国民年金の納付率を押し下げる 諸要因についての計量的分析 ·...

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国民年金の納付率を押し下げる 諸要因についての計量的分析 宮崎精鋼株式会社 盛林 亮介 滋賀大学大学院 経済学研究科 久保 英也

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国民年金の納付率を押し下げる諸要因についての計量的分析

宮崎精鋼株式会社 盛林 亮介

滋賀大学大学院 経済学研究科 久保 英也

研究背景

これまで、国民年金における未納者増加の背景として、

「非正規雇用者」、「若年者」に焦点があてられてきた。

しかしながら、学生の特例納付制度や免除制度の手当てにより、未納者は、これらの特定層から社会全体へ拡散し、新たな対応が必要になっている。

このような環境変化から、本研究では、学生を対象とした2014年3月の修士論文を基礎にしつつ、新たに社会人を対象としたアンケート調査を加え、若年層から拡散する未納率の上昇についての分析を行った。

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未納者の実態

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千人)

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法定・申請全額免除者数 学生特例納付 若年者納付猶予 未納率(%)

(出所)厚生労働省(2002-2016)、厚生労働省年金局(2007)より筆者作成

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①未納率は2011年をピークに 低下、しかし、①実質的な 未納者である「全額免除 者」は実質増加

②学生特例納付、若年者特例

猶予制度の活用増大

若年層以外の、 未納者の年齢層が拡大

国民年金を取り巻く経済状況

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非正規雇用割合(

%)

保険料年額負担割合(

%)

保険料支払状況の悪化

非正規雇用者割合(%) 保険料年額負担割合(%)

(出所)厚生労働省(2016)日本年金機構(2016)より筆者作成

4

非正規雇用割合と保険料負担率の上昇

所得環境の悪化は続く

将来の年金積立のために経済的

な歪が大きくなっている

年金制度維持のための「所得」とは異なる別の手段が必要

非正規雇用者、失業者の年齢別構成

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2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015

万人

15~24歳 25~34歳 35~44歳 45~54歳

(出所)総務省統計局(2016-①)(2016ー②)(2016-③)より筆者作成

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景気の改善を受け、失業者数は減少傾向だが、①非正規雇用者の水準は変わらず、②35歳以上の中高齢者の割合が上昇、2015年では約7割を占め、上昇傾向。 年齢とともに就職機会は減少することから、一度未納となると未納状況が続く恐れがある。

保険料未払いの理由

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(1)景気好転にも係らず、年金未払いの最大要因は所得要因でその割合も変わらず。 (2)景気好転の恩恵を未納者は受け取れておらず、格差の固定化が存在する。

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2008年3月 2009年3月 2010年3月 2011年3月 2012年3月 2013年3月 2014年3月

C

I

指数

経済的理由 年金不信感 CI指数

(出所)厚生労働省(2009)(2012)(2015)、内閣府(2017)より筆者作成

先行研究

(1)鈴木亘・周燕飛(2001)「国民年金未加入者の経済分析」

①「流動性制約要因」(所得要因) 、②「予想死亡年齢要

因」(健康)、③「世代間不公平要因」(支払い損)を未

納の主要因として分析。

(2)小椋・角田(2000)、阿部(2003)、大石(2007)、など多

数の研究者がこれらの要因について議論してきた。

(3)近年、厚生労働省、佐々木(2012-①)は「非正規雇用者の

増加」を、

(4)村上雅俊・四方理人・駒村康平・稲垣誠一(2011)は「年金

知識の不足」を要因と挙げている。

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分析の視点

①未納者の固定化と若者から全層へ分散する構造 ⇒従来の主要な未納要因は変化していないのかを再検証 する必要。 ②政策に繋ぐためには、各要因の未納に対する影響度(重み)をある程度計量化する必要。 ③漠然としている「年金不信感」の影響度も明示的に評価

「学生」と「社会人」へアンケート調査を実施し、 コンジョイント分析を用いて①~③を検証する

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アンケート調査の概要 (1)2種類のアンケートを実施

①「意識調査と属性調査のためのアンケート」

(ⅰ)概要:年齢、性別等の調査、国民年金への考えを把握

(ⅱ)有効標本数:131(うち、大学生101、社会人30)

②「コンジョイント分析のアンケート」

(ⅰ)概要:コンジョイント分析の前提となる質問事項への回答

(ⅱ)有効標本数131(うち、大学生101、社会人30、男女の割合がほ

ぼ同じになるように収集)

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アンケート回答者の属性

全体 学生 社会人

標本数 131 101 30

平均年齢(歳) 24 19.7 38.1

最小 18 18 26

最大 63 25 63

男性割合(%) 57.3 57.4 56.7

女性割合(%) 42.7 42.6 43.3

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(出所)筆者作成

コンジョイント分析の特徴

設定した要因の影響度(重み)を計測できる。

(1)各要素に特定の水準を与え、その組み合わせに得点をつけることで、

各要素の水準の効用を計ることができる。

(2)今回の分析では、保険料の支払い意欲についての要因を設定し、

その要因の効用を推定した。

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各要素における特定した水準

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要因 年収 保険料額 雇用形態 居住 年金制度の理解

水準 100万円 8000円 正社員 一人暮らし 教育機会の増加

250万円 16000円 非正規雇用者 同居 現状のまま

400万円 ― ― ― ―

今回の分析では、①「年収」、②「保険料額(分割支払)」、③「雇用形態」、 ④「居住(両親との同居の有無)」、⑤「年金制度の理解」を保険料支払い意欲に影響する要素とし、各水準を設定した。

出所:筆者作成

実際の特定水準

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年収 保険料額 雇用形態 居住 年金制度の理解 点数

1 100万円 16000円 非正規雇用者 同居 現状のまま

2 250万円 16000円 正社員 同居 教育機会の増加

3 400万円 8000円 非正規雇用者 同居 教育機会の増加

4 100万円 8000円 正社員 同居 現状のまま

5 400万円 16000円 正社員 一人暮らし 現状のまま

6 100万円 16000円 非正規雇用者 一人暮らし 教育機会の増加

7 100万円 8000円 正社員 一人暮らし 教育機会の増加

8 250万円 8000円 非正規雇用者 一人暮らし 現状のまま

9 400万円 8000円 正社員 同居 現状のまま

10 400万円 8000円 非正規雇用者 一人暮らし 現状のまま

効用の計測にはすべての組み合わせの質問を設定する必要はなく、以下の10問で計測できる。

(出所)筆者作成

尺度:保険料の支払い意欲強度

アンケートの回答者には、各要素の組み合わせに対し、「4」を基準に支払い意欲への強度について点数を付与してもらう。

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コンジョイント分析による結果

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①相関係数Rはモデルの当 てはまりの良さを示す。 ②ケンドールのタウにより 部分効用値の推定結果の 信頼性を示す。 ③今回は、両尺度が共に0.9 以上を示し、分析の信頼 性の高さを示している。

コンジョイント分析結果

要因 水準 部分効用

年収

100万円 -1.372

250万円 -0.039

400万円 1.411

保険料額 8000円 0.107

16000円 -0.107

雇用 正社員 0.313

非正規社員 -0.313

居住 一人暮らし -0.027

同居 0.027

年金教育 教育機会の増加 0.092

現状のまま -0.092

定数項 3.524

相関係数R 0.999

ケンドールのタウ 0.929

(出所)筆者作成

全体効用の計算

全体効用の計算例

部分効用

定数項 全体効用

(支払い意欲) ケース番号 年収 保険料 雇用 居住 理解

①正社員 400万円 16000円 正社員 一人暮らし 現状

部分効用 1.411 -0.107 0.313 -0.027 -0.092 3.524 5.022

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(1)各要素の「部分効用」を足し合わせることにより、支払い意欲を推定 (2)ケース番号①は、正社員の典型像であるが、部分効用合計は5.022と4を大きく超え、積極的な 支払い意欲を持つことを示している。

(出所)筆者作成

他のケースの支払意欲強度

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非正規社員の年収別ケースを3つ想定し、支払い意欲をそれぞれ推定した。

ケース 年収 保険料 雇用 居住 年金教育 支払い意欲

②非正規 良 400万円 16000円 非正規 一人暮らし 現状

1.411 -0.107 -0.313 -0.027 -0.092 4.396

義務的な支払い

③非正規 中 250万円 16000円 非正規 一人暮らし 現状

-0.039 -0.107 -0.313 -0.027 -0.092 2.946

④非正規 下 100万円 16000円 非正規 一人暮らし 現状

-1.372 -0.107 -0.313 -0.027 -0.092 1.613

支払いの意欲なし (出所)筆者作成

改善案の効果

ケース 年収 保険料 雇用 居住 年金教育 支払い意欲

⑤ ③+分割払い

+教育

250万円 8000円 非正規 一人暮らし 増加

-0.039 0.107 -0.313 -0.027 0.092 3.344

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ケース③2.946⇒3.334と改善案 (年金教育、保険料支払いの分割化)を行うことで支払い意欲を改善。

(出所)筆者作成

年金不信感の計量化

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定数項は本来標準値の「4」に現れるがそれより低い値は、全体として支払忌避を示しており、これを年金不信感とみなすことができる。

中立値 4

定数項 3.524

4-3.534=0.476

影響

(1)年金不信感の「0.476」は非正規雇用者が正社員への転換した プラス効果の水準0.626に近い水準であり支払意欲に強い影響力 を持つ。 (2)政策では動かしにくい「正職員という身分」が要素ではないので、 改善に向けた政策を行うことで年金不信感を和らげることが可能。 (3)改善案の「年金教育」、「支払い方の改善」はそれぞれ0.184と0.214の プラス効果をもち、合わせて0.398となり、効果は大きい

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年金不信感 非正規から正社員 改善案の効果

0.476 0.626 0.398

(出所)筆者作成

分析結果(1)

(1)「所得(年収)」が年金保険料の支払い意欲に対して最も高

い影響力を有する。

また、雇用形態(正規か非正規か)は「年収」に次ぐ影響度を

有する。

(2)一方、それ以外の要素も影響は意外と大きい。

(3)定数項が支払い意欲の中立値である「4」を下回り、全体に支

払い意欲を押し下げており、基準値4を下回る部分は、一般に

言われている年金不信感に相当する。

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学生と社会人における年金支払い意欲の差

コンジョイント分析結果 部分効用 要因 水準 学生 社会人

年収 100万円 -1.358 -1.417 250万円 -0.012 -0.133 400万円 1.37 1.55

保険料額 8000円 0.105 0.112 16000円 -0.105 -0.112

雇用 正社員 0.335 0.237

非正規社員 -0.335 -0.237

居住 一人暮らし -0.004 -0.104 同居 0.004 0.104

年金教育 教育機会の増加 0.088 0.104 現状のまま -0.088 -0.104

定数項 3.541 3.467 相関係数R 0.998 1

ケンドールのタウ 0.929 0.964

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(1)相関係数Rとケンドー ルのタウが共に十分に高 く、モデルの信頼性は高い (2)社会人の方が年収に強く 反応する (3)社会人の方が年金不信感 が大きい

(出所)筆者作成

分析(1)

①正社員 ②非正規 良 ③非正規 中 ④非正規 下 改善案の効果

学生 5.049 4.379 2.997 1.651 3.383

社会人 4.934 4.460 2.777 1.493 3.209

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(1)社会人のほうが支払い意欲が低い (2)社会人は正規か非正規かより、所得水準自体を重視

(出所)筆者作成

分析(2)

年金不信感 非正規から正社員 改善案の効果

学生 0.459 0.67 0.386

社会人 0.533 0.474 0.432

24

(1)社会人は、雇用の形態の影響は学生と比較し小さい。 (2)社会人の方が年金不信感が大きい。 (3)改善案は社会人、年齢が高くなってからでも十分に有効である。

(出所)筆者作成

アンケート調査(2)からの示唆

全体 学生 社会人

標本数 割合(%) 標本数 割合(%) 標本数 割合(%)

教育機会 の増加

意欲が増す 98 74.8 80 79.2 18 60.0

意欲は増さない 33 25.2 21 20.8 12 40.0

健康 意欲が増す 65 49.6 42 41.6 23 76.7

意欲は増さない 66 50.4 59 58.4 7 23.3

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今回、コンジョイント分析で問えなかった、健康の影響について別途質問を行った。 教育機会の増加は学生の支払い意欲によりプラス、社会人(年齢が高い)は、健康状況が年金支払意欲に影響する。

(出所)筆者作成

結論 (1)各未払い要素の大きさを計量化でき政策に反映できる。また、 年金不信感の大きさも計量化ができ、政策コストのかけ方を 考えることができる。 (2)分析から、所得(年収100⇒400万円で2.783)が 最も大きい効果を持ち、雇用形態(正社員への転換で0.6 26)はそれに次ぐ。 (3)雇用形態の転換は企業にとって負担が大きく実現は難しい。 また、社会人にとっては正規化の支払い意欲向上の資する度 合いが小さい。 (雇用形態転換の効用 学生0.67:社会人0.474)

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提案

(1)年金不信感は社会人になる(年齢を重ねる)と大きくなるため、学生

時代に教育などで解消させることが重要。

(2)保険料支払いの簡便化、年金教育等、複数の政策の組み合わせに

より、保険料支払い意欲を高めることができるため、フィンテック

サービス等、スマートフォンを利用した、少額支払い、いつどこでも

支払可能な環境、情報提供の高速化等が有効である可能性がある

また、これらの手段は社会人に対しても、効用を持ち、

十分に支払い意欲を高める。

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参考文献 (1)阿部彩(2001)「国民年金の保険料免除制度改定 未加入、未納率と逆進性への影響」「日本経済研究 (43)」 pp.134-154。

(2)阿部彩(2003)「公的年金における未加入期間の分析 ―パネル・データを使って―」「季刊社会保障研究 39(3)」pp. 268-280。

(3)井口直樹(2010)『日本の年金政策-負担と給付・その構造と機能』ミネルヴァ書房。

(4)小椋正立・角田保(2000)「世帯データによる社会保険料負担の納付と徴収に関する分析」「経済研究51(2)」pp. 97-110。

(5)大石亜希子(2007)「公的年金加入における逆選択の分析」「公共研究 4(2)」pp. 123-144。

(6)厚生労働省(2002-2016)「国民年金の加入・納付状況 (平成13年度-平成27年度)」。

(7)厚生労働省(2009)「平成20年国民年金被保険者実態調査結果の概要」。

(8)厚生労働省(2012)「平成23年国民年金被保険者実態調査結果の概要」。

(9)厚生労働省(2015)「平成26年国民年金被保険者実態調査結果の概要」。

(10)厚生労働省(2016)「平成26年国民生活基礎調査の概況 結果の概況」。

(11)厚生労働省年金局(2007)「年金財政ホームページ 国民年金 免除者数、免除割合、納付率、繰上げ率の推移」。

(12)佐々木一郎(2012-①)「非正規雇用と無保険者の増大」「生命保険論集」第178号, pp. 53-72。

(13)佐々木一郎(2012-②)『年金未納問題と年金教育」株式会社日本評論社。

(14)鈴木亘・周燕飛(2001)「国民年金未加入者の経済分析」「日本経済研究」No42, pp. 44-60。

(15)鈴木亘・周燕飛(2006)「コホート効果を考慮した国民年金未加入者の経済分析」「季刊社会保障研究 41(4)」pp. 385-395 。

(16)総務省統計局(2016-①)「労働力調査 長期時系列データ 長期時系列データ(基本集計)表2【年平均結果―全国】就業状態別15歳以上人口」。

(17)総務省統計局(2016-②)「労働力調査 長期時系データ 長期時系列データ(基本集計)表10

【年平均結果―全国】 年齢階級,雇用形態別雇用者数」。

(18)総務省統計局(2016-③)「表3 年齢階級(10歳階級)別完全失業者数及び完全失業率(1968年~)」。

(19)内閣府(2017)「景気動向指数(速報、改定値)(月次)結果 長期系列」。

(20)高木さゆり(2008)「非正規雇用者の国民年金問題 ―若年者を中心に―」「現代社会文化研究No.43」pp. 1-18。

(21)日本年金機構(2016)「国民年金保険料の変遷」。

(22)村上雅俊・四方理人・駒村康平・稲垣誠一(2011)「正確な年金知識の獲得は年金制度への信頼度を回復させ

るか?」「ソシオネットワーク戦略ディスカッションペーパーシリーズ第4号」pp.1-15。

(23)四方理人・駒村康平・稲垣誠一・小林哲郎(2012)「国民年金保険料納付行動と年金額通知効果」「行動経済学」第5巻, pp. 92-102。

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