音楽創造』開成出版),pp.2-175

9)ペインター,J/アストン,P(1982)『音楽を語るものー原点からの創造的音楽学習』山本文茂・

坪能由紀子・橋部みどり訳, 音楽之友社(=Paynter,J.、Aston,P. (1970) Sound and Silence

-Classroom Projects in Creative Music-),pp.24-25

10)降矢美彌子・我孫子啓・橋本牧・山崎純子(2007)「音楽教育における楽器作りの意義」『宮城

教育大学紀要』第 42 巻,pp.89-100

11)今川恭子・宇佐美明子・志民一成編著(2005)「第 8 章見て・聴いて・さわって遊べる環境づ

くり」『子どもの表現を見る、育てる-音楽と造形の視点から-』文化書房博文社, pp.106-109

12)笠井かほる(2016)「自然素材による手づくり楽器の試行」『日本学校音楽教育実践学会紀要 学

校音楽教育研究』vol.20,pp.235-236

13)三輪雅美(2016)「保育者養成における手づくり楽器を用いた実践」『日本学校音楽教育実践学

会紀要 学校音楽教育研究』vol.20,pp.233-234

14)矢野愛実(2018)「保育五領域『表現』における音楽表現の体験学習-コンサートごっこ遊び

を通じて-」『小田原短期大学研究紀要』第 48 号,pp.171-178

15)小島律子・関西音楽教育実践学研究会(2013)『楽器づくりによる想像力の教育-理論と実践

-』黎明書房,pp1-153

16)松園洋二(2017)「楽器作りから見えてくるもの-パンフルートづくりの実践を通して-」『平

安女学院大学研究年報』第 17 号,pp.40-58

17)平松愛子(2009)「基礎技能『音楽』における学生の読譜力についての一考察-通信教育部保

育科の学生への調査をもとに-」『近畿大学九州短期大学紀要』第 39 号,pp.39-49

18)小松原祥子・福田明子・木村文子・萩原恵里・崎浜聡(2017)「保育者養成課程のスクーリン

グ『音楽表現』における弾き歌いを中心とした学習効果について-フォルマシオン・ミュジカ

ルを基盤として-」『小田原短期大学研究紀要』第 47 号,pp.218-229

19)木村文子(2018)「保育者養成校のスクーリングに於ける弾き歌いの指導法について-豊かな

音楽表現を目指した練習法の実践-」『小田原短期大学研究紀要』第 48 号,pp.39-52

20)小松正史(2017)『1分で「聞こえ」が変わる耳トレ(CD付)』ヤマハミュージックエンターテ

インメントホールディングス,pp.7-68

21)繁下和雄(1994)『〔切り抜いてつくる本〕よく鳴る紙楽器』クレヨンハウス

22)細田淳子(2006)『ワクワク音楽遊びでかんたん発表会』すずき出版,pp.14-19

23)五味太郎(1983)『まどから☆おくりもの』偕成社

24) 佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法-原理・方法・実践-』新曜社,pp.33-66

25)コルテ,D.E.(2013)「学習についての理解の歴史的発展」OECD教育研究革新センター『学習の

本質』明石書店,pp.64-65

26)スワニック,K.(2004)「音楽の教育原理」『音楽の捉え方』塩原麻里・高須一共訳 音楽之友社,

pp.102-105

27)多田孝志(2013)「対話を活用した協同学習の研究」『目白大学人文学紀要』第 9 号,pp.215

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28)前掲書 13),pp.233

29)今川恭子・志民一成・藤井泰之・山原麻紀子・木村充子・長井覚子(2016)「Part4 創造性 第 2章

4節まとめ:振り返りと意見交換(木村充子)」『音楽を学ぶということ-これから音楽を教える・

学ぶ人のために-』教育芸術社,pp.117-118

30)吉永早苗(2013)「幼児の音感受」『音楽文化の創造(CMC)』68 号,pp.45

【謝辞】

本研究を実施するにあたり小田原短期大学保育学科通信教育課程平成 30 年度「音楽表現ⅠB」を受講

された学生の皆様には多大なるご協力をいただきました。心から感謝しお礼申し上げます。

【付記】

本研究は、小田原短期大学「人を対象とする研究」倫理基準に基づいて研究計画書を作成し、「小田

原短期大学研究倫理委員会」の研究倫理審査を経て、小田原短期大学保育学科通信教育課程平成 30 年

度スクーリング科目「音楽表現ⅠB」の受講生に対して「振り返りシート」「ワークシート」「作品」によ

る研究協力の承諾(同意書)を得たものである。

【巻末資料】 スクーリング『音楽表現ⅠB』

1日目 第1回 振り返りシート

クラス 番号 名前

目的:コード等の音楽の基礎知識と技能を習得し、音素材の多様性について理解を深め、

表現に生かす。

1.今日一日の学習を通じてどのようなことに気づきましたか。詳しく書いてください。

2.コードの知識や技能を保育の現場でどのように活用しようと思いますか。

3.幼児が多種多様な音素材に親しみ音遊びを楽しむためには、保育者として日頃から

どのように働きかければよいでしょうか。

4.身近な音素材による楽器づくりや、物語の効果音を考え演奏する活動を通じて、

どのようなことを学びましたか。詳しく書いてください。