散発事例からのsalmonella serovar hadarの...

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1210 散発事例か ら のSalmonella serovar Hadarの 検出状況 と薬剤 東京都立衛生研究所微生物部,*同 多摩支所 松下 小西 典子 有松 真保 甲斐 明美 山田 澄 夫*諸 杏林 大学 医学部/保健学部 (平成11年9月2日 受付) (平成11年9月29日 受理) Key words: Salmonella serovar Hadar, drug resistance 東 京 に お い て1980~1998年 に,国 内 散 発 事 例 及 び 海 外 旅 行 者 に よ る 輸 入 散 発 事 例 よ り分 離 され た780 株 のSalmonella serovar Hadar(S.Hadar)に つ い て,そ の 検 出状 況,薬 剤耐性について 国 内 事 例 で は こ の 間8,359株 の サ ル モ ネ ラ が 検 出 さ れ た.そ の う ちS.Hadarは1984年 に初めて検出 さ れ,そ の 後1987年 以 降 急 増,毎 年1~7位 の 検 出 順 位 を 占 め,合 計601株 で そ の 検 出 頻 度 は7.2%で あ っ た.輸 入 事 例 で も1984年 に初 めて検 出,そ の 後,国 内 事 例 同 様1987年 か ら は 毎 年1~5位 の高検出 順 位 で 推 移,全 検 出 サ ル モ ネ ラ4,083株 中179株 が 本 血 清 型 で,4.4%の 検 出 頻 度 で あ っ た.な お,こ らの 旅 行 先 は,イ ン ドネ シ ア,タ イ を 中 心 とす る東 南 ア ジ ア が ほ と ん ど で あ っ た. CP,TC,SM,KM,ABPC,ST,NA,FOM,及 びNFLXの9種 薬 剤 に対 す る耐性 試験にの結 果,両 事 例 由 来 株 と も そ の ほ と ん ど が 耐 性 株 で,国 内 事 例 由 来 株 で586株(97.6%),輸 入 事 例 由 来 株 で175 株(97.8%)が,NFLXを 除 く い ず れ か に 多 剤 あ る い は 単 剤 耐 性 で あ っ た.薬 剤 別 で は,両 事例由来株と もTC及 びSMに 対 す る耐 性 率 が 高 か っ た.そ の 耐性 パ ター ンは,全 体 で24種 認 め られ た が,そ の主要 な も の は 国 内 事 例 由 来 株 でTC・SM・KM(231株),TC・SM(205株),TC・SM・KM・ABPC(65 株),輸 入 事例 由来株 でTC・SM(135株)及びTC単 剤(13株)で あ っ た. 〔感 染 症 誌73:1210~1216,1999〕 著 者 ら は,我 が国で分離 されたサルモネラの細 菌 学 的 特 徴 を 把 握 す る た め,1980年 以降東京都内 に お い て 分 離 さ れ た ヒ ト由 来 サ ル モ ネ ラ に つ い て,国 内事例由来株 と海外旅行者 よりの輸入事例 由来株 を対象 に,主 としてその血清型 と薬剤耐性 の 面 か ら比 較 検 討 して きた.そ の結果,分 離サル モ ネ ラの 血 清 型 は年 々 多 彩 化 傾 向 に あ る こ と,ま た 薬 剤 耐 性 株 の 出現 頻 度 も上 昇 傾 向 に あ る こ とな ど を 明 らか に して きた1)2). 近 年,欧 米 諸 国 だ け で な く我 が 国 に お い て も, ヒ ト及 び 家 禽 等 か ら 各 種 薬 剤 に 耐 性 を示 すSal- monella serovar Hadar(S.Hadar)の 公 衆 衛 生 及 び 食 品 衛 生 上 問 題 とな っ て い る3)~10). そ こ で今 回,1980年 か ら1998年 の 間 に,東 京 都 内 に お いて ヒ ト散 発事 例 か ら分 離 され たS.Hadar に つ い て,そ の 検 出状 況,及 び分離株の薬剤耐性 別刷 請求 先:(〒169-0073)東 京都 新宿 区 百人 町3-24-1 東京都立衛生研究所微生物部 松下 感染症学雑誌 第73巻 第12号

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1210

散 発 事 例 か らのSalmonella serovar Hadarの 検 出 状 況 と薬 剤 耐 性

東京都立衛生研究所微生物部,*同 多摩支所

松 下 秀 小 西 典子 有 松 真 保

甲斐 明美 山 田 澄夫*諸 角 聖

杏林大学医学部/保健学部

工 藤 泰 雄

(平成11年9月2日 受付)

(平成11年9月29日 受理)

Key words: Salmonella serovar Hadar, drug resistance

要 旨

東 京 にお いて1980~1998年 に,国 内散発 事例 及 び 海外 旅行 者 に よる輸 入散 発事 例 よ り分離 され た780

株 のSalmonella serovar Hadar(S.Hadar)に つ い て,そ の検 出状 況,薬 剤 耐性 につ い て検討 した.

国 内事 例 で は この間8,359株 の サ ル モ ネ ラが検 出 され た.そ の うちS.Hadarは1984年 に初 めて 検 出

され,そ の後1987年 以 降急 増,毎 年1~7位 の検 出順 位 を 占め,合 計601株 で そ の検 出 頻度 は7.2%で

あ った.輸 入事 例 で も1984年 に初 めて検 出,そ の後,国 内事例 同様1987年 か らは毎 年1~5位 の 高検 出

順 位 で推 移,全 検 出サ ルモ ネ ラ4,083株 中179株 が本 血清 型 で,4.4%の 検 出頻 度 であ った.な お,こ れ

らの旅 行 先 は,イ ン ドネ シア,タ イ を中心 とす る東 南 ア ジ アが ほ とん どであ っ た.

CP,TC,SM,KM,ABPC,ST,NA,FOM,及 びNFLXの9種 薬 剤 に対 す る耐性 試験にの結 果,両

事 例 由 来株 と もそ の ほ とん どが 耐性 株 で,国 内事 例 由 来株 で586株(97.6%),輸 入 事 例 由 来株 で175

株(97.8%)が,NFLXを 除 くいず れか に多 剤 あ るい は単剤 耐性 で あ った.薬 剤 別 で は,両 事例 由 来株 と

もTC及 びSMに 対 す る耐 性 率が 高 か った.そ の 耐性 パ ター ンは,全 体 で24種 認 め られ たが,そ の主要

な もの は国 内事 例 由来株 でTC・SM・KM(231株),TC・SM(205株),TC・SM・KM・ABPC(65

株),輸 入 事例 由来株 でTC・SM(135株)及 びTC単 剤(13株)で あ った.

〔感 染 症 誌73:1210~1216,1999〕

序 文

著者らは,我 が国で分離 されたサルモネラの細

菌学的特徴を把握す るため,1980年 以降東京都内

において分離 されたヒ ト由来サルモネラについ

て,国 内事例由来株 と海外旅行者 よりの輸入事例

由来株 を対象 に,主 としてその血清型 と薬剤耐性

の面から比較検討 して きた.そ の結果,分 離サル

モネラの血清型は年々多彩化傾向にあること,ま

た薬剤耐性株の出現頻度 も上昇傾向にあることな

どを明らかにして きた1)2).

近年,欧 米諸国だけでなく我が国においても,

ヒ ト及び家禽等か ら各種薬剤に耐性 を示 すSal-

monella serovar Hadar(S.Hadar)の 検出が多 く,

公衆衛生及び食品衛生上問題 となっている3)~10).

そこで今 回,1980年 から1998年 の間に,東 京都内

において ヒ ト散発事例 か ら分離 されたS.Hadar

について,そ の検出状況,及 び分離株の薬剤耐性

別刷請求先:(〒169-0073)東 京都新宿区百人町3-24-1

東京都 立衛生研究所微生物部

松下 秀

感染症学雑誌  第73巻  第12号

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S.Hadarの 検出状況 と薬剤耐性 1211

についてまとめたので報告する.

材料と方法

1. 供試菌株

1980~1998年 の19年 間に,東 京において国内

事例 と考えられた下痢症患者 とその関係者(集 団

事例由来は含 まず)及 び飲食物取扱い従事者等の

保菌者検索から分離された601株(国 内事例由来

株;Domestic cases),並 びに海外旅行者による散

発輸入事例より分離された179株(輸 入事例由来

株;Imported cases),合 計780株 の ヒ ト由来S.

Hadarに ついて検討 した.な お,輸 入事例由来株

の大半は,東 南 アジア諸国への旅行者から分離 さ

れたものである.

2. 薬 剤 耐 性 試 験

米 国 臨 床 検 査 標 準 委 員 会(NCCLS)の 抗 菌 薬

デ ィス ク感 受 性 試 験 実 施 基 準11)に基 づ き,市 販 の

感 受 性 試 験 用 デ ィ ス ク(セ ン シ デ ィス ク;BBL)を

用 い て 実 施 した.供 試 薬 剤 は,ク ロ ラ ム フ ェ ニ コー

ル(CP),テ トラ サ イ ク リ ン(TC),ス ト レプ トマ

イ シ ン(SM),カ ナ マ イ シ ン(KM),ア ン ピ シ リ

ン(ABPC),ス ル フ ァメ トキ サ ゾ ー ル ・ トリ メ ト

プ リ ム合 剤(ST),ナ リ ジ ク ス 酸(NA),ホ ス ホ マ

イ シ ン(FOM),ノ ル フ ロキ サ シ ン(NFLX)の9

薬 剤 で あ る。

成 績

1. 検出状況

1980~1998年 における国内事例 及び輸入事例

由来 の全検 出サ ルモネ ラ株 数 と,そ の 中のS.

Hadar株 数及 び検出順位 を,年 次別 にそれぞれ

Table1とTable2に 示 した.

国内事例ではこの間合計8,359株 のサルモネラ

が検出された.そ の うちS,Hadarは1984年 に初

めて検出され,そ の後1987年 以降急増 した.1988

年22.9%,1989年17.9%,1991年12.6%と 高い検

出率で,第1位 の検 出順位であった.そ の後検出

率はやや低下 しているが,全 体では601株 検出さ

れ,そ の検出頻度は7.2%で あった.

一方,輸 入事例で も1984年 に初 めて分離 され

た.その後,国 内事例同様1987年 か らは急増 した.

1990年11.1%,1992年10.4%,1993年11.0%と 高

い検出率で,第1位 の検出順位であった.全 期間

Table 1 Number of all Salmonella and Salmonella

serovar Hadar isolated from domestic cases in

Tokyo, 1980-1998

* Detection rank of S. Hadar in all Salmonella serovars

Table 2 Number of all Salmonella and Salmonella

serovar Hadar isolated from imported cases in

Tokyo, 1980-1998

* Detection rank of S . Hadar in all Salmonella serovars

の検出サルモネラ4,083株 中179株 が本血清型株

で,そ の検出頻度は4.4%で あった.こ の輸入事例

平成11年12月20日

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1212 松下 秀 他

Table 3 Drug-resistance of Salmonella serovar Hadar isolated from domestic cases in Tokyo, 1980-1998

Table 4 Drug-resistance of Salmonella serovar Hadar isolated from imported cases in Tokyo, 1980-1998

に お け る 旅 行 者 の 旅 行 国 は,イ ン ドネ シ ア(86

件),タ イ(32件),タ イ と シ ンガ ポ ー ル(7件),

イ ン ドネ シ ア と シ ン ガ ポ ー ル(6件),イ ン ド(4

件),シ ン ガ ポ ー ル(3件),マ レ ー シ ア と シ ン ガ

ポ ー ル(3件),ベ トナ ム(2件),フ ィ リ ピ ン(2

件),マ レー シ ア,中 国,台 湾,ケ ニ ヤ が そ れ ぞ れ

1件,及 び 調 査 不 能30件 で あ っ た.

2. 薬 剤 耐 性

Table3とTable4に 供 試 し た 国 内 事 例 由 来

601株 と輸 入 事 例 由 来179株 に お け る耐 性 菌 出 現

状 況,及 び供 試9薬 剤 そ れ ぞ れ に お け る耐 性 菌 出

現 頻 度 を5年 期 間(1995~1998年 は4年 間)に 分

け て 示 した.両 事 例 由 来 株 と も,当 初 よ り95%以

上 の 高 耐 性 率 で 推 移 し,全 体 で は 国 内 事 例 由 来 株

で586株(97.6%),輸 入 事 例 由来 株 で175株(97.8

%)と そ の ほ と ん どが 耐 性 株 で あ っ た.

全 体 にお け る各 薬 剤 別 に み た 耐 性 頻 度 は,国 内

事 例 由 来 株 で はTC(96.3%),SM(95.2%),KM

(51.9%),  ABPC(19.0%),  ST(3.0%),  CP(0.7

%),  FOM(0.3%),  NA(0.2%)の 順 で 高 く,輸

入 事 例 由 来 株 で はTC(97.2%),  SM(89.4%),  KM

(6.7%),  NA(4.5%),  ST(3.4%),  CP(2.2%),

ABPC(1.1%)の 順 で あ っ た.な お,両 事 例 由 来

株 ともNFLX耐 性株 は全 く検出されなかった.

耐性株の耐性パ ター ンを5年 期間別,由 来別に

Table5に 示 した.両 事例 由来株 とも各期間別に

は大きな変化は観察されなかった.全 期間では,

国内事例由来の耐性586株 で20パ ターン,輸入事

例由来の耐性175株 で12パ ターン,全 体では24

パ ター ン認め られた.な お,2剤 以上の多剤耐性株

は,前 者で577株(98.5%),後 者で161株(92.0

%)で あった.全 体におけるそれらの主要耐性パ

ター ンは,国 内事例由来株でTC・SM・KM(231

株), TC・SM(205株),  TC・SM・KM・ABPC

(65株), TC・SM・ABPC(43株),輸 入事例由来

株でTC・SM(135株),  TC単 剤(13株)で あっ

た.

次に,1995年 以降,国 内事例由来株においてST

を含 む耐性株が,輸 入事例由来株においてNA

を含む耐性株が,そ れぞれ高頻度に認められてい

ることより,そ の出現状況 と耐性パ ターンをTa-

ble6とTable7に まとめた.前 者は全体 で18株

検出され,そ のうち14株 は1998年 に分離された

ものであった.後 者は全体で8株 認め られ,7株 は

1996年 と1998年 に分離 されたもので,い ずれ も

イ ンドネシアあるいはタイへの旅行者から分離さ

感染症学雑誌  第73巻  第12号

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S.Hadarの 検 出状況 と薬剤耐性 1213

Table 5 Drug-resistance patterns of Salmonella serovar Hadar isolated from sporadic cases in Tokyo,

1980-1998

* Dom=Domestic cases , Imp=Imported cases

Table 6 Sulfamethoxazole-trimethoprim resistant

Salmonella serovar Hadar isolated from domestic

cases in Tokyo, 1980-1998

れたものであった.

考 察

我が国では,サ ルモネラに起因する疾病のうち,

Table 7 Nalidixic-acid resistant Salmonella serovar

Hadar isolated from imported cases in Tokyo,

1980-1998

チフス菌及 びパラチ フスA菌 を原因 とす る二類

感染症(従 来の法定伝染病)で あるチフス症(腸

チフス ・パラチフス)は,近 年激減 を見るに至っ

た12).

平成11年12月20日

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1214 松下 秀 他

一方,い わゆる非チフス性菌による急性胃腸炎

(下痢症)あ るいは食中毒 として扱 われる疾病は,

食生活の欧米化,外 食産業の隆盛 などとも関連 し

てむしろ増加傾向にあ り,毎 年多数の集団食中毒

事例や,散 発発生例が報告 されている13)14).また,

近年の海外旅行者の急増に伴い問題視 されるよう

になった,い わゆる輸入腸管感染症 としても発生

頻度が高 く15),依然 として食品衛生あるいは公衆

衛生上大きな問題 となっている.

これらの原因となるサルモネラの血清型 として

は種 々知 られている14)が,近 年我が国を含む先進

諸 国において特 に問題 となっているのは,1988

年以降検 出頻度が急増,現 在 も継続 しているS.

Enteritidis16)17),従来 よ り検 出頻 度の 高いS.Ty-

phimuriumの 中で も最近のDT104と 型別 される

多剤耐性菌18)~20),及び同じく検出頻度が高 く,か

つ分離 株の ほ とん どが 多剤 耐性株 と され るS .

Hadarで あろう3)~10).

本報は,S.Hadarに 焦点 を絞 り,東 京において

1980~1998年 の間に散発事例 より分離された,全

検出サルモネラにおける本血清型菌 の検 出頻度

と,分 離菌株の薬剤耐性について検討 した成績 を

述べたものである.

検出状況についてみると,国 内事例よ りこの間

8,359株 のサルモネラが検出されているが,そ のう

ちS.Hadarは601株 で7.2%を 占めていた.年 次

別に見る と,1984年 に初めて検 出され,そ の後

1987年 か らは毎年検出順位1~7位 と高頻度 に検

出されている.一 方,輸 入事例では合計4,083株 中

179株 で4.4%を 占めていた.国 内事例同様1984

年 に台湾旅行者 より初めて分離 され,1987年 か ら

は検出順位1~5位 とやは り高頻度で推移 して き

ている.こ れらの旅行先 を見ると,イ ンドネシア,

タイを主体 とす る東南 アジアがほ とん どであ っ

た.な お,こ の検出頻度は,著 者らがすでに報告

した20),従 来より高い検出率で良 く知 られている

S.Typhimurium(同 期間の検出率は国内事例由来

で6.2%,輸 入事例由来で3.7%)の それを上回るも

のであった.ど ちらが先かは明 らかでないが,我

が国だけでな く,東南アジア諸国において も,1984

年頃を境 に本血清型菌による汚染が急速に広まっ

た ものと考えられる.

なお,我 が国におけるこれまでの報告では食肉,

中で も鶏肉及びその関連施設等か らの検出頻度が

高いとされている5).S.Enteritidisに おいては鶏

卵 との関連性がすでに明 らかにされている17)が,

本菌においては不明な点が多 く,更 なる調査,検

討が必要である.

次に,我 が国においても以前から問題視 されて

きた,各 種抗菌剤 に対する耐性菌の出現状況につ

いてみると,国 内事例由来株では97.6%(601株 中

586株),輸 入事例由来株では97.8%(179株 中175

株)と そのほとんどが耐性株であった.同 年間に

おける全検出サルモネラの耐性菌出現頻度は,国

内事例由来株で28.7%(8,359株 中2,398株),輸 入

事例由来株 で31.7%(4,083株 中1,293株)で あ り,

全体 と比較するとS.Hadarに おける耐性率の高

さは特殊なもの と考えられる.

その耐性パ ター ンを見 ると,S.Typhimurium

等のある種血清型菌において認め られる1)2),5剤

以上の多剤耐性株は皆無で,そ の主体は国内事例

由来株ではTC・SM・KM(耐 性株の39.4%)及 び

TC・SM(同35.0%),輸 入事例 由来株 で はTC

・SM(同77.1%)で あった.今 後,新 たな多剤耐

性株が出現するか否か,興 味の持たれるところで

ある.

各薬剤別に見た耐性菌出現頻度において注目さ

れるのは,ST耐 性株が国内事例 由来株 で1998

年,NA耐 性株が輸入事例由来株で1996年,1998

年 と従来に比較すると高頻度に分離されているこ

とである.特 に,旧 キノロン剤 とも呼ばれるNA

に耐性 の株 は,供 試 したニューキノロン系薬剤

NFLXに も,耐 性 とは判定されない程度であるが

交差耐性を示 した.近 年,医 療の現場や養鶏場等

において,各 種キノロン系薬剤が汎用 されている

ことを反映 してい るもの と考 えられる.な お,

ニューキノロン剤高度耐性サルモネラの出現 も報

告されてお り21)~23),今後の動向に対 しては引 き続

き監視 していく必要がある.

国立感染症研究所において,S.Hadarの ファー

ジ型別法(以 前,一 時期は実施 されていた)が 再

導入される予定と聞く.今 後,フ ァージ型別や分

感染症学雑誌  第73巻  第12号

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S.Hadarの 検 出状 況 と薬 剤 耐 性 1215

子疫学的解析 を行い,更 なる疫学的データの蓄積

を図 りたい.

文 献

1) 松下 秀, 山田澄夫, 稲葉美佐子, 楠 淳, 工

藤泰雄, 大橋 誠: 東京 において1980-1989年 に

分離 された海外及 び国内 由来 サルモ ネラの血清

型 と薬剤耐性. 感染症誌1992; 66: 327-339.

2) 松下 秀, 山田澄夫, 関口恭子, 楠 淳, 太田

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hadar腸 炎 の 臨 床 的, 疫 学 的 検 討 第1編 散 発

下 痢 症 患 者 に お け るS.hadarの 分 離 状 況 と 臨 床

的細 菌 学 的検 討. 感 染 症 誌1992; 66: 22-29.

5) 望 月 康 弘, 増 田 裕 行, 金 指 秀 一, 他: Salmonella

hadar腸 炎 の臨 床 的, 疫 学 的 検 討 第2編 静 岡

県 に お け るS.hadarに よ る 食 品 環 境 汚 染 の 状 況

と対 策. 感染 症 誌1992; 66: 30-36.

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phoidal salmonellas from humans in England and Wales: a comparison of data for 1994 and 1996. Microb Drug Resist 1997; 3: 263-266.

23) Threlfall EJ, Angulo FJ, Wall PG: Ciprofloxacin-resistant Salmonella Typhimurium DT 104. Vet Rec 1998; 142: 255-256.

平成11年12月20日

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1216 松下 秀 他

Incidence of Salmonella Serovar Hadar from Sporadic Cases in

Tokyo, and Drug Resistance of Isolates

Shigeru MATSUSHITA, Noriko KONISHI, Maho ARIMATSU,

Akemi KAI, Sumio YAMADA&Satoshi MOROZUMI

Department of Microbiology, Tokyo Metropolitan Research Laboratory of Public Health

Yasuo KUDOH

School of Medicine/School of Health Sciences, Kyorin University

A total of 780 Salmonella serovar Hadar(S. Hadar)strains consisting of 601 domestic strains and 179 imported strains isolated in Tokyo, 1980-1998, were examined regarding their incidence and

drug-resistance.

Domestic strains accounted for 7.2% of all Salmonella(8,359 strains)isolated from domestic cases,

and imported strains accounted for 4.4% of all Salmonella(4,083 strains)isolated from imported cases.A drug-resistance test using 9 drugs(CP, TC, SM, KM, ABPC, ST, NA, FOR, and NFLX)showed

that 586 strains(97.6%)of the domestic strains and 175 strains(97.8%)of the imported strains were

resistant to some of the drugs, excluding NFLX. Drugs with a high resistance rate were TC and SM

for both groups. Drug-resistance patterns of the resistant strains varied among the 24 types. Among

those, prevalent patterns recognized were TC•ESM•EKM(231 strains), TC•ESM(205 strains), and TC

・SM・KM・ABPC(65 strains)in the domestic strains , and TC・SM(135 strains)and TC(13 strains)

in the imported strains.

感染症学雑誌  第73巻  第12号