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大阪市大F季刊経済研究Vo l ・20No・3 , December1997 , pp.75-100 ISSN 0387-1789 MSC (マルチメデ ィア ・スーパー ・コ リ ドール) の経済地理学 小長谷 I MSCとは セランゴール州の大首都圏化計画 と MSCの位置 MSCの概要 1.MSC3 つのキー要素 1 )通信 ・物流インフラ 2)サ イバ ー法 (CyberLaw) 3)ェコカルチ ャーを考慮 した都市計画 2.MSC7 大フラッグシップ応用事業 (SevenFlagshipApplications) 1 )政府の高度化 :電子政府 (Electronic Goverment)と多 目的国民 カー ド (NationalMultipurposeCard) 2)専門的サービスの高度化 :遠隔医療 (Telemedicine)とスマー トスクール (SmartSchools) 3)産業の高度化 :R&Dクラスター (R&D Clusters)とワール ドワイ ドな製造業 ウェッブ (World-wideManufacturing Webs)とボーダレスなマーケティングセ ンター (BorderlessMarketingCenters) 3.MDC(MultimediaDevelopment Corporation: マルチメディア開発公社) と MSCステータス 1)MDC:MSCの窓 口機 関 2)MSCステータス 新行政首都プ トラジャヤ (Putrajaya)計画 1.プ トラジャヤの概要 1 ) プ トラジャヤの背景 2)開発の経緯 (2) プ トラ ジ ャ ヤ 開 発 局 (Unit PembangunanPutrajaya) (3) プ トラジャヤ協定とプ トラジャヤ市 公社 (PerbadananPutrajaya) 2.プ トラジャヤの土地収用問題 3.プ トラジャヤの都市計画 と都市構造 1 ) ガーデ ンシテ ィコ ンセ プ ト 2) コアエ リア(KawasanCore) 5 大区域ゾーニング (PrecinctZoning) (1) 連邦政府区域 (PrecinctKera_ jaan/GovermentPrecinct) (2) 商業区域 (PrecinctPerdaga n- gan/CommercialPrecinct) (3) 市民 ・文化区域 (PrecinctSi- vikdanKebudayaan/Civic& CulturalPrecinct) (4) 混合開発区域 (PrecinctPem- bangunan Campuran/Mixed DevelopmentPrecinct) (5) スポ ー ツ ・レク リエ ー シ ョ ン区 (PrecinctSukan danRe- kreasi/Sports&Recreational Precinct) 3)コ ミュニテ ィの構造 4)交通 イ ンフラ マルチ メデ ィア産業都市 サ イバ ー ジ ャ (Cyberjaya) 1 .サイバージャヤの概要 2.サ イバ ー ビュー (Cyberview )社 (1) プ トラジャヤ開発委員会 (J awatankuasa- 結語 PembangunanPutrajaya) とコンソーシアム キーワー ド:マレーシア, 情報産業,都市経済,MSC ,プ トラジャヤ

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大阪市大 F季刊経済研究』

Vol・20No・3,December1997,pp.75-100

ISSN0387-1789

MSC (マルチメディア・スーパー ・コリドール)

の経済地理学

小 長 谷 一 之

I MSCとは

Ⅱ セランゴール州の大首都圏化計画とMSCの位置

Ⅲ MSCの概要

1.MSCの3つのキー要素

1)通信 ・物流インフラ

2)サイバー法 (CyberLaw)

3)ェコカルチャーを考慮 した都市計画

2.MSCの7大フラッグシップ応用事業

(SevenFlagshipApplications)

1)政府の高度化 :電子政府 (Electronic

Goverment)と多目的国民カー ド

(NationalMultipurposeCard)

2)専門的サービスの高度化 :遠隔医療

(Telemedicine)とスマー トスクール

(SmartSchools)

3)産業の高度化 :R&Dクラスター (R&D

Clusters)とワール ドワイ ドな製造業

ウェッブ (World-wideManufacturing

Webs)とボーダレスなマーケティングセ

ンター (BorderlessMarketingCenters)

3.MDC(MultimediaDevelopment

Corporation:マルチメディア開発公社)と

MSCステータス

1)MDC:MSCの窓口機関

2)MSCステータス

Ⅳ 新行政首都プ トラジャヤ (Putrajaya)計画

1.プ トラジャヤの概要

1)プ トラジャヤの背景

2)開発の経緯

(2) プ トラ ジ ャヤ開発 局 (Unit

PembangunanPutrajaya)

(3) プトラジャヤ協定とプトラジャヤ市

公社(PerbadananPutrajaya)

2.プ トラジャヤの土地収用問題

3.プ トラジャヤの都市計画と都市構造

1)ガーデンシティコンセプ ト

2)コアエリア(KawasanCore)の5

大区域ゾーニング (PrecinctZoning)

(1)連邦政府区域 (PrecinctKera_

jaan/GovermentPrecinct)

(2)商業区域(PrecinctPerdagan-

gan/CommercialPrecinct)

(3) 市民 ・文化区域 (PrecinctSi-

vikdanKebudayaan/Civic&

CulturalPrecinct)

(4)混合開発区域 (PrecinctPem-

bangunan Campuran/Mixed

DevelopmentPrecinct)

(5) スポーツ ・レクリエーション区

域 (PrecinctSukan dan Re-

kreasi/Sports&Recreational

Precinct)

3)コミュニティの構造

4)交通インフラ

Ⅴ マルチメディア産業都市サイバージャ

ヤ (Cyberjaya)

1.サイバージャヤの概要

2.サイバービュー (Cyberview)社

(1) プ トラジャヤ開発委員会(Jawatankuasa- Ⅵ 結語

PembangunanPutrajaya)とコンソーシアム

キーワー ド:マレーシア, 情報産業,都市経済,MSC,プ トラジャヤ

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76

l MSCとは

季刊経済研究 第20巻 第 3号

マレーシアは,1985年のプラザ合意による円高に絶妙のタイミングで呼応 した,1986年の

「投資奨励法」による外資導入政策によって,半導体産業を中心とした各国企業の生産拠点 と

しての成長を遂げ, 1人当たりGDPでは5000ドルに迫 り,文字通 りシンガポールを除 く

ASEAN諸国の トップの座についている.このようなマレーシアのアキレス健は労働力である.

わが国の約 8割の国土に約2000万人の人口が居住するにすぎないマレーシアでは, これまで

の産業展開が労働集約的な部門であったため,労働市場は急速にタイトとなりつつあり,労働

賃金の上昇は生産性の上昇速度を上回って進行 している.一方,ASEAN第 3階層ともいうべ

きフィリピンやインドネシア,並びに中国本土において,インフラ等の投資環境は急速に整備

されつつあり,その結果,これまで外資を引きつけていた比較優位は急速に失われつつある.

多くの外資系電機 ・電子産業の初期投資の減価償却はこの数年の内にはぼ完了するとみられて

いるが,その際,単なる労働集約型の部門は,上記の諸国に移転するケースが多 くなるであろ

う. したがって,マレーシアの唯一の道は,資本集約型,知識集約型のより高度な技術部門の

産業開発によるEconomicLadderの上昇である (小長谷 1997a)(7MP (1996-2000)や

IMP2 (1996-2005)においても,全要素生産性 (TFP)の向上として表現されている). こ

の典型が,ペナン都市圏の縁辺に位置するクリム ・-イテクパークなど,半導体前工程のR&

D部門を中心とした工業団地開発であった (小長谷1997a).クリムは,いわば,先進国の 「現

在の」技術水準を目指す試みということができる.一方,現在の先進国が目指す 「将来の」部

門を先取りしようというさらに挑戦的な試みも存在する.その意欲的な性格ゆえにわが国をは

じめとした先進国で も注目されつつあるこの方向のプロジェク トの代表が,本稿で述べ る

MSC(MultimediaSuperCorridor)である.

MSCの構成要素の うち, もっとも先行 していたのが新 クアラルンプル国際空港 (Kuala

LumpurInternationalAirport,以下KLIAと略称)であった.これは首都圏たるセランゴー

ル州の南端,セパン県下に建設中の, 1万ヘクタールというアジア最大の空港である.1992年

に計画がスター トし,1998年に開業を予定 している.一方現首都クアラルンプル (Kuala

Lumpur以下KLと略称)の旧市街において も, 東部 に巨大 な再開発事業KLCC (Kuala

LumpurCityCenter)が着手され,国営石油企業による世界最高のペ トロナスタワーを中心

に新都心の建設が進められている(小長谷1997C).このKL (特にKLCC)か ら南のKLIAまで

の約50キロの間には,丘陵地の熱帯雨林とプランテーションが広大な範域に広がっていた. こ

の両者の間に何 らかの形の線形都市 (リニアシティ)を作ろうとする構想がいくつかの方面か

ら生まれ (わが国の黒川紀華氏や大前研一氏の構想 もかかわったといわれている),やがてプ

ランニングがなされるようになった.

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 77

MSCとは,現首都KLから南のKLIAへ延びる南北50キロ,東西15キロの約 7万5000ヘクター

ル (シンガポールの 6万5000ヘクタールを凌 ぐ) という広大な回廊状地域 (-コリドール

Corridor)に,サイバー法と情報インフラを整備することによって,マルチメディア製品とマ

ルチメディアサービスを生産 しようとする企業を誘致する,新都市 ・地域開発のことである.

総費用は約500億 リンギ (2兆3000億円)程度とみこまれる.それは,現首相マハティールの

言をかりれば 「主導的なマルチメディア技術を開発 ・利用する企業にとって地域的な発射地点

regionallaunchsite」であり,「世界のビジネス様式に革命をもたら」 し,「革新的なサイバー

法と魅力的な自然環境内にある優良な情報インフラを統合することによって,マルチメディア

の潜在能力を全面的に開放」する計画なのである.マレーシア政府にとってMSCは,「マレー

シア政府からの贈り物-アジアでの比重を拡大 しようとする技術開発者や利用者-の贈り物-

マレーシアの繁栄を望むマレーシア国民への贈り物-この技術的-ブと連係 しようとする近隣

諸国への贈り物」と形容されている国家プロジェクトである(MDC1996).

以下では,まずⅡ章でMSCの地域構造について概観 し,Ⅲ章でMSCの代表的事業群および

中心機関であるMDCの活動についてのべる.続いてⅣ章では,MSC中の新都市開発 として,

現時点でもっとも先行 し (1995年決定),電子政府を始めとする行政事業分野の中核をなす新

首都プ トラジャヤの計画について概説する.Ⅴ章では,産業分野事業の中心をなし,企業誘致

の受け皿でもある,本年度 (1997年)からスター トしたマルチメディア新産業都市サイバージャ

ヤについて現時点のデータをもとに触れる.最後にⅥ章では,総括 として,MSCをアジア全

体の諸計画のなかに位置づけることにしたい.

ll セランゴール州の大首都圏化計画とMSCの位置

すでに拙稿 (小長谷1997a,b,C)でも指摘 したように,1980年代以後の,外資規制撤廃後の

急速な経済発展によって成長をとげ成立 した東南アジアの大都市圏は,きわめて特異な構造を

もっている.それは一言でいえば,図 1のような,[外資主導型の工業団地+新中間層向けニュー

タウン開発]という新 しい郊外装置の増殖による大都市圏の形成であった.マレーシアの首都

KLについてのべるならば,中心都市たる連邦直轄市から西方に延びるセクターの発展がこの

典型と考えられる (図 2の(1)). この郊外地域は通称 クランバ レーKelangValleyとよばれ

(生田1989,石簡1995),KL直轄市からペタリンジャヤPetalingJaya, スパ ンジャヤSubang

Jaya,シャーアラムShahAlam等の (工業団地と結びっいた)衛星都市群を経て,外港 クラ

ンKelangに至るクラン河に沿った多核的郊外地域である.とくにシャーアラムは,直轄市を

連邦中央政府に割譲 したお膝元のセランゴール州が,補償金 (1974年から1990年まで年間30億

リンギ)によって建設 した新州都であり,わが国の松下電器産業を始めとする世界中の代表的

企業群の生産拠点となっている.この西方セクターの発展が,いわば現時点での首都圏の代表

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78 季刊経済研究 第20巻

巨 ′

第 3号

〔Suburb〕

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EA:EthnicArea(chinatownelc) ー●、 -.一一 一GTZ:Go一denTriangleZone(l'SegitigaEmas'')US:UpperclassSectorIE:IndustrialEstateNT:NewTown

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図 1 1990年代の東南アジア都市圏の構造 (小長谷 1997Cの図8を一部修正)

的発展形態を象徴 している.

これに対 し,MSCは,これまでほとんどプランテーションや湿地であったセランゴール州

の南部セクターの開発であり (図2の(2)),マルチメディア産業という新 しい要素の導入によ

るIT(ⅠnrormationTechnology;情報技術)の拠点づくり-21世紀の都市開発としての面が

注目されやすいが,上記図 1に要約 したような1980年代~1990年代の東南アジア型大都市圏

(誤解をおそれなければ 「アジアメガシティ型」といえる)としての側面 も依然受 け継がれて

いる点を指摘 しておくことは大切であろう.その典型例が,現在 までに,広大なMSC領域 に

おいて提案されているプロジェクトのうちもっとも重要であり,それゆえ中核となる2大都市,

新行政首都プ トラジャヤPutrajayaとマルチメディア工業団地サイバージャヤCyberjayaで

あるJMSCの回廊状地域は,現KL市街地の新都心KLCCから,南の新国際空港KLIAを結ぶ間

に,KL-セレンバン高速LebuhRayaKLSerembanと南北高速North-SouthLinkとの間には

ぼ挟まれて存在 しているが,この両者は,その中央を貫通する高速鉄道ExpressRailLinkと

専用高速DedicatedHighwayに沿って東西両方から結びっいた,文字通 りMSCの中心的位置

にある.一方は首都機能を有する新都市,一方は世界最大級の-イテク工業団地として, これ

までの開発と比較 しても量的に飛び抜けて大規模なものであることはいうまでもないが,[ニュー

タウン+工業団地]開発というワンセットで企画されている点は,まさに現在の東南アジア的

なまちづくりの伝統を受け継いでいるのである.

= MSCの概要

1.MSCの3つのキー要素

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 79

MSCは3つのキー要素からなっている.

まず第 1は,毎秒2.5Gb~10Gbという飛び抜けた大容量の光ファイバー主軸と巨大な 1万ヘ

クタールというアジア最大の新国際空港を基盤として建設される高容量の世界的通信 ・物流イ

ンフラである.

第 2は,情報技術を自由に利用 し,新 しいアイデアを十二分に活用できるよう,マレーシア

としては異例の情報の完全自由な 「出島」を作ろうとしている点である.イスラム諸国では,

インターネットのホームページにみられるように宗教的観点か ら情報の規制が強いが,MSC

だけはそうした規制か ら完全に開放される.さらに,生産されたマルチメディアソフトやマル

チメディアコンテンツの健全な発展のために,知的所有権の保護を強化する. これ らは,電子

商取引を可能にし,マルチメディアアプリケーションの生産を促進 し,知的所有権保護をめざ

す新 しい政策とサイバー法にネって実現されると考えられている.

第 3は, もともと豊かな熱帯林の緑を活かす開発計画を誘導することによって,MSC地域

の都市開発が,将来にわたって,自然環境と融合 し,イノベーションを育てる魅力的な生活環

境を作 り出すことを保証 している点である.以下にのべるプ トラジャヤにみられるように,大

胆ではあるが注意深いゾ一二ン̀グ計画が,さまざまなインフラの 「メガプロジェク ト」を緑地

保全帯に統合 し,環頃に優 しい知的な都市開発を作り出す.

1)通信 ・物流インフラ

MSCを支援するのは,大容量の,完全にデジタル化された遠隔通信インフラである. これ

は,容量,信頼性,価格の点で国際的水準に設計される. こ一の情報ネットワークはまた,生産

物の迅速な配分を可能にする節合された物流-プの一部をなす.MSCを国内他地域や海外 と

結びつける遠隔通信ネットワークは次のような特徴をもっている.

①光ファイバーの主軸 (バックボーンネットワーク) :仮想会議室,CAD/CAMの遠隔操

作,インターネットによるマルチメディアのライブ放送などを支援するのに十分な能力をもっ

た,毎秒2.5Gb~10Gbという前例のない大容量を提供する.

②インターネットセンターへの高容量 リンケージ :MSC企業, その海外のパー トナー,輸

出市場どうしの問で,自由かつ迅速に情報 ・生産物 ・サービスが流れるよう保証する.

③オープンな標準,高速スイッチング,多目的プロトコル (ATMを含む)

④高性能で競争力のある電話 ・通信価格設定 :MSCの競争力を維持するため,他の地域セ

ンターに比較 してフラットレー トで低価格な基本ネットワークサービスを行い,付加価値サー

ビスに対するオープンエントリー政策を実施する.

こうした通信インフラは,MSCの北の端に立地する,地域で最 も高い通信施設であるKLタ

ワーおよび,自己完結 した 「インテリジェント」都心であるKLCCの複合開発と,MSCの広帯

域のマルチメディアネットワークを支える専用の光ファイバーケーブルによってつながれる.

次に物流インフラとしては, 4本の滑走路,複合オペレーションシステムを用いて,毎時72

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80 季刊経済研究 第20巻 第 3号

(1)現首都圏クランバ レー KelangVaHey地域

-KL直轄市+ペタリン県+クラン県 (斜線部分)-西方セクターへの発展

a :KL旧市街

★- [ニュータウン開発+工業団地]

b :ベタリンジャヤ

C:スパンジャヤ

d :シヤーアラム

e :クラン

ヽヽl●

\ノ-ti.1・ヽ「.1.t

hu

\ヽヽ

6 10km

(2)斬首都圏MSCMuttimediaSuperCorn'dor-KL直轄市とセパン県を結ぶ地域 (網掛け部分)

-南方セクターへの発展

A:再開発新都心KLCCKualaLumpurCityCenterB:新行政首都プ トラジャヤ PutraJayac:マルチメディア工業団地サイバージャヤCyberJayaD:新国際空港KLIAKualaLumpurlnternationalAirpon

し▲一■●--

ーヽ

t一/.\.\11./.\.

南 方 セ ク タ ー

へ の 発 展

I.ヽ-/.㌔

しU

′・-、.∫

50km

ノ/

(3)交通体系の整備

1 :高速鉄道

2:専用高速

3 :南北高速

4 :KL-セ レンバン高速

5:クランバ レー北高速

6 :首都高速

7 :シヤーアラム南高速

8 :クランバ レー南高速

図 2 KL大首都圏 (セランゴール州)の展開とMSCの立地

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MSC(マルチメデ ィア ・スーパ ー ・コ リ ドール)の経済地理学

凡例

横線部 :水系 (人造湖)

網がけ部 :緑地市★印 :商業施設

1号‥公共交通ターミナル首相官邸

2:副首相官邸3 式典広場 DataranUpacara4:水上モスクMasjidTerapung5:通信タワーMenaraTelekomunikasi6:収蔵広場 DataranKhazanah78910ll

81

裁判所広場 Data帽nMahkamah大モスクMasjidBesar市公社庁舎BangunanPerbandaranメインスタジアムSebuahStadiumUtamaウオータースポーツセンタIPusalSukanAlr

5大ゾーニング

A :政府区域 PrednctKerajaan/GovemmentPrecinct

B:商業区域 PrecinctPerdagangan/commercia一Precind

c:市民・文化区域PrecinctSivikdanKebudayaan/civic&Cu仙ralPrecinct

D :複合開発区域PrecincIPembangunanCampuran/MixedDeve一opmentPrednd

E:スポーツ・レクリエーション区域PrecindSukandanRekreasi/sports&RecrealionalPrecinct

図3 プ トラジャヤの中心部 (コアエリアKawasanCore)の構造

(ガーデ ンシテ ィシナ リオ KonsepBandarDalamTamanに基づ くマスタープ ラ ン)

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82 季刊経済研究 第20巻 第3号

便以上を運行 し,コンテナ貨物を100万 トン以上発着させる能力をもった1万ヘクタールのKL

IA(成田の10倍規模)がある.この能力は,その他のMSC計画に組み込まれる予定の,洗練

された電子的情報ネットワークによって高められている.KLIAは,まず1998年前半を目標に

滑走路 1本,国内,国際線用のターミナルビルを建設,年間2500万人の利用者を予想 している.

最終的には,4000メー トル級滑走路4本が完成する.KLIAは,地域のロジスティックハブと

して機能するだけでなく,マレーシアの育成 しようとする航空産業のセンターともなる予定で

ある.また,プトラジャヤ ・サイバージャヤといったMSCの新都市をKL旧市街およ-びKLIA

と結ぶ高速道路網と高速公共交通の新交通プロジェクトについては既述 した通りである.

2)サイバー法 (CyberLaw)

サイバー法の目的は,マルチメディア産業活動の基礎となる情報の自由化と知的所有権の確

立である.イスラム教国マレーシアでは,これまで宗教的観点から特にメディアの内容に対す

る規制が強かった.サイバー法の第 1目的はこれの開放であるが,一足飛びに情報自由化が難

しいので,MSCという 「出島」で実験的に行い,やがて全国に拡大する計画である.現実的

には,マルチメディア商取引をおこなう企業を支援するよう法体系を転換する.サイバー法は,

一種のユニークなソフトインフラとみなすことができる.

サイバー法は,1997年に,最新の通信の枠組みを作り出すマルチメディア集中法とともに,

実行される.その内容は大きく2つに分かれる.第 1のカテゴリーは,マルチメディア技術の

全般的発展のために,一般的保護を与えるもので,①マルチメディア開発者が,仕事,ライセ

ンス,ロイヤリティの取得などのオンラインでの登録を通 じて,完全な知的財産の保護を受け

られるようにするマルチメディア知的所有権サイバー法と,・②法執行者に,違法なアクセス,

傍受,コンピュータ・情報の悪用などを定義する基準を与えるコンピュータ犯罪サイバー法の

2者がこれに当たる.

第 2のカテゴリーは,後述する7つのフラッグシップ応用事業を法的にサポートするもので,

③政治家,公務員,市民が,確立された安全なフォーマットと標準で,互いに電子的にやり取

りできるようにする電子政府サイバー法,④ ビジネスや家庭の中で法的・・商的取引の際,手書

きの署名に代わる,電子的署名を可能にするデジタル署名サイバー法,⑤医療従事者が, (処

置が保険制度で保証されるかどうかの知識をもって)電子的医療データや処方基準を使って遠

隔地から医療サービスを提供できるよう支援する遠隔医療開発サイバー法の3者がこれに当た

る.

3)ェコカルチャーを考慮 した都市計画

環境を活かしたまちづくりについては,後述のプトラジャヤ計画で詳説することにするので,

ここでは簡単にふれおくことにしたい.新行政首都プトラジャヤは,1998年のまちびらさから

わずか7年後の2005年の完成時には,25万人 (5万2000世帯)を擁する中規模都市を作ろうと

する意欲的な試みであるだけでなく,先端的な情報施設と同時に,緑に満ちた都市的環境 ・ア

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 83

メニティを提供する都市でもある. これは,「インテリジェント」な特徴をもったガーデンシ

ティコンセプトの採択によって実現 したもので,「エコカルチャー」 の保全に重点をおいたス

トラクチャープランにあわせて開発され,住民の生活の質に敏感な都市を作ることが基本となっ

ている.

2.MSCの7大フラッグシップ応用事業 (SevenFlagshipApplications)

MSCの本当のポイントは,やはり,これまでマレーシア政府が最大限の成功をおさめてき

た伝統的手法である,手際のよい 「外資の導入 ・利用」のアプローチにあるといえる.その点

で,これまでの 「マレーシア方式」は,21世紀計画においても相変わらず重要な意味をもって

いるといえよう.

MSCの成長を促進するため,各種企業を呼び込む具体的な目標を設定することがもっとも

効果的である.このため,マレーシア政府は,MSCの初期段階,2000年までに7つのフラッ

グシップ応用事業 (-マルチメディアの応用分野,マルチメディア応用産業)を設定 した.す

なわち①電子政府,②遠隔医療,③スマー トスクール,④多目的国民カー ド,⑤R&Dクラス

ター,⑥ワール ドワイ ドな製造業ウェッブ,⑦ボーダレスなマーケテイングセンターであるが,

これらは,以下の3つの観点からまとめられると考えられる.

1)政府の高度化 :電子政府と多目的国民カー ド

2)専門的サービスの高度化 :遠隔医療とスマー トスクール

3)産業の高度化 :R&Dクラスターとワール ドワイドな製造業ウェッブとボーダレスな

マーケティングセンター

これらのフラッグシップ応用事業は,当初は政府がビジネス界と連係 しながら始めるが,開

発 ・実行契約をかわすことによって応用事業を形成 しようとする企業には順次参加機会を与え

ていく方針である. もちろん,「マレーシア政府は,これらの応用事業の開発と実現のために,

主導的なローカル企業からの援助を期待 している (MDC1996)」と表現されているが,当分の

間,外資が主役となることは確かである.

1)政府の高度化 :電子政府 (ElectronicGoverment)と多目的国民カー ド (National

MultipurposeCard)

この計画は,以下にのべる遷都プ トラジャヤ計画と切り離すことができない.拙稿 (小長谷

1997a)でも繰り返 しのべたように,KLの旧市街の最大の欠点はその狭小さにある.山麓線ぞ

いに発達 した鉱山交易都市という起源のため,西部を緑地帯reserveに,東部はす ぐ近 くに迫

る山麓線に挟まれ,市街地の発展に限界がある.上述 したクランバ レー方向の発展が連続的な

スプロールというよりも,多核的 ・分散的な衛星都市としての性格が強いのはこのためである.

そのため現在の200万都市が限界となっている.既出したKLCCの串うな都市再開発はおこな

われるが,急速に経済発展する中進国の首都としては手狭であり,遷都は時間の問題であった.

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84 季刊経済研究 第20巻 第 3号

その際問題となるのが政府の許認可業務である.マ レーシア経済を支えているのは日米欧

NIESの海外企業,およびそれと密接に連関するローカル企業であるが, これ らの諸企業の連

邦中央政府との手続きは,MIDA(マレーシア工業開発庁)など代表的なものでも数多 く存在

する.そのため遷都をする場合,新都が最初は当然純粋な行政都市から建設され,既存の企業

の大部分の事業所が現KL市街に残るすると,分離のためのアクセス上の不利益が発生 し,既

に労働市場では比較優位が失われつつあるマレーシアの企業立地上の競争力がますます低下す

ることになりかねない.そこでこの遷都計画をマルチメディア技術によって救うことにより,

既存企業の不利益の補償と,マルチメディア技術の発展の一挙両得を目指そうというのが,電

子政府計画なのである.

MSCにおける電子政府計画は,市民 ・企業一政府間 (第 1班),政府省庁間 (第 2班),

政府省庁内 (第 3班),共通インフラ (第4班)の4分野でプロジェクトチームを組み,担当

省庁の他,MSCの統一窓口となっているMDC(マルチメディア開発公社)およびMSC全体に

深い関わりをもつマッキンゼ-,MAMPU,テレコム ・マレーシア社を軸に, アメリカのマ

イクロソフト,サンマイクロシステムズ,ATT, ヒューレットパッカー ド,DEC,NCR, オ

ラクル,わが国のNTT,富士通などが参加 して1997年中には立ち上がる予定である.

電子政府の中心となるのは建設中の新行政首都プトラジャヤである.まず,市民一政府間の

分野では,出生 ・婚姻届けによる住民基本台帳等の登録業務,運転免許などの許可証発行業務,

納税 ・各種手数料などの支払い業務,選挙の投票,国勢調査,公示などの殆どのやりとりはカー

ドベースのマルチメディアによって電子化される.この 「スマー トカー ド」は,最終的には全

国民に発行される世界一級規模の多目的国民カー ドのための試験台であり,2000年までに一

般にも商業化され,国民の身分証明書,チケット類の購入のための 「電子財布」, クレジット

カー ド,テレホンカー ド,クラブメンバーズカー ドの役割を兼ねる.最終的には全国民と政府

との間のすべての電子的取引に使われる予定である.

省庁間の分野では,労務管理,共通業務 ・データ処理,支払い ・会計の共通管理, リスクマ

ネジメント,計画 ・立案業務などが電子化される.省庁内でもっとも先行するのは首相官邸で,

2000年までにペーパーレス行政を実現する先鞭をっけ,情報収集 ・総合化,意思決定支援,

結果評価,情報公開などを推進する.省庁間のやりとりや役所と市民とのやりとりは,電子的

なマルチメディアチャンネルを通 じておこなわれる.取 り組みの進んだ省庁では,マルチメディ

ア型移動オフィス, ビデオ会議,デジタルアーカイブ (電子公文書),共用データベ-ス, デ

ジタル署名装置などを備えるようにする.これらの情報の流れにおいて,個人のプライバシー,

モラル,文化的多様性の問題には最大限考慮が払われる.

電子政府事業のメリットとしては,市民 ・企業からみてあらゆるサービスがたった一つの窓

口で簡単 ・迅速 ・正確におこなわれるようになることで,発展途上国のもっていたサービスの

問題はほぼ解決する.それだけでなく,マレーシアのような多民族国家における多言語環境を

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 85

処理できるためだれからみても非常に使いやすいものとなる.政府からみても,情報処理の効

率化 ・生産性の向上と,歳入の創出が期待できる. しかし現在のマレーシアにとって,もっと

も重要な隠れたメリットは,情報に関する教育 ・人的資源の開発効果であろう.これまでの産

業化政策は,''bumiputrapolicy"といわれるように非マレー系の影響力の強い都市産業経済に

マレー系を組み込んでいこうとする政策であった (小長谷 1997a).その日的はある程度達成

されたが,マレー系の人的資源開発の問題は,特に-イテク分野においては依然指摘されてい

るところである.そこで,マレー系が多数を占める公務員階層に,電子政府という練習問題を

通 じて21世紀のITの主役であるマルチメディアに習熟 してもらい,人的資源を開発 しようと

いう戦略なのである.電子政府の付加価値として''Peopledevelopment:Transformationinto

knowledgeworkers"があげられているように,電子政府事業は,最終的には10万人程度にな

ると推定される政府職員を多様なマルチメディアのアプリケーションに結びっけ,マルチメディ

ア技術を効果的に使えるようトレーニングし, ビジネスや市民と直接っながるようにする.こ

の結果,これまでの旧首都Kい ま,商業都市として特化することになる (ただ しMSC自体に

はブミプ トラ政策は適用されず,完全な自由競争をめざすことに注意 しておく必要がある.こ

こではあくまで公務員階層の情報教育という点から計画の含意をのべた).

2)専門的サービスの高度化 :遠隔医療 (Telemedicine)とスマー トスクール (Smart

Schools)

これまで,高度な専門的知識や人間を相手とするきめの細かい情報を必要とするサービスは,

そうした専門的知識や人間的情報を伝達する通信手段が未発達のため対面接触 (facetorace)

で伝達せざるを得なかった.たとえば医療活動がその良い例である.たとえ先進国においても,

高度な専門的知識 ・技能の主体である医師や設備が空間的に偏在 (通常は大都市部) している

ため,過疎地域ではこのような専門的サービスが受けられなかった. このためアメリカやオー

ストラリアの人口希薄地帯のような場所では,航空機などの交通手段で医師自身が移動 し,医

療サービスをおこなってきたことはよく知られている.マルチメディアは,グラフィックスや

音声などの多様な情報をリアルタイムで伝達するため,こうした専門的知識や人間的情報のき

めの細かい伝達を可能にし,上記のような専門的サービスの制約を乗り越える可髄性をもって

いる.

その一つが遠隔医療である.この事業に含まれるのは,遠隔学習,遠隔問診,遠隔診断,逮

隔処置,仮想患者記録,全国電子医療ネットワークなどである.遠隔医療事業では,マルチメ

ディア技術は,マレーシアの健康保健制度に組み込まれる.最初のパイロット病院は,1998

年の開業を目指してスラヤンSelayang市に建設中である.このパイロット病院は, その他全

国の病院におけるマルチメディアシステ・ム導入の先導役をつとめる(この国公立病院の遠隔医

療計画の策定委員会には,わが国の三菱商事が入っている).後述の R&Dクラスターを形成

する大学 ・企業は,新 しいアプリケーションを開発することを通 じて,遠隔医療プロジェクト

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86 季刊経済研究 第20巻 第 3号

の進歩を促す.

遠隔医療に参加する合弁企業の例は資本金 5億のジョイントベンチャー 「ワール ドケア」社

である (日経1997).株式構成は,バ ミューダに本拠をお くワール ドケア社が30%, マ レーシ

ア最大の民間病院チェーンの トンカグループが30%,サウジアラビア系投資会社サウジビンラ

ディングループが25%,日本の三菱商事が残りの15%を出資する.これが実現すると,マレー

シアの一般病院から患者のⅩ線写真や病理組織の画像データを電話回線で海外の高度な医療機

関に送信 し,専門家に診断を仰 ぐことが可能となる.

「スマー トスクール」計画 も専門的知識や人間的サービスの高度化という点にかかわって く

る.そればかりか,そもそも 「国民の情報教育」という側面は,MSCの根本的目的の一つで

あったので, この計画はMSCだけでなくマレーシア全体にとって長期的にはもっ・とも重要 な

ものであるかもしれない.

まず,IT(情報技術)の読み書き能力を迅速に向上させるために,マレーシア全土の学校が

2年以内にインターネットにつながるようにする.これはマレーシアが情報化社会に突入する

ための技術基盤の形成にとって重要とみなされている. 「スマー トスクール」のモデル校はま

ずMSC内に作 られ,その成果が他校に波及することを目指す.後述のMSCステータスを得た

企業は,アプリケーションソフト・カリキュラム ・コースウェア ・インフラの開発や,教師 ・

スタッフの トレーニングを通 じて,スマー トスクールを構築する機会をあたえられる.

3)産業の高度化 :R&Dクラスター (R&D Clusters)とワール ドワイ ドな製造業 ウェッ

ブ (World-wideManufacturing Webs) とボー ダ レスなマーケテ イングセ ンター

(BorderlessMarketingCenters)

いまや世界的な産業拠点地域に成長 したマレーシア経済それ自身に,マルチメディア技術が

恩恵を与えないとを考える方が難 しいだろう.事実,この3つの事業は,産学の高度な研究開

発活動,製造業,商業 ・流通 'サービス業に,それぞれマルチメディア技術の要素を取 り入れ

ることによって,その生産性を飛躍的に高めようとする戦略といえる.

まずR&Dクラスター事業では,諸企業 ・大学間に,共同の研究開発センターを作 ることに

よって,次世代マルチメディア技術の研究開発の最前線の形成を目指す.特に中心 となる学術

研究機関が,MSCの心臓部に立地するマルチメディア大学 (MultimediaUniversity) であ

る.マルチメディア大学は,MSCの高度なマルチメディア環境を利用 して, さらに新 しいマ

ルチメディアおよび情報技術のアプリケーションを創造できるようなダイナ ミックな研究共同

体の中核として機能する.

また企業は,設計 ・製造 ・配送センターの地域的ネットワークを統括 し,監視 し,業務上の

支援をおこなうための地域的ハブをMSCに構築できる.これがワールドワイドな製造業ウェッ

ブである.ウェッブ (蜘妹の巣)とは,インターネットで使われるものとほぼ同 じ意味で,世

界的規模のネットワークを意味する.MSCの低価格 ・高性能の情報 ・物流ネッ トワークを使

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 87

うことによって,地域的業務と,全世界に終日休みなく展開する業務 とを結びっけることがで

きる.将来的には,こうした遠隔通信 リンクによって,各企業は,世界規模の製品開発 ・カス

タム化 ・製造 ・マーケッティング ・頂己送業務を,MSCを中心として リアルタイムで総括でき

るようにすることが計画されている.

MSCのマルチメディア技術を商業 ・流通の分野に応用 したものが,ボーダレスなマーケティ

ングセンターである.各企業は,顧客サービス業務のための,テレマーケティング,テクニカ

ルサポー ト,極秘データ処理,商品の地域的カスタム化などをMSCのマルチメデ ィア技術を

使って行 うことができるようになる.いいかえると,MSCは,マーケテイングのための優れ

たプラットフォームともなりうるのである.このためには,マルチメディア商取引を可能にす

る政策と後述のサイバー法などの整備が欠かすことができないが,さらに,マレーシアそのも

のが持っユニークな多言語環境 ・多文化的結びつき (マレー系,中国系,インド系の多民族国

家)は,アジア太平洋市場におけるマーケティングに有利に働 くとみられている.

3.MDC(MultimediaDevelopmentCorporation:マルチメディア開発公社)とMSCステー

タス

1)MDC:MSCの窓口機関

MSCの最大の目的の一つは,内外の企業を誘致 してマルチメディア産業 と応用事業を興す

ことであるが,そのための業務が複雑ではなにもならない. そこで 1996年にMDC (マルチ

メディア開発公社)という統一的な窓口機関 (政府が 100%株式保有 )を作 りMSCの開発に

関する情報と開発権限を集中した.MDCは,「MSCとその協力者の絶対的な成功を保証する

ため全面的に努力する万能の百貨店 (One-StopSuperShop)のようなもの」と形容 されてい

る.当初,MDCオフィスはKL市内のプキットジャリルに置かれ窓口業務を司る.MDCは,

「MSCに参加を考えている個々の企業の必要に対処するため必要な実行力をすべて兼ね備えた,

ユニークな,効率 ・顧客重視の公社」なのである.

MDCは,MSCとフラッグシップ応用事業の急速な開発を推進 し,MSCを世界中にマーケ

テイングし,MSCの情報インフラ,都市開発の標準をっくり,政府に勧告 してMSCの法体系 ・

政策を立案する.このために,MSCに関する許可とライセンスの発行,MSCに関する情報 ・

アドバイスの提供,海外企業に対 しローカルなパー トナーや融資者の紹介などの業轟を行 う.

2)MSCステータス

MSCに参加を希望する企業は,MDCに申請 して一定の基準 (マルチメディアを含む情報

関連製品の供給企業または技術移転をおこなえるマルチメディアサービス提供企業で,従業員

数の15%以上が知識労働者であること)をみたすと,「MSCステータス」を取得することがで

きる.MSCステータスを取得 した企業は,マレーシア政府の保証書によって,最大 10年まで

の所得税 ・法人事業税の免除や外国人雇用,マジョリティの取得などに象徴される各種のイン

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88 季刊経済研究 第20巻 第3号

センチィプや便益をうける.マルチメディア製品とマルチメディアサービスを製造,分配,秩

令,利用する意図のあるほとんどの企業はMSCステータスを申請する資格をもっている.

MDCは,申請のため30日の準備期問を与え,最終的に,MSCステータスを受けた企業は,

マレーシア政府の保証する証書により次のようなインセンティブを得る.

①財政上のインセンティブ :10年間の所得税,法人税の免除ないし,MSC内での投資に対

する投資税の控除.マルチメディア設備に対する輸入関税免税.

②企業活動に対する各種の自由 :ローカルおよび外国の知識労働者の自由な雇用 (現地人雇

用義務の適用除外). ローカル所有権の要求が免除され,所有権の自由が保証される.MSCイ

ンフラへの資本財を世界中から調達する自由と,そのための資金を海外に求める自由.世界的

にも優位にあるテレコム関税の自由.インターネット検閲をうけない保証.

③企業活動に対する便益 :MDCからの援助をえて, ビザその他のライセンスや許可の取得

が迅速になること.サイバー法の適用による知的財産保護.

④各種の優先権 :フラッグシップ応用事業に対する基本契約への入札権.MSCステータス

をもっ企業のみがこれらの契約に応募できる.MSCインフラ契約の優先的締結.MSC国際顧

問委員会 (首相議長),創設理事会 (副首相議長)などへの参加を通 じて,マレーシアの国家

指導部に直接アクセスできること.MSCへの最初の参加者はこれらの高次の委員会への出席

に招待される.この国際顧問委員会とは,マ-ティール首相がMSC推進のために作 ったもの

で,アメリカのマイクロソフト,IBM,サンマイクロシステムズ, ヒューレットパッカー ド,

ネットスケープ,コンパック,オラクル,わが国のソニ ,ソフトバンク,独のシーメンスと

いった代表的情報企業の会長 ・社長で構成される国際的ネットワークである.

lV 新行政首都プ トラジャヤ (Putrajaya)計画

1.プトラジャヤの概要

1)プトラジャヤの背景

新首都 の公 式 的 定 義 は, 連 邦 政 府 行 政 セ ンター (PusatPentadbiran Kerajaan

Persekutuan/FederalGovernmentAdministrativeCenter)で,固有名詞がプ トラジャヤで

ある. すでにのべたように, その立地 は, KLとKLIAを結ぶ新 しい道路 (専用高速

DedicatedHighway) ・鉄道 (高速鉄道 ExpressRailLink)に隣接 したMSCの中心部であ

る (図 2,図 3).プ トラジャヤの総面積は4400ヘクタール (マスタープラン地域),2005年

の完成時には,総人口25万人,総世帯数 5万2000,・総就業者数は推定で 13万 5000人, うち

7万6000人が公共部門, 5万 9000人が民間部門で働 く (ほぼプ トラジャヤ市内で完結)予定

である (すなわち, 7万6000人の政府職員が150万平方メー トルの床面積を占有する政府の

首都として機能する). この単純な予測から,全雇用の56%が公務員という純然たる行政都市

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MSC(マルチメディア ・スーパー ・コリドール)の経済地理学 89

となる.MSCからみたその最大の目的は,既述 した 「電子政府」計画の実験場 として,政府

省庁間,政府国民間のやり取りのための 「ペーパーレス行政」を作り出すマルチメディア技術

のショーウィンドウの役割をはたすことにある.このために最先端の通信 ・交通インフラをそ

なえることはいうまでもない.事実上のまちびらさは,総理府とともに中央政府が移転する

1998年である (最終的には,通産省,国防省,公共事業省以外のすべての官公庁が移転する).

2005年完成までのプロジェクト全体は200億 リンギ(900億円,ス トラクチャープラン地域)に

および,中央のマスタープラン地域は,1998年までの第 1期A,2000年までの第 1期B,2005

年までの第 2期の3段階に分かれる.

プトラジャヤという名は,初代首相の トゥンク・アブドゥル ・ラーマン・プトラ・アル ・ハ

ジからとったものである. したがって正式には,イスラム圏の高貴な人名に多い 「~の子」と

いう意味のプトラと,「偉大な,勝利の」という意味のジャヤの結合であり,直訳すると 「偉

大な初代首相ラーマンの大都市」という意味になるが,また 「人民都市」ともよめる.この名

称は,マハティール政権が,新首都-新体制に対 して期待するイメージをよく表 しているとい

えるだろう.というのは,ブミプトラ政策と外資導入による経済発展の成功で有名な現マ-ティー

ル政権および与党UMNOが,イスラムのスルタン-立憲君主の下で議会制民主主義を進展さ

せることに大きな努力をはらってきたことは,意外に知られていないが重要な意味をもってい

るからである.現与党が憲法の下で保証されてきたスルタンの各種特権を制限 し,民主国家の

建設に努力する過程は,イスラム流王権との一種の緊張関係を作り出してきた.このような文

脈で考えると,新しい首都の構造のなかで最高の主宰者が民主主義的手続きで選ばれた連邦首

相であることは重要な意味をもっている.王族ではあるが国父といわれる初代首相の名を使う

「人民都市」は,そのような首都の位置を象徴 したものといえるだろう.

2)開発の経緯

(1) プ トラジャヤ開発委員会 (JawatankuasaPembangunanPutrajaya)とコンソーシアム

KLの都市的発展の限界という課題をかかえていた連邦政府は,1990年代に入り遷都計画の

具体化に入った.その際上述 したようなKLIAの立地によって,KLとKLIAの間が成長回廊

という戦略的位置となり, リニアシティ構想 (後のMSC)の一環として,新首都をこの中間

地点に求める方向が固まった.1993年 6月に,連邦政府は,セランゴ丁ル州セパ ン県ペラン

プサールを新行政首都 (正式には連邦政府行政センター)プトラジャヤ開発調査地に認可した.

続いて1993年12月には,連邦政府内部で新首都計画を担当するプトラジャヤ開発委員会を設

立 した.これは担当国務大臣を議長とし,総理府,財務省,公共事業省,都市農村計画省,マ

レーシア行政近代化局 (MAMPU),法務省,経済企画局,環境省,交通省,地質調査所,逮

邦土地鉱山省,港概排水省,資産価値サービス局,マレーシア電子システム研究所 (MIMOS),

マレーシア森林研究所 (FRIM)などの他,セランゴール州の代表も含むものであった.委員

会はただちに, 6つのローカルなコンサルタント企業を指名 し,都市農村計画省,公共事業省

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90 季刊経済研究 第20巻 第 3号

表 1 マレーシア法第536号

(略称 :1995年 プ トラジ ャヤ市 公社 法 PerbadananPutrajayaAct1995)の概 要

(国王承認 1995年10月19日,官報公布 1995年11月2日,連邦憲法80条(5)項および92条(1)項に準拠)

◇第 1部 序文

●第 1節 略称と開始時期

●第 2節 用語の意味

◇第 2部 プ トラジャヤ市公社 PerbadananPutrajaya (以下市公社と略称)

●第 3節 市公社 とその日的

(1)証印、資産、権限の保有

(2)目的 (連邦の代理者としてプ トラジャヤ市公社地域 KawasanPerbadananPutrajaya (以下プ トラジャヤ地域

と暗称) を管理運営する)

●第4節 市公社の機能

(1)機能 (a)地域における地方自治休としての機能. (b)地域における社会経済開発機能、 (C)地域における商業

・インフラ ・住宅開発機能、 (d)上記 (b)(C)における監督と調整

(2)機能発揮のための権限 (a)地方自治権、 (b)商業を主とする活動に必要な権限、 (C)開発 ・再開発の調査研究

計画立案のための権限、 (d)連邦 ・セランゴール州政府 (以下州と略称) ・他の公共機関の協力者 ・代理者としての権限、

(e)連邦 ・州政府 ・他の公共機関の活動のサポー ト 調整の権限、(f)上記(b)(C)のための企業休設立権 (担当相の許可要)、

(g)プ トラジャヤ地域開発に関わる什報の他省庁へ請求権、 (h)エージェン トの任命権. (i)活動 ・資産の一部の民営化権

(担当相の許可要)、 U)株金権. (k)プ トラジャヤ地域の開発権. U)その他

(3)連邦の政策の促進

●第5節 市公社の役旦会

(l)役員会は、州政府代表 1名 と、プ トラジャヤ地域担当相 Minister in charge of Kawasan Perbadanan

Putrajaya (以下担当相 と略称)が任命する (a)総裁 Presiden目 名 (議長)、 (b)連邦政府関係官 3名、 (C)民間部門代

表2名からなる。

(2)市公社q)副総裁は、総裁が連邦政府関係官から任命する.(3)-細目1

●第6節 幹事 1名

●第7節 1948年公共機関保護法 (市公社およびその職員に対する訴芸公・告発に適用される)

●第8節 職員の身分 (市公社の職員は公務且である)

●第9節 担当相の権限 (市公社は担当相に責任をおう)

●第 10節 プ トラジャヤ地域 KawasanPerbadananPutrajaya

(1)地域の範囲 (連邦 ・州政府合意の第 2条に定められる)

(2)棟能の範囲 (他の関係法令に関わらず、市公社は地域において当法律の機能を遂行できる)

●第 11節 市公社の付加的機能 (連邦 ・州政府の補助資金)

●第 12節 収益 ・会計 ・什報 ・各種報告

(1)市公社は担当相の求めた場合.収益 ・会計 ・情報 ・各種報告の提出義務 をもつ。

(2) (1)項以外に.毎会計年度が終了後、担当相に会計年度報告書を提出する。

◇第 3部 総裁、管理鞭、一般職長

●第 13節 総裁 President

(1)総裁の責務 (総裁は担当相の決定に従 う)

(2)総裁の権限 (市公社は担当相の同意の下総裁が統括する。総裁は市公社の名で取持を遂行する)

●第 14節 最高経営責任者 ChiefExectiveO打icer

(1)総裁は市公社の最高経営責任者になることができる。

(2)最高経営責任者の権限 (a)計画権、 (b)実行権、 (C)決定権

(3)人事監督権

(4)付加的義務

(5)免責

(6)代行

●第 15節 市公社の管理職、一般職鼻の役取

(1)市公社は、集積遂行のため適当と思われる散の公務員 (管理取.一般職員)を任命できる。

(2)公務員の資格 (直接利害関係を持たないもの)

●第 16節 業務条件に関する規則 (市公社は担当相の同意の下.集拝条件に関する規則をつくる権限をもつ)

●第 17節 職員の行為 ・懲戒に関する規則

(1)市公社は担当相の同意の下.鞍鼻の行為 ・懲戒に関する規則をつくる権限をもつ

(2)規則にふ くまれるのは、 (a)公務鼻の懲戒機関の設立、 (b)懲戒勧告委員会の設立. (C)懲戒期間中の (i)減給

措置ないし(if)無給の身分停止措置

(3)格下げを含む懲罰

(4)懲戒期間の扱い

●第 18節 課徴金

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MSC(マルチ メデ ィア ・スーパー ・コ リドール)の経済地理学 91

(1)通用 市公社雇用者が・ (a)集金業務の失敗・ (b)使途不明金の使用、 (C)資産への損害. (d)会計に記録され

ない使用・ (e)支払いの遅滞などをおこした場合・市公社は警告を送 り・2週間以内に適切な理由がなければ損害板を越えない範囲で課徴金を課することができる。

(2)警告 (上記 (1)項の課徴金が課せられる場合、最高経営責任者は警告を送る必要がある)

(3)撤回 (いかなる場合でも適切な説明が得られれば、課徴金を撤回しなければならない)

(4)返還方法 ((a)給与か (b)年金からの天引きで月報が4分の 1を越えてはならない)●第 19節 連邦の規則の遵守

◇第4部 財政

●第 20節 財源資金

(1)財源資金

(2)内訳 ((a)地方税/地方自治体としての機能の公使によるもの、 (b)議会の開催、 (C)プロジェク ト収益金、(d)(e)から生じた収益.(e)軍産、投資.貸与、料金、公債、 (f)会議費、 (g)臨時費)

●第 21節 財源資金の維持管理義務 (減価償却 ・利子率を考慮して単年度会計を均衡させる)

●第 22節 財源資金の支出 (a)職員給与等の人件費、 (b)第 4節の機能にもとづく事業費、 (C)資本財 ・設備費 ・土地取得費 ・建設費. (d)債務 ・利息返済分、 (e)その他

●第 23節 支出と予算案

(1)支出 (市公社の支出は上記財源資金によって支払われる)

(2)予算案 (市公社は担当相に対し、9月までに予算案を提出し、担当相は年内に結果を告知する)(3)追加要求

●第 24節 1980年法定団体法 (年度会計報告)の適用をうけること

◇第5部 その他の権限および機能

●第 25節 市公社の機能 ・権限 ・責務の委譲

(1)市公社は、借用、起債、規則をのぞく機能を最高経営責任者に委任できる。

(2)その場合、財源資金からの支出を許可できる。

●第 26節 借用権

(1)市公社は、担当相の同意下、時に応じて適当な利子率.期間、返還方法で職務遂行のため必要錆を借用できる。

(2)目的 (担当相の同意下、以下の目的で公債 ・株式を発効できる) (a)労働力の準備、 (b)本法にいう職務の遂

行.(C)本法にいう付加的職梓の遂行、 (d)予定されていた公債 ・株式の償遺、 (e)資金会計に組み込める他の支出●第 27節 投資 (支出のため必要とされない市公社の資産は、担当相の同意下に.投資に振り向けられる。

●第 28節 エージェント雇用権 (弁護士、銀行員.言正券仲介士、調査士.鑑定士などの専門家の雇用や使用)

●第 29節 企業設立権

(1)市公社は、担当相の同意下、官報で公表し、事業のための企業を設立できる。

(2) ・細目2

●第 30節 土地取得

(1)土地取得の手続き (州の土地でないプ トラジャヤ地域に存在する不動産が、本法の目的のため市公社によって

取得されることが必要となった場合、その不動産は、その州で一定期間実効する、公的目的のための土地取得に関するな

んらかの成文法の公布に従って取得される。また、そのような成文法は 「当該の土地が必要である」という宣言を要求す

るが、それは市公社による補償が支払われることを指示する。この宣言は、あたかもその土地が成文法に従って公的目的

のため必要とされたかのような効果をもつ :全文)

(2)支出 (本節の不動産の取得と補償費用はすべて市公社が支払う)

(3)報告と地代支払いの義務

◇第6部 一般事項

●第 31節 1949年印紙税の免除

●第 32節 秘密の遵守

(l)本法ないし民事 ・刑事訴喜公法の目的以外で、市公社の職員は何人たりとも取持上知り得た情報を公開できない。

(2) (1)項に反したものは. 1000リンギ以下の罰金ないし6ケ月以下の懲役

●第 33節 規則を作る権限

(1)市公社は.本法にいう業務のため、担当相の同意下、規則を制定できる.

(2)規則の目的 (a)プ トラジャヤ地域の秩序ある土地開発、 (b)市公社の名において署名 ・発効する文書 ・チェ

ック ・説明書等の様式、 (C)公務員の責務 ・監督、 (d)料金、 (e)本法の下で発効された株式 ・公債に関わる事項 (発行、

譲渡、償還など)、 (f)その他本法にいう職務の遂行

(3)本節の規則は、 (a)法的拘束力をもち. (b)1000リンギ以下のfq金をともなう。●第 34節 本法の発効を見越しておこなわれた事項

●第 35節 例外事項 (市公社設立前に国家企画委員会が用意したプトラジャヤ地域にかかわるス トラクチャープラン

は、市公社の扱いとなる)

●第 36節 修正権 (担当相は、州政府と協議の上、本法の適用にあたり予想される困難を除去するのに必要とあらば、

既存の法令に修正を加えることができる)

細目1 (第5節 (3))役員会の決定、言正印の真正性

細目2 (第 29節 (3))関連企業 (略称 「pp」)の設立

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とともに,プ トラジャヤの開発計画を用意するよう指示 した.1994年初頭, この 6つのロー

カル企業 (AkitekJururancang社, BEP Akitek社, HijjasKasturiAssociates社,

Minconsult杜,PerundingAlamBina杜,Rekarancang杜)の多重的コンソーシアムとして,

KumpulanPerundingKotaBistari杜が設立され,以後 しばらくの間, この組織が関係各省

庁と協力してプトラジャヤの計画を進行させていくことになる.

(2) プトラジャヤ開発局 (UnitPembangunanPutrajaya)

1995年2月22日に,プトラジャヤ計画は政府によって正式の承認を受け, 4月 16日'にプ

トラジャヤ開発局がスタートした.これは,プトラジャヤ市公社 PerbadananPutrajayaの創

立まで,開発の枠組みと戦略を提示 し,フルタイムでプ トラジャヤ開発計画の立案 ・実行の調

整をおこなうため,総理府に暫定措置として設け,られた組織である.

(3) プトラジャヤ協定とプ トラジャヤ市公社 (PerbadananPutrajaya)

1995年 7月20日,連邦政府とセランゴール州政府との間で,「プトラジャヤ協定」として知

られることになる連邦政府行政センターの設立に関する合意書が取り交わされた.この合意は,

連邦憲法第80条第5項とよばれ,連邦によって委託される州の機能について,連邦とセラン

ゴール州との間で取 り決めがなされた.

その結果,連邦の代理者として地域を運営管理するための,プトラジャヤ市公社として知 ら

れる法人の設立を認めた.このプトラジャヤ市公社に関する基本法が,マレーシア法第536号,

通称 1995年プトラジャヤ市公社法とよばれるものである (表 1).これには,執行機能,土地

開発,条例の制定などの権限があたえられた (通常なら地方政府-地方自治体としての市 mu-

nicipalityが設立されるところであるが,現在のマレーシアは行政機関の民営化 privatization

ない し公社化 corporatizationが積極的 に進 め られてお り, したが って Perbadanan

Putrajayaも地方自治体でありながら 「公社」的性格を有するので,このような訳語をあてた).

2.プトラジャヤの土地収用問題

このように広大な地域開発が首都圏できわめて短期間 (1995年の政府承認か ら1998年のま

ちびらきまで3年たらず)におこなわれうる背景として,重要な2つの点があると考えられる.

第 1は,先進国に比べれば国家が比較的強い計画権限をもつという点であり,第 2は,既に拙

著 (小長谷 1997a,b,C)でのべたように,国土の多く (特にMSC地域)が,集約的農用地に

代表されるような小区画に細分化された土地ではなく,プランテーション的土地利用 (プ トラ

ジャヤではパームやし畑)で地主の数が少なく,まとまった土地が存在 しているという点であ

る.

連邦政府は,1995年の国家承認の後,基本法 (最終的にはマレーシア法 538号第 30節 とな

る)を作り,それに基づき表向きの土地収用を開始 した.これは,公共の利益のためには政府

が一定の権限で土地の買収を遂行できるとするものである.通常,多くの国では計画発表とと

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 93

もに投機によって地価の上昇を経験 し,土地収用の障害となることが多い.

この点については,以下のような政府主導の方式で地価の抑制策をとったのである.まず,

総理府の直轄のプトラジャヤ開発局 ・市公社の企業設立権を利用 して,1995年 10月に,その

下の第 3セクター方式の持ち株会社 「プ トラジャヤホールディングス」を作ったのである.こ

のプトラジャヤホールディングスこそ,プトラジャヤの主要開発業者であり,実際の土地収用

はこのプトラジャヤホールディングスがおこなった (これはマレーシア,インドネシアでよく

みられる手法である).

元々パームのプランテーションであったプトラジャヤ用地が,わが国の都市近郊と決定的に

異なるのは,英植民地時代から土地所有単位が大きく,きわめて少数の地主 (プ トラジャヤ範

囲で約数十人程度と推定される)の管理下におかれているという点である.プ トラジャヤホー

ルディングスは,政府が買い上げる際の投機的な地価のつ り上げを禁止する見返 りとして,

「首都」の地主となった階層を政府国策会社に参画させ,彼らに利益を配分 して, その不満を

緩和する.もともと農地であった地域に対 して,そのままゾーニングの用途地域変更をおこな

うだけで,商業用地のような都市的土地利用に移行すれば地価評価額は数倍の単位でつり上が

る.その後に売却するか,政府にそのまま長期貸与をおこなうのである. したがって 「正統的

な」地主の利益は保証されているのである.このように,もともとプランテーション的土地利

用でまとまった広大な土地が存在 し,土地利用の形態的構造の点から恵まれた条件にあったが,

さらに,国家のコントロールによる地価抑制をおこなうことによって,結果としてきわめて迅

速な土地収用が可能となっている.

プトラジャヤホールディングスは,第 1期Aの用地を1996年から販売開始し,20以上のパッ

ケージに分割 してローカルな建設業者に発注 した.新首都開発の代表的コンス トラクターは,

華人系のホンリョンやベルジャヤグループ,プミ系のレノングループなどである.

3.プ トラジャヤの都市計画と都市構造

1)ガーデンシティコンセプ ト

プ トラジャヤの最大の特徴は,その豊富な自然環境にある.図 3中の横線部分 (水系)が示

すように,マスタープラン地域のほぼ中央に巨大な人造湖を作り,政府官庁街や商業地区といっ

た中心部は,すべてのその中の浮島とその南北両端の対岸の岬部に作 られる.そればかりか,

図3中の網かけ部分はすべて緑地帯であり,この水系と緑地帯の両者をあわせると実に全体の

半分近い面積を占める.いいかえると 「水系と緑地帯という巨大な 『自然』のなかに首都機能

をもった施設が散在 している構造」といっても過言ではない.

このような構造は,自然を重視 した都市計画の採用によって推進されてきた.まずプトラジャ

ヤとその周辺地域の1万4780ヘクタール (計画人口57万人)をストラクチャープラン地域に

指定 し,その開発のガイ ドラインが,セランゴール州政府の同意のもと準備された.この時点

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94 季刊経済研究 第20巻 第3号

で,連邦政府には,中央のマスタープラン地域 (4400ヘクタール,25万人)の設計概念 con-

ceptdesignsが5通り提案されている.マスタープラン地域は北北東一南南西方向に細長 く延

びた地域で, 5案は,いずれもこの方向に主軸が設定されている (図3の最終プランも同じ).

両湖岸都市コンセプ トKonsep'Sub-Urban'は,中央の人造湖の東西両岸に首都機能を二分 し

て配するもの,三日月都市コンセプトKonsepBulanSabitは,北北東一南南西に三 日月状の

形態で都市を建設するもの,高台線形都市 コンセプ トKonsepBandarayaLelurusTerapung

は,地域北部に丘陵状の自然景観を作りそこに線形都市 LinerCityを首飾 り状に配するもの,

自然建設コンセプ トKonsepMembinaBersamaAlamSemulajadiは,放射線一環状線で構

成された円形街路を自然景観の中に建設するもの,そしで現案の田園都市 (ガーデンシティ)

コンセプトKonsepBandarDalamTamanであった.このうち,人造湖を配 し, しかもその

中央に中枢部を島状に配置するガーデンシティコンセプ トが選ばれた.

マスタープラン地域は,4400ヘクタールをカバーし後述のコアエ リア,近隣,公園地, そ

の他の支援施設を含んでおり,ガーデンシティコンセプトは,以下のような特徴を有 している.

まずランドスケービングの点では,自然景観の再植林化と促進,特にマレーシアの景観アイデ

ンティティとしてのローカルな植生の促進を促す.また緑地帯やオープンスペースは単独で散

在 しては効果が薄いことから,できるだけそれらを接続 して緑のネットワークを創出すること

を目指す.全体的にオリジナルな地形 ・局地気候 ・文化規範に適 した設計をJL、がけ,興味深い

パノラマ的風景や都市景観の演出を図る.これらは,マレーシア文化にみられるフレンドリー

な性格,バランスのとれたェコカルチャー,環境への感受性,・手入れの思想に基づいて,都市

開発を注意深 くおこなうことを目指すとしている.

2)コアエリア (KawasanCore)の5大区域ゾーニング (PrecinctZoning)

プトラジャヤの中心部 コアエリアは,中央の人工島とそれに繋がる南北の湖岸地域からなっ

ている.この人造湖のもっとも北岸に突き出た北の岬の部分から,南に向かって橋をわたって

中央の人工島に北から入 り,島を抜けて人工島の南端に至り,また橋をわたって,人造湖の南

岸の南の岬に突き抜けるように,中央に主軸となる大通りを設定 している.大通りの中央軸は,

さらにノー ドとなる特徴的建造物で区切 られ,その各部分は中央軸に沿って配列された5つの

区域にまとめられている. 5つの区域は,北から,①連邦政府,②商業,③市民 ・文化,④混

合開発,⑤スポーツレクリエーションというように,ある程度機能を特化させたゾーニングが

なされている.

(1) 連邦政府区域 (PrecinctKerajaan/GovermentPrecinct)

コアエリアのもっとも北の部分,人造湖の北岸の,縁に囲まれ周囲を見渡せる位置に連邦中

央政府の官庁街が立地する.マレーシア政府の最中枢である首相官邸は,プ トラジャヤの中軸

にそった最高点に位置する.その横には副首相官邸がある.西の湖岸に美 しい水上モスクMas

jid Terapungが作 られ る. 首相官 邸 に面 して南 の端 に は巨大 な式 典 広 場 Dataran

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 95

Upacara/CeremonialSquareが作 られる.この式典広場から湖にかかる橋を通って人工島内

の商業区域に接続する.

(2) 商業区域 (PrecinctPerdagangan/CommercialPrecinct)

人工島のもっとも北の部分は,プ トラジャヤの商業活動 ・ビジネス活動を集積させる商業区

域となる.商業 ・ビジネス街であるにもかかわらず自然の要素を多 く取り入れており,さまざ

まな商業系の建物は,豊富な緑をもった中央公園に面 して建てられる.中央公園の中心には通

信タワーと科学技術センターを配 し地域のランドマークとする.この区域内の集合住宅は,緑

の環境の中に統合されて作 られる予定である.

(3) 市民 ・文化区域 (PrecinctSivikdanKebudayaan/Civic&CulturalPrecinct)

人工島の中心部は,すなわちコアエリアの中心であり,プ トラジャヤの中心でもある.ここ

は,人工島を東西に横断する公共交通と道路が南北主軸と交わる文字通りの十字路となってお

り,プトラジャヤの玄関口 (プ トラジャヤ中央駅)といえる要衝である.さらに都市のゲー ト

ウェイ機能を象徴する公共施設の空間ともなる.すなわち,プトラジャヤ美術館,アー トギャ

ラリー,図書館,収蔵広場 DataranKhazanahなどをそなえた文化芸術のセンターとして機

能する.

(4) 混合開発区域 (PrecinctPembangunanCampuran/MixedDevelopmentPrecinct)

人工島の南の部分は,居住,商業, レクリエーション,公共施設が混在する混合開発区域で

ある.この区域は,市民生活や行政機能の点では,政府区域についで2番目に重要な地域とい

えるかもしれない.政府区域には連邦中央政府の機能が集中するとすると,混合開発区域は市

民生活の行政機能の中心となる.まず,中心部の,角度をもって交差する通 りとの交点には裁

判所広場DataranMahkamahが作 られる.ここから西の湖岸ぞいに,プ トラジャヤ大モスク

MasjidBeserが作られ,南には,地方政府の機能をもっ市公社の庁舎 BangunanPerbadanan

が立地する.大通りと広場は,イスラム様式のデザインを活かした舗装が施される.

(5)スポーツ ・レク リエーション区域 (PrecinctSukandanRekreasi/Sports&Recrea-

tionalPrecinct)

人工島から南にわたって,人造湖の南岸には,多様なスポーツ・レクリエーション施設が集

中する予定である.メインスタジアムSebuahStadium Utama,ウォータースポーツセンター

PusatSukanAirなどのスポーツコンプレックス,住宅がこの区域で開発される予定である.

3)コミュニティの構造

プトラジャヤの居住地域は,近隣概念に基づいて設計される.まず基礎となるのが,人口約

1万5000人 (3000戸)からなる 「近隣単位NeighbourhoodUnit」である.都市全体は15個程

度の近隣単位に分割される.個々の近隣単位の中心に作 られるのが 「近隣センターNeighbour

hoodCentre」であり,学校,幼稚園,コミュニティホール,クリニックやヘルスセンター,

礼拝所,近隣公園,その他のインフラと,コンビニエンス店などの商業施設をそなえる.

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「近隣セン9r 」の上の階層の中心地として,いくつかの 「近隣単位」 を合わせた地域に

「コミュニティセンターCommunityCenter」が作 られる. ここには,多目的ホール, モスク

その他の宗教施設,交番, コミュニティ公園と,ショッピングセンタークラスの商業機能が配

される.

図3の凡例の無い部分が近隣単位からなる一般住宅地であり,星印がコミュニティセンター

クラスの商業地域である. このように,居住地域の中に商業地域が均等的に分散されている.

4)交通インフラ

プトラジャヤの交通計画は,都市間交通と都市内交通に大分される.

まず都市間交通のター ミナルは,コアエリアの文化 ・市民区域の中央ターミナルコンプレッ

クスの他,4つの交通 ター ミナルが配置されている.これらのターミナルはすべて,パークア

ンドライ ド概念に基づいて作 られ,最終的には北方のKL方面および南方のKLIA方面へ と接

続する.その代表が高速鉄道 リンクExpressRailLinkと,専用高速 DedicatedHighwayお

よび4つの主要なアクセス道路である.

都市内交通として,まず自家用車はコアエリアでは抑制される.その代替として提供される

のは,多様な公共交通様式である.まず, コアエリア内の主要な結節点駅を結ぶ LRT(軽軌

鉄道)システムと,徒歩距離を最小化するよう適当な位置に停留所を設ける トラムウェイがあ

る. トラムウェイとLRTがサービスできない地域は公共バスがサービスする. タクシーもコ

アエリアで許され,都市のその他の交通様式と統合される.またフェリーサービスは,コアエ

リアと湖岸近隣との間の通勤のために計画される.その他,徒歩交通のための路上空間も,大

通りと収蔵広場に用いられる入 り組んだ伝統的敷石のモチーフ,ローカルな特徴を活かす政府

区域と商業区域の間の多重橋,湖畔の散歩道開発など,自然とローカルな文化を活か したプラ

ンニングがなされる.

∨ マルチメディア産業都市サイパージャヤ (Cyborjaya)

1.サイバージャヤの概要

1997年 5月に地鎮祭 EarthBreakingCeremonyを行い,プ トラジャヤに続いてオープンす

る予定のサイバージャヤは,マルチメディア産業を主体とした世界最大の 「工業団地」である.

プトラジャヤ西隣の地 7000ヘクタールに,世界中のマルチメディア情報産業を約 500杜集積

させる.このためのインセンティブとして,マルチメディア関連企業としての条件を満たせば,

当然 MSCステータスが与えられる.また地域として,MSCのフラッグシップ計画に基づ き,

事業税およびマルティメディア関連の資本財導入費はすべて免税,インターネットの検閲の自

由が与えられる.サイバージャヤの中の中核地域 2855ヘクタールは, 4期に分けて開発 され

る予定である.

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 97

こうした高度技術の産業集積に欠かすことができないのが,研究開発機関であるが,サイバー

ジャヤの心臓部はマルチメディア大学である・ これはマルチメディア ・情報技術における高等

教育 と次世代研究をおこなうため設立 されたものである.

サイバージャヤはまた,マルチメディア企業およびそこで働 く人々のための 「インテ リジェ

ント」 シティという側面をもっている.すなわち,優れたオフィス施設やビジネスフレンドリー

な企業関連ゾーンをもつだけでな く,優れた居住 ・生活環境の整備 も目標 となっている. この

ため第一級の リゾー トホテルやコンドミニアム, ショッピング ・レクリエーションの施設をそ

なえる予定である.1997年 5月のマ-ティール首相の発表によれば,外国企業 581杜を含む

938社が進出希望を表明, うち29社がすでにMSCステータスを取得 している (地下 1997).

2.サイバービュー (Cyberview)社

サイバージャヤの開発主体がサイバービュー杜であり,プ トラジャヤのプ トラジャヤホール

ディングス社にあたるものである.サイバービュー杜の主たる事業は,IT,マルチメディア等

のインフラ整備を中心 としたマスタープランの作成,開発の管理調整,誘致企業を対象とした

各種施設の建設である.約 3億 4000万 リンギの総株式のうち,取得はMSC推進母体 MDCが

最 も多いが,外資としては唯一,わが国の NTTも15%出資 (役員 2名を派遣) している.

NTTやマイクロソフ トの東南アジアの地域統括本部 (OHQ)やR&Dセ ンターが計画 されて

いる.

Vl 結語

MSC計画をより大きな視点か らみた場合,どのような位置づけをすべきだろうか.

第 1は,他のアジア諸国,特にシンガポールとの競争である.そもそもシンガポールは,東

南アジアで最先端の経済発展国として,IT産業整備では先駆を走 っていたのである.実に1980

年から 「NCB(国家コンピュータ庁)」を設立 しており,1992年には,有名な 「Ⅰで2000(国家

情報基盤整備計画)」を開始 している. このIT2000こそ,MSCのベースとされているだけでな

く,実はアメリカの情報-イウェイ構想の原型ともいわれている先進的な試みであった.その

最大の目標は,MSCのフラッグシップと同 じく (というよりMSCがこれを手本 に していると

みられる)多 くの応用事業分野applicationsである.IT2000では,①政府,②医療,③製造,

④商業,⑤建設,⑥教育,⑦財務,⑧情報産業,⑨情報サービス,⑲観光,⑪運輸の11大分野

が設定されていた.

地代 ・人件費で優位に立っマレーシアが, シンガポールの国土面積 を越えるMSCを推進す

ることは大変な脅威であり,両者のIT・マルチメディア分野での競争はますます激 しくなるこ

とが予想される.1995年 にIT2000の数倍規模のMSC構想が発表 され ると,翌年1996年 には

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IT2000の強化のためそのサブプロジェクトである 「シンガポール ・ワン」計画を発表 した・ こ

れは,家庭,オフィス,学校,政府をすべて光ファイバーと広域通信網で結び,あらゆるサー

ビスや取引をマルチメディアですまそうというものである.

一方マレーシアでは,マハティール首相が,1996年にシア トルのマイクロソフト本社に飛び,

ビルゲイツに直接誘致をおこなったとされ,その結果年内に,マイクロソフト社の東南アジア

地域統括本部 (OHQ)は,シンガポールでなくMSCに立地することが決定 した・ かつて高度

成長期のわが国の首相が 「トランジスタのセールスマン」 と比喰されたことになぞらえるなら・

マハティール首相みずか らが推進するMSCは,「マルチメディアのセールスマ ン」 ともいうべ

き強い トップセールスによって支えられているといってよい.さらに,台湾のアジア太平洋オ

ペレーションセンター (APROC:AsiaPacificRegionalOperationCenter), フィリピン

のスービック湾開発など,いまやアジア主要国のすべてが情報産業集積の地域開発を推進 しは

じめており,IT産業の主導権争いは激化する可能性が高い.

第2に,1997年初夏のタイバーツ下落に端を発するアジア通貨危機の影響について触れてお

かねばならない.東南アジア諸国の中では比較的軽傷といわれているマレーシアであるが,ア

キレス健である貿易赤字は,1996年の6億2000万 リンギか ら1997年には16億5000万 リンギに拡

大すると見 られている (マレーシア通産省1997年通商白書). これを受けて,党内ナ ンバ- 2

で21世紀の首相候補といわれるアンワル副総裁兼蔵相は,プ トラジャヤ二期工事の延期を示唆

しているが,MSCの全体計画にはそれほど影響はないと考えられる.

現在,確かに,アジア通貨危機については,「マレーの虎」マ-ティール首相 と投機家 ソロ

ス氏との華々 しい論争や投機規制問題などが一方的に目立っ ことは事実である. しか し,

MSCは,そのような短期的な経済問題を越えたマ-ティールの戦略の基本的な正 しさを示 し

ている≒いえるのではないだろうか.マルチメディアは,21世紀初頭に世界中で数100兆規模

の市場が成立 し,鉄鋼業などを抜いて世界の基幹産業になると予測されている.すなわち,短

期的な経済変動は今後 も定期的に生起するであろうが,長期的には21世紀の基幹産業であるIT・

マルチメディア産業への経済垂心、の移行は変わらない流れといってよい.たとえ不況が訪れた

としても,最終的には,その後に,マルチメディアのような新産業が育ち,生き残 っていくこ

とを考えると,現在か らこうした新産業に種を蒔いてお くことが もっとも賢い戦略であるとい

えるだろう.

その際重要なのが 「マルチメディアの応用的性格」である.IT2000では11大応用分野,MSC

では7大応用分野がプロジェクトの中心に据えられていたように,マルチメディアの成長は既

存の産業と矛盾するものはなく,むしろ応用されることによって他産業の高度化を助ける性格

をもっている. したがってマルチメディアか既存産業か,と経済 ・産業政策の上で二者択一を

迫ることは愚かであり,マルチメディアは既存産業の 「強化産業 ・高度化産業」 と考えるべき

であろう. このことは既存の強力な産業集積を持っているわが国などのこれからの産業政策を

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MSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)の経済地理学 99

考える上で大変重要な点である・特に, これか らの国民経済の中心 となる都市経済は,その時

代の基幹産業によって支え られなければならないという鉄則がある.かつて20世紀の基幹産業

は鉄鋼 ・機械産業であり,ほとんどすべての大都市がなん らかの形で鉄鋼 ・機械の産業の集積

を有 していたことを考えると,21世紀の大都市は21世紀の基幹産業たるIT・マルチメディア産

業の集積をなん らかの形で持たなければならないし,20世紀型産業のみで新産業の集積のない

都市は衰退するといってよいのではないだろうか.21世紀型の産業構造をもたない都市は,覗

在大都市であって も中都市 となりうることがあると同時に逆のケースもおこりうるであろう.

もちろん,成長する21世紀都市では,IT・マルチメディア産業だけでな く, これまでの産業 も

情報化 ・高度化 し,商業 ・流通機能 もまたそうなって更に発展 しているはずである.

(1997.12.1受理)

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