csr の評価データを用いた実証分析―国連グローバル・コンパクト(united...

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1 株主は CSR 活動をどう捉えているのか CSR の評価データを用いた実証分析― 大槻 和人 榊原 由佳 土屋 平尾 拓也 平野 沙也香 目次 1. はじめに 2. 研究の背景 2.1CSR の動向 2.2.先行研究 3. 株主のプレッシャーと CSR 活動の関係 -1 次分析- 3.1.仮説 3.2.サンプル 3.2.記述統計量 3.3.分析結果・考察 4. CSR 活動と収益性・企業価値の関係 -2 次分析- 4.1.仮説① 4.2.記述統計量 4.3.分析結果・考察① 4.4.仮説② 4.5.分析結果・考察② 5. CSR の格付け昇降と企業価値増減の関係 -3 次分析- 5.1.仮説 5.2.サンプル 5.3.分析結果・考察 6. おわりに 参考文献 参考サイト

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Page 1: CSR の評価データを用いた実証分析―国連グローバル・コンパクト(United Nations Global Compact)が挙げられる。国連グロー バル・コンパクトとは、人権・労働基準・環境・腐敗防止の10

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株主は CSR 活動をどう捉えているのか

―CSR の評価データを用いた実証分析―

大槻 和人

榊原 由佳

土屋 香

平尾 拓也

平野 沙也香

目次

1. はじめに

2. 研究の背景

2.1.CSR の動向

2.2.先行研究

3. 株主のプレッシャーと CSR 活動の関係 -1 次分析-

3.1.仮説

3.2.サンプル

3.2.記述統計量

3.3.分析結果・考察

4. CSR 活動と収益性・企業価値の関係 -2 次分析-

4.1.仮説①

4.2.記述統計量

4.3.分析結果・考察①

4.4.仮説②

4.5.分析結果・考察②

5. CSR の格付け昇降と企業価値増減の関係 -3 次分析-

5.1.仮説

5.2.サンプル

5.3.分析結果・考察

6. おわりに

参考文献

参考サイト

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要旨

現在、企業の持続的な発展のために、CSR が世界中で関心を集めている。本来、CSR 活

動は全てのステークホルダーにプラスの影響をもたらすものであるが、本当に CSR 活動は

全てのステークホルダーのためになっているのだろうか。CSR 活動には巨額の資金投入を

要するものもあり、その場合、企業のステークホルダーの1つである株主にとってはマイ

ナスなのではないだろうかという疑問が生じる。株主は企業の持ち主であり、株主が CSR

活動をどのように捉えているのかは重要な問題となってくる。株主が、CSR 活動を自分た

ちにとってマイナスであると捉えているならば、CSR 活動を抑圧し、反対に、CSR 活動を

プラスであると捉えているならば、株主はCSR活動を推進するよう働きかけるはずである。

そこで、これらについて統計的に分析した結果、株主のプレッシャーが強い企業ほど、CSR

得点が高いということが判明した。したがって、株主は CSR 活動を自分たちにとってマイ

ナスだと捉えているのではない、と考えられる。この結果を踏まえ、2 次分析では CSR 活

動と収益性・企業価値の関係について検証したところ、CSR 活動は一時的に収益性を圧迫

する一方で企業価値を高める、という結果が得られた。そして、CSR 活動が企業価値を高

める、という 2 次分析の結果を補完するため、3 次分析では CSR 格付けの昇降と企業価値

の増減について統計的に分析し、CSR の格付けが昇格すれば企業価値は増加し、降格すれ

ば企業価値は減少するという結果が得られた。

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1. はじめに

近年、世界中で企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility : CSR)に関心が寄

せられており、今や CSR は地球規模の問題をも考慮するものとなっている。地球規模で

CSR を考慮した活動の 1 つとして、アナン国連事務総長が提唱し 2000 年 7 月に発足した

国連グローバル・コンパクト(United Nations Global Compact)が挙げられる。国連グロー

バル・コンパクトとは、人権・労働基準・環境・腐敗防止の 10 原則からなる企業行動原則

であり、世界では 132 カ国、6066 団体(2011 年 2 月 2 日時点)、日本からは 136 団体(2011

年 11 月 17 日時点)が参加している。企業はグローバル・コンパクトに署名することによっ

て、CSR の基本原則 10 項目に賛同し、かつその実現に向けて努力することを示す。CSR

の基準化・規格化の動きは国連グローバル・コンパクトだけではない。その最たるものと

して、CSR の ISO化が挙げられる。ISO(International Organization for Standarzation) と

は、非政府組織の国際標準化機構のことであり、2010 年 11 月には社会的責任に関する国

際規格である ISO26000 が発行された。これは、説明責任、透明性、法令順守、人権の尊

重など社会的責任に関する 7 つの原則をはじめ、世界中の企業を含めたあらゆる種類の組

織が社会的責任を実践していくための具体的な内容等を規定するものである。認証を目的

として策定された規格ではないものの、様々な組織の社会的責任の実施を導くものと期待

されている。その他にも、CSR に関する宣言や原則、指針など様々なものがある。

しかし、上記のように世界的にCSRが重視される一方で、首藤(2006)が述べるように、

CSRは収益性を圧迫するのではないかという説もある。CSR活動には巨額の費用がかかる

がリターンは無く、企業価値最大化に矛盾するものだという考えである。この考えに基づ

くと、企業の持ち主である株主はCSR活動に批判的であると考えられる。特に、企業価値

を向上させるため積極的に行動するいわゆるもの言う株主は、実際に企業に対してCSR活

動を控えるように働きかけるのではないだろうか。反対に、CSRは企業価値を高めるとい

う説も存在する。この考えにおいては、株主はCSRを評価し、企業にCSR活動を要求する

と考えられる。

そこで本稿では、株主がCSRをどのように捉えているのかを明らかにするため、まず初

めにCSR活動と株主のプレッシャーの関係に注目する。CSR活動が収益に結び付かない活

動であり、自分たちにとってマイナスであると株主が捉えているならば、株主はCSR活動

を抑制するよう企業に働きかけるはずである。反対に、CSRが自分たちにとってプラスで

あると考えているならば、株主はCSRを促進するよう企業に働きかけるはずである。分析

の結果、株主のプレッシャーが強い企業ほどCSRに従事しているという結果が得られ、株

主はCSRについて、プラスであると捉えているということが判明した。次に、株主がCSR

活動をプラスだと評価している理由を探るため、2次分析ではCSRと収益性の関係、CSRと

企業価値の関係について検証し、CSRは一時的に収益性を圧迫する一方で、企業価値を高

めるということ結果が得られた。そして、3次分析では、CSR格付けの昇降と企業価値の増

減の関係について統計的に分析し、格付けが昇格すれば、企業価値は増加し、降格してい

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れば企業価値も減少すると言う結果が得られた。したがって、上記の3つの分析より、CSR

活動は企業価値を高め、株主もCSR活動を評価しているが、現時点では収益とはなってい

ない、と言えると考えられた。

本稿の構成は以下の通りである。第2節でCSRの動向や先行研究といった、本研究の背景

となるものについて述べる。第3節でCSR活動と株主のプレッシャーの関係についての重回

帰分析を行い、第4節ではCSR活動と収益性・企業価値の関係について統計的に分析する。

次に、第5節でCSRの格付けの昇降が企業価値の増減に関係するのかについての分析を行い、

最後に第6節で総括を述べる。

2. 研究の背景

2.1. CSR の動向

はじめに述べた国際的な動向や、企業不祥事や環境問題の深刻化、経済格差の拡大など

を背景に、日本においても CSR に対する関心は高まっている。日本経済団体連合会は、2010

年 9 月 14 日に改定した企業行動憲章の序文において、CSR について以下のように述べてい

る。

企業や個人が高い倫理観をもつとともに、法令順守を超えた自らの社会的責任

を認識し、さまざまな課題の解決に積極的に取り組んでいくことが必要となる。

そこで、企業の自主的な取り組みを着実かつ積極的に促すべく、1991 年の「企業

行動憲章」の制定や、1996 年の「実行の手引き」の作成、さらには、経済社会の

変化を踏まえて、数次にわたる憲章ならびに実行の手引きの見直しを行ってきた。

近年、ISO26000(社会的責任に関する国際規格)に代表されるように、持続可

能な社会の発展に向けて、あらゆる組織が自らの社会的責任(SR:Social

Responsibility)を認識し、その責任を果たすべきであるとの考え方が国際的に広

まっている。とりわけ企業は、所得や雇用の創出など、経済社会の発展になくて

はならない存在であるとともに、社会や環境に与える影響が大きいことを認識し、

「企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)」を率先して果た

す必要がある。

具体的には、企業は、これまで以上に消費者の安全確保や環境に配慮した活動

に取り組むなど、株主・投資家、消費者、取引先、従業員、地域社会をはじめと

する企業を取り巻く幅広いステークホルダーとの対話を通じて、その期待に応え、

信頼を得るよう努めるべきである。また、企業グループとしての取り組みのみな

らず、サプライチェーン全体に社会的責任を踏まえた行動を促すことが必要であ

る。されには、人権問題や貧困問題への関心の高まりを受けて、グローバルな視

野をもってこれらの課題に対応することが重要である。

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以上から、日本の経済界でも早くから CSR に関心が寄せられていたということがわかる。

また、経済同友会が行っている「自己評価レポート」という調査からも、経営者の CSR に

対する注目度が年々上昇していることがわかる。自己評価レポートでは、アンケートによ

る CSR に対する経営者の意識調査が行われており、2010 年の自己評価レポートには 2003

年、2006 年、2010 年の計 3 年分の調査結果がまとめられており、以下のような結果とな

っている。

図表 2-1 CSR を「経営の中核」と考えている経営者

(アンケートに回答した企業における割合)

図表 2-2 CSR を「社会に存在する企業として、払うべきコスト」と考えている企業

(アンケートに回答した企業における割合)

図表 1・2 より、CSR を経営の中核だと位置づける経営者が増える一方で、CSR は払うべ

きコストだと捉える経営者は減少している。しかし、これはあくまで経営者による CSR の

位置付けであり、株主も CSR について経営者と同じ考えを持っていると言うことはできな

い。

51%

69% 71%

0

20

40

60

80

100

2003 2006 2010

65% 55% 51%

0

20

40

60

80

100

2003 2006 2010

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2.2 先行研究

CSR と収益性に関する研究は、米国を中心として主に海外で行われてきた。そしてその

結果としては、様々な分析結果が出ており、一貫性に欠いている。その理由としては、CSR

指標の定義が多岐にわたる上に、測定がきわめて困難であることが指摘されている。さら

に、企業パフォーマンスの定義の違いによる影響も考えられる。McGuire, Sundgren and

Schneeweis(1988)は、CSR がパフォーマンスを測定するさまざまな変数に影響を与えるた

め、企業パフォーマンスとの分析結果に一貫性が無いのだと指摘している。また、Waddock

& Graves(1997)によって、CSR 経営と収益性の間には双方向の関係が存在するという指摘

もされている。

海外における先行研究の方が圧倒的に多いものの、日本にもいくつか先行研究はある。

眞崎(2006)は、みずほ総合研究所が 2005 年 2 月に実施した「企業の社会的責任に関するア

ンケート調査」の結果をもととして、独自に CSR 指標を作り出し、実証研究を行っている。

結果、企業規模が大きいほど CSR に取り組んでいること、上場企業の方が非上場企業より

CSR に取り組んでいることが明らかになった。そして、企業業績がよいほど CSR を積極的

に取り入れていると指摘した。また、亀川・高岡(2007)も、企業規模が大きいほど CSR 活

動に取り組んでいる事を示唆し、さらに総資本営業利益率が低い企業ほど CSR 活動に取り

組んでいるということも示した。つまり、CSR 活動に取り組んでいる企業ほど、そのコス

トが営業利益を圧迫しており、CSR 活動と収益性の間にはトレードオフの関係が存在する

と考えられる。眞崎(2006)の先行研究では、好業績による余裕が CSR 活動に取り組む契機

となると指摘されているが、亀川・高岡の研究では相反する結果が見られた。

CSR 活動が企業価値を高める、と主張する研究も見られる。首藤・増子・若園(2006)は、

非 CSR 企業より CSR 企業の方が平均して収益性が高く、リスクが小さいということを示

し、CSR と企業価値について以下のように述べている。

CSR は企業価値を増加させるために必要なリスク管理の問題であり、評判や信用

の確立と維持に関わる広い意味でのコーポレート・ガバナンスの枠組みで捉える

こともできる。

また、(株)日本証券アナリスト協会 企業価値分析における ESG 要因研究会(2010)は、CSR

と企業価値について、より具体的な関連を示している。

図表 2-3 CSR と企業価値の関連

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「企業価値分析における ESG 要因」(pp.9) より引用

このように、CSR 活動は様々な要因を通して企業価値に結び付くと考えられる。CSR 活動

と企業価値は複雑に絡み合っているため、どのような活動がどのようにして企業価値を上

げるか、という効果を詳細に分析することは困難であるとも考えられる。しかし、労働面

に関しては、佐々木(2004)がより詳しく述べている。

労働環境の整備、福利厚生に関しては、従業員が安心して仕事に取り組める環境

を作ることにより、企業価値を高める可能性がある。企業は、従業員の貢献に対

し、賃金のみでなく、付加給付や福利厚生という形によっても報いる。当然、こ

れらのあり方も従業員の意欲に影響を与え、企業価値に影響を与えることになる。

このように、CSR と収益性や企業価値の関係を見た先行研究は数多く存在するが、その結

果もまた様々である。

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3. CSR と株主の関係 ―1 次分析―

3.1. 仮説

CSR 活動は多額の費用がかかる上に、リターンが期待できず、自分たちにとってマイナ

スであると株主が考えているならば、株主は CSR 活動を抑制するよう企業に働きかけると

考えられる。反対に、CSR 活動は企業価値を向上させるものであると株主が捉えているの

ならば、株主は CSR 活動を評価し、促進するよう企業に促すはずである。そこで、前者の

場合ならば、株主のプレッシャーが強い企業ほど CSR 活動に従事していない、後者の場合

ならば、株主のプレッシャーが強い企業ほど CSR 活動に従事しているという仮説を立て、

統計的に検証する。

株主のプレッシャーの代理変数となると考えられる 6 つの変数と、規模のコントロール

変数 1 つ、収益性のコントロール変数 1 つの計 8 つの変数を説明変数として挙げ、分析の

対象とする。また、一概に CSR 活動と言えども、雇用・環境・社会性といった側面があり、

株主のプレッシャーがより強く影響する分野や影響されない分野があると考えられる。そ

こで、被説明変数であった CSR 合計得点を雇用得点、環境得点、社会性得点にそれぞれ細

分化し、より詳細な分析も行う。

重回帰分析のモデルは以下の通りである。

推計式Ⅰ

CSR 合計得点=a

+bX1 (外国人持株比率[金融機関])

+cX2 (持合比率)

+dX3 (持株会持株比率)

+eX4 (小株主持株比率)

+fX5 (特定株集中度)

+gX6 (役員持株比率)

+hX7 (ROE3 年平均)

+iX8 (log 総資産)

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推計式Ⅱ

社会性 or 環境 or 雇用得点=a

+bX1 (外国人持株比率[金融機関])

+cX2 (持合比率)

+dX3 (持株会持株比率)

+eX4 (小株主持株比率)

+fX5 (特定株集中度)

+gX6 (役員持株比率)

+hX7 (ROE3 年平均)

+iX8 (log 総資産)

上の式の説明変数は以下の通りである。

〈説明変数〉

①外国人持株比率[金融機関]

外国人投資家は、投資家として積極的に議決権の行使(Voice)を行う傾向がある。株主構

成における外国人の存在が大きければ経営者へのプレッシャーも大きく、外国人投資家が

自分たちにとって CSR はプラスであると捉えているならば、CSR 合計得点に正に働き、マ

イナスであると捉えているならば、負に働くと予想される。

②持合比率

持合比率とは、相互保有関係にある国内会社による株式保有比率合計であり、持合の形

成は外部株主からのプレッシャーを遮断する効果がある。つまり、持合比率が高いと、そ

の分企業に影響を与える株主の比率が低くなることから、プレッシャーを持つ株主が CSR

をプラスであると評価しているならば、CSR 合計得点には負の影響を与え、マイナスであ

ると評価しているならば、正の影響を与えると考えられる。

③持株会持株比率

持株会持株比率とは、従業員など持株会の株式保有比率のことである。一般に、持株会

は安定株主であると言え、持株会持株比率が高いと、その分企業にプレッシャーを与える

外部株主の比率が低くなる。したがって、外部株主の発言力を弱め、経営者に対するプレ

ッシャーを減少させることができるため、プレッシャーを与える株主が CSR をプラスに評

価しているならば、CSR 合計得点には負の影響を与え、マイナスであると評価しているな

らば、正の影響を与えると考えられる。

④小株主持株比率

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50 単元未満の株式保有比率のことであり、保有数が小さいことから企業に対するプレッ

シャーは低い。したがって、株主構成における小株主の比率が高いほど、その分企業にプ

レッシャーを与える株主の比率が低くなることから、企業に対してプレッシャーを有する

株主が CSR をプラスに評価しているならば、CSR 合計得点に対して負の働きをし、マイナ

スに評価しているならば、正の働きをすると考えられる。

⑤特定株集中度

少数特定者の株式保有比率のこと。少数特定者とは、大株主 10 位と役員持分・自己株式

数の合計であり、安定保有株主の性格が強い。したがって、特定株集中度が高いほど、そ

の分企業にプレッシャーを与える株主の比率が低くなることから、CSR がプラスに評価さ

れているならば、CSR 合計得点には負の影響を与え、マイナスに評価されているならば、

正の影響を与えると予測される。

⑥役員持株比率

役員による株式の所有比率のこと。役員持株比率が高いと、その分企業にプレッシャー

を持つ外部株主の比率が低くなる。したがって、外部株主の発言力を弱めるため、外部株

主が CSR をプラスに評価しているならば、CSR 合計得点には負の影響を与え、マイナスに

評価しているならば正の影響を与えると考えられる。

⑦ROE3 年平均

業種調整済み ROE の 2008~2010 年までの平均値。単年度の ROE では、その年の影響

が強く出てしまうのを避け、企業の平均的な収益性を見るために、3 年平均を使用する。

CSR と収益性の関係を考慮する、または収益性の差による影響を排除するためにコントロ

ール変数として使用した。

⑧log 総資産

総資産が大きい企業ほど資金に余裕があり、CSR 活動を行う余地があると考えられる。

このような規模の差による影響を排除するためにコントロール変数として使用した。

3.2. サンプル

本稿では、東洋経済新報社が出した 2010 年に出した第 5 回 CSR 企業ランキングに記載

されている 500 社のうち、重回帰分析に使用するデータ全てがそろったもの(1 次分析では

487 社、2 次分析では 418 社)を分析対象企業とする。また、雇用・環境・社会性それぞれ

100 点満点の合計を CSR 合計得点(300 点満点)とする。なお、分析に用いるデータは、

「NEEDS-Cges」、「eol」、「日経 NEEDS-Financial QUEST」、「EDINET」のものを使用

した。

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3.3. 記述統計量

図表 3-1 記述統計量

平均値 中央値 標準偏差 最小値 最大値 標本数

外国人持株比率[金融機関] 17.284 15.720 12.345 0.000 75.270 487

持合比率 8.985 7.460 8.044 0.000 41.590 487

持株会持株比率 2.263 1.540 2.790 0.000 23.000 487

小株主持株比率 16.572 14.400 10.231 0.300 55.300 487

特定株集中度 46.062 42.400 14.743 16.500 94.400 487

役員持株比率 1.993 0.177 6.328 0.000 86.637 487

ROE3 年平均 0.146 0.221 6.848 -34.096 25.357 487

log 総資産 5.382 5.327 0.709 3.461 7.474 487

図表 4-1 は、本稿で使用した説明変数の記述統計量を示している。

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3.4. 分析結果・考察

図表 3-2 1 次分析結果

CSR合計 雇用 環境 社会性

切片 -22.277

-7.400

4.592

-19.469

** (0.288) (0.423) (0.621) (0.043)

外国人持株比率(金融機関) 0.375

** 0.123

0.104

0.148

* (0.034) (0.112) (0.182) (0.069)

持合比率 -0.406

** -0.213

** -0.075

-0.117

(0.038) (0.013) (0.382) (0.189)

持株会持株比率 -0.113

-0.046

0.270

-0.337

(0.848) (0.860) (0.304) (0.216)

小株主持株比率 -0.001

0.078

-0.058

-0.021

(0.997) (0.368) (0.504) (0.820)

特定株集中度 0.022

0.040

-0.076

0.058

(0.872) (0.503) (0.210) (0.360)

役員持株比率 -0.281

0.131

-0.323

*** -0.089

(0.262) (0.237) (0.004) (0.438)

業種調整済み ROE3 年平均 -1.017

*** -0.136

-0.464

*** -0.417

*** (0.000) (0.164) (0.000) (0.000)

log 総資産 38.168

*** 11.437

*** 12.298

*** 14.432

*** (0.000) (0.000) (0.000) (0.000)

決定係数 0.506 0.280 0.397 0.417

***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で有意であることを示す。

( )内は p 値(両側検定)である。

まず、外国人持株比率を見ると、CSR 合計得点の項目では 5%水準、社会性得点の項目で

はそれぞれ 10%で有意に正の影響が出ている。この結果は、外国人持株比率が高いほど CSR

合計得点が高いということであり、株主のプレッシャーが強い企業ほど CSR 活動を重視し

ているという仮説を支持している。この理由としては、海外でも CSR が注目されていると

いう背景が考えられる。次に、持合比率を見ると、CSR 合計得点と雇用得点の項目におい

て 5%水準で有意に負の影響を与えている。これは、持合比率が高いほど CSR 活動が抑制

されるということを示し、つまり、株主の影響が低いほど CSR 活動が抑制されるというこ

とである。この結果においても、株主のプレッシャーが強い企業ほど CSR 活動に重視して

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いるという仮説が支持されている。役員持株比率を見ると、環境項目において、1%水準で

有意に負の影響を持っており、役員持株比率が高く、株主のプレッシャーが低いほど環境

分野の CSR 活動が抑制されるということを示している。確かに、環境分野への CSR 活動

は、企業やひいては地球が存続していくための基盤を整えるものであり、環境分野の CSR

活動への投資がリターンを生むとは考えにくい。よって、環境分野のCSR活動への投資は、

企業の持続可能性を高める一方で、収益には結びつかず、収益性を圧迫してしまうと考え

られる。したがって、役員の持株比率が高く、外部の株主の持株比率が低くなるほど、環

境分野への CSR 活動は忌避されるという結果には整合性がある。以上より、有意が出た説

明変数は、どれも株主のプレッシャーが強い企業ほど CSR 活動に重視しているということ

を示している。したがって、株主は CSR 活動をプラスだと捉えていると考えられる。

4. CSR と収益性・企業価値の関係 ―2 次分析―

1 次分析より、株主は CSR をプラスと捉えている、ということが判明したが、なぜ株主

は CSR をプラスと評価しているのだろうか。その理由として、CSR 活動がコストに見合っ

た収益をあげ、企業価値を高めているという可能性が示唆される。そこで、2 次分析では

CSR 活動と収益性・企業価値の関係に着目する。

4.1. 仮説①

CSR 活動が収益に結び付くのならば、CSR 合計得点と収益性は正の関係にあるという仮

説が成り立つ。 重回帰分析は以下の通りである。

推計式

ROE=a

+bX1(CSR 合計得点)

+cX2(log 総資産)

+dX3(負債比率)

+eX4(総資産回転率)

+fX5(設備投資額/売上高)

+gX6(販売費及び一般管理費/売上高)

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4.2. 記述統計量

図表 4-1 記述統計量

平均値 中央値 標準偏差 最小値 最大値 標本数

CSR 合計得点 185.418 182.900 43.052 105.800 291.200 418

log 総資産 5.371 5.322 0.635 3.720 7.474 418

負債比率 50.863 51.465 18.800 6.250 91.730 418

総資産回転率 1.149 0.976 0.822 0.160 12.913 418

設備投資額/売上高 0.048 0.034 0.052 0.000 0.512 418

販売費及び一般管理費/売上高 0.216 0.178 0.137 0.015 0.919 418

図表 4-1 は、本稿で使用した説明変数の記述統計量を示している。

4.3. 分析結果・考察①

図表 4-2 2 次分析結果①-Ⅰ

ROE ROA

切片 3.997

-0.941

(0.167) (0.592)

CSR 合計得点 -0.035

*** -0.015

** (0.000) (0.011)

log 総資産 1.704

** 1.782

*** (0.015) (0.000)

負債比率 -0.145

*** -0.125

*** (0.000) (0.000)

総資産回転率 0.549

0.573

** (0.168) (0.018)

設備投資額/売上高 23.870

*** 12.555

*** (0.000) (0.001)

販売費及び一般管理費/売上高 -4.266

* -2.373

* (0.069) (0.095)

決定係数 0.182 0.253

***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で有意であることを示す。

( )内は p 値(両側検定)である。

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上記の分析結果を見ると、ROE と ROA のどちらが被説明変数の場合においても、CSR

合計得点の係数は有意に負となっている。つまり、CSR 合計得点と ROE・ROA は負の関

係にあり、CSR 活動は収益性を圧迫していると言える。

また、CSR 合計得点は、「雇用得点」、「環境得点」、「社会性得点」の 3 つの合計点である

が、3 つの中でどの分野が収益性を圧迫しているのかを見るために、3 つの分野に細分化し

て同様の分析を行った。

図表 4-3 2 次分析結果①-Ⅱ

ROE ROA

切片 4.569

-0.191

(0.116) (0.913)

雇用得点 0.003

-0.010

(0.903) (0.482)

環境得点 -0.082

*** -0.058

*** (0.001) (0.000)

社会性得点 -0.022

0.018

(0.389) (0.234)

log 総資産 1.684

** 1.775

*** (0.015) (0.000)

負債比率 -0.143

*** -0.123

*** (0.000) (0.000)

総資産回転率 0.439

0.529

** (0.271) (0.029)

設備投資額/売上高 23.120

*** 12.284

*** (0.000) (0.001)

販売費及び一般管理費/売上高 -5.144

** -2.640

* (0.030) (0.065)

決定係数 0.193 0.269

***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で有意であることを示す。

( )内は p 値(両側検定)である。

図表 4-3 より、環境が ROE・ROA に対して有意に負である。したがって、環境分野で

の CSR 活動が収益性を圧迫するということが示された。

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4.4. 仮説②

2 次分析①では、CSR と収益性は負の関係にあるということが示され、CSR は収益性を

圧迫していると言える。しかし、CSR は収益性に結び付かない単なるコストなどではなく、

企業価値を高めるという説もある。そこで、CSR は一時的に収益性を圧迫するが、企業価

値を高めるという仮説を立て、統計的に分析する。なお、企業価値の代理変数としてトー

ビンの Q を使用する。

推計式Ⅰ

Tobin’s Q=a

+bX1(CSR 合計得点)

+cX2(log 総資産)

+dX3(負債比率)

+eX4(総資産回転率)

+fX5(設備投資額/売上高)

+gX6(販売費及び一般管理費/売上高)

推計式Ⅱ

Tobin's Q=a

+bX1(雇用得点)

+cX2(環境得点)

+dX3(社会性得点)

+eX4(log 総資産)

+fX5(負債比率)

+gX6(総資産回転率)

+hX7(設備投資額/売上高)

+iX8(販売費及び一般管理費/売上高)

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4.5. 分析結果・考察②

図表 5-4 2 次分析結果②-Ⅰ

トービンの Q

切片 -0.416

*** (0.000)

CSR 合計得点 0.001

*** (0.001)

log 総資産 0.015

(0.561)

負債比率 0.001

* (0.062)

総資産回転率 0.007

(0.608)

設備投資額/売上高 0.016

*** (0.000)

販売費及び一般管理費/売上高 0.225

** (0.010)

決定係数 0.185

***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で有意であることを示す。

( )内は p 値(両側検定)である。

分析の結果、図表 5-4 のような結果が得られた。2 次分析①とは異なり、CSR 合計得点

は企業価値(トービンの Q)に対して正であり、1%水準で有意となっている。したがって、

CSR 活動は企業価値を高めると言える。

また、具体的にどの活動が企業価値を高めているかを調べるため、1 次分析と同じく「雇

用得点」「環境得点」「社会性得点」の 3 つの分野に細分化し、同様の分析を行った。

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図表 4-5 2 次分析結果②-Ⅱ

トービンの Q

切片 -0.318

*** (0.007)

雇用得点 0.000

(0.994)

環境得点 -0.001

(0.188)

社会性得点 0.002

** (0.011)

log総資産 0.043

(0.128)

負債比率 -0.001

(0.265)

総資産回転率 0.015

(0.358)

設備投資額/売上高 0.316

(0.204)

販売費及び一般管理費/売上高 0.158

* (0.098)

決定係数 0.045

***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で有意であることを示す。

( )内は p 値(両側検定)である。

図表 4-5 の分析結果より、社会性得点がトービンの Q に対して 5%水準で有意に正の関

係を持つと示された。したがって、社会性の分野での CSR 活動が企業価値を高めると言え

る。社会性得点は、消費者対応、商品・サービスの安全性、社会貢献活動等を評価して算

出しており、消費者や社会への CSR 活動が企業価値を高めると考えられる。そのプロセス

の一例としては、消費者に対する CSR 活動が企業の知名度やイメージ向上につながり、売

上が増加することによって企業価値が上がる、ということが挙げられるのではないだろう

か。

2 次分析①では、CSR 活動は収益性を圧迫するという結果が得られ、2 次分析②では、

CSR 活動は企業価値を高めるということが判明した。したがって、2 次分析①,②より、CSR

活動は一時的に収益性を圧迫するが、企業価値を高めると言えると考えられる。

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5.CSR の格付け昇降と企業価値増減の関係 -3 次分析-

2 次分析では、CSR 活動をやっている企業ほど企業価値が高いという結果が出たが、企

業価値が高い企業が CSR 活動を行っている可能性も捨てきれない。そこで、企業が行う

CSR の変化に対して企業価値も変化するのか、ということを検証する。2 次分析までは、

東洋経済新報社の第 5 回 CSR 企業ランキングに掲載されている CSR 得点を利用していた

が、300 点満点で得点の付け方が細かいという利点がある一方で、2010 年のデータしか得

られず、複数年の分析ができないという欠点があった。そこで、CSR の変化と企業価値の

変化を見る 3 次分析では、同じく東洋経済新報社の CSR 企業総覧に掲載されている CSR

評価を用いる。この CSR 評価は、AAA から C までの 5 段階評価であるが、複数年にわた

るデータが得られる。3 次分析では、AAA を 5 点、AA を 4 点、A を 3 点、B を 2 点、C

を 1 点と換算し、t 年から t+1 年の CSR 格付けの昇降が、t 年から t+1 年の企業価値の増

減に関係があるのかどうかを、平均値の差の検定を用いて検証する。

5.1. 仮説

CSR 活動が企業価値を高めるならば、CSR の格付けが上がっていれば企業価値も上がっ

ており、CSR の格付けが下がっていれば企業価値も下がっていると考えられる。したがっ

て、CSR の格付け昇格企業は企業価値も増加し、CSR の格付け降格企業は企業価値も減少

するという仮説を立て、統計的に分析する。

5.2. サンプル

CSR の格付けは、東洋経済新報社が出版している「CSR 企業総覧」に記載されているデ

ータを用いる。CSR 企業総覧では、人材活用・環境・企業統治・社会性について AAA から

C までの 5 段階で各企業を評価している。分析するにあたり、AAA=5 点、AA=4 点、A=3

点、B=2 点、C=1 点と換算し、人材活用・環境・社会性の評価の合計得点が前年より上昇

していた企業を昇格企業、合計得点が減少していた企業を降格企業とした。また、サンプ

ル企業は t 年と t+1 年の両方のデータが全てそろう企業の中からランダムに選出した。

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5.3. 分析結果・考察

図表 5-1 3 次分析結果

企業価値(トービンの Q)の変化幅 (t+1 年)-t 年

t 年 CSR 格付け昇格企業 CSR 格付け降格企業 平均値の差(昇格‐降格)

2009 0.010 -0.032

0.042(0.036) ** [140] [48]

***,**,*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で有意であることを示す。

( )内は P 値(両側検定)である。数値はすべて小数点以下第四位を四捨五入。

[ ]内はサンプル数を示す。

図表 5-1 の分析結果より、CSR 格付け昇格企業はトービンの Q が増加しており、CSR

格付け降格企業はトービンの Q が減少しているということが 5%水準で有意に示された。格

付けの昇降と企業価値の増減において双方向の関係が示されたことから、CSR 活動は企業

価値に正の影響を与えるのではないかと考えられる。すなわち、株主が CSR をプラスに評

価しているということにも矛盾しない。

6. おわりに

本稿では、CSR が様々なステークホルダーのうち株主にとってはマイナスなのではない

かという考えのもと、CSR 活動を株主がどのように評価しているのかについて統計的な検

証を行った。1 次分析では、CSR 活動には多額の費用を必要とする一方で収益に直結せず、

自分たちにとってマイナスであると株主が考えているならば、CSR 活動を抑圧し、反対に、

CSR 活動はプラスであると考えているならば、株主は CSR 活動を推進するよう働きかける、

という仮説を立てた。前述の仮説のもと、重回帰分析を用いて CSR 得点と株主のプレッシ

ャーの関係を統計的に検証し、その結果、株主のプレッシャーが強い企業ほど、CSR 得点

が高いという結果が得られ、株主は CSR 活動をプラスだと捉えていると考えられた。以上

の結果を踏まえ、2 次分析では CSR 活動と収益性、企業価値との関係に着目し、分析を行

った。その結果、CSR 活動と収益性には負の関係性があり、企業価値との間には正の関係

があることが判明した。したがって、CSR 活動は収益性を一時的に圧迫するが、企業価値

を高める活動であると言えるだろう。しかし、2 次分析では企業価値の高い企業が CSR 活

動を行っているという可能性を行っているという可能性を捨て切れなかったため、3 次分析

では、CSR 活動の変化に対して企業価値も変化するのかということを統計的に検証した。

その結果、CSR 格付けが昇格すると企業価値が増加し、降格すると企業価値が減少すると

いう結果が得られた。ゆえに、CSR 活動は企業価値に正の影響を与え、株主のためにもな

っているため、株主は CSR 活動をプラスに評価しているということが言える。

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以上より、本稿において株主はプラスだと捉えており、その理由は CSR 活動が企業価値

に正の影響を与えるからであるということを示せた。

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参考文献

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眞崎昭彦(2006),「わが国における CSR(企業の社会的責任)の現状と課題―企業業績と CSR

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白須洋子(2011),「SRI 関連株の中長期パフォーマンスの特徴について」『証券アナリストジ

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実証研究」『証券アナリストジャーナル』2011 年 5 月号, 29-38頁。

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参考サイト

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グローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワーク「グローバル・コンパクトとは」

(http://www.ungcjn.org/)、アクセス日時:2011 年 11 月 16 日。

日本証券アナリスト協会 企業価値分析における ESG 要因研究会「企業価値分析における

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(http://www.saa.or.jp/account/account/pdf/report_esg_201006.pdf)、アクセス日

時:2011 年 11 月 16 日。

佐々木隆文(2004)「人材重視型 CSR と企業価値(1)」

(http://www.nikko-fi.co.jp/uploads/photos1/829.pdf)、アクセス日時:2011 年 11 月

16 日。