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第 68号 発行:名古屋大学文学部

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教員コラム―No.67

吉祥の猿 寂寥の猿 伊藤 大輔(美術史学)

2016 年は申年ですね。東洋では古来,サルの絵もたくさん描かれてきました。(伝)毛松筆「猿図」(東京国立博物館)は,ニホンザルを精密な筆致で描写した写実表現の極地を示しています。 サルが好んで描かれるのは,サルが実はおめでたい動物だからです。サルは漢語で猿猴と表現されま

す。古代中国語では,猿はテナガザル,猴はニホンザルなどのマカク属のサルを指していましたが,お

めでたいとされる理由は,サルの姿や生態にあるわけではありません。猿猴の猴の字は,高い地位を示

す「侯」と音が通じるので,出世することを表しました。鹿は財産を示す「禄」と通じるので,サルと

鹿を一緒に描いて,地位と財産を得るという吉祥的表現とされました。 図版は「三元得路図」(メトロポリタン美術館)です。三匹の猿が鷺を捕らえている様子を描いてい

ます。これも自然界の捕食関係を写しているわけではなく,言葉遊びです。猿は「元」に音が通じ,三

匹の猿で三元です。三元は科挙の各段階(郷試・会試・殿試)での首席合格者(解元・会元・状元)を

示します。鷺は「路」に通じ,三匹の猿が鷺を捕らえる

ことで,科挙に上位合格し,出世の路を得るというおめ

でたい図柄となっています。子どもの将来を思う親が好

んで飾ったのでしょう。 しかしサルは,おめでたいイメージだけではありませ

んでした。漢詩の世界では,谷間に鋭く響く猿の声は,

寂寥感を表す代表的なモチーフでした。絵画の世界でも,

冬景山水図に猿を描き込んで,冬の凍てついた空気感に

音声の要素を導入したりしました。この系列で最も印象

的なのは牧谿筆「猿図」(大徳寺)でしょう。枯れた木の

上で,子猿を抱いてこちらをじっと睨む母猿の姿は,高

貴であるとともに,自然の厳しさをまざまざと感じさせ

てくれます。

学生たちの研究生活―File20

研究室旅行を通して

研究室名:日本史学研究室

今回のコラムでは先日の研究室旅行の様子を紹介します。2015年10月29,30日,私たち日本史学研究室は研究室旅行で滋賀県を訪れました。ひこにゃんには残念ながら会えませんでしたが,塩

津港遺跡や大津歴史博物館の見学,近江八幡の散策など現地での実習を通して,大学の授業では学ぶこ

とができない多くの知識を得ることができました。なかでも特に私の印象に残っているのが滋賀大学へ

の訪問です。滋賀大学経済学部付属史料館には『菅浦文書』という国の重要文化財にも指定されている

文書が保管されています。『菅浦文書』の中には中世から近代にいたるまでの菅浦集落の様子や有力大

名浅井氏の行った政策に関する史料が残されており,私たちはその一部を特別に拝見させていただきま

した。とりわけ近接する大浦庄との境相論関係史料からは自分たちの領有権を確保しようと奮闘する当

時の人々の人間味あふれる表情を読み取ることができ,とても興味深かったです。文書見学中は普段大

著作権の関係から、

写真を掲載しておりません。

ご了承ください。

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2016年 1月 30日

学で演習をしている経験をいかして崩し字で書かれ

た文書を解読したり,紙の質感や墨の濃淡を間近に

感じたりと大変有意義な時間を過ごすことができま

した。また史料館には近江商人による経済活動の様

子や商人たちの行商道具,生活用具など多数の品々

も展示されていました。この他にも日本史学研究室

では日々の講義や演習,様々な地域へのフィールド

ワークを積み重ねながら日本の歴史を深く掘り下げ

ていき,自らの興味・関心を把握したのち,最終的

には一つのテーマを決めて卒業論文に取り組んでい

くことになります。私も来年度に迫った卒業論文に向け,これからは少しずつ興

味のある範囲からテーマを絞っていきたいと思います。 [林 優里(学部 3 年)]

学生たちの研究生活―File21

好きから始めたジブリ研究

研究室名:比較人文学研究室

「バルス」と聞いて共感できる人は何人いるでしょうか。宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』が 2013年にテレビ放送され,Twitterでは「バルス」のツイート数が一秒間に 14万件を超えました。皆さんもツイートされたでしょうか。宮崎駿といえば,もはや世界的に有名な長編アニメーション監督です。『も

ののけ姫』『千と千尋の神隠し』はアカデミー賞を受賞しました。

国内外で人気の高い監督と言えるでしょう。

私は宮崎駿の『もののけ姫』を中心に監督の描く「森の表象」

について研究しています。『もののけ姫』は解釈のしにくい作品で

す。研究室の先輩には作品の意味についてよく問われます。作品

の意味なんて監督の発言を調べれば済むと思われるでしょう。し

かし宮崎駿の場合,インタビューは沢山ありますが発言内容は

所々違うのです。つまり発言を鵜呑みにしても答えは出せません。

そこで,監督の無意識の意図を作品の表象や,制作スタッフの発言などから読み取ろうと考えています。 一つの側面からでなく,多方面から作品を見ることが研究を進める上で重要です。ジブリ関連の書籍

を読み,DVD や絵コンテを何度も読み返し手がかりを探します。同じ DVD を何十回と観ることは,傍から見れば退屈かもしれません。しかし,ジブリが好きで研究を始めた私にとって,退屈なことはあり

ません。日々,何かを発見できる面白さを感じています。 さて,日本でアニメは大衆化しましたが,国内で学術的にアニメーション研究が始まったのは 90年

代後半です。きちんとした研究方法はまだ確立しておらず,これからの研究が期待されています。今後,

少しでも研究発展に貢献できればと思い日々研究を続けています。[出嶋 千尋(博士前期課程1年)] 最近の文学部

干支の唯一の霊長類,申年のスタート 「かつてのギリシア人の習わしでは / 海上の旅人たちは/ 飼い馴らされた猿や犬を伴った」(ラ・フォンテーヌ「猿

とイルカ」)。一瞬『桃太郎』を思い出される(?)冒頭です。17 世紀フランスの動物を主役とする寓話集では猿はずる賢い動物として度々登場します。これも,人間とのいろいろな意味での距離の近さ故でしょうか。 (YK記)

*本紙では,名大文学部の多彩な内容を順に紹介していきますが,それまで待てない人は… 名大文学部の WEBサイト http://www.lit.nagoya-u.ac.jp/ まで(『月刊名大文学部』のバックナンバーもあります)

(研究室旅行風景 [菅浦遠景])


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