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20 1. はじめに 今日では交通や通信手段の発達によって、国 境を越えて人やモノ、情報が動くようになり、 世界は一層身近に感じられる様になってきまし た。その一方で、経済の中心のシフト、経済格 差の増大、地球的規模での環境問題への関心の 高まり、貿易摩擦、国際紛争等々、国をまたぐ 課題が質的にも量的にも格段に増加していると 感じられる昨今です。 花王では、この様なグローバルな経済・社会 のトレンドの劇的な変化をとらえ、それを乗り 切り、世界市場の中で存在感を示せる企業グル ープとなるために、「グローバルな成長の実現」 および「エコロジー経営へのシフト」という新た な2つの戦略を実行しております。これを実現 していくために、2009年6月にCI(コーポレー ト・アイデンティティ)を改定し、英語ロゴを世 界共通に使用するとともに、「自然と調和する こころ豊かな毎日をめざして」という新しいコ ーポレートメッセージを制定いたしました。 2. 花王の国際事業展開 花王の海外への事業展開は、戦後、50年代初 めの製品輸出から再開されました。50年代後半 になると、粉末「フェザーシャンプー」がタイを 中心に、また、台湾では界面活性剤が好調に販 売を伸ばしだしました。これにより、60年代半 ばからは花王の海外事業活動の主軸は、製品輸 出から直接投資による合弁会社設立へと移行し 始め、1964年のタイ花王、台湾花王設立に引続 き、その後、アジアでは香港、シンガポール、 インドネシア、マレーシア、フィリピン、中 国、ベトナムへと進出を拡大しています。 こうした花王の事業活動は、単に生産・販売 をするだけに留まらず、研究開発も現地で行う など、各国各拠点に根を下ろした事業展開を行 っており、それぞれの市場のニーズに合わせた 家庭用製品、工業用製品を提供し、ご愛用頂い

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1. はじめに

今日では交通や通信手段の発達によって、国境を越えて人やモノ、情報が動くようになり、世界は一層身近に感じられる様になってきました。その一方で、経済の中心のシフト、経済格差の増大、地球的規模での環境問題への関心の高まり、貿易摩擦、国際紛争等々、国をまたぐ課題が質的にも量的にも格段に増加していると感じられる昨今です。

花王では、この様なグローバルな経済・社会のトレンドの劇的な変化をとらえ、それを乗り切り、世界市場の中で存在感を示せる企業グループとなるために、「グローバルな成長の実現」および「エコロジー経営へのシフト」という新たな2つの戦略を実行しております。これを実現していくために、2009年6月にCI(コーポレート・アイデンティティ)を改定し、英語ロゴを世界共通に使用するとともに、「自然と調和するこころ豊かな毎日をめざして」という新しいコーポレートメッセージを制定いたしました。

2. 花王の国際事業展開

花王の海外への事業展開は、戦後、50年代初めの製品輸出から再開されました。50年代後半になると、粉末「フェザーシャンプー」がタイを中心に、また、台湾では界面活性剤が好調に販売を伸ばしだしました。これにより、60年代半ばからは花王の海外事業活動の主軸は、製品輸出から直接投資による合弁会社設立へと移行し始め、1964年のタイ花王、台湾花王設立に引続き、その後、アジアでは香港、シンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン、中国、ベトナムへと進出を拡大しています。

こうした花王の事業活動は、単に生産・販売をするだけに留まらず、研究開発も現地で行うなど、各国各拠点に根を下ろした事業展開を行っており、それぞれの市場のニーズに合わせた家庭用製品、工業用製品を提供し、ご愛用頂い

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ています。花王は、家庭用製品の製造・販売が主体です

が、一方で、さまざまな産業界に向けて、工業用製品をお届けしている化学品メーカーでもあります。その主な製品は、天然油脂からつくる

「油脂製品」をはじめ、それらを原料とする界面活性剤、高機能ポリマー、香料など多岐にわたっています。油脂製品の主力である「高級アルコール」はフィリピンとマレーシアに生産の拠点を置き、設備の増強を積極的に進めたことで、世界のトップ3に入るまでの供給能力を実現しています。さらに、電子写真用トナー・トナーバインダーの分野では、日本、アメリカ、スペインの世界3極体制が整い、世界の複写機やプリンターからの印刷物の3枚に1枚は、花王のトナーバインダーが使われているという計算になるなど、ケミカル事業においては、存在感のあるグローバル展開を行っています。

現在花王は、家庭用製品及び工業用製品の生産・販売に対して29の国に拠点を置いており、今後も「グローバルな利益ある成長」を目指して、世界市場を見据えた事業強化を図ってまいります。

3. 和歌山事業場の役割

ここからは、この様な花王のグローバル展開における和歌山事業場の役割について述べさせて頂きます。

花王和歌山事業場は、航空潤滑油の製造工場として1942年に地鎮祭が執り行なわれ、今年で70周年を迎えます。70年の歴史の中で、天然油脂を原料とした各種油脂誘導体、それらを原料とする界面活性剤等を製造し、最終製品としては衣料用洗剤や柔軟仕上剤、住居用洗剤等の家庭用製品を生産する総合油脂化学工場として花王の屋台骨を支えてきました。

和歌山事業場は、年間約80万トンの製品や中間原料を生産する花王グループ最大の生産拠点ですが、同時に、各種製品の研究やその生産技

術を開発する最大の拠点でもあります。花王における多くの製品は、和歌山で生産が開始されており、それに伴って多くの製造に関わる知識・技能が和歌山事業場に蓄積されてきました。

更に、海外を含めた花王グループの各生産拠点にその蓄積された技術を発信するとともに人材も送りこんでおり、花王生産部門における

「マザー工場」として位置付けられています。次に「マザー工場」として、グローバルを対象に実施している最近の技術支援と人材教育活動の一端をご紹介します。

4. 海外工場への技術支援

花王のグローバル化の進展に伴い、和歌山事業場で生まれ育った製品も海外工場への生産シフトが進んできました。花王グループの海外での新たな製造設備の建設・試運転には、和歌山事業場に主体を置くエンジニアリング部門のメンバーが支援を担当しており、日常の生産活動については、主に製造部門のメンバーが海外工場で起きた問題解決への支援を行っています。

海外工場での生産活動を技術的に支援するために、2009年夏に和歌山事業場のほぼ中央部に

「グローバルケミカルオペレーションセンター」を開設しました。同センターは、海外工場とIT回線で繋がっており、化学品製造における設備運転の状況をリアルタイムで見ることが出来ます。もし海外工場で運転上のトラブルが発生すると同センター各所に設置された電光掲示板に速報が表示され、工場技術者をはじめその製品に関係するメンバーがマルチモニターの前に集結し、必要な情報を取り出します。それと同時に現地メンバーとWeb会議を行いながら、問題解決の支援を行います。現在、マレーシア、フィリピン、タイ等の工場の運転状況が見えるようになっており、今後、その他の地域の工場にも順次拡大していく計画です。

また、海外工場を支援する上で頼もしいツールとなるのが「GEMBAナレッジ」と名付けた

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ナレッジマネージメントシステム(知識データベース)です。同システムは、和歌山工場でこれまで数多くの製品を生産する中で経験して得たノウハウを共有するために構築したシステムで、製造現場で発生したトラブルの情報とその解決方法、更には「暗黙知的な情報」も残すために、解決のための検討過程、思考過程を記録し保存しています。これまで紙の資料や断片的なドキュメントファイルあるいは個人の記憶として職場毎あるいは個人毎に持っていた情報を一元管理することで、有用な情報の横展開が図れるようになってきました。

もし、海外の工場でトラブルが発生した場合、和歌山工場で過去に起きたトラブルの中から類似したものを即座に検索し、的確なアドバイスができるところまできています。

「GEMBAナレッジ」は、和歌山工場のトラブル情報の蓄積からスタートしましたが、国内外のその他の工場のデーターの蓄積も始まっています。同システムは翻訳機能も装備しており、アクセスすることで、お互いの情報を国を越えて簡単に得ることが出来るようになっています。

5. グローバルな人材教育

花王の「グローバルな利益ある成長」を支える根幹は、なんといっても人材育成と考えています。海外工場が自立し強い製造現場を作っていくには、現地のメンバーを引っ張っていく、現地リーダーの育成が必要不可欠です。一方で現地での技術支援には、高い専門性、語学能力の他、その外国についての知識、異文化への寛容性などが必要です。外国の方と信頼で結ばれた人間関係を築くには、自分に対する自信と日本人としてのアイデンティティ確立が必要とされると考えます。

花王では製造現場のリーダーとなる人材を育成するために、1989年に「花王テクノスクール」を和歌山事業場に開設しました。「花王テクノスクール」では、国内花王グループの工場から集まった将来のリーダー候補者が、寮で共同生活を送りながら、モノづくりのための基礎知識、安全・品質保証といった基幹・要素技術、必要な専門知識などを学ぶとともに、更にはリーダーとしての資質・素養、人格形成のための学

グローバルケミカルオペレーションセンター

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習、茶道や禅といった日本文化再認識を7ヶ月のオフジョブトレーニングで行っています。講師には、社内の第一線実務者、社外の専門家、知識文化人が担当しています。

この「花王テクノスクール」を近年「グローバルテクノスクール」と改称し、アジアを中心に海外からの研修生を多く受け入れて運営しています。日本人とアジア各国の研修生が一緒に研修を受け、寮で共同生活を送ることで互いの国の言語、文化、信条を理解し合い、真のグローバル人材に育つ素地の形成に役立っています。

また、和歌山事業場には「グローバルテクノスクール」の他に、将来グローバルに活躍するエンジニアを養成するために設立した「グローバルエンジニアスクール」があります。ここも日本を含めたアジア各国の若手エンジニアが一緒になって、化学プロセス技術や機械プロセス技術について学びます。受講期間は、トータルで約6週間と短いですが、ガイダンスや研修最終日の成果発表も含め、カリキュラムの全てが英語で行われる他、2週間の海外工場での実習が含まれており密度の濃い内容になっています。講師は、和歌山事業場に在籍する多数の中堅研究員、エンジニアが担当しており、英語での講義の組み立てや質疑応答など、彼らにとっても絶好のグローバル教育になっています。技術者育成においては高級アルコール製造技術を主体とした「高圧塾」という同様なプログラムも和歌山で実施しており、同じくグローバルに活

躍できる高圧技術者の養成を目指しています。

6. 今後の和歌山事業場の役割

冒頭、花王の新しい成長戦略として「エコロジー経営へのシフト」を挙げました。これまでも花王が行ってきた世界中の消費者の皆様の快適な暮らしを実現するという使命を果たしながら、より「環境負荷の少ない製品」を、より「環境負荷の少ない方法」でつくり、届ける努力を一層加速させる戦略です。その中核を担う「エコテクノロジーリサーチセンター」が2011年、和歌山事業場内に新設されました。同センターは、当社の環境研究機能を集約・融合し、エコイノベーション研究・技術開発の加速と次世代環境技術の確立、製品化を目指しています。

更に本研究棟の1階には、皆様との交流を促す場として、環境関連の先端技術を学習・体験できる「花王エコラボミュージアム」を開設しています。

和歌山工場の製造部門にはグリーンケミカルスの生産技術開発拠点を既に完成させており、

「エコテクノロジーリサーチセンター」の稼動により、グリーンケミカルスの研究・技術開発から工業化検討、試作生産までの流れが和歌山事業場内に完成しました。また、製造プロセスにおける省エネ、温室効果ガス排出削減および排水・廃棄物の削減に関する技術開発や改善活動も盛んに行われており、和歌山事業場が今後、環境技術・製品のグローバルに向けての発信基地の役割も担っていくことになります。

グローバルテクノスクール授業風景