1次元系の量子力学 filename=quantum-1dim150512A.tex
1 一般的な注意
1.1 1次元系の量子力学を特に取り上げる理由
1. 教育的であること:数学的取り扱いが容易で、量子力学の基本法則の主要な特徴が解析的表現として求められること。
2. 技術的応用が可能になってきたこと:1980年代後半以来、ナノセンチメートル程度の微細加工の半導体技術により、固体素子中に井戸型ポテンシャル障壁を作りこむことが可能になった。
3. 系の次元の違いによる新しい物理現象の発現(新しい概念の発見)の可能性、または運動の自由度の制限による量子揺らぎの重要性
fig 以上のこととは別にして、ここでは、量子力学が 1次元系という、自然界には存在しない人工的な系、単純な系に対して、一見、重箱の隅をつつくような微細な質問 (疑問)についても徹底的で、合理的な説明を与えることを深く味わうことができる!!
1.2 自由粒子
相互作用のない場合の粒子 (=自由粒子)の量子力学的状態が平面波であることを調べる。量子系の固有値は離散的な値だけではなく、連続的な値をとることもある。連続固有値を持つ波動関数の規格化は離散的な固有値を持つ波動関数とは違う方法を考える必要がある。自由粒子は、以下に見るように、連続的な固有値をもつが、量子力学においてはある意味で特別な存在であるとも考えられる [2]ので、調べることにする。質量mの自由粒子がx軸方向を運動する場合の時間に依存するシュレディンガー方程式は
− h2
2m
∂2
∂x2Ψ(x, t) = ih
∂
∂tΨ(x, t) (1.1)
となる。ここで、ハミルトニアン Hが時間に依存しないので、解は変数分離型に選ぶことができる。
Ψ(x, t) ≡ ψ(x) · exp(− iEth
) = ψ(x) · exp(−iωt). (1.2)
1
ここで,ψ(x)は位置 xの関数である。式(1.2)を式(1.1)に代入して
− h2
2m
∂2
∂x2[ψ(x) · exp(− iEt
h)] = ih
∂
∂t[ψ(x) · exp(−iEt
h)]
→ − h2
2m
d2
dx2ψ(x) = ih
−iEh
ψ(x)
→ − h2
2m
d2ψ(x)
dx2= Eψ(x), (1.3)
→ d2ψ(x)
dx2= −k2ψ(x), (k ≡
√2mE
h2) (1.4)
ここで粒子概念と波動概念を関連づける次の関係を用いた。
E = hω (アインシュタインの関係), (1.5)
p = hk (ド・ブローイの関係). (1.6)
ここで、ωは波動の角振動数、kは波数であり、波長 λと k = 2π/λという関係がある。式 (1.4)の一般解を
ψk(x) = Ceikx, (C :規格化定数). (1.7)
と表わす。ここで、波数 kに依存することは明らかであるから、解 ψ(x)に kの添え字をつけた。
(備考:微分方程式は 2階の微分方程式であるから、式(1.4)の一般解は 2つの積分定数を用いて
ψ(x) = a eikx + b e−ikx, (a, b :積分定数). (1.8)
のようにあらわせるはずである。この表現をもとの時間依存の波動関数に代入すると
Ψ(x, t) =[a eikx + b e−ikx
]exp(−iωt) =
[a ei(kx−ωt) + b e−i(kx+ωt)
],
= a [cos(kx− ωt) + i sin(kx− ωt)] + b [cos(kx+ ωt)− i sin(kx+ ωt)](1.9)
となり、[位相 (kx − ωt)をもつ]進行波と [位相 (kx + ωt)をもつ]後退波の両方が含まれ
ることになる。ここでは、自由粒子を考えているのであるから、一方向きの運動をしてい
るはずである。したがって、進行波となる解のみを考えればよいので、一般解は式(1.7)
の形となる。)
自由粒子であるから、文字通り空間のどこにも存在することができて、局在しないので通常の意味の波動関数の規格化はできない。したがって、自由粒子のように、連続固有値を持つ波動関数の場合には規格化定数を決める2つの方法が考えられている。
1. δ関数を用いる規格化:規格化積分を δ関数と等しいとおく。∫ ∞
−∞ψ∗k(x)ψk′(x)dx = δ(k − k′) (1.10)
2
この式と δ関数の具体的な式
1
2π
∫ ∞
−∞ei(k
′−k)xdx = δ(k − k′) (1.11)
と比較するとC = 1/√2πとなる。 結果をまとめると
Ψk(x, t) =1√2π
ei(kx−ωt), (1.12)
ψk(x) =1√2π
eikx, (1.13)
Ek =h2k2
2m, (k ≥ 0) (1.14)
となる。この種の波動は位相が進行方向(x軸)に垂直になるので平面波と呼ばれる。ここで、自由粒子の存在領域は制限されないので、エネルギーが連続的に変化できることに注意する。
2. 箱型規格化:
自由粒子であるにもかかわらず、幅Lで波動関数が周期的に変動するとして、周期的境界条件を設定する。粒子の存在する領域の長さをLにしたまま、粒子が右向きに運動し続けられるようにするには、x = Lの点を x = 0につないで、粒子の存在する領域を長さ Lの輪にするのである。
ψk(x) = ψk(x+ L). (1.15)
この境界条件を式(1.7)に代入すると
eikx = eik(x+L)
→ k = (2π
L)n(≡ kn), (n = 0, 1, 2, · · ·) (1.16)
となり、規格化条件
1 =∫ L
0ψ∗k(x)ψk(x)dx = C2L (1.17)
とより、C = 1/√Lと決まる。結果をまとめると
Ψn(x, t) =1√Lei(knx−ωt), (1.18)
ψn(x) =1√Leiknx, (1.19)
En =h2k2n2m
= (2π2h2
mL2)n2, (n = 0, 1, 2, · · ·) (1.20)
3
となる。この場合、自由粒子の波動関数は進行波ではあるが、周期的境界条件により存在領域が制限されるため、エネルギーと波数が連続的ではなく離散的にしか変化できないこと(量子化されていること)に注意する。離散的な和から連続的な積分への移行
箱の大きさLは任意だから、いくらでも大きくできる。式(1.16 )より、離散的な kは
n =L
2πk (1.21)
と表される。ここで、離散的な場合には n, kの変化幅∆n = 1であるが、連続的な変化に対応して積分に移行するには、∆n→ dn = (L/2π)dkと考えればよい。すなわち ∑
kn
→ (L
2π)∫dk (1.22)
と置き換えればよい。
(以上の 2つの規格化について、波数 kがゼロ、したがって運動量 pがゼロの解も可能であることに注意する。運動量がゼロという値ではあるが、確定した値をもつ場合には、粒子の存在領域が確定しないという、後述する予定の、不確定性関係が満たされる実例の1つと考えられる。)一般には、相互作用の結果として、ポテンシャルなどがゼロにならず、自由粒子とはならない。
1.3 周期的境界条件の下の自由粒子(1次元)*
金属が電気をよく伝えるのは、金属の中を自由に動ける伝導電子が存在するからであるが、その伝導電子のもっとも単純な描像は自由電子モデル(=電子間に相互作用のない、真空中の電子と同じような仮想的な電子系)である。これは現実の伝導電子のひとつの理想化であるが、単純金属に分類される金属のよいモデルになっている。この自由電子モデルを周期的境界条件の場合について理解しよう。
1.3.1 シュレディンガー方程式とその一般解
周期的境界条件の下の自由粒子に対するシュレディンガー方程式は、無限大量子井戸の場合と異なり、場所によらず
− h2
2m
d2
dx2ψ(x) = Eψ(x), (E > 0) (1.23)
→ d2
dx2ψ(x) = −k2ψ(x), (1.24)
4
k ≡√2mE
h2(1.25)
となることに注意する。一般解は
ψ(x) = A sin(kx) + B cos(kx), (A,B :積分定数) (1.26)
と表すことができる。これはまた、一般性を失わずに、
ψ(x) = a eikx + b e−ikx, (a ≡ A/(2i) +B/2, b ≡ −A/(2i) +B/2) (1.27)
と書きなおすことができる。
1.3.2 周期的境界条件(1次元)
1. 周期的境界条件の設定 1
周期的境界条件は、通常、次のように表される:
ψ(x) = ψ(x+ L). (1.28)
この境界条件(1.28)を一般解 (1.27)に適用すると
aexp(ikx) + b exp(−ikx) = aexp(ik(x+ L)) + b exp(−ik(x+ L)),
→ aexp(ikx)(1− exp(ikL)) + b exp(−ikx)(1− exp(−ikL)) = 0(1.29)
となる。ここで、定数 a, bは任意であるから、まず、1 = exp(ikL)でなければならない。さらに、1 = exp(ikL)の場合には、1 = exp(−ikL)となる。したがって、この段階では定数 a, bは不定であるが、波数のとりうる値は次のように限定される。
kn =2nπ
L, (n = 0,±1,±2, · · ·), (1.30)
En =4π2h2
2mL2n2. (1.31)
ここで、無限大量子井戸の場合と対照的に、波数の符号の違いにかかわらず、エネルギーは同じであることに注意する。すなわち、1次元系ではあるが、周期的境界条件を設定する系では縮退が起きている。これは、同じエネルギーで左右両方向への運動がともに可能であること意味する。
また、後述のように、無限大量子井戸の場合と対照的に、量子数 n = 0も可能となる。
5
2. 周期的境界条件の設定 2
しかし、この段階では、定数 a, bは不定となり、2階微分方程式であるシュレディンガー方程式の特殊解が定まらない。したがって、二つ目の境界条件として、境界における波動関数のなめらかな接続と同様に、波動関数の傾きが周期的に等しいとおく:
dψ
dx(x) =
dψ
dx(x+ L). (1.32)
同様に、境界条件 (1.32)を一般解 (2.4)に適用すると
ik[aexp(ikx)− b exp(−ikx)] = ik[aexp(ik(x+ L))− b exp(−ik(x+ L))],
→ aexp(ikx)(1− exp(ikL))− b exp(−ikx)(1− exp(−ikL)) = 0 (1.33)
となる。定数 a, bは任意であるから、まず、1 = exp(ikL)でなければならない。さらに、1 = exp(ikL)の場合には、1 = exp(−ikL)となる。結局、一つ目の周期的境界条件から得られる結果と同じになり、再び定数 a, bは決まらない。
また、確率の流れ密度 (ベクトルのx成分)Jxを計算してみよう。定義により,
Jx =h
2mi
[ψ∗∂ψ
∂x− ∂ψ∗
∂xψ
]
=hk
m(|a|2 − |b|2) (1.34)
となる。定数 a, bの絶対値の差に依存して、Jxの符号と kの符号が必ずしも対応せず、粒子に対応する波動の進行方向は左右のいずれにも確定しない。
また、存在確率密度を計算すると
|ψ(x)|2 = |a|2 + |b|2 + (ab∗ + a∗b) cos(2kx) + i(ab∗ − a∗b) sin(2kx) (1.35)
となり、定数 a, bのいずれか一方がゼロである場合を除いて、場所に依存して値が異なる。これは周期性以外の場所依存性が生じていることを意味し、不適である。
3. どのようにして定数 a, bを決めるか
自由粒子に対するシュレディンガー方程式は、無限大量子井戸の場合と異なり、場所によらず同じハミルトニアン H = −h2/(2m)∂2/∂x2であること、運動量演算子 px = (h/i)∂/∂x はハミルトニアンと交換するので、同時固有状態をもつという事実に着目する。そこで運動量演算子を求められた波動関数に作用させると
pxψ(x) = hk[aeikx − be−ikx
](1.36)
6
となり、定数 a, bのいずれか一方がゼロでなければ、運動量演算子の固有状態にはならない。存在確率密度の計算結果を考慮して、定数 bをゼロとおく。さらに、周期的境界条件に対応して、次のような箱型規格化を行うと
1 =∫ L
0|ψn(x)|2dx = a2L, (1.37)
すなわち、a =√1/Lとなる。結局、波動関数として
ψn(x) =
√1
Lexp(i
2nπx
L), (n = 0,±1,±2, · · ·) (1.38)
が得られる。
すると、確率流れ密度は Jx = hk/(mL)となるので、波数ベクトルの x成分kの正負の符号に応じて、波動関数はそれぞれ、進行平面波、後退平面波に対応することになる。存在確率密度は場所によらず、1/Lという一定値になり、物理的に適切な結果が得られていることが理解される。また、すでに指摘していたように、量子数 n = 0を持つ量子状態の波動関数は有限の一定値1/√Lとなり、存在可能であることがわかる。また、すべての領域において、
波数が確定値をもつこと、すなわち、運動量の値が確定していて、空間的には局在していない平面波で位置が確定していないことは、位置と運動量の間の不確定性関係とも論理整合的である。
1.3.3 境界条件の違いによる影響 (*)
以上、二つの境界条件の違いにより、結果と描像が少し異なる。その影響を少し考えてみよう。とり得る離散的な波数の値を直線上に並べると、閉じ込め型境界条件の場合、(2.8)では正の領域のみに間隔 π/Lで分布している。しかし、周期的境界条件の場合(1.30)では正負の領域にわたって、間隔 2π/Lで等間隔に分布している。しかし、両者の実質的な違いは、以下に議論するように、Lが大きくなるほど小さいことがわかる。 エネルギーがEとE +∆Eの間にある定常状態の個数を求めてみよう。エネルギーの幅∆Eに対応する波数の幅∆kとすると、
E =h2k2
2m(1.39)
より、
∆E = (dE
dk)∆k =
h2k
m∆k (1.40)
となる。ここで、Lが十分に大きく、とり得る kの値は先ほどの直線上に十分密に分布しているとする。そのとき、閉じ込め型境界条件の場合、∆k の幅に含まれる
7
状態の個数∆N は
∆N =∆kπL
=L
π∆k (1.41)
である。これをE,∆Eで表すと、
∆N = D(E)∆E, (1.42)
D(E) ≡ L
πh
√m
2E(1.43)
となる。ここで、D(E)を状態密度とよぶ。一方、周期的境界条件の場合、∆k の幅に含まれる状態の個数∆N は (L/2π) · ∆kとなり、式 (1.43)の半分の値になるが、同じエネルギー状態が kの値の正負両方にあるので、それらをあわせると、状態密度としては結局、(1.43)と同じ結果が得られる。このように、状態密度のように、箱の大きさ Lに比例する量に対しては、境界条件の違いは影響しないといえる。それではなぜ、周期的境界条件を考えるのだろうか。物理的な描像としては、閉じ込め型の粒子よりも、一方向に進む粒子を考える方がわかりやすいので、箱の中の粒子に対して、周期的境界条件を考えることがしばしばある。(状態密度は単位長さ、面積、体積あたりで定義する場合もあるので、注意すること。)
1.4 1次元ポテンシャル問題と波動関数の境界条件
1.4.1 古典力学における束縛状態と散乱状態
質量mの天体が、十分大きい質量Mの天体から距離 xにおいて、重力を通じて速さ vをもつ場合、この天体の力学的エネルギーは保存される。この一定の値をEとすると
E =1
2mv2 −G
Mm
x(G :重力定数) (1.44)
となる。速さ vを距離 xの関数と考えて、この式から条件
m
2v2 = E +G
Mm
x> 0 (1.45)
が得られる。まず、E > 0の場合には,式(1.45)より,無限遠方 x→ ∞も可能である。このような運動状態を非束縛状態(または散乱状態,scattering state)という。一方、E < 0の場合には,式(1.45)より
1
2mv2 = G
Mm
x− (−E) ≥ 0 (1.46)
→ x<= G
Mm
(−E)(1.47)
8
となる。すなわち、上記の関係式により制限される範囲内でしか存在できない。このような運動状態を束縛状態 (bound state)という。束縛状態になる条件をあらためて考えてみよう。重力の場合には束縛状態になる条件は全エネルギーEが負値ということであった。しかし、以下に述べるように、相互作用(ポテンシャル)の性質によっては必ずしもそうならないことに注意しよう。与えられたポテンシャルU(x)の下でどのような場合に、束縛状態になるかどうかを調べよう。力学的エネルギー保存則より
E =1
2mv2 + U(x) (1.48)
→ 1
2mv2 = E − U(x) ≥ 0 (1.49)
→ E ≥ U(x). (1.50)
という条件を満たす位置 xだけで運動は可能である。次の例として、調和振動子のポテンシャル U(x) = kx2/2 (k > 0)を考えると、運動が可能な条件は
E>=
1
2kx2 (1.51)
となる。だから正エネルギーE > 0をもつ運動には
x<=
√2E
k(1.52)
となり、束縛状態となる。しかし、負エネルギーE < 0をもつ運動は不可能である。また、斥力ポテンシャル U(x) = k/x (k > 0, x > 0)の場合には、運動が可能な条件は
E − k
x>= 0 (1.53)
とあらわされる。だから正エネルギーE > 0をもつ運動は
x ≥ k
E(1.54)
となり、無限遠方まで存在できる散乱状態となる。しかし、負エネルギー E < 0
をもつ運動は不可能である。
9
2 無限井戸型ポテンシャル系 (1次元)
無限大ポテンシャル障壁中の質量mの粒子がシュレディンガー方程式を満たすように運動(存在)するとどのような特徴が見えてくるか調べてみよう。
2.1 無限井戸型ポテンシャル系 (1)-左右非対称型-
2.1.1 エネルギーと波動関数
今、境界 x = 0、x = Lの外側では無限大ポテンシャルがあり、その内部では自由に運動できる粒子を考える。ポテンシャル内部におけるシュレディンガー方程式は
V (r) =
{0 (0 < x < L),
∞ (x ≤ 0, L ≥ x).
L0
V( )
∞∞
− h2
2m
d2
dx2ψ(x) = Eψ(x), (2.1)
→ d2
dx2ψ(x) = −2mE
h2ψ(x), (2.2)
= −k2ψ(x), (k ≡√2mE/h2) (2.3)
となるので、その一般解は
ψ(x) = A sin(kx) +B cos(kx)(A,B:積分定数, k > 0) (2.4)
と表される。無限大壁の位置では、粒子の存在確率がゼロとなることを意味するので、まず一方の壁において
0 = ψ(x = 0). (2.5)
が成立する。この境界条件により,B = 0となるので
ψ(x) = A sin(kx). (2.6)
また、反対側の壁における境界条件
0 = ψ(x = L) (2.7)
10
を式(2.6)に代入すると
kL = nπ,
→ kn = (π
L)n, (n = 1, 2, · · ·), (2.8)
En =h2π2
2mL2n2 (2.9)
となる。すなわち、波動関数の境界条件によりエネルギーが離散的な値(discrete values)しかとれないこと、エネルギーが量子化(quantization)される。ここで、数nを量子数(quantum number),最低エネルギー (今の場合、n = 1)をもつ状態を基底状態(ground state),それ以外の状態を励起状態(excited states)という。この系の場合、量子数 n = 0の場合,波動関数がゼロとなり、量子力学的状態としては存在不可能であることに注意する。
規格化条件を考えることにより、波動関数の定数因子を決める。
1 =∫ L
0ψ∗(x)ψ(x)dx
=∫ L
0|A|2 sin2(nπx/L)dx = (|A|2/2)
∫ L
0[1− cos(2nπx/L)]dx,
= |A|2L/2 (2.10)
となる。波動関数の全体にかかる定数の位相因子は確率解釈を含む、物理的な性質に影響を与えないので、A =
√2/Lと選ぶことができる。結局
ψn(x) =
√2
Lsin(
nπx
L), (n = 1, 2, · · ·) (2.11)
sin 型の波動関数が得られる。この関数形より、波動関数の直交性
∫ L
0ψ∗n(x)ψn(x)dx = δnn′ (2.12)
が成立することが分かる。ここで、粒子(例えば電子)が励起状態にあるとき、そ
れより励起状態または基底状態に遷移(脱励起)する場合には光子の形式で外部にエネルギーを放出することが可能になる。
(この事実は、光子は放出前にはどこに存在していたのかと考えると、案外理解しがた
いかもしれない。この疑問は声を出すという現象とそのしくみを想像することで氷解する
だろう。すなわち、声(音)を出す前には声(音)はどこにたまってたのかという疑問を
私たちは多分もたないであろう。声、音というもの振動現象の一つであって、振動に伴う
11
エネルギーはエネルギーの形態の一つであり、音が出ることはエネルギーの一つの形態か
ら別の形態に転換されることであり、その際にエネルギーの総量は厳密に保存されること
が重要である。)
異なるエネルギー準位間 (En′ , En) の遷移の際に放出される光子の波長 λn′nは、光速 c、プランク定数 hを用いると、エネルギー保存則より
En′ − En =ch
λn′n(2.13)
→ λn′n =8cmL2
h(n′2 − n2)
(=
4mcL2
hπ(n′2 − n2)
)(2.14)
2.1.2 量子効果(quantum effects)とその現れ方について
1. 質量mが小さいほど量子化されたエネルギー間隔En+1 − Enも大きくなるので、軽い粒子ほど量子効果が大きい。
2. ポテンシャルの幅 Lが小さいほど、Enもエネルギー間隔En+1 − Enも大きくなる。すなわち、狭いところに閉じ込めるほど量子効果が大きい。
3. プランク定数 hは自然定数なので、自由に変えることはできないが、もしもhが仮に大きい世界があれば、量子効果は、実際測定されているより大きいはずである。逆に、巨視的な世界では hの次元である作用(エネルギーかける時間に対応する物理量(距離かける運動量))の典型的大きさが hに比べてはるかに大きい。したがって、巨視的な世界は hが近似的にゼロとみなしても状況に対応しているといえる。
これら特徴を生かして、応用の事例がある。例えば、ガリウム砒素 (ヒ素)という半導体の中では、電子の質量が実効的に真空中の 10分の 1以下になることがわかっている。したがって、原子よりもかなり大きなサイズの領域に閉じ込めても十分な量子効果がでることになり、「量子効果素子 (量子デバイス)」としてよく使用されている。
2.1.3 物理量の期待値
1. (粒子の)位置演算子 xとその 2乗の期待値波動関数ψn(x)は規格化されているので、位置演算子 xの基底状態における期待値は、部分積分の公式も用いて、次のように計算される。
< x >n=1 =∫ L
0ψ∗n=1(x) · x · ψn=1(x)dx
=2
L
∫ L
0x sin2(
πx
L)dx
12
=2
L
∫ L
0x1− cos(2πx
L)
2dx
=2
L
[x2
4− x
2
L
2πsin(
2πx
L)
]x=L
x=0
+L
4π
∫ L
0sin(
2πx
L)dx
=2
L
L2
4−[L2
8π2cos(
2πx
L)
]x=L
x=0
→< x >n=1 =
L
2. (2.15)
確率密度 ψ∗n=1(x)ψn=1(x)の形が x = L/2を中心に左右対称になっている
ので、得られた結果は予想どおりである。
同様にして、位置演算子 xの 2乗の期待値も次のようになる。
< x2 >n=1 =∫ L
0ψ∗n=1(x) · x2 · ψn=1(x)dx
=2
L
∫ L
0x2 · sin2(
πx
L)dx
→< x2 >n=1 =L2
3− L2
2π2. (2.16)
2. (粒子の)運動量演算子 pxとその 2乗の期待値
< px >n=1 =∫ L
0ψ∗n=1(x) ·
h
i
∂
∂x· ψn=1(x)dx
=2
L
∫ L
0sin(
πx
L) · h
i
π
Lcos(
πx
L)dx
=πh
L2i
∫ L
0sin(
2πx
L)dx
→< px >n=1 = 0. (2.17)
運動量演算子の期待値がゼロになる物理的な理由を調べてみる。基底状態の波動関数をオイラー公式を用いて、
ψn=1(x) =
√2
Lsin(
πx
L)
=1
i√2L
[eiπx/L − e−iπx/L
](2.18)
となり、時間に依存する因子も考慮すれば、進行波と後退波が同じ重みで重ねあわされていることになるので、運動量は平均するとゼロになるのである。
同様に、運動量演算子 pxの 2乗の期待値は
< p2x >n=1 =∫ L
0ψ∗n=1(x) ·
(h
i
∂
∂x
)2
· ψn=1(x)dx
13
=
(πh
L
)2 ∫ L
0ψ∗n=1(x)ψn=1(x)
→< p2x >n=1 =
(πh
L
)2
. (2.19)
3. (粒子の)ハミルトニアン H の期待値無限量子井戸の場合、ハミルトニアン Hは
H = − h2
2m
d2
dx2(2.20)
であるから、基底状態における、その期待値は
< H >n=1 =∫ L
0ψ∗n=1(x) · H · ψn=1(x)dx
=2
L
h2
2m(π
L)2∫ L
0sin2(
πx
L)dx
→< H >n=1 =h2
2m(π
L)2. (2.21)
となる。しかし、シュレーディンガー方程式はハミルトニアンの固有値問題であること、すなわち, Hψn=1(x) = En=1ψn=1(x)であることを用いれば、ハミルトニアン Hの期待値は固有値そのものであることがわかる。
2.1.4 位置と運動量の間の不確定性関係
ある演算子 Aの不確定性∆Aを次式で定義する。
(∆A)2 ≡ < A2 > −(< A >)2. (2.22)
位置の不確定性は式 (2.15),(2.16)を用いて
(∆x)2 = < x2 > −(< x >)2
=(1
12− 1
2π2
)L2
→ ∆x =
√(1
12− 1
2π2
)· L (2.23)
となる。同様に、運動量の不確定性は式 (2.17),(2.19)を用いて
(∆px)2 = < p2x > −(< px >)
2
=(1
12− 1
2π2
)L2
→ ∆px =
(πh
L
)(2.24)
14
となる。従って、位置と運動量の不確定性関係は
∆x ·∆px = π
√1
12− 1
2π2h ≈ h√
3>h
2(2.25)
となる。
2.2 無限井戸型ポテンシャル (2)ー軸対称型ー
無限大井戸型ポテンシャル障壁無限大ポテンシャル障壁は剛体的な壁のモデル的表現である。(実例の提示)
U(x) =
{∞ (|x| ≥ a), (領域 I)
0 (|x| < a), (領域 II).(2.26)
0
V( )
-a a
領域Ⅰ 領域Ⅱ 領域Ⅰ
∞∞
領域 I:ポテンシャルは正値の無限大であるが、とりあえず、有限の正値 U0( > 0)
とする。シュレディンガー方程式より
[− h2
2m
d2
dx2+ U0]ψ(x) = Eψ(x),
→ d2
dx2ψ(x) = −2m
h2(E − U0)ψ(x) ≈
2m
h2U0ψ(x)
→ ψ(x) ∝ exp(±√2m
h2U0x). (2.27)
無限遠方では波動関数は減衰しなければならないので、発散する解exp(√2mU0/h
2x)
は不適となる。減衰する解 exp(−√2mU0/h
2x)は U0 → ∞でゼロとなる。すわわち、無限大ポテンシャル障壁内では波動関数は
ψ(x) = 0 (領域 I), (2.28)
(ゼロ)となる。
15
領域 II:
− h2
2m
d2
dx2ψ(x) = Eψ(x), (E > 0) (2.29)
→ d2
dx2ψ(x) = −k2ψ(x), (2.30)
k ≡√2mE
h2. (2.31)
一般解ψ(x) = A cos(kx) +B sin(kx), (A,B :積分定数). (2.32)
境界条件(による特殊解の決定)
ψ(−a) = 0 → 0 = A cos(ka)−B sin(ka) (2.33)
ψ(a) = 0 → 0 = A cos(ka) +B sin(ka). (2.34)
式 (2.33)と式 (2.34)の両辺を加えると
0 = 2A cos(ka) → A = 0 または cos(ka) = 0 (2.35)
のいずれかになる。したがって次のように場合分けして解を求める。
1. cos(ka) = 0, A = 0の場合
ka =π
2× (奇数) (2.36)
→ kn =π
2a× n, (n :奇数) (2.37)
この場合、sin(ka) = 0となり、式(2.33)より、B = 0となる。
2. A = 0, cos(ka) = 0の場合同様にして
ka =π
2× (偶数) (2.38)
→ kn =π
2a× n, (n :偶数) (2.39)
となる。
エネルギー固有値は、上記の二つの場合の両者に対して同じ表現
En =h2k2n2m
= (π2h2
8ma2)n2 (n = 1, 2, 3, · · ·). (2.40)
を得る。ここで、波動関数の境界条件によりエネルギーが離散的な値 (discrete values)しかとれないこと、エネルギーが量子化されること(quantization)を注意する。数 n
16
を量子数(quantum number),最低エネルギー (n = 1)をもつ状態を基底状態(ground state), それ以外の状態を励起状態(excited states)という。今の場合、(n− 1)は波動関数のゼロ点 (節(node))の数になっている。この系において、量子数 n = 0はとれない。もし、n = 0であれば、波動関数がゼロになるからである。
波動関数とその規格化
ψn(x) =
{An cos(knx) (n = 1, 3, · · ·)Bn sin(knx) (n = 2, 4, · · ·).
(2.41)
= An sin[nπ
2a(x+ a)], (n = 1, 2, 3, · · ·) (2.42)
1 =∫ +a
−aψ∗n(x)ψn(x)dx = A2
n
∫ +a
−asin2[
nπ
2a(x+ a)]dx
= A2na
→ An =1√a
(2.43)
→ ψn(x) =1√asin[
nπ
2a(x+ a)], (n = 1, 2, 3, · · ·). (2.44)
座標の空間反転に対する、波動関数の偶奇性(パリティ、parity)
ψn(x) =
1√acos(knx) (n = 1, 3, · · ·)
1√asin(knx) (n = 2, 4, · · ·).
(2.45)
ψn(−x) = +ψn(x) (n : odd− number(奇数)) :プラスパリティ状態 (2.46)
ψn(−x) = −ψn(x) (n : even− number(偶数)) :マイナスパリティ状態(2.47)
波動関数(固有関数)の規格直交性∫ +a
−aψ∗n(x)ψn′(x)dx = δnn′ (2.48)
演算子の期待値と標準偏差
1. ハミルトニアン Hの場合
Hψn(x) = Enψn(x), (2.49)
< ψn|H|ψn > ≡∫ +a
−a
1√asin[
nπ
2a(x+ a)] · H · 1√
asin[
nπ
2a(x+ a)]dx
= En, (2.50)
< ψn|H2|ψn > = E2n, (2.51)
(∆E)2 = < ψn|H2|ψn > −(< ψn|H|ψn >)2,
= 0. (2.52)
17
今の場合、波動関数がハミルトニアンの固有関数になっているので、エネルギーの標準偏差はゼロで、エネルギーの値は確定していることを意味する。
2. 位置演算子 xの場合
< ψn|x|ψn > ≡∫ +a
−a
1√asin[
nπ
2a(x+ a)] · x · 1√
asin[
nπ
2a(x+ a)]dx
= 0, (奇関数の積分だから。) (2.53)
この結果は座標の原点から左右方向への変位は平等であることを意味していると考えてよい。
< ψn|x2|ψn > ≡∫ +a
−a
1√asin[
nπ
2a(x+ a)] · x2 · 1√
asin[
nπ
2a(x+ a)]dx
= a2(1
3− 2
n2π2), (2.54)
(∆x)2 = < ψn|x2|ψn > −(< ψn|x|ψn >)2,
= a2(1
3− 2
n2π2). (2.55)
この結果は、量子数 nが大きいほど、位置の不確定性は大きくなり、極限で一定値 a/
√3に近づくことを意味している。(備考:この意味は直観的には理
解しがたいが、直観的理解が困難であることは誤りであることを必ずしも意味しない。自然界、人工系を問わず、ポテンシャルの深さまたは高さは有限であると考えてよいので、量子数 nが大きいほど位置の不確定性が大きくなるとか、一定値に近づくことは無限大ポテンシャルが現実の対応物ではないことの反映であると考えてよいであろう。)
3. 運動量演算子 pxの場合
< ψn|px|ψn > ≡∫ +a
−a
1√asin[
nπ
2a(x+ a)] · h
i
d
dx· 1√
asin[
nπ
2a(x+ a)]dx
= 0, (奇関数の積分だから。) (2.56)
この結果は座標の原点から左右方向への運動は平等であることを意味していると考えてよい。
< ψn|p2x|ψn > ≡∫ +a
−a
1√asin[
nπ
2a(x+ a)] · (−h2 d
2
dx2) · 1√
asin[
nπ
2a(x+ a)]dx
=n2π2
a2(h
2)2, (2.57)
(∆px)2 = < ψn|p2x|ψn > −(< ψn|px|ψn >)
2,
=n2π2
a2(h
2)2, (2.58)
18
この結果は、量子数 nが大きいほど、運動量の不確定性が大きくなることを意味している。(備考:量子力学における運動量は、その演算子形に表されているように、波動関数の空間的変動率(勾配)に比例すると解釈してよいであろう。量子数 nが大きいほど、波動関数の空間的変化率は大きくなり、その結果、運動量の不確定性が大きくなると理解できるであろう。)
以上の結果より、不確定性関係は
∆x∆px =
√(n2π2
3− 2) · h
2>h
2, (2.59)
(n2π2
3− 2) ≈ 1.2(for n = 1) (2.60)
となる。この結果は、次のように解釈できる。存在確率の値が1という条件の下で、粒子を空間的に局在させるためには波動関数はより大きな値をとる必要がある。そのため、波動関数の座標についての微分係数は大きくなる。運動量演算子は波動関数の位置座標についての微分係数(空間的変化率)に比例する。したがって、粒子を局在させると運動量が大きくならざるをえなくなる!
3 有限井戸型ポテンシャル系 (1次元)1:左右対称型有限井戸型ポテンシャル障壁
U(x) =
{0 (|x| < a), (領域 I)
U0(> 0) (|x| ≥ a), (領域 II).(3.1)
0
U0
U(r)
a
x
-a
領域Ⅱ領域Ⅰ領域Ⅱ
3.1 束縛状態
束縛状態 (E<= U0)に対するシュレディンガー方程式
[− h2
2m
d2
dx2]ψI(x) = EψI(x) (|x| < a :領域 I), (3.2)
[− h2
2m
d2
dx2+ U0]ψII(x) = EψII(x) (|x| ≥ a :領域 II). (3.3)
19
ここで領域ごとの波数を
k ≡√2mE
h2, (E =
h2k2
2m) γ ≡
√2m(U0 − E)
h2(U0 − E =
h2γ2
2m) (3.4)
と定義すると、シュレディンガー方程式は次の微分方程式
d2
dx2ψI(x) = −k2ψI(x) (|x| < a :領域 I), (3.5)
d2
dx2ψII(x) = γ2ψII(x) (|x| ≥ a :領域 II). (3.6)
となる。これらの微分方程式(3.5,3.6)の一般解
ψI(x) = A1 exp(ikx) + A2 exp(−ikx), (A1, A2 :積分定数) (3.7)
ψII(x) = B1 exp(γx) +B2 exp(−γx), (B1, B2 :積分定数). (3.8)
束縛状態であるための境界条件
lim|x|→∞
|ψII(x)| = 0. (3.9)
境界条件を満たす、領域 IIの解
ψII(x) =
{B1 exp( γx) (x < −a)B2 exp(−γx) (x > a).
(3.10)
ここで、無限井戸型ポテンシャル系との著しい相違点は,ポテンシャルがゼロではない領域 IIにおける波動関数、すなわち存在確率がゼロではないことである! すなわち、粒子がポテンシャル障壁内部に浸透する確率が、距離とともに指数関数的に減衰はするが、ゼロではないということである。波動関数のポテンシャル障壁中への浸入の長さの目安(浸入長)は 1/γ で与えられる。式(3.4)より、エネルギーEが小さいほど浸入長は短くなり、エネルギーがU0に近づくと、浸入長は大きくなる。
さらに、ポテンシャルの壁、x = ±aにおいて、波動関数とその微分係数が連続でなければならないという境界条件から4つの方程式が導出される。ここでは波動関数の偶奇性により状態を分類する。
ψeI,II(−x) = ψe
I,II(x), ψoI,II(−x) = −ψo
I,II(x) (3.11)
1. 偶パリティ状態について (even-parity):ψeI,II(x)
偶パリティ状態は具体的には次のようになる。
ψeI (x) = A cos(kx), (3.12)
ψeII(x) =
{B exp( γx) (x < −a)B exp(−γx) (x > a).
(3.13)
20
ここで境界条件を適用すると
ψeI (a) = ψe
II(a) → A cos(ka) = B exp(−γa), (3.14)
dψeI
dx(a) =
dψeII
dx(a) → −kA sin(ka) = −γB exp(−γa). (3.15)
上の式の両辺の比をとると
γ = k tan(ka) (3.16)
が得られる。(吟味:x = −aにおける境界条件を考えると、ψeI,II(−a) = ψe
I,II(a)
などから上記と同じ結果が得られる。)
2. 奇パリティ状態について (odd-parity):ψoI,II(x)
奇パリティ状態は具体的には次のようになる。
ψoI (x) = A sin(kx), (|x| < a) (3.17)
ψoII(x) =
{−B exp( γx) (x < −a)B exp(−γx) (x > a).
(3.18)
ここで境界条件を適用すると
ψoI (a) = ψo
II(a) → A sin(ka) = −B exp(−γa), (3.19)
dψoI
dx(a) =
dψoII
dx(a) → kA cos(ka) = γB exp(−γa). (3.20)
上の式の両辺の比をとると
γ = − k
tan(ka)(3.21)
が得られる。
解くべき連立方程式は非線形方程式であるので数値的に求めなければならないが、以下のようにグラフを用いた解法により物理的な意味を定性的に考察することも有益である。境界条件(3.21)と式(3.4)の連立方程式を解くために、変数と定数の置き換えを行う。
ak = a
√2mE
h2≡ α, aγ = a
√2m(U0 − E)
h2≡ β, a
√2mU0
h2≡ ξ. (3.22)
1. 偶パリティ状態
α2 + β2 = ξ2, (3.23)
β = α tanα. (3.24)
21
π/2 π 3π/2 2π
β
α
図 1: 偶パリティ状態のグラフ
横軸にα,縦軸に βを選ぶと、求めるべき解は2つのグラフの交点である。式(3.23)は半径 ξの円を表す。式(3.24)のグラフは原点 (0, 0)を通り、αの大きさ π/2の幅で変動を繰り返す周期的な関数である。
すなわち、ξが大きくなれば交点 (束縛状態)の数は増加する。ξがゼロでない限り、必ず交点(束縛状態)がひとつ以上存在することがわかる。そして、n番目の交点におけるαの値αn を用いると量子化されるエネルギーE(+)
n は
E(+)n =
h2α2n
2ma2(3.25)
と求まる。無限井戸型ポテンシャル系の場合と同様に、波動関数の境界条件からエネルギー量子化が実現されることがわかる。
ここで、エネルギーを無限井戸型ポテンシャル系の場合のそれと比較する。無限井戸型ポテンシャルの最低エネルギーは式(2.40)の n = 1の場合で、有限井戸型ポテンシャルの場合の式(3.22)における α = π/2に相当する。しかし、有限井戸型ポテンシャルの場合には上述の円グラフとの最初の交点はα = π/2よりも必ず小さくなり、結果として無限井戸型の場合に比べてエネルギーが下がることになる。これは波動関数がポテンシャル障壁の中に浸透しているために起こる。有限のポテンシャルの障壁においても三角関数型の波動関数はゼロにならず、障壁内の指数関数的に減衰する波動関数と結びつき長いすそを引いている。その結果、波動関数の傾き (微分係数)は小さくなり、微分演算子としての運動量の値は減少してエネルギーが減少することになる!
2. 奇パリティ状態
α2 + β2 = ξ2, (3.26)
β = − α
tanα. (3.27)
22
式(3.27)のグラフは点 (π/2, 0)を通るが原点を通らない。αの幅 π/2で変動を繰り返す周期的なグラフである。
π/2 π 3π/2 2π0
β
α
図 2: 半径 ξ < π/2のとき
π/2 π 3π/2 2π
β
α
図 3: 半径 ξ ≥ π/2のとき
偶パリティ状態の場合と同様に、ξが大きくなれば、交点の数は増加する。しかし、偶パリティ状態の場合との著しい相違は、奇パリティ状態の場合、ξ < π/2のときには、交点(束縛状態)が一つも存在しない。このように束縛状態がひとつも存在しなくなるのは U0の値が小さい(ポテンシャル井戸が浅い)か、ポテンシャル幅(aの値)が小さい場合に起こる。
これは「奇パリティ状態の固有関数が奇関数であることと関係している。奇関数は原点でゼロ値をとるが、ゼロから出発して無限遠境界条件(3.9)を満たすには、ポテンシャルの領域程度の距離(今は 2a)に半波長程度の波が乗らなければならない。」[2] これは次のように考えれば理解される。式(3.22)で定義されているように、ξは「ポテンシャルの強さを表すパラメタであるが、同時に、ギリギリの束縛状態 (E ≈ 0)における波の数の目安にもなっている」[2]。 すなわち、波長 λを用いると
λ
2<= 2a
→ 2π
k<= 4a→ π
2<= ak. (3.28)
ところが、ギリギリの束縛状態 (E ≈ 0)のとき、aγ ≈ ξである。
有限井戸型ポテンシャル系におけるポテンシャルの大きさU0が無限大になる極限を考える。このとき、
aγ ≈ ξ → ∞, (3.29)
ψII(x) → 0. (3.30)
すなわち、ポテンシャル障壁内に存在する確率がゼロになり、無限井戸型ポテンシャル系の結果と一致する。
23
4 有限井戸型ポテンシャル系 (1次元)2:左右非対称型 ∗
左右非対称の有限井戸型ポテンシャル障壁
U(x) =
+∞ (x
<= 0)
−U0(< 0) (0 < x < a), (領域 I)
0 (x ≥ a), (領域 II).(4.1)
0
U0
U(r)
a x
∞
領域Ⅰ 領域Ⅱ
各領域におけるシュレディンガー方程式
[− h2
2m
d2
dx2− U0]ψI(x) = EψI(x), (領域 I) (4.2)
− h2
2m
d2
dx2ψII(x) = EψII(x), (領域 II). (4.3)
E < 0(E = −|E|)となる解 (束縛状態 )を考える。
各領域の波数を次のように導入
k1 ≡√2m(U0 + E)
h2, (U0 + E =
h2k212m
), k2 ≡√2m|E|h2
, (|E| = h2k222m
). (4.4)
シュレディンガー方程式は次のように書き直される:
d2
dx2ψI(x) = −k21ψI(x), (領域 I) (4.5)
d2
dx2ψII(x) = k22|E|ψII(x), (領域 II). (4.6)
一般解は次のように表せる:
ψI(x) = A cos(k1x) +B sin(k1x), (4.7)
ψII(x) = C exp(k2x) +D exp(−k2x). (4.8)
x = 0,∞における境界条件ψ(x = 0) = 0, ψ(x→ ∞) = 0より、A = 0, C = 0となる。さらに x = aにおける境界条件 (波動関数がなめらかに接続する)
ψI(a) = ψII(a),dψI
dx(a) =
dψII
dx(a) (4.9)
より
B sin(k1a) = D exp(−k2a), (4.10)
Bk1 cos(k1a) = −Dk2 exp(−k2a). (4.11)
24
式(4.4),(4.10),(4.11)より
k1a
tan(k1a)= −k2a, (4.12)
(k1a)2 + (k2a)
2 =2ma2U0
h2. (4.13)
(k1a)を x軸に、(k2a)を y軸に選ぶと、条件式(4.13)は半径√2ma2U0/h
2の円である。
π/2 π 3π/2 2π k1a
k2a
0
図 4: 半径 a ·√2mU0/h
2 < π/2
π/2 π 3π/2 2πk1a
k2a
0
図 5: 半径 a ·√2mU0/h
2 ≥ π/2
条件式(4.12)は点 (π/2, 0)を通り、幅 π/2で変動を繰り返す周期的なグラフであ
る。半径√2ma2U0/h
2が大きくなれば交点の数は増加する。√2ma2U0/h
2 < π/2
のときには、交点(束縛状態)が一つも存在しない。このように束縛状態がひとつも存在しなくなるのはU0の値が小さい(ポテンシャル井戸が浅い)か、ポテンシャル幅(aの値)が小さい場合に起こる。
左右非対称型の有限井戸型ポテンシャル系の量子化されたエネルギー準位の問題は、それが中性子ー陽子間の短距離力 (核力)の第一近似になるという意味で、1930年代の原子核物理学において具体的に興味のある問題となった。(現実的な核力の性質は以下に述べるような単純なものではなく、現在でもより深い精緻化のための研究が続けられている。)原子核を構成する陽子と中性子は、2粒子系として重陽子(=陽子+中性子)だけが束縛状態をつくることが知られている。(2陽子系、2中性子系の結合状態は発見されていない!)2粒子系の相対運動は換算質量を 1粒子問題における質量と考えてよいので、重陽子の換算質量 µを質量mに代入する。陽子、中性子の質量を近似的に等しい (Mp ≈Mn ≈ 1.67× 10−27kg)とすると
m =MpMn
Mp +Mn
≈ 0.835× 10−27kg. (4.14)
また、エネルギーEとしては重陽子の結合エネルギー (今の場合には、2.23MeV =
2.23× 106 × 1.60× 10−19joule)を考える。この結合エネルギーの値は原子核のエ
25
ネルギースケールでは小さいものであり、ポテンシャル領域 a = 2.8× 10−15m,h =
1.055× 10−34joule · sを代入すると
k2a =
√2m|E|h2
a ≈ 0.648. (4.15)
k1a/ tan(k1a) = −k2a = −0.648を二つのグラフの交点を求めて(または数値計算により)解くと、k1a = 1.90を得る。これと h2/(2ma2) ≈ 10.6MeVにより
U0 =h2
2ma2[(k1a)
2 + (k2a)2] = 21.4MeV (4.16)
となる。この結果とエネルギーから運動エネルギーKを計算すると
K + (−U0) = E → K = E + U0 = 19.2MeV (4.17)
となり、運動エネルギーとポテンシャルが逆符号でかなり近い値であり、重陽子は弱い結合状態であることがわかる。したがって波動関数はポテンシャル領域でかなり広い範囲で広がっている。 ここで、ゼロ点エネルギーとして不確定性関係に起因するエネルギーの不確定性∆Eを計算する。位置の不確定性∆xとして,
ポテンシャルの働く領域の幅 aを使うことにする。このとき
∆x∆p ≥ h
2(4.18)
→ ∆E ≈ (∆p)2
2m=
h2
8ma2≈ 0.75MeV (4.19)
となる。このように、不確定性関係の結果も用いると、重陽子は非常に弱い結合状態であることがわかる。ここで、核力が約 7%だけ弱いと仮定すれば、ポテンシャルの深さU0が浅くなり、重陽子は束縛状態を保てなくなる。このことは重大な結果を招くことを意味する。すなわち、重陽子は太陽などの核融合反応がゆっくり進行する上で決定的な役割を果たしている。重陽子が安定な結合状態でなければ、太陽の核反応は急速に進行したはずで、地球の生物発生、進化などの条件を一変させることになる!
5 結合井戸型ポテンシャル系 (1次元)∗
2つの井戸型ポテンシャルが近接結合された場合にはどういうことが起こるだろうか。半導体の量子デバイスなどにおいて使用される結合井戸型ポテンシャル の中の質量mの粒子の運動を考える。ここでは粒子のエネルギー Eが 0 < E < U0
の場合を調べる。左右対称の井戸型ポテンシャルの場合と同様に、ポテンシャル(5.1)は左右対称、U(−x) = U(x)だからパリティ(空間反転対称性)は保存される。したがって、プラスパリティ状態とマイナスパリティ状態を別々に議論して
26
U(x) =
∞ (|x| >
= a+ b2)
0 (−a− b2< x < − b
2),
U0(> 0) (− b2
<= x
<= b
2),
0 ( b2< x < a+ b
2),
(5.1)
U( )∞ ∞
U0
-b/2 b/20 a+b/2-a-b/2
領域Ⅰ 領域Ⅲ領域Ⅱ
よい。プラスパリティ状態をψ(+)(x),マイナスパリティ状態をψ(−)(x)とする。すなわち、
ψ(+)(−x) = ψ(+)(x) and ψ(−)(−x) = −ψ(−)(x) (5.2)
まず、各領域におけるシュレディンガー方程式と波動関数の一般解を求める。
1. プラスパリティ状態 (ψ(+)(x))
(a) 領域 1 (−a− b2< x < − b
2)
− h2
2m
d2
dx2ψ
(+)1 (x) = Eψ
(+)1 (x) → d2
dx2ψ
(+)1 (x) = −k2ψ(+)
1 (x),(5.3)
ψ(+)1 (x) = A sin k(x+ β), (A, β :定数), (5.4)
k ≡√2mE
h2. (5.5)
ここで、位置 x = −a− b/2における境界条件より
0 = ψ(+)1 (−a− b
2) → β = a+
b
2, (5.6)
ψ(+)1 (x) = A sin k(x+ a+
b
2). (5.7)
(b) 領域 2 (− b2
<= x
<= b
2)
[− h2
2m
d2
dx2+ U0]ψ
(+)2 (x) = Eψ
(+)2 (x) → d2
dx2ψ
(+)2 (x) = γ2ψ
(+)2 (x),(5.8)
ψ(+)2 (x) = B′eγx + C ′e−γx, (B′, C ′ :定数), (5.9)
γ ≡√2m(U0 − E)
h2. (5.10)
ここで、パリティ保存より
ψ(+)2 (−x) = ψ
(+)2 (x) → C ′ = B′ (5.11)
→ ψ(+)2 (x) = B cosh(γx), (B ≡ 2B′) (5.12)
27
(c) 領域 3 ( b2< x < a+ b
2)
シュレディンガー方程式は
− h2
2m
d2
dx2ψ
(+)3 (x) = Eψ
(+)3 (x). (5.13)
となり、領域1と同じ議論が適用できる。また、左右対称性より
ψ(+)3 (x) = ψ
(+)1 (−x) (5.14)
= A sin(−x+ a+b
2). (5.15)
次に、これらの波動関数の定数を領域 1と 2、領域 2と 3の間の境界条件によって決定する。
ψ(+)1 (− b
2) = ψ
(+)2 (− b
2) → A sin(ka)−B cosh(
bγ
2) = 0. (5.16)
ψ(+)′
1 (− b2) = ψ
(+)′
2 (− b2) → Ak cos(ka) +Bγ sinh(
bγ
2) = 0. (5.17)
ここで、ψ′(x) ≡ dψ(x)/dxである。境界条件式(5.16)、(5.17)は未知の定
数A,Bの連立 1次方程式とみなせる。自明な解A = B = 0以外の物理的に意味のある解が存在するための条件は、この連立方程式の係数から作られる(2× 2)行列の行列式がゼロになることであるから、
0 =
∣∣∣∣∣ sin(ak) − cosh(bγ/2)
k cos(ak) γ sinh(bγ/2)
∣∣∣∣∣→ tan(ak) = −k
γcoth(bγ/2) (5.18)
ここで、cothx ≡ 1/ tanh x = (ex+e−x)/(ex−e−x)である。式(5.18)は非線形方程式であるから、単一の有限井戸型ポテンシャル系の場合と同様に、解は数値的に求める必要がある。しかし、ここでは、この解の物理的な意味を理解するために、定性的な考察を行う。式(5.18)を満たす固有エネルギー(波数)E(+), (k ≡ k(+))を
E(+) ≡h2
2m(k(+))
2 (5.19)
とおく。特に、中央部分のポテンシャルの高さ U0が無限大となる極限を考えてみる。このとき、k/γ → 0となるので、
tan(ak(+)) = 0
→ ak(+) = nπ, (n = ±1,±2, · · ·), (5.20)
→ E(+) =h2
2m(nπ
a)2 (5.21)
が得られる。
28
2. マイナスパリティ状態 (ψ(−)(x))
プラスパリティ状態の解法と同様にして、各領域における波動関数に対する一般解が得られる。
ψ(−)1 (x) = A sin k(x+ a+
b
2), (5.22)
ψ(−)2 (x) = B sinh(γx), (5.23)
ψ(−)3 (x) = −A sin k(−x+ a+
b
2). (5.24)
ここで、定数A,Bを境界条件
ψ(−)1 (−b/2) = ψ
(−)2 → A sin(ka) +B sinh(bγ/2) = 0 (5.25)
ψ′(−)1 (−b/2) = ψ
′(−)2 → Ak cos(ka)−Bγ cosh(bγ/2) = 0 (5.26)
から決める。自明な解A = B = 0以外の、物理的に意味のある解は、係数行列の行列式がゼロであることが必要であるので
0 =
∣∣∣∣∣ sin(ak) sinh(bγ/2)
k cos(ak) −γ cosh(bγ/2)
∣∣∣∣∣→ tan(ak) = −k
γtanh(bγ/2) (5.27)
特に、中央部分のポテンシャルの高さU0が無限大となる極限を考えてみる。このとき、k/γ → 0となるので、
tan(ak(−)) = 0
→ ak(−) = nπ, (n = ±1,±2, · · ·), (5.28)
→ E(−) =h2
2m(nπ
a)2 (5.29)
= E(+) (5.30)
が得られる。すなわち、中央部分のポテンシャルの高さ U0が無限大となる極限では、2つの無限井戸型が含まれていて、単一の有限井戸型ポテンシャル系の結果と整合的で、プラスパリティ状態とマイナスパリティ状態は縮退している。
3. U0が有限であるが、U0 ≫ Eの場合、基底状態はどうなるか。
この場合、bγ ≫ 1, γ ≫ kであると考えてよい。ここで、波数 kの値をU0が無限大の場合の値とそれからの微小なずれ∆kの和で近似し、対応するエネ
29
ルギーのずれを次式で導入する。
k = (nπ
a) + ∆k, (5.31)
∆E ≡ h2
mk∆k. (5.32)
量子数 n = 1を持つ状態の場合に、プラス、マイナスパリティ状態のそれぞれに対して∆k±,∆E
(±)n=1を考えて、式(5.18)、(5.27)より
a∆k+ ≈ −kγcoth(bγ/2), (5.33)
a∆k− ≈ −kγtanh(bγ/2) (5.34)
が得られる。ここで、近似式 (tanx ≈ x for |x| ≪ 1)を用いた。プラスまたはマイナスパリティをもつ基底状態のエネルギーは
E(±)n=1 ≈
h2
2m(π
a)2 +∆E
(±)n=1 (5.35)
と近似される。式(5.32),(5.33), (5.34)を式(5.35)の右辺の第二項に代入すると、
∆E(±)n=1 =
h2k2
2m
2∆k±k
=h2
2m(π
a)22∆k±k
≈ h2
2m(π
a)2 × (− 2
aγ)×
{coth( bγ
2) for(+)
tanh( bγ2) for(−)
(5.36)
となる。ここで、この式に十分小さい y ≡ bγ/2(≫ 1)に対する近似的表現
coth y =cosh y
sinh y=
1 + e−2y
1− e−2y≈ (1 + e−2y)2
≈ 1 + 2e−bγ , (5.37)
tanh x ≈ (1− e−2y)2 ≈ 1− 2e−bγ (5.38)
を用いると,式(5.35)は
E(±)n=1 =
h2
2m(π
a)2{1− 2
aγ∓ 4
aγe−bγ}. (5.39)
ここで、式(5.39)の右辺の各項に含まれる物理的な意味を考察する。
(a) (中括弧の中の)第一項は,量子井戸中央のポテンシャル障壁の高さが無限大、すなわちU0 → ∞の解,すなわち、縮退している解、(E(+)
n=1 = E(−)n=1)
を表す。
30
(b) 第二項は、第一項とは対照的に、中央のポテンシャル障壁の高さU0が有限であることにより、左右のポテンシャル井戸の幅が aから a+ 1/γ
に広がった結果によるエネルギー変化を表す。このことは次のような近似的な式の変形を行えば理解しやすいであろう。
h2
2m(
π
a+ 1γ
)2 =h2
2m(π
a)2(
1
1 + 1aγ
)2 ≈ h2
2m(π
a)2(1− 2
aγ) (5.40)
(c) (参考)第三項のもつ意味は次のように解釈できる。左右から波動関数が侵入し、後述するように、量子トンネル効果が起こる。この結果、プラスパリティ状態とマイナスパリティ状態間に相互作用が発生することに起因するエネルギー変化である。これはトンネル効果における進入確率の大きさが e−bγに比例することからも理解される。
結局、プラスパリティ、マイナスパリティをもつ最低状態のエネルギー差は
E(−)n=1 − E
(+)n=1 ≈
h2
2m(π
a)2 × 8
aγe−bγ (5.41)
となる。このエネルギー差はトンネル効果における進入確率の大きさが e−bγ
に比例し、中央のポテンシャル障壁が無限大に近づくとゼロになることがわかる。
31
6 調和振動子系 (1次元)
6.1 調和振動子の古典力学 (復習)
古典力学における調和振動子系とは弾性定数(またはばね定数)kをもつバネに質量mのおもりがついている場合の微小変位 xの周期的運動を行う系である。その運動方程式は
md2x
dx2= −kx (6.1)
と書ける。通常、次のように変形した微分方程式
d2x
dx2= −ω2x, (ω ≡
√k
m) (6.2)
を考え、その一般解は
x(t) = A cos(ωt+ δ), (A, δ :任意定数) (6.3)
となる。周期 T は T = 2π/ωと表される。このおもりの運動エネルギーKとポテンシャルUは次のように表され,それぞれは周期的に変動するが、その和 (力学的エネルギー)は時間的に一定である。
K(t) =1
2m
(dx
dt
)2
=1
2mA2ω2 sin2(ωt+ δ), (6.4)
U(t) =1
2kx2 =
1
2mω2x2 =
1
2mA2ω2 cos2(ωt+ δ), (6.5)
K(t) + U(t) =1
2mA2ω2. (6.6)
さらに、運動エネルギーKとポテンシャル U の時間平均< K >, < U >は
< K > ≡∫ T0 K(t)dt
T=
1
4mA2ω2, (6.7)
< U > ≡∫ T0 U(t)dt
T=
1
4mA2ω2 (6.8)
と計算され、それぞれ一定値で、かつ力学的エネルギーの値の半分になる。
6.2 1次元調和振動子系の固有値と固有関数
1次元調和振動子系を量子力学で取り扱うとどのようになるか調べてみよう。量子力学における調和振動子系はエネルギーが離散的になる(量子化される)もっとも単純な系の一つである。分子振動、結晶格子の振動、原子核の表面振動、中
32
性子集団と陽子集団の相対的運動などが第一近似として調和振動子と解釈できる。また、電磁場は、無数のお互いに独立な調和振動子の集まりとして取り扱われる。
図の挿入予定
質量mの粒子が強さ kのバネに結ばれて運動しているときのシュレディンガー方程式 [
− h2
2m
d2
dx2+
1
2mω2x2
]ψ(x) = Eψ(x), (mω2 ≡ k). (6.9)
一般解を見出すために、変数変換(無次元化)を行う。
ξ ≡√mω
h· x ≡ αx(=
x
b) (α2 =
mω
h, b =
1
α) (6.10)
λ ≡ 2E
hω. (6.11)
(変数の無次元化のための係数の導入の仕方は上述のように、長さの逆数次元を持つ α と
長さの次元を持つ bを用いる仕方がある。前者は調和振動子の初心者向けには適している。
後者は実際に使用して物理的意味など考える際に好都合である。)
式(6.10),(6.11)を式(6.9) に代入すると
d2ψ(ξ/α)
dξ2+ (λ− ξ2)ψ(ξ/α) = 0. (6.12)
となる。この微分方程式の解としては、波動関数の確率解釈を満たすように、無限遠方で漸近的にゼロになるという強化条件を満たす関数を探すために、次のようにおく。
ψ(x) = ψ(ξ/α) ≡ ϕ(ξ)e−ξ2/2. (6.13)
この表現が妥当であることは, 微分方程式(6.12)の、十分大となる ξに対して発散しない解は e−ξ2/2であること、すなわち
d2e−ξ2/2
dξ2= −e−ξ2/2 + ξ2e−ξ2/2 ≈ ξ2e−ξ2/2 (6.14)
であることを用いれば、理解は容易であろう。逆に、関数 ϕ(ξ)は主として有限のξに対する振る舞いを決めると解釈できる。式 (6.13)を式(6.12)代入すると
d2ϕ(ξ)
dξ2− 2ξ
dϕ(ξ)
dξ+ (λ− 1)ϕ(ξ) = 0. (6.15)
33
この微分方程式は ξを−ξと置き換えても形がかわらないから、偶関数または奇関数のどちらかを選ぶことができる。そこで、変数 ξの級数展開項の和として解を求める。
ϕ(ξ) = ξs(a0 + a1ξ2 + a2ξ
4 + · · ·) =∞∑ν=0
aνξs+2ν , (a0 = 0, s ≥ 0). (6.16)
微分係数などを計算すると
−2ξdϕ(ξ)
dξ= −2a0sξ
s − 2a1(s+ 2)ξs+2 − · · · =∞∑ν=0
(−2)aν(s+ 2ν)ξs+2ν ,
d2ϕ(ξ)
dξ2= a0s(s− 1)ξs−2 + a1(s+ 2)(s+ 1)ξs + a2(s+ 4)(s+ 3)ξs+2 + · · ·
=∞∑ν=0
aν(s+ 2ν)(s+ 2ν − 1)ξs+2ν−2 (6.17)
が得られる。これらを式(6.15)に代入し、任意の次数 νで成立するには次の条件を満たす必要がある。順次
s(s− 1)a0 = 0, (6.18)
(s+ 2)(s+ 1)a1 = (2s+ 1− λ)a0, (6.19)
(s+ 4)(s+ 3)a2 = (2s+ 5− λ)a1, (6.20)
一般に、(s+ 2ν + 2)(s+ 2ν − 1)aν+1 = (2s+ 4ν + 1− λ)aν (6.21)
が得られる。第一番目の式より
s(s− 1) = 0 → s = 0 または s = 1 (6.22)
が得られる。第二番目以下の式から、一般に、aν+1は aνで表される。ここで、上の条件式の係数がどこまで行ってもゼロにならないとすると、νの十分大きいところでは
aν+1
aν=
2s+ 4ν + 1− λ
(s+ 2ν + 2)(s+ 2ν − 1)→ 1
ν(6.23)
となる。すなわち、この場合、ξの十分大きいところでは,ϕ(ξ) ≈ exp(ξ2)となり、波動関数が ψ(x) ≈ exp(ξ2/2)となり、無限遠方で漸近的にゼロになるという境界条件が満たされなくなる。従って、束縛状態となる解であるためには、ある νに対して
λ = 2s+ 4ν + 1 (6.24)
でなければならない。このとき、s = 0の場合、λ = 4ν+1、s = 1の場合、λ = 4ν+3
を得る。両方の場合を含めて、ゼロまたは正整数となる nを用いて
λ = 2n+ 1 (6.25)
34
と表される。このとき、エネルギーは
En = hω(n+1
2), (n = 0, 1, 2, · · ·) (6.26)
と求まる。すなわち、エネルギーとしては離散的なものだけが可能となる。(エネルギー量子化)。特に、古典力学とは異なり、最低エネルギーがゼロではなく、E0 =
hω/2となり、零点エネルギーと呼ばれる。以上のように、無限量子井戸型ポテンシャル系の場合と同様、波動関数の境界条件により、エネルギーの量子化が実現されることに注意する。このように ξの有限のべきで展開された関数はn次のエルミート多項式(Hermite
polynomial)と呼ばれる特殊関数の一種である。式(6.15)は
d2ϕ(ξ)
dξ2− 2ξ
dϕ(ξ)
dξ+ 2nϕ(ξ) = 0. (6.27)
という形に表される n次のエルミート多項式Hn(ξ)の満たす微分方程式となり
ϕ(ξ) = Hn(ξ) (エルミート多項式(Hermite polynomial)) (6.28)
となる。さらに、後述のエルミート多項式の性質を使えば規格直交化された固有関数が次のように求められる。
ψn(x) =1√
2nn!√πb2
Hn
(x
b
)· exp(− x2
2b2), b ≡
√h
mω=
1
α, (6.29)
∫ +∞
−∞ψ∗n(x)ψn′(x)dx = δnn′ . (6.30)
固有エネルギーと固有状態についての結果を図6に示す。有限の量子井戸型ポテンシャル系の波動関数と同様に、図6に示されているように、調和振動子系においても波動関数はポテンシャル障壁の中に浸透する。エルミート多項式には複数の定義があり、具体的に使用するときには注意を要する。
1. Schiff教科書他の定義物理関係ではこの定義が使用されていることが多い。
微分方程式:(d2
dx2− 2x
d
dx+ 2n)Hn(x) = 0, (6.31)
関数表示:Hn(x) = (−1)nex2 dn
dxne−x2
, (6.32)
実例 : H0(x) = 1, (6.33)
H1(x) = 2x, (6.34)
H2(x) = 4x2 − 2, (6.35)
H3(x) = 8x3 − 12x, (6.36)
H4(x) = 16x4 − 48x2 + 12, (6.37)
35
x
10 2E ω= ℏ
31 2E ω= ℏ
52 2E ω= ℏ
⋮
⋮7
3 2E ω= ℏ
2 212
( )U x m xω=
ωℏ
ωℏ
ωℏ0( )xψ
1( )xψ
図 6: 調和振動子ポテンシャルの固有値と波動関数のグラフ。点線円部分は波動関数がポテンシャル内に侵入することを示す。
H5(x) = 32x5 − 160x3 + 120x, (6.38)
漸近公式 : Hn(x) ≈ 2nxn, (asx→ ∞), (6.39)
母関数 : e2tx−t2 =∞∑n=0
Hn(x)tn
n!, (6.40)
漸化式:Hn+1(x) = 2xHn(x)− 2nHn−1(x), (6.41)
d
dxHn(x) = 2nHn−1(x), (6.42)
直交関係:∫ ∞
−∞Hn(x)Hn′(x)e−x2
dx = δnn′ · 2n · n!√π, (6.43)
空間反転性 : Hn(−x) = (−1)nHn(x). (6.44)
2. 岩波公式集 IIIの定義
微分方程式:(d2
dx2− x
d
dx+ n)Hn(x) = 0, (6.45)
関数表示:Hn(x) = (−1)nex2/2 d
n
dxne−x2/2, (6.46)
実例 : H0(x) = 1, (6.47)
H1(x) = x, (6.48)
H2(x) = x2 − 1, (6.49)
H3(x) = x3 − 3x, (6.50)
H4(x) = x4 − 6x2 + 3, (6.51)
H5(x) = x5 − 10x3 + 15x, (6.52)
特別な値 : H2n(0) = (−1)n(2n− 1)!!, (6.53)
H2n+1(0) = 0, (6.54)
H ′2n+1(0) = (−1)n(2n+ 1)!!, (6.55)
36
母関数 : etx−t2/2 =∞∑n=0
Hn(x)tn
n!, (6.56)
漸化式 1:Hn+1(x) = xHn(x)− nHn−1(x), (6.57)
漸化式 2:d
dxHn(x) = nHn−1(x), (6.58)
直交関係:∫ ∞
−∞Hn(x)Hn′(x)e−x2/2dx = δnn′n!
√2π. (6.59)
6.3 1次元調和振動子系の行列要素 ∗
1次元調和振動子系の行列要素を計算する。これらの行列要素は系への外場(電場または磁場)の影響を評価する場合などに必要不可欠である。エルミート多項式より行列要素が計算される。
1. 位置演算子 xの行列要素
xn′n ≡∫ +∞
−∞ψ∗n′(x) · x · ψn(x)dx (=< ψn′ |x|ψn >) (6.60)
=
√
n+12 · 1
αδn′,n+1 =√
n+12 · bδn′,n+1√
n2 · 1
αδn′,n−1 =√
n2 · bδn′,n−1
0 otherwise
(6.61)
x2n′n ≡∫ +∞
−∞ψ∗n′(x) · x2 · ψn(x)dx (=< ψn′ |x2|ψn >) (6.62)
=
√(n+1)(n+2)
2 · 1α2 δn′,n+2 =
√(n+1)(n+2)
2 · b2δn′,n+22n+1
2 · 1α2 δn′,n = 2n+1
2 · b2δn′,n√n(n−1)
2 · 1α2 δn′,n−2 =
√n(n−1)
2 · b2δn′,n−2
0 otherwise
(6.63)
2. 運動量演算子 pxの行列要素
(px)n′n ≡∫ +∞
−∞ψ∗n′(x) ·
h
i
d
dx· ψn(x)dx (=< ψn′ |px|ψn >) (6.64)
=
− h
i
√n+12 · αδn′,n+1 = − h
i
√n+12 · 1
b δn′,n+1
hi
√n2 · αδn′,n−1 =
hi
√n2 · 1
b δn′,n−1
0 otherwise
(6.65)
(px)2n′n ≡
∫ +∞
−∞ψ∗n′(x) · (
h
i
d
dx)2 · ψn(x)dx (=< ψn′ |p2x|ψn >) (6.66)
=
−√
(n+1)(n+2)
2 · h2α2δn′,n+2 = −√
(n+1)(n+2)
2 · h2
b2δn′,n+2
(2n+1)2 h2α2δnn′ = (2n+1)
2 · h2
b2δnn′
−√
n(n+1)
2 · h2α2δn′,n−2 = −√
n(n+1)
2 · h2
b2δn′,n−2
0 otherwise
(6.67)
37
以上の式において、両辺の次元がひとしくなっていることに注意せよ。(波動関数の絶対値の座標についての積分は確率を表すから無次元である。)さらに、次の性質も調和振動子に特有であり、
< ψn′ | p2x
2m|ψn > = < ψn′ |1
2mω2x2|ψn >=
1
2(n+
1
2)hω δn′,n, (6.68)
< ψn′ |[ p2x
2m+
1
2mω2x2]|ψn > = (n+
1
2)hω δn′,n, (6.69)
古典力学(ニュートン力学)において、運動エネルギーの時間平均とポテンシャルの時間平均のそれぞれが力学的エネルギーの半分に等しいことに対応している。
6.4 1次元調和振動子系における不確定性関係 ∗
1次元調和振動子系における不確定性関係の計算のために、必要な行列要素を与えておく。
xnn = 0, (6.70)
(x2)nn =2n+ 1
2b2, (6.71)
(px)nn = 0, (6.72)
(p2x)nn = (2n+ 1)× (2m)× hω
4, (6.73)
(∆x)2n = (x2)nn − (xnn)2, (6.74)
(∆px)2n = (p2x)nn − (px)
2nn, (6.75)
→ (∆x ∆px)n = (2n+ 1)h
2. (6.76)
最後の関係式より、調和振動子の基底状態 (n = 0)は最少不確定状態であることに注意しよう。
6.5 1次元調和振動子系の別解法 (生成・消滅演算子の方法)∗
調和振動子系の別解法を考える。この解法は 2次元、3次元の場合に容易に拡張できて、調和振動子の別解法としてだけではなく、フォノン(音量子)、超伝導におけるボゴリューボフ変換、外部磁場の下の 2次元電子系の運動、量子ドットにおける閉じ込めポテンシャルの解法、原子系におけるボーズ・アインシュタイン凝縮、原子核における表面振動、場の量子論の導入などに応用される。
1次元調和振動子のハミルトニアンは
H =p2x2m
+mω2
2x2 (6.77)
と表される。ここで、次式で定義される無次元の演算子 a, a†を導入する。
a ≡√mω
2hx+ i
1√2mωh
px] =α√2x+
1√2α
d
dx, (6.78)
a† ≡√mω
2hx− i
1√2mωh
px =α√2x− 1√
2α
d
dx. (6.79)
38
この逆の表現(逆変換)は次のようになる。
x =
√h
2mω(a† + a) =
1√2α
(a† + a), (6.80)
px = i
√mωh
2(a† − a) = i
hα√2(a† − a). (6.81)
ここで演算子の組(正準共役演算子)x, pxは交換関係
[x, px] = ih, [x, x] = [px, px] = 0. (6.82)
が成立するので、演算子 a, a†は次の交換関係を満たすことがわかる。
[a, a†] = 1, (6.83)
[a, a] = [a†, a†] = 0. (6.84)
演算子 a†, aは,後述される理由により、それぞれ生成演算子、消滅演算子または上昇演算子 (raising operator),下降演算子(lowering operator)と呼ばれる。調和振動子ハミルトニアン(6.77)に式(6.82)を代入し、交換関係(6.83), (6.84)を用いると
H =−1
2m
mωh
2(a† − a)2 +
mω2
2
h
2mω(a† + a)2
=hω
2
(a†a+ aa†
)= hω(a†a+
1
2) (6.85)
が得られる。さらに、同様にして、次の有用な関係式も得られる。[H, a†
]= hωa†, (6.86)[
H, a]
= (−hω)a. (6.87)
これらの性質(関係式)は、運動方程式の方法と呼ばれる方法に使用される。式 (6.86)の意味を調べるために,両辺に n番目の固有状態 (波動関数)ψnをかけて,まず左辺を計算すると
[H, a†]ψn = (Ha† − a†H)ψn
= {H − hω
(n+
1
2
)}ψn (6.88)
となる。ここで,Hψn = hω(n+ 1/2)ψnを用いた。右辺も考慮して,式を整理すると
H(a†ψn) = hω
(n+ 1 +
1
2
)(a†ψn) (6.89)
が得られる.すなわち,状態 (a†ψn)は H の,固有値 hω(n+ 1 + 1/2) に属する固有状態ψn+1に比例する。同様に、式 (6.87)より
H(aψn) = hω
(n− 1 +
1
2
)(aψn) (6.90)
39
⋮
⋮
ɵ ɵ†
a aɵ†
a
ɵ†
a
ɵ†
a
ɵ†
a
ɵa
ɵa
ɵa
nψ
1nψ −
1nψ +
0ψ
図 7: 調和振動子ポテンシャルの生成 (消滅)演算子。
が得られ、状態 (aψn)は H の,固有値 hω(n− 1 + 1/2) に属する固有状態 ψn−1に比例する。以上のような性質があるため、図 7に示すように、a†(a)は生成 (消滅)演算子と呼ばれる。状態関数を ψ、エネルギーをEとして、調和振動子のシュレディンガー方程式
hω(a†a+1
2)ψ = Eψ (6.91)
を考える。さらに、演算子 a†aの固有値を kn,固有関数を unとすると、
(a†a)un = knun. (6.92)
さらに、固有関数が直交規格化されているとする:∫ +∞
−∞u∗n(x)un′(x)dx = δnn′ . (6.93)
これらの関係式を用いると
kn =
∫ +∞
−∞(aun(x))
∗(aun(x))dx
=
∫ +∞
−∞|aun(x)|2dx ≥ 0. (6.94)
すなわち、演算子 a†aの固有値はゼロまたは正値であることがわかる。次に、演算子 a†, aの間の交換関係を用いると
a†a(a†un) = a†(aa†un) = a†(a†a+ 1)un = (kn + 1)(a†un), (6.95)
a†a(aun) = (aa† − 1)(aun) = a(a†a− 1)un = (kn − 1)(aun) (6.96)
が得られる。これらの関係式は、状態関数 a†un(aun)は演算子 a†aの固有関数で、その固
有値は kn+1(kn−1)であること、を意味する。同様にして、状態関数(a†)m
un ((a)mun)
40
に対してこれらの演算をm回続ければ、演算子 a†aの固有値は kn +m(kn −m)となる。さらに、a†a の固有値はゼロか正数であることから、
au0 = 0 (6.97)
となる、すなわち、kn=0 = 0が導ける。結局、ハミルトニアン演算子 hω(a†a+1/2)の固有値は
En = hω(n+1
2), (n = 0, 1, 2, · · ·) (6.98)
と与えられる。また、以上の議論より、演算子 a†aは粒子数演算子 n
n = a†a (6.99)
と解釈できる。この方法で、1次元調和振動子ハミルトニアンの固有関数がエルミート多項式になるこ
とを導出できる。まず、式(6.97)より(x+
h
mω
d
dx
)u0(x) = 0
→ u0(x) = N0 exp
(−mωx
2
2h
)
= N0 exp
(−α
2x2
2
). (6.100)
ここで、規格化定数N0は先述の解法における、一般の規格化定数定数Nn において、n = 0とおいたものである。
N0 =
√mω
πh=
√α
π, α =
√mω
h. (6.101)
エルミート演算子の定義を (n− 1)の場合に対して使うと
∫ ∞
−∞
[a†un−1(x)
]∗ [a†un−1(x)
]dx =
∫ ∞
−∞u∗n−1(x)aa
†un−1(x)dx
=
∫ ∞
−∞u∗n−1(x)(a
†a+ 1)un−1(x)dx
= n. (6.102)
結局、規格化された波動関数として
un(x) =1√n!
(a†)nu0(x) (6.103)
が得られる。後の計算を容易にするために、演算子 a, a†を定数 αを用いて
a =1√2α
(d
dx+ α2x
)a† = − 1√
2α
(d
dx− α2x
)(6.104)
41
と書きなおす。任意の関数 f(x)に演算子 a†を作用させると
a†f(x) = − 1√2α
(d
dx− α2x
)f(x)
= − 1√2α
exp(α2x2
2)d
dx[exp(−α
2x2
2)f(x)] (6.105)
が得られる。この結果を用いると
un(x) =1√n!(a†)n−1
(− 1√
2α
)exp(
α2x2
2)d
dx
[exp(−α
2x2
2)u0(x)
]
=N0√n!(a†)n−2
(− 1√
2α
)2
exp(α2x2
2)d
dx[d
dxexp(−α2x2)]
= [α√π2nn!
]1/2(−1)n exp(α2x2)[dn
d(αx)nexp(−α2x2)] exp(−α
2x2
2)
= Nn ·Hn(αx) exp(−α2x2
2) (6.106)
となる。ここでHnはエルミート多項式である。次に重要な性質を導出する。まず規格化定数 Cnを次式で定義する。
Cn ≡ 1√n!. (6.107)
ここでaun+1(x) = Cn+1a(a
†)n+1u0(x) (6.108)
とディラックのブラケット表示を用いて
⟨un|a|un+1⟩ = CnCn+1⟨u0|an+1(a†)n+1|u0⟩
=1√n!
1√(n+ 1)!
(n+ 1)!
→ ⟨un|a|un+1⟩ =√n+ 1, (6.109)
→ ⟨un+1|a†|un⟩ =√n+ 1. (6.110)
この結果より
a|un⟩ =√n|un−1⟩, (6.111)
a†|un⟩ =√n+ 1|un+1⟩, (n = 0, 1, 2, · · ·). (6.112)
ここで、生成・消滅演算子を用いて、位置座標演算子、運動量演算子の行列要素を計算してみる。式(6.10), (6.80)と(6.81)を用いると、位置演算子と運動量演算子は
x =1√2α
(a† + a), (6.113)
px = ihα√2(a† − a) (6.114)
42
と表される。さらに、式( 6.109), ( 6.110) と(6.103)を用いると
⟨un|x|un′⟩ =1√2α
[⟨un|a†|un′
⟩+ ⟨un|a|un′⟩
]]
=1√2α
[δn,n′+1
√n+ δn,n′−1
√n+ 1
]=
1√2α
[δn,n′+1
√n′ + 1 + δn,n′−1
√n′]
(6.115)
が得られる。ここで、調和振動子の位置演算子の行列表現において、対角行列要はゼロであることに注意する。同様にして、
⟨un|px|un′⟩ =iα√2α
[⟨un|a†|un′
⟩− ⟨un|a|un′⟩
]
=iα√2α
[δn,n′+1
√n− δn,n′−1
√n+ 1
]=
iα√2α
[δn,n′+1
√n′ + 1− δn,n′−1
√n′]
(6.116)
が得られる。さらに、位置演算子、運動量演算子の二乗の行列要素を求める。まず⟨
un|x2|un′
⟩=
1
2α2
[⟨un|a†a†|un′
⟩+⟨un|2aa† − 1|un′
⟩+ ⟨un|aa|un′⟩
], (6.117)⟨
un|p2x|un′
⟩= − h
2α2
2
[⟨un|a†a†|un′
⟩−⟨un|2aa† + 1|un′
⟩+ ⟨un|aa|un′⟩
](6.118)
と表されることに注意する。ここで、交換関係(6.83)を用いた。演算子 a†a†,aa,aa†の行列要素が ⟨
un|a†a†|un′
⟩=√(n′ + 2)(n′ + 1)δn,n′+2 =
√n(n− 1)δn,n′+2, (6.119)
⟨un|aa|un′⟩ =√n′(n′ − 1)δn,n′−2 =
√(n+ 1)(n+ 2)δn,n′−2, (6.120)⟨
un|a†a|un′
⟩= (n+ 1)δn,n′ (6.121)
と計算される。これらの結果を用いると
⟨un|x2|un′
⟩=
[√(n′ + 2)(n′ + 1)δn,n′+2 + (2n+ 1)δn,n′ +
√n′(n′ − 1)δn,n′−2
]2α2
, (6.122)⟨un|p2x|un′
⟩=
−h2α2
2
[√(n′ + 2)(n′ + 1)δn,n′+2 − (2n+ 1)δn,n′ +
√n′(n′ − 1)δn,n′−2
],
(6.123)
が得られ,生成消滅演算子を用いない、通常の方法で導出された式(6.63)と(6.65)に一致することがわかる。式(6.122)と(6.123)より、性質(6.69)が得られることに注意する。位置と運動量の間の不確定性関係は、位置演算子と運動量演算子の対角行列要素がゼロ
であることに注意すると、
43
∆x ·∆px ≡√⟨un|x2|un⟩ − ⟨un|x|un⟩2
√⟨un|p2x|un⟩ − ⟨un|px|un⟩
2
=√⟨un|x2|un⟩
√⟨un|p2x|un⟩
= (2n+ 1)h
2(n = 0, 1, 2, · · ·) (6.124)
と求められ, 式(6.76)と一致する。
44
7 量子反射と量子トンネル効果トンネル効果は、α崩壊の理論(G.ガモフ)、トンネルデバイス(Esaki diode) 、電界
をかけた金属からの熱電子放出、超伝導におけるジョセフソン効果、トンネル効果により低温でも起こる化学反応、トンネル効果により低温でも起こる核融合反応、走査型トンネル顕微鏡の原理トンネル効果による宇宙の「創成」(=一種の状態変化)(仮説)など多数の例に見られる。
7.1 階段型ポテンシャル障壁による量子反射
7.1.1 量子反射(階段型障壁)1) ポテンシャル障壁よりも低いエネルギー入射(0 < E < V0)の場合の量子反射
次のような一次元の階段型ポテンシャル障壁に左側から、エネルギー E の粒子(質量m)が進行する。エネルギーEがその障壁 V0よりも低い(0 < E < V0)場合以下の問に答えよ。ただし、プランク定数を h ≡ h
2π とする。
V (x) =
{0 (x
<= 0)
V0 (x > 0)(7.1)
1. 領域 I(x<= 0),領域 II(x > 0)ごとにシュレディンガー方程式を立てて、一般解を
記せ。
2. 波動関数についての境界条件より、特殊解の積分定数の比を求めよ。
3. 反射率R、透過率 T およびそれらの和を計算せよ。
4. 0 < E < V0の場合には、古典物理学的には禁止される領域 II(x > 0)に浸透できる確率が存在するどうか述べよ。
(解答例)
1. シュレディンガー方程式と一般解
− h2
2m
d2
dx2ψI = EψI . (7.2)
→ d2
dx2ψI = −k2ψI , k ≡
√2mE
h2 (k : 波数) (7.3)
ψI(x) = Aeikx +Be−ikx. (7.4)
− h2
2m
d2
dx2ψII + V0ψII = EψII (7.5)
→ d2
dx2ψII = γ2ψII , γ ≡
√2m(V0 − E)
h2 (7.6)
ψII(x) = Ce−γx(eγx:不適) (7.7)
(ここで積分定数は一般には複素数であることに注意する。)
45
2. 境界条件より
ψI(0) = ψII(0) → A+B = C (7.8)
ψ′I(0) = ψ′
II(0) → ik(A−B) = −γC (7.9)
B
A=ik + γ
ik − γ,C
A=
2ik
ik − γ(7.10)
(7.11)
3. 確率の流れ密度 (添え字は、それぞれ、inc入射波,ref反射波,trans透過波の意味。)
Jinc =h
2mi[(Aeikx)∗
∂
∂x(Aeikx)− (Aeikx)
∂
∂x(Aeikx)∗] =
hk
m|A|2. (7.12)
Jref =h
2mi[(Be−ikx)∗
∂
∂x(Be−ikx)− (Be−ikx)
∂
∂x(Be−ikx)∗] = − hk
m|B|2. (7.13)
R ≡ −SrefSinc
= |BA|2 = γ2 + k2
(−γ)2 + k2= 1 (7.14)
Jtrans =h
2mi[(Ce−γx)∗
∂
∂x(Ce−γx)− (Ce−γx)
∂
∂x(Ce−γx)∗] =
=h
2mi
[(C∗e−γx)C · (−γ)e−γx − Ce−γxC∗(−γ)e−γx]
=h
2mi|C|2γ(−e−2γx + e−2γx) = 0. (7.15)
T ≡ JtransJinc
= 0. (7.16)
R+ T = 1.0. (7.17)
4. 前問の結果より、反射率R = 1となり、全反射する。しかし、古典的粒子描像とは異なり、障壁内部の存在確率密度は |ψII(x) = |C|e−γx となり、部分的に浸透する確率がある。ポテンシャル障壁内部で粒子の存在確率がゼロではないが、確率流れ密度はなく、x軸の負の方向から入った波は壁で全てはねかえされる。このような結果が得られるのは波が時間に無関係にずっと定常的に入ってくるからである。[4]
また、浸透距離の目安は 1/γであり、1/√V0 − Eに比例する。したがって、ポテン
シャル障壁が入射エネルギーに比べて充分高い、すなわち壁が”硬い”と粒子が壁内に浸透する確率はゼロとなり、巨視的な世界における経験と矛盾しない。一方、入射エネルギーがポテンシャル障壁に近づけば、侵入の度合いは徐々に深くなっていく。これはポテンシャル障壁が有限の幅であれば、その障壁の向こう側に到達する可能性を示唆するとも言える。
7.1.2 量子反射(階段型障壁)2) ポテンシャル障壁よりも高いエネルギー入射(E > V0)の場合の量子反射
次のような一次元の階段型ポテンシャル障壁に左側から、エネルギー E の粒子(質量m)が進入する。エネルギーEがその障壁 V0よりも高い(E > V0)の場合以下の問に答えよ。ただし、プランク定数を h ≡ h
2π とする。
V (x) =
{0 (x
<= 0)
V0 (x > 0)
46
1. 領域 I(x <= 0),領域 II(x > 0)ごとにシュレディンガー方程式とその一般解を記せ。
2. 波動関数についての境界条件より、特殊解の積分定数の比を求めよ。
3. 反射率R、透過率 T、およびそれらの和を計算せよ。
4. E > V0の場合には、古典物理学的な粒子は領域 I(x<= 0)には反射されないはずで
あるが、今の場合にはどうだろうか。
] (解答例)
1. シュレディンガー方程式と一般解
− h2
2m
d2
dx2ψI = EψI . (7.18)
→ d2
dx2ψI = −k2ψI , k ≡
√2mE
h2 (k : 波数) (7.19)
ψI(x) = Aeikx +Be−ikx. (7.20)
− h2
2m
d2
dx2ψII + V0ψII = EψII (7.21)
→ d2
dx2ψII = −k′2ψII , k
′ ≡
√2m(E − V0)
h2 (7.22)
ψII(x) = Ceik′x(e−ik′x:後退波) (7.23)
(ここで積分定数は一般には複素数であることに注意する。)
2. 境界条件より
ψI(0) = ψII(0) → A+B = C (7.24)
ψ′I(0) = ψ′
II(0) → ik(A−B) = ik′C (7.25)
B
A=k − k′
k + k′,C
A=
2k
k + k′(7.26)
(7.27)
3. 確率の流れ密度 (inc入射,ref反射,trans透過)
Jinc =h
2mi[(Aeikx)∗
∂
∂x(Aeikx)− (Aeikx)
∂
∂x(Aeikx)∗] =
hk
m|A|2. (7.28)
Jref =h
2mi[(Be−ikx)∗
∂
∂x(Be−ikx)− (Be−ikx)
∂
∂x(Be−ikx)∗] = − hk
m|B|2. (7.29)
R ≡ −JrefJinc
= |BA|2 = (
k − k′
k + k′)2 (7.30)
Jtrans =h
2mi[(Ceik
′x)∗∂
∂x(Ceik
′x)− (Ceik′x)
∂
∂x(Ceik
′x)∗] =hk′
m|C|2. (7.31)
T ≡ JtransJinc
=k′
k|CA|2 = 4kk′
(k + k′)2. (7.32)
R+ T = 1.0. (7.33)
4. 前問の結果より、反射率R < 1となり、古典的粒子描像とは異なり、部分的に反射する。対応して、透過率 T < 1となり、透過率も 1.0より減少する。
47
7.2 矩形ポテンシャル障壁における量子トンネル効果
次式で与えられる幅 d、「高さ」U0 の矩形ポテンシャル障壁に左側から右側に進行する粒子の運動を量子力学的に取り扱うとどのようなことがおこるか考えてみよう。
U(x) =
0 (x < 0) 領域 I
U0 (> 0) (0<= x
<= d) 領域 II
0 (x > 0) 領域 III
(7.34)
(図の挿入予定!!)
7.2.1 0 < E < U0 の場合
各領域ごとの定常状態の波動関数をそれぞれψII(x), ψII(x), ψIII(x)とすれば、シュレディンガー方程式は次のようになる。
1. 領域 I
− h2
2m
d2
dx2ψI = EψI . (7.35)
→ d2
dx2ψI = −k2ψI , k ≡
√2mE
h2 (k : 波数) (7.36)
2. 領域 II
− h2
2m
d2
dx2ψII + U0ψII = EψII (7.37)
→ d2
dx2ψII = γ2ψII , γ ≡
√2m(U0 − E)
h2. (7.38)
3. 領域 III
− h2
2m
d2
dx2ψIII = EψIII . (7.39)
→ d2
dx2ψIII = −k2ψIII , k ≡
√2mE
h2 (k : 波数) (7.40)
設定された条件より、領域 Iにおいては入射波と反射波の両方が可能であるが、領域 IIIにおいては進行波のみ可能である。さらに、領域 IIにおいてはポテンシャル障壁内で有限に留まる解であればよい。これらのことを考慮すると , 適当な積分定数 A,B,C,D, F を用いて一般解は次のように表すことができる。
ψI(x) = Aeikx +Be−ikx, (7.41)
ψII(x) = Ceγx +De−γx, (7.42)
ψIII(x) = F eikx. (7.43)
48
(ここで積分定数は一般には複素数であることに注意する。)領域間の境界において波動関数はなめらかに接続しなければならない ので、次の諸関
係を満たす必要がある。
ψI(0) = ψII(0) → A+B = C +D, (7.44)
d
dxψI(0) =
d
dxψII(0) → ik(A−B) = γ(C −D), (7.45)
ψII(d) = ψIII(d) → Ceγd +De−γd = F eikd, (7.46)
d
dxψII(d) =
d
dxψIII(d) → γ(Ceγd −De−γd) = ikF eikd. (7.47)
ここで、決定するべき未知定数は 5つで、条件式は 4つであるから、すべてを決めることはできない。通常は入射波の強度Aに相対的な値 (B/A,C/A,D/A,F/A)を決める。式(7.46)より
F = e−ikd(eγdC + e−γdD). (7.48)
ここで式(7.47)を式(7.46)で割って整理すると
D = (γ − ik
γ + ik)e2γdC. (7.49)
式(7.49)を式(7.48)に代入すると
F = e−ikdeγd(2γ
γ + ik)C (7.50)
が得られる。式(7.45)を(A−B) =
γ
ik(C −D) (7.51)
と書き直す。式(7.44)と式(7.51)より、整理すると
C =2ik(γ + ik)A
[(γ + ik)2 − (γ − ik)2e2γd](7.52)
が得られる。この式(7.52)を式(7.50)に代入すると
F
A=
4ikγe−ikd
[(γ + ik)2e−γd − (γ − ik)2eγd](7.53)
が得られる。 次に、入射波 (ψinc ≡ Aeikx)の確率流れ密度 Jincを計算する。確率流れ密度の定義より
Jinc ≡ h
2mi[ψ∗
inc
dψinc
dx− ψinc
dψ∗inc
dx] =
h
2mi[A∗e−ikx · ik ·Aeikx −Aeikx · (−ik)A∗e−ikx]
=hk
m|A|2. (7.54)
ここで、確率流れ密度は領域ごとの波動関数についてではなく、入射波、反射波、または進行波、後退波について考えることを注意する。同様に、進行波 (transitional wave)ψtrans =F eikxについても確率流れ密度 Jtransを計算する。
Jtrans ≡ h
2mi[ψ∗
trans
dψtrans
dx− ψtrans
dψ∗trans
dx]
=hk
m|F |2. (7.55)
49
以上の確率流れ密度を用いて、透過率 (貫通率)T を計算する。
T ≡ JtransJinc
=|F |2
|A|2=
16γ2k2
(γ2 + k2)2[e2γd − 2 + e−2γd] + 16γ2k2
→ T =1
1 +(γ2+k2
2γk
)2sinh2(γd)
=1
1 +U20
4E(U0−E) sinh2(√
2m(U0−E)
h2 d)= 0. (7.56)
ここで式 (7.53)を用いた。古典力学においては、ポテンシャル障壁の透過は不可能であるが、量子力学においては 0 < E < U0の場合にも透過する確率がゼロではないことをトンネル効果(tunneling effect)という。次に、反射率を計算する。式(7.44)と式(7.45)との差を考えると
2B = C +D − γ
ik(C −D) = (1− γ
ik)C + (1 +
γ
ik)D
→ B = (ik − γ
2ik)(1− e2γd)C. (7.57)
ここで、式(7.49)を用いた。式 (7.52)と(7.57)より
B
A=
(k2 + γ2)(eγd − e−γd)
[(γ + ik)2e−γd − (γ − ik)2eγd]. (7.58)
ここで、反射波(reflecting wave)ψrefl = Be−ikxについての確率流れ密度 Jreflを計算する。
Jrefl ≡ h
2mi[ψ∗
refl
dψrefl
dx− ψrefl
dψ∗refl
dx] = − hk
m|B|2. (7.59)
反射率Rを次式で定義し、具体的な計算の便利さのためにいくつかの表現を与える。
R ≡ −JreflJinc
=|B|2
|A|2=
(γ2 + k2)2[e2γd − 2 + e−2γd]
(γ2 + k2)2[e2γd − 2 + e−2γd] + 16γ2k2
→ R =
(γ2+k2
2γk
)2sinh2(γd)
1 +(γ2+k2
2γk
)2sinh2(γd)
=
U20
4E(U0−E) sinh2(√
2m(U0−E)
h2 d)
1 +U20
4E(U0−E) sinh2(√
2m(U0−E)
h2 d). (7.60)
以上よりT +R = 1 (7.61)
という関係が得られ、ポテンシャル障壁の境界において確率が保存されていることがわかる。
近似的な考察
1. ポテンシャル障壁が十分弱い場合:γd≪ 1
sinh2 x = (ex − e−x
2)2 =
e2x + e−2x − 2
4≈ x2 (テーラー展開をゼロにならない次数で近似) for x≪ 1.(7.62)
50
透過率 T の式の分母の計算
U20
4E(U0 − E)sinh2(
√2m(U0 − E)
h2d) ≈ U2
0
4E(U0 − E)(2m(U0 − E)
h2d2)
=mU2
0d2
2Eh2
→ T ≈ 1
1 +mU2
0 d2
2Eh2
. (7.63)
2. ポテンシャル障壁が十分強い場合:γd≫ 1
sinh2 x = (ex − e−x
2)2 =
e2x + e−2x − 2
4
≈ e2x
4≫ 1 (テーラー展開をゼロにならない次数で近似) for x≫ 1.(7.64)
透過率 T の計算
T ≈ 1
1 +U20
4E(U0−E)e2γd
4
≈ 16E(U0 − E)
U20
e−2γd
≈ 16k2γ2
(k2 + γ2)2· e−2γd (7.65)
最終の式の第一因子は x = 0における反射の効果を表し、第二因子はポテンシャル障壁内での波動関数の減衰を表す。ここで、透過率 T の値は障壁の厚さ dと”波数”γに非常に敏感であることを注意する。透過率のこの性質を利用した装置として走査型トンネル顕微鏡がある。走査型トンネル顕微鏡の先端の針が物質表面の状態に敏感に対応したトンネル電流の強弱を生じるのである。
さらに、γ2dは入射エネルギーより上のポテンシャル障壁の (ある意味での)”面積”に比例していることは次のように理解できるであろう。すなわち、入射エルギーが大きいほど”面積”が小さくなり、透過しやすくなる。逆に、入射エルギーが 小さいほど”面積”が大きくなり、透過しにくくなる。また、γは質量の平方に比例しているので、軽い粒子ほど透過しやすくなる。
各領域における確率密度の計算
1. 領域 I:
|ψI|2 = (Aeikx +Be−ikx)(A∗e−ikx +B∗eikx)
= |A|2 + |B|2 +A∗Be−2ikx +AB∗e2ikx
= |A|2{1 + |BA|2 + (
B
A+A∗
B∗ ) cos(2kx) + i(B
A− A∗
B∗ ) sin(2kx)}(7.66)
この式において、確率密度の空間的変化は一定の値の上に三角関数型の周期的変動が加わっていることがわかる。
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2. 領域 II:
|ψII|2 = (Ceγx +De−γx)(C∗eγx +D∗e−γx)
= |C|2e2γx + |D|2e−2γx + C∗D + CD∗. (7.67)
領域 IIにおける確率密度の位置変化は指数関数的減衰と指数関数的増加の重ね合わせである。
3. 領域 III|ψII|2 = |F eikx|2 = |F |2. (7.68)
領域 IIIにおける確率密度は一定値となる。
7.2.2 E > U0の場合
この場合、領域 I,IIIは 0 < E < U0の場合と同じであるが、領域 IIにおけるシュレディンガー方程式は
[− h2
2m
d2
dx2+ U0]ψII = EψII . (7.69)
→ d2
dx2ψII = −(k′)2ψII , k
′ ≡
√2m(E − U0)
h2 (k′ : 波数) (7.70)
となる。この結果は、0 < E < U0の場合の領域 IIにおける波数 (に相当する量)γを次のように置き換えれば、E ≥ U0の場合にも同じように議論できることを意味する。
γ → −ik′, [ sinh(−ik′) = −i sin k′ ]. (7.71)
透過率 T は
T =1
1 +(k2−(k′)2
2k′k
)2sin2(k′d)
=1
1 +U20
4E(E−U0)sin2(
√2m(E−U0)
h2 d)= 0 (7.72)
となる。また、反射率Rは
R =
(k2
−2ikk′
)2(−) sin2(k′d)
1 +(k2−(k′)2
−2ikk′
)2(−) sin2(k′d)
=
U20
4E(E−U0)sin2(
√2m(E−U0)
h2 d)
1 +U20
4E(E−U0)sin2(
√2m(E−U0)
h2 d)(7.73)
と表される。以上より、再びT +R = 1 (7.74)
という関係が得られ、ポテンシャル障壁の境界において確率が保存されていることがわかる。ここで、k′d = nπ, (n = 1, 2, · · ·)のとき、透過率 T が極大値 T = 1を取るという周期
性があることに注意する。
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参考文献[1] 佐川弘幸、清水克太郎、「量子力学」、シュプリンガーフェアラーク東京、1998年。
[2] 岩波講座(現代物理学),「量子力学 I(第 2版)」,(1978年).特に、2章。
[3] 清水 明、「量子論の基礎ーその本質のやさしい理解のためにー」、サイエンス社、2003年。3章。
[4] 笹川辰弥、「散乱理論」,裳華房、1991年、5ページ。
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