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科学技術社会論学会 2008 年度年次研究大会 予稿集 C-1-1【WS】 ワークショップ 科学技術コミュニケーションのめざすもの ― 科学技術コミュニケーター養成プログラムの蓄積と将来展望 ―

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科学技術社会論学会 2008 年度年次研究大会 予稿集

C-1-1【WS】 ワークショップ

科学技術コミュニケーションのめざすもの ― 科学技術コミュニケーター養成プログラムの蓄積と将来展望 ―

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C-1-1【WS】科学技術コミュニケーションのめざすもの ― 科学技術コミュニケーター養成プログラムの蓄積

と将来展望

科学技術コミュニケーションのめざすもの

~科学技術コミュニケーター養成プログラムの蓄積と将来展望~

代表者 廣野喜幸、藤垣裕子(東京大学)

科学技術振興調整費により、2005 年、北海道大学、早稲田大学、東京大学に科学技術コミュニケ

ーターを養成するためのユニットが設置された。(具体的には、それぞれ、科学技術コミュニケーター、

科学技術ジャーナリスト、科学技術インタープリターを名称にしている。)これを受け、本学会 2005 年

名古屋大会の OS「科学技術コミュニケーション:現状と課題」では、北大、早稲田、東大の3つの科

学技術コミュニケーター養成プログラムについて紹介がなされた。また、上記とは独立に大阪大学に

もコミュニケーション・デザインセンターが 2005 年に設置されている。これらのすべての各プログラム

あるいはセンターは今年で4年目をむかえた。 日本における組織的な科学技術コミュニケーターの養成は今回が初めての試みである。これまで

「机上の空論」のおそれがあった科学技術コミュニケーター養成法についても、4 年の蓄積を元に、

具体的事例とともに検討できる時期に至った。そこで、各プログラムあるいはセンターの4年間の蓄

積を持ち寄り、今後の科学技術コミュニケーションの展望について議論することが本 WS の目的であ

る。

科学技術振興調整費による養成は 5 年の時限付きであり、2009 年度には終了する。肝心なのは

2009 年以降にどうつなげていくかである。財政的支援がなくなる条件下での科学技術コミュニケータ

ー養成システムはどうあるべきかといった今後の展望につながる議論にしていきたい。

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と将来展望

科学技術コミュニケーションの持続可能な発展をめざして

○石村源生、杉山滋郎(北海道大学)

1.日本における科学技術コミュニケーションの趨勢 2005 年度、科学技術振興調整費による五ヶ年のプロジェクトとして、北海道大学、東京大学、早稲

田大学に人材養成プログラムが設置された。時期を前後して複数の組織で、それぞれの特徴を活か

した人材育成プログラムがスタートした。また、2006 年には科学技術コミュニケーションのための全国

大会「サイエンスアゴラ」が始まるなど、日本における科学技術コミュニケーションの教育・実践は大き

く展開してきた。 筆者の所属する北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(以下 CoSTEP)では、2005 年

度以来 168 名の修了生を輩出し、さらに今年度 83 名が受講中である。実践としては、CoSTEP 創設

以来百数十人規模のサイエンスカフェを毎月開催し、ラジオ番組「かがく探検隊コーステップ」を毎

月数回制作・放送するなど、定期的に成果を出し続けている。また、2007 年に受講生・修了生が科

学書『シンカのかたち 進化で読み解くふしぎな生き物』(技術評論社)を共同執筆、2006 年 4 月より

北海道新聞に科学コラム「散歩でサイエンス」「十七文字のサイエンス」を隔週連載、2006 年 11 月か

ら 2007 年 2 月にかけて受講生らが北海道庁に協力して「遺伝子組み換えコンセンサス会議」を開催

するなど、様々な分野での社会的実践に取り組んでいる。 一方、2007 年に科学技術コミュニケーションの専門学術誌『科学技術コミュニケーション』を創刊し、

教科書『始めよう!科学技術コミュニケーション』を刊行するなど、教育・実践成果の体系化と共有を

試みている。 また、修了生はマスメディアや研究機関広報、科学技術コミュニケーションの研究職などに就職し、

各界で活躍しているほか、小樽、旭川出身の修了生が地域と連携して自主的にサイエンスカフェを

立ち上げ、継続運営したり、科学技術コミュニケーションを業務とする会社を起業したりするケースも

あらわれている。 このように、ここ数年間、科学技術コミュニケーションの領域においては、人材養成、実践とも、一

定の成果があげられてきたと言えよう。 一方、CoSTEP の財源となっている科学技術振興調整費は 2010 年 3 月までとなっており、その後

の活動継続に関しては財源確保が課題となっている。また CoSTEP に限らず、せっかく萌芽が見え

てきた日本における科学技術コミュニケーションを、より広く社会に普及させ、持続可能なものにして

いくためには、より一層効果的な活動モデルの提案が待たれるところである。本稿では、そのような活

動モデルを構築する手がかりとして、近年のインターネット技術とその利用形態の急速な発展を参照

しながら議論を進めたい。

2.科学技術コミュニケーションとインターネット Web2.0 という言葉に代表される近年のインターネットの普及の結果、「市民個人が誰でも情報発

信できる時代がやってきた」と言われるようになった。その言説にリアリティーを与えてきたのが、ブロ

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グ、CGM1、SNS2、ソーシャルブックマークなどのここ数年のインターネット技術である。このような今

日のインターネット環境を、私たちは科学技術コミュニケーションにどのように活用できるのだろうか。

例えば、研究機関やマスメディア、行政、NPOなどがそれまで活字媒体などで公開していた情報をウ

ェブサイトやブログ上で公開することで、利用者の便益を高めることができる。同時に、一般市民が主

役となってブログやSNS、CGMなどを活用し、市民同士、あるいは市民と専門家の間でのコミュニケ

ーションを活性化することも出来る。 その一方で、「マッシュアップ3」「CGM」「協調フィルタリング4」「クラウドソーシング5」「集合知」など、

インターネットの世界で生まれたコンセプトから科学技術コミュニケーションの担い手が学ぶべき事柄

も大いにあるであろう。 いずれにせよ、社会におけるコミュニケーション構造を把握する際に、Web2.0 以前と同じ考え方では

通用しなくなってきていることに注意しなければならない。と同時に、この劇的な変化は、冒頭に述べ

た科学技術コミュニケーションの課題を解決するための強力な手段にもなりうるはずである。

3.インターネットを活用した科学技術コミュニケーション実践の普及 インターネットを活用した科学技術コミュニケーション実践の普及と持続的発展のためには、どのよ

うな条件が必要であろうか?筆者はこれについて「ツール」「プラットフォーム」「コンセプト」という3つ

のキーワードを挙げたい。順に説明しよう。「ツール」とは、市民が手軽に科学技術コミュニケーション

を実践できるようにするための支援手段のことである。たとえば誰でも簡単に自分のウェブサイトを構

築することを可能にした「ブログ」などは、その典型である。次に「プラットフォーム」とは、市民同士や、

市民と専門家、異なる専門家同士がネットワークを結び、協働作業を行い、コミュニティーを構築する

ための場のことである。ミクシィに代表される「SNS」や、種々のグループウェアなどがそれに相当する。

最後に「コンセプト」である。これは、ソフトウェア、インターネットサービスそのものが、科学技術コミュ

ニケーションの理念を体現、伝達するメディアとなっているものである。

4.CoSTEP における事例紹介 4-1.ウェブ制作実習

ウェブ制作実習では,「科学と場所を結ぶ」というコンセプトのウェブサイト「さっぽろサイエンス観光

マップ」の制作・運営を通じて、「必ずしも自分が制作するコンテンツの分野の専門家ではなく,サイ

エンスライティング,ウェブプログラミング,グラフィックデザインなどのスキルを持ち合わせていない市

民(=受講生)が,情報の受信者ではなく発信者の立場に立ったとき,科学的に正確でかつ閲覧者

にとって魅力的なコンテンツをいかにして制作することが可能か」という課題の解決に取り組んだ。こ

1 Consumer Generated Media の略。運営者の用意したプラットフォーム上でユーザーが自らコンテンツを

制作・公開・共有することによって成立しているウェブサイト。 2 Social Networking System の略。参加者同士のつながり自体を重要な情報価値として位置づけるコミュ

ニティサイト。日本では「ミクシィ」(http://mixi.jp/)が代表例。 3 複数のウェブサービスを組み合わせて新しいサービスを構築する手法。 4数多くのユーザーの行動選択情報を統計的に処理し、類似の行動選択パターンを持つユーザーの情

報から特定のユーザーの行動選択等を推測する手法。 5 必ずしも専門家ではない多くの人々にタスクを分散して一つのプロジェクトを成し遂げる手法。一般に、

今日のインターネット技術を前提とする。

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の実習によって開発・蓄積されてきたコンテンツ制作手法は,発信者としての市民をどのように支援

するかという点で有益なものとなるはずである. そこで私たちは,実習で培った「非専門家によるウェブコンテンツ制作」のノウハウを,まとめた,ク

ックブック」を制作した.私たちは,これを広く一般に配布することにより,同様のコンテンツを制作す

る活動や,このコンテンツ制作手法を応用した様々な科学技術コミュニケーション活動を,他の地域

にも普及させることを目指した.つまり私たちがウェブ実習を通じて達成しようとしたのは,「さっぽろ

サイエンス観光マップ」というウェブサイトそのものだけではなく,「クックブック」という形を通じた,

Web2.0時代における「市民の情報発信を支援するしくみの開発」であると捉えることができる.私たち

は、このようなしくみの開発を通じて,特定少数のプレイヤーに限定されない多元的な科学技術コミ

ュニケーションの普及と発展を目指してきた。 4-2.Opinion Pod

2008 年 2 月、北海道大学は日本の大学として初めてAAAS年次大会へのブース出展を行った。

CoSTEPは出展メンバーの一員として、ブース企画、展示制作、運営に携わった。出展に際して、「学

会会場において、出展者が一方的に情報を発信するのではなく、参加者からの意見収集と、参加者

間の意見の共有により、双方向の意見交換の場を創出すること」をコンセプトとした。筆者らは、日本

にいる受講生がこの意見交換の場を何らかの形で共有することが科学技術コミュニケーションの観

点から大きな教育効果をもたらすと考え、会場における意見収集とインターネット上における公開機

能を備えたソフトウェア<Opinion Pod>6を開発、運用した。一方Opinion Podは、「多様な人々の意

見に耳を傾けること、意見の多様性を共有する」という、科学技術コミュニケーションに関する出展者

の姿勢、理念をソフトウェアの機能そのものによって具現化するものであり、いわば「コンセプトの表

現型としてのソフトウェア」であると位置づけることが出来る。 4-3.Science and You

2008 年 6 月、「あなたと科学を結ぶ」コンセプトのブログパーツ<Science and You>7をリリースした。

これは、このブログパーツが設置されているブログ上のテキストからキーワードを自動的に抽出し、そ

のキーワードにちなんだ科学コンテンツを読者に紹介するサービスである。科学コンテンツは、あら

かじめ受講生らが一般読者が興味を持ちそうなものを選定し、それに関連づけるキーワードについ

ても、一般読者のブログに通常記述されそうな言葉を工夫して選ぶようにしている8。 大学や研究機関のウェブサイトは、情報量やデザイン、インターフェースなどは徐々に改善されて

きているが、依然として「“同じ場所に構えていて”ユーザーが見に来るのを待っている」という枠組み

の中にあり、ユーザーの立場に必ずしも立っていない点が課題である。そこで、ユーザーの滞在して

いる情報空間にまで“出かけて”いって、ユーザーの関心のある情報を適切なタイミングで届けるの

がこのサービスの主旨である。“インターネット上のアウトリーチ活動”であるとも言えよう。

5.結語 誰もが情報発信者になることが可能となったと言われる今日において,専門家コミュニティーが“質

6 http://aaas.costep.jp/ 7 http://you.costep.jp/ 8 この作業は、科学の専門知識と一般市民の関心の橋渡しをするという点から、科学技術コミュニケータ

ーにとって極めて教育効果の高いトレーニングとなるため、このソフトウェアを開発した。

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の高い”情報をいくら発信しても,個人間のコミュニケーションの流量のほうが圧倒的に大きければ相

対的なプレゼンスは低下し,「情報の海」の中に埋もれてしまう恐れがある。ましてや,インターネット

に発生する個人間の情報の相互作用がどのような帰結をもたらすのかをすべてコントロールすること

は到底不可能である. これからの科学技術コミュニケーションにおいては,社会に流通する情報をコントロールするので

はなく,「確率的」に影響力を及ぼすことによってコミュニケーションのあり方を「ファシリテート」する,

という手法を模索する必要があろう(石村 2007).そのためには,効果的なツールを開発し,市場に

提供することが重要である.一方、特定のコミュニケーションを行うことでユーザー同士の交流が深ま

るような「プラットフォーム」を構築することによって,そのコミュニケーションの選択確率が大きくなるよ

うにユーザー環境をデザインすることも可能である. このように,インターネット上に魅力的な「ツール」や「プラットフォーム」を提供することによって,ユ

ーザーのコミュニケーションの前提となる環境を,効果的にデザインすることができるのである. 今後は、より多くの市民が科学技術コミュニケーションの理念やスキルについて学ぶことのできる学

習機会を提供する、あるいは、サイエンスカフェ、コンセンサス会議、サイエンスショップなど、これま

でオフラインで実践されてきた様々な科学技術コミュニケーション実践や、研究機関の社会的責任、

情報公開、といった組織倫理の実現を支援する、さらにはよりミクロなレベルでの科学技術コミュニケ

ーションの考え方、リテラシーを普及させるためのインターネット上のサービスを積極的に企画・開発

していきたい。それと同時に、逆にインターネットの世界で生まれつつある新しい参加型コミュニケー

ションの文化から、科学技術コミュニケーションに取り入れることの出来る考え方を積極的に学んでい

きたい。 これらの実践を通じて、科学技術コミュニケーションの分野で、より多くの市民や専門家が参画し、

リソースやアイディアを自発的に提供し合い、無理のない形で支え合う文化を醸成し、活動を持続・

発展させていくことを可能にする活動モデルを構築していきたいと考えている。

●文献 石村源生 2007:「Web2.0 と科学技術コミュニケーション」『科学技術コミュニケーション』1,57-71

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科学技術ジャーナリスト養成プログラムの現在と今後

○谷川建司、中村理(早稲田大学大学院政治学研究科)

I. 目指す人材とカリキュラム

本プログラム(Master of Arts Program for Journalist Education; MAJESTy)は、科学コミュニケータ

ーの中でも、特に科学技術ジャーナリストの養成に焦点をあてている。科学技術ジャーナリストは、単

に専門家としての科学者の持つ情報を、非専門家としての一般の人々に分かりやすく伝えるだけで

はない。一般の人々(Tax Payer)に近い視点で科学者の行為を批判的に検証する役割も併せ持つ

ものである。このような人材を育成するため、我々は教育理念として5つの要素を掲げてきた。具体的

には、(1)科学技術の理解、(2)ジャーナリズムとメディアの理解、(3)建設的批判精神、(4)現場主義、

(5)実践的スキル、である。授業科目はこれらの要素を実現するよう設置している。取り分け、ジャー

ナリスト教育は座学だけでは達成できないとの信念に基づき、実践的な科目を多く取り入れることに

配慮した。ライティングや取材スキル、情報発信などの力を身に付けるための実習科目、必修科目と

してのインターンシップなどを充実させたのはそのためである。一方、固定的な授業科目ではカバー

しきれないタイムリーな科学技術の話題や、現場のジャーナリストの生の声を取り入れるため、一般

公開型のセミナーや非公開型のワークショップを定期的に開催している。後者は正規科目化への試

験としても位置づけられ、実際に翌年度から正規科目になった例もある。 授業科目の構成については、目的の達成度を上げるため、常に改善を試みている。事実、この 3

年の間に各科目は統合や分割、新設が検討され、カリキュラムは大幅に拡充された。これはプログラ

ムが洗練されてきたことにほかならず、ノウハウの蓄積という点で重要である。改善にあたっては学生

の意見を聞く場を設け、被養成者のニーズにより良く合致させるようにしている。 本プログラムは正規の修士課程であるため、学生は修士論文を執筆する必要がある。これによっ

て学生は、対象となるテーマに自らの視点で取り組み客観的に分析するという、これからのジャーナ

リストにとって重要な作業を経験する。指導においては、各学生に理系、文系のそれぞれから一名の

教員を配置する仕組みをとっている。これは、それぞれの研究手法を取り入れるためだけでなく、冒

頭で述べた科学技術ジャーナリストの複眼的な視点を導入するためでもある。扱うテーマは科学技

術ジャーナリズムの諸問題や科学教育などである。修士論文は本プログラムの対象領域に新たな知

見をもたらすものであり、年々蓄積される財産の一つと捉えている。

II. 社会への効果

本プログラムは 2006 年度から学生の受け入れを始め、毎年 15 名程度の入学を許可してきた。入

学者は新卒や社会人、理系や文系など様々な背景を持っているのが特徴である。そのうちには、す

でに科学技術ジャーナリストやコミュニケーターとして活動してきた者も含まれる。我々は新卒を対象

とするだけでなく、経験ある人々にスキルアップの機会を提供することもOJT(On-The-Job Training)

が主流だった日本では重要だと考えている。2007 年度末には第 1 期生 11 名が修士号を取得した。

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1期生の内には、新聞社へ進んだ者が 3 名いるほか、科学技術ジャーナリストやライターとして仕事

を始めた者、博士課程へ進んだ者、科学コミュニケーション教育を行うためにスタッフとして本プログ

ラムに残った者などがいる。今年度は第 2 期生 16 名が修士論文に取り組んでおり、1 期生同様に新

聞社や他のメディア企業などへ就職が内定しつつある。こういった状況はマス・メディアをはじめとす

る産業側からの評価のあらわれとして、注目すべきだろう。1期生の修了時には、在学生と修了生を

持続的につなぎ、就職や活動に役立てる場として、同窓会が組織された。本プログラムの生み出す

人材は少数ではあるが、彼らが社会の中に浸透することによって、次第に科学技術ジャーナリズムの

質は変わっていくはずである。 一方、受講者以外へは、公開型のセミナーや集中講義を通じて、我々は科学技術ジャーナリズム

の話題や課題を伝えてきた。すでに10回を越えるセミナーでは、毎回50人を超える申込を集めてい

る。こういったイベントの参加者には、本プログラムに興味を持つ者やメディア関係者が多く含まれて

おり、本プログラムが対象とする分野への啓発も軌道にのってきたと考えている。なお、我々はこれま

で、主にジャーナリストへの教育を念頭においた活動を行ってきたが、その経験から、今後は研究者

にメディアリテラシー教育を提供することも検討している。

III. プログラムの持続性

科学技術振興調整費による本プログラムの事業委託は 2009 年度で終了する。その後も人材養成

を継続するため、我々の所属する政治学研究科は本プログラムに並行してジャーナリズムスクールを

設置し、2008 年度から修士課程の学生を受け入れ始めた。同スクールは 2010 年度以降に本プログ

ラムを続けて運営する母体となる。科学技術に限定していた視野を全般へ広げることで総合的なジ

ャーナリズム教育を効率良く行い、本プログラムをその内の科学技術分野として位置づけていくので

ある。スクールの設置にあたっては、本プログラムで得られた経験とノウハウが多分に反映されている。

現在は、2 年後にスムーズな移行が実現できるよう授業科目の共通化などが進められている。定員は、

両者をあわせて1学年あたり 40 名である。 ジャーナリズムスクールが大学に設置されたことは、これまでOJTを主流にしてきたマス・メディア

にとっても大きな意味がある。大学での教育は、おそらく既存の OJT と対立するものでもなければそ

れにかわるものでもない。相補的なものとして成り立っていくことになるだろう。新たなスクールは、特

に専門知と高い分析能力を身に付けることで、これまで専門家に預けつつあった議題の設定を、もう

一度ジャーナリストの側に取り戻そうという実験の場でもある。科学技術ジャーナリズムにとっても、こ

の点が重要な課題であるのは言うまでもない。本プログラムで構築したノウハウが、今後の大学という

場におけるジャーナリスト教育のモデルとなっていくことの意味は大きい。

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と将来展望

科学コミュニケーション論の教科書構想

○廣野喜幸(東京大学)、藤垣裕子(東京大学)

1. 東京大学科学技術インタープリター養成プログラムの概要

近年の科学技術の進展はめざましく、専門化と細分化が著しい。一方で、生命科学や情報科学、

医療など、日常生活との結びつきもかつてないほど強まっている。この、「近くて遠い」という矛盾する

現状を改善しないと、日本社会が発展と存続のための技術的基盤を失うだけでなく、個人の生活基

盤がブラックボックス化することで社会全体が不安定になりかねない。にもかかわらず、教育現場で

は理科離れ・科学離れが進み、ジャーナリズムでは科学雑誌の廃刊が相次いでおり、日本の科学技

術の基礎体力は確実に低下している。この事態を改善するためには、科学技術と社会とのギャップ

を埋めて相互交流を促進する科学技術インタープリターを養成することが必要不可欠である。このよ

うな現状を踏まえ、東京大学科学技術インタープリター養成プログラムは、平成17年に発足した。黒

田玲子教授を代表として(平成 17 年~18 年は松井孝典教授)、どう伝えるかだけでなく「何を伝える

か」に主眼をあてている。 正規コースの被養成者は、東大大学院に在籍する者であり、大学院の副専攻として本プログラムを

とることになる。書類審査、本専攻の指導教員による推薦状、面接審査によって選考される。正規コ

ースの養成カリキュラムは、講義・実習・修了研究から成り、講義は、科学技術インタープリター論(必

修)、科学技術コミュニケーション基礎論(選択必修)、リテラシー論、ライティング論などである。修了

には、講義・実習で 12 単位以上、修了研究で 8 単位の計 20 単位以上の取得が必要である。 正規コースは、平成 17 年 10 月入学の第一期生は 42 人が応募し 14 人が合格、平成 18 年 10 月入

学の第二期生は 11 人が応募し、10 人が合格した。平成 19 年度入学 10 月入学の第三期生は 18人が応募し、12 人が合格した。平成 19 年 3 月に修了研究を完成し本プログラムを修了した者は 6人、平成 20 年度 3 月に修了研究を完成し本プログラムを修了した者は 3 人である。修了研究のテー

マは毎年変化に富んでおり、「科学リテラシーとは何か」「出張授業の実施と評価」「遺伝カウンセリン

グのインタビュー」「科学技術インタープリターに図書館が果たす役割について」など、現代的話題も

多く、修了生の感度の高さが覗える。まさに科学技術コミュニケーション分野の課題として議論を蓄

積しておかねばならない内容である。2008 年 8 月現在も三期生を中心に 16 人が修了研究を開始し

ている。 進路のうちわけは、A:科学の現場:世界トップの研究者、研究所の広報担当、B:科学技術政策の

場:政策を担う行政官、予算配分機関にかかわる人材、C:マスメディアの場:科学報道番組作成、科

学記者、D:科学教育の場:教師、博物館、E:その他:作家、翻訳家、医療関係、NPO などが考えられ

るが、平成 19 年3月修了者では、A:3 人(博士課程に在籍)、B:1 人(JST に就職)、E:2 人(メーカー

の研究開発職および銀行)、また平成 20 年3月修了者では、A:1 人、B:1 人(文部科学省)、E:1人

(製薬会社)となっている。このように修了生の数はまだ多くないが、科学技術と社会を結ぶ「核」とし

て作用し、社会を少しずつ変革するべく活躍が期待される。また、本教育プログラムの一部を現在、

教科書としてまとめる作業も進行中であり、講談社および東大出版会から出版された。本稿は、その

うち、東大出版会の教科書「科学コミュニケーション論」の紹介を主におこなう。

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2.科学コミュニケーション論の教科書の位置付け

当プログラムの正規コースは最短で1年半である。たとえば平成17年10月入学者は、Ⅰ学期は平

成17年冬学期、Ⅱ学期は平成18年夏学期、Ⅲ学期は平成18年冬学期となり、平成19年3月に修

了となる。修了にあたっては、修了論文(自分の所属する研究科における修士論文とは独立の論文)

または修了製作(たとえば自分の所属する研究科における修士論文をわかりやすく解説した記事を

書く、ビジュアル化したものを作成する、など)が必要となる。ある年度の開講科目は表1のとおりであ

る。本稿で説明する科学コミュニケーション論の教科書は、このうち、科学コミュニケーション基礎論

Ⅰの教育のために開発された。

表1:科目名(単位数)

科学技術インタープリター論 I、Ⅱ、Ⅲ(選択必修各2) 黒田玲子ほか 科学技術コミュニケーション基礎論 I、Ⅱ、Ⅲ(必修各2) 藤垣裕子ほか 現代科学技術概論 I、Ⅱ、Ⅲ(文系出身者選択必修各2) 石浦章一ほかオムニバス形式 科学技術リテラシー論 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 村上陽一郎ほか 科学技術表現論 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 佐倉統ほか 科学技術ライティング論 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 山科直子ほか 科学技術インタープリター特論 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) - 科学技術コミュニケーション演習 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 長谷川壽一・佐倉統 現代科学技術実験実習 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 佐藤勝彦ほか 科学技術インタープリター実験実習 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 石浦章一ほか 科学技術リテラシー実験実習 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) - 科学技術表現実験実習 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 大島まりほか 科学技術ライティング実験実習 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) 瀬名秀明ほか 科学技術インタープリター特別実験実習 I、Ⅱ、Ⅲ(各2) - 研究指導 I、Ⅱ(各2) 全執行委員 特別研究(4) 全執行委員

教科書編集の準備として、われわれは、まず 2005 年度の終わりに当プログラムのポスドク(PD)お

よびリサーチアシスタント(RA)の方々と、『科学技術コミュニケーション基本論文集』を作成した。これ

は、さまざまな雑誌上、書籍上に展開される科学コミュニケーション関連の論考を集めたもので、51

編の論文のコピーからなる。次に、2006 年度は、当プログラムの PD,RA と専門誌『科学の公共理解

(Public Understanding of Science)』の 1992 年創刊時から 2006 年まで 300 編あまりの論文を抄読す

る勉強会を設け、とくに欧州で活発な科学コミュニケーションの理論的モデルと実践の評価について

の論文群にあたった。これらの勉強会をもとに、2007 年度に章立てを考え、系統的に学習するため

の教科書とした。

3.教科書の構成

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科学技術コミュニケーションというと、ともすると「わかりやすく伝える方法」「わかりやすく書く方法」

といった HOW-TO ものに終始してしまう傾向も強い。もちろん科学者共同体のなかの人間の専門的

知見をわかりやすく伝えるための技法も大事な側面である。しかし、それだけではなく、東大のプログ

ラムの責任者である黒田が指摘するように、どう伝えるかだけでなく、「何を伝えるか」が重要である。

さらに、そもそも科学技術の情報を伝えるとはどういうことなのか、受け取るとはどういうことなのか、一

般のコミュニケーションと比べて科学技術コミュニケーションはどこが違うのか、科学技術に関連する

意思決定や市民参加との関係はどうなっているのか、科学教育と科学コミュニケーションはどう違うの

か、といったもろもろの問いへの答えを考えることも大事なことである。本書は、それらの問いを特に

欧州における知見の蓄積をもとに日本に限定しない形で考えることを試みている。そして、科学コミュ

ニケーションの「理論」的側面をまとめようと試みている。 PUS 誌の抄読会をもとに、我々は、科学コミュニケーション論の興隆の分析、リテラシーの階層性、

コミュニケーションモデルの多様性の分析を行った。さらにこれらの階層性や多様性分析をとおして、

日本における「科学コミュニケーションの興隆」を再チェックし、国際的な文脈から問い直しをすること

が必要であると考えた。何故、日本でいま、科学コミュニケーションがさかんなのか、そして日本の科

学コミュニケーション論はあるところに偏ってはいないか。もしそうだとするとそれは何故なのか。日本

の科学コミュニケーションの特殊性は何によるのか、科学の移入の歴史か、市民参加や市民の意味

の違いによるのだろうか。 これらの問いを考えるために、本書は以下のような構成をとった(表2参照)。まず、第一部では、

欧州、米国、日本における科学コミュニケーションの歴史を対比した。第1章で国際的文脈のうち、と

くに英国の科学コミュニケーションの歴史に注目して、レビューを行った。英国に注目した理由は、上

に解説した欠如モデル、文脈モデル、市民参加モデル、といった科学コミュニケーションのモデルが、

主に英国人を中心とした研究者によって次々と提唱されているためである。第2章では、欧州および

米国の動向をレビューした。そして第3章で、日本の科学コミュニケーションの歴史を追った。これら

をとおして、日本の科学コミュニケーションを国際的文脈から問い直しをする作業のための材料を整

え、対比を考えられるようにした。 続いて第二部では、理論的なモデルのレビューを行った。第4章で、一般的なコミュニケーション

論と科学コミュニケーションとの違いを考察したのちに、第5章では、専門誌『科学の公共理解

(Public Understanding of Science)』の全体像をレビューした。さらに第6章では、『受け取ることのモ

デル』、第7章では『伝えることのモデル』のレビューを行った。第二部を読むことによって、科学コミュ

ニケーションの理論的な枠組みとして、どのようなモデルがこれまでに提唱されているのかをつかむ

ことができる。 第三部では、とくに実践とその評価に焦点をあてた。第8章では、実践のなかでも出張授業の具

体的な内容と評価について扱っている。第9章では、実践のなかでも、とくに『伝え手側』の評価を扱

っている。『伝え手側』のなかでも特に科学ジャーナリズムは、伝える際のフレーミング(問題枠組み)

によって伝わる内容が異なってくる効果が顕著であり、かつ影響力が大きい。そのため、第9章では、

主にジャーナリズムに焦点をあて、伝える側のフレーミングと伝わり方の評価についての論文のレビ

ューを行った。第10章は、『受け取る側』の評価について扱った。このように、科学コミュニケーション

の実践を行った際、その効果をどうやって評価するか、を考察するのが第三部である。

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C-1-1【WS】科学技術コミュニケーションのめざすもの ― 科学技術コミュニケーター養成プログラムの蓄積

と将来展望

最後に第四部では、科学コミュニケーションの隣接領域である科学教育、市民参加、科学者の社

会的責任と、科学コミュニケーションとの関係を吟味した。この隣接領域として科学ジャーナリズム論

を扱う構想もあったのだが、これについては1章で扱うには問題が大きすぎたため、次の機会にゆず

りたいと考えている。

表2 科学コミュニケーション論の章立て

はじめに

Ⅰ.歴史と背景

1.英国における科学コミュニケーションの歴史 水沢光

2.米国および欧州の傾向 水沢光

3.日本における科学コミュニケーションの歴史 藤垣裕子、廣野喜幸

Ⅱ.理論

4.科学コミュニケーション 廣野喜幸

5.PUS論 藤垣裕子

6.受け取ることのモデル 藤垣裕子

7.伝えることのモデル 廣野喜幸

Ⅲ.実践と実態調査

8.出張授業にみる科学コミュニケーション 大島まり

9.伝える側の評価:科学技術ジャーナリズムを題材として 草深美奈子

10.受け取る側の評価 船戸修一

Ⅳ.隣接領域

11.科学教育 廣野喜幸

12.市民参加と科学コミュニケーション 藤垣裕子

13.科学者の社会的責任論と科学コミュニケーション 藤垣裕子

文献サーベイや英国における科学コミュニケーションの現場の議論に参加してみて、我々は、日

本で科学技術理解増進の文脈で語られる科学コミュニケーションと、英国や欧州における痛みをとも

なった科学コミュニケーションとの温度差をまのあたりにした。科学技術と民主主義について考えるシ

ンクタンクである英国デモスで行われたシンポジウムでは、自然科学者による社会科学者への注文、

社会科学者から自然科学者への批判、政策立案者から自然科学者への注文、社会科学者への注

文、市民団体から政府や自然科学者への注文、funding 機関や企業から自然科学者や政府への注

文などが徹底的に議論され、科学コミュニケーションあるいは市民参加といったときの「痛み」、英国

の自然科学者と公衆との間でのディスコミュニケーションのプロセスで負った論争の痛みと将来にむ

けての真剣な議論が観察された。この痛みをともなうコミュニケーションに比して、日本における理解

増進の文脈で語られる「科学コミュニケーション」の、痛みの感覚の欠如という意味での生ぬるさに対

して、我々は自覚的であるべきだろうと考えている。

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C-1-1【WS】科学技術コミュニケーションのめざすもの ― 科学技術コミュニケーター養成プログラムの蓄積

と将来展望

大学院教育の改革とコミュニケーション教育

小林傳司(大阪大学)

0.はじめに 2005 年に北海道大学,早稲田大学,東京大学に科学技術コミュニケーター養成のための教育ユ

ニットが設置され,また大阪大学にコミュニケーションデザイン・センターが設置されて四年が経過し

ようとしている.いずれもが大学院教育に対応する形で設置されており,五年を目途に,その後の継

続の形態が検討される時期に来ている.本稿では,大学院教育の今後の在り方と科学技術コミュニ

ケーション教育の関係について検討してみたい.

1.大学院教育の今後の展望 日本の大学教育の課題がどの辺りにあるかを考える上で,文部科学省中央教育審議会の平成17

年答申「我が国の高等教育の将来像」が参考になる.ここでは,日本の大学がいわゆるユニバーサ

ル段階に到達したことを前提に,21世紀の知識基盤型社会に対応するために,大学の縮小ではな

く,大学教育を社会の要請に対応させ,多様な人材育成に向けて再編することが協調されている.

そこでは,大学の使命として,従来の教育,研究に加え,社会貢献が付け加えられている.恐らく,

今後の日本の大学は,この社会貢献に対応した動きを見せていくはずである.とりわけ,国立大学は

独立法人化以後の次期中期計画の策定に際して,社会貢献をどのように位置づけていくかを検討し

ていくことになると予想される. 他方,大学院教育に関しては,同じく平成17年の中央教育審議会答申「新時代の大学院教育」

において検討されている.そこでも,21世紀の知識基盤型社会に対応した大学院教育の改革の必

要性が指摘されている.この答申では,大学院に求められる人材養成機能として,以下の四点が挙

げられている. ①想像性豊かな優れた研究・開発能力を持つ研究者等の養成 ②高度な専門的知識・能力を持つ高度専門職業人の養成 ③確かな教育能力と研究能力を備えた大学教員の養成 ④知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成

ここには,従来の大学院のアカデミック・キャリアに偏った人材養成機能への反省と,多様な人材

育成のための大学院の変革への文部科学省の意思が表現されている.恐らく,国立大学を中心とし

て,このような人材育成の多様化の実現のための様々な政策的誘導が行われ,大学院教育の改革

が本格化していくことが予想される. このような流れを踏まえた場合,科学技術コミュニケーション教育は今後の大学院教育の中で,ど

のような位置づけになっていくことが望ましいのであろうか.

2.科学技術コミュニケーション教育の将来 科学技術コミュニケーション教育は,上に挙げた四つの人材養成機能のどれと深い関わりを持つ

といえるであろうか.もちろん,すべての機能とかかわりがあることは間違いない.またこの四つの機

能の分類そのものに異を唱えることも可能である.しかし,現実には,この四つの分類を軸とした議論

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と将来展望

が各大学で始まると思われる. 一つの方向性は,「②高度な専門的知識・能力を持つ高度専門職業人の養成」を追究することで

ある.早稲田大学がすでに着手しているように,科学技術ジャーナリスト専攻という形で専門職業人

養成のための教育の一つとして定着していく方向である. 二つ目の方向性は,理工系人材養成の中の教育プログラムとして定着することかもしれない.この

場合,先の四つの人材養成機能の①と②にかかわりが深く,いわゆるアウトリーチ機能を支援する教

育という側面が強くなるであろう.エリート科学者のコミュニケーション能力の強化という視点で,科学

技術コミュニケーション教育を副専攻的に位置づけている東京大学がこの方向性に近いように思わ

れる.また,この方向性を追究する場合,科学技術コミュニケーション教育を理工系大学院のカリキュ

ラムに深く埋め込むというやり方も考えられよう. 三つ目の方向性は,先の四つの機能の「④知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のあ

る人材の養成」に力点をおくというものである.この場合,科学技術コミュニケーション教育は理工系

大学院生だけのものではなく,文科系も含む大学院生一般に開放していくことになろう.大阪大学の

場合,他の3大学とは異なり,振興調整費による人材育成ユニットではないため,この方向性に近い

活動をしている.科学技術コミュニケーションが単独のものではなく,広くコミュニケーション教育の一

つとして位置づけられ,全研究科の共通教育となっているからである.さらに,大阪大学は2008年

度から全研究科の大学院生対象の高度副プログラム制度を発足させたが,CSCD はそのプログラム

の一つとしてコミュニケーションデザイン教育プログラムの提供を始めている.今後は,全研究科の大

学院生を対象とした教養教育(「高度教養教育」と呼んでいる)を開発することを検討しており,その中

では,従来の教養教育とは異なるものを提供しようとしている.コミュニケーション教育,そして科学技

術コミュニケーション教育はそこに埋め込まれていくと思われる. 北海道大学の場合,この四年間の活動は最も多彩かつ豊富なものであり,今ここに挙げたすべて

の方向性を実現するポテンシャルを持っているように思われる.恐らく,これから残された2年弱の間

に,その方向性が決まっていくのであろう.そして言うまでもないことであるが,この三つの方向性は,

各大学の制度的特性や歴史と結びついたものであり,どの方向性が優れていると簡単に言えるもの

ではない.科学技術コミュニケーション教育全体を見た場合,すべての方向性が追及され,実現され,

定着していくことが望ましいはずである.

3.おわりに 大阪大学において科学技術コミュニケーション教育を行いつつ気づいたことを最後に述べておき

たい.近年,理工系大学院生の中には,一定数,科学技術コミュニケーションの関心を示すものが出

てきている.彼ら自身が,自らの思考の偏りを意識していることも多いのである.したがって,積極的

に文系の学生とのコミュニケーションや社会とのコミュニケーションに取り組む意欲を示す.他方,文

科系の大学院生の側は,科学技術と聞くだけで,自らの問題ではないと考え,敬遠しがちである. 高校教育における理系と文系の分断の影響であることは確かではないだろうか.科学技術

コミュニケーションが社会と科学技術を「つなぐ」という点に眼目があるとすれば,このコミ

ュニケーションは理工系と文系をつなぐことにも貢献しなければならないはずである.その

意味で,私は全大学院生を対象とした科学技術コミュニケーション教育も重要だと考える.