閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不...

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閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 はじめに 株式の割当を受ける権利(新株引受権)の意義と新株発行無効の訴え 公示義務違反と新株発行無効の訴え 不公正発行と新株発行無効の訴え 小括 結びに代えて はじめに 出資額に応じた資本多数決を原則とする株式会社では,株主は持株比率 に応じた議決権を保有することになる。どのような事業計画を立て,どの ように生産設備や販売・サービスの拠点に事業資金を振り分けるか経営者 の裁量が大きくものをいうが,その経営者たる取締役を選任するのは出資 者である株主である。株主が少数でその構成に変動がない閉鎖会社では, 株主は経営者であると同時に従業員の地位を兼ねている場合が多く,支配 権が不当に奪われれば経営者としての地位はもとより従業員の地位も追わ れ,報酬等の経済的利益をすべて失うことになりかねない (1) 。少数株主に 転落すれば株主としての出資持分を保有し続けることはできても,上場企 業と異なり株式を買い増す市場がないので持株比率の回復もできなければ, あえて少数株主の持分を購入しようとする者もいない。結局,出資した会 社またはその関係者に買い取ってもらう以外に投下資本を回収する途がな く,不当に安く買いたたかれるという事態も生ずる。株式会社という組織 29

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Page 1: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく

新株発行と不公正発行

小 林 俊 明

一 はじめに

二 株式の割当を受ける権利(新株引受権)の意義と新株発行無効の訴え

三 公示義務違反と新株発行無効の訴え

四 不公正発行と新株発行無効の訴え

五 小括

六 結びに代えて

一 はじめに

出資額に応じた資本多数決を原則とする株式会社では,株主は持株比率

に応じた議決権を保有することになる。どのような事業計画を立て,どの

ように生産設備や販売・サービスの拠点に事業資金を振り分けるか経営者

の裁量が大きくものをいうが,その経営者たる取締役を選任するのは出資

者である株主である。株主が少数でその構成に変動がない閉鎖会社では,

株主は経営者であると同時に従業員の地位を兼ねている場合が多く,支配

権が不当に奪われれば経営者としての地位はもとより従業員の地位も追わ

れ,報酬等の経済的利益をすべて失うことになりかねない(1)。少数株主に

転落すれば株主としての出資持分を保有し続けることはできても,上場企

業と異なり株式を買い増す市場がないので持株比率の回復もできなければ,

あえて少数株主の持分を購入しようとする者もいない。結局,出資した会

社またはその関係者に買い取ってもらう以外に投下資本を回収する途がな

く,不当に安く買いたたかれるという事態も生ずる。株式会社という組織

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体である以上,取締役が少数派株主であれば多数派になろうとするであろ

うし,多数派株主であれば,さらにその地位を盤石なものとするために少

数派の議決権割合を希釈化させ,あるいは締め出すこともあろう。とりわ

け閉鎖会社ではいったん株主間に不和が生ずると,取締役は対立する株主

に知らせずに抜打ちで募集株式の発行(2)を行うことによって比較的容易に

主導権を押さえることもできる。上場会社において敵対的企業買収が世間

を騒がせているが,閉鎖会社における会社支配権の争奪もまた同様に出資

者の死活問題にかかわる深刻な紛争であり,単なる親族間または親族内の

内紛にすぎないとして等閑視することは許されないように思われる。

平成2年商法改正によって,定款で株式の譲渡制限を定めれば株主に新

株引受権が保障され,株主の会社に対する持分割合は一定の範囲で保障さ

れるようになった(旧商280条ノ5ノ2)。現行会社法のもとでも非公開会

社であれば株主総会の特別決議を経ない限り,募集株式を発行することが

できないので(会社199条2項),株式の発行が秘密裏に行われる事例はそ

れほど生じないかもしれない。しかし,依然,株式の譲渡制限に関する定

めを設けなかった公開会社(会社2条5号)に属する閉鎖会社においては,

少数株主である代表取締役が瑕疵ある取締役会決議に基づき自己またはそ

の同調者に株式を引き受けさせ,多数派株主から会社支配権を奪取するお

それは残されている。確かに,支配権奪取を目的とするいわゆる不公正発

行は,不利益を受ける株主による差止請求の対象となり(会社210条1項

2号,旧商280条ノ10参照),事前の救済策が機能しないわけではない(3)。

しかし,取締役は目立たないように募集株式の発行を実施することもでき,

判例によれば,いったん株式が発行されてしまえば募集事項に関する通知

・公告義務に違反していない限り無効原因にはならないので株主は何ら有

効な救済手段をもたないことになる(4)。

募集事項の公示の欠缺による株式の発行は一例であって,これまで裁判

例に現れた支配権奪取を目的とする潜行型の新株発行の事例を見る限り,

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当該会社の株主数,発行株式数および株式の譲受人の有無など一定の事実

と,株式発行の決定に至る過程からその目的を当事者に主張・立証させれ

ば不公正発行と判断することはそれほど難しいものとは思われない。むし

ろ株式発行の目的を軽視し,手続的な瑕疵のみを捉えて無効か否か判断す

るかのような枠組みでは,当事者の不公平感はより大きなものとなるのみ

ならず司法に対する不信感を招くおそれすらあるように思われる。すでに

多くの文献が見られる領域であるが(5),再度,対立株主に募集株式の発行

の情報を与えない,瑕疵ある不公正発行の事実関係と判決の理論構成を分

析することによってこの類の瑕疵を無効原因とすることの妥当性について

検討してみたい(6)。

本稿の構成は,最初に制度としての新株発行無効の訴えを概観し,次に

公示義務に違反する募集株式の発行の効力と,これと同じ状況のもとで生

ずる支配権奪取を企図した不公正発行に現れた事実関係を素材に検討を加

える。閉鎖会社型の公開会社における募集株式の発行を用いた支配権争い

の本質を審査することにより,公平かつ公正で統一的な理論構成のもとに

紛争の解決が図れるものと思われる。

二 株式の割当てを受ける権利(新株引受権)の意義と

新株発行無効の訴え

(1)株式の割当てを受ける権利(新株引受権)の意義

ここでは,わが国の株式会社法上,株式の割当てを受ける権利の位置付

けについて確認しておきたい(7)。株式の割当てを受ける権利は,優先的に

募集株式を引き受けることが認められる一種の債権的な権利であるが,こ

の権利が歴史的にいかなる性格のものとして認知されてきたかを知ること

は,閉鎖会社における既存株主の持株比率維持の利益に関する保護のあり

方を見極めるうえでも重要かと思われる。

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 31

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会社法のもとで規定されている株式の割当てを受ける権利(8)(会社202

条,旧商280条ノ4)は,株主に当然保障されたものではなかった。昭和

13年改正商法もまた資本減少などと同じく定款変更を伴う資本増加の場合

に,一定の手続を踏めば株主に限らず誰にでも新株引受権を付与できるこ

とを認めていた(昭和13年改正商法348条4号・349条)。もっとも,明治

32年商法は大陸法,とりわけドイツ法に依拠して立法されたので,新株発

行は会社規模の人的ないし物的要素の拡大を伴う組織法上の行為であると

把えられ,株主の会社に対する割合的地位は相当重視されていたといって

よい。

その後,昭和25年改正商法では,会社の資金調達の機動性を確保するた

めに導入された授権資本制度によって,業務執行としての特性が前面に表

れた取引法上の行為という色彩を強めた。授権資本制度のもとでは株主が

定款によって取締役会に新株発行権限を授権した範囲で,随時,株式を発

行できる。会社に資金需要等の合理的理由がある限り,既存株主の会社に

対する割合的利益を維持し続けることはあきらめざるを得ない。それでも

持株比率維持の利益はある程度維持されるように工夫された。新株引受権

は株主の固有権という立場こそ採用されなかったが,株主が新株引受権を

有するか否か,株主が制限的に新株引受権を有するならばその旨を定款の

絶対的記載事項として定めることを会社に義務付けた(9)。しかし当時,実

務慣行で行われていた定款の定めを無効とする判決が出され,実務上混乱

を招いたことから(10),昭和30年の商法改正では,株主の新株引受権に関す

る定めは定款の絶対的記載事項から削除された(11)。この改正によって定款

に記載がない限り新株引受権は保障されないことになり,株主の固有権と

しての意味は完全に失われたわけである(12)。ただし,株主以外の第三者に

新株を発行する場合には株主総会の特別決議を経なければならなかったこ

とから,その限りで株主の会社に対する割合的な地位は保護されていた。

ところが,買取引受けが第三者有利発行として株主総会の特別決議を必要

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とするのではないかという疑義が生じ(13),昭和41年改正では,株主の割合

的な支配的利益は保障されず,その代わり商法は「特に有利な発行価額」

によって第三者に株式を割り当てる場合には株主総会の特別決議を要する

として,株主の経済的利益のみを保護するという立場に落ち着いた。

他方,閉鎖会社では,前述のように議決権比率に対する株主の関心は高

く,株主割当以外の方法によって新株を発行されると議決権割合は希釈化

され,その回復は容易ではない。また,機動的な資金調達といっても閉鎖

会社の資金調達方法は限られており,取締役会に広い新株発行権限を認め

る必要もない(14)。そこで,平成2年商法改正によって譲渡制限会社につい

ては,新株引受権を株主に保障したうえで,株主総会の特別決議を経なけ

れば排除できないようにされた(旧商法280条ノ5ノ2但書参照)。この改

正によって,少なくとも定款に株式の譲渡制限に関する定めを置く会社で

あれば,第三者割当増資を用いた支配権維持・獲得の事例は,支配株主に

よる多数決の濫用のような例はさておき,それほど顕在化しないようにな

った(15)。そこで問題は,譲渡制限会社でないが実質的には株主数が少ない

閉鎖会社である。このような会社の場合,全株式を譲渡制限株式にしなか

ったために行われた抜打ちの第三者割当増資に対して,有効かつ抜本的な

既存株主の救済策がないことになる。このとき募集株式の発行を無効にす

る方法が最も効果的であると思われるが,その影響の大きさからこれまで

裁判所は過剰なほど慎重に無効を回避してきた。果たして既存株主の支配

的利益を犠牲にして株式発行の効力を維持しなければならないのか,この

結論が妥当でないとすれば,会社の利害関係者のうち誰のいかなる利益を

考慮しなければならないのか検討する必要があろう。

(2)新株発行無効の訴えにおける株式の引受人と会社債権者の保護

新株発行無効の訴えは,株式の発行に無効原因がある場合であっても訴

えを提起する方法によってのみ主張できる(会社828条1項2号)。元来,

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 33

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昭和13年商法改正によって資本増加無効の訴えとして導入されたものであ

り,新株発行無効の提訴権はいわゆる株主の共益権に属する。昭和13年商

法改正までは,資本増加の無効は一般原則に従い,何時でも誰でも主張で

きるとされていた(16)。しかし,それでは資本増加があったものとして形成

された新株主・会社債権者と会社間の法律関係の安定を害することになる。

そこで,原告適格を株主,取締役,監査役に限定し,出訴期間の制限を盛

り込んだ。増資無効の訴えは,昭和25年商法改正によって新株発行無効の

訴えと呼称を変えたが,実質的には25年改正前と変わりない(17)。さらに,

現行会社法のもとでは明文規定をもって訴え提起の相手方を会社とし,非

公開会社については支配権に大きな影響を及ぼすにもかかわらず株式発行

の瑕疵が認識されにくいことから,提訴期間を6カ月から1年に伸長して

いる。

新株発行の無効判決が確定した場合にどのような効果が生ずるだろうか。

株式の発行に関わる多数の法律関係を画一的に確定しなければならないと

いう要請から対世的効力が付与され,何人もこれを争えなくなる。また,

新株は将来に向ってその効力を失うものとし,遡及効が否定される。これ

らの効果が法律関係の安定を確保するうえで重要な役割を果たす。

株式の引受人ないし新株主の保護という観点からは無効判決確定後の処

理が重要になる。無効判決が確定すると,新株の消却が行われるのと同じ

効果が生ずるので(18),当該株式の引受人に払込金額を返還しなければなら

ない。そこで,新株主となった者をどのように保護するかが問題になる。

このとき無効判決が出されたといっても遡及効が否定されるため無効判決

が確定するまで募集株式発行の効力は維持される。新株の効力が発生した

払込期日から無効判決が確定するまでの期間につき新株主の払込金額が会

社事業に参加していたことになるから,株主の申立てがあれば会社が新株

主に対して支払う金額は,無効判決確定時における会社財産の状況に照ら

して増減されなければならない(会社840条1項・2項参照)。この点につ

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いて,新株発行無効の判決が確定した場合には,新株の消却手続を行う規

定を設けたほうが根本的な解決につながるという立法論が主張されてい

る(19)。さらに,事業に参加したことを考慮するのであれば,株式の時価を

返還させるべきであるといった批判もある。しかし,閉鎖会社において新

株発行の無効請求がなされる事案では,株主が安値で新株を引き受けてい

る場合が多く,わが国の企業の場合には時価を基準とすると自ずと高値に

なって株主に不当な利益を得させることになる(20)。したがって,単純に新

株を消却することによっては公正妥当な解決は図れず,結局,現行法のよ

うに裁判所が関与する換価手段にも合理性があろう。

会社債権者の保護については,彼らは株主への払戻金額の増減を請求で

きないばかりでなく,株主への払戻しにつき異議を申し立てることもでき

ないので,これに対しても立法的な手当てが必要であるという主張が見ら

れる(21)。しかし,特別な場合を除き,一般に募集株式の発行による資金調

達後の財政状態につきどれだけ会社債権者が信頼を置いたといえるのか疑

わしい。

いずれにせよ,募集株式の発行が無効とされた際に,どの程度株式の引

受人と会社債権者を保護すべきか問題はあるが,会社法上,一定の手当て

がなされており,彼らの不利益は,株式発行の効力が維持されることによ

って受ける既存株主の不利益に比し,必ずしも大きいとはいえない。

(3)募集株式の発行の無効原因

募集株式の発行によって当該株式が効力を生じ,会社が人的または物的

に拡大された規模で活動を開始した後は,新株主やその他の第三者に及ぼ

す影響の大きさから無効原因自体もなるべく狭く解釈する必要がある(22)。

例えば,定款所定の発行可能株式数を超過する株式の発行(23)(会社37条・

113条),定款の定めのない種類株式の発行(会社108条1項・2項)は,

一般に株式会社機構の本質に反する重大な違法であり,株式会社制度の健

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 35

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全な利用を確保する見地からも,このような瑕疵は許されないとして無効

原因になると解される(24)。これらは株式発行の内容的瑕疵とされるもので

あり,手続上の瑕疵というよりは,法律または定款の実体的根拠ないし根

本規範に反する瑕疵とされる(25)。そのほか議論はあるが,差止めの仮処分

命令に違反してなされた募集株式の発行も株主の差止請求権の実効性を担

保する必要から無効原因になると解されている(26)。

会社法は,有限会社法を吸収して統合したことから非公開会社について

は有限会社法と同じ規整に服することになる。したがって,非公開会社に

おいて譲渡制限株式である募集株式の発行等に必要な株主総会・種類株主

総会決議に瑕疵がある場合(会社199条2項・4項,202条3項4号,204

条2項・3項4号),譲渡制限株式につき株主の割当てを受ける権利(会

社202条2項)を無視した発行は,原則として無効原因になると解される(27)。

他方,判例によれば,取締役・取締役会に株式発行の権限がある場合に,

適法な決議を欠く募集株式の発行は(会社201条1項,202条3項1号~3

号,204条2項),手続上の瑕疵に属するものとして無効原因とはならない

とされる(28)。また,募集株式の引受人に特に有利な払込金額による発行で

ある際に株主総会の特別決議を欠く場合も(会社201条1項,199条2項),

無効原因にはならないと解される(29)。募集株式の発行が業務執行に準ずる

行為であること,そして無効とされた場合の利害関係者に及ぶ影響の大き

さに配慮し,無効原因にはならないとされている。著しく不公正な方法に

よる募集株式の発行(不公正発行)もそれ自体は無効原因ではないとする

のが判例である。これについては後述する平成6年最判により閉鎖会社で

あろうと例外を認めない。しかし,事実上,閉鎖会社についてそこまで形

式的かつ硬直的に解する必要があるのだろうか。金銭的な賠償でてん補で

きない不利益を被る株主が存する以上(30),会社支配権の維持・獲得のため

に利用される募集株式の発行は,無効にすべき場合が多いことは裁判所に

よっても認識されていると思われる(31)。おそらく秘密裏に行われる第三者

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割当増資の事案では,公示の欠缺を理由に無効にすることで足りると考え

るのであろう。しかし,後に検証する裁判例は,公示欠缺による募集株式

の発行とはいえ不公正発行が真の争点であることを窺わせる事案であり,

これらの事案から垣間見える事実は,募集株式の発行を無効としない限り,

不利益を受ける株主は救済されないように思われる。

(4)募集事項(新株発行事項)の公示手続

公開会社における募集事項の公示手続は,昭和41年商法改正の際に初め

て導入された制度である(会社201条3項・4項,旧商280条ノ3ノ2参照)。

募集株式の数,払込金額,払込期日等(会社199条1項参照)募集株式の

発行に関する基礎的な情報を既存株主に提供し,差止請求(会社210条)

をなすべきかどうかの判断資料とさせる趣旨から規定された(32)。すなわち,

あくまで差止請求権の行使が目的であり,募集事項の公示はこれを担保す

るための手段に過ぎない(33)。

募集株式発行の差止めは裁判外でもできるが,株式が発行されてしまう

ともはや差止めは意味をなさないことから,実際は差止請求権を被保全権

利とする仮処分をもって差し止めることになる。そこで公示手続は,募集

株式発行差止めの仮処分申請のための準備期間と申請後仮処分がされるま

でに要する期間とを考慮し,株式発行の効力発生前2週間が置かれなけれ

ばならない。

昭和41年商法改正では,それまで株主以外の第三者に対する新株発行は,

既存株主の議決権割合を保障するために株主総会の特別決議が必要とされ

ていたが,前述のように「特に有利な価額」でない限り,取締役会のみで

新株の割当先を決議できるように改正された(34)。会社の資金調達の機動性

を考慮し,株主は株式の引受けにつき優先的地位を有せず,取締役会が自

由に割当先を決定できる。その代わり株主の利益を公示手段によって図る

こととし,新株の種類,数,発行価額等具体的な新株発行事項の内容を知

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 37

Page 10: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

らせ,不利益を受ける株主が差止請求権を行使できるようにした。実際に

自派の者に新株を割り当てる第三者割当増資が会社支配権争奪における強

力な武器として利用され,社会的に注目を浴びる事件が起きたことも手伝

って公示に関する規定の必要性が論じられた(35)。

株主に対する募集事項の通知については,払込期日または払込期間の初

日の2週間前までに,会社は個々の株主に対して通知しなければならない。

通知発送の日現在における株主名簿上の株主の住所に宛てて通知を発送す

れば会社は免責されるが(会社126条1項・2項),具体的方法について定

められておらず,口頭による通知でも適法と解されている(36)。しかし,口

頭による通知は,住所に宛てた通知とはいえないので株主に了知されなけ

ればならないだろう。結局,会社としては後日の紛争予防のため,証拠が

残る方法を選ぶべきであって,そうでない限り株主が募集事項について知

っていたことを様々な間接事実をもって証明しなければならないことにな

る。

募集事項の公告については,官報または時事に関する事項を掲載する日

刊新聞紙または電子公告によってなされ,会社が定款でこれを定める(会

社939条参照)。公告にかかるコストを考えれば,会社は自ずと株主数が少

なければ通知を選び,多ければ公告の方法を選ぶはずである。ところが,

取締役が支配権を獲得しようと第三者割当てを行う場合には株主数が少な

くても目立たない官報を選択することがある。確かに公告を行えばその証

拠が残せるほか,擬制的であれ株主は株式の募集事項につき了知したと同

じ効果をもたらすために株主は株式の発行後にその事実を知らなかったと

はいえない(37)。しかも公開会社では通知または公告の選択は会社に任され

ている。例えば,長らく株主に対する個別の通知を行ってきた会社が,突

然,官報公告を選択したとしてもそれだけでは違法とはいえない(38)。しか

し,支配権取得目的等を窺わせる他の事実とあわせて不公正発行を推認さ

せる間接事実にはなり得るように思われる(39)。

38

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三 公示義務違反と新株発行無効の訴え

募集株式の発行における公示義務違反の瑕疵は,手続上の瑕疵であるに

もかかわらず,事後的な訴訟における新株発行無効請求訴訟において非常

に多く見られる。著しく不公正な募集株式の発行であっても発行されてし

まえばもはや無効にならないと解されてきたのに対して,通知・公告の欠

缺は違法性判断の明確な基準になり,原告株主が立証しやすいほか,裁判

所も比較的容易に判断できることが無効判断の根拠として頻繁に利用され

てきた一因だろう。それゆえ第三者割当増資によって不利益を被る株主に

とっては,不公正発行に該当する事実と同様に,通知・公告の欠缺の主張

・立証が無効判決への決め手になる。ただし,いうまでもなく問題の本質

は支配的利益を稀釈化される既存株主の保護であるが,既存株主の利益に

重点を置くか,それとも募集株式の発行後に生ずる新株主,会社債権者お

よび会社の利益に重点を置くかにより,以下のように学説は分かれる。

(1)学説の状況

通知・公告の欠缺による募集株式の発行の効力を無効と考える�無効説

は,株式の発行の法的性質を社団法上の行為である点を重視する。すなわ

ち,同じ証券的行為であっても株式の発行は社債の発行のような取引行為

とは大きく異なり,会社の支配的利益に影響を及ぼす行為と見る。ここか

ら募集事項の公示は,株主が差止請求権を行使することを目的として会社

に義務付けられた重要な手続であることを強調する。既存株主と新たな株

主との関係では,既存株主の支配的利益を重視し,株式の取得者の保護は,

提訴期間,提訴権者,無効判決の効力の制限によってある程度図られてい

ると主張する。とくに公示手続の欠缺により抜打ち的発行が行われやすく,

事後的救済手段が不十分であることも無効説が主張される根拠となってい

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 39

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る(40)。しかし,法律関係の安定を考慮し,新株発行無効の訴えに服する無

効原因を判例・多数説が極端に狭く解釈し,有効としてきたのに対して,

通知・公告の欠缺のような手続的瑕疵を無効とすることは著しく均衡を欠

くこと,株式譲渡制限会社を除き,会社法は株主に株式の割当てを受ける

権利を保障せず,持株比率も保障されていないことから,通知・公告によ

り受ける株主の利益を絶対視するのは行き過ぎであることなどを理由に批

判されている。もっとも,無効説であっても通知の日と払込期日の間に丸

2週間必要であるところ1日足りないといった軽微な瑕疵については,無

効とするまでもないと考えるほか,株主の同意があれば公示の省略や期間

の短縮も無効原因とは考えないようである(41)。

他方,�有効説は,いったんは株式が発行されたことによる取引の安全

に配慮し,公示義務違反のような手続上の瑕疵は無効原因には該当しない

とする(42)。たびたび主張されるように,現行法上,株主に株式の割り当て

を受ける権利は保障されておらず,授権資本の枠内であれば株主以外の者

に株式を発行されてもやむを得ない。あくまで授権枠内の未発行株式につ

いては取締役会に割当ての自由が認められ,公正な払込金額である限り,

既存株主は,持株比率の低下を受忍すべできであるという理由に基づく。

株式発行の性質から見ても,組織法上の行為というより,取締役の業務執

行に準ずる行為と見たうえで法律関係の安定を重視する。取締役がいった

ん株式を発行すると,第三者からは会社内部の意思決定過程で生じた瑕疵

は見えにくい。したがって,一律有効としないと混乱を招くことを懸念す

る。しかし,閉鎖会社内部における支配権争いの手段として抜打ち的発行

がなされる場合には,株式が実際に流通に置かれることは稀であり,取引

の安全という点を強調しても説得力を欠くと批判されている。

�折衷説は,無効説を前提として,株式発行事項の公示の目的が差止請

求の機会を与えることであり,そのための手段にすぎないことから差止原

因が存在しなかった場合にまで無効とする必要はなく,会社が当該株式の

40

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発行に瑕疵がないことを主張・立証したときは無効原因にならないとす

る(43)。最高裁も後述するようにこの立場を採っている。折衷説に対しては,

条文上,公示を不要とする除外例は認められていないこと,会社が差止原

因はないと考えれば公示を怠るようになるといった点が指摘されている。

また,取引安全の要請を達成するため無効原因を狭くする手当ては,新株

発行無効の訴えという特別の制度によりある程度達成されるとして,無効

説からは一律無効とすべきであると批判されている。

さらに,不公正発行でも端的に無効原因を構成するとしたうえで,原告

株主が不公正発行であることを主張・立証しなければならないとする�新

有効説も有力に唱えられている。この見解は通常,有効説に分類されるが,

むしろ結論は折衷説に近い(44)。あくまで公示欠缺のみでは新株発行の効力

は否定されないとする有効説をベースとしており,無効説を基本とする折

衷説とは異なる。また,募集株式の発行が著しく不公正であるという証明

責任は原則どおり原告株主に課される。さらに,不公正発行が無効原因に

なる場合もあることを正面から認め,会社が公示の瑕疵以外に無効原因の

ないことを立証すればその瑕疵が治癒されるとする�新折衷説も有力に主

張されている(45)。これは�説と異なり,無効原因の不存在の証明責任が会

社側に課される。しかし,不公正発行を差止原因にとどめず無効原因にな

ることを率直に認める発想は,�説と同じといえよう。証明責任を会社側

に課す根拠が不明であるという批判もあるが,閉鎖会社における紛争の実

態にかんがみれば,�説が妥当ではないだろうか。

有効説は閉鎖会社であろうと上場会社であろうと,取引の安全を重視し,

事後的な株主の救済を軽視するものであって妥当とは思われないが,無効

説と折衷説については温度差はあるものの,公示欠缺の背後には,対立株

主に背信的な会社支配権移転の目的が存在することを意識して主張されて

いることは確かである。比較的軽微な手続的瑕疵があるにすぎない場合に

募集株式の発行を無効にする一方で,より不当な支配権奪取という重大な

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 41

Page 14: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

瑕疵があるにもかかわらず無効事由を構成しないと解するのは妥当とはい

えない。後述するように平成6年最判とは異なるが,もはや閉鎖会社につ

いては不公正発行であっても無効原因となる場合があることを端的に認め,

その要件を吟味したほうが,はるかに説得力があるように思われる。

(2)裁判例の概観

従来,新株発行事項の公示義務違反が問われた事案では,当然ながら原

告株主はそのような手続違反のみを主張しているのでなく,適法な株主総

会によって有効に選任された取締役でない者による取締役会決議であるこ

と,招集通知が対立する取締役に送付されていない取締役会であること,

第三者有利発行であるにもかかわらず株主総会の特別決議を経ていないこ

と等,他の瑕疵と併せて主張されるのが通例である。以下では判例集に掲

載されている公示欠缺による新株発行無効請求訴訟において,いかなる株

主数の会社で,どのような事実関係のもとで争われているかに着目しなが

ら分析を試みたい(46)。

�東京地判昭和45・3・17下民集21巻3=4号424頁(大黒商産事件)は,

昭和41年商法改正後に新株発行事項の通知・公告義務違反として公刊され

た初めての裁判例である。Y会社(大黒商産株式会社)の株主 X1ら4名が

合わせて900株を保有していたところ,Y会社の株主総会はもちろん取締

役会決議もなく,また,新株発行事項の通知・公告を行わず代表取締役 A

が,自派に対して一株500円の額面価額を発行価額として6000株を発行し

た。Y会社は,X1が代表取締役であったときも株主総会を事実上開催して

おらず,後になって X1らが株主総会や取締役会決議の瑕疵を主張するの

は禁反言の法理に照らして許されないこと,あらかじめ新株発行事項に関

する通知・公告を Y会社が行わないことに同意していたこと,X1らのうち

の1名が Y会社に賃貸する建物の賃料を増額させるための不当な要求に

基づき提訴しており,権利濫用であることを主張した。しかし,判旨は Y

42

Page 15: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

主張の事実を認定せず,新株発行事項の公告または通知の欠缺は,新株発

行無効の原因となると判示した。

判旨の理由付けは,ごく簡単なものであるが,無効説に立つことは明ら

かである。Y会社は,X1らの新株発行無効の訴えが,不動産の貸主である

Xらの賃料増額請求を有利にすすめるための提訴であることを強調したが,

この点には立ち入らず,株主の新株発行差止請求権は,通知・公告によっ

て保障されるとする立法趣旨に忠実な解釈に従ったものである。一族間の

不和対立が推測されるものの,背後にある新株発行の目的すら明らかにさ

れていない。この事案のように初期の判例では旧商法280条ノ3ノ2の規

定のなかで自足的に無効原因になるか否かが判断されていた。しかし,実

際には新株発行を支配権獲得という不当な目的達成のために利用したか否

かが問われているように思われる。

�東京高判昭和47・4・18高民集25巻2号182頁,判タ279号209頁(日

本ビル管理事件)もまた,閉鎖会社において,平取締役であった株主 A

が,病気療養中の代表取締役兼株主 Xに無断で代表取締役の名義を冒用

し,自派に新株を割り当てた事案である(47)。

Y会社(日本ビル管理株式会社)は,株主7名であったが,実質株主は

Xと Aからなる会社であった。Xは新株発行に関する取締役会決議がない

こと,および新株発行事項の公告または通知がないことを理由に無効判決

を求めて提訴した。Y会社は,増資の計画を Xにも相談し,よくその事情

を知っていたので新株引受権の侵害はないと主張した。判旨は,当該新株

発行が取締役会決議を経ず,代表取締役でない取締役が行った新株発行は

無効であるだけでなく,公示の欠缺があることを理由に無効であると判示

した。その前提として旧商法280条ノ3ノ2に定める各公示事項について

具体的に知らされていることを要し,ある程度抽象的には Y会社の増資

の必要性ないし計画について知らされていたという事実は認めることがで

きるけれども,それ以上に具体的に知らされていなかったと認定している。

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 43

Page 16: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

この判決では,新株発行事項が株主に了知されていれば無効が補完され

る場合もあることを留保していることから,実質的に知らされていること

を重視するものと思われる。ただ,代表取締役の名義を冒用した新株発行

については代表権のない取締役が勝手に行った新株発行であって無効と解

さざるを得ず(48),無効判断の根拠として公示の欠缺や不公正発行を持ち出

すまでもなかったものと思われる。

�大阪地判昭和48・11・21判時736号92頁(第一紡績事件)は,上場企

業における熾烈な支配権争奪が問題となった有名な事案である。閉鎖会社

を対象とする本稿の射程から外れるが,実質的には不公正発行であること

が明らかな事案であって,公示欠缺による新株発行の効力につき無効説か

ら折衷説へ転換するきっかけとなった裁判例として参考になろう(49)。

Y会社(第一紡績株式会社)は,紡績,染色,縫製等を業とする発行済

株式総数1600万株,資本金8億円の株式会社である。原告株主 X1・X2は,2

人合わせて130万株を超える大株主であったが,商社(伊藤忠,鐘紡,三

井物産等19社)に対して400万株を割り当てる第三者割当増資を行った。

ただし,第三者有利発行に該当する可能性もあるために Y会社は臨時株

主総会を開催し,特別決議を経た。しかし,株主総会の招集通知の添付書

類には最低発行価額が明示されているにすぎず,払込期日等を欠き,新株

発行事項の法定要件を完全に具備するものではなかった。そこで,Xらは

通知・公告の欠缺を理由に無効の確認を求めて提訴した。

判旨は,旧商法280条ノ3ノ2の公告または通知を全く欠いた新株発行

は無効となると解すべきであるが,右公告または通知の存否は,株主に対

し発行会社の不公正な抜打ち的新株発行による弊害を未然に防止する機会

を与えるという立法趣旨に則って,実質的に判断するのが相当であるとし

たうえで,臨時株主総会の招集通知と添付書類により最低発行価額および

発行株式数の限度を示していることから株主には差止めを請求する充分な

余裕があり,無効とする事由にはあたらないと判示した。

44

Page 17: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

この事案もまた無効説に立ち,通知・公告に代替する形で株主総会の招

集通知と添付書類をもって不完全ながらも通知があったことを認め,実質

的に知らされていれば無効事由が治癒される,あるいは補完されるとする。

無効説といっても手続的な瑕疵であるにもかかわらず無効とすることに抵

抗があるためか,瑕疵が治癒されるという理論構成を用い,行き過ぎた結

論を回避しているように見受けられる。

�大阪高判昭和49・11・27金判446号18頁は,�判決の控訴審であり,

原審判決の理論構成を一部修正し,いわゆる折衷説を採用した(50)。すなわ

ち,通知・公告の欠缺は,その立法趣旨から考えて,旧商法280条ノ3ノ

3所定の適用除外の場合および株主が新株発行差止の請求をしてもそれが

認められない場合を除き,新株発行無効の原因となるものと解すべきであ

るとする。しかし,結論としては第一審判決と同様に,旧商法280条ノ2

第2項所定の株主総会の招集通知およびその添付書類をもって旧商法280

条ノ3ノ2の通知・公告があったものと解するのが相当であるとして,無

効原因はないものと判断した。

鈴木竹雄博士による折衷説に基づく鑑定書が提出されていたこともあっ

て株主が新株発行の内容につき知り得る場合に加え,差止原因がない場合

にも無効にはならないとする。もっとも,差止原因の不存在の証明の難し

さに配慮してか,やや控え目な形での折衷説の採用といえるだろう。

�大阪高判昭和55・11・5判タ444号146頁(ユニバース工業事件)は,

Y会社への融資をきっかけに会社経営に入り込んだ原告である株主 Xに,

会社支配権を不当に奪取しようとする意図が窺える事案であり,その対抗

策と見られる第三者割当てを実施している点に特徴がある。裁判所も詳細

に第三者割当増資に至る経緯の事実認定を行っており,閉鎖会社としては

珍しい裁判例である(51)。

Y会社(ユニバース工業株式会社)は,自動車修理業を目的とする会社

で,設立当初の中心人物であった Aを含め8名の株主がいたが,その後,

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 45

Page 18: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

株式を譲渡することによって株主は Aら4名になった。Y会社は工場お

よび事務所として使用していた土地が,当時,Aが買い受けたにもかかわ

らず,Y会社に融資を行った元取締役の名義になっていたことから,この

元取締役によって B会社に譲渡されてしまった。そこで,Aは,B会社

との紛争解決のために知人から仲裁役として Xを紹介され,Xに B会社

との和解交渉にあたらせた。この和解交渉を有利に進めるために Xは Y

会社の取締役兼代表取締役に就任し,Y会社の株式200株を譲渡担保によ

って譲り受けた。しかし,和解交渉は進まず,Y会社は,ますます資金繰

りに窮するようになったため,取締役会において代表取締役 Xを解任し

た。さらに Xには取締役会開催を知らせず,監査役である Cを株式引受

人として,Y会社の株式600株を額面価額の1万円で発行した。そこで,X

は,株主に新株発行事項に関する通知・公告がないことを理由に新株発行

無効の訴えを提起した。

判旨は,新株発行事項の通知を受けなかったと主張する Xは,そもそ

も株式を譲渡担保として譲り受けていたにすぎないので,株主の地位を有

しないと認定した。したがって,この時点で Xは原告適格を欠き,新株

発行の無効原因を判断する必要はなかったわけであるが,判旨は,新株発

行事項の通知・公告がなかったことから直ちに新株発行が無効になるもの

ではないことを前提に,「本件新株発行は資金繰りが悪化した Y会社の経

営を抜本的に建て直すため Cが大幅な出資をするために取られた措置で

あり,しかも本件新株の発行価額を額面額としたことは株主に何ら不利益

を与えるものではないと認められるので,本件新株発行において株主に差

止請求を肯認すべき事由を見出すことはできない」と判示し,控訴を棄却

した。

この判決は折衷説に依拠し,会社の経済的窮迫に乗じて融資を行うとと

もに Y会社において主導的な地位に就こうとする Xに対して,Y会社は

資金難を脱し経営を建て直すために株式の発行に踏み切ったのであって,

46

Page 19: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

通知・公告義務違反以外には差止事由は存しないという事実を積極的に認

定して棄却したものである。折衷説では,公示の欠缺以外に差止事由がな

いことを会社が立証すべきであるとするが,本件では実質的には会社が第

三者割当増資の必要性および相当性を証明しており,主要目的ルールの判

断枠組みを用いた事案と評価することもできるように思われる。

�東京高判昭和61・8・21判例時報1208号123頁,金判756号3頁(東日

本不動産事件)は,代表取締役 Aがその一族によって Y会社(東日本不

動産株式会社)の支配権を掌握するために,大株主である X(原告・控訴

人)に知らせず,自分が代表取締役を務める B会社に新株を割り当てる

第三者割当増資を行った事案である。Xは新株発行の事実に気が付かなか

ったために提訴期間6か月を徒過していた。そこで,主位的請求として新

株発行の不存在確認を求め,予備的請求として,Xが「発行の日」を知っ

たときから提訴期間を起算すべきであると主張し,無効確認を求めた(52)。

これは公示欠缺の事案とは異なり,法的には公告が行われていたことから,

新株発行につき明白な瑕疵が存在しない事案である。ただ,実質的には公

示手続に瑕疵があるという評価も可能であるためここでとりあげたい。

Y会社は,昭和58年3月,6名の取締役のうち過半数に達しない3名に

よって開催された取締役会において,発行価額を額面価額500円として

24000株を発行した。Xは,この取締役会が定足数を欠いていたこと,A

の支配下にある B会社に対して特に有利な発行価額で新株を割り当てた

にもかかわらず株主総会の特別決議を欠いていたこと,新株発行事項につ

き従来行ったことのない公告を利用したため,実際には Xを含む発行済

株式総数の過半数以上を保有する株主が新株発行を知り得なかったこと等,

新株発行を秘匿するため,故意に目的意識をもって違法行為を繰り返した

と主張した。

原審は,新株発行は不存在とはいえないとして請求を棄却し,無効請求

についても出訴期間を経過しているとして却下した。これに対して Xが

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 47

Page 20: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

控訴したのが本件である。判旨は,新株発行についての形式的,実質的瑕

疵が,Xの主張するとおり存在し,かつ Aが Y会社に対する支配権を確

立するために新株発行を企て,各瑕疵はその目的達成のために故意に作り

出されたものであり,一方で新株引受人である B会社が熟知していたと

いうような諸事実が認められるとしても,定足数に不足していたとはいえ

取締役会の新株発行についての決議があり,その旨官報による公告がされ,

株式払込金が全額払い込まれ,かつ,発行済株式,資本の額についての変

更登記もなされている場合には,法的評価としても新株発行は存在すると

判示した。

この判決では,支配権確立の意図が認められる不公正発行であっても,

提訴期間による制限が課されざるを得ない点を明らかにする。しかし,本

件から離れ,一般論として考えた場合,提訴期間という制約があるからこ

そ逆に,提訴期間内であれば不公正発行のうちでも支配権の転覆のみを目

的とする新株発行については無効と解すべき必要性が高いように思われ

る(53)。

�東京地判平成元・9・26判時1333号156頁(廣和産業事件)は,折衷

説に依拠する裁判例が増えるなかで差止事由を問題とせず,単に通知・公

告の欠缺から無効と判断した事案であり,無効説を採用したものと考えら

れる(54)。

Y会社(廣和産業株式会社)は,発行済株式総数4万株であり,そのう

ち2000株を取締役 A1および A2が保有しており,残り38000株を代表取締役

Xとその一族で保有していた。その後,Xは代表取締役を辞任し,Aらに

経営権を委譲し,X側の保有株すべてを同人らに譲渡する合意も交した。

他方,Aらは2回にわたって額面株式8万株を額面価額500円で自己に割

り当てた。いずれの新株発行も特に有利な発行価額であるにもかかわらず,

株主総会の特別決議を経ることなく,旧商法280条ノ3ノ2に基づく通知

・公告もなされていなかった。そこで,Xは新株発行の無効確認を求めて

48

Page 21: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

提訴に及んだものである。Yの主張によれば,Xはすでに Aと保有株式の

譲渡の合意に至っており,Xの新株発行無効請求は,単に株式の買取価格

を有利に進めるためになされたものであって権利の濫用にあたること,X

は新株発行事項を決定した際に,その場に居合わせており,それを知って

いたと主張した。これに対して判旨は,新株発行差止めの機会を与えるた

めに必須の制度であるという旧商法280条ノ3ノ2の立法趣旨を述べたう

えで「新株発行事項の通知・公告を欠く場合には,特別の事情により株主

が差止めの機会を有していたと認められるときを除き,当該新株発行は,

重大な瑕疵があるものとして,これを無効とすべきである」として,Xの

請求を棄却した。

Xは,一度経営から身を引いて Aらに任せたうえ,その保有株式を売

り渡すことも大筋で合意していたようであるが,その後,いかなる経緯か

ら不和対立が生じたのかは明らかにされていない。しかし,仮に Y会社

の新株発行が有効とされれば,持株割合の低下を招き,Xの利益が著しく

損なわれると説示しており,旧商法280条ノ3ノ2の枠内で解決しようと

するものの,不公正発行であることを十分に認識して無効と判示したもの

と推測される。

�神戸地判平成5・2・24判時1462号161頁(ケーアール株式会社事件)

は,形式的には新株発行事項に関する通知・公告義務に違反していないが,

実質的に原告株主が知り得ない官報公告を行ったことから通知・公告義務

違反を認めた判決である(55)。貸切霊柩自動車業を営む Y会社(ケーアー

ル株式会社)では,一族同士で深刻な対立があり,代表取締役 Aは会社

支配権を逆転させるために公募による新株発行を決定した。その際,原告

株主 Xが閲覧する可能性のない官報による公示方法を選び,現経営陣の

一族に対してのみ新株を割り当てた。そこで,Xは Y会社の支配権取得の

みを目的として行われた不公正発行であるとして新株発行無効の訴えを提

起した。

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 49

Page 22: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

判旨は,Aらが不動産購入資金を調達する必要があったことを仮装し,

取締役側一族の持株比率を上昇させ,会社支配を揺るぎないものとする目

的を有していたと認定した。そのうえで,当該新株発行は旧商法280条ノ

3ノ2所定の通知公告義務に実質上違反しており,原告らの新株発行差止

請求権を侵害する方法によっていること,新株発行を無効としても取引の

安全を考慮する必要がないことを理由に無効とした。結論は妥当であるが,

明白な不公正発行のケースであるにもかかわらず,公示欠缺があって初め

て無効とする判例理論に固執するあまり,やや強引に通知・公告義務違反

に結び付けた感がある。

�浦和地判平成6・8・26金判1004号15頁(東武ボンド事件)もまた,

同族的会社内部における会社支配権の争奪が問題となった事案である。控

訴審(�判決)で有効説が採られ,さらに上告審(�判決)では折衷説が

採用された判決の第一審判決である。

譲渡制限会社 Y会社(東武ボンド株式会社)は,昭和54年に設立され

た接着剤の製造・販売等を事業目的とする,資本金1000万円,発行済株式

総数2万株の会社であった。代表取締役 Aは,Y会社の株式4400株(22%)

を保有する少数株主である。一方,Aの姉の夫であり,Y会社の監査役を

務める X1は,妻および自派の法人株主と合わせて発行済株式総数の3分

の2以上にあたる14400株(72%)を占める多数派を形成していた。Xら

の主張によれば,Y会社は,昭和57年に工場,事務所,倉庫,地下タンク

を作るなどして設備投資を行い,平成3年には約1億3000万円の借入金が

あり,運転資金が不足する状況にあったため,代表取締役 Aは増資を計

画し,12000株を自己に割り当てる取締役会決議を経て新株発行を実施し

た。その際,Y会社の法人株主 X2,X3にも新株発行の件につき通知するこ

とにし,それぞれの事務所に電話で連絡をしたが,両社の関係者が合同の

社内旅行でシンガポールに出かけており,留守のために連絡がとれなかっ

た。結局,Xらが気付かないまま新株発行が行われ,Xらの持株比率は45%

50

Page 23: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

に低下され,Aの持株比率は51・25%に引き上げられた。これに対して X

は,取締役会の決議不存在ないし無効,代表取締役の権限濫用,そして新

株発行事項の通知の欠缺等を理由に新株発行の無効を求めて提訴した。

判旨は,折衷説に立ち,差止事由がない場合でない限り,公示欠缺によ

る新株発行は無効であるとした。

新株発行事項の通知に関しては,その一般的な法的性質に言及し,通知

は準法律行為であり,意思表示の規定が準用されることになるので,それ

が相手方に到達したときに効力が生ずるのであり,電話連絡をしようとし

たが相手方不在で応答がなかった以上,たとえその不在の事実を過失なく

して知らなかったとしても,それだけで通知があったとはいえないとする。

また,不公正発行については,過去にも Aは Y会社に対する支配権の逆

転を企図し,X1に倍額増資への協力を求めたが拒否されたこと,他の取締

役に対して,X1には新株発行の計画を秘密にしておくように要請していた

こと,新株発行は運転資金調達ではあったものの今日明日欲しいというの

ではなく長期的に必要であったに過ぎず,緊急の必要性は認められないと

認定している。さらに,その後,新株の大部分が第三者に譲渡された事実

があっても原則どおり無効であると判示した。

�東京高判平成7・10・25判時1639号127頁,金判1004号11頁は,�判

決に対して Y会社が控訴した事案であり,原判決を取り消し,Xらの請求

を棄却した(56)。判旨は,公示の欠缺を認定しながらも,「新株の発行は,

株主との関係だけでなく,会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲

の法律関係に影響を及ぼす可能性があるものであることにかんがみれば,

新株の発行が右規定に違反してされてしまった場合に右規定違反を理由に

これを無効とすることは,会社をめぐる法律関係の安定性確保の見地から

相当でないからである」として,「商法280条ノ3ノ2所定の公告及び株主

への通知がされていないことをもって無効と解することはできない」と結

論付けた。この判決は,折衷説が主流になりつつあるなかで取引の安全を

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 51

Page 24: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

重視し,純粋な有効説に依拠したものであり,有効説を採る公刊裁判例と

しては初めてのケースである。

�最判平成10・7・17判時1653号143頁は,�判決の上告審であり,原々

判決と同様に折衷説を採用し,原判決を破棄した(57)。すなわち,Aは本件

新株発行につき他の取締役に他言しないように頼み,当時発行済株式の総

数の過半数を所有していた Xらに通知しないまま本件新株発行を行って

いるが,これは Xらに秘匿して行ったものといわざるを得ないこと,本

件新株発行により,Xらの持株は過半数を割り込むことになり,他方,A

の持株は,過半数を上回ることになって,Xに対する支配関係が逆転する

こと,本件新株発行が取締役会で決議されたのは,平成2年商法改正によ

って譲渡制限会社に株主の新株引受権が法定される直前であったこと,新

株の払込期日は取締役会決議の約2か月先であって新株発行により増資さ

れても,それが直ちに Y会社の運転資金を調達したことにはならず,公

示をしないで新株発行を急がねばならないほど資金を緊急に調達する必要

があったとはいい難いこと等の事情が存することが明らかであるとし,控

訴審判決と異なり取引の安全をことさら説示することもなく無効原因にな

ると判断している。

本判決では,資金調達の必要性と不当な目的達成の動機との比較衡量に

よって判断する主要目的ルールに従っているのか明らかではないが,少な

くとも不公正発行であることを重視し,新株発行を行う合理的理由がある

のか踏み込んで検討する姿勢が認められる。ただし,これだけ不公正発行

を根拠づける事実が多岐にわたると公示手続の有無を決定的な基準としな

ければならない必然性はもはや失われているように思われる。

�最判平成9・1・28民集51巻1号71頁,判時1592号134頁,判タ931号

185頁(丸友青果事件)は,�判決の前に出された最高裁判決であり,公

示の欠缺による新株発行の効力につき最高裁が折衷説を採ることを明らか

にした点で画期的な意義を有する(58)。

52

Page 25: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

Y会社(丸友青果株式会社)は,昭和41年に設立された金沢中央卸売市

場内で青果物の仲買業務等を目的とする会社で,設立以来 Aが代表取締

役であったが,実際には Aの父が実権を握る同族的会社であった。昭和

51年当時,資本金1200万円,株主数11名,発行済株式総数1200株であり,

このうち代表取締役 Aが筆頭株主として270株を保有し,Aの甥 Xは,200

株を保有していた。昭和54年,Y会社は新株1200株を発行し,600株を X

が引き受け,100株を Aが引き受けた。その結果,Xが800株,Aが370株

を保有することになり,Y会社における支配関係が逆転した。しかし,こ

の事実は,昭和57年に Aの父が死亡した後,Y会社における支配権争い

が表面化した際に判明し,Aは新株発行不存在の訴えを提起して争った。

次いで,昭和63年,Y会社では株主への新株発行事項の通知・公告をせ

ずに2400株を発行し,A側の株主が引き受けたが,Xへの割当てはなかっ

たために Aの持株数は1270株となり,Xは800株のままで支配関係が再び

逆転した。この2度目の新株発行に対して,Xが提訴に及んだのが本件で

ある。Xは,(一)新株発行事項につき株主への通知・公告がないこと,(二)

新株発行決議をした取締役会につき,取締役の一人に招集通知がないこと,

(三)新株発行は Aが株主総会における支配権確立のために行ったもので

あること,(四)新株引受人が真実の出資をしておらず,資本の実質的な

充実を欠いていると主張した。第一審(金沢地判平成3・2・8民集51巻

1号51頁)は,(三)(四)を理由に無効とし,原審(名古屋高金沢支判平

成4・10・26民集51巻1号60頁)もまた無効と判断し,控訴を棄却した。

Y会社は上告し,上告審の判旨は,「新株発行に関する事項の公示(同

法280条ノ3ノ2に定める公告又は通知)は,株主が新株発行差止請求権

(同法280条ノ10)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務

付けられたものであるから…新株発行に関する事項の公示を欠くことは,

新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容さ

れないと認められる場合でない限り,新株発行の無効原因となると解する

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 53

Page 26: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

のが相当であり,右(三)及び(四)の点に照らせば,本件において新株

発行差止めの請求の事由がないとはいえないから,結局,本件の新株発行

には,右(一)の点で無効原因があるといわなければならない」と判示し

た。

会社支配権の取得を目的とした新株発行には既して取締役による仮装の

払込みが用いられる。原審判決はこの点を公示の欠缺より重視して無効と

判断した。株式の払込金額全額が会社資金によるときは,新株発行が不存

在となることもあろう。しかし,一般に会社資金による株式の払込みはそ

の効力が発生せず,株式の引受人は失権するにとどまり(会社208条5項),

新株発行自体の効力には影響しない(最判昭和30・4・19民事9巻5号511

頁)。上告審判決はこの点も明らかにした点で重要な意義を有する。手持

ち資金のない取締役にとっては最も手取り早い見せかけの増資方法であっ

て,このような事実は支配権取得目的を補強するものとされよう。

なお,この事案では新株が第三者に譲渡されていたのかどうか主張・立

証はされておらず,会社と取引に入った債権者等の存在も明らかでないが,

とくにその点については触れることもなく,無効と判断された。

�東京高判平成19・3・29金判1266号16頁(ジェムスター事件)は,少

数株主である代表取締役が支配権の奪取を狙った閉鎖会社内部の紛争であ

るが,これまでの親族間ないし一族間の紛争とは当事者の属性が明らかに

異なる。Y会社(株式会社ジェムスター・ジャパン)の支配株主は海外を

拠点に活動し,外国人投資家または実業家である一方で,少数株主である

日本人が代表取締役となって完全に会社経営を任されていた事案である(59)。

Y会社は,テレビ番組を予約録画するシステムであるジーコードに関連

する機械の販売等を営む平成3年に設立された株式会社であった。X会社

は,香港に拠点を置く実業家である Bが支配する会社であり,Y会社の

発行済株式総数2000株のうち1600株(80%)を所有する株主であり,残り

の400株(20%)は Y会社の代表取締役である Aが所有していた。

54

Page 27: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

Y会社は平成16年7月,新たに普通株式1500株を発行し,Aが代表取締

役を務める B会社に1440株,Y会社の従業員ら3名にそれぞれ20株ずつ

割り当てた。その結果,X会社の有する Y会社株式の持株比率は,80%か

ら45・7%に低下し,A側の持株比率は54・3%に上昇した。Y会社の主

張によれば,同社は X会社代表取締役 Bが支配する C会社から土地建物

を賃借しており,これは Y会社にとって必要不可欠な不動産であったと

ころ,Bから退去するように要求されたので,C会社から本件不動産を購

入するための資金を必要としたことなどを理由に新株発行を決定した。

他方,X会社は,Y会社は資金調達の必要性がないにもかかわらず会社

支配のみを目的としたこと,X会社と Aの2名しか株主がいないにもか

かわらず,定款に定めた官報による公告により新株発行を行い,事実上 X

が差止請求権を行使できないようにしたこと,そして,Aは関係書類を偽

造して本件不動産を賃貸していた C会社の役員構成を不法に変更し,C

会社を支配したうえで本件不動産の譲渡を行っており,Y会社の経営・資

産に関する権益および本件不動産の権益を自らの支配下に置こうとする極

めて不法な目的に基づく新株発行であるとして,新株発行の無効を求めて

本訴に及んだ。

第一審(東京地裁平成18・10・10金判1257号53頁)は,新株の発行が会

社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可

能性があることにかんがみれば,その効力を画一的に判断する必要があり,

個々の事案ごとに判断することは相当でないとする平成6年最判と,公示

欠缺に関する平成9年最判(前掲�判決)の理論構成を用いることによっ

て X会社の請求を棄却した。すなわち,定款の規定に従い官報によって

公告しているのであるから,旧商法280条ノ3ノ2に違反するものとは認

められないとする。さらに,Xが日本に営業拠点を持たないために公告内

容を了知することが事実上不可能であるか否かはその判断を左右する事情

とは認められないと判示した。

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 55

Page 28: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

Xは控訴し,平成6年最判は,多数の株式譲受人が生ずる公開会社にお

いて妥当する画一的な処理という理論をもって小規模閉鎖会社を含むすべ

ての会社の新株発行を有効とした点において相当とはいえず,設立以来,

本件新株発行がされるまでは,株主は2名しか存在せず,株主構成および

資本比率に何ら変動を生じていない本件のような小規模閉鎖会社の事案に

ついて,平成6年最判の論理を適用することは著しく合理性を欠くもので

あると主張した。

これに対して,控訴審は,新株発行が株主との関係だけでなく会社と取

引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性が

あるのは多数の株式譲受人が生じる公開会社に限られるものではなく,多

かれ少なかれ Xがいう小規模閉鎖会社にもその可能性があることは否定

できないから,新株発行の効力は小規模閉鎖会社を含めた全ての会社にお

いて画一的に判断する必要があるというべきであり,小規模閉鎖会社の事

案について平成6年最判の論理を適用するのは不当であるとする Xの主

張は採用できないと判示した。

官報公告につき実質的公示義務違反とした�判決と違って,適法な公告

がある以上,公示義務違反と見ることはできないとする。これもまた解釈

上やむを得ない面があるのは確かであるが,素朴な法感情に反する結論と

いえよう。実質的な不公正発行であっても無効原因と認めないがゆえに生

ずる弊害の典型例である(60)。

このようなベンチャー企業においては,支配株主が定款変更によって譲

渡制限株式にすることはもちろん,拒否権付種類株式や議決権制限株式と

いった他の種類株式を用いたり,株主間契約を駆使したりすることによっ

て支配権の移転につき自らが細心の注意を払うべきであるという見方もで

きる。しかし仮にそうであったとしても,もはや著しい不公正を超えた詐

欺的な支配権の奪取は無効原因になると解すべきではなかろうか(61)。

56

Page 29: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

(3)判例理論の検討

以上の裁判例からわかるように,第一に公示の欠缺に関する裁判例では,

当初公示規定の立法趣旨に鑑み,厳格かつ形式的に無効とする判決も見ら

れたが,手続的瑕疵のみから無効とすることに限界があり,鈴木竹雄博士

によって唱えられた折衷説へ移行した。それは無効説を原則としつつも,

差止原因がない場合にまで無効とするのは行き過ぎであって,会社が差止

原因のないことを証明すれば無効原因とはならないとする見解に依拠する。

無効説からは差止原因がなければ会社は通知・公告を怠ることになりかね

ないと批判されるが(62),公示懈怠があれば差止原因があるものと推定され,

少なくとも差止原因の不存在を会社が証明しなければならないものであり,

その負担は法律上,事実上,軽いものとはいえないので公示懈怠を促すこ

とにはなり得ないように思われる。また,公示義務違反に対しては過料や

取締役の損害賠償責任等他のサンクションが働くことも見過ごすべきでは

ない。

皮肉にも折衷説が判例の主流を占めるようになると差止原因がないこと

を会社が証明しなければならないことから,自ずと実務上,不公正発行で

あることを原告も積極的に主張・立証するようになったと考えられる。実

際,真の争点はそこにあり,判例も詳細な事実認定のもとに不公正発行か

否かが判断されるようになっている。したがって,公示義務違反も含めて

無効原因を構成するのか否かを正面から検討することで十分であるように

思われる。もっとも,被告となる会社にとって単純に支配権取得目的の不

公正発行とは評価し難い場合もある点には注意が必要だろう。例えば,�

判決では,不動産の貸主でもある原告株主が賃料増額を狙って新株発行無

効の訴えを提起していると主張している。�判決の原告株主は,会社の抱

えるトラブルへの介入と融資をきっかけに会社経営に干渉しており,仮に

取締役らが対抗措置として新株発行を行ったとしても差止原因にならない

ケースであることが窺える。ここでも閉鎖会社における主要目的ルールの

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 57

Page 30: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

判断枠組みが用いられ,次第に確立していくことがわかる。�判決では,

原告株主は経営から身を引き,支配株式も売り渡すところまで合意してい

ながら,買取価格を有利に進めるために提訴したと主張している。しかし,

仮にそれが事実であったとしても,決して取締役会決議や株主総会決議も

経ずに代表取締役の一存で自派に割り当てる割当権ないし新株発行権限の

濫用が許されるわけではない。

第二に,意図的に支配権を奪取する目的で少数派株主である代表取締役

が行う目立たない方法による第三者割当増資は,���判決のように官報

公告を採用したケースが典型例である。法律が通知または公告のいずれか

の方法を認めている以上,単に官報自体の公示機能の弱さや株主個人の調

査能力不足を理由に,実質的な公示欠缺ということはできない。しかし,

不必要にその新株発行の機会のみ官報公告を利用した事実は,不公正発行

を推認されることになろう。新株を代表取締役自身に割り当てたり,その

縁故者に割り当てれば,公示不備の事実と併せて不公正発行を強く疑われ

る。それは取締役の忠実義務違反を構成するだろうし,機関権限分配論か

らも許されない。また,会社支配権の利益相反取引という構成も可能であ

ろう。

定款に株式譲渡制限の定めを置かなかったがゆえに支配株主自らが招い

た失態であるという批判も可能であるが,必ずしもその一事をもって支配

株主の落ち度だとはいえないように思われる。昭和41年改正前の定款によ

る株式譲渡制限の定めが設置できるようになる以前に設立された会社であ

って,このような譲渡制限条項を定款に盛り込む特別決議ができない会社

にとっては,実質的に閉鎖会社であっても目立たない公告によって募集株

式の発行が行われる事態に直面する可能性は残されている。あるいは当初

から短期間での上場を目指し,株式の譲渡制限条項を定款に定めない場合

もないとは限らず,これをもって支配権の奪取を封ずる策を講じなかった

株主の過失というのも酷なように思われる。さらに,上場に備え株式譲渡

58

Page 31: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

制限の定めを外した途端に抜打ち発行を行われるおそれもないとはいえな

いだろう(63)。

株式の割当てを受ける権利が譲渡制限会社に限定されている以上,閉鎖

的な公開会社における株主の救済策として,不公正発行のなかでも一定の

事実関係から無効原因に結び付ける近時の有力説に従った解釈が最も明快

ではないだろうか(64)。このような観点に立つと,新折衷説または新有効説

に説得力があるように思われる。不公正発行であっても無効原因と構成す

る見解は,公示の瑕疵といった間接事実の積み上げと新株発行の決定過程

を審査することによって不公正発行と認定でき,統一的な解決が可能にな

る点で優れているように思われる。とくに新折衷説のように,差止原因の

不存在という抗弁事実ないし評価障害事実については会社側に証明責任を

負担させるべきだろう。無効説からは不公正発行という実質的違法の判断

が非常に微妙で難しいために公示義務違反という形式的基準に判断を委ね

るべきであると主張される。しかし,不公正発行に関する裁判例の蓄積が

なかった時代であればまだしも,閉鎖会社において支配権奪取のみを目的

とした第三者割当増資のケースが多くなっている現在,このような懸念は

過去のものにすぎないように思われる。いずれにせよ公示義務違反による

募集株式発行の効力については,不公正発行の効力の問題に取り込んで論

ずるべきではないだろうか。もっとも,その場合であっても不公正発行を

認定する判断枠組みが重要となろう。いかなる募集株式の発行が不公正発

行とされるのか,また,そのなかで無効と判断できる場合があるか検討さ

れなければならない。そこで以下では,閉鎖会社における不公正発行に関

する事案に見られる事実関係から,無効原因となり得るケースを分析し,

抽出可能な要件を探ってみたい。

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 59

Page 32: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

四 不公正発行と新株発行無効の訴え

(1)学説の状況

会社支配権の奪取を目的として不公正発行が行われる事案では,代表取

締役が秘密裏に募集株式の発行を行おうとするために取締役会決議の瑕疵

と公示手続の瑕疵が併存するケースが多い。実質的には不公正発行であっ

ても裁判上,ほとんどが取締役会決議を欠く新株発行として議論されてき

たといってよい。すでに述べたように,有効な取締役会決議を経ないで代

表取締役が行った新株発行の効力については有効とする見解(最判昭和36

・3・31民集15巻3号645頁)を採用しているが(65),この点についても学

説は分かれる。昭和36年最判を支持し,内部機関たる取締役会の決議に瑕

疵があろうと会社外部の株式申込人等の第三者には有効な決議の有無を確

認することは困難であることから取引の安全を重視する�有効説が見られ

る(66)。後述する平成6年最判も有効説を徹底させた見解であって,判例は

ほぼ有効説に確定したと見てよいだろう。これに対して,授権資本制度を

採る現行法のもとでも募集株式の発行は組織法上の行為であることに変わ

りなく,取締役会決議の瑕疵は無効原因を構成するとする�無効説も唱え

られている(67)。第三者割当てや公募は株主の支配的利益に重大な影響を及

ぼすのであって取締役による割当権の濫用を防ぐためにも取締役会決議を

募集株式の発行の効力要件と考えるべきであるとする。さらに,有効説に

依拠しつつ新株が取締役会決議のないことを知る悪意の株式引受人または

当初の株式引受人の手元にとどまっている場合には取引の安全を考慮する

必要がないので,この場合には無効とする�折衷説がある(68)。確かに単純

な取締役会決議に必要な定足数不足や招集手続の瑕疵など実際に支配権を

奪取する目的の伴わない取締役会決議の瑕疵に基づく募集株式の発行もあ

り得るのであって,単純な取締役会決議のみの瑕疵を捉えて無効とするま

60

Page 33: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

でもない。しかし,取締役会決議の瑕疵を知る者まで保護する必要はなく,

折衷説が妥当であるように思われる。

問題は不公正発行が差止原因の枠を超えて無効原因となるかである。こ

れも取締役会決議の瑕疵と同様に学説の対立が見られる。�有効説は,昭

和36年最判と同様に,取締役会決議に瑕疵があるのみでなく不公正発行で

あっても代表取締役によって新株発行が行われた以上は取引の安全を重視

し,一律有効であると解する(69)。授権資本制度に基づき取締役会に資金調

達手段として新株発行権限が認められているのであって,取引行為ないし

業務執行に準ずる行為であるから,会社内部の意思決定である取締役会決

議に瑕疵があっても会社の代表機関によって新株発行がなされた以上,会

社外部の第三者からは決議の瑕疵については確認できず,新株発行の効力

は無効にはできないと主張する。また,新株発行の効力を画一的に判断し

なければならないという点が強調される。

これに対して�無効説は,取引の安全よりも既存株主の保護を重視し,

不公正発行の場合も無効と解する(70)。ただし,取締役が自己またはその関

係者に対して発行した新株がそれらの引受人の手を離れ,不公正な状態が

消滅すればその株式については無効原因が治ゆされるとする。したがって,

無効説といっても実質的には折衷説と変わらない。さらに�折衷説は,代

表取締役が自派にのみ新株を割り当てる不公正発行についても前述した取

締役会決議を経ずに代表取締役が行った新株発行の効力と同じように考

え(71),基本的には不公正発行であっても有効としつつ,株式取得者等の出

現を考慮する必要のない場合には無効とする。以下に見る下級審判例も,

小規模閉鎖会社に関して折衷説に従った事案である。平成6年最判が確立

した現在,もはやこれらの下級審判例が採る理論構成は成り立つ余地がな

いのか,再度検証し,併せて有効説を打ち出した平成6年最判についても

検討を加える。

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 61

Page 34: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

(2)裁判例の概観

( a)大分地判昭和47・3・30判時665号90頁(東タクシー事件)は,昭

和35年に設立された株主6名,資本金810万円のタクシー会社における支

配権争奪の事例である(72)。Y会社(東タクシー株式会社)の代表取締役 X

と代表取締役 Aは兄妹の関係にあったが,以前,Xが新株を発行し Aに

は引き受けさせなかった経緯から,Aは Y会社の経営から排除されるこ

とを恐れ,今度は Aが Xの知らぬ間に株主総会を開催し Xを取締役から

はずし,自分の弟および Aの重用する従業員を取締役に選任する株主総

会を開き,Y会社の株式を発行することによって Xの会社に対する影響力

を低下させようとした。新株発行前持株数は,発行済株式総数8100株のう

ち,Xは2100株,Aが2500株であったが,新たに発行された2900株は,す

べて Aの子供と Aに同調する従業員に割り当てられた。そこで,Xは株

主総会決議および新株発行が無効であると主張し提訴した。

判旨は,新株を代表取締役が発行した場合,それが有効な取締役会決議

に基づかない場合であっても一般的には新株発行無効の訴えの理由にはな

らないが,「例外的に発行新株数が少なく,引受人が右代表取締役と特殊

の関係にある少数者に限られ,その新株が特に発行後6月以内に譲渡され

ておらず,会社が小資本で少数の株主により構成されている等,新株発行

を無効としても株式取引の安全を害さない特別の事情のある場合は,有効

な取締役会の新株発行決議のないことは新株発行無効の訴えの理由となる

ものと解すべきである」とし,引受人が縁故者であって,新株発行後,当

該株式が譲渡されていないことを認定し,「新株発行を無効としても取引

の安全を害しない特別の事情があると解せられるから,本件新株発行には

無効事由があるというべきである」と判示した。さらに,昭和36年最判は,

「昭和29年に資本金2000万円の当時としては小さくない資本を有する会社

が40万株という多数の新株を発行して倍額増資をした事案であるから,特

殊な事案の本件においては右新株発行を有効と解することはできない」と

62

Page 35: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

述べ,両判決の差を明確にした。

この判決もまた折衷説を唱えた鈴木博士の影響を受けた判決と考えら

れ(73),その後の下級審判決にも影響を及ぼしている。ここでは,�発行新

株数が少ないこと,�株式引受人が代表取締役と特殊の関係にある少数者

に限られていること,�新株が発行後6か月以内に譲渡されていないこと,

�会社が小資本で,少数の株主から構成されていることを「特別の事情」

として鈴木説をさらに精微化している点は特筆に値しよう。

( b)名古屋地判昭和50・6・10判時792号84頁(株式会社藤川苑事件)

は,先に検討した公示義務違反による新株発行において折衷説を採用して

無効判決を下した事案に分類できる(74)。しかし,差止原因となる事実をて

いねいに説示している点で,不公正発行に関する事実として分析したほう

が類似の紛争との異同が明らかになるように思われる。

Y会社(株式会社藤川苑)は,料理飲食業を目的とする発行済株式総数

6000株,資本金300万円の同族的会社であった。会社設立当初から Xは,

妻および子らとともに Y会社の株式3000株を有する一方で,Y会社代表者

Aが3000株を保有した。X一族と A一族の不和対立から,Xが一度,Y会

社の経営から身を引いたようであるが,その後,A側が完全に会社の主導

権を握るべく A一族で役員を固め,12000株の新株を発行し,議決権比率

を50%から80%に高めた。Xは,A側の主導で取締役会決議もなく開催さ

れた株主総会において選任された取締役,監査役の選任決議を取り消すと

ともに,通知・公告もなされず行われた新株発行の無効確認を求めて提訴

に及んだ。

判旨は,有効な取締役会決議に基づいて株主総会が招集されておらず,

定足数を大きく下回っており,裁量棄却もできない重大な瑕疵であること

を前提とし,株主総会決議を取り消し,そこで選任された取締役による取

締役会決議も無効であり,さらに新株発行も無効と判断した。昭和36年最

判の原則どおり,一般的には有効な取締役会決議のない新株発行も有効で

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 63

Page 36: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

あるとしたうえで,「新株発行における引受人は,…必ずしもその利益を

保護するべき第三者であるということはできない(なお,Y会社は,株式

を第三者に譲渡する可能性がある以上,取引の安全を害さないといえない

旨主張するが,株式を第三者に譲渡する可能性があるというだけでは,未

だ取引の安全を害するとはいえない)」と判示した。

(a)判決と同様に新株を無効とした場合は取引の安全が害されることか

ら,新株の取得者の出現に配慮しているが,将来譲渡される可能性では足

りないとする点で,平成6年最判と真っ向から対立する理論構成を採用し

ている。しかし,A一族のみに新株を割り当てる支配権奪取の目的が強く

窺われ,Xらの被る不利益を考慮すれば結論は妥当な判決といえる。もち

ろん公示欠缺による新株発行を理由に無効とすることで足りた事案である

が,Y会社には主として400万円の手形決済のための資金が必要であった

と認めつつ,仮にそうであっても X一族をはずして増資をしなければな

らない必要性もないことを示唆するなど Y会社の資金調達の合理性も審

査しており,実態に即した判決と評価できよう。

( c)浦和地判昭和59・7・23判タ533号43頁(千代田興行事件)もまた,

同族会社における支配権取得を目的としてなされた新株発行の効力が争わ

れた。新株取得者の取引の安全に配慮する必要のない点を論じ,無効請求

を認容したものである(75)。

Y会社(千代田興行株式会社)の代表取締役である妻 Aが,夫である

取締役 Xに無断で取締役会の決議を経ずに Y会社の新株を発行したこと

を理由に,新株発行無効の確認を求めて提訴した事案である。

Y会社は,昭和35年に設立された株式会社であり,資本金1400万円,発

行済株式総数28000株であった。その株主構成は X(20550株),その妻 A

(4430株),その長男および長女(両名合わせて3020株)の4名であり,A

および Xが取締役および代表取締役であった。Y会社の主張によれば,Y

会社は設立当初から鉄工業を営んできたが,昭和50年ころから業界の不況

64

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のあおりを受けて経営が苦しくなり,鉄工業に見切りをつけ,新たにパチ

ンコ店の経営を開始した。ところが,Y会社の経営状態が好転し始めると

Xは突如それまで顧みることがなかった Y会社の経営に口を出し始めよう

としたために,2万株を Aが引き受ける旨を Xに口頭で告げ,その了承

を得たうえで公募により新株発行を実施した。しかし Xは,Y会社の取締

役会が開かれた事実はなく,新株発行事項の通知・公告もなされておらず,

新株発行は無効であると主張した。

判旨は,新株発行事項の公示手続には触れず,「Aの右新株引受は会社

と代表取締役との自己取引であって…本件新株発行は,これを Yの業務

執行に準ずる行為とみるべき限りではなく,Y会社の資本を増加させると

ともに,Aの持株数のみを増加させることにより,同人の株主総会におけ

る議決権の比率を著しく高め,Xその他の株主のそれを相対的に低下させ

るという結果をもたらすものであって,専ら,Yの人的・物的基礎に変動

をもたらす組織法上の行為と目すべきであり,かかる性質を有する本件新

株発行は,有効な取締役会決議を経ることを要し,これを欠く場合には無

効と解すべきである。また,本件新株発行を無効としても,取引の安全が

害されることは全くないことは…明らかであって,このことも右判断を支

える一つの事由たりうるというべきである」と判示した。

この事案では,口頭で行われたと主張された新株発行事項の公示手続に

ついての事実認定を避けて,昭和36年最判とは事案を異にし,取引の安全

に配慮する必要のない小規模閉鎖会社であることから,新株発行の無効請

求を認容している。昭和25年改正以降,新株発行は業務執行に準ずる行為

であるという側面が強調されがちであるが,本件判決では新株発行は既存

株主の支配的利益に重大な影響を及ぼす社団法上,組織法上の行為である

ことにも配慮し,不公正発行によってもたらされる株主の不利益を正面か

ら論じている点に特徴がある。

( d)大阪高判平成3・9・20判時1410号110頁,判タ767号225頁もまた,

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 65

Page 38: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

同族的会社において支配権取得目的でなされた新株発行について株主の新

株発行無効請求が認められた事案である(76)。

Xは Y1会社の株主であり,代表取締役であったところ,Xの内縁の妻で

あり代表取締役である Y2が Xを取締役および代表取締役から排除しよう

と考え,定足数の欠けた取締役会決議によって Xを代表取締役から解任

し,株主総会で取締役の地位からも解任した。さらに完全に支配権を掌握

するために Y2とその縁故者に対し新株発行を行ったものである。Xと Y2

の不和対立は,Xが韓国に妻子のいることを Y2に秘していたことに端を発

し,両者の Y1会社の主導権をめぐる抗争により相当 Y1会社の経営が混乱

し,同社のテナントが同社に賃料の二度払いをさせられる不安を抱くに至

った。新株発行に際して,株式の引受人は,Y2以外にも11名存在したが,

Y2の支配権確立の支援者であり,新株の数は発行済株式総数38000株の約

44・74%という過大な比率を占めるもので,発行後,支配権争いを有利に

するため信頼のおける知人の紹介により Y2とまったく面識のなかった者

に破格に低廉な株価で譲渡した。結局,新株発行の実態は,Y2が Xとの抗

争に決着をつけ,Y1会社の支配権を獲得するため,株主の多数を自己およ

びその親族で固め,Xの持株および議決権比率を相対的に低下させること

を意図したものであった。また,新株の譲渡についても,この新株を有効

ならしめる手段として,株式を第三者に譲渡することを考え,各譲受人と

通じてその譲渡を仮装したか,引受人と同様に悪意の譲受人と推認される

ものであった。

以上の事実を前提に,原則的には取締役会の決議を経ていないことだけ

では新株発行の無効原因にはならないという昭和36年最判の一般論を述べ

たうえで,「当該新株発行が,専ら,…組織法上従来の株主の持株比率を

相対的に低下させ,新株発行を行う代表取締役などによる会社支配のため

にのみ行われた例外的な場合で,かつ,新株発行を無効としても株式取引

の安全を害さない特別の事情のあるときには,従来の株主の利益を保護す

66

Page 39: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

るために,有効な取締役会の新株発行決議のないことは,新株発行無効の

理由となると解するのが相当である」と説示した。さらに,「Aがした本

件新株発行は,さし迫った資金調達の必要がなく,専ら Y1会社の支配権

を獲得するため,人的・物的基礎に変動をもたらすことを狙ってされたも

のであって,本件新株の発行には,正常な株式会社の資金調達方法として

の新株の発行行為と同視すべき事情はなく,また,引受人及び譲受人が,

悪意の者ばかりであり,かつ,新株がこれらの者の手元にとどまっている

以上,本件新株発行を無効としても,株式取引の安全を害しない特別な事

情があると認められるから,本件新株発行には無効事由がある」と判示し

た。

この事案では株式引受人の一部が Aの縁故者でない者である点に特徴

が見られるが,第三者を仮装した株式引受人であるという踏み込んだ事実

認定を行っている。取引の安全という点に配慮する点では一連の折衷説に

基づく判決と同じであるが,支配権をめぐって二派に対立がある際に行わ

れる自派に対する不公正発行につき厳しい批判の目を向けた判決といえる。

不公正発行といっても,Aが会社支配権を確立する過程で採用した一連の

違法な手続を総合的に見て法を悪用したものと評価したようである。

( e)最判平成6・7・14金判956号3頁(株式会社マンリー藤井事件)

は,折衷説に立つ下級審判例も散見されるなかで,有効な取締役会決議が

ない新株発行および不公正発行がなされた際に,その会社が小規模閉鎖会

社であるなどの特別の事情がある場合であっても有効とする注目すべき最

高裁判決である(77)。第一審および控訴審が折衷説を採用したのに対して,

折衷説を否定し,閉鎖性の強い小規模会社であろうとも取引の安全,およ

び会社債権者の保護を重視し,例外なく有効とする昭和36年最判の立場を

堅持した。この事案では有効な取締役会決議もなく新株発行事項の公示手

続も欠くものと思われるが,公示の欠缺については触れず,原告株主であ

り取締役である Xに招集通知がなされず取締役会決議を行った事実から,

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 67

Page 40: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

Xは新株発行の無効の主張をしたものである。本件もまた実質的には,同

族的会社において養子縁組した親子間の紛争という色彩が強い事案であっ

た。

Y会社(株式会社マンリー藤井)は,原告 Xが従前経営してきた個人事

業を法人化した帽子の製造・販売等を営業目的とする,資本金1080万円,

発行済株式総数21600株の株式会社であった。Xは昭和36年の設立以来,

代表取締役であるとともに過半数の株式を有する株主であり,Xの養子で

専務取締役でもある Aは,昭和51年に Xと養子縁組をし,二人は互いに

深い信頼関係に基づき経営を行っていた。しかし,Xは明治26年生まれの

高齢であり,昭和50年頃から病気がちで入退院を繰り返し,昭和60年以降

長期間の入院を余儀なくされた。そこで,Aが Y会社の業務を取り仕切

るようになったが,Y会社の営業成績が不振で赤字続きであったこともあ

り,Xは不満を募らせ,Yの経営能力に疑念を抱くようになった。こうし

てお互いの感情の行き違い等も重なって,次第に Xと Aは不仲となり,X

は,Y会社の銀行からの借入金9000万円につき Aが個人的に責任をとっ

て弁済するように迫り,両者の仲はますます嫌悪になった。Aは自派の持

株割合が27.9%にしかならないことから,Xが Y会社を解散したり,Aを

取締役から解任することをおそれ,Xに取締役会の招集通知を出さないま

まこれを招集し,密かに新株発行を決議した。新株発行は公募として実施

されたが,Aおよび Aの妻らに引き受けさせ,発行済株式総数の51.9%

を Aらが保有するに至った。

これに対して Xは,当時の代表取締役であった自分に対して招集通知

がなされておらず,出席もしていないので不適法であり,かかる取締役会

に基づく新株発行は無効であること,Aが自己の株式の持分比率を高めて

実質上 Aが Y会社を支配するために行われた新株発行であり,著しく不

公正な方法によりされたものであるとして新株発行無効の訴えを提起した。

第一審(大阪地判昭和63・12・21金判956号9頁)は,支配権取得目的

68

Page 41: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

でなされた不公正発行であると認定したうえで,新株はすべてその発行を

計画した Aによって引受けがなされているから,株式取引の安全のため

に新株発行を無効とすることを特に制限すべき事情も存せず,新株発行を

無効としても株式取引の安全を害さない特別の事情がある旨判示した。

Y会社は控訴したが,控訴審(平成元・12・22金判956号8頁)もほぼ

一審判決を追認する形で棄却した。そこで Y会社は,不公正な方法によ

る新株の発行は無効原因たり得ないことに加え,控訴審判決は閉鎖会社に

おいては株式取引の安全を害しないとして「特別の事情」を認定したもの

であるが,この解釈は便宜的な見解であり,法律論として是認しがたいと

主張し,上告した。

これを受けて上告審は,第一に,昭和36年最判を引用し,有効な取締役

会決議がない新株発行であっても無効原因にならないこと,そして,不公

正発行であっても同じく無効原因にならないと判示した。第二に,発行さ

れた新株がその会社の取締役の地位にある者によって引き受けられ,その

者が現に保有していること,あるいは,新株を発行した会社が小規模で閉

鎖的な会社であることなどの事情は,無効にならないとする結論に影響を

及ぼさないと判示した。その理由を新株の発行が会社と取引関係に立つ第

三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があることから,

その効力を画一的に判断する必要があり,上記のような事情の有無によっ

て事案ごとに判断することは相当でないとする。

本判決の意義として重要な点は,有効な取締役会決議がない新株発行で

あっても無効原因にはならないとする従来の最高裁の立場を再確認した点

と,不公正発行であっても無効原因にならないとする最高裁の立場を初め

て明確にした点である。しかも閉鎖会社の特殊事情も一切加味しないこと

を念押しする。本件判決に対しては,すでに多くの批判がなされているよ

うに本当に新株発行の効力を画一的に判断しなければならない必要がある

のか,個別事案ごとの特別の事情を判断する必要がないのか疑問が提起さ

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 69

Page 42: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

れている。画一的に判断しないと法律関係をいたずらに錯綜させるという

理由は閉鎖会社では当てはまらないことは要件事実を類型化できるこれま

での事案からも明白である。上場会社の有効な取締役会決議のない新株発

行および不公正発行とは株主の受ける支配的利益の侵害という不利益の大

きさと性質がまったく異なるものであることを認識しない形式論ないし抽

象論のように思えてならない。

(3)判例理論の検討

上記(a)から(d)の下級審判例は,いずれも閉鎖会社の特殊事情を考慮

した事案であり,反対にそのような事情を考慮しない平成6年最判は,不

公正発行により支配的利益を侵害される既存株主の不利益を軽視している

感は否めない。もっとも最高裁の立場からすれば,それ以上に既成の法律

関係の安定が優先すると考えるのだろう。しかし,いったん株式を発行し

た以上は,あたかも無因証券である約束手形が発行されたかのように解釈

する必要があるのだろうか。社員権を割合的単位の形にした株式も確かに

高度の流通性を有するように設計されたものであることは誰も疑わないが,

流通市場をもたず,株主同士が事実上一定の信頼関係によって結合する閉

鎖会社の株式は,実質的には持分会社や有限会社の持分とさほど変わらな

い。先に見た閉鎖会社の事案からも真に株式の譲渡性を考慮しなければな

らない事案は見あたらない。支配権奪取が強く推認される事案では株式を

発行した取締役が支配権を維持しなければならないのであるから第三者に

引き受けさせたり,譲渡することはほとんどあり得ない。仮に株式の引受

人やその譲受人が現れた場合であってもそれは仮装された者であることが

多く,原告株主側に善意の第三者でないことを証明させれば足りるように

思われる。(d)判決を見ればわかるように支配権争奪を背景とする募集株

式の発行ではそれほど証明も困難ではないだろう。また,仮に善意の第三

者が新株を譲り受けた場合であっても,相対的無効と考え,会社側は不公

70

Page 43: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

正発行であることにつき善意であり,かつ重過失もない譲受人には無効を

主張できないと解すれば足りるように思われる(78)。むしろ昭和36年最判の

射程を上場会社に限定すべきではないだろうか。株式取得者との関係で取

引の安全を強調して実態を無視する必要はまったくないように思われる。

法律関係の安定という見地から不公正発行を無効とすれば会社債権者の

債権回収の利益が害されることも問題であると指摘される(79)。しかし,募

集株式発行後の債権者であっても,その保護については限界があろう(80)。

会社および債権者間で行われる日常の取引において,取消し,無効あるい

は解除といった事態が生ずる場合もあり,債権者が負うべきリスクの一つ

と解せないこともない(81)。実際にも金銭を貸し付ける貸主であれ,売掛代

金債権をもつ原料供給者であれ,それぞれの契約締結に際して人的・物的

担保を個別に採るのが普通であろう。会社債権者は,常に契約にもとづき

自己の債権を保全すべきであることが要求されている。会社が倒産したよ

うなケースでは,仮に自己防衛のための債権の保全措置を講じていなかっ

たとしても,債権者には不公正発行を行って無効判決を招来させ,資金を

流出させた取締役の対第三者責任ないし不法行為責任を追及して損害を賠

償させる手段も残されているように思われる。

新株発行無効の訴えは,会社のために会社の機関として株主が訴訟を提

起するのに対して,募集株式発行の差止請求は,特定の株主の利益を守る

ための手段であり,制度趣旨が異なり両者は馴染まないという批判もある。

ここから不公正発行のような差止原因を無効原因として募集株式発行の無

効を認めるべきでないという主張もしばしば聞かれる(82)。確かに両制度は,

その導入経緯も保護の対象も異なるが,募集株式の発行によって株主の受

ける不利益と会社の受ける利益の比較において無効原因も合目的的に解さ

れるべきである(83)。もっとも,閉鎖会社における抜打ち発行のケースを見

る限り,既存株主の利益と会社の利益はかなり重なっており,保護すべき

対象範囲が大きく異なるわけではないように思われる。このような事情か

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 71

Page 44: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

らも裁判所は救済範囲を広げることに躊躇すべきではないだろう。

(4)閉鎖会社における不公正発行の意義とその判定

それでは閉鎖会社における支配権取得目的の不公正発行とは,どのよう

な事実に基づき認定され,上場会社といかなる相違が見られるだろうか(84)。

一般に主要目的ルールでは,原告株主は,不公正発行であることの評価根

拠事実として,�支配権をめぐる争いが存在すること,�株主の支配的利

益に大きな影響を及ぼす規模の募集株式の発行であることを証明すれば,

不公正発行であると認定されることになる(85)。ただし,閉鎖会社の場合に

は,支配権の移転をともなう募集株式の発行に支配権奪取の目的が推定さ

れやすいという特徴がある。当然ながら,閉鎖会社は少数の株主によって

構成され,固定されている。上場会社の敵対的買収のようなケースと異な

り,公開買付けはあり得ず,また,敵対株主が証券市場で株式を買い集め

て突如,大株主として現れるという事態も想定されていない(86)。すでに見

たように判例では,所有と経営が一致しない同族的会社において,長年,

株式を保有し続けた少数株主である代表取締役と,支配株主の間の軋轢に

端を発する内紛とされる事案である。当初は信頼関係があったにもかかわ

らず,創業者が経営権を半ば委譲したかのような段階で,感情的な対立が

激化した事案が少なくない。もっとも,創業者が死亡し,相続人が突然,

支配株主となった結果,経営の実権を握る取締役と険悪な関係になり,次

第に抗争が激しくなるというケースも少なからず見受けられる。いずれに

せよ閉鎖会社における内紛では,上場会社のように敵対的買収者と現経営

陣のいずれに経営権を委ねるべきか態度を決めかねる株主や経営に関心の

ない一般株主が存在するわけでなく,会社の利益ないし株主共同の利益を

考慮する必要性は大きいとはいえない。特別の事情がない限り,支配株主

の利益が会社の利益に帰着し,内紛も元をたどれば個人株主間の不和対立

に行き着くことが多いだろう。したがって,上記��の事実があれば容易

72

Page 45: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

に募集株式の発行を行った取締役に支配権獲得の目的のみが認められるこ

とになろう。

結局,取締役が自己の利益を図ることを究極の目的とする場合には,明

らかに利益相反取引となり,忠実義務ないし善管注意義務違反となる。同

時に,株主の支配的利益を侵害する取締役の割当権の濫用,または新株発

行権限の濫用といえよう。さらに,��の事実に加え,対立株主に知られ

ぬよう取締役会を開催し,支配権移転を伴う第三者割当増資を決議し,そ

の内容も対立株主に知らせず,会社資金をもって株式の払込みを行ってい

るといった事実が備われば,もはや事後的にその効力を否定すべき不公正

発行を構成すると考えてよいのではないだろうか。

それでも取締役が,第三者割当増資による資金調達を正当化する目的を

証明できれば不公正発行にはならない。一般に主要目的ルールにおいて,

不公正発行を否定する評価障害事実として,�資金調達の必要性,�資金

調達の合理性,�資本提携の必要性,�支配権争奪以前に募集株式発行の

計画があるという「計画の先行性」があげられる(87)。資金調達の必要性に

関しては,上場会社よりもむしろ中小企業のほうが深刻であり,資金需要

は常に存在するかもしれない。借入金の返済,債務超過状態の解消など財

務基盤の強化,事業用不動産の購入資金等,しばしば指摘されるように資

金需要とその計画はいくらでも説明がつくといわれる(88)。しかし,閉鎖会

社のように資金調達手段が限られているなかで,取締役があえて株主割当

て以外の方法で募集株式の発行を行わなければならない合理性を証明する

ことは難しい。いくら取締役の経営判断だといっても,何らかの対立が見

られる閉鎖会社において第三者割当増資を行うのは不自然であるという感

は否めない。少なくとも閉鎖会社については,単なる資金調達の必要性で

はなく,差し迫った必要性ないし緊急性が考慮されるべきかもしれない。

閉鎖会社であっても業務提携ないし資本提携を行う必要性がないわけで

はないが,その計画の先行性と相まって,素人目にも必要性の判断はでき

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 73

Page 46: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

るのではないだろうか。さらに,少数の株主からなる閉鎖会社にあっては,

支配株主が取締役の経営方針や個別の経営判断を拒絶する以上,上場会社

の場合と異なり,資金調達の必要性等企業価値を高めるための正当な理由

が認められる可能性は低くならざるを得ない。

ただし,取締役自身にないし自派に対する割当てであっても,正当化さ

れる事情がまったく存しないわけではない点には注意する必要があろう。

閉鎖会社であるからこそ出資者が見つからず,取締役自身が出資したとい

うケースは考えられる。また,たとえ閉鎖会社であろうと会社の外部者が

参入し,会社を食い物にする,あるいは企業価値を毀損する場合もないわ

けでない。とりわけ反社会的勢力が融資等をきっかけに閉鎖会社に入り込

むことも皆無とはいえず,上場会社ほど目立たないものの,そのような場

合には例外的に対抗措置としての第三者割当増資が認められないわけでは

ないだろう。

五 小括

募集株式の発行に関する情報を意図的に株主に提供しない,あるいは誤

った情報や歪められた情報を与え,株主の差止請求権行使を妨害する不公

正発行については,その背後に支配権を逆転させる目的があれば,その効

力を否定し,事後的な救済を与えるべきである。もっとも,このような抜

打ち発行に対しては,閉鎖会社型の公開会社の実態にかんがみて,一定の

株主数未満の閉鎖会社について,各株主への通知を義務付ける改正が望ま

れる(89)。非公開会社といった狭い範囲の会社でなく,非上場会社すべての

株主に株式の割当てを受ける権利を保障するという立法論も検討に値しよ

う。

しかし,現行会社法のもとでは,通知があっても差止めの機会を逸する

こともあれば,通知を公告で代替できる公開会社において知らぬ間に株式

74

Page 47: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

を発行されてしまう可能性はいくらでも考えられる。判例の見解に従えば,

公示手続が履践されていれば,意図的に目立たない方法でなされた潜行型

の第三者割当増資であっても支配権を失った株主は救済されず,やり得を

許すことになる。取締役に対する損害賠償請求や少数株主権による解散請

求では,株主の支配的利益は回復されない。株主の支配的利益の侵害がい

かに致命的な不利益か今一度,考え直す必要があろう。

不公正発行の判断基準が検証されつつある現在,閉鎖会社についても募

集株式発行の決定過程を精査することによって差止原因のみならず,無効

原因とすべき不公正発行は判断できるように思われる。支配権移転を伴う

募集株式の発行において,�取締役自身またはその縁故者に対して株式が

割り当てられること,�取締役会決議に瑕疵があること,�第三者有利発

行であるにもかかわらず株主総会決議がないこと,�募集事項の公示がさ

れていないこと,�株式の払込みが仮装されていること等の事実が重複す

る場合であれば不公正発行であることが強く推認されるのみでなく,無効

原因であることも推認されよう。割当先につき取締役の縁故者,同調者ま

たは自派の者といった概念は甚しく不明確だという批判もあるが,閉鎖会

社の場合には対立株主を除いて割当てが行われていれば,それだけで不公

正発行と認定される可能性は高まるだろう。

このとき法律関係の安定を図らなければならないという要請から,不公

正発行について善意で重過失もない株式の引受人または取得者に対して無

効を主張できないと解すれば足りる。確かに募集株式発行の有効・無効は,

一律に確定させるべきであって発行後の状態によって判断されるべきでな

いとする批判もあるが,実際にそのような善意者が生ずる可能性は極端に

低いことにかんがみれば,より実質的な利益衡量に立ち,善意の取得者の

みを個別に保護することに合理性がないとはいえない。また,募集株式発

行後の会社債権者の保護の必要性もないわけではないが,会社法ないし民

法上の明文規定に基づく救済で必要かつ十分ではないだろうか。いずれに

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 75

Page 48: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

せよ会社法のもとできめ細かな規定を置いた以上,閉鎖会社の不公正発行

については,より実態に即した基準のもとに統一的かつ体系的に無効原因

を判断すべきであり,また,その時期に来ていると思われる。

六 結びに代えて

現行会社法は,実質的に有限会社法を統合しており,少なくとも非公開

会社については,会社法制定前の一連の閉鎖会社に関する判例と同様に解

する必要はない(90)。社員同士の人的信頼関係によって成り立っている有限

会社の資本増加は,社団法ないし組織法上の性格を色濃く反映し,会社に

対する株主の支配的利益は保障されている。しかも持分の譲渡の自由も保

障されないので,無効原因は株式会社ほど狭く解する必要もない(91)。ここ

から非公開会社では,既存株主は有限会社の社員並みに保護されるはずで

ある(92)。しかし,最高裁の一連の判決から推し量るに,閉鎖型の公開会社

は,たとえ株主数や会社規模等の会社の属性が非公開会社や有限会社と変

わらない場合であっても,株式会社という共同企業形態を採用し,しかも

公開会社を選んだ以上は,そのルールに従わなければならないとする見解

に立つものと考えられる。確かに,いかなる共同企業形態を採用するか,

また,これに投資するか否かは出資者の判断に委ねられており,株式会社

制度を選択すれば,株主権の希釈化,支配権移転の可能性,あるいは資本

多数決といった制度に拘束されざるを得ない。それでも,当事者の定款自

治にすべてを委ねれば,例外なくこれに拘束されるというものでもないだ

ろう。

とくに支配権奪取を伴う不公正発行にあっては,形式的な会社法の条文

のあてはめではなく,裁判所による積極的な事実認定のもとで支配的利益

を失った株主の実質的救済を図る必要性が高いことをよりいっそう認識す

べきであろう。もっとも,その場合であっても解釈上,株主の割合的地位

76

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が保障される理論的根拠が必要になろう。募集株式の発行における取締役

の割当権または株式発行権限の濫用によって株主の支配的利益が侵害され

たというだけでは,取締役の損害賠償責任を超えて不公正発行自体を無効

原因に結び付ける理論的根拠として薄弱である感は否めない。閉鎖型の公

開会社にあっては,明文上,当然に株式の割当てを受ける権利をもたない

が,株主の固有権としてこれが認められるといった議論を再考する必要が

あるかもしれない(93)。

(1) 改めて説明するまでもなく会社支配権という意味では,たった2%の差であっ

ても株式会社における議決権割合51%と49%ではまったくその支配的利益の意味

は異なる。49%の議決権割合では,理論的には株式会社の経営において完全な会

社主導権は持ち得ない。

(2) 本稿では,会社法制定前の裁判例を扱うために,「新株発行」と「募集株式の発

行」の双方を同義として用いる。同様に,「募集株式の割当てを受ける権利」は「新

株引受権」と同義として用いる。

(3) 募集株式の発行に関する株主の差止請求権(会社210条,旧商280条ノ10)は,

不利益を受けるおそれがある株主の個人的な利益の保護を目的とする「自益権的

共益権」である。これに対して,取締役の違法行為に対する株主の差止請求権(会

社360条,旧商272条)は,原則として会社に回復しがたい損害を生ずるおそれが

ある場合に認められる典型的な共益権といえよう。当然,双方の規定が重畳的に

適用される場面も考えられる。しかし,会社としては必ずしも損害を被らないが,

株主として損害を受ける場合について,当該株主に広く救済を与える点に実益が

あるとされる(石井照久・会社法下巻(1967)57頁参照)。

(4) 法的にも物理的にも新株発行が行われていない場合には,新株発行不存在確認

の訴えによって救済される余地はある(会社829条)。

(5) 坂本延夫「公示義務を欠く新株発行の効力」現代企業の理論と実務(1993)226

頁,青竹正一・現代会社法の課題と展開(1995)153頁・181頁以下参照,佐藤歳

二「新株の不公正発行とその効力」味村退官記念・商法と商業登記(1998)441頁,

戸川成弘「商法280条ノ3ノ2所定の公告・通知を欠く新株発行の効力」平出=高

窪古希記念・現代企業・金融法の課題(2001)(下)541頁,松嶋隆弘「公示義務

違反と新株発行の無効原因」日大法学部法学研究所紀要40巻245頁,井上貴也「商

法280条ノ3ノ2に違反する新株発行の効力について」東洋法学43巻1号(1999)

71頁,吉本健一・新株発行のメカニズムと法規制(2007)63頁・83頁以下参照,

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 77

Page 50: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

宍戸善一「会社支配権と私的財産権:第三者割当増資論」江頭先生還暦記念・企

業法の理論(上巻)(2007)377頁参照。

(6) 本稿の対象は,あくまで上場していない会社を対象とするが,株主が少数で証

券市場において株式を自由に売却換価できない閉鎖会社型の公開会社を前提とす

る。一般的には株主の移動が頻繁とはいえず,株主の拡散が起こりにくい。ただ,

そのような会社であっても単に親族や仲間内で経営する株式会社に限られない。

大企業が出資する合弁会社や革新的な技術を有するベンチャー企業も含まれる。

90年代後半,ベンチャー企業は徐々に増え続け,政府も経済活性化政策のなかで

会社設立を後押ししており,当然,会社法もこれらを規整対象として想定してい

る。

将来,上場することを念頭に置くベンチャー企業には,資金調達を中心に経営

面でも強力にバックアップするベンチャー・キャピタルのような株主も存在する。

本来,閉鎖型株式会社の会社支配権の争奪事例は,様々な種類の株主を念頭に置

いて検討する必要があるが,これまでのところ裁判例では親族内,新族間の対立

が圧倒的に多数を占める。

(7) 募集株式の割当てを受ける権利は,米国法上株主の権利としてきわめて重要視

されていたことがわかる。マサチューセッツ裁判所におけるポートランド銀行事

件(Gray v. Portland Bank,3Mass.364(1807))で新株引受権の原則が宣言されて

以降,コモンローにおける契約理論に基づく株主権構成に変容し,厳格な原則と

して確立した。南北戦争後の経済の急成長にともない取締役の権限が拡大すると

同時に種類株式が認められ,株式の構造も複雑化し,新株引受権は制限ないし排

除される傾向をたどる。代わりに株主権の保護は,取締役の信認義務によって図

られるようになる(富山康吉「アメリカ会社法における株主地位の変遷」京都大

学商法研究会編・英米会社法研究(1950)199頁以下参照)。

(8) 周知のように会社法のもとでは,新株引受権は廃止された。新株引受権と新株

予約権は,その性質が類似しており,2つの制度を存続させておく意義に乏しい

こと,新株引受権の流通についてはニーズが少ないことが廃止の理由である。し

かし,新株引受権のうち,株主に対して株式を割り当てるという機能については,

株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合の手続として規定され,証券によ

り権利の譲渡をさせるべき場合については,新株予約権の無償割当てをすること

によってこれまでと同様の効果を実現できる(相澤哲編著・立案担当者による新

会社法の解説(2006)55頁)。株式の割当てを受ける権利と新株予約権の法的性質

については,前者が「一種の債権的な権利」であるのに対して,後者は「形成権」

であるとされる(上柳克郎ほか編・新注釈会社法(7)(1987)161頁〔倉沢康一

郎〕,江頭憲治郎・株式会社法〔第2版〕(2008)672頁)。前者は会社が割当てを

しなければ新しい株式を取得できず債務不履行や社団法上の効果を生ずる(新株

発行の無効原因,差止原因等)。他方,後者は,新株予約権者の権利行使によって

78

Page 51: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

当然株式を取得できる。

(9) 株主は新株引受権を有することを原則とすべきか,有しないことを原則とすべ

きか争われ,昭和25年改正法案は有しないことを原則とする立場に立っていたが,

GHQは有することを原則としたために,どちらにするかは会社の自治に委ねられ

ることになった(鈴木竹雄「改正法上の新株引受権」商法研究�(1971)160頁)。なお,通説では,定款によって株主に与えられた新株引受権は,株主の同意がな

ければ奪えない固有権であると解された(大隅健一郎=今井宏・会社法論中巻〔第

三版〕(1992)582頁,阪埜光男・新株引受権の法理(1969)70頁以下,米山毅一

郎「株主の新株引受権」倉澤康一郎=奥島孝康編・昭和商法学史(1996)415頁以

下参照)。

(10) 定款による新株引受権の定め方によって下級審判決の結論が別れるという事態

が生じた。大阪地裁は「取締役会決議により株主に対して新株引受権を与えるこ

とができる」旨の規定を,株主総会が取締役会に株主に新株引受権を付与しうる

権限を授けたものと解し,有効とした(大阪地判昭和28・6・29下民集4巻6号

945頁)。他方,東京地裁は「当会社の株主は株式総数1600万株のうち,未発行株

式について新株引受権を有する。ただし,取締役会決議により新株の一部を公募

し,または,役員・従業員・旧役員および従業員に新株引受権を与えることがで

きる」旨の定款規定について,取締役会は株主に対する新株引受権を付与し,制

限し,または排除する権能をもたないことを理由に無効とした(東京地判昭和30

・2・28下民集6巻2号361頁)。なお,浜田道代「新株引受権騒動への緊急対策―

昭和30年の改正―」日本会社立法の歴史的展開(1999)292頁以下参照。

(11) 鈴木竹雄=竹内昭夫・会社法〔第三版〕(1994)395頁。

(12) 一般に,固有権とは,株主から多数決をもってしても奪えない権利のことをい

う。もっとも,昭和30年改正前であっても新株引受権を固有権と考えるのは行き

過ぎであるとする主張も唱えられていた(鈴木・前掲注(9)165頁参照)。なお,

松本烝治「新株引受権について」商法の諸問題(1952)155頁以下参照。

(13) 買取引受契約とは,発行会社が新株を公募するにあたり,証券会社にその新株

を一括して引き受けさせ,これを払込期日までに引受価額と同額で第三者に売り

出し,売れ残りが生ずれば,証券会社がこれを背負いこむこととする契約をいう

(金融商品2条6項1号参照)。第三者有利発行の際の株主総会における特別決議

の必要性につき,証券会社を第三者として新株引受権を付与するものであるとす

る説と,新株引受権の付与に該当するが,発行価額が公正である限り株主総会に

おける特別決議を要しないとする説があった。当時の下級審判決は,特別決議を

必要と判断したために混乱が生じ,本文のような改正が行われた。なお,味村治

・改正株式会社法(1967)165頁参照。

(14) 上柳克郎ほか編・新版注釈会社法(補巻)(1992)238頁〔龍田節〕。

(15) 譲渡制限会社であっても,多数派株主が議決権を濫用することによって少数株

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 79

Page 52: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

主の株主権がさらに希釈化されてしまうという問題が生ずる。この点を分析検討

する論文として,潘阿憲「閉鎖会社における新株発行と株主の利益保護」志林100

巻4号69頁参照。

(16) 上柳克郎ほか編・新版注釈会社法(7)(1987)339頁〔近藤弘二〕。この当時,

増資の無効訴訟制度の欠缺を埋めるために設立無効訴訟に関する規定を類推して

適用する説も唱えられていた。

(17) 矢澤惇ほか編・注釈会社法(5)(1968)226頁〔山崎悠基〕。

(18) 会社法のもとでは,新株発行無効の判決が確定しても資本金の額は減少しない

(会社計算規則48条2項1号参照)。発行済株式総数は減少せざるを得ないが,株

式と資本金に関連性はなく,むしろ無効判決の遡及効を否定していることを忠実

に反映した規定になっている。

(19) 田中耕太郎・改訂会社法概論下巻(1955)497頁。

(20) 江頭・前掲注(8)701頁。

(21) 大隅=今井・前掲注(9)668頁。

(22) 各個の株式の引受けの無効や取消しは,一定の制限を除き(会社211条参照),

個別的に処理され,それを除いた残りの新株に影響を及ぼすものではない(田中

(耕)・前掲注(19)494頁)。これに対し,募集株式発行の無効は,通説・判例に

よれば,その瑕疵の重大性から一律に株式発行自体を無効とするものである。

(23) 定款記載の授権枠4000株がすべて発行済みであるにもかかわらず,さらに6000

株を発行した事案がある(東京地判昭和31・6・13下民7巻6号1550頁)。

(24) 大隅=今井・前掲注(9)・638頁,江頭・前掲(8)696頁,神田秀樹・会社法

(第10版)(2008)137頁,弥永真生・リーガルマインド会社法(第11版)358(2007)

参照。

(25) 手続的瑕疵と内容的瑕疵という側面から無効原因につき考察を加える論文とし

て,菱田政宏「新株発行と瑕疵」石井追悼論文集・商法の諸問題(1974)417頁が

参考になる。なお,実質的な無効原因の根拠を軽重による基準と,既存株主の保

護と取引の安全の要請を比較衡量する基準に分けて,主として後者の基準に重点

を置いて判例を分析する論文として,吉本健一「新株発行の無効判断の根拠」現

代企業法の理論(1998)671頁が参考になる。

(26) 最判平成5・12・16民集47巻10号5423頁。裁判所による公権的判断により仮処

分命令が発せられている以上,法秩序維持の観点から無効説を採用せざるを得な

かったものと考えられる。なお,この判決においても,新株発行事項に関する公

示は株主が新株発行差止請求権を行使する機会を保障することを目的として会社

に義務付けられたものであるとし,公示の重要性を説く点で注目される。

(27) 江頭・前掲注(8)696頁,大隅=今井・前掲注(9)664頁参照。

(28) 最判昭和36・3・31民集15巻3号645頁(ズノー光学事件)。本件評釈に,服部

栄三〔判批〕民商45巻4号143頁,米沢明〔判批〕法時33巻13号113頁,田中誠二

80

Page 53: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

〔判批〕青法4巻1号79頁,石田満〔判批〕矢沢ほか編・会社判例百選(第3版)

(1979)130頁,植村啓次郎〔判批〕商法の判例(1977)(第2版)98頁,加藤勝郎

〔判批〕竹内昭夫編・新証券・商品判例百選(1988)14頁がある。

(29) 最判昭和46・7・16判時641号97頁(東急不動産事件)。本件評釈に,柿崎栄治

〔判批〕ジュリ509号(1972)80頁,岸田雅雄〔判批〕鴻ほか編・会社判例百選(第

4版)(1983)126頁,山村忠平〔判批〕金判289号(1971)2頁,大原栄一〔判批〕

竹内昭夫編,新証券・商品取引判例百選(1988)16頁がある。

(30) 不利益を被った株主が取締役に対第三者責任を追及し,経済的利益を回復する

ことはできる(最判平成9・9・9判時1618号138頁(明星自動車事件))。しかし,

会社支配権の損害を見積もることはできず,もちろん支配権を取り戻すこともで

きない。なお,伊藤雄司「会社財産に生じた損害と株主の損害賠償請求権(4・

完)」法協124巻3号(2007)688頁参照。

(31) 江頭・前掲注(8)699頁参照。

(32) 味村・前掲注(13)180頁参照。

(33) 公示手続は,株主に差止請求権行使の機会を付与するのみでなく,株主権の希

釈化を回避するために株主に売却の機会を与える先行投資者保護措置の機能も併

せ有するという(関俊彦・会社法概論(第2版)(2007)163頁・177頁参照)。な

お,会社法のもとでは,会社が払込期日の2週間前までに金融商品取引法に従い,

募集事項に相当する事項を開示している場合には,通知・公告は必要ない(会社

201条5項,会社則40条)。

(34) 森本滋「第三者割当増資をめぐる諸問題(1)」金法1238号(1989)7頁参照。

(35) 服部栄三「第三者の新株引受権に関する商法改正について」企業会計19巻1号

(1967)20頁参照。東京地判昭和33・4・28商事175号400頁(東洋製糖事件),釧

路地判昭和38・2・26商事273号190頁(阿寒バス事)が,支配権争奪に関する代

表的な事案である。

(36) 大隅=今井・前掲注(9)638頁,大森忠夫ほか編・注釈会社法(5)(1968)

73頁〔大森忠夫〕,上柳克郎ほか編・新版注釈会社法(7)(1987)144頁〔森本滋〕,

田中誠二・三全訂会社法詳論(下)(1994)977頁。なお,通知発送の後,株主に

変動が生ずる場合もあるが,公告との均衡を考え,通知発送日現在の株主全員に

宛て通知を発送すれば足りると解されている(味村・前掲注(13)180頁参照)。

(37) 官報公告について,これが必ずしも株主に情報が伝達されることを保障するも

のではないことは会社法立案担当者の間でも認識されている(会社法要綱試案補

足説明第四部・第三・14)。ただし,インターネットが普及していない時代に比べ

れば調査の効率は格段によくなっている。現在,インターネット版「官報」も国

立印刷局によって提供されており,最新7日分であれば無料で閲覧できる。さら

に遡って過去の官報を閲覧するには,有料であるが,「官報情報検索サービス」が

利用できる。記事検索を用い,会社名を入力すれば特定の会社の公告が簡単に閲

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 81

Page 54: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

覧できる。しかし,当然ながら株主側が積極的に調査しなければわからない点で

紙ベースの官報とそれほど大きな違いはない。

(38) 稲葉威雄ほか編・実務相談株式会社法(新訂版)4巻(1992)196頁〔門田稔永〕。

(39) 募集事項の通知・公告には引受人の氏名が記載されないために支配権取得目的

の不公正発行か否かすぐには判断できない(会社201条3項・199条1項,関・前

掲注(33)178頁参照)。しかし,当該募集株式の発行を調査する端緒にはなろう。

(40) 田中(誠)・前掲注(36)937頁,味村治「改正商法逐条解説」商事385号(1966)

31頁,坂本延夫〔判批〕金判853号(1990)48頁,山崎悠基・前掲注(17)231頁,

柿崎栄治「新株発行に関する公告・通知とその補完」商事666号(1974)40頁,阪

埜光男〔判批〕金判645号(1982)55頁,森淳二朗〔判批〕商事834号(1979)37

頁,坂本・前掲注(5)238頁,関・前掲注(33)180頁。

(41) 田中(誠)・前掲注(36)940頁。例えば,東京地判昭和56・3・5判タ443号144

頁は,公告と払込期日の間の2週間につき1日足りないという瑕疵があった事案

であり,東京地判昭和58・7・12金判694号42頁もまた,同様の期間につき1日不

足する場合に軽微な瑕疵と判断した事案である。なお,登記実務上,通知・公告

期間を短縮した場合は,株主全員の同意書を添付すれば(商登46条1項),募集株

式の発行による変更登記申請が受理される。

(42) 河本一郎・現代会社法〔新訂第9版〕(2004)301頁,神崎克郎・商法�(会社法)(第三版)(1991)348頁。

(43) 鈴木竹雄「新株発行の差止と無効」商法研究�(1971)235頁。(44) 北沢正啓・会社法(第6版)(2001)544頁,戸川・前掲注(5)541頁,同〔判

批〕江頭憲治郎ほか編・会社法判例百選(2006)60頁参照。

(45) 上柳克郎ほか編・新版注釈会社法(7)(1987)146頁〔森本滋〕,森本滋・会社

法(第2版)(1995)338頁,中東正文〔判批〕法教201号(1997)118頁。

(46) �から�判決までの裁判例の総合的な分析については,すでに注(5)の文献においても検討されている。

(47) 判例研究として,田中誠二〔判批〕金判355号(1973)2頁,山下友信〔判批〕

鴻常夫ほか編・会社判例百選(第5版)(1992)154頁。

(48) 江頭・前掲注(8)699頁参照。

(49) この事案に先行して,同一原告によって,少数株主権の排斥を目的とした不公

正発行であることなどを理由に新株発行禁止の仮処分が申請されていた(大阪地

判昭和48・1・31金判355号10頁)。いわゆる主要目的ルールに従い,少数株主権

排斥の意図が多少なりとも存していても新株発行につき合理的理由の存する以上,

不公正発行といえないと説示し,申請を却下した。ここでの合理的理由は,工場

の移転・買入れ資金およびその他の事業資金とする需要があったこととされてい

る。

(50) 判例研究として,坂本延夫〔判批〕金判475号(1975)2頁がある。

82

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(51) 判例研究として,柿崎栄治〔判批〕ひろば35巻11号(1982)70頁,近藤弘二〔判

批〕判タ472号(1982)194頁。阪埜光男〔判批〕金判645号(1982)50頁がある。

(52) 判例研究として,岩原紳作〔判批〕ジュリ947号(1989)119頁,慶田康男〔判

批〕判タ677号(1988)230頁,坂本延夫〔判批〕金判765号(1987)42頁,川島い

づみ〔判批〕税経通信42巻5号(1987)252頁,砂田太士〔判批〕ひろば41巻4号

(1988)67頁がある。

(53) 会社法のもとでは,非公開会社の場合には新株発行無効の提訴期間は6か月か

ら1年に改正されているので(会社821条),譲渡制限会社の場合には提訴期間に

よる制約は改善されている。しかし,この長さで十分か否かは,今後この種の事

案を検証していくほかないだろう。

(54) 判例研究として,坂本延夫〔判批〕金判853号(1990)46頁,近藤光男〔判批〕

商事1315号(1993)54頁,山田知司〔判批〕判タ762号(1991)225頁,小林俊明

〔判批〕ジュリ1039号(1994)135頁参照。なお,特別の事情により株主が差止の

機会を有していた場合には無効原因にならないとすることから,折衷説に分類さ

れる場合もあるが(並木和夫〔判批〕鴻常夫ほか編・会社判例百選〔第6版〕(1998)

140頁参照),会社が他に差止原因のないことを証明しない限り無効となるとする

折衷説ではないので無効説に近い立場と考えられる。

(55) 判例研究として,小林量〔判批〕リマークス1994〈下〉116頁,丸山秀平〔判批〕

金判934号(1994)42頁,片木晴彦〔判批〕商事1463号(1997)39頁,前田修志〔判

批〕ジュリ1117号(1997)202頁,豊岳信昭〔判批〕法研71巻9号(1998)157頁

がある。

(56) 判例研究として,居林次雄〔判批〕金判1011号(1997)41頁,片木晴彦〔判批〕

リマークス1997〈下〉107頁,太田剛彦〔判批〕判タ945号(1997)236頁,木俣由

美〔判批〕商事1525号(1999)94頁,岡本智英子〔判批〕法研73巻8号(2000)

137頁がある。

(57) 判例研究として,居林次雄〔判批〕金判1062号(1999)59頁,山口和男〔判批〕

判タ1005号(1999)204頁,松嶋隆弘〔判批〕日法64巻4号(1999)139頁,青竹

正一〔判批〕判例評論480号(判時1658号)(1999)196頁,同481号(1661号)(1999)

164頁,北村雅史〔判批〕ジュリ1157号(1999)99頁,小林久起「差止めと執行停

止の理論と実務」判タ1062号(2001)200頁がある。

(58) 近藤崇晴〔判批〕ジュリ1112号(1997)137頁,同〔判批〕曹時49巻11号(1997)

300頁,中東正文・前掲注(45)118頁,青竹正一〔判批〕民商117巻4=5号(1998)

158頁,栗山徳子〔判批〕判タ948号(1997)182頁,居林次雄〔判批〕金判1029号

(1997)45頁,山口和男〔判批〕判タ978号166頁,野田耕志〔判批〕法学61巻6号

(1998)186頁,田上昌志〔判批〕中京大学大学院生法学研究論集18号(1998)113

頁,並木・前掲注(54)140頁,周田憲二〔判批〕島法43巻2号(1999)57頁参照。

(59) 判例研究として,藤原俊雄〔判批〕金判1257号(2007)53頁,大塚和成〔判批〕

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 83

Page 56: 閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不 …...閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく 新株発行と不公正発行 小林俊明 一 はじめに

銀法51巻(2007)64頁,烏山恭一〔判批〕法セ631号(2007)120頁,島田邦雄ほ

か〔判批〕商事1803号(2007)38頁がある。なお,旧商法280条ノ3ノ2における

最後の事案かと思われる。

(60) Xは上告受理の申立てを行ったが,その後和解により決着を見ている。Xの主張

に従い,Y会社はすべて原状回復することに同意した。さらに,平成19年6月14日

付で定款に株式譲渡制限の定めを置いたことによる株券提供公告を行っている。

(61) Note, New Stock Issues : Protection for the Minority Shareholder in the Colse Corpo-

ration , N.Y.U.L.REV. 119(1970).

(62) 田中(誠)・前掲注(36)976頁。

(63) この点については,すでに松嶋・前掲注(5)260頁においても指摘されている。

なお,株式公開の準備を行う上場申請会社であっても,現在,第三者割当増資が

認められないわけではない。ただ,上場時期を知る特定の者のみが短期間で利得

することがないように,上場申請会社に株式の継続保有等制約が課される(例え

ば,東京証券取引所マザーズ上場の手引き(2008)140頁以下参照)。

(64) 森本・前掲注(45)146頁,洲崎博史「不公正な新株発行とその規制(二・完)」

民商94巻6号(1986)740頁,吉本・前掲注(5)83頁。

(65) 下級審判決の多数がこれに追随する(東京高判昭和43・9・20判タ232号185頁,

横浜地判昭和50・3・25下民集26巻1-4号342頁,東京地判昭和56・3・5判タ443

号144頁,東京地判昭和58・7・12判時1085号140頁)。なお,昭和41年改正前の事

案であるが,新株引受権を株主以外の第三者に与えるための株主総会における特

別決議を経ずになされた新株発行についても最判昭和40・10・8民集19巻7号16

頁等によって新株発行の無効原因を構成しないと判示している。他に,最判昭和

46・7・16裁判集民103号407頁,最判昭和52・10・11金法843号24頁がある。

(66) 石井・前掲注(3)61頁,西原寛一・会社法(1969)158頁,伊沢孝平「新株発

行の手続」株式会社法講座4巻(1957)1231頁,河本一郎・前掲注(42)300頁,

近藤(弘)・前掲注(16)350頁,龍田節・会社法大要(2007)303頁,前田庸・会

社法入門(第11版)(2006)293頁,神崎克郎・商法�(第3版)(1991)347頁。(67) 岡咲恕一・新会社法と施行法(1951)64頁,大隅=今井・前掲注(9)664頁,

田中(誠)・前掲注(36)1009頁参照。

(68) 鈴木・前掲注(43)233頁,鈴木=竹内・前掲注(11)428頁。

(69) 河本・前掲注(42)301頁,近藤(弘)・前掲注(16)348頁,神崎・前掲注(67)

347頁,なお,判例では,釧路地判昭和38・2・26商事273号10頁がある。

(70) 北沢・前掲注(42)545頁。

(71) 鈴木・前掲注(43)233頁,洲崎・前掲注(64)740頁,吉本・前掲注(5)78

頁,森本・前掲注(45)146頁,山下友信〔判批〕鴻常夫ほか編・会社判例百選(第

6版)(1998)149頁。なお,有効説を採用する最判平成6年に対して,学説の多

数派は,むしろ折衷説に属するものと考えられる。

84

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(72) 判例研究として,官島司〔判批〕法研49巻12号(1976)98頁,田中啓一〔判批〕

ジュリ585号(1974)145頁がある。

(73) 柴田和史〔判批〕評論438号(1995)218頁。

(74) 判例研究として,近藤龍司〔判批〕法研53巻2号(1980)140頁,坂本延夫〔判

批〕金判490号(1976)2頁,森淳二郎・前掲注(40)35頁がある。

(75) 判例研究として,鈴木千佳子〔判批〕法研63巻4号(1995)412頁がある。

(76) 判例研究として,伊藤壽英〔判批〕金判887号(1992)39頁,吉本健一〔判批〕

商事1397号(1995)64頁,受川環大〔判批〕税経通信48巻(1993)262頁,難波宏

〔判批〕判タ821号(1993)190頁,別府三郎〔判批〕鹿法28巻2号(1993)127頁,

三森敏正〔判批〕専修法研論集19号(1996)47頁,鈴木千佳子〔判批〕法研70巻

8号(1997)153頁がある。

(77) 本件評釈として以下のものがある。居林次雄〔判批〕金判964号(1995)45頁,

前田雅弘〔判批〕ジュリ1068号(1995)100頁,塩田親文〔判批〕リマークス1995

〈下〉109頁,柿崎栄治〔判批〕ひろば48巻(1995)8号44頁,青竹正一〔判批〕

民商114巻2号(1996)326頁,柴田和史〔判批〕判評438号(判時1531号)(1995)

70頁,山口和男〔判批〕判タ882号(1995)220頁,吉田直〔判批〕青法37巻1号

(1995)103頁,吉田正之〔判批〕法学59巻4号(1995)523頁,江川孝雄〔判批〕

山院36号(1996)234頁,酒巻俊雄〔判批〕判タ975号191頁,坂田桂二=松嶋隆弘

〔判批〕日法61巻2号(1995)207頁,西尾信一〔判批〕銀法39巻2号(1995)74

頁,戸川成弘〔判批〕富大経済論集42巻1号(1996)195頁,森まどか〔判批〕法

政研究177号(1999)461頁,山下友信〔判批〕江頭憲治郎ほか編・会社法判例百

選(2006)70頁。

(78) 浜田道代「閉鎖会社における第三者割当増資」商事1191号(1989)23頁,小出

篤「会社法における『取引安全』の機能」法時79巻8号(2007)142頁・147頁参

照。

(79) 学説でもしばしばこの点が強調される。例えば,森本滋「新株の発行と株主の

地位」論叢102巻2号(1978)18頁参照。

(80) 洲崎・前掲注(64)山本為三郎「新株発行の効力に関する一考察」企業の社会

的役割と商事法(1995)369・373頁参照。

(81) 小出・前掲注(78)147頁参照。

(82) 上柳克郎ほか編・新版注釈会社法(7)(1987)346頁〔近藤弘二〕。

(83) 洲崎・前掲注(64)741頁。

(84) 不公正発行の判断枠組みとして,判例上確立された主要目的ルールもその発展

過程において,閉鎖会社における事案が見られる。例えば,米国においては Luther

v. C. J. Luther Co., 94N. W. 69(Wis.1903): Johnson v. Truebond, 629F. 2d 287

(3rd Cir 1980)が参考になる。なお,近藤弘二「会社支配維持のための新株発行」

北法31巻(1981)1795頁,松井秀征「取締役の新株発行権限(二・完)」法協114

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 85

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巻6号(1997)89頁参照。

(85) 河和哲雄「新株発行差止訴訟と挙証責任」木川古希・民事裁判の充実と促進

(1994)265頁参照。

(86) 閉鎖会社においても,運転資金に行き詰った会社に会社外部者が出資したり,

融資を行って譲渡担保に取った株式を利用して会社支配権を取得した後,高値買

取りを迫ったり,会社資産を売却するなどの会社を食い物にする事例はいくらで

もあり得る。例えば,反社会的勢力による会社の乗っ取りへの対抗措置として第

三者割当増資を行う場合には,その事実を証明することによって正当化される余

地もあろう。

(87) 河和・前掲同所,古関祐二「新株発行差止めの仮処分」門口正人編・新裁判実

務大系11・商事仮処分・商事非訟(2001)258頁参照。

(88) 龍田節「企業の資金調達」現代企業法講座3(1985)21頁,洲崎・前掲注(64)

723頁,川浜昇「株式会社の支配争奪と取締役の行動の規制(三・完)」民商95巻

4号(1987)496頁。

(89) 昭和61年に法務省民事局参事官室から公表された商法・有限会社法改正試案に

おいても,株主数50人以下の株式会社および株式譲渡制限会社並びに有限会社に

おいて,公告をしたときは,株主に対し通知しなければならないとする案が提示

されている(一16b参照)。株主数50名以下の基準を採用したのは,有限会社の上

限であった社員数と平仄を合わせたものと思われる。学説にも,これまで一定の

株主数以下の会社では,通知を義務付けるべきだという主張が繰り返し唱えられ

ている(鈴木竹雄「新株発行の無効再論」商事998号(1984)5頁,酒巻俊雄・閉

鎖的会社の法理と立法(1973)188・202頁,森本・前掲注(45)143頁,浜田・前

掲注(78)23頁,吉本健一「閉鎖会社における新株発行と法規制のあり方」阪法

145・146号(1988)339頁,青竹正一「新株の不公正発行に対する救済措置」現代

会社法の課題と展開(1995)201頁,中東・前掲注(45)119頁,松嶋・前掲注(5)

263頁参照)。

(90) 江頭・前掲注(8)696頁参照。なお,有限会社法では,差止請求権行使のため

の公示手続がなかったことから,株式会社よりいっそう事後的に増資を無効にす

る必要性が高かった。

(91) 上柳克郎ほか編・新版注釈会社法(14)(1990)444頁〔米沢明〕。

(92) 現に,昭和30年商法改正前の会社であって,定款により株主の新株引受権を保

障していた会社では,新株引受権の無視を新株発行の無効原因とする(長野地飯

田支部判昭和36・4・10下民集12巻4号744頁(丸桝醸造事件),浦和地川越支部

判平成4・7・2金判956号24頁,東京高判平成6・2・24金判956号20頁(木屋

製作所事件))。平成2年商法改正後の譲渡制限会社についても,新株引受権の無

視は新株発行の無効原因とされている(東京高判平成12・8・7判タ1042号234頁

(宮内モーターサービス事件))。会社および紛争の実態は,ほとんど閉鎖型の公開

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会社における不公正発行の事案と異ならない。

(93) 固有権論のほか,例えば準新株引受権(quasi-preemptive right)という概念も根

拠になり得ないか検討に値しよう(Sheppard v. Willcox, 26Cal. Rptr. 412, 417(Cal.

Ct App.1962))。

閉鎖会社における公示の瑕疵に基づく新株発行と不公正発行 87

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