第4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究におけ …第4章...

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第4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育 104 第 4 章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育 戦後の家庭科の学習指導要領においては、調理技能の教育は、実践的態度の育成をはかる点に教育 的意義を認めることができた。ただし、調理技能の習得を学習者自身の生活と結びつける視点が弱い ことも明らかにされた。 家庭科教育の内容について検討する場合には、上記のように、まず、学校教育における教育内容の スタンダードとされる学習指導要領を検討対象とするが、さらに、学習指導要領とは異なる観点から 実践に影響を与えたと考えられる、家庭科の教科理論やカリキュラム研究を対象として検討すること も必要とされる。加えて、実際に行われた教育実践の様相を分析して明らかにする必要もある。ナシ ョナルスタンダードとしての学習指導要領、研究者らによる教科理論およびカリキュラム研究、さら に、実際の教育実践という3つの側面については、家庭科教育の事実をあきらかにするにあたっては、 必ずしも区分できないこともあるが、ひとまず、この3つの側面から分けて検討することによって、 調理技能の教育の位置づけがより明確になると考えられる。 そこで、本章では、以上の三つの側面のうち、家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における 調理技能の教育について検討を加える。 なお、前章までの記述と同様に、調理技能を個人の生活で有用な調理に関わる技能 と考え、個別 的である技能に対して、技術は普遍化されたものという立場をとる。ただし、調理技能を含む生活上 必要とされる技能については、家政学における通例にしたがって生活技術という語を用いる。 1.家庭科教育の教科理論およびカリキュラム研究の概要 家庭科は、学習内容が、食生活領域、衣生活領域、住生活領域、保育領域、家庭経営領域など、多 岐の領域に渡ることから、家庭科教育全体の教科理論を検討するだけではなく、領域ごとの教育理論 や、カリキュラム研究も広く行われてきた。 このような、教科理論およびカリキュラム研究について、戦後の家庭科教育において概観すると、 次のようになる。 戦後すぐに、民主的な家庭建設のために、男女がともに学ぶ教科となった家庭科教育は、既述のよ うに、「家事科と裁縫科の合科ではない」「技能教科ではない」「女子のための教科ではない」という三 否定のもとに新設された 。それまでの女子教育としての家事科、裁縫科とは異なる教科としての再 出発であった。そのため、まずは、新たな教科理論を必要とした。そこで、 1950 年代後半以降に実践

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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第4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

戦後の家庭科の学習指導要領においては、調理技能の教育は、実践的態度の育成をはかる点に教育

的意義を認めることができた。ただし、調理技能の習得を学習者自身の生活と結びつける視点が弱い

ことも明らかにされた。

家庭科教育の内容について検討する場合には、上記のように、まず、学校教育における教育内容の

スタンダードとされる学習指導要領を検討対象とするが、さらに、学習指導要領とは異なる観点から

実践に影響を与えたと考えられる、家庭科の教科理論やカリキュラム研究を対象として検討すること

も必要とされる。加えて、実際に行われた教育実践の様相を分析して明らかにする必要もある。ナシ

ョナルスタンダードとしての学習指導要領、研究者らによる教科理論およびカリキュラム研究、さら

に、実際の教育実践という3つの側面については、家庭科教育の事実をあきらかにするにあたっては、

必ずしも区分できないこともあるが、ひとまず、この3つの側面から分けて検討することによって、

調理技能の教育の位置づけがより明確になると考えられる。

そこで、本章では、以上の三つの側面のうち、家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における

調理技能の教育について検討を加える。

なお、前章までの記述と同様に、調理技能を個人の生活で有用な調理に関わる技能1と考え、個別

的である技能に対して、技術は普遍化されたものという立場をとる。ただし、調理技能を含む生活上

必要とされる技能については、家政学における通例にしたがって生活技術という語を用いる。

1.家庭科教育の教科理論およびカリキュラム研究の概要

家庭科は、学習内容が、食生活領域、衣生活領域、住生活領域、保育領域、家庭経営領域など、多

岐の領域に渡ることから、家庭科教育全体の教科理論を検討するだけではなく、領域ごとの教育理論

や、カリキュラム研究も広く行われてきた。

このような、教科理論およびカリキュラム研究について、戦後の家庭科教育において概観すると、

次のようになる。

戦後すぐに、民主的な家庭建設のために、男女がともに学ぶ教科となった家庭科教育は、既述のよ

うに、「家事科と裁縫科の合科ではない」「技能教科ではない」「女子のための教科ではない」という三

否定のもとに新設された2。それまでの女子教育としての家事科、裁縫科とは異なる教科としての再

出発であった。そのため、まずは、新たな教科理論を必要とした。そこで、1950年代後半以降に実践

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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と理論構築を往還する形で、教科理論についての研究が行われるようになった。その中心は、1950

年代後半から 1970 年代にかけて、日本教職員組合(以下、日教組と略す)の教育研究活動(以下、

教研活動と略す)や、民間の教育研究団体が、理論を実践し、検証して、理論を修正する、というス

タイルで、精力的に行った教科理論研究であった。これらは、家庭科の教科理論の確立に多大な影響

を与えたと言われている3。

このような、理論と実践の統合された形での教科理論、カリキュラム研究においては、実践の中で

は調理技能として扱われる内容が、教科理論においては生活技術として論じられるという具合に、調

理技能は、その他の生活技術とともに一般化されて論じられることが多い。

つまり、家庭科教育の教科理論の中では、調理技能は、固有の技能としてではなく、家庭科で扱う

生活技術の一つとして論じられているのである。

その後、1970年代以降には、1950年代後半からおこなわれてきた、日教組や民間の教育研究団体

が行った、教科理論研究をもとに、食生活領域のカリキュラム研究が数多く取り組まれるようになっ

た。そこでは、調理技能について、食生活領域全体のカリキュラムの中でどのように実践するのか、

教育の目的をどうするのかについて論じられるようになった。

さらに、1990年代以降には、男女共修の家庭科が実施されたこともあり、家庭科教育のカリキュラ

ム研究が盛んに行われるようになった。このような家庭科全体のカリキュラム研究においては、社会

的な要請もあって、食生活学習を全体のなかにどのように位置づけるのか、そこで調理をどう扱うの

かということが検討されるようになった。

本章は、家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育の位置づけについて検

討することを目的としているが、以上に述べたように教科理論においては、調理技能を直接論じるこ

とがほとんどないことや、1970年代までは、その多くが教科理論の研究であることから、教科理論に

関しては、生活技術の位置づけについて検討し、その後のカリキュラム研究については、食生活領域

のカリキュラムの構成と、そこにおける調理技能の位置づけを検討する。

具体的には、戦後の家庭科教育史上、教科理論研究の端緒と考えられる、日教組の中央教育課程研

究委員会家庭科部会による家庭科の理論仮説、および技術教育的視点を中心とする、産業教育研究連

盟による教科理論において、生活技術がどのように位置づけられたのかを明らかにする。さらに、そ

の後の教科理論研究における生活技術の位置づけを分析的に検討した上で、カリキュラム研究におけ

る調理技能の位置づけについて検討を加える。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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(1)日教組の教研活動における生活技術の検討

日教組の全国教育研究集会(以下、教研集会と略す)において、家庭科の教科理論が検討されたの

は、1957(昭和 32)年に第 6 次教研集会において、家庭科教育分科会が特設されてからである。こ

れ以降の教科理論確立のための研究は、家庭科研究会、中央教育課程研究委員会家庭科部会に継承さ

れた。これは、研究者と実践者による協働的なものであり、このことは歴史的にも、理論と実践の統

合という視点からも、意義ある研究であったと言われている4。

この時期の教科理論の形成過程については、福原美江により詳細に研究5されている。本節では、

この福原によって分析的に探究された 1960(昭和 35)年前後の家庭科教育の教科理論の生成過程研

究を参考に、この時期の教科理論において、調理技能を含む生活技術がどのように位置づけられてい

たのかを見てみたい。

1958(昭和 33)年以降の教科理論の検討は、家庭科教育における「技術」概念の把握と分析から

行われ、家事労働の「技術」としての検討へとその中心が移行していった。なかでも、家事労働の「技

術」は、教材レベルの「技術」を対象として、(1)自然科学的側面、(2)技術的側面、(3)社会科学

的側面から分析され、三者の交叉点に家庭科の教材価値をおくとされた。これは、家事労働の「技術」

を分析するというよりも、現代社会における家事労働の総体的な意味を検討することになり、「家庭生

活は労働力の再生産過程の一部分である」6と論じられた。

このように、1958(昭和 33)年以降の教科理論の検討過程においては、家事労働の「技術」的分

析から「科学」的分析へと、その中心がうつり、結果として2つの教授過程試案が示されることにな

った。

「教授過程試案1) ごはんをつくる

2) スラックスをつくる」

この二つの試案の特徴は、①労働にまつわる必要最小限度の技能と知識の習得を導入とすること、

②自然科学的側面の認識から、③社会科学的側面の認識へ、と発展的系統性が想定されていること

であった。なお、この試案の教授学的意味は、

1.技能の習得と知的理解の緊張関係・相互規定的関係を明確にするという方向性

2.労働を媒介とした教育内容の確定と、認識の発展系列を統一的に把握しようとする方向性

という二つの方向性を示したことにあると言われている7。

とくに、ここで示された家庭科の認識の発展系列においては、一般には労働にふくまれている「技

能や技術」が、認識発展の糸口としての感性的認識の段階に位置づけられている。

以下に、1961(昭和 36)年 1 月に発表された理論仮説を示す。これは、労働との関連や、認識の

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発展過程との関連が重視されている点から、見る限りは、家事労働の教育論ともいえるもので、実生

活との連携をはかるよう工夫されたもの、と言うことができる。

表4-1 日教組中央教育課程研究委員会家庭科部会による(家庭科の)理論仮説

(福原美江『家庭科の理論と授業研究』,光生館 1990,p119より転載)

この理論仮説においては、調理技能は明確には位置づけられていない。しかし、この理論仮説をも

とに授業を構成する段階では、おそらく、「労働と食物」の中の「労働とでんぷん食」、「労働と脂肪食」、

「労働とたんぱく食」という教育内容において、関連する食品を用いた調理実習が設定されるのでは

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ないかと推察される。実際に、この理論仮説の実証的研究として、東京都教育研究集会家庭科部会に

参加した教師たちにより、「ごはんをつくる(小学校)」という検証授業が行われている。

さらに、調節とビタミン、代謝とビタミン、調理食品の商品化と主婦労働、生産労働と食生活、と

いう教育内容においても、ビタミンの科学的特徴を理解するために、また食品の社会的な認識を深め

るために、調理が体験的な学習として位置づけられたと考えられる。ただし、このような調理実習は、

あくまでも自然科学的および社会科学的認識を発展させるための方法であり、調理技能そのものを習

得することは目指されていないといってよい。また、調理技能を習得することと生活との関連も充分

には示されていない。これは、主として生活の改善や家事としての生活技術の習得を目標とする、学

習指導要領に示された家庭科の内容に対する批判として、示されたと考えてもよいだろう。

先に述べたような、理論仮説をもとにした検証授業は、岩手技術を語る会をはじめとした、いくつ

もの地方の研究会等で行われた。さらに、この教科理論は、1966(昭和 41)年に設立された家庭科

教育研究者連盟によって継承され、技術は、科学的認識を深め、社会的認識への道筋をつけるもので

あると位置づけられて、現在まで同連盟において一貫して授業実践研究のテーマとされている。

(2)技術教育的視点による家庭科の教科理論における生活技術

1950年代以降、数多くの実践報告を世に問い、教科としての理論を成立させようと試みたのが、産

業教育研究連盟(以下、産教連と略す)である。産教連は 1949(昭和 24)年に発足した職業教育研

究会が前身である。当初は、職業科と家庭科は独立した教科とすべきであるという立場をとっていた

が、1958(昭和 33)年の技術・家庭科の新設の前後に、技術家庭科という一つの教科としてカリキ

ュラムを編成する方向性を打ち出すようになった。そこには、当時の家事・裁縫を抜け出ない家庭科

教育の内容に不満をもつ家庭科教師たちの、技術教育的視点からの実践8があった。

産教連の教科理論は、『技術・家庭科教育の創造』(産教連編 1968)や『技術家庭科授業入門』(岡

邦雄編 1966)などに、実践事例と共に解説された。生活技術を、歴史的な産物として扱うことにより、

加工、生産との関連を明らかにして、人類の技術の利用についても考えること、とくに労働を重視す

る立場から、個人的に身につける技能と一般化された技術(知識も含む)が統合されて、生活または

産業に有用な技術になることが示されている。

1960年代に盛んに実践をつくり出した産教連は、人間の生活における技術を核とした教科理論を展

開し、家庭科教育を技術教育的視点から再編成する男女共学の試みを行った。この「技術教育的視点」

とは、家庭科教育内容から「原理とか法則あるいは科学性とか一般性を導き出すための試行錯誤がく

りかえされるなかで、選び出された核であった」9と説明されている。実際に提示されている食物分

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野のカリキュラムを見ると、全部で3つの階梯が示され、このうち第 1 階梯に「きる(ほうちょう、

はさみ)、果物の皮をむく、ほうちょうの使い方の工夫」、第 2階梯に「でんぷんを作る、加熱して試

食、熱湯でまぜる(糊化)、炊飯」といった、具体的な調理技能の学習が設定されている。さらに第 3

階梯には、「植物性食品の加工、動物性食品の加工、食品の組み合わせと調理」が示されている10。

この階梯をもとにした調理技能の指導計画は、食物材料の性質や特徴を自然科学的な面から明らかに

しながら、調理技術に結びつけるために、調理に用いる道具や機械・食品の生産・流通・消費など、

労働手段や社会科学的な面にも触れるように組み立てられている。

これは、調理技能が単なる身辺処理技能として、方法だけが指導されてきたことに対する、一つの

批判として提示されたものであった。具体的には、調理に関する技術を中心にすえ、それに関連する

自然科学的、社会科学的側面の事柄について学習することによって、食生活全体を学ぶという構成に

なっている。調理技能の教育は、調理に関する自然科学的側面および社会科学的側面の事柄を理解す

るための重要な学習方法とされているのである。これは、それぞれの単元や領域というまとまりで見

た場合だけではなく、取り上げる題材およびそれらの構成と順序といった全体を概観して、はじめて

技術教育的視点による食生活教育の再編成ということの意味が理解できるようになると考えられる。

ただし、ここで示された技術の系列は、技術教育的視点を強調するものとなっているため、人類の

歴史、文化、労働に思考を広げることが重視され、学習者個人が自分の生活そのものを振り返ること

や日常生活との関連をはかることにはほとんど注意が払われていない。ここでは、あくまでも調理技

能の教育は、認識の端緒となることに、その教育的意義が見出されるということになる。

2.教科理論における生活技術の位置づけ

日教組の中央教育課程研究会家庭部会による理論仮説においては、生活技術は科学的認識を育むた

めのものであり、産教連の教科理論においては、体験的に学ぶことによって技術の歴史を理解し、自

然科学的側面と社会科学的側面における技術の役割を認識するためのものであった。さらに、このほ

かの研究者らによる家庭科の教科理論を概観すると、調理技能を含む生活技術は大きく分けて、二つ

の視点から論じられている。一つは生活主体形成を目指すために習得すべきもの、もう一つは生活文

化の創造を目的とするために継承されるべきものであるとする視点である。以下ではこれら二種類の

教科理論における生活技術について、それぞれ順に検討する。

(1)生活主体形成を目指す家庭科の教科理論における生活技術

家庭科教育は、先述したように戦前の家事科・裁縫科の影響を色濃く受けながら、戦後にその教科

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の理論を確立する必要に迫られた。とくに 1970 年代には、技能教科ではないとする家庭科の教科理

論について、労働力の再生産を果たす教科、生活の自立を果たす教科として議論されるようになった。

そこで、注目されるようになったのが、生活主体形成を目指す視点である。生活主体形成を目指す

ということは、主体的に生活を創っていくことの重要性、ひいては生活自立にとって必要な技能や知

識を習得することの重要性に注目することになる。

たとえば、田結庄(たゆのしょう)順子は生活主体形成の視点から、「生活主体形成に必要な家事・

育児に関する知識と技能を身に付け、生活を切り開いていく能力」11を重視している。ここでいう生

活主体とは、天野寛子が『生活管理論』の中で定義した「生活の問題に、自ら身につけた生活技術を

もって積極的に対処し、問題を解決していく実践的な手段体系をもち、かつ実践する生活者」12をも

とにしている。これは、家庭科で生活主体を論じるときの前提とされることが多い定義である。

この田結庄の教科理論に見られるような、生活主体形成を目指す家庭科教育論においては、生活技

術は家事労働との関連で論じられることになる。家政学の家事労働にかかわる問題は、性別役割分業

の問題も含まれるが、家庭科教育においてはとくに、家事労働そのものが多くの生活技術から成り立

っていることから、家事労働を担うということと、生活技術の習得をあわせて論じることが多い。つ

まり、生活技術の習得は、男女の別なく主体的な生活を営むために必要とされる、ということになっ

ている。

さらに、この家事労働の視点から生活技術の重要性を論じているのは、福原美江である。福原は、

家事労働を、生活的自立の基礎である身辺処理行為と明確に区別し、他者とともに生きるために不可

欠な労働と位置づけた13。「ひとりでも生きられる」身辺処理能力と、「他者とともに生きる」ための

家事労働を、ともに生活者としての要件と位置づけ、生活技術を単に習得することと、それを生活場

面でどのように用いるかということに分けて論じている。さらに、学校を「生活体験を豊かにする『生

活の共同体』としてとらえ直す必要」「生活的自立の要件としての身辺処理行為と、共同生活における

人間理解と人間関係を築く要件としての家事労働を通して、労働教育の基礎を直接体験させる必要」

があると論じていることから、他者との関係をつくる生活主体の育成において、生活技術の習得が重

要であることを示していると考えられる。ただし、ここでいう生活技術は、手先の技能に加えて、人

間関係能力を重視した大きな概念であることに注意したい。

このほかに、家庭科教育の実践および実践研究から理論を組み立てた和田典子は、家庭科の独自性

として、①家庭生活にかかわる諸事象(生命の生産と再生産のいとなみ)を教育対象化するというこ

と、②生活事象のなかに存在する科学法則(自然科学、社会科学、技術学)をあきらかにしてゆくなか

で科学を労働や生活と結合してゆくこと、③以上を通して家庭生活の充実・向上の実現をはかること、

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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の 3点を挙げている14。この独自性を大前提としながらも、生活事象(題材)の多様性・総合学習的な

教科の性格から、内容の系統化は無理と考え、子どもの認識の順次性(子どものわかるすじ道)から

カリキュラムを編成15した。その一例として、技能を出発点とする教育の流れを次のように示してい

る。

「①技能の伝承(やり方を知る)

② 技能における自然科学的検証(なぜそうするのかを生命とのかかわりの面から知る)

③ 生活の現実認識(実際にはどうなっているのか)

④ 現実の社会科学的検証(なぜ、現実がそうなっているのかを知る)

⑤ 政治的自覚(現実を、どう切りひらいていったらよいかを考える。) 」

これは、生活の主体形成について直接論じたものではないが、家庭生活の充実向上の実現を図るこ

とを目指し、技能を出発点として生活や社会について認識させる例を示していることから、生活に関

する技能を導入として生活主体を育成する家庭科教育論である、とみることができる。

ここまで見てきたように、生活主体の形成を目的として生活を学ぶ家庭科においては、生活すると

いうことが、単に思考力、判断力を身につけるだけではなく、具体的に生活技術を駆使できることで

ある、とするものである。言い換えれば、具体的な個々の生活技術を習得することは重視しながらも、

それだけでは不十分であり、思考、判断したうえで実際の生活上で使うことができるようにすること

が、主体的な生活者になるということを示したものである。

なお、生活主体の育成の立場から生活技術の位置づけを明確に示しているのは、鶴田敦子による教

科理論である。鶴田は、生活主体の育成を生活の自立の観点から論じており、そこでは技能の位置づ

けが重要であるとしている。ただし、鶴田は、生活的自立能力としての技能を、家庭科教育において

習得することは困難であるという立場をとる16。生活的自立能力そのもの、つまり、生活に関わる技

能そのものの習得ではなく、①家庭生活で行われている技能の原理を学ぶ、②技能を学ぶ機会を通し

て技能を実際に使う場面の動機づけとする、ということが、技能に関わる教育の意義であり、「生活的

自立能力を身につけて行くプロセスを支援する」ことの重要性を論じている。これは、生活に関わる

技能について、学校で学習したことを踏まえながらも、日常生活の経験の蓄積のなかで定着していく

という点を明示したものである。つまり、家庭科教育における調理技能を含む技能の教育の位置づけ

と教育的意義を示したものと考えられる。

(2)生活文化の創造を目指す教科理論における生活技術

生活文化の創造を家庭科教育の目的とした教科理論として代表的なものとしては、次の3つが

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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ある。これらの教科理論においては、生活技術は、生活文化を継承するための内容でもあり、手

段でもあると考えられている。

一番ヶ瀬康子は、生活学の観点から家庭科教育に望みたいこととして、3つのことをあげているが、

その一つに「日本風土の中で生み出した生活技術を有効に継承しながらも生活全体への文化的な視点

を高めつつ、トータルにデザインして行く感性と方法が必要」17と述べ、生活技術の継承が、生活文

化の創造につながる視点を示した。

また、村田泰彦は「生活技能はまた、生活文化と表裏一体の関係にある。」と生活技能の位置づけ

を明確にしたうえで、「家庭科が対象とする生活は、具体的には「生活事象」であり「生活文化」である

とした。

ここで、「生活文化」というのは、生活を耕す過程で発見された文化価値をさす。「生活を耕すことは、

生活をいつくしみ、それを重視するだけではなく、生活のメカニズムを知り、生活を営むための労苦を

ともなう過程を含むもので、それは生活体験により体得することがのぞましい価値である。」18と生

活体験により体得することを重視した。ここにある、生活体験により体得することのなかには、生活

に関わる技能の習得が含まれると考えられ、そのことによって生活の文化的価値をつくること、すな

わち、単に技能を駆使するのではなく、価値あるものとして技能を用いて生活を営むことを強調した。

これは、生活文化の創造をめざすことを示したものである。

三つ目に、生活文化を創造するための基礎能力として生活技術を示しているのは、中間美砂子

の理論である。中間によれば、家庭科で育成する人間像は「生活課題の解決を通して、生活様式・

生活文化を創造できる人間」であり、そのための4つの基礎能力の一つとして、転移性のある生活技

術を位置づけ19ている。4つの基礎能力とは、①生活の科学的認識、②転移性のある生活技術、③生

活重視の価値観、④問題解決能力である。これは、家庭科の目標を生活様式・生活文化の創造と明示

したうえで、その前提として、転移性のある生活技術を習得することの必要性が述べられていると考

えられる。

このように、生活文化の創造においては、伝承し、創造する対象として生活技術が位置づけられて

いると考えられる。生活文化において、生活技術は中心となるものであり、これを創造することが重

要な家庭科の学習目的であることが示されているのである。この考え方からすれば、調理技能は、食

生活の文化において中心となるものであり、食生活および食文化を創造すると言った場合に、その対

象として考えられるものとなる。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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(3)生活主体の育成、生活文化の創造のいずれも目指す教科理論における生活技術

1958(昭和 33)年に創立された日本家庭科教育学会は、1977(昭和 52)年に家庭科教育の構想

研究20を明らかにした。これは、学会の創立 20周年の記念事業の一つとして、1970(昭和 45)年よ

り 5ヵ年にわたる研究の報告をまとめたものである。当時の家庭科教育の課題をふまえて、討議、考

察を経て作成された目標試案は、次のように示された。

「 家庭科の教育目標試案 (日本家庭科教育学会、家庭科教育構想研究委員会による)

(1)全体目標

家庭生活についての認識を深め、家庭を中心とする人間の生活の充実向上と、その福祉を図る実

践的能力を養う。

1)家庭を中心とする生活を健康的に営むための知識・技能を養う。

知識理解の側面

技能の側面

2)人と環境の相互作用の中で、人的、物的資源を活用し、生活を計画的、合理的に運営する能力

を養う。

3)豊かな家庭生活文化を創造する能力を養う。

4)家庭を中心とする生活の課題を追求し、よりよい生活を創造する問題解決能力を養う。」21

ここでは、1)家庭を中心とする生活を健康的に営むための知識・技能を養う とする目標におい

て、技能の問題が次のように解説されている。

「技能の側面

○ 技能(skill)は、個人の能力として主体化されたもので、知識理解の面と運動定型化の二面から

成り立つ。これらが統合された状態で、一定の目的に合う行動特性として身につけられている

ことがたいせつである。

○ 家庭科で育成を図る技能は、①物をつくる手または腕の働きとしての技能②機械操作の技能③

生活自体に適応し、向上させるための技能、の三つに分けることができるが、終局的には、家

庭生活を中心とする生活の向上を図る生活技能の育成が重視される。」22

この解説からは、この構想研究において、生活技能というものが、先述した(1)生活主体形成を

目指す家庭科の教科理論、における生活技術と同様の位置づけであることがわかる。つまり、①物を

つくる手または腕の働きとしての技能や、②機械操作の技能を育成するとしながらも、③生活自体に

適応し、向上させるための技能も育成し、これらは、家庭生活を中心とする生活の向上を図る生活技

能となることを説明していると考えられる。ただし、(1)生活主体形成を目指す家庭科の教科理論に

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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おける生活技術、に比べると、技能そのものの育成がより重視されている。

さらに、調理技能がどのように位置づけられているのかを検討するために、領域別目標および領域

別試案のうち、食生活領域の目標、および試案を抽出してみる。

「領域別目標

<食生活>食生活について認識を深め、その充実向上をはかる実践的能力を養う。

1)栄養、食品、献立、調理などに関する知識・技能を習得し、食生活を健康的に営む能力を養う。

2)消費者として、食生活に必要な物資、金銭、時間、労力などを、計画的、合理的に活用する能

力を養う。

3)食生活文化を継承し、創造する能力を養う。

4)食生活の課題を追求し、よりよい食生活を創造する問題解決能力を養う。」23

食生活領域の目標には、「1)栄養、食品、献立、調理などに関する知識・技能の習得」が示されて

いる。調理技能は、その他の知識とともに、習得すべき内容とされていることがわかる。

一方、「3)食生活文化を継承し、創造する能力を養う」こと、も目標とされている。この目標は、

主として高校段階で達成すべきものと考えられており、思考、技能の深化により、家庭生活の文化を

継承しつつ、豊かに創造する能力の育成が期待されているものである。この構想案では、先述した生

活文化の創造を目指す教科理論における生活技術についても、期待されていると考えてよいだろう。

つまり、生活主体者の育成の条件としての調理技能の習得、および生活文化の継承と創造を目指す

ために調理技能を習得すること、の両方を目ざした構想案であると言える。

さらに、この目標を具体的に示すために提示されている食生活領域試案を表4-2に示した。詳細

に検討すると、内容区分「栄養・食品」「食物管理」「調理」のうち、「調理」に関する項目が多く挙げ

られていることがわかる。

調理は、手法別に分類し、必要に応じて食品を表記していることから、調理法の体系に基づいた調

理技能を習得するように考えられているということが明らかである。これは、1968(昭和 43)年告

示の小学校学習指導要領、1969(昭和 44)年告示の中学校学習指導要領、および 1970(昭和 45)年

告示の高等学校学習指導要領、さらに、1977(昭和 52)年告示の小学校学習指導要領、1977(昭和

52)年告示の中学校学習指導要領、1978(昭和 53)年告示の高等学校学習指導要領における、小・

中・高等学校の内容と同様の考え方に基づいており、実習例の取り挙げ方についても類似していると

考えられる。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

115

表4-2 食生活領域試案

(日本家庭科教育学会編『家庭科教育の構想研究』1977,p74より転載)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

116

ここまで検討して明らかになったのは、生活主体者の育成および生活文化の創造を目的とする家庭

科の教科理論においては、いずれも、生活が社会や文化に関わる大きな概念として捉えられており、

総合的な営みであることが確認されていることである。生活技術は、そのものを切り離した形で習得

を目指すのではなく、人間関係能力との関連から、生活上で発揮し、文化を継承するためにも重要で

あると考えられている。つまり、生活技術を習得することだけに意味を見出すのではなく、生活主体

者または生活文化を創造する者となるための条件として、他の能力とともに総合的に働く能力として、

生活技術の習得が位置づけられていると言える。

3.カリキュラム研究における調理技能の教育の位置づけ

家庭科教育における食生活領域のカリキュラム研究は、主として 1970 年代より行われるようにな

った。多くは、食生活領域の教育目標を論じたうえで、その構成要素を明示するという方法がとられ

ている。これらの食生活領域の学習に関しては、断片的な教育内容であることの問題性が指摘された

ことが、カリキュラム研究の必要性を認識する上での大前提になっていたと思われる。

この断片的な教育内容であることの問題性は、1970年代後半に家庭科教育全体の問題という位

置づけで米川五郎により指摘されている。具体的には、食生活教育の課題と展望において、食物領域

の体系化に関する問題、食生活を総合的に考えることの重要性として、次のように示されている。

「食領域に導入されている個々の教育内容の根拠となるものは体系化された一つの学問ではあり得

ないのが現状であろう。それに代わるものは、多数の学問や文化事象といったものであり、栄養学・

食品学・食糧経済学・調理学・調理技術などがあげられる。それらを総合した学問体系はまだ存在し

ていないのである。」24

ここで指摘されている問題は、現在にも通じる未解決の問題であると考えられる。また、家政学の

視点から食生活を論じる際の問題点でもあり、家庭科の食生活領域以外のすべての領域において共通

する問題である。すなわち、細分化された研究領域が、それぞれ専門的な研究をすすめればすすめる

ほど、生活場面に密着した総合的な生活を論じることが難しくなるという問題である。家庭科教育は、

このような家政学における問題点を抱えたまま、現在も十分に解決がはかられていないと言える。

そこで、これらの問題を解決する具体策として、同じく米川は「科学的な知識の学習と実技教育を

並列するだけではなく総合化する」ということを挙げ、「既成の学問体系に対応させるような体系化を

求めるのではなく、むしろ新しい生活を創造しうる人間の育成という視点から人間中心の教育内容の

あり方を求めて体系性をはかることが必要」と述べている。さらに、「具体的には、科学的な知識の学

習と実技教育とを並列するだけではなく総合化する必要があるし、技能のミニマムエッセンシャルズ

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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を小・中・高校を一貫して検討する必要」25を提案している。これは、食生活領域について言えば、

食物学、調理学の学問体系に依るのではなく、生活を対象とした家庭科教育独自の食生活教育および

技能教育のあり方を検討する必要がある、ということを述べているのだと考えられる。

同様の問題意識をもって、武藤八恵子も、食生活領域の学習について次のように述べている。「食べ

ものの授業が自然科学として知識の形をとって伝授されることは当然であった」26「客観的に観察さ

れ実験に基づく考察がしやすいのは食べるモノ..である。食べるヒト

..、食べるコト

..については、自然科

学的アプローチはしにくい方法であったと考える」と分析的に論じ、「食べるという営みは、実用だけ

でなく、また知識を必要とするだけでなく、食生活の構造を理解し、それを動かす原理をとらえなけ

れば、その営みは機能しないのである。食物の授業が“人間”“生活”という視座を持ち、実用や知識

だけではなく、その原理をとらえるためには価値体系の導入が必要になるのではないだろうか。」27と

その解決の方向性を示している。

つまり、食生活領域の学習がモノを対象化した自然科学的アプローチに偏っていたことを確認した

上で、ヒトやコトを対象として、実用や知識だけではなく、価値体系を導入して原理を捉えることを

必要としていると論じている。ここで、価値体系を導入して原理をとらえるということのなかに、生

活技術としての調理技能の位置づけを明確にする、ということが含まれるのではないだろうか。食生

活領域の学習において、調理技能を習得することの意義や、どのような調理技能が必要とされるのか、

について検討する必要性が示されていると考えられるのである。

ただし、米川、武藤は、家庭科教育で調理技能をどのように位置づけるのか、どのようなカリキュ

ラム構成が可能となるのか、といったことは具体的に論じていない。武藤が指摘しているように、学

習内容としても、方法としても、モノに関する生活は扱いやすいが、ヒト、コトに関する生活はその

取り扱いが容易ではない。さらに、価値体系を導入して原理を捉えさせるとなれば、家庭科教育論に

おける生活技術の位置づけを明確にした上で、食生活領域について検討することを避けて通ることは

できない。

そこで、家庭科教育における食生活領域のカリキュラム研究において、調理技能がどのように位置

づけられているのかについて、その後の主なカリキュラム研究を検討してみたい。

(1)食生活領域のカリキュラム研究における調理技能の教育

1970年代後半から、1990年代前半までに行われた、食生活領域のカリキュラムに関する研究のう

ち、代表的な5つの研究を示し、調理技能の教育がどのように位置づけられていたのかを検討する。

これらのカリキュラム研究は、食生活領域に限定して行われているのが特徴である。なかには、さら

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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に中学校の食生活領域に限定したカリキュラム研究もあるが、いずれも小学校、中学校、高等学校の

発達段階を考慮して段階的に学ぶことを見通したものとなっており、具体的な教材等も検討されてい

る。発表順に5つの食生活領域のカリキュラム研究の特徴を示し、調理技能の位置づけについて明ら

かにする。

①木村温美、後藤友江「男女共修の家庭科教育内容-中学校食物領域試案-」日本家庭科教育学会誌,

第 20号,1977,pp.8-15

家庭科の男女共修が具体的に検討されるようになった社会的状況を背景に、具体的な内容案を提案

することを目的として、中学校食物領域試案を示そうとした研究である。なお、内容試案を作成する

に当たっては、先述した日本家庭科教育学会による家庭科教育の構想研究の目標案において、(1)が

中心目標(最高目標)で、(2)以下は(1)に連なるという構成形式を踏襲し、さらに、食物の社会

的心理的側面および食生活の管理面が、それまで不足していたことに鑑み、この二つの側面を内容に

盛り込むように工夫したとして、次のように示している。

「中学校食物領域目標(試案)

(1) 食事の意義を正しく認識し、現在の食生活向上をめざす実践的能力を養う

(2) いのちと深いかかわりを持つ食物の重要性を認め、栄養に関する基礎的知識・技能を養う。

(3) 消費者としての正確な認識にもとづいて、食生活に必要な物資の選択・購入ができ、時間・

労力の配分・管理ができる能力を養う。

(4) 望ましい食事のあり方をさぐり、豊かな食生活を創造するための基礎的能力を養う。

(5) 食生活の問題点をみつけ、よりよい食生活とするための問題解決能力を養う。」

さらに、内容試案の作成に関しては、森川久雄の教材の構造図28における、第 1次内容の考え方を

参照している。この第 1次内容とは、もっとも具体化された目標と考えることができ、しかも達成目

標として示されるものである。ここで示された目標は、到達したか否かを観察・記述する必要がある

との考えから、B.S.Bloomらによる教育目標の分類学に準拠して用語を用いている29。

最終的に示された試案は、「Ⅰ.食生活の意義を評価できる。」「Ⅱ.献立作成および調理を評価でき

る。」という二つの大項目(目標)からなっている。この内容試案を次々ページに示した。ここで、調

理技能に関する内容は、「Ⅱ.献立作成および調理を評価できる。」の中に、用具のとり扱い方、調理

実習、もりつけという下位項目(目標)として示されている。

本試案においては、調理技能は、大項目に示された目標を達成するための下位目標としてあり、調

理技能の基本を習得する必要を認めている。しかし、「調理実習の経験は課すけれども調理技能の特定

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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の水準を、目標を示す用語で表現しないこととしたのである。」30と述べているように、調理技能の

習得は目ざさないという立場をとっている。この研究において参照した B.S.Bloomらのタキソノミ

ーに関連して、精神運動的領域については、ミシガン教育局の作成したものを参照しているが、この

ミシガン教育局の資料には、調理技能は、すべて認知的領域の第 3段階である応用、ないしは、適用

の能力をつけるための1つの経験、又は学習活動、として位置づけられている。また、ウェストバー

ジニア州の報告書に、運動技能あるいは手の技能は、第 9学年まではその熟達を期待すべきではない

とあることにも依拠していると言う31。この 2つを理由として調理技能の習得は目ざさないとしてい

るのである。

ここでは、調理技能の教育は、技能の習得を目ざすものではない。ただし、生活で技能を活用する

ために一つの経験としてやってみることに、教育的意義が見出されている。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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表4-3 中学校「食物領域」指導内容(試案)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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(木村、後藤「男女共修の家庭科教育内容-中学校食物領域試案-」日本家庭科教育学会誌20,1977,より転載)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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②桑畑美沙子、山本ちづ子、榊原和子、柳田智子「男女共学による食領域の教育内容試案」『年報・家

庭科教育研究』第13集,1985,pp.18-39

本研究は、男女共学の家庭科を確立するために「自立した生活者」を育てる教育内容の編成を目的

としている。生徒の生活する地域や、生活の実態面から検討することを編成視点として、家庭科教育

の目標行動分析をもとに作成した生活実態に関する調査を実施した。さらに、この調査結果および家

庭科教員への聞き取り調査結果をもとに、試案を作成している。

試案作成上の留意点として、筆者らが挙げているのは、以下の 4点である。

1)技能に関しては、調理品目の完成のために必要な諸々の全技能ではなく、火が使用できる、

庖丁が十分に使用できるなどの極めて基礎的な調理技能の習得をめざしたものとする。

2)知識としては、食品の栄養的特質や調理上の特質などの自然科学的側面のみでなく、食品の

流通、歴史などの社会科学的側面も加味したものとする。

3)日常口にしている加工食品の製造過程を、その原料である食品の段階から追体験させ、加工

食品を原料、製造過程と関連づけて認識させる。

4)以上の 3 点を内容に反映させるため、「米」「油」「肉」などのような食品を学習の中心テー

マとする。

さらに、授業構成を考える上での留意点も 4点挙げている。

1)生徒が活動する実験・実習などの、体験する機会を多く設ける。

2)授業過程を、実験・実習などの体験(技能の修得と自然科学的内容の体験)→自然科学的知識

の習得→社会科学的知識の学び とする。

3)食生活をとりまく問題状況の解決をめざしながら日常的に活動している人々の姿にふれさせる。

問題状況の解決を目指した日常行動のあり方を考えさせる。

4)生徒自身による思考の場面を多く設定する。(考えや気づきを文章化)

以上のような視点から作成された試案は、中学校 2 年生用の構成試案においては、米と麦、大豆、

魚、油、中学校3年生用の構成試案においては、大豆、肉、食品の安全、高校食物においては、野草・

野菜、小麦、砂糖、牛乳、卵、魚、栄養と献立、行事食、幼児食といったテーマごとに、授業構成の

3段階(体験、自然科学的知識、社会科学的知識)について、内容が示されている。

その一部を、表4-4に示す。

この内容構成試案を見て分かるように、いわゆる調理技能の習得が、ほとんど重視されていないこ

とがわかる。このことは、試案作成上の留意点として、調理品目の完成のために必要な諸々の全技能

ではなく、「火が使用できる」「庖丁が十分に使用できる」などの、極めて基礎的な調理技能の習得を

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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めざしたものとすることを、示していることに呼応しているものである。細かい調理法よりは、加工

と貯蔵に関わるような技術へ、より注意が払われていると考えてよいだろう。それは、自然科学的認

識から社会科学的認識へという思考を促すために、調理技能がそのきっかけとなる体験である、と位

置づけられているからである。この考え方は、基本的に、先に検討した日教組の中央教育課程研究委

員会の試案と同様であると考えられる。

すなわち、この理論によれば、家庭科における調理技能の教育の教育的意義は、自然科学的認識か

ら社会科学的認識へという思考を促すことにあるということになる。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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表4-4 教育内容試案の一部(中学校における 2年生の食物部分)

(桑畑美沙子他「男女共学による食領域の教育内容試案」『年報・家庭科教育研究』第 13 集,1985,p25 より転載)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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③日本家政学会編『新時代への家庭科教育』東京書籍,1988

家政学が家庭科教育に対してどのような貢献ができるかをテーマとして、一般社会人および家庭科

関係者への聞き取り、および家庭科教育に対するアンケート調査を実施し、家庭科への社会的な期待

を明らかにした。さらに、家庭科教員への教育内容に関するアンケート調査をもとに、家庭科教育内

容の試案を作成した。表4-5に食生活領域の内容構成を示す。

表4-5 食生活領域の内容構成

(日本家政学会編『新時代の家庭科教育』東京書籍,1988,p114より転載)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

126

この内容構成では、大項目が「栄養」「食品」「調理」「食文化」「食事計画」とされ、このうち調理

技能に関しては、「調理」の中に「2.調理の知識と技術」として示されている。小学校、中学校、高

等学校の各段階においても、調理技能に関しては、「基本的な調理の調理法」(小学校)、「調理の役割

と基本」(中学校)、「調理と食生活」(高等学校)と示されているが、調理技能の習得そのものについ

ては、どのように位置づけられているのか、この内容構成からは十分に理解できない。それは、ここ

に示された内容構成の大項目、「栄養」「食品」「調理」「食文化」「食事計画」の相互の関連性が示され

ていないことによるものであると考えられる。

さらに、この研究では、各領域の内容試案をもとに、3つの家庭科教育全体のカリキュラム構想の

概念図を示している。3つとは、「生活に必要や衣・食・住などの基本的な知識・技術」を中心にした

カリキュラム構想案例・1、生活(暮らし)の視点からの構想案例・2、「人間・家族と生活文化」を

コアにしたカリキュラム構想案例・3である。このうち、「生活に必要な衣・食・住などの基本的な知

識・技術」を中心にしたカリキュラム構想案例・1については、以下のような概念図が示されている。

この構想概念図は、知識と技術を中心としていると述べられてはいるが、知識と技術の関連、およ

びそれぞれの生活技術の習得をどのように位置づけるのか、という点についてはなにも示されていな

い。調理技能の位置づけについても、十分に検討されているとは言いがたいものとなっている。

図4-1 「生活に必要な知識・技術」を中心にしたカリキュラム構想

(日本家政学会編『新時代の家庭科教育』東京書籍,1988,p177 より転載)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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④宇高順子、河本佳和子「小・中・高等学校における食物領域の学習内容構想」日本家庭科教育学会

誌 第 32巻第 1号 pp.34-40 1989

本研究は、1993 年より、中学校の男女必修領域を 4 領域に拡充し、他に 3 領域以上を選択とする

こと、および 1994年より高等学校家庭科を男女共修にすることが決められたことを受けて、小・中・

高等学校を通しての学習内容の一貫性や系統性、生活科学としての家庭科の確立を目指す必要から、

小・中・高等学校における食領域の学習内容の構想を提案した研究である。

この研究で示された食教育カリキュラムの概念図は図4-2に示すとおりである。

ここには、生活構造の把握のために、社会と物の関係、物の条件、人と物の関係に分類して、区分内

容が設定されている。

さらに、次ページに示したように、小・中・高等学校の学習の発展過程は、「平易なものから複雑な

ものへ」「低次な事象から高次な事象へ」「具体的な物から抽象的なものへ」「感性的認識から理性的認

識へ」と順次性のある過程をたどるように設定された。学習内容は、日本家庭科教育学会提案32と日

本家庭科教育学会北海道地区提案33、静岡大学教育学部・付属学校研究協議会家庭科部会提案をはじ

めとした、全部で8つの構想や提案を参照して作成された。

区分内容として、食教育カリキュラ

ムの概念図に示されている内容が全部

で18項目挙げられている。18の区

分内容は、列記して表に一覧され、そ

れぞれに小学校低・中学年、小学校高

学年、中学校、高等学校における内容

が示されている。(以下の表4-6参

照)

この中で調理技能の教育に関わりが

あるのは、調理技術、調理実習である。

図4-2 食教育カリキュラムの概念図

いずれの段階も、実際に取り扱う調理法が示してあり、調理技能の習得の必要性が明示されている

と言える。とくに調理法の設定は、洗う、すすぐ、ふく、まぜる(小学校低・中学年)→切る、皮を

むく、ゆでる、炒める、焼く(小学校高学年)→下味をつける、煮る、揚げる、あえる、炊く(中学

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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校)→練る、蒸す、寄せる、天火で焼く(高等学校)というように、易しいものから難しいものへと、

難易度を考えて配列していることがわかる。この考え方は、学習指導要領における段階的発展的な配

列と同様のものである。生活構造を重視した構想案という観点にたてば、調理法の難易度だけを問題

にするのではなく、児童生徒の日常生活との関連を考慮すべきであると考えられる。

この理論で示された調理技能の教育の教育的意義は、食に関するあらゆる学習を行い、実生活に活

用するために学習すべき内容であるということになろう。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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表4-6 食物領域の学習内容の構想

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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⑤鶴田敦子「中学校の食生活領域の指導内容と方法の一考察(第 2 報)-食生活領域の指導内容の方向

性-」日本家庭科教育学会誌,第33巻第 3号,1990,pp.31-35

本研究は、諸先行研究を比較検討して、食生活領域の指導内容を構造的に示す試案図表を作成した

ものである。

ここで示された食生活領域指導内容構造図は、家庭科が自然科学、人文科学、社会科学といった従

来の学問領域のどれか 1つに依拠するものではないことを確認したうえで、縦軸に、自然科学と技術

に基礎を置く内容を、横軸には、面として人文・社会科学に基礎を置く内容を配置している。さらに、

調理技術は人文・社会科学を基礎にした食物の調整に関する手段・方法の体系であり、食生活の充実・

向上のために運用され、かつ、食生活の様々な側面とは相互に影響しあう関係にあるとされて、縦軸

と面の接点に配置している。

図4-3 食生活領域指導内容構想図

図中には調理とあるが、調理技術の位置づけを、「食物の調整に関する手段・方法の体系であり食生

活の充実・向上のために運用され、かつ、食生活の様々な側面とは相互に影響しあう」と説明してい

ることから、ここで調理と示されているなかには、調理技能の習得が含まれていると考えられる。

この食生活領域指導内容構造図は、中学校の指導内容を中心に考察して作成されたものではあるが、

小学校や高等学校にも共通していると鶴田は述べている。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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これまで検討を加えた食生活領域のカリキュラム案の中では唯一、調理技能を明確に、食生活領域

の中心に位置づけたものとして注目される。調理を中心として、食生活領域について学ぶことになる。

これは、食生活に関する学び全体において要となる調理とその技能について学ぶことに、調理技能の

教育的意義を見出すということになる。

ここまで順に述べてきたように、食生活領域のカリキュラムにおいては、内容が羅列して示される

ことが多く、内容相互の関係性が十分には示されていないものが多かった。それは、家庭科の教科理

論において、技能が手段と位置づけられていることや、具体的な調理技能についての検討が十分でな

いことによるものであると考えられる。

これらのカリキュラムから、調理技能の教育の教育的意義を読み取るとすれば、自然科学的認識か

ら、社会的な認識へと発展させること、食生活を営むにあたって、知識とともに実生活で活用するこ

とを目ざして習得すること、ということになろう。

(2)家庭科教育のカリキュラム研究における調理技能の教育

1990年代から 2000年以降にかけて、家庭科教育全体のカリキュラムを整備するための研究が各地

ですすめられてきた。そのほとんどは、子どもたちの生活実態をもとに、授業実践研究を基盤としな

がら構成されたものである。これらの代表的なものとしては、日本家庭科教育学会四国地区研究グル

ープによる男女共学家庭科の内容試案(食生活領域、小・中・学校)34、日本家庭科教育学会による

小・中・高等学校家庭科の教育内容(ミニマムエッセンシャルズ)の構想案(21 世紀プラン)35、4

つのキー概念と各領域でつけるべき能力の必須の学習要素を用いて概念化した、田結庄順子らによる

食生活文化のカリキュラム構想36、4 つの学習課題と二つの学習領域によるマトリックスからなる、

北陸カリキュラムモデル37、などがある。

これらは、家庭科全体のカリキュラム構成における食生活領域学習において、そのカリキュラム構

成を示したものであり、家庭科教育における調理技能の教育の位置づけを検討する際には、重要なカ

リキュラム研究である。

そこで、それぞれのカリキュラムのなかに、調理技能の教育がどのように位置づけられているのか

を検討する。なお、ここでは、それぞれの案について、カリキュラムの全体を示す、表または図を一

覧することが効果的であることから、部分的に抜粋または結合して示すこととした。

以下、順に、それぞれのカリキュラム論の特徴と調理技能の教育の位置づけを検討する。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

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①日本家庭科教育学会四国地区研究グループ『家庭科カリキュラムの研究』家政教育社1990

日本家庭科教育学会四国地区研究グループによるカリキュラムは、現代の生活における問題状況を

踏まえ、それらの生活課題に対応することを目指して編成されたものである。

領域別の問題状況を総括して、①豊かさの中の貧困問題、②家庭機能の弱体化の問題、③子供の生

活技能の低下の問題、④消費者問題、⑤公害問題(衣料・食品・環境等)、⑥生活様式の多様化から混

乱の問題、の 6点を挙げ、その上で、共学の家庭科教育の目標を、(1)生活者としての自立、(2)生活の

科学的認識、(3)生活福祉の増進、(4)生活文化の継承と創造、という 4つのキーワードで示している。

領域は、①衣生活領域 ②食生活領域 ③住生活領域 ④保育領域 ⑤家族・家庭生活領域 ⑥家

庭経営領域の 6つが提示されており、このうち②食生活領域では、その目標を次の 3点としている。

1) 食生活を健康的に営むための、科学的知識を習得させる。

2) 食生活の課題を発見し、追求できる問題解決能力を養う。

3) 食生活文化を継承し、より良い食生活を主体的に創造する能力を養う。

具体的には、小学校、中学校、高等学校の食生活領域の単元を、それぞれ「健康的な食生活」「健康

的な食生活と課題」「食生活の経営」として、学習項目と学習内容を設定している。

このカリキュラムにおいては、調理技能の教育については、小学校の「2.栽培と調理」の「(3)

簡単な一食分の調理」、中学校の「3.食事計画と調理加工」の「(1)原材料からの加工実習」、高等

学校の「3.食事計画と調理加工」の「(3)調理実習」で扱うように設定されている。

小学校においては、栽培と調理の関連が重視されており、生産から調理までを体験させること、科

学的な認識を促すことが主として目指されており、調理技能の習得については留意されていない。さ

らに中学校においても、調理というよりは、加工という位置づけが強調されたものとなっており、調

理技能の教育として位置づけられてはいない。さらに、高等学校では食事計画の一環としての調理が

強調されており、家庭経営の側面から調理を位置づけていると考えられる。

小学校段階、中学校段階では、このカリキュラムの作成視点として挙げられている、原体験するこ

とを重視し、高校段階では、生活課題発見能力と問題解決能力を重視したものとなっている。このカ

リキュラム編成に当たっては、発達性の原理にしたがった適時性をうたっているが、調理技能の教育

に関して言えば、単に原体験から社会問題へと思考の範囲が広がっていくだけではなく、生活課題発

見能力と社会への問題意識をはぐくみながら、原体験を重ねていくことが重視されるべきであり、社

会的な問題と自分の問題の相互の連関を、常にはかることが必要とされるのではないだろうか。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

136

表4-7 男女共学家庭科の内容試案

① 衣生活領域 ②食生活領域 ③住生活領域 ④保育領域 ⑤家族・家庭生活領域 ⑥家庭経営領域 のうち②の小・中・高等学校

の単元名・学習項目・学習内容のみを抜粋

単元名 学習項目 学習内容

1.からだと食べ物 (1)食事調べ(2)食べ物の働き(3)6つの基礎食品

2.栽培と調理 (1)米・いも・野菜などの栽培

(2)米・いも・野菜・卵・牛乳・肉類(3)簡単な一食分の調理

3.昔の食べ物・今の食べ物 (1)おやつ調べ(2)添加物調べ(3)昔の食べ物

(4)手づくりおやつ

小学校(5・6年)

健康的な食生活

4.わたしたちの食生活 (1)食生活の見直し

1.日本人の食文化 (1)日本人の食生活の変化(2)食習慣(3)郷土の食生活

2.栄養と食品 (1)栄養素の種類と働き(2)栄養所要量

(3)食品の特質(4)食品群別摂取量の目安

3.食事計画と調理加工 (1)原材料からの加工実習(2)献立作成

中学校

健康的な食生活と課題

4.食生活の現状と課題 (1)食生活と健康(2)食糧問題

(3)消費者教育(4)これからの食生活

1.食文化 (1)食事の意義(2)食生活の歴史(3)世界と日本の食文化

2.栄養と食品 (1)栄養素の機能(2)栄養所要量と食品構成

(3)ライフサイクルと食生活(4)食品の特質

(5)鑑別と選択(6)食品衛生と安全性

3.食事計画と調理加工 (1)献立(2)調理(3)調理実習

4.現状と問題点 (1)栄養水準と食糧事情(2)食生活健康障害

(3)食文化の崩壊

高等学校

食生活の経営

5.今後の課題 (1)食生活における消費者問題

(日本家庭科教育学会四国地区研究グループ『家庭科カリキュラムの研究』家政教育社,1990,

pp.119-120の小学校・中学校・高等学校の表をまとめて転載した。)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

137

②「小・中・高等学校家庭科教育の新構想研究」日本家庭科教育学会編著『家庭科の 21 世紀プラン

(ミニマムエッセンシャルズ)』家政教育社,1997

日本家庭科教育学会が 21世紀の家庭科教育を見据えて、世紀末に編成した新構想案である。まず、

家庭科で育む能力を構想するにあたって重視した 4点は、次のとおりであるとしている。

① 学校教育としての学校段階でとらえる発達を重視する。

② 思考の発達段階を踏まえて、低次の思考から高次の思考へとその順序性・一貫性を大切にする。

③ 一方、従来の身体的成熟度を持つレディネス論によって、教育が発達の後を追うのではなく、学

習によって発達が進む、促進すると考えて、新たな能力開発の適時性を見逃さないようにする。

④ 目標設定においても、学校段階、教科間、領域間などの重複を避けて、重点的に「厳選」という

時代の要請にも応えるようにする。

そこで、示された内容構成領域は、「個人及び家族の発達と福祉」「生活資源の暮らしの知識・技術」

「消費生活の営みと生活環境・文化」の 3つとされた。さらに、それらをつなぎ合わせる総合的な部

分(課題研究)が、下図4-4のように示されている。

図4-4 領域構成の概念図(小・中・高等学校家庭科の領域構成の概念図)

ここで、調理技能の教育は、「生活資源と暮らしの知識・技術」の中に位置づけられている。こ

の内容構成領域の小・中・高等学校段階の教育内容をまとめたのが、表4-8である。表からわか

るように、調理技能の教育は、段階的に「初歩的調理技能」(小学校)、「基本的調理技能」(中学校)、

「応用・発展的調理技能」(高等学校)と示されている。これは、そのままでは、内容が十分に示さ

個人及び家族の発

達と福祉

消費生活の

営みと生活

環境・文化

生活資源と暮ら

しの知識・技術

総合(課

題研究)

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

138

れないこと、同様に調理技能の習得を目ざすのか否か、また、これらの内容と、他の教育内容との

関連がどのようにはかられるのかは示されていない。段階的に、調理技能を示していることについ

ては、学習指導要領の設定とほぼ同様である。初歩的、基本的、応用・発展的の内容を明らかにす

ることによって、調理技能をどのように習得しようとしているのか明らかにできるのではないだろ

うか。

表4-8 小・中・高等学校家庭科の教育内容(ミニマムエッセンシャルズ)の構想案

小学校段階 中学校段階 高等学校段階

◎食べものと健康

・栄養素の種類とはたらき

・食べ方の工夫

・初歩的調理技能

◎人間と食物

・適正栄養と健康度

・食品の種類と特徴

・食品の加工と表示

・基本的調理技能

◎食生活と環境

・食事計画 ・食糧の調達・購入

・食糧の安全な保存・管理

・食糧・資源問題 ・食事と献立

・応用・発展的調理技能

◎衣服と健康 ◎人間と衣服 ◎衣生活と環境

生活資源と暮らしの知識・技術

◎すまいと健康 ◎人間と住居 ◎住生活と環境

(日本家庭科教育学会編『家庭科の 21 世紀プラン』家政教育社 1997 p119 より食生活部分を中

心に抜粋して転載した。)

③田結庄順子「家庭科における学校知の転換とカリキュラム構想について」大学家庭科教育研究会編

『市民が育つ家庭科』ドメス出版,2004,p36-48

田結庄順子が示した家庭科教育カリキュラム開発構想の枠組みは、「ジェンダー・エクイティーの認

識を基礎に、生活者としての基礎教養である個人の自立と主体形成(労働主体、文化創造の主体、社

会発展の主体)にとって必要な生活の科学的認識と生活技術を育て、生活上の諸問題を多くの生活者

と連帯して解決する生活計画・管理力を身につけて実践し、将来を見通すことのできる子どもの育成」

である。ここで、生活技術は生活の科学的認識とともに育てるものとされている。ただし、ここで最

終的な目標とされているのは、個人の自立と主体形成である。

つまり、生活者個人が「生活を見つめる」「生活を変える」「生活をつくる」という生活文化の継承

と発展に照らして、主体形成を行うことが重視される。

具体的には、個人としての確立にとっての基本課題である、生活に関する主体と自立(自律)を果

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

139

たす4つの領域(性・ジェンダー・保育・家族生活文化、食生活文化、住生活文化、衣生活文化)を

設定している。これらの領域は、子どもの側から見た各生活文化を重視することから、自分とのかか

わり、社会とのかかわりをもとに、関連づけられ、たとえば、食生活文化領域は、図4-5のように

示されている。

このカリキュラムでは、調理技能の教育は明確に位置づけられていない。調理技能の教育がどこに

位置づくのかさえも、不明である。さらに、それぞれの項目内の内容が複数挙げられているが、それ

らの相互の関係については、図からは判断できない。おそらく、実際の授業レベルでは「食品・栄養」

「生産」の部分に調理技能の教育が入ると思われる。

図4-5 食生活文化のカリキュラム構想の概念図

田結庄順子「家庭科における学校知の転換とカリキュラム構想について」大学家庭科教育研究会編『市

民が育つ家庭科』ドメス出版 2004 p44より転載 4つの領域(「性・ジェンダー・保育・家族・生活文

化」「食生活文化」「住生活文化」「衣生活文化」)のうち食生活文化のみを抜粋した。

環境ホルモン

食品添加物

食生活文化

食事の意義

身体把握

健康障害

栄養素の働きと疾病

エネルギー摂取と消費

健 康

環 境

わが国の食文化

地域の食文化

生産流通、サービス

人権問題と住宅

消費者としての態度

食糧自給の実態

生 産

社会とのかかわり

自分とのかかわり

食品の栄養的特質

食品の調理上の特質

食品の組み合わせ

食品・栄養

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

140

④荒井紀子「生活主体を育むカリキュラムの視点と構想」

第 2節 生活主体を育むカリキュラムの構想(北陸カリキュラムモデル)

荒井紀子編著『生活主体を育む,未来を拓く家庭科』ドメス出版,2005,pp.42-64

荒井紀子を中心として、北陸地区の研究者・実践者たちが実証的に構想したカリキュラムである。

このカリキュラムを構想するうえでは、「教師が目の前の子どもの生活や家庭、地域の実情を見すえた

授業をつくるための、共通の知的体系、あるいは知的道具となるようなカリキュラムがつくれないか」

ということを重視したとのことである。

具体的には、カリキュラムの構成要素として、「a学習課題(目標)」「bつけたい能力」「c学習題

材(テーマ)」を設定している。

さらに、青年期の発達上の課題(ア自立性(含む自律性)イ市民性 ウ他者との関係性 エ自尊・

自己理解)を勘案して、家庭科の学習課題(A生活を自立的に営む、B生活に主体的にかかわる、C

平等な関係を築きともに生きる、D生活を楽しみ味わい創る)ごとに学習内容を示している。

家庭科の学習領域は、「個人・家族の発達と福祉」と「生活資源と暮らしの営み」の二つとし、この

うち「生活資源と暮らしの営み」のなかに、食生活領域が含まれている。食生活領域の部分について、

小・中・高等学校段階の内容を、表4-9にまとめた。

このカリキュラムでは、調理技能の教育は 4つの学習課題のうち、「A生活を自立的に営む」「D生

活を楽しみ味わい創る」のマトリックスのなかに含まれている。小学校段階では「簡単な食事をつく

る」「好き嫌いの人のためにつくる」、中学校段階では「食事をつくる」「地域の食材を使った料理」「会

食」、高校段階では「食事をつくる」「テーブルセッティング」として設定されている。

自立のための手段としての調理技能が、どの程度必要とされるのか、生活を豊かにする調理とどの

ように関連をはかるのか、という点については、充分に記述されてはいないが、これは、調理を、生

活の自立のための手段、および生活を豊かにするためのものとして、目標を明確に示している。

このカリキュラム研究では、調理技能の教育は、自立するための手段として、また、生活を豊かに

するために習得することに教育的意義がある、と考えられている。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

141

表4-9 北陸カリキュラムモデル *食生活以外の部分の記述は省略した

4つの学習課題

学習領域

A 生活を自立的に営

B 生活に主体的にかかわる よ

りよい生活をつくり改善する

C 平等な関係を築きとも

に生きる

D 生活を楽しみ

味わい創る

小 学 校

食品と栄養の働

き 人と食べ物 簡単な食事をつ

くる

食と環境 食べ物を

五感でと

らえる 食品の選

び方

食事は誰

がつくる

か ダイエッ

孤食・個

食・共食 地域の食べ物

テーブルセッ

ティングとマ

ナー 好き嫌い人の

ためにつくる

中 学 校

人間と食べ物 栄養と健康 食事をつくる

食糧問題

食品の選

択と購入 食生活の

課題

ダイエッ

ト 食事は誰

がつくる

地域の人

に料理を

習う 孤食・個

食・共食

地域の食材を

使った料理 行事食と食文

化 会食

生活資源と暮らしの営み

高 等 学 校

人間と食べ物 食生活と健康 食事をつくる

食と環境 食糧問題

食品の選

択と購入

食品の流

通問題 食品添加

物 遺伝子組

み換え食

ダイエッ

ト 食事は誰

がつくる

孤食・個

食・共食 食と南北

問題

食生活史 風土と食文化

テーブルセッ

ティング 嗜好と味覚

(荒井紀子編『生活主体を育む 未来を拓く家庭科』ドメス出版 2005 P55-57より食生活部分を抜

粋して転載した。)

地産地消

地産地消

地産地消

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

142

ここまで見てきたように、家庭科のカリキュラム研究では、全体の内容の配列に注意が払われてお

り、結果として調理技能の教育については、知識を配列して見せているものがほとんどであることが

わかった。知識として習得することとは分けて、身体的に習得する技能についても検討する必要があ

る。

これまで示したカリキュラム研究のほとんどは、生活文化の継承および生活に関わる問題解決をは

かる主体形成が目標とされていることから、調理技能の教育を重視しないと考えられる。調理技能は、

生活をよりよく営むための 1つの手段として学ぶ意義が示されている。理技能の習得そのものが目的

と明示されているものはほとんどなく、戦後の教科理論における立場と同様である。

これらのカリキュラム研究では、これまで家庭科で学習されてきたように、発達段階に応じて基礎

的な調理技能から応用の調理技能へと設定しているものが多い。ただし、なにを基礎とするのか、ど

こからが応用なのか、といった点は十分に示されてはいない。そのため、カリキュラムを構成する視

点(学習課題、学習項目、単元名など)はそれぞれのカリキュラムの特徴として示されているものの、

表4-9に示した北陸カリキュラムを除いては、食生活領域の内容は、これまで家庭科教育で示され

てきた専門的な学問体系により細分化された内容とほぼ同じと考えられる。

さらに、調理技能の教育に関しては、これらのカリキュラムを見る限り、自立するため、生活を豊

かにするために習得することが、その教育的意義と考えることができる。その際に、生活との関連を

はかって学ぶことの重要性は、どのカリキュラムにおいても強調されている。ただし、学習者が、自

身の生活とどのように関連させるのか、また、身体的な技能と、調理に関わる知識をどのように関連

させて学ぶのか、明確に区別されてはいない。調理技能の教育では、単に調理をすることだけではな

く、科学的な知識や食品の知識、調理方法の手続としての知識なども合わせて学び、生活に関連させ

るところに意味がある。

従来、女子の家庭科で行われてきたのは、このような知識を基礎と称して、すべて網羅するように

学ぶこと、あわせて、数多く調理実習を行うことによって、身体的な調理技能を習得することであっ

た。調理技能について学校教育で学ぶ意味を再考するとすれば、調理に関わる知識と身体的な調理技

能の習得との関連をはかり、その上で生活との関連をはかる、ということがより重要になるだろう。

その点が、これまで検討したカリキュラム研究では十分に示されてはいないと考えられるのである。

4.家庭科の教科理論、カリキュラム研究における調理技能の教育の位置づけと教育的意義

以上見てきたように、家庭科教育の教科理論、カリキュラム研究において、生活技術の習得は敢え

て目標としないとされてきた。生活技術について学び、体験することは、生活を認識するための手段

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

143

であり、生活を認識することは、生活主体となるために必要である、と位置づけられたのである。こ

のように、生活技術の習得そのものを目標としない教科理論は、技能教育ではないとする戦後の新し

い家庭科教育新設の経緯からすれば、当然であったとも言える。

また、これらの家庭科教育の理論において、生活技術は、身体的な技能として習得するものという

よりは、生活主体として身につけるものであり、人間関係能力、問題解決力といった総合的に活用す

る能力として論じられることが多かった。

この生活主体として習得するべき総合的な能力として生活技術を捉える考え方からすれば、調理技

能は、食生活を営む総合的な能力の一部になる。ここまで見てきたように、調理技能の教育は、教科

理論においては、生活に対する科学的認識や、社会的認識を深めるために必要とされ、またカリキュ

ラム研究においては、自立するために、生活を豊かにするために必要な能力とされていた。これは、

そのまま調理技能の教育の教育的意義と考えることができる。

ただし、カリキュラムにおける内容配列等を見る限りにおいて、食生活に関わる調理技能が、調理

に関わる知識との関連から明確に示されていないことや、調理に関する知識の配列が、あたかも調理

操作や調理技能そのものの難易度と誤解されるような記述になってしまっていることは、問題としな

ければならないであろう。これは、調理に関する知識を習得することが、そのまま、調理技能を習得

することであるかのように誤解される状況を作ってしまっている。

つまり、家庭科教育において必要とされる、調理技能の教育を、身体的に習得する調理技能の体系

と、調理に関する知識の体系とに、分けて説明することを難しくしているのである。実際に調理技能

を習得する場面や、活用する場面では、調理技能と調理に関する知識は、個々の学習者にとっては、

区別することなく同時に獲得されていくものではあるが、調理技能の教育の教育的な意義をより明確

にするためには、この二つを区別して考える必要がある。

さらに、本章で検討対象としたカリキュラム案の多くにおいては、調理に関する知識が、調理名や

料理名の配列として示されていたが、その調理をするために必要と考えられる調理技能は、ほとんど

が、易しいものから難しいものへという難易度の配列で示されていた。それは、学習者の生活との関

連から考えて示されたというよりは、既存の調理学の体系をもとにしていると考えられる。これは、

教授の方法として見れば、体系的、合理的で習得を促しやすいとも考えられるが、調理技能が生活上

で活用されるという、食生活の自立を目指して習得されるものであることから考えるならば、より生

活に密着した、児童生徒の興味関心を重視した配列とするように、再検討する必要がある。

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

144

注および引用文献・参考文献

1 武藤八恵子『家庭科教育再考』家政教育社,1998 2 山口寛子「戦後の家庭科教育」大学家庭科教育研究会編『現代家庭科研究所説』,明治図書,1972,

pp.28-29 3 福原美江「教科理論の形成過程」福原美江『家庭科の理論と授業研究』光生館,1990,p134 4 同前 p134 p117 5 福原美江『家庭科の理論と授業研究』光生館,1990 6 家庭科教育における、労働力再生産の概念についての検討は、福原美江「『生活』把握と『労働力

再生産』概念」年報・家庭科教育研究,第 2集,1974,pp.36-42で詳細に行われている。 7 前掲書 5,福原美江 8 植村千枝「男女共学は日々の実践から始まる」岡邦雄,向山玉雄『男女共通の技術・家庭科教育』

明治図書出版,1970,pp.50-70 9 坂本典子「家庭科教材を技術教育的視点で再編成する意義」産業教育研究連盟編『子どもの発達と

労働の役割 小・中・高の技術の教育』民衆社,1975,pp.143-145 10 同前 p146 11 田結庄順子「家事労働と生活的自立の教育」村田泰彦編『生活課題と教育』光生館,1984,p59 12 天野寛子「生活技術と生活主体の形成」宮崎礼子、伊藤セツ編『家庭管理論 新版』有斐閣新書,

1978, p161 13 福原美江「教科理論と家庭科構想」村田泰彦、一番ヶ瀬康子、田結庄順子、福原美江『新共学家

庭科の理論』光生館,1997,pp.78-79 14 和田典子「研究の現状と課題」 家庭科教育研究者連盟編『民主的な家庭科教育の創造』明治図書,

1974, p24 15 同前 p24 16 鶴田敦子「暮らしの営みに関する学び-食を例に」日本家庭科教育学会『児童・生徒の家庭生活

の意識・実態と家庭科カリキュラムの構築 平成 15年度報告書(Ⅱ)家庭科カリキュラム構築の視

点』2004, 17 一番ヶ瀬康子「家庭科教育と生活学」村田泰彦編『生活課題と教育』光生館,1984,pp.27-28 18 村田泰彦『自立と生活文化の教育』労働教育センター,1992,pp.128-131 19 中間美砂子「生活課題解決による生活文化の創造-家庭科教育学の現代的課題-」真野宮雄、蛯

谷米司、高萩保治編著『21世紀に求められる教科教育の在り方』東洋館出版,1995,pp.85-86 20 日本家庭科教育学会『家庭科教育の構想研究』1977 21 同前,日本家庭科教育学会,pp.40-44 22 前掲書 20,日本家庭科教育学会,pp.40-44

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第 4章 戦後家庭科の教科理論およびカリキュラム研究における調理技能の教育

145

23 前掲書 20,日本家庭科教育学会,p.46 24 米川五郎「食生活教育 課題と展望」教員養成大学・学部教官研究集会家庭科教育部会編『家庭

科教育の研究』1978,p84 25 同前 p85 26 武藤八恵子『食物の授業』家政教育社,1989,p179 27 同前 28 森川久雄「授業のストラテジー」『新しい授業の創造』学事出版、1975,pp.36-40 29 同時期に発表された以下の研究論文において、日本の家庭科教育目標の問題点を B.S.Bloom らの

示した目標と比較参照して論じており、この問題点を解決すべくタキソノミーの用語を利用したと

思われる。

木村温美,田辺幸子「家庭科教育目標の明確化について(第 1 報)表現法の日米比較」家政学雑誌

27.1976,pp.559-565,

木村温美,田辺幸子「家庭科教育目標の明確化について(第 2報)情意・運動技能領域の日米比較」

家政学雑誌,29,1978,pp.339-346 30 木村温美、後藤友江「男女共修の家庭科教育内容-中学校食物領域試案-」日本家庭科教育学会

誌,20,1977,pp.8-15 31 同前,p.10 32 前掲書 20,日本家庭科教育学会,p74 33 豊村洋子、清野きみ編『小・中・高等学校教師要請のための家庭科教育』学術図書,1982,pp.82-87 34 日本家庭科教育学会四国地区研究グループ『家庭科カリキュラムの研究』家政教育社,1990,

pp.119-120 35 日本家庭科教育学会編『家庭科の 21世紀プラン』家政教育社,1997,pp.117-119 36 田結庄順子「家庭科における学校知の転換とカリキュラム構想について」大学家庭科教育研究会

編『市民が育つ家庭科』ドメス出版,2004,pp.42-45 37 荒井紀子編『生活主体を育む 未来を拓く家庭科』ドメス出版,2005,pp.55-57