特集:デジタルイメージング技術 面発光型半導体...

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特集:デジタルイメージング技術 富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006 11 面発光型半導体レーザアレイ素子を使った 露光装置 Light Exposure System Using A Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser Diode Array 要 旨 光源に 32 ビーム VCSEL アレイを搭載した世界初の 露光装置を開発し、電子写真方式では業界初の解像度 2,400dpi を実現した。本稿では今回新規に開発した VCSEL-ROS について、とりわけその要となる部品で ある VCSEL アレイを中心に、その構造的特徴や生産 工程、さらにそこで実現された画質等を紹介する。 我々は日本発の半導体発光素子である VCSEL をそ の特長である 2 次元アレイ化が容易な点を活かして複 写機の高速・高画質化の鍵を握る主要部品に採用し、 世界に先駆けて製品化した。VCSEL-ROS は電子写真 式複写機の高解像度化、高速化の技術潮流に一石を投 じ、複写機をまた一歩、印刷機に近づける発明、技術 であるといえよう。 Abstract 執筆者 植木 伸明 Nobuaki Ueki* 市川 順一 Jun-ichi Ichikawa** 池田 周穂 Chikaho Ikeda*** 手塚 弘明 Hiroaki Tezuka**** 太田 Akira Ota***** * 光システム事業開発部 Optical System Business Development** 技術開発本部 マーキングプラットフォーム開発部 Marking Platform Development, Technology Development Group*** 技術開発本部 基盤技術開発部 Key Technologies Development, Technology Development Group**** モノ作り技術本部 電子デバイス・部品技術部 Electrical Device Engineering, Production Technology Group***** オフィスプロダクト事業本部 画像制御システム開発部 Image Control System Development, Office Products Business GroupFuji Xerox developed a novel light exposure system using a vertical-cavity surface-emitting laser diode (VCSEL) array with 32 lasing spots, and realized the world first true 2,400-dpi resolution raster output scanner (ROS) for copy machines and multi-functional printer products. In this report, we described a newly developed VCSEL-ROS mainly focusing on a VCSEL array with reference to structural features, manufacturing process, and the quality of the printed image. We have adopted a VCSEL, which is a Japan- originated semiconductor light emitting device and easy to fabricate in 2-D arrays, as a light source supporting high-speed and high-quality performance in our product. We are the first company in the world to launch VCSEL-based copy machines and printers into market. We believe that VCSEL-ROS technology should change the trend of electro-photography systems from the viewpoint of speed and resolution enhancement, and bring about innovation to eliminate the boundary between a copy machines and printing machines.

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特集:デジタルイメージング技術

富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006 11

面発光型半導体レーザアレイ素子を使った 露光装置 Light Exposure System Using A Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser Diode Array

要 旨 光源に32ビームVCSELアレイを搭載した世界初の

露光装置を開発し、電子写真方式では業界初の解像度

2,400dpi を実現した。本稿では今回新規に開発した

VCSEL-ROS について、とりわけその要となる部品で

ある VCSEL アレイを中心に、その構造的特徴や生産

工程、さらにそこで実現された画質等を紹介する。 我々は日本発の半導体発光素子である VCSEL をそ

の特長である 2次元アレイ化が容易な点を活かして複

写機の高速・高画質化の鍵を握る主要部品に採用し、

世界に先駆けて製品化した。VCSEL-ROS は電子写真

式複写機の高解像度化、高速化の技術潮流に一石を投

じ、複写機をまた一歩、印刷機に近づける発明、技術

であるといえよう。

Abstract 執筆者 植木 伸明 (Nobuaki Ueki)* 市川 順一 (Jun-ichi Ichikawa)** 池田 周穂 (Chikaho Ikeda)*** 手塚 弘明 (Hiroaki Tezuka)**** 太田 明 (Akira Ota)***** * 光システム事業開発部

(Optical System Business Development) ** 技術開発本部 マーキングプラットフォーム開発部

(Marking Platform Development, Technology Development Group)

*** 技術開発本部 基盤技術開発部 (Key Technologies Development, Technology Development Group)

**** モノ作り技術本部 電子デバイス・部品技術部 (Electrical Device Engineering, Production Technology Group)

***** オフィスプロダクト事業本部 画像制御システム開発部 (Image Control System Development, Office Products Business Group)

Fuji Xerox developed a novel light exposure system using a vertical-cavity surface-emitting laser diode (VCSEL) array with 32 lasing spots, and realized the world first true 2,400-dpi resolution raster output scanner (ROS) for copy machines and multi-functional printer products. In this report, we described a newly developed VCSEL-ROS mainly focusing on a VCSEL array with reference to structural features, manufacturing process, and the quality of the printed image.

We have adopted a VCSEL, which is a Japan- originated semiconductor light emitting device and easy to fabricate in 2-D arrays, as a light source supporting high-speed and high-quality performance in our product. We are the first company in the world to launch VCSEL-based copy machines and printers into market. We believe that VCSEL-ROS technology should change the trend of electro-photography systems from the viewpoint of speed and resolution enhancement, and bring about innovation to eliminate the boundary between a copy machines and printing machines.

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特集:デジタルイメージング技術

面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

12 富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006

1. はじめに

オフィスドキュメントにおけるカラー化の進

展は目を見張るものがある。この市場要求に対

応すべく各社がしのぎを削る状況は新規技術の

導入を促し、市場拡大にも繋がっている。ひと

ころは画質のインクジェット、スピードの電子

写真といった色分けもあったが、昨今は両者と

もウィークポイントの解消に努め、以前に比べ

両者の差は縮まってきている。電子写真の高画

質化について見れば、現像用トナー粒子径の小

径化や形状制御、階調再現性を高めた現像技術、

忠実な画像再生のための転写技術の改善、そし

て露光装置の高解像度化など、様々な技術がカ

ラー化の進展を支えている。 さらにこれらの技術は、その市場をオフィス

からオンデマンド・パブリッシングに代表され

るデジタル印刷市場へと本格展開させる契機と

もなっている。印刷市場の中心は今後もオフ

セット印刷が握るものと見られるが、少量多品

種の製品で作製されるカタログやちらしといっ

た軽印刷の分野では版下の要らないカラー複写

機への期待は高く、米国では既に印刷全体の

数%を占める市場規模となっている。印刷機に

求められるスピードと画質の実現が、この市場

でのシェア拡大の要件となる。 電子写真式プリンターの高速化、高解像度化

の鍵を握る技術の一つが、レーザ ROS(Raster Output Scanner)と呼ばれる露光装置である

(図 1)。ROS はレーザビームをポリゴンミラー

(回転多面鏡)によって偏向し、f-θレンズ系を

介して感光体面上を走査露光するための装置で

ある。今回我々は光源にマルチスポット化が容

易な面発光型半導体レーザ素子 VCSEL( Vertical-Cavity Surface-Emitting Laser

diode)を採用し、少ない走査回数で高密度の走

査線書き込みが可能な新しいレーザ ROS(VCSEL-ROS)を開発した。この VCSEL-ROSによって複写機・複合機の高速・高画質化を図

り、オフィスでの高品質カラードキュメントの

提供、あるいはデジタル印刷市場への展開を図

ることがその狙いである。 本稿では今回新規に開発した VCSEL-ROS

について、とりわけその要となる部品である

VCSEL を中心に、構造的特徴や生産工程、さ

らにそこで実現された画質等を紹介する。

2. VCSEL-ROS の主要技術

今回のVCSEL-ROSで新規に開発した3つの

要素、すなわち光源(半導体レーザ素子)、光学

系(レンズ)、駆動系(ASIC)について、それ

ぞれの特徴を記す。

2.1 VCSEL アレイ VCSEL は東京工業大学・伊賀健一教授(現

名誉教授)が発案し、1988 年に世界で初めて室

温連続動作を達成した日本発の半導体発光素子

である[1,2]。1996 年に米国のメーカー(旧

Honeywell 社)が市場導入を果たし、これまで

主に短距離トランシーバ・モジュールの光源と

して利用されてきた。既に年間 1,000 万個が消

費される市場にまで成長したが、これ以外への

応用は検討段階のものが多く、商品化されたも

のは非常に少ない。我々はこの VCSEL の特徴

である 2 次元アレイ化が容易な点を活かして電

子写真式プリンターの光源に用いれば、従来に

ない高密度かつ高速な ROS を実現できるので

はないかと考えた。 今回 ROS 用に新たに開発した VCSEL が、図

2に示す780nm帯8×4シングルモードVCSELアレイである。本素子は 2,400dpi の解像度を実

現するため、狭ピッチ(<50µm)斜め配列を採

用し、各発光スポットとも 2mW 超の光出力(室

温)を得ている。 ROS は前述のとおり感光体ドラム面上を

レーザビームで露光走査するためのものだが、

従来この目的で用いられてきた端面発光型レー

ザを用いた場合と走査の様子を比較したものが

図 3 である。発光スポットが増えることによっ

て、より少ない走査回数で多くの走査線を書き

込むことができる。本素子を用いた ROS では 1

Photoreceptor

Monitor Photodiode

f-Θ Lens

VCSEL

Polygon Mirror

Main Scanning Direction

図 1. 露光装置の模式図 An illustration of raster output scanner (light exposure system).

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面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006 13

スキャンで 32 本の走査線書き込みが可能であ

る。これによって高速化、高解像度化に寄与で

きることは容易にわかるが、現実にはビーム数

の増加に伴い、それに合わせた光学系や駆動系

を新規開発することが必要になった。

2.2 新光学系 2 次元アレイ発光源を用いる VCSEL-ROS に

はレーザとポリゴンミラー間、並びにポリゴン

ミラーと感光体間を共にアフォーカル系とする

新光学系を採用した(図 4)。ポリゴンミラーと

感光体間に、走査方向のみパワーを有する f-θレンズ系と副走査方向のみパワーを有する 2 枚

のシリンドリカルミラーを用いることで、複数

ビームによる走査線間の並行度差ゼロ、デ

フォーカスによるビーム間隔(走査線間隔)変

動ゼロを実現した。 また VCSEL は端面発光レーザと異なり、

レーザの後端面からビームを出力させることが

できない。そこで、レーザから射出されたビー

ムをレーザとポリゴンミラー間に配置したハー

フミラーによりその一部を分離し、フォトダイ

オードで検出して光量制御を行なっている(図

1 参照)。

2.3 ドライバーIC VCSEL は構造上、内部抵抗 R が 200Ω程度

にもなり、端面発光型レーザ(10Ω以下)に比

べ非常に高い。このため端面発光型レーザで通

常用いられる電流駆動方式をそのまま使用した

のではプリンターで要求される変調速度を得る

図 2. 780nm 帯 8×4 シングルモード VCSEL アレイ

A picture of 8 by 4 single-mode VCSEL array at 780-nm wavelength.

1st scan

2nd scan

1st scan

2nd scan

3rd scan

4th scan

5th scan

6th scan

7th scan

8th scan

(a) 2400 dpi by 32 beams (b) 600 dpi by 2 beams

図 3. マルチビームレーザを使った走査露光の比較

Comparison of scanning methods in ROS based on multi-spot laser diode.

Col.L Polygon

Cyl.L Cyl.M1

Cyl.M2

DRUMVCSEL

f-θ Lens

図 4. VCSEL-ROS 用新光学系(アフォーカルレンズ系)

optical lens system for VCSEL-ROS (afocal lens system).

voltagedrive

τ=C・R

current

voltage

laser power

current

voltage

current

voltage

(a) Current drive

(b) Voltage drive

(c) Voltage / current complementary drive

laser power

laser power

current drive voltage

drive

τ=C・R

図 5. 3 種類の駆動方式による電流、電圧、および光量波形 Wave patterns of current, voltage, and optical response by three different driving methods.

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面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

14 富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006

ことができない。電流駆動方式で VCSEL を駆

動した場合の電流・電圧・光量の各波形を図 5(a)に示す。矩形の電流波形に対し、光量はレーザ

素子の内部抵抗Rと寄生容量Cの積である時定

数τで立ち上がるため、高い R の影響で鈍って

しまう。これに対し図 5(b)に示す電圧駆動方式

(矩形の電圧波形を入力)では R によらず、立

ち上がりを速くすることができる。ところがこ

の駆動方式は点灯時の自己発熱によりレーザの

電圧-電流特性が変化するため、光量が徐々に

増大してしまう欠点があった。 我々は図 5(c)に示す電圧電流駆動方式のドラ

イバーIC を新たに開発し、立ち上がり時のみ電

圧駆動させ、その後は電流駆動に切り替えるこ

とで光量を安定化させることに成功した。 以上のように、32 ビームスポットを有する 8

×4 アレイ、アフォーカル光学系、並びに電圧

電流駆動方式のドライバーIC を開発すること

で走査線密度 2,400 dpi、プリント速度 100 枚/分を達成可能な VCSEL-ROS が誕生した。

3. ROS 用 VCSEL の開発

しかしこの新規 ROS に用いられる VCSELに関しては配列の特異性の他に、電気-光学特

性上の課題が残されていた。感光体、光学系と

の関係から、波長 780nm 帯における「基本横

モードの高出力化」、さらには「偏光制御」とい

う技術課題である。

3.1 シングルモード高出力化 ROS 用 VCSEL に求められる光出力特性は、

室温で 2mW を超える基本横モード発振である。

我々が作製した選択酸化型 VCSEL の構造断面

図を図 6 に示す(作製方法については次章で詳

述)。酸化アパーチャ径(Dox)を十分狭く(~

3µm)すれば高次モードがカットオフされ、基

本横モード発振のみ得られる。しかし、活性層

体積が減少すれば光出力の低下は避けられない。

これまでこの波長帯で得られていた VCSEL の

基本横モード光出力は 1mW 程度だった。そこ

で我々は電流注入時に電極として用いられる金

属層(電極アパーチャ)を横モード制御に利用

図 6. 選択酸化型 VCSEL の断面模式図 Schematic cross-sectional structure of an oxide-confined VCSEL.

(a) (b)

図 7. (a) 電極アパーチャ構造を有する選択酸化型 VCSEL の光出力特性,(b)電極アパーチャ径 4 µm 時の発振スペクトル

Optical output power of an oxide-confined VCSEL as s function of metal-aperture size and lasing spectrum of the oxide-confined VCSEL with metal-aperture size of 4 µm.

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面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006 15

し、基本横モード光出力を引き上げる試みを行

なった[3]。 図 7(a)は酸化アパーチャ径一定(Dox =

3.5µm)時に、電極アパーチャ径(Dm)をパラ

メータとして、高次横モードを含む 大光出力、

並びに基本横モード成分の光出力を表したグラ

フ、図 7(b)は Dm = 4µm 時の発振スペクトルを

示したものである。Dm の 適化によって 3mWを超える基本横モード出力が得られ、副モード

抑圧比(SMSR)は 30dB に達していることが

わかる。これはモード間の周回損失差を利用し

た“空間モードフィルタリング効果”によるも

のである。

3.2 偏光制御 ROS 用光学系には偏光依存性を有するミ

ラー等が含まれているため、偏光方向(電界ベ

クトルの向き)が定まらないと光量バラツキの

原因となる。端面発光型レーザは基板平面に水

平な方向に偏光しているが、基板垂直方向に出

射する VCSEL は直線偏光特性を示すものの、

その偏光方向は通常基板平面内で定まらない。

傾斜基板を用いた偏光制御法は報告されていた

が[4,5]、特殊基板のためコスト高になるという

欠点があった。 我々は VCSEL の偏光特性と横モード特性と

の関係に着目し、電極アパーチャによる空間

モードフィルタリング効果と傾斜基板の有する

利得の異方性を組み合せた偏光制御を試みた。

実験では低転位基板として入手しやすい 2 度オ

フ GaAs 基板(図 8)を用いた。 図 9 は図 7(b)の条件における光出力を、グラ

ン・トムソンプリズムを使って[01-1]および

[011]の各方向成分に分離した偏光L-I 特性であ

る。偏波モード抑圧比(PMSR)は 大 17dBに達し、本素子の偏光特性が[01-1]方向に強く

制御されていることがわかる。電極アパーチャ

径の 適化により基本横モード性が向上した素

子は、2 度オフ基板のわずかな異方性に対して

も、しきい値利得の差を発現し易くなるものと

考えられる[6]。 こうして ROS 向け仕様を満足する 780nm帯

シングルモード VCSEL を安定的に作製するこ

とができるようになった。

4. ものづくり技術としてのVCSEL生産

今回開発した VCSEL-ROS に関しては、主要

部品である光源の VCSEL を自社開発、自社生

産していることが特筆される。半導体素子であ

る VCSEL を自社内のクリーンルーム、あるい

は生産フロアで一貫生産することは、例えば素

子構造に関係する仕様変更等に迅速な対応が可

能となるほか、生産ノウハウの蓄積の観点から

も数多くの利点が期待できる。

4.1 特性の均一化 半導体レーザ素子において効率の良い発振を

得るには、狭い領域に高い利得分布を形成する

ための電流狭窄が必要である。我々はエッチン

グにより形成した柱状構造物の側壁部から、露

出した高 Al 組成層を高温の水蒸気雰囲気下で

部分的に酸化し、高抵抗領域(電流狭窄部)を

得る選択酸化型 VCSEL 構造を採用している

(図 6 参照)。酸化領域の屈折率((AlXGa1-X)

2O3):~1.6)は電流経路である非酸化領域の屈

折率(AlYGa1-YAs:3~3.5)の半分以下と低い

ため、電流狭窄と同時に光閉じ込めも行なわれ、

発振効率が高まる。しかし選択酸化型 VCSELの特性はこの酸化アパーチャ径に非常に敏感で、

この径の制御が素子の歩留りを左右するといっ

図 8. 傾斜 GaAs 基板の結晶方位に対する素子配置 Device configuration against a crystal orientation of misoriented GaAs substrate.

図 9. 偏光分離光出力-注入電流特性、並びに偏光モード抑圧比

Polarization resolved L-I curves of oxide-confined VCSEL. PMSR is calculated from two orthogonal L-I data.

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特集:デジタルイメージング技術

面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

16 富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006

ても過言ではない。 また、レーザを 2 次元アレイ化しても、チッ

プ(=半導体素子)内の発光ビット間、チップ

間、あるいは異なるウエハ間で特性にばらつき

があっては応用上好ましくない。プロセスは通

常ウエハ単位で行なわれるから、「ウエハ面内、

あるいはウエハ間での特性均一化」という特別

な施策が必要となる。特性均一化のためには上

述した酸化の制御性を高めることが重要で、そ

の指標として「酸化速度の把握」と「終点の検

出」が挙げられる。しかし酸化現象は機密封止

された石英管の中で行なわれるため、顕微鏡を

使ってこれらを直接に観察したり、計測したり

することは難しい。 そこで我々は図 10 に示す OPTALO(Optical

Probing Technique for AlAs Lateral Oxidation)観察法を新たに開発した[7]。OPTALO 法はウ

エハ内に設けた周期的パターンに白色光を照射

し、その反射スペクトルの変化から酸化の状態

をその場観察する方法であり、この手法によっ

て±0.5µm 以内の酸化開口径の制御が可能と

なった。 OPTALO法を使用して作製されたVCSEL(8

×4 アレイ)の光出力―電流―電圧特性を図 11に示す。同一電流値に対する光出力値は±5%以

内にあり、均一性は非常に高い。また典型的な

8×4 アレイについて、遠視野像に基づく一定光

出力時の広がり角(半値全幅)の分布データを

図 12 に示す。 大 13.74 度、 小 13.20 度と、

ほぼ0.5度以内に全32ビットの特性が収まって

おり、酸化開口径が十分制御されていることを

示している。OPTALO 法によりウエハ歩留りは

飛躍的に向上した。

4.2 チップの製造 クリーンルームでの半導体プロセスを経て作

製された VCSEL ウエハは、図 13 に示す検査・

実装工程に回される[8]。ウエハ上には数千個の

チップが整然と並んでおり、検査工程では各々

のチップに対して電気-光学特性の測定が行な

われる。端面発光型レーザと異なり、VCSELはウエハレベルでデバイス評価ができることか

ら、実装工程を待つことなく、つまり破壊検査

なしで素子の良否についての判定が可能である。

これが VCSEL の高歩留り、高生産性に繋がる。

検査の結果、各特性値、32 ビット間の特性ばら

つき等が予め決められたスペックを満たしてい

れば実装工程を経てパッケージ化される。LCC(Leaded Chip Carrier)パッケージ上に実装さ

れたチップの外観写真を図 14 に示す。 実装工程では 後にロット番号やチップ番号

等、必要な情報を QR コードと呼ばれるマト

図 10. 酸化制御に用いられる OPTALO 法の模式図 Schematic diagram of an OPTALO method for precise control of oxidation depth.

図 11. 典型的な 8×4 VCSEL アレイの光出力-注入電流-

印加電圧特性 L-I-V characteristics of a typical 8 by 4 VCSEL array.

図 12. 典型的な 8×4 VCSEL アレイの広がり角分布 Distribution of beam divergence angle of a typical 8 by 4 VCSEL array.

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特集:デジタルイメージング技術

面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006 17

リックス型二次元コードの形式でパッケージ本

体に印字している。その後の工程においてチッ

プはこのコードで管理され、トレーサビリティ

(製造履歴)が確保される。 VCSEL は端面発光型レーザに比べ静電気耐

性が低く、取り扱いによって特性劣化や静電破

壊を引き起こし易い。図 15 は直接帯電モデルで

の静電耐圧試験の結果だが、電圧負荷 50V 程度

で光量低下を生じていることがわかる。製造工

程では作業環境・方法・設備など様々な観点か

ら静電気対策を講じている。さらに信頼性保証

項目として寿命(通電)試験の他、ヒートサイ

クル、低温・高温高湿試験等の保存試験、落下・

振動試験等、各種項目を確認している。 合格判定されたチップは駆動用 IC 等の電子

部品と共に PWBA(Printed Wiring Board Assemblies)化され(図 16)、他の光学部品と

共に ROS に組み上げられた後、調整・検査工

程に送られる。

5. VCSEL-ROS の完成

VCSEL-ROSによる高解像度化のメリットと

しては線画品質の改善、スクリーン自由度向上

による階調再現性の改善、画像処理でのカラー

レジ補正による補正精度および安定性の改善の

3 点が挙げられる[9]。 線画品質の改善事例を図 17 に示す。従来は線

画品質の改善のため、パルス幅変調や強度変調

によるスムージング処理といったレーザ素子の

変調技術に依存した手法が取られてきたが、

2400dpiのVCSEL-ROSではこのような方法を

用いることなく、スムーズな線画を得ることが

できる。また、600dpi 等では途切れてしまう小

さな文字も良好に再現することが可能である。 また、副走査方向の露光位置の自由度が増え

るので、従来よりも画像を再現するためのスク

Applied Voltage (V)

Out

put P

ower

(mW

)

Break downvoltage

n = 16

図 15. 直接帯電モデルに基づくシングルモード VCSEL の

静電耐圧試験の結果 ESD test result for a single-mode VCSEL based on a machine model.

Driver IC VCSEL図 16. 新開発した駆動用 IC が VCSEL と共に実装された PWBA

PWBA with a newly developed driver IC and a packaged VCSEL.

Wire

Pad (on PKG)Chip

ChipPin

Die Collet

Emitting region

Capillary

図 13. 検査工程・実装工程の流れ Process flow of testing and assembling of VCSEL fabrication for ROS.

QR code

Chip No

Lot No

図 14. 表面実装型パッケージにされた実装されたチップの

外観写真と、パッケージ上に印字された QR コード

Picture of a VCSEL mounted onto LCC package and image of QR-code marked on package.

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特集:デジタルイメージング技術

面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

18 富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006

リーン(網点)構造の自由度が増え、電子写真

プロセスの階調特性に適したスクリーン設計が

可能となる。これにより高いスクリーン線数に

おいても滑らかな階調再現ができるようになっ

た。 4 つの感光体を用いたいわゆるタンデムカ

ラープリンターではミラーやレンズを機械的に

動かしてカラーレジを合わせることが一般的に

行なわれている。一方、2400dpi では画像処理

により画像位置をずらしてもその段差(10µm)

が視認されなくなるほど小さい。このためカ

ラーレジ補正を全て電子化することができ、こ

れが補正精度および安定性の改善に繋がった。 こうして完成した VCSEL-ROS はデジタル

カラー複写機 DocuColor 1256 GA(図 18)に

搭載され、2003 年 8 月に市場導入された。本製

品は VCSEL を使った世界初のプリンターであ

り、その特長を生かした高速(プリント速度:

カラー12.5 枚/分、モノクロ 55 枚/分)、高画質

(2,400 dpi)機である。

6. まとめ

光源に32ビームVCSELアレイを搭載した世

界初の露光装置を開発し、電子写真方式では業

界初の解像度 2,400dpi を実現した。本装置はデ

ジタルカラー複写機 DocuColor 1256 GA を皮

切りに、毎分 80 枚の印刷速度を誇るカラー・

オンデマンド・パブリッシング・システム

DocuColor 8000 Digital Press 、 ApeosPort C7550 I 等、高画質性・高生産性を求められる

領域を中心に多数の機種に採用され、国内外の

市場で高い評価を受けている。 8×4=32 ビームという、他に類例を見ない多

点発光のレーザを使いこなし、かつこの半導体

レーザ素子を高い品質で量産するに至るまでに

は、部門を横断して多数の技術者の共同作業が

欠かせなかった。主要部品を自社開発・自社生

産するという、メーカーの原点とも言うべき「も

のづくり」に取り組み、世界に先駆けてこれを

製品化したことは、高画質へ拘りの一端を示す

ものである。 VCSEL-ROSは電子写真式複写機の高解像度

化、高速化の技術潮流に一石を投じ、複写機を

また一歩、印刷機に近づける発明、技術である

といえよう。

7. 参考文献

[1] H. Soda, K. Iga, C. Kitahara, and Y. Suematsu : GaInAsP/InP surface emitting injection lasers, Jpn. J. Appl. Phys., vol. 18, p.2329-2330 (1979).

[2] F. Koyama, S. Kinoshita, and K. Iga : Room-temperature continuous wave lasing characteristics of GaAs vertical cavity surface-emitting laser, Appl. Phys. Lett., vol. 55, p.221-223 (1989).

[3] N. Ueki, A. Sakamoto, T. Nakamura, H. Nakayama, J. Sakurai, H. Otoma, Y. Miyamoto, M. Yoshikawa, and M. Fuse : Single-transverse-mode 3.4-mW emission of oxide-confined 780-nm VCSEL's, IEEE Photon. Technol. Lett., vol. 11, p.1539-1541 (1999).

[4] T. Numai, K. Kurihara, K. Kuhn, K. Kosaka, I. Ogura, M. Kajita, H. Saito, and K. Kasahara : Control of light-output

a) 600 dpi b) 2400 dpi

図 17. 従来 ROS(600dpi)により作成されたプリントサンプル

と VCSEL-ROS(2400dpi)によるそれとの比較 Comparison of the printed images between a conventional ROS (600 dpi) and a VCSEL-ROS (2400 dpi).

図 18. 世界初の VCSEL 搭載デジタルカラー複写機

“DocuColor 1256 GA” "DocuColor 1256 GA", world first digital color multi-function printer utilizing VCSEL.

Page 9: 特集:デジタルイメージング技術 面発光型半導体 …...特集:デジタルイメージング技術 富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006

特集:デジタルイメージング技術

面発光型半導体レーザアレイ素子を使った露光装置

富士ゼロックス テクニカルレポート No.16 2006 19

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[5] A. Mizutani, N. Hatori, N. Nishiyama, F. Koyama, and K. Iga : A low-threshold polarization-controlled vertical-cavity surface-emitting laser grown on GaAs (311) B substrate, IEEE Photon. Technol. Lett., vol. 10, p.633-635 (1998).

[6] N. Ueki, H. Nakayama, J. Sakurai, A. Murakami, H. Otoma, Y. Miyamoto, M. Yamamoto, R. Ishii, M. Yoshikawa, and T. Nakamura : Complete polarization control of 12 x 8-bit matrix-addressed oxide-confined vertical-cavity surface- emitting laser array, Jpn. J. Appl. Phys., vol. 40, L33-L35 (2001).

[7] A. Sakamoto, H. Nakayama, and T. Nakamura : Fabrication control during AlAs oxidation of the VCSELs via optical probing technique of AlAs lateral oxidation (OPTALO), Proc. SPIE, vol. 4649, Vertical-Cavity Surface-Emitting Lasers VI, p.211-217, June 2002 (2002).

[8] 植木伸明, 手塚弘明, 太田明 : 面発光型半

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イの複写機への応用-, 日本画像学会誌, vol. 44, p.149-155 (2005).

[9] 市川順一, 池田周穂, 植木伸明 : マルチ

ビーム面発光レーザ素子を用いたプリン

タ用露光装置, 日本光学会第 29 回光学シ

ンポジウム講演予稿集, p.93-96 (2004).

筆者紹介

植木 伸明 光システム事業開発部に所属。半導体レーザ素子の研究開発に従事。

電子情報通信学会会員。専門分野:半導体工学

市川 順一 技術開発本部 マーキングプラットフォーム開発部に所属。マーキン

グシステム全般に亘る研究開発に従事。品質工学会会員

池田 周穂 技術開発本部 基盤技術開発部に所属。半導体レーザ駆動回路の研究

開発に従事。電子情報通信学会会員。専門分野:半導体回路

手塚 弘明 モノ作り技術本部 電子デバイス・部品技術部に所属。半導体プロセ

ス技術の開発に従事

太田 明 オフィスプロダクト事業本部 画像制御システム開発部に所属。

レーザ走査光学系の開発に従事。日本画像学会、精密工学会会員