瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ...

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平成24年度 化学物質の環境中濃度予測 実施機関・研究グループ 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グループ 羽野健志・伊藤克敏・持田和彦・大久保信幸・河野久美子・隠塚俊 満・藤井一則・田中博之 1.目的 本課題では、漁場環境中で評価指標となりうる化学物質、なかでも有機スズ化合物の代替 防汚物質に着目して、その環境中濃度を予測することを目的とする。今年度は、出荷統計か ら水産現場での使用が多いとされるビス(N,N-ジメチルジチオカルバミン酸) N,N'-エチレン ビス(チオカルバモイルチオ亜鉛)(以下ポリカーバメート)を主たる対象物質とし、底質 中ポリカーバメート分析方法のさらなる高度化および実環境中における底質中濃度分布の実 態を調べた。 2.方法 2.1 対象物質 ポリカーバメートの主な構造類似物質を図 1 に、基本情報を表 1 に示す。ポリカーバメー トはジメジチルジチオカーバメート(以下、 DMDC)、エチレンビスジチオカーバメート(以 下、EBDC)および亜鉛イオンから構成されており、DMDCEBDC をそれぞれ構成成分と するジラム、チウラム、マネブ、マンゼブなどと同様にジチオカーバメート系農薬として利 用されている(図 1、表 23)。ポリカーバメートは、PRTR、水道水質検査対象物質として 指定されており(表 2)、漁網防汚剤として養殖網や定置網に使用されるほか、畑、果樹園、 ゴルフ場などで農薬としても使用されている(表 3)。 S (CH 3 ) 2 NCS - Zn 2 S SCN(CH 3 ) 2 SCN(CH 3 ) 2 S S CH 2 NHCS - Zn CH 2 NHCS - S n S CH 2 NHCS - Mn CH 2 NHCS - S n S CH 2 NHCS - Zn x Mn y CH 2 NHCS - S x ポリカーバメート ジラム チウラム ジネブ マネブ マンゼブ DMDC EBDC S S CH 2 NHCSZnSCN(CH 3 ) 2 CH 2 NHCSZnSCN(CH 3 ) 2 S S 1.主なジチオカーバメート系化合物 - 11 -

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Page 1: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

平成24年度

小 課 題 名 化学物質の環境中濃度予測

実施機関・研究グループ 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グループ

担 当 者 名 羽野健志・伊藤克敏・持田和彦・大久保信幸・河野久美子・隠塚俊満・藤井一則・田中博之

1.目的

本課題では、漁場環境中で評価指標となりうる化学物質、なかでも有機スズ化合物の代替

防汚物質に着目して、その環境中濃度を予測することを目的とする。今年度は、出荷統計か

ら水産現場での使用が多いとされるビス(N,N-ジメチルジチオカルバミン酸)N,N'-エチレン

ビス(チオカルバモイルチオ亜鉛)(以下ポリカーバメート)を主たる対象物質とし、底質

中ポリカーバメート分析方法のさらなる高度化および実環境中における底質中濃度分布の実

態を調べた。

2.方法

2.1 対象物質

ポリカーバメートの主な構造類似物質を図 1 に、基本情報を表 1 に示す。ポリカーバメー

トはジメジチルジチオカーバメート(以下、DMDC)、エチレンビスジチオカーバメート(以

下、EBDC)および亜鉛イオンから構成されており、DMDC、EBDC をそれぞれ構成成分と

するジラム、チウラム、マネブ、マンゼブなどと同様にジチオカーバメート系農薬として利

用されている(図 1、表 2、3)。ポリカーバメートは、PRTR、水道水質検査対象物質として

指定されており(表 2)、漁網防汚剤として養殖網や定置網に使用されるほか、畑、果樹園、

ゴルフ場などで農薬としても使用されている(表 3)。

S

(CH3)2NCS- Zn2

S

SCN(CH3)2

SCN(CH3)2

S

S

CH2NHCS-

ZnCH2NHCS-

S n

S

CH2NHCS-

MnCH2NHCS-

S n

S

CH2NHCS-

ZnxMnyCH2NHCS-

S x

ポリカーバメート ジラム チウラム ジネブマネブ マンゼブ

:DMDC:EBDC

S S

CH2NHCSZnSCN(CH3)2

CH2NHCSZnSCN(CH3)2

S S

図 1.主なジチオカーバメート系化合物

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Page 2: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

表 1.分析対象とした防汚物質の基本情報

表2.ジチオカーバメート系化合物の管理・検査対象一覧

構成成分 PRTR届出対象

水道水質検査対象(水質管理目標設定項目)

環境ホルモン戦略speed’98対象

DMDC EBDCポリカーバメート ○ ○ ○ ○(検出目標値30 μg/L)

ジラム ○ ○ ○

チウラム ○ ○ ○(検出目標値20 μg/L)

マネブ ○ ○ ○

マンゼブ ○ ○ ○

ジネブ ○

経済産業省製造産業局化学物質管理課(2011)に基づいて作成

IUPACCAS

脱塩水

人工海水

LC50 (Fish)LC50 (Copepoda)LD50 (Barnacles)LD50 (Diatom)LD50 (Algae)水

海水

海水/底質

土壌

半減期

急性毒性

蒸気圧

オクタノール-水分配係数 (logPow

)

溶解度

分子量

化学式

CAS No.

略称

組成式

登録商標

項目

化学名

Polycarbamate

ビスダイセン®、リカバリー®、ゴーレット

®(ダウ・ケミカル

日本)

64440-88-6

C10H18N4S8Zn2

581.62

1.52 (22℃) (ダウケミカル日本 2009)

分散性あり (ダウケミカル日本 2009)

910 μg/L (コイ 96hr) (ダウケミカル日本 2009)160 μg/L (オオミジンコ 48hr) (ダウケミカル日本 2009)

31μg/L (72hr-EbC50) (ダウケミカル日本 2009)

240日(pH5)、42日(pH7)、6日(pH9) (環境省 2008)

11-42日 (ダウケミカル日本 2009)

bis (N,N- dimethyl dithiocarbamoyl) zinc ethylenebis dithiocarbamate

N

Zn++S

S

N

S

SS Zn++

NH

NH

SS

S

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Page 3: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

表 3.平成 22 年に環境に投入されたジチオカーバメート系化合物の全国使用量 (トン/年)

海域DMDC EBDC 漁網防汚剤 農薬等 その他 陸域計

ポリカーバメート ○ ○ 244 179 423ジラム ○ 65 65チウラム ○ 258 1 259マンネブ ○ 364 364マンゼブ ○ 2,117 2,117

構成成分環境排出量(トン)

陸域計

経済産業省製造産業局化学物質管理課(2012)に基づいて作成

25mL に定容したものを 500 μg/mL 保存溶液とし、使用に際して適宜希釈して

使

た。クリーンナップ用

が一定しないため、定量に用いず、モニタリングイオンとして観察するにとどめた。

2.2 化学分析

2.2.1 試薬

ポリカーバメート(林純薬、純度 95.1%)は、12.5mg をジメチルスルホキシド(DMSO、

和光純薬)で

用した。

分析に供したエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム(以下、EDTA)、L-システイン塩酸

塩、硫酸水素テトラブチルアンモニウム、2 mol/L 塩酸、ヨードメタンは、和光純薬製を使

用した。無水硫酸ナトリウムは和光純薬特級を、有機溶媒(アセトン、n-ヘキサン、ジクロ

ロメタン)は和光純薬残農分析用およびダイオキシン分析用を使用し

カラムは、Sep-Pac® Vac シリカ (ウォーターズ社)を使用した。

ポリカーバメートの定量には、標準品として使用するジメチルジチオカルバミン酸メチル

(DMDC メチル、林純薬)とエチレンビスジチオカーバメートジメチル(EBDC ジメチル、

林純薬)を用いた。DMDC メチル、EBDC メチルそれぞれ 10mg を 100mL メスフラスコによ

りアセトンで定容したものを 100 μg/mL 保存溶液とし、ヘキサンで適宜希釈して標準液とし

た。これら標準液に 50ppb 相当の d-18 アントラセンを内標準として加えた。得られた DMDC

メチル濃度を以下の試算式(図 2)を用い、内標準法(DMDC メチルと d18-antrathene との比)

によりポリカーバメート濃度として換算した。EBDC は、標準溶液の減衰が激しくまた回

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Page 4: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

ポリカーバメート濃度=(DMDC-メチル濃度)×0.89/0.41

Polycarbamate → 2 DMDC + EBDC + 2 Zn①分子量 581.56 120.22 210.37 65.41②総分子量 581.62 = 240.44 + 210.37 + 130.82③メチル化換算 270.44 240.37②/③ 0.89 0.88割合換算(②/①) 1 0.41 0.36 0.22*標準溶液はメチル化したDMDC-メチルで作成している。

較時に使用*現場海水と標準直線比

図 2 ポリカーバメートの定量方法

2.

た。試

び分析方法定量下限値 (MQL)

算出は、環境省総合環境政策局(2008)を参考にした。

2.2 ポリカーバメート底質分析法の高度化

昨年度に報告した底質中ポリカーバメート濃度の分析方法では、夾雑物の十分なクリーン

アップが行えず、クロマト上にそれらがノイズとして多く検出されることに加えベースライ

ンの底上げも重なり低濃度のポリカーバメートがこれらに埋没し検出が困難になる現象が見

られた。これらの問題が解決されれば底質中ポリカーバメート濃度分析方法はさらに高度化

が可能であると判断し、諸々の検討を行った結果、底質質量(湿重量で 20g)過多によるも

とわかり、今年度は底質重量を 10g(湿重量)に減じ、再度分析方法の検討を行った。

添加回収試験の検討で用いた底質試料は、広島湾 st.2 においてエクマン採泥器により採取

した泥を用いた。得られた底質試料は 1 mm メッシュの篩にかけ、3,000 rpm,20 分間遠心分

離し上清液を取り除いた底質を分析まで冷凍保存した。なお、検討にあたっては、海水中濃

度が<100 ng/L であることを考慮し、既存の底質分析法(環境庁 2000)から推定した検出下

限試算値(19,000 ng/kg)よりさらなる高度化を主眼に行い、図 3 に示す方法を確立し

量、メチル誘導体化反応時間、クリーンアップ用カラムは昨年度と同じである。

分析方法の信頼性確保のため、添加回収試験(既知量のポリカーバメートを添加し回収が

できるか)、定量下限値の算出試験(分析感度の限界濃度付近を繰り返し測定)という 2 つ

の試験を行った。なお、分析方法検出下限値 (MDL)およ

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泥中サンプル

アルカリ分解| 底質10g(湿重量)|  +15%L-システイン塩酸塩含有5%EDTA2ナトリウム2水和物溶液 25*2 mL(計50m|    (12 mol/L水酸化ナトリウムでpH9.7-10.0に調整)↓ 30分振とう↓ 遠心分離(3000 rpm、20分間)

上澄み液|  +ヘキサン洗浄蒸留水500 mL|  +0.4 mol/L硫酸水素テトラブチルアンモニウム12.5 mL↓  +2 M塩酸でpH7.5-7.8に調整

抽出・メチル化|  +0.05%ヨウ化メチル含有(ジクロロメタン:ヘキサン=3:1)混液 50 mL| 10分振とう↓ 12時間以上静置

有機層(下層)↓ 遠心分離(3000 rpm、20分間)

有機層のろ過・脱水| 有機層(下層)を無水硫酸ナトリウムで脱水ろ過|  +0.05%ヨウ化メチル含有(ジクロロメタン:ヘキサン=3:1)混液 30 mL| 10分振とう↓ 有機層(下層)を無水硫酸ナトリウムで脱水ろ過

濃縮↓ 10 mLに減圧濃縮

クリーンアップ| 5 g silica カラム| 予備洗浄:20 mLジクロロメタン| 洗込・溶出:内部標準(d-18アントラセン)を加えジクロロメタンで計20 mLに↓ 窒素気流下でヘキサンに転容しながら0.5 mLに濃縮

分析(GC/MS)EIモード

図 3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

2.2.3 機器分析

ポリカーバメートの GC/MS による測定は、EI 法で分析を行った。GC/MS の測定条件は表

4 のとおりである。

表 4 GC/ MS 測定条件

GC:Agilent 6890N

MS:Agilent5975

オーブン:初期温度 60 ℃ (2.00 min) →(20℃/分)→ 220℃

注入方法:パルスドスプリットレス

注入量 : 2 μL

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注入口温度:250 ℃ (オフ)

カラム : Agilent 19091S-433 HP-5MS 5% Phenyl Methyl Siloxane

インターフェース温度 : 275 ℃

モニタリングイオン(m/z):(72, 88, 135, 144)

MS 四重極 :150 ℃

MS イオン源 :230 ℃

検出器(EM)電圧 :EI 法

2.3 環境底質中ポリカーバメート分析

2.3.1 サンプリング地点

試料の採集は、表 5 に示す広島湾の 5 地点で、2011 年 5 月から 2012 年 12 月まで、計 11

回にわたって実施した。調査定点の位置図を図 4 に、現場の状況を章末の参考に示した。ま

た、本年度の調査は、用船により実施し、港則法第二条に規定する地点では、事前に海上保

安庁の許可を受けて調査を行った。

表 5.調査実施定点

地点番号 緯度(北緯) 経度(東経) 水深(m) 備考

st2 34°19' 48.3 132°22' 9.04 15st4 34°19' 55.3 132°26' 9.06 22st7 34°17' 48.3 132°22' 9.04 32st15 34°15' 48.3 132°25' 9.05 17

st306 34°12' 10.3 132°19' 6.26 35 阿多田島南部

広島湾沿岸

広島湾中央部宮島~江田島

2.4.2 試料の採集

添加回収試験の検討で用いた底質試料は、広島湾洋上においてアクリルパイプ製のコアサ

ンプラー(内径 74 mm)を用いて採取した。得られた底質試料は 1 mm メッシュの篩にかけ、

3,000 rpm,20 分間遠心分離し上清液を取り除き残りを分析まで冷凍保存した。

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St306

St15

St7

St4St2

瀬戸内海区

水産研究所

図 4 サンプリング位置図

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3.結果と考察

3.1 ポリカーバメート分析法の高度化

3.1.1 添加回収試験

広島湾 st.2 においてエクマン採泥器により泥を採取し、2.2.2 に示す前処理を行った底質 10g

(湿重量)に、1,090~10,871 ng/kg-dry 相当のポリカーバメートを添加し、回収率の試算を行

った。その結果、すべての設定濃度区で良好な回収率範囲とされる 85-120%付近となり、生

海水、砂ろ過海水ともに良好な回収率(表 6)、相関関係(図 5)、クロマトグラム(図 6)

を描いた。

表 6 ポリカーバメートの底質中添加回収試験結果

添加濃度(ng/kg-dry)

0 1,090 2,726 5,436 8,154 10,872

実測濃度(ng/kg-dry)

2,042 3,345 4,430 7,074 9,348 11,268

回収率(%) 0% 120% 88% 93% 90% 85%

*回収率は、0ng/kg-dryの値を各実測値から減じて算出。

底質添加回収試験(0‐10,871 ng/kg‐dry)

y = 0.8499x + 2245.3

R2 = 0.9968

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

12,000

14,000

0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000

設定ポリカーバメート濃度(ng/kg‐dry)

実測

ポリ

カー

バメ

ート

濃度

(ng/kg‐dry)

図 5 ポリカーバメート添加回収試験での設定濃度の実測濃度との関係

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←DMDC-メチル標準

(ポリカーバメート12,446 ng/kg-dry 相当)

ポリカーバメート 0 ng/L→

←ポリカーバメート 8,153 ng/kg-dry

←ポリカーバメート 5,436 ng/kg-dry

←ポリカーバメート 2,726 ng/kg-dry

←ポリカーバメート 1,090ng/kg-dry

ポリカーバメート 10,872 ng/kg-dry→

図 6 ポリカーバメート添加回収試験におけるクロマトグラム(m/z=88)

3.1.2 分析方法検出下限値(MDL)および分析方法定量下限値(MQL)の算出

S/N 比が 10 前後となる 1,360 ng/kg-dry 相当のポリカーバメートを添加し、繰り返し 6 回分

析した。回収されたポリカーバメート濃度は 1,739±40 ng/kg-dry であり、その結果算出された

ポリカーバメートの分析方法検出下限値 (MDL)および分析方法定量下限値(MQL)は、そ

れぞれ 218、540 ng/kg-dry であった(表 7)。よって、今年度の調査は、540 ng/kg-dry を MQL

として用いることとした。

表 7 ポリカーバメート底質添加回収試験における定量下限値の算出

設定濃度

(ng/kg-dry)実測濃度

(ng/kg-dry)回収率

(%)

1回目 1,362 1,794 132%

2回目 1,358 1,707 126%

3回目 1,359 1,749 129%

4回目 1,363 1,780 131%

5回目 1,358 1,755 129%

6回目 1,362 1,647 121%

1,739

54

218

540

方法検出下限値MDL(ng/kg-dry)

方法定量下限値MQL(ng/kg-dry)

平均

標準偏差

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その結果、ポリカーバメート様物質の底質中濃度および検出率は、0-5cm 層が ND~7,611

ng/kg-dry および 47%、5-10cm 層が、ND~6,382 ng/kg-dry および 36%であった(表 8)。同

一地点では、0‐5cm 層と 5‐10cm 層の間にポリカーバメート様物質の濃度に明確な相関は

認められなかった。また、ND が多いため統計学的に有意ではないものの、濃度別にヒスト

グラムで比較すると0-5cm層の方が5-10cm層に比べ高濃度側に分布する傾向にあった(図

7)。海底直上水と 0‐5cm 層の関係では、St4 では両者に統計学的に有意な相関関係が認めら

れ、海底直上水で検出されるポリカーバメート様物質は、底質から供給されている可能性が

示唆された(図 8)。

ポリカーバメート様物質の環境底質中濃度および、昨年に引き続き今年も行った水中濃度

分析結果を表 8 に示す。St15 の一部(12/6、2/21、10/4)では採底した底質が砂質であったた

め、また 4/24 はコア採泥機用ロープを巻き上げる用船据付のラインホーラーが故障しエクマ

ン採泥器により採泥を行ったため、5‐10cm 層の採泥ができなかった。

3.2 環境底質中ポリカーバメート様物質の測定

DMDC を構成成分とする化合物としては、ジラムとチウラム(図 1)などがある。昨年度

の報告より、DMDC のメチル誘導体化による分析法では、DMDC 由来の物質とポリカーバメ

ートを判別することはできないことが明らかになっているため、環境水中濃度の表記は「ポ

リカーバメート様物質」とすることとした。

3.1.3 DMDC 類似構造を持つ化合物との識別の検討

0%10%20%30%40%50%60%70%

頻度

(%)

底質中ポリカーバメート様物質濃度(ng/kg‐dry)

底質中ポリカーバメート様物質の濃度別分布

- 20 -

0‐5cm層 5‐10cm層

図 7 底質中ポリカーバメート様物質の濃度別分布

Page 11: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

5/10 6/28 8/17 10/5 12/6 2/21 4/24 6/26 8/8 10/4 12/5

st306 565 3,567 ND 676 ND 661 7,611 797 ND 1,165 ND 7,611 ND 661 64%

st15 ND ND 1,558 ND 701 880 1,333 ND ND 1,750 ND 1,750 ND ND 45%

st7 ND 4,613 ND ND 4,478 1,080 1,117 559 ND ND ND 4,613 ND ND 45%

st4 589 622 ND ND 700 835 1,436 ND 924 728 ND 1,436 ND 622 64%

st2 ND ND ND ND ND 839 4,010 ND ND ND ND 4,010 ND ND 18%

st306 ND 2,246 ND ND ND NDデータなし

(採泥できず) 718 ND ND ND 2,246 ND ND 20%

st15 1,029 ND 1,692 6,382データなし

(採泥できず)データなし

(採泥できず)データなし

(採泥できず) 848 550データなし

(採泥できず) ND 6,382 ND 848 71%

st7 ND 771 ND ND ND 551データなし

(採泥できず) 764 ND ND ND 771 ND ND 30%

st4 ND 1,215 ND 641 ND 709データなし

(採泥できず) 674 ND ND ND 1,215 ND ND 40%

st2 ND ND 653 ND ND NDデータなし

(採泥できず) 633 ND 571 ND 653 ND ND 30%

st306 4.0 ND ND ND ND 2.8 14.2 3.5 7.8 ND ND 14 ND ND 45%

st15 29.7 ND ND ND 2.3 ND 13.0 4.0 8.5 ND ND 30 ND ND 45%

st7 41.3 ND 67.4 ND 17.0 ND 24.0 4.2 2.3 3.5 ND 67 ND 3.5 64%

st4 21.5 ND 45.4 ND ND ND 8.8 5.1 4.1 ND ND 45 ND ND 45%

st2 29.7 ND 54.5 ND 12.7 ND 14.3 9.1 4.9 8.3 ND 55 ND 8.3 64%

st306 75.3 9.0 61.5 5.4 99.1 51.2 19.5 58.4 22.0 37.5 65.9 99 5 51 100%

st15 53.6 26.1 89.6 10.8 27.0 28.4 59.5 88.1 24.1 43.2 14.2 90 11 28 100

st7 39.2 17.4 83.4 14.4 71.3 39.1 29.7 15.1 22.9 105.8 44.6 106 14 39 100%

st4 30.5 10.2 65.1 16.9 10.3 42.5 82.5 48.1 62.9 29.8 19.2 83 10 31 100

st2 64.9 21.3 92.0 6.5 22.9 28.6 58.2 33.5 13.2 39.2 5.8 92 6 29 100

海水

表層水(ng/L)

海底直上水(ng/L)

2012年度検出率

サンプリング日

底質

底質0-5cm乾燥重量

(ng/kg-dry)

底質5-10cm乾燥重量

(ng/kg-dry)

2011年度最高 最低 中央値

%

%

%

y = ‐0.001x + 42.51R² = 0.056

0

20

40

60

80

100

0 2,000 4,000 6,000 8,000

海底

直上

水濃

度(n

g/L)

底質中濃度(ng/kg‐dry)

st306海底直上水と底質(0‐5cm)の関係

y = 0.038x + 1.881R² = 0.428

y = 0.004x + 23.49R² = 0.167

0

20

40

60

80

100

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000

海底

直上

水濃

度(n

g/L)

底質中濃度(ng/kg‐dry)

st15、7海底直上水と底質(0‐5cm)の関係

st15 st7

y = 0.081x ‐ 29.91R² = 0.791 p<0.01

0

20

40

60

80

100

0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000

海底

直上

水濃

度(n

g/L)

底質中濃度(ng/kg‐dry)

st4、2海底直上水と底質(0‐5cm)の関係

st4 st2

図 8 ポリカーバメート様物質の海底直上水と底質(0-5cm層)の関係

表 8 ポリカーバメート様物質の環境水中濃度結果

- 21 -

Page 12: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

3.3 ポリカーバメート様物質の環境中における報告例

環境水からのジチオカーバメート系化合物(ポリカーバメートを含む)濃度の検出報告例

及び定量下限値は表 9 のとおりである。Hayama et al., (2007)のほか、環境省(2001)が全国 2

水系(埼玉県新河岸川、和歌山県紀ノ川)で農薬の環境動態調査を行い、その対象物質とし

て DMDC 由来のジラムおよび EBDC 由来のマネブ、マンゼブ、ジネブ総量を測定している。

本報告の方法では、EBDC 由来の化合物は定量できないが、DMDC 由来のポリカーバメート、

ジラムであれば、環境中濃度の実態把握に大きく貢献することが期待される。

表 9 ジチオカーバメート系化合物の検出報告例 水系 分析対象 換算 定量下限(ND)値 濃度 参考

水質(淡水) 100 ng/L ND~200 ng/L底質 5,000 ng/kg ND~30,000 ng/kg

水質(淡水) 100 ng/L 100 ng/L底質 5,000 ng/kg ND~18,000 ng/kg

水質(淡水) 100 ng/L ND底質 5,000 ng/kg ND~18,000 ng/kg

信濃川下流(新潟県)

淀川河口(大阪府)

姫路沖(兵庫県)

水島沖(岡山県)

関門海峡

筑後川(福岡県) 水質(淡水) ポリカーバメート 200 ng/L ND~453 ng/L Hayama et al., 2007水質(海水) 2.2 ng/L ND~105 ng/L 羽野ら(2012),本報告

底質 540 ng/kg ND~7,611 ng/kg 本報告

新河岸川(埼玉県)

ジラム(DMDC由来)

マネブ、マンゼブ、

ジネブ(EBDC由来)

紀ノ川(和歌山県)

水質(汽水?)

水質(海水)

広島湾 ポリカーバメート

43 ng/L ND

環境省環境管理局 2001

環境省環境保健部 2001

3.4 要約

540 ng/kg-dry まで定量可能となる底質中ポリカーバメート分析法を確立した。広島湾北部

における底質中ポリカーバメート様物質濃度を測定したところ、0-5cm 層が ND~7,611

ng/kg-dry、5-10cm 層が、ND~6,382 ng/kg-dry であった。これらの検出値は、従来の分析方

法では定量できなかった数値であり、分析の高度化により定量可能となったという点で大き

な成果となっている。

4.本課題における 5 年間の成果(平成 20 年度~24 年度)

平成 20‐22 年度:広島湾北部における Sea-Nine211 の海水中濃度を 63 地点、のべ 97 回測定した

ところ、0.1~58ng/L の範囲で分布しており、国内検出例の範囲内であった。

平成 22 年度:広島湾北部における Sea-Nine211 の底質中濃度を 49 地点、のべ 61 回測定したとこ

ろ、ND(<1)~55 ng/kg-dry の範囲で分布しており、国内検出例の範囲内であった。

平成 23-24 年度:ポリカーバメート様物質の海水中および底質中濃度を高感度に検出できる分析

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Page 13: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

方法を確立した。広島湾北部におけるポリカーバメート様物質の海水中濃度を 5 定点において、

のべ 110 回測定したところ、ND(2.2)~105 ng/L の範囲で分布していた。また、底質中濃度

においては、海水調査と同じ 5 定点において、のべ 102 回測定したところ、ND(540)~7,611

ng/kg-dry の範囲で分布していた。

海水、底質ともに分析方法の高度化により実環境中ポリカーバメート様物質の検出が可能と

なった。海水中、海底底質中の濃度を明らかにしたのは本報が初めてである。

参考文献

Hayama T, Yada K, Onimaru S, Yohsida K, Nohta H and Yamaguchi M (2007) Simplified method

for determination of polycarbamate fungicide in water samples by liquid chromatography with

tandem mass spectrometry following derivatization with dimethyl sulfate, J. Chromatogr. A, 1141,

251-258.

羽野健志・伊藤克敏・持田和彦・河野久美子・隠塚俊満・伊藤真奈・藤井一則・田中博之(2012)

化学物質の環境中濃度予測、平成23年度漁場環境生物多様性指標等開発事業報告書 17-36

角埜 彰・河野久美子・藤井一則・田中博之・市橋秀樹・持田和彦・隠塚俊満・有馬郷司(2005)

代替防汚剤の魚介類に対する有害性評価、平成16年度川上から川下に至る豊かで多様性の

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環境省環境管理局水環境部土壌環境課農薬環境管理(2001)平成12年度農薬の環境動態調査の

結果について http://www.env.go.jp/chemi/end/kento1302/mat03.pdf 2011/1/25

環境省総合環境政策局環境保健部環境安全課(2008)化学物質環境実態調査実施の手引き(平

成20 年度版)

環境庁水質保全局(2000) 農薬等の環境残留実態調査分析法(Ⅱ.5ジチオカルバマート系化

合物分析法 底質編)

経済産業省製造産業局化学物質管理課(2012)平成22年度届出外排出量の推計方法等 I. 5 推

計方法の見直し等について(参考6 漁網防汚剤に係る排出量)

http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/h22kohyo/todokedegai_haisyutsu/gai

you/sanko1_21_121005.pdf 2013/1/28

経済産業省製造産業局化学物質管理課(2012)平成22年度届出外排出量の推計方法等 II. 2 届

出外の事業者等からの発生源別化学対象物質別届出外排出量推計結果 ((1)総括表 )

http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/h22kohyo/todokedegai_haisyutsu/gai

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you/1_121005.pdf 2013/1/28

経済産業省製造産業局化学物質管理課(2012)平成22年度届出外排出量の推計方法等 II. 2 届

出外の事業者等からの発生源別化学対象物質別届出外排出量推計結果 ((2)農薬に係る適

用対象別・対象化学物質別の届出外排出量推計結果 その1、その2)

http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/h22kohyo/todokedegai_haisyutsu/gai

you/2-1.pdf 2013/1/28

http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/h22kohyo/todokedegai_haisyutsu/gai

you/2-2.pdf 2013/1/28

経済産業省製造産業局化学物質管理課(2011)平成21年度届出外排出量の推計方法等 II. 2 届

出外の事業者等からの発生源別化学対象物質別届出外排出量推計結果 ((6)漁網防汚剤に

係る適用対象別・対象化学物質別の届出外排出量推計結果)

http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/h22kohyo/todokedegai_haisyutsu/gai

you/6.pdf 2013/1/28

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Page 15: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

【参考】調査実施定点の状況

St2 北西面:廿日市大橋地先 南東面:江田島~西能美島

St4 北西面:広島市街地先 南東面:似島

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Page 16: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

St7 北東面:広島市街 南面:絵の島

St15 北西面:五日市・廿日市 南東面:江田島・西能美島

St306 北面:カキ養殖施設越し厳島 南面:カキ・魚類養殖施設越し阿多田島

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Page 17: 瀬戸内海区水産研究所・環境保全研究センター・有害物質グ …...分析(GC/MS)EIモード 図3 ポリカーバメートの環境中底質中濃度の分析方法

St 4 St 2

St 7

水研 St 15

St 306

広島湾の航空写真およびサンプリング地点(Googleマップ®)

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