建築物の言語描写における<風>の多義性sesim.web.nitech.ac.jp/specialty/thesis/h23/simu/simu...平成23...

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平成 23 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集 都市シミュレーション工学分野 建築物の言語描写における<風>の多義性 学籍番号 22413523 氏名 岡本 知也 指導教員 北川 啓介 准教授 【はじめに】 人は,快適な生活を営む手段として建築 の中に風を取り入れてきた.また,風に風情を感じ, 土地の文化を育んできた.このように,風を生活に必 須としながら,時に拒絶してきた.特に現在は建築の 形式が自然の風を遮断し,建築設備の発達を促したと いえる.このように建築をとりまく風は多様に変化し てきた.そこで本研究では,設計者の言語描写におけ る風の多義性を明らかにすることを目的とする. 【研究対象】本研究では,建築専門誌『新建築』を 研究資料とする.1950 年から 2010 年までを対象期 間とし,設計者自身の作品解説文の中で,気体の流 動,滞留が描写された 1,789 事例を対象とする. 【研究方法】気体の流動,滞留により生じる現象を <風>と定義し,研究対象から<風>を表現する語 を<風>の種類,<風>の性質・状態を表現する句 を形容句,<風>の動作・作用を表現する句を作用 句として抽出する.同時に<風>を誘起する空間の 領域を抽出する.形容句と作用句と領域は,<風> の種類と組み合わさることで,<風>の意味を決定 づける要素である.各要素を分類した上で,コレス ポンデンス分析により相関を整理する.次に<風> と空間の領域の形式を整理し,<風>がどのような ものとして捉えられるかを考察する. 【形容句と<風>の種類のコレスポンデンス分析】 コレスポンデンス分析により相関を整理した結果 (図1),〔硬軟〕は【空気】と組み合わさり,「隙間 からのやわらかい空気を感じる」という描写から, <風>の物性を捉えている.これらは実体として扱 う<風>を表現している.〔快適〕は自然に存在する 【風】と組み合わさり「心地よい風が内部に吹き込 む」などの描写から,<風>が感情に影響を与えて いる.これらは,人の心情に作用する<風>を表現 している.〔広狭〕は【風】と組み合わさり,「隅々 まで風をいきわたらせる」という描写から,無形の 風が空間に行き渡る様子を表現している.これらは 空間と比較する<風>を表現している. 【作用句と<風>の種類のコレスポンデンス分析】 コレスポンデンス分析により分類の相関を整理した 結果(図2),[消失]は【空気】と組み合わさり, 「淀んだ空気が消えた」という描写から,<風>が 自らの印象を自在に強弱する様子を捉えている.こ れらは,主体的にふるまう<風>を表現している. [対応]と【風】が組み合わさり,「厳しい風に対処 する」という描写から,<風>の影響に応じた空間 を形成する様子を捉えている.これらは,空間と環 境を調整する<風>を表現している. [連続]は【風】

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Page 1: 建築物の言語描写における<風>の多義性sesim.web.nitech.ac.jp/specialty/thesis/H23/simu/simu...平成23 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集

平成 23 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集 都市シミュレーション工学分野

建築物の言語描写における<風>の多義性

学籍番号 22413523 氏名 岡本 知也

指導教員 北川 啓介 准教授

【はじめに】人は,快適な生活を営む手段として建築

の中に風を取り入れてきた.また,風に風情を感じ,

土地の文化を育んできた.このように,風を生活に必

須としながら,時に拒絶してきた.特に現在は建築の

形式が自然の風を遮断し,建築設備の発達を促したと

いえる.このように建築をとりまく風は多様に変化し

てきた.そこで本研究では,設計者の言語描写におけ

る風の多義性を明らかにすることを目的とする.

【研究対象】本研究では,建築専門誌『新建築』を

研究資料とする.1950 年から 2010 年までを対象期

間とし,設計者自身の作品解説文の中で,気体の流

動,滞留が描写された 1,789 事例を対象とする.

【研究方法】気体の流動,滞留により生じる現象を

<風>と定義し,研究対象から<風>を表現する語

を<風>の種類,<風>の性質・状態を表現する句

を形容句,<風>の動作・作用を表現する句を作用

句として抽出する.同時に<風>を誘起する空間の

領域を抽出する.形容句と作用句と領域は,<風>

の種類と組み合わさることで,<風>の意味を決定

づける要素である.各要素を分類した上で,コレス

ポンデンス分析により相関を整理する.次に<風>

と空間の領域の形式を整理し,<風>がどのような

ものとして捉えられるかを考察する.

【形容句と<風>の種類のコレスポンデンス分析】

コレスポンデンス分析により相関を整理した結果

(図1),〔硬軟〕は【空気】と組み合わさり,「隙間

からのやわらかい空気を感じる」という描写から,

<風>の物性を捉えている.これらは実体として扱

う<風>を表現している.〔快適〕は自然に存在する

【風】と組み合わさり「心地よい風が内部に吹き込

む」などの描写から,<風>が感情に影響を与えて

いる.これらは,人の心情に作用する<風>を表現

している.〔広狭〕は【風】と組み合わさり,「隅々

まで風をいきわたらせる」という描写から,無形の

風が空間に行き渡る様子を表現している.これらは

空間と比較する<風>を表現している.

【作用句と<風>の種類のコレスポンデンス分析】

コレスポンデンス分析により分類の相関を整理した

結果(図2),[消失]は【空気】と組み合わさり,

「淀んだ空気が消えた」という描写から,<風>が

自らの印象を自在に強弱する様子を捉えている.こ

れらは,主体的にふるまう<風>を表現している.

[対応]と【風】が組み合わさり,「厳しい風に対処

する」という描写から,<風>の影響に応じた空間

を形成する様子を捉えている.これらは,空間と環

境を調整する<風>を表現している.[連続]は【風】

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平成 23 年度創成シミュレーション工学専攻修士論文梗概集 都市シミュレーション工学分野

と組み合わさり,「パブリックからプライベートへ移

行が風と共に緩やかになる」という描写から<風>

による空間認識の補助を捉えている.これらは,空

間において活動を導く<風>を表現している.

【<風>の領域効果】以上の分析結果をもとに20の

多義性を導出した(図3).そして,各領域形式にお

いて<風>の領域効果を整理した(図4).形式ⅰで,

Aは視覚効果を与える<風>が{ファサード}に日

没の色彩を映し,Gは繰り返す<風>が建物を老朽

化させ,土地の様子を体現していた.このように,

<風>が空間の経時変化を印象付けることから,領

域を包囲する<風>は,独自の時制を持たせ空間の

様相を強調し,時間の変化を認識させているといえ

る.また形式ⅱで,Lは上下階の温熱効果を利用す

ることでそれぞれの生産活動を促進し,Rは室内外

の移動時に外の<風>を感じることが休息をもたら

していた.このように,領域要素同士を関係付ける

<風>は,空間の物性を変化させ,休息や生産活動

を促進しているといえる.形式ⅲで,Dは建物全体

に張り巡らせた<風>が湿度を取り除き,Eは美術

館や劇場の静寂を保護し,周囲の喧騒を断ち切って

いた.このように,領域要素同士を結合要素の介在

によって関係付ける<風>は,活動を保護し,空間

の機能を維持しているといえる.

【結論】風は,感覚で捉えることで不可視な領域や

機能となり,実体として扱うことで建築物の外形や

固有性として表出していた.また,感覚を想起し,

活動を誘導する風から,建築物が活動を導く風へと

移り変わっていた.このように,風が活動を誘導す

る際,不可視な風の性質が人の感覚に作用していた.

そして,風と関わる領域の変化によって空間への認

識を操作し,人の活動に差異をもたらすことが明ら

かとなった.以上より設計者は,風が存在する領域

を捉え,建築物と人の活動の両者間において,風の

主体性を位置づけることによって,空間の領域への

意識を顕在化し,空間を創出している.