小学校の休憩時間における児童の ハンドベースボールに関する ... ·...

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上越教育大学研究紀要 第26巻 平成19年 2 月 Bull. Joetsu Univ. Educ., Vol. 26. Feb. 2007 1)緒言 子どもの健全な社会的発達のためには,児童期における集団の中での経験が重要になる。特 に,家族集団(family),学校集団(school),仲間集団(peer group)の3つは,子どもの正 常な社会化にとって欠かすことのできない基本的な集団であると言われている 1)2) 特に,住田は,仲間集団による社会化の重要性を,「児童期や青少年期の社会化過程にあっ 小学校の休憩時間における児童の ハンドベースボールに関する基礎的研究 土 田 了 輔 ・笛 木  寛 ** (平成18年10月2日受付;平成18年11月8日受理) 要     旨 小学校の休憩時間における集団的遊戯活動を調査することは,子どもの集団内における社会 化を明らかにする上で重要なことである。特に,ゲーム内の分業が明確なベースボール型ゲー ムに焦点を当てることで,子ども達の遊戯集団内での地位構造が明らかになる可能性がある。 しかし,小学校を対象とした遊戯活動に関する研究は,授業に関するものが中心であり,休 憩時間の遊戯活動を調査した例は少ない。 そこで,本研究は,ハンドベースボールを対象にし,守備位置や活動量の実態を調査し,ハ ンドベースボールを対象にした調査をするための基礎的資料を得ることを目的とした。 調査の結果,小学校におけるハンドベースボールでは,野球とは異なる守備位置が発現する ことが判明した。また,ベースボール型ゲームは,運動量が少ないことが指摘されてきたが, 今回調査したハンドベースボールは,攻撃時間が極めて短く,一定の運動量を有した活動であ ることが判明した。 最後に,特殊な守備位置の発現と,比較的短い攻撃時間は,投げ当てという特殊ルールに起 因していることが明らかになった。 以上のことから,児童が休憩時間に実施しているハンドベースボールは,同じベースボール 型ゲームである野球とは,かなり異なる実施形態であることから,データーの収集に先立って, 個々の事例について,直接観察で,守備位置やゲームの展開の速さを十分吟味しておく必要が あることがわかった。 KEY WORDS Recess 休憩時間 Baseball-type game ベースボール型ゲーム Socialization 社会化 Rule ルール 生活・健康系教育講座 ** 東京経済大学非常勤

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上越教育大学研究紀要 第26巻 平成19年 2 月Bull. Joetsu Univ. Educ., Vol. 26. Feb. 2007

1)緒言 子どもの健全な社会的発達のためには,児童期における集団の中での経験が重要になる。特に,家族集団(family),学校集団(school),仲間集団(peer group)の3つは,子どもの正常な社会化にとって欠かすことのできない基本的な集団であると言われている 1)2)。 特に,住田は,仲間集団による社会化の重要性を,「児童期や青少年期の社会化過程にあっ

小学校の休憩時間における児童のハンドベースボールに関する基礎的研究

土 田 了 輔*・笛 木  寛**

(平成18年10月2日受付;平成18年11月8日受理)

要     旨

 小学校の休憩時間における集団的遊戯活動を調査することは,子どもの集団内における社会化を明らかにする上で重要なことである。特に,ゲーム内の分業が明確なベースボール型ゲームに焦点を当てることで,子ども達の遊戯集団内での地位構造が明らかになる可能性がある。 しかし,小学校を対象とした遊戯活動に関する研究は,授業に関するものが中心であり,休憩時間の遊戯活動を調査した例は少ない。 そこで,本研究は,ハンドベースボールを対象にし,守備位置や活動量の実態を調査し,ハンドベースボールを対象にした調査をするための基礎的資料を得ることを目的とした。 調査の結果,小学校におけるハンドベースボールでは,野球とは異なる守備位置が発現することが判明した。また,ベースボール型ゲームは,運動量が少ないことが指摘されてきたが,今回調査したハンドベースボールは,攻撃時間が極めて短く,一定の運動量を有した活動であることが判明した。 最後に,特殊な守備位置の発現と,比較的短い攻撃時間は,投げ当てという特殊ルールに起因していることが明らかになった。 以上のことから,児童が休憩時間に実施しているハンドベースボールは,同じベースボール型ゲームである野球とは,かなり異なる実施形態であることから,データーの収集に先立って,個々の事例について,直接観察で,守備位置やゲームの展開の速さを十分吟味しておく必要があることがわかった。

KEY WORDSRecess 休憩時間Baseball-type game ベースボール型ゲームSocialization 社会化Rule ルール

* 生活・健康系教育講座 ** 東京経済大学非常勤

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て最も重要な準拠集団」3)とし,放課後等に学校外に参集する仲間集団について,詳細な調査を実施している。 しかし,近年,子どもを取り巻く社会的な環境は大きく変化している。コンピュータ制御による小型ゲーム機が,直接的な子ども相互のコミュニケーションを必要としない遊び空間を創出している。子ども達は,たとえ,友人の家に集まったとしても,各自が手にゲーム機を持ち,各々が勝手に遊んでいるという事態が生じている。 あるいは,放課後は塾通い等の習い事があり,友人と遊ぶ時間が確保できない子どもも増加している。子ども達は,土日や祝祭日には,家族と行動を供にすることが多い。したがって,遊戯集団が形成されるのは,平日の放課後のほうが多い。しかし,その平日の放課後が,習い事にあてられる事態が生じれば,子ども達が参集して遊ぶ日数が減少することはいうまでもない。 また,近年は小学生を対象とした凶悪犯罪が後を絶たない。幼い命が犠牲になる犯罪は,保護者の目の届かない瞬間に発生するので,子ども達だけで公園や空き地等で遊ぶことは,重大な危険を孕む行為になってしまっている。そのような理由で,平日に公園で遊ぶ子どもはかなり減少している。 このように,自然発生的な遊戯集団が,子どもの社会化にとって重要なことは明らかであるが,上記のような現代的な社会状況をみると,保護者は,子どもを遊ばせること自体が困難な時代になっていることがわかる。しかし,子ども達は,自発的に参集する集団的遊戯活動の機会をまったく持たないのであろうか。

 2)対象の選定 子どもの自然発生的な遊戯集団が,子ども達の健全な発達のために重要なことは述べたが,このような形式の集団は,現代では小学校の休憩時間(昼休みも含む)に見ることができる。近年,そのような集団形成がはじまったのではなく,このような状況は昔からあったと考えられる。しかし,先に述べた理由等で,学校外の仲間集団が減少し,子ども達が安心して集団的遊戯活動を実施できる場として,学校の休憩時間は,以前より重要度が増していると考えられる。 我が国の小学校は,午前中に 20 分程度の長い業間休みがあり,昼食の後にも,45 分から 60程度の昼休みを確保しているスタイルが一般的である。このまとまった時間に,子ども達は,メンバーの受入に選択の余地がある,つまりは自発的,自然発生的な遊戯集団を形成する機会を持つ。住田によれば,学校内で発生するいかなる集団も,厳密に言えば自然発生的な仲間集団とは異なるとされている 4)。本論もこの立場を否定しないが,それでは休憩時間にはどのようなことが起きているのかといえば,詳細な調査が発表されているわけではない。また,本論のように組織的なスポーツを対象とする場合でも,子ども達が自分達の都合にあわせてルール等を変更している遊戯活動に関しては,体育,スポーツに関する研究分野でも実証的な研究例は極めて少ない。今日の体育,スポーツに関する研究分野の関心は,高度に組織化された競技スポーツに向けられており,学校の休憩時間や放課後に,児童が自分達の都合にあわせて変形している遊戯活動は,今日の体育,スポーツに関する科学の対象とはなりにくい。 それでは,学校の休憩時間に関する調査研究は皆無かといえば,必ずしもそうではない。例えば,休憩時間の活動の有無や,程度,種類と,その休憩時間の次の授業での児童の様子との

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関係を論じた研究 5)や,活動の種類を有酸素運動等,活動量との関係で論じた研究 6)は散見される。しかし特定の組織的なスポーツ活動に固有の特徴を分析枠としたものは見あたらない。 そこで,分析枠そのものの検討をするために,平成 14 年4月から,平成 16 年3月まで,N県 J 市の山間部にある小規模の小学校(複式3学級)にて参与観察を実施し,休憩時間の児童の集団的遊戯活動の様子を調査した。調査は,昼休みに実施されていた球技を対象とし,ラポールの確立のために,昼休み後も,高学年(5,6年生)の学級にて,午後の授業に参加した。調査は最初の半年は週1回程度,その後は,週2回程度の訪問により実施された。調査記録は,主に調査の直後に児童の目に触れない場所で記載したフィールドメモに基づき,可能な限り調査実施日のうちに必要事項をフィールドノーツにまとめた。また,この調査校では,集団的遊戯活動に教諭が立ち会うことが多かったため,必要があれば,事実関係をその立ち会い教諭に確認したり,フィールドノーツそのものの確認も依頼した。 調査の結果,児童達が実施していた遊戯種目は,ベースボール型ゲーム(ハンドベースボール,キックベース),ネット型ゲーム(ソフトバレー),ゴール型ゲーム(サッカー),ドッジボールであった。しかし,ソフトバレー,サッカー,ドッジボールに関しては,ポジション等の分業が未分化のまま実施されており,分析の枠組みを発見するには至らなかった。ところが,ベースボール型ゲームに関しては,種目の性格上,守備のポジションや打順などが,固定的,可視的となるため,児童間の地位構造等を分析する枠組みとして,ポジションや打順が利用可能と予想され,フィールドノーツに記録をはじめた。 やがて,ピッチャーのポジションは,例え要望があっても,一部の高学年児童が独占することが判明した 7)。そこで,分業が固定的,可視的なベースボール型ゲームを分析枠組みとし,児童の休憩時間における集団的遊戯活動を調査することとした。

3)研究の目的 本研究は,集団的遊戯活動と子どもの社会化に関心が持たれている。社会化とは,個人の側からみると,「個人がその社会(ないし集団)の文化(集団的価値)を習得してパーソナリティー

(personality 人格)を発達させ,その社会(ないし集団)の成員性を獲得していく過程」8)と捉えられる。この成員性の構造が,ベースボール型ゲームの守備位置(ポジション)という分析枠を通して現れるかどうかに主眼が置かれる。しかし,児童が自分たちの実態にあわせて変形しているベースボール型ゲーム,特にここではハンドベースボールを対象とする場合,先ずは,公式の野球ゲームという先入見から離れ,児童の創造するハンドベースの実態を把握することから考察をはじめねばならない。そこで,本論では,ハンドベースボールが非常に盛んに実施されている,ある小学校の休憩時間の実態を事例として取り上げ,そこで発生する守備位置や,ゲームの展開の速さ,つまりは攻守交代の時間を検討することを目的とする。

4)研究の手順 調査対象校は,N 県 J 市郊外の M 小学校である。児童数は 392 人(平成 18 年度4月1日現在)であり,6年生1組(34 名),2組(35 名)のうち,男子のみ 30 名からなる遊戯(ハンドベースボール)集団を対象とした。調査期間は平成 18 年2月から平成 18 年7月であるので,遊戯集団は,調査を開始した平成 17 年度中は 5 年生だったことになる。年度を跨いでの人数の変動はなく,組替えも実施されていない。

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 調査は,午前中の長い業間休み(20 分)と,昼休み(給食後の 60 分)に実施し,調査の直前に双方の体育授業に別の調査で同行し,授業の前後に話しかけるなどして児童とラポールの確立をし,徐々に休憩時間のハンドベースボールを見学し,ビデオカメラ1台でゲーム開始から解散までを撮影した。児童がカメラに慣れてきた頃,カメラの台数を増やし,打席付近の音声を集音マイクで録音しながら,打順や打席を待つ児童の様子を撮影した。また,もう1台のカメラは,守備位置の変動を撮影した。

5)守備位置の実際 図1は,調査初日の平成 18 年2月3日,昼休みの遊戯活動を調査した折に出現した守備位置である。

 図中の日付の後の「L」は昼休み(Lunch time)時のデーターを,「R」は業間休み(Recess)を表している。これは,対戦する双方のチームに出現したポジションを重ね合わせたものであ

2/3 L 2/6 L

2/8 L 2/13 R

図1.M小学校のハンドベースボールのゲーム中に発生した守備位置

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り,どちらか一方のチームの守備位置を表しているわけではない。 中央の○に P のマークはピッチャーを,○のマークは,通常の野球にあるポジションを表している。◎は,通常の野球では固定化されていないポジションである 9)。 ちなみに,休憩時間中のハンドベースボールでは,キャッチャーは守備側のポジションではない。これは他校の屋外で実施されていたキックベースでも同様の傾向があったが,キャッチャーというポジションは,通常は,攻撃側のプレーヤーが,交代で球拾いをする,といった程度の感覚で行われていることが多い。したがって,キャッチャーは,実際には守備として機能しているとは言い難い場合が多い。 図1中の4つのゲームにおいて,通常の内野守備と考えられる,ピッチャー,ファースト,セカンド,ショート,サードというポジションは,全て出現している。よって,その前に位置しているポジションは,すべて,この集団のオリジナルということになる。このように前進守備が固定化される原因の1つは,打撃をする児童がバントを多用することに起因していると推察される。ハンドベースボールは,ソフトバレー用のボールに,やや空気圧を高めにしたボールを使用している。ボールの空気圧が高いということは,ボールの大きさも通常のバレーボールよりはるかに大きくなることを意味する。よって,空気抵抗が大きいボールは,かなり正確に拳で叩かないと,フライになりやすい。したがって,児童達は,フライでアウトになるより,バントでとりあえずは1塁に走ることを選択する者が多くいるのである。守備側の児童達は,これを想定して,ピッチャーの周辺に新しい守備位置を出現させているのである。ショートとセカンドの間の守備位置の出現理由は,判然としない。しかし,この位置につく児童は意外に多い。

6)攻撃に要する時間 一般に,ベースボール型ゲーム,特に野球というと,非常に時間を費やしてゲームをおこなっているという印象が持たれることであろう。近年,我が国のプロ野球は,試合時間が3時間を超えることも珍しくなくなったと言われている。この試合時間の中には,ピッチャーやバッター等,選手の交代時間なども含まれるため,一概には言えないが,仮に1試合に3時間かかったとすると,片方のチームの攻撃時間はこの半分の 90 分,延長がないとすると,9回で試合は終了するため,1攻撃時間は9分というのが単純計算の結果となる。実際に連打で大量得点となれば,1回の攻撃回数は当然長くなり,10 分,20 分,あるいはそれ以上の攻撃時間という事態も起こりうる。 この長い攻撃時間の間,攻撃側の多くの選手はベンチで座って過ごしているか,少なくとも激しい活動はしていない。守備側の選手も自分のところに打球が飛んでこない限り,あまり激しい運動をしないこともあり得る。このような運動量の極端な少なさは,ベースボール型ゲームを授業に採用する教師達にとっても大きな関心事であり,この点をベースボール型ゲームの欠点と捉えている文献も散見される 10)。 しかし,試合時間が長く,運動量,触球数,触球機会も少ないゲームを,ただでさえ,時間的制限のある学校の休憩時間に児童達が実施しているとは考えにくい。学校の休憩時間に実施される集団的遊戯活動は,場所やメンバーの選択範囲という種々の制限条件がある中で,この時間的制限こそが最も大きな問題と考えられる。なぜなら,遊戯活動に参加する多くの児童は,本来は自分自身の活動欲求に基づき活動に参集していると考えられるからである。そこで,児

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童達が実施しているハンドベースボールの1回の攻撃時間を分析し,児童達が実際に実施しているゲームの様子を理解する基礎的資料を得る。 攻撃時間を厳密に捉えると,審判によりイニングの開始の宣告があってから,3つめのアウトが審判により宣告されるまでとなるであろう。しかし,休憩時間中の集団的遊戯活動は,基本的には審判制が採用されない。したがって,今回は,イニングのはじめの打者に最初の投球がなされた瞬間から,攻守交代が生じて,もう一方のチームのはじめの打者に投球がなされる瞬間までを,1回の攻撃時間とした。そして各ゲーム毎の平均攻撃時間を秒単位で表したものが表1である 11)。

 1回の攻撃時間にかなりのバラつきが生じていたが,11 ゲームのゲーム毎の平均攻撃時間を求め,さらに 11 ゲームでの平均を求めると,1回の平均攻撃時間は,107 ± 44.8 秒であった。各ゲームは,2アウト交代のルールを採用しており,攻撃時間が短くなることは予想された。しかし,2月3日昼休みのゲームでは,46.7 ± 19.5 秒に 1 回の割合で攻守交代が生じていた。この日の参加者は 12 名で,全調査日ゲームの平均参加者数は 12.9 名であったから,特に少ない人数でゲームが実施されたわけではない。また,2月6日の休み時間に実施されたゲームの平均攻撃時間は 169.8 ± 104.7 秒とかなり長くなっているが,これは,参加者が4名(1チーム2名)でゲームを実施したため,外野への飛球等を追いかける時間で相当な時間がかかったり,ピッチャーと内野手の2名で守備をしているため,ヒットが多くなり,攻守交代に時間がかかったという特殊ケースと考えてよい。 2月 23 日から4月 13 日は,幾分,攻撃時間が長くなっているが,この頃,打撃する者に対し,攻撃側の他の児童が,どちらの方面に打撃すればいいかなどのアドバイスをすることが流行したことなどに起因している。最短の攻撃時間は,4月 13 日に生じている 12 秒というものであった。

7)特別ルール 児童のハンドベースボールは,特殊な守備位置と,極めて短い攻撃時間が大きな特徴となっていることは先に述べたが,このゲームの特殊性を導出していると考えられる特別ルールが存在する。それは,俗にドッジボールルールとか,「投げ当て」などと称されるルールである。本論では,以下,「投げ当て」と呼ぶこととする。このように,いわゆる公式ゲームではなく,日常の中で実施されている非公式のローカルゲーム 12)では,その場に居合わせた参加者の便宜により,ルールを自由に変更して実施されるのが普通である。ルールやゲームに対して面白さを論じると,議論が複雑になることがあるが13),ローカルゲームでのルール変更が,主に,ゲームに内在する不要な要素の削除,削減であるのに対し,敢えて付加されるルールがあれば,少なくとも,注目に値する。なぜなら,ルールが付加されるということは,当該のローカルゲームの基になっている公式ゲームより,ゲームの様相が,複雑になるか,あるいは,付加しなけ

表1.ゲームの平均攻撃時間Date 2/ 3R 2/ 6R 2/13R 2/ 3L 2/ 6L 2/ 8L 2/13L 2/23L 3/ 1L 4/13L 7/ 6L Avg(sec.)

Sec. 58.3±14.2 169.8±104.7 87.9±37.6 46.7±19.5 91.8±63.3 81.4±43.1 93.7±48.4 138.5±62.1 179.6±144.9 148.9±98.6 80.7±44.6 107±44.8

Mean ± SD

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177小学校の休憩時間における児童のハンドベースボールに関する基礎的研究

れば,ゲームが成り立たない何らかの理由があるからである。 本論で着目した「投げ当て」とは,打撃の後にベースランニングをしている走者に対して(既に進塁している走者も含む),守備側のプレーヤーが,ボールを,直接,走者の身体に当てることにより,アウトとする特別ルールのことである。このルールが採用可能になっている要因の1つは,ゲームに使用されているソフトバーレー用のボールが,身体に当たっても負傷しない程度に柔軟性を有していることがあげられる。児童がおこなうベースボール型ゲームは,片手で投動作が可能な,いわゆる野球のボールと同じ程度の大きさのゴム製ボールを使用することもある。この場合も,ボールが身体に当たった場合に負傷することはほとんどないためか,投げ当てのルールが採用されている事例があった。 投げ当てのルールがどのような理由で採用されているかを正確に述べることは難しい。ドッジボールという,ボールを直接相手に当ててアウトにするというボールゲームが,多く実施されるのが,ちょうど小学校期であることも関連があるだろう。しかし,少なくとも,柔軟性のない,身体に当たると負傷するようなボールを使用してたら,このルールは採用されることはない。 ただし,どのような理由にせよ,いったん採用されたルールが,ゲームの中で種々に機能するという事態は注目に値する。 例えば,今回調査した児童のハンドベースボールでは,2月6日の休み時間に,2対2でのゲームが実施されたことは既に述べた。その時の守備位置は,ピッチャーとショートであった。しかし,よく考えてみれば,1塁守がいないのにベースボール型ゲームが可能となるということは,打たれたボールを 1 塁(あるいは2塁等の塁)に送球し,フォースアウトを取るという方法以外に,相手をアウトにすることができるということに他ならない。それを可能にするのが,「投げ当て」のルールなのである。したがって,守備をするプレーヤーは,走者が塁上にいない限り,どの場所にいても,ボールを直接当てることにより,走者をアウトにすることが可能となっているのである。 換言すれば,守備側のプレーヤーは,1塁手,2塁手という塁を守るという発想から離れ,単に,打撃されたボールを後方に逸らさない防御線となればよいことになる。守備の1名がショートと呼ばれる守備位置を守ったのは,2塁と3塁の間に防御線を作りながら2塁,3塁を守るためではなく,単に,右打者の打球が2塁と3塁の間に飛球することが多いためと考えられる。 そもそもベースボール型ゲームとは,ボールを目標地点(外野の最遠方のグランド面,フェンスがあればホームランゾーン)に運ぶ(打撃)ball progressing game と,打撃の結果,塁と呼ばれる一定のコースを走る base running game の複合と考えることが可能である 14)。そして,公式の野球で,1塁から本塁までの4つの塁に,少なくともそれぞれ専属のポジションがあるのは,打球を各塁に送球する際,そのボールを捕球して走者をアウトにするということが予定されているに他ならない。base running というゲームは,各塁を専属に守るポジションがなければ,アウトにすることは難しいのである。たとえ守備側プレーヤーが,ボールを捕球したグラブでタッチアウトをするにせよ,各塁専属の守備がいないと困難である。 しかし,「投げ当て」のルールは,守備側のポジションを各塁から自由にするという機能を有している。このため,2対2などという,およそ野球では考えられない人数でもベースボール型ゲームが成立することを可能としている。このことは,参加者がどんなに増えても,キャッ

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チャーという守備側のポジションが発生しないことにも現れている。キャッチャーというポジションは,ball progressinng game の防御線としてのみ考えれば,ほとんど機能しないポジションなのである。 また,ゲームの攻撃時間が極端に短いことも,この「投げ当て」のルールに起因している。先に,守備側のポジションが,いわゆる内野と考えられるポジションより,さらに前進した位置に発現したことは述べた。この前進守備の出現は,休憩時間が残り少なくなるにつれて多くなる傾向があった。つまり,防御線をなるべく前にすることにより,捕球した守備側プレーヤーは,打撃直後の走者に,直ちにボールを投げ当てることにより,瞬時にアウトカウントを取ることができるのである。これほど短時間に効率よくアウトを取る方法はないことを,児童達はよく理解していることになる。

8)まとめ 児童の休憩時間におけるハンドベースボールを対象に,ゲームの分析を試みた。その結果,児童が実施していたハンドベースボールは,守備位置や攻撃時間に大きな特徴があった。これらのゲームの特徴を生み出しているのは,「投げ当て」という特別ルールであることも述べた。これは,一見,走者にボールを直接当ててアウトにするというだけのルールに見えるが,このルールが守備側の防御者を塁から解放し,少人数でのゲームを可能にしているのみならず,以下述べるように,特殊な守備位置の出現とあわせて,攻撃時間の短縮に貢献しているのである。 通常,ハンドベースボールと同じタイプのベースボール型ゲームの代表格は,野球である。しかし,児童達は,大人達が考える野球の常識に囚われることなく,限られた時間の中で合理的に活動するために,特殊な守備位置を発達させていることが判明した。このことは,野球をモデルとした守備位置,つまり,ピッチャー,キャッチャー,ファースト,セカンド,ショート,サード,ライト,センター,レフトという9つの守備位置を前提にした守備位置調査は,実施できないことを示している。事例に向き合い,出現し得るすべての守備位置を直接観察等により確認せねばならない。 また,ベースボール型ゲームは,運動量が少ないと考えられていた。事実,この種目を教材にしようとする時,多くの教師がこの点を指摘していた。しかし,今回調査したハンドベースボールは,1回の攻撃時間が極めて短いことが判明した。平均 107 ± 44.8 秒,最短で 12 秒という時間は,ゲーム中に児童達から様々な話を聞き取り調査するのが困難であるばかりか,味方の打撃の間にゆっくり休む間もないほど,激しい活動となっていた。よって,攻撃時間の間に,打順を待つ児童に対してインフォーマルインタビューをすることは困難であり,質問紙による調査や,発話内容の記録による分析が必要になるであろう。

1)Parsons, T. and Bales, RF.(1956), Family: Socialization and Interaction Process., Routledge and Kegan Paul, p.114.

2)住田らによれば,隣人(近隣)集団という社会化エージェントも加えられている.住田正樹,高島秀樹(2002)子どもの発達と現代社会,北樹出版,東京,p.19.

3)住田正樹(2000)子どもの仲間集団の研究,九州大学出版会,福岡,p.19.

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4)住田によれば,学校集団内の子どもの行動は,学校の秩序と規律に統制されており,たとえ休憩時間であっても,児童は教師の指導対象として振る舞うとされている.本論もこの見解に異を唱えるものではない.しかし,現代的な社会状況を勘案すると,放課後等に自然発生する遊戯集団が減少していることは事実である.また,教師の業務の多忙化により,休憩時間に児童と一緒に遊ぶ教師の姿は極めて少なくなっており,皮肉なことであるが,児童の休憩時間における遊戯集団は,限界はありながらも,その重要度が増している.学校の休憩時間に関しては,上掲,住田(2000),pp.27-29.

5)Jarrett, Olga S. et al.(1998)Impact of Recess on Classroom Behavior: Group Effects and Individual Differences, The Journal of Educational Research, 92(2), pp.121-126.あるいは,Pellegrini, A. D. and Dvis, Patricia D. (1993) Rlations between children’s playground and classroom behavior, British Journal of Education Psychology, 63, pp.88-95.

6)Hovell, Melbourne F. et al. (1978) An Evaluation of Elementary Students’ Voluntary Physical Activity During Recess, Research Quarterly, 49(4), pp.460-474. あ る い は,Kraft, Robert E. (1989) Children at play; Behavior of Children at Recess, The Journal of Physical Education, Recreation & Dance, 60(4), pp.21-24.

7)私(調査者)が投手をやらせてもらえない傾向は昨年度からずっと続いている.体育館内でも投手は誰もがやりたがるポジションで,昨年度は K や Y,H,M が奪い合っていた.時々N子やTがやりたがっていたが,投手になれるのは希だった.平成15年6月9日(月)のフィールドノーツより.

8)前掲,住田,高島(2002),p.15.9)ここで言う「固定化されていない」とは,バントを警戒した前進守備等,通常サードやショー

トと呼ばれるポジションが,守備位置を極端に前にとる等の場合を指す.前進守備をしているプレーヤーは,通常の守備位置として固定化しているのは,サードがショートである場合が多く,それが特殊な状況で前進しているに過ぎない.ここでの◎は,例えば,固定化されたサードがいるにも関わらず,さらにその前に位置して守備をしている,などのポジションを指している.

10)実践報告として以下のものがあげられる.加藤明広(1995)ティーボールの授業への導入,体育科教育,43-1, pp.39-41.立木正(1999)教材価値を検証する.その2-ソフトボール,体育科教育47-5,pp.26-28.宮内孝,河野典子,岩田靖(2001)小学校中学年のベースボール型ゲームの実践-ゲームの面白さと子どもの関わり合いを求めて,体育科教育49-4,pp.52-55.高橋正博(1999)打つ楽しさを味わわせるソフトボール・ティーボールの学習,学校体育,52-4,pp.70-74.山本英夫,後藤美和子,桑野泰隆,宗倉啓,三上肇,野崎弘英,中島和也,島田清盛(2000)ハイスコアティーボールの実践-ソフトボールの下位教材づくり-,学校体育,53-11,pp.38-44.竹本浩樹(2000)みんなが楽しめるベースボール型運動の授業づくり-ソフトボールの学習を通して-,学校体育,53-11, pp.46-51.

11)本来,5/11分のデーターもあるのだが,ラポールの確立をしてコートサイドで撮影をしていると,児童から頼まれ事をするなどして,ビデオ撮影を中断せねばならないことも頻繁に生じる.この日は,ファールボールがギャラリーに上がるアクシデントが生じ,時間を計測するためのデーターに,やや不備が生じた.よって表から除外されている.

12)土田了輔,直原幹,阪元容昌,相河美花(2001)フリースローのルールはなぜ無視されるのか?,体育・スポーツ哲学研究,23-2,pp.17-25,特に,ローカルゲームの定義は

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pp.19-20.単なる地方大会という意味ではなく,参加者が,その場でルールを変更する余地のあるゲームを指す.

13)かつて,守能は,スポーツルールの機能に「面白さの保障」という機能を主張したことがある(守能信次(1984)スポーツとルールの社会学,名古屋大学出版会,名古屋).しかし,この議論をはじめると,常に「誰にとっての面白さなのか」という新たな議論を生むという矛盾もある.例えば,スポーツルールが面白さを追求した結果,野球は3つのアウトで攻守交代と定めても,実際にこのルールは児童のベースボール型ゲームでは採用されないことが多い.児童にとっては,2つのアウト,あるいは1つのアウトで攻守交代が頻繁に生じるほうが,「面白い」と感じている場合があるからである.面白さを取り扱う困難さについては,土田了輔(1992)スポーツルールにおける紛争処理のメカニズムに関する考察,体育原理研究,23,pp.25-33を参照されたい.

14)鈴木理,土田了輔,廣瀬勝弘,鈴木直樹(2003)ゲームの構造からみた球技分類試論,体育・スポーツ哲学研究,25-2,pp.7-23.

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181Bull. Joetsu Univ. Educ., Vol. 26. Feb. 2007

Preliminary Study on Elementary School Students’Hand Baseball During Recess

Ryosuke TSUCHIDA* and Yutaka FUEKI**

ABSTRACT

Studying collective play activities during recess in elementary school are extremely important for clarifying the socialization of children in play groups. Baseball-type games have, especially, distinctive features in defensive division of labor. Moreover, the social status of children in play groups may be reflected by the division of labor.

Many studies about collective play activities in elementary school were interested in the PE classes, but have not focused on during recess .

Therefore, this study examined actual defensive positions and time of activities in hand-baseball during recess. These data will also become informative for further research.

The results are as follows: First, the actual defensive positions that emerged in children’s hand-baseball were completely different from the positions in official baseball. Second, offensive playing time per inning was extremely short. Although it is believed that baseball-type games do not offer sufficient physical activity, we found that hand-baseball during recess offered a reasonable amount of physical activity. Finally, the emerging of unique defensive positions and short offensive playing time can be assumed to be due to one special rule called nage-ate.

These results suggest that hand-baseball during recess in elementary school has an entirely different embodiment than baseball. Direct observation for each case will be needed for further confirmation of these results.

*  Division of Physical Education, Technology Education and Home Economics : Department of Health and Physical Edication.

** Tokyo Keizai University