阪神甲子園球場リニューアルにおける...

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技術報告 技術報告 正崎 哲也 *1 、安井 雅明 *2 、榎本 浩之 *3 、西影 武知 *4 、守安 一平 *5 Structural Design of Renewal Project of Hanshin Koshien Stadium 阪神甲子園球場リニューアルにおける 構造計画 2 1.はじめに 阪神甲子園球場は、高校野球大会の開催を目的として 大正13年(1924年)81日に開設されて以来、80年以上 に渡って「野球の聖地」として数々のドラマを刻んでき た球場である。 現在では建物の老朽化が進み、かつアメニティという 点においても他球場と比較して見劣りする状況となって きたため、全面的なリニューアルを行うこととなった。 一方、甲子園球場は長きに渡って高校野球の開催球場と して、また、プロ野球・阪神タイガースのフランチャイ ズ球場としての二つの顔を持ち、これまで日本の野球文 化振興の歴史とともに伝統を築いてきた経緯がある。こ の「歴史と伝統」を今後も継承していくため、球場の建 替えではなく、耐震補強を選択した。また、観戦環境の 改善として、座席の改良とともに、竣工当時(大正13年) と同じく内野席全体を覆う新銀傘への架替えを行う計画 となっている。 2.構造概要(既存) 阪神甲子園球場は、構造的に6棟から構成されている。 各棟の竣工年および構造形式を-1に、平面形状を-1 に示す。スコアボード棟以外は市街地建築物法(1920制定)施行時の建物である。 1 SHOZAKI Tetsuya :阪神電気鉄道㈱ 技術部 2 YASUI Masaaki:㈱大林組 建築設計部 3 ENOMOTO Hiroyuki4 NISHIKAGE Taketomo5 MORIYASU Ippei写真-1 竣工当時の甲子園球場 -1 球場平面図 -1 竣工年および構造形式

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技術報告 技術報告 

正崎 哲也*1、安井 雅明*2、榎本 浩之*3、西影 武知*4、守安 一平*5

Structural Design of Renewal Project of Hanshin Koshien Stadium

阪神甲子園球場リニューアルにおける 構造計画 

2

1.はじめに阪神甲子園球場は、高校野球大会の開催を目的として

大正13年(1924年)8月1日に開設されて以来、80年以上に渡って「野球の聖地」として数々のドラマを刻んできた球場である。

現在では建物の老朽化が進み、かつアメニティという点においても他球場と比較して見劣りする状況となってきたため、全面的なリニューアルを行うこととなった。一方、甲子園球場は長きに渡って高校野球の開催球場として、また、プロ野球・阪神タイガースのフランチャイズ球場としての二つの顔を持ち、これまで日本の野球文化振興の歴史とともに伝統を築いてきた経緯がある。この「歴史と伝統」を今後も継承していくため、球場の建替えではなく、耐震補強を選択した。また、観戦環境の改善として、座席の改良とともに、竣工当時(大正13年)と同じく内野席全体を覆う新銀傘への架替えを行う計画となっている。

2.構造概要(既存)阪神甲子園球場は、構造的に6棟から構成されている。各棟の竣工年および構造形式を表-1に、平面形状を図-1

に示す。スコアボード棟以外は市街地建築物法(1920年制定)施行時の建物である。

*1 SHOZAKI Tetsuya :阪神電気鉄道㈱ 技術部*2 YASUI Masaaki:㈱大林組 建築設計部*3 ENOMOTO Hiroyuki:  同 上*4 NISHIKAGE Taketomo:  同 上*5 MORIYASU Ippei:  同 上

写真-1 竣工当時の甲子園球場

図-1 球場平面図

表-1 竣工年および構造形式

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リニューアルにおける耐震補強の対象となるのは、新耐震基準制定(昭和56年)以降の竣工であるスコアボード棟以外のスタンド各棟である。各棟の概要を以下に述べる。(内野スタンド)階数は3階で高さ約15mであり、スタンド面より上部に既存の銀傘屋根架構が存在する。平面的には馬蹄形の形状を有し、長辺方向には43スパンで形成されている。スパンは外壁面側で約6.1mの均等スパンに分割されている。軸組形状は、図-2.1に示す通り、スタンド面床梁がグ

ラウンド側に向かって傾斜したトラス形をしており、短辺方向では1階部分で6スパン、3階部分で2スパンと変化する。短辺方向のスパンは約5.5m~6.1mである。

(アルプススタンド)階数は3階で、高さは約15mである。建物中央に室内

練習場を有しており、2階部分は吹抜けとなっているため階段踊り場のみで、諸室は主として3階に存在する。平面的にはほぼ長方形の形状で、長辺方向11スパン、

短辺方向4スパンの建物であり、スパンは約5.2m~6.1mの範囲内となっている。室内練習場部分は鉄骨造で構築されている。

(外野スタンド)階数は3階で高さ約15mである。長辺方向21スパン、

短辺方向2スパンの建物で、平面的に扇形の形状を有する。長辺方向のスパンは外壁面側で 4.38~6.0mであり、短辺方向では6.0mである。

3.既存構造体の調査3.1 調査項目耐震補強計画の策定に先行して、既存建物の耐震性能

を判定する際に必要となる基礎資料を得るため、材料強度、劣化状況、部材寸法および配筋について調査を行なった。実施した項目は以下の通りである。(1)構造体寸法および配筋調査(2)構造体強度(3)構造体の経年劣化状況3.2 構造体寸法および配筋調査主要構造部材に関する図面資料がほぼ揃っていたため、

既存図面を用いて伏・軸組図及びほぼ全ての部材符号、断面寸法および配筋情報を復元することが可能であった。但し、主要構造体について同一符号の部材につき原則

として最低1部材の調査を行うことにより、耐震補強計画を進めていく上での検討の精度を高めている。3.3 構造体強度既存構造体に使用されるコンクリート、鉄筋、鉄骨

(アルプススタンドのみ)の各材料についてはJIS規格制定(昭和26年)以前のものであり、建築基準法第37条に規定される材料には該当しない。そのため、以下の方法により構造体強度の推定を行っ

た。a)コンクリート各棟各階から3本以上の試験体を抜取り、圧縮強度試

図-2.1 内野スタンド軸組図

図-2.2 アルプススタンド軸組図

図-2.3 外野スタンド軸組図

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験を行った結果と、同時期に建てられた建物の事例を基に、コンクリート強度の設定を行った。また、昭和6年には市街地建築物法が改正されており、水セメント比が規定されてコンクリートの品質管理面の向上が見られていることも強度設定に反映させている。設計採用強度を表-2に示す。

b)鉄筋・鉄骨引張り試験結果と、JIS規格の前身であるJES規格(大

正14年制定)を基に、強度の設定を行った。JES規格をJIS規格と比較した場合、鉄筋はSR235相当、

鉄骨はSS400相当とみなすことができる。それに対して、降伏点の(試験結果平均値-標準偏差×1/2)が規格降伏点よりも大きくなることを確認した。3.4 構造体の経年劣化状況中性化、鉄筋の腐食およびひび割れについて調査を行

い、その劣化状況について確認した結果を以下に示す。現時点で竣工後70~80年を経過し、中性化も鉄筋位置を超えて進行している部位もあることから、内部鉄筋の腐食防止対策を講じる必要があることが確認された。a)中性化内野スタンドおよびアルプススタンドでは、理論値

(岸谷式)よりも中性化の進行は早い傾向にあり、特にスタンド面で構造体の最上段となる部位では中性化が鉄筋位置を超えて進行していることが確認されている。

図-3に調査時(平成14年)の内野スタンドおよび外野スタンドにおける中性化進行状況を示す。b)鉄筋の腐食全体的にみて、斫り出した部位において断面欠損にま

でいたる腐食は確認されていないが、中性化深さがかぶり厚さより進行している箇所では、面錆が発生している状態(腐食度」)に達している可能性が高い傾向にある。また、かぶり厚が不足している部位が複数見られる。c)ひび割れ状況全般的に構造体面が保護モルタルで被覆されており、

調査範囲が限定されたが、主要構造体に構造上問題のあるひび割れは生じていない。但し、軽微なひび割れは複数発生している。

4.リニューアルの概要4.1 全体概要リニューアル計画の全体概要を以下に示す。

①耐震補強、劣化補修②銀傘、照明塔の撤去・新設③環境改善(スタンド面改修、スタンド内諸室改修、通路関係整備)

④設備更新(設備機器・配管)本計画では、構造体の耐震補強、劣化補修を行うため、

仕上げを全て撤去するのに合せ、観戦環境の改善を目的として設備も含めた全面的な改修を実施する。図-4にリニューアル後のイメージを示す。銀傘が内野

全面に渡って拡張され、照明塔もアルプススタンドおよび外野スタンドで新設となる状況が示されている。

観客の動線としては、内野スタンド2階床レベルに設置される外部デッキを利用して2階から入場し、改良・

表-2 コンクリートの設計採用強度

図-3 中性化進行状況

図-4 リニューアル後のイメージ

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新設された観客席へと案内される。また、内野スタンドおよび外野スタンドにはエレベーターが設置され、上下階や銀傘直下に新設されるロイヤルボックスへの移動をスムーズに行うことを計画している。建物内部においても全面的な改修により、飲食・物販

店舗の拡充やトイレ・喫煙コーナーの整備を中心に、アメニティ設備の充実を図っている。4.2 銀傘・照明塔球場本体と一体化して新設されるものに、内野スタン

ド上部の銀傘およびアルプス・外野スタンドの照明塔がある。以下にその計画概要を示す。a)銀傘現在ある銀傘は撤去し、内野スタンドをほぼ覆うU字

形の平面形状の新銀傘を架設する。屋根の下部には外周部に沿ってロイヤルボックス席が配置されている。屋根材には折板(ガルバリウム鋼板)を採用する。

b)照明塔高さは約45mで、前側の柱はアルプススタンドおよび

外野スタンドの頂部に支持され、後側の柱はスタンド外側に基礎を新設して支持する。図-6に新設の照明塔立面(正面、側面)を示す。

5.建築基準法上の対応5.1 全体計画認定の適用本リニューアルにおいては、改修により増床となるた

め、増築確認申請の扱いとなり、建築基準法に準拠する必要がある。確認申請においては、完了検査に合格するまでは球場の使用が認められず、工事可能なシーズンオフの期間が約5ヶ月半しかないため、通常の確認申請では少なくとも1シーズンは球場を閉鎖する必要が生じる。一方、冒頭で述べたように、阪神甲子園球場は高校野球

の開催球場として、また、プロ野球・阪神タイガースのフランチャイズ球場としての二つの顔を持ち、シーズン中の閉鎖は社会的に許されない使命を持った球場である。

3月~9月の球場使用を可能とするため、平成17年の改正建築基準法で定められた「全体計画認定」の制度を活用し、2回のオフシーズンに分けて段階的に工事を行うことを計画した。計画した工事工程を図-7に示す。球場本体に関わる工事は、STEP-1~STEP-4で行なう。

〔STEP-1〕H19.3~H19.9 球場使用期間〔STEP-2〕H19.10~H20.3 内野スタンド改修〔STEP-3〕H20.3~H20.9 球場使用期間〔STEP-4〕H20.10~H21.3 アルプス・外野スタンド改修

銀傘、照明塔撤去・新設

図-5 銀傘断面

図-6 照明塔(新設)

図-7 リニューアル工事工程

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STEP-5以降は、外構工事や付属建屋の工事を指すため、実質2年間で球場本体のリニューアルを完了させる計画としている。また、リニューアルの本格着工に先立ち、平成18年のオフシーズンには球団事務所の新築・移転や外構のインフラ整備を実施している。5.2 構造関係規定の適用建築基準法が適用されることにより、既存構造体を補

強後も構造体として利用する場合、現行の仕様規定および耐久性の規定に適合させる必要がある。しかしながら、新耐震基準以前の建物では、せん断補

強筋の配筋量や主筋の定着等、現実としては対応できない問題点が生じていた。これに対し、平成17年の改正建築基準法に示される

「既存不適格建築物に関する規制の合理化」のうち、「構造耐力規定の適用の合理化」を活用し、各棟の増築面積を棟毎に既存不適格部分の延べ面積の1/2以下に収めることにより、仕様規定の遡及は受けないことが法文化され、耐久性についての遡及適用のみとなったことで状況が改善された。また、耐久性については、同じ平成17年の改正基準法において、かぶり厚さ確保にポリマーセメントモルタルの使用が認められているため、告示に適合した材料を使用することにより、対応が可能となった。

6.耐震補強6.1 耐震補強計画耐震補強の全体的な方針は、外壁面の耐震壁化、外付

けフレーム補強および建物内部における耐震壁の新設・増厚による強度型の耐力補強である。併せて外壁面では、補強により既設RCの劣化防止も図っている。以下に、各棟における補強計画を示す。

a)内野スタンド内野スタンドにおける耐震補強は、大きく分けて以下

の3種類となる。①外壁面の耐震壁化②スタンド面の耐震壁効果を期待したスラブ補強③短辺方向でのトラス型補強②については、スタンド面が傾斜していることにより、

負担する面内せん断力の鉛直方向成分を、耐震壁効果と同様の扱いとしている。③短辺方向のトラス型補強の概要を図-8に示す。三角

形の形状の構造体を耐震要素として活用している。また、

トラス型補強の基礎補強については、基礎梁のない既存の独立基礎間を連結する目的で基礎補強を行なうとともに、補強した基礎には接地面積が増えることによる連続基礎としての役割も期待する。

内部諸室における将来改修を考慮した対応として、動線の自由度を確保するため、耐震壁が動線上支障のない箇所に限定的に配置される。本リニューアルで撤去しない既存RC壁で将来撤去の可能性がある場合は、耐震スリットを設けることによりせん断力を負担させないよう計画する。また、耐震補強以外に長期耐力補強が必要な部位が存

在しており、梁の長期耐力補強及びスタンド面スラブの増打ち補強や銀傘荷重による柱軸力の増加に対して柱補強を実施する。表-3に、内野スタンドにおける改修概要の一覧を示す。

表-3の耐震補強要領を軸組図に表現したものを図-9に示す。b)アルプススタンドアルプススタンドにおける耐震補強は、大きく分けて

以下の3種類となる。①外壁面の耐震壁化②スタンド面の耐震壁効果を期待したスラブ補強③短辺方向での耐震壁・垂れ壁(袖壁)補強②については、内野スタンドと同様、スタンド面のス

ラブに、耐震壁としての効果を期待する。③の耐震壁補強は両妻面で計画しており、耐震壁補強

が不可能なスパンは垂れ壁補強により一体化を図っている。

図-8 トラス型補強

表-3 改修概要一覧(内野スタンド)

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また、室内練習場の鉄骨アーチ架構においては既存鉄骨と既存RC構造体を緊結させる目的でバットレス補強を実施する。その他、照明塔柱脚直下の柱については地震荷重また

は風荷重時の軸力変動に対して柱補強を行なうとともに、バットレスによる梁補強を実施する。表-4に、アルプススタンドにおける改修概要の一覧を

示す。

表-4の耐震補強要領を軸組図に表現したものを図-10.1

~10.2に示す。外壁面および耐震壁直下では、内野スタンドにおける

補強と同様、独立基礎間を連結する目的で基礎補強を行なうとともに、連続基礎としての役割も期待する。

c)外野スタンド外野スタンドにおける耐震補強は、大きく分けて以下

の2種類となる。①外壁面の耐震壁化②短辺方向での耐震壁・袖壁補強耐震壁および袖壁で地震荷重による水平力を負担する

ことにより、既設柱・梁の負担分の低減を図る。本リニ

図-9 補強要領(内野スタンド)図-10.1 補強要領(アルプススタンド短辺方向)

図-10.2 補強要領(アルプススタンド外壁面)

表-4 改修概要一覧(アルプススタンド)

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ューアル工事で撤去しない既存RC壁で将来撤去の可能性がある場合は、内野スタンドにおける対応と同様、耐震スリットを設ける計画とする。また、短辺方向には基礎梁が存在するため、長辺方向

外壁面では他棟と同様の基礎補強を行なう。その他、照明塔柱脚直下の柱については、アルプスス

タンドにおける対応と同様、地震荷重または風荷重時の軸力変動に対して柱補強を行なうとともに、バットレスによる梁補強を実施する。表-5に、外野スタンドにおける改修概要の一覧を示す。

表-5の耐震補強要領を軸組図に表現したものを図-11

に示す。

6.2 耐震診断による安全性の検討6.2.1 検討方針

検討方針としては、耐震改修後に耐震安全性を確保し、仕様規定以外の現行建築基準法に適合することを目標とする。検討としては、「許容応力度等計算」に加えて、築70年以上を経過している構造体を再利用することを踏まえ、建物の経年劣化状況を考慮した上で安全性の検討を行う必要がある。そのため、「耐震診断」を実施し、診断結果が診断基

準を満足することを確かめる。耐震診断の手法は平成7

年の告示において「特定建築物の耐震診断及び耐震改修に関する指針」と同等以上の効力を有すると認められる、「官庁施設の総合耐震診断・改修基準及び同解説」1)による。上記基準は、保有水平耐力から構造耐震指標GIsを評価するため、現行の建築基準法で想定している耐震性能のレベルとの比較が容易である。また一貫構造計算プログラムを用いることが可能であり、「許容応力度等計算」と解析モデル上の整合を図ることができる。検討のフローを図-12に示す。

図-11 補強要領(外野スタンド) 図-12 検討のフロー

表-5 改修概要一覧(外野スタンド)

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6.2.2 目標性能

(1)許容応力度設計一次設計においては許容応力度等計算により、長期お

よび短期荷重に対して、各部材が「許容応力度等計算」を満足することを確認する。満足しない部材については「許容応力度等計算」を満足するよう補強を行う。二次設計においては、耐震壁の新設・増厚を主体とす

る強度型の耐震補強を補強方針としており、補強後においても靱性能は期待せず、部材のせん断破壊を許容する。層間変形角1/250以内であれば、せん断破壊を生じて以降も部材耐力は概ね保持されることより、基本方針として保有水平耐力時に層間変形角1/250以下とする。また、部材のせん断破壊を許容することから、構造特性係数はRC造として最大のDs=0.55を採用する。(2)耐震診断「官庁施設の総合耐震診断・改修基準及び同解説」に基づき、目標性能を求める。必要保有水平耐力の補正係数(α)を求め、構造特性係

数を割り増す必要がある。αの算定式を式(1)に示す。

……………………………………(1)

仕様規定を満足していない場合のαd標準値は1.2であるが、本建物は、①靱性能に期待していないこと(F=1.0)、②Ds=0.55(最大値)を採用していること、③柱・梁のせん断耐力にせん断補強筋を考慮していないことから、安全率は十分確保されていると判断し、αd=1.1とする。本解析は、任意形状3次元解析プログラムにて、架構および部材断面を忠実に再現しており、近似的な置換を行っていないことや、部材耐力、建物耐力は2001年版技術基準解説書2)に基づき適切に評価しているため、モデル化上の割増し補正は不要と判断し、αm=1.0とする。補強後の建物はひび割れの発生している面や、施工不良

の部位は、ポリマーセメント等による補修を全面的に行うため、診断に用いる劣化係数は、以下の値を採用する。

採用値:U=0.9(各棟共通)

以上より、 となる。

耐震安全性の目標性能は、式(2)で示される。

………………………………(2)

すなわち、

一方、I=1.0(重要度係数)、α=1.22、Ds=0.55、G=1.00より目標性能は次式にて与えられる。

したがって、Ds=0.671 相当の保有水平耐力を有することを耐震補強における目標性能として設定している。

7.銀傘の検討7.1 構造計画構造計画の概要を以下に示す。また、伏図を図-13.1に、架構図を図-13.2に示す。1)架構は、法線方向の片持トラス(計16構面)と、外周方向に平行な周方向トラス(計7構面)から構成される。

2)屋根は外周部の外柱と1スパン内側の内柱で支持し、両柱間は主ブレースで接続している。

3)周方向はラーメン架構で、法線方向は片持トラス架構の主ブレースが耐震要素となる。

4)剛性の高い水平ブレースにより屋根の面内剛性を確保する。

5)地震時に大きなせん断力と引抜き力の生じる外柱の柱脚は、球場本体への影響を小さくするためピン柱脚とし、負担の小さい内柱は根巻き柱脚とする。

Qu>1.0×1.22×0.55×1.0×Fes・Qud=0.671・Fes・Qud

Qu> I・α・Qun=I・α・Ds・Fes・G・Qud

GIs= ─────>1.0 Qu

I・α・Qun

α= ─────=1.221.1×1.0

0.9

α= ───── αd・αmU

図-13.1 屋根面伏図

図-13.2 架構図

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7.2 耐震設計銀傘に作用する地震力は、内野スタンドによる増幅を

考慮するとともに、馬蹄形の平面形状や片持ち形式であること、片持ち部に勾配があることなど、立体的な特性をも考慮する必要がある。したがって、銀傘設計用地震荷重は立体モデルの固有値解析により振動性状を適切に考慮し、地震入力方向と直交する水平方向や上下方向の慣性力の影響を考慮する。銀傘に作用する地震力の大きさは、銀傘を等価1質点、

内野スタンドを3質点とした4質点モデルを用いたモーダルアナリシスにより求める。加速度応答スペクトルはRt

曲線を用いたスペクトルを使用し、重ね合わせの方法はSRSS(2乗和平方根)とする。図-14に、設定した4質点モデルを示す。

地震力の分布形は、銀傘のみをモデル化した立体モデルによるモーダルアナリシス3)により求める。加速度応答スペクトルはRt曲線を用いたスペクトルを使用し、重ね合わせの方法は振動モードが多数あり、各次数の固有周期が近接するため、CQC法(完全2次結合法)を採用する。

銀傘設計用地震力評価フローを図-15に示す。以上より求めた地震荷重に対し、次の耐震設計クライ

テリアを設けている。・稀に発生する地震動と同等な地震力により主要部材に生じる応力が、短期許容応力度以下とする。

・極めて稀に発生する地震動と同等な地震力により主要部材に生じる応力が、弾性限耐力(σy=1.1F)以下とする。

・変形に対する目標性能は、表-6に示す通りとする。

7.3 耐風設計7.3.1 設計用風荷重

風荷重は、日本建築学会「建築物荷重指針・同解説」4)、建築基準法及び1/200模型による風洞実験結果を用いて、以下の方針に基づき算定する。(1)風力係数風力係数は、風洞実験結果の各測定点における外内圧

差の時刻歴平均(10分間)及び基準高さの速度より算定する。(2)速度圧表-7に、算定に用いた諸元を示す。

表-7の諸元より求めた、再現期間50年及び500年における設計用風速ならびに設計用速度圧を表-8に示す。

図-14 4質点モデル

図-15 設計用地震力評価フロー

表-6 変形に対する目標性能

表-7 算定諸元

表-8 設計用風速および設計用速度圧

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(3)設計用風荷重分布再現期間500年における設計用風荷重分布を図-16に示す。一塁側は三塁側と対称となる。片持ち部の先端において、吹上げによる風荷重がかな

り大きくなる傾向が確認される。

7.3.2 風洞実験概要

以下に、大林組技術研究所の多目的大型風洞で行った風洞実験の概要を示す。

1/200の縮小模型を使用して、風圧実験を行った。(1)実験装置装置の主な仕様を表-9に、概略図を図-17に示す。風洞の測定部内部には、トラバース装置が設置されて

おり、計測室から遠隔操作により、先端に取り付けた風速センサーを移動させることができる。また、測定部の床中央には直径2400mmφのターンテーブルが設置されており、模型を載せて回転させることで、任意の実験風向に設定することができる。風洞実験状況を図-18に示す。風洞模型の壁面に作用する風荷重は、模型壁面に設け

た1mmφの測定孔の圧力をビニュールチューブを介して圧力変換器に導き、風洞基準点の静圧との差圧から求めている。実験においては、地表面粗度区分」を想定した気流を用いた。風洞床面にブロックと風上側にスパイヤを配置し各々の想定気流となるようにした。また、実験時の風速は建物頂部高さで10m/sを目標とした。

(2)実験模型実験模型は縮尺1/200で制作した。実験に使用した模型の製作範囲および設置状況を図-19に示す。実験パラメータとして銀傘屋根面に与える影響が考え

られる2点を考慮に入れ、実験を行った。実験パラメー

三塁側 

図-16 設計用風荷重分布図(再現期間500年)

図-17 実験装置概略図

図-18 風洞実験状況

図-19 製作範囲および設置状況

表-9 実験装置の仕様

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タ写真を図-20に示す。①高速道路②銀傘上部の照明

測定点は、銀傘が対称形状であるため、特に高速道路の影響が顕著となる三塁側のみに設置している。計測点は屋根上面61点、屋根下面46点、側面42点の合計149点とした。(3)風洞実験結果風洞実験に基づく全風向中最大となる平均風力係数の

コンター図を、図-21に示す。a)風力係数分布屋根骨組に作用する圧力は、屋根上面から屋根下面の

圧力の差をとり計算する。屋根上面は引張側、屋根下面は圧縮側がそれぞれ最大

となり、屋根上面は球場側縁部分が大きく、外側に行くに従い小さな値となり、外部縁部分で若干増加する傾向を示していることが確認された。b)高速道路の影響屋根上面の高速道路側縁面の風力係数が、道路を考慮

することで約20~30%低減することを確認した。これは道路側からの気流が、道路により乱され屋根縁部の気流の剥離が減少したためと考えられる。屋根下面については顕著な係数の変化はなく、道路の影響はないとみなせる。道路の影響を比較した結果を図-22に示す。

c)照明の影響照明の取付け部の風力係数が、局部であるが30%程度低下していることを確認した。これは球場側屋根縁部の気流の剥離が照明により低減されたためと考えられる。照明の影響を比較した結果を図-23に示す。

d)構造骨組用風荷重屋根骨組に作用する圧力は、屋根上面と下面の圧力の

差を時刻歴として算定し、ピーク風圧係数として評価した。求められた係数を風圧力に置換し、直接積分法によ

る時刻歴応答解析により風荷重の評価を行った。解析には地震力の分布形を求めるのに用いた銀傘架構の立体解析モデルを使用した。減衰定数は固有円振動数比例とし、1次モード減衰を1%としている。

図-20 実験パラメータ〔左:高速道路 右:照明〕

図- 21 平均風力係数分布(道路・照明なし)

図-22 高速道路の影響比較(屋根上面)

図-23 照明の影響比較(屋根上面)

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7.3.3 設計クライテリア

求めた風荷重に対し、次の耐風設計クライテリアを設けている。・再現期間50年の設計用風荷重により主要部材に生じる応力が、短期許容応力度以下とする。

・再現期間500年の設計用風荷重により主要部材に生じる応力が、弾性限耐力(σy=1.1F)以下とする。

・変形に対する目標性能は、表-6に示す通りとする。

8.まとめ阪神甲子園球場の耐震補強計画の策定に当たっては、

建築基準法自体が制定される以前の建物でもあり、靱性能については考慮されていない点について、銀傘・照明塔も含めての補強後における必要耐力の設定方針が検討の主眼となった。低層建物のため、耐震壁新設・増厚による補強はせん

断破壊が先行する可能性が高く、強度抵抗型を指向することとした。その場合、構造特性係数はRC造としての最大値を採用することで建築基準法上も適合させている。それに、モーダルアナリシスにより求めた銀傘・照明塔の地震時荷重を考慮して必要耐力を設定している。また、今回の耐震補強が可能となったことについては、

平成17年の改正基準法に拠るところが大きく、仕様規定の不遡及や段階的改修の認定がなければ建築基準法上、阪神甲子園球場のリニューアルは実現できなかったといえる。一方、JIS規格制定以前の既存構造体の強度設定については明確な扱いが規定されていない等、行政判断が必要な事項も存在しており、大正から昭和初期にかけての建物の耐震補強についての基準法上の扱いについては、行政・審査機関との慎重な協議が重要と思われる。

〔謝辞〕

阪神甲子園球場のリニューアルにおける構造安全性については、(財)日本建築総合試験所にて安全審査を行って頂きました。関係各位に、この場をお借りして深謝申し上げます。

【参考文献】

1)建設大臣官房官庁営繕部監修:官庁施設の総合耐震診断・改修基準及び同解説(平成8年版).

2)日本建築センター:2001年版建築物の構造関係技術基準解説書.

3)日本建築学会:空間構造の動的挙動と耐震設計(2006).

4)日本建築学会:建築物荷重指針・同解説(2004).