第9章(講演録)高齢社会におけるニーズと企業の...

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第9章(講演録)高齢社会におけるニーズと企業の対応動向 ~長寿時代のサクセスフル・エイジングに貢献する市場創造を 前田 展弘 1 【要旨】 日本は世界に先例のない高齢化最先進国として注目されており、2030 年には 65 歳以 上は 3 人に1人、 75 歳以上は 5 人に 1 人の割合になることが推定されている 2 。また、世 界でも高齢者の増加傾向がみられており、2030 年には世界の 65 歳以上の高齢者市場は 10 億人市場になることが推定されている 3 企業は高齢者のニーズや課題が把握できていない状態であったが、ビジネスの創造に 向けて各種コンソーシアムが誕生し、業種・業態も異なるさまざまな企業、さらには地 域住民および行政が一緒に協業・協働しながら、高齢者の実態を学び、商品開発に生か すという、未来志向でのイノベーション活動も展開されている。 これからの本格的な超高齢社会では、自助から公助という概念に加え、民間の力を社 会に還元していくことが欠かせない。ぞれぞれの企業が提案、取組続けていく社会の動 きをつくっていく、“商助”の推進による、サクセスフル・エイジングに貢献する高齢者 市場をいかに創造していくかが、これからの日本の未来の成長戦略という視点でもとり わけ重要である。 1. 高齢者市場開拓に向けた企業の動向~“シルバー・イノベーション”に向けた兆し (1) 日本の未来は超高齢未来 日本は「高齢化の最先進国」であり、 2030年に65歳以上は3人に1人、 75歳以上は5人に1 人の割合になる。日本の高齢化のスピードは世界に先例がない。世界でも高齢者の増加傾 向がみられており、2030年には世界の65歳以上の高齢者市場は10億人市場になることが推 定されている。そのため、日本は世界各国から超高齢社会のモデルとして注目されている。 1 株式会社ニッセイ基礎研究所主任研究員、東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員 2 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2012 1 月推計)」の出生中位・死亡中位仮定 による推計結果。 3 United nations 2012World Population Prospects: The 2012 Revision。ただし日本は、国立社会保障・人 口問題研究所「日本の将来推計」(平成 24 年1月推計)、出生・死亡中位推計値。

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第9章(講演録)高齢社会におけるニーズと企業の対応動向

~長寿時代のサクセスフル・エイジングに貢献する市場創造を

前田 展弘1

【要旨】

日本は世界に先例のない高齢化最先進国として注目されており、2030 年には 65 歳以

上は 3 人に1人、75 歳以上は 5 人に 1 人の割合になることが推定されている2。また、世

界でも高齢者の増加傾向がみられており、2030 年には世界の 65 歳以上の高齢者市場は

10 億人市場になることが推定されている3。

企業は高齢者のニーズや課題が把握できていない状態であったが、ビジネスの創造に

向けて各種コンソーシアムが誕生し、業種・業態も異なるさまざまな企業、さらには地

域住民および行政が一緒に協業・協働しながら、高齢者の実態を学び、商品開発に生か

すという、未来志向でのイノベーション活動も展開されている。

これからの本格的な超高齢社会では、自助から公助という概念に加え、民間の力を社

会に還元していくことが欠かせない。ぞれぞれの企業が提案、取組続けていく社会の動

きをつくっていく、“商助”の推進による、サクセスフル・エイジングに貢献する高齢者

市場をいかに創造していくかが、これからの日本の未来の成長戦略という視点でもとり

わけ重要である。

1. 高齢者市場開拓に向けた企業の動向~“シルバー・イノベーション”に向けた兆し

(1) 日本の未来は超高齢未来

日本は「高齢化の最先進国」であり、2030年に65歳以上は3人に1人、75歳以上は5人に1

人の割合になる。日本の高齢化のスピードは世界に先例がない。世界でも高齢者の増加傾

向がみられており、2030年には世界の65歳以上の高齢者市場は10億人市場になることが推

定されている。そのため、日本は世界各国から超高齢社会のモデルとして注目されている。

1 株式会社ニッセイ基礎研究所主任研究員、東京大学高齢社会総合研究機構客員研究員

2 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2012 年 1 月推計)」の出生中位・死亡中位仮定

による推計結果。 3 United nations(2012)“World Population Prospects: The 2012 Revision”。ただし日本は、国立社会保障・人

口問題研究所「日本の将来推計」(平成 24 年1月推計)、出生・死亡中位推計値。

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図1 世界各国の高齢化率の推移と推計

(注)先進地域とは、北部アメリカ、日本、ヨーロッパ、オーストラリア及びニュージーランド

をいう。開発途上地域とは、アフリカ、アジア(日本を除く)、中南米、メラネシア、ミク

ロネシア、ポリネシアからなる地域をいう。

(出所)UN (2014) “World Population Prospects: The 2010 Revision” ただし日本は、総務省「国勢調

査」及び国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2012年1月推計)」の出

生中位・死亡中位仮定による推計結果。

(2) 超高齢・長寿社会でのビジネス創出に向けて競争から“共創”の時代へ

日本の未来はまさに超高齢未来社会であり、この人口構造をベースとした市場の創造が

急務になっている。特に 75 歳以上の高齢者については、生活していく中での課題やニーズ

に関する研究も発展途上にあり、実態がわからない部分も多い。しかし、この層が今後ボ

リュームゾーンとして増えてくるため、当該層を対象とした市場開拓は非常に重要になる。

世界でも、2030 年には高齢者市場は 10 億人市場にまで拡大する。現在の日本の高齢者

は 3400 万人であり、やがて海外には 30 倍の市場が待ち構えているということである。多

くの日本企業は、日本の高齢者市場での成功経験を世界に展開していきたいと希望してい

る。こうした企業のニーズを表すように、企業における高齢者市場開拓に向けた取り組み

はこの 10 年間で本格化してきた様子がうかがえる。

その一環として、超高齢・長寿社会に対応するビジネス創造に向けた産学官連携による

コンソーシアム組織が近年続々と誕生してきている。ほとんどの企業は、当初は高齢者の

ニーズや課題を把握できていない状態だったが、コンソーシアム活動を通じ、高齢者の実

態を学ぶことで、徐々に新たなイノベーションを産み出す企業が増えてきた。近年、高齢

者を意識した商品サービスの開発、いわゆる“シニアシフト”の動きが市場で見られるが、

この背景にはこうしたコンソーシアム活動がベースになっている可能性がある。

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図 2 超高齢・長寿社会のビジネス創造に向けたコンソーシアム組織・活動

(出所)筆者作成。

また、企業の動向を見ると、高齢者市場の開拓だけに止まらず、あらゆるテーマで新た

な価値を創造しようとするイノベーション活動が活発化してきている。特に注目されるの

は、“Future Center”と“Living Lab”という 2 つの活動である。前者の Future Center では、業

態の垣根を越えたさまざまな企業が参加し、未来志向で一緒に協業・協働することを促し

ている4。1 社でできることに限界があるなか、各社の強みを持ち寄るなかで、新たな価値

(商品サービス)の創造を追求しているのである。また、後者の Living Lab は、Future Center

ともコンセプトは近似しているが、“住民”がイノベーション活動の中心になっていること

が特徴である。2000 年頃からヨーロッパを中心に急速に拡大し、現時点で 388 の Living Lab

が創設されている。Living Lab では、住民と企業、そして行政や大学等のマルチステーク

ホルダーが参加するなかで、独自の“共創”活動を展開している。共創するテーマは、企

業の商品やサービスに止まらず、行政サービスだったり、新たなまちづくりなど、あらゆ

るテーマを取り扱う。商品サービスや社会のあり方を、住民すなわち「生活者、当事者、

ユーザー」の視点から追求するのが Living Lab である。日本では、住民と共創する同様の

活動はいくつか確認できたが、いずれも Living Lab と銘打ったものではなかった。しかし、

昨年頃からは、東京大学をはじめいくつかの機関が中心となって、日本における Living Lab

を立ち上げようとする動きがある。今後の企業におけるイノベーションの活動として、こ

れらの 2 つの活動が拡大していく可能性が高い。

4 2016 年 5 月には一般社団法人も設立された。

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図 3 “Future Center”や“Living Lab”のコンソーシアム組織・活動

(出所)筆者作成。

なお、企業のイノベーション活動に造詣の深い紺野氏5によれば、Future Center 及び Living

Lab は「イノベーション加速支援環境(Innovation Accelerating Environments)」に位置づけ

られる。これらが近年注目され、続々と誕生してきている背景には、イノベーションの“質

的な変化”があるとされる。同氏曰く、「イノベーションはもはや技術革新ではなく、生活

や社会の現場から得られた新たな知識や観点によって、従来の問題を乗り越える新たな組

み合わせや方法を生み出すことである。つまり極論すれば問題解決ではなく、問題発見、

代替案創出、そして実践という知識創造のプロセスである6」とされる。つまりイノベーシ

ョンの性質は、単純に技術の革新を目指すという次元から、“社会や顧客からの価値の発

見・洞察、そしてデザイン活動へ”変化しているということである。このことは「オープ

ン・イノベーション 2.0」とも呼ばれており、時代の潮流となっている。こうした流れの中

で、企業の中でも「競争から共創へ」、また「CSR(Corporate Social Responsibility)から

CSV(Creating Shared Value)7へ」という価値観のシフトが進んでいるのである。

5 紺野登(多摩大学大学院教授)

6 紺野登(2015)「知識社会の都市とフューチャーセンター イノベーションを加速支援する「場」」『日本オフィス学

会誌』Vol.7 No.2Oct. 2015, pp10-17。

7 企業活動においても「社会的課題の解決を通じて新たな価値を築くことが重要」とされる概念。

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図 4 “Future Center”、“Living Lab”が注目される背景

(出所)紺野登(多摩大学大学院教授)提供資料を一部引用し、筆者作成。

2. 高齢社会ニーズへの対応動向

(1) 高齢者市場全体の捉え方

さて、高齢者市場の話に戻るが、まず高齢者市場全体の捉え方について述べておきたい。

「高齢者」といっても、65 歳の人と 90 歳の人では様々な違いがあり、また、同じ年齢層

の中でも、健康面や経済環境等の違いがある。このため「高齢者市場というのはまさに“多

様なミクロの集合体8”」と捉えることが適切である。

このように高齢者市場を明確に特徴づけすることは難しいが、理解を深めるため、健康

面や経済環境等で分類すると、「1:8:1」という割合の 3 つの市場に分けられると言える

(1:8:1 の割合はイメージ)。図 5 の両端の 1 割の市場は、高齢者の一部を占める「裕福

な富裕層向けの市場」と、一方で他者のサポートを必要とする「虚弱な高齢者向けの市場」

である。残りの 8 割は、いわゆる「普通の高齢者の市場」である。両端の 1 割の市場は、

ニーズが顕在化しているため企業としてもアプローチがしやすく、市場も比較的堅調に拡

大してきていると言えるが、8 割の普通の高齢者市場は開拓余地が非常に大きいのである。

8 村田裕之(東北大学加齢医学研究所スマート・エイジング国際共同研究センター特任教授)

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図5 高齢者市場全体の捉え方

(出所)筆者作成。

(2) 普通の高齢者市場を開拓するために~高齢者の実態とニーズ

普通の高齢者市場に焦点を当てて、その市場開拓の方法を考えてみる。必要なことは高

齢者の実態とニーズを正しく理解することである。

高齢者の実態を理解する上では、年齢ごとの健康状態の変化を考慮してみるとわかりや

すくなる。図 6 は、筆者も専攻するジェロントロジー研究の第一人者である秋山氏9の研究

成果であるが、約 6000 人の高齢者を約 30 年にわたって追跡し、高齢期の生活自立度(≒

健康状態)の変化を明らかにしたものである。縦軸が生活自立度の高さ、横軸が年齢であ

り、男女の生活自立度の変化の「パターン」ごとに該当する人の割合を示している。男性

の場合、19%の人は 60 歳を過ぎると急激に自立度が下がる(健康状態を損ねる)。これは

主に生活習慣病に起因している。他方、90 歳近くになっても 11%の方は高い自立度を保っ

ている。残り 70%の方は、70 代半ばから加齢とともに緩やかに自立度を下げていく。女性

の場合、12%の方が 60 歳を過ぎて急激に自立度を下げるが、残り 88%の方は男性の 70%

の方と同じ経緯を辿る。これが年齢別に見た高齢者の健康状態の実態である。

これを踏まえた上で注目すべきは、多くの高齢者(男性の 7 割、女性の約 9 割)が高齢

期に 3 つのステージ(期間)を経ながら暮らしていくということである。そのステージは、

①まだまだ元気で自立して生活できる期間(ステージⅠ)、②自立しながらも日常生活にお

いて必要な援助が増える期間(ステージⅡ)、③最終的に本格的な医療やケアを必要とする

期間(ステージⅢ)である。ジェロントロジーの研究においては、この 3 つのステージを

“より良く、自分らしく”生きていけることが今日的な理想のサクセスフル・エイジング

(幸福な老い方)と考えられている。それぞれのステージにはニーズの「塊」があり、そ

のニーズに応えていくことが普通の高齢者市場を開拓する上で重要なポイントと言える。

9 秋山弘子(東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授)

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図 6 高齢者の生活自立度の変化パターン~全国高齢者 30 年の追跡調査(n=5715 名)

(出所)秋山弘子「長寿時代の科学と社会の構想」、『科学』、岩波書店(2010)より引用し、筆者作成。

具体的には、ステージⅠでは、「健康で長生きしたい」、「社会で活躍し続けたい」、「新た

なライフスタイルを築きたい」というニーズ、ステージⅡでは、「様々な不便、困りごとが

増えたとしても自立した生活を継続したい」というニーズ、そしてステージⅢでは、「住み

慣れた自宅・地域で最期まで暮らし続けたい」というニーズである。またこれらステージ

3 つに共通しては、「楽しみたい」というニーズも存在する。これ以外にもミクロなレベル

でニーズを拾い上げると、限りないことが挙げられるがまずこれらのニーズの塊を踏まえ

て、何ができるか取組視点を見出すことが肝要である。

図 7 豊かな長寿の実現に必要な高齢者のニーズの「塊」

(出所)筆者作成。

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(3) 近年の高齢者市場動向(主なトピックス)

では、高齢者市場開拓に向けて企業はどのようなアプローチをはかっているのか。各ス

テージにおけるニーズで区分しながら、近年の主な動向(事例等)を紹介しよう(図8に事

例の概要を記載)。

ステージⅠの「健康長寿ニーズ」では、「虚弱化(フレイル)予防」、「認知症予防」に

関連した商品サービスが増えている。健康の維持増進に向けては、若いときからの生活習

慣病の対策が重要であるが、中年期以降は“自立した生活”を継続するためにも、「虚弱化」

つまり骨格筋が弱まること(=加齢性筋肉減弱症(サルコペニア)10)に対する予防が重

要である。特に男性よりも相対的に骨・筋力が弱い女性は対策が必要とされる。こうした

ことを背景に、中高年向け(特に女性)のフィットネスクラブは活況であり、虚弱化予防

をうたった専用のサプリメントだったり、筋肉の質を評価するヘルスメーターなどが開発

されるなどの動きが確認される。

また、「認知症」になることは、死ぬことよりも怖い(避けたい)ということをよく聞

くが、認知症の予防に向けた高齢者のニーズは強く、各社も懸命にその方向での取組みを

模索している。その中で、大人のための「脳の健康教室」は非常に活況であり、自治体か

らの委託を受ける形で事業展開している状況が確認される。また昨年には、認知症発症原

因の半分を占めるアルツハイマー病の予兆を簡易な血液検査で診断できる技術(アミロイ

ドβの蓄積検査)も開発に成功したという報道もされた。これは画期的なことであり、こ

の実用化が待たれている状況である。

ステージⅠの「活躍ニーズ」に関しては、商品サービス開発というよりテーマとしては

「高齢者雇用」の話にはなるが、高齢者の起業を支援する事業であったり、高齢者の経験・

スキルを活かすマッチング事業(派遣事業や顧問契約サポート事業)などが相次いで登場

してきている。社会的にも意義のある重要な事業と言える。

ステージⅡの「自立生活ニーズ」には様々な視点が含まれるが、例えば、「移動」の支援、

つまり免許を返納した後の高齢者の足を支えることに向けては、「Personal Mobility(PM)」

の開発が進んでいる。PMには3種類あり、PM3は超小型電気自動車(カートのような自動

車)、PM2は電動アシスト自転車、PM1が電動アシスト車椅子である。移動の自由が制限さ

れてしまうことは本人の生活の質(Quality of Life)を著しく下げてしまうことになる。特

に公共交通機関が少ない地方においては、こうしたPMの普及に向けた取組みが重要である。

また「食」の支援も進んでいる。今後、一人暮らしの高齢者が増え続けていく見通しに

あるなか、買物難民対策という視点を含めて、「配食サービス」は市場として充実してきて

いる。また要介護者向けの「ユニバーサルデザインフード(介護食)」の種類も拡充され、

かつ美味しさも確実に増してきている。今後、政策としても、在宅を中心に医療やケアが

提供されていく方向にあり、そのことを睨んで一部のコンビニでは当食品の取扱(販売)

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ロコモティブシンドローム(通称:ロコモ)として紹介されることがある。

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を始めた動きも確認される。

「住まい、生活」の支援に関しても、市場の動きが活発である。生活相談と見守りサー

ビスを兼ね備えた高齢者向け賃貸住宅である「サービス付高齢者向け住宅(通称、サ高住)」

は、国土交通省及び厚生労働省が主導する形で、2020年までに全国に80万戸を整備する計

画である。サ高住の開発には不動産会社のみならず、他業界からの参入が相次いでいるこ

とも特徴的なことである。また生活支援(家事支援)や高齢者の見守り事業についても、

新たなサービス(企業)が次々と登場し、セキュリティ会社による見守り事業や、郵便局

での見守りサービスも注目されている。

ステージⅢの「在宅ケアニーズ」に関しては、近年積極的な開発が続く「介護ロボット」

についてふれておきたい。介護ロボットの市場規模は2035年には10兆円になるとも予想さ

れ11、成長が著しく期待される分野である。最も有名と言えるロボットスーツ「HAL」

(CYBERDYNE社)は歩行困難者のリハビリ支援をはかる製品であるが、2015年から日本

で初めて介護保険適用対象になっている。その他、自動排泄処理を行う機器や、認知症を

サポートするロボット、自宅の部屋の中に後付・移動を可能とする水洗トイレなど、多種

多様な介護ロボットの開発が進んでいる状況にある。

最後にステージ共通の「楽しみたい(ENJOY)ニーズ」であるが、比較的新しい動きと

しては、“楽しみながら健康になる“視点での商品サービスが増えてきている。例えば、「健

康カラオケ」、「健康マージャン」などである。健康のために運動する、食事を制限するこ

とは、強い意思がなければ継続しにくいことであるが、楽しむことは基本的には飽きない。

こうした「楽しみ×健康」というコンセプトは高齢者にとって魅力的と言える。また楽し

みの代表格と言えば「旅行」があるが、介護が必要になっても旅行を楽しめる介護の資格

を有したトラベルヘルパーが同行する「介護旅行」も人気を博している。

以上、僅かなトピックスに止まるが、高齢者を意識した商品サービスは近年になって確

実に増えてきている状況である。

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経済産業省・NEDO「平成 22 年ロボット産業将来市場調査」より。

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図8 高齢者市場の動向(主な事例)

区分/目的 業界 No. 内容老化防止/虚弱化予防 フィットネス 1 介護予防事業老化防止/虚弱化予防 食品メーカ- 2 老化防止サプリメント健康チエック・管理 電器・精密機器 3 筋力評価機能付き体重計健康チエック・管理 電器・精密機器 4 自宅用血圧計測機器健康チエック・管理 健康診断サービス 5 低額簡易健康診断サービス健康チエック・管理 鉄道 6 駅構内での簡易健康診断サービス認知症予防 医療 7 認知症原因物質の蓄積量検査認知症予防 学習塾 8 認知症予防事業健康長寿 カラオケ 9 カラオケルームに運動スタジオや自然食カフェを併設した専門店を開設カラオケと体操を組み合わせた脳の活性化プログラムも開発

健康長寿 エンターテインメント 10 ギャンブル性や、飲酒、喫煙も廃止し、ゲーム競技としての楽しさを提供する専門店を開設

健康長寿 行政 11 公共交通機関の高齢者割引健康長寿 レジャー 12 高齢者向け旅行プラン健康長寿 エンターテインメント 13 高齢者が歩くとポイントがたまるサービス自立生活支援(移動支援) 自動車 14 自動運転技術の適用自立生活支援(移動支援) 自動車 15 超小型EV(電気自転車)自立生活支援(移動支援) 自転車 16 電動アシスト付き自転車自立生活支援(移動支援) 電器・精密機器 17 電動アシスト付き車いす自立生活支援(食) 外食 18 お弁当宅配サービスの開始自立生活支援(食) 外食 19 地域食堂サービスの開始自立生活支援(食) 介護食品 20 食べやすさに配慮し、「かたさ」や「粘度」を規格化し、パッケージ表示自立生活支援(生活支援・見守り) 家事支援 21 訪問型の生活支援、家事支援サービス自立生活支援(生活支援・見守り) 介護施設 22 サービス付き高齢者向け住宅自立生活支援(生活支援・見守り) 警備/運送 23 高齢者向け見守りサービス自立生活支援 レジャー 24 グラウンドゴルフ/パークゴルフ自立生活支援 介護 25 要介護者、障害者向けの旅行プラン自立生活支援 ペット 26 ペット葬儀サービス、ペットの手作りごはん在宅ケア支援(ロボット/IOT) 電器・精密機器 27 ロボットスーツ、リハビリ支援在宅ケア支援(ロボット/IOT) 電器・精密機器 28 自動排泄処理装置、移動・後付可能トイレ在宅ケア支援(ロボット/IOT) 電器・精密機器 29 コミュニケーションロボット快適性 電器・精密機器 30 シニア向け家電製品快適性 衣料品メーカー 31 要介護者向けおしゃれ肌着快適性 医療品メーカー 32 大人用おむつ/尿漏れパッド快適性 医療品メーカー 33 かつら/ウィッグ、育毛剤快適性 金融 34 高齢者向け保険商品

(出所)筆者作成。

3. 持続可能な高齢社会、豊かな長寿の実現に必要な「商助」(民間の力)

これから進む本格的な高齢化に際して、持続可能な高齢社会、豊かな長寿の実現に向け

ては、自助、互助、共助、公助というこれまでの概念に加え、「商助12」という概念(理念)

を広く浸透させていくことが必要と考える。人々の生活及び社会を支える重要の要素とし

ては、民間企業の活動(力)があり、社会に対する貢献も本来的に大きい。自助や公助、

互助や共助において取組めることに限界があるなか、安心で希望の持てる未来を切り拓い

ていくには、これまで以上に民間企業の力が必要である。如何に民間企業の力を、社会の

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「商助」は、國松善次 前滋賀県知事が発案された概念(滋賀県高齢者福祉計画・介護保険事業支援計画

2009 より)。

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課題解決や社会への貢献にしていく方向に導いていけるか、社会にとって極めて重要なこ

とと考える。そうした社会のための事業(ビジネス)を志向する概念(理念)としての「商

助」を広めるには、国、行政が果たすべき役割も大きい。例えば、これからの超高齢社会

を踏まえ、社会の課題解決、国民のサクセスフル・エイジングに応えるような企業の「商

助」にもとづく取り組みを積極的に表彰するようなことができないかと希望している。

図9 持続可能な高齢社会、豊かな長寿の実現に必要な民間の力「商助」

(出所)筆者作成

最後に、「商助」の取り組みの一つとして、高齢化課題に応える(高齢社会のニーズに応

える)ための企業に期待する“投資”のあり方を述べる。以下の 3 つのことがあると考え

る。

1 つ目は、高齢者を貴重な社会資源として捉え、その資源を“活かす・導く”ための投

資である。現在、行政主導で「生涯現役社会」、つまり“年齢に関わらず活躍し続けられる

社会”の実現に向けた指導や取り組みが進められているが、未来社会を考えると、本当に

そのことを実現しないと日本社会は立ち行かなくなってしまう可能性がある。一人ひとり

の個人にとっても、人生 90-100 年という長寿の可能性があるなか、高齢期は実に長いわけ

で、その期間を如何に充実したものにできるかは人生の質を左右する。こうした課題を踏

まえて、高齢者の活躍場所を拡げ、導くような事業、また高齢期に相応しい新たなライフ

スタイルをサポートするような事業への投資が期待されるところである。

2 つ目は、高齢者の“QOL(Quality of Life)の向上に貢献する”ための投資である。まさに

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高齢者のニーズに応えるための投資と言い換えれるが、この視点では生活を取り巻くあり

とあらゆることが投資の対象となろう。前述した高齢者のニーズの塊である「健康長寿の

実現」、「自立した生活の継続」、さらには「在宅での医療ケアの継続」を取り上げても、ま

だまだ多くのサポート視点がある。ビジネスチャンスの宝庫でもあるだけに、高齢者の

QOL 向上に向けた商品サービスがさらに拡充されていくことを期待したい。

3 つ目は、安心で活力ある“高齢社会を築く”ための投資である。地域(自治体)と協

働する視点からの投資である。少子高齢化に伴う多くの社会的課題の解決が「地域(自治

体)」に求められてきている。しかし、自治体だけでできることにも限界があり、民間企業

の力を求める自治体は少なくない。民間企業が積極的に地域と協働して、必要な社会イン

フラづくりや環境整備をはかっていくことは社会にとっても意義があり、これからの企業

の重要な投資のあり方と考える。

以上、僅かな視点に止まるが、こうした「商助」にもとづく未来への投資を如何に促し

ていけるか、そして、サクセスフル・エイジングに貢献する高齢者市場をいかに創造して

いけるか、日本の「未来の成長戦略」という視点からも極めて重要なことと考える。同時

に、そうした市場が早期に創造されていくことを大いに期待したい。

図10 企業に期待される「商助」としての投資

(出所)筆者作成。

参考文献

秋山弘子(2010), 「長寿社会の科学と社会の構想」, 『科学』Vol.80, No.1 ,岩波書店, pp. 59-64。