研究プロジェクト: 和光大学から発信する ムーブメント教育...

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研究プロジェクト子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくり ── 099 ──はじめに 本稿は、2005年に和光大学総合文化研究所が主催したシンポジウム「『からだ』 から『障害児・家族・地域』の支援を考える~ムーブメント教育・療法の実践を 中心に~」を機に、和光大学が発信してきたムーブメント教育・療法に関する取 り組みについてまとめることを目的とする。本稿では、和光大学開放センターと 2009年度和光大学教育重点充実事業「包括的共生概念の構築」の合同企画として 開催された地域連携講座をはじめ、研究所主催以外の企画も取り扱いの対象とす る。様々な形態で実施されてきたものをここにまとめ、それらのつながりや軌跡 を整理し、改めて振り返ることで、今後の展望を明らかにし、2010年度和光大学 総合文化研究所の研究プロジェクトとして始動する「子どもの育成支援を巡る遊 びの環境づくりに関する実証的研究──大学と地域の連携による包括型プログラ ムの活用を中心に」 (代表:小林芳文)の土台としたい。 1──和光大学における「ムーブメント教育・療法」の(1)ムーブメント教育・療法とは ムーブメント教育・療法は、アメリカのマリアンヌ・フロスティッグ Marianne Frostigらによって体系づけられたもので、運動遊びを基本にした動き づくり、身体づくりが軸になっており、それらを通して認知的発達から情緒的発 達に至るまで調和のとれた全面発達を促していく活動である。欧米諸国では1970 年代から急速に発展し、人間発達の基礎づくりのために有効な手段として注目さ れてきた。国内でも30年程前から、心身の発達に障害のある子どもの教育に有効 研究プロジェクト:子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくり 和光大学から発信する ムーブメント教育・療法の軌跡と展望 小林芳文 所員/現代人間学部教授 大橋さつき 所員/現代人間学部准教授

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研究プロジェクト:子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくり── 099

──はじめに

本稿は、2005年に和光大学総合文化研究所が主催したシンポジウム「『からだ』から『障害児・家族・地域』の支援を考える~ムーブメント教育・療法の実践を中心に~」を機に、和光大学が発信してきたムーブメント教育・療法に関する取り組みについてまとめることを目的とする。本稿では、和光大学開放センターと2009年度和光大学教育重点充実事業「包括的共生概念の構築」の合同企画として開催された地域連携講座をはじめ、研究所主催以外の企画も取り扱いの対象とする。様々な形態で実施されてきたものをここにまとめ、それらのつながりや軌跡を整理し、改めて振り返ることで、今後の展望を明らかにし、2010年度和光大学総合文化研究所の研究プロジェクトとして始動する「子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくりに関する実証的研究──大学と地域の連携による包括型プログラムの活用を中心に」(代表:小林芳文)の土台としたい。

1──和光大学における「ムーブメント教育・療法」の取り組み

(1)ムーブメント教育・療法とは

ムーブメント教育・療法は、アメリカのマリアンヌ・フロスティッグ(Marianne Frostig)らによって体系づけられたもので、運動遊びを基本にした動きづくり、身体づくりが軸になっており、それらを通して認知的発達から情緒的発達に至るまで調和のとれた全面発達を促していく活動である。欧米諸国では1970年代から急速に発展し、人間発達の基礎づくりのために有効な手段として注目されてきた。国内でも30年程前から、心身の発達に障害のある子どもの教育に有効

研究プロジェクト:子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくり

和光大学から発信するムーブメント教育・療法の軌跡と展望

小林芳文 所員/現代人間学部教授

大橋さつき 所員/現代人間学部准教授

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であると評価されており、最近は様々な教育、保育の現場や子育て支援、高齢者のリハビリテーションなどにおいても広く活用されている。ムーブメント教育・療法で行われる身体運動の課題は、身体技能だけでなく、情緒や社会性、認知といった他の諸機能の発達を助長するところにある。つまり子どもの発達の全体に関わる機能を身体運動に結びつけて捉えており、諸機能の発達にとって必要な身体運動を充分に経験させることで、子ども達の自発性と喜び、達成感を引き出すことをねらいとしている。ムーブメント教育・療法において子どもは、自身の身体を動かすことにより、身体を知り身体を巧みに使えるように学習し意志伝達能力や認知機能を発達させ、創造的に自己を表現し、情緒の成熟と社会性の発達を促すように学習することができる。またムーブメント教育・療法は、指導者中心の訓練的活動とは異なり、遊び的要素やファンタジーの要素を持った子ども中心の活動であり、個々のニーズに合った適切な環境を設定することを重要視している。すなわち、様々な遊具や教材、音楽の工夫などにより、参加する子どもが自ら動きたくなる環境を創造することで、自然な動きの拡大を図ることを目指している。

(2)和光親子ムーブメント教室について

2004年度から和光大学内で開催されている親子ムーブメント教室は、ムーブメント教育・療法の理論に基づいた家族支援、地域支援の活動として展開され、大学周辺地域の親子を中心に障害のある子どももない子どもも一緒に楽しんで参加している。参加者や活動場所などの条件によって柔軟に対応し、環境の力を活かしたプログラムを考えて実施しているが、基本的な活動の流れとして以下のような展開を軸としている。フリームーブメント(子ども達が活動の場に慣れ、自由に遊ぶ時間)/走行・歩行

ムーブメント/集合・呼名/ダンスムーブメント(身体部位の確認・基本の動きや

模倣の課題・他者とのかかわりを重視)/設定ムーブメント(遊具を活用した課題設

定やサーキットプログラム)/ダイナミックムーブメント(パラシュート)/ふりかえり(エンディング)

学生が参加することで創造的な活動へと発展し、毎回のプログラムにテーマ性をもたせたり、その世界観を演出するオリジナルの遊具を作ったりして、一貫したドラマ性のある環境づくりが特徴となっている1)。

(3)学生による研究活動

和光大学には「学生研究助成金」制度があり、研究や作品の制作で、顕著な成──────────────────1)和光ムーブメント教室の実践におけるドラマ性の発展や実施したプログラムの詳細については、大

橋さつき『特別支援教育・体育に活かすダンスムーブメント~共創力を育み合うムーブメント教育の理論と実践~』明治図書、2008、pp.79-101を参照のこと。

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果をあげつつあると認められる個人やグループに対して助成金を支給することになっている。ムーブメント教育・療法について研究している学生グループが2007年度より継続して、この制度の下で研究成果をあげている。2007年度の研究テーマは「ドラマムーブメントプログラムと遊具の開発」であ

る。季節感を大切にして子ども達が自主的に動きたくなる環境づくりを目指し、ドラマ性のあるムーブメントプログラムを考案し、プログラムに合わせたオリジナル遊具の開発に取り組んだ。活動の中にストーリーがあるプログラムは活動に一貫性を生み、子ども達の創造性や集中力に明らかに変化をもたらすことに、学生達は、実践を通して気づいたようだ。その環境づくりのために、人も環境の一部であるという意識が大切であるとも報告した。2008年度の研究テーマは「コミュニケーションを育むドラマムーブメントプログラムの開発」である。童話の世界をもとに子ども達のより幅の広い表現方法を支援していきたいと考え、子ども達の言葉を媒介にしたコミュニケーションスキルを育むドラマムーブメントを考案し実践した。童話の世界をムーブメント教室の場で再現していくことは、子どもがその童話の世界で生きているようで魅力的であったが、同時に、童話の世界を再現することにこだわりすぎて目的を見失うと、場に吸引力がなくなり、子ども達だけではなく学生自身もプログラムと一体化できなくなるという問題点も指摘された。そして2009年度は、過去の研究を経て「共に存在し合う場を創るドラマムーブメントの可能性~和光ムーブメント教室の実践をもとに~」という研究テーマに辿りついている。ムーブメント教室の参加者は、子ども達だけでなく保護者や自分達学生も含んでおり、そこに居る全ての人達が「楽しい」と感じる環境づくりを目指してドラマムーブメントのプログラムを実現したいと報告している。

2──和光大学から地域に発信するムーブメント教育・療法

これまで地域に向けて発信する試みとして実施してきた取り組みの中から、代表的なものを取り上げる。

(1)和光大学総合文化研究所主催の公開シンポジウム

2005年 7 月16日、シンポジウム「『からだ』から『障害児・家族・地域』の支援を考える~ムーブメント教育・療法の実践を中心に~」を開催した。ムーブメント教育・療法の理論と実践について理解を深めながら、「生命」や「ケアの原点」まで視野を広げ、障害児をとりまく家族や地域に対する支援のあり方について考えることを目的として企画された。まず大橋さつき(和光大学専任講師、当時)が、「障害児とその家族を対象とし

たムーブメント教室の実践報告」と題し、ムーブメント教育・療法の理論を軸に

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展開されている親子教室の現場について報告した。またシンポジウム開始前に実施された「親子で遊ぼう!『和光ムーブメント教室』夏祭り」について、その場で記録した映像資料をもとにプログラムの内容や子ども達の様子を振り返りながら紹介した。続いて小林芳文(横浜国立大学教授、当時)による講演「ムーブメント教育・療法の理論から地域支援・家族支援を考える」では、教室の実践報告に解説を加えながら、それらの活動が地域支援、家族支援として広がっていく可能性について言及した。また最首悟(和光大学教授、当時)が「重度重複障害の娘をもつ親として」と題し、娘(星子さん)の話を紹介しながらケアの本質に関わる講演を行った。当日は障害児とその家族15組が「和光ムーブメント教室」の参加から引き続きシンポジウムに出席した。さらに本学教職員学生に近隣の教育関係者や保育士、高校生、他大学の学生などが加わり、50名以上の参加者で会場が賑わった。シンポジウムの最後には出席者による座談会を行い、積極的な意見交換が行わ

れた。日々あらゆる場面で、あれができない、これができない、と指摘されている障害児の親達にとって、「個々の身体はそれぞれ違い、他者との比較はできないのだから、個々の身体の絶対性、個別性を受け入れ、その身体が欲することをそのままに信じることが大事だ」と述べる最首の話は、子どもが「ここに居る」ことの意義を捉えなおす新鮮な衝撃を与えたようだ。また小林は、ムーブメント教育・療法のプログラム作成にあたって、「身体と環境との対話」を重視しており、その際、物理的な空間や湿度温度のみでなく、音楽、遊具、人、その場に居合わせる全てのものが互いの身体にとって「環境」となるのだという考え方を示した。さらに大学職員の山中ちひろ(学部事務室、当時)からは、「大学は地域の財産であり、教員・学生・職員が三位一体となって、地域に必要とされることを積極的に実施することが必要である。またそのことが、結局は大学そのものを成長させるのではないか」という意見が出され、反響を呼んだのが印象的であった。

(2)和光大学開放センター主催の公開講座

2008年 7 月 6 日「『共生・共創をめざした遊びの場づくり』~ムーブメント教育・療法の理論と実践から~」を開催し、第一部では学生達が企画するムーブメント教室の公開を実施し、続いて 6組のパネリストを迎えて、第二部のシンポジウムを開催した。障害児を含んだ親子の参加が35組、地域の保育士、療育施設職員、教師など大人のみで参加が30人程であった。第一部では、全体としては「七夕」にちなんだ「星座のお話」の世界で一体感

を演出し、手作りの絵本に従って 7つの星座の世界を巡った。最後は、全員で織り姫と彦星のストーリーをもとに、「天の川」のイメージのダンスとパラシュートムーブメントを楽しみ、好評を得た。学生達が考案した「出店方式」(7つのブ

ースを設定し、スタンプラリー形式で親子が順にブースを回る)を取り入れた。この

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ことにより、多くの子ども達の参加があっても個別の対応を大事にしながら各々の活動量を保つことができ、大人のみの参加者も多くのプログラムや遊具を間近で観察したり体験したりすることができた。第二部のシンポジウムでは、まず小林芳文(横浜国立大学教授、当時)が「ムー

ブメント教育・療法の基礎理論~実践の分析と解説を加えて~」と題して、前半の公開教室の実践を振り返りながら、ムーブメント教育・療法の基礎理論を解りやすく説明した。次に、30年程前から「全ての子どもの全面的な発達をめざす保育」に取り組んできた大田区「よいこの保育園」の元園長で、NPO法人日本ムーブメント教育療法協会事務局長でもある佐々木正寛が自園におけるムーブメント教育・療法による実践の経緯について報告をした。さらに、障害児の親によるサークル、小学校を拠点とした地域療育、若者による任意団体など、地域でムーブメント教育・療法を基にした活動を展開しているグループの活動報告が続いた。最後に、最首悟(和光大学名誉教授)が、水俣病問題に取り組んできた研究者として、また、重度重複障害の娘を持つ親としての体験も踏まえ、「ケアの原点」から支援や教育のあり方を提示し、子どもにとって親や教師は「環境」であり、

「活動の場」をつくり共に参加することが大切であると語った。

(3)相模原・町田大学地域コンソーシアム主催の公開講座

「相模原・町田大学地域コンソーシアム」(略称:さがまちコンソーシアム)は、相模原市と町田市を生活圏とする大学、NPO、企業、行政など様々な主体が連携し、それぞれの特性を活かした協働を通じて魅力あふれる地域社会を創造することを目的に、2007年 6 月に設立された。多彩な学びの場を市民に提供する「教育学習事業」、まちづくりの担い手を育成する「人材育成事業」、新たな文化・福祉・産業の発展に寄与する「地域発展事業」を柱とし、参加機関それぞれの得意分野を活かしながら様々な事業を展開している。2004年度にはコンソーシアムの前身となる「相模原・町田大学地域連携方策研究会」の地域連携モデルプロジェクトに、和光親子ムーブメント教室が認定されていたが、コンソーシアムの発展と共に、地域に向けた発信力を強めた形での催しが企画されるようになった。2008年度に、さがまちコンソーシアム大学が主催する公開講座「からだが遊ぶ・

さがまちコンソーシアム大学公開講座で、パラシュートムーブメントを楽しむ受講生と学生達(2009年3月14日)。

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こころが踊る・共に創る~一緒に創ろう!みんなのダンスパフォーマンス~」(2009年3月14日、会場:相模原市民会館)が開催され、ムーブメント教育・療法の実践に取り組む学生達が大橋さつきと共に企画運営に挑戦した。当日は様々な年齢層から障害児・者を含む40名以上の市民が参加した。ムーブメント教育・療法の理論をもとにしたダンスムーブメント中心のプログラムで、身体でコミュニケーションをとることの楽しさを実感できるような内容を準備したが、即興的な遊びの活動の中から自由なダンスパフォーマンスを創り、身体で自分を表現すること、他者と共に場を創ることの大切さについて実感する講座となり好評を得た。また2009年度には、大学と地域の双方におけるさらなる人材育成の場として「さがまちコンソーシアム大学『学生講師』プログラム」という、地域市民向けの講座の企画・カリキュラムづくり・当日の講師までの一連の講座運営を学生グループが担当する試みが始まった。前述した和光大学の学生達による研究グループの企画がこれに採用され、2010年 2 月に室内プール(さがみはら北の丘センター)、3月には劇場(グリーンホール相模大野)と、大学を飛び出して地域の施設(環境)

を活かした親子ムーブメント教室を開催する予定である。

3──「ムーブメント教育・療法」の活用から大学と地域の連携を考える2009年度和光大学地域連携講座の実践報告をもとに

(1)講座のねらい

2009年度 7 月から11月にかけて、和光大学開放センターと2009年度和光大学教育重点充実事業「包括的共生概念の構築」(通称Wプロジェクト)の合同企画として、連続講座(全4回)「~共に生きる、共に育み合う、そのための場を共に創る~遊びの場づくりに役立つ『ムーブメント教育・療法』の理論と実践」が開催された。この連続講座は、特別支援教育、幼児教育、保育、子育て支援や地域での活動等に携わる人達を対象とし、遊びを活用した具体的な支援法として、「ムーブメント教育・療法」の理論と実践方法を提供することを目指して構想された。また、「明日からの実践」に直接つながるスキルアップの研修としても十分意義のある内容を用意しながら、参加者が遊びの場づくりの意義や今後の課題などについて意見を交換し、「これからの夢」についても共に語り合い、意識を高め合う場を提供することも講座の目的とし、毎回、質疑応答・意見交換の時間を設定した。

(2)講座内容について

講座は各回にテーマを設け、学外の講師も招いて講義、実践報告、実技を織り交ぜながら展開した。さらに、全 4回の講座に連続して参加することで、より内容が充実するように工夫された。各回の内容を以下にまとめる。

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【第1回:「ムーブメント」って何?~遊びの場の魅力を知ろう!~】(2009年7月19日、和光大学)

初回の講座は、まず体育館で開催された「親子で遊ぼう!和光ムーブメント教室~海賊になって遊ぼう!~」を体験してもらうことから始まった。当日は和光大学でムーブメント教育・療法について学ぶ学生達が準備したプログラムをもとに、約30人の子ども達が参加し、受講者や保護者と共に年齢、経験、障害の有無の差を超えて、海賊になりきって活動を楽しんだ。当日のプログラムは、集団でのダンスムーブメントの後、子ども達は海賊の見習いに変身して海賊修行の地図をもらい、学生達がグループ別に考え準備した 4つのブースを親子で順に回ってもらう形式になっていた。プログラム全体を通して、「創造性・移動・社会性」を共通課題として考案した上で、さらに各々のブースに「言葉の概念・空間意識・数の概念・協応性」の達成課題がもう一つずつ追加されており、子ども達はストーリー性を大事にした展開の中で、すっかり「海賊修行」を楽しみながら様々な課題を体験できるようになっていた。受講者も実際に参加しながら、遊具を手に取って親子、学生達とかかわり、プログラムを体験した。実習体験の後は会場を移して、小林芳文が「遊びの場の魅力~ムーブメント教

育・療法のこれまでと共生の時代に期待される役割~」と題して講義し、活動の土台となるムーブメント教育・療法の背景と歴史的経緯および基礎理論を提示した。特に、ムーブメント教育・療法の中心的ゴールは「健康と幸福感の達成」であることを強調した上で、そのキーワードとして身体性(活動の中心軸)、環境性

(浸透的活動、動的活動)、遊び性(自発的、

快的)、関係性(人的、物的)、発達性(個性

的、全体的)を挙げて説明した。続いて大橋さつきが、「ムーブメント遊具の紹介とその活用法~本日の公開教室プログラム解説を添えて~」と題して、当日の公開教室の活動を振り返りながら、使用したムーブメント遊具のうち代表的なものとして10種(ビーンズバッグ、形板、ロープ、スカーフ、

ユランコ、手足型、知覚学習パイプ、スクータ

ーボード、コクーン、パラシュート)を紹介し、それぞれの活用法について具体例を加えた説明を行った。さらにムーブメント教育・療法では、「動きたくなる環境」を創るために遊具を有効に活用することを大事にしており、遊具が引き出す動きの特性を知った上で、様々なニーズに応じた活用を

「親子で遊ぼう!和光ムーブメント教室~海賊になって遊ぼう!~」の様子(2009年7月19日)。

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展開することが大事で、遊具を使うことが目的ではなく「何のために遊具を使うのか」という点を見失わないようにしなければならないと付け加えた。

【第2回:「がっこう」で、いま、ムーブメントにできること】(2009年9月12日、和光大学)

第 2 回のテーマは、「がっこう」であり、受講者の割合も学校教育の関係者が最も多かった。学校現場における活用の広がりを実感しながら、現役の小学校教諭から具体的な実践方法を教わることができ、さっそく活かしてみたいとの声が寄せられた。第 2 回の講座では、はじめに小林芳文が、「学校教育に活かすムーブメント教

育・療法~特別支援教育・体育の現場での活用を中心に~」と題した講義を行った。10年ぶりに改訂された新しい特別支援学校学習指導要領(2009年3月9日公示)

の要点を紹介し、個別の指導計画及び個別の教育支援計画が義務化されたことを強調した。ムーブメント教育・療法においては、いくつかの支援アセスメント2)

が作られており、今日の流れを予測していた支援法のプログラム3)も開発されて、学校のみならず地域、家庭、病院、療育機関で活用されている。さらに、「養護・訓練」から「自立活動」と改められた内容は、①健康の保持、②心理的な安定、③人間関係の形成、④環境の把握、⑤身体の動き、⑥コミュニケーションと設定されているが、これらの具体的な活動に既にムーブメント教育・療法の理論が活かされていることを紹介した4)。また、2006年 4 月より特別支援学校、特別支援学級、通級の指導の対象に、発達障害児の指導が位置付けられたことから、LD、ADHD、自閉症への対応を意図した取り組みが必要とされているが、ここでもムーブメント教育・療法の活用が既に報告されている5)。体育においても、文部科学省が「多様な動きをつくる運動遊び」という表現を用いたことを紹介しながら、体つくり運動、体ほぐしの運動の構成にムーブメント教育・療法における活動の蓄積が活かされ始めていると報告した。小林芳文は、文献や新聞記事などを随時紹介しながら、新しい学校教育の流れからムーブメント教育・療法への期待が増している実感を伝えた。次に、小林丈記(海老名市杉久保小学校教諭)が「特別支援教育の方向性とその

可能性を探る~ムーブメント教育を通して、子ども達の自信や学びを育む~」と題して、実践報告を行った。小林丈記は、これまで特別支援学級における支援や

──────────────────2)小林芳文『MEPA-R(ムーブメント教育・療法プログラムアセスメント)日本文化科学社、2006。

小林芳文他『MEPA-Ⅱ(感覚運動発達アセスメント)』コレール社、1992。3)小林芳文他『ムーブメント教育・療法による発達支援ステップガイド』日本文化科学社、2006。

小林芳文他『講座重度重複障害児(者)の感覚運動指導全3巻」コレール社、1992。4)小林芳文他『自立活動の計画と展開全4巻』明治図書、2001。5)小林芳文『LD児・ADHD児が蘇る身体運動』大修館書店、2001。小林芳文・是枝喜代治『新しい遊

びの動的環境によるLD・ADHD・高機能自閉症児のコミュニケーション支援』明治図書、2005。

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通常級で支援が必要な子ども達との関わりにムーブメントを活用しており、本講座では特に、2008年度海老名市内情緒障害通級指導教室において実践した活動について、映像記録を紹介しながら報告した。通常級に在籍する、LD・ADHD等の発達につまずきのある子ども達に対する学習や集団生活における支援においては、個別の対応が求められているが、今回報告された支援活動も、まずは子どもの特性を知り、それに寄り添いながらアプローチを展開していた。特に、CBCL、MEPA-Rのアセスメントを用い、子ども達の実態やストレングス(得意なこと、好

きなこと)をつかむことから始め、小集団での活動を通して「からだ・あたま・こころ」の統合的なプログラムを展開したのが特徴である。ムーブメントのアプローチを通して、個々の子どもの自己意識の確立、環境・人間関係の調整といった情動行動のセルフコントロールに注目し、継続的な支援を行った。具体的な評価に関しては、チェックリスト「EMOTIONAL CHECK OF MYSELF(試案)」を活用し、自己評価の変容を確認しており、また子どもが活動を他者と共有することができるようになり、遊具がつくり出す環境にも自分から問いかけることができるようになったと述べた。小林丈記は、これらの実践報告を通して、ムーブメントを活かした実践が環境(風景)や人との関わりを必然的に作り出し、無理のない集団活動への展開を通して子ども達の情動行動の調整につながったとまとめた。最後に、上原淑枝(川崎市立百合丘小学校教諭)が、「国語も算数も楽しく学ぶ

~教科学習に活かすムーブメント~」と題して理論と実践を紹介した。フロスティッグは、「ムーブメント教育は直接的・間接的に教科の学習に有効である」と論じているが6)、ムーブメントの理論を特別支援学級での教科学習に活かしてきた上原も、自らの経験からムーブメントを教科学習に取り入れることで、机上での学習では集中しにくい子どもも楽しく学習に取り組むことができると述べた。上原は、特別支援学級の子どもが小集団の教科学習の中で一緒に学んでいくためには、「仕掛け」が必要であると述べ、その「仕掛け」づくりに、ムーブメント教育・療法の活用が効果的であることを示した。ムーブメント教育・療法は同じ活動でもねらいをそれぞれの段階に設定していくことができ、遊具の特徴と教科学習の内容を考え、指導内容を設定していくと、子どもは「楽しい活動」を体験し、その裏で教科のねらいや個別の学習課題が達成されていく実践が可能となる。学校で実際に取り組んだ事例から、形板、ビーンズバッグ、紙皿、ロープ、手サインを使った活動を紹介した。終始、笑顔が溢れる活動の中で、受講者が子どものように真剣に数や言葉の概念を確認していたのが印象的であった。子どもが自ら「またやりたい」「もっとやりたい」という授業、「学ぶことは楽しい」と感じら

──────────────────6)マリアンヌ フロスティッグ(小林芳文訳)『フロスティッグのムーブメント教育・療法 理論と実際』

日本文化科学社、2007、p.105。

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れる時間をつくってくれるのがムーブメント教育・療法であると上原はまとめた。

【第3回:家族を支え地域で育み合うためのムーブメントの活用】(2009年10月17日、和光大学)

第 3回は「家族」、「地域」に焦点をあてた内容で、保育士や地域で子育て支援にかかわるものの参加が多く、第 2回の意見交換で寄せられた「乳幼児を対象とした活動例も知りたい」との要望に応える内容にもなって受講者の満足度が高かった。小林芳文による講義「家族支援・地域支援に活かすムーブメント教育・療法~

アセスメント法MEPA-Rの活用を中心に~」では、障害児の発達や子育て支援が家族参加型の新しい流れに移行していることと、ムーブメント教育・療法が元来家族や支援者が子どもの目線に立った場づくりとして良循環を生む活動を目指してきたこととの関連性を論じた。ムーブメント教育・療法は、従来から当たり前のように思われていた医療機関、療育機関における専門家による訓練とはやや距離を置いた、むしろそれを乗り越えていくための、子ども中心、遊びの要素を取り入れた楽しい活動、子どもが自ら参加し保護者の子育てに喜びの良循環をもたらす方法を進めてきた。今日、障害児支援を巡る取り組みには、目を見張る勢いが見られ、子育て支援事業、WHOによる障害定義の改訂、インクルージョン思想の発展なども含め、子どもの尊厳に目を向けた新たな視点からの取り組みが始まっている。小林芳文はこれらの流れを押さえた上で、自らが国内で30年以上前から取り組んできたムーブメント教育・療法による障害児支援の活動を振り返り、家族や地域を支え、その力を活かすための理念と方法論について論じた。特に、独自のアセスメント法であるMEPA-Rが、子ども中心の支援、保護者参加型の活動につながることを強調し、活用法の基本について説明した。次に、大崎惠子(ムーブメントサークルAndante 代表)が、「家族と地域をつなぐ

ムーブメント~娘の笑顔と共に~」と題して、重度重複障害の娘に「楽しさ」を味あわせてやりたいという想いからこれまで家庭や地域で続けてきた実践活動の報告を行った。大崎は、親子のスキンシップ遊びだけでなく集団遊びの経験をさせたいと、3 歳から「ムーブメント教室」に通い始め、次第にムーブメント教育・療法の視点から娘の成長を実感できるようになったという。そして、娘が地域の中で楽しく生きるためにも、人とのかかわりを多く経験させたい、育ち合う仲間づくりをしたいと考え、同じ地域に住む肢体不自由の特別支援学校に通う子どもとその家族、教師や多くの支援者と一緒に「ムーブメントサークルAndante

(アンダンテ)」を立ち上げ、地域でムーブメント活動を続けてきた。大崎が展開している親子参加型のムーブメント活動は、同じように障害を持つ子どもを育てている親同士の情報交換にとどまるだけでなく、支援者の広がり、人材育成にもつながり、家族が地域で楽しく生きるための環境を自ら作り出す取り組みへと発

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展している。さらに、家族による長年の記録MEPA-Ⅱのアセスメントデータ7)

をもとにムーブメント活動を継続してきたことが、医療や従来の訓練だけでは到底育たないほどの発達につながり、睡眠のリズムや摂食機能なども含め成人後の発達、健康維持にも効果をあげているとの見解をまとめた。次に大橋さつきが「相模原市地域子育て支援事業親子ムーブメント教室の実践

報告」として、活動の概要と実際のプログラム紹介を行った。報告された実践は、相模原市保育課、地域担当の保育士、和光大学大橋ゼミが連携で企画したプログラムで、2009年度相模原市地域子育て事業「ワン・ツー! あそぼ」親子教室として、9 月~11月にわたって、全13回、相模原市各地域で開催されたものである。市内在住の就学前の子どもとその家族が対象で、各回平均30~40組の親子が参加した。大橋は地域支援、子育て支援における「遊び」の活動支援の必要性を確認するとともに、実施する地域の「環境(人・施設・ネットワーク・地域の特性等)」を詳しく知ることが活動のレベルを上げ、繰り返し実施するプログラムが地域の実情に合わせて改善され発展していく面白さを実感していると報告した。スタッフの研修会や教室後の意見交換には、和光大学の学生達も参加しており、彼らのアイディアで改善された点もいくつかあって大学と地域の連携の意義を考える取り組みにもなった。講座当日は、共に活動に携わっている相模原市公立保育園の保育士 3名が参加しており、現場の声も添えられ、他の地域からの参加者にはよい刺激となったようである。最後に飯村敦子(鎌倉女子大学教授)が、「家庭でできる! 地域で役立つ!

音楽ムーブメントの基礎と応用」と題して豊富な実技案を提供し、受講者は楽しみながら音楽ムーブメントの理論を学ぶことができた。飯村によれば、音楽は子どもを支援する多くの場で様々な形で活用されるが、それは音楽が子どもの喜びと意欲を引き出す大きな原動力になるからである。ムーブメント教育・療法において、音楽は動きに勇気を与えるために「なくてはならない環境」と位置づけられ、音楽の役割は動きに勇気を与え、動きを引き出すことにある。しかし、音楽の使い方を一歩間違えると、子どもを型にはめ、プログラムをスムーズに進めるための手段となってしまうことにもなりかねない。そこで支援者は「このムーブメントに音楽が必要か、否か」を考え、意図的に音楽を用いることが大切であるという。音楽ムーブメントは「音楽」を柔軟に捉えることから

──────────────────7)大崎惠子・新井良保「家族支援に生かしたムーブメント法の活用事例──17年間に渡るMEPA-Ⅱの

記録を通して」『児童研究』87、2008、pp.21-29。

実技を通して体験的に学ぶ受講生たち。

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始まり、楽曲として完成された音楽や楽器の音だけでなく、身体を動かすことや遊具を活用して作り出す音など、これらを広い意味での音楽として捉え活用することにより音楽ムーブメントを豊かに展開することができると説明した。そして、どのように音楽や音を用いるか、その答えを得るためのヒントは「何のために音楽を用いるのか」を考えることであり、これにより「いかに音楽を用いるか」が見えてくると加えた。受講生は実際にムーブメント遊具や紙コップ等の身近なものを使っての実技を通して、動きのリズムと音楽のリズムが一致したとき「動きに勇気を与える音楽の活用」が可能になることに納得していた。

【第4回:共に生きる場を創る~ムーブメントの未来にむけて~】(2009年11月14日、和光大学)

最終回となる第 4回は、受講者と共にムーブメント教育・療法のこれからの可能性をあらためて考える内容となった。最初に、小林保子(東京福祉大学短期大学部教授)による報告「遊びの活動を活

かした乳幼児・障害児支援の実際~町田・相模原地域の情報からアメリカの最新情報まで~」が行われた。乳幼児や障害児にとって遊びは発達の重要な要素であり、身近に多様な遊びの経験ができる環境を提供することが地域に求められている。小林保子は、町田市の特別支援学校や相模原市の療育施設で発達支援や余暇支援の活動に長年関わってきた経歴を持ち、それらをもとに事例を紹介した。一つ目は公立の療育センターにおけるムーブメント療育を用いた親子支援の事例、二つ目は小児科クリニック併設の子育て支援の取り組み、三つ目は「重い障がいがある子どもの卒後を考える会『きらり』」の余暇活動の取り組みである。これらの活動の事例から、地域における活動が子ども本人、並びに保護者を含む家族にとっていかに重要な支援につながっているのかを説明した。また、今後の地域のあり方を検討する上で参考になると思われる米国の発達支援、余暇支援の活動の「現状」について、具体的なウェブサイトや映像資料を提示しながら紹介した。続いて、和光大学の学生達による研究グループ遊

あそ

び種ぐさ

~たんぽっぽ~が「共に存在し合う場をつくるドラマムーブメントの可能性~和光ムーブメント教室の実践をもとに~」と題した活動報告を行った。過去の研究活動を経て、今年度は

「共に存在し合う場を創るドラマムーブメントの可能性~和光ムーブメント教室の実践をもとに~」という研究テーマに辿りついた経緯を説明した。そして、これまでの活動を通して、あらためてムーブメント教室の参加者とは子ども達だけではなく、自分達学生や親も含め、その場に居る全ての人達のことを指すのだと実感していること、またその参加者全てが「楽しい」と思える環境づくりを目指してプログラムを考案することが重要であると述べた。ムーブメント教室での取り組みにおいて、子ども達に対して自らの立場を「支援者」という意識で捉える前に、自分自身もその場に「居る」ことを認めてもらうことの嬉しさや「存在し

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研究プロジェクト:子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくり── 111

合う」ということの喜びを実感できたことが活動のきっかけとなっており、学生ならではの視点や発想には、受講者からも期待の声が寄せられた。次に、本講座の主催となる「2009年度和光大学教育重点充実事業『包括的共生

概念の構築』」の代表を務める野中浩一(和光大学教授)からは、「包括的共生概念構築の試みから見えてきた『遊びの場づくり』の意義」と題した報告がなされた。和光大学の身体環境共生学科では、2009年度の教育重点充実事業として「包括的共生概念の構築の試み」を展開してきた。「共生」とひとくちに言っても、それが対象とする範囲は広く、多様な領域を包含する学科が目指すものを再確認するために、研究会やシンポジウム8)を開催してきた。野中によれば、これらの試みを通して議論されたことは以下のように要約される。「共生」に「学」という言葉をつけようとすると、なかなか素直に受け入れられない側面も浮かび上がってきた。一つは、共生が学であるとするならその基盤になる共通の論理的方法論があるのかという疑問、もう一つは、第二次大戦中の

「共生共死」というスローガンが象徴しているように、「共生」という言葉が歴史的に「負の接着剤」として使われてきたことからくる懸念あるいは不信感である。人との共生では、相手が見えていること、つまり直接体験できる範囲にあって互いの「こころ」が感じられることが不可欠ではないかという提起、共生学の核心には「いのち」があるべきで、それはつねに「ゆれ動く」存在であるという指摘もなされた。いのちはまた、揺れ動く「游」(水にゆらゆら浮かぶ子どもの様)に結びつけられもしたし、「ひとりで、ひとりでに」というのも、いのちの本来の姿のためには重要な要素となる。こうしたいのちを尊重した取り組みを「いのち共生学」と名づけたい。ただ、異質ないのちが身近に見えているだけでは、共生にとっては不可欠であっても出発点にすぎない。そして、野中は「包括的共生概念の構築の試み」から見えてきたムーブメント

教育・療法による「遊びの場づくり」の意義について、まさにいのちの発露を生む「共生の場づくり」でもあると述べ、最後に次のようにまとめた。共生が動的なものであるなら、何らかのはたらきかけとそれに対する反応が不

可欠になる。今回の連続講座がとりあげた種々の場での試みは、共生の出発点から貴重な一歩を踏み出している。もはやそれは「理念」だけではなく、具象である。それが目指すものが単なる指導的介入でなく、「ひとりでに」を引き出すための環境づくりであることも「いのち共生学」に通じる試みである。子どもたちだけでなく、高齢者をはじめ多くの人たちに有効であることにも大きな可能性を感じさせる。第 4 回講座の小林芳文の講座は原点に立ち戻り、「個を活かし集団を育むムー

──────────────────8)2009年11月1日に開催されたシンポジウム「包括的共生概念の構築に向けて──共生は胡散くささを

乗り越えられるか」の詳細については、和光大学現代人間学部『現代人間学部紀要』vol.3(2010年2月発行)に掲載される予定である。

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ブメントの場~いま、あらためて、フロスティッグの理論を読み解く~」と題された。まずフロスティッグの教育理論をより理解するために、その生い立ちから紹介した。フロスティッグが重視してきた想いを共有することで、これまでの講座で確認した様々な方法論のより深い理解につながったようである。特に、小林芳文が強調した「支援の方法を考えるとき、『いかに』は『何を』と同じほど大切である」という言葉には、多くの受講生が頷きながら聞き入っていた。また、紹介したフロスティッグ理論がWHOのICFに見られるような「環境─人間相互システム」の先取りとして、そのあり方に大きな一石を投じていると論じた。これまで 3回の小林芳文の講義は、主に障害児支援におけるムーブメント教育・療法の活用について語られることが多かったが、改めてフロスティッグの理論を読み解いた第 4回では、講座テーマ「未来にむけて」に沿って、今後ムーブメント教育・療法の活動が障害児のみだけでなく、心の支援を待っている子、自信(自己

肯定)のない子、活動意欲が乏しい子、情緒の豊かさをうまく表現できない子など、様々な子ども達の支えとなるに違いないとまとめた。最後に、大橋さつきが実技「こころが踊る・からだが遊ぶ・みんなで創る!~

ダンスからドラマ・ファンタジーへ~」を担当した。ダンスムーブメントの基本構造や発展のためのポイントを説明した後に、「歩く」という動きのバリエーションを増やしていくことの体験を事例としながら理解を深めた。例えば二人で並んで歩くのと背中合わせで歩くのでは、共同空間における経路は同じでも二人の身体を基準とした方向性は違ってくる。また、動きの質(強い - 弱い、速い - 遅い

……)をアレンジすることでも「歩く」表現は何通りも生まれてくるし、環境(遊具、他者、他の分野、空間)とのかかわり方を工夫すると、新しい動きに発展する。ダンスやドラマの要素を活かした創造的なムーブメントプログラムは、イメージをふくらませることで意識・知覚・記憶・感情・思考・行動の各レベルを統合し、あらゆる身体操作能力、調整力を盛り込むことができる。そのことを受講者全員が実際に動き、互いを観察し、表現を楽しみながら、「身体で知る」ことができたのは有意義であった。最後は、受講者全員が各々の願いを込めて花の種を植え、風を起こし、空気を温め、花を咲かせるというストーリーを即興的に表現し、皆で共に場を創る体験を分かち合った。

(3)「遊びの場づくり」の必要性と大学の役割アンケートや質疑応答から見えてきたこと

本講座には、教員、保育士、療育施設職員、子どもを対象とした活動に携わる者、保護者(親子)、他大学学生など、様々な方の参加があり、その多くは和光大学周辺の地域(町田市、相模原市、川崎市、横浜市)からの参加であった。山形県など遠方からの参加者もあった。受講者のアンケートによると、講座の満足度は高くさらなる講座開催を希望する声もあって、様々な現場で「遊びの場」が必

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研究プロジェクト:子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくり── 113

要とされており、その「場づくり」のために役立つ知識や具体的な実践法の普及が急がれていることが確認できた。また、地域の人々が大学に足を運び、研究者や学生と共に学び意見を交わすことで互いに新たな発展があり、今後、地域との連携に向けて大学が果たすべき役割について、その方向性を定めるに相応しい講座となった。本講座のサブタイトルは「共に生きる、共に育み合う、そのための場を共に創る」とあるが、これまで和光大学から発信してきたムーブメント教育・療法は、地域と共につくり、共に発信していく、新しい段階に挑戦すべき時期を迎えたと言えよう。

4──今後の課題と展望

本稿で報告してきた取り組みを基に、ムーブメント教育・療法に携わる者と関連分野の研究者で発足した研究プロジェクト「子どもの育成支援を巡る遊びの環境づくりに関する実証的研究──大学と地域の連携による包括型プログラムの活用を中心に」(代表:小林芳文)が、2010年度和光大学総合文化研究所の研究プロジェクトとしてスタートする。この研究プロジェクトは、子どもの育成支援のための活動のあり方を「遊びの環境づくり」という視点から考察することを目的としている。特に、和光大学と地域との連携を活かした既存の実践活動を中心に検証し、それらを活用しながら様々なニーズに対応する包括的なプログラム案を具体的に提示することを目指している。子どもの育成支援のために遊びのプログラムを開発するにあたり、二つの視点がある。一つ目は、分担研究者らが既に和光大学を拠点に実践している遊びの活動9)をもとに、施設・遊具・自然環境・人材・組織・ネットワークなど、大学や地域の様々な「環境(資源・財産)」を活かし、それらの潜在力を高め、連携を強化するためのプログラム開発を目指す点である。二つ目は、分担研究者らの専門分野を活かし、特に支援を必要とする子ども達に対して「対象別・目的別の支援」のあり方を研究した上で、最終的には様々な子どものニーズに対応し、一人ひとりの個性が共に発揮できる楽しい「包括的な」プログラムを提示しようとする点である。この研究プロジェクトは、これまでの取り組みを活かし、今後大学を拠点に地域や家族を支援する「遊びの環境づくり」のモデルケースとして発展する可能性を持っている。

[こばやし よしふみ/おおはし さつき]

──────────────────9) 調査対象となる既存の活動には、次のようなものがある。「和光大学親子ムーブメント教室」(障害

児の参加も含む)/地域子育て支援事業、コンソーシアム主催事業における学生の出張ムーブメント教室/児童館と学生との連携による子ども球技大会・キャンプ体験/親子を対象とした野外活動プログラム(山遊びと絵本の読み聞かせ、ピザ作りの体験)/市民参加型の表現遊びワークショップなど。