被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … ·...

31
#1,冊、 《m、冊、 平成22年3月10日宣告裁判所書記官久賀正紀 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号 本籍 住居 静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本1265番地139号医療法人社団静和 会静和病院内 病院事務長 水谷信子 昭和9年8月10日生 本籍 住居静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本1265番地139号医療法人社団静和 会静和病院内 医師 吉 田晃 昭和14年2月26日生 上記水谷信子に対する健康保険法違反,詐欺,吉田晃に対する詐欺各被告事件に ついて,当裁判所は,検察官佐久間進並びに私選弁護人阿部浩基(主任),同宇佐美 達也及び同栗田勇各出席の上審理し,次のとおり判決する。 主文 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処す る。 未決勾留日数中,被告人水谷信子に対しては320日を,被告人吉田晃 に対しては260日を,それぞれその刑に算入する。 訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。 理由

Upload: others

Post on 22-Aug-2020

6 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

心(

‘、

#11,冊、

《m、冊、

平成22年3月10日宣告裁判所書記官久賀正紀

平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10

2号,第103号

本籍

住居

判 決

静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本1265番地139号医療法人社団静和会静和病院内

病院事務長

水谷信子

昭和9年8月10日生

本籍

住居静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本1265番地139号医療法人社団静和会静和病院内

医師

吉田晃

昭和14年2月26日生

上記水谷信子に対する健康保険法違反,詐欺,吉田晃に対する詐欺各被告事件に

ついて,当裁判所は,検察官佐久間進並びに私選弁護人阿部浩基(主任),同宇佐美

達也及び同栗田勇各出席の上審理し,次のとおり判決する。

主文

被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処する。

未決勾留日数中,被告人水谷信子に対しては320日を,被告人吉田晃に対しては260日を,それぞれその刑に算入する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

Page 2: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

I卿(式

《’1,,、

f!愚偏、

(罪となるべき事実)

被告人吉田晃は,静岡県賀茂郡東伊豆町奈良本1265番地139号所在の医療

法人社団静和会静和病院の理事長兼院長として同病院の業務全般を統括していたも

の,被告人水谷信子は,事務長として静和病院の事務全般を指揮するものであるが,第1被告人両名は,静和病院の総婦長ないl蓋謹蔀顧閤-7憲奉晶灸△豆が吉l被告人両名は,静和病院の総婦長ないし看護部顧問であったA及び事

務員であったBと共謀の上(ただし,Bについては別表1,2各番号(1)

ないし(4)記載の範囲内で共謀を認める。),平成18年4月の診療報酬改定に

伴って新たに導入された一般病棟に関する「15対1入院基本料の施設基準」

のうち看護職員の配置基準等を悪用して,診療報酬名下に金員を詐取しようと

企て,同年4月14日,真実は,静和病院の一般病棟が,上記施設基準上要求

されている1日に看護を行う看護職員数を充足しておらず,1日当たり最低2

名を要求されている夜勤を行う看護職員数も概ね1名しか存在しないなど施設

基準に適合していないのに,架空の看護職員の名義を用いて看護職員数を水増

しし,又は本来夜勤を担当していない看護職員も夜勤を担当していることにす

るなどして,あたかも一般病棟が上記施設基準に適合しているかのように装い,

その旨装った内容虚偽の「基本診療料の施設基準に係る届出書」を静岡市駿河

区南町18番1号サウスポット静岡16階所在の静岡社会保険事務局に提出し,

同年5月9日ころ,情を知らない同事務局職員をして,診療報酬の審査支払機

関である同市駿河区国吉田1丁目2番20号所在の静岡県社会保険診療報酬支

払基金(以下「支払基金」という。)及び同市葵区春日2丁目4番34号静岡

県国保会館所在の静岡県国民健康保険団体連合会(以下「国保連」という。)

に対し,静和病院の一般病棟が上記施設基準に適合している旨の虚偽の通知をさせた上で,

別表1番号(1)ないし(8)記載のとおり,平成18年5月10日ころから同年1

2月10日までの問,8回にわたり,支払基金において,その担当者に対し,

真実は静和病院の一般病棟が上記施設基準に適合していないのに,あたかも適

Page 3: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《刷慰、

《、露、

合しているかのように装い,一般病棟入院患者分の診療報酬明細書を診療報酬

請求書に添付して,一般病棟の入院基本料を含む同年4月分ないし同年11月

分の診療報酬をそれぞれ請求し,支払基金幹事長山崎英昭らをしてその旨誤信

させ,よって,同年6月21日から平成19年1月22日までの間,8回にわ

たり,一般病棟の入院基本料合計8000万9706円を含む合計9億873

4万9880円を診療報酬として静岡県沼津市大手町4丁目4番1号所在の株

式会社三菱東京UFJ銀行沼津支店に開設された医療法人社団静和会理事長吉

田晃名義の普通預金口座に振込入金させ,

2別表2番号(1)ないし(8)記載のとおり,平成18年5月10日から同年12月

10日までの間,8回にわたり,国保連において,その担当者に対し,真実は

静和病院の一般病棟が上記施設基準に適合していないのに,あたかも適合して

いるかのように装い,一般病棟入院患者分の診療報酬明細書を診療報酬請求書

に添付して,一般病棟の入院基本料を含む同年4月分ないし同年11月分の診

療報酬をそれぞれ請求し,国保連常務理事落合喜光らをしてその旨誤信させ,

よって,同年6月23日から平成19年1月25日までの間,8回にわたり,

一般病棟の入院基本料合計701万6508円を含む合計2億1258万78

63円を診療報酬として上記吉田晃名義の普通預金口座に振込入金させ,

もって,それぞれ人を欺いて財物を交付させ,

2被告人水谷は,静和病院の事務員であったCと共謀の上,同病院の業

務に関し,正当な理由がないのに,別表3,4記載のとおり,平成18年7月

11日及び平成19年7月10日の2回にわたり,健康保険被保険者報酬月額

算定基礎届に,被保険者である皇ほか4名の報酬月額につき,実際に

支払った報酬月額とは異なる虚偽の記載をした上,これらを同県三島市寿町9

番44号所在の三島社会保険事務所において,保険者である同保険事務所長に

提出し,もって,被保険者の報酬月額に関する事項につき,保険者に虚偽の届出をし

第2

Page 4: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

たものである。

.(証拠の標目)

括弧内の甲乙の番号は,判示第1の詐欺事件で被告人吉田と共通するものを含

めて,被告人水谷に対する健康保険法違反,詐欺被告事件における証拠等関係カード記載の検察官請求番号で示す。

判示事実全部について

被告人水谷の公判供述

証人ICの公判供述

《13m。、判示冒頭部分の事実について静岡地方法務局下田支局登記官作成の履歴事項全部証明書(甲1)

警察官作成の捜査報告書(甲148)

判示第1の事実全部について

被告人吉田の公判供述

被告人吉田に対する詐欺被告事件の第1回公判調書中の同被告人の供述部分(被告人吉田につき)

被告人水谷に対する健康保険法違反,詐欺被告事件の第2回公判調書中の同被告人の供述部分(被告人水谷につき)

《恩隠、被告人水谷の検察官調書(3通乙16ないし18)

被告人水谷の警察官調書(9通,乙8ないし14,19,25.被告人水谷につき)証人A・の公判供述

第3回公判調書中の証人Bの供述部分

13の警察官調書謄本(4通,甲99,100,102,107.いずれも不同意部分を除く。)

検察官作成の捜査報告書(甲56)

警察官作成の捜査報告書(4通,甲32,33,57,58),同謄本(甲55)及び同抄本(甲59)

Page 5: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《、蔦、

株式会社三菱東京UFJ銀行沼津支店作成の捜査関係事項回答書謄本(甲18

8)

判示第1の冒頭部分及び判示第2の各事実について

、被告人水谷に対する健康保険法違反,詐欺被告事件の第1回公判調書中の同被

告人の供述部分(被告人水谷につき)

判示第1の冒頭部分の事実について

鈴木哲夫の警察官調書(4通,甲36ないし39)

静岡社会保険事務局長作成の捜査関係事項回答書(2通,甲35,42)

支払基金幹事長作成の捜査関係事項回答書抄本(甲43)

国保連理事長作成の捜査関係事項回答書(甲44)

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(1)の各事実について

Biの検察官調書謄本(甲118)及び警察官調書謄本(甲109.不同意部分を

除く。)

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(2)の各事実について

被告人水谷の警察官調書(乙20.被告人水谷につき)

Bの警察官調書謄本(甲'40.不同意部分を除く。)

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(3)の各事実について

被告人水谷の警察官調書(乙21.被告人水谷につき)

Bの警察官調書謄本(甲142.不同意部分を除く。)

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(4)の各事実について

被告人水谷の警察官調書(乙22.被告人水谷につき)

B(甲144。ただし謄本)及び….(甲145)の各警察官調書(いずれも

不同意部分を除く。)

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(5)ないし(8)の各事実に ついて

.の警察官調書(甲177.不同意部分を除く。)

Page 6: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(5)の各事実について被告人水谷の警察官調書(乙26.被告人水谷につき)

の警察官調書(甲178.不同意部分を除く。)

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(6)の各事実について

被告人水谷の警察官調書(乙27.被告人水谷につき)

の警察官調書(甲179.不同意部分を除く。)

判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(7)の各事実について

被告人水谷の警察官調書(乙28.被告人水谷につき)

.、の警察官調書(甲180。不同意部分を除く。)#mpm、判示第1の冒頭部分,第1の1別表1及び同2別表2の各番号(8)の各事実について

被告人水谷の警察官調書(乙29.被告人水谷につき)

の警察官調書(甲181.不同意部分を除く。)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(2)の各事実について

ソ』ヤ(甲136)及びテBミ(甲139)の各警察官調書謄本

警察官作成の捜査報告書(3通,甲121,122,133)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(3)の各事実について

1A‐(甲137)及びプB…:(甲141)の各警察官調書謄本

耐警察官作成の捜査報告書(3通,甲123,124,134)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(4)の各事実について

’A房.(甲138)及び:B(甲143)の各警察官調書謄本

警察官作成の捜査報告書(3通,甲125,126,135)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(5)の各事実について

の警察官調書(甲182.不同意部分を除く。)

Aの警察官調書謄本(甲184)

警察官作成の捜査報告書(3通,甲157,158,173)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(6)ないし(8)の冬重宝↓号番号(6)ないし(8)の各事実について

Page 7: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

#11‘霞、

《’1鰯、

.#の警察官調書(甲183)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(6)の各事実について

Aの警察官調書謄本(甲185)

警察官作成の捜査報告書(3通,甲159,160,174)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(7)の各事実について

1Aの警察官調書謄本(甲186)

警察官作成の捜査報告書(3通,甲161,162,175)

判示第1の1別表1及び同2別表2の各番号(8)の各事実について

Aの警察官調書謄本(甲187)

警察官作成の捜査報告書(3通,甲163,164,176)

判示第1の1の事実について

-.-(甲45)及び西谷憲二(2通,

判示第1の1別表1番号(1)の事実について

(甲48)及び榎幸司(甲49)

判示第1の1別表1番号(2)の事実について

の警察官調書(甲127)

判示第1の1別表1番号(3)の事実について

の警察官調書(甲129)

判示第1の1別表1番号(4)の事実について

の警察官調書(甲131)

判示第1の1別表1番号(5)の事実について

,‐の警察官調書(甲165)

判示第1の1別表1番号(6)の事実について

‐の警察官調書(甲167)

判示第1の1別表1番号(7)の事実について

’-.1の警察官調書(甲169)

甲46,47)の各警察官調書

の各警察官調書

Page 8: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

判示第1の1別表1番号(8)の事実について

、の警察官調書(甲171)

判示第1の2の事実について

if(甲50)及び》 (2通,l

判示第1の2別表2番号(1)の事実について

‐の警察官調書(2通,甲53,54)

甲51, 52)の各警察官調書

判示第1の2別表2番号(2)の事実について

の警察官調書(甲128)

《蝉、筒、判示第1の2別表2番号(3)の事実についての警察官調書(甲130)

判示第1の2別表2番号(4)の事実について

の警察官調書(甲132)

判示第1の2別表2番号(5)の事実について

・の警察官調書(甲166)

判示第1の2別表2番号(6)の事実について

の警察官調書(甲168)

判示第1の2別表2番号(7)の事実について

‘、圃罵、--の警察官調書(甲170)

判示第1の2別表2番号(8)の事実について

.の警察官調書(甲172)

判示第2の事実全部について

被告人水谷の検察官調書(2通,乙5,

3)

6)及び警察官調書(2通, 乙2,

Cの検察官調書(2通,甲6,7)

(3通,甲11ないし13.甲13は不同意部分を除く。),『.

(2通,甲16,17.甲17は不同意部分を除く。),(2通,甲20,21)

Page 9: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《‘、露、

《、鼠、

及びざ..(3通,甲24ないし26)の各警察官調書

検察事務官作成の捜査報告書(甲147)

三島社会保険事務所長作成の「捜査関係事項照会書に対する回答について」と

題する書面(2通,甲3,4)

判示第2別表3の事実について

警察官作成の捜査報告書(4通,甲14,18,22,27)

判示第2別表4の事実について

被告人水谷の警察官調書(乙4)

の警察官調書(甲29)

響察官作成の捜査報告書(5通,甲15,19,23,28,31)

(事実認定の補足説明)

1弁護人は,判示第1の詐欺について,被告人両名には故意がなく,Af及びB

との間で共謀をしたこともないから無罪であると主張し,被告人両名も公判で

これに沿う供述をするので,以下補足して説明する。

2まず,静和病院の総婦長ないし看護部顧問であったA及び医事課主任であっ

たBが,共謀の上,静和病院の一般病棟における看護職員の配置状況が,平成

18年4月に新たに導入された一般病棟に関する「15対1入院基本料の施設基

準」に適合していなかったにもかかわらず,Arにおいて,架空の看護職員の名

義を用いるなどして職員数を水増しし,又は本来夜勤を担当していない看護職員

も担当しているように装って虚偽の勤務予定表を作成し,Bにおいて,一般病

棟が上記施設基準に適合している旨を内容とする静和病院名義の「基本診療料の

施設基準に係る届出書」を作成し,同年4月14日,上記虚偽の勤務予定表を添

付するなどして静岡社会保険事務局に提出した上,この届出を前提として,同年

5月から12月までの毎月,静和病院の一般病棟が上記施設基準に適合している

かのように装って,内容虚偽の診療報酬請求書を作成し,これを支払基金及び国

保連に提出することを繰り返し,一般病棟入院患者分の診療報酬に関し,判示第

Page 10: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

(1m’締、

1で認定したとおりの詐欺をしたことは証拠上明らかである。

そして,A及びFは,それぞれ公判で,本件詐欺は上司である被告人両名

と共謀して実行したものであり,被告人両名の指示を受けて内容虚偽の書類を作

成し,決裁を受けて,これを関係機関に提出した旨供述している。

片及び6,の,本件詐欺に被告人両名が関与していた旨の各供述部分を除く

関係証拠によっても,次の諸点を指摘し,認定することができる。すなわち,

(1)静和病院は,被告人吉田が院長,内縁関係にある被告人水谷が事務長となっ

て昭和63年に個人病院として開設し,その後開設主体を医療法人に変更して

被告人吉田がその理事長,被告人水谷が常任理事を兼ねていたところ,開設時

には被告人吉田が重機を使って整地し,被告人水谷が建物の設計をするなどし

て病院施設を建設し,二人で病院内に居住しながら施設の拡充に努め,診療科

目を内科,外科等とし,一般病棟55床,療養病棟252床を有する規模にま

で発展させた病院である。その運営において,被告人吉田は,勤務医の採否を

決めた上,勤務医が担当する患者の診療録等を毎日チェックして診療に関する

指示を出し,また,看護職員の仕事振りを細かくチェックして配置を決めたり

するなど医療面の中心となっていたほか,医療機器や医薬品はもとより施設内

の家具備品にまで,より安価で取得すべく自ら交渉に当たるなど経営面,特に

経費の節約にも厳しかった。一方,被告人水谷は,事務全般を指揮して被告人

吉田を補佐しており,平成17年以降の極度の看護師不足を補うため自ら看護

師を勧誘したり,多額の費用を計上して被告人吉田と共に遠方まで赴いて募集活動を行ったりした。

静和病院は,まさに被告人両名が二人三脚で築き上げたものであり,その最

高責任者は名実ともに被告人吉田であり,ナンバー2は被告人水谷であって,被告人両名に比肩し得る立場の者はいない。

))ところで,静和病院は,その収入の多くを入院患者に関する保険診療報酬で

得ていたところ,この診療報酬のうち入院に要する費用の額については,全国

(2)

10

Page 11: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

‘'、輪、

《鰯繍、

一律ではなく,病棟に配置される看護職員の数によって区分けされた施設基準

に基づいて入院基本料等が算定されていた。一般病棟に関する施設基準を見る

と,平成18年3月までは,入院患者4人に対し看護職員1人を配置している

こと(4対1基準という。ここにいう配置とは雇用していればよいとされ

る。)が最も低い基準であり,その入院基本料の医科点数は1日につき820

点(1点は10円である。以下同じ。)であるが,この施設基準を満たさない

場合は特別入院基本料として1日につき580点になる場合があった。

看護師不足が常態化していた静和病院では,平成18年3月以前の段階にお

いて,被告人両名の承認の下で,一般病棟の看護職員数が上記4対1基準に満

たなかったにもかかわらず,架空の看護職員の名義を用いるなどして看護職員

数を水増しし,医事課主任のBが基準を満たしている旨の内容虚偽の入院基

本料等の施設基準に係る届出書を作成して社会保険事務局に提出し,これを前

提に,診療報酬の審査支払機関である支払基金及び国保連に対して診療報酬請

求をしていた。そのため,日常業務においても,被告人両名が主導して,正規

のものとは別に架空の看護師名等を記載して水増しした看護職員の勤務予定表

を作成した上,看護記録の作成者名も虚偽の勤務予定表に合わせるなどして看

護師不足を隠ぺいしていた。そして,静和病院では,毎年秋に行われる医療監

視等に当たり,事前に被告人吉田が主催して,被告人水谷のほか看護職員や事

務職員の幹部らが出席して対策会議を行い,種々 の偽装工作を徹底したのであ

って,まさに組織ぐるみで不正の隠ぺいを行っていた。

(3)その後,診療報酬が改定されて平成18年4月から実施されることになった

が,その改定内容は全体としては点数を約3%引き下げるものであった。一般

病棟に関する入院基本料等の施設基準については,看護職員の実質的な配置を

求め,区分けされた施設基準のうち,入院患者15人に対し看護職員1人が各

勤務帯に実際に勤務していること(15対1基準)を最低の基準とし,これが

従来の3対1基準に相当するものと説明され,さらに,この15対1基準の病

Page 12: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

(‘’@m:、

《、、闇、

猿では夜間勤養の看護職員数が常暗2人里上配置室型,かつ,1人当たりの系均夜勤時間数が72時間以下でなければならないなどとされた。この「15対

1入院基本料の施設基準」に適合する場合の入院基本料は1日につき954点

であるが,この基準を満たさない場合は特別入院基本料として1日につき57

5点となり,これに看護補助加算等を加えた基本点数を見ると,「15対1入

院基本料の施設基準」に適合する場合は原則として合計1088点となるのに

対して,特別入院基本料の場合(看護補助加算はない。)は合計600点とな●---巳--=口⑧●②-----~。。-~~~-~●~ロ■~●~=■'・~~~''⑧千口

って;両者の格差は大きい。なお,静禾ロ病院で病床数の多い療養病棟に関する

入院基本料等の施設基準の改定については,7月から実施されることになっていた。

静和病院では,この平成18年4月からの診療報酬の改定時,一般病棟に関

する看護職員数や勤務条件において,従来の3対1基準に相当するという15

対1基準には到底及ばなかったところ,改定前と同様に施設基準に適合するも

のとすればむしろ増収となるが,そうでなければ減収となることは明らかであ

った。そのころ一般病棟はほとんど満床であったから,1か月を30日として

基本点数の差を計算すると,15対1基準と特別入院基本料とでは月額で約8

00万円の差が生じることになる。

被告人両名は,静和病院の最高責任者及び最高幹部であり,その収入に大き

な影響をもたらす診療報酬の改定の内容,殊に入院基本料等の施設基準に関す

る大幅な改定については強い関心を抱いていたと見るのが相当である。

(4)そして,静和病院は,前記2で認定したとおり,平成18年4月14日,社

会保険事務局に対し,看護職員に関する虚偽の勤務予定表等を添付して,「1

5対1入院基本料の施設基準」に適合する旨の内容虚偽の「基本診療料の施設

基準に係る届出書」を提出した。この届出前後の診療報酬改定に関する被告人両名の状況等を更に見てみることとする。

被告人吉田は,2月中旬に配布された中央社会保険医療協議会作成の「平成

12

Page 13: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《'賑、

18年度診療報酬改定の概要について(案)」と題する書面(甲59号証参照)

を3月ころまでの間に検討していたところ,同書面には一般病棟の15対1基

準が従来の3対1基準に相当することや新基準に対応する医科点数等が記載さ

れており,…その中の看護捕助加算の萱旧対照については自ら丸く囲む書き込み

をしていた。そして,3月28日には静岡社会保険事務局が開催した診療報酬

改定説明会(病院集団指導)に出席して入院基本料に関する施設基準の変更等

について説明を受け,同月30日に保険協会が開催した診療報酬改定に伴う点

数変更等の説明会に信ら各部門の責任者を参加させ,翌31日には沼から

同人作成の「平成18年4月診療報酬改定について」と題する報告書(甲57

号証参照,以下「’レポート」という。)の提出を受けている。このf:レポートは,診療報酬改定に伴う医科点数の変更点を中心に簡潔にまとめたもの

であり,その中の1枚には「入院料」と題して看護職員の配置割合の変更にも

触れた入院基本料の加算に関する項目があったが,被告人吉田は,ここにも自

ら書き込みをしているのであって,入院基本料に関する施設基準の変更につい

て重ねて知識を得ていたものと認められる。

(5)被告人吉田は,診療報酬の改定前後を通じて,毎月,静和病院が診療報酬を

審査支払機関に請求するに当たり,その請求書に添付される診療報酬明細書

(レセプト)の内容を患者ごとに見て決裁していたところ,その1枚目の「入

院」欄には入院基本料の種別が,更に「摘要」欄にはそれに該当する点数がそ

れぞれ明記されているのであって,同被告人がこれらについても認識していた

と認めるのが相当である。ところが,被告人吉田は,決裁時に,15対1基準と明記されていることについて修正等の指示をしたことはなかった。

(6)次に,被告人水谷は,自ら使用する平成18年からの3年ダイアリー(甲58号証参照)の4月分冒頭の月間予定を記載できるページの欄外に「(3:

1)954」「575」と記載し,更に両者をくくった曲線を引いた上,その中央に「3,790」などと記載しているが,このメモと目される体裁及びそ

13

Page 14: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《、',、

(、癖、

の内容に徴して,同被告人が平成18年4月初旬までには,従来の3対1基準

に相当するのが「15対1入院基本料の施設基準」であり,静和病院が施設基

準として届けていた4対1基準よりも厳しい要件が課せられることや,医科点

一致」に撞いて皇拠を王回る言特別入院基本料との差黒を理解丈量とと_も腹』経理事

溌を指揮1rる事務長、立場カミら患者1人_1-日につきa79Q円とU差額分④

及ぼす影響について検討したものといい得る。一・・.。‐…….宰●_一寺一・ワーー~‐~・・_一一寺・■●■0-0■一・--1-,一一Fー~←~●一一・一一~~=■●。!‐?。●●凸寸

(7)また,そのころ,被告人水谷は,虚偽の看護職員の勤務予定表を作成してい

た片との間で,一般病棟を担当していない看護師,退職した看護師,採用し

たばかりで勤務をしていない看護師等の氏名を勤務予定表に掲げることについ

て話し合った。実際,A~が社会保険事務局に提出するために作成した虚偽の

勤務予定表には,その原稿の段階から上記のような架空の看護師名が多数記載

されているところ,ーBjの指摘を受けて夜間勤務の担当者にA,の氏名を加え

た際には,それ以前に作成された原稿の欄外に×の印が書き込Lまれ工l‘L1重。

(8)さらに,静和病院が社会保険事務局に提出した前記「基本診療料の施設基準

に係る届出書」(甲35号証参照)には,届出者として医療法人社団静和会静

和病院理事長の肩書きと被告人吉田の氏名が記載された上,「医療法人社団静

和会静和病院」と刻した角印と「医療法人社団静和会静和病院理事長印」と刻

した丸印が押捺されているところ,この2個の印章は県知事宛ての医療法人役

員変更届とか支払基金宛ての保険医療機関届といった重要な届出書にも同様に

押捺されているのであり,また,静和会の最高意思決定機関である社員総会の

議事録には議長として同被告人の署名の脇に上記丸印が押捺されているのであ

って,本件の社会保険事務局に対する届出も,最高責任者である同被告人の意

思に沿うものであったと推認できる。

また,本件の社会保険事務局に対する届出関係の書類は1冊のファイルにま

とめられ,事務担当者であるBが退職した後も,平成13年以降の数次にわ

たる施設基準に係る届出関係の書類等をそれぞれまとめた他のファイルと共に

14

Page 15: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《、m鼠、

《’霊、

病院内に保管されていたのであって,このことに徴してみても,本件の届出が

それ以前に静和病院が行ってきた内容虚偽の施設基準に係る届出と同様のもの

であり,ひいて最高責任者である被告人吉田及び事務全般を指揮する被告人水

谷の意思に沿うものであったと推認できる。

(9)以上指摘した(1)ないし(8)の諸点を総合考慮すると,静和病院の最高責任者及

び最高幹部であった被告人両名が,病院収入に大きな影響を及ぼす診療報酬改

定に強い関心を抱くのは当然のことであり,fの改定内容のうち入院基本料の

施設基準の決定は病院経営を左右しかねない事項であって,このような事項に

ついて,部下であるAやBが事後に直ちに被告人らに判明するような無断

行為をしたとは考え難く,むしろ,被告人両名も,現状では看護職員数が最低

の施設基準にも満たないことを十分認識しながら,あえて内容虚偽の施設基準

の届出をさせた上,これを前提に内容虚偽の診療報酬請求を繰り返していたも

のといい得る。被告人両名について,詐欺の故意を有していたことも,ル及

びBとの間で共謀をしたことも推認できるというべきである幻

4そこで,ル及びBの各公判における被告人両名との共謀等に関する供述内

容について検討する。

(1)まず,Bの供述内容は,大要次のとおりである。

私は,平成18年3月30日に開催された説明会に出席した翌日の午前9時

ころ,病院事務所内の吉田院長の机のところで,院長に対し,らレポートと

一般病棟に関する入院基本料等の1日当たりの医科点数が入院日数の経過によ

って変わることなどを一覧表にまとめた資料のコピーを示して,説明会の内容

を説明したが,院長はBレポートに自ら書き込みをしながら説明を聞いてい

た。説明に要した時間は15分から20分くらいだったと思う。私が入院基本

料の説明をした際,病院の現状のままでは特別入院基本料になる旨言ったとこ

ろ,院長から「あほか,お前は」と言われた。また,15対1基準にすると夜

勤をする看護師の人数も増えると説明したときには,「おばんに言って,ぃな

15

Page 16: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《,恩礎、

いナースのところに茶器セットを贈っておけ」ということを言われた。おばん

とは水谷事務長のことであり,茶器セットとは中国から仕入れた主として贈答

用に使われた品物のことである。私は,このような院長の言葉から特別入院基

本料で届ける気はないなと思い,説明の最後に院長に対して「それでは今回1

5対1の入院基本料で届け出てよろしいんですね」と確認したところ,院長か

ら「よし,それでいけ」と言われた。院長がそのように指示したのは,特別入

院基本料で入院基本料を請求したくない,要するに利益追求のためだと思った。

私は,4月3日の午前8時半以降のことだが,4階事務所の隣の場所で,水

谷事務長と事務長に呼ばれて同席したA,総婦長に対し,院長に対するのと同

様に,診療報酬改定の内容をwらレポート等を示しながら説明した。そのとき,

一般病棟に関する入院基本料について,15対1基準に適合するための要件や

特別入院基本料との医科点数の比較も話した。事務長は,説明を聞きながら3

年ダイアリーみたいな手帳に何か書き込みをしていた。Aは,夜間勤務の看

護職員の配置条件を聞いて驚いた様子を見せ,いったん席を外し,施設基準の

届出書に添付用として既に作成していた4月分の看護職員の勤務予定表を持参

した。それを見た私は,夜間勤務の看護職員が2人確保されていないことに気

付き,Aに対し「これではだめですよ」と言った。事務長は,Aに対し,

同人も夜勤をしたようにすればいいとか,同人以外の看護職員も夜勤をしてい

るようにすればよいといったことを言って,勤務予定表を作り直すように指示

した。また,私は,Aが席を外した際に事務長に対し,茶器セットに関する

院長の言葉を伝えると,事務長は「うん,分かっているわよ」と答えた。

私は,4月8日か9日ころ,Aから看護職員の勤務予定表等の書類を受け

取り,社会保険事務局に提出する書類を完成させて,4月13日の夜,事務長

にその提出書類を見せたところ,事務長は書類を1枚ずつ丹念にめくりながら

確認し,「これでいいから,あした院長にも見せておいてね」と言って決裁し

てくれた。翌14日午前8時半ころ,院長にも同様に提出書類を確認してもら

】6

Page 17: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《、‘扉、

《'扉、

ったところ,院長も書類を1枚ずつ確認した上,「これで頼むわ」と言って決

裁してくれたので,その日に社会保険事務局に届出書を提出した。

その後,私は,平成18年8月に退職するまでの毎月,審査支払機関に対し

て診療報酬請求書を提出するに当たり,院長には請求金額を記載したメモを渡

すとともに,診療報酬明細書を含めた請求書の内容を確認してもらって決裁を

受けていた。特に4月分の請求書の決裁を受ける際には,請求金額について診

療報酬改定の前後を比較するために,メモに前月分の金額を併記して約100

0万円の増加があったことを示したところ,院長から「こんなに増えたんか」

「ご苦労」「これ,おばんに渡しておいてや」などと言われた。事務長には,

毎月その月の診療報酬の請求金額を記載したメモを渡していた。

(2)次に,Aの供述内容は,大要次のとおりである。

私は,水谷事務長から,平成18年の1月末から2月初めころと2月終わり

から3月初めころの2回にわたり,4月から一般病棟の入院基本料が従来の3

対1に相当する15対1基準になる旨聞いた。2回目のとき,事務長は,平成

18年2月とか中医協という印が押された小冊子を見ながら話しており,私に

「15対1になるので勤務表を作るのが大変になるけれど,またよろしくお願

いしますね」ということを言った。そこで,3月半ばから終わりにかけて,診

療報酬改定に伴う施設基準の届出書に添付するために,虚偽の看護職員の勤務

予定表を作成し始めた。私は,以前にも同様の勤務予定表を作成したことがあ

り,そのときにも事務長から架空の看護師の氏名を使ってよいと言われたこと

があり,更に今回は療養病棟に勤務する看護師の氏名も使うように言われた。

私は,4月3日に事務長から呼ばれて4階事務所の隣の場所に行き,午前9

時半ころから事務長と医事課のBの3人で話し合った。この日時をよく覚え

ているのは,事務長が実母の葬儀を終えて3日の夜中に帰ってきて,その日の

朝には出勤して私を呼び,その際,私からもう少し休んだらどうですかという

話をしたからである。Bは,3月30日にあった説明会の内容を院長に説明

17

Page 18: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《、、同、4‐,0・可’1『・’01口

臼釧婁一列」一』、一

《i爾詞、

その後,私は,4月9日の朝までに虚偽の勤務予定表を完成させ,これを事

務長に見せて了解を得た後,5.から指摘された箇所を訂正して同人に渡した。

(3)ら及びA,の各公判における上記供述内容は,いずれも前記3で指摘した

諸点及び認定によく沿うものである。しかも,それぞれの供述内容は,自ら体

験しなければ語ることができないような具体性を有している上,相互に符合し

ているといい得る。したがって,B及びAの各公判における被告人両名と

の共謀等に関する供述内容は十分信用できる。

前記2ないし4で検討した諸点を総合すれば,被告人両名について詐欺の故意5

18

するために作ったというBレポート等を持参しており,当初は事務長に向け

て診療報酬改定に伴う医科点数の変更等を説明していた。事務長は,カレンダ

ー付きのノートのようなものを持っていた。その際,私は,Bから夜間勤務

の看護職員数や勤務時間の制限等について説明を受けたので席を外し,既に作

成していた虚偽の勤務予定表を持参して2人に見せたところ,事務長から「夜

勤が1人しかはいっていない」などと言われ,Bからも「これではクリアし

ていないので,作り直してください」というふうに言われた。Bが自分の机

に戻った後も,私は,昼食になるぐらいのときまで,事務長との間で15対1

基準の内容について話した。

4月6日か7日ころの午後3時ころだったと思うが,私が事務所の隣の場所

で虚偽の勤務予定表を作成していたところ,院長が来て「どうだ,婦長,看護

婦は大丈夫か」「どれぐらい看護婦が足りないんだ」というような言葉を掛け

てきたことがあった。私が,作成中の勤務予定表に記載された氏名を指さしな

がら,10人くらい足りないとか,架空の看護師は誰で,パートも常勤に入れ

て夜勤もしているようにしているなどと説明したところ,院長は「そんなに足

りないのか,大変だな」「期限に間に合うように頑張って頼むわな」というよ

うな言葉を掛けてくれた。その後,院長は,コーヒーとお菓子を持ってきてくれた。

Page 19: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

<1,mm、

《副罵、

を有していたことも,A;及び巳との間で共謀をしていたことも優に認定でき

るというべきである。これに反して,本件詐欺は部下であるA及びBが無断

で行っていたもので,そのような事実は当時知らなかった旨の被告人両名の各公

判供述は,余りに不自然かつ不合理であって到底信用できない。

なお,被告人水谷は,検察官調書(乙16ないし18号証)の中で,15対1

入院基本料の施設基準が従来の3対1基準に相当することや,施設基準が診療報

酬の算定に結びついていることは,診療報酬の改定前から知っており,静和病院

における看護師数やその勤務状況が15対1基準を満たしていないことは承知し

ていたが,架空の看護師を使うなどして水増しした虚偽の勤務予定表をA総婦

長に作成してもらうなどして15対1基準を満たしているようにごまかし,その

基準に対応する診療報酬を得ていた旨供述しており,被告人両名の公判供述とは矛盾するものである。

6これに対し,弁護人は,被告人らの公判供述に依拠して,BやAの公判に

おける各供述内容は信用できないなどとるる主張するので,その主たるものにつ

いて,以下,当裁判所の判断を示す。

(1)弁護人は,Bは,3月31日午前9時ころ,被告人吉田に対してBレポ

ート等を示しながら診療報酬改定の内容を説明した旨供述するが,そのころ,

同被告人は,重症患者の診療や多数のカルテチェックに専従しており,カルテ

1通につき10分前後の時間がかかることに照らして,そのようなBの説明

を受ける時間はなかったのであり,上記B’供述は信用できないと主張する。

確かに,被告人吉田が毎日朝夕の2回にわたって勤務医や夜勤明けの看護師

同席のもとにカルテチェックを行っており,その日も相当数の患者に関してカ

ルテチエックをした上で投薬指示等を行ったことは認められる。

しかしながら,弁護人が指摘する各診療録からは,検査結果や写真に時刻の

記載はあるものの,被告人吉田がカルテチェックを行った時刻をうかがうこと

はできない。被告人吉田も,カルテチェックを行った個々の時刻は覚えておら

19

Page 20: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《‘、扉、

‘鼠g、

ず,日常午前8時半からカルテチェックを行っていたとの説明に終始しており,

具体的な時刻等を述べた分についても一貫した供述はしていない。この点,陽

やAは,被告人吉田による朝のカルテチェックの時間は日によって異なっ

ていた旨供述しているのである。また,各診療録における被告人吉田の記載は,

患者の体調,体温,2行程度の投薬指示等にとどまるものが多いことに徴する

と,カルテ1通のチェックにつき一律10分前後を要するとも考え難い。他方,

Bが説明に要した時間は15分から20分くらいの短時間であったというの

であり,Bレポートの記載内容も簡潔なものであったことに照らすと,被告

人吉田が当日の午前中にカルテチェックや診療等を行ったとしても,Bから

説明を受ける時間すらなかったとはいい難い。

よって,弁護人の主張は理由がない。

(2)弁護人は,3月31日にBが説明したという状況について,①被告人吉田

が,Fの目の前で説明を受けたというのであれば,疑問や不明の点は直ちに

聞けばよいことであって,?レポートに「?」と記載する必要はなく,また,

正しくは4月14日の届出日について「申請4/10」と誤って記載するはずは

なく,5もその場で是正したはずである,②また,6が?レポートと共

に持参したという資料のコピーは,15対1基準に関する重要な資料であるに

もかかわらず,6レポートに綴られた他の資料と同様に綴られなかったとい

うのは不自然であり,Aが保管していたファイルから6レポートのコピー

が発見されているのにその資料のコピーは発見されていない,③この資料のコ

ピーも持参したということは説明状況の中でも重要な事柄であるのに,このこ

とをが当初の警察官の取調べでは述べず,その後かなり時間が経った検察

官の取調べ時に思い出したというのは不自然であり,その経緯に関する9の供述もあいまいである,④被告人らは,中国製の茶器セットを粗悪品だと考え

ており,これを贈答用に使うことはあり得ず,また,虚偽の勤務予定表に氏名

を使われた看護師らは警察官調書で,茶器セットをもらったとは述べていない,

20

Page 21: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

#I:扇、

《,、震、

⑤大阪弁で話す被告人吉田は,茶器セットを贈る相手について「いないナー

ス」という表現を使うことはないなどと指摘し,やはり3月31日に被告人吉

田に直接説明したというB供述は不自然であって信用できないと主張する。

しかしながら,①の「?」や「申請4/10」との書き込みは,被告人吉田が

自己の判断で記載したものであって,その記載から直ちにBの説明内容や状

況を断じることはできない。

②のらが持参した入院基本料の医科点数に関する資料のコピーについて,

同人は,説明会のあった夜から翌朝の院長への説明までの時間が短かかったの

で,その内容をろレポートの中に盛り込むことができず,また,資料を別に

した方が5レポートと照らし合わせながら説明できると考えた旨述べており,

資料のコピーをら'レポートと別個にしていたことが不自然であるとまではい

い難い。また,被告人吉田の指示により職員にBレポートが配布されたこと

は認められるものの,その際,本件資料まで配布されたか否かは不明であり,

仮に配布されたとしてもその後の職員の保管状況にもよるのであって,資料の

コピーが発見されなかったことをもって直ちにら供述が不自然であるとはい

い難い。

③の資料のコピーに関するらの供述時期等についても,同人は当初から自

己が犯行に関与したことを認めている上,説明会の翌日に被告人吉田に対しB

レポートを示しながら,その内容を説明したと述べているのであって,説明

の際に資料のコピーも提供した旨の供述が遅かったからといって,らの供述全体の信用性を左右するものではない。

④の茶器セットについて,被告人水谷は,これを部下職員が外部の者に贈っ

たことがあり,氏名を借用していた看護師にも贈った可能性があるかもしれな

い旨述べていることに徴して,病院として茶器セットを贈答用に使う可能性は

否定できないというべきである。なお,虚偽の勤務予定表に氏名を使われた看

護師らの供述調書の中では,茶器セットの授受に関しては何ら触れられてぃな

21

Page 22: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《m扉、

《鴫‘、'、

いというべきであって,弁護人の指摘は相当でない。

⑤の被告人吉田が言った言葉について,らは同被告人の発言そのものを再

現したものではないと解されるから,弁護人の指摘はこれまた相当でない。

よって,弁護人の主張はいずれも理由がない。

(3)また,弁護人は,6は,4月14日午前8時半ころ,被告人吉田に対して

社会保険事務局に提出する書類を見せて決裁を受けた旨供述するが,同被告人

は,その日の午前8時から午前10時過ぎころまでは1名の重症患者(’

)の処置にかかりきりとなっており,その後も午後1時ないし2時近くまで

カルテチェックに専念していたから,Bの持参した書類を決裁する時間はな

かったのであり,B供述は信用できないと主張する。

しかしながら,その重症患者の診療録等によると,患者の容態が悪化したの

は午前8時以降のことであり,当初は医師が診察し,診療録への記載も行

っていたこと,その後,被告人吉田が病室を訪れ,意識レベルが低下した患者

に昇圧剤等の投与や気道の確保等の処置を行い,引き続き午前9時以降に血栓

溶解剤の投与等を行ったものの,心肺停止となったためカウンターショック等

の処置を行い,午前10時過ぎころには致命的な不整脈の出現を確認したため,

同被告人は,処置を医師に任せて病室を出たことが認められる。このよう

な処置の内容及び経過等に照らすと,被告人吉田が病室を訪れたのは,午前8

時から相当程度の時間が経過したころと思われる。他方,Bは,被告人吉田

が書類を1枚ずつめくり,その途中で入院患者の平均在院日数が36日と記載

されていることや入院診療計画書の作成者が総婦長であることの2点を尋ねた

程度で決裁してくれたと述べており,書類のうち,その時点で診療報酬改定の

対象となっていた一般病棟の入院基本料に関する部分が大部であったとはいい

難いことにも徴すると,決裁にさほどの時間は要しなかったと考えられる。そ

うすると,被告人吉田が午前8時半ころに届出書類の決裁を行う時間すらなかったとはいい難い。

22

Page 23: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

綿

『黍、

よって,弁護人の主張は理由がない。

(4)|弁護人は,4月3日の朝,被告人水谷,Bl及びA「の3人が集まって話し

合ったという点について,①静和病院では,そのころ毎週月曜日の午前8時半

から事務所の隣の場所で主任会議を開催していたところ,同被告人が書き付け

ていた3年ダイアリーの4月3日(月)の欄には主任会議と明記されており,し

かも「人工呼吸器5人」とか「近後さん洗濯場」などといった話題事項も記載

されていることに照らして,話合いがもたれたことはない,②Aは,警察官

調書の中で,4月初旬に開催された主任会議に出席した,4月10日の月曜日

は勤務日でなかったと述べているのであって,同人の公判供述と矛盾する,③

また,Aは,警察官調書の中で,らから4月の1日か2日に診療報酬改定

について話を聞いたとも述べているのであって,この点からもAの公判供述

と矛盾する,④話合いの場所である通称ミーティング室内の机,いすの配置に

関するAの公判供述は,当時の実際の状況と符合しないなどと指摘し,4月

3日の朝に被告人水谷ら3人が話し合ったというA供述は不自然であって信

用できないと主張する。

まず,①の主任会議の開催について,確かに,当時,静和病院では毎週月曜

日の朝,主任会議を開催するのが通例であったといい得る。しかも,被告人水

谷が書き付けていた3年ダイアリーの4月3日(月)の欄の1行目には「主任会

議」と横書きされている。しかしながら,弁護人がいう「人工呼吸器5人」な

どといった会議の話題事項は,「主任会議」の文字の真下ではなく,2行分空

いた次の「准看護学院(7/1~2)来院88名」との文字の更に下に記載されて

いるのである。被告人水谷は,その日の昼に,その准看護学院から88人の生

徒を見学に行かせたいとの電話による申込みがあったと述べているところ,主

任会議の開催時刻は記載されておらず,むしろ話題事項の記載位置等に照らし

て上記の申込みのあった後に主任会議が開催された可能性を否定できないので

ある。そして,3年ダイアリーの平成18年中の他の日時を見ると,金曜日の

23

Page 24: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

《、、隠、

《、、皇、

(5)

午後6時に主任会議を開催(1月13日,5月5日)となっている箇所がある

ほか,月曜日の欄の1行目に本件と同様に主任会議と記載されてはいるものの,

その欄の末尾に「PM1230分まで寝る」「東京よりAM6、00分帰る」

と記載されていて(5月1日),その日の朝の開催が不可能と思える箇所も指

摘できる。そうすると,3年ダイアリーの記載を根拠に3人による話合いの事

実を否定することはできないというべきである。なお,話合いが4月3日の朝

に行われたことを,Bも供述していることは前記4(1)のとおりである。

②のAが警察官調書で4月初旬に開催された主任会議に出席した旨述べて

いる点について,同人は公判では4月3日に主任会議が開催されたかどうか記

憶ははっきりしないが,3日過ぎではなかったかと思う旨述べていることから,

3日の朝に3人が話し合ったとの同人の公判供述と矛盾しているとはいえない。

③の4が警察官調書で4月1日か2日にも8から話を聞いた旨述べてい

る点について,4は,公判でもその可能性を否定していないのであり,同人

自身の供述内容が矛盾しているとはいえない。

④の机,いすの配置について,弁護人の主張は被告人水谷の供述を前提にす

るものであって,仮にその配置に関するAの公判供述が正確性を欠くもので

あったとしても,Aの供述全体の信用性を左右するものではない。

よって,弁護人の主張はいずれも理由がない。

弁護人は,①山下が4月6日か7日に被告人吉田から話し掛けられた際の対

応について,Aは,警察官調書ではつっけんどんに話した旨述べていたのに,

公判では虚偽の勤務予定表作りの具体的内容まで細かく報告した旨述べて,供

述内容を大きく変遷させたのに,変遷した理由は明らかにしていない,②A

は,被告人吉田との関係が険悪であった上,自らの犯行への関与を従属的なも

のとすることによって,自己の刑事責任を軽減しようとしたのであって,虚偽

の供述を行う動機があるから,A供述は信用できないと主張する。

しかしながら,①の被告人吉田から話し掛けられた際の状況について,

24

Page 25: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号

#‘、回噌、

f扉、

自身,公判でも必要以上に話はしないという意味でつっけんどんな態度であっ

た旨述べており,その具体的な状況は前記4(2)のとおりであるから,警察官調

書の内容から大きく変遷したと評することはできない。弁護人の指摘はA供

述を正解していない嫌いがある。

また,②の虚偽供述の動機について,A・・は,本件公判で供述する以前に本

件詐欺事件について有罪判決を受け,確定していることに徴して,同人には自

己の刑事責任を軽減させるために虚偽の供述をする利益に乏しいといい得る。

そして,A供述が信用できることは前記4(3)のとおりである。

よって,弁護人の主張はいずれも理由がない。

(6)弁護人は,被告人水谷の多数の警察官調書は,警察官がパソコン画面を読み

上げただけで,被告人には調書の内容と同一であると誘導し,その中身を確認

させないまま真実は内容の異なる調書に署名指印させたものであって,適正な

読み聞けをして作成されたものではないから任意性はもとより信用性もなく,

同被告人の検察官調書は,警察官調書作成時における違法が引き継がれたまま

作成されたものであるから,いずれも証拠能力を欠くと主張する。

しかしながら,前記2ないし4のとおり,被告人水谷の詐欺の故意及び共謀

の事実は,自白調書に依拠しなくても優に認定できる状況にあったのであり,

捜査機関が同被告人の自白を獲得する必要性は乏しいといい得る。しかも,被

告人水谷の各供述調書末尾の署名指印はいずれも本人がしたものと認められる

ところ,同被告人は公判で,そのような多数の供述調書が作成された記憶は絶

対にないと強弁して客観的な取調べ状況と異なる供述をしていることに徴して,

同被告人の述べる取調べ状況の内容は信用性に乏しい。むしろ,A及びB

の供述内容に沿う被告人水谷の警察官調書には任意性はもとより信用性も認め

られるというべきである。また,被告人水谷の検察官調書も証拠能力に欠ける

ところはない。

よって,弁護人の主張は理由がない。

25

Page 26: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号
Page 27: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号
Page 28: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号
Page 29: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号
Page 30: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号
Page 31: 被告人水谷信子を懲役5年6月に,被告人吉田晃を懲役6年6月に処 … · 平成20年㈱第533号,第565号,平成21年(わり第27号,第54号,第10 2号,第103号