1356
温泉浴槽内溺水後の肺炎患者から検出された
Legionella pneumophila SG3 につ い て
滝宮総合病院中央検査科・麻酔科*
塩 田 量 子 武 下 公 子 山本 公 三*
香川県衛生研究所
今 田 和 子
大阪市立大学医学部細菌学教室
藪 内 英子 王 笠
(平成7年8月7日 受付)
(平成7年9月19日 受理)
Key words: Legionella pheumophila serogroup 3, seroconversion, spa
要 旨
我 々 は,温 泉浴 槽 内で溺水 後 にadult respiratory distress syndrome (ARDS)を 起 こし,一 旦軽快
後,再 度ARDSを 伴 って重症 肺 炎 を発症 した71歳 女 性 の気 管 吸 引物 のBCYEα 寒天 培 養 でLegionella
pneumophila serogroup (SG)3を 純 培養 状 に検 出 し起 炎菌 と判 定 した.マ イ クロプ レー ト定 量凝 集 反
応 で測定 した患者 ペ ア血清 の抗体 価 はL.pneumophila SG3の パ イ'ロツ ト株Bloomington-2(=ATCC
33155)と 患者 由来株Y-1の 双 方 に対 して1:20か ら1:320に 上昇 し,seroconversionと 認 めた.溺 水
よ り27日 後,同 じ浴槽 の温 泉水 を採 取 して培 養 しL.pneumophila SG3を 検 出 した ので浴 槽水 を感 染源 と
判定 した.浴 槽 水 中の菌 数 は3CFU/100m1と 少 な く,通 常 は問題 にな らな い菌数 で あ るが,溺 水 によ る
浴槽 水 吸引 が感染 を導い た と推 定 され る.従 っ て浴槽水 中 のLegionella属 菌数 の低 減 に努 め るのみ な ら
ず,無 人 の浴 室 での 高齢者 や飲 酒者 の単 独入 浴 を避 け るこ と,浴 槽 内 に手 す りな どの設 備 をす る こ とが
必 要で あ る.
序 文
TaylorとHarrison 1)はOxfordで 腎 移 植 患 者
か ら検 出 さ れ たLegionella pneunzophila・Oxford
株 をSG3と 決 定 し,こ の 患 者 をL.pneumophila
SG3に よ る最 初 の 肺 炎 症 例 と報 告 した.そ の 後 こ
の 血 清 群 菌 に よ る感 染 症 例 と して は肺 炎2)～4)の他
に 下 部 消 化 管 感 染 症6お よ び 激 症 心 膜 炎6)が 報 告
され て い る.し か し全 般 的 にL.pneumophila SG1
に 比 し てSG3に よ る感 染 症 例 の 報 告 は著 し く少
な い.
我が国では1980年 から1990年 までの培養陽性レ
ジオネラ肺炎28症 例7)の内,L.pneumophila SG3
感染例は原発性肺癌 に肺炎を合併 した患者の剖検
肺か らこの血清群菌が証明 された1例8)の みで
あった.
レジオネラ症の感染源 としては水冷式冷却塔,
蒸発型凝縮器,湯 温の低い貯湯 タンクが重視され
てきた.し か し1989年,Bornsteinら9)が 温泉 で
行った疫学調査ではL.pneumophila SG3に 対す
る血清抗体価が最 も高 く,温 泉水から検出 したL.
pneumophilaの15の 血清群菌の内,SG3が 最 も多
かった とい う.我 が国での温泉に関連 したレジオ
ネラ症 について,患 者が入浴,転 倒 した温泉浴槽
別刷請求先:(〒761-23)香 川 県綾歌郡綾南町大字滝
宮486
滝宮総合病院中央検査科 塩田 量子
感染症学雑誌 第69巻 第12号
溺水後のレジオネラ肺炎 1357
水中のレジオネラ属菌の追跡調査 を行ったのは真
柴 ら10)が最初 で あ り,原 因菌 は浴 槽水 中 のL.
pneumophilaSG4と 推定 された.
今回我々は温泉旅館の浴槽で溺れて意識不明と
なり,蘇 生後に肺炎 を発症 した71歳 の女性の気管
吸引物 よりの分離菌(Y-1株)をL.pneumophila
SG3と 同定 し,こ の菌 による肺炎 と診断した.患 者
血清の抗体価 も患者由来Y-1株 および対照 に用い
たSG3パ イロット株 に対 するseroconversionを
確認 す る と共 に患者が溺水 した浴槽水 か らL.
pneumophila SG3を 検出 したので報告する.
材料 と方法
1.症 例
71歳,女 性.慢 性膵炎,陳 旧性結核の既往があ
る.平 成6年10月20日,温 泉浴槽内に沈んで意識
不明 となっているのを発見 され,心 肺蘇生後,救
急車で滝宮総合病院に搬送 された.来 院時,呼 吸
が不安定で意識 レベルが低下 していたため気管内
挿管後,ICU入 室 となった.Tablelに 入院時検
査成績 を示す.
2.細 菌学的検査
Table2に 示すように細菌学的検査を行ったの
は挿管 チューブか ら吸引 した気管分泌物4検 体
(10月22日 から10月31日),気 管切開部に挿入 した
チューブか ら吸引した気管分泌物8検 体(11月1
日か ら11月28日),気 管切開部膿1検 体,咽 頭粘液
3検 体,大 腿 IVH (intravenous hyperalimenta-
tion)カ テーテル先端1検 体,尿3検 体,便3検 体
の計23検 体であった.
検体 の直接塗抹標本のグラム染色 にはフェイ
バーGセ ット 「ニ ッスイ」を用い,抗 酸菌染色に
はZiehl-Neelsen法 を用いた.一 般細菌の分離培
養には5%ヒ ツジ血液寒天培地(日 本ベク トン ・
ディッキンソン),チ ョコレー ト寒天培地(日 本ベ
クトン・ディッキンソン),ド リガルスキー改良培
地(日 水製薬)の それぞれ生培地を使用した.IVH
カテーテル先端の培養にはレサズリン添加チオグ
リコレー トプロス(ビ オメリュー),真 菌分離用に
はサブロー寒天培地(日 水製薬)を 用いた.抗 酸
菌 培養 に は2%小 川PS(pyruvic acid-soluble
starch)培 地 と3%小 川培地(い ずれ も日水製薬)
Table 1 Laboratory data of the patient on admis-
sion
* At Takinomiya General Hospital
を 用 い 厚 生 省 監 修 微 生 物 検 査 必 携 細 菌 ・真 菌 検
査 11)に従 っ て培 養 した.
レ ジ オ ネ ラ属 菌 を検 出 す る 目的 で10月31日 と11
月1日 に は,α-ケ トグ ル タ ル酸 カ リウ ム を添 加 し
たbuffered charcoal-yeat extract (BCYEα)寒
平成7年12月20日
1358 塩田 量子 他
Table 2 Results of bacterial tests in patient's specimens of post-drowning Legionella pneumonia
*Smear and culture NT: Not tested col .: colonies/plate
MRSA: Methicillin-resistant Staphylococcus aureus
IVH: Intravenous hyperalimentation
天培地(日 研生物化学)を,11月4日 以降 はレジ
オネラ属菌以外の一般細菌 の発育を阻止するた
め,選 択培地 としてWadowsky-Yee-Okuda α-ケ
トグルタル酸カリウム(WYOα)寒 天培地(栄 研
化学)を 併用 した.検 体を塗布 した平板は湿潤箱
を用 い て37℃ 好 気 培 養 し10日 間観 察 した.
BCYEα 寒 天培 地 に は定 量 白金 耳(イ ギ リス
MWE社 製)を 用い検体の10μlを 塗布 し,WYOα
寒天培地2枚 のそれぞれに酸処理 した検体 と熱処
理 した検体 を塗布 した.酸 処理用のbufferは0.2
MHC13.9mlと0.2MKCl 25mlを 混合 し,1M
KOHでpH2.2に 調整 した.こ のbufferと 濃縮検
体 を等量混和 し,室温 に5分 間置いた後その100μl
をWYOα 寒天培地に塗布 した.熱 処理には濃縮
検体 を50℃ の水浴で20分 間加温 した後 その100μl
をWYOα 寒天培地 に塗布 した.湿 潤箱 に入 れ
37℃ で好気培養 し10日 間観察した.
10月31日 に採取 した気 管内吸引物のBCYEα
寒天培養で5日 後に発育 した灰白色集落 を釣菌 し
てBCYEα 寒天培地 と血液寒天培地の双方 に接
種 し,前 者に発育し後者 に発育 しないことにより
L-シ ステイン要求性を確認 し,グ ラム染色を実施
した.そ の内の1株 をY-1と し,以後の試験に用い
た.Y-1株 はその他 にドリガルスキー改良培地,
BCYEα とWYOα 寒 天 培 地 に も再 度 塗 布 し た.
生 化 学 的 性 状 は,オ キ シダ ー ゼ(OXDペ ー パ ー,
栄研 化 学),カ タ ラ ー ゼ(3%H202),βaラ ク タ マ ー
ゼ(セ フ ィナ ー ゼ,日 本 ベ ク トン ・デ ィ ッキ ン ソ
ン),ウ レ ア ー ゼ(ク リス テ ン ゼ ン尿 素 培 地,栄 研
化 学),お よ び ゼ ラチ ナ ー2ビ(キ ー タ ブ レ ッ ト,Key
Scientinc)の 各 活 性 を調 べ る と と も に馬 尿 酸 水 解
試 験(1%馬 尿 酸 ナ トリ ウム 液)を 実 施 した.レ
ジオ ネ ラ免 疫 血 清(デ ンカ 生 研)で ス ラ イ ド凝 集
反 応 を行 い,DNA-DNAhybridization(DDH)
レ ジオ ネ ラ"極 東"で 種 の 同 定 を確 認 した.11月
1日 の培 養 で は5日 後 に発 育 した 灰 白色 集 落 の う
ち1個 を,先 に分 離 した 菌株Y-1に 準 じて 検 査 し,
レ ジオ ネ ラ免 疫 血 清 で 型 別 した.薬 剤 感 受 性 検 査
はBCYEα 寒 天 培 地 とampicillin(ABPC),
piperacillin(PIPC),cefazolin(CEZ),cefmet-
azole(CMZ),cefotiam(CTM), Homoxef
(FMOX), latamoxef(LMOX), aztreonam
(AZT),imipenem/cilastatin(IPM/CS),ami-
kacin(AMK),erythromycin(EM), clindamycin
(CLDM),minocycline(MINO), fosfomycin
(FOM),お よ びofloxacin(OFLX)の 計15薬 剤 の
1濃 度 デ ィ ス ク(昭 和)を 用 い37℃2日 間 培 養 後
判 定 した.
感染症学雑誌 第69巻 第12号
溺水後の レジオネ ラ肺炎 1359
3.血 清 抗 体 価 測 定
患 者 血 清 の レ ジオ ネ ラ抗 体 価 は マ イ ク ロ プ レ ー
ト凝 集 反 応 で 測 定 した.凝 集 抗 原 と して 患 者 由来
Y-1株 の 他 にL.pneumophila SGl-6の パ イ ロ ツ
ト株,L.bozemanii, L.dumoffii,L. gormanii, L.
micdadeiの 命 名 上 の 基 準 株 お よ び冷 却 塔 水 由 来
のL.pneumophila SGl・GIFU 10102の 計12株 を
用 い た(Table3).
各 菌 株 の 生 理 食 塩 水 浮 遊 液 を100℃1時 間 加 熱
し,生 理 食 塩 水 で1回 洗 浄 した.洗 浄 菌 体 をphos-
phate buffered saline(PBS)pH7.2に 懸 濁 し,
650nmで の 吸 光 度 が1.0に な る よ う調 整 した 抗 原
液(デ ンカ 生 研)を 用 い た.U底 マ イ ク ロプ レ ー
ト(8×12穴)を 横 に使 用 し,最 上 段 の1例12穴 に
は対 照 と してPBSの み を0.025m1滴 下 し た.患
者 血 清 また は正 常 ヒ ト血 清 を1:10か ら1:640
まで2倍 階 段 希 釈 し,手 前 の段 か ら上 方 へ順 次 各
希 釈 液0.025m1を 滴 下 した.縦8穴 の12例 の 各 々
に は12菌 株 の抗 原 液 を0.025m1ず つ滴 下 し,撹 拝
後 湿 潤 箱 に18時 間静 置 した.陰 性 対 照 の抗 原 菌 体
が 正 円形 に沈 殿 した の を確 認 後,12種 抗 原 に対 す
る患 者 血 清 の 凝 集 価 を判 定 した(Fig.1).患 者 血
清 は,11月4日,7日,8日 及 び17日 の4検 体 は
12抗 原,12月1日,5日,26日 お よ び翌 年2月13
日 の4検 体 はY-1抗 原 の み に対 す る抗 体 価 を 測 定
した.
Mycoplasma pneumoniae, Influenza virus A,
およびChlamydia psittaciに対する抗体価 は補体
結合(CF)反 応で測定 した.
4.温 泉水のレジオネラ属菌検査
Table7に 示す ように溺水事故 より27日後の平
成6年11月16日,患 者が溺水 した温泉で,溺 水浴
槽(A)と 同じ浴室の別の浴槽(B)か ら温泉水 を
採取 した.溺水事故 より153日後の平成7年3月22
日,再 度浴槽Aか ら温泉水を採取 しレジオネラ属
菌検出を試みた.こ の際,厚 生省生活衛生局企画
課監修:レ ジオネラ症防止指針12)に記載の検査方
法に準拠 したが,検 水400mlを400倍 濃縮 したので
検出下限は3CFU/100mlと なった.発 育菌の継代
培養 と同定 は患者由来株 に準 じて行 った.
成 績
1.患 者の臨床経過 と転帰
10月20日 の入院時,頭 部CTで は異常所見は認
められなかったが,心 エコーでは陳旧性 の心筋梗
塞が見 られた.10月22日 には症状が改善 したため
気管内チューブを抜去できたが,10月23日 夜半 よ
Table 3 Strain used as antigen to determine serum antibody titres
ATCC: American Type Culture Collection, Maryland, USA
CDC: Centers for Disease Control, Georgia, USA
EY: Eiko Yabuuchi, Osaka City University School of Medicine
GIFU: Department of Microbiology, Gifu University School of Medicine, Gifu, Japan
NIHJ: National Institute of Health Japan, Tokyo, Japan*: From the patient of this report
平成7年12月20日
1360 塩田 量子 他
Fig. 1 Illustration of microplate for agglutination test of each of eight speci-
mens of patients' sera
PBS: Phoshate buffered saline
PNHS: Pooled nomal human sera as control*: See list of strains shown in Table 3
り再 び意 識 混 濁 と と も に低 酸 素 血 症 が 進 行 し,気
管 内 挿 管 を した.10月26日 に は人 工 呼 吸 器 の酸 素
濃 度100%で 血 液 ガ ス はPaO2=86.1mm Hg,CRP
は20mg/d1と な り,胸 部 写 真 で は肺 野 全 体 が す り
ガ ラ ス状 を呈 し,ARDSと な っ た.
imipenem/cilastatin(IPM/CS),nuconazole
(FLCZ)を 投 与 した が 臨 床 症 状 が 改 善 し な い た め
minocyclin(MINO)を 加 え た と こ ろ,呼 吸状 態
が 改 善 され た.意 識 障 害 と低 酸 素 血 症 が 急 激 に進
行 し た こ と,MINOが 奏 効 した こ と,お よび通 常
の 培 養 試 験 で 起 因 菌 と思 わ れ る細 菌 が 発 育 し な
か っ た こ とか ら レジ オ ネ ラ肺 炎 を疑 い,10月29日
か らerythromycin(EM)を 投 与 し,酸 素 濃 度50%
でPaO2=85.3mmHg,CRPは4.1mg/dlと 低 下
し,胸 部 写 真 の所 見 も改 善 した.そ の後 順 調 に回
復 し,第59病 日(11月17日)に は退 院 とな っ た.
平 成7年2月13日 の胸 部CTで は左 肺 下 葉 に帯 状
の 疲 痕 が 認 め られ た が,自 覚 症 状 は な か っ た.
2.細 菌 検 査 結 果
10月31日 の気 管 吸 引 物 は サ ラ サ ラ と した 漿 液 性
で わ ず か に褐 色 を帯 び て い た.塗 抹 標 本 の グ ラ ム
染色では,上 皮細胞が少数認 められるのみで白血
球や細菌は認められなかった.一 般細菌培養で血
液寒天培地,チ ョコレー ト寒天培地,ド リガルス
キー改 良 培 地 と も細 菌 は発 育 しな かった.
BCYEα 寒天培地には培養5日 目に直径2～3mm
の灰白色集落が10個 発育 した.こ れらの集落は円
形,湿 潤して光沢があり,か すかな酸臭があった.
接種検体量から算出 した気管吸引物中の菌数は約
103CFU/m1で あった.
Table4にY-1株 の 性 状 をL.pneumophila
SG1・Philadelphia1株(=ATCC33152)の それ
と比較 して示 した.Ya1株 はグラム陰性 のやや細
めの桿菌で血液寒天培地,ド リガルスキー改良培
地 に発育 しなかった.BCYEα とWYOα 両寒天
培地上 の集落 は灰白色で湿潤 し大小不 同であっ
た.オ キシダーゼは初代分離株では弱陽性であっ
たが,菌 株保存用Group of Difficult Organism
Medium(GDO)培 地(日 水製薬)で 凍結保存し
たものを再培養した場合 には明 らかな陽性であっ
た.カ タラーゼは陽性で,セ フィナーゼを赤変し
たが,ク リステンゼン尿素培地をアルカリ化 しな
感染症学雑誌 第69巻 第12号
溺水後 のレジオネラ肺炎 1361
Table 4 Biochemical characteristics of strain Y-1
isolated from patient compared with those of L.
Pneurnophila SG 1*
Y-1: Strain isolated from the patient
BTB: Brom-thymol-blue*: Philadelphia 1 (=ATCC 33152)
か っ た.1%馬 尿 酸 ナ ト リウ ム を水 解 し,キ ー タ
ブ レ ッ トのKT2ビ ラ チ ン を1日 で透 明 に した.レ
ジオ ネ ラ 免 疫 血 清 を 用 い た ス ラ イ ド凝 集 反 応 で
は,L.pneumoφhilaSG3に 対 す る抗 血 清 に よ っ て
強 く凝 集 し,L.pneumophila SG1,2,4,5,6及
び 他 の4菌 種 に対 す る 抗 血 清 で は 凝 集 し な か っ
た.DDHレ ジ オ ネ ラ"極 東"で はL.pneumophila
に 最 も強 く発 色 した.こ れ ら の結 果 に よ りY-1株
をL.pneumophila SG3と 同 定 した.11月1日 の 気
管 吸 引 物 のBCYEα 寒 天 培 地 を 用 い た 培 養 で 検
出 さ れ たL.pneumophihもSG3で あ った.
11月4日 か ら28日 まで の気 道 由 来 検 体 は,酸 処
理 と熱 処 理 を行 いBCYEα 寒 天 培 地 とWYOα
寒 天 培 地 を用 い て培 養 した が レ ジオ ネ ラ属 菌 は発
育 しな か った.同 時 に行 っ た抗 酸 菌 検 査 は塗 抹 染
色,培 養 共 に全 て 陰 性 で あ った.気 管 吸 引物,便,
咽 頭 粘 液 な ど か らMRSA(methicillin-resistant
S勿 勿lococcusaureus)も 検 出 さ れ た がise-
pamicin(ISP)が 奏 功 し,重 症 化 し な か っ た.
Table2に 示 した 以 外 に11月1日,21日,28日 の 尿
培 養 でCan4i4aglabrataが 検 出 され た.
Y-1株 はABPC, CMZ, CTM, FMOX, LMOX,
IPM/CS,AMK, EM, CLDM, MINO, OFLX
Table 5 Susceptibility of L. pneumophila SG3, Y-
1 strain against 15 antibiotics
Agar diffusion test by using 15 kinds of Showa discs
Medium : BCYEa agar
S: Susceptible I: Intermediate R: Resistant
に感 受 性 で,PIPC,CEZ,AZT,FOMに 耐 性 で
あ っ た.(Table5)
3.血 清 抗 体 価
各 種 加 熱 死 菌 抗 原 を用 い た マ イ ク ロ プ レー ト凝
集 反 応 は 患 者 血 清 の レ ジオ ネ ラ抗 体 価 を測 定 す る
の に簡 便 且 つ 有 用 で あ った.
Table6に 患 者 血 清 抗 体 価 の推 移 を示 した.Y-
1株 及 びL.pneumophila SG3・Bloomington-2に
対 す る抗 体 価 は いず れ も第16病 日(11月4日)に
は1:20で あ った が,第29病 日(11月17日)に は
1:320に 上 昇 しseroconversionを 示 し た.L.
pneumophila SG3以 外 の 抗 原 に 対 す る 抗 体 価 は
1:10か ら1:80で あ っ た.Y-1株 に 対 す る 抗 体
価 は12月26日 に も1:320を 示 し,入 院 か ら117日
目の 血 清 で も1:160を 示 した.
第40病 日(11月28日)の 患 者 血 清 で はM.
pneumoniae, C.psittaciに 対 す る抗 体 価 は4以 下
でInfluenza virus Aに 対 す る抗 体 価 は8で あ っ
た.
4.温 泉 水 の レ ジ オ ネ ラ属 菌 培 養 結 果
浴 槽 水100ml中 のL.pneumophilaの 血 清 群 と
菌 数 はTable7に 示 す よ うに,溺 水 事 故 か ら27日
後 に採 取 した 温 泉 水 の 培 養 で,浴 槽Aか らSG3が
平成7年12月20日
1362 塩田 量子 他
Table 6 Transition of antibody titers of patient's serum
*: Not done NHS: Normal human serum (pooled) Y-1: Strain isolated from the patient
Table 7 Isolation of legionellae in the hot spring water of A and B bathtubs
3CFU,浴 槽Bか らSG3が8CFUとSG6が5CFU,
Legionella sp.が50CFU検 出された.そ の126日 後
にも,溺 水浴槽か らSG3が20CFU検 出された.
考 察
今回,我 々がL.Pneumophilaを 検出した気管
吸引物2検 体 は,MINO投 与後5日 目と6日 目,
EM投 与後2日 目 と3日 目に採取 された もので
あった.感 染症の診断には抗生剤投与開始前に検
体 を採取するのが原則である.今 回は抗生剤投与
後にも拘わ らず気道材料からL.pneumophilaを
検出 し救命 し得た.抗 生剤投与中も排菌を続けて
死亡 した症例13)もあるので,常 に培養 またはこれ
に準ずる方法で細菌学的に確定診断するよう心掛
ける必要がある.
レジオネラ属菌 は通性細胞内増殖菌で,β-ラ ク
タマーゼ産生能がある.斉 藤 と原14)はレジオネラ
属菌の試験管内抗菌力 と臨床効果の不一致 はこの
菌の細胞内増殖性 と抗菌剤の細胞膜透過性の不良
とが大きな理由で,レ ジオネラ属菌 に試験管内で
強い抗菌力 を示す第3世 代のセフェム剤,ペ ニシ
リン系抗生剤およびア ミノ配糖体系抗生剤 は,動
物感染実験や臨床例で効果がみられないと報告し
ている.今 回の症例で も,IPM/CSを 投与 したが
効果はな く,MINOと さらにEMを 投与 して臨床
症状の改善 をみた.厚 生省 レジオネラ症研究班7)
によると28症例の培養陽性レジオネラ肺炎の内,
救命率 は市中感染群で42%,院 内感染群で32%で
あった.今 回の事例 は早期のMINOとEM投 与
により救命で きたと思われた.
レジオネラ肺炎患者で回復後 も長期にわた り血
清抗体価の高値が持続することが報告 されている
が,こ の患者でも臨床症状が消え,発 症か ら4カ
月近 くを経ても血清抗体価 は1:160で あった.こ
のことか ら単一血清の抗体価が高値 を示す患者の
診断には既往歴 と臨床症状の意義が重要である.
L.pneumophila SG3以 外 の血清群菌 に対す る
感染症学雑誌 第69巻 第12号
溺水後の レジオネラ肺炎 1363
この患者血清の凝集素価の変化(Table6)はSG3
に対する交差反応15)16)と思われる.対 照 とした正
常 ヒ ト血清の抗体価が0～10で あったこともこれ
を裏付けていると思われる.
全国の135温 泉浴槽の62%が レジオネラ属菌に
汚染 されていることは既に報告17)されている.レ
ジオネラ症防止指針では冷却塔水中レジオネラ属
菌数の望ましい範囲は102CFU/100ml未 満 とされ
ている12).今回,患者が溺水 した浴槽水から検出し
た菌数 は3CFU/100mlと 少数であり,ま た溺水時
に肺内に吸引 した浴槽水量および菌数は不明であ
るが,浴 槽水吸引による気道粘膜上皮の障害 も感
染成立の要因の一つになったのではないかと推測
される.
今後温泉でのレジオネラ感染の可能性が広 く認
識され,多 くの人が温泉を安全 に利用できるよう,
浴槽水のレジオネラ属菌の防除に努めなければな
らない.他 方,浴 槽内に手す りや階段 を設ける等
の設備の改善や,幼 児,高 齢者,泥 酔者の単独入
浴 を制限するなどの安全管理が必要である.
謝辞 最初にスライド凝集反応をして頂いた香川県立中
央病院検査科十川みさ子技師,文献検索にご一協力頂いた香
川医科大学附属病院検査部根ケ山 清技師,抗 原液を調製
して頂いたデンカ生研権平文夫氏に深謝致します.
尚,本 論文の要旨は第69回日本感染症学会総会で発表し
た.
文 献1) Taylor, A. G.& Harrison, T. G.: Legionnaire's
disease caused by Legionella pneumophila sero-
group 3. Lancet, 7: 47, 1979.2) Hartigan, D. A., Toma, S.& Listgarten, C.:
Legionnaires's disease caused by Legionella
pneumophila serogroup 3. Lancet, 25: 411, 1979.
3) Watts, J. C., Hicklin, M. D., Thomason, B. M.,
Callaway, C. S.& Levine, A. J.: Fatal pneumo-
nia caused by Legionella pneumophila, sero-
group 3: Demonstration of the bacilli in
extrathoracic organs. Ann. Inter. Med., 92: 186-188
, 1980.
4) Rousseau, M., Djedaini, K., Dournon, E.,Tremolieres, F., Coste, F., Martin, E. & Bure,A.: Pneumopathie bilaterale abcedee aLegionella pneumophila serogroupe 3. Rechutemortelle apres une antibiothérapie initialementefficace. Presse Med., 11: 1610, 1983.
5) Schmidt, T., Pfeiffer, A., Ehret, W., Keiditsch,E., Ruckdeschel, G.& Kaess, H.: Legionellainfection of the colon presenting as acute
attack of ulcerative colitis. Gastroenterol., 97:751-755, 1989.
6) Luck, P.Ch., Helbig, J. H., Wunderlich, E.,Foelske, H., Selbitschka, M., Wenzel, D., Pat-zold, L.& Witzleb, W.: Isolation of Legionel -la pneumophila serogroup 3 from pericardial
fluid in a case of pericarditis. Inf., 17: 388-390,1989.
7) 荒 川迫 生, 中浜 力, 田 口善 夫, 稲 松 孝 思, 斉 藤
厚, 原 耕平, 江 崎 孝行, 藪 内 英子, 上 田 泰:
培 養 陽 性 本邦 レ ジオ ネ ラ肺 炎症 例 につ い て-1980
年 か ら1990年 まで-. 感 染 症 誌, 66: 1513-1523,
1992.
8) 水 内知 子, 山 岡 実, 木 田 厚瑞, 松 井 玲子, 浦 山
京子, 松 孝 思, 島 田 馨: 原発 性 肺 癌 に伴 った
Legionella pneumophila serogroup III感染 の1剖
検 例. 日内会 誌, 75: 654-659, 1986.
9) Bornstein, N., Marmet, D., Surgot, M.,Nowicki, M., Arslan, A., Esteve, J.& Fleurette,J.: Exposure to Legionellaceae at a hot springspa: A prospective clinical and serologicalstudy. Epidem. Inf., 102: 31-36, 1989.
10) 真 柴 晃一, 浜 本龍 生, 鳥飼 勝 隆: 温泉 水 の 誤 嚥 に
よ り発 症 した と考 え られ る レ ジオ ネ ラ肺 炎 の1症
例. 感 染 症 誌, 67: 163-166, 1993.
11) 厚 生省 監 修: 微 生 物 検 査必 携 細 菌 ・真 菌 検 査第3
版.(財) 日本 公 衆 衛 生協 会, 東 京, 1987.
12) 厚 生省 生 活 衛生 局 企 画課 監 修: レジ オネ ラ症 防 止
指 針. 13-35,(財) ビル 管理 教 育 セ ンタ ー, 東 京,
1994.
13) 村 上 康 弘, 松 本 富 美子, 田中 俊典, 永 田 昌敬, 辻
本 豪, 安井 多 喜 雄, 小 西 伸 吾, 佐 野 郁 生, 秋 岡
壽, 林 勝, 藤 田 育 子: 本 邦 初 のLegionella
dumoffiiに よ る劇 症 肺 炎 の1例. 日生 医 誌, 14:
223-229, 1986.
14) 斉 藤 厚, 原 耕 平: 在 郷 軍人 病. 山村 雄 一, 他
監 修: 新 内科 学 大 系, 第84巻A233-247, 中山 書
店, 東 京, 1984.
15) 斎 藤 厚, 原 耕 平: レ ジオ ネ ラ症 の免 疫 血 清 学
的 診 断 法 と そ の問 題 点. Immuno-Advance, 11:
43-52, 1982.
16) 古 賀 宏延, 道 津安 正, 中 島 学, 長 沢正 夫, 中里
博 子, 重野 秀 明, 森 賢 治, 田 中 光, 伊 藤 直 美,
河 野 茂, 重 野 芳輝, 山 口恵 三, 広 田正 毅, 斎藤
厚, 原 耕 平: ELISA法 (酵 素 免疫 測 定 法) に よ
るLegionella pneumophilaに 対 す る血 清 抗 体 価
測 定 に 関す る研 究. 感 染症 誌, 60: 443-452, 1986.
17) 藪 内英 子, 王 笠, 荒 川迫 生: 温泉 とレ ジオ ネ
ラ症. Clin. Inf. Chemother., 1: 40-42, 1995.
平成7年12月20日
1364 塩田 量子 他
Legionella pneumophila Serogroup 3 Isolated from a Patient of Pneumonia
Developed after Drowning in Bathtub of a Hot Spring Spa
Ryoko SHIOTA10 Kimiko TAKESHITA1), Kozo YAMAMOTO2), Kazuko IMADA3),
Eiko YABUUCHI4) & Li WANG4)1) Department of Clinical Laboratory, and 2)Department of Anesthesiology,
Takinomiya General Hospital3) Kagawa Prefectural Institute of Public Health
4) Department of Bacteriology, Osaka City University Medical School
A 71-year-old Japanese female, was found unconscious by drawing, in a hot spring spa, at
around noon of 20 October 1994. She recovered by emergency cardiopulmonary resuscitation,
and admitted to the Takinomiya General Hospital, with adult respiratory distress syndrome
(ARDS). Although she recovered from ARDS within 4 days after her admission, she developedsevere pneumonia accompanied with the second attack of ARDS. Ordinary bacteriological
culture of her respiratory specimens failed to yield any significant pathogen for her pneumonia,
and neither cefazolin nor imipenem/cilastatin was effective. Thus minocyclin was given on the
7th hospital-day and this was effective for blood gas and C-reactive protein (CRP) levels.Intratracheal exsudate inoculated on BCYEa agar plate yielded grayish white colonies. Cells of
the colonies were clearly agglutinated by anti-Legionella pneumophila serogroup (SG) 3 serum.
Antibody titers of patient's paired sera against the strain L. pneumophila SG3 Bloomington-2 andthe patient's strain (Y-1) were determined by microplate agglutination test, and a significant rise
from 1: 20 to 1: 320 was demonstrated. Patient recovered by erythromycin treatment and was
discharged on the 59th hospital day. L. pneumophila SG3 organisms were again isolated from the
spa water where the patient drawn. From these findings described above, we diagnosed the
patient as pneumonia due to L. pneumophila SG3, and the spa water was the most probablesource of infection.
感染症学雑誌 第69巻 第12号
