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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

27

環境分野は多様であり、この第3部の各章に見ら

れるとおり、その中に多くのテーマ(サブ・セク

ター)を含んでいる。それぞれのテーマごとの問題

の原因も深刻さの度合いも、問題の社会全体また

は該当するコミュニティに対するインパクトも、

問題解決のためのアプローチも異なる。第3部は、

当第二次環境分野別援助研究会の委員が、各テー

マごとに開発途上国における現状、問題点、過去

に実施された各種対策の効率性、今後の課題等を

執筆し、この中からテーマごとに技術協力のあり

方、推進のための方法論、実行のために必要な人

材等について議論に発展させようとしたものであ

る。

そのため、この第3部第1章から第10章までの

内容は、各委員がそれぞれの立場から執筆したも

のであって、当研究会全体の議論を代表するもの

ではない。しかしながら、各委員の開発途上国に

おける経験を通じた意見は多くの示唆を含み、環

境分野の政府開発援助(Offic ia l Development

Assistance:ODA)を議論するための技術的なバッ

クグラウンドとして価値を有するものと判断され

るため、ここに第3部として掲載するものである。

第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

第1章 持続可能な開発と環境アセスメント

原科 幸彦(東京工業大学大学院教授)

1. 持続可能な開発

途上国への開発援助において環境配慮をどのよ

うに行うか。今日の環境配慮の考え方は1992年「国

連環境と開発会議」で国際的に合意された持続可能

な開発(sustainable development)に基づかなければ

ならない。そして、このための主要な手段が環境

アセスメント(環境影響評価、Environmental Impact

Assessment:EIA)である。本来の環境アセスメン

トは、事業者が環境配慮をどのように行ったかを

社会に対して説明する責任(アカウンタビリティ)

を果たすための手続きであり、計画の意思決定と

結びついたものでなければならない。

Sustainable Developmentという概念は、環境は人

類生存の基盤であり器であるという認識に基づく。

人間活動の器である環境が将来世代にわたり持続

可能でなければならない。そのためには環境と経

済の両面を統合した意思決定をいかに行うかが問

題となるのである。なお、Sustainable Development

という表現の Development は開発とも発展とも訳

せる。途上国を対象に考えればまだ多くの開発行

為が必要だから「持続可能な開発」となるが、日本

のような十分開発の進んだ国においてはむしろ生

活質の向上を求めるという意味で「持続可能な発

展」と訳したほうが適切であろう。

我が国の環境アセスメントは環境基本法(1993)

第20条に基づき、事業を対象とするいわゆる事業

アセスメントとして位置付けられている。すなわ

ち、「事業者が、その事業の実施にあたりあらかじ

めその事業に係る環境への影響について自ら適正

に調査、予測又は評価を行い、その結果に基づき、

その事業に係る環境の保全について適正に配慮す

ること」としている。環境基本法に基づき環境影響

評価法(アセスメント法)が 1997 年に制定され、

1999年から全面施行された。地方自治体でも制度

化は進み、2000年末には47都道府県、12政令市の

すべてでアセスメント条例が制定されるに至り、

我が国のアセスメント制度は国と地方の両者で新

しいものとなった。アセスメント法に基づく制度

も事業を対象とする事業アセスメントである点で

は従来の閣議アセスメントと同じだが、法制化さ

れたことにより規制力が生まれ、その中身も大き

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第二次環境分野別援助研究会報告書

く変わった1, 2。

1992年の「国連環境と開発会議」を受けて、持続

可能な発展を達成する観点から、環境アセスメン

トが貢献すべきだという問題意識が各国で生じて

きた。持続可能性を確保するためには人間活動の

管理が必要であり、環境アセスメントをそのよう

な考え方に基づくものにして行かなければならな

い。アセスメント法もその方向で整備されたが、世

界の新しい考え方からするとまだ不十分である。

国際協力事業団(Japan International Cooperation

Agency:JICA)の環境配慮はアセスメント法だけ

でなく、それを超える新しい環境アセスメントの

考え方を反映したものにするべきである。

J I C A では、1 9 8 4 年の経済協力開発機構

(Organization for Economic Co-operation and

Development:OECD)によるアセスメント実施勧告

を受けて、分野別(環境)援助研究会を組織し1988

年に報告書を出した3。これに基づき、1990年から

ダム事業などセクター別の環境配慮ガイドライン

を順次整備し、活用してきた。JICAガイドライン

は「環境影響評価を実施するかどうか」を審査して、

当該国の環境影響評価を支援するためのものであ

る。これらのガイドラインはアセスメント法以前

の国内のアセスメント制度よりは進んだものだが、

環境アセスメントのあるべき姿にはなっておらず、

新たな見直しが必要である4。

2. JICAの環境配慮ガイドラインの導入経緯と現

2- 1 環境配慮ガイドライン導入の経緯

OECD は 1984 年 6 月に「開発援助プロジェクト

及びプログラムに係るEIAに関するOECD理事会

勧告」を出した。この勧告では、OECD開発援助委

員会(Development Assistance Committee:DAC)加

盟国が開発途上国の開発援助プログラムにおいて

EIA を行う際に留意すべきガイドラインの整備を

勧めた。これを受けて作成された1988年の「JICA

分野別(環境)援助研究会報告書」では、JICA事業

の実施における環境配慮の強化が必要であり、今

後の検討課題として(1)スコーピング(アセスメン

トにおける検討範囲の絞込み)の実施手法と協議事

項の検討・作成、(2)環境配慮に関するガイドライ

ンの検討・作成、があることを提言している 5。

OECD 勧告ならびに研究会提言に対応するため、

JICAでは1990年の「ダム建設計画に係る環境イン

パクト調査に関するガイドライン」以来、現在まで

に以下の20セクターについて環境配慮ガイドライ

ンを整備した。港湾、空港、道路、鉄道、河川・砂

防、廃棄物処理、下水道、地下水開発、上水道、地

域総合開発、観光、運輸交通一般、都市交通、農

業、林業、ダム建設、水産、の 17 セクター(外部

販売資料)、及び、工業開発、鉱業開発、火力発電

所の 3 セクター(執務参考資料)。これを、開発調

査の事前調査(調査計画立案のための調査)におけ

る環境予備調査のためのスクリーニング(環境配慮

の方式の選定)、スコーピングの指針として利用し

てきている。

JICAでは、このスクリーニング、スコーピング

によって、本格調査における環境配慮の必要性が

検討され、調査項目及び団員の配置計画が決定さ

れる。このため、同ガイドラインの整備と並行し

て環境配慮のための人員配置にかかる予算確保が

進められ、1992年度に開発調査事業及び開発協力

事業、1993年度に無償資金協力事業における環境

配慮団員の予算が確保された。開発協力事業(投融

資)では、投融資案件の計画段階におけるEIA等環

境配慮のための人員派遣を行っている。また、無

償資金協力事業では、EIA の実施は原則的に受入

れ国側の義務であるが、案件に応じてコンサルタ

ントより先方政府に対し具体的な環境配慮の方法

を助言している。

その結果、現在、開発調査事業においては、環境

配慮を必要とする全案件への環境配慮団員の配置

1 環境庁環境影響評価研究会(1999)、『逐条解説・環境影響評価法』、ぎょうせい、pp.745。2 原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』、放送大学教育振興会、pp.331。3 国際協力事業団(1988)、『JICA 分野別(環境)援助研究会報告書』。4 環境庁環境影響評価研究会(1999)、『逐条解説・環境影響評価法』、ぎょうせい、pp.745。5 国際協力事業団(1988)、『JICA 分野別(環境)援助研究会報告書』。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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が可能となっている。例えば、1999年度実績にお

いては、環境配慮団員の配置された案件数は119件

(全開発調査案件数251件:予備調査除く)、配置さ

れた団員数は136人(1案件当たり複数回派遣を除

く)である。

「環境配慮の基本的な考え方」

同ガイドラインの示す「環境配慮の基本的な考え

方」は以下のとおり、適切な環境アセスメントを行

うことを求めている。

(1)上記分野別援助研究会報告書に基づき、環

境配慮の定義は「開発プロジェクトにより著

しい環境インパクトが生じるか否かを調査

し、その結果を評価し、必要に応じ、環境イ

ンパクトを回避又は軽減するような対策を

講じることである」とする。

(2)開発援助においては、開発が持続する可能

性を考慮するべきである。そのためバラン

スのとれた開発が進められるよう長期的視

野に基づき、開発計画のできるだけ早い段

階から、十分な環境配慮を検討しなければ

ならない。

(3)相手国側の環境配慮に関する法・規則・指

針・措置等を遵守する。一方、これらが存在

しなかったり適切に運用されていない場合

は、相手国側の政策等を勘案し、関係諸機関

の問題認識を把握した上で十分な協議を重

ねていく必要がある。

(4)相手国の意向に基づき、住民の生活向上の

ための持続的な開発の推進と、適切な環境

との調和に役立てることが基本方針である。

(5)環境配慮を単に環境影響のマイナス量に対

する予測、評価及び環境保全対策にとどめ

ず、開発プロジェクトによって当該地域及

び相手国にもたらされる便益、開発と環境

の調和、地域の環境向上を積極的に評価し

つつ、開発プロジェクトの影響のモニタリ

ングを含めた検討を行えるものとしてとら

える。

2- 2 これまでの成果と問題点

これまでの実績で評価するべき点としては、「現

有のガイドラインは、開発調査の実施にあたって

考慮が必要な環境配慮の諸点を明示したことによ

り、環境配慮の必要な案件での環境影響評価が着

実に実行されるようになってきており、所期の目

的を達成しているといえる。」とJICAの担当者は評

価している。だが、これは所期の目的をどう定義

するかにかかっている。「整備に伴い組織内に環境

配慮の必要性が認知され、開発調査以外の事業実

施についても、判断基準のひとつとして環境影響

が考慮されるようになってきている」ことも指摘さ

れている。

一方、本ガイドラインがチェックリスト方式を

有していることから、単にこのチェックリストへ

の記入を行うことで調査が必要十分なものである

と、担当する調査団員から誤解される余地もある。

そして、本ガイドラインが本来指向している「長期

的視野を有し、計画立案の早い段階から、持続可

能な開発に必要な望ましい環境と開発の両立への

提言が行われること。」に貢献しない調査が時とし

て行われている、などの指摘もある。このため、現

在、開発調査関係事業部において、より意識的に

計画段階の環境配慮を強化する方向に向けて、同

ガイドラインの見直しが検討されている6。JICAの

援助活動は有償資金協力との効果的な連携を行う

ことが必要であり、見直しにあたっては国際協力

銀行(Japan Bank for International Cooperation:JBIC)

との密接な情報交換が求められる。

3. 既存手続の改善

JICA ガイドラインは「環境影響評価を実施する

かどうか」を審査して、当該国の環境影響評価を支

援するためのものである。環境配慮を行う目的と

して「開発途上国側の努力により、持続可能な開発

の達成を支援、推進すること」を掲げており、環境

配慮事項を明示することで、環境に配慮した計画

立案が行われることを促進・支援するという点で、

JICA も JBIC も目的を一にしている。

6 国際協力事業団、内部資料。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

3- 1 アセスメント対象事業をどう選ぶか:ス

クリーニング

では、アセスメントの対象事業はどのように選

ぶべきか。我が国のアセスメント制度では相当大

規模な事業しかアセスメントの対象にならない。

だが、環境配慮を積極的に行うためには、本来、よ

ほど小さな開発行為でない限りアセスメントを行

うべきだという考え方が必要である。例えば、ア

セスメントの先駆け、米国の国家環境政策法

(National Environmental Policy Act:NEPA)による

制度では、連邦政府の関与する行為は、すべてが

アセスメントの対象になり得るという考え方で手

続きが開始される。この行為とは事業だけでなく

上位の計画や政策まで含む広い概念である7。

一方、従来の我が国の制度では大規模事業を、そ

の種類と規模によって分類した対象事業リストを

作りこれに該当するか否かで対象事業を選んでき

た。しかし、この対象事業リストにより判断する

という方法だけでは、アセスメント逃れが行われ

るおそれがある。例えば、埋立事業などの面開発

であればアセスメント対象となる埋立面積の下限

値ぎりぎりにして、アセスメント対象から逃れる

ことがある。このようなアセスメント逃れが累積

すれば長期的には地域環境に悪影響をもたらすこ

とになるから、対象規模の下限ぎりぎりの場合は

事業者の自主的配慮でアセスメントを行うべきで

ある。

アセスメント法ではこのようなアセスメント逃

れを減らすための工夫がなされている。従来の閣

議アセスメントで対象としていた規模の事業はア

セスメント法でも対象とする(第一種事業)が、こ

れ以下でも第一種事業の下限に近い規模の事業は

グレーゾーンを設けて第二種事業としてアセスメ

ント対象とするか否かの判定をする。この第二種

事業は原則として下限値の4分の3の規模までのも

のとなっている。これらの事業に関してはアセス

メント対象とすべきか否かをケース・バイ・ケー

スで判断するための、スクリーニングが行われる

(図 3 - 1)。

ある国の国内での事業であれば、影響を受ける

(1) スクリーニング�

(screening)�

(2) スコーピング�

(scoping)�

(3) 詳細なアセス�

(フォローアップ)�

対象事業リストから選定�

 第一種事業はすべて�

 第二種事業は選択�

検討範囲の絞り込み�

方  法  書�

準  備  書�

評  価  書�

許 認 可 な ど�

事 業 の 実 施�

法施行前の�

アセスの範囲�

図3- 1 アセスメント法による手順

出所:原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』、放送大学教育振興会。

7 原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』、放送大学教育振興会、pp.331。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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地域環境の状況や社会経済的背景が類似している

ため、上記のような2種類のリストを用意しておい

て対象事業を選ぶという方法も一定の有効性があ

ろう。しかし、途上国援助のように援助対象国に

よって地域条件や社会経済的背景が様々に異なる

場合は、リストだけで選ぶという考え方は適用で

きない。事業の種類は規定することができたとし

ても規模による判断はかなり困難になる。アセス

メント法における第二種事業のような考え方を拡

大し、相当程度小さな事業でもアセスメント対象

とすべきか否かをケース・バイ・ケースで判断す

べきであろう。

JICA では従来から、初期環境調査(Initial Envi-

ronmental Examination:IEE)で、EIAが必要となる

開発プロジェクトか否かの判断を行っており、こ

れがスクリーニングに相当する。そして、事前調

査以前の段階でJICA側が既存資料、情報で独自に

行うスクリーニングを一次スクリーニング、事前

調査で相手国政府とともに行うスクリーニングを

現地スクリーニングと呼んでいる。このスクリー

ニングにおいて、環境影響の大きな事業が対象か

ら外れることのないような仕組み作りが緊要であ

る。

3- 2 スコーピング(検討範囲の絞込み)

スクリーニングの結果、詳細なアセスメントを

行うことが決まると具体的なアセスメント手続に

入る。従来のアセスメント制度ではアセスメント

手続は準備書の公表から始まっていたが、アセス

メント法に基づく制度ではこれよりも早期の段階

からアセスメント手続を開始する。アセスメント

の方法を決める段階として準備書公表の前に方法

書段階が設けられた。これはアセスメントの方法

が確定する前にアセスメント方法の案をあらかじ

め公表し、地域住民等の意見を求めるものである。

事業者はこれらの意見に答えて方法を確定し準備

書を作成する。この手続はアセスメントにおける

検討範囲を絞り込むためのもので、スコーピング

(検討範囲の絞込み)といわれるもののために設け

られた。

この方法書段階に相当する手続はJICAの手続の

中に部分的には存在しているが、スコーピングと

は言い難い。JICAでは、開発行為によって生ずる

と考えられる環境インパクトのうち、重要と思わ

れるものを見出し、それを踏まえてIEE、EIAにお

ける重点項目を確認している。事前調査以前の段

階でJICA側が既存資料、情報、独自調査に基づき

行うスコーピングを一次スコーピング、事前調査

で相手国政府とともに行うスコーピングを現地ス

コーピングと呼んでいる。ただし、方法案を地域

住民等に公開しその意見を収集して、方法を確定

する手続を行わないとスコーピングとは言えない

ので、この点での改善が必要である。

具体的には、まず、この段階における情報公開

と住民関与を義務付けなければならない。スコー

ピングには透明性が不可欠である。アセスメント

法では検討範囲についての案を方法書という文書

で公表し、広く公衆の意見を収集するため意見書

の提出を求める。意見を出せる人の範囲は、アセ

スメント法では従来の閣議アセスメントのような

関係地域住民という制約はない。しかし、この検

討範囲の絞込みは十分な双方向の意見交流がない

とうまくいかない。この点ではアセスメント法の

仕組みはまだ不十分である8。自治体の制度の中に

は説明会を設けて直接、地域住民等の質疑の機会

を作り、また、意見書に対して事業者はどう対応

するかを見解書という文書で回答させる仕組みも

ある。このような、住民との間のコンサルテーショ

ンが極めて重要である。

また、JICAでは、案件に応じてコンサルタント

より先方政府に対し、スコーピングの結果絞り込

んだ影響評価項目を示すTOR(Terms of Reference)

について、その模範となるものを提示して環境配

慮を行うよう助言している。だが、スコーピング

段階では、評価項目の絞込みと、調査・予測・評価

の方法を絞り込むだけでなく、検討対象とする代

替案の絞込みも行わなければらない。この点もア

セスメント法の欠陥である。アセスメント法では、

方法書では対象事業について記述することになっ

ているが、これは事業者が提案したい事業だけで

8 原科幸彦(1997)、「環境影響評価法の評価-技術的側面から」、『ジュリスト』、1115、pp.59-66。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

なく比較検討のための代替案も合わせた複数案を

記述するようにしなければらない。なぜならば、方

法書の次の準備書段階では、複数案の比較検討が

求められているからである。準備書で複数案を記

載するのであれば、どのような複数案を比較する

かについても方法書に記載しておくことが必要と

なる。

3- 3 住民参加の推進

JICA では、基本設計報告書(建設等実施のため

の詳細設計段階)においては、案件に応じて環境配

慮についての項目を設け、必要な場合は対応策を

検討するよう指示している。なお開発調査事業に

おいても、EIA は原則的には途上国政府によって

なされるべきものであり、JICA調査団はその実施

支援を行っているという位置付けである。この時、

地域住民とのコンサルテーションは極めて重要で

ある。アセスメントのプロセス全体がコンサル

テーションと言っても過言ではない。したがって

コミュニケーションが重要となる。この場合、誰

との間でコンサルテーションをするかが問題とな

るが、ステークホルダー(stakeholders)と言われる、

色々な形やレベルでの多様な利害関係者のすべて

を対象に考えなければならない。

JICAの環境配慮に対する考え方は、「長期的視野

に基づき、相手国の意志を尊重しつつ、住民の生

活向上につながる持続可能な開発を推進する」こと

としてとらえられる。この「相手国の意志を尊重し

つつ」は相手国政府の意志の尊重であり、国によっ

ては必ずしも相手国国民の意志の尊重とはならな

いところが問題である。どのような社会でも、政

府と国民、あるいは特定地域の住民の意志は乖離

することがあるが、民主化の進んでいない社会で

は特にこの乖離が大きい。今後は相手国の国民や

地域住民の意向をより的確に把握するためコンサ

ルテーションに一層の力を入れ、環境配慮を推進

していくことが極めて重要である。

アセスメントは事業者が環境配慮をどう行った

かについて、社会に説明する責任を果たすための

手続であり、このため環境保全対策の代替案の比

較検討が不可欠である。世界で最初のアセスメン

ト制度を作った米国では、NEPAの核心は代替案の

検討であると明言している。アセスメント法に基

づく手続も、明確に表現はしていないが、実際は

複数案の比較検討を求めており、代替案の検討が

必要なことを示している。JICAにおいても、コン

サルテーションの推進の具体的な方法論は代替案

の検討を義務付けることである。そして、その検

討過程を、方法書、準備書、評価書、あるいは意見

書、見解書といった文書によるコミュニケーショ

ンと、双方向の意見交流ができる形での説明会や

公聴会といった会議形式でのコミュニケーション

を効果的に組み合わせることにより進めていくこ

とが必要である。

4. 戦略的環境アセスメント(SEA)

4- 1 行為の累積的影響

このように事業アセスメントの改善を図ること

が第1であるが、個別の事業単位のアセスメントだ

けでは十分な環境配慮が出来ないという問題があ

る。これは持続可能な開発にとって特に重要な問

題である。

例えば、東京のように既に環境汚染の進行した

地域では、大規模開発であっても環境への汚染負

荷の増分は既存の汚染負荷に比べ、わずかでしか

ない。累積的な影響をチェックする手だてがない

と開発行為が集積していく地域では、時間ととも

に環境負荷は次第に大きくなっていく。すなわち、

都市は稠密になり環境負荷が増大する。これが東

京の環境問題が依然として解決されていない根本

的な原因である。東京の大気汚染の主要因は自動

車交通であり、根本的な解決は土地利用密度を下

げて自動車交通の発生集中を下げるしかない。事

業所や都市生活など、都市活動に基づく窒素酸化

物の発生も都市的土地利用の密度が低下しないと

低減できない。地球温暖化対策として二酸化炭素

(Carbon Dioxide:CO2)の発生を抑制するにも、都

市はエネルギー利用効率を高める面があるとはい

え、基本的には都市活動の水準を下げることが必

要である。

東京23区の人口密度は1ha当たり130人で極め

て高い。これは同程度での広がり、ニューヨーク

市の人口密度の1.5倍にもなる。そして、東京の昼

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

33

間人口密度はさらに高い。ニューヨーク都心の一

部地区の密度は高いが、都市全体では東京の方が

ずっと密度が高いのである。大気汚染など都市環

境のあり方を考えるには局地的な状況だけでは判

断できず、少なくとも23区程度の広がりでの土地

利用を見て判断しなければならない。東京23区は

既に世界一の、しかも特異な超過密都市圏である。

東京は計画段階での環境配慮はほとんどなされず

にきた。そして、我が国の極めて緩い土地利用規

制の結果、オープンスペースの少ない都市空間が

できてしまった9。

開発途上国における大都市の発生も東京の、と

りわけ戦後の急成長と類似したところがある。都

市スプロールを制御しなかった結果、途上国でも

1,000 万人規模の大都市が各地に出現した。しか

し、世界の巨大都市圏は東京以外はいずれも2,000

万人以下の人口である。東京は地球上で唯一、

3,000万人を超える人口を有する都市圏となってし

まった。東京の場合は、土地利用制御ができなかっ

た上に鉄道に膨大な投資がなされた結果、都市圏

が広域に広がった。この過大都市になってしまっ

たという失敗の原因は、広域的な地域総合計画や

土地利用計画がなかったためである。

事業アセスメントだけでは、このように多数の

事業が特定の地域に集中することによる累積的影

響はチェックできない。地域の総合計画が必要で

ある。地区レベルや都市レベルでの適正な土地利

用密度はどのくらいか。この判断のためのアセス

メントはこれまで実施されてこなかった。持続可

能な発展のためには、地域の総合計画や土地利用

計画レベルでのアセスメントが必要である。

4- 2 事業アセスメントから戦略アセスメント

従来の事業アセスメントの経験から、計画段階

でのアセスメントの必要性が次第に明確に認識さ

れるようになってきた。特に計画段階からのアセ

スメントの必要性が明確になるのは開発行為と自

然保護とが対立するなど、土地利用計画が関連す

る場合である。自然保護に対する意識の高まりと

ともに、最近ではそのような事例も増えてきた。そ

のような最近の代表的な事例に、海岸部の土地利

用計画に関する問題として干潟の問題がある。

渡り鳥の飛来地として干潟の自然環境は国際的

にも重要な価値がある。とりわけラムサール条約

の登録湿地の候補になるような干潟は貴重である。

そのような干潟の1つ、名古屋市における藤前干潟

が紆余曲折の末、1999年 1月に保全されることが

決定した10, 11。ここでは都市活動により生ずるごみ

の問題と干潟の保全が対立した。このプロセスの

詳細は省略するが、名古屋市の市域内に限らなけ

れば名古屋港には埋立代替地となり得る多くの場

所があり、計画の早期段階で検討を始めれば十分

に代替地は見つけられたはずである。事業に入る

直前で行うアセスメントでは遅すぎ、その欠陥が

明確に現れている。計画段階でのアセスメントは、

この代替地の検討プロセスを早期に始めることを

可能にする。

藤前干潟の事例は計画段階でのアセスメントの

必要性を具体的に示している。都市ごみの問題と

自然環境保全の問題を考えるには、本来、事業の

上位計画である地域の総合計画や、さらには地域

政策にまでさかのぼった判断が必要とされる。こ

のような、政策段階や計画段階という意思決定の

戦略的な段階から行うアセスメントを戦略的環境

アセスメント(Strategic Environmental Assessment:

SEA)という。これは、事業の前の、計画やプログ

ラムの段階や、さらに前の政策段階で環境配慮を

行うためのアセスメントの総称である12。

環境アセスメント分野の国際学会である国際影

響評価学会(International Association for Impact

Assessment:IAIA)では、「SEA は、提案された政

策・計画・プログラムにより生ずる環境面への影

響を評価する体系的なプロセスである。その目的

9 原科幸彦(1995)、「都市の成長管理と環境計画-防災都市づくりの基礎-」、『環境情報科学』、24(2)、pp.64-70。10 辻淳夫(1999)、「藤前干潟から見た環境アセスメント」、松行康夫・北原貞輔共編著、『環境経営論II』、税務経理協会、pp.21-61。11 松浦さと子編(1999)、『そして干潟は残った』、リベルタ出版、pp.310。12 原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』、放送大学教育振興会、pp.331。

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34

第二次環境分野別援助研究会報告書

は、意思決定のできる限り早い適切な段階で経済

的・社会的な配慮と同等に環境の配慮が十分に行

われ、その結果、適切な対策がとられることを確

実にすることである。」13と定義している。筆者はさ

らに、プロセスの透明性が不可欠であることを付

け加える。

SEA は事業アセスメントの限界に対する認識を

背景として、それより上位段階の意思決定に環境

アセスメントを導入するという意味で用いられて

いる用語であり、対象は法令案の策定から地域開

発計画まで非常に幅広い。しかし、その本質は明

確である。それは政策・計画段階における意思決

定過程の透明性を高めるということにある。持続

可能な発展のためには、大規模事業を行う主体は

官・民を問わず、その環境影響を政策策定や計画

策定の段階からどのように配慮したかの説明責任、

アカウンタビリティがある。そのための情報公開

と住民参加に基づく仕組みが SEA である。

一般に事業に至るまでには、政策(policy)、計画

(plan or program)、事業(project)の流れがある(図

3-2)。すなわち、個別の開発事業計画の立案は、

様々な政策や上位計画に影響され、また、規定さ

れて行われることが通常である。特に、大規模な

開発事業ほどこの傾向が強い。後述する欧州連合

(European Union:EU)のSEA指令も、このような

枠組みのもと計画や政策段階での環境アセスメン

トの実施を求めているが、我が国でも事業計画の

意思決定は同様の階層構造になっている。

5. 戦略的環境アセスメント導入の動き

5- 1 海外の動き

米国のNEPAは1970年に施行され、世界最初の

アセスメント制度が制定されたが、個別の事業の

みならず政策や上位計画段階をも対象とするもの

である。想定どおりにはいかなかったものの、米

国では計画段階のアセスメントは一定程度行われ

て来た14。

他の諸国においては政策や計画段階を対象とす

るのではなく、開発事業段階のみを対象とする制

度が主に普及した。この傾向を決定づけたのが欧

州委員会(European Commission:EC)における指令

である。1985 年に採択された EC 事業アセスメン

ト指令では、対象は開発事業に限定されることと

13 Sadler, Barry and Verheem, Rob(1996)、Strategic Environmental Assessment. (国際影響評価学会日本支部訳(1998)、『戦略的環境アセスメント』、ぎょうせい。)

14 Council on Environmental Quality(1997)、“The National Environmental Policy, Act-A Study of its Effectiveness After Twenty five Years-”.

問題事項�

政策段階�policy

計画段階�plan, program

事業段階�project

実 行�

戦略的環境�

アセスメント�

(SEA)�……計画アセス�

……事業アセス�

図3- 2 政策・計画・事業とSEA

出所:原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメント』、放送大学教育振興会。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

35

なった。日本だけでなく、従来は各国で事業アセ

スメントが主として行われてきた。とはいえ、EC

ではこの事業アセスメント指令を検討していた当

時からSEAの必要性は議論されていたが、加盟国

の最小限合意できるものとして、まず事業アセス

メントに絞った指令が採択されたのである。

したがって、ECにおいて、政策・計画・プログ

ラムについての環境アセスメントが必要であると

いう残された課題が引き続き検討されてきた。そ

して、EU加盟国のいくつかで、政策・計画・プロ

グラム段階での環境アセスメントに関する具体的

な取り組みが進められてきた。中でもオランダで

は、1987年の環境影響評価令において、特定の部

門別計画、国家・地域計画などに対して事業アセ

スメントと同様の手続を行うこととした。また、

1995年に環境テストと呼ばれる手続を開始し、新

しい法令案を作成する際の環境配慮を求めている。

その他、デンマーク、フィンランドなどでも、SEA

が制度化されている。また、イギリスにおいても、

公式のSEA制度はないが、先進的な計画制度のも

と SEA の具体例が蓄積されてきた15。

1996年12月、ECによってSEA指令案が公表さ

れたが、その目的は環境アセスメントの実施と、そ

の結果を基本計画や実施計画の、準備段階と採用

段階において考慮することにより、環境保護をこ

れまで以上に高いレベルで実施することとなって

いる16。そして、1999年2月にはその修正案が出さ

れた。これは現行の事業アセスメントを補足する

ものと位置付けられているが、この案は2000年の

3月に欧州理事会で承認され、欧州議会に送付され

た。EUのSEA指令では、事業に関する開発許可の

意思決定の枠組みを確立する目的で策定される計

画やプログラムに適用されることとされている。

この指令案は、土地利用に関連する基本計画と実

施計画の段階を中心に適用される。すなわち、土

地利用に関連する事業の開発許可の判断枠組みを

与える、計画やプログラムに適用されるものであ

る。

国際機関では、世界銀行が1990年代の半ばから

部門別の計画に対して SEA を適用してきている。

そして、途上国においても途上国援助の中でSEA

の実施例が増えている。SEAは、少なくとも先進

諸国の間では共通のものとなりつつある。

5- 2 我が国の動き

SEA が必要であるという認識は我が国でも明確

になって来た。環境影響評価法は事業アセスメン

トを対象としているが、法律制定に当たり中央環

境審議会から提出された答申では、政策や上位計

画段階の環境アセスメントについても指摘してい

る17。SEAの必要性は明確に認識されており、環境

影響評価法の国会での審議過程では、衆参両院に

おいて戦略的環境影響評価制度の検討についての

付帯決議がなされた。

アセスメント法の全面施行により我が国の環境

アセスメントは新しい段階に入った。この付帯決

議の実行が求められることとなる。このため、環

境省では1998年から戦略的環境アセスメント研究

会を発足させ検討を開始した。1998年11月にはこ

の研究会の活動として「戦略的環境アセスメントに

関する国際ワークショップ」も開催し、2000年7月

には報告書も公表された18。また、情報公開法が

1999年に成立し、2001年4月から施行される。SEA

導入の条件は整いつつある。

我が国でも SEA の試みは少しずつ行われ始め

た19。例えば、川崎市の環境調査制度(1994)や東

京都における総合アセスメントの試み(1998)があ

る。川崎市では、1991年に制定した環境基本条例

に基づき環境配慮制度を作った。東京都の総合ア

セスメントの試みは、総合計画の計画段階から公

開制の高いプロセスで環境配慮を行うもので、環

境保全局が中心となり1998年から制度の試行を始

15 Sadler, Barry and Verheem, Rob(1996)、Strategic Environmental Assessment. (国際影響評価学会日本支部訳(1998)、『戦略的環境アセスメント』、ぎょうせい。)

16 European Commission(1996),“Proposal for a council directive on the assessment of the effects of certain plans and programmes on theenvironment”.

17 中央環境審議会(1997)、『今後の環境影響評価制度のあり方について・答申』。18 環境庁戦略的環境アセスメント研究会(2000)。19 環境庁戦略的環境アセスメント研究会(2000)。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

めた。しかし、いずれもまだSEAの部分的な試み

である。

だが、横浜市青葉区における道路づくりへの住

民参加では本格的なSEA的な取り組みがなされて

いる20。筆者は専門家として、同時に地域住民の一

人としてもこの事例に直接関与してきた。この例

では数年間の準備期間の後、全長7kmほどの計画

区間のうち、未整備の3区間について住民参加によ

る計画の検討が行われた。1996年から1998年にか

けて、整備しないという案も含めた複数の路線代

替案の検討が行われた。この住民参加による検討

を踏まえて、専門家による研究会で引き続き検討

が行われ、2000年の3月に結論が出された。結果

は、3区間それぞれで検討された複数の代替案の中

から、いずれも住民の指示の最も多かった計画案

が選ばれた。この事例は我が国におけるSEAの可

能性を示しているものと言えよう。

6. SEAの積極的導入を

開発援助において、多くの当事国では環境アセ

スメントの国内法の整備はなされている。これは、

1980年に世界銀行などの開発援助機関が採択した

「経済開発に関する環境政策手続宣言」やOECDの

取り組みが、開発途上国におけるアセスメント制

度の導入に契機を与えたと言われる。これらは、い

ずれも事業アセスメントが中心であったが、これ

らの途上国の制度は、形はできているが運用上の

問題があると言われる。住民参加や情報公開に関

する基本的な制度が整い、これらに関する社会的

理解がないと、アセスメントの適切な運用は困難

である。

環境アセスメントに関しては、開発途上国ごと

にその制度が様々であるとともに、具体的な制度

運用も様々である。このため、JICAとしては、単

に開発途上国において行われるべき環境アセスメ

ントの内容を示したり、またはその結果をチェッ

クするといったことだけでは不十分である。開発

途上国ごとの様々な違いを考慮しながらも、適切

な環境アセスメントの実施、さらには適切な案件

の形成、実施に向けて、より積極的な支援をする

よう取り組んでいく必要がある。このためには、事

業アセスメントだけでなくより上位の計画や政策

段階でのアセスメントである戦略的環境アセスメ

ント(SEA)の適用を積極的に図っていくべきであ

る。今後は具体的な事業や計画に円借款や融資を

行う JBICとも密接な連携を取っていくことが重要

である。

実は、JICAの途上国援助での仕事の多くは、当

事国の国や地域レベルでの総合計画やマスター・

プラン作りを行う場合が多い。これらの総合計画

や上位計画をもとに個別の事業計画が作られる。

事業アセスメントはこれら個別の事業計画に際し

て行われるが、上位段階での意思決定にも援助機

関として関与する場合が多いと言える。例えば、

JICAの援助事業では事業アセスメントの前に、事

前調査の段階での環境予備調査や、マスター・プ

ラン段階でのIEEが行われる(表3-1)21。今後は

これらの段階においてSEAを積極的に行って行く

ことが必要であろう。

このような事業アセスメントに先立つ各段階で、

各種の政策や上位計画についての意思決定に関与

する機会が多いということは、SEA を適用する可

能性があることを示している。我が国の国内では

既存法制度の枠組みの中での活動ということなの

で既存の仕組み自体を変えないとSEAの適用は困

難であるが、国際的な関係では状況が異なる。途

上国援助においては第三者的な立場で外部からの

関与を行うということから、SEAを適用できる可

能性が高い。

また、ベースとなるデータの整備が後れている

など、技術的な条件も厳しい。事業アセスメント

でさえ、その実施が困難なのにSEAの導入は次期

尚早であるという見方もあるが、実はそうではな

い。技術的には事業計画の内容が具体化していな

い段階で行うSEAの方がアクセスしやすいのであ

る。衛星画像データ等のマクロ・レベルでの基本

データが揃っていればよく、SEAのためにはあま

20 原科幸彦(1999)、「道路事業と戦略的環境アセスメント」、『道路』、No.701、pp.8-12。21 環境庁委託・海外環境協力センター(2000)、『国際協力における環境アセスメント』、pp.160。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

37

り高度の精細なデータは必要ではない。

そして、最近では事業の「必要性」の判断で当事

国の地域住民との紛争が生じる例が増えてきてい

る。このような場合は、事業認定の前の上位段階で

の意思決定が問題とされる。事業の枠組みを与える

上位計画の段階で社会経済面だけでなく環境面も勘

案した判断が必要であり、まさにSEAの実施が求

められることとなる。SEA の要点は政策や計画の

意思決定過程の透明性を高めるということである。

とりわけ、開発行為に伴い地域住民の移転問題

が生じる場合は深刻である。事業や計画の必要性自

体が特に問われることになる。SEA はこのような

事業や計画の必要性をも対象として行われる。この

判断の正当性が示されないまま開発が行われると、

結局立場の弱い地域住民が不公正な立ち退きをせま

られることにもなる。社会的弱者の犠牲のもと事業

が行われることのないようにしなければ、我が国の

国際的信用を損なうことにもなりかねない。このよ

うな社会的影響の評価は特に重要である。

SEA は意思決定過程の透明性をいかに高めるか

ということが、その核心である。このためには意

思形成過程の情報を公開し、その上で計画案検討

段階からの積極的な住民参加プロセスを作らなけ

ればならない。援助の当事国との関係では情報公

開や住民参加の推進を求めることは容易ではない

であろう。しかし、我が国でもSEAは次第に導入

が可能になってきた。意思決定過程の透明性をい

かに高めるかは、日本社会だけでなく、開発途上

国諸国の改革のためにも根源的な問題である22。

表3- 1 プロジェクトと環境配慮の各段階の対応

プロジェクト実施の各段階 環境配慮実施の各段階

事 前 調 査 環 境 予 備 調 査Preparetory Study Preliminary Environmental Survey

全体調査計画 実施可能性調査初期環境調査(評価)への支援

Master Plan Study Feasibility StudyTechnical Assistance for

Initial Environmental Examination(IEE)

実施可能性調査環境影響評価への支援

Feasibility StudyTechnical Assistance for

Environmental Impact Assesment(EIA)

実施計画作成(詳細設計を含む) 環境保全対策のチェック

施工 環境保全対策の実施

運営 環境モニタリング

注:1. 各段階の対応は厳密なものではない。2. IEE あるいは EIA はプロジェクトによっては必要でない場合もある。3. 実施計画作成には環境保全対策のための施設及び講じの詳細設計を含む。

出所:(社)海外環境協力センター(2000)、『国際協力における環境アセスメント:国際協力に関係する人々が環境影響評価制度の理解を深めるために』。

JICAによる実施

事業実施機関による実施

本格調査

22 Harashina, Sachihiko(1998),“EIA in Japan:Creating a more transparent society?”,EIA Review,15(8),pp.69-83.

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第二次環境分野別援助研究会報告書

参考文献

・環境庁環境影響評価研究会(1999)、『逐条解説・

環境影響評価法』、ぎょうせい。

・環境庁戦略的環境アセスメント研究会(2000)。

・国際協力事業団(1988)、『JICA分野別(環境)援

助研究会報告書』。

・環境庁委託・海外環境協力センター(2000)、『国

際協力における環境アセスメント』。

・中央環境審議会(1997)、『今後の環境影響評価制

度のあり方について・答申』。

・辻淳夫(1999)、「藤前干潟から見た環境アセスメ

ント」松行康夫・北原貞輔共編著『環境経営論

II』、税務経理協会、pp.21-61。

・原科幸彦編著(2000)、『改訂版・環境アセスメン

ト . 放送大学教育振興会』、pp.331。

・原科幸彦(1999)、「道路事業と戦略的環境アセス

メント」、『道路』、No.701、pp.8-12。

・原科幸彦(1997)、「環境影響評価法の評価-技術

的側面から」、『ジュリスト』、1115。

・原科幸彦(1995)、「都市の成長管理と環境計画-

防災都市づくりの基礎-」、『環境情報科学』、24

(2)、pp.64-70。

・松浦さと子編(1999)、『そして干潟は残った』、リ

ベルタ出版。

・Sadler, Barry and Verheem, Rob(1996),Strategic

Environmental Assessment.(国際影響評価学会日本

支部訳(1998),『戦略的環境アセスメント』,ぎょ

うせい.)

・Council on Environmental Quality(1997),“The

National Environmental Policy Act-A Study of its Ef-

fectiveness After Twenty five Years -”.

・European Commission(1996),“Proposal for a coun-

cil directive on the assessment of the effects of cer-

tain plans and programmes on the environment”.

・Harashina, Sachihiko(1998),“EIA in Japan:Cre-

ating a more transparent society?”,EIA Review, 15

(8),pp.69-83.

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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1. 問題のとらえ方

開発途上国における貧困と環境破壊の密接な関

係が注目されている。世界銀行(以下、世銀)もア

ジア開発銀行(Asian Development Bank:ADB)も、

貧困と環境の関係をとらえ直している。2000 年 5

月の本研究会でギョルギェバ世銀環境局長が報告

したように、世銀は環境アセスメントにより事業

の環境に対する悪影響を減らしながら、貧困対策

及び持続可能な開発の達成のためには、環境保全

を開発戦略に一体化することが不可欠と認識した。

ADBも同様に、アセスメントと共に環境戦略のア

ジェンダを充実させている。また、アフリカを中

心として貧困と環境破壊と紛争の関係も注目され

ており、2000年 7月の沖縄サミットでは、重債務

貧困国(Heavily Indebted Poor Countries:HIPCs)1の

軍事的紛争のせいで債務削減が遅れていることを

憂慮する声明がでた。

本稿では、貧困と環境の問題を途上国の貧困者

が日常生活の支持ベースである環境資源を減耗さ

せ、これがさらに貧困に拍車をかけるといわれる

「貧困の悪循環」から考察したい。この重点的な課

題としては、①熱帯林の減少(焼き畑耕作や耕地

化)、②砂漠化の加速(薪の採取や過放牧)、③野生

生物種の減少(熱帯林や共通資産資源(Common

Property Resources:CPRs)の減少)2、④都市部にお

ける公害多発地域への移住(都市スラムの拡大や衛

生知識のなさ)、⑤人口増加のメカニズム(貧困家

庭における人口増加)、などがある。これらに開発

援助がどのように応えていけるのかは重要な課題

である。

第2に、環境を守ろうという先進国と貧困の脱却

をめざす途上国のあいだで環境保護をめぐって相

克が働いている点を留意したい。典型的なものが、

地球環境問題と貧困問題のディレンマである。

1992年の「国連環境と開発会議」でも2つの国際条

約がまとめられたが、その決定過程では先進国と

途上国、つまり南北間の対立が鮮明になった。途

上国側は、貧困問題の方が緊急性が高く、地球環

境問題のCO2 排出も責任は先進国側にあるとの論

陣を張った。「国連環境と開発会議」では、「共通だ

が差異のある責任」という合意のもとに、途上国に

はCO2の排出削減は求められなかった。しかし、米

国などは途上国の森林が破壊されており、それが

温暖化問題を困難にしていると途上国に対しても

責任があることを強調していた。

本稿では、このような観点に立ちながらも、1990

年代以降の貧困問題をめぐる論調、環境と貧困が

融合しつつある援助戦略、幾つかの実例と課題を

概観し、今後の日本の開発援助に対するインプリ

ケーションを考える。

2. 最近の開発支援動向

2- 1 援助機関の論調-貧困削減

最近の援助機関の「貧困」重視政策は、新たな局

面を迎えている。その代表的な政策転換を示すの

が、1999年9月の国際通貨基金(International Mon-

etary Fund:IMF)・世銀合同開発委員会で策定され

ることが決定された「貧困削減戦略ペーパー

(Poverty Reduction Strategy Papers:PRSP)」、世銀

による「世界開発報告書」(2000年版)、及び経済協

力開発機構(Organization for Economic Co-operation

and Development:OECD)の開発援助委員会

(Development Assistance Committee:DAC)による

「DAC貧困削減ガイドライン」(2001年完成予定)で

ある。

世銀は従来の政策を変更し、債務削減を積極的

第2章 環境と貧困

笹岡 雄一(国際協力事業団)

1 HIPCsは、1996 年に救済が開始され 1999 年に対象が拡大された。2 CPRsは、不可耕地、牧草地、湿地、森林、池などの伝統的な管理ルールが働いていた場所で、貧困者には非常に重要な資源で

ある。しかし、新参者の参加やルールの衰退により急速な開発が行われて減少し、生産物の減少や水位の低下などを引き起こしている。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

に進めるとともにPRSPを策定することにより、政

策対話及び貸付のサイクルに貧困重視の視点を導

入した。PRSPは、特定の国3 に対して、貸付金や

マクロ経済運営状況だけでなく、貧困の政策及び

戦略の策定方法、モニタリング体制等を貸付の際

の確認事項として掲げた、向こう3年間をカバーす

る計画である。PRSPは、新たな概念というわけで

はなく、ウォルフェンソン総裁が提唱した、包括

的開発枠組み(Comprehens ive Deve lopmen t

Framework:CDF)4という開発の広義のアプローチ

に沿って開発途上国がドナーの協力を得て行う参

加型のプロセス(非政府組織(Nongovernmental

Organization:NGO)や民間セクターが参加)として

作成されるものである。

さらに世銀は、「世界開発報告書」(2000年版)に

おいて10年ぶりに貧困をメインテーマに掲げてい

る。今回強調されているのは、①経済的機会の形

成(O p p o r t u n i t y )、②エンパワメント

(Empowerment)、③安全(Security)及び脆弱性

(Vulnerability)である。貧困を解決できないよう

な、社会・経済・文化的要因を持つ国の経済成長は

持続しないという議論のもとに新たなドナーの

パートナーシップ論を展開している。

①は成長を促す様々な機会を作る政策や制度が

市場を貧困層のために働かせ、彼らの資産を形成

することであり、効率的な民間、公共投資の促進

や国際市場への参入、貧困層に有利な民営化や規

制緩和、人的、物理的、自然的、資金的な資産の拡

大やジェンダー、人権、及び社会的な分断を越え

た資産の不平等の是正、貧困地域へのインフラス

トラクチュアや知識の普及などを含んでいる。

②は経済成長や貧困削減に影響する国家や社会

的制度がより活性化することであり、すべての市

民に国家の制度が能率的で説明責任のあること、

包括的な地方分権化とコミュニティ開発の促進、

社会的資本と迫害への社会文化的な基礎に支持し

たり反駁すること、社会的な障害に取り組むこと

である。

③は「貧困者の声(voices of the poor)」に代表され

るインタビュー調査などの結果、貧困の動態的な

側面として着目されている。不安定性が貧困層の

生活と見通しに影響するとの見地より安全を提供

することで、リスク及び脆弱性を政策の構想のな

かに取り入れ、様々なマクロ的なショックを予防

し、それに備え、対応する国家プログラムを形成

し、貧困者が様々なリスクを管理することを助け、

社会的なリスク・マネージメントの国家システム

を構想することである。

PRSPに代表される世銀の新たなイニシアティブ

は、こうした発想の転換に従って、構造調整や制

度改革の推進をしており、その施行実態にはまだ

不明なところもあるし、国によりアプローチが異

なるものであるが、他のドナーに与える影響は非

常に大きいものがある。PRSP策定・実施・モニタ

リングのプロセスを支援するための国際ドナー・

コミュニティの取り組みはいたるところで急速に

展開しているとみなすことができ、国際ドナーの

サークルにおいて議論されていることのほとんど

すべてが PRSP プロセスに関連していると言って

よい状況にある。

他方、二国間援助の先進国会合DACにおいても、

貧困重視の視点は定着しつつあり、地域間・ジェ

ンダー格差を含む、貧困の不平等性が問題視され

ている。DACによる貧困の定義も非常に広義であ

り、個人消費(必要栄養摂取が可能な所得がある

か)、資産に加え、人間開発、社会資本やエンパワ

メント、安全(脆弱性)を概念に含んでいる。オー

ナーシップやパートナーシップも1996年のDAC新

開発戦略から継続してキーワードとされており、

世銀のCDFの視点とつながる要素も多い。このな

かには、開発援助以外の様々な政策が途上国の開

発の効果にマイナスに働かないように政策の一貫

3 もともとはHIPCsを対象としたが、第二世銀(International Development Association:IDA)対象国、IMFの貧困削減成長ファシリティ対象国も含まれるようになった。

4 1997、98年の世銀年次総会の際、ウォルフェンソン総裁が打ち出したもの。社会開発、ガバナンス、環境、経済等多セクターにわたる援助の包括的実施、住民や民間セクターによる参加を得た開発戦略の策定、援助協調等を盛り込んだ枠組みで、原稿執筆現在13ヶ国でパイロット的に適用されている。CDFがアプローチであるのに対し、PRSPは計画である。PRSPの枠組みでは、貧困削減国別戦略を導入し、優先分野の選定、アカウンタビリティのための基本的な枠組みを作ることが期待されており、貧困関連のプログラムが非常に重視されている。世銀はこれらをもとに国別援助戦略(Country Assistance Strategy:CAS)を策定する方針である。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

41

性(policy coherence)に努力することや、オペレー

ションの分権化、人材の育成等、援助機関自体の

改革案も盛り込まれている。こうした概念及びア

プローチからなるガイドラインは、2001年 5月に

採択される予定である。

開発援助における貧困問題をめぐる動きは、

1990年以降、非常に活発化している。このなかで

特に顕著なことは、1990年代後半以降、DAC新開

発戦略、世銀のPRSPの概念、国連開発計画(United

Nations Development Programme:UNDP)を始めと

する国連機関の援助に係るアプローチなどがいず

れも、貧困削減を最重視している点である。次に、

貧困の概念自体に関しても、所得よりも広義にな

り、動態的な側面や地域による違いが重視され、政

策やモニタリングの援助協調がますます重要視さ

れている。さらに、途上国の貧困削減のオーナー

シップが重視され、2000年 7月の沖縄サミットの

G8(Group of Eight)コミュニケも、途上国政府が、

市民社会の参加を得ながら貧困削減に取り組むこ

とを求めた。

2- 2 環境と貧困の関係

世銀の環境戦略のドラフト案(2000年7月時点)

では、①人の健康の改善(ex:indoor and urban air

pollution, dirty water, toxic substances)、②自然資源

に依存する貧困人口の生計の向上(land, freshwater

and marine ecosystems, forests, and bio-diversity)、③

自然災害等への脆弱性の減少(natural disasters and

hazards)、の3つの目的が表明されている。これら

の目的は、私見では、前述した世銀の貧困削減の3

つの観点、empowerment、opportunity 及び security

に対応している。貧困削減の3つの目的のなかにそ

れぞれ環境戦略を位置付けることにより、環境と

貧困削減の密接な関係を強調し、環境対策をPRSP

形成という援助予算全体がプログラム化するなか

でも有利に位置付ける作戦である。

DAC の「開発援助と環境に関する作業部会」は、

開発援助における環境配慮や環境分野の援助の効

果的な実施についてDACメンバー間の共通の認識

が得られるよう討議し、これらの成果を援助機関

を対象としたガイドライン等にとりまとめている。

2001年 3月までのマンデートは、①持続可能な開

発のための国家戦略(National Strategies for Sustain-

able Development:NSSD)策定支援、②地球環境条

約関連支援、③持続可能な開発のための環境、経

済及び社会目標の連携の3つである。①のNSSDは、

1996年のDAC新開発戦略において2015年までに

現在の環境資源の悪化傾向を地球全体及び国ごと

で逆転させること、そのためにすべての国が2005

年までに持続可能な開発のための国家戦略を実施

することが目標とされたことを受けて作成されて

いる。

次に、DACの「貧困削減非公式ネットワーク」に

おいては、貧困削減の主要なアプローチ及び政策

アクションとしては、下表にある6つが挙げられて

いる。

①Pro-poor Growth:経済成長は持続的な貧困削減の鍵となるが、同じ成長でも貧困削減に及ぼす度合い

は異なる。地域によりいかなるタイプの成長が望ましいのかは異なるが、迅速で広汎かつ公平な成長、

労働集約的な生産の形態、適切な社会政策及びセーフティ・ネットなどが求められている。

②Political Empowerment:貧困は政治的な影響力の欠如でもあり、最低限度の社会的な参加の基準をみ

たせないことでもある。これは民主主義の欠如や差別、または社会的な排除の結果でもある。エンパワ

メントとは、貧困者が政府の制度や社会的な過程に影響を与えるキャパシティを向上させることである。

③Human Development:福祉とは、長く、健康に、闊達に生きることを意味している。女性や老人を中

心に貧困者は不十分な公共資源の配分や社会サービスの供給における弱いガバナンスのキャパシティに

よって十分な社会的なサービスへのアクセス(保健、教育、水、住居など)を奪われている。

表3-2 DAC「貧困削減非公式ネットワーク」における貧困削減の主要なアプローチ及び政策アクション

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第二次環境分野別援助研究会報告書

これらのアプローチは、相互に関連するととも

に、ジェンダーと同様に環境保全の課題にも関係

している。例えば、①のPro-poor Growthには多側

面あるが、環境を劇的に破壊するような性急かつ

アンバランスな成長をしないことが求められる。

②のEmpowermentでは土地や水などの資源に対す

るアクセスを持たない貧困者に対する法的、政治

的な権利を設定することで環境の保全に対するイ

ンセンティブを高めることができる。③のHuman

Developmentは人間開発一般であるが、自然資源の

管理にも必要なスキルを含んでいる。④のGender

も貧困のあらゆる局面にかかわりをもっている。

⑥のSecurityは個人の視点にたち、環境破壊や自然

災害のリスクを含んでいる。

⑤の Sustainable Livelihood(SL)は、環境の課題

を最も鮮明に表現しており、コミュニティの単位

で環境保全や自然資源管理ができるようになれば

急激な貧困の悪化は発生しないとの考えにたって

いる。貧困削減と持続可能な開発(発展)、及び環

境保全はSustainable Communitiesとして論じられる

ことも多い。「国連環境と開発会議」の「アジェンダ

21」でもSLとコミュニティの関連は多角的に論じ

られた5。貧困者は一般に富裕者よりも人間関係と

特定の場所を意味するコミュニティを必要として

おり、コミュニティには現状を維持する傾向もあ

るが、将来に向けて建設的な改革を行う可能性も

ある。このSLのアプローチは、開発を専門的な知

識を移入させるトップダウンの視点からではなく、

貧困者が現状の技術を改良しプログラムに参加す

る、コミュニティ開発というボトムアップの視点

から考える特徴がある。

3. 貧困と環境破壊の相互連関

3- 1 農村部における環境破壊

ここでは、主にアフリカの内陸国ウガンダ等を

例にして途上国の農村部の環境破壊について検討

する。ウガンダは所得的にも絶対貧困(1日1ドル

以下)、5歳以下の乳幼児死亡率は1,000分の 147、

水の供給率は 17%、AIDS(Acquired Immune Defi-

ciency Syndrome)の感染率は15%、人口2,000万弱

の国である。輸出は農業で支えられ、その過半は

コーヒーである。気候の不順やコーヒーの国際価

格が低いとすぐに輸出総額に影響がでる。例えば、

1997/1998年度にはエルニーニョのせいでコーヒー

の輸出は前年度の 336 百万ドルから 240 百万ドル

に、農業輸出額も671百万ドルから436百万ドルに

35%減った。IMF・世銀からは経済政策の優等生と

呼ばれ、さきのPRSP、HIPCs、「貧困者の声」など

すべてこの国が最も最初に適用されており、ODA

④ Mainstreaming Gender Equality:機会から便益を受ける男女のケイパビリティ(潜在能力)には差があ

り、消費と生産への諸資源(人間、経済、社会、及び時間)に対するアクセスに依存している。貧困は、

家計に利用できる資源の総量だけではなく、その分配についての決定を誰(男/女)がしているかにも影

響される。

⑤Promoting Sustainable Livelihoods:物質的、社会的な資源としてのケイパビリティ(潜在能力)と社会

的に適切な生活水準を維持する活動が自然資源のベースを損なわずに行われることをいう。Livelihoodの

資源としては、土地、労働及び資本に限定されず、経済活動やガバナンス(権力や依存関係)の要因もあ

る。

⑥Human Security:貧困者であればあるほど不安定性に直面している。リスクは実質的で実に多様であ

る。紛争や犯罪、自然破壊により脆弱性はさらに上昇する。異なる社会集団のあいだの不平等は武力紛

争の主な原因になるし、これが直接、間接的に貧困の原因となり、それを拡大する。出所:筆者作成

5 「アジェンダ21」の1.3では、持続可能な開発の成功は政府と幅広いpublic participationにかかっている、3.2では効果的な貧困削減戦略の要素として改良されたガバナンスを伴ったローカルのコミュニティと民主的参加のプロセス、3.5ではローカル及びコミュニティ・グループのエンパワメント、3.7及び 3.12 では政府が持続性へのcommunity-driven approachを支持すべきこと及びそのための能力構築の重要性を論じている。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

43

は国内総生産(Gross Domestic Product:GDP)の2割

近くに及ぶ(ただし、HIPCs はウガンダが 1998 年

にコンゴに侵攻した経緯から、その実施が見送ら

れている)。

3-1-1 漁業資源

ビクトリア湖は、6万2,000km2で世界で2番目の

大きさである。ウガンダ、ケニア、タンザニアの東

アフリカ共同体(East African Community:EAC)に

囲まれており、ナイル川の最も遠い源流になって

いる。しかし、ウガンダの漁業資源と水質は深刻

な危機にある。第1に、外来種のナイルパウチとい

う 2 メートルにもなる魚を導入したことで小型魚

が激減し、鳥の種類も減った。1996年の世界資源

研究所(World Resources Institute:WRI)の「地球環

境報告」でも説明されているように、ナイルパウチ

を釣り上げるには設備のある船が必要で、これは

零細漁民には行えない。貧しい漁民は、大形魚は

釣れず、小型魚も減って漁獲が激減した。

そこで行われた対応は悲惨なものである。まず、

一部の漁民は、毒をビニール袋に入れて小さな穴

をあけ魚が袋に噛み付いて浮き上がったところを

漁獲している。これはテラピアという魚をねらっ

たもので、食べた人には有毒であるし、幼魚が死

滅する。対策としては、罰則の強化、業者ライセン

ス制の導入などがあるが、政府にはパトロールす

る能力も予算もない。1990 年代にケニアから

EAC3ヶ国に及んだ。次に、過剰漁獲を行っている。

禁止された魚網の使用により幼魚や繁殖場が減っ

ている。毎年ビクトリア湖のウガンダ側では20万

トン以上が漁獲されるが、1992年の25万トンから

は減っている。テラピアでいえば200種が20種に

減った。漁獲の減少により獲る魚の幼魚化も進み

国内市場では魚のサイズが小さくなった。

また、湖上のウォーター・ハイアシンス(ほてい

あおい)の繁茂による酸素不足でも魚は死んでい

る。繁茂の原因は、3ヶ国からの都市・農業排水に

よる富栄養化である。ハイアシンスは船をはばみ、

漁網にからみ、ダムの取水口を塞ぐ。この除去に

ついては、日本の刈り取り機も含めて各ドナーが

援助を行っており、バイオガスにしてエネルギー

を使うプラント、甲虫、化学薬品の利用など幾つ

かのアプローチが行われている。世銀は地球環境

ファシリティ(Global Environment Facility:GEF)予

算でハイアシンス対策を含めビクトリア湖の保全、

周辺の土地利用に対して EAC3ヶ国に 77.6 百万ド

ルの資金供与を行っている。

ウガンダの漁業においては、ナイルパウチの導

入で漁民の貧富の格差が拡大した。貧困漁民は、違

反操業や過剰漁獲を行っている。これがますます

漁業資源をなくし、マーケットに対する信頼を失

わせている。ビクトリア湖は、貧困者がCPRsを消

耗し尽くし、さらに貧困に陥るのと同じようなプ

ロセスにある。

3-1-2 農業資源

ウガンダの農業においては、地方の人口は1970

年から1997年までに90%増加したが、可耕地域は

35%増加したのみである。換金作物を扱わない農

民の収入は減少し、土地と労働生産性も増加して

いない。生産の増加は生産性ではなく耕地の拡大

によりもたらされた。1986年から1996年までは4

%の成長がもたらされたが、これは内戦からの立

ち直りに基づくところが大きく、技術的な進歩に

よる収益の拡大はまだ現れていない。土地の衰退、

土壌浸食、砂漠化、休閑期間の減少、病虫害、酸性

化等の問題が起きている。小農セクターでは肥料

はほとんど使われないし、使用されても場当たり

的で技術的な試行が欠けており対象もメイズのみ

である。

主要作物を栄養源からみると、根菜類 32%

(キャッサバ22%、スイートポテト10%)、バナナ

30%、穀類19%(メイズは9%)、豆類8%、オイル

クロップ4%、ミルクと肉4%となっている。食糧

作物は農業の付加価値の3分の2を占めており、残

りが輸出作物である。輸出作物のうちコーヒー、綿

花、タバコは専ら主に小農の手により、茶、花、砂

糖は大規模な農地で栽培されている。この見地か

らは、コーヒーの輸出を促進することは、ウガン

ダの農民の貨幣所得を増やして貧困を減らすこと

になるが、国際市況の影響を受けるという意味では

脆弱性が増すので輸出産品の多様化も必要である。

人口の増加により、世代を経るに従い、親から

子に相続される土地は小さくなる。そこで生産性

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第二次環境分野別援助研究会報告書

の低い荒れ地、傾斜地、森林が開墾される。管理や

乱開発を防止するためには土地政策が重要である。

ウガンダは小農が多く、農村での貧富の格差があ

まりないので、土地政策の混乱が少ない。だが、不

平等や紛争の避難民のような移動が多い社会では、

公平な土地政策の実施は容易ではない。

3-1-3 森林資源

森林伐採(deforestation)は、途上国の人為的な土

壌悪化の主要な原因の1つであると言われている。

これにより水が不足し、土壌が悪化したり、降雨

により表土が流れる。アフリカでの森林破壊もひ

どく、エティオピアでは1980年代までにその96%

が耕作及び住居のために開墾されたという。森林

にも共同の所有権(tenure)を付与したり、未利用資

源の活用によりその資産性に気付かせることは、

土地の管理を積極的に行わせる意味がある。

樹木を切ることは温暖化を促進するとしても、

貧しい地域では薪をとる以外にエネルギー供給の

方途がない。ウガンダは、ブエノスアイレスで開

かれた気候変動枠組条約第4回締約国会合(The 4th

Conference of the Parties:COP4)の席上において

真っ先に温暖化の責任が途上国にもあることを認

めた。この例外的な行動には、ウガンダでは木材

の輸出を禁じているという事情もあった。AIDSで

もウガンダは真っ先にその広がりを認めたが、こ

れは観光も外資もなく援助に頼らざるを得ない国

情も表している。一般的には、途上国では中長期

的には植林が重要であるが、短期的には伐採も必

要である。温暖化と貧困の問題はこうしたディレ

ンマをもっている。

JICAの「ネパール村落振興・森林保全計画」にお

いても地元民の事情は同様であった。土地のある

農民は、森林を所有しており、田畑の周辺の樹木

を利用して燃料や飼料に使うが、土地なし農民は

CPRsや他人の私有林に頼らざるを得ない。そこで

苗畑の建設、植林を含む収入向上やインフラ整備

のプロジェクトが地元民の参加により行われた。

村での会合には女性と職業カーストの人々が積極

的に参加できるように配慮された。このように村

落振興は進めたが、植林は長期的なリターンであ

り啓蒙が必要である。村人がやがて目を向けるよ

うに活動が試みられたものの、ネパールでは森林

は薪か飼葉の材料とみなされており、環境意識の

形成は非常に難しかった。

ケニアのソマリア寄り難民キャンプのダダブで

ドイツ技術協力公社(Deutsche Gesellschaft fur

Technische Zusammenarbeit:GTZ)が行っている

RESCUEプロジェクト(Rational Energy Supply Con-

servation Utilization and Education)は、森林再生(育

苗、緑地帯形成)、家庭・コミュニティ用かまどの

製作、薪の配付、環境教育をパッケージにした協

力である。薪の配給の目的は、環境の悪化防止(薪

は遠隔地より入手)と難民女性に対するレイプ防止

の2つである。レイプや強奪の犯人の多くは地域の

盗賊であり、1993年には半年で192のレイプが報

告されたが実際はその 10 倍規模と見なされてい

た。暴行の犠牲を削減するプログラムが開始され、

地元警察の機能強化やRESCUEの成果もあってレ

イプは月に 1 桁台に減少した。

ネパールの案件は、住民組織のエンパワメント

を重視し、薪がなくなるという事態を知らない村

人に時間をかけてメッセージを伝えようとしたも

ので現在フェーズIIに入っている。GTZのプロジェ

クトは、薪の供給と植林という短期・中長期の視

点を両立させているが、対象は難民であり、コミュ

ニティの永続的な活動ではない。UNDPによれば、

資源管理を通じた持続可能な開発の分野では幾つ

かの成功例がある6というが、植林して使い、また

植えるサイクルが軌道に乗った案件はほとんどな

いのが現状である。

3- 2 都市部における環境破壊

都市部の環境も、人口の密集やスラムの問題と

その非衛生的な環境など貧困と関連した深刻な問

題が多い。世界の各地域により都市化の水準は異

なっている。ラテンアメリカは最も都市化が進み、

人口の70%が都市に住んでいる。しかし、都市化

の遅いアフリカでも、農村から都市への人口の流

れは急である。2000年の段階で世界の半分が都市

6 EC, UNDP “A Better Life - - with Nature's Help Success Stories”.

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

45

に住み、2025年までにこれは65%に上がるとまで

言われている(OECD)。都市部における環境破壊

がこれ以上に深刻にならないうちに、環境破壊の

対策をたてることが急務である。既にみたように、

農村部では貧困層が環境を破壊し、それがまた彼

らを苦しめたが、都市部では貧困層は悪環境の矢

面に立たされることが多い。

現在では都市部のスラム街に10億人以上が住ん

でいるといわれる。こうした人々は多くの場合不

法占拠しているので、廃棄物処理場や鉄道の近く

や傾斜地といった居住条件の悪いところに住んで

いる。不法に存在しているために、税金も払わな

いが、水、衛生、ごみ集めといった社会的なサービ

スを受けられないことが多い。貧困者は水や大気

の汚染、騒音といった公害にさらされている。ホ

ンデュラスで実施された廃棄物管理のJICAの開発

調査では、ごみをうみだす住民の参加を促進して

意識改革を行うキャンペーンを実施したが、貧困

層が住む谷に堆積したごみを彼らの参加により片

付ける活動も行われた。これは貧困者の存在を認

め、彼等を受益者とするだけでなくエンパワメン

トの主体とする意味で効果的な内容であった。本

当に環境破壊が深刻なところでは、リセツルメン

トが必要であり、市政当局がそうした都市計画を

策定、実施することを促す方向での援助も必要で

ある。

世銀は、都市部の環境問題に対して、さきの貧

困の 3 つの分類に対応した重点項目を整理してい

る(A.Dasgupta ほか“Urban poverty”ドラフト

2000.4)。まず、機会(opportunity)については、基

本的なサービス、住居と土地、労働、環境保健が重

要だとしている。次に、エンパワメントについて

は、社会的、政治的な迫害のないこと、ニーズへの

対応能力の不足、政府のレベル、公共セクターの

範囲としている。最後に、安全については、リス

ク・プロファイル、インフォーマル・セーフティ・

ネット、犯罪と暴力、外部性(externalities)、自然

災害の脆弱性などを挙げている。そして、こうし

た都市の貧困対策プロジェクトは、統合された戦

略のなかに位置付けられねばならないとし、公共

政策や構造改革、コンセンサスの形成などが重視

されている。

都市部と農村部で望まれる戦略の違いについて、

次の 2 点を挙げておきたい。

①都市と農村の貧困削減戦略は異なるものであ

り、国により農村と都市の貧困の深刻度も異

なる。バングラデシュの場合、都市の所得貧困

は減っているが、人間開発指数(Human Devel-

opment Index:HDI)の方は悪化しており、農村

部ではこの逆が起きている。途上国一般では

農村部の HDI は都市部よりも相当下がるが、

スリ・ランカではその逆である。

②都市の貧困は、都市計画や土地利用計画の段

階から抜本的な対策を講じなければならない。

都市の貧困層の存在は、かっては農村の貧困

に起源をもっていたが、近年は都市で生まれ

育った貧困層の人口の方が徐々に増えている。

4. 日本の援助に対する示唆

貧困が国や地域により様相が異なることから、

環境破壊との関係においてもどの国にもあてはま

るような戦略をたてることは難しい。あくまで一

般的な目安としては、貧困の多義性から出発した

環境戦略としては次の項目が望まれるだろう。

①Opportunityの面では、農村部では土地の所有

の形態が非常に不平等なために小規模な農業

の振興が最良のオプションであり、続いてten-

ureも重要である。これは必ずしも所有権を意

味しない。当該社会の環境に応じて効果的、効

率的な生産形態は異なることがあろう。例え

ば、ヴィエトナムの場合、所得貧困が1993年

から1998年のあいだに56.1%から33.4%に激

減したが、これはドイモイ政策のなかで農民

が借地権を得て生産インセンティブを増やし

たことが大きい7。監視や法制を含むガバナン

ス、所有権、耕作権や漁業権が整備されれば、

適切な資源管理が行われるようになる。ブラ

ジルのアマゾン川流域で1990年代に森林消失

7 Joint Report:Vietnam Development Report 2000:Attacking poverty p.95(1999).

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第二次環境分野別援助研究会報告書

率が下がったのは採取保有地の導入による。

都市部においては、貧困者は一般に権利を主

張するベースが弱いので、政府による都市計

画や雇用創出の政策・戦略も重要になる。

② Empowerment 及び SL の視点では、初期に所

得向上プログラムを行うかどうかは別にして、

長期の視点での当事者意識、環境意識の形成

が重要である。ネパールの「プロジェクト方式

技術協力」やホンデュラスの廃棄物処理では

(当初は参加者のニーズと関心にこたえるため

にインセンティブの手法を用いることもあっ

たが)、正しくこのアプローチが採用されてい

る。これは援助を行う側が働きかけながらも、

住民や貧困者が自分たちで問題を把握し、解

決するようになるまで待つことを意味する。

この観点から貧困者の権利に焦点をあてたア

プローチ(“rights approach”)も重要である。

 SLの視点では、参加型農村調査(Participatory

Rural Appraisal:PRA)などにより貧困者の実

態をその権力や依存関係も含めて調査して政

策と制度的なメカニズムを形成することが重

要であり、何よりも持続可能な環境に対して

コミュニティのボトムアップの視点から考察

すべきである。PPA 調査は、クライアントか

らプロジェクトのフィードバックをもらうた

めのbeneficiary assessmentと関係者を巻き込み

特定の場所の問題を理解するPRAから1993年

にうまれたもので、多くの国際NGOがこの形

成に関与している。次いで2000年3月に発表

された世銀の「貧困者の声」は、貧しい人々に

インタビューして有効な貧困削減政策を考え

るという意味で、草の根のコミュニティ開発

のスタイルを顕著に現している。この手法は

貧困者の無力感といった心理的な側面を浮か

び上がらせている。

③Human Developmentでは、公共投資における

教育と保健のシェアの向上、公共スタッフの

アカウンタビリティとサービス達成の向上な

どが求められ、最貧困者、特に女性と老人の基

本的なサービスへのアクセスは重要である。

これらが環境管理や資源の有効利用のノウハ

ウにつながることは言うまでもない。

④Genderを政策にメインストリーム化すること

は、基礎的なサービス、土地及びファイナンス

などの資産、労働市場、技術及び知識に対する

アクセスのジェンダー格差を減らすことであ

り、これが環境保全についても有効なインセ

ンティブを発揮する。

⑤Human Securityのアプローチは、貧困が経済、

政治、社会、文化の領域に及ぶ多面的な現象で

あり、貧困者はその多面的な領域での脆弱性

をもっているとみられることから、貧困者に

とっての様々なリスクを包括的、総合的に解

析しようとする。

例えば、スリ・ランカでは度重なる旱魃があり、

1996年の米の生産が前年比27%減少するような天

候不順がある。このような国々では、後手に回る

救援対策よりも災害予防が本来は重要である。被

災にあいやすい農民には、PRA手法などにより居

住地域の過去の災害にあうパターン、自然条件の

特徴を学ばせることが脆弱性を減らすためには有

効で、これは特に非識字農民のリスクを減少させ

るだろう。土砂崩れのような自然災害であっても、

被災にあうまでに貧困者がそうした危ない場所に

移り住むようになった過程があり、それは社会経済

的な貧困のプロセスであることも多く、貧困の多面

性が災害を拡大している要素もある。

貧困の 3 つの要素のうちの「安全」は脆弱性

(vulnerability)と大きく関係しており、それらはほ

ぼ反対概念と呼びあえるものである。脆弱性には

ショック、ストレス及びリスクにさらされる外的

な側面と無防備であることの内的な側面があると

言われている8。外的な側面は不安定な雨量や疾

病、犯罪、暴力、自然災害、食糧品価格の変動など

様々であるが、内的な側面には無力感(a sense of

8 Kanbur-Squire The Evolution of Thinking about Poverty:Exploring the Interactions, WDR background paper(1999).

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

47

powerlessness)という特徴的な要素があるという。

これが貧困者に問題解決に立ち上がらせる大きな

障害になり、一般的な生活状態の悪化を招いてい

る。貧困者の人々の多くは日常的な困窮に加えて、

災害や紛争の発生に対して非常にその影響を受け

やすい。これは貧困者が災害、公害、紛争などを受

けやすい社会の不利な場所に既に疎外されている

ことや、日常の身の回りや環境の変化に機敏に対

応する精神的な態度が失われていることによる。

環境と貧困の分野では、援助案件のいわゆる先

行例というものが少ないが、ほかのドナーにおい

ても確立した成功例というのは数少ないようであ

る。これを踏まえて、今後の援助に対するインプ

リケーションとして、最も基本的な点を3つ確認し

たい。

1 つは、貧困削減のアプローチにおいては、コ

ミュニティ、社会集団及び貧困者のエンパワメン

トが最も重要である。これまでの日本の環境協力

は政府の公的なセクターの特定部局や研究所に対

するキャパシティ・ディベロップメントが多かっ

たが、その方法では社会の貧困層にアクセスする

ことは難しい。コミュニティに対する援助はNGO

を通じて行うこともできるし、「プロジェクト方式

技術協力」などの協力形態(スキーム)を事業タイ

プに改良していくことでも設定することもできる。

さらに、従来の公的なセクターを通じた援助(例え

ば、都市計画)と貧困者を含むコミュニティに対す

る援助(例えば、ごみ対策)を有効にリンクさせて

環境保全の意識、知識、技術が効率良く途上国社

会に定着するような複合戦略の援助も必要である。

これらは3番目の論点とも関連し、社会資本(Social

Capital)を形成する環境援助の必要性を物語ってい

る。

2つめに、貧困削減と環境保全をからめた援助に

おいては長期の視点をもつことである。対象は、貧

困者という極めて脆い、不安定な存在者なのであ

る。例えば、植林では、プロジェクトが始まる時点

では、薪がなくなるという事態を貧困者の男性は

理解していない。薪を取りにいく貧困者の女性は、

時間をかけて遠方に取りにいくことに困難を感じ

ているが、強く意見を言えない。こうした貧困者

たちに植林の意味を真にわかってもらうには長い

時間がかかるし、さらにその便益を体験的に納得

するには植林のサイクルが経営の軌道に乗るまで

待たなければならない。このように環境と貧困の

分野では、援助の実施期間をより長くしていく必

要があるし、そのなかで援助のアプローチも時間

とともに変化させて受益者が主導権をもてるよう

になることが重要である。

3つめが、世銀のように貧困削減プログラムのな

かに環境プロジェクトないしコンポーネントを入

れることの是非である。たしかに環境案件は環境

だけやっていればよい、ないしは環境配慮はイン

フラ案件の負の要素の修正を行えばよい、との発

想では不十分になっている。貧困が多セクターで

動態的な性格であり、それぞれの地域に固有の問

題をかかえているので、貧困削減プラス環境案件

は多数のセクターやアプローチで動かしながらモ

ニタリングしてその内容を変えていける柔軟性を

もつことが効果的である。農村や都市のコミュニ

ティに対する援助もこのような性格が一般には求

められる。環境対策は、あらかじめインセンティ

ブを誘導する社会開発プログラム、プロジェクト

のなかのコンポーネントとして位置付けられてい

る方が、持続的な資源管理をすすめるうえで効率

や効果があがる場合が多いだろう。

従来の日本の協力は、政府のある該当する部局

において、特定の環境技術領域に対するキャパシ

ティの改善を目指す協力が多かった。既にみたよ

うに、社会の国家を含む様々な制度的な領域に根

づいた環境協力を行うには、環境案件は何らかの

統合された戦略の枠組みのなかで形成されねばな

らず、またそうした方がその制度を維持しようと

する受け手の側の、つまり途上国市民ないし貧困

層のインセンティブも働くことがわかるのである。

農村部においては、SLという考え方は生活基盤を

守る発想に立っている限り環境保全と生活の維持

の両立を目指している。都市部においては、都市

計画や都市政策の統合的なアプローチのなかに環

境プロジェクトを位置付けることにより持続的な

資金、参加及び支持を継続させることが可能とな

る。このような観点で、セクターにせよ地域にせ

よ、政策レベルにせよ事業実施レベルにせよ、よ

り大きな枠組みのなかで環境(貧困)プロジェクト

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48

第二次環境分野別援助研究会報告書

を位置付け、その力学のなかで援助を受入れ社会

のなかに定着させることが重要になっている。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

49

1. はじめに

ガバナンスという概念は、ODA の展開に即し

て、国家、政府の機能、社会・組織の能力等にかか

わる諸概念を包摂しつつ発達し、特に、冷戦構造

崩壊後は、民主化など政治的な諸課題を含むもの

として広く受け入れられ、益々重視されてきていA A A A A A A A A A A A A

る。本稿のねらいは、環境ODAをガバナンスの視A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

点から見直すことを通じて、我が国の環境ODAがA A A A A A A A A A A A A A A A

抱える課題についての洞察を深めることである。

まず、ODAの展開とガバナンス概念の成熟過程を

鳥瞰したうえで、次に、我が国環境ODAに関する

ガバナンスの視点からの考察を加え、最後に、今

後の環境ODAの更なる展開とガバナンス支援強化

に向けての主な論点を略述する。

2. ODAの展開とガバナンス概念の成熟

2- 1 ODA事業におけるガバナンスの意味

2-1-1 ガバナンスの意味、主なテーマ、支援

の例

ガバナンスという概念のとらえ方は国際協力に

携わる機関あるいは研究者によって多様である。

我が国の ODA 白書(1999 年)によれば、ガバナンA A A A A A A A A A A A A A A A

スとは、「国の政治、経済、社会運営のあり方に関

する概念」であり、「政府が開発の促進と国民の福

祉向上を目指して努力し、効果的・効率的に機能

しているかどうか、また、そのために適切な権力

の行使が行われているか、さらに、政府の正統性

や人権の保障など国家のあり方を問題とする」もの

とされている。DACによれば、ガバナンスが包含

する主要なテーマは、民主主義、経済的・社会的資

源配分における権力行使のあり方、政策策定と実A A

施のための政府の能力などである。世銀は、適切A A A A A A A A

な経済運営の前提としての、公的部門管理、説明

責任、法的枠組み及び透明性からなるガバナンス

強化を従来から強調するとともに、近年、住民参

加、軍事支出、人権などもガバナンスに関する問

題として重視している。UNDP は、その要素とし

て、住民の参加、法の支配、透明性、平等などを挙

げている(1999 外務省)。

ガバナンス支援の例としては、各種制度づくり

支援(民主化支援、行政支援、法制度整備・司法支

援、警察支援など)、選挙支援、知的支援(人権・民

主化関連研究、オピニオン・リーダー招聘など)及

び市民社会の強化(メディア育成支援、NGO 支援

など)などがある。各種統計の整備、土地利用図や

地形図の作成なども間接的な支援の例として挙げ

ることができる。

2-1-2 ODAの展開に応じたガバナンス概念

の定着

国際協力の中で、ガバナンス強化の重要性が頻

繁に語られるようになってきたのは、1990年代に

入ってからのことであるが、その背景としては次

の 3 点がある。A A A A A A A A A A A A A A A A A

第1は、構造調整の試みを通じて得られた教訓で

ある。1980年代に IMF・世銀が導入した経済構造

調整プログラムが、多くの場合経済の回復をもた

らさず、むしろ貧困層への打撃が大きかったとの

反省から、政府の腐敗構造、政策決定の不透明性、

責任性の欠如、法の軽視・不備、公共部門の非効率

性などが指摘され、これらの要因が開発資金の公

正かつ効率的な使用を妨げているとしてガバナン

スの確保が強調されるようになった(外務省

1999)。A A A A A A A

第2は、冷戦構造の崩壊と市場経済化の進展であ

る。これには、冷戦構造の崩壊によってガバナン

スの検討がより容易になったという側面と、冷戦

構造という枠組みを失ったことによって生じた新

たな課題に対してガバナンスを重視せざるを得な

くなったという側面の2つがある。前者の側面につ

いては、1)旧社会主義国の民主化・市場経済化、2)

経済面でのいき詰まりがもたらした政治的な効果

としての中南米・アフリカにおける民主化プロセ

第3章 環境とガバナンス

戸田 隆夫(国際協力事業団)

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50

第二次環境分野別援助研究会報告書

ス、3)中国・ヴィエトナム等での経済改革等、世

界的な民主化や市場指向型経済への流れによって

ガバナンスの問題を国際協力の文脈において語る

ことが広く受け入れられるようになったという点

などが挙げられる(外務省1999)。他方、後者は、特

に冷戦後の社会の不安定化の観点からガバナンス

を論ずるものである。冷戦構造という枠組みに

よって曲がりなりにも抑制されてきた諸問題が、

その枠組みの消失によって一気に吹き出し、脆弱

な途上国社会において紛争が多発し、一部の地域

で慢性化しているが、これらの紛争の発生あるい

は再発を予防し安定した社会を構築するためにガ

バナンス強化の必要性が認識されるに至っている。A A A A A A A

第3は、援助協調の深化である。アフリカ最貧諸

国を含む途上国の自立的発展が進まない中で、援

助資源の細分化による弊害が指摘されていた従来

の協力のやり方を見直し、援助全体としての整合

性、及び援助政策と被援助国の開発政策との整合

性を重視する立場から、セクター・アプローチ、

CDF、PRSPなどのアプローチが提唱され、その中

で、ガバナンスの重要性が再認識されるように

なった。

2-1-3 ガバナンスの諸相と最近の動向

ガバナンスの重層化

ガバナンス支援の成熟あるいは発展過程を理解

するには、上述のガバナンスの重層化に加えて、1)

ガバナンスを担う主体、2)対象領域、3)アプロー

チの仕方の3つから整理することが有効であろう。

第 1 の分析軸であるガバナンスの主体に関して

は、従来は、国家あるいは政府を念頭においてきA A A A A A A A A A A A A A

たのに対し、近年は、NGO等の市民社会、企業、地A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

域共同体などがガバナンスの重要な担い手として

認識されるようになっている(毛利1999)。この主

体の多様化と相俟って、従来、国家あるいは政府

の問題としてとらえられてきたガバナンスが、国

境を越えたガバナンス(グローバル・ガバナンス、

複数の国家から構成される地域のガバナンス)や地

域共同体社会レベルのガバナンスに拡散し重層化

してきている点が注目される。

第2の分析軸である対象領域に関しては、行政の

効率や機能強化など機能的、非政治的、あるいは

価値中立的な領域から、冷戦構造崩壊後の状況をA A A A A A A A A A

踏まえ、民主化、人権など政治的な領域に踏み込A A A A

んだ支援が行われつつある(JICA1995a)。

第 3 の分析軸であるアプローチの仕方に関して

は、先進国の既存の制度を移植したり技術や知見A A A A A A A A A

を移転するという方法から、途上国の内発的な持A A A A A A A

続的発展を重視した方法が志向されてきている。

これは、キャパシティ・ディベロップメントに纏

わる諸概念の発展において如実に現れている。

1950年代のInstitution Building(制度構築)は、技術

移転や資金投入の受け皿として新たな組織制度の

構築を目指したのに対し、1960年代のInstitutional

Strengthening(制度強化)は、途上国における既往の

組織制度を強化することによって援助の受入れ能

力を確保しようとした。さらに、1970年代に入り、

Development Management(開発マネジメント)とい

う概念は、組織制度の強化に留まらずその結果と

しての行政サービス提供の実効性の確保を重視し、

1980年代のInstitutional Development(制度開発)は、

公的セクターに留まらず市民社会を含む社会全体

としての能力向上を重視している(OECD1994)。

(3つの分析軸から2つの軸を順に用いてガバナン

ス概念の成熟プロセスのイメージを図式化したも

のを以下に付す。)

Instrument

Limited�PUblic Actors

Comprehensive�Participation

Capacity Development

Democratization

Participatory�Development

Value

Administrative Capacity�Building

図 3- 3 Analytical Axes of Governance - 1

(Value Neutrality / Actors)

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

51

2- 2 我が国によるガバナンス支援の特徴

2-2-1 我が国ODAの基本政策におけるガバ

ナンス

1992年の「政府開発援助大綱」(「ODA大綱」)は、

「開発途上国における民主化の促進、市場指向型経

済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状

況に十分注意を払」いつつ、「開発途上国の離陸へ

向けての自助努力を支援することを基本とし、広

範な人づくり、国内の諸制度を含むインフラスト

ラクチュア(経済社会基盤)及び基礎生活分野の整

備等を通じて、これらの国における資源配分の効

率と公正や『良い統治』の確保を図り、その上に健

全な経済発展を実現することを目的として、政府

開発援助を実施する」ものとしている。

1996年のリオンサミットで、我が国は「民主的発

展のためのパートナーシップ(Partnership for Demo-

cratic Development:PDD)」を発表し、開発途上国

の民主化支援に積極的な姿勢を示している。PDD

は、法・司法制度や選挙制度の整備のための支援、

司法官、行政官、警察官の研修、人権の擁護・促進

のための協力等に代表されるこれまでの日本の取

り組みを整理したものである。そこでは、民主化

の進展のためには、法律・行政・警察・統治・選挙

等の様々な分野における制度づくり及び市民社会

の強化に向けられた「人づくり」が中心となること、

また、民主化支援に際して人権の擁護も踏まえら

れるべきであるということが強調されている。

2-2-2 我が国による支援の特徴

他国や国際機関との比較において、我が国によ

るガバナンス支援の特徴としては、次の2点を挙げ

ることができる。A A A A A A A A A A A A A A

第1は、当該国の主体性やペースを尊重し、特に

政治的領域においては、我が国の考え方を押しつ

けるのではなく途上国が自ら打開策を見出してい

くための議論の場の設定などの環境整備を重視し

ている点である。近年は欧米諸国や国際機関も異

口同音に途上国の多様な個性尊重の重要性を唱え

ているところではあるが、実際の政策対話やプロ

ジェクトを見る限り、かなり、欧米流のアプロー

チを性急に押しつける傾向があることは否定でき

ない。IMF・世銀のコンディショナリティに対する

途上国の反発はその傾向を裏付けている1。

我が国のODAに関し、例えば、インドネシアの

南スラウェシにおける貧困対策プロジェクトでは、

Exogenous Endogenous

Comprehensive�Participation

Institution�Building,'50

Limited�Public�Actors

Development�Management,'70

Institutional�Development,'80

Institutional�Strengthening,'60

Absorbing�Capacity

Sustainable�Capacity

Exogenous Endogenous

Democratization

Value

Endogenous�Dev.,'90 ~(?)

Transplantation�'50~�

Transplantation�'50 ~�

Endogenous�Development�'90 ~(?)

Instrument

Capacity Development

Participatory Development, '80

Administrative Capacity Building

1 例えば、1999年11月にアビジャンでベディエ象牙海岸大統領とオバサンジョ・ナイジェリア大統領の共同議長のもとで開催された国際会議「La Bonne Gouvernance et le Development durable en Afrique」(アフリカにおける「良い統治」と持続的開発)では、本会議における3つの提言のうちのひとつとして、「アフリカ的グッドガバナンスの追求と尊重」という柱が掲げられ、次のような議論がなされている。「グッド・ガバナンスは世銀による構造調整融資コンディショナリティのひとつであるが、その評価基準はアフリカ大陸の文化的背景を考慮していない。アフリカ諸国の複雑性及び多様性を尊重し、各国状況に見合った基準及び定義を設定する必要がある。」

図3- 4 Analyticlal Axes of Governance - 2

(Value Nertrality / Development Orientation)

図 3- 5 Analyticlal Axes of Governance - 3

(Actors / Development Orientation)-Evolution of Capacity Development as an example-

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52

第二次環境分野別援助研究会報告書

土着慣習などを踏まえつつ住民参加を通じた共同

体の活性化を試みている。ヴィエトナムに対する

援助研究では、農業と教育に開発及び援助の重点

を置き、貿易と投資の自由化を過度に加速させな

いことが議論されたが、これは、グローバル化へ

の帰順を強く求める IMF・世銀のそれとは対照的

なものとなっている 。同国に対する法制度支援へ

の取り組みは既に10年を超えているが、当初、日

本に対する警戒心が強かったヴィエトナムについ

ても、信頼関係の醸成を重視する日本の地道で段

階的なアプローチが奏功し、現在は最高裁レベル

の人的交流にまで発展している。エル・サルバド

ル民主化セミナーでは、右派と左派の双方から、そ

して最高裁からも要人を招へいし、同国の民主化

のあり方について自由な議論をする場を設定した。

タジキスタンの民主化セミナーでは、国民和解委

員会のメンバーほか旧反政府側の要人に加え、フ

ランスとロシアからも研究者を招へいし、多角的

な視点から同国の民主化のあり方についての議論

の場を設定した。A

第2の特徴は、第1の特徴と裏腹でもあるが、非A A A A A A A A A A A A

政治的側面、政府機能の向上に対する取り組みを

重視している点2である。中国に対して「民主化」の

必要性を正面切って唱えるかわりに、刑事司法、税

務、企業経営、知的財産権、住宅金融など多岐にわ

たる分野で、中国の行政のあり方に立ち入り技術

協力を中心にガバナンス強化に貢献してきた。カ

ンボディアでは、「国のかたち」を整えるために最

も基本的な資料である地図の作成のための協力を

続け、全国土の45%、ほぼ全人口をカバーする地

域の地図を整備した。インドネシアでは、各種の

法整備や付加価値税導入、警察行政、司法などに

加え、基礎的な社会統計分析のための協力にも力

を入れている。「新たな」建国のためのニーズが高

い中央アジアでは、労働行政、衛生、行財政監査、

税務、金融、経営、輸出入管理行政、幹部公務員養

成など多岐にわたる協力をガバナンス強化の観点

から行っている(戸田 1999)。

3. 環境ODAとガバナンスに関する2つの側面

環境ODAとガバナンスの関係には、2つの側面

がある。第1は、環境ODAをより実効性のあるも

のとするためにガバナンスの強化を図るものであ

り、第2は、環境ODAにおけるガバナンス支援をA A

糸口として、途上国のガバナンス全般の強化を図

るものである。

3- 1 環境ODA強化のためのガバナンス支援

3-1-1 自立的メカニズムの構築、実効性の

確保とガバナンス強化

環境ODAにおいてガバナンスの視点を導入するA A A A A A A A A A A A A A A

意義は、まず、途上国における環境改善の自立的A A A A A A A A A A A A A

なメカニズムを構築することにある。環境ODAに

携わる実務者の多くは、個別の協力の成果が所期

の目論見どおりであったとしても、その結果、実

際の環境改善になかなか繋がっていかないという

悩みを抱いている。環境基準や環境法制を整備す

ることを支援してこれが成就してもエンフォース

メントが不十分でそれらの規範が遵守されない、

モニタリング技術を移転しても実際のモニタリン

グはごく限定的にしか行われず、環境管理の強化

に繋がらない、公害防止技術を開発、移転しても

企業の経営基盤が弱体で公害防止投資が行われな

い、などである。これらをガバナンスの視点から

解きほぐせばどうなるであろうか。A A A A A

第1に、政治的意思の問題がある。環境問題が顕

在化し、危機的状況にある一部の国、地域を除け

ば、途上国にとっての環境問題は相変わらず経済

開発とのトレードオフの文脈においてとらえられ

ており、開発政策全体において高い優先度が与え

られていない。環境を主管する省庁以外の行政官

庁、特に事業官庁において環境問題に積極的に取A A A A A A

り組むという姿勢は明確ではない。環境問題に対A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

する国家のあり方、政府の姿勢がしっかりと定A A A A A A

まっていない。この状況で、個別の協力を重ねて

2 誤解のないように付言すれば、我が国は、悉く政治的コミットメントを避けているということではない。近年のODA白書においては、「ODA大綱の原則の運用状況」についてかなり詳しい報告がなされるようになったが、1999年版では、南アフリカ、インド、パキスタン、中国、ナイジェリア及びミャンマーについて、当該国の民主化の進展等と我が国ODAとのリンケージ が説明されている。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

53

も途上国側の自立的な環境改善努力に結びつける

ことは難しい。A A A A A A A A A A A A A A A A

第2に、国民全体及び政策決定者の環境意識の問

題がある。生活者として環境改善を求める姿勢、生

産者として環境改善に向けて努力する姿勢が当該

国・社会にない限り、環境ODAの成果は根付かな

い。廃棄物処理の施設や汚水処理システムの導入

を試みても、生活環境改善に向けての地域住民の

積極的な姿勢や、企業体の遵法意識、あるいはこ

れらを監視しようとする住民意識などが育たない

と実効性のある環境改善効果の発現は難しい。A A A A A A A A A A A A A A A A A A

第3に、行政及び生産主体における環境管理能力

の問題である。環境ODAによる成果は、移転され

た技術なり開発され導入された知見なりが、行政

及び生産主体の活動において内在化される過程を

経ない限り定着しない。モニタリング・システム

の導入のみでは、当該システムを活用した監視、取

締体制の強化は実現せず、汚染物質排出基準の策

定と公害防止技術の紹介のみでは、当該技術を企

業の生産活動に取り込むことを促進することにな

らない。また、環境管理は、環境モニタリング・デー

タの公開、人々の健康管理に対する警告、NGOの

活動強化など、社会全体としての民主化が進まな

い限り強化されない。

3-1-2 経済成長過程における社会的脆弱性

の克服(仮説)

経済成長過程における社会の安定的な運営のた

めに必要とされるガバナンスについて見てみたい。

経済成長の初期の過程において、不均等な所得配

分が顕在化し、さらなる成長の過程において、再

び不均等が是正されていくというクズネッツの逆

U字型曲線(仮説)について、これを経済成長と環

境汚染の問題に関し適用を試みようとするもの

(Nickum2000)や、あるいは同曲線については言及

はないものの経済成長と政治的暴力の関係におい

て同様の現象、すなわち経済発展の過程において

一時的に政治的暴力の顕在化が加速され、さらな

る発展の過程においてそれが収束していくという

仮説(白鳥1999)がある。本稿はその実証性に立ち

入らないが、これらの仮説をより一般化したかた

ちで敢えて提示すれば、「経済発展の過程におい

て、①所得分配の不公平、②環境悪化、及び③政治

的暴力が共時的に進行する可能性がある」というこ

とであり、そこから、これらの「負の財(Bads)」の

共時的増大に対する社会的安全弁としてのガバナ

ンスをより一層強化しなければならないという考

え方が導出される。特に、経済発展に伴い増大す

る環境負荷を、いかなるかたちで防いでいくかと

いう問題意識(Nickum2000)は、環境分野における

ガバナンスのあり方を考えるうえで極めて有益な

見方を提供する。さらに、これらのアプローチは、

人間の安全保障や環境安全保障の視点からガバナ

ンスのあり方を考えいくことに繋がる。

a

b

c

1 所得格差�2 (政治的)暴力傾向�3 環境の悪化�

経済成長�(GNP/人)�

図 3- 6 3つの逆U字型仮説

3- 2 ガバナンス強化の糸口としての環境ODA

3-2-1 CP導入の過程等における生産管理能

力の構築

「ガバナンス強化の糸口としての環境ODA」とし

ての指向性を明確に持つものは極めて少ないが、

近い将来そのような環境ODAが頻出する可能性は

十分にある。その中で比較的現実性の高いものの

ひとつが、クリーナー・プロダクション(Cleaner

Production:CP)3の導入を糸口とした、生産管理能

力全般の向上である。CPはその性格上、生産シス

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54

第二次環境分野別援助研究会報告書

テム全体の見直しを必要とし、労働環境改善等の

企業そのものの管理改善を伴わない限り効果を発

揮しない。また、個別の状況に応じた肌理の細か

い生産管理技術と不可分一体のものであることか

ら、既往の技術移転手法をそのまま適用すること

は困難であり、技術協力としては極めて難易度の

高いものであるとの認識が一般的である。しかし、

国連環境計画(Uni ted Na t ions Env i ronmen t

Programme:UNEP)や国連工業開発機関(United

Nations Industrial Development Organization:

UNIDO)における取り組みの蓄積などを踏まえ、

例えば、インドネシアではカナダ国際開発庁

(Canadian International Development Agency :CIDA)

がCP導入の成功事例集の作成を試みるなど、ODA

の枠組みにおける試みがなされつつある。我が国

においても、経済産業省、外務省、JICA(事務局)

及び関連諸団体が連携しつつ、CP に関する環境

ODA の拡充可能性についての検討を進めている

(JICA 2000a)。

3-2-2 環境ODA強化と民主化

環境ODAを掘り下げていけば当該国・地域の民

主化を一層推進することに繋がり得る。環境ODA

は、単なる環境改善のための技術移転に留まらず、

途上国における環境親和型の持続的発展を途上国

において促すことを目指しているが、そのために

は、これを実効化するための自立的なメカニズム

の構築が不可欠である。そのようなメカニズムを

支えるものは、地域住民の環境意識であり、それ

らの意識を的確に反映する国家、政府の存在であ

る。環境問題の性格からして、軍事、治安維持など

国家権力の機微に触れる領域から一見すると離れ

ている印象を与える点も見逃せない。直截的に「民

主化促進」を唱えるよりも、環境ODAによる支援

を通じて、地域住民の意識向上や参加型政策決定

過程の構築、あるいは、これらのベースとなる情

報公開4の促進などを図っていくというアプローチ

は、特に政治的にセンシティブな状況にある途上

国においては有効であろう。

4. 我が国環境ODAに関するガバナンスの視点か

らの考察

4- 1 環境部局の強化とガバナンス

1992年の「国連環境と開発会議」以来、我が国は、

環境ODAを積極的に拡充してきている。1997年の

「国連環境開発特別総会」で公表した「21 世紀に向

けた環境開発支援構想(Initiatives for Sustainable De-

velopment toward the 21st Century:ISD)」には、例

えば、「環境センター」を通じた途上国の環境部局

の強化や環境意識向上、地球環境戦略研究機関の

設置を含む戦略研究についての取り組みが含まれ、

環境ガバナンスに対する一定の配慮がなされてい

る。しかし、現在実施中の環境センター型のプロ

ジェクト方式技術協力は、基本的に旧来の技術移

転の域を出ていない。今後は、より明確なかたち

で環境管理能力の強化、環境ガバナンスの強化を

目指すべきであろう。

環境行政の領域において、今後の課題としては、

環境問題を専管する機関の能力体制の強化に加え、

事業官庁や自治体あるいは市民団体などの能力を

強化することを通じて、社会全体としての環境問

題への取り組み能力を強化していくことが重要で

ある。ラオスの環境法整備においては、JICAは、こ

れらの関連部署における能力強化の仕組みを入れ

込むことに腐心した経緯がある(大田1999)。鉱工

業関連の環境ODAに関しては、環境省に相当する

部局の強化に加え、日本の経済産業省に相当する

行政機能を途上国において強化することの必要性

が論じられている。環境問題を特定の分野の課題

として閉じこめることなく、各開発分野や地域開

発、地方自治などにおいて環境問題を溶け込ませ、

3 UNEPの定義によれば、クリーナープロダクション(CP)とは、「総合的な効率を上げ、人と環境に対するリスクを減少させるために、工程、製品及びサービスに適用される、統合された予防的環境保全戦略の継続的な実施」(1989年UNEP管理理事会。ただし継続的な実施とは管理サイクル(Plan-Do-Check-Act)の継続)を意味する。(JICA 2000a)

4 例えば、中国では近年、環境問題に関するマスコミの報道が急増しているとの報告(Pei Xiaofei 2000)がある。これについては、報道の自由が拡充されたというのではなく、中国政府の環境問題に対する危機意識を踏まえた積極姿勢の顕れにすぎないとの見方がおそらく正しい。しかし、結果として、国民、あるいは地域住民がこのような報道を通じて、より多くを知り考えるための嚆矢となり、彼らのエンパワメントに寄与しているという点も見逃せない。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

55

内在化させていく考え方が今後ますます重要とな

ろう。

4- 2 相手国の主体性と援助依存

我が国の積極的な政策枠組みに基づき、我が国

の環境ODAは急速に拡充されてきたが、相手国の

自発的な取り組み姿勢が十分ではないところで、

環境案件の共同形成に努め、相手国側の積極的な

姿勢、コミットメントを引き出していくことは容

易ではない5。プロジェクトの形成に成功しても、

その後の展開を相手国の主体的な努力に委ねるこ

とができず、結局更なる協力を継続する必要が生

じることが多い。大気汚染防止のために、モニタ

リング技術の移転について協力を行ったが実際の

モニタリングを行う設備がないのでその設備を後

年新たな協力によって供与するケース、汚水処理

の技術開発について協力を行ったがこれを普及さ

せるために新たに施設供与のための協力が必要と

なるケースなどがある。技術移転先であるカウン

ターパート人員の配置についても、質、量及び定

着率等の諸点で課題がある。環境ODAにおいてガ

バナンスが重要である、という総論のかけ声が援

助の実務者にとって虚しく響くのは、このように、

途上国政府の積極的な姿勢を引き出すことの困難

さ、元来乏しい途上国のガバナンス能力が環境問

題への取り組みに適切に振り分けられないことに

も大きく関係している。ニジェールの緑の推進協

力プロジェクトでは、1993年の協力開始以来、自

助努力を常に優先し、「一切の物質的・金銭的援助

を与えない」という当初の方針を貫き続けている

(関谷2000年)。この試みは、貧困国の草の根レベ

ルにおける持続的な環境ガバナンスの構築に向け

て挑戦であるといえる。

4- 3 個別の協力の実効性とガバナンス

4-3-1 相手国のガバナンスを前提とした協

力の限界

従来の環境ODAの多くは、相手国のガバナンス

を前提として実施されてきた。環境保全のための

施設や機材の供与やそのための資金協力などがそ

の典型である。近年、これまでの経験から得られ

た知見が蓄積されてくるにつれて若干の変化は見

られるが全体の趨勢は変わっていない。地球温暖

化対策にも資するものとして、近年、植林のため

に必要な資金を無償で供与するという協力形態

(「植林無償」)が新たに導入されたが、今後改良の

余地はあり得るものの現時点では、安定的な森林

管理が可能な植林予定地が確保できること、及び

当該無償資金協力によって植え付けられた木々を

維持管理するための能力(費用、人材)を相手国が

有していることが案件の発掘形成に際しての基準

となっている。

そもそも途上国の実態に鑑みると、一部の国を

除き、十分なガバナンスが期待できないと考える

ことが本来妥当であり、そのような認識から相手

国のガバナンスの不足を補うべく、人材育成や体

制強化のための技術協力などを併せて、あるいは

先行させて実施しなければならない。資金協力で

は、当該協力の中に、ソフト・コンポーネントとし

て、施設や機材の適正使用を確保するための仕組

みを取り入れる場合が増えてきているが、これら

の技術協力やソフト・コンポーネントがどの程度

先方のガバナンスを補っているかという点につい

てはプロジェクトによって大きなバラツキがある。

ある国の火力発電所における排煙脱硫装置設置へ

の資金協力は、当該国発電公社の技術的能力を向

上させたが、それを活かして実際に大気汚染を抑

制するために必要な法規制や制度的枠組みが構築

されるまでには至らなかった。同国環境庁は電力

公社の自主規制値を排出基準として追認しただけ

であり、これに違反した場合の罰則もなければ立

ち入り検査権限もない、施設の改善命令や操業停

止命令が出せない、また、厚生省も県も客観的な

健康被害調査を実施できず、その結果は住民に公

表されなかった、等の指摘がある(森2000)。他方、

同じ国の下水道設備への資金協力に際しては、そ

の受け皿となった機関だけではなく関連する主体

5 ちなみに、1998年に公表された「21世紀に向けてのODA改革懇談会(最終報告)」では、環境ODAの案件形成に際して、「日本からも積極的に働きかけ、『共同形成』に努める一方、開発途上国が環境案件を形成するようインセンティブを与える」べきであるとの提言を行っている。

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56

第二次環境分野別援助研究会報告書

に参加を求め、自治体や、最大の汚染源である工

場の操業規制を管轄する工業省工場局の参画の確

保にも成功しているとの報告がある(前掲森

2000)。

4-3-2 ガバナンス構築に資する協力の実効

環境ガバナンスの構築を支援する協力としては、

環境法制、基準等の整備、組織づくり支援から、モ

ニタリング技術の移転、環境教育、生産主体等に

おける環境管理能力の構築支援などがある。しか

し、制度の構築から当該制度が目論む環境改善の

実効性の確保に至るまでの一連の必要条件を視野

に入れつつ総合的に取り組んでいる例は少ない。

個別プロジェクトのレベルにおける具体的な成果

を重視する傾向も相俟って、細分化された技術、知

見の移転を当該プロジェクトの目標として定め活

動内容を限定してプロジェクトをデザインするこ

とが少なくない。モニタリングの技術は移転する

がモニタリング施設の整備やモニタリングの実施、

更にはこれらを踏まえた規制行政の遂行などにつ

いては、当該プロジェクトの枠外のこととして扱

われる。環境法制の整備やモニタリング技術の移

転などの協力においては、整備された法制の実効

性、あるいは移転されたモニタリング技術の活用

や施設の整備は相手国の責任によるものとされ、

あるいは、別途形成される協力案件において対応

するといったかたちとなる。我が国国内の法制度

整備においては考えられないことではあるが、環

境法と当該法の施行規則を分けて個別の協力の目

標として特定している場合もある。問題は、これ

らの細分化されたプロジェクト目的を追求する過

程で、相手国のガバナンスに瑕疵が見出され、単

なるプロジェクト目的の達成が実効性のある環境

改善効果をもたらさないことが判明した場合の対

応である。実証的調査なしに断じることは危険で

あるが、多くの実務者からのヒアリングによる限

りにおいては、事情の変更に伴う途中の段階にお

けるプロジェクト目標の変更は不可能ではないが、

それ自体相当の労力を要するものとなっている。

仮に、環境センターを拠点としたモニタリング技

術の移転の過程において、モニタリング体制の強

化を促進するために健康被害調査の実施が当初予

定のモニタリング技術の移転に加えて必要である

というファインディングがあったとしても、これ

に応えることは、あらかじめリクルートされた人

員や体制による制約に加え、当初計画において状

況に応じた変化を想定していない多くの関係者間

での合意形成の困難さなどを想定すると容易では

ない。

既往の協力形態におけるガバナンスへの取り組

みの限界や特徴などについて関係実務者より聴取

したところ、その要点は次のとおりである。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

57

・元来、途上国の公共的な計画策定支援を企図して作られた事業形態であり、調査の結果策定された計画の実施にまで踏み込んだ支援を行うことは想定されていなかった。

・同形態を計画策定調査以外の目的に用いること、例えば、モニタリング計画の策定に留まらず、実際のモニタリング体制の整備支援にまで踏み込むためには、協力期間の長期化、モデル事業関連の予算拡充などの工夫を要する。

・民間の知見を契約ベースで活用していくという形態の特徴を活かせば、今後は、広く知的支援、包括的な政策策定支援から、キャパシティ・ディベロップメントやエンフォースメント強化など実際の環境事業実施支援にまで踏み込んだ協力の形態として更なる発展が期待できる。

・調査の過程において得られた情報を随時公表していくことは、環境意識の向上に繋がり、また、そのプロセスにおいて地域住民や関係諸機関の参加を慫慂していくことによって、計画策定プロセスにおける先方のガバナンス向上に貢献することが期待できる。

・モニタリング技術の移転・向上、環境基準策定のための技術的支援、環境技術に関する研究開発など。「技術移転型」と「技術開発型」が主たる領域であるが、「協力の成果を吸収する能力」と「それを定着させる能力」の2つの次元におけるガバナンスの存在が効果的な協力実施の必要条件となっている。これらが満たされない場合は、プロジェクトの成果が達成できないと予想され協力に着手できない。

・当初計画の策定に労力を要する反面、プロジェクト開始後の変更が難しい。・一部既に試みられているが、本形態の特徴である長期にわたるコミットメントを活かして、「実

施しながら考えて適宜状況に合わせて修正していく」ような方式の更なる活用が望まれる。・開発調査その他の技術協力と同様に、環境行政の執行や事業の実施にまで踏み込むことは想定し

ていない。・基本的にプロジェクト方式技術協力と同じであるが、同協力との比較においては、当初計画の精

度が粗く、専門家等への包括的な委任に近い。ただし、事前にプロジェクト・ドキュメントを作成するなどの周到な準備を行うことは、後述の「柔軟な対応」を排除しない範囲において今後必要となろう。

・(属人的な要因が大きいが)小規模でかつ計画目的の達成手法に対して細かな限定がなされていない分、状況に応じた試行錯誤を含め比較的柔軟に対応していることがある。特に、環境行政や環境基本法及び関連規則の整備などにおいて、先方の事情に応じつつ制度、規範づくりを進めている。

・協力隊等に関しては、地域社会のレベルにおける環境ガバナンスに対する支援、あるいは自立的な地域開発支援全般において環境親和的な知見を普及・定着させていくといったかたちでの支援が期待できる。

・ただし、これらの可能性を現実のものとするためには、2つの条件、すなわち、1)応用動作の利く優秀な人材が専門家等として確保されること、及び、2)これらの人材が先方関係者との間でしっかりとした信頼関係を構築できることの 2 点が必要条件となる。

・基本的に相手国のガバナンスを前提とした協力の形態である。相手国が供与された資金を適正に活用して、資金によって得られた施設や資機材を有効に活用できることが協力実施の大前提となっている。近年導入された植林やクリーン・エネルギーに関する資金協力においても同様である。

・他方、途上国の実態にかんがみ、途上国のガバナンス能力を補うべく、新たな組織体制の整備を義務付けたり、あるいは、技術協力との連携の必要性が強調されてきた。さらに、近年では資金協力のソフト・コンポーネントが拡充されてきている。

・資金協力を環境ガバナンス支援強化に対してより効果的に活用するためには、資金協力によって整備・強化される施設・機材(ハード)の適正使用の確保に留まらず、資金協力の規模の大きさ、インパクトの大きさを活かして、環境ガバナンス全般にかかわるような、より大きな政策課題に対してより一層包括的に取り組むような方式の更なる活用が望まれる。この際、技術協力による知的支援との連携が重要である。

・新しい協力形態としての開発福祉支援は、現地の知見を効率的に活用するものであり、地域社会の実態に合わせながら、かつ地域住民及び域内の諸機関の主体性を引き出しながら地域社会における環境管理能力の強化、コミュニティ・ガバナンスの強化を図る手段として特に有効である。

・地域開発の中に環境問題への対処を「内部化」して取り組むアプローチにも活用が考えられる。・しかしながら、予算、件数等の制約に加え、現時点では現地における実施管理上の手間暇がかか

る。この協力形態を多用して大規模な展開をするためには、アイデアを具体化し実行する能力を有するスタッフの配置等、現地体制の相当の強化が必要となる。

出所:関係実務者へのインタビューにより筆者作成。

開発調査

プロジェクト方式技術協力

個別の専門家派遣、協力隊の派遣等

資金協力

開発福祉支援

表3- 3 既往の協力形態におけるガバナンスへの取り組みの限界や特徴

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第二次環境分野別援助研究会報告書

5. 今後の環境ODAの更なる展開とガバナンス支

援強化に向けて

環境ODAには、脱硫装置を付けたり、あるいは、A A A A A A A A A A A A A

植林を支援するなど環境問題の改善に直接貢献すA A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

ることを目指すものと、そのような取り組みを途A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

上国自らが持続的になし得るようにガバナンス強A A A A A A A

化を目指すものの2つがあるが、前者の協力が有効

に根付くためにも、後者の自立支援のための協力

が今後益々重要となる。しかしながら、後者のガ

バナンス強化のための協力は、相手国国民及び政

策決定者の環境意識や他の分野領域の政策との優

先度などと深くかかわっており、その効果を確保

することは容易ではない。ここでは、これまでの

考察を踏まえ、今後、後者の環境ODAを更に拡充

し同時にガバナンス全般を強化していくために特

に留意すべき点として、1)環境意識の向上、2)柔

軟性の確保、3)戦略的視点・長期的視点に基づく

計画・実施の3点に絞り記述する。さらに、補論と

して、先進国の諸活動との関係について付記する。

5- 1 環境意識向上への貢献

途上国の政策決定者及び国民が、環境問題の現

状と取り組みの必要性について正確な認識を形成

し、自らの環境意識を向上させていくことが環境

ガバナンス強化の大前提となる。今後の環境ODA

の推進に際しては、これまで以上に、環境意識の

向上について留意した協力が望まれる。そのため

には、次の 4 点が大切である。A A A A A A A A A A A A A

第1に環境被害を客観的に示すことである。環境

意識の向上にとって最も有効であるのが、環境被

害に対する危機意識を醸成することであるが、こ

れについてできる限り、科学的かつ具体的にわか

りやすいかたちで、環境被害の状況を示していく

ことが望まれる。我が国はこれまで環境センター

を拠点とした協力において環境モニタリング技術

の移転に係る協力を進めてきたが、これを更に進

めて、健康被害調査などの環境被害調査の実施あ

るいは環境管理強化のための具体的実施支援に踏

み込むことができれば、これらの環境意識向上に

貢献することができる。A A A A A A A A A A A A A A A A A A

第 2 に環境汚染対策の実施が経済開発の点から

A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

も有利となるというオプションを具体的に示すこA

とである。例えば、末端施設における汚染対策よ

りもCPが望ましく、かつ経済的にも優れているこ

とについては総論で、あるいは知識としては伝え

られているが、これに留まらずに、それぞれの途

上国が置かれた状況において具体的に適用可能な

ものであることを示していくことが重要となる。

そのため例えば国ごとの具体的成功事例の集積と

公表は有効であるがそれだけでは不十分である。

CPについては、その導入に必要な資金、運営管理

のための人材の確保、複数の企業体が共同して導

入する際の費用とリスクの負担など、当事者が直

面するであろう諸課題について具体的な回答を用

意しこれを途上国政府が提供することを支援して

いく必要がある。さらに、各企業の経営基盤強化

やマネジメント全般の強化に対する支援も併せて

検討されなければならない。A A A A A A A A A

第3は、環境の現状に関する情報を可能な限り、A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

しかも早期の段階から当該国内、特に、地域社会A A A A A A A A A A A A A

においても公開していくことである。フィリピン

のパラワン島における観光開発調査(JICA1997b)

においては、調査実施の最初の段階から、JICA調

査団が得ている情報をフィリピン政府の理解を得

て公開し、同島の貴重な資源であるサンゴ礁が、既

に深刻な危機に瀕していること、そしてその原因

として推定されるものについての見解を示したが、

このようなアプローチは大きな反響を呼び、当該

調査の終了を待たずして、同島自治体及び地域住

民が対策をとることを慫慂した。他方、ある別の

国は政府関係者内における環境意識も高く、かつ

一般国民に対して環境意識向上のためのキャン

ペーンなども行ってるが、他方、我が国の環境

ODA を通じて得られた情報の公開を制限してい

る。これについては今後とも根強く改善を求めて

いく必要がある。A A A

最後に、情報公開と密接に関係するが、環境意A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

識の向上のための努力が、民主化や人権意識の向A A A A A A A A A A A A A A A A A A A

上などのガバナンス向上の糸口となり得るという

ことを常に意識するという点である。環境ODAの

プロセスにおいて、情報公開や住民参加型の開発

を意識して取り入れることは、特に、情報公開や

民主化に関して課題を抱えている国において有効

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

59

である。ただし、このような考え方を前面に押し

出すことは相手国政府の機微に触れる可能性があ

る。外交的配慮からの援助戦略の懐の深さが求め

られるところである。

5- 2 柔軟性の確保

これまでの環境ODAでは、極めて限定的かつ固

定された目的を持つプロジェクトを積み上げてい

くアプローチが主流であったが、今後は、変化す

る状況に柔軟に対応しながらプロジェクトの集合

体として全体で具体的な環境問題の改善を目指す

アプローチがますます重要となってくるであろう。

プロジェクトの開始当初に設定された目的や活動

の範囲を墨守するのではなく、状況の変化に応じ

て、最終目標である環境問題の改善に向けて、よ

り効果的なプロジェクト目的や活動の範囲を随時

見直していく柔軟性を確保しなければならない。

特定技術の移転を当初目的としていながらも、そ

の実施の過程で、環境意識の向上やそのための環

境被害調査などが必要であるという判断に達した

場合は、その新しい判断に応じた対応をすべきでA A A A A A A A A A A A A

ある。そのためには、プロジェクト開始の段階で、A A A A A A A A A A A A A A A A A A

「状況に応じた変化を前提とする」ことをあらかじ

め関係者内のコンセンサスとしておくことが必要

である6。

また、相手国のガバナンスを過信しない現実的

な計画を策定することが大切である。モニタリン

グ技術の移転や汚染防止技術の開発などを目的と

した協力は、技術の移転の直接の対象となる先方

人材の配置と定着、移転された技術、開発された

技術の実際の環境行政における適用などに関し、

相手国が必要な措置をとる能力があることを前提

に進められている。ところが、実際は、これらの能

力が相手国に期待できないことが協力開始後判明

することが少なくない。この教訓を今後に生かさ

なければならない。

5- 3 戦略的視点・長期的視点に基づく計画・実

最後に、環境改善の実効性を確保するために、限

定された目的を持つプロジェクト単体ではなく、

これらを組み合わせて戦略的・長期的に取り組ん

でいく必要性について改めて強調しておきたい。

典型としては、まず、開発調査などで環境被害の

実態、環境管理に係る制度的・技術的課題などに

ついて状況を把握したうえで、その作業の後段に

重ねるかたちで、政策支援型専門家を派遣し、調

査で得られた実証データをフルに活用しながらガ

バナンス強化に係る協力を行い、また、これらと

並行して特定の技術開発や技術移転についてのプ

ロジェクト方式技術協力や関連する機材施設整備

に関する資金協力を展開していくといったストー

リーが想定される。このために重要なのは、環境

改善の実効性まで見据えた戦略の策定であり、か

つ、国別の事業計画策定の過程などを通じて、当

該戦略に沿って個別のプロジェクトをプログラム

化していく作業である。

(補論)先進国の諸活動との関係

経済のグローバル化によって、途上国の環境問

題は、今後ますます、先進国の企業活動、消費活動

と深い関係を持つ。先進国のこれらの活動に対し

て環境ODAがいかなる影響を与え得るか、という

視点を持つことが従来に増して重要となってくる。

企業に関しては、途上国で活動する本邦企業の

行動を規制したり、あるいは、その活力を利用し

たりすることが想定される。特定の本邦企業を当

該地における環境モデル企業として位置付け、当

該地におけるCP(クリーナー・プロダクション)の

導入などの環境改善努力を支援していく、あるい

は、物流にかかわる企業に対して、より環境適合

的な生産物の取引を慫慂していくといったことが

考えられる。もちろんこの際、ODA以外の枠組み

や、あるいは通商産業政策に基づく他の事業との

補完性を保ちつつ行われる必要がある。

消費者を通じたアプローチ、あるいは、これを

6 技術協力の手法としては、当初のプロジェクト目的と活動内容に従って邁進するBlue Print Approach(青写真型アプローチ)に対して、プロジェクトの進捗に応じて学んだことを活かしながら随時目的と活動内容を変更していくLearning Process Approach(学習過程重視型アプローチ)に相当する。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

梃子として企業の活動にも影響を与えていくとい

うアプローチについては、特に、既に我が国でも

顕在化しつつある消費のグリーン化現象、あるい

は、「グリーン購入7」を国境を越えて展開するとい

う文脈において環境ODAを活用するということが

想定される。ちなみに、分野は異なるが、我が国は

ミャンマーにおいて麻薬代替作物として蕎麦の栽

培を支援し、かつその蕎麦を我が国が買い付ける

ことによって当該生産活動の持続性を確保しよう

とする試みがODAによってなされている。このよ

うな試みをヒントとして、環境分野でも途上国に

おける生産活動と我が国における消費活動との関

係において、より環境負荷の少ない生産活動を奨

励し、あるいはそうでないものを抑制することに

対して有効な関与をODAを通じて行っていくこと

は検討に値する。公正な競争を阻害しない介入の

あり方としては、例えば、エコラベル等の認定シ

ステムの整備を支援するなど、グリーン購入の国

際化促進に必要な情報基盤を整備していくことが

想定される。

なお、このようなアイデアに対しては、そもそ

も途上国の貧困削減にもたらす効果の点で他のア

プローチとの比較において優先的に取り組むべき

かどうかという議論、さらに、仮に着手するとし

ても、地元企業ではなく多国籍企業とのジョイン

ト・ベンチャーとの連携が現実的であり、また、相

当長期間の地道が必要であるという指摘などがあ

り得る。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

61

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【インタビュー】

本章資料のとりまとめに際しては、事業実施の

現場に根ざした具体的な問題意識を可能な限り反

映すべく、本研究会関係者以外に、JICA職員を中

心とする援助実務者等にインタビューさせて頂き

ました。ここに改めて御礼申し上げます。

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62

第二次環境分野別援助研究会報告書

1. 自然環境分野の定義

自然環境は一方で改変圧力を受け、他方で保全

努力によって改変や喪失から守られる(図3-7)。

両者のバランスを維持しようとする歴史的経験

は国や地域、更には対象自然環境ごとに大きく異

なる。我が国の一般的な歴史的経験は、非常に大

きな改変圧力に対し技術的対応で保全を果たそう

と努めてきた。その経験は貴重だが、その成果が

国際的に高く評価されてきたのは主として都市型

の開発の中に含まれるインフラ整備型保全事業で

あり、自然環境保全の比較的限られた部分である。

JICAでは1980年代終わりから自然環境の保全に

対しては、保護区周辺の問題も取り込んで対応す

ることが至上命題になり、特に林業・水産業など

一次産業を含む広義の自然環境の活用を対象とす

る活動もあわせて対象としている意味で、図3-7

の領域のすべてを対象としている。

荒廃地の再生、自然生態系の回復、断片化され

た自然環境を回廊化して全体の保全的価値の向上

を図る、など自然環境そのものばかりでなく、そ

の接点の領域についても事業の対象として浮かび

上がってくるものと考えられる。

一方では砂漠化防止を含む持続可能な森林経営

や養殖漁業などの一次産業と自然環境とのかかわ

り、他方ではサンゴ礁保全を含む「野生生物保護と

保護区管理」、「湿地・湖沼・河川・沿岸の生態系保

全」など生態系保全・生物圏保護、生物多様性保全

の問題がある1, 2, 3, 4。ここでは前者を「森林・水産

資源と自然環境をめぐる課題」、後者を「生物・生

態系保全をめぐる課題」として整理する。

2. 自然環境保全分野の協力活動の特徴とその評

我が国の自然資源分野の協力プロジェクトや事

業はかなりの数量に上るが、自然環境保全に限定

すれば少ない。特に個別専門家派遣は比較的多く

なったものの、「プロジェクト方式技術協力」のよ

うな協力形態では少ない。

一方、林業や水産の資源の利用を念頭においた

開発事業が多い。しかし、1990年代に入って林業

部門は熱帯林保全といった世界的な趨勢もあって

従来の人工林指向から天然林保全や管理に協力の

焦点が移行してきた。

我が国の自然資源の利活用を目的とする自然環

境資源といった包括的な目で問題を対処してきた

とは言えず、資源開発優先の活動を展開してきた

ことは否めない。特に利用を考える上で自然環境

全般に関する実態把握の業務(例えば、湖沼生態系

の実態把握調査研究)が協力実績の中ではきわめて

少ない。途上国の現状を考えれば調査研究ばかり

に目を向けることはできないが、持続可能性とい

う視点に立って賢明な利用を考える上にも実態把

第4章 自然環境分野の協力事業に関する考察

中村 正久(滋賀県琵琶湖研究所所長)

1 「自然環境保全分野プロジェクト方式技術協力、案件発掘・形成の手引き」(国際協業力事業団、森林・自然環境協力部、2000年1月、以下「手引き」と呼ぶ)によれば、自然環境協力部の業務の項目として従来からあったものとして、森林環境保全、社会林業、天然林管理、持続可能な森林経営、水産養殖、水産資源管理、水産加工・流通、漁業訓練があり、新たに「手引き」作成の契機となった業務分野として、「野生生物保護と保護区管理」、及び「湿地・湖沼・河川・沿岸の生態系保全」を掲げている。上記は更に

「野生生物保護と保護区管理」のプロジェクト例として希少種保護、地域生態系研究、保護区計画と管理を、また「湿地・湖沼・河川・沿岸の生態系保全」のプロジェクト例として、水域生態系研究、サンゴ礁保全、マングローブ保全、湿地・湖沼保全、閉鎖性海域保全、水源地域保全を、それぞれ挙げている。

2 JICA企画部資料「平成2~10年度自然環境関係プロ技」のリストの区分や、「国際協力事業団(JICA)の環境協力への取り組み(平成 11 年 10 月 21 日、企画部環境・女性課)」には、自然資源管理、森林保全・植林(前者)あるいは森林保全・緑化(後者)、及び生物多様性があり、「手引き」には無い「生物多様性」を示している。

3 森(2000)は、図5(環境援助の分野別配分の国際比較、1993-97年平均)の自然環境関連分野として、森林教育・研究、森林政策、森林開発といった森林関連分野とは別に生態系保全、生物圏保護という項目で説明している。

4 「21世紀に向けた環境開発支援構想(略称ISD)」(平成9年6月)、によれば、自然環境保全(green issues, blue issues)として、生物多様性構想、サンゴ礁保全ネットワーク、持続可能な森林経営の推進・砂漠化防止協力の強化を挙げている。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

63

握のための科学的知見の獲得業務は不可避であり、

資源開発や保全事業と併せて対応することが現実

的である。

我が国の協力活動の概要は上記「手引き」の第 5

章、「我が国の自然環境保全分野における協力体

制」、①国による取り組み、②地方公共団体による

取り組み、③NGOによる取り組み、④プロジェク

ト類型と国内体制、に詳しい。

他のドナーなどの活動概要に関する記述は脚注1

「手引き」の「第4章、自然環境に関する国際協力の

現状」が詳しい。項目としては、①国際機関による

取り組み、②各国ドナーによる取り組み、③国際

NGOによる取り組み、④援助機関の自然環境保全

プロジェクトの類型、⑤国際条約への加盟状況及

び行動計画の作成、が掲げられている5。

事業量など量的な側面を他国に比較してどう評

価するのかについては、何を基準として評価する

かが問題だが、例えば森(2000)は、他国と比較し

て我が国の配分比が比較的大きいのは森林開発で、

森林教育・研究は比較的低く、森林政策生態系保

全、生物圏保護は著しく低い、としている6。

NGO との連携による環境協力については、(開

発協力における主要な分野別課題-1999年の特集、

JICA内部資料)に実績統計があり、我が国の場合、

自然環境保全分野における割合が、一般環境ODA

における割合に比べて大きいという特徴がある7。

その内容は、業務委託や部分的参加依頼の域を

出ず、協力事業との有機的な連携や協働活動とし

ての実績は極めてまれである。

3. 我が国の技術協力政策としての課題

課題としては<自然環境問題の協力事業そのも

のがもつ課題>と<事業推進上の課題>がある。

後者については特に<人材の登用と育成の課題>

と<NGOとの連携>が課題であるため、その分析

を試みた。

3- 1 協力事業そのものが持つ課題

自然環境分野における技術協力(援助)には、自

自然環境の完全喪失� 我が国の多く�の経験�

技術的対応�によるバラ�ンスの維�

手つかずの�自然環境�

保全努力による�自然環境維持�

自然環境資源の�過度の利用�

自然回復力に�よるバランス�

Min�

Max�

自然環境改変圧力の程度�

Min� Max�自然環境保全努力の程度�

図3- 7 自然環境資源の利用と保全の概念図

5 他のドナーとの比較については外務省(2000年)で、米国国際開発庁(Agency for International Development:USAID)が特に生物多様性の減少と気候変動に力を入れ、地方レベル、国レベル、地域レベルにおいて持続可能な成長を推進する目標を掲げていることを紹介している。

6 JICA内部でもそのような認識があり2000年1月には「林業水産開発協力部」を「森林・自然環境協力部」に、「林業開発協力課」を「森林環境協力課」に、「水産業技術協力課」を「水産環境協力課」に改組した。

7 報告書は、我が国が他国の NGO 活動にも支援しているケース(米国、パナマ)も紹介している。

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64

第二次環境分野別援助研究会報告書

然資源管理という資源開発あるいは資源の利用を

めぐる協力(援助)[A]と生態系保全・生物圏保護

という主として純粋な自然の保全保護の立場から

遂行すべき協力(援助)[B]、がそれぞれあり、その

中間に両者のバランスに配慮した協力(援助)[C])

が持続可能な開発・利用といった概念との関係で

位置付けられていることが特徴である。協力事業

がこういった明確な区分の下で遂行されなければ

ならないというわけではないが、もともと[A]の

性格をもった事業に「持続的利用」という命題[C]

を反映させるために[B]が持ちこまれたと受け止

められかねないものも少なくない(図 3 - 8)。

また、自然環境関連分野の事業を優先する意識

が先行しすぎ、果たして相手国や地域の実情に照

し合わせて適当なものがどうかの検討が不十分な

まま立ち上げられた事業について、成果ばかりが

期待されるという状況が生じつつあることも懸念

される。

特定の地域や国の開発の持続可能性は自然・文

化・社会経済などの地域的特徴(ローカリティ)が

色濃く反映されていくからこそ維持されているも

のである。持続性をもった取り組みが事業対象地

域の中で自律的に展開していくことが求められて

いる以上、こういったローカリティ醸成の歴史的

経緯や現状の課題の理解を肌身を通して行い、マ

クロ社会・経済状況や地域社会の自律的発展を促

す長期的視野を持った事業として位置付けるべき

である。特に貧困層の増大が結果的に自然資源基

盤の劣化を引き起こす構造的な問題(図3-9)に対

し、適切な事業形成やそれを実現し得る人材の育

成が今後の大きな課題である。

自然環境そのものの意味や重要性が全く理解さ

れていない国にいきなりその種の協力事業を持ち

込むのではなく、持続可能な開発の意味や重要性

を理解し、推進する働きかけになるような協力事

業を互いに育て上げていく方が効果的であること

は言を待たない。言い換えれば求められる事業の

性格に応じた戦略的アプローチが求められている

ことになる。国別地域別体制への移行に伴い、JICA

全体の事業戦略と同様に特定の分野における戦略

性がますます重要となる。

持続可能な開発・利用についてはその定義に関

する共通理解の熟度は高まっているものの、開発

主体と環境保護団体など相反する理念や価値観を

持つものが常に一定の共通理解に基づく協力(援

助)の推進を可能とするユニバーサルな定義が存在

するわけではない。そのため、我が国の様に国外

からの自然資源に依存せざるを得ない国にとって

この分野における協力(援助)プロジェクトの遂行

には常に自己矛盾や内部葛藤が伴う。仮に、JICA

を含めた技術協力関係機関内でそういった自己矛

盾や葛藤について一定の共通理解が存在してそれ

ぞれのプロジェクトが恙無く遂行されているとし

ても、それが我が国の国民はもとより、相手国の

政府や国民によって十分理解されているかは別問

題である。特に「森林・水産資源と自然環境をめぐ

る課題」については、上記の点は重要である。例え

ば、植林プロジェクトと木材輸入政策や、水産プ

ロジェクトと漁業交渉、捕鯨問題などの漁業政策

との関係がそれに当たる。

「生物・生態系保全をめぐる課題」についてもも

ちろん同様な整理の必要はあるが、協力事業の目

的は資源開発や利用ではなく、保全や保護を最も

効率的かつ効果的に遂行することであり、またそ

の技術的課題を解決することである。特に、「野生

生物保護と保護区管理」の中の希少種保護、地域生

資源の利用�[A]�

自然の保全�保護[B]�

両者のバランスに配慮[C]�

図3- 8 自然環境分野における技術協力

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

65

社会・経済・政治オ

プションの制約�

内部マクロ経済及び社会

・政治環境の状況�

負 債 、構 造 調 整 ・

社会・経済・政治

プログラムの変更�

輸出を目的とした一次産

業形態への転換と基盤自

然資源の劣化�

♦ 再生資源ストックの減少�

♦ 土地生産性の劣化�

♦ 生物多様性の喪失�

♦ 資源コンフリクト�

対外依存・地域の自律的

意思決定構造の崩壊�

都市部への人口集中�

♦ 環境インフラ整備の遅れ�

♦ 都市環境の悪化�

外部マクロ経済の状況�

貧困� 非持続性�

図3- 9 貧困・非持続性への連鎖

出所:Sustainability, Poverty and Policy Adjustment:From Legacy to Vision, Naresh C. Singh and Richard S. Strickland,International Institute for Sustainable Development, 1993 の翻訳、引用。

態系研究、保護区計画と管理や、「湿地・湖沼・河

川・沿岸の生態系保全」の中の、水域生態系研究、

サンゴ礁保全などの課題はそういった特徴をもつ。

他方、「湿地・湖沼・河川・沿岸の生態系保全」の

中のマングローブ保全、湿地・湖沼保全、閉鎖性海

域保全、水源地域保全などは、森林の場合と同様、

保全の対象となる地域や水域によって大きく異な

る。また、対象そのものが持つ資源価値の開発、あ

るいは対象の周辺に存在する資源開発(例えば集水

域における農業や都市活動)を、対象の保全とどう

関連づけるのかが大きな問題であり、その判断に

よって協力のあり方や協力推進上の課題も異なっ

てくる。しかし、これらの保全と我が国の直接的

な資源輸入との関連はほとんど考慮の対象となる

ものではない。

3- 2 事業推進上の課題

上記「手引き」(JICA(2000年))は、これまでほと

んど取り組みがなされてこなかった「野生生物保護

と保護区管理」及び「湿地・湖沼・河川・沿岸の生

態系保全」について、プロジェクト形成のアプロー

チを提示し、今後の課題として、「環境と開発の調

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66

第二次環境分野別援助研究会報告書

和」、「包括的な協力」、「多方面の人材確保・育成」、

「相手国・地域との対話」、「協力期間及び専門家派

遣方法の柔軟な対応」、「保全体制の持続的可能

性」、「ローカルコストの配慮」、「成果の汎用性」を

掲げている8。

ここで具体例として湖沼保全をとりあげ、自然

環境分野における協力事業の相対的な位置付けを

検討する。湖沼環境の悪化は集水域における様々

な人為活動の結果としてもたらされる。多くの湖

沼の場合、集水域は自然環境の劣化(X)、非持続的

農林水産業(Y)、さらには人口集中や都市化・工業

化(Z)といったプロセスを通して変遷していくの

が一般的だが、世界の湖沼問題はそれぞれのおか

れた自然的・社会的条件の下で、上記の一側面の

みが進行しているものからすべての側面が様々な

レベルで同時に進行しているものまですこぶる多

様である。上記の人為活動カテゴリーを途上国の

いくつかの湖沼を例に相対的に位置付けたのが図

8 一般論としては、「OECD/DAC『技術協力における新たな方向付けのための原則』[仮訳]」、(JICA企画部、年次不詳)の「Ⅰ.9技術協力原則、2.参加型開発について」の中で、技術協力の立案・計画・実施・評価に参加することが不可欠、協力プログラムの計画段階で、利用者及び受益者の団体との対話の機会を設けるべき人権に関する機関や民主主義社会の中核を育成すべき女性の関与が不可欠、貧困層が教育訓練や基礎保健などの基本的なサービスを受けやすくすべき、地方分権化における技術協力の新たな役割が必要(p.5)とうたっている。また、同書の「3.機構制度づくり」の中では「技術協力によってどの機構制度を強化するかといった選択は、当該国の多様なニーズと優先度に基づいてセクターごとに決定すべきであり、公共機関・金融機関・法制度・教育制度商業・地域コミュニティ・ボランティア組織といったあらゆる分野の機構制度を考慮に入れるべきである」としている

(p.7)。さらに、同書「5.総合的なプログラム・アプローチ」の中では「個別のプロジェクト・アプローチでなくプログラム・アプローチをとることをもっと強調すべきである」とし(p.8)、「Ⅲ.技術協力の手法と形態」の中では、研修事業改善、外国人の人材の役割とカウンターパート/専門家の新しい関係、被援助国あるいは第3国の専門家の利用機関間のパートナーシップ、NGO及びボランティア活動を掲げ、特に⑤については「ドナーは、NGOの利用だけでなくNGOの専門的技術や研修機能の強化を助成することにより、NGOの機構強化・管理向上に関する要請に前向きに応えていくことができる。ドナーはまた、NGOと被援助国政府の相互理解を促進し、国内諮問機能や国際的ネットワークを支援することも可能である。」としている。自然環境保全分野として、こういった新たな方向付けにどのように対応していくべきかという問題もある。

フプスグル湖�

X�

Y�

Z�

ラグナ湖�

ナクルー湖�

ボパール湖�

サグリンダ�ム湖�

非持続的農林水産業(大)、アラル海�

人口集中、都市化、工業化(大)、チャパラ湖�

観光事業などよる自然環境の劣化(大)、西湖�

図3- 10 湖沼問題カテゴリーの相対性

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

67

3-10であり、湖沼環境保全に対する協力事業ニー

ズの多様性も表している。

アフリカのマラウイ湖の生物多様性保全をめぐ

る協力事業は自然環境保全の典型的な協力事業と

言えるかも知れないが、フィリピンのラグナ湖の

保全に関する我が国の事業協力はマニラ大都市圏

における工業化を中心とする地域計画の中に都市

環境改善のためのインフラ整備をとりこんだプロ

ジェクトで、いわゆる自然環境分野の協力事業と

は一線を画するものであった。

上記の「野生生物保護と保護区管理」や「湿地・湖

沼・河川・沿岸の生態系保全」が単独かつ独立した

プロジェクトとして意味をもつケースもあろうが、

湖沼保全プロジェクトにおける自然環境の保全は

その一面を表すに過ぎない場合も多い。すなわち、

上述の「環境と開発の調和」、「包括的な協力」、「多

方面の人材確保・育成」、「相手国・地域との対話」、

「協力期間及び専門家派遣方法の柔軟な対応」、「保

全体制の持続的可能性」、「ローカルコストの配

慮」、「成果の汎用性」などの課題も、実は都市環境

分野や農林漁業分野の協力事業を含む複合的な多

分野スペース(図3-10)の中で考えていかなけれ

ば、総合的な保全を達成する事業として当事国あ

るいは国際的に高い評価を得ることは難しい。

具体的に図3-10を例にとって考えれば、自然

環境の劣化への対応は回復技術の指導や教育、自

然保護活動の支援、人口集中や都市化・工業化へ

の対応は公害防止や都市型インフラ整備プロジェ

クトを当該プロジェクト地域のニーズと対応能力

(適正技術の導入などを伴う)の向上、非持続的農

林水産業の改善は集落貧困層の自立を促す参加型

プロジェクトの遂行、などが程度の大小は別とし

てそれぞれ課題となる。この様に課題自身が多面

性、複合性をもつプロジェクトに従事し、十分な

能力を発揮し一定の成果をあげ得る<人材の登用

と育成>及び<NGOとの連携>は大きな課題であ

る。

3- 3 人材の登用と育成の課題

協力事業にかかる要素として協力事業に携わる

者が持つ経験の蓄積と協力事業に必要な専門的能

力が挙げられる。事業推進上の課題を主として短

期的、長期的な視野に立った専門家人材に関する

JICAのパースペクティブは図3-11のように簡単

に表現できる。JICAにとって、自然環境分野の様

に人材プールの限られた分野における専門家の調

達は容易ではない。そのため、短期的には人材発

掘・登用の方法を模索し、長期的には内外で育成

された人材の活用を目的とすることになる。

技術協力業務に直接関係する蓄積経験として、

長期現地地域経験[L(local)]、長期途上国経験[O

(overseas)]、長期国内体験[D(domestic)]からなる

蓄積経験トライアングルを考える(図3-12)。我

が国の技術協力事業従事者の蓄積経験トライアン

グルは我が国の歴史的経験(図3-7)によって形成

されるため、当然のことながら長期国内体験[D]

の比重は一般に非常に大きい。我が国の協力事業

に従事する専門家の蓄積経験トライアングルは、D

人材(Human resource ---skill, knowledge,capacity)�

短期(Short-term)� 長期(Long-term)�

育成(development)�

発掘・登用(employment)�

図3- 11 専門家人材に関する JICAのパースペクティブ

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68

第二次環境分野別援助研究会報告書

に比べ、L、Oが著しく低い。さらに、Dの比重が

大きいことはコミュニケーションの手段としての

語学習得の程度が必ずしも高くならない可能性を

示唆している。

JICAから提供されたプロジェクトリスト及び専

門家リストから、現場対応型行動(NGO-現地地域

社会との連携)[P(practical)]、行政経験に基づくシ

ステム構築[A(administration)]、自然環境の現状調

査・解析[R(research)]からなる専門家業務分野ト

ライアングルを考える(図 3 - 13)。

自然環境分野における現行専門家集団のリスト

(JICA企画課資料)によれば、専門家業務分野トラ

イアングル(図3-13)は、[A]と[R]が多く、[P]

が非常に少ない。歴史的経緯を経て自然保護団体

が社会全体に支援され、潤沢な資金を有し、専門

家としての社会地位も確立した中で実務経験を積

んで技術協力事業に参画する専門家集団[P]のプー

ルが存在する一部の欧米諸国とは好対照である。

いずれにしても、一般的に蓄積経験トライアング

ル[LOD]と専門家業務分野トライアングル[PAR]

はそれぞれの弱点を補い合う必要がある(図 3 -

14、図 3 - 15)。

上記図3-10に照らし合わせて考察すれば、専

門家個人としてのL及びOの増強を短期的な人材

登用の枠の中で実現することは容易でなく、我が

国における国際的な人材育成の長期的人材育成計

画の中で対応していかなければならない。これは、

例えば省庁の枠を越えた総合的な取り組みの必要

性を意味する。また、「生態系保全・生物圏保護」分

野で国際的に評価される協力事業を長期的展望の

下で成功させていくためには、相対的には、専門

家個人としてはLやOの強化が、専門家集団とし

てはPの強化が求められている。NGOの能力強化

は、個人としてのD、集団としてのA、Rに大きく

依存する我が国の協力事業のバランスを改善する

上で喫急の課題である。

途上国の自然環境分野(あるいは広く環境分野全

般について)の課題に取り組むこういった人材が、

もともと個人に備わった能力とは別に、専門家と

して要求される資質、すなわち広い視野、的確な

長期途上国経験�

長期現地地域経験�

長期国内経験�

L�

D�O�

図3- 12 蓄積経験トライアングル

現場問題解決�

研究アプローチによ�る実情把握・解析�

行政経験に基づくシ�ステム構築�

P�

A� R�

図3- 13 専門家業務分野トライアングル

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

69

判断、高い指導力などは様々な場数を経て身につ

いてくるものであり、下記の<NGOとの連携>で

も触れた多様な交流の場が必用とされる。

3- 4 NGOとの連携

草の根レベルへの協力効果が望まれる領域の多

いこの種の分野では、プロジェクト方式技術協力

の場合のように事業パートナーを公的機関に限定

する形態から、NGOや裨益住民の直接参加が反映

できるような協力形態への転換も課題である。

NGOとの連携をめぐるJICAの短期的、長期的パー

スペクティブを簡単に描けば図3-16のとおりに

表現できる。

一方、開発途上国の環境問題に携わるNGOは千

差万別だが、主として環境と貧困問題を扱い実際

に現場の状況を改善することを目的とする「現場型

NGO」、おなじく環境と貧困問題を扱うが、政治・

経済構造などについて意見を表明し運動する「提言

型 NGO」、上記の問題に対する先進国のかかわり

に焦点を当て人々の意識変革を起こしていこうと

する「開発教育型 NGO」があり、更には公正な貿

易・経済活動を通して途上国民衆の自立的発展と

環境問題の解決に寄与することを目的とする「草の

根貿易・フェアトレード型 NGO」や市民型企業が

生まれてきている。これらのNGOは①国際社会の

最底辺にいる人々への支援、②政府・企業活動の

監視、③地球市民学習の普及(新しい価値観の創

造)、④社会変革のための触媒・推進、⑤新しい地

球社会のビジョンと実現に向けての先導役、など

を役割としている9。

JICA プロジェクトなど ODA 事業はこれらいず

れのタイプのNGOと連携することも可能だし、か

つ連携なくして有効な活動を推進することは難し

い。特に、自然環境分野プロジェクトで実際に環

9 馬橋憲男・斎藤千宏編著、「ハンドブック NGO、市民の地球的規模の問題への取り組み」、明石書店、1998 年 4 月。

D�O�

L�

図3- 14 経験蓄積:LとOの強化が必要

R�A�

P�

図3- 15 専門家:Pの強化が必要

短期(Short-term)� 長期(Long-term)�

NGOの既存能力の活用(collaboration)�

相互補完(integrative collaboration)が�可能な NGOの出現�

図3- 16 NGOとの連携に関する JICAのパースペクティブ

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70

第二次環境分野別援助研究会報告書

境改善を目に見える形で改善することが期待され

る事業協力の場合は「現場型NGO」や「開発(環境)

教育型 NGO」などといかに効果的に連携していけ

るかが成否の鍵を握るといっても過言ではない。

しかし、我が国のNGOの中で「現場型NGO」、「開

発(環境)教育型NGO」などとして様々な途上国環

境問題に直接コミットしていける体制とリソース

を有しているNGOは見当たらない。したがって当

面(短期的には)は欧米の NGO や国籍色の薄い国

際NGOなどと連携していくことが現実的な対応の

構図となる。長期的には国内 NGO が力をつけ、

ODA事業の中で相互補完(integrative collaboration)

的役割を果たし得るNGOの出現を支援することも

JICA として重要な課題である。

国際協力において長期的にこのバランスを実現

するシステムについては、既に現行の事業協力(図

3- 17)から、現地のNGOグループの活用や他の

ドナー機関専門家の参画(図3-18)などへの転換

を図る必要性があると指摘されている。

LOD-PAR両トライアングルをバランス良く、持

続的に形成するためには長期的視野をもった人的

資源の育成が不可欠である。国内の人的資源育成

を目的の一環として組み込んだスキーム、例えば、

実際にプロジェクトを企画する段階から現地NGO

や専門家集団が我が国の事業支援 NGO と協力し、

現地のニーズに即したプロジェクト対応能力の向

上に関与する(図3-19)あるいは、国内の潜在的

人資源を実際のプロジェクトを通して育成してい

く(図3-20)などの新しい試みをさらに積極的に

推進していく必要がある。

上記について湖沼の保全を述べれば、途上国の

特定の湖をめぐるNGO、行政担当者、研究者、企

業関係者などが、我が国の特定の湖沼地域と小規

模でも継続した多岐にわたる交流(学術交流、

NGO 交流、専門家研修など)を行い、そのプロセ

スで得られた様々な情報を相互に共有することに

より次のステップとして専門家を交えたプロジェ

クト形成に取り組む、といった形が図3-19に相

当する。また、プロジェクトの中にこの分野の次

世代専門家人材の育成システムを付置する、ある

いは既存の組織機関が連携支援するシステムをつ

くりあげる、などという形が図3-20に相当する。

いずれも地域社会の持続的関心の喚起やプロ

ジェクト支援などといった現行のJICA協力の枠を

越えた新しい取り組みを意味するが、ODA本来の

姿はこのあたりにあるのではないか。

相手国の援助対象事業�協力事業�

協力プロジェクト(JICA)�

カウンターパートなど�

図3- 17 現行の技術協力

現地NGOなど�

図3- 18 現地の人的資源(NGOなど)の活用

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

71

現地NGO等が国内の人資源�育成にかかわる�

プロジェクトを支援する国内協力�機関(NGO)など�

図3- 19 長期的視野に立った国内人資源育成を組み込んだスキーム(1)

実践活動に従事する潜在的�人資源とそのキャリア開発�

現地NGO等が国内の人資源�育成にかかわる�

図3- 20 長期的視野に立った国内人資源育成を組み込んだスキーム(2)

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72

第二次環境分野別援助研究会報告書

参考文献

・外務省経済協力局(2000)、「環境協力の国際的潮

流と我が国の環境 ODA」。

・国際協力事業団 森林・自然環境協力部(2000)、

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案件発掘・形成の手引き」。

・国際協力事業団 企画・評価部環境・女性課

(1999)、「国際協力事業団(JICA)の環境協力への

取り組み。

・国際協力事業団 企画・評価部、「OECD/DAC『技

術協力における新たな方向付けのための原則』

[仮訳]」。

・馬橋憲男・斎藤千宏編著(1998)、「ハンドブック

NGO、市民の地球的規模の問題への取り組み」、

明石書店。

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課題-タイへの環境援助プロジェクトの評価事

例を中心に-」、国際開発学会『国際開発研究』第

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・Naresh C. Singh and Richard S. Strickland(1993),

“From Legacy to Vision”,International Institute for

Sustainable Development.

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

73

1. はじめに

開発途上国では自然及び社会環境の両問題の多

くが表裏の関係として、相互に関連している。そ

のため生物多様性の保全には、生物保護とともに

自然資源に生活を依存している多数の地域住民の

存在を検討する必要がある。例えば、南アフリカ

3ヶ国のアフリカゾウは、1997年のワシントン条約

第10回締約国会議で、附属書I(商取り引きが禁止

される)から附属書 II(許可制で商業目的の取り引

きが認められる)にダウンリストされた。だが、我

が国の報道機関は十分にその主旨を伝えることが

できなかった。それは開発途上国における自然資

源と地域住民の関係をよく理解していないためと

思われる。

先進諸国で知られている生物保護の手法に、エ

コ・ツーリズムがある。アフリカゾウなどの野生

生物を保護するために、観光収入を利用するので

ある。確かにエコ・ツーリズムは、ケニアやタンザ

ニアなどの東アフリカでは有力な手法である。し

かし、南アフリカには、ゾウはたくさんいるが、先

進国からの観光客の来訪をほとんど期待できない

国がある。ボツワナ、ナミビア、ジンバブエの3ヶ

国では、ゾウと地域住民との軋轢が、密猟の原因

となって、絶滅の危機が懸念されてきた。

なにしろアフリカゾウは1日に200kg程度の樹木

や草などを食べる。だから、地域の植生が扶養で

きる範囲の生息頭数をまず定め、それ以上の頭数

のゾウについては象牙ばかりか狩猟収入や骨、皮、

肉まで含めて収入源として、この収益を、生息す

るゾウの保護管理対策やゾウと共存していく地元

農村の振興などの費用に当てるものである。これ

が先のワシントン条約締約国会議で決定された、

3ヶ国のゾウを、附属書Iから附属書IIにダウンリ

ストした内容である。50トン弱、約5億円の象牙

を日本へ輸出することが1回だけ認められた1。こ

のようにアフリカゾウの保護管理においても社会

環境は、重要な位置を占めている。

小論では筆者自身が自然環境保全を課題に現地

調査した際、直接関心をもった社会環境問題を取

り上げることとする2。

2. 森林減少にみる開発途上国の社会環境問題

2- 1 貧困と大きな較差

開発途上国社会の特色に、貧困、大きな較差、複

雑な民族問題そして植民地被支配の経験などがあ

る。これは較差の問題と言換えることができるか

もしれない。階層間較差が多数の貧しい人々と一

握りの少数の富裕階層である。このような較差は

中央と地方との地域間較差ともなって現れる。タ

イ国では首都圏と貧しい東北タイの中でも底辺部

とでは、平均収入にして13倍以上も(1984年)あっ

た。1998年の中国では1人当たりGDPが、貴州の

302 ドルに対して上海の 3,411 ドルと 11.3 倍であ

る3。貴州より貧しいチベットの場合は、統計値す

ら発表されていない。

2- 2 恐ろしく高い金利(タイの例)

地域社会の階層間較差を象徴するものに借金の

金利がある。1992年タイで、筆者は国立公園の保

全問題で周辺住民の生活水準を調査した。農民の

多くは高利貸しから金を借りていた。カオヤイ国

立公園周辺のクロンサイ村は、土地無し農民が流

民となり、森林地域に侵入することによって成立

した、貧しい東北タイに属する村である。聞き取

第5章 社会環境―自然環境荒廃の悪循環を好循環に

松島 昇((財)自然環境研究センター研究主幹)

1 石井信夫(2000)「第 11 回締約国会議とワシントン条約の今後」、日本環境協会編『かんきょう 8』、pp.11-14。2 とりわけ東南アジアを中心に焼畑移動耕作の調査を主査した海外林業コンサルタンツ協会の土屋利昭氏には、現地調査、報告取

りまとめなど各面でお世話になっている。同協会発行(1999、2000)「平成10年度、11年度 焼畑移動耕作地域森林造成促進基礎実証調査報告書、フィリピン編、ミャンマー編」参照。

3 三菱総合研究所編(1999)「中国情報ハンドブック 1999 年版」、蒼蒼社。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

りによれば、農産物ブローカーを兼ねる商人から

前渡金が融資されると、農家は毎月5%の高利を支

払うのが一般的であった。月単位の金利であるこ

とを確認して欲しい。貧しさゆえに、森林内を不

法占拠して開墾を進めた土地無し農民は、1990年

のタイ内務省によれば、170万家族870万人おり、

それは全国民の16%に及んでいた。しかし、森林

の奥に入り込んでも、住民はなお借金を重ね続け

ていたのである。

2- 3 おそろしく高い金利(フィリピンの例)

同様の調査を1995年フィリピン・ミンダナオ島

の南コタバトで行った。山地少数民族チボリ族の

189戸のうち、借金している家庭が60%おり、その

金利は月10%であった。多数の貧しい農民の存在

と大きな階層間較差は、いわばコインの表裏の関

係である。189戸は山地でトウモロコシを作る174

戸のチボリ族の農民と麓に住む15戸のフィリピン

人穀物商に分かれた。穀物商は高利の前渡金で

もって、先住民の農民からトウモロコシを支配的

に集荷する。この地域の森林減少は山地傾斜地を

占める極端なまでのトウモロコシ・モノカル

チャーが直接的な原因であるが、それを社会的に

支えているのが農民と穀物商との前渡金支配体制

である(写真 1:山地でのトウモロコシ栽培)。

2- 4 森林資源消失の悪循環

フィリピン大学のクンマーは、1988年調査から

1800万人とフィリピン全国民の3分の1近くが、林

地内に生活すると推測する4。フィリピンの農村に

は小作農にもなれない多数の農業労働者が、生活

苦から森林に逃げ込んでいる。商業伐採も、粗放

な焼畑も森林消失の原因である。しかしながら、そ

の基本は、大量の貧困な農民を再生産し続け、一

方で一握りの有力者が大半の資産を所有する不公

正がまかりとおる、大きな階層間較差の社会構造

にあるといえよう5。富の偏在と貧困の再生産によ

る、森林資源消失の悪循環である。食うや食わず

の生活を続けている多数の住民には、森林減少を

止める手段を考える余裕はない。

4 Kummer,D.M.(1992)Deforestation in the Postwar Philippines. Ateneo de Manila University Press.178pp. Manila.5 松島 昇(1995)「フィリピンの森林消失と農民生活-スービック周辺での社会林業の試み」、北川泉編著『森林・林業と中山間地域

問題』、pp.32-48。

写真1 フィリピン、ミンダナオ島、南コタバトのトウモロコシ栽培で森林消失した山地

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

75

2- 5 住民と対立する脆弱な管理当局

さらに開発途上国の大半は植民地支配を受けて

いる。これらの途上国では、独立後ですら、旧宗主

国の森林法を継承しただけの国が多い。もとより

宗主国の利益を守るためだけの法律であるから、

森林はすべて国家、中央政府のものと規定した。地

元住民は慣行として生活に必要なだけの林木を消

費してきた。ところが独立した中央政府は、森林

の所有者として、木材の商業伐採を行い、その一

方で慣行を否定された地元民は、我先に盗伐に走

ることとなった。管理当局と地域住民との対立に

よる自然資源食いつぶしの悪循環である。持続可

能な森林管理の責任がある当局には、地方の組織

があまりにも脆弱で、森林を実質的に管理するに

はほど遠いのが実情である。

3. 焼畑地域での山村振興プロジェクト

3- 1 悪循環を好循環に

開発途上国の深刻な社会経済条件は周知のこと

である。その悪循環を好循環に変えるのが、プロ

ジェクトの使命であり、技術であり、そして地域

住民自らの創意と工夫である。今日では森林減少

の代表的な原因と思われている焼畑も、元来は長

期の休閑期を置き、自然=森林の回復を重視した、

持続可能な伝統的農法なのである。これを森林減

少、資源劣化に向けたのは、森林を開墾するため

に略奪的な焼畑を行う多数の土地無し農民を流出

させてきた社会構造にある。これは伝統的な焼畑

を行ってきた少数民族も追いつめてきた。

土地無し農民には、農地や森林の豊かさを維持

しながら、収穫するという技術や気持ちを持つ余

裕がない。あるのは借金ばかりである。そのよう

な土地無し農民が行う森林の中での粗放な開墾と

は、略奪的な焼畑を行って、わずかばかりの収穫

を上げた跡地を、農地でも森林でもない荒廃地に

続々と変えてしまうことである。一方、伝統的な

焼畑農民が持続可能な技術を持っている理由は、

自分たちの豊かな森は自分たちで守るという強い

意志があるためだと思う。自分たちの農地や森林

という所有意識があるからこそ、豊かさを維持す

る気力がわき上がり、その技術を充実させようと

努めてきたのである。だから持続可能な技術を高

めるためには、まさしく社会問題の基礎である土

地の保有権に突き当たる。

自然資源利用の好循環と悪循環とを、いささか

強引に整理すれば表3-4のようになる。択伐は林

木を場所的、時間的に分散して収穫を繰り返すこ

とで、皆伐の対極にある。例えば植民地ではサト

ウキビのモノカルチャーを大規模に、繰り返し、収

奪的に展開した。一方、地域住民の食糧自給にお

いては多種類の作物を少量づつ生産し、輪作する

ので土地の生産力を維持する。土地利用権につい

ては説明した。持続可能な資源利用のためには、収

益・情報が地域社会へ還元されなければならない。

そこでもし、減少した森林周辺の地域住民が、土

地保有権を保証され、山間傾斜地を劣化させずに、

食糧を自給しながら、林木を再生管理する技術を

開発し、獲得することができたら、途上国の森林

環境や自然環境の保全にとって貴重な技術モデル

となる。

3- 2 ボトムアップ型の協力

本案件の対象は東南アジア諸国における山地少

数民族の焼畑地域である。このプロジェクトは、カ

ウンターパートとともに単に現地調査を実施する

表3- 4 好循環・悪循環のシェーマ

項目 好循環 悪循環

資 源 利 用 持続可能 略奪的

林 木 利 用 択伐の繰り返し 唯一回の皆伐

農 耕 栽 培 ポリカルチャー(複数作物の輪作)モノカルチャー(単一作物の連作)

土地利用権 住民が保有 なし:土地無し農民

収益・情報 地域社会へ公平に還元 域外流出・少数へ偏在

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第二次環境分野別援助研究会報告書

だけではない。焼畑住民のニーズを把握して、森

林回復をはじめとする山村振興のモデル構築やそ

の実証調査まで試みるものである。当初の2年間は

現地調査だけであるが、3年目からはモデル事業を

立ち上げ、その評価まで企画している。ここにカ

ウンターパートとの比較的長い期間協力して、調

査協力を行いながら、モデル事業を編成すると

いった、基礎から組み立てる、ボトムアップ型の

協力がある。

3- 3 焼畑跡地でのキャベツ栽培

第1年次に北部タイの山地を調べた6。1995年の

ことだから、タイ経済はかなり好調であった。経

済成長は辺境の少数民族の生活向上を支えていた

と思う。数多くのケシ栽培撲滅と焼畑の常畑化を

推進するプロジェクトを調べた。北欧、ドイツ、

オーストラリアなどの先進国が焼畑少数民族の生

活向上と自然回復を目指す地域振興プロジェクト

を進めていた。それは陸稲やタロイモを栽培して

きた少数民族に、焼畑の常畑化によって、焼畑を

制限し、キャベツ、野菜、コーヒー、茶、イチゴ、

ライチなどの商品作物の栽培を支援して、現金収

入を上げることを奨めるものである。冷涼な山地

でのキャベツ栽培の急速な拡大に目を見張るとと

もに、少数民族の集落の間に、開発先発、開発中

発、開発後発という顕著な較差が、次のような点

で生じていることを調査した(表 3 - 5)。

①村ごとの収入の較差

②焼畑・水田(急峻な傾斜地での零細な棚田)に

対する常畑面積の割合

③焼畑(陸稲、タロイモ)と水田(水稲)に対する

常畑(キャベツ等)作物の栽培割合

④生活備品の所有割合(テレビや冷蔵庫は電気の

普及にも関連する。ランプは電気の無いこと

を示す。)

それとともに住民のニーズが、健康のための清

潔な飲料水、雨期でも使える道路、電気、小学校、

保健所などにあることを知った(写真2 メーホン

ソン開発後発村の陸稲焼畑、写真3 チェンマイ近

郊の開発先発村の焼畑跡地)。

表3- 5 北部タイ焼畑調査開発段階別結果

開発段階 調査地平均 平均耕地面積 作物別栽培割合

月所得 水田 常畑 焼畑 水稲 陸稲 タロイモ キャベツ

単位 村 戸 バーツ ha ha ha % % % %

開発先発 5 65 4,377 0.04 0.63 0.09 11 19 8 63

開発中発 8 124 1,707 0.14 0.22 0.16 51 50 31 50

開発後発 10 176 695 0.13 0.09 0.13 73 69 55 32

開発段階 調査地生活機材所有割合

小型トラック バイク テレビ ラジオ 冷蔵庫 洗濯機 コンロ ランプ

単位 村 戸 % % % % % % % %

開発先発 5 65 54 31 53 84 21 3 10 3

開発中発 8 124 10 31 25 68 20 0 9 40

開発後発 10 176 1 12 1 20 0 0 0 96

注:1995 年 11 月現地調査。

6 松島 昇(1996)「焼畑地域における森林と地域住民の実態-北部タイの焼畑地域」、海外林業コンサルタンツ協会編『平成7年度、焼畑移動耕作地域森林造成促進基礎実証調査報告書、フィリピン国及びタイ国実態調査編』、pp.76-99。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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写真2 タイ北部、メーホンソンの山地、開発後発村の焼畑による陸稲栽培

写真3 タイ北部、チェンマイ郊外山地、開発先進村の焼畑跡地での常畑

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第二次環境分野別援助研究会報告書

3- 4 多様な現地の調査協力

カウンターパートの森林官と協力した現地調査

では、チェンマイ大学の研究者の支援により、大

学院生そして少数民族の生活向上に直接従事する

チェンマイ県の山地民族福祉部職員などの協力を

得ることができた。調査結果から北欧などの支援

するプロジェクトとその仕組みについても情報を

得た。少ない予算に比して効率的な事業の進展は、

タイのカウンターパートやローカル・オフィサー

の大きな役割や活躍にあると考えられる。現地に

詳しい、プロジェクト所属のカレン族技術者の協

力を得て、特に奥地の開発後発村を数多く調べる

ことができた。山地民族の努力や工夫を直接聞き

取り、開発すべき技術の素や種は現地にあること

を調査メンバーは実感した。

4. フィリピン・パラワン島での経験

土地無し農民の貧しさは、農民らしい心や技術

を持っていない点にある。つまり農民なら当然

もっている郷土への誇りや地力維持を工夫する心

のゆとりがないのである。パラワン島へ流れつい

て、ようやく土地を得たばかりのプロジェクト集

落の人々に、いきなり長期的な計画や投資が必要

となる森林管理を期待することはできない。それ

より実務として、食糧自給を行いつつ山間の傾斜

地の安定を追求することが緊急である。例えば農

耕地の改良や多年生でも比較的すぐに収穫の上が

る果樹栽培、それらを複合的に組み合わせること

である。持続可能な農林複合経営が、山間の傾斜

地で行えるアグロフォレストリーを手掛かりとし

て、集落の人々が農民らしい心を養っていくこと

がプロジェクトの長期的な課題である。

4- 1 パラワン島山間の対象地

森林被覆率が全国の19%(1993年版森林統計)と

深刻な森林減少が進むフィリピンにおいて、パラ

ワン島は最も豊かな森林が残っている地域である。

それだけに他地域からの多数の流民による入植は、

開墾を目的とした粗放な焼畑となって同島での森

林減少をさらに進めてきた。

プロジェクトの目的は、焼畑地域における住民

参加型の森林復旧植林と森林保全である。州都プ

エルトプリンセサから車で 2 時間のカンディスⅢ

がプロジェクト対象地に選ばれた。ここは同島中

央部で、約1,200haあまりの山間地域に天然林、そ

の山麓部、焼畑跡地である二次林及び草地、山腹

面での焼畑、緩斜地及び平坦地での常畑という、い

わば焼畑跡地も自然林もほどほどに存在している。

世帯数は約40の小集落である。うまくすればプロ

ジェクトの意図はすみずみまで伝わることも可能

であった。

4- 2 山積する切実な課題

1998年は、前年からのエルニーニョ現象の影響

をうけ、フィリピン全土で厳しい旱害に見舞われ

ていた。カンディスⅢの住民も、深刻な食糧不足、

収入不足で、日々いかに過ごすかが最大の関心事

であった。このような状態では、長期的な森林復

旧等の活動に住民の注目を集めることは難しい。

プロジェクトをアピールするために、①保育所開

設、②苗畑造成、③集落入り口の橋梁の付け替え

などに着手した。特に①は母親に就労の道を開き、

③は雨期の通行を確保するため、住民から強い要

望が上がっていた。そしてこの村の課題は、もと

は土地無しの流民であるため、まずは未熟な農業

技術の習熟が必要である。だが、それ以上に、よう

やく確保した山間の土地を自らのものとして、土

地の豊かさを維持するといった農民として最も基

本となる心を、プロジェクトによって耕していく

ことである。

4- 3 在村土地所有者との連携

次に、森林保全やアグロフォレストリーを行う

土地の問題である。この地域は山地も畑地も民有

が相当部分認められており、土地所有者には不在

村と在村の所有者がいる。当初の計画では、不在

村者の山地に林木を植栽して、土地所有者と林木

の植栽保育者とで、将来の林木からの収入を分割

する、分収林方式を計画した。しかし、まもなく不

在村所有者たちは土地の騰貴が目的であるため、

山地での事業などに興味がないことが明らかに

なった。そこで植林は在村者の土地で行い、村民

の希望の高いドリアンや柑橘類等の果樹やコー

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

79

ヒーなど多年生作物とそれらの樹間に穀物(トウモ

ロコシ、サツマイモ、陸稲)やピーナッツの一年生

作物を栽培するアグロフォレストリーによる複合

栽培に主力が置かれるようになった。アグロフォ

レストリーには、33haの山地に23世帯が参加して

いる。ただし、短期的な収穫にとらわれている住

民には、治山対策の生け垣植栽などは、現在のと

ころ余り人気がない。

4- 4 住民による苗畑造成

森林復旧植林事業でもアグロフォレストリーで

も、まず苗木が必要となる。プエルトプリンセサ

には市立の立派な苗畑がある。だが、住民の需要

を満たすにはためには、地元で育苗から取り組ま

なければならない。1997年に集落の中心部で給水

できる場所に、まず 400m2 程度の小規模の苗畑を

仮設した。この周辺に5倍の畑を拡大して、住民の

希望のある、樹木苗(1998年2万本、1999年7万本

弱生産予定)、果樹苗(1998年 0.6万本弱、1999年

2.5万本弱生産予定)、治山対策の生け垣用苗(1999

年3万本弱生産予定)、野菜などの栽培を計画した。

4- 5 森林回復構想と独自の作業

森林復旧は在村者の土地で、当面 25ha をプロ

ジェクトが一定の経費を投じて行う対象地とし、

住民の自主的活動により実行するものを 5ha とし

た。これには周囲の天然林を保全するためのバッ

ファー・ゾーンという意味がある。そして、ほとん

どが災害を受けやすい山間の傾斜地であるから、

周辺の耕地、果樹園、宅地、河川流域などを守って

いくために優先度の高い場所が選ばれた。1998年

の植林地は 23ha であった。

特記すべきはフィリピン独自で開発された天然

更新補助作業である。この作業は草地や二次林に

おいて、先駆樹種の成長を促進させ、森林回復を

加速するものである。フィリピンにおける植林プ

ロジェクトの失敗の多くは、乾期の火災である。防

火のためには、少しでも水分を保持する灌木やつ

る植物が存在したほうがよい。それはまた生態系

としても活力がある状態となる。林木の成長促進

のため日本なら刈り払う林木の周囲を、ここでは

被圧板によって草を押し倒すことに専念した。こ

のため①防火対策、②作業費の節約(70%程度に抑

える)、③安定した生態環境の維持などの効果が期

待できる。プロジェクトとして3世帯により7haの

二次林でこの作業を実施している。

4- 6 インフラの整備

他に小河川の改修を行い、小規模灌漑による水

田の開設、簡易上水道、ミニ水力発電によるバッ

テリー充電(テレビが見られる)、農業技術の研修

などである。また道路の維持管理としては路面保

護のために高校生が街路樹を植栽し、その労賃は

8km の通学となるジプニーの運賃にあてられた。

街路樹には樹冠一杯に色鮮やかな花をつける火炎

樹を選択した。若い世代が地域の環境整備に参加

することは、次々に自然環境を食いつぶしてきた

貧しい流民の子としてではなく、誇れる郷土を自

ら築く、環境を維持し、整備する新しい世代への

成長を期するものでもある。

4- 7 徹底した協議と共同作業

災害を受けやすい山間地を維持する作業や本格

的な苗畑造成、植林、アグロフォレストリー作業

などを、協力して、計画的に推進するために、この

集落では、参加メンバー全員の徹底した協議があ

る。村長はアグロフォレストリーなどの経験者で

はあっても、集会の運営は極めて民主的に進めら

れる。また事業量の大きなことに対してはバヤニ

ハンという共同作業方式を採用する。これらの作

業への就労の有無は、元婦人警官の村長夫人が管

理する労務日報に集約されている。

4- 8 保育コスト削減とボランティア

1998年度の協議で、日本側からの支援は植林経

費の50%とし、残りは住民の自助努力部分とした。

造林成績は上がったが、面積が多すぎて、林木の

保育作業の質を落としてしまった反省の結果、一

部の作業を出来高支払いとして規制した。1999年

度には、週に1日のボランティアによる共同作業日

を金曜日とした。この日に住民に人気のあるアグ

ロフォレストリーの作業を行い、アグロフォレス

トリーの保育経費削減に努めている。労務日報に

よれば、1998年度延べ就労日数6,795人日中、プロ

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第二次環境分野別援助研究会報告書

ジェクトから労賃が支給された日数が3,180人日、

残りの3,615人日がボランティアで、また1999年

度は5,900人日中約1,800人日がボランティアで行

われた。

4- 9 援助・被援助両サイドの人材

このプロジェクトを何とか順調に進めてきた点

では、まず被援助側のリーダーの村長夫妻が挙げ

られる。夫妻も流民でNGOの経験があり、公平な

措置が村民の人望を集めてきた。さらにフィリピ

ン側のコーディネーターとして、日本側の特殊法

人と長期にわたって様々な活動に関与してきた人

物の存在がある。その人物は林業技術や地域振興

の経験が深く、しかもその子息の1人がパラワン島

の現地に常駐して、技術指導面とプロジェクト支

援の NGO の中心となって活動している。日本と

フィリピン両方に長い間気脈を通じてきた人たち

が現地の村長夫妻らとじっくりと話し合ってきた。

ここに本プロジェクトが援助・被援助両サイド間

で親密なコミュニケーションが達成されている。

①両者の親密なコミュニケーション、②1995年か

らの入念な現地調査、③地域面積(1,200ha程度)も

世帯数も小規模な集落であったこと等が本プロ

ジェクトを比較的好調に進めてきた要素といえよ

う。

5. ミャンマー・シャン高原での試み

ミャンマーは敬虔な小乗仏教の国である。どの

ように辺鄙な農山村地帯でも、パゴタ(仏塔)と僧

を見つけることができる。少数民族の場合にも地

力維持といった農民らしい心を深くもった人々で

ある。だが、貧しいミャンマーの中でも少数民族

の集落では、とても十分な化学肥料や農薬など使

う余裕はない。そのためプロジェクト対象地の農

民は、緩やかな丘陵地帯を畑とし、周辺林地から

薪を採取して、畑の中で有機質を焚いて耕地に養

分補給し、輪作(1年目:ジャガイモ-2年目:陸

稲-3年目:油糧作物パンナン-4年目:休閑)を

行う、焼畑起源の特殊な農法(ペイポック Payit

Phokeと呼ぶ)を続けてきた7。ただし、熱帯高原に

おいて乾期が長く、雨期には集中的で不安定な降

雨があるという条件下で、周辺の森林や農耕地そ

のものを劣化させてきた。マツ林では燃材の盗伐

表3- 6 カンディス III におけるプロジェクトの目標、要点、問題点

対策手法 目 標 要 点 問題点

農業 食糧生産 農耕地の改良 移民の未熟な農業技術

収入の向上

アグロフォレストリー 短期的な農業と 農/林 バランス 住民の造林賃金への過大な

(混農林業) 長期的な林木との共生 長期的な土地管理 期待

果樹栽培

造林 林産物生産 長期的な投資 住民だけでは不可能

地域環境の安定 住民の収穫権 造林地=政府による没収

住民に懸念

造林共同作業 現地密着技術指導 リーダーシップ 未熟な造林技術

治山用生け垣 土壌保全 飼料利用の普及 土壌保全効果の認識

インフラ整備 生活改善 住民の技能拾得 地域にある技術の開発

協同組合結成 プロジェクト自主経営 経営管理技術 未経験

村落共有林申請 国有地天然林を対象 森林の経営管理 政府と長期の折衝

7 松島 昇(1997)「焼畑地域における森林と地域住民の実態-ミャンマーのシャン高原地域」、海外林業コンサルタンツ協会編『平成 8 年度、焼畑移動耕作地域森林造成促進基礎実証調査報告書』、pp.23-52。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

81

が続き、稚樹の更新どころか、深刻な土壌浸食は

ガリーを生じさせている。年間降水量は 1,000mm

に及んでも、長い乾期と植生の荒廃により、景観

はむしろ乾燥地を思わせる。

したがって当地での課題は、農耕地及び周辺の

森林を含めた地域で、乾燥に配慮した地力の回復

と生態系としての安定を目指すことである。それ

とともにインフラの整備として、深刻な乾期の生

活用水の確保、雨期に泥濘化する村内道路の改修、

小学校校舎の建設などである。

5- 1 村の概況とカウンターパート

チベット・ビルマ語族系のポオウ・カレン族が

プロジェクト対象のペインタウン村の住民である。

カウンターパートとなる森林資源環境保全協会

(Forest Resources Environment and Development

Association:FREDA)は、森林局をベースとする特

殊法人で、森林局との絆は強い。1996年の現地調

査では元局長ら幹部も現地の寺院や家に泊まり込

んで、2ヶ月前後ていねいな住民調査を実施した。

村長は 30 歳台前半の若さで、村内最有力者だが、

私財を提供して小学校を設置するように、村民か

らも人望がある。そして、プロジェクトの労務配

分などは村長の指令がそのままとおる権威がある。

ペインタウン村は現地調査した 3 地域のうちでも

最も貧しい村であり、村長が熱心でFREDAの現地

調査隊に常駐するほどである。これがプロジェク

ト対象村として選ばれた理由である。

カレン族系は稲作を重視するが、水田はわずか

であるため、降雨だのみの陸稲栽培が丘陵地で営

まれる。主食は米であっても自家飯米を完全に生

産できるのは、世帯数のわずか17%にすぎない。ポ

オウ族の生活水準を示すのが表3-7だが、米が食

べられるのは年間のうち豊かな 1 階層平均でも

9.3ヶ月に止まり、最も貧しい5階層平均では5.3ヶ

月にすぎない。飯米生産は総世帯平均で6.6ヶ月分

と村内年間消費の半数をやや超える程度である。

村には電気がない。電池が使えるラジカセはこ

表3- 7 ペインタウン村の収入階層別生活備品保有及び飯米自給月数

収入階層 年 収世帯数 ラジカセ 牛車 牛 飯米自給

戸 % % 頭数 月数

1 階層 6 万チャット以上 11 64 109 8.9 9.3

2 階層 4 ~ 6 万 8 63 100 5.3 7.9

3 階層 2 ~ 4 万 45 31 71 2.7 8.0

4 階層 1 ~ 2 万 39 33 67 2.3 6.1

5 階層 1 万チャット未満 49 18 57 1.4 5.3

注:1996 年 11 月現地調査。

0%� 20%� 40%� 60%� 80%� 100%�

5階層�

4階層�

3階層�

2階層�

1階層�

畜産�

商売�

他農作物�

ショウガ�

パンナン�

ジャガイモ�

労賃(籾)�

図3- 21 ペインタウン村の階層別収入構成

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第二次環境分野別援助研究会報告書

の村にとって貴重な情報収集及び娯楽ための生活

備品である。牛は、農作業、物資運搬などの主力で

あり、畜産収入源でもある。図 3- 21 はこの 152

世帯の収入構成を5階層別にみたものである。図に

みるように、農業の中心は米だが、米は村内消費

に消えてしまうため主要な現金収入作物ではない。

1~4階層で最大の収入源はジャガイモである。次

の収入源は階層によって異なり、ショウガかピー

ナッツ、チリ、トマト、米などの「他農作物」であ

る。4階層では第2の、そして5階層では最大の収

入源が労働収入である。しかも、労賃は現金では

なく、籾でもって支払われている。下層農の中に

は農作業に重要な牛を持たず、牛を借りるために

他人のもとで働いているものまでいる。

5- 2 農耕地の地力回復

酷使され、劣化した耕地の地力回復には2つの方

法を選択した。①自生するひまわり、稲藁、草など

を緑肥として散布することと、②等高線沿いに畝

立て耕作、マメ科の草本や灌木で等高線沿いに植

生帯を栽培することである。

5- 3 アグロフォレストリーによる森林回復

村内の荒廃地には、劣化耕地で岩石が露出して

いるところと、耕地跡地やマツ劣化林で集中豪雨

の際に土砂崩壊が進んでガリーが生じている地区

がある。岩石露出地では各種の植栽方法を試みた

が、植栽困難地であるため、乾燥に強い灌木の緑

化に努めることとした。劣化耕地では果樹木の栽

培が行われ、樹種はアボガド、マンゴー、ジャック

フルーツなどやコーヒーも試みられている。農民

の関心を集めているのが特にコーヒーで、庇陰が

必要なコーヒーには、農民達は他の果樹との混植

などに独自の工夫を試みている。

乾燥ぎみの熱帯高原での植樹方法に関しては、

カウンターパートが植え穴の集水トレンチ方式を

提案した。不安定な降雨を集水する方法として、植

栽木の植え穴を等高線沿いに横長に配置して、植

え穴を大きく(幅 0.5m、長さ 1.8m、最深 0.9m)し

た。大きな集水トレンチを掘るために費用はかか

るが、当域の気候条件に適応しているため、植栽

木の生育は良好である。等高線トレンチ法はもと

もとインドやミャンマーの乾燥地における造林法

である。

5- 4 インフラ整備

村内の悪路の改修と乾期の水の確保が大きな課

題である。ペインタウン村の特産物にショウガが

ある。これの村内での売り値は1ビス(1.633kg)当

たり50から60チャットと安い。ところが国道沿い

では150チャットと約3倍で売れる。ヤンゴンだと

450チャットである。ヤンゴンはともかく、村内と

国道沿いとの価格差は、雨期に泥濘化する村内の

悪路に基づくと考えられる。この村道は村人に

とって農作業や給水に通うための重要な生活道で

ある。起伏はわずかだが、牛車によってつけられ

た轍が深い。国道端から最北部の集落まで、約8km

あるうち2.4kmを1999年度に、敷石や側溝を整備

する道路改良事業が住民のボランティアで実施さ

れた。また、小学校の建設や井戸の掘削などが行

われた。プロジェクト側では小学校には資材分だ

けを出資し、大半は住民のボランティアで建設さ

れた。井戸はカウンターパートが他のNGOの支援

を得て掘削した。

6. おわりに

小論では、自然環境荒廃の悪循環を好循環にと、

あえて難題に取り組んだ。プロジェクト実施機関

は政府系の公益法人である。同法人は林業技術協

力では我が国を代表し、実際に海外の現地で技術

援助に取り組んできたベテランによって構成され

ている。彼らこそ開発途上国での植林プロジェク

トの難しさを承知している。そのベテランたちが

小規模な山村振興プロジェクトを取り上げた理由

は、「自分たちの村の環境は自分たちで守る」とい

う地域住民の当事者意識形成に関与してみたかっ

たに相違ない。取り上げたプロジェクトは開始し

て2~3年のものであるから、劣化した耕地や森林

が本当に回復へ向かうかどうかは不明である。た

だし、村の住民たちはプロジェクトの作業で賃金

を得るとともに、これまでできなかった道路の修

復などのインフラ整備に本気でボランティアで参

加するようになっている。このような課題に対し

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

83

て、小規模なボトムアップ型のプロジェクト、カ

ウンターパートや地元NGOの事業企画や技術面で

の役割は次のように整理される。

①日本人専門家:出資事業の的確な判定やプロ

ジェクト総体の経営管理

②カウンターパートや地元NGO:事業企画や技

術面、管理面での主導的役割

③地域リーダー:事業企画に参加し、事業展開

での住民に対する指導者

④地域住民:リーダーと良好な信頼関係を築き、

共同作業などから環境意識の啓発

⑤プロジェクトの規模・期間:集落を単位とす

るような小規模なもので長期間継続する

ここでも中心的役割は、実際に現地で活動する、

プロジェクト・スタッフとしてのローカル・オフィ

サーである。もちろん環境分野協力には、ローカ

ル・オフィサー養成のための学校教育やトレーニ

ング・コースがある。さらにローカル・オフィサー

の本格的な教育は、環境分野プロジェクトの現場

においてこそ可能となる。とすると国際協力事業

団がこれまで支援してきた環境NGOのミニ・プロ

に加えて、政府機関とNGO との連携を密にして、

環境プロジェクトの管理及び技術両面においても

水準を高めていく必要があるのではないだろうか。

中央政府が管理や支配できない地域が多いのが

開発途上国の現実である。ところが自然環境や生

物多様性そして森林の保全には、現場で着実に活

動するローカル・オフィサーが求めれられている。

環境分野協力を本格的に行うには、このローカル・

オフィサーの養成のために、実質的なトレーニン

グの場としての地域住民に配慮した環境プロジェ

クトを小規模でよいから水準を高め、かつ段階的

に数を増やしていくことに努めるべきと考える。

参考文献

・石井信夫(2000)、「第 11 回締約国会議とワシン

トン条約の今後」、日本環境協会編『かんきょう

8』。

・海外林業コンサルタンツ協会発行(1999、2000)、

「平成10年度、11年度 焼畑移動耕作地域森林

造成促進基礎実証調査報告書、フィリピン編、

ミャンマー編」。

・松島昇(1995)、「フィリピンの森林消失と農民生

活-スービック周辺での社会林業の試み」、北川

泉編著『森林・林業と中山間地域問題』。

・松島昇(1996)、「焼畑地域における森林と地域住

民の実態―北部タイの焼畑地域」、海外林業コン

サルタンツ協会編『平成7年度、焼畑移動耕作地

域森林造成促進基礎実証調査報告書、フィリピ

ン国及びタイ国実態調査編』。

・三菱総合研究所編(1999)、「中国情報ハンドブッ

ク 1999 年版」、蒼蒼社。

・Kummer,D.M.(1992)Deforestation in the Postwar

Philippines. Ateneo de Manila University Press.178pp.

Manila.

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第二次環境分野別援助研究会報告書

1. 産業公害分野の問題と課題

我が国は環境協力を経済協力の重点事項として

位置付け、20世紀後半に我が国が経験した産業対

策の伝達を基調とした技術移転を実施してきてい

るが、開発途上国の多くでは、その当時、日本が有

していた各種の条件を備えていないこともあり、

産業公害対策の技術を移転しようとする努力だけ

では深刻な公害問題を解決できない現状にある。

これらの国々では、我が国が産業問題を抱えた

当初に認識していたのと同様、産業公害対策は経

済成長に直接貢献しないとの認識がいまだ根強い。

一方、開発の遅れている途上国では、我が国の産

業公害経験の伝達を基調とした技術移転を受け入

れるために必要なキャパシティを有していないも

のと考えられる。

21世紀の技術協力は、これまでの経験をもとに

新たに多種多様なアプロ-チが求められている。

1- 1 被援助国側の問題と課題

1-1-1 弱体なエンフォースメント体制

開発途上国の多くでは、先進諸国の産業公害対

策規制法を参考にした独自の規制関連法の整備は

進んでいるが、それを実施するための環境関連法

や産業公害防止対策促進のための政策の整備が遅

れているのみならず、それらを執行するエン

フォースメント体制が弱体である。

その最大の理由は、政府の規制に対する意識が

低調なため強制力に欠け、定められた規制や基準

が機能していない、工場立ち入り検査を行うため

に必要なラボの整備ができていなかったり、罰金

の額が少なすぎたりすることが原因である。一方、

企業経営の基盤が弱体であるため、公害防止投資

ができず、生産に対する管理意識が低く、汚染物

質の排出に伴う環境汚染に対する責任感も欠けて

いるものと考えられる。また、開発途上国におい

ては、産業公害の防止は環境担当部局が実施し、工

業省は工業化の促進を業務として、両担当部局間

の協力がない例が多く、このことがエンフォース

メント体制の弱体につながっていることも多い。

1-1-2 案件形成の意識が低い

産業公害の対策を強化することは、本来、開発

途上国の各企業が投資すべきであることから、政

府機関は自分たちの政策やその実行がうまくいか

ないことを企業側に責任を押しつける傾向が強い

ためドナー側に技術協力を要請し、国としての政

策及びその実行を支援することは少ない。また開

発途上国内での公害防止のための対策は優先順位

が低く、政策決定者は常に工業化をより急速に進

めることに目を向けていることも優先順位が高く

ならない原因である。また、ドナー側の技術協力

は、企業ごとに、生産プロセスごとに技術が異な

り、その具体的な実行は、工業省に対する支援と

いうよりも企業に対する支援という性格が強くな

るため行政側から見た優先順位は低くなりがちで

ある。

1-1-3 開発優先の中での対応

開発途上国における産業公害対策は、開発優先

の政策とのバランスの中で、高い優先度が与えら

れておらず、開発途上国側における取り組み体制

が不十分である。また、産業公害に関する発生者

責任も十分に認識されず、技術協力を実施する際

に必要となるローカル・コストの負担ができない

ことにより、その対策が必ずしも十分な効果を生

んでいない。JICA等が受入れ機関の現状を適切に

把握し、受入れ機関の作成すべき政策とその実行、

その結果としての公害防止対策の促進による住民

の健康や環境の保全のプログラムを提示し、政策

対話によって進むべき方向を示さねばならない。

1-1-4 資金、人材及び技術の不足

開発途上国は、社会的資本の整備、産業開発及

び貧富の格差の是正が最重要課題になっているこ

第6章 産業公害

森島 彰(環境事業団)

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

85

とが多く、そのために多くの資金を費やしており、

産業公害対策に資金的資源や人的資源を向ける余

裕がない。また、関連分野の技術レベルも十分で

なく、また、産業公害対策に関する経験も十分で

ないことから、技術と人材が圧倒的に不足してい

る。最大の原因は、技術者の地位が低く、技術者自

身が生産工程の改善を提案することはなく、単に

上司の指示によって生産設備の維持管理、運転を

するだけの業務を担当しているのみであることで

ある。

1- 2 我が国の問題と課題

1-2-1 案件発掘体制の課題

我が国のODAは、要請主義を基本にしてはいる

が、特に、産業公害分野は我が国が案件を受入れ

国に提案せざるを得ないにもかかわらず、受入れ

国の弱点を的確に把握し、プロポーザルを提案す

るという案件発掘の取り組みに対する認識が日本

側関係者の間で確立されていない。

また、我が国の担当する省庁の所掌事務に案件

発掘が左右され、本来、開発途上国が期待してい

る事業とは異なった事業として実施されるなどの

非効率な面がある。民間企業に公害防止技術を移

転することのみならず、産業公害防止政策やその

実行のための組織の強化などを含めることが非常

に重要である。今後、効率的、かつ、効果的な案件

を形成するためには関係省庁の定期的な関係機関

の情報交換や協議の場の設置はもとより、省庁の

所掌事務の枠を越えた手法の検討が必要と思われ

る。

1-2-2 協力関係機関の連携の課題

我が国の開発援助は、無償資金協力、有償資金

協力及び技術協力等の課題に応じて、外務省、

JBIC、JICAと実施機関が異なっている。これらの

機関が連携して実施する努力はみられるが、受入

れ国別に産業公害防止対策の現状を技術的側面か

ら検討した情報を支援する等、より一層の連携が

必要と思われる。

1-2-3 技術協力体制の整備の課題

(1)援助関連機関の体制の整備

行政改革等の影響により、昨今の環境分野での

協力要請案件の増加に比較して JICA や JBIC 等の

援助関連機関の体制整備が十分とはいえない。産

業公害防止及びクリーナー・プロダクションの推

進等のプロジェクトをデザインし、実行するため

に、必要な各組織の強化や人材の確保等について

の具体的な目的に沿った協力体制へ改善せねばな

らない。

(2)技術協力実務に携わる人材の不足

我が国の行政に合わせて協力分野が縦割りに

なっている、言葉の障壁、地方自治体や民間から

人材を派遣する制度の限界及び人材を確保する側

の手段が弱体であることなどから、要請に対応で

きる人材を提供する体制ができていない。

また、開発途上国の様々な実情に対応した適切

な技術移転を行うためには、産業公害に関連する

工業政策の中に産業公害防止をきちんと位置付け

たり、実行するための組織を強化したり、人材を

育成する等広い分野にわたる技術を提供する必要

があり、それらの人材も含めて体制を整備する必

要がある。しかしながら中央レベル、地方レベル

の公務員にはこのような幅広い知識を有する人材

は限られ、民間企業の人材は技術そのものに偏重

している傾向にある。そのような人材の発掘が緊

急の課題である。

(3)我が国の経験を伝達する手法の不足

産業公害対策の技術移転は、我が国の経験を基

調にしているが、その経験を開発途上国に有効に

伝達するための資料の整備が遅れている。特に、開

発途上国が最も必要としている産業公害対策と経

済成長との関係を系統的に整理し、産業公害防止

対策の推進が工業化に貢献することを示した資料

が不足している。

また、産業公害対策分野でのこれまでの協力実

績を振り返ると、我が国の経験の移転に力点を置

いてきた。しかしながら、開発途上国の企業は、資

本金も少なく、年間売上高、利潤も少なく高額の

投資ができる状況にないことを十分に考慮する必

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第二次環境分野別援助研究会報告書

要があり、日本の技術をそのまま移転するという

考え方は、受入れ国では受け入れがたいことも多

い。このことは、案件形成の前提となる当該開発

途上国の基礎的情報及びその解析が不十分のまま

協力案件のデザインが行われていたことも原因と

考えられ、案件発掘からプロジェクト・デザイン

に至る過程を改善し、十分に時間をかけた調査を

行い、さらに、案件形成に際して柔軟に対応する

ことが必要と思われる。

2. 我が国の産業公害対策分野での協力の特色

我が国の環境分野の技術協力は、JICAを中心に

行う「プロジェクト方式技術協力」、「開発調査」、

「研修員の受入れ」、「専門家の派遺」、「機材供与」

等の事業が行われている。

実施にあたっては、①環境保全の重要性の確認

と援助案件の形成を目的とする政策対話(環境ミッ

ションの派遣等)、②環境保全の拠点づくり(環境

センターの設置等)、③有償資金協力供与などを重

点的に実施している。その特徴は、環境モニタリ

ングや工場の排ガス、排水のモニタリング技術移

転、エンド・オブ・パイプ技術などの現場重視の技

術移転、省エネルギー等の技術移転など特定の技

術を移転することを目的としたものが多いことで

ある。

2- 1 積極型環境協力の実施

多くの開発途上国では危機的な公害問題に対処

するため緊急な産業公害防止対策が必要であるに

もかかわらず、自ら対策を講ずることができない。

また、その深刻な状況が十分に理解されていない

ためドナーに支援を求めない傾向がある。このよ

うな状況を考慮し、JICAは、積極型環境保全協力

のための予算を有し、1993年度より、毎年1件の

プロジェクトを実施している。しかし、案件数が

少ないため、今後は、受入れ国の状況を的確に分

析し、我が国が受入れ国に適した協力案件をより

多くの国で提案し、積極型環境協力を推進するべ

きである。

2- 2 経験をベースにした協力

開発途上国においては、我が国の高度経済成長

の時代に経験した化石燃料の燃焼による煤じん、

硫黄酸化物等による大気汚染や工場排水、生活排

水などによる水質汚濁等の生活に密接に関連する

公害問題や廃棄物問題等が深刻な事態となってい

る。また、我が国が過去に極めて深刻な課題とし

て取り組み、その解決に多くの時間と費用を費や

した重金属汚染も頻発している。

これらに対応するために、我が国の貴重な経験

を活用することを基本的考え方としている。局地

的で緊急に対応が求められている産業公害の発生

源対策や省エネルギ-による環境対策などの特定

課題を対象にした即効性のある技術移転や環境モ

ニタリング技術の移転を受入れ国機関に対して行

うことを重点的に取り組んでいる。

3. 開発途上国のニーズ

開発途上国においては、公害対策の必要性が十

分に理解されず深刻な産業公害問題が発生し、住

民の健康や社会資源に重大な被害をもたらしてい

る。我が国がこれまで長期間にわたり経験してき

た多くの種類の問題が短期間に発生し、問題の解

決をより困難なものとしている。また、これらの

産業公害は、当該国内のみに留まらず、周辺諸国

の環境にも多大な影響を及ぼしはじめている。

一方、開発途上国はインフラストラクチュア整

備や貧富の差の是正等の産業公害問題に優先して

取り組むべき課題、産業公害対策のために欠かせ

ない汚染者責任の意識の欠如、社会の透明性の欠

如等の基本的課題が存在する。

これらの事から、産業公害対策に必要な資金や

人材の配分を十分に行えない状況にある。

3- 1 経済成長に応じた産業公害対策

開発途上国においては、産業公害対策と経済成

長が相互に補完的な関係を有する対策を取らざる

を得ない。しかしながら、適時に適切な公害対策

を怠った場合、将来に多大の資金が必要となり、経

済成長に対する制約要因となり得るという我が国

の経験を前提にすると、開発途上国が安定的な経

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

87

済成長を持続するためにも、経済成長に合わせて

適切な産業公害等の環境対策を講じていくことが

有効であることを政府及び企業が認識することが

不可欠である。

産業公害防止政策は受入れ国の産業構造、汚染

物質を排出している業種、規模、排出量、各企業の

資本金、売上高、利益率等を適格に分析し作成さ

れねばならない。企業そのものの経営基盤があま

りにも弱体であれば、公害防止投資は不可能とな

る。このような状況を分析し、政策を作成しその

実行を推進するためのキャパシティ・ディベロッ

プメントが援助ニーズである。一方、生産性向上

を行い企業収益を確保し、同時に公害防止投資を

行う「Win-Winアプローチ」により積極的に取り組

むべきとの議論も行われている。そのアプローチ

は、企業により、生産プロセスにより、また、工場

の規模により大きく異なるため、どうしても特定

の企業の支援プロジェクトになりがちであって、

産業界全体に対する支援になりにくいという弱点

を有する。

3- 2 開発途上国に適した技術の開発

我が国は、公害の状況、産業の状況及び技術開

発のレベルに応じて、段階的に規制を強化しなが

ら対策が実施された結果、我が国独自の適正技術

が開発され、環境関連の新たな産業や市場を創出

して経済成長に寄与したという経験を有している。

開発途上国では、技術者自身が生産プロセスの

過程で産業公害防止の技術を開発するという努力

が求められることになるが、現実には技術者の賃

金もあまりにも安く生産プロセスのオペレーショ

ン、維持管理のみに従事するだけであって、技術

開発に対する意欲が生まれにくい状況にある。こ

のような閉塞した条件を克服する技術開発の手法

を開発することが援助ニーズである。

3- 3 産業公害対策への人的、資金的資源の配

一部の開発途上国政府においては、近年、産業

公害問題に対する意識が向上し対策も講じられつ

つあるが、人的、資金的資源の配分が困難であり、

公害対策の実効があがっていない。

3-3-1 資金面

開発途上国が産業公害対策を実施するには、現

状を正しく把握することがまず重要であり、その

ためのデータの収集や分析等のための測定器材整

備、モニタリングシステムの整備、産業公害防止

施設設置及びその維持のために多額の資金が必要

であり、開発途上国の能力では十分な対応が困難

となっている。

例えば、我が国が硫黄酸化物による大気汚染及

び有機物による水質汚濁の除去のために行った投

資額をもとに、アジア6ヶ国(中国、タイ、マレイ

シア、インドネシア、フィリピン、インド)の環境

対策に必要となる費用を試算すると、我が国と同

様の規制が現時点で十分に機能すると仮定しても、

既存工場等の発生源対策として約16兆円の初期的

な産業公害対策への設備投資が必要となるという

結果が得られ、さらに、これら諸国がこれらを講

じながらこれまでの経済成長を維持していくため

には、今後さらに年間約6兆円(うち設備投資約0.9

兆円、運転費用約5.0兆円、行政経費約0.1兆円)の

運転資金が追加的に必要となる(通産省(現経済産

業省)「アジア等環境対策研究会報告書」)。

これらは我が国の経験からの試算であり、資金

力の乏しい開発途上国においては、経済効率の良

い援助手法を模索しなければならないとともに、

我が国が開発途上国に提供している年間平均 300

億円程度の産業公害対策分野の援助資金だけでは

試算額にはとうてい及ばず、他のドナーの支援と

協調しなければならないし、合わせて開発途上国

の自助努力をより一層促すように工夫する必要が

ある。特に、多額にのぼる初期投資に加え、設備の

運転費用も高額に達することは留意すべきであっ

て、これらは各企業の有する資金ではとうてい達

せられるものではない。

3-3-2 人材育成

産業公害対策においては、基礎的データの収集、

モニタリング、当該工場の指導、当該工場での具

体的取り組み及び対策機器の開発等を行う専門的

な技術知見を有した実務経験の豊富な人材が不可

欠である。これらの人材の養成が求められている

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88

第二次環境分野別援助研究会報告書

が、短期的な研修では技術者の養成は難しく、特

に生産に従事している技術者の研修は非常に難し

い問題である。

3-3-3 開発途上国の経済力に適した技術の

選択

開発途上国の経済力から、産業公害対策に、高

価で高度の技術を駆使した設備を導入することは

不可能であり、安価で簡易な開発途上国に適した

技術を選択して開発し、普及させることが不可欠

である。

また、データの収集・モニタリング及び産業公

害防止施設を計画して建設し、管理するためには

高度な技術やノウハウが不可欠である。そのため

には長期間にわたる実践的な経験が必要であり、

今後、開発途上国がこのような技術やノウハウを

蓄積するためには、多大な努力が必要である。

一方、我が国から多くの企業が開発途上国に生

産機能をシフトしているが、これらの企業は、我

が国において産業公害対策に取り組んだ豊富な経

験を有している。これら企業の現地法人活用等の

方策についても検討する必要がある。

4. 他のドナ-との連携

開発途上国に対する環境分野の援助は、我が国

のみならず、他の先進諸国、世銀やADB等の国際

開発援助機関、UNDP、UNIDOやUNEPなどの国

連機関等にとっても最重要の課題となっている。

その結果、開発途上国においてはそれぞれのド

ナーが、入り乱れた状況で独自の経験に基づく手

法で援助活動を行っている。

これらの多くのドナーが支援を行う一方で、ド

ナー側がそれぞれの援助の方向付けについての意

見や情報の交換等を実施している場合が多い。ド

ナー間の情報交換の場に参加して、将来あるべき

方向性について事前に検討することが重要である

が、その場合、我が国が有する得意とする技術や

特異な経験をもとに、我が国が担うべき役割を明

確に提示しなければならない。

5. 我が国の産業公害分野の今後の戦略

この20世紀に我が国は多くのことを学んだ。そ

の最たるものは多くの犠牲を伴った公害経験であ

ろう。この克服の経緯とその成果の1つとして得た

省資源、省エネルギ-型の産業構造を、開発途上

諸国に伝達する責務がある。

資源とエネルギ-の確保が21世紀の人類共通の

深刻な課題となることが予測されており、これか

らの環境協力は経済成長と資源・エネルギ-の消

費が相関しない持続可能な社会の構築、環境と共

生した国と地域社会の構築を基調とすべきであろ

う。

そのためにも、これまでの排出源における規制

と対策に重きを置いた手法(エンド・オブ・パイプ)

を基調とする技術協力から、生産性の向上と公害

対策を同時に求めることを基調とする手法(クリー

ナー・プロダクション)に基調をおくことが必要で

ある。

5- 1 産業公害防止政策の確立支援

多くの開発途上国は先進国からの直接投資の促

進によって工業化を達成することを目指し、投資

の促進や工業化のための政策を策定している。し

かしながら、開発途上国の工業省は、産業公害防

止のための政策が確立していない例も多く、また、

政策はあっても実行体制が弱体であって、直接産

業公害の防止につながっていないことが多い。一

方、環境担当部局が産業公害防止を担当し、工業

省は工業化を目指すといった構図の国もあり、両

者の協力メカニズムが構築されていない例も多い。

このような国に対しては、産業公害防止のため

の政策を確立し、その政策を実行するために必要

な法制度の強化、組織の強化、実行のために必要

な工場地帯などの環境モニタリングや工場立入検

査の制度の確立、必要なラボ施設の整備、技術者

の養成や、そのための技術移転等幅広い協力が必

要である。同時に企業や市民に対する普及啓蒙な

ども含まれねばならない。

5- 2 クリーナー・プロダクションの普及

クリーナー・プロダクションは企業収益の向上

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

89

と汚染物質排出削減を組み合わせて推進する概念

であって、Win-Winアプローチとも呼ばれている。

省エネルギー、省資源、廃棄物発生量の減少、リサ

イクル、生産工程の効率化、品質管理等によって、

工場全体の生産性を向上させ、製品の質を向上さ

せることによって、企業収益の向上に結びつけよ

うとするものである。

日本の多くの工場では、工場技術者の質が高い

こともあって、工場技術者や労働者が一体となっ

て、このような運動に取り組み、長い時間をかけ

て産業公害の防止と企業収益の向上に結びつけた

実績を有する。行政側もこのような民間企業の動

きを支援した。

この行政としての支援策は開発途上国に対する

今後の支援の柱となるものである。具体的には、工

業省等がクリーナー・プロダクションを普及する

ために必要となる政策、具体的なインセンティブ

の供与、その推進体制の強化、そのための種々の

企業に対する働きかけの手法等を支援すること、

各業種、生産工程、生産規模ごとにどのようなサ

クセス・ストーリーがあるかを提示すること、パ

イロット・プロジェクトを実施し、その普及を図

ること等が考えられる。

5- 3 市場メカニズムの活用

産業公害防止を促進する施策として、経済的手

法(Economic Instrument)と呼ばれる手法が先進国

を中心に促進されている。クリーナー・プロダク

ションやエンド・オブ・パイプ技術のための投資

については減税などのインセンティブを供与した

り、必要な機材の輸入に伴う関税を低くしたり、低

利の融資を行ったりする手法である。

また、温室効果ガス対策のための排出権取引市

場が形成される動きも先進国では出始めており、

クリーナー・プロダクションに係るサービスがビ

ジネスとして成り立ってもいる。最低限度のエン

フォースメントすらも確立していない開発途上国

では、このような経済的手法を活用することは困

難であるが、長期的な観点で支援を検討すべきで

あろう。

5- 4 民間セクターの活動支援

コンサルティングなどの例にみられるような、

企業へ環境対策を普及していくためのサービスの

提供は、サービスを受ける企業がサービス提供者

にコストを支払う形で進められることが、持続性、

人材育成の観点から必要である。このため、技術

移転においても、民間コンサルタントの育成など、

個別企業への技術移転を効果的・効率的に行う方

法をデザインすべきである。また、ISO9000/14000

の認証推進、業界団体を通じた情報の普及など、民

間セクターの中での活動拡大が、クリーナー・プ

ロダクションの普及の前提条件となる。このため、

企業の認識を高めるための活動も重要であり、セ

ミナーやワークショップの連続的な開催、成功し

ている工場でのデモンストレーションなど、情報

を伝えていく活動の強化のために、業界団体を通

じ民間セクターの中で活動していくことが効果的

である。

5- 5 中小企業振興と産業公害防止の組み合わ

中小企業は、人材、情報、資金の面で制約があ

り、これらの問題は、公害対策において企業の抱

える問題点と同じである。したがって、産業公害

対策に限定した振興施策をもうける必要はなく、

既に多くの国で展開されている、既存の中小企業

振興施策を活用していくことが有効である。特に、

資金の面は、中小企業振興における施策を活用ま

たは活性化することが有効である。

5- 6 協力手法の再検討

5-6-1 資金協力

開発途上国の企業にとっては、有利な条件で資

金調達をし、公害を発生する旧来型の生産設備を

低公害型で生産性の高い設備に更新することによ

り生産性を高めることが不可欠である。

その目的で実施されている我が国のツー・ス

テップ・ローンは、開発途上国側で資金を仲介し

ている金融機関が企業に対する融資条件を別途設

定するなどにより、必ずしも我が国が目的として

いるソフト資金の提供とはならず、効果的に機能

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第二次環境分野別援助研究会報告書

していない面もある。融資を受ける企業の経営基

盤がまだまだ十分でないことにも原因はある。

必要とする視点は、開発途上国国内の民間金融

システムが有効に機能し、将来自立できる仕組み

づくりが前提であり、我が国からの援助はその誘

導的機能を果たすことが望ましいものと思われる。

例えば、ツー・ステップ・ロ-ンは、直接産業公

害対策設備の設置費に活用するだけではなく、当

該国の金融機関の融資に対する保証的機能を担う

ことも検討に値する。また、金融機関の技術審査

能力、企業経営審査能力及び環境リスクの評価能

力等の技術協力も併せて実施することが望ましい。

5-6-2 技術協力

我が国は、人づくりに力を注いで技術協力を推

進しているが、既に取り組みがなされているクリ

-ナ-・プロダクションなどの技術移転について

は、工業省の担当部局に対する政策レベルでの奨

励策や、生産設備等の産業公害防止施設の上下流

施設までの全般に渡る技術移転を図ること、技術

協力後のフォローアップ等に対する支援措置など

も含まれるべきである。このためには、企業側の

積極的姿勢が伴わねばならない。

一方、開発途上国における公害対策の実効性を

向上させるため、国ベ-スの協力に加え、公害対

策についての経験が豊富な地方自治体、民間企業、

住民に密着した協力や政策立案能力を得意とする

NGO等あらゆる主体が連携した協力が効果的であ

る。

5-6-3 無償資金協力

これら開発途上国における産業公害問題は、当

該国内のみならず、酸性雨、海洋汚染等の形態で

地球全体の環境に大きな影響を及ぼすことが懸念

されているほか、気候変動問題への影響という観

点からも、開発途上国の位置付けは相対的に増大

している。開発途上国の産業公害問題は開発途上

国自身の課題であるとともにひいては我が国の課

題にもなり得る性格を有している。開発途上国に

多くの天然資源を依存して自国の経済を支えてい

る我が国の立場から、産業公害分野の無償資金協

力の増大も検討されてしかるべきであるが、汚染

源である工場等への支援ではなく、工業省に対す

るキャパシティ・ディベロップメントのための技

術協力をより効率的に支援するために必要な施設

などが考慮されてしかるべきであろう。

5- 7 手法の工夫

5-7-1 我が国の産業公害経験全体像の理解

我が国の産業公害対策においては、①公害対策

を目的として進められた直接的な施策と②公害対

策の推進に寄与した間接的な施策がとられ、これ

らを実行するために表3-8の手段と手法を駆使し

て進めてきた。

産業公害対策の技術移転に携わる場面では、我

が国のこれらの施策を正しく理解した上で、援助

活動に望むことが効果的な伝達には欠かせない。

5-7-2 我が国の経験と協力当該国の相違点

の把握と協力戦略及びシナリオの作

開発途上国の取り組みの状況を解析し、我が国

の経験との相違点を明確にするとともに、開発途

上国にふさわしい戦略的シナリオとプログラムを

作成して提示した上で、具体的な援助プロジェク

トを提案することが効果的と考えられる。

5-7-3 段階的な適用

我が国の経験のうち、すぐにも移転が可能なも

の、移転に時間を要するもの、移転が不可能なも

のなどに峻別して実施することが効率的である。

適用の可能性が高いものとしては、地方自治体の

対策の立案、対策の組織づくり、人材の開発、規制

手法の作成、助成制度づくり、公害防止協定の締

結、苦情処理システム及び公害防止管理者制度等

がある。

5-7-4 現場を重視した技術移転

産業公害問題の多くは即地的な事象であり、現

場に即した対応技術の伝達も重要である。これま

でに行われてきた環境センター方式は、主に環境

担当部局の支援を目的にして環境監視システム、

行政側の人材育成、測定技術、監視技術等が主体

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

91

となった技術移転に重きを置いており、長期的に

は極めて有効と思われる。至急の対応が求められ

る産業公害対策という課題に対応する能力の移転

は、工業省が対象となることが多いため、従来の

事業計画の中に含まれていなかった。

すなわち、環境センター方式に加えて、工業省

を対象とした現場での対応に関する産業公害防止

そのものの技術移転も必要と思われる。例えば、開

発途上国の多くが期待している我が国の産業公害

対策の成果ともいえるクリ-ナ-・プロダクショ

ン技術を整理し、システム的に提供することも重

要である。しかしながら、工業省の技術者の多く

は、政策的レベルの事業には興味を持つが、技術

的レベルの問題には重点を置かない傾向が強く、

直接工場を指導する体制が弱いため、その指導体

制の強化も合わせて検討されるべきであろう。

5-7-5 我が国で採用した効果的事業の情報

提供とモデル事業の実施

現在力を注いでいる政策レベルの組織、エン

フォースメント強化等のキャパシティ・ディベ

ロップメントに加え、具体的な対策手法の伝達が

必要である。特に、我が国の中小企業の産業公害

対策に用いて効果をあげた、公害発生工場を移転

集約化させ、併せて低公害生産設備の導入すると

ともに、共同で公害防止施設を設置することによ

り、生産能力の向上と公害対策を両立させた共同

公害防止方式などは、特に東南アジア諸国に適し

た手法であり、これらのモデル事業を実施するこ

とは効果的と思われる。

また、我が国の実施事例の情報を提供するシス

テムの構築、実施企業が参加してその経験を伝達

するセミナ-を開発途上国で開催することも効果

的と思われる。

表3- 8 我が国の産業公害対策で用いた手段と手法

用いた手段 具 体 的 な 手 法

1. 基準・規則の整備 ・実施可能性検討

・規制・基準の段階的強化(技術開発との調整)

・地方自治体に基準・規制の強化権限を付与

・公害防止協定など関係者合意による規制強化

2. 計画概念の導入 ・公害防止計画(重点対策地域指定と事業支援)

・都市計画における地域指定

・産業立地計画(工場立地規制及び誘導)

3. 対策主体の形成 ・事業場における公害防止管理者制度

・地方自治体担当職員育成のための研修制度

・公害対策ガイドラインなどの指導書の作成

・教育現場での公害教育

4. 監視・指導 ・モニタリングシステムの整備

・排出量の定期的な調査と報告義務

・地方自治体による事業場の立ち入り調査

5. 資金・技術支援 ・公害防止対策に対する税制上の優遇措置

・公害防止対策費の低利融資や担保保証

・環境事業団の設置

・中小企業の事業の協同化と共同公害防止施設設置

6. 被害補償制度 ・公害調整委員会制度

・公害健康被害者補償制度

・公害対策事業費事業者負担制度

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第二次環境分野別援助研究会報告書

6. 実行するために必要な人材の確保

6- 1 現場で携わった人材の活用と教材の作成

現在の開発途上国の多くは、まさに、産業公害

問題で我が国が最も悩んでいた時代と類似した状

況にあり、これらの時期に我が国の現場に携わっ

た人材の活用が有効である。しかし、我が国で公

害対策に現場で携わった経験者の多くは既に一線

から退き、経験の多くが時間とともに埋もれつつ

ある。これら経験者の活用が可能な方策を見いだ

すことが必要と考えるが必ずしも可能とは思われ

ない。

その意味からもこれら経験者による技術協力の

ためのマニュアルを作成し、技術協力の現場で活

用することも必要と思われる。

6- 2 NGOとの積極的な協調

開発途上国において環境保全活動をする我が国

のNGOは増加の傾向にあり、これらのNGOは、我

が国で草の根的に活用してきた経済効果のある技

術を、現地の素材やローカル・テクノロジーを駆

使しながら移転をしている。さらに、住民レベル

での活動が得意であり、ODAの現場におけるNGO

とのより積極的な協調は効果的であり、そのため

には我が国の支援事業の中に開発途上国のNGOの

育成を含めることが求められる。

6- 3 各主体の役割と開発途上国の責任の明確

現在、開発途上国において政府、地方自治体、民

間及びNGOが個別の課題に取り組んでいる。我が

国の産業公害対策においては、政府、地方自治体、

民間及び住民が異なった役割を担ってきた経験か

ら、途上国において各々の主体が担うべき役割を

明確にして技術移転に携わることが効果的である。

そのための情報を共有する場の設定が望ましい。

参考文献

・(財)海外環境協力センタ-(2000)、『設立10周

年記念特集号』。

・(財)環境調査センタ-(1994)、「環境研究 特

集:環境協力の動向と課題」、第 96 号。

・経済企画庁、日本総合研究所(2000)、『我が国の

経済協力関係機関と国連機関:途上国の被援助

機関との協調・連携調査報告書』。

・経済企画庁、三井情報開発株式会社(1999)、

『DAC7目標の効率的達成に関する調査研究報告

書』。

・(財)国際金融情報センタ-(1996)、『我が国

ODAと地域環境問題-酸性雨対策を中心として

-』。

・(社)産業環境管理協会(1999)、「環境管理 特

集:発展途上国の環境技術協力」、VOL 35。

・(財)世界経営協議会 ODA 評価研究会(1994)、

『ODA 評価をめぐる論点と「開発と環境」』。

・通産省、『アジア等環境対策研究会報告書』。

・(財)日本機械工業連合会(1999)、『海外の環境動

向についての調査研究報告書』。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

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1. 途上国における都市環境悪化の背景:急速か

つ無秩序な都市化

都市への人口集中と都市域の拡大は、先進国、途

上国を問わず進行している現象であるが、特に途

上国ではこの20年間の人口増加、都市域の拡大が

激しかった。急速かつ無秩序な都市化が放置され、

都市形成の誘導が有効になされず、都市インフラ

の整備が都市域の拡大に追いつかなかったため、

都市環境の悪化が急速に進行することとなった。

例えば第二次大戦後に独立した途上国では、旧宗

主国が築いた都市インフラをリハビリ、拡幅しな

いまま5倍、10倍の人口が張り付いてしまった都

市が少なからず見うけられる。また19世紀に独立

を達成した中南米の国々においても、ペルーの首

都リマのように、20世紀前半には人口が50万人規

模で推移し、ciudad jardin(公園都市)と呼ばれた町

が、20世紀後半にはインフラの整備が伴わないま

ま急膨張して今や700万人の大都市となり、人口の

半分がpueblos jovenes(「新しい町」という意味であ

るが、実態は劣悪居住地域)に居住するなど居住環

境の劣悪化が急速に進んでいる。

途上国における都市化の勢いは、地域によって

異なるものの、全般的に衰えをみせず、今後とも

急速に進むと予測されている。世銀の予測によれ

ば、1990年時点では世界総人口の43%が都市に住

んでいたが、2025年には都市人口の比率は61%を

占めることになる。この間の都市人口の増加分は

26億人にも達し、そのうち約9割、24億人が途上

国での増加によるものとなる。

急速な都市化の原因は、国によりまた地域によ

り様々であるが、大きくは農村からのプッシュ要

因と都市からのプル要因に分かれる。前者には、農

村における開発の遅れ、自然災害(地震など)、人

為災害(内戦など)などがあり、後者には工業化の

進展やサービス部門の拡大による雇用機会の発生

などがある。またプッシュ・プルの両要因が関与

するのが、勉学のため、あるいは都市の魅力に惹

かれてなどという移住理由である。総じてプッ

シュ要因の方が強く、都市への流入人口は農村で

の生活困窮者と若年労働層が主体であり、縁故を

頼ってスラム・スクワッター地域に居住し、雇用

としてはインフォーマル部門での不安定な職業に

従事するケースが中心となる。すなわち、都市流

入後に貧困層、出産年齢層として、スラムの拡大、

出産による人口増を加速する性格を有している。

こうした都市人口の増大に加えて、都市側での

財政力、行政組織、対策技術面などの脆弱性から

の都市インフラの整備の遅れ、土地利用誘導の仕

組みの未整備などを背景に、図3-22のU-1~U-

5に示したような都市問題を誘発し、その直接、間

接的な結果としてE-1~E-14に示したような都市

環境問題を誘発している。途上国での都市化の勢

いは当面止まる可能性が乏しいことから、一層の

都市環境の悪化が懸念されるところである。図か

ら、都市環境問題の主だったものを列記すれば下

記のとおりである。

(1)都市スラムの発生・拡大(保健・衛生問題、

劣悪な生活環境、水質汚染などの都市環境

問題やごみの河川投棄などに繋がる)

(2)洪水貯留機能の低下による都市洪水の多発

と浸水による都市衛生問題。都市河川の基

底流量低下による都市河川水質や環境の劣

化、地盤沈下問題

(3)中小工場の近隣公害問題(悪臭・騒音・振動・

ばいじん・中小河川の汚濁・工場災害に伴う

環境汚染など)

(4)自動車排ガスや家庭暖房さらには工場排ガ

スなどによる大気汚染問題

(5)都市排水や産業排水に伴う河川・湖沼・流域

の水質汚染問題

(6)都市・産業廃棄物問題

(7)地下水汚染や土壌汚染問題

(8)その他、都市の自然環境の劣化や地球環境

温暖化など

第7章 都市環境

櫻井 國俊(沖縄大学教授)

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94 第二次環境分野別援助研究会報告書

A-2 都市財政力の脆弱性�

A-2 工業資本の集積�

B-1 都市インフラ整備の遅れ�

B-2 土地利用誘導の仕組みの未成熟�

B-3 都市環対策の遅れ�

-都市環境政策・制度・組織�

-都市環境インフラ整備の遅れ�

(下水道・浄化槽などのし尿・�

 生活排水対応インフラや都市�

 ごみ収集・処理システム等)�

E-10 膨大な生活排水(し尿・雑排水)�

都市ごみ・暖房排ガスの発生�

E-5 自動車排ガスによる大気汚染�

(大量交通インフラの整備や自動車�

 排ガス規制の停滞から汚染の拡大�

 ・改善対策の停滞を招来)�

(都市計画・誘導面の制度・組織、�

自然保護対策などの不備)�

(中小工場の公害対策・協業化や移転事業による住�

 工分離対策などが必要となる)�

(郊 外)�(都市部)�

(都市・郊外)�

U-1 交通量の増大・交通渋滞� U-2 低層高密度住宅の増大と居住水準の低下� U-3 E-1 都市スラムの発生・拡大�

E-8 ごみの河川投棄�

E-13 都市廃棄物問題�E-12 河川・湖沼・湾域の水質汚染問題�E-11 E-5を含めた都市大気汚染問題�

E-15 都市での石化燃料消費による地球温暖化�

U-5 浸水域への侵入� E-4 都市河川の基底流量低下・地盤沈下問題�

E-9 U-6 都市洪水の多発と浸水による都市衛生問題�

E-14 地下水汚染・土壌汚染問題�

E-3 都市環境の基盤としての周辺�

自然環境の壊廃・劣化�

E-2 洪水貯留機能の低下� B-3 都市インフラ整備需要の拡大�

とその対応負担の非効率性�

E-6 中小工場による近隣公害の拡大(悪臭・騒音・�

振動・ばいじん・中小河川の汚濁・景観劣化・�

工場災害に伴う環境汚染リスクなど)�

B-4 産業公害対策の遅れ(大気・水質規制や地下水�

揚水規制・対策支援制度など)�

E-7 産業公害の拡大(大気汚染・水質汚染・地盤沈�

下・産業廃棄物問題など)�

U-4 スプロールによる郊外への無秩序な拡大・乱開発� U-1 住宅・工場の混在地域の拡大�

A-1 産業構造の転換を背景に工業・業務そして人口の都市への集中�

A-2 地方からの貧困層の流入・都市層の経済格差の拡大�

図3- 22 途上国における都市環境問題の発生・拡大の構造

出所:JICA(1996),『都市環境援助研究報告書』,pp.114.

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

95

また、こうした都市環境問題の拡大を抑止でき

ないのは、途上国が次のような問題を共通して抱

えているからだと考えられる。

(1)人口増や絶対的貧困や開発志向の環境への

圧力

(2)都市域における土地利用誘導の仕組みの未

熟性や土地所有形態

(3)都市財政力の脆弱性などからの都市インフ

ラ整備の遅れ

(4)技術・人材・資金の絶対的不足

(5)環境対策にかかわる組織形成の困難性、特

に地方自治体の行政組織の未成熟

(6)経済・産業政策を含めた総合的な環境政策

の不備

(7)市民側の環境意識や教育の不足

(8)民主化の遅れ、社会・経済的な不平等の存

在、国土的なスケールでの都市拡大の抑止

政策の欠如など

2. 都市環境問題の特質と課題

2- 1 貧困と環境

都市環境問題の特質の第 1 は、都市環境悪化に

よって最も深刻な被害を受けるのは都市の貧困層

であるという事実である。世銀の「1990年版世界開

発報告」によれば、途上国都市人口のおよそ4分の

1は絶対的貧困の条件下に暮らしており、標準以下

の生活を強いられている住民ということであれば、

その数はこれよりずっと多くなる。財政緊縮など

で補助金が削られれば、食料・居住・基礎サービス

などの価格高騰で直撃されるのは貧困層である。

土地市場が満足に機能していないため、貧困層は

危険地域や汚染地域に住むしかない場合が少なく

ない。メキシコ市では、浮遊粒子状物質の高濃度

汚染地区は、低所得者地域に現われている。また

都市周辺部貧困層が水売りから飲み水を買う場合、

水道管が敷設された地域の住民の10倍から20倍も

の高額の料金を支払っている事例が少なからず見

うけられ、かつその水は人の手を経ているため汚

れている。ペルーの首都リマでアジア型コレラが

流行ったとき、世銀はリマのスラムの住民が飲み

水を煮沸するとしたら可処分所得の何%をこれに

あてれば可能となるかという調査を行ったが、結

果は29%もの所得をあてなければならないという

ものであった。

貧困層にとって最も関心のある都市環境問題は、

し尿その他の廃棄物、室内大気汚染、自然災害な

どから身を守ってくれない標準以下の住環境に

よってもたらされる健康問題である。同一都市内

で比較した場合、消化器系ならびに呼吸器系の感

染症や栄養失調から来る死亡率・発病率は、貧困

層の場合、その他の層にくらべ顕著に高くなって

いる。また貧困層の中で見ると、最も脆弱なのは

子供、女性、高齢者、そしてコテージ・インダスト

リー従業員である。多くの社会で家事労働は女性

が行うが、このことは彼女たちが長時間家に滞在

し、換気の悪い家で煮炊きをし、マラリア、デング

熱、下痢その他の水系伝染病に病む子供を世話す

ることを意味する。

このように見てくれば都市環境改善の第 1 の課

題は、都市住民とりわけ貧困層の健康、生産性、そ

して生活の質を、自然災害ならびに人間起源の汚

染や災害から守ることにある。つまり都市環境改

善の取り組みの中に、貧困問題を最重要配慮事項

として織り込むことである。都市環境の改善策と

しては、これまでにも河川の水質改善、ごみ収集

の改善、自動車交通対策、住宅開発あるいは都市

の環境に影響を及ぼす産業公害対策など数々の対

策が検討され、講じられてきたが、それらの多く

はそれぞれの個別の分野における目標達成を主眼

としたものであり、貧困問題とのかかわりが必ず

しも重要視されてきたわけではなかった。むしろ

貧困層の生活環境の改善は、技術的にも在来技術

では対応が難しく、財政的にも負担能力の乏しい

層の要求であり、かつまた多くの場合政治的にも

発言力の乏しい層の要求であることから、従来の

個別の改善事業では扱いにくいテーマとして周縁

化されてきたというのが実情である。

都市貧困層のニーズは、安全な飲み水の確保、し

尿・生活排水の適切な処理、ごみの収集、電化、交

通手段の確保、医療サービスの確保、保育・教育施

設の整備、雇用機会の確保、住居の改善、土地所有

の合法化等々多様であり、またコミュニティの発

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96

第二次環境分野別援助研究会報告書

展に応じて変化する。したがって各都市ごとに貧

困の実態を明らかにし、貧困克服の戦略・戦術を

示した計画が必要である。都市環境改善のための

個別分野事業は、貧困克服計画と整合性を図りつ

つ緊密な連携の下に実施していくことが求められ

る。

2- 2 様々なサービス提供主体

途上国都市環境問題の特質の第2は、問題解決の

主役となるべき途上国政府、地方自治体の役割が、

我が国政府・地方自治体が日本国で果たす役割と

相似形ではなく、したがって日本の経験はそのま

までは途上国に有用な経験とならない場合が少な

くないことである。都市環境の改善は、多くの場

合、飲料水の供給サービス、し尿・生活排水処理

サービス、ごみ収集・処理サービスなど、公共サー

ビスの改善という形をとる。こうしたサービスは

公共的な性格を有し、地方自治体あるいは公社が

サービス提供主体となるというのが途上国におい

ても伝統的な考え方であった。しかし都市の急膨

張に自治体や公社の人員や財政規模が追いつかず、

劣悪なサービスが受益者の費用支払意思を損ない、

財政が悪化してサービスが一層劣悪化するという

悪循環が広く見られるようになった。自治体や公

社に経営マインドが乏しいことも事態の改善を困

難にした原因であった。

こうしたことから、日本では自治体や公社が行

うのが当然と考えられてきた公共サービスの多く

が、途上国では民営化(privatization)・民間委託

(contracting out)によって設備投資資金の調達や事

業運営を民間に任せる事例が増えてきた。この場

合には、公共が行うべき業務は、適格な民間業者

を適正に選択し、その業務を監督し、委託の場合

には適正な対価を支払うということになる。一方

民間業者は利潤動機で公共サービスに参入するた

め、支払能力のある中間層・富裕層を主たる対象

としてサービスを提供し、貧困層が疎外される可

能性が高い。このため、低所得者地域の失業者が

中心になって極小企業(micro enterprise)を組織し当

該地域住民を対象にごみ収集サービスを低廉な価

格で提供するケース、低所得コミュニティが自治

の一環としてごみ収集サービスを組織し生活環境

の改善と同時に雇用創出の効果も生み出すケース

などが生まれ、自治体もこうした動きを支援して

いる。ボトムアップの参加型アプローチで下水道

整備を行ったことで世界の援助コミュニティに大

きな衝撃を与えたパキスタンのカラチの低所得者

地域オランギの事例も、当初はカラチ開発局の協

力が得られなかったが、今では認知され、両者の

協力関係(パートナーシップ)が形成されつつある。

このように途上国においては都市サービスを提

供する主体が多様化しており、政府、地方自治体、

民間、NGO、コミュニティ(Community-based

Organization:CBO)が果たすべき役割は我が国の

それとは必ずしも相似形ではない。したがって都

市環境改善の第2の課題は、政府や地方自治体の役

割についての伝統的な考え方にとらわれず、民間

とのあるいは NGO やコミュニティ(CBO)との連

携・パートナーシップで問題の解決にあたること

である。その意味では従来型の政府間協力(こちら

も政府、相手も政府)では対応に限界があり、我が

国の企業やNGOのイニシアティブを尊重する「開

発パートナー事業」や、相手国のNGOのイニシア

ティブをJICAが直接支援する「開発福祉支援事業」

に期待したい。これらの事業の実施を通じてパー

トナーシップ構築のノウハウを体系的に蓄積しつ

つ、10年がかりでJICA事業の大きな柱に育ててい

く必要がある。我が国の企業やNGOには当該国の

企業やNGOと協働経験を積み重ねる中で、当該国

における政府・地方自治体・民間・NGO・コミュ

ニティ間のパートナーシップ形成の点で必要性と

可能性の高い案件を発掘しプロジェクト化するこ

とが求められ、またJICAには、こうした民間・NGO

の取り組みを歓迎し支援するという姿勢をあらか

じめ明示することが求められる。

なお公共サービスの民営化・民間委託について

は、我が国自身が規制緩和を求められていること

に示されるように、十分なノウハウが国内に蓄積

されているとは言いがたいところがある。従って、

開発調査における外国人コンサルタント枠などを

活用してノウハウの不備を補い、それを通じて日

本人専門家の養成をはかるなどの戦略的な取り組

みが必要となろう。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

97

3. 我が国の都市環境協力

我が国の都市環境分野の国際協力は、JICA が

行っているもの、JBICが行っているもの、それ以

外の官・民が行っているものに大別することがで

きる。

JICA はその協力形態(スキーム)に従い、「開発

調査(上下水道、廃棄物、都市交通、行政・環境問

題、河川・砂防、都市計画、水質汚染対策、大気汚

染対策など)」、「専門家派遣、青年海外協力隊員派

遣(上下水道、水質検査、公衆衛生、人口環境問題、

環境教育など)」、「研修員受入(環境政策、大気汚

染対策、水質汚染対策、廃棄物管理、公衆衛生、都

市交通、都市計画など)」、「プロジェクト方式技術

協力(水道訓練センター、環境センターなど)」を行

い、一方、JBICは上下水道事業、環境モニタリン

グ改善事業、防災対策事業など環境案件への円借

款を行っている。また JICA が事前の調査を行い、

外務省が実施する無償資金協力では上水道、下水

道、廃棄物、低所得者住宅改善などの都市環境関

連の案件が実施されている。技術協力、資金協力

ともに近年環境案件の比重が高まる傾向にあるが、

技術協力はそれを担う人材の確保の制約があるた

め資金協力に比し伸びは緩やかである。これ以外

にも経済産業省がすすめるグリーン・エイド・プ

ラン、国際厚生事業団がすすめる環境衛生プロ

ジェクトの案件形成事業、環境事業団の地球環境

基金によるNGO支援、北九州市と大連市、広島市

と重慶市、横浜市とバンコク首都圏庁などの自治

体間環境協力、CITYNET、国際環境自治体協議会

(International Council for Local Environmental

Initiatives:ICLEI)などの地方自治体間ネットワー

クを介した協力、民間、大学・研究機関等による協

力などがある。

上に見た我が国の都市環境協力は、おおむね下

記の特色を有している。

(1)国土交通省(旧建設省、運輸省)、環境省(旧

厚生省、環境庁)といった中央省庁の縦割り

行政がそのまま国際協力に持ちこまれてき

たため、都市環境を総合的にとらえ改善し

ていく取り組みが弱い嫌いがあった。この

ため、水を供給すれば必ず汚水が発生する

にもかかわらず、上水道と下水道の連携は

十分であったとは言い難く、またごみ収集

が不満足では都市内排水路は機能不全をお

こすが、都市廃棄物管理と洪水対策は相互

に積極的な連携なしに進められてきた。こ

のようにセクター間の連携が不十分であっ

ただけでなく、当該国・当該都市の限られた

資源を効率よく使い、都市全体のバランス

のとれた発展を支援するという視点が明確

ではなかった。

(2)日本の技術、それもハードの技術の移転が

主で、協力対象となっている都市の条件に

即した適正技術の開発適用や、都市経営・各

種都市サービスのマネジメントにかかる技

術の移転は十分であったとは言えない。

(3)姉妹都市関係などの友好関係に基づく自治

体間協力は、息が長く、相互の理解が深まり

有益であるが、中国など一部の国・地域に偏

りがあること、最近の自治体の財政事情悪

化で案件数ならびに規模が急速に縮小して

いるという制約がある。

(4)環境センター協力は、環境行政を担う人材

づくりやモニタリング網の整備に大きく貢

献している我が国の特色ある都市環境協力

である。この協力がより効果を発揮するに

は、環境責任官庁の中枢に政策アドバイ

ザーを派遣し、政策アドバイザーと環境セ

ンターの日本人専門家チームとの連携の下

に協力を進めるという形を積極的に実現し

ていく必要がある。また将来的には、無償で

提供した分析機器の更新をいかなる財源で

行うのかというプロジェクトの自立発展性

が問われてくる可能性がある。

(5)道路・港湾・鉄道・橋梁など、都市インフラ

整備に協力の力点を置いてきたため、都市

貧困層の生活環境改善に明確に目的を絞り

込み、住民の自治組織(CBO)やローカル

NGOの自助努力を支援する種類の協力案件

が十分ではなかった。このためCBOやNGO

との協働のノウハウの蓄積が日本の援助関

係者全体を通じて不十分である。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

(6)途上国の都市インフラ整備、都市サービス

の提供は、地方自治体の技術力・財政力の制

約から、プライベート・ファイナンス・イニ

シアティブ(Private Finance Initiative:PFI)や

民間委託など民間活力を利用する傾向が近

年急速に高まっており、こうした民間活力

の利用ノウハウが技術協力に求められる事

例が増えてきた。しかし我が国では、こうし

たノウハウの蓄積が必ずしも十分であると

は言えないため、要望に応えられない場合

が少なくない。

上に見た我が国都市環境協力の制約(特に(5)で

述べた制約)の克服につながる国際協力の新しい動

きとして、「開発パートナー事業」と「開発福祉支援

事業」が注目に値する。「開発パートナー事業」は、

我が国の民間・NGOのイニシアティブによる対外

技術協力をJICAが支援する事業であり、また「開

発福祉支援事業」は、相手国の NGO のイニシア

ティブをJICAが直接支援する事業である。いずれ

も、都市貧困層に直接アクセスし、そのニーズに

きめ細かく答えていくうえで、使いやすい援助協

力形態(スキーム)として関係者の一致した協力で

育て上げていくことが期待される。

4. 他の援助機関の都市環境協力

世銀では、国連人間居住センター(United Nations

Center for Human Settlement:UNCHS)や UNDP 及

び二国間援助機関と連携して、「Urban Management

Programme、Metropolitan Environmental Improvement

Programme(MEIP、北京、ボンベイ、コロンボ、ジャ

カルタ、カトマンズ、メトロマニラの6都市を対象

とする)」、「Sustainable Cities Programme」などの都

市環境改善プログラムに取り組んでいる。世銀を

中心としたこれらの援助機関のアプローチの特徴

としては、都市環境プロファイルを作成して問題

点を明らかにするとともに、その問題の関係者を

一堂に集めて議論を行い、鍵を握る利害関係者を

特定することにより、プロジェクトの円滑な進行

を図っている。把握した問題点に基づき都市環境

戦略と都市行動計画を策定し、優先課題への投資

誘導、制度改善や政策の見直し、目標の段階的達

成のための能力強化などを行い、当該国のプロ

ジェクト管理能力の向上と効率的な資金調達を

図っている。

ADBでは貧困緩和に政策目標を一本化し、アジ

ア市長会議の開催などを通じて都市の貧困の解決

に向けた為政者の政治的意思の向上、解決策の開

発と経験交流を行い、優先案件を発掘して融資に

つなげていくという戦略を展開している。

世界保健機構(World Health Organization:WHO)

は、都市衛生改善のため Healthy Cities Programme

を実施している。このプログラムは、行政施策へ

の環境衛生施策の組み込みを提言したり、環境教

育による衛生観念の向上を図るなどソフトウェア

的なプログラムを中心として、国や地方自治体の

ほか、学校、事業所(労働環境の改善)、市場(食品

衛生の改善)など様々な場で展開されている。さら

にはヘルシー・シティ・ネットを設けて「Healthy

Cities Programme」の成果の普及を図っている。

他の援助機関という範疇には入らないが、イン

ドネシア政府が世銀の協力を得てすすめてきた「都

市インフラ施設整備総合プログラム(Integrated Ur-

ban Infrastructure Development Program:IUIDP)」に

ついて若干触れておきたい。これは公共事業省人

間居住総局の主導により、都市インフラ整備の効

率化を目的として1985年に開始されたプログラム

である。1980年代は大都市人口の急増、都市の拡

大によって生じた課題に対処するため、都市イン

フラ施設の整備が急務とされていたが、関連行政

機関が個別に各担当分野を整備しており、計画間

の不一致や非効率な事業が行われていた。そこで

関連事業の整合性を図り、効率的な整備を行うた

めの統合的なシステムとして IUIDP が策定された

のである。これにより、水道、都市排水、汚水処

理、ごみ処理、道路、カンポン改善、住宅整備、防

火、商業施設改善などのセクター別都市整備事業

を1つの事業とし、総合的に整備することが可能と

なったのである。インドネシアの大都市環境に関

する総合対策や世銀融資、二国間援助は IUIDPに

沿って実施されてきた。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

99

5. 今後の都市環境協力のあり方

今後、開発途上国の都市化はさらに進み、土地

利用の誘導策の不備やインフラ整備の立ち遅れか

ら、都市環境問題は一層深刻化し、その影響は都

市の貧困層に集中的に現れてくると予測される。

こうした状況を放置すると、一国内、一都市内で

の貧富の格差が更に拡大し、社会の不安定要因が

増大する。また都市は、当該国の経済発展のエン

ジンとしての役割がさらに高まるが、積極的な都

市環境管理施策の展開がなければ経済活動の進展

が一層の都市環境の悪化をもたらし、都市の生産

性を大きく損なうことになる。したがって、貧困

緩和を主要課題として掲げて社会的不公正の是正

に積極的に取り組みつつ、都市全体の効率性・生

産性を高めていく取り組みが必要となる。こうし

た中で途上国の地方自治体は、都市型サービスの

提供主体としては技術力・財政力の制約がさらに

強くなり、むしろ調整主体としての役割の中に活

路を見出す必要が高まると考えられる。すなわち

地方自治体は民間やNGO、CBOとの連携、パート

ナーシップのもとに上記の課題を追求していくこ

とになろう。

こうした認識に立てば、我が国の今後の都市環

境協力のあり方はおおよそ次のようなものになろ

う。

(1)土地政策・貧困対策を含む都市開発・都市環

境整備・都市成長管理の総合的な計画づく

りを幾つかの主要都市を対象に行い、21世

紀型都市環境協力の手法開発を行う。この

手法開発には、日本のコンサルタントの経

験・能力だけでは限界があることから、他の

援助機関との連携を図り、彼らの手法と成

果を最大限に活用・吸収しつつ臨む必要が

ある。なおここで留意すべきは、各都市が抱

えている問題はみな違うという点である(自

然条件、人口規模と人口増加率、経済水準と

開発、問題と空間的広がり、地元関係者の役

割など)。従って各都市固有の都市環境計

画・行動計画の策定と実施が不可欠であり、

安易な一般化は避けるべきである。

(2)(1)を補完する意味で、途上国主要都市の基

礎情報、既存計画等についての情報源情報

を整備・定期更新し、ODA関係機関、地方

自治体、NGOなどの公共財として公開活用

していく。

(3)個別の都市型サービスの改善は、(1)の総合

計画に基づく優先整備順位を考慮し、他部

門と整合性を図りつつ実施する。日本が実

施した総合計画がない都市については、当

該都市あるいは他の援助機関が実施した類

似の計画を援用する。

(4)「開発パートナー事業」ならびに「開発福祉支

援事業」は都市貧困層の生活環境改善に直接

取り組み得る可能性が高い援助形態であり、

貧困緩和、都市環境の改善に積極的に活用

していく。日本の地方自治体や市民・NGO・

企業には、「開発パートナー事業」を通じて

途上国の地方自治体、民間、CBO、NGO間

の連携・パートナーシップの形成を促進し、

都市環境問題の解決に向かうように働きか

けてもらうと同時に、連携・パートナーシッ

プの形成に触媒的な役割を果たす能力を有

する途上国NGOの発掘に努めてもらう。こ

うして発掘された NGO について JICA は、

「開発福祉支援事業」で積極的に支援してい

く。

(5)貧困層に直接裨益する都市環境改善事業に

おいては、地域条件の考慮(気候、経済水準、

技術水準、風俗習慣)、計画段階からの住民

参加、ジェンダーの視点からの検討、段階的

改善のアプローチ、パイロット事業を通じ

た適正技術開発、組織制度・料金徴収・衛生

教育などのソフトの強化、極小企業(micro

enterprise)など新しいスキームへの対応など

が特に必要となる。これを担う日本側の人

材としては、従来の工学系・自然科学系中心

の人材だけでは対応できず、経済学、経営

学、社会学、文化人類学など人文科学系の専

門家・フィールド経験者が不可欠である。ま

た専門家の女性比率を高める組織的取り組

みが求められる。青年海外協力隊員の女性

比率は高いものの、他の国際協力の現場で

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第二次環境分野別援助研究会報告書

は圧倒的に男性中心であり、途上国で貧困

家庭をケアしているのが女性である現実を

踏まえると、協力ニーズの適格な把握にも

支障を生じているからである。

参考文献

・UNDP/UNCHS/World Bank(1994),“Toward En-

vironmental Strategies for Cities; Urban Management

Programme Policy Paper 18”, UNDP/UNCHS/World

Bank, 1994, Washington, D.C.

・JICA(1996)、『都市環境援助研究報告書』、国際

協力事業団企画部。

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

101

1. 地球温暖化の科学

地球温暖化は、人為的な活動により大気中への

温室効果ガス(Greenhouse Gases:GHGs)の排出量

が増え、それが大気中に蓄積して、地球に入射す

る太陽エネルギーの宇宙空間への放出が妨げられ

ることによって引き起こされる。地球大気の温度

が上昇すると気候の変化を引き起こし、生態系を

はじめとする人類の生存基盤に重大な影響を及ぼ

す。

人為的に発生する温室効果ガスには、二酸化炭

素(CO2)、メタン、一酸化二窒素、フロン類

(クロロフルオロカーボン、Chlorofluorocarbon:

C F C s )、H F C(ハイドロフルオロカーボン、

Hydrochlorofluorocarbon)等がある。メタン、一酸

化二窒素、フロン類、HFC等の一定量あたりの温

室効果はCO2に比べてはるかに高いが、CO2の排出

量は膨大であるため世界全体として温暖化への寄

与の大部分を占め、CO2 排出量の削減が重要な課

題である。

地球温暖化の兆候は、既に大気中のGHGの濃度

上昇、地球の平均気温の上昇、海面水位の上昇と

いう形で現れている。気候変動に関する政府間パ

ネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:

IPCC)の第2次評価報告書は19世紀以降の気候を

解析し、産業革命以後のGHG発生量の増大等の人

為的影響によって、地球温暖化が既に起こりつつ

あることを確認している。

IPCC によると、2100 年の CO2 の排出量が 1990

年の3倍弱(CO2の大気中濃度は1990年レベルの2

倍)となるシナリオ(中位の予測)では、2100 年に

は約2°Cの平均気温の上昇、約50cmの海面水位の

上昇が予測されており、さらにその後も気温上昇

は続くとされている。(2001 年に出される予定の

IPCC第3次評価報告書では、21世紀末の気温上昇

は1.4~5.8°Cと大幅に上方修正される見込みであ

る。)また、一度排出された温室効果ガスは長期に

わたり大気中にとどまること、及び海洋は大気に

比べゆっくりと温度変化するため、この影響を受

けて地球の平均気温の変化も遅れることから、仮

にGHGsの濃度上昇を21世紀末までに止められた

としても、それ以降数世紀にわたって、気温や海

面の上昇は続くと考えられる。

地球が温暖化すると、気温上昇による直接的影

響に加えて、降雨パターンの変化を通じて乾燥化

する地域と湿潤化する地域が生じ、植生、水資源、

食糧生産、(媒介性感染症の増加など)保健・公衆

衛生等の分野で大きな影響が出てくるものと予測

されている。また、台風の増加、異常高温、洪水、

干ばつ等の異常気象が起きやすくなると考えられ

ている。海面の上昇と気象の極端化は、沿岸地域

における洪水・高潮の被害を増加させるおそれが

ある。しかし、気候変動のメカニズムについては

科学的に未解明の部分も多く、世界的な気象モデ

ルの精度の問題もあって、こうした現象の現れる

時期やその地理的分布、規模、頻度、強度等につい

て、現時点で正確に予測することはできない。

2. 開発途上国と地球温暖化問題

2- 1 途上国の温暖化への寄与度

産業革命以降人為的に排出された温室効果ガス

による地球温暖化への直接的寄与度をみると、CO2

が63.7%と大半を占め、以下メタン(19.2%)、フロ

ン類(10.2%)、一酸化二窒素(5.7%)となっている。

また、主要な温室効果ガスであるCO2 について各

国別の1年当たり排出量をみると、米国が22.4%で

第1位、中国が13.4%で第2位、以下、ロシア(7.1

%)、日本(4.9%)と続き、インドが3.8%と第5位

である。中国、インドといった途上国を含め、以上

の 5ヶ国だけで世界全体の CO2 排出量の半分を占

めることになる。

現在の排出量増加の趨勢がこのまま将来も続く

とすれば2020年ごろには開発途上国からの排出量

が先進国の排出量を上回るものと予測されており、

CO2 の大気中の残留期間が長期にわたること、そ

第8章 地球温暖化

加藤 久和(名古屋大学大学院教授)

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102

第二次環境分野別援助研究会報告書

の累積的影響は遅れて発現すること等から、途上

国においてもできるだけ早い段階で世界的な排出

抑制努力に加わる必要がある。

しかし、1人当たりの排出量で見ると途上国全体

では世界平均の約半分と、まだ低いレベルにある。

他方、国により大きく異なるものの、(購買力平価

でみた)GDP当たりのエネルギー消費量、CO2排出

量ともに、日本に比べると数十%から数倍多い国

もあり、省エネルギー、エネルギー効率の改善、新

エネルギーや再生可能エネルギーの開発・普及に

よる排出削減の余地が大きいと言うことができる。

2- 2 途上国への影響

一般に、地球温暖化の影響は先進国よりも途上

国において、より重大であるといわれている。多

くの途上国が、地理的に被害を受けやすい条件を

有していることの他、被害防止のための対策・体

制の現状、追加的対策を講ずるための技術・資金

的能力の不足等によるものと考えられる。気候変

動枠組条約第4条8項は、特に「島嶼国、低地の沿

岸地域、乾燥地域、半乾燥地域、森林地域又は森林

の衰退のおそれのある地域、自然災害のおこりや

すい地域、旱魃又は砂漠化のおそれのある地域、都

市の大気汚染が著しい地域、脆弱な生態系を有す

る地域」を有する国等を挙げて、この条約の下でと

るべき措置(資金供与、保険、技術移転を含む)に

ついて十分な考慮が必要であるとしている。

3. 国際協力の法的枠組み:気候変動枠組条約

地球温暖化の脅威に対するこのような認識の高

まりを背景として、「国連気候変動枠組条約」

(United Nations Framework Convention on Climate

Change:UNFCCC、以下、条約という)が 1992 年

5月に採択され、同年6月の「国連環境と開発会議」

の場で各国政府代表による署名が開始されて、

1994年3月に発効した。2000年9月7日現在、186ヶ

国が批准・受諾しており、開発途上国を含め世界

のほぼすべての国がこの条約に参加していると言

える。条約は、地球の気候の変動及びその影響が

「人類の共通の関心事」であることを確認し(前文)、

気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすことと

ならない水準において大気中の温室効果ガスの濃

度を安定化させることを究極の目的としている。

(条約第 2 条)。

さらに、1997年12月に京都で開催された条約の

第 3 回締約国会議(The Third Conference of the

Parties:COP3)では、先進国(条約の付属書I国)か

ら排出される 6 つの温室効果ガスについて法的拘

束力のある数値目標を盛り込んだ「京都議定書」が

採択され、今後の長期的・継続的な排出削減の第

一歩がしるされた。2000年 11月 27日現在、84ヶ

国が署名しているが、主として小島嶼国や排出量

の少ない途上国を中心に31ヶ国が批准したのみで、

まだ発効していない。

3- 1 「先進国の責任論」から「共通だが差異の

ある責任」の原則へ

条約の交渉過程では、途上国グループから、地

球温暖化を引き起こした原因と責任はもっぱら先

進国にあり、先進国は率先して温室効果ガスの排

出削減を行うとともに、温暖化対策の推進に協力

する途上国に対しては資金援助と技術移転を促進

すべきであるとする「先進国の責任論」が展開され

た。条約は、こうした議論の経過と最終的な妥協

の結果を如実に反映するものとなった。すなわち、

「過去及び現在における世界全体の温室効果ガス

の排出量の最大の部分を占めるのは先進国におい

て排出されたものであること、開発途上国におけ

る 1 人当たりの排出量は依然として比較的少ない

こと並びに世界全体の排出量において開発途上国

における排出量が占める割合はこれらの国の社会

的な及び開発のためのニーズに応じて増加してい

くことに留意し」(前文)

「気候変動が地球的規模の性格を有することか

ら、すべての国が、それぞれに共通に有している

が差異のある責任、各国の能力並びに各国の社会

的及び経済的状況に応じ、できる限り広範な協力

を行うこと及び効果的かつ適当な国際的対応に参

加することが必要であることを確認し」(前文)

「締約国は、衡平の原則に基づき、かつ、それぞ

れ共通に有しているが差異のある責任及び各国の

能力に従い、人類の現在及び将来の世代のために

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

103

気候系を保護すべきである。したがって、先進締

約国は、率先して気候変動及びその悪影響に対処

すべきである。」(条約 3 条 1 項の原則)

なお、開発途上国が先進国と「共通に有する責

任」の表れとしては、開発途上国を含むすべての締

約国が「温室効果ガスについて、発生源による人為

的な排出及び吸収源による除去に関する目録を作

成し、定期的に更新し、公表し、締約国会議に提供

すること」、「気候変動を緩和するための措置及び

気候変動に対する適応を容易にするための措置を

含む自国の計画を作成し、実施すること」等が定め

られている(条約 4 条 1 項)。

3-2 「補償」としての援助から「新規かつ追加的

な資金」の供与へ

先進国の責任論の裏返しとして、途上国の一部

からは、途上国はむしろ地球温暖化の被害者であ

り、先進国が引き起こした環境汚染の被害に対す

る補償を要求する、つまり先進国の自由意思に基

づく資金援助ではなく、いわば途上国の当然の権

利としてその対策に要する費用の支払いを請求で

きる、とする主張が行われた。これに対し先進国

側は、さすがに「補償」の考え方を受け入れること

は拒否したものの、既存のODAに加えて「新規で

追加的な」資金を提供することを認めざるを得な

かった。

その結果、開発途上国や経済移行国が条約上の

義務を履行するために温室効果ガスの排出及び吸

収の目録や計画を作成し、諸般の対策を実施する

場合には、付属書IIの先進国(付属書Iの先進国か

ら経済移行国を除いたOECD加盟国を中心とする

国々)が「新規で追加的な」資金を供与することと

され(条約4条3項)、そのために新たな「資金メカ

ニズム」に関する規定がおかれているが(条約第11

条)、世銀、UNDP、UNEP の 3 者が共同管理する

地球環境ファシリティ(Global Environment Facility:

GEF)が「暫定的に」この資金供与のための制度とし

て機能することになった。

さらに、途上国にとっては今後とも経済・社会

の開発と貧困の撲滅が最優先の課題であることを

確認し、世界的な地球温暖化防止努力に対する途

上国の協力の程度は、先進国からの資金供与と技

術移転の程度いかんによることを明言している。

すなわち、

「開発途上締約国によるこの条約の効果的な履行

の程度は、先進締約国によるこの条約に基づく資

金及び技術移転に関する約束の効果的な履行に依

存しており、経済及び社会の開発並びに貧困の撲

滅が開発途上締約国にとって最優先の事項である

ことが十分に考慮される」(条約 4 条 7 項)。

4. AIJの経験、CDMの可能性

4- 1 共同実施(JI)

共同実施(Joint Implementation:JI)とは、複数の

国が全体としてより費用効果的に地球温暖化対策

を推進することを目的として、それぞれの有する

技術、資金、事業運営のノウハウ等を組み合わせ

て共同で対策・事業を実施することをいう。

共同実施をめぐっては、条約交渉の過程でこの

考え方が提唱されて以来、主に先進国と途上国の

間で見解の対立が続いてきた。前述のように、途

上国は一般に、先進国は地球の温暖化について特

別の責任を有しているのであり、率先してまず自

らの国内で排出削減の努力を行うべきであると主

張し、そもそも共同実施の考え方には反対ないし

は懐疑的な立場をとるところが多かった。

4- 2 共同実施活動(AIJ)

1995年にベルリンで開かれた気候変動枠組条約

第 1 回締約国会合(The First Conference of the

Parties:COP1)でも共同実施の進め方については合

意が得られず、これに代えて「共同実施活動

(Activities Implemented Jointly:AIJ)」という新しい

概念が導入され、関係国の自発的な参加と承認、事

業実施に伴う排出抑制の効果及び既存のODA等に

対する資金の追加性、技術移転にも資すること、排

出削減量に対するクレジットは付与されず、その

分配や取り引きも認められないこと、等の条件の

下で、2000年まで試験的に AIJが実施されること

になった。

すべての関係国政府の承認を得て条約事務局に

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104

第二次環境分野別援助研究会報告書

報告されている AIJ 案件としては、2000 年 6 月末

現在、世界で約140件のAIJプロジェクトが進行中

である。AIJプロジェクトの地域的分布(ホスト国)

については、年を追うにつれて次第に改善されて

きているものの、依然として地域的な偏りがみら

れる。(東欧諸国-その3分の1がバルト海沿岸の

2ヶ国に集中-及び中南米、中でもコスタ・リカが

特に多い)。事業内容について件数で見ると、再生

可能エネルギー及びエネルギー効率改善のための

プロジェクトが圧倒的に多いが、1件当たりの排出

抑制(または吸収)効果で見ると、森林の保全管理、

植林事業による吸収量が大きい(より正確には、当

事国によって大きく見積もられている)と言える。

4- 3 クリーン開発メカニズム(Clean Develop-

ment Mechanism:CDM)

米国を中心とする一部の先進国は、議定書交渉

の早い段階から、法的拘束力のある排出削減数値

目標を受け入れる見返りとして、排出量取引、共

同実施等のいわゆる「柔軟性のある措置」の導入を

強く要求してきた。京都会議では、先進国間の共

同実施については比較的に異論なく受け入れられ

たものの、先進国と途上国の間の共同実施につい

ては従来からの議論が蒸し返され、交渉の最終段

階までもつれ込んだ。そこで、これを当初ブラジ

ルが提案し、途上国グループも支持していた先進

国の排出削減義務違反に対する罰金を原資とする

「クリーン開発基金(Clean Development Fund:

CDF)」の設立構想と抱き合わせて、途上国におけ

る共同実施もしくは類似の事業活動による排出削

減クレジットの移転や取得を認めるとともに、途

上国の持続可能な開発を支援することを目的とす

るCDMの制度を創設することで決着が図られた。

CDM については議定書第 12 条に規定されてい

る。このメカニズムの下で、非附属書I国は「認証

された排出削減量(Certified Emission Reduction:

CER)」をもたらす事業活動から利益を得るととも

に、附属書I国はこうした事業活動によって生ずる

CERを自国の数値目標の達成のために利用するこ

とができる。これは、途上国にとってCDMは新た

な資金及び技術移転メカニズムという側面を持っ

ている。すなわち、CDMは「必要に応じ、認証さ

れた事業活動に対する資金の準備を支援する」。ま

た、認証された事業活動から得られる利益の一部

はCDMの運営費用を賄うとともに、気候変動の悪

影響に対して特に脆弱な開発途上締約国の適応策

の支援に用いられることとなっている。

先進国間の共同実施と同様に、CDMについても

民間主体の参加が認められている。むしろ、CDM

の円滑な運用のためには、民間企業やNGOが持つ

資金と技術を十分に活かすことこそが鍵となると

考えられる。

こうして京都議定書に CDM が盛り込まれてか

ら、途上国にも微妙な態度の変化が現れている。イ

ンドは反対から積極姿勢に転じ、中国政府も公式

には反対の立場を貫いているものの、大きな関心

を寄せている。(しかし、植林事業、森林管理等の

いわゆる「吸収源対策」を CDM による排出削減ク

レジットの対象とするか否かについては、これを

熱心に推進する中南米諸国とその他で、途上国グ

ループの中でも意見が分かれている。先進国の中

でも EU 諸国はこれに反対している。)

京都議定書上、CDM は 2000 年以降に行われる

プロジェクトに適用されることになっており、

2000年 10月末~ 11月にオランダのハーグで開か

れた気候変動枠組条約第 6 回締約国会合(The 6th

Conference of the Parties:COP6)では、CDMの早期

運用開始を可能にするようなガイドラインについ

て合意されることが期待されたが、先進国・途上

国間のみならず先進国、途上国それぞれのグルー

プの中で他にも多くの争点があり、全体のパッ

ケージ・ディールの中でCDMについての最終決着

は見送られた。

5. 国際的な取り組み

5- 1 地球環境ファシリティ(GEF)

地球環境ファシリティ(GEF)は、①地球温暖化、

②生物多様性の保全、③国際水域の環境保全、④

オゾン層保護、の4つの分野で開発途上国の取り組

みを促進するために、資金を供与するプログラム

である。世銀、UNDP、UNEPの協力により3年間

の試行期間を経て、1994年から本格的に事業を開

始した。GEFの運営については、従来から途上国

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

105

の意見が反映されにくい、プロジェクトの形成・実

施にあたってNGOの参加が十分でない等の批判が

あったが、本格実施に際して組織再編・手続きの

改正が行われ、これらの点は相当に改善されてい

る。

1991年から1999年の間に、GEFは130ヶ国にお

ける 133 のエネルギー効率改善、再生可能エネル

ギーの開発利用等のプロジェクト、及び 139 の

GHG排出目録、対策計画の作成や基礎調査、担当

者の養成訓練といった活動(enabling activities)に対

し、計10億ドルの援助を供与または承認した。そ

の他の政府、援助機関による協調融資や民間資金

の導入も併せると、これらの事業の総額は58億ド

ルに上るという。そのほとんどは、途上国の対処

能力の開発・向上を目指したものである。なお、

1998年からの第2期には、GEFの資金規模は27.5

億ドルに増資され、現在、第3期の増資に向けて交

渉が始まろうとしている。

5- 2 ALGASプロジェクト(ADB)

ADBは、GEF、UNDP、ノールウェー政府の協力

の下に、中国、韓国、インド、インドネシア等を含

むアジアの 12ヶ国において「最少費用で温室効果

ガスを低減するためのアジア戦略(Asia Least-Cost

Greenhouse Gas Abatement Strategy:ALGAS)」プロ

ジェクトを実施し、これらの国における排出目録

の作成及びそのためのキャパシティ・ディベロッ

プメント、費用効果的な対策の選別、国の行動計

画の立案、技術協力及び投資プロジェクトのポー

トフォリオの作成を支援してきた(総額1,000万ド

ル)。他の地域開発銀行やEUなども、単独である

いはGEFとの協調により、域内各国における温暖

化対策の推進のための投融資や技術協力を行って

いる。

5- 3 他のドナー国の動向

主要なドナー国はすべてがGEFに出資するとと

もに、GEF との協調融資により途上国の排出目録

や温暖化対策に関する計画の作成、キャパシティ・

ディベロップメント、及び個々の温暖化対策プロ

ジェクトの実施を支援している。世界に先駆けて

炭素税を導入した北欧諸国のうちノールウェーな

どのように、これを財源とする気候変動基金を設

け、途上国及び東欧諸国における省エネルギー対

策や AIJ プロジェクトの実施に充てている国もあ

る。米国は、エネルギー省を中心とした関係省庁

の協力の下に、気候変動に関する「国別研究プログ

ラム」や「共同実施イニシアティブ(United States

Initiative on Joint Implementation:USIJI)」を推進す

るため特別の事務局を設置し、これを通じて途上

国の温暖化対策計画づくりや AIJ プロジェクトの

形成・実施を支援している。

5- 4 世銀の「炭素投資基金(CIF)」構想

前述のようにGEFの実質的な運営管理を担う世

銀は、GEF とは別に(ある意味では京都議定書の

CDM 制度の発足を先取りするような形で)、先進

国政府及び民間から出資を募り、温室効果ガス削

減のための複数のプロジェクトに投資し、そこか

ら生じた排出削減クレジットを投資額に応じて投

資家に配分するファンド、「炭素投資基金(Carbon

Investment Fund:CIF)」の設立を提唱してきたが、

2000 年秋にはその発足に必要な当初資金約 6,000

万ドルの出資を得て、「プロトタイプ炭素基金

(Prototype Carbon Fund:PCF)」を開始させた。

6. 我が国の取り組みの現状と課題

6- 1 21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)

我が国は1997年6月の国連環境と開発特別総会

において、今後のODAを中心とした日本の環境協

力政策を包括的にとりまとめた「21 世紀に向けた

環境開発支援構想(ISD)」を発表し、その行動計画

のポイントとして、①大気汚染・水質汚濁・廃棄物

対策、③自然環境保全・森林・植林、④水問題への

取り組み、⑤環境意識向上・戦略研究と並んで、②

地球温暖化対策を挙げ、省エネルギー、新エネル

ギー技術の世界的な普及を図る、とした。

6- 2 京都イニシアティブ

さらに1997年12月の京都会議(気候変動枠組条

約第 3 回締約国会合、The Third Conference of the

Parties:COP3)において、温暖化対策のための途上

国支援をODAを通じて具体化していくための諸施

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第二次環境分野別援助研究会報告書

策を「京都イニシアティブ」として発表した。①温

暖化対策関連分野の人材育成(1998年度から5年間

で3,000人)、②円借款特別環境金利の温暖化対策

関連分野の対象範囲拡大、③我が国が公害・省エ

ネ対策の過程で培った技術・ノウハウの移転、の3

つの柱からなる。

6- 3 新ODA中期政策

また、1999年に策定された「ODA中期政策」にお

いても、重点課題の1つとして「地球規模問題への

取り組み」が挙げられ、そのうち環境保全について

はISD、京都イニシアティブの積極的推進をうたっ

ている。

6- 4 その他

日米両国の政府首脳の合意に基づく「コモン・ア

ジェンダ」の下で、地球温暖化問題を含め地球環境

研究を進めるためのアジア太平洋地域の研究協力

ネットワーク(Asia-Pacific Network for Global Change

Research:APN)が運営され、JICAによる技術協力

の一環として「サンゴ礁プロジェクト」が実施され

ている。

経済産業省(旧通産省)においては、アジア地域

の開発途上国における発展と環境の両立を目的と

して、政府及び民間企業の公害問題に対する認識

を高め、環境対策の充実を図るため、我が国の公

害対策の経験や技術を踏まえたエネルギー・環境

技術の移転・普及を行い、相手国のエネルギー・環

境問題に対する自助努力の支援プログラムとして、

1992年より「グリーン・エイド・プラン」を実施し

ている。対象分野としてCO2 削減対策に資する省

エネルギー及び代替エネルギーが含まれる。また、

その一環として、共同実施やCDMの対象になり得

る有望なプロジェクトの発掘と実現を目指す民間

の事業者に対する支援を目的として、基礎調査を

公募し、新エネルギー・産業技術総合開発機構

(New Energy and Industrial Technology Development

Organization:NEDO)を通じて助成している。2000

年度の事業化調査案件としては、104件の応募の中

から 37 件を採択した。

環境省(旧環境庁)においては、1991 年以降「ア

ジア太平洋地域地球温暖化セミナー」を毎年開催

し、域内各国での温暖化対策の現状や条約に基づ

く国別報告書の作成等に関する情報交換と議論を

進めてきたが、これはその後条約事務局の正式プ

ログラムにも組みこまれ、GEF、JICA等の参加支

援も得て毎年アジア各地で開催されている。また、

アジア太平洋地域諸国を対象とする「国別温暖化対

応戦略策定調査」を通じて、温暖化による環境的、

社会・経済的影響や温室効果ガスの排出目録の検

討、排出抑制対策や適応対策の優先順位の調査を

行い、当該国における温暖化対応戦略の策定を支

援している。

この他、林野庁による熱帯林等の持続可能な経

営の促進に関する調査、熱帯林の再生のための技

術開発のほか、必ずしも温暖化対策の支援を直接

の目的とはしていないが温暖化対策にも資する

様々な技術協力や民間の組織を通じた国際協力の

支援事業が関係省庁によって行われている。

地方自治体レベルでも、1995年に埼玉県で開催

された「第3回気候変動に関する世界自治体サミッ

ト」を契機として、国際環境自治体評議会(ICLEI)

による「気候のための都市(Cities for Climate

Protection:CCP)キャンペーン」の一環として、ア

ジア地域でCCPキャンペーンを支援する自治体が

増えてきている。

さらに、我が国の数多くのNGOにより、途上国

における植林・緑化活動、アグロフォレストリー、

改良型コンロやかまど、ソーラーパネルの普及活

動等が単独資金で、あるいは外務省の草の根無償

援助、NGO事業補助金、郵政省のボランティア貯

金、環境事業団の地球環境基金、その他の公的・私

的なNGO活動助成制度による助成を受けて行われ

ている。

7. 温暖化対策における我が国の途上国援助のあ

り方

7- 1 総合的・戦略的取り組みの重要性

途上国に限ったことではないが、温暖化対策は

幅広く、総合的・計画的に進める必要がある。特に

CO2 の発生源は多岐にわたるとともに、関連する

政策・制度や計画も非常に多く社会経済の仕組み

の中に埋め込まれているので、ハード、ソフトの

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

107

両面にわたって対策を講ずるとともに、長期的な

観点から研究・技術開発を進め、政策・制度や社会

一般の意識の改革を図っていくことが重要である。

主要な温室効果ガスであるCO2 対策を中心に考

えると、エネルギーの供給と需要の両面にわたる

各種の省エネルギー対策を推進し、エネルギー効

率の向上を図るとともに、CO2を排出しない新・再

生可能エネルギーの開発・利用を進める必要があ

る。また、CO2の吸収源・貯蔵庫として森林の保全

管理、植林、緑化活動が果たす役割も重要である。

さらに、IPCC のレポートも強調しているように、

今後とも長期にわたる温暖化の進行は避けられな

い事実であるので、排出抑制策と並行して適応策

を講じていくことも(特に、GHGsの排出量はわず

かでありながら海面上昇、台風・洪水の頻発等の

気候変動による影響に対して脆弱な島嶼国や広大

な低地国土を抱える途上国にとっては)重要であ

る。

7- 2 途上国のニーズやプライオリティに合わ

せた対策支援

しかしながら、同じ途上国といっても、その国

の経済発展の段階、工業化・都市化の進展の程度、

エネルギー需給の構造(特にエネルギー源の構成)、

地理・地形・気候・植生・水分的条件の違い、政府

の行財政能力、民間企業の経営・管理能力、科学技

術の水準、研究開発能力等によって、温暖化によ

り受ける影響の性質も大きさも異なり、また、こ

れへの対処能力も異なっている。

何よりも、各国の排出実態や経済的・技術的能

力を踏まえ、他の重要な国家目標に整合した戦略

あるいは計画を立てる必要がある。すなわち、こ

れらの対策・技術を総合的に評価し、プライオリ

ティをつけたうえで、短期・長期の対応戦略や行

動計画を策定し、実施していくことが求められる。

さらには、そうした援助を行う我が国自身が、途

上国の温暖化対策支援に関する長期的・総合的な

戦略を持っていることが必要になる。例えば、国

別の開発援助方針の中に当該国における地球温暖

化対策に対する我が国の協力指針を盛り込むこと

などが考えられる。

7- 3 共同作業とキャパシティ・ディベロップ

メント

ところが、このように総合的・長期的な戦略や

計画の立案・実施は、我が国のような先進国にとっ

ても未経験のことであり、まず相手途上国のニー

ズや正確な実態の調査・把握から始めて目標の設

定、プライオリティの確立、計画の立案、そして個

別対策の実施に至るまで、相手国の政策担当者、研

究者、技術者、その他NGO関係者等とともに考え、

協議し、合意のうえで行っていく必要がある。

また、これを可能にするためには、そのような

政策立案と実施を担いうるような人材の育成、人

的・組織的な能力の開発・向上(キャパシティ・ディ

ベロップメント)が不可欠であることは言うまでも

ない。前述のとおり、CDMプロジェクトにODAを

使用することについては途上国の反対が強く、ま

たその対象に植林等のいわゆる「吸収源対策」も含

まれるのか否かについては2000年11月のCOP6で

も最終的な決着をみていないが、CDMプロジェク

トを途上国自らが企画・運営したり、認証・モニタ

リング等の手続き・体制を整備するためのキャパ

シティ・ディベロップメントをODAで支援するこ

とには問題がなく、その必要性も高いと思われる。

7- 4 多面的便益のある対策支援

一般的に言って、開発途上国における地球温暖

化対策のプライオリティは低いと言わざるを得な

い。また、途上国側も温暖化対策のみを目的とす

る援助プロジェクトには関心が少ないという事情

もあり、継続して政策対話を行うことが必要にな

るとともに、一部の途上国では比較的プライオリ

ティの高いばいじん、硫黄酸化物等による局地的

な大気汚染対策や酸性雨対策、交通公害あるいは

交通渋滞解消のための交通管理計画の策定・実施

等、温暖化対策にも資するような多面的利益をも

たらすプロジェクトを支援していくことが重要で

ある。

また、ジェンダー、貧困、紛争と平和等、他の地

球規模の問題と温暖化問題とをリンクさせ、より

効果的な援助を実施していくことも可能であろう。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

7- 5 民間投資の推進と民間協力の支援

前述のとおり、また、日本政府の打ち出した「京

都イニシアティブ」にもうたわれているとおり、

「温室効果ガスは、特定の産業・民生活動から排出

されるものではなく、人類の諸活動によって生じ

るものであり、その対策を行う対象は産業構造や

人々のライフスタイルを含め広範なものとなる。

また、ODAによる協力のみでは、広範にわたる対

象に対し成果を挙げることは難しく、幅広い民間

部門における対策の支援・推進を行う必要があ

る。」

特に、途上国において温暖化対策を進める上で

鍵となる民間からの投資や技術開発・移転を促進

するためには、CDM関連の事業活動を含め、JICA

がすでに行っている現地実証調査制度や開発投融

資事業の促進、旧日本輸出入銀行との合併により

輸出信用供与機能を併せ持つことになったJBICや

経済産業省の持つ各種の保険制度の活用が考えら

れる。また、民間企業として投資リスクの高い地

域に対し、ODAによる投資可能性調査を実施する

ことにより民間投資の呼び水となる支援・推進を

検討する必要がある。さらには、国際金融公社

(International Finance Corporation:IFC)、同じ世銀

グループの多数国間投資保証機関(Multilateral In-

vestment Gurantee Agency:MIGA)、ADB等の国際

金融機関による協調融資を積極的に行っていくこ

とが有効であろう。

7- 6 各種協力形態・機関間の連携

ODA中期政策においては、効果的・効率的な援

助の実施のため、ODA以外のリソースを含めた開

発上の手段・主体の連携・活用の必要性を強調し、

具体的な援助手法のあり方として、「ODA におけ

る各種協力形態・機関間の連携、ODA以外の政府

資金(Other Official Flows:OOF)及び民間との連

携、NGO等への支援・連携、他の援助国及び国際

機関との連携、南南協力への支援」を挙げている

が、これらは地球温暖化問題に関する途上国協力

に特によく当てはまるものである。(技術協力と無

償資金協力の一層の連携強化、JICA専門家、地方

自治体等との連携、日本企業の途上国における環

境ビジネスの支援等。)

旧 OECF と旧日本輸出入銀行が合併して誕生し

たJBICには、この点で組織的に連携を強化するこ

とが可能になったわけであり、大きな期待が寄せ

られる。

7- 7 他の援助国及び国際機関との連携

「京都イニシアティブ」にうたわれているとおり、

「二国間協力のみならず、国際機関を通じたマルチ

の支援の役割も重要である。すなわち、GEF 等の

主要なドナーとして、積極的な支援を行っていく

こととする。」という方針は基本的に正しいが、特

に我が国が米国に次いで 2 番目に大きい資金拠出

国となっているGEFに関しては、単に資金を提供

したり諸外国から提案された案件を承認するだけ

でなく、自らが途上国における温暖化対策プロ

ジェクトを発掘・形成してGEFの協議の場に持ち

込むとともに、その実施にも様々な形で関与して

いくことが重要である。

また、場合によっては、特定の国や分野におけ

る温暖化対策の推進にあたって、他の援助国や国

際機関と協議の上、役割を分担することも積極的

に検討すべきであろう。

8. 我が国における人材の確保と育成

我が国には相当なエネルギーの効率的生産と利

用、省エネルギー対策・技術の蓄積があるが、それ

らは主として民間の産業界が有しているものであ

る。それらもまた、どちらかというと個別の対策

や産業技術にかたよっており、社会全体のエネル

ギー・システムを効率化する方向には働いて来な

かった。前述のとおり(6.の6-1~6-3参照)、

温暖化対策の総合的推進にあたって不可欠な戦略

的アプローチという点では、我が国にもあまり経

験がなく、それを立案できる人材も実行体制も不

十分と言わざるを得ない。

したがって、途上国の温暖化対策支援を進める

にあたっては、我が国自身の人材発掘・養成・確保

を図るため、次のような措置を講ずる必要がある。

(1)民間及び地方自治体の現役、退職者の動員、

再訓練策の強化

(2)専門家の所属先との関係等、制度面の整備

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

109

(3)専門家養成・研究の拡充

(4)他のドナー国・機関、地方自治体、NGOと

の連携促進

(5)中央省庁の縦割り行政の弊害の除去(例え

ば、地球温暖化に関する途上国援助プログ

ラムの立案や個別援助案件の形成・実施に

際しては、必ず各省庁の混成チームを結成

すること等)

参考文献

・田辺利明(1999)、『地球温暖化と環境外交』、時

事通信社。

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110

第二次環境分野別援助研究会報告書

第9章 多国間環境条約(MEA)と環境協力

外務省国際社会協力部地球環境課

1. 多国間環境条約(MEA)との連携

1972 年にストックホルムで開催された「国連人

間環境会議」が環境問題への国際的取り組みを示す

第一歩となった。環境悪化という極めて深刻で、し

かも新しい問題に焦点を当て、国際社会がいかに

これに取り組むかを初めて本格的に議論したから

である。これを契機として環境に関する様々な国

際会議が開催された結果、ワシントン条約をはじ

めとする多くの多国間環境条約(Multilateral Envi-

ronmental Agreement:MEA)が協議され、成立する

こととなった。

その 10 年後(1982 年)のナイロビでの「United

Nations Environment Programme:UNEP管理理事会

特別会合」で、我が国は地球環境保全に関する諸政

策を長期的かつ総合的に検討する特別委員会の設

置を提案し、1984~1987年に開催された「環境と

開発に関する世界委員会」(ブルントラント委員会)

が設立されることとなった。この委員会では、「持

続可能な開発」をいかに達成するかが主題であると

する「我ら共有の未来」と題した報告書が発表され、

その実現に向け各国、国際社会が講ずべき方策が

示された。

さらに、1992年の「国連環境と開発会議」開催を

受け、「気候変動枠組条約」、「生物多様性条約」等

に代表されるよりグローバルな意味でのMEAが多

数成立するに至った。こうしたMEAは、環境問題

への取り組みの世界的な規範を設定するとともに、

条約に関係する各分野における政策的優先事項を

国際的に規定していく役割も担っている。

また、後述するように条約自身が条約関連分野

の開発途上国への援助についても直接・間接に関

与しているため、環境分野援助についての方向性

の国際スタンダードを形成していく影響力を有し

ている。

MEAにおいては、批准した国々は条約規定事項

を遵守することが義務付けられるため、多くの国

が条約に参加することにより世界的な規模で進行

している環境問題の解決を図るものである。例え

ばフロンガス等のオゾン層破壊物質の規制に関す

る「モントリオール議定書」のように世界的な取り

組みによって大きな効果をあげているものが少な

くない。一方で法律や関係組織の未整備、技術・機

材の不足など様々な要因により、条約の遵守が十

分できないでいる国も多い。また、これらを理由

として条約に参加していない国も存在している。

このような国に対しては、各条約の締約国会議で

支援措置が検討されることとなり、通常、主とし

て先進国からの条約事務局(基金)に対する拠出金

で対応することとなるが、不十分な場合には受入

れ国は自国でも負担し、さらに世銀等の開発銀行

や関係国際機関、あるいは二国間援助を要請する

こととなる。

また、特に技術的な問題については、当該分野

で技術が高度に進歩している先進国や国際機関に

支援を要請し、技術指導や専門家の派遣がなされ

る場合も多い。

我が国は、MEAの作成及びその運営について重

要な役割を果たしてきており、既に多くのMEAを

批准しているほか、各条約の活動に対する資金的

な貢献も世界的にみて高いレベルにある。

一方、我が国の二国間経済援助協力は、こうし

たMEAを中心とした議論や活動の流れに必ずしも

沿っていない場合があると思われる。折角、多く

の援助関係者が多大な努力を払い、また相当規模

のODAを環境分野に注入しているのであれば、環

境問題に係る国際的なデファクト・スタンダード

を作っているMEAの世界を十分考慮して、そこで

重要とされている途上国のニーズや援助政策の方

向付けに合致するように我が国経済技術協力の政

策企画や案件決定を行っていくことが望まれる。

さらに、我が国の環境分野での援助政策や実績を

MEA関連の議論の中で積極的にアピールしていく

べきと考える。

このためには、外務省をはじめとする関係省庁

が各条約事務局や国連等の国際機関に対して、資

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

111

金的、人的支援を充実させることが重要であるこ

とはもちろん、今後は我が国の二国間経済協力に

よる支援、また二国間援助機関であるJICAやJBIC

による支援を一層強化し、これらの国際的な取り

組みとさらに連携を深めていくことが重要となっ

てくる。外務省、関係省庁、さらにJICAやJBICな

ど我が国の二国間援助機関とMEA事務局や国際機

関との情報の交換・共有を強化し、グローバルな

取り組みの中でどのような支援が我が国に求めら

ているのか、また我が国がどのような支援を提案

できるのかを十分検討していく必要がある。

2. 多国間環境条約(MEA)とその運用

● 「国連環境と開発会議」以前に成立したMEA等

(1)ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植

物種の国際取引に関する条約)

本条約は、絶滅のおそれがある野生動植物種の

国際取引を規制することを目的として1973年に採

択された。条約事務局では、多くの野生生物の生

息地を占める途上国における適切な保護政策の実

施、機材や人的な面での密猟の防止体制の整備は

もちろん、特に取引規制を行う担当部署や現場で

の取締にあたる税関の対処能力向上に力を入れて

おり、対象種であるかどうかの識別マニュアルの

作成、研修の実施等に重点的に取り組んでいる。ま

た、絶滅のおそれがある野生動植物種については、

生息調査や取引実態調査を実施している。

我が国は、条約事務局へ資金面から支援してい

るほか、二国間協力でも途上国における国立公園

職員の研修や専門家の派遣等の支援を行っている。

途上国においても国内の法制面の整備が進みつつ

あり、規制面では一定の前進が見られるが、多額

の経費を要する生息調査等は実施できない場合が

多い。我が国として今後は条約事務局が実施する

規模の大きい生息調査等のプロジェクトに支援し

ていくのはもちろん、我が国に利害関係が深い動

植物については、条約事務局が生息調査等を実施

する際には、二国間協力で当該国への機材の提供

等を支援していくことが考えられる。

(2)ラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際

的に重要な湿地に関する条約)

本条約は、水鳥生息地としての湿地保全を目的

に1971年に採択された。条約事務局では、途上国

における湿地保全プロジェクトに対し支援を行う

ための助成基金を設立しており、我が国はそのう

ちの約 20%を拠出している。

しかし、助成申請されるプロジェクト件数が多

く、限られた資金を有効に使う観点から優先順位

が高いとされる事業のみ実施されており、各ド

ナー国に対しては一層の拠出要請が行われている。

我が国の二国間協力では、JICAが本条約の対処

能力向上のため、アジア諸国の湿地保護政策担当

者を対象とした研修を実施している。

我が国として、今後も継続して助成基金に拠出

していくことはもちろん、JICAで実施している研

修は、今後とも同条約の趣旨・目的と整合がとれ

た内容としていくよう注意を払っていく必要があ

る。

(3)オゾン層保護条約及びモントリオール議定書

オゾン層破壊物質及びかかる物質を用いた既存

の生産設備を廃棄し、代替物質及び代替物質を用

いた生産設備に転換していくことを目的に、条約

は 1985 年、議定書は 1987 年に採択された。

条約事務局では、オゾン層保護基金を設立し、世

銀、UNEP、UNDP、UNIDOを通じ、途上国におけ

る代替物質及び代替物質を用いた生産設備に転換

していく事業を支援している。

特に開発途上国では、代替品供給、代替品を中

間財として用いる場合の転換及び最終消費財の転

換に関する費用の負担が大きくなるため、資金面

での手当が課題となっている。

本議定書では、オゾン層保護のための二国間協

力は、一定の条件を満たせば自国のオゾン層保護

基金への拠出金の20%を限度として、これを基金

への拠出とみなすことが出来るとされ、経済産業

省(旧通産省)を中心に二国間協力プロジェクトの

発掘に努めてきたが、現在までの累計で8件、357

万ドルが実施されたに留まっている。これまでの

実施例としては、中国における液晶洗浄や冷媒分

野における代替物質への転換に関するプロジェク

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第二次環境分野別援助研究会報告書

トがある。

また、二国間協力ではJICAが開発途上国政府の

政策担当者や技術者等を日本へ招聘し、我が国の

代替技術に関する研修を実施している。

今後は我が国の技術や経験をさらに多くの国へ

広めるため、引き続き二国間協力プロジェクトの

発掘に努めるほか、こうした招聘研修の実施や専

門家の派遣等を充実させていくことが期待される。

(4)バーゼル条約(有害廃棄物の国境を越える移動

及びその処分の規制に関する条約)

本条約は、有害廃棄物の国境を越える移動を制

限することを目的として、1989 年に採択された。

条約事務局では、途上国支援の支援のため、有

害廃棄物への対処能力向上に資する信託基金が設

置されており、廃棄物処理に関する技術移転やリ

サイクルを行うための能力向上等に取り組んでい

る。

我が国の拠出金は、全体の25%に及んでいるが、

全額が中国及びインドネシアに設置されているア

ジア地域の技術移転・研修センターの研修プロ

ジェクト等へ振り向られている。

今後、我が国の二国間協力では、本条約の技術

移転地域センターの活動と協調し、途上国におけ

る有害廃棄物の適正管理計画の策定を支援するこ

と等が期待されている。

(5)地球環境ファシリティ(GEF)

地球環境ファシリティ(GEF)は環境条約ではな

く、途上国が地球環境問題に対処するために新た

に負担することとなる費用について、原則として

無償資金を提供することを目的に設立された資金

供与メカニズムである。1989 年、IMF・世銀合同

開発委員会にて仏独が地球環境の保全・改善のた

めの基金設立を提案したことが契機となり、その

後の世銀理事会決議を経て、1991 年に発足した。

GEF は新たな国際機関というよりは、世銀、

UNDP、UNEP 等既存の組織に依存した組織であ

り、ドナー国が世銀に設置されている信託基金に

資金を拠出し、これら3つの事業実施機関がその資

金を使って開発途上国における支援プロジェクト

を展開している。

プロジェクトの対象分野は、①気候変動対策、②

生物多様性保全、③海洋・河川等の国際水域保全、

④オゾン層保護の4分野であるが、この4分野に関

係する範囲で「土地劣化対策」、「砂漠化対処」及び

「森林保全」の活動についても事業が実施されてい

る。なお、オゾン層保護については、前述のオゾン

層保護基金が途上国へ支援を行っているため、ロ

シア、東欧のみが対象となっている。

設立当初のGEFは、1994年までの3年間の試験

期間として約11億ドルの資金規模であったが、試

験期間終了後の正式発足(改組)を経て、現在の

GEF第2期間(1998年~2002年までの4年間)の資

金規模は約27億ドル、36ヶ国が資金提供を約束す

るにまで達しており、今や多国間の資金供与メカ

ニズムとして重要な役割を果たしている。因みに

我が国はGEF第2期間の新規資金約20億ドルのう

ち、その 20%を拠出することとしている。

試験期間中のGEFは、資金が少ないこと、プロ

ジェクトの承認手続が複雑で時間がかかること、

開発途上国の意見が十分反映されないこと等によ

りかなり批判を浴びたが、「国連環境と開発会議」

における検討や1994年の改組、その後の手続簡素

化等により、これらの点はかなり改善されてきて

いる。

プロジェクトは、事業規模によって①フル事業、

②中規模事業、③能力開発に関する事業の3つに大

きく区分されており、これらの事業をすべて合わ

せると、1991年の設立から1999年末まで約680の

事業が140ヶ国で実施されている。分野別の事業数

では、生物多様性が約45%、気候変動が約35%を

占めており、これらの分野で全体の約80%に達し

ている。

事業は、開発途上国のニーズを実施機関が汲み

取って形成されるが、GEFを資金メカニズムとし

ている「気候変動枠組条約」、「生物多様性条約」等

の締約国会議で決定されるガイダンスにしたがっ

て実施されるものもある。具体的な事業内容は、気

候変動対策を例にとれば、条約の適応措置に関す

るアセスメントや温室効果ガス削減のための事業

計画策定、対処能力向上のための研修の実施等と

なっている。

昨年末に残留性有機汚染物質(Persistent Organic

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

113

Pollutants:POPs)の排出規制に関する条約の設立が

合意され、GEF がその資金メカニズムの中心とな

ることが決定したことを踏まえ、今後はこの分野

での積極的な事業展開も期待されている。また、

2000 年 11 月から GEF 第 3 期間の増資に向けた交

渉が開始されている。

● 「国連環境と開発会議」を契機として成立した

MEA等

(6)気候変動枠組条約及び京都議定書

本条約は、温室効果ガスの排出量を抑制又は削

減し、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化する

ことを目的に1992年に採択された。議定書は1997

年に採択されたが未発効である。

本条約の資金供与メカニズムであるGEFが、条

約の適応措置に関するアセスメントや温室効果ガ

ス削減のための事業計画の策定、途上国の対処能

力向上のための研修等の支援事業を実施している

ほか、我が国の二国間協力でもJICAが地球温暖化

対策に関する研修を開催したり、吸収源増大対策

として有効と思われる造林や森林保全のための支

援事業の実施、開発途上国(特に最貧国や島嶼国)

が被る気候変動による悪影響への適応措置等への

支援事業を行っている。

今後、我が国としては、こうした取り組みをさ

らに充実させることで、議定書上温室効果ガスの

削減義務を有していない途上国が自主的に削減に

取り組むことにつなげていくことが重要である。

(7)生物多様性条約

本条約は、地球上の多様な生物をその生息環境

と共に保全すること、生物資源を持続可能である

ように利用すること及び遺伝資源の利用から生じ

る利益を公正かつ公平に配分することを目的とし

て 1992 年に採択された。

本条約の資金供与メカニズムであるGEFが開発

途上国における保全地区設定や利用計画策定等の

動植物保護事業等を支援しているほか、UNEP等の

各種国際機関による支援や各国による二国間協力

も実施されている。

我が国のこの分野における環境協力の例として

インドネシアにおける生物多様性保全行動計画へ

の無償資金協力・技術協力があり、動物標本館の

建設や生物多様性データベースの作成、国立公園

管理等の援助が実施されている。

開発途上国では、各国の優先分野ごとに生物多

様性の動向を把握し、それに対する適切な保全及

び持続可能な利用を実現できる措置をとることが

求められており、我が国としては、専門家の派遣

を通じ、開発途上国における生態系の分類、動向

の把握、遺伝資源へのアクセスと利益配分の適切

な措置等のあり方について協力することができる

と思われる。

(8)バイオセイフティーに関するカルタヘナ議定

本議定書は、環境に悪影響を与える可能性があ

る遺伝子が改変された生物(Living genitically Modi-

fied Organism:LMO)の移送、取扱い、利用、国境

間移動等について適切な保護を国際的に確保する

ことを目的として 2000 年に採択された。

なお、本条約は2000年1月に合意されたばかり

であり、現在、各国でこれに対応するための体制

づくりが進められている。50ヶ国が批准した段階

で発効する(現在は 2ヶ国のみ批准)こととなって

いる。

条約事務局では、現在、LMOのリスク評価・管

理の分野での専門家を登録しており、今後は開発

途上国の要請に基づき適切な専門家が支援を行う

制度を整備する予定である。また、資金供与メカ

ニズムであるGEFが本議定書批准のための各国の

体制づくり設立のための支援事業を検討している。

途上国では、LMOについて適切な国内での利用

及び輸入管理を行う能力向上が求められており、

我が国の二国間協力として、輸入されるLMOにつ

いての生態系への悪影響の有無についての審査、

国内管理に関する制度づくり、人材育成について

の助言や技術支援が考えられる。

(9)砂漠化対処条約

本条約は、砂漠化の影響を受ける地域における

持続可能な開発の達成に寄与するため、深刻な旱

魃又は砂漠化に直面する国(特にアフリカ)におい

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第二次環境分野別援助研究会報告書

てその影響を緩和すること等を目的として1994年

に採択された。

本条約において途上国は、砂漠化を緩和するた

めの資源配分、住民参加の促進、行動計画の策定・

実施等が求められており、GEFが対象としている

4分野に関連する範囲において援助を受けている。

また、各国の二国間援助も行われており、これ

ら二国・多国間の資金援助を促進するための組織

として「地球機構」が国際農業開発基金内に設立さ

れている。

我が国の二国間協力では、灌漑や植林等に関す

る支援プロジェクトが行われているほか、農村住

民による植林を目的とした苗木栽培、植栽地造成

等に対して専門家等を派遣し、技術指導を行う「緑

の推進協力プロジェクト」がセネガル、タンザニア

等で実施されている。

今後の我が国の二国間協力においては、本条約

と連携し、被援助国が本条約に基づく行動計画を

策定していない場合はそのための専門家派遣、策

定している場合にはその実施に関するニーズに応

じたプロジェクトの実施等で途上国を支援するこ

とが可能と考えられる。また、各国が毎年締約国

会議で報告する取り組み状況に関する情報を我が

国の二国間協力に活用する一方、「地球機構」に対

して我が国の二国間協力に関する情報提供を行い、

更なる事業連携を検討することも必要だと考えら

れる。

(10)森林保全

森林保全に関する多国間条約については、必要

性の是非をめぐり国際的な意見の対立が続いてお

り、現在も存在していない。1992年の「国連環境と

開発会議」でも森林の保全や持続可能な利用に関す

る「森林原則声明」が採択されたに留まっている。

「国連環境と開発会議」以降は、「国連の持続可能

な開発委員会」(Commiss ion on Sus t a inab le

Development:CSD)の下に設置された政府間

フォーラムで、各国による政策対話が続けられて

いるが、これまでのフォーラムでは、本来の目的

である「持続可能な森林経営」のために如何なる施

策が必要であるかとの議論が十分行われたとは必

ずしも言えない状況にある。

先進主要国(G8)では、これを補足する形で1998

年からモニタリングの実施や保全計画の策定を中

心とする「森林行動プログラム」を実施しているほ

か、2000年 7月の沖縄サミットでは、特に違法伐

採問題への取り組みがクローズアップされてきて

いる。

また、熱帯林保有国の環境保全と木材貿易の両

立を目的に1986年に設立された国際熱帯木材機関

(International Tropical Timber Organization:ITTO)に

おいても熱帯林保全事業が行われている。

我が国の二国間協力では、砂漠化対処条約と同

様、「緑の推進協力プロジェクト」が実施されてい

るが、これまでの二国間協力やITTO等が行ってい

る活動から得られる「持続可能な森林経営」のノウ

ハウを関係国間で共有するためのワークショップ

を開催し、国連における議論へインプットするこ

とや開発途上木材輸出国における森林保全のため

の人材育成を支援していくことが考えられる。

● その他の条約等

(11)東アジア酸性雨モニタリングネットワーク

本事業は条約ではなく、関係諸国の共同声明に

より、UNEP を事務局として本年から本格稼働す

る。東アジア地域における酸性雨の状況を共通の

方法で観測することで汚染と被害の状況を明らか

にし、今後の国際的な排出源対策の検討の基礎と

することを目的としている。

本事業においても関係国担当者の対処能力向上

が課題であり、観測データの収集・整備とは別に、

1998年からの試行稼働中においてJICAが本ネット

ワークの酸性雨対策に関する研修や専門家派遣等

の事業を実施した。

今後も精度の高い酸性雨データの充実を図るた

め、我が国の二国間協力による集団研修や参加国

における研修、参加国研修生をネットワークに指

定された酸性雨研究センターに招へいして行う個

別研修、専門家の派遣、モニタリング機材の供与、

ネットワークセンターを通じた技術ミッションの

派遣や研究員の受入れ等を本ネットワークの活動

と連携しながら行っていくことが有効と思われる。

また、本ネットワークが本格稼働を開始したこ

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

115

とを踏まえ、今後は排出源対策を視野に入れた二

国間協力の実施が従来に増して重要であり、発生

源の情報整備等に関する調査なども実施すること

が必要となる。

さらに具体的な事業としては、本ネットワーク

の観測結果も十分活かし、中国における脱硫設備

の設置促進を中心とした大気汚染防止モデル事業

をさらに各地へ普及させていくことが考えられる。

(12)その他

上記以外にも国際的な海洋汚染の防止を目的と

した「国連海洋法条約」、「特定有害化学物質等の国

際貿易の同意手続に関するロッテルダム条約

(Rotterdam Convention on the Prior Informed Consent

(PIC)Procedure for Certain Hazardous Chemicals and

Pesticides in International Trade)」など数多くの環境

保全を目的とした条約があるほか、今般、POPsの

排出規制に関する条約案が成立したところである。

今後新たに成立してくるMEAについても、条約

としての取り組みはもちろん、二国間協力でもこ

れと連携し、効率的で我が国の主体性が見える援

助としていくことが求められている。

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第二次環境分野別援助研究会報告書

1. はじめに

第 3 部は非常に広汎な環境協力のテーマが紹介

され、今後の処方箋が何通りにもわたり力説され

ている。各章のテーマは民間・公共分野それぞれ

が相互に関連した問題であり、世銀のCDFのよう

な包括的な展望のなかで論じられるべきものであ

る。また、環境保全はだれにとっても容易な課題

ではないが、必ずしも日本や日本人が得意ではな

いジャンルもあるように思われる。このように第3

部は、かなり挑戦的なテーマ設定ではあるが、今

後の環境協力にとって看過できない重要なものば

かりである。昨今は、「国連環境と開発会議」の時

のような環境保全の意識の高まりが見られないと

の指摘が環境 NGO の側からも聞かれる。確かに

2000年11月のオランダでの国連気候変動枠組条約

の第6回締約国会議(COP6)のような国際社会での

長い議論の応酬が今は必要で、比較的に地味な季

節に入っている。しかし、各章にある視点は「国連

環境と開発会議」から続いている根本的なものばか

りである。

特に強調したいのは、今日のグローバリゼー

ションが債務問題、国際商品価格や国際資本フ

ローの不安定性、情報に対するアクセスの格差な

どを伴い、開発途上国の貧困問題に多大なる影響

を及ぼしていることである。今日の環境劣化の問

題は、その被害が貧困層において最も甚大になる

ことから、貧困問題の原因ともとらえられ、グロー

バリゼーションの「負の側面」の1つともとらえら

れる。したがって、環境援助は、市場メカニズムで

はカバーすることのできないこの「負の側面」を削

減する先進国の責務であり、貿易立国・資源小国

の日本としてはこれを非常に重視すべきであろう。

本章では、これまでの9章を自然資源管理、都市環

境管理、地球環境問題、政策的なソフトウェアの

問題の4グループに分類し、それぞれの提案の活用

について追加的に考察した。最後に、まとめと新

たな展望として、これらの問題のもつ総合性、全

体性にいかにかかわっていくかにつきグローバル

な次元、日本からのメッセージに関する考察も含

ませて、テーマ別の総括とする。

2. 環境問題の困難性

1992 年の「国連環境と開発会議」効果により、

1990年代前半の各ドナーの環境援助予算の拡充は

一般的に目を見張るものがあった。例えば、世界

銀行の1995年の案件数及び誓約援助額は137件100

億ドルで、これは「国連環境と開発会議」前の1991

年の45件30億ドルから3倍に拡大した。我が国も

「国連環境と開発会議」では環境ODAを1992年か

ら5年間にわたり9,000億円から1兆円供与するこ

とを意図表明し、その目標は 4 割増しで達成され

た。こうした環境援助の増加の背景には、地球規

模の環境問題の認識、途上国での工業化の進展や

人口の増加による汚染負荷の急速な蓄積、ロシア・

東欧・中国の「移行経済」下での「規模の経済」がも

たらした大規模な環境破壊、なども存在した。

途上国と言っても、所得、社会指標、ガバナンス

など様々な格差が生じている。先進国レベルに

キャッチ・アップしつつある中進国もあれば、経

済成長がある程度持続しているわりに環境破壊が

著しい中国のような国もあれば、アフリカのよう

に多くの人口が深刻な貧困から抜けだせないまま

環境の劣化も止められない地域もある。途上国で

はメディアの自由な報道ができない国もあるし、

環境活動家が暗殺される国もある。また、国内の

地域間格差も都市、農村に典型的に見られるよう

に拡大している。環境破壊も都市、農村間で因果

関係が交換されている場合も多い。都市部の人口

の増加が農村の農地を需要に見合った過剰生産で

荒廃させたり、都市部の生活排水が湖沼に流れ込

んで内水面漁業に影響を与える、という具合であ

る。

自然資源分野では、森林や草地、土壌、水資源な

ど再生可能な自然資源の管理が適正に行われな

第10章 総括

笹岡 雄一(国際協力事業団)

Page 92: 第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題 - JICA...第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題 27 環境分野は多様であり、この第3部の各章に見ら

第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

117

かったために砂漠化、森林枯渇、土壌流出、水資源

の急激な減少、農地の荒廃などが起こり、こうし

た資源に依存してきたコミュニティが生存基盤を

失って崩壊、離散している事例も数多い。これら

の地域では、移住、環境難民や紛争が発生しやす

くなっている。都市環境分野では、多くの国で農

村の崩壊に伴って都市人口が急増し、都市として

の機能を果たすために必要なインフラストラク

チュアの整備が追い付かないために深刻な環境問

題が貧困層を直撃している。経済発展の重要な手

段として期待されていた工業化の方法が適正でな

いため、水質・大気・産業廃棄物の管理が疎かにさ

れ、住民の健康に悪影響が及んでいる場合も多い。

このような多様な環境問題の解決のためには、

自然資源管理、都市環境・産業公害管理、地球環境

問題のいずれをとっても開発途上国自身が今後努

力すべき点が多々あり、これらがニーズとして検

討されるべき事項と考えられる。この意味で政治

的な民主化や地方分権化、表現の自由などのガバ

ナンスも環境問題の解決のために重要な要素であ

る。1980年代からアジアや中南米ではガバナンス

の顕著な進展がみられ、アフリカでも分権化が進

んでいる。他方、貧困問題は環境破壊と難民の発

生、紛争との間で悪循環をなしている場合もあり、

非常に解決が難しい。債務問題や貿易、投資、武器

輸出のようなグローバルな問題と民族対立、資源

の争奪のような地域固有の問題とが交錯し、従来

の環境科学の領域を超えた新たな対処法の検討が

必要である。

また、地球環境問題のように、先進国と途上国

で汚染原因をめぐる責任問題が明確な決着をみて

いないものもある。一般に環境保全は途上国の財

政が負担し得ないような資金規模であり、他方貧

困国の環境予算そのものが世銀やUNDPにより財

政援助されている場合も多い現状なので、援助機

関はキャパシティ・ディベロップメントについて

は長期的な視点で取り組むことが求められる。そ

れは環境法や環境の専門部局を外部から導入する

だけでは全く不十分で、内部から制度的、資金的、

技術的に支えられるようにしなければならない。

開発一般においてさえ持続可能性をうみだすのは

難しいところ、ましてや短期的な収益を生まない

環境分野において持続可能性を確立するのは容易

なことではないであろう。

環境問題は、最終的にはそれぞれの国々の社会

経済的な条件の中で解決する他なく、先進国のな

かでもこの2、30年の間に解決策が試行錯誤されて

きた分野である。したがって、現在の途上国にお

いては一般の開発問題とは異なり、非常に新規な

アプローチをその社会に導入することになる。こ

の政策の実施には、本来は税制や規制から産業政

策、貿易政策、都市政策などいろいろな段階の公

共政策やプログラム戦略一般がかかわることにな

り、こうした政策を可能にする社会経済的な制度

の確立も求められている。次に、総合的かつ長期

的に取り組むことが必要であり、これは途上国の

みや限定規模のドナー、NGOだけでは到底解決で

きない国際的な協力体制を構築する必要のある

テーマである。

3. 自然資源管理

レスター・ブラウンの「地球環境報告」など多く

の人々が警告しているように、地球は資源の枯渇

という意味で病んでいる。多くの地域で、森林、土

壌、草地などの自然資源が急速に減少し、その資

源に依存してきたコミュニティが崩壊した。この

問題は貧困問題と密接に関連しており、コミュニ

ティのサステナビリティは世界銀行などの新しい

イニシアティブにも現れていることは第 2 章でみ

たとおりである。第4章は、自然環境の幾つかの把

握の仕方が紹介され、その保全協力の長所・短所

を描いている。特に、図3-7の自然環境資源の利

用と保全の概念図は、立体模型であり、技術と自

然回復力との関係が表現されている。これまでの

日本の協力の傾向としては、資源開発優先であっ

たという指摘もあった。今後の課題としては、協

力事業に携わる人材育成の面からの検討も行われ、

NGOなど現地の人的資源の参加や関与が強調され

ている。

豊富な自然のなかに少人数のコミュニティが生

活してきた地域では資源管理のノウハウや知識は

歴史的に身についてこなかった。このため大規模

な商業伐採による熱帯林資源の衰退、焼き畑農業

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118

第二次環境分野別援助研究会報告書

の休閑期間の短縮による森林の減少、低地農民の

林地への侵入、人口増加に伴う燃料材の採取過多

による疎林の消失、過放牧による草地の劣化、な

どの問題に対応しきれなかった。他方、厳しい環

境のなかで限られた資源しか有しなかったコミュ

ニティは、資源の枯渇とコミュニティの崩壊の関

係を知悉していたと思われる。この意味で、日本

の伝統的なコミュニティには持続的な資源管理の

知恵はあった。そのベースに乗った従来からの行

政経験や研究は多い。しかし、日本には途上国の

資源管理にとって有用な現場における技術の蓄積

がないと指摘されており、この克服に現地のNGO

などを活用すべきと提言されている。

途上国政府は、自国の自然資源管理の適正化を

推進し、国民の生活安定を図るべきである。貧困

の文脈で言えば、政府が適切な資源管理政策を

行って、国民の脆弱性やリスクを減少させるべき

である。しかしながら、自然資源管理に必要なノ

ウハウ、法律・規則、政策及び制度は整備されてお

らず、管理は適切に行われていない。したがって、

自然資源管理は本来コミュニティが行うべきとの

論点が強調されることになる(第 5 章)。政府機関

はフィールド・オフィスを設置して地域の資源評

価を実施し、資源管理計画を作成、その計画を普

及啓蒙・教育活動などをとおしてコミュニティに

実行してもらう関係となろうが、この原則も実施

されていないのが途上国の実情である。

自然資源管理を強化する様々な組織のキャパシ

ティ開発が重要であり、これを環境ガバナンスと

表す向きもある(第 3 章)。ガバナンスとガバメン

トは必ずしも同じものではなく、政府(中央・地方)

を強化するアプローチ、コミュニティを強化する

アプローチ、NGOを強化するアプローチなど様々

である。それらは必ずしも排斥的な関係にはなく、

中央政府は政策や法、全国的な組織に通じ、地方

政府ないし中央からの資源管理のための現場事務

所(フィールド・オフィス)は特定の地域の資源賦

存状況に詳しく、コミュニティは構成員の生活向

上の動機と抱き合わせの視点に強く、それぞれ相

互促進的な関係にある。この中で第4章が期待する

NGOの本来の役割は弱体な政府とコミュニティの

あいだに立って事業を進めつつ双方の組織を強化

することにあるのだろう。

第5章の社会環境では、コミュニティの潜在能力

が着目され、エンパワメントの対象は専らコミュ

ニティになっている。第2章でもコミュニティと貧

困者のエンパワメントという視点が提示されてい

る。第5章は、途上国の自然環境荒廃という具体的

な事例に基づいた社会環境問題の分析である。生

活格差や歴史的な背景をもった資源の不平等配分

が森林などの共有資源を消失させる原因とされて

おり、これと対極的な対等な成員からなるコミュ

ニティが持続可能なモデルとして取り上げられ、

ボトムアップを意図した効果的な協力の鍵が語ら

れている。確かに自然資源の減少により貧困にあ

えぐ特定地域のコミュニティを直接支援すること

は、パイロットないしはデモンストレーション・プ

ロジェクトとして大きな効果をあげることが期待

される。

ドナー(援助機関、NGO)が存在するうちは、対

象となる地域に技術や資金の供与がなされて多く

の事業は成功するかもしれない。しかし、このう

ちどの位が永続する、持続可能なものになるのか

は常に考えねばならない視点であろう。第1に、コ

ミュニティの内部で生産側の発展と、インセン

ティブや配分の公正との兼ね合いをどう考えるべ

きか、第2に、プロジェクトの成果の普及において

市場原理が入ってくる場合、レプリカビリティ(模

倣可能性)とサステナビリティ(持続可能性)のト

レード・オフをどう考えるかという視点がある。例

えば、UNDP のプロジェクトでは途上国の未利用

資源を商品として先進国に販売し、急激に農民の

所得を増加させたが、その後近隣の村々の農民も

競って同じ商品を作り出したので市場価格と収入

は急落した。これなどはプロジェクトがパイロッ

トとして成功すればするほど、ほかのコミュニ

ティにとっても模倣可能(レプリカブル)になり当

初プロジェクトの持続可能性が低下する現象であ

る。

また、NGOならともかく、政府機関や大きな援

助機関の場合特定地域にばかり援助をし続けるこ

とはできない。一般的には、ある程度の広がりを

有する自然資源管理が必要で、長期的には地方行

政機関の役割も検討せざるを得ないだろう。そし

Page 94: 第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題 - JICA...第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題 27 環境分野は多様であり、この第3部の各章に見ら

第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

119

て面的な普及段階を考慮しても無理のない規模の

投資が当初から検討されるべきであろう。しかし

ながら、このような最終受益者たるコミュニティ

の参加に基づく環境保全を行うアプローチは第 5

章にあるように当事者意識の形成に対する支援と

して有力である。コミュニティ自身の計画作成と

実行能力の形成を企画したうえで、地方の行政機

関などに対して副次的に資源の把握や実行計画の

作成支援を求める方法なのである。

最後に、第4章も第5章も従来の協力形態(スキー

ム)で言えば、地方に展開する「プロジェクト方式

技術協力」や「開発福祉支援」のような協力形態を

想定しているように思われるが、「開発調査」のよ

うな協力形態ではどうなるのだろうか。もし地元

のNGOが育成されてくれば、本邦企業のサブ・コ

ントラクトの形で参加してもらうことも可能であ

ろう。さらに、本邦コンサルタントと外国人コン

サルタントとのジョイント・ベンチャーにおいて

も、日本の経験と異なる手法への OJT(On the Job

Training)を含めた学習プロセスがうまれる可能性

はあるだろう。しかし、こうした広汎な可能性を

指摘するとともに、援助の対象国に対する国別計

画・戦略の策定、更新も考える必要があるだろう。

環境分野で現地の事情に精通した協力を行うには、

地域ごとか資源タイプ別にか選定された国々に対

する個別の協力を長く行った方が、多くの国々に

限定した協力を行うよりも効果があるだろう。

4. 都市環境管理

第2章でもみたように、開発途上国では人口の都

市への集中が続いている。これには地域差がある

が、一様に途上国の首都や主要都市においては人

口が急激に増加しており、都市部が提供するイン

フラストラクチュア、公共サービス及び雇用機会

は人口に追い付いていない。都市に比較的に新し

く住みついた貧困層は大気や水質の汚染、一般廃

棄物や産業系の汚染から身を守れないばかりか、

電気、水道、トイレもないスラムが拡大し、失業者

が増えて治安も悪化した環境で暮らしている。第7

章の都市環境は、急速な都市化に由来する問題を

列挙し、その特質を貧困と環境、サービスの提供

主体という点で日本の経験と異なるものとして論

じた。こうした見地から、日本や他の援助機関の

今後の協力を論じており、土地政策、貧困対策な

どの体系的な環境協力のあるべき姿を提示してい

る。

都市問題も、都市計画に基づき地方の行政機関

が関わることが求められている。しかしながら、多

くの途上国では各機関が与えられた役割のみに固

執し、関係機関との調整を行うという集合的行動

(collective action)が欠落している。この結果環境規

制などに実効がなく汚染が放置されたり、産業系

の汚染のモニタリングの未実施などが起きている。

1990年、世銀及びUNDPは、第7章にあるように、

アジアの 6 首都に対して「Urban Management

programme(MEIP)」という都市環境改善プログラム

に取り組んでいる。これは広汎な利害関係者の参

加を含む総合的な観点からの戦略やアクションプ

ラン、制度の強化であった。受入れ機関のキャパ

シティの制約や、途上国の財政能力を超えた投資

規模が課題になっているが、長い目で取り組む必

要があるのだろう。

具体的には、WHOのように住民の健康被害を把

握し、その将来予測を行う作業から取りかかるべ

きであろうか。第7章でも述べているように、弱者

が公害などの被害にあわないためにも都市の土地・

貧困政策は非常に重要である。ただし、先進国の

中で日本は控えめに言っても総合的な都市計画を

つくる能力で傑出しているわけでもない。従って、

第 7 章は都市環境計画の前段として日本側のコン

サルタントの経験だけでは限界があることから他

の援助機関との連携を重要としている。また、サー

ビスの提供では日本で言えば地方自治体の領域に

ついても、民営化や民間委託、低所得者地域の極

小企業を提言している。また、都市貧困には「開発

福祉支援」や「開発パートナー事業」が有望であり、

使いやすい援助の協力形態(スキーム)に育てあげ

ていくことも強調されている。

第6章では、産業公害の問題と課題を被援助国と

日本側に分け、援助組織の体制の問題にまでふみ

こんだ分析がなされている。今後の戦略のところ

では、「クリーナー・プロダクション」の導入やISO、

案件形成の促進、環境産業、協力の手法の改善を

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120

第二次環境分野別援助研究会報告書

論じている。最終的に、担い手の人の問題、NGO

との関連まで言及したのは第 4 章と同じ帰結であ

る。モデル事業のところでは、公害防止施設など

の導入も提言されているが、途上国では中進国を

除きパイロット事業の運転資金すらない事情があ

る。また、従来の「環境センター協力」の限界を論

じ、現場を重視した対策が指摘されている。民間

市場のクリーナー・プロダクションに対するODA

の貢献も課題となる。これらの問いについては、都

市環境と同様、住民の健康影響をもとに優先順位

を付けた計画の策定作業を進めるとともに、各国

別にステップ・バイ・ステップで検証する必要が

あろう。

産業公害の防止も都市の環境管理も、法体系、政

策、実行体制(エンフォースメント)などの制度、人

材の育成、啓蒙普及事業、企業、NGO、コミュニ

ティの参加などの幅広い要素が存在する。例えば、

公的借款により環境関連の機器を工場に導入する

ことが可能であっても、それを生産工程で用いれ

ば製品の生産費用を上げて競争力を下げてしまう。

これが市場で定着するようになるには、受入れ国

の経済発展や国家財政などの要因も影響するし、

その社会の環境意識や人権意識の高まりも関係す

る。この意味で第6章が手法について語る我が国の

経験と協力当該国の相違点の把握と協力戦略の作

成は重要である。

5. 地球温暖化問題

「国連環境と開発会議」は1972年のストックホル

ム「国連人間環境会議」の20周年目に開かれた。会

議のテーマは、20年間のあいだに先進国間の国際

的な汚染の波及から地球的規模の問題に移行した。

地球的規模の問題としては、オゾン層破壊、地球

温暖化(気候変動)、種の絶滅、生物多様性の 4 つ

が存在した。気候変動枠組条約について米国の

ブッシュ大統領(当時)は署名に加わらず、米国は

CO2 の排出源の増加については人口の増加、さら

にシンク(sink)の減少については森林破壊という

ように途上国側をむしろ潜在的な主たる汚染原因

としてとらえた(後に、クリントン大統領が署名)。

これに対し途上国やNGOはもちろん反発した。地

球的規模の環境問題は、このように地球的規模の

政治的なプロセスのなかで対応が決まるものであ

る。

第8章は、CO2が温室効果ガス(GHGs)のなかで

決定的に重要な理由、途上国に対する影響と気候

変動枠組条約、対応メカニズムについて説明した

後、GEFなどの国際的な取り組み、ISDのような日

本の取り組み、そして温暖化対策としての途上国

援助のあり方が論じられている。温暖化の進行は

避けられない事実であるので、排出抑制策ととも

に適応策を講じるなどバランスのとれた視点が提

示されている。ただし、地球環境問題の対策につ

いては、周知のとおり先進国内のコンセンサスと

ともに途上国からの支持をいかに動員できるのか

が依然大きなテーマである。これは、具体的には、

気候変動枠組条約 3 条における途上国と先進国の

「共通だが差異のある責任」原則の解釈をどのよう

に確定させるかという問題でもある。

2000年のオランダにおけるCOP 6では先進国間

の排出上限値につきコンセンサスが得られずシン

クの取扱いについても難航したが、クリーン開発

メカニズム(CDM)については、ODAの適用可能性

がほぼ承認された。しかし、依然として途上国の

反対は強いであろうし、COP 6 でもシンクまで含

むのかどうかも決着していないという。ただし、第

8章が言うようにCDMプロジェクトに係るキャパ

シティ・ディベロップメントをODAで支援するこ

とは問題がなく、その具体的方途につき政府、援

助実施機関は早急に検討すべきであろう。環境対

策が途上国において支持されにくい事情がある中

で、地球環境対策はさらに途上国にとり先進国側

に大部分の責任があるとみなされている。この意

味で、途上国側に温暖化対策にも資する多面的利

益をもたらすプロジェクト(省エネルギーや排出抑

制など)を支援していくのは非常に重要である。

6. 政策的なソフトの問題

環境アセスメントは、1986年のOECDの勧告に

よって途上国援助事業において、大規模な開発に

ついてはその計画段階で実施することが求められ

ており、これ以降、多国間や二国間の援助機関で

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第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

121

各種EIA ガイドラインの作成が行われ、計画アセ

スメントが実施されている。第1章は、開発とアセ

スメントの関係、アセスメント逃れを防ぐための

アセスメント法、そして事業アセスメントから戦

略アセスメントという展開で先進国においてどの

ように戦略的環境アセスメント(SEA)が定着して

きたかが語られている。そもそも途上国において

は、いまだに事業アセスメントのレベルでも運用

上の問題があり、住民参加、情報公開や意思決定

過程の透明化に対する社会的理解がないとアセス

メントの適切な運用は困難であろう。

事業アセスメントの運用は世銀やその他ドナー

融資の条件となっているため多くの途上国で実施

され、進展がみられる。同時に、それを囲む社会環

境として民主化や分権化も進み、政府やマスコミ

の対応にも急速に変化が見られる。しかし、事業

アセスメントから戦略的なアセスメントに進化さ

せていくには克服すべきテーマが多く、さらに途

上国にはベースライン・データも無いなど能力の

点で限界がある。しかし、横浜市青葉区における

SEAの試みなどは途上国の「参加型開発」と全く同

じ課題を有しており、途上国に対する適用可能性

がここに示唆されているように思われる。

貧困(第2章の他、第4章、第7章でも言及)は、

グローバリゼーションの進行のなかで主要ドナー

から非常に重視され、同時に、国際的なドナーの

協調、パートナーシップも強力に求められている。

PRSP然りであるが、環境保全もその多くが同じコ

ンテキストを共有している。この意味では途上国

のトータルな自然破壊にどのように対処するのか

が問われており、都市インフラストラクチュア整

備、貧困、環境などを一体としたプログラム的な

取り組みが生まれるのかどうかも問われている。

都市と農村の問題はそれぞれの固有性をもつとと

もに一体的な連鎖の関係でもある。インフラスト

ラクチュア整備は開発過程を進めるとともに、利

益を受ける層と受けない層の格差を拡大させ、環

境にも影響する。あらゆる開発が整合性をもつよ

うな地域開発プログラムの視点が重要になるだろ

う。この総合的、全体的な視点と計画段階におけ

るSEAとの関係も重要である。事業開発行為の一

連の流れを環境という枠組でとらえ、計画の意思

決定過程の全体性と透明性を確保し、公正にモニタ

リング評価する手法が重要になっているのである。

第3章でも論じられたように、環境とガバナンス

は、手段でも目的でもある。そこから実効的な協

力を個別具体的な協力形態(スキーム)に即して論

じ、今後の環境ODAの展開としては環境意識の向

上、柔軟性の確保、戦略的・長期的視点などが論じ

られている。包括的な協力や柔軟性が求められて

いるが、包括性については第1章のSEAに通じる

ところがある。ガバナンスを環境協力の制約要因

と考えると、情報の公開や健康被害の提示は重要

である。また、環境意識向上の努力がプロセスと

して人権や民主化といったガバナンスそのものに

影響するという力学も説得的である。ガバナンス

支援の発展過程における担い手は、第3章が説くよ

うに、政府のみではなくNGO等の市民社会、企業、

コミュニティがあり、アプローチは途上国の内発

的な持続可能な発展を考えるべきであり、これら

は第4章、第5章などの環境保全の叙述と通じるも

のがある。

環境ガバナンスについて考える際、環境援助は

様々なハード、ソフトの要素を抱き合せていなけ

ればならないというメッセージが伝わってくる。

SEA もガバナンスも、公共政策全体に対する視野

と国際的な目配りまでが求められている。こうし

た協力を進める際には、環境と共に意思決定の透

明性やガバナンス分野における効果の測定、両者

の影響関係の考察も必要になるであろう。一般的

には、環境協力が最も社会的な意味で対処しにく

い領域ほど、ソフトの視点が重要になるだろう。環

境問題に全体で取り組むという視点は、第2章の貧

困削減プラス環境や第 7 章の都市環境協力の提言

とも関連する。従来の環境案件は、環境を直接対

象とするかインフラストラクチュア開発などで環

境配慮を行うかの 2 方向性であったが、第 3 部に

よって環境を都市、貧困、ガバナンスなどの広い

領域のプログラムの一部に位置付けて保全効果を

高める手法が提唱されるに至った、と考えられる。

7. 幅広い視点からの環境ODA

先進国が開発途上国の開発のあり方に関与し、

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122

第二次環境分野別援助研究会報告書

協力し、介入するのはODAばかりではない。貿易・

投資、ODA を含む経済協力、環境政策の波及の3

つくらいの国際的な観点で考察し、この中でODA

が最も効果的な協力をあげるにはどうしたらよい

かが検討されるようになってきた。それが国際環

境世論に対する先進国のメッセージともなってき

た。環境問題は広汎であるだけに、民間セクター

や国際社会の様々な動向とかかわりがある。そし

て、因果関係だけでなく、被害も地球規模のもの

から地域的なもの、国際的なもの、国内のものと

いった様々な次元で重層的に起きている。こうし

た全体像を見極めるのは容易ではないが、この中

にODAを位置付けなければ援助の効果を順調に得

るのは難しくなっている。

貿易や投資といった経済活動も、国際的な次元

になると、一般に環境や社会的費用を市場に内部

化するメカニズムが働かない。これが途上国に影

響を与える一方、途上国の中でも更新可能な資源

の減耗が進んでいる。関税及び貿易に関する一般

協定(General Agreement on Tariff and Trade:GATT)/

世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)や

地域統合のような貿易自由化の流れでは、環境保

護の水準の相違が非関税障壁ととらえられる一方、

製品の国際競争力にも影響を与えることが認識さ

れている。次に、DACで議論されている貧困削減

を求める流れのなかでは、政策一貫性(po l i c y

coherence)も重視されている。これは、開発援助以

外の政策を先進国が決定する際に途上国の貧困削

減に与える影響を考慮して全体として効果のあが

る政策形成を行うべきとの認識である。環境にも

同様なことが言え、援助案件の環境配慮だけでな

く、貿易や投資などの政策を通じて間接的に途上

国に環境影響を起こす事象についても配慮する必

要性が高まっている。

経済統合が進んでいる欧米地域では、貿易や投

資の自由化を進める際に、環境保護水準の違いを

どの程度容認するかのルールづくりが必要となっ

ている。EUに加盟したい国々は環境保護水準を大

幅に引き上げるインセンティブをもつし、EUに輸

出する国々すらその製品のみならず生産工程にお

ける環境基準を上げないと EU から禁輸措置を受

ける事態が生まれている。その代わり、EUは生産

工程の環境を向上させる技術支援も実施している。

EUは環境を軸に国際的な政策を形成する傾向があ

るが、米国は拡大通商法を通して自由貿易体制の

中に援助や環境を位置付ける傾向にある。1992年

に調印された北米自由貿易協定は、米国とメキシ

コのあいだに環境法制の調和化と実施のために各

種の協力とモニタリングの枠組みを形成させた。

こうした中で従来の日本は、「東アジア酸性雨モニ

タリングネットワーク」(これもマイルドなアプ

ローチであったが)などの試みを除いて、環境保護

分野での貿易、投資、援助、地域統合をとりまとめ

る包括的なスタンスを示せていない。

日本もグローバリゼーションの進展があらゆる

人々の福祉と自由に資するように環境保護を積極

的に支援すべきであり、同分野においてもより政

策介入を強めるべきであるが、同時に日本は欧米

流の内政干渉をあまり好まず、途上国の自助努力

を称揚する外交原則を有し、近隣諸国との地域統

合のプロセスも緩慢である。したがって、欧米の

ような途上国に対する環境政策をほかの政策と積

極的にリンケージする可能性は当面高くはないと

は考えられる。しかし、日本の場合は、地道にマイ

ルドに粘り強く環境改善を協力の中で途上国に働

きかける姿勢を採ることができる。第3部の多岐に

わたる提言は、このような日本の立場を踏まえ、少

なくともODAの分野では積極的、かつ様々な要素

が取り込まれた包括性を示した方針になった。環

境分野の拡充、特に質の向上を企図して、かかる

見地から 3 つの視点を示唆して結語としたい。

第1に、環境意識の向上やアセスメント、ガバナ

ンスとの関係からも、自然資源管理の方法からも、

政府(中央・地方)のみならずNGOや市民社会を含

めてより積極的に関与するODA政策を採用すべき

であろう。環境援助については、少なくとも実施

段階では、政府間(G-G)の視点を完全に凌駕して

市民社会の視点から案件を形成し、進捗させ、モ

ニタリング評価する必要がある。この観点からは、

途上国のNGOやコミュニティ、市民社会の参加が

重要であり、それらの育成策についても相手社会

の主体性(オーナーシップ)を尊重しながら進める

べきである。SEA の意思決定プロセスは、簡易的

な手法であれば途上国でもドナーの支援のもとに

Page 98: 第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題 - JICA...第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題 27 環境分野は多様であり、この第3部の各章に見ら

第3部 テーマ別に見た環境協力の現状と課題

123

実施できる展望がある。

第2に、環境案件は従来の直接支援型、ほかのセ

クターとの関係での環境配慮型という 2 方向性の

みならず、貧困、都市、ガバナンス、自然資源と

いった幅広いプログラムの中の必須な構成要素と

して位置付けられる展開も有効である。これを環

境コンポーネント型の案件と呼ぶと、その特徴は

狭い技術的な分野の投入に限定されない当該社会

の地域性をもった内的な発展に資する幅広いハー

ド、ソフトのキャパシティ・ディベロップメント

である。環境改善や貧困削減、健康改善などの社

会的影響についてもモニタリングする体制をつく

ることが求められており、これを他のドナー、

NGOとともに行うことが必要である。プログラム

の包括性のなかで環境保全は参加者にインセン

ティブやサンクションを与えるその他の要素と抱

き合わせに計画され、より当該社会のなかで実効

性を持ち根付くように計画される。地球温暖化な

どの地球規模の課題についてもこの手法は有効で

あろう。環境案件は、環境コンポーネント型を加

えて3方向性となることで、より総合的なアプロー

チが可能になるのである。

第3に、グローバリゼーションが途上国の貧困層

などの弱者に与える負の影響との関係では、質の

高い環境援助を広汎かつ有効に進展させることが、

環境、貿易、投資などの国際的な議論において比

較的に顔の見えない日本政府の政策や日本社会の

メッセージにとって補完的な手段になるだろう。

我が国の政策としては、食品衛生法に違反しなけ

れば禁輸措置ができなくても、途上国の食品の安

全性を高める協力は他国に先んじて行うことがで

きるだろうし、途上国政府に民主化を援助のコン

ディショナリティとして求めなくても日本のNGO

の育成を行い協力活動を続ければ、途上国の市民

社会の形成に間接的に関われる。つまり、日本は

限られた国際貢献の手段の中で、環境ODAを国際

社会での途上国に影響を与える公共財として捉え、

国際環境条約(MEA)にもODAをリンケージさせ、

寡黙な実践者として欧米社会にも負けないほどの

メッセージの送り手としてその包括的、実効的な

内容を実現すべきなのである。