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Title 断層画像再構成の基礎 : フィルタ補正逆投影法と逐次近似法
Author(s) 久保, 直樹
Citation 心臓核医学 : 日本心臓核医学会ニュースレター, 19(1), 37-41https://doi.org/10.14951/jsnc.19.1_37
Issue Date 2017-04-14
Doc URL http://hdl.handle.net/2115/65123
Rights 心臓核医学 : 日本心臓核医学会ニュースレター Vol. 19 (2017) No. 1 p. 37-41
Type article (author version)
File Information jsnc-paper19(1).pdf
Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP
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■心臓セミナー
断層画像再構成の基礎 フィルタ補正逆投影法と逐次近似法
Concepts and Methods of Image Reconstruction: Filtered Back-projection and Iterative Reconstruction
久保 直樹
Naoki Kubo, PhD
北海道大学 安全衛生本部 放射線障害防止系
Office of Health and Safety, Hokkaido University
はじめに 断層像に関する一連の処理の解説を試みる.断層像の研究は古く,1956 年に R.N. Bracewell
(1921– 2007)らが太陽においてマイクロ波を発信している領域を探索するために応用した[1].
処理における流れのひとつ:投影データを前処理してからの再構成 投影データは奥行きの情報がなく,投影方法のすべてが足し合わさり重なっている.そしてさ
まざまに角度を変えた投影方向のデータを収集する.再構成は断層像を投影データから計算し
て求めることである.この再構成の前に行われるのが前処理である.処理における流れのひとつ
として投影データを前処理し,それから再構成を行うことで断層像を得るというものがある.
光子の検出の際に起こるばらつき 光子が検出されるということが実現する際,その数(カウント)はばらつく.これは真値に近
いカウントほど頻度(確率)は高くなり,真値から離れるカウントほど頻度(確率)は低くなる.
これはポアソン分布である.そして(ある程度の値以上における)真値よりカウントが大きい場
合も小さい場合も同程度の頻度(確率)で起こりえる.真値(理想の値,ばらつきの誤差のない
値)は大もとの光子数(ここでは画素の値と見なす)に検出される効率(検出確率)をかけたも
のとなる.これが検出されるということが実現されると前述のような,ある頻度(確率)でばら
つく.検出される光子のカウントが多いほど,つまり大もとの光子数が多いほどばらつきは押さ
えられる.しかしながら光子の数を多くすると,その重大な障害として被ばくの増加が起こる.
これに関して医療被ばく研究情報ネットワークが線量の参考値をまとめているがそれ以上に注
目することとして近年国際放射線防護委員会(ICRP)の会議で非がんの放射線障害(心臓・脳血
管系・水晶体)について再検討されたことがあげられる.そして従来考えられていた線量より極
端に低く抑えるべきということが議論された[2].最近では血管内皮細胞の放射線感受性が比較
的高いことも知られ[3] ,血管炎も関係することも考えられる.一方,疾病等へ対し科学的に対
処することで患者さんを絶望させないのが医療である.医療のリスクで絶望させてはならない
[4-7].そのためにもリスクを過小評価せず,またベネフィットも過大評価せず真実を理解しなけ
ればならない.このようなことからも医療人は放射線障害を防止するため被ばくを零砕にする
よう,たゆまない努力を続けなければならない.
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ばらつきを低減させる処理:前処理フィルタ 検出される際カウントは上にも下にも変動する.この上下したカウント同士を平均した場合,
上下の変動は相殺される.平均する範囲は目的とする箇所と,その前後の箇所の併せて 3 点で行
う場合もある.これが単純化した平滑化(スムージング)処理である(図 1 左段).一方,平均
する範囲を 3 点だけではなく広い範囲とするとカウントの上下変動は,より相殺されるので変
動は少なくなる(図 1 右段)[8].
またこれらの特性を表すためにフーリエ変換が使用される.フーリエ変換で知られる
ジョゼフ・フーリエ(1768-1830)はどのような不規則・不自然な形も単純に繰り返され,かつ連続である三角(サイン・コサイン)関数の足し合わせだけで表すことができると考えた.しかしこの考えはすぐには賛同されなかった.当時の一流の数学者ラグランジュらもこの考えに反対し続けたという[9].しかしそれからの数学・科学の発展がフーリエの正しさを立証することとなった.フーリエ変換はある分布を三角関数に分解する.そしてどの周波数がどの程度含まれていたか計算することができる.低い周波数はゆったり
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した変化であり,分布のおおまかな部分を構成している.また高い周波数は細かい変動をしているので分布の細かい部分を構成している(図 2).
処理方法として,ある一定の空間周波数を境として通す領域と通さない領域と分けるという
こともできる.このように特定の周波数範囲のものだけを通す処理のため,処理つまり計算する
ことであるがフィルタと呼ばれることになる.そして高周波をカットすると細かい変動がなく
なる.これは低域通過フィルタつまりローパスフィルタとも呼ばれる.ローパスフィルタ処理す
る際の周波数上での境を遮断周波数と呼ぶ.ローパスフィルタは平滑化(スムージング)するこ
とになる.ただし周波数空間上で急激に遮断する特性は負のアーチファクトなどを発生させる
ため急激な遮断を行わず少し穏やかに減衰させる.この特性を持つのがバターワースフィルタ
であり前処理フィルタとして代表的なものである.
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ばらつきを含まないない投影データに対する再構成方法:フィルタ補正逆投影法 投影データだけでは深さ方向についての情報はない.そこで投影データを再構成すべき画像
全体に値を代入する.これが逆投影である.つまり検出器に対して手前にも奥にも同じように分
布していたとする.これを 1 方向のみだけで行っても断層像にはならない.そこでつぎに別の角
度の投影データを同じように画像全体に値を代入する.そしてすべての投影データを使用して
値を代入して断層像を求める.これが単純逆投影法である(図 3).
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しかしこの単純逆投影法では光子線源(被写体)が存在しなかったところにも値が入ってしま
う.その結果,点が断層像全体に広がるほどの極端にぼやけた像となる.これに対処するため,
逆投影する前に投影データのエッジを極端に強調する(図 4)[10].
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エッジを強調しておくと先ほど説明した単純逆投影法のぼやけをなくすことができる.この
エッジ強調をフィルタ処理で行う.単純逆投影法によるぼやけは事前に計算で判明しているの
で,それを相殺するフィルタも設計できる.このフィルタは周波数上の高周波を持ち上げる.高
周波を持ち上げるとは画像の細かい成分を強調することなので,ぼやけを相殺できる.これが
フィルタ補正逆投影法(Filtered Back-projection: FBP)である.例として光子線源(被写体)が円
形に存在している場合を考える.この投影データは図 5 左段のような半楕円体の分布となる.こ
れらを逆投影すると被写体がない場所でも投影データの値が足し合わさり,値が残ることにな
る(図 5 左段).この投影データをフィルタで補正すると図 5 右段のように負の値をもつことに
なる.これらを逆投影すると被写体がない場所では正の値と負の値が相殺され,結果としてぼや
けのない断層像を得ることができる[11].
このフィルタ補正逆投影法では,サンプリング角度がある程度の大きさである等の理由のた
め逆投影の影響が残ってしまい放射状アーチファクトが発生する場合もある.
先に断層像を仮定する再構成方法:逐次近似法 先に断層像を仮定して再構成する方法があるが,これは直感的な方法であるとも見なせる.最
初に断層像を任意に設定する.そして順投影(投影データを得る投影)を行い,そのデータと投
影データとを比較する.投影データと断層像順投影がまったく同じであったならば,最初に設定
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した断層像が求めたい断層であるといえる.しかしこれだけでは問題が発生する.前述において
投影データとまったく同じになればよいと説明したが,投影データとまったく同じになれば投
影データに含まれるばらつきも忠実に再現してしまうことになる(図 6).また実際にはたった
1 回の仮定で断層像が正解することはない.そこで投影データと照らし合わせて最初の設定の断
層像を修正することが行われる.そして(修正後の断層像から)再投影を行い投影データと照ら
し合わせ再度修正する.逐次には「次々に」という意味がある.このことは一度の修正で止める
ことなく何度も修正を行うということである.
ばらつきを含む投影データの再構成方法:ML 法 断層像として求めたいのはカウントのばらつきを含んだ画素値ではない.真値としての画素
値である.そこで原理として以下のことを考える.測定されたカウントは大もとの光子数(ここ
では画素の値と見なす)に検出される効率(検出確率)をかけたものとする.そして測定される
カウントはポアソン分布とする[12].例として,断層像の中心だけに画素値で 10,000 存在した場
合を考える.そして検出される効率(検出確率)を C1と表しその値が 1%であったとする.その
場合検出器には 100 カウント測定されることになる.しかしポアソン分布をするため常に 100 カ
ウントになるとは限らない.収集されるカウントは 90 カウントや 110 カウントということもあ
り得る.検出器が被写体の周りを囲んでいたとして,その検出器の位置が 0 度で 90 カウント,
位置が 90 度で 100 カウント,位置が 180 度で 110 カウント,位置が 270 度で 100 カウントと測
定されたとする.これから断層像の中心の画素値λ1 を推定するとする.このとき,中心の画素
値λ1 を 10,000 であると予測した場合とまた違う画素値である 15,000 と予測した場合で,どち
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らの予想が正しいか評価を行うことを考える.今回の一連の投影データが得られるためには,0度で 90 カウントになる,それに加えて 90 度で 100 カウントになる,それに加えて 180 度で 110カウントになる,それに加えて 270度で 100カウントになるとなければならない.このとき 10,000が 100 カウントと測定される確率がポアソン分布より 0.040 であったとする.また 90 カウント
と測定される確率は 0.025,110 カウントと測定される確率は 0.023 とする.このことから今回の
一連の投影データが得られるのは,これらのすべての確率を掛け合わせた 9.2×10-7 である. 一方,画素値λ1 が 15,000 であった場合 100 カウントと測定される確率は 3.1×10-6,90 カウント
で 3.4×10-8,110 カウントで 1.1×10-4とする.画素値λ1が 15,000 であった場合,今回の一連
の投影データが得られるのはすべてを掛け合わせて 3.5×10-23 以下の確率である. これは画素
値λ1が 10,000 であるという予想に比べ極端に低い値となっている.つまり可能性(蓋然性)は
極端に低い.しかし画素値λ1が 15,000 であることも確率的には低いが起こり得る.つまり画素
値λ1を 10,000 とする予想の方がより尤も(もっとも)らしいということになる.このように画
素値λを様々に予想してそれぞれ評価を行い一番評価が高いλが目的とする値となる.尤もら
しい画素値を探索するので,これが最尤推定(Maximum Likelihood: ML)法である.そして画素
が 1 ヶ所だけという単純な場合であればλを直接求める式を導き出せる.これにより解析的に
つまり方程式を解くように求めることができる[12].これは各投影データにあるカウントを全部
足す,つぎに投影データに対応するそれぞれの検出される効率(検出確率)を全部足す,そして
カウントの総和を検出される効率(検出確率)の総和で割ることで画素値が求められる.
画素が多数の場合への EM アルゴリズム 実際の断層像は多数の画素で構成されており解析的に最尤推定をおこなうことはできない.
画素一つの尤もらしさだけではなく,すべての画素の尤もらしさを考慮しなければならない.よ
りよい断層像を求められた場合,全画素の尤もらしさの平均値はとても大きい値となる.つまり
尤もらしさの平均値を最大にすればよいことになる.ここで注意しなければならないのは平均
する際画素の個数で割るわけではないことである.画素値が投影データへどの程度寄与してい
るかも不明である.なぜならば足し合わさっている・重なり合っている画素値も不明だからであ
る.注目する画素の画素値だけではなく,重なり合った画素値によって投影データへの寄与が変
わってくる.そのためその寄与の程度も考慮しなければならない.この寄与を含める平均化は重
み付けに相当し,これは一般的にいわれる平均値ではなく期待値(expectation)と呼ばれる.そ
してこの期待値を最大にするのが EM(Expectation Maximization: EM)アルゴリズムとなる.こ
れは直接的に一度で求められるわけではなく反復法という繰り返しで答えを求めることになる.
逐次近似法のひとつ:ML-EM 法 反復法はまず答えを仮定しそれから計算を繰り返して真の答えへ到達する.この手法は係数
をかけることで断層像を修正するので,最初の仮定断層像の画素値をゼロから始めることはで
きない.適当な一様分布から出発することが多い.そして何度も修正が繰り返される,つまり逐
次近似が行われる. 仮定分布の順投影の結果が実測投影データより小さい場合,断層像の画素値を持ち上げてい
く.逆に順投影の結果が実測投影データより大きい場合は断層像の画素値を小さくする.このよ
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うに収集された投影データと等しくなるように仮定した断層像に係数をかけて変更する(図 7).この繰り返し回数(iteration)は経験的に決められることが多い.また一様分布の仮定から始め
るので繰り返し回数が少ないと,画像内の最大値と最小値の差があまり出ないつまりコントラ
ストの低い画像となってしまう.
この再構成法の利点は再構成の過程に,検出される効率(検出確率)に検出器による空間分解
能の劣化を考慮することで,空間分解能補正を組み込めることである.その他の利点としてフィ
ルタ補正逆投影法と違い放射状アーチファクトが発生しないこともあげられる.
ML-EM 法を高速化する OS-EM(Ordered Subsets Expectation Maximization)法 ML-EM 法において断層像の画素値を修正する際は,全部の投影データを参照する.そして断層
像すべての画素が修正されて繰り返し回数 1 回に相当する.しかしながら画素を修正する際全
部の投影データを参照するのではなく一部の投影データ群を参照して修正する方法も考えられ
る.この場合,投影データをいくつかのグループに分割することになる.この一部の投影データ
群で断層像を修正する.つぎに違うグループを参照して断層像を修正する(図 8).すべての投
影データが参照されたときを繰り返し回数 1 回とする.この場合は ML-EM の繰り返し回数 1 回
とくらべ同じ 1 回でも,より断層像は真の値に近づくことが知られている.この分割したグルー
プ数がサブセット(subset)数である.このようにより少ない繰り返し回数で真の値に近づくこ
とを利用し,計算する時間を短くする方法が OS-EM 法である[13].
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逐次近似法のひとつ:MAP-EM 法 前述の説明では,カウントが実現する確率を最大化するとしてきた.しかし逆の発想として,
カウントから想定される大もとの光子数(画素値)の取り得る確率というものを考え,これを最
大化するというものがある.これが最大事後確率(Maximum a posteriori: MAP)推定にあたる.
これを前述の EM アルゴリズムで解いたものが MAP-EM による画像再構成法である[14].最大
事後確率推定の考えの基はトーマス・ベイズ(1702-1761)まで遡れる.しかし,すでに実際に
存在している被写体であるにもかかわらず,これを確率で表すというこの考えはすぐには賛同
されなかった.そのためこれらが応用され始めたのは最近である.
連立方程式を解く再構成方法 各画素を表す変数を定義する.そして左辺に投影過程による加算を列挙し,右辺に投影データ
のカウントとする.すべての投影方向分を揃えることで連立方程式を立てることができる.この
連立方程式を解くことで変数である各画素値を求めることが可能となる.しかしながらカウン
トはばらつきのため誤差をもっている.誤差をもつこれらの式から解析的に解くことはむずか
しい.そこで適当な初期解から始めて,繰り返し計算によって真の解へ収束させていく反復法が
使用される.反復法の利点には直接解く方法より,メモリ使用量および計算量が少ないこともあ
げられる.この反復法による解法のひとつとして共役勾配法(Conjugate Gradient: CG)がある.
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最後に 心臓に深く関係する本稿の内容が少しでも理解の一助となることを望んでいる.
利益相反 なし
参考文献
[1] 平尾芳樹: 医療用 X 線 CT 技術の系統化調査報告, 国立科学博物館技術の系統化調査報告. 12,83-
160.2008.
[2] Stewart F, Akleyev A, Hauer-Jensen M, et al: ICRP publication 118: ICRP statement on tissue reactions and early
and late effects of radiation in normal tissues and organs–threshold doses for tissue reactions in a radiation
protection context, Ann. ICRP. 41,1-322.2012.
[3] 財団法人原子力安全研究協会: 緊急被ばく医療「地域フォーラム」テキスト (平成 20 年度版)
https://www.remnet.jp/lecture/forum/02_04.html (2015/4/10 アクセス).
[4] Berrington de Gonzalez A, Darby S: Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other
countries, Lancet. 363,345-351.2004.
[5] Eisenberg MJ, Afilalo J, Lawler PR, et al: Cancer risk related to low-dose ionizing radiation from cardiac imaging
in patients after acute myocardial infarction, CMAJ. 183,430-436.2011.
[6] Pearce MS, Salotti JA, Little MP, et al: Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of
leukaemia and brain tumours: a retrospective cohort study, Lancet. 380,499-505.2012.
[7] Mathews JD, Forsythe AV, Brady Z, et al: Cancer risk in 680,000 people exposed to computed tomography scans
in childhood or adolescence: data linkage study of 11 million Australians, BMJ. 346,f2360.2013.
[8] 久保直樹.第 3 章フィルタ処理. 核医学画像処理. 京都: 山代印刷出版部; p. 46-58. 2010.
[9] Bracewell RN: The Fourier transform, Sci. Am. 260,86-95.1989.
[10] Zeng GL: Medical Image Reconstruction,Springer, 2010.
[11] 久保直樹: フィルタ補正逆投影法・逐次近似法について, START. 48,13-15.2012.
[12] 久保直樹.第 3 章画像再構成. 医用画像ハンドブック. 東京: オーム社; p. 987-997. 2010.
[13] 久保直樹. 画像再構成. 図解診療放射線技術実践ガイド第 3 版. 東京: 文光堂; p. 596-600. 2014.
[14] 尾川浩一: 画像再構成, 映像情報 Medical. 34,1014-1018.2002.