第4節 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 ·...

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アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節 通商白書 2010 201 2 (1)産業立地の進展により都市化が進展 海外からの直接投資の拡大、蓄積を背景に、アジア 地域において産業集積が形成され、同産業集積は輸出 型成長モデルを特徴とするアジアの経済成長に大きな 役割を果たしてきた。 特定の地域に一つの産業が集まる産業集積(第 2-4- 1-1 図)によって、関連産業が成長し、人材が集まり、 企業間の多様な分業関係が生まれて、その産業の競争 力がますます強くなる。従来、アジアの輸出生産拠点 では、材料や部品を輸入し、現地で安い労働力を利用 して単純な組立作業を行って製品を輸出するという単 純な加工貿易が中心であった。しかしながら、輸出向 け生産の規模が大きくなるにつれ、海外から部材を輸 入するより現地で作った方が輸送コストや規模の経済 性の面から有利となることから、資本集約的な部材に ついても現地生産が進展する。また、輸出向け工場等 で技術を身につけた人材が自ら起業したり、現地で生 産されるようになった材料や部品を利用して現地国内 向けの生産を行うなど組立以外を担う企業も誕生して くる。こうして関連産業の発展と人材の集中はますま すその地域の魅力を高め、新たな外資系企業の進出を 拡大させ、一層の産業集積が形成されることとなる。 また、都市への産業活動の集積は、生産要素として の労働力が集中するなど、都市化の進展につながる。 アジアの都市人口と都市化率の推移を見ると、都市人 口は 1980 年から 2005 年までに 7 億人増加しており、 2025 年までに、さらに 6.7 億人増加することが見込ま れている(第 2-4-1-2 図)。都市化率も上昇しており、 2025 年にはアジアの人口の約半分が都市に集中する ことが見込まれている。特に、中国とインドといった 人口大国では、1990 年代以降急速に都市化が進展し ており、両国の都市人口比率は 1990 年にそれぞれ 27%、26%であったが、今後加速度的に上昇し 2030 年にはそれぞれ 60%、40%に達すると見込まれてい 1 1 アジアにおける産業集積と都市化の進展 第4節 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 前節まででみたとおり、アジアは潜在成長性が高 く、消費市場としての期待も大きい。しかし、その実 現のためには、企業活動の基盤となる産業インフラの 整備、消費拡大の基盤となる生活インフラの整備、産 業集積地間を結ぶ物流インフラの整備が不可欠であ る。本節では、アジアの持続的な経済成長を実現する ために 2010 年~2020 年の 11 年間で約 8 兆ドルが必要 ともいわれるインフラニーズ、我が国が協力を進める インフラ整備計画等の取組を紹介する。 1 国連「World urbanization prospects, The 2007 Revision」。 第 2-4-1-1 図  アジアの主な産業集積地 資料:経済産業省作成。 第 2-4-1-2 図  アジアの都市化率の推移 2.0 5.5 12.5 19.2 16.8 24.9 38.9 50.8 0 10 20 30 40 50 60 0 5 10 15 20 25 1950 1980 2005 2025 都市人口 都市化率(右目盛) (億人) (%) 備考:都市化率は総人口に占める都市人口の比率。 資料:国連「World urbanization prospects, The 2007 Revision」から作成。

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Page 1: 第4節 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 · アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節 通商白書 2010 201 第 (1)産業立地の進展により都市化が進展

アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節

通商白書 2010 201

第2章

(1)産業立地の進展により都市化が進展海外からの直接投資の拡大、蓄積を背景に、アジア地域において産業集積が形成され、同産業集積は輸出型成長モデルを特徴とするアジアの経済成長に大きな役割を果たしてきた。特定の地域に一つの産業が集まる産業集積(第2-4-

1-1図)によって、関連産業が成長し、人材が集まり、企業間の多様な分業関係が生まれて、その産業の競争力がますます強くなる。従来、アジアの輸出生産拠点では、材料や部品を輸入し、現地で安い労働力を利用して単純な組立作業を行って製品を輸出するという単純な加工貿易が中心であった。しかしながら、輸出向け生産の規模が大きくなるにつれ、海外から部材を輸入するより現地で作った方が輸送コストや規模の経済性の面から有利となることから、資本集約的な部材についても現地生産が進展する。また、輸出向け工場等で技術を身につけた人材が自ら起業したり、現地で生産されるようになった材料や部品を利用して現地国内向けの生産を行うなど組立以外を担う企業も誕生してくる。こうして関連産業の発展と人材の集中はますますその地域の魅力を高め、新たな外資系企業の進出を拡大させ、一層の産業集積が形成されることとなる。また、都市への産業活動の集積は、生産要素としての労働力が集中するなど、都市化の進展につながる。アジアの都市人口と都市化率の推移を見ると、都市人口は1980年から2005年までに7億人増加しており、2025年までに、さらに6.7億人増加することが見込まれている(第2-4-1-2図)。都市化率も上昇しており、2025年にはアジアの人口の約半分が都市に集中することが見込まれている。特に、中国とインドといった人口大国では、1990年代以降急速に都市化が進展し

ており、両国の都市人口比率は1990年にそれぞれ27%、26%であったが、今後加速度的に上昇し2030

年にはそれぞれ60%、40%に達すると見込まれている 1。

1 アジアにおける産業集積と都市化の進展

第4節 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献

前節まででみたとおり、アジアは潜在成長性が高く、消費市場としての期待も大きい。しかし、その実現のためには、企業活動の基盤となる産業インフラの整備、消費拡大の基盤となる生活インフラの整備、産業集積地間を結ぶ物流インフラの整備が不可欠であ

る。本節では、アジアの持続的な経済成長を実現するために2010年~2020年の11年間で約8兆ドルが必要ともいわれるインフラニーズ、我が国が協力を進めるインフラ整備計画等の取組を紹介する。

1 国連「World urbanization prospects, The 2007 Revision」。

第2-4-1-1図 �アジアの主な産業集積地

資料:経済産業省作成。

第2-4-1-2図 �アジアの都市化率の推移

2.05.5

12.5

19.216.8

24.9

38.9

50.8

0

10

20

30

40

50

60

0

5

10

15

20

25

1950 1980 2005 2025

都市人口都市化率(右目盛)

(億人) (%)

備考:都市化率は総人口に占める都市人口の比率。資料:国連「World urbanization prospects, The 2007 Revision」から作成。

Page 2: 第4節 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 · アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節 通商白書 2010 201 第 (1)産業立地の進展により都市化が進展

アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み

2010 White Paper on International Economy and Trade202

第 2章 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献

(1)潜在成長率達成のため求められる産業インフラの整備アジアにおけるさらなる成長を達成するためには、企業活動の基盤となる電力・物流網等の産業インフラの整備や、都市化を支える社会基盤インフラの整備が必要となる。インドでは、経済成長に伴い年々増加する電力需要に供給量が追いつかず、産業活動の源泉となる電力が不足する事態が生じている(第2-4-2-1図)。アジア各国に進出する我が国企業のアンケートを見

ても、投資先の国の課題としてインフラの未整備を挙げる企業が多い(第2-4-2-2図)。中国やベトナムでは、インフラの未整備を課題として挙げる企業の割合は減少しているものの、インドではいまだ約半数にも上っている。必要とされるインフラの内容を見ると、道路、電力の未整備を課題として挙げる企業が多い(第2-4-2-3図)。企業の立地選択には当該地域のインフラ整備状況が大きく影響することから、アジア各国のインフラ整備を早急に進める必要がある。

(2)都市化が集積の経済により経済成長を促進都市化と経済成長の間には強い正の相関関係がある

(第2-4-1-3図)。集積の経済による高い生産性や人口集中による巨大な消費市場の形成が、アジアの高い経済成長を実現しているものと考えられる。

第2-4-1-3図 �アジアの都市化率と1人当たりGDP�(2008年)

y = 0.0505x + 5.582R² = 0.5124

0

2

4

6

8

10

12

14

0 20 40 60 80 100

ln(1人当たり名目GDPドル)

都市化率(%)

アジアその他の国

資料:世銀「WDI」から作成。

2 経済成長とともに強まるインフラニーズ

第2-4-2-2図 �投資国に対する課題としてインフラの未整備を挙げる我が国企業の割合の推移

中国14.6

インド46.9

ベトナム33.8

タイ3.8

インドネシア35.4

0

10

20

30

40

50

60

2004 2005 2006 2007 2008 2009資料:国際協力銀行(2009)「海外直接投資アンケート結果」から作成。

(%)

第2-4-2-1図 �インドのピーク時電力需給ギャップの推移

11.3 12.8 13.2

15.0

12.5

0

2

4

6

8

10

12

14

16(%)

0

20,000

40,000

60,000

80,000

100,000

120,000

2005 2006 2007 2008 2009

ピーク時需要ピーク時供給ピーク時不足率(右目盛)

(MW)

資料:CEIC Databaseより作成。

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節

通商白書 2010 203

第2章

(2)都市化の進展により求められる生活インフラの整備アジア地域の都市人口は、上述のとおり、2005年から20年間で6.7億人増加 2すると見込まれる。これは、都市住居者の生活を支えるため、一層の都市インフラ整備が必要となることを意味する。電力でいえば、現在の開発途上国の平均的な1人当たり消費量をベースとすると、新たに600,000MkWh以上の電力供給が都市部で必要になり、その追加的電源は、2002

年のインド一国の総設備容量(負荷率50%を仮定)に匹敵する。同様に、新たに8,500万回線分の通信施設が都市部で必要といわれている 3。急速に進展するアジアの都市化に伴う電気・水道・下水等の公共インフラ・サービスの不足、住宅不足などといった問題は、都市化による生産性向上の一部を

相殺するほか、大気や水質の汚染とあいまって、都市貧困層の住宅環境の悪化等を助長することが予想される。一方、アジアにおいては、こうした問題に対応して、バランスの取れた都市開発に向けた動きもみられる。例えば、タイではバンコク首都圏への産業の一極集中の緩和を目的として1980年代からバンコクの東南80kmから200kmに機械、電気機器産業の集積を図るべく東部臨海開発計画が推進され、農村地域からのバランスのとれた人口吸収に一定の効果を果たしてきたといわれている。また、フィリピンでは、1970年代からメトロマニラ首都圏以外の成長拠点の整備と人口・工業の分散化政策に取り組んできている。また、サービス産業の発展も都市化の進展に伴い求められる重要な要素である。サービス産業の発展は、

第2-4-2-3図 �我が国進出企業にとって整備が望まれるインフラ(複数回答)

36%

75%

34%

13%19%

11%

0%0

10

20

30

40

50

60

70

80

運輸 電力 水 通信 鉄道 港湾 空港

中国81%

76%

49%

27% 27%

35%

17%

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

運輸 電力 水 通信 鉄道 港湾 空港

インド

82%

62%

29%33% 31%

47%

11%

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

運輸 電力 水 通信 鉄道 港湾 空港

ベトナム81%

63%

44%

19% 19%13%

6%

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

運輸 電力 水 通信 鉄道 港湾 空港

インドネシア

資料:国際協力銀行(2009)「海外直接投資アンケート結果」から作成。

(%)

(%)(%)

(%)

2 前掲図 参照。3 飯味淳(2004)「東アジアにおける都市化とインフラ整備」開発金融研究所報。

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み

2010 White Paper on International Economy and Trade204

第 2章 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献

都市部での雇用を創出し、自律的な現地経済の発展に役立つ。このため、都市がより高度な集積効果を発揮するためには、土地集約的でないサービス産業の発展が必要とされ、都市内部の効率的な物流を可能にするインフラ整備が重要となる。加えて、都市部は生産の集積と同時に消費の集積でもあり、デパート、映画館などの商業、娯楽施設等の発展を通じた消費の多様性の実現もまた、生活インフラの重要な要素である。

(3)集積地を結ぶインフラ整備のための取組〜「アジア総合開発計画」アジアにおいては、更なる経済成長を目指し、イノベーションが盛んに起こりうるよう、産業集積地を流通インフラ等の整備により結びつける取組が進みつつある。「アジア総合開発計画」は、2009年10月の東アジア首脳会議での首脳合意に基づき、ERIAがADB、ASEAN事務局と協力して原案の作成を進めている。今後、ERIAが原案をまとめた上で、各国の政府や産業界と調整し、2010年10月の東アジア首脳会議に諮る見通しとなっている。すでに我が国の協力のもと、日メコン経済産業協力イニシアティブ、デリー・ムンバイ産業大動脈、インドネシア経済回廊等により、産業集積地同士を結びつける計画が進められている(第2-4-2-4図)。

①日メコン経済産業協力イニシアティブ(MJ-CI)世界経済危機以降、存在感が増している東アジアの中で、メコン地域は産業集積を基盤とした成長の可能性を秘めている。メコン地域の産業集積を基盤とし、

さらなる発展をいかにして達成するかが課題である。JETROの調査 4によれば、現在進められている様々

な「産業回廊」の構想のうち、南部産業回廊、東西産業回廊、ベトナム南北ルートといったいくつかの回廊(第2-4-2-5図)がメコン地域で活動する企業の戦略と密接に関連し、重要であることが指摘されている。また、同調査では、メコン地域におけるビジネス戦略として、①地域の生産・物流コストを低減させるための国境を越えた分業を目指し、生産ネットワークを拡充すること、②米国、日本、ヨーロッパといった主要経済圏、また、中国、インド等の新興国の域外市場へ進出すること、③周辺国、農村部へ産業集積・産業フロンティアを拡大すること、④製造業のみでなくサービス業も含め、新産業を開発することといった基本的方向性が明らかにされている。一方で、産業回廊に沿った企業活動が展開するにあたって取り組むべき課題として、①主要な工業地域と近隣地域を結ぶインフラのさらなる整備、②貿易円滑化と物流の改善、③中小企業及び裾野産業育成、起業の促進、④サービス産業、新産業の育成が重要であるとの提起がされている。

2009年10月の日メコン経済大臣会合では、これらの課題を解決するための協力パッケージである「日メコン経済産業協力イニシアティブ(MJ-CI)」がとりまとめられた。さらに、同年11月に東京で開催され

4 2009年10月24日のメコン経済大臣会合において JETROが発表した「Report on JETRO’s Survey on the Business Needs and Strategies in the Mekong Region」(メコン地域における企業ニーズ調査)。

第2-4-2-4図 �アジア総合開発計画

フィリピン

インドネシア

ブルネイ

メコン・インド産業大動脈

ビンプ(BIMP)広域開発

マレーシア

メコン総合開発

・チェンナイ

・デリー

・ムンバイ

・ホーチミン

IMT(インドネシア・マレーシア・タイ)成長三角地帯

インドネシア経済回廊

デリームンバイ産業大動脈

資料:経済産業省作成。

第2-4-2-5図 �メコンの経済回廊

資料:経済産業省作成。

東西経済回廊

ベトナム南北ルート

南部経済回廊

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節

通商白書 2010 205

第2章

た「第1回日本・メコン地域諸国首脳会議」において、今後MJ-CIに基づく取組を進めることが首脳間で合意された。また、MJ-CIにおいては、メコン地域における産業界のニーズを産業政策に反映させるとともに、メコン地域の発展に対し継続的に産業界の目を向けさせることを目的として、産業界と関係政府機関からなる「日メコン産業政府対話」の設置が提言されている。今後、「日メコン産業政府対話」において、域内企業の戦略と産業回廊の特性を反映させつつ、道路、港湾、産業鉄道、空港、発電所、工業団地、IT等多様なインフラの中での優先順位を明らかにするとともに、ハードインフラだけでなく、貿易関連手続の共通化・円滑化、電子通関の利用、グリーンレーン及び申請様式の統一、越境交通協定(CBTA)等の貿易円滑化に向けた様々な取組の加速も合わせて議論していくこととなる。このほかにも、ビジネス環境改善、起業促進、人材育成による中小企業及び裾野産業の育成や、様々な産業分野 5の育成に向けても、同対話の下で議論されることが期待される。

②インドにおけるデリー・ムンバイ産業大動脈構想及び南部地域インフラ開発日印共同のデリー・ムンバイ間産業大動脈構想

(DMIC)では、デリーとムンバイ間に貨物専用鉄道、道路を敷設し、周辺に工業団地、物流基地、発電所などのインフラを民間投資主体で整備することにより、

一大産業地域とする計画が進められている。デリー・ムンバイ間の6州におけるGDPや工業生産は、インド全体の約半分を占めている(第2-4-2-6図)。同地域における産業集積を結びつけることで、産業連関が高まり、生産性の向上や企業誘致の促進等が実現するとの期待が高い。

2009年12月に鳩山総理がインドを訪問した際、JBICがプロジェクト開発ファンドへの融資契約に合意した。また、同月に最終決定された総合的な開発計画(マスタープラン)6を踏まえ、24の個別地域における都市開発計画の策定が進められることとなった。これらの都市開発計画を踏まえて組成された具体的なインフラ案件/開発プロジェクトごとに、デリー・ムンバイ開発公社がフィージビリティ・スタディ、許認可、土地等をパッケージ化し、入札により民間事業者に売却する。このようにDMICでは、民間投資により各プロジェクトが具体化される。また、DMICにおいて、スマートグリッド、水処理、リサイクル、都市交通など日本の環境、インフラ技術を活用した環境調和型の都市開発「スマートコミュニティ」構想を推進するために、鳩山総理訪印の際にJETROとデリー・ムンバイ開発公社が協力覚書(MOU)を締結した。さらに、2010年5月に直嶋経済産業大臣がインドに訪問した際に、日本企業コンソーシアムの中核企業と、デリー・ムンバイ開発公社、関係州の産業開発公社の間で、事業化調査実施に関するMOUを締結した。今後4つの日本企業コンソーシアムが、DMIC地域の中の4か所で事業化調査を開始する。(第2-4-2-7図)。

5 例えば、メコン域外からの投資を引きつけるサービス分野、ハイテク産業のほか、メコン各国の特性を活かした産業(観光業、衣料産業、食品加工産業、木材加工産業等)が挙げられる。

6 工業団地の新設・増強、物流基地・港湾、空港の新設・拡張等を含むDMICの総合的開発計画。

第2-4-2-6図 �インド全体に占めるデリー・ムンバイ間6州のシェア

GDP 生産額 労働者数 工場数 輸出額0102030405060708090100

4358

45 4557

(%)

備考 :いずれも2004年度のデータ。資料 :デリームンバイ開発公社(DMICDC)資料より作成。原出所:インド統計局、労働局等。

第2-4-2-7図 �デリー・ムンバイ産業大動脈における「スマートコミュニティ」

スマートハウス

太陽光発電 風力発電

ゼロエミッションビル

充電スタンド

エネルギーマネジメントシステム

燃料電池バス

電気自動車

小水力発電

ゼロエミッション工業団地

水処理

リサイクル

資料:経済産業省作成。

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み

2010 White Paper on International Economy and Trade206

第 2章 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献

さらに、南部地域においては、関係州政府において産業回廊を展開する「PRIDe(プライド)コリドー7」構想などが検討されている(第2-4-2-8図)。これはムンバイとチェンナイ間の産業集積地におけるハード・ソフトインフラを整備するもので、チェンナイ~バンガロールを結ぶ高速道路の整備等が計画されている。インド南部地域への日系企業の進出がめざましいなか、インフラ整備計画が進められることでDMIC産業圏と南部地域が両輪となってインド経済をけん引していくことが期待されている。2010年5月には直嶋経済産業大臣がチェンナイを訪問し、JETROチェンナイ事務所の開所式に出席したほか、タミルナドゥ州政府副首相と会談し、日系企業とともにインフラ整備促進を申し入れた。

③インドネシア経済回廊2010年1月、直嶋経済産業大臣がインドネシアを訪

問し、「日インドネシア経済合同フォーラム」が開催された。同フォーラムでは両国の産業界が出席し、貿易、投資、インフラ、エネルギーなど幅広い分野での両国の協力が確認されるとともに、産業振興とインフラ整備を総合的に進めるインドネシア経済回廊の推進について一致した(第2-4-2-9図)。各経済回廊における重点産業を振興し、道路、鉄道、港湾、発電所等のインフラの整備を推進することとされている。

ODA等のリソースが限られている中、アジア広域開発の中核となる産業集積地のインフラ開発を集中的に実施していくことは、我が国のインフラ整備企業、インフラを利用する進出企業、当該国、ひいてはアジア地域全体にメリットをもたらすと考えられる。こうした観点から経済産業省では、アジア広域開発の中核となりうる産業集積地を有する各国政府に対し、政策対話や官民ミッションの派遣等により、官民一体となったアプローチを行っている8。

第2-4-2-8図 �デリー・ムンバイ産業大動脈とPRIDeコリドー

Bangaroleバンガロール

★ ★

Mumbaiムンバイ

Chennaiチェンナイ

PRIDe Corridor

デリー・ムンバイ産業大動脈

資料:経済産業省作成。

Delhiデリー

第2-4-2-9図 �インドネシア経済回廊

スラバヤ

デンパサール

マタラン

ジャカルタ

メダン

プカンバル

ジャンビ

パレンバン

ランプン

バンドン

スマラン

バンジャルマシン

サマリンダ

パランカラヤ

ポンティアナク

マッカサル

マナド

マムジュ

パル

ゴロンタロマノクワリ

ジャヤプラ

東スマトラ-北西ジャワ

北ジャワ

東ジャワ-バリ-東ヌサ・トゥンガラスラン

カリマンタン 西スラウェシ

パプワ

資料:経済産業省作成。

1 3 4

2

5

6

7 Peninsular Region Industrial Development Corridor:(南部)半島地域産業開発回廊。8 2010年3月には、インド(チェンナイ)、ベトナム(ハノイ)に官民ミッションを派遣し、開発優先度の高いインフラ案件を特定するとともに、インフラ開発に関するアクションプランの策定・実現を目指した政策対話を継続していくことについて合意した。

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節

通商白書 2010 207

第2章

(1)8兆ドルに上るアジアのインフラニーズADBによると 9、今後アジアが潜在的成長力を発揮

するためには、2010~2020年の11年間に、域内インフラ整備のために約8兆ドルが必要とされている(第2-4-3-1表)。そのうち68%は新たなインフラのための必要額、32%は既存のインフラの維持・更新のための必要額である。分野別では、エネルギー(電力)、通信、運輸、水道・衛生の4分野にまたがり、なかでも電力は4兆900億ドル(51%)、道路は2兆4,700億ドル(29%)と大きな割合を占めている。これら各国の投資必要額のほか、既に計画されている広域的インフラプロジェクトが少なくとも1,077件存在し、これらにかかる費用の合計は約2,900億ドルといわれる。

(2)インフラ整備の経済効果アジア地域はオーストラリア(一人当たり名目

GDPが48,951ドル)から、ミャンマー(同479ドル)まで経済格差が大きい。ASEAN10でみるとシンガポール、ブルネイ、マレーシアの3か国以外は、5,000

ドル以下となっている(第2-4-3-2図)。アジア域内には、前述のとおり、広域インフラプロジェクトの構想が多数存在しており、インフラ整備によって、産業集積地間や生産地と消費地を結ぶ効率的な産業の動脈が生まれれば人や物の往来が活発化して経済統合が深まり、地域間での切れ目のない発展が進

むことが期待される。CLMV諸国(カンボジア・ラオス・ミャンマー・ベトナム)や島嶼地域などの1人当たりGDPが低い地域を含めて広域開発を行うことで、大きな経済効果が見込まれる(第2-4-3-3図)。また、ADBは、上述の約8兆ドルのインフラ投資が

行われることにより、2010年以降、アジア開発途上国の実質所得を約13兆ドル押し上げる効果が期待される、と指摘している。その内訳は、中国が3兆5,500

億ドル、インドが3兆1,400億ドル、インドネシアが1

兆2,800億ドル、タイが1兆2,400億ドル、マレーシアが8,300億ドル、ベトナムが4,000億ドル等となっている 10。

3 アジアのインフラ整備に向けて

9 ADB(2009)「INFRASTRUCTURE for a SEAMLESS ASIA」。10 前掲、ADB(2009)。

第2-4-3-1表 �アジアのインフラ投資ニーズ8兆ドル(2010~2020年)

単位:10億ドル(2008年実質価格)セクター 新規 更新 計

エネルギー(電力) 3,176 912 4,089通信 325 730 1,056運輸 1,762 704 2,466 空港 7 5 11 港湾 50 25 76 鉄道 3 36 39 道路 1,702 638 2,341水道・衛生 155 226 381

計 5,419 2,573 7,992

備考:対象国・地域は、アルメニア、アゼルバイジャン、ジョージア、カザフスタン、キルギス共和国、タジキスタン、ウズベキスタン、ブルネイ、カンボジア、中国、インドネシア、ラオス、マレーシア、モンゴル、フィリピン、タイ、ベトナム、バングラデシュ、ブータン、インド、ネパール、パキスタン、スリランカ、フィジー諸島、キリバス、パプアニューギニア、サモア、ティモール、トンガ、バヌアツの30か国。

資料:ADBI「INFRASTRUCTURE for a SEAMLESS ASIA」から作成。

第2-4-3-2図 �アジア各国・地域の1人当たり名目GDP(2008年)

0

10,000

20,000

30,000

40,000

50,000

60,000(ドル)

オーストラリア

シンガポール

日本ブルネイ

香港ニュージーランド

韓国台湾マレーシア

タイ中国インドネシア

フィリピン

ベトナム

インド

ラオス

カンボジア

ミャンマー

資料:IMF 「World Economic Outlook Database, April 2010」から作成。

第2-4-3-3図 �アジア各地域の1人当たりGDPと広域開発計画

南部島嶼地域開発

IMT(インドネシア・マレーシア・タイ)

日メコン経済産業協力イニシアティブ

産業集積地

開発地域

資料:ERIA資料を基に作成。

:3,000ドル以上:1,000~3,000ドル:500~1,000ドル:250~500ドル:250ドル未満

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み

2010 White Paper on International Economy and Trade208

第 2章 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献

(3)不足するインフラ投資資金2010~2020年の11年間で8兆ドル(年平均7,260億ドル)が必要とされるアジアのインフラ整備だが、実際にインフラプロジェクトに振り向けられた公的援助開発資金や民間資金の額は、需要を大きく下回る水準にとどまっている。先進国政府や国際援助機関から東アジア地域のインフラプロジェクトに対して供与された公的援助資金(有償協力、無償協力、技術協力)の額は年々減少傾向にあり、2007年の供与額は約70億ドルにとどまっている(第2-4-3-4図)。また、アジア地域のインフラプロジェクトに投入された民間資金については、1990年代のアジア通貨危機による急激な落ち込みから増加傾向にあるものの、2007年の投入額は約220億ドルにとどまっている(第2-4-3-5図)。このように、アジアのインフラプロジェクトに対する公的援助資金供与額及び民間投資額を合計しても約300億ドル(2007年)に過ぎず 11、年平均7,260億ドルのインフラニーズとは約7,000億ドル近くもの乖離がある(第2-4-3-6図)。こうした資金不足を埋めるためには、民間資金を利用した新たな手法による資金供給が必要とされている。

(4)我が国の政府開発援助(ODA)によるインフラ整備協力我が国からアジア地域へのインフラ関連での公的支援としては、ODAによる無償資金協力、有償資金協力(円借款)、技術協力がある(第2-4-3-7図)。2008

年の二国間ODA全体額 12のうち、アジア向けが50.4%となっている。項目別では、教育・医療・上下水道などの社会インフラ向けが17.3%、道路・鉄道・港湾などの運輸、電力・ガスなどのエネルギー関係等の経済インフラ向けが37.4%と、インフラ整備が全体額の約半分を占める 13。この経済・社会インフラ整備

第2-4-3-4図 �東アジア地域のインフラプロジェクトに対する公的援助資金の供与額の推移

1990

1991

1992

1993

1994

1995

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

0

20

40

60

80

100

120

140(億ドル)

東アジア諸国へのODA供与額日本による東アジア諸国へのODA供与額

備考:対象地域は中国、インドネシア、ラオス、マレーシア、モンゴル、パプアニューギニア、フィリピン、タイ。

資料:OECD-DACから作成。

第2-4-3-5図 �アジア地域インフラプロジェクトへの民間投資額

1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008

0

50

100

150

200

250

300

350

400(億ドル)

エネルギー通信運輸上下水道合計

備考:対象地域は世銀の地域分類によるEast Asia and Pacific (中国、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、カンボジア、ラオス、ミャンマー、モンゴル、北朝鮮、パプアニューギニア、フィジー、サモア、アメリカンサモア、マーシャル諸島、ソロモン諸島、ミクロネシア、ティモール、トンガ、キリバス、バヌアツ、パラオ)。

資料:世銀「PPI database」から作成。

11 また、これらにアジア各国政府自身の財政資金によるインフラ整備の金額を加えても、インフラ資金需要を満たすことはできていないといわれる(経済産業省(2009)「アジアPPP政策研究会報告書」)。

12 外務省(2009)「2009年版政府開発援助(ODA)白書」より、無償資金協力、有償資金協力(貸付実行額)、技術協力の金額を合計。13 前掲、外務省(2009)。

第2-4-3-6図 �アジアへの投資額とインフラニーズ

ODA民間投資

エネルギー(電力)

通信

運輸

水道・衛生

0

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

投資額

(億ドル)

約7千億ドル

インフラニーズ(年平均)

備考:ODA供与額は 2007 年、民間投資額は 2008 年。資料:OECD-DAC、世銀 PPI、ADBI から作成。

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節

通商白書 2010 209

第2章

分野を地域別実績でみると、2003年から2007年の合計では、東アジア向けが47%と大きな割合を占めている(第2-4-3-8図)。有償資金協力(円借款)による協力事例としては、

これまでに、タイのレム・チャバン港、インドネシアのバリ国際空港などがあり、港湾、空港、鉄道、道路等の運輸インフラ向けを中心に整備が進められてきた(第2-4-3-9図)。

第2-4-3-8図 �経済・社会インフラ整備分野における日本のODA地域別実績割合

備考:2003 ~ 2007年の合計。出所:外務省Webサイトを基に作成。

アジア

東アジア47%

中央アジア30%

アジア地域・多国間 6%

ヨーロッパ 6%

オセアニア 1%南米 1%

北米・中米 1%

サハラ以南アフリカ 3%サハラ以北アフリカ5%

アメリカ

アフリカ

第2-4-3-7図 �日本のODAの形態

出所:外務省Web サイト。

政府開発援助

(ODA)

二国間援助

国際機関に対する出資

無償資金協力

技術協力

有償資金協力

(円借款)

一般無償援助一般プロジェクト融資債務救済無償経済構造改善努力支援無償(ノン・プロジェクト無償)草の根無償水産無償援助緊急無償援助食料援助食料増産援助

研究員受入専門家派遣プロジェクト技術協力開発調査青年海外協力隊派遣シニア海外ボランティア派遣国際緊急援助隊派遣

プロジェクト借款ノン・プロジェクト借款債務繰延

第2-4-3-9図 �有償資金協力(円借款)による協力事例

【タイ】レム・チャバン港(Ⅰ~Ⅲ)(1985 ~ 1996)228億円

【マレーシア】クアラルンプール国際空港(1994) 615億円

【中国】チョンキンモノレール(2000) 271億円

【ベトナム】南北トナム鉄道橋安全改修プロジェクト(I ~ II)

(2003)230億円

【インド】デリーメトロ(フェーズ1・2)(1997 ~ 2010)3750億円

【インドネシア】バリ国際空港(E/S, Ⅰ~Ⅱ)(1986)314億円

資料:国土交通省資料を基に作成。

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み

2010 White Paper on International Economy and Trade210

第 2章 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献

(5)PPPによる民間資金を活用したインフラ整備2009年4月に取りまとめられた経済産業省「アジア

PPP政策研究会」報告書によると、PPP(Public-

Private Partnership)とは「経済成長の源泉として「市場」と「競争」を通じ、公共サービスの効率性を向上させるとともに、新たな雇用を創出し、新たなサービス産業を創出する公共サービスの民間開放」とされる。PPP事業は公的機関を主体としたODAによる支援事業とは異なり、事業を公的機関から民間企業・各種団体などに開放するものである。さらに、先進国の政府・民間企業のみならず、相手国の民間企業も加わった官・民4者のパートナーシップによる事業展開が前提とされる。従来の開発援助では施設整備が中心であったが、PPPによる開発では、施設整備とその運営・維持管理を一つのパッケージと捉え、サービスのアウトプットにも重点がおかれる。

①PPP事業の事例PPPによるインフラ整備の類型には、運営譲渡方式や前後方式等がある 14。

(a)カイメップ・チーバイ国際港湾開発事業(ベトナム):運営譲渡方式ベトナムのカイメップ・チーバイ国際港湾の開発事業は、ODAで港湾整備を支援し、完成した港湾の管理・運営を民間に委託することを目指している。ベトナム政府からの要請に基づき、JICAは、2001

年~2002年に南部地域における総合的な港湾開発計画の策定等を目的とする調査を実施、2004年~2006

年にはカイメップ・チーバイ国際港湾建設事業の事前調査を実施し、2005年には同事業への円借款供与を行った。この事業によって整備される港湾の運営・維持管理には、我が国企業等をはじめとする民間企業の参入を前提としており、運営方策の策定手法、民間セクターの港湾運営参入に係る規制体系の整備等の技術協力があわせて行われている。

(b)フーミー火力発電所建設事業(ベトナム):前後方式ベトナムのフーミー火力発電所事業は、先行する発

電設備の建設をODAが支援し、後続の発電設備の建設には民間企業が参画した。発電設備第1号機の建設のため、JICAは1994~

1999年に円借款による支援を実施した。第2号機と第3号機建設には、複数の我が国民間企業(電力会社及び商社)が参画した。ここで発電された電力は20年間の売電契約に基づきベトナム電力公社に供給し、最終的に発電設備はベトナム政府に譲渡する予定である。こうした事例のほか、先述のデリー・ムンバイ産業大動脈構想、メコン経済回廊、インドネシア経済回廊でも、民間資金の活用が期待されている。

②戦略的なPPP案件形成の必要性もっとも、このように具体的に実現した例は現状では限られている。これは、PPPプロジェクトには公的資金による支援スキームの整備が十分でないことや、官民の役割やリスクの分担の複雑さなどから、一般的な民間投資案件と比較して難易度が高いためと推測される。こうしたことから、欧米の開発援助機関においては、民間セクターへの支援を強化している。日本政府においても戦略的な案件形成が必要であり、インフラ関連事業者の国際競争力の強化、ファイナンスツール等の政策支援ツールの拡充、様々な外交チャネルを活用した相手国への働きかけが必要と考えられる。また、案件形成の初期段階から関与を行うためのF/S

(フィージビリティ・スタディ)等の案件形成支援ツールの拡充も求められる。経済産業省では、2009年7月に開催した「PPP政策

タスクフォース」において、上記の課題に対する検討を進めるとともに、相手国政府とのPPP政策対話を通じて、民間企業が進出しやすくなるよう事業環境整備を働きかけている。

(6)注目を集めるインフラ・ファンドインフラ整備の需要が拡大する中で、民間資金を活用したインフラ・ファンドも注目を集めている。ファンドは、「集団投資スキーム」とも呼ばれ、他者から資金を集め、何らかの事業・投資を行い、その収益を出資者に分配する仕組みであり、インフラ・ファンド

14 JICAによれば、「運営譲渡方式」は、ODAで設備を建設し、完成後の設備の管理・運営を民間が行う方式。「上下方式」は、計画策定や先行する設備の建設をODAで支援し、後続の設備の拡張等を民間企業が実施する方式(JICAWebサイト:http://www.jica.go.jp/priv_partner/policy/05.html)。

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アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節

通商白書 2010 211

第2章

とは、インフラ投資を専門とするファンドの総称である。現在設立されているインフラ・ファンドは、主に欧米の年金基金等の資金による、欧米向けの投資ファンドが多い。近年ではインド向けファンドの組成が増えるなどアジアにおけるインフラ投資向けの動きもみられる(第2-4-3-10表、第2-4-3-11表)。

ADBは2009年9月、「シームレス・アジアに向けたインフラストラクチャー」を公表し、アジアインフラ・ファンド(AIF)の設立の必要性を提言した。国際的にもインフラ・ファンドに対する注目が高まりつつある。また、ADBは2010年4月に、日本の個人・法人投資家に向けて「ウォーター・ボンド」の販売を開始した。本債権により調達された資金は、アジア太平洋地域におけるADBの水関連事業の資金として活用される15。経済産業省では、アジアにおける膨大なインフラ需

要に対して、PPP等を活用したインフラ開発を推進するため、2009年10月、前述の「PPP政策タスクフォース」のもと、「グローバル金融メカニズム分科会」を開催した。機動的かつ効果的にインフラ整備を推進するための新たな金融メカニズムを開発するため、本分科会は、我が国の対応の方向性として、我が国の年金基金、機関投資家が主体となるインフラ・ファンドの創設支援等を通じたインフラ・ファンドへの投資促進や、プロジェクト・ボンドの活用の促進について提言している。

(7)アジアのインフラ投資による我が国の成長に向けてこれまで欧米を中心とした先進国の需要に依存し、高成長を遂げてきたアジア経済は、貯蓄率は高いものの、域内への投資が低く抑えられている。今後はアジアの貯蓄を、インフラ整備を中心としたアジア域内へ

15 ADB及び大和証券グループのプレスリリースより。

第2-4-3-10表 �主なアジア向けインフラ・ファンド

ファンド名 企業名 拠点 募集開始年 ファンド規模 状況AIG Asian Infrastructure II AIG Investments - Infrastructure 米国 1997 USD 1,670 完了Macquarie Korea Opportunities Fund Macquarie Capital Funds オーストラリア 2006 KRW 1,214,200 完了Challenger Mitsui Emerging Markets Infrastructure Fund Challenger MBK Fund Management シンガポール 2008 USD 1,200 調達中

AIG Asian Infrastructure AIG Investments - Infrastructure 米国 1994 USD 1,087 完了CPG China Toll Road Fund CPG Capital Partners シンガポール 2009 USD 1,000 調達中SC-IL&FS Asia Infrastructure Growth Fund Standard Chartered Private Equity シンガポール 2008 USD 800 2回目完了

AIF Asia I AIF Capital 香港 1994 USD 780 完了Babcock & Brown Asia Infrastructure Fund

Babcock & Brown - Infrastructure Division オーストラリア 2009 USD 750 調達中

IDB Infrastructure Fund Emerging Markets Partnership(Bahrain)バーレーン 2001 USD 730.5 完了Korea Emerging Infrastructure Darby Overseas Investments 米国 2006 KRW 580,000 完了

出所:経済産業省「グローバル金融メカニズム分科会報告書」。原出所:「2009 Preqin Infrastructure Review」。

第2-4-3-11表 �主なインド向けインフラ・ファンド

ファンド名 企業名 拠点 募集開始年 ファンド規模 状況Macquarie State Bank of India Infrastructure Fund Macquarie Capital Funds オーストラリア 2009 USD 2,000 初回完了

3i India Infrastructure Fund 3i 英国 2008 USD 1,200 完了Trikona Infrastructure Trikona Capital インド 2007 USD 1,000 完了India Infrastructure Advantage Fund ICICI Venture Funds Management インド 2008 USD 1,000 調達中Principle Europa Indian Infrastructure Fund Principle Europa Indian Equity Partners スイス 2009 USD 1,000 調達中

IDFC India Infrastructure Fund IDFC Project Equity Company インド 2008 USD 1,000 2回目完了JPMorgan Asian Infrastructure & Related Resources Opportunity Fund

JPMorgan - Infrastructure Investments Group 米国 2008 USD 1,000 2回目完了

Asian Giants Infrastructure Fund AMP Capital Investors オーストラリア 2009 USD 750 初回完了IDFC Private Equity Fund III IDFC Private Equity インド 2008 USD 700 完了Old Lane India Specific Fund Old Lane Management 米国 2006 USD 500 完了

出所:経済産業省「グローバル金融メカニズム分科会報告書」。原出所:「2009 Preqin Infrastructure Review」。

Page 12: 第4節 アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 · アジアのインフラ整備に向けた我が国の貢献 第4節 通商白書 2010 201 第 (1)産業立地の進展により都市化が進展

アジア「内需」とともに成長する我が国、持続的成長実現に向けたアジア・太平洋の枠組み

2010 White Paper on International Economy and Trade212

第 2章

の投資に向け、内需の拡大による持続的な成長を促すことが望まれる。我が国においても、国内の金融資産を成長するアジアのインフラ整備に投資すること、また、我が国企業がアジアでのインフラ整備を通じた事

業権の獲得等により、長期にわたり収益を確保できるようなビジネスモデルを構築することなどを通じ、アジアの成長を我が国の成長に結びつけることが期待される。