世界のトップテニスプレーヤーにおける ストレングス ...中村 豊...

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October 2009  Volume 16  Number 8 2 NSCA JAPAN Volume16, Number 8, pages 2-7 feature 世界のトップテニスプレーヤーにおける ストレングス&コンディショニング 大地 智  MA, CSCS, NSCA-CPT, Coach Practitioner 全米テニス協会:USTA 中村 豊  IMG/Bollettieri Academies ■はじめに 昨年(2008年)の錦織圭選手の活躍は 記憶に新しいところだろう。また、テ ニスファンならずとも、90年代の松岡 修造選手、伊達公子選手の活躍はよく 知られている。しかし、実はそれ以前 にも、日本が世界のテニス界を魅了し ていた事実をご存知だろうか? 日本 に初めてオリンピックメダル(銀メダ ル )を も た ら し た の は、1920年 ア ン ト ワープ大会のテニス男子シングルスと ダブルスである。また、その翌年1921 年にはテニスの国別対抗戦、デビスカッ プにおいて日本は決勝まで進んでいる。 そのほか過去には、グランドスラム大 会(全豪、全仏、全英)でも日本人がベ スト4、そして全米においては1955年 男子ダブルスを日本人ペアが制してい る。 世界に引けをとらない選手を継続し て輩出するためには何が必要だろう か? 今回はトップテニスプレーヤー を数多く輩出し、錦織選手も所属する 『IMGボリテリー・アカデミー』に所属 するテニスのストレングス&コンディ ショニング(以下S&C)責任者である中 村豊氏と私、大地(全米テニス協会 [ 下USTA ] S&Cコーチ)が、双方の施設 におけるS&Cの現状と課題、そして海 外から見た日本人選手の可能性などを 語ってみようと思う。 ◆ジュニア世代からのタレント発掘 と養成システムについて 大地:USTAは2007年より、ここフロ リダ、ボカ・ラトンに宿泊施設のあ るナショナルトレーニングセンター を開設し、私も2008年よりS&Cコー チとして、アメリカ人選手育成に携 わっています。一方、中村さんは、 アメリカ人選手だけではなく、全世 界から未来のチャンピオンを目指 し選手が集まってくる、IMGボリテ リ ー・ ア カ デ ミ ー でS&Cコ ー チ と して指導されています。IMGボリテ リー・アカデミーにおいて、現在の 所属選手や構成はどのようになって いるのでしょうか? 中村: IMGボリテリー・アカデミーには、 世界から多くの選手が訪れています。 北米から南米、アジアやオーストラ リア、そしてヨーロッパなど、様々 な人種や文化が重なり合っている面 白い場所です。対象は18歳までのジュ ニア育成で、ここ最近では6~7歳 の子どもまで視野に入れてのプログ ラムを展開しています。プロ選手も、 ロシア出身のマリア・シャラポワ選 手や我が日本代表の錦織圭選手を輩 出するなど、幅広い育成システムが 特徴です。 大地:私のところはアメリカ人選手の みです。アメリカでは以前のような 選手層の厚みがなくなっており、トッ プ50にアメリカ人男子は4人、女子 は3人しかいない状態です(2009年3 月9日現在)。これはアメリカ以外の 諸国、オーストラリア、フランス、 アルゼンチン、イギリスなどが選手

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Page 1: 世界のトップテニスプレーヤーにおける ストレングス ...中村 豊 IMG/Bollettieri Academies はじめに 昨年(2008年)の錦織圭選手の活躍は 記憶に新しいところだろう。また、テ

October 2009  Volume 16  Number 82

C NSCA JAPANVolume16, Number 8, pages 2-7

特集

feature

世界のトップテニスプレーヤーにおけるストレングス&コンディショニング

大地 智  MA, CSCS, NSCA-CPT, Coach Practitioner 全米テニス協会:USTA

中村 豊  IMG/Bollettieri Academies

■はじめに 昨年(2008年)の錦織圭選手の活躍は記憶に新しいところだろう。また、テニスファンならずとも、90年代の松岡修造選手、伊達公子選手の活躍はよく知られている。しかし、実はそれ以前にも、日本が世界のテニス界を魅了していた事実をご存知だろうか? 日本に初めてオリンピックメダル(銀メダル)をもたらしたのは、1920年アントワープ大会のテニス男子シングルスとダブルスである。また、その翌年1921年にはテニスの国別対抗戦、デビスカップにおいて日本は決勝まで進んでいる。そのほか過去には、グランドスラム大会(全豪、全仏、全英)でも日本人がベスト4、そして全米においては1955年男子ダブルスを日本人ペアが制している。 世界に引けをとらない選手を継続して輩出するためには何が必要だろうか? 今回はトップテニスプレーヤーを数多く輩出し、錦織選手も所属する

『IMGボリテリー・アカデミー』に所属するテニスのストレングス&コンディショニング(以下S&C)責任者である中村豊氏と私、大地(全米テニス協会 [ 以下USTA ] S&Cコーチ)が、双方の施設におけるS&Cの現状と課題、そして海外から見た日本人選手の可能性などを語ってみようと思う。

◆ジュニア世代からのタレント発掘と養成システムについて大地:USTAは2007年より、ここフロ

リダ、ボカ・ラトンに宿泊施設のあるナショナルトレーニングセンターを開設し、私も2008年よりS&Cコーチとして、アメリカ人選手育成に携わっています。一方、中村さんは、アメリカ人選手だけではなく、全世界から未来のチャンピオンを目指し選手が集まってくる、IMGボリテリー・アカデミーでS&Cコーチとして指導されています。IMGボリテリー・アカデミーにおいて、現在の

所属選手や構成はどのようになっているのでしょうか?

中村:IMGボリテリー・アカデミーには、世界から多くの選手が訪れています。北米から南米、アジアやオーストラリア、そしてヨーロッパなど、様々な人種や文化が重なり合っている面白い場所です。対象は18歳までのジュニア育成で、ここ最近では6~7歳の子どもまで視野に入れてのプログラムを展開しています。プロ選手も、ロシア出身のマリア・シャラポワ選手や我が日本代表の錦織圭選手を輩出するなど、幅広い育成システムが特徴です。

大地:私のところはアメリカ人選手のみです。アメリカでは以前のような選手層の厚みがなくなっており、トップ50にアメリカ人男子は4人、女子は3人しかいない状態です(2009年3月9日現在)。これはアメリカ以外の諸国、オーストラリア、フランス、アルゼンチン、イギリスなどが選手

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育成に真剣に取り組み始めた結果だと考えています。アメリカが弱くなったのではなく、そのほかの国のレベルが上がってきた証と考えています。そこで以前はIMGボリテリー・アカデミーのような民間のテニスアカデミーに頼っていた選手育成や発掘を、現在はUSTAとしても取り組んでいます。その一環として、USTAではクイックスタートと呼ばれる、子ども用の道具、コートサイズを使用したもので行うゲームを体験してもらい、子どものテニス人口の増加を目指し、タレント発掘に役立てようとしています。子どもにとっては、正規のラケットは重すぎたり、コートが広すぎるなど、テニスの楽しさを実感する上では敷居が高かったのですが、このクイックスタートを導入することで、気軽にテニスという競技に触れ、楽しさを実感してもらえるようになりました。その後、以前はあまり開催していなかった、8~9歳を対象としたキャンプなどが頻繁に行われるようになり、この年齢層へのS&C指導も行っています。IMGボリテリー・アカデミーではもっと若い年齢の選手への指導も行っているようですが、思春期もしくはそれ以前の選手への指導で心がけていることなどありますか?

中村:低年齢層への指導に関して最も気をつけているのは、テニスを通じての人間教育と本当のエキサイティングを伝えたいということ、その一心です。ジュニア世代の育成・発掘にクイックスタートはとても役立ちます。これはヨーロッパ、たしかベルギーでスタートしたプログラムだと思いますが、私たちのアカデミーでも受け入れ始め、まだ非力な子ど

も用に作られた軟らかいボールや短く軽めのラケットでプレーをします。普通の大人の道具だと重すぎる、またボールが速すぎるという状況を打破し、子どもたちがより一層テニスというスポーツを楽しめるので、このような土壌作りは最高だと思います。

大地:まったくそのとおりですね。また、S&Cの観点からすれば、私はやはり全体的な運動能力を高めるという意味で、様々な基本の動きはもちろん、テニスにとらわれず、そのほかのスポーツも体験することを勧めています。アメリカにおいて、子どもの運

動不足は深刻な問題であり、特に小さなころからテニス一本に絞っている子の総合的運動能力の低下は間違いなくあると思います。そういう意味で、S&Cコーチがいわゆる体育教師的な存在となって、子どもたちの基本的な運動能力を高めることは、最終的に優秀なテニス選手育成につながると思うのですが、中村さんはいかがでしょう?

中村:大地さんがおっしゃったように、テニスというスポーツの動作以外にも、アスリートとして必要な運動動作習得にも工夫を重ねたプログラムを提供したいと考えています。ここ

大地智(おおちさとし)全米オリンピック委員会ナショナルトレーニング・センター(コロラド)インターン・アシスタントSCコーチ、クレイトン大学ヘッドSCコーチを経て、昨年(2008年)4月、全米テニス協会選手育成部門のSCを統括する立場となるSCコーチに就任、現在に至る。

フロリダ州ボカ・ラトン、全米テニス協会トレーニング・センター・ヘッド・クオーター。2007年夏に宿泊施設のある現施設を開設。現在、未来を有望視されたジュニアはもちろん、若手プロが常時トレーニングに励んでいる。

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最近のテニスの進歩はめざましく、私たち指導者も常に勉強し、進化を目指しています。アスリートとして育て、その身体能力をテニスに生かせればと考えています。選手育成に直結している学校の教育制度の理解も大切です。ホームスクールによる学校制度の見直し、私たちアカデミーでも以前のような、ただテニスを教え込むというスタンスよりも、ここ最近の低年齢化によりアスリートとしての根本、人間教育という立場でも物事を運び、プログラムを進めていきます。テニスは個人競技ですので、コート上ではお互いにライバル意識を持つべきですが、オフコートでのトレーニングでは、グループ、ユニットとして機能させるべきであり、そのようにしています。選手同

士がお互いのレベルを切磋琢磨させるには、競争の要素とそれをコントロールできる指導者とプログラム内容が必要です。レベルによりますが、プロのプライベートからエリートでは少人数(4~8名)、アカデミーでは20名単位でS&Cプログラムに取り組んでいます。私たちアカデミーの特色として、マンモス校ということもあり、ジムもそれに応対できる効率性と機能性を重んじたトレーニング内容を選択しています。

◆選手へS&Cの必要性を理解してもらうための工夫とは

大地:では、選手へS&Cの重要性を意識づけるために心がけていることはありますか?

中村:S&Cの重要性を意識づけるため

に最も気をつけていることは、選手やコーチである指導者たちと『チーム』としてのコミュニケーションを図ることです。トレーニングの目的は、究極的にいかにコート上でパフォーマンスが発揮できるかですので、彼らにその目的を理解してもらうように心がけています。具体的には、私がパフォーマンスコーチとしてコートに足を運び、選手のプレーを観察します。現在求める動作形態がコート上で行えているか、私なりの判断を下します。そして現場の指導者であるコーチ陣に私の思いを伝え、フィードバックをもらいます。それから選手自身の意見を聞き、それぞれの意見を言い合える場を設けるよう努力しています。例えば錦織圭選手の場合、私が彼の練習コートへ行き、私が求めるスプリットステップの入り方、タイミングができているかをチェックしています。コーチが

「以前よりスムーズになった」、選手が「よい感じです」というように、意見や感想をもらいます。もし、彼らから「でも、もっと向上できますか?」と聞かれれば、トレーナーとして私からの答えは「ALWAYS」です。「では、そのためには股関節の動作形式から足関節の柔軟性をより徹底的にこなそう」などの説明を加えます。このような経緯があり、選手として(一緒にいる指導者も含め)はトレーニングへの目的意識がより明確になると思っています。

大地:指導者、選手とのコミュニケーションのないプログラムは成り立たないと私も思います。S&Cコーチが中村さんの言われる総合的なパフォーマンスコーチとして仕事をするには、練習・試合など現場に足を

中村 豊:IMG・ボリテリー・アカデミーのトレーニングディレクター。テニス界では世界屈指の S&C・パフォーマンストレーナーの一人。現在マリア・シャラポワ選手や錦織圭選手を指導。(IMGACADEMIES.COM)

アメリカのジュニア選手。ムーブメント、オフコートで動き方の修正から動作改善を指導。頭で理解させ、身体で覚えさせる。選手と指導者の運動感覚を結ぶ“HANDS・ON”は最も大切であると理解している。

(IMG・ボリテリー・アカデミーにて)

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運び、選手の状態を常時チェックし把握する。とても大切なことだと思います。また、若い時期から、なぜこの動作が必要なのか、どのように役立つのかなど、常時選手に教えながら指導していくことがよい意識づけにつながると考えます。たとえば、中村さんのおっしゃるような、股関節の動作形式では、オリンピック(クイック)リフトの動作を取り入れ、その動作がどのようにテニスの動きにトランスファー(転移)するか、デモンストレーションをしながら私は指導しています。個人スポーツであるテニスでは、選手がどれだけプログラムを理解し、私たちがなぜ今この種目を取り入れているか、なぜ今この時期にこれだけのトレーニングをしているのかなど、選手なりに把握してもらうことが、将来への成功へつながるのではと考えています。

◆ジュニアテニスプレーヤーに対するS&Cプログラムについて

大地:次に、いわゆる思春期や成長期におけるジュニア選手に対してのS&C指導の具体的な内容において心がけていることをお聞かせください。

中村:この年代は主にはファンクショナル、つまり動作の効率化と機能性を磨くトレーニング内容を重視しています。思春期の子どもたちは気持ちのアップダウンが激しい時期ですし、体力的にも成長期ですので、身体への激しい変化が起き“心と身体”がバラバラになりがちです。不安定な時期だからこそ、筋肉を鍛えるというよりも、動作を求めて指導しています。そして、指導者が求めていることをより理解してほしいと思っての指導、つまり『Education:教育』

を目指しています。選手たちは13 ~18歳の思春期かつ成長期であり、さらにそれぞれの国籍による文化や理念など、多少の違いがありますが、夢は皆一緒です。テニスというスポーツにおいて上手になりたい、プロになりたいという子どもたちが集まっています。私が指導者として彼らにできることは努力の方向付けです。日々の行動に目的を持ち、選手なりに肯定的にWHY(なぜ?)の意味を生かす。つまり、トレーナーとしてこちらが提供するプログラム内容を彼らに理解してほしいと考えています。こちらの欲していることを子どもなりに理解してもらえれば、お互い同じ目線でコミュニケーションをとることができます。すべては選手のためであり、努力を惜しまない選手と指導者の関係を築いていきたいと思っています。

大地:私はUSTAのこのポジションに就くまでは大学で仕事をしていました。大学レベルですとやはり、ある程度でき上がっている選手もいますし、2~4年間しか指導できません。その点、小さいころから段階的に指導できる現在のポジションには魅力があります。思春期・成長期にある選手に対し、様々なトレーニン

グ法の基本を安全に指導し、その選手 がPeak Height Velocity (PHV)を過ぎた段階で負荷を増し、いわゆる高い強度でのトレーニングへスムーズに進展していく、こういったシステムは選手育成に最適だと考えます。ただし、選手がトーナメントなどを回るようになり、一年を通じてS&C指導をしていく必要性が出てくると、スケジューリングの段階で課題が出てきます。プロはもちろん、トップジュニア選手のトーナメントスケジュールは遠征も含めると年間30週以上にもなりますので、こういったスケジュールにおいてピリオダイゼーション(期分け)ってS&Cコーチ泣かせですよね。

中村:プロとジュニアの違いもありますね。プロ選手はジュニア育成の完成像、究極のアスリートの指導ですので、それぞれのニーズにあったトレーニング内容を提供しています。プロは大人ですし、モノの考え方からトレーニングの必要性など十分に理解しています。プロテニスプレーヤーは現在、自分に何が必要か十分に理解してこちらに接し、こちらもトレーナーとしてそのピンポイントの補強からトレーニング内容の提供などプロとしての付き合いが求めら

アメリカ人若手プロ選手への基本パワーポジション確保の指導。オリンピック(クイック)リフトの動作は全体的な正しいPostureの指導・矯正にも役立つ。

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います。また、テニスというスポーツで最も難しいことの一つにスケジューリングが挙げられます。「この試合で勝てば、来週はトレーニング期を変更し出場可能な大会を優先する」「負け続けている選手にはスケジュールを大幅に変えて、調整期間を長くする」などのことは頻繁に起きます。僕が選手やコーチ陣にアドバイスしていることは、ジュニアなど育成途中の選手は、プログラムに沿った内容をできるだけ遂行するように話をしています。今後、大切なのは、遠征先でどれだけシステマチックにトレーニングや身体のケアを続けていけるかであり、成功への鍵となります。テニスは負ければそれでその週の試合は終わりますので、次の大会へ移動するかアカデミーへ帰って

きてトレーニングするかの選択になります。終わってアカデミーに帰る選択を持ちつつ、遠征先でプログラムを実行できるかの判断は、現場にいるコーチとアカデミーにいる私たちトレーナーの密な関係が必要であり、これが十分であれば遠征先でもシステム化は可能です。

大地:USTAでは、スポーツサイエンス部門と協力し(私のポジションであるS&Cコーチもスポーツサイエンス部の一部)、コーチへの教育も行っています。そのおかげで、コーチたちの理解能力は高いですし、S&C指導もしやすいです。また現在では、アメリカデビスカップチームのキャプテン、パトリック・マッケンロー氏を選手育成部門総責任者とし、ロジャー・フェデラー選手など数多くのトッププロを指導した、ホゼ・ヒングレスをUSTA専属コーチとして招き、新体制で臨んでいます。彼らトップからの理解もS&C指導をやりやすくしていることは確かです。

中 村: 私 た ち ア カ デ ミ ー で はIMG・PERFORMANCE・INSTITUTE(IPI)が他のスポーツ(野球、バスケ、サッカー、ゴルフ)にも関係していまして、フィジカルやメンタル、栄養学の指導から理学療法、ATによる身体のケアも充実しています。私たちIPIが、スポーツコーチへオフコートでのサポートシステムを提供しています。さらに選手のパフォーマンス向上を目指し、システムの進化を求めています。

◆日本人選手と海外選手の相違点について

大地:次に、アメリカ人中心に指導している私には言及しにくい質問を。

れます。そういった意味で究極の集中力が求められます。

◆スタッフ同士の連携について大地:ピリオダイゼーションを含め、

S&C指導を行っていくうえで、そのほかのスタッフ(コーチ、トレーナーなど)とのコミュニケーションも非常に重要になってくると思います。

中村:先ほども申し上げたとおり、指導者(コーチやトレーナー)とのコミュニケーションはとても大切です。選手や親御さんの判断の基準は、頭で理解していながらもコート上でのパフォーマンスや結果で判断してしまいがちです。多くの選手は物事を長期的にとらえるという環境下にいないため、自分の世界に閉じこもりがちになり、ストレスを溜めてしま

アスリートに求める動作を伝えるために、指導者はデモンストレーションできなければならない。口頭でのアドバイスにより考えさせ、目(ビジュアル)で理解させ、そして身体で表現させる。この3つのサイクルをトレーニングのベース(基本)としている。

(IMG・ボリテリー・アカデミーにて)

オーストラリア出身のプロ・アスリートの指導風景。彼の強靭なフィジカルを生かせるように、身体の効率化を目的に、軸形成を求め、股関節と体幹(腹圧)の運動機能向上を目的としたトレーニングを行う。

(IMG・ボリテリー・アカデミーにて)

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世界中から選手の集まるIMGボリテリー・アカデミーで指導なさっている中村さんから見て、日本人選手に欠けている点、秀でている点などありましたら、教えてください。

中村:今まで多くの日本人選手と接してきましたが、海外選手と比べて、長所短所はハッキリとしています。日本人の長所は究極の努力家。海外選手の素晴らしい所はダイナミックさと、発想豊かな行動力です。反面、日本の選手は、海外選手と比べると縦割りの社会が影響しているのか、意外性やイマジネーションを刺激できるような環境づくり、それを熟知した指導者やシステムが必要かと感じています。アメリカでもこうして大地さんと関係を築き、日本へ何か還元できればと思っております。

大地:身体的には違いはありますか?中村:最も大きな違いは身体の厚み、

つまり筋量です。海外経験をなされている指導者であればハッキリとわかると思いますが、海外選手は腰周りや肩周りの筋肉が適切に発達しています。理由は速筋の割合が高く、かつ股関節から肩甲骨周辺の関節運動を重視しての指導がなされたことの結果と思っています。私自身は、選手にトレーニングで身体を大きくしてもらおうという発想はありません。 求 め る も の は“MOVEMENT:動作”ですので、股関節運動を向上させるためにいろいろな動作を指導します。そんな中でも、代表的な運動はスクワット系の動作ですね。初動時に、できるだけ多くの股関節筋群を動員できるように意識させ、反復させます。この結果、腰周りが大きくなり、動作が落ち着いてきた、しっかりとしてきたといわれます。日本

人アスリートは海外選手と比べますと身体の線が細いので、この動作効率を高めるためのトレーニングプログラムを行う中で、身体で最も出力の高い部分を集中トレーニングすることにより、海外の選手とのギャップは少なくなると信じています。

大 地: ス ク ワ ッ ト 系 の い わ ゆ るStructural Exercises(構造的エクササイズ)は、成長ホルモンの分泌も促すので、結果的に身体に厚みをつけることにもつながりますね。

◆読者へのメッセージ大地:日本の指導者に伝えたいことは

ありますか?中村:そのスポーツ、アスリートの特

徴をより把握するために、勉強をし続けるべきであるということを伝えたいです。これは自分を含めてです。勉強とは、より細かく選手をチェックする能力を磨くこと、また、スポーツの進化(変化)に気づくことだと思っています。たとえば、現在、テニス選手は以前よりも身体の使い方が巧みで爆発的になっています。このような変化に対応し、選手を細かくチェックするために映像解析を用いたり、選手自身の運動感覚・表現と私自身が求める指導感覚にズレが

生じていないか、ギャップがないかを常に確認するようにします。このように、選手は常に進化しているので、それに伴い、トレーニングも進化しなくてはなりません。それに深くかかわる私たち指導者も、常に選手以上に身体の構造から仕組みを理解し、またこれらの進化を求め、どのようなプログラムが適切であるかを学習していくことが大切だと思います。

大地:おっしゃるとおりです。この世界にかかわらず、勉強すること、向上すること、工夫することなどを怠った瞬間、プロとして失格だと思います。私たちの仕事は人間の身体を扱います。そして、人間であるスポーツ選手は誰一人として同じではありません。その選手に合った最高のプログラムを作成・提供・実行していく、これが私たちの使命だと思っています。いつでも選手の身になって指導していくことを心がけていれば、必ず良い結果につながると考えます。世界に通用する選手育成についての中村さんのお話は、私にも大変参考になりました。ありがとうございました。今後とも、選手育成、お互いにがんばりましょう。◆

USTAの宿泊施設、トレーニング施設に隣接したテニスコート。全米から選抜された選手のみがここをベースに、またはキャンプをはり、集中的にトータルサポートを受けることができる。