横領等の社内不正発生状況に関する...

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横領等社内不正データ単年度分析(2009.102010.9日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN横領等の社内不正発生状況に関する 調査結果報告書 2009 10 月~2010 9 月) 日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN2011 2

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横領等社内不正データ単年度分析(2009.10~2010.9)

日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)

横領等の社内不正発生状況に関する

調査結果報告書

(2009 年 10 月~2010 年 9 月)

日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)

2011 年 2 月

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横領等社内不正データ単年度分析(2009.10~2010.9)

日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)

1

1.はじめに

近年、我が国では、相次ぐ企業不祥事・不正事件を受けて、企業のコンプライアンス

に対する社会的要請がますます強まりつつある。また、法制面でも、会社法(平成 18 年

5 月 1 日施行)あるいは金融商品取引法(平成 19 年 9 月 30 日施行)において公正適切な

経営を担保する内部統制システムの整備が求められており1、内部統制報告書の提出義務

を負う上場企業をはじめとして各企業において内部統制システムの整備が図られている

ところである。

しかしながら、言うまでもなく、内部統制システムの整備は、単に社内規程・マニュア

ル類を形式的にそろえるだけでは不十分であり、構築した内部統制システムが実効性をも

って実質的に機能していなければ意味がない。そして、その企業の内部統制システムが有

効適切に機能しているか否かを判断する指標として、会社資産の横領等の社内不正事案の

発生状況に注目することは極めて有効である。なぜなら、会社資産の横領等の社内不正は、

地震災害・景気変動・風評等のような外在的要因によって外部からもたらされるものでは

なく、主として「当該従業員の個人的事情」および「社内の内部管理態勢の脆弱性」とい

う当該企業内部の内在的要因(不正リスク要因2)によって生起するものだからである。

このような内在的要因(不正リスク要因)は、内部統制システムが有効適切に機能してい

れば、その発生を抑止することが可能なのであり3、逆を言えば、会社資産の横領等の社

内不正が発生している場合、その企業の内部統制システムが有効に機能していないおそれ

がある。

そこで、日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)では、最近 1 年間(2009 年 10 月

~2010 年 9 月)に、インターネット上に公表された横領等の社内不正事案に関する記事

1 内部統制システムの整備のための具体的なガイドラインとして、「財務報告に係る内部統制の評価及び監

査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)」(企

業会計審議会 2007 年 2 月)、「コーポレートガバナンス及びリスク管理・内部統制に関する開示・評価の

枠組みについて―構築及び開示のための指針―」(経済産業省 2005 年 8 月)等がある。

2 米国の著名な犯罪学者であるドナルド・R・クレッシー(1919~1987)は、背信行為は、「動機」「機会」

および「正当化」という 3 つの不正リスク要因が全てそろった時にはじめて生起するという仮説を提唱し

ている。例えば、当該従業員が、借金を返済できないのではないかという不安を抱いており(動機)、会社

の現金を容易に手にできる立場にあり(機会)、一時的に借用しているだけであり後日返済するつもりなの

で許されるはずだと考えるならば(正当化)、当該従業員は現金の横領行為に走るおそれが大きいというこ

とになる。

上記のクレッシーの仮説は、「不正のトライアングル」として知られており、世界各国で不正事案に対処

している公認不正検査士(CFE)が事案を分析する際の基本的枠組みとなっている。(ジョセフ・T・ウエ

ルズ著、八田進二/藤沼亜起監訳、ACFE JAPAN 訳「企業不正ハンドブック―防止と発見―第 2 版」第

一法規、平成 21 年)

3 これらの内在的要因(不正リスク要因)のうち、「当該従業員の個人的事情」(「不正のトライアングル」

における「動機」「正当化」に該当)は、内部統制における「統制環境」の要素を向上させることによって、

また、「社内の内部管理態勢の脆弱性」(「不正のトライアングル」における「機会」に該当)は、内部統制

における「リスクの評価と対応」「統制活動」および「モニタリング」等の要素を整備・強化することによ

って抑制できると考えられる。(日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)銀行研究部会執筆、安富潔/

八田進二監修「営業店の不祥事件・不正を限りなくゼロにする講座2」きんざい、2008)

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日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)

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を収集し、不正行為の手口、不正発覚の端緒、損害額、あるいは当該不正行為が発覚する

までの継続期間等を評価項目として分析した。そして、その結果、以下に示すように、横

領等の社内不正行為の発生状況に関して、業種別・実行者属性別および不正行為の手口別

の特徴的な傾向を抽出した。これらの特徴的な傾向は、不幸にして実際に社内不正が生起

してしまった企業の内部統制システムの問題点を浮き彫りにする示唆に富んだものであ

り、これらの特徴的な傾向を言わば「他山の石」として自社の内部統制システムにフィー

ド・バックすることにより、自社の内部統制システムをより優れたものに改善するととも

に、社内不正の発生を未然に防止することが可能になると考えられるのである4。

2.分析

(1) データ

ア 分析対象とする社内不正事案

(ア) 対象期間

2009 年 10 月 1 日~2010 年 9 月 30 日

(イ) 対象不正事案

分析対象とした社内不正事案は、以下のとおりである。

なお、被害者が外部関係者である対外的事案であっても、当該企業の業務に関連

した方法を用いている場合は、当該企業の不祥事として社会的責任は免れないとの

観点から、社内不正事案に含めている。

a 対内的事案

当該企業の役員あるいは従業員(非正規雇用従業員含む)が、窃盗・横領・詐

欺行為により会社資産を不法に着服した事案

b 対外的事案

当該会社の役員あるいは従業員(非正規雇用従業員含む)が、当該企業の業務

に関連させた方法を用いて、窃盗・横領・詐欺行為により、取引先・顧客等の

企業外部の関係者の資産を不法に着服した事案

(ウ) 対象不正事案のカテゴリー

上記(イ)の対象不正事案を、分析の便宜上、以下のカテゴリーに分類している5。

4 また、公認不正検査士協会(ACFE)が各国の公認不正検査士(CFE)を対象に実施したアンケート調

査結果によれば、標準的な企業組織において、社内不正による損失額は、当該企業の年間収入の 5%に及

ぶと推定されており、不正行為の抑止は、企業業績の向上にも直接的に寄与することが期待できる。(ACFE

「2010 年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」)

5 これらのカテゴリーは、公認不正検査士(CFE)が、不正事案を調査・分析する際の「不正の体系図」

(Fraud tree)における不正の手口の区分に準じたものである。窃盗・横領・詐欺といった刑法上の罪の

区別は、内部統制システムの問題点を抽出するという分析目的の上では重要ではないため捨象する。なお、

概ねの対応関係としては、スキミングおよびラーセニーは業務上横領罪に、不正支出は詐欺罪に、そして

商品等着服は窃盗罪に該当することが多い。

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3

区 分 特 性

スキミング 会計上の記録がされる前の会社の現金を着服

ラーセニー 会計上の記録が済んでいる会社の現金を着服

不正支出 正当な支払手続きを偽装し、支出された現金を着服

商品等着服 在庫品・有価証券等の現物資産を着服

その他 対外的事案(上記(イ)b)

イ データ収集の方法および結果

(ア) データ収集方法

上記ア(ア)の対象期間においてインターネット上で公表(報道)された上記ア(イ)

の対象不正事案に関する記事を検索して収集した。

(イ) データ収集結果

上記(ア)の収集の結果、347 ケースの対象不正事案を収集した。

(2) 分析結果

ア 業種別の特徴的な傾向

(ア) 横領等社内不正の発生件数の割合

上図は、横領等社内不正の発生件数の業種別の割合である。国・自治体の割合が

最も高く、次いで、金融機関、その他団体の順となっている。その他団体の分類

には、社会福祉法人等のいわゆる公益法人が含まれる。

特に、金融機関については、多額の現金を直接取り扱う機会が多い業種であり、

国・自治体23%

金融機関19%

農協・漁協10%

サービス業10%

教育機関8%

販売業4%

建設・不動産3%

医療機関2%

製造業2%

その他団体19%

横領等社内不正の発生件数割合

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4

不正事案の抑制のために、より高度なレベルの内部統制システムの構築が要請さ

れるところであるが、金融機関における不正事案の発生割合の高さは、金融機関

の現行の内部統制システムのレベルが、社会的に要請されるレベルまで到達して

いないことを示唆している。

また、上図は、金融機関における横領等社内不正の発生件数の割合の業態別の

内訳である。信金・信組の割合が突出して高く、次いで、銀行、郵便局の順とな

っている。

(イ) 横領等社内不正の手口の割合

信金・信組66%

銀行

23%

郵便局5%

その他金融業6%

金融機関における

横領等社内不正の業態別発生件数割合

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5

上図は、横領等社内不正の手口の業種別の割合である。

金融機関において不正支出の割合が特に高くなっているのは、顧客に無断で顧客

の口座を解約したり払い戻しを受ける等の詐欺的手口によって現金を取得するケ

ースが多いためである。その一方、スキミングやラーセリーの割合は高くないが、

これらの手口は、単独で顧客の現金を授受する渉外業務や窓口業務の担当者にお

いて発生しやすい。金融機関において不正支出の割合が高くなっていることは、

解約・払戻し等の申請が適正かどうかをチェックするプロセス(申請書類の点検、

本人意思の確認等)が不完全もしくは形骸化していることを示唆している。

また、国・自治体においてスキミングの割合が特に高くなっているのは、税金や

保険料の徴収担当者が市民から徴収した現金をそのまま着服するケースが多いた

めである。

また、販売業(小売業および卸売業)においてスキミングの割合が特に高くなっ

ているのは、販売代金をそのまま着服するケースが多いためであるが、いずれの

ケースも、受領者(外回りの集金担当者)が顧客の元に直接出向いて代金を集金

したケースであった。このことは、販売業において、外回りの集金担当者の現金

管理状況に対するチェックはなお不十分であることを示唆している。

なお、農漁協については、不正支出とスキミングの割合が高くなっている。これ

は、農業協が、農器具等の販売事業のほか、信用・共済事業も兼ねているため、

上記の金融機関および販売業の両方の傾向を示しているものと考えられる。

全般的には、ラーセニーの割合が比較的高い傾向を示している。ラーセニーは、

既に会計上の記録が済んで、会社の管理下に入った現金等を着服する行為である。

従って、そのためには、まず、そのような現金等にコンタクトできる管理権限が

あること、そして、他の従業員に気がつかれないように現金等を会社口座等から

勝手に引き出すことのできる権限があることが必要である。言い換えれば、ラー

セニーの割合が高いことは、現金等の管理および支払権限が当該担当者一人に集

中しており、複数の担当者への権限分配による相互チェック機能・牽制機能が働

いていないことを示唆している。

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(ウ) 横領等社内不正の発覚の端緒の割合6

上図は、横領等社内不正の発覚の端緒の業種別の割合である。

全般的に、外部(取引先等)の情報提供の割合が高い。外部(取引先等)の情報

提供とは、例えば、支払った代金を着服されて再請求された顧客からの苦情であ

ったり、勝手に預金口座を解約された契約者からの問い合わせ等である。このこ

とは、もし、外部からの情報がなければ、不正が発覚することなく継続していた

6 発見の端緒が不明の 111 ケースを除く。

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ことを意味しており、自社の内部統制システムが自力で不正を発見するだけの能

力を備えていないことを示唆している。また、このことは、顧客等から寄せられ

る苦情・問い合わせの中に、社内不正の発覚につながる重要な端緒情報が含まれ

ていることを意味しており、これらの外部情報を吸い上げる情報伝達システムを

内部統制システムの中に組み込むことの重要性をあらためて示すものである。

外部(取引先等)の情報提供に次いで割合が高いのが、統制活動(業務上のチ

ェック)である。統制活動(業務上のチェック)とは、すなわち、社内規定・マ

ニュアルに定められたチェック・ルールに従った点検・調査によって不正行為が

発覚したというものであり、まさしく、内部統制システムが期待どおりに機能し

たことにより不正行為が発見されたケースである。特に、販売業や製造業におい

て統制活動(業務上のチェック)の割合が高いことは、これらの業種における内

部統制システムの整備が比較的進捗していることを示唆している7。一方、先に述

べたように、他業種よりも厳格な内部統制システムの構築が要請される金融機関

においては、統制活動(業務上のチェック)の割合が低く、やはり、金融機関(特

に信金・信組)においては、社会的に要請されるレベルの内部統制システムの整

備が進んでいないことを示唆する結果となっている。

統制活動(業務上のチェック)と並んで割合が高いのが、内部(同僚等)の情

報提供である。これには、不正実行者の異動に伴う事務引継時に、後任者が帳簿

の記載等に不審な点を見つけたことが契機となって発覚に至ったケースを含む。

内部の情報提供が不正行為発覚の端緒として高い割合を示していることは、外部

情報と同様に、社内の内部情報を吸い上げるための情報伝達システム(内部通報

制度)を整備することの重要性を示すものである8。

7 先に検討したように、製造業において発生する横領等社内不正の手口は、ラーセニーの割合が高い(約

60%)。ラーセニーは、既に会計上の記録が済んでいる会社の現金を着服する行為であり、会計記録と現金

の照合等の統制活動(業務上のチェック)によって発覚しやすいという特性がある。このため、製造業に

おいては、統制活動(業務上のチェック)による発覚の割合が高くなったものと考えられる。

一方、販売業において発生する横領等社内不正の手口は、スキミングの割合が高い(約 53%)。一般的に

は、会計上の記録がなされていない現金を抜き取るスキミング行為は、統制活動(業務上のチェック)に

よっては発覚しにくい特性がある。しかしながら、販売業等の事業会社におけるスキミング行為は、「売掛

金スキミング」が多いと考えられる。「売掛金スキミング」とは、例えば、10 万円の売掛金がある場合に、

顧客が 10 万円全額を支払ったにもかかわらず、8 万円しか支払いを受けなかったことにして、差額の 2 万

円を着服するというものである。この場合、会社としては 2 万円分が未払いとして認識されるため、あら

ためて顧客に対して 2 万円の請求がなされることになり、不正が発覚してしまう。そこで、不正実行者は、

ラッピング(他の横領金による穴埋め工作)等の隠蔽工作に奔走し、不正行為の証跡を帳簿等に残すこと

になる。その結果、「売掛金スキミング」は、一般的なスキミングと異なり、ラーセニー同様に、統制活動

(業務上のチェック)によって発覚しやすいという特性がある。このため、スキミングの割合の高い販売

業においても、統制活動(業務上のチェック)による発覚の割合が高くなったものと考えられる。

8 公認不正検査士協会(ACFE)が各国の公認不正検査士(CFE)を対象に実施したアンケート調査結果

においても、不正事案の発覚の端緒の割合は、内外からの通報が約 40%で最も高く(但し、内部通報と外

部通報の割合はほぼ同じ)、不正行為の発見にとって通報が最も重要であることは世界的に共通しているよ

うである。(ACFE「2010 年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」)

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また、偶然に不正が発覚したというケースも少なくない。これは、別件の違反

行為を調査中にたまたま発覚したケースや不正実行者が無断欠勤・失踪したこと

を契機として発覚したケース等を含む。このことは、不正行為はしばしば他の不

正行為と連鎖しており、表面化した不正行為だけでなく、その裏側に潜んでいる

不正行為についても調査・追及していく姿勢が必要であることを示している。

(エ) 横領等社内不正における損害額平均9

上図は、横領等社内不正における 1 事案あたりの損害額の発生割合である。損害

額 1 千万円未満が最も多く、高額になるに従って割合は減少する傾向にある。

また、上図は、横領等社内不正における 1 事案あたりの業種別の損害額の平均で

ある。建設・不動産業と製造業の平均が大きいが、これは、それぞれの業種の不

正事案数が少ない一方で、巨額の不正事案が生起したことが影響している。これ

らの業種を除くと、金融機関の損害額の平均が、約 1 億 4 千万円で最も大きくな

っている。

9 損害額が不明の 2 ケースを除く。

419

14153

18492425

1211

2980

17559

5082

13540

3115

4836

横領等社内不正による

損害額平均(万円)

損害額平均(万円)

62

30

8

1千万円未満 1千万円~1億円未満 1億円以上

横領等社内不正による損害額の割合(%)

損害額の割合(%)

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9

(オ) 横領等社内不正における不正継続期間の平均10

上図は、横領等社内不正における 1 事案あたりの不正行為継続期間の業種別の平

均である。不正行為の継続期間が長いことは、当該不正行為がなかなか発覚しな

かったことを意味しており、当該不正行為が巧妙な隠蔽工作を伴うものであった

か、もしくは、当該企業の内部統制システムに不正行為を発見するだけの能力が

備わっていなかったことを示唆する。

製造業の不正行為継続期間の平均が最も長くなっているが、これは、製造業の

不正事案数が少ない一方で、長期間にわたる不正事案が生起したことが影響して

いる。製造業を除くと、金融機関の不正行為継続期間の平均が長くなっている。

先に検討したように、金融機関においては、横領等社内不正の発覚の端緒として

外部(取引先等)の情報提供の割合が特に高いが(約 67%)、金融機関の不正行為

継続期間の平均が長いことは、外部(取引先等)の情報提供を免れるほどの巧妙

な隠蔽工作がなされる傾向にあることを示唆している。

10 不正継続期間が不明の 24 ケースを除く。

14.5

50.7

2622.6

26.1

9.9

31.4

23.4

55.2

41

横領等社内不正の

継続期間平均(月)

不正期間平均(月)

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10

イ 不正実行者の特徴的な傾向

(ア) 不正実行者の年齢構成および性別

上図は、不正実行者の年齢構成および性別である。

年齢面では、30 代後半から 40 代にかけてのいわゆる働き盛りの世代の割合が

最も高く、また、性別比では男性が圧倒的に多くなっている。この要因としては、

これらの世代(特に男性)が、家族の生活費を支える責任を負う一方で、管理職

として現金等の管理・支出の権限を任されるようになることが考えられる11。

11 公認不正検査士協会(ACFE)が各国の公認不正検査士(CFE)を対象に実施したアンケート調査結

果においても、不正実行者の性別比では男性が多く、また、年齢構成では、30 代後半~40 代の割合が最も

高くなっている。(ACFE「2010 年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」)

6

10

13

15 15

16

13

6 5

25以下 26~30 31~35 36~40 41~45 46~50 51~55 56~60 61以上

不正実行者の年齢構成(%)

86%

14%

不正行為実行者の男女比

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(イ) 不正実行者の役職構成と損害額平均12

上図は、不正実行者の役職構成と 1 事案あたりの損害額との関係を示したもの

である。

不正実行者の役職構成としては、一般従業員による不正行為が最も多く、次い

で、管理職、役員の順となっているが、1 事案あたりの損害額の平均については、

管理職による不正行為の場合が、損害額が最も大きくなっている。この要因とし

ては、現金等の管理および支払権限が、実務面を取り仕切る管理職に集中してお

り、不正行為を行い易いため13、損害額が増大してしまうことが考えられるのであ

り、このことは、先に検討したように、現金等の管理・支出の権限を複数の担当

者に分散して相互チェックによる牽制機能が働くような内部統制システムを構築

する必要があることを示している。

12 損害額が不明の 2 ケースを除く。

13 一方、役員クラスは、権限は有するものの、実際上は、その権限を行使して自ら経理等の実務を行う

ことは困難であると考えられる。

8

21

71

37

70

43

役員 管理職 一般従業員

不正実行者の役職構成(%)と損害額平均(百万円)

役職構成(%) 損害額平均(百万円)

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12

ウ 評価項目相互間の特徴的な傾向

(ア) 横領等社内不正の手口別の発見の端緒の割合14

上図は、社内不正の手口と発見の端緒との関係を示したものである。

スキミングや不正支出が、外部の情報提供によって発覚する割合が高いのに対

して、ラーセニーが統制活動、内部の情報提供あるいは内部監査といった社内の

内部統制システム機能によって発覚する割合が高くなっている。この要因として

は、会計上の記録の済んだ現金を着服するラーセニーの場合、既になされた記録

14 発見の端緒が不明の 111 ケースを除く。

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13

を改ざんする等の隠蔽工作が必要になるため、不正行為の証跡が残り易く、不正

行為の発見が比較的容易であることが考えられる。

また、商品等の現物資産の着服事案の多くは、統制活動および内部監査によっ

て発覚している。これは、在庫数が現実に目に見えるかたちで減少することから、

チェックが比較的容易であるためと考えられる。

(イ) 社内不正の手口別の不正行為継続期間平均15

上図は、社内不正の手口と不正行為継続期間との関係を示したものである。

不正支出の継続期間が比較的長くなっているが、このことは、不正支出の手口

(正当な支払手続きを偽装)が巧妙で発見することが容易でないこと、また、そ

のような不正支出の発生しやすい業種(金融機関等)における内部統制システム

の整備が十分でないことを反映しているものと考えられる。

一方、商品等の現物資産の着服は、早期に発覚している。これは、在庫数が現

実に目に見えるかたちで減少することから、チェックが比較的容易であるためと

考えられる16。

15 不正継続期間が不明の 24 ケースを除く。

16 公認不正検査士協会(ACFE)が各国の公認不正検査士(CFE)を対象に実施したアンケート調査結

果においても、不正支出の継続期間が最も長い一方、現物資産の着服は、早期に発覚する傾向にあること

が示されている。(ACFE「2010 年度版 職業上の不正と濫用に関する国民への報告書」)

26.9 26.7

39.7

9.6

29.3

スキミング ラーセニー 不正支出 商品等着服 その他

社内不正の手口別の不正行為継続期間平均(月)

不正行為継続期間平均(月)

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横領等社内不正データ単年度分析(2009.10~2010.9)

日本公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)

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エ 不正実行者の個人的事情について17

不正行為の「動機」に関するもの

a ギャンブル、遊興費ほしさ

b 借金返済、住宅ローン充当、投資損失の穴埋め

c 生活費、子供の進学費用への充当 等

不正行為の「正当化」に関するもの

a 社長がパワハラ・減給をしている(着服は会社への報復)

b 後日、必ず返すつもりだった(一時借りただけだから問題ない)

c もっと給料をもらってもいいはずだ(着服ではなく報酬である) 等

上記の表は、不正実行者の個人的事情、すなわち、不正実行者が当該不正行為

を実行するに至った「動機」と、そのような不正行為を実行したことを「正当化」

する理由について、特徴的なものを列記したものである。

「動機」に関しては、「ギャンブル、遊興費ほしさ」というものが比較的多く見

受けられたが、住宅ローン、生活費、あるいは子供の進学費用への充当といった

深刻な「動機」も見受けられた。これらは、先に検討したように、不正実行者の

割合が、30 代後半~40 代の働き盛り世代で高くなっていることの一因になってい

ると考えられる。

また、「正当化」に関しては、「会社への報復」、あるいは、「当然もらうべき報

酬」といった理由が見受けられた。会社・上司への不満が、不正行為を誘発する

一因であることを示すものと言えよう。

上記のような不正実行者の個人的事情は、私生活上の問題であったり、内心に

隠された問題であるために、内部統制システムにおけるチェック機能(統制活動、

モニタリング)ではなかなか明らかにできない。このため、従業員が会社・上司

に不満を抱いていないか、あるいは、私生活において経済的困難に直面していな

いか等について、職場内の円滑なコミュニケーションを図るとともに、内部通報

制度を通じて情報を収集し、職場環境の改善、労働条件・待遇の適正化と見直し

を継続的に実施する必要がある。そして、それにより、不正実行者の個人的事情

として潜在する不正リスク要因を抑止することが可能になると考えられる18。

17 インターネット上に公表された記事内容だけでは、事案の背景事情である「不正実行者の個人的事情」

までは明らかにはならないのが通常であるが、ここでは、記事で言及された特徴的な事情を紹介する。

なお、「不正実行者の個人的事情」は、クレッシーの「不正のトライアングル」における「動機」および「正

当化」に該当する。(注 3 参照)

18 注 3 参照

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3.結び

以上、横領等の社内不正事案に特徴的な傾向の分析を通じて、社内不正事案が発生した

当該企業・業種の内部統制システムの問題点がどこに潜んでいるのかを検討した。

社内不正事案は、言わば、内部統制システムの傷口から流れる血液のようなものであり、

何もせずに放置すれば企業組織の存続にもかかわるが、その一方、出血の跡をたどれば、

必ず傷口にたどりつくのであり、根本的に治療することが可能になる。本報告が、各企業

の内部統制システムの強化と経営の健全化に寄与できれば幸いである。

なお、本報告は、インターネット上に公表(報道)された横領等の不正事案をデータと

して収集・分析したものである。このため、アンケート等の主観データでは必ずしも保証

されないデータの客観性を確保できるという利点があるが、その反面で、公表(報道)さ

れている事案は、ニュース性の高いものに偏向している傾向があることは否定できない19。

その点で、本報告の分析結果が、データ制約上の限界を免れていないことに留意する必要

がある。

19 少額軽微な事案あるいは新奇性に乏しい事案は、そもそも公表(報道)されていない可能性がある。