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発明と産業 の発展の連 関を考える 機械学会関西支部シニア会交流サロン(2011年12月9日)にて 中西 重康 From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen” 蒸気機関の発展と産業革命

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発明と産業の発展の連関を考える

機械学会関西支部シニア会交流サロン(2011年12月9日)にて

中西 重康From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

蒸気機関の発展と産業革命

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初めに

『Watt=蒸気機関=産業革命』の図式はわが国ではお馴染みのものであるが、近年の研究ではこれが根底から覆されていると言って良い。

Wattが偉大な技術者であることは否定できないが蒸気機関の真の発明者はNewcomen であり、蒸気機関が完成体となる上で、Wattの改良は偉大ではあるが、決定的ポイントではない。

また、蒸気機関が産業革命の進展に寄与した度合いはそれ程大きくなく、逆に産業革命が蒸気機関を育て上げたと言うのがふさわしい。

産業革命の真の姿とともに蒸気機関が歩んだ道を論じ、産業の発展と技術の関係を考えるための手掛かりの一つを提供したい。

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蒸気機関の発達に関する基本的文献

• John Farey; A Treatise on the Steam Engine, Vol. I, David & Charles (1827) ; Vol. II, David & Charles (1971);初期の蒸気機関の図はこれが元になっている

• H. W. Dickinson; A Short History of the Steam Engine, Cambridge University Press (1938)

[邦訳:山川敏夫;蒸気機関発達史、伊藤書店(1944)] 通史として定評あり。著者はWattの評価付けを決定的なものとした

• L. T. C. Rolt and J. S. Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen, 2nd Print, Landmark Pub. (1977);RoltはNewcomenとTrevithickの地位を確立した

• Asa Briggs; The Power of Steam, Sheldrake Publishing Ltd. (1982);ヴィクトリア朝の蒸気機関全盛時代までの流れをうまく概括している

産業革命についてはT. S. Ashton; The Industrial Revolution, 1760-1830, Oxford University Press (1948)[邦訳:中川敬一郎;産業革命、岩波文庫(1973)]が有名だがあまりにも古い。比較的新しい概説として河野健二;西洋経済史、岩波全書(1980)の第6章が比較的穏当であろう

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「最初の産業革命」は何時のことか

ブリテンすなわちイギリス(ほぼイングランド)において生まれたとされる最初の産業革命は、諸説あるが1760~1840年くらいをその研究の対象期間としている

諸家の説Arnold Toynbee(1880/1) :1760年から約半世紀J.U.Nef(1934) :16世紀半ばから19世紀末J.A.Schumpeter(1939) :19世紀第2四半期T.S.Ashton(1947) :1760~1830年W.Rostow(1960) :1783~1802年(take-off説)[Asa Briggs(1959) : 1783~1867年(改良の時代)]

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産業革命を取り巻く歴史的背景1666年 ロンドン大火 [チャールズⅡ世:1660~85]1688年 名誉革命 [ジェームズⅡ世:1685~88]1694年 イングランド銀行設立 [ウィリアムⅢ世・メアリーⅡ世:1689~1702]1702年 スペイン継承戦争への参戦 [アン:1702~14]1707年 イングラドとスコットランドの合同スチュアート王朝からハノーヴァー王朝へ [ジョージⅠ世:1714~27]

1720年 南海泡沫事件1739年 対スペイン戦争開戦、オーストリア継承戦争へ1745~46年 ジャコバイトの乱 [ジョージⅡ世:1727~60]1756~63年 7年戦争(植民地争奪戦争); 1757年 インドで英国覇権確立1775~1783年 アメリカ独立戦争 [ジョージⅢ世:1760~1820]1789年 フランス革命勃発; 1793年 ルイ16世処刑1793年 第1次対仏大同盟;1799年 第2次対仏大同盟;1802年 対仏戦争終結1804年 ナポレオン皇帝即位;1805年 第3次対仏大同盟、トラファルガー海戦1811/2年 ラッダイト運動 [リー ジェント時代:1811~20]1815年 穀物法制定;ナポレオンの百日天下;ウィーン議定書1833年 工場法制定 [ウィリアムⅣ世:1830~37]1838年 チャーチスト運動始まる

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産業革命からヴィクトリア時代へ1808年 Henry Bell 、イギリス沿岸航路で蒸気船の商業的運行1819年 James Watt死去;神格化は蒸気時代になってから1830年 Liverpool ・ Manchester 鉄道開通1837年 ヴィクトリア女王即位(在位:1837~1901)1837年 Sirius号とGreat Western号、蒸気機関のみで初めて太

平洋横断;1819 年の Savannah 号はほとんど帆走による1840~1842年 アヘン戦争1846年 穀物法廃止;自由貿易の流れ1846~47年 アイルランドの馬鈴薯凶作1851年 Great Exhibition(ロンドン大博覧会)1854~56年 クリミア戦争1861~65年 アメリカ南北戦争1868年 明治維新1871~73年 岩倉使節団

ヴィクトリア朝はイギリスの全盛時代であったが、実際には産業革命の遺産の食い潰しの上に築かれたとの見解が有力

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From”Watney;The Industry Revolution”

1851年の

ロンドン大博覧会

水晶宮への女王夫妻の到着

工作機械の展示

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イギリスの人口の推移

England and Wales Scotlandc.1520 2,500,000c.1600 4,100,0001700 5,135,000

1750 6,041,0001801 9,061,000 1,625,0001851 17,983,000 2,896,0001901 32,612,000 4,479,000

青山ほか(編):イギリス史研究入門(1973)など

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「最初の産業革命」はRevolution ではなかった

Rostowによる産業の発展段階説による発展段階:

第1段階:商業革命(17世紀開始)

第2段階:農業革命(18世紀早期に開始)

第3段階:交通革命(18世紀後半)

第4段階:産業革命

しかし、Revolutionとみなせる飛躍的変化はいずれの段階にも見られず、すべての分野でInnovationが事態の進行に対応して継続的に進行し、同時発展を遂げていた

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商業の発展

• イングランドは16世紀までは後進国といってよい状態であったが、17世紀より植民地開発などで貿易が促進、国内の諸産業、商業活動が活発化した

• 王政復古から独立戦争頃までの繁栄を「商業革命」と呼んでいるが、「革命」自体は存在せず

• 商業の進展は様々な制度確立を伴いつつ進化し、また諸種の事業、企業に対して投資する資本が曲がりなりにも調達でき、これが「産業革命」を含むすべての革命を可能とした

• 金融面でも紙幣の発行権の制限、少額貨幣の逼迫などいろいろの不備はあったものの、経済の発展に対応して進化していった

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農業の発展

1700-60; 1715~1750年は豊作 1760-80 1780-1801 1801-310.24 0.13 0.75 1.18

イギリスの農業の成長率推定:年率%

Britain 17.5 Germany 7.5France 11.5 Sweden 7.5Belgium 10.0 Russia 7.0Switzerland 8.0 Italy 4.0 Bairoch:1965

1840年の農業の労働生産性:男性農業労働者1人あたり、100万㌍

Crafts:1985

• 農業生産性向上の原因は少数の因子に限定できないが、生産性はヨーロッパでは最高水準にあり、産業革命の間も進歩はとどまらなかった

• 農業部門の資本力は国全体の発展に大きく貢献した

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Britain と

Ireland

アイルランド

スコットランド

ウェールズ

イングランド

コーンウォールイングランド

産業革命の舞台をこの地図上で確認する

ランカシア

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交通網の整備(1)

① 道路網の発達:

1555年のHighways Actが公道(highway)の維持管理を地元(教区)負担と定めたため、その費用負担を嫌って整備はまったくなおざりにされて道路状況は非常に悪かった。しかし、 1663年のTurnpike Actにより私設有料道路(ターンパイク)の建設が可能となり、ロンドンへ繋がる道路から始まって1770年代には全国に道路網が張り巡らされた[これは商業・産業振興を意図していたが、投資の対象ともなり、 1750-1772年にはターンパイク熱が発生した]道路網による馬車運輸は業者間および舟運との競争でかなりの水準に達し、鉄道には最後まで抵抗した

Aldcroft & Freeman 1983

鉄道の登場まで、国内の交通・輸送は、道路と河川・沿岸航路で担われ、動力は蓄力、風力であった

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1770年のイングランドのターンパイク網

Aldcroft & Freeman 1983

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交通網の整備(2)

② 河川交通:運河交通の出現

舟運は重量物や嵩高いものの運搬に利点を持つが、定時運行が保証されず、荷物の破損も多かった。

河川の改修のみでことが収まっていた1750年代くらいまでは運河建設に投資するムードはなかった。

1761年、 3rd Duke of Bridgewater が自分の所有する炭鉱とManchesterを結ぶBridgewater Canalを James Brindley (1716-1772)によって建設、これにより運河へ関心が高まった[運河熱1788~96年に到来];運河は鉱山からの出荷などには効果的であった。 これと河川が結合して見かけは全国を覆う舟運網ができたものの、ターンパイクのような交通の動脈としては機能しなかった[ⅰ)運河の構造が法で規制されず;ⅱ)水不足などで機能しない時季がある;ⅲ)馬が引くため低速‥]→鉄道により役目が終わる

しかし、運河建設は鉄道時代の技能者を準備した

Aldcroft & Freeman 1983

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交通網の整備(3)

③ 沿岸航路の展開1760年代まで沿岸航路はLondonなどの大集散地を介して国内交易網を形成し、産業発展の一つの柱となっていたが、1760年代から急拡大を始めた。これは製造業の分散化と貿易の発展によるところが大で、輸出商品の仕分け、原材料の配送もあり、1830年までの荷扱い量の増加は経済の発展を凌いだとされる。しかし、対仏戦争がまともに影響を与えた蒸気船は1812年より採用され、高速と定時運行により1820年代から急成長するが、産業革命末期までは機関の熱効率が低いため大量の燃料を一緒に運ばなければならなかったので、積荷は少なく、輸送力は小さかった

Aldccroft & Freemn 1983

以上3者が相互に補完し、工業化が鉄道なしで進んだ

Aldcroft & Freeman 1983

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Agriculture,Forestry, andFishing

Manufacturers,Mining, andIndustry

Trade andTransport

Domestic andPersonal

Public,Professional,and all others

35.9 29.7 11.2 11.5 11.822.2 40.5 14.2 14.5 8.5

産業構成の変化

18011841

ブリテンでの労働力構成の変化

1750年の農業労働力推定:60~70%[ Deane:1979]、48% [Crafts:1985]

最初の産業革命では農業部門の縮小と産業部門の拡大という産業構成の大変化が生じた;しかし、革命と言うより一つの過程であった

Crafts:1985

Deane & Cole:1962

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産業発展の内容

• 産業は初期は国内需要で成長し、次第に輸出力を伸ばした。牽引する産業は綿製品(特定の地域に集中)、鉄(国産原料のみに依存)であったが、古くからの特産品(毛織物など)も衰退したわけではなかった

• 工場制度(factory system)の確立・普及が大きな特徴ではあったが、旧来の家内工業が総生産に占める割合はなお大であった

• 生産性の劇的な急上昇は見られなかったCrafts:1985

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産業革命の期間の経済データ

% Cottons Woollens Iron and Steels1700 0.5 68.71750 1.0 46.71801 39.6 16.5 9.31831 50.8 12.7 10.21851 39.6 14.1 12.3

Davis:1969、Deane & Cole:1962全輸出品中の主要品目の割合

1700-60 1760-80 1780-1801 1801-310.69 0.70 1.32 1.97

国民生産年間伸び率:% Crafts:1985

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産業革命における動力源

• 企業の規模が小さいものが多く、動力は人力(低質な労働力)、蓄力(馬)、風力、水力が主体であり、蒸気機関を必要とする大きな企業の数は少なかった[産業革命の最終期、石炭の最大の使用者は綿工業と鉄鋼業であった]

• 多くの場面で馬が蒸気機関の対抗相手であった• 蒸気機関は18世紀第2四半期になり高圧機関の

技術が成熟して初めて動力源として確立したと考えて良い → 蒸気船、鉄道の事業化可能に

• 産業革命の生産活動に対する蒸気動力使用の影響はごく小さいとする説が有力である

• しかし、原動機の出現が人類の生き様を根本的に変えたことは確かである(Asa Briggs)

Crafts:1985

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蒸気機関発達の経路

• いろいろの伝説はあるものの、PapinはNecomen機関の原理を先行して実験したものの、蒸気を使って産業目的に動力を発生させる「蒸気機関」を最初に実用化したのはSaveryであり、真に産業に貢献したのはNewcomenの大気圧揚水機関が最初である

• 蒸気機関の開発には多くの多くの優れた技術者が関わった。Wattはその中でも傑出した人物であるが、彼が蒸気機関を完成したとは言えない。彼は偉大な改良家と位置付けられる。

• 以下では鉄道、蒸気船の実用化までを略説する

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蒸気機関の原理の変遷

1:Papin(真空利用;外部冷却)2:Savery (吸水に真空、送水に蒸気圧利用) 3:Newcomen (シリンダ内へ水噴射で真空発生)4:Watt(分離復水器の導入) 5:Watt(複働;低圧蒸気採用) 6:Woolf(高圧2段膨張)

From “M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III”

Eau:水、Eau froide:冷水、Cy:シリンダ Ch、Chaudiere:ボイラ、Condenseur:復水器、HP:高圧、BP:低圧

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揚水機関まで(1)

西暦初年 Heron of Alexandria (c10-70)がaeolipile(ピトータービン)など蒸気により運動する仕掛けを発表

1543年 Blasco de GarayがBarcelonaで蒸気船(軍用)を走らせる(詳細不明)

1606年 Giambattista della Porta (1536-1615)、著書‘Spiritalli’に蒸気圧装置を記述;この本は魔術書に近い

1611年頃 Salomon de Caus (1576-1676)、蒸気圧噴水をPrince Henryのために実演;噴水は王侯貴族の楽しみの大なるもの

1623年 Statute of Monopolies(特許法の始まり)、James I世治下のParliamentで制定;特許取得にはActの成立が必要

1629年 Giovanni Branca (1571-1645)、'Le Machine'に蒸気タービンを記述

1631年 David Ramsay、火による立て坑からの揚水の特許、実用化なし;鉱山の揚水の必要性がはっきり意識される

1642年 Evangelista Torrichelli (1608-47)、真空の実在を実験で証明

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揚水機関まで(2)

1657年 Otto von Guericke (1602-86)が1回目のマグデブルグの半球の実験を行い、真空の威力を示す

1660年 Royal Societyの濫觴となる会合がCharlesⅡ世により催される;正式の発足は1662年

1663年 Worcester侯爵 Edward Somerset (1601-67)がWater-Commanding Engineの99年期間の特許のAct を取得(蒸気圧利用のようであるが詳細は不明)

1678年 Jean de Hautefeuille、火薬による真空発生で揚水を提案;この線に沿ってChristiaan Huygens (1629-95)とDenis Papin (1647-1712?)、火薬機関の実験を行う

1682年 Sir Samuel Morland (1625-95)、Charles Ⅱ世に火による揚水の実演を行う。蒸気圧を利用

1687年 ニュートン (Sir Isaac Newton:1642~1727)Principia(プリンキピア)発表[科学革命」; しかし、蒸気機関の開発は科学はほとんど無関係に進行した

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最初の動力の需要は鉱山

① 鉱山の採掘坑の深化による湧水の処理

② 採掘した鉱石の搬出

これらを馬力、人力で行っていたが、Newcomen・Calleyの揚水機関がまず①を解決した;炭鉱では商品とならない屑炭が消費できたので廃物処理も兼ねて、一石二鳥の効果を持った。また、その構造の簡易さもあって大いに普及した。②については様々な工夫があってこの機関を利用した形の巻き上げ機も実現された

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Britain と

Ireland

アイルランド

スコットランド

ウェールズ

イングランド

コーンウォールイングランド

再度、産業革命の舞台をこの地図上で確認する

ランカシア

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揚水機関:PapinからNewcomenまで1690-95年 Papin、蒸気大気圧機関の原理を発見、模型で実演1698年 Thomas Savery (1650?-1715)、‘Raising water by the

impellent force of fire'の特許を取得(期間14年)1699年 Savery、特許の期限を利益を確保することを主張して1733

年まで延長するAct を取得1699年 Guillaume Amontons (1665-1705)、一種の空気機関、fire-

millをAcadémie des sciencesで提案1702年 Savery、' Miner's Friend 'を発表1705年頃 Thomas Newcomen(1663-1729)、Saveryの特許の協同

者に1710年 NewcomenとJohn Calley(?-1717)、Cornwallで蒸気大気圧

揚水機関を建設するが失敗したと推定される1712年 NewcomenとCalley 、Dudley城近くで揚水機関建設に成功1714年 Newcomen、標準形となる揚水機関をGriffに建設1716年 Newcomen機関の建設独占を目的にSaveryの特許権を未亡

人から購入して特許権所有者団が結成される;Newcomenは初期のみ構成員;機関の名称にSaveryが入る

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Papinの実験装置

Saveryの揚水機関

From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

卓上での装置であり、玩具に近い

ボイラ2台の装置に発展し連続揚水を実現

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1712年、Dudley城近くに製作されたNewcomen・Calleyの揚水機関

From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

シリンダ;真ちゅう製I.D. 21”×7’10”1分に8~10 行程; のち、12 行程まで進む出力;約5½ hp

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1714年、Griffに建設されたNewcomenの揚水機関

From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

シリンダ;真ちゅう製I.D. 16”×9’

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Newcomen機関による炭坑の排水

炭坑の深さに応じて何段もの吸い込みポンプを設置して揚水した;ポンプロッドはポンプの台数だけ設けられた

From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

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初期の揚水機関の使用材料

• シリンダ、ポンプ:真ちゅう• ビーム、ポンプロッド:ニレなど木材• ボイラ:胴、底部は銅板、頂部は鉛、ついで鉄板が

採用される• コック等:真ちゅう• 鋳鉄はコークス製鉄の技術が進歩するまでは採用

されず、木炭製鉄のスウェーデン鉄が各種の部材に用いられた;鋳鉄のシリンダは 1720年代末から普及しだし、1750年頃には大口径のものはもっぱら鋳鉄製となった

• 腐食の恐れのある部分には鉛、木材も多用された

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1709年 Abraham Darby I (1678?-1717)、Coalbrookdaleでコークス製鉄に成功;コークス原料炭のS分が高いため製品の鋳鉄の品位低く、高品位のものは木炭製鉄が主流、スウェーデン棒鉄の優位は18世紀の半ばまで続く

1760年 Carron Ironworksでコークス溶鉱炉稼働1775年 Wattの蒸気機関による溶鉱炉送風1779年 Abraham Darby III(1750-91)、Iron Bridgeの架橋開始(デ

モンストレーションの意味合い大)1783年 Henry Cort (1740-1800) 、圧延法の特許取得1784年 Cort、パドル法の特許取得1789年 Cortの特許失効;パドル法にはさらなる改良が続く1806年 銑鉄の87%が炭田地帯で生産される1830年代に始まる鉄道時代から鉄鋼の需要が増大• 鉄鉱石と石炭が自国産である優位によって世界の銑鉄生産に占

めるUKの割合は1800年19%、1820年40%、1840年52%;鉄道網完成後は余剰分が輸出にまわった:19世紀前半、平均25%、1850年代39%: 19世紀になってスウェーデンを凌ぐ

製鉄技術の展開(参考)

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揚水機関の発展;Wattの登場まで

1720-22年 ベルギー、ハンガリー、ドイツ、スペイン、オーストリアにおいて揚水機関が特許権保有者団のもとで建設

1725年 Jakob Leupold (1674-1727)、復水器なしの2気筒高圧機関を提案

1727/8年 M.Triewald (1691-1747)、自身の特許でスウェーデンにNewcomen型揚水機関を建設

1733年 Saveryの特許満了;Newcomen機関製造の自由化1734年 George Richardson、機関による石炭巻き上げ機の特許

を試みる1736年 Jonathan Hulls (1699-1758)、Newcomen機関にラチェット

機構を用いた蒸気船の特許を取得1753年 John Smeaton (1724-92)、水車、風車の研究、改良に

努める;上掛け水車の効率性を示しの水力利用に貢献1753年 Josiah Hornblower (1729?-1809)、アメリカで最初の

Newcomen機関を建設1763年 Joseph Oxley;1766、1768年 John Stewart、 ラ

チェット機構の特許取得

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1736年にHullが特許を得た蒸気船の原理図

From “M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III”

重錘にピストン下降(出力行程)時の出力の半分を蓄積し、ピストン上昇時も重錘の落下によってパドル車を回転させる:往復運動を連続回転に変換する初期の試み

シリンダ

重錘

パドル車

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Saveryの特許失効までの揚水機関の累積台数の推移

From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

特許失効後、Newcomen型機関の製作が急増する

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分離復水器から回転機関へ

1769年 James Watt (1736-1819)、第1特許(分離復水器)取得1769年 Joseph Cugnot (1725-1804)、軍用の蒸気自動車製作(正

圧使用、2気筒、ラチェット機構)1769年頃 Smeaton、Newcomen機関の徹底的調査・研究を行う1772年 Smeatonの研究成果に基づいてLong Bentonに最高効率

のNewcomen機関が建設される1774年 John Wilkinson (1728-1808)、中グリ盤の特許取得1775年 Wattの第1特許の期間延長25年が大反対を押さえて認め

られる;Mathew Boulton (1753-1815)との共同の成果1776年 Boulton & Watt社、大型機関をBloomfield炭坑の揚水と

Wilkinsonの高炉送風に製作;送風は複働空気ポンプ1778/1779年 Wolfgang von Kempelen (1734-1804)、蒸気タービン

の14年特許を神聖ローマ帝国皇帝JosephII世より取得

1800年までのWattの特許延長が機関開発の大きな障害となる

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1769年の特許によるWattの分離復水器付の単働大気圧揚水機関 (1788

年製作)

From “M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III”

シリンダ;鋳鉄製I.D. 48 ”×行程 8’1分に12 行程出力;約45.6 hp

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Cugnotの蒸気車(1769年)の駆動原理

From “Я. И. Конфедератов: Джемс Уатт”

大砲運搬が目的:速度は問題ではない

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1775 年、Chase-Water鉱山に建設されたSmeatonの設計による最大のNewcomen機関

From “M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III”

シリンダ; 鋳鉄製I.D.72”×行程 9’1分に9 行程出力 76 h.p.

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蒸気機関の熱効率の変遷

年 機関の種類 熱効率:%1750 Newcomen 揚水機関 0.51767 Smeaton による改良機関 0.81774 Smeaton による再改良機関 1.41775 Watt揚水機関 (大気圧) 2.71792 Watt回転機関 (正圧利用) 4.51816 Woolf 二段膨張機関 7.51834 Trevithick コルニッシュ機関 17.0

Burstall:1965

分離復水器は熱損失の削減、蒸気の高圧化は高温熱源の上昇による熱効率向上であり、後者の効果は大きい

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Wattの回転機関登場

1779年 Dr. Falck、2気筒Newcomen機関とラック・ピニオン機構で回転運動を得る方法を提案

1779年 Matthew Wasbrough (1753-1787)、クランク機構とフライホイルで回転機関を実現

1780年 James Pickard、Wasbroughの成果を特許化1781年 Jonathan Hornblower(子) (1753-1815)、2段膨張ビーム

型回転蒸気機関の特許取得、類似の機関をSadlerやHelsopらも製作

1781年 Watt、第2特許(遊星歯車機構による回転式機関)1782年 Watt、第3特許(複働機関、蒸気の膨張力利用)1784年 Watt、第4特許(ワットの平行運動機構)1784年 Wattの助手William Murdock (1754-1839)、蒸気車の模

型を作製(高圧蒸気使用?)、Wattが開発を許可せず1785年 Wattの最後の特許(ボイラ回り)

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Hornblowerの2段膨張機関(1781年)

From “Farey; A Treatise on the Steam Engine, Vol. 1”

回転機関ではないが競争相手としてWattが恐れたもの技術が高圧に耐えるボイラを作るレベルになく失敗に終わる

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Wattの回転機関1786年 Boulton & Watt社、Albion製粉工場に50 hpの回転機関

納入、これが機関のデモになり、標準形となる;蒸気圧力はほぼ大気圧、Wattは以後も圧力が7 psigを越えることを嫌ったので正圧を活用することが出来なかった。また、他者の正圧利用は特許の文言によって禁止された

1789年 ほぼ同型の2機目をAlbionへ納入1791年 Albion工場火災(放火か?)1792年 Rotherhitheの圧延工場に40 hp、35 rpm の機関納入1798年 Manchesterの綿紡工場へ30 hp、38rpmの機関納入;

ミュール精紡機2800台を駆動1800年までに建設されたB&W機関は496台;内訳 回転機関

308;揚水機関 164;送風機関 24)、平均出力15hp

初期の回転機関は行程数が低く回転変動が大なため、滑らかさを求めて揚水機関と水車の組み合わせもよく使われた(Smeatonが推奨)

馬力の正確な定義は顧客の使用している馬の頭数に応じた出力の機関を提供し、また特許料を請求する上で必要であった

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From “M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III”

Lambethの澱粉

工場に設置された1781年の特許によるWattの複

働回転蒸気機関(1795年製作)

シリンダ;I.D.17½”×行程 4’ 1分に25行程

フライホイル;O.D,12’回転数 48½ rpm

出力 10 h.p.

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Wattの特許の制約下での発展1789年 Oliver Evans (1755-1819)、蒸気車のアメリカ特許取得1790年 Adam Helsop、Newcomen機関に高圧シリンダを接続した

機関で特許を取得。ついで、巻き上げ機械を製作1792年 Francis Thompson (1747-1809)、タンデム型複働大気圧

回転式機関で特許取得1792年 Edward Bull (1740?-1799)、 ビームなし倒立型機関を製

作;小型化へ1794年 Falckの案に基づく機関がManchesterに建設される。分離

復水器を実質的に採用したためWatt側に特許料を支払う1794年 Picardのクランク機構の特許満了;遊星歯車機構撤退へ1795年 Jonathan Hornblower(子)の特許、Wattの特許に抵触する

とされ延長されず。同じくBullの機関にも抵触の判決1797年 Edmund Cartwright (1743-1823)、表面型復水器を用いた

閉サイクル回転式蒸気機関の特許取得。実用化は失敗1798年 Graf von Rumford (1753-1814)、摩擦による熱発生論文1800年 Wattの特許満了;高圧化への道開ける

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Cartwrightの回転式機関(1797年)

From “M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III”

レバー、クランク機構を使わないで済ます複雑な歯車機構とともに表面型復水器を採用していることに注意

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From “Farey; A Treatise on the Steam Engine, Vol. 1”

回転式大気圧機関の例

18世紀末までにWatt機関以外の

機関でもクランク機構で回転運動は実現

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Wattの特許失効までの蒸気機関の累積台数の推移

From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

1790 ー1800年に建造された機関数はそれ以前の建造総数に匹敵するWatt機関によってNewcomen機関が駆逐されたのではないことに注意!

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Wattの蒸気機関が何故増えなかったか

Wattの機関は工場で製作され、機械そのものは優れたものである。問題点は

① 高価である

② 使用者の技師で簡単にメンテナンスできない;Newcomen型は構造が比較的簡単で維持管理しやすい

③ 炭鉱では屑炭を用いるため熱効率は大きな要因ではない

④ 回転機関の場合、回転変動がまだ大きく、用途が限られる;紡績への適用が困難を極めた

⑤ 図体が大きく、簡単に利用できるものではない

⑥ 大動力を必要とする企業が極めて少ない

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綿工業における蒸気機関

① 1795年にMcConnel & KennedyがWatt機関でのミュール駆動に成功したものの、Arkwright、Peel家等の有力企業家は高建設費、高維持・運転費、アフターサービス不足を理由に断念。 1799年にRobert Owen(1771-1858)が継承したNew Lanarkも初期は水車駆動

② 1830年代になって高圧化によって蒸気機関の効率が上がるまでは10- 20hp以上の水力が利用できれば蒸気機関は使われなかった

③ 高圧蒸気機関が技術的に成熟したことにより下表の示す通り急速に水車が蒸気機関で置き換えられた;水車駆動の工場が蒸気機関を採用した経緯はイギリスの産業遺産を見学すれば明らか

工場数 蒸気 hp 水力 hpNorthern region 934 26,513 6,094Scotland 125 3,200 2,480Midlands 54 438 c1,200合計 1,113 30,151 c9,774

1835年における水力と蒸気動力

Chapman; 1987

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Trevithickの最初の高圧機関(1802年)

From “Farey; A Treatise on the Steam Engine, Vol. 2”

高圧機関時代の到来

蒸気の高圧化は原爆→水爆の推移に匹敵する(Asa Briggs)

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圧力と石炭消費量の推移の概念図

上部:圧力、下部:石炭消費量

From “Rolt & Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen”

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19世紀における蒸気機関圧力の推移

年 圧力 atm 年 圧力 atm180018101820183018401850

0.00ー1.350.35ー0.490.35ー0.700.70ー1.401.05ー1.461.05ー1.71

18601870188018901900

1.40ー2.112.11ー4.224.22ー6.235.23ー8.508.00ー14.00

From “Я. И. Конфедератов: Джемс Уатт”

ある種の平均値を表示しているが詳細不明、傾向は表している1800年の上限が高いのはTrevithick機関によると思われる

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高圧機関の発展1801年 Richard Trevithick (1771-1833)、蒸気車の試運転1801年 William Symington (1764-1831)、横型蒸気機関の特許1802年 Trevithick、高圧機関(単働、球形ボイラ、復水器なし;排気

放出音からpufferと呼ばれた)と蒸気車の特許取得1803年 Trevithickの高圧機関、Londonに設置、ボイラは円筒形(コ

ルニッシュボイラの祖型);GreenwichでTrevithickの機関のボイラ爆発事故

1803年 Arthur Woolf (1766-1837)、第1特許(高圧ボイラ)取得1803年 William Freemantle、片ビーム機関の特許1804年 Evans、複働縦型高圧回転機関製作(上記特許の実現)1804年 Woolf、第2特許取得;両気筒をビームの同側に配置した

高圧2段膨張機関、1804年 Trevithick、ウェールズで2台目の蒸気機関車を走行1805年 Matthew Murray (1765-1826)、可搬機関開発:舶用1807年 Henry Maudslay (1771-1831) 、卓上機関製作1808年 Trevithick、ロンドンで3台目の蒸気機関車を展示走行

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TrevithickのLondonで

の蒸気機関車の展示走行(1808年)

入場券およびRowlandsonによる描画

From “Rolt; The Cornish Giant”

道路交通用としては失敗に終わったが鉱山等ではこれに倣ったものが使われた

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蒸気機関の本格的展開へ

1809年 Robert Fulton(1765-1815)の蒸気船Clermont号(Watt社の複働機関装備)、Hudson川を航行

1811(10?)年 Joel Lean、Cornwallの機関の性能を報告する‘Engine Reporter’ を発行、Joel死後、息子2人が引き継ぐ

1811年頃 Woolf機関、標準形を確立1812年 Trevithick、コルニッシュ機関(復水器付ビーム型高圧回転機関)を確

立;このころTrevithick破産1812年 Henry Bell (1767-1830)、Glasgowで商用として沿岸航路に蒸気船を

使用1813年 William Hedley(1779-1843)、粘着式蒸気機関車Puffing Billyを製作、

Newcastle近くの炭鉱の荷出しに使用1814年 George Stephenson フランジ付車輪で鋳鉄製レール上を走行する機

関車Blücherを製作1815年 Woolfの共同経営者、Humphrey Edwards(? - 1829) 、フランスで特許

を取得して大陸でより高効率なWoolf機関を普及1824年 Sadi Carnot (1796-1832)、「火の動力に関する考察」;Savery、

Newcomen 、Smeaton、Watt、Woolf、Trevithickを蒸気機関への貢献者とする

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Woolf 機関( 1815-20年頃、Edwardsが製作)

From “M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III”

単働、2気筒;基本的構造はHornblowerと同じ

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コルニッシュ機関( 1834年、 John Taylorによる)

From “Burstall:A History of Mechanical Engine”

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蒸気機関による交通革命1825年 George Stephenson (1781-1848)、Stockton・Darlington間

で石炭運搬用鉄道を運行するが、のち不調のため馬力駆動に変更;2年後、Timothy Hackworth(1786-1850)の努力で復活

1827年 John Farey(1791-1851),‘A Treatise on the Steam Engine, Vol.1’出版

1829年 初めての旅客鉄道 Liverpool & Manchester Railway用の機関車コンテストをRainhillで実施; Robert Stephenson (1803-59) のRocket号が一位賞金を獲得

1830年 Liverpool & Manchester Railway開通1830年代 イギリスで大鉄道ブーム1838年 蒸気機関のみを使用しての太平洋の発横断1851年 Great Exhibition( ロンドン大博覧会)開催1850年代 熱力学第1法則、第2法則確立に向かう1858年 W. J. M. Rankine (1820-72)、‘Manual of the Steam

Engine and Other Prime Movers’発行1879年 Thomas Edison (1847-1931) 、発電機を開発

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蒸気機関と産業革命の関係

• 産業革命のかなりの部分を担ったのは零細とも言うべき事業者で、大動力を必要とする企業は少なかった

• 高価な蒸気機関に投資することの経済性への疑いはずっとあり、それを必要とする業種は限られていた

• 石炭がイギリスの活力源であったので、炭鉱を救った揚水機関は特に重要であったことは否定できない

• 蒸気機関の熱効率が十分に高くなり、交通手段へ適用された産業革命終末期になって蒸気動力の影響は明白に大きくなった:Wattが産業革命の進行に大きく貢献したとは言い難い

• 産業革命が逆に蒸気機関を育てた• 蒸気動力の使用の産業革命期における生産活動への影響は

極めて小さかったとする説もある;しかし、ヴィクトリア朝は「蒸気の時代(Asa Briggs)」で、その繁栄に大きく貢献した

• 教訓:ただ、この繁栄は豊富な石炭と不熟練労働力に依拠しており、英国病につながった

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結びとして• 初期の蒸気機関発達の展望を通して、「発明(Invention)は需要

がなければ経済的に無意味で、Schumpeterの説く革新(Innovation)にはつながらない。実用化段階における多数の人びとの活動(Development)が重要である:独創(Creativity)は革新と等価ではない」とする考え[Buchanan (1992)が紹介した説]は十分な説得力を持つと感じた

• 蒸気機関が産業にとって大きな存在となるには多くの人びとが貢献したのであり、Wattが偉大であったとしても彼の機関だけで熱機関という概念がCarnotに生まれたのではない

• 蒸気船、機関車にしてもFulton、Stephensonの登場で済んだのではない

• 蒸気機関の発展史において、Trevithick、Hornblower一族、Woolf などCornwallの人びとの貢献は無視できない

• 「蒸気機関が産業革命を生んだのではなく、産業革命が蒸気機関を必要とした(Marx)」よりも「産業革命が蒸気機関を育てた」が相応しい

• いずれにせよ発明第一主義、発明者の偶像視は有益ではない

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参考文献

• Derek H. Aldcroft and Michael J. Freeman (eds); Transports in the Industrial Revolution, Manchester University Press (1983)

• T. S. Ashton; The Industrial Revolution, 1760-1830, Oxford University Press (1948)[邦訳:中川敬一郎;産業革命、 岩波文庫(1973)]

• Asa Briggs; The Age of Improvement 1783-1867, Longman (1959)• Asa Briggs; The Power of Steam,Sheldrake PublishingLtd. (1982)• R. A. Buchanan; The Power of the Machine, Viking(1992)• Aubrey F. Burstall; A History of Mechanical Engineering, MIT Press (1965)• D. S. L. Cardwell; From Watt to Clausius, Heinemann Educational Books (1971)

[邦訳:金子 務;蒸気機関からエントロピーへ、平凡社 (1989)]• S. D. Chapman;The Cotton Industry in the Industrial Revolution, 2nd ed., Macmillan Education (1987)• N. F. R. Crafts; British Economic Growth during the Industrial Revolution, Oxford Clarendon Press (1985) • Phyllis Deane; The First Industrial Revolution, 2nd ed., Cambridge University Press (1979)• H. W. Dickinson; A Short Hisory of the Steam Engine, Cambridge University Press (1938)

[邦訳:山川敏夫;蒸気機関発達史、伊藤書店(1944)]• M. Dubuisson et al.; Histoire Générale des Techniques, Tome III, Presses Universitaires de France (1968)• John Farey; A Treatise on the Steam Engine, Vol. I, David & Charles (1827) • John Farey; A Treatise on the Steam Engine, Vol. II, David & Charles (1971)• R. M. Hartwell; The Causes of the Industrial Revolution in England, Methuen (1967)• L. T. C. Rolt and J. S. Allen; The Steam Engine of Thomas Newcomen, 2nd Print, Landmark Pub. (1977)• L. T. C. Rolt; The Cornish Giant, Lutterworth Press (1960)• M. Sanderson; Education and Economic Decline in Britain, 1870 to the 1990s, Cambridge University Press (1999)• John Watney; The Industrial Revolution, Pitkin Guide(1998)• Catalogue of the Mechanical Engineering Collection in the Science Division of the Victoria and Albert Museum, 4th ed.,

Wyman & Sons (1907): From Google Library• Я. И. Конфедератов: Джемс Уатт, НАУКА (1969)• 青山、今井、越智、松浦(編); イギリス史研究入門、山川出版社 (1973)荒井、内田、鳥羽(編); 産業革命の技術、有斐閣

(1981)• 指 昭博; 図説 イギリスの歴史、河出書房新社 (2002)

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ご静聴有り難う

ございました

Hallstatt(Austria))

「経済史と切り離された技術史は誤りを生む可能性がある」‥Asa Briggs