紫外線表面改質技術とhd磁気記録メディア潤滑剤の付着改善...
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1IDEMA Japan News No.78
技術委員会 ヘッドディスク部会 (07.02.09) ワークショップより
紫外線表面改質技術とHD磁気記録メディア潤滑剤の付着改善
菊池 清(セン特殊光源)
1 .はじめに
紫外線表面処理技術は、固体表面の接着力向上と有機性汚染(油性)の洗浄効果の二つの効果がある。
1980 年代初に液晶テレビを代表とするガラス洗浄に採用されてから、実用化が著しく進んだ。改質技
術の方は、1980 年初に工技院・製品科学研究所(現在の産総研)が汎用樹脂のポリプロピレン (PP)
の接着力を、有機塩素系光増感剤を使う紫外線照射により向上させる技術を開発し 1)、対象が大量に
使われている汎用樹脂の PP であったので、一時期、プラスチック業界の注目を大きく集めた。
いち早く当社は日産系の車体塗装企業に製品科学
研究所の技術を応用した紫外線塗装前処理装置の
納入に成功した(図 1)が、残念なことに間もな
く有機塩素系溶剤の使用が環境規制により規制さ
れたので、光増感紫外線照射技術の実用化は一時
頓挫した。洗浄の世界はその後も発展を続け、特
に液晶テレビの製造分野における利用が突出して
いる。アメリカ生まれであるが日本で育った液晶
表示素子のお陰で、日本国内の短波長 UV 光源の性
能は急速な進歩を遂げ、あまり知られていないが
今では世界のトップクラスに成長している。最近
は電子製品の高精細化が進み、電子回路基板などのラインスペース (LS) 寸法が微細化が進んでいる。
従来の全ての改質技術は表面に数μ m の腐食孔を作る。これまではその無数の腐食孔が、接着力向上
に貢献してきたが、LS サイズが 10 μ m を下回るとき、腐食孔ピット面が電子回路の絶縁性や高周波
特性の障害となる。紫外線照射技術は腐食を起こさず、処理材の平滑面を損なわない。この特長のお
陰で 2003 年頃から、紫外線技術は先端製品を作る企業から注目されるようになった。この技術にた
いする市場の関心の高さは、フィルム基板に関わる紫外線技術の特許出願や研究発表の増加に現れて
いる 2)3)。HDD の磁気記録メデイアの潤滑膜を紫外線で処理できることは、1990 年前後から言われ始
めた 4)5)。当社は 1994 年に国内の HDD メーカーに潤滑膜処理のための紫外線照射光源を出荷したが、
採用したのは一社のみであまり進展しなかった。それが 10 μ m を下回る回路基板の処理に紫外線装
置が多く出荷され始めた時期に呼応して、潤滑膜形成工程における UV 技術の採用が、グローバルに
進展しはじめた。
2.表面改質技術の概要
高分子材は表 1 に示すように、一般にセラミックスや金属に比べ「ぬれ性」が低く、接着が困難な
ので膜形成や接着加工には表面改質を必要とする。金属でもステンレスや金のように難接着性のもの
はあり、用途によっては改質を要する。
現在では表2に示すような十指を超える改質技術が利用されている。表面処理による接着力向上は、
次に述べる二つの効果と一つの二次効果に依存する。
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1)表面の腐食凹凸面のアンカー効果
被着体表面に腐食や物理的力で凹凸面を作り、そのアンカー
(錨)効果に依存するもの。サンドブラスト法・クロム酸混液処理・
コロナ放電処理が良く知られている。
2)極性をもつ親水性官能基の水素結合
電気的極性を持つ親水性官能基を表面に形成し、それが示
す水素結合に依存する。サンドブラストを除く主要な処理法
は、両方の効果を併せ持つ。
3)高清浄面の安定化効果
接着力を向上させる力はないが、有機化合物の油性汚染層が
作るソフト接着層を除去して、界面を直接接触させ、安定し
た接着力を担保する洗浄効果。紫外線照射法とプラズマ法が
その代表である。
紫外線照射技術は官能基の生成と洗浄の二つの効果を示す。
ミクロンスケールでは唯一表面を腐食しない工法である。現在、
紫外線照射技術は種類が増えて、次に示すように四種に分類される。
① UV オゾン法 ------------------------ 代表的紫外線照射技術で表面改質と洗浄。
② 光オゾンアッシング法 ----------- 回路基板のフォトレジスト残渣の灰化除去。
③ 光増感紫外線照射法 -------------- 難改質材の表面改質や回路の直接描画。未来技術。
④ オゾンフリー紫外線照射法 ------ HD メディアの潤滑剤ボンディングなど、特殊用途。
UV オゾン法は紫外線技術の中で最も普及している工法である。光源は紫外線ランプだけであるが、
紫外線が生成するオゾンを併用して相乗効果を利用する。オゾンも主役を務めるので、UV オゾン法と
呼ばれる。オゾンフリー紫外線照射法は UV オゾン法とは逆に、対象表面の雰囲気からオゾンを除く。
オゾンは高い酸化力を持つので、被処理体に障害になることもある。そのような場合は窒素パージな
どによってオゾンガスの生成を防ぐ。磁気記録メディアの潤滑剤ボンディングは代表例。
4.分子結合と紫外線のエネルギー関係
分子結合は結合エネルギーより高いエネルギーを与えられると、解離の可能性が生じる。しかし物
質は固有のエネルギー吸収特性を持つので、エネルギーが高いほど分解能が高い訳ではない。例えば
オゾンガスは最大吸収スペクトルが 250nm 近くにあり(Hartley 帯)、それより波長が長くても短く
ても吸収率が下がる。対象の光吸収スペクトを知ることは、改質設計をする上で貴重な情報となる。
表 3 は紫外線の波長領域と区分と UV 光のエネルギーを示す。UV-A の紫外線は有機物の合成に効果を
示すので、化学線とも呼ばれる。UV-B の紫外線は生体と良く反応する。UV-C の紫外線のエネルギーは、
有機化合物の分子結合のエネルギーと同一水準か若しくは上回っている。この UV のエネルギーと有
機化合物の結合エネルギーの近縁関係が、短波長紫外線に特異な能力を与えている源泉である。
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5.表面処理に使われる光源
表面処理には UV-C 区分の紫外線が必要である。被処理体は平面又は立体であることが多いので、
平面光源を形成できることも条件になる。そのため現在は低圧水銀ランプが主に使われ、Xe エキシマ
ランプがそれに続く。表 4 に低圧水銀ランプ、Xe エキシマランプ、高圧水銀ランプの発光波長とその
エネルギーを示した。低圧水銀ランプの 185nm や Xe エキシマランプの 172nm 線のエネルギーは、C-H
結合はもちろん C-F 結合よりも高いので、表面改質の効果がある。低圧水銀ランプの 254nm 線はオゾ
ンに特異的に吸収され、活性酸素原子を生成して表面改質を促進する。高圧水銀ランプは発光波長が
長く、発光管の管壁温度が 7- 800 度と高いので、表面改質には使われない。
6.UV とオゾンによる親水性官能基の形成
有機化合物の C-H 結合が解離されると、水素原子は軽い
ため容易にそこから抜け出る。そこに酸素が反応すると、
O 原子に富む官能基(ラジカル)が形成される。富酸素ラ
ジカルには極性があり、親水性が高く水素結合力を示し接
着力を向上させる。 固体表面に形成される酸素リッチな
官能基(ラジカル)は、X 線光電分光(XPS)や IR スペク
トルなどで解析出来る。図 2 は液晶ポリマー (LCP) の表面
を低圧水銀ランプで 3 分間照射した時の C1SXPS スペクトル
である 6)。 UV 照射により一価のカルボキシル基(-C(O)OH)
などに起因するピークが新たに発現しており、特に二価の
カルボニル基(>C=O)が多く導入されている。実験に用い
られた卓上型照射装置の写真を図 3 に示す。光源は 200W
ランプ (EUV200WS-60) を 3 本搭載している。
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7.紫外線処理の平滑面と旧来法の腐食面
従来の表面処理法は表面にミクロンオーダーの「くぼみ」を無数に作って粗面化するが、紫外線照
射法はミクロンスケールでは表面を腐食させない。その事を示すため、メッキの世界で最も広く使わ
れている ABS 樹脂を用いて、無水クロム酸混液処理と UV オゾン法で処理をした表面の観察を行った。
接着力に関わる表面エネルギーは「ぬれ試薬」7) を使って評価した。無処理の ABS 基板のぬれ張力は
40mN/m 以下であったが、無水クロム酸混液処理と UV オゾン
処理を、共にぬれ張力が 60mN/m になるように基板に施した。
表面の状態は3,000倍の SEM 画像で評価した。図4は無処理、
図 5 は UV オゾン処理、図 6 は無水クロム酸で処理をした ABS
基板の表面画像である。UV オゾンで処理をした表面は、無処
理のものと変わらない平滑さを保っているが、無水クロム酸
で処理した表面は、数μスケールのピットで表面が覆われて
いる。回路の L/S サイズが 10 μ m を下回るとき、この腐食面
が障害となる。
8.HD 磁気記録メディアの潤滑剤ボンディング
ハードディスクドライブ (HDD) の磁気記録メディアは、高速回転するディスクとヘッドのクラッシ
ュによって起こる損傷を防ぐために、表層の保護膜 (DLC) の上に潤滑剤が塗布されている。潤滑剤は
一般にパーフルーロポリエーテル (PFPE) が使われ、1 ~ 2nm の薄膜を形成している。潤滑剤は高速回
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転によって飛散しないように、適度な強さで付着させることが必要で、これまでは熱処理が施されて
きた。熱処理は 150℃で 20 分処理しても、膜厚は紫外線の 4 分の 1 程度である。紫外線照射技術の
処理時間は数十秒と短く、近年、紫外線の実用化が進んでいる 8)。紫外線の効果は潤滑剤が持つ官能
基の種類とその有無の影響が強い。そこでベンゼン環を官能基としてもつ Type A、水酸基を官能基
としてもつ Type B、それに官能基を持たない Type C の潤滑剤を UV で処理して比較した。その結果
を図 7.8.9 に示す 9)。試験ははじめに潤滑剤をディップ方式で塗布した。共通して 3nm 弱の膜厚が得
られた。それに窒素パージ雰囲気で、185nm と 254nm の UV 光を照射。潤滑剤の付着性は溶剤リンスし
た後の残存量を指標とした。官能基を持たない Type C には効果はなかったが、官能基を持つ潤滑剤、
特に Type A に高い効果があった。照射時間を延ばすとボンデイング効果が落ちるが、これは接着の
世界で良く知られている接着体が互いに持つ表面張力のずれの拡大が原因である。接着が一番強くな
るのは、被着体と接着剤が持つ表面張力(表面エネルギー)が等しい時、更に厳密に言えば、それら
の極性成分、非極性成分とも等しく界面張力がゼロになるとき、最大の接着力が得られる 10)。したが
って過剰な処理は接着力を低下させる。
9. 今後の展望
電子製品の高精細化に伴って、改質処理によって生じる粗面が製品の障害となる事例が増えている。
紫外線照射技術は、マイクロスケールでは面を粗化しない唯一の技術であろう。しかも UV-C 区分の
紫外線エネルギーの値は赤外線より一桁以上高く、ピンポイントで分子結合に働きかける。元々官能
基を持つハードディスク潤滑膜も、紫外線照射によって更に短時間で官能基が活性化される。紫外線
による潤滑膜のコントロールは、今後の大容量化と小型化が進む HDD の有用な技術に育つことを期待
する。
引用文献
1. 工技院 , U.S. Patent, 4,853,254(1989)
2. ジャパンゴアテックス (株 ), 特開 2003-321656
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3. 東海ゴム工業 , 奥野製薬工業,特開 2004-186661
4. G. H. Vurens, C. S. Gudeman, L. Judy Lin, and J. S. Foster, Langmuir, 8(4), 1165-1169
(1992)
5. David D. Saperstein, L. Judy Lin, Langmuir, 6(9),1522-1524 (1990)
6. 寺本和良 , 材料技術 , 14, 283-287(1996)
7. JIS K 6768: プラスチック及びシートのぬれ張力試験方法
8. 小林永芳 , 若林明伸 , トライボロジー , 234(2), 47-49 (2007)
9. 山川栄進 , 木内克己 , 北本善透 , 関一幸 , 石田祥二,応用磁気学会予稿 , Oct. (1993)
10.畑敏雄,日本接着協会誌,18, 420-429(1982)