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第36回国際水圏環境工学会世界大会(The 36th IAHR World Congress) および USGS での河川の流れに関する数値シミュレーション講習会への参加報告 阿部 孝章 井上 卓也 ** 川村 里実 *** 西原 照雅 **** 矢野 雅昭 ***** 杉原 幸樹 ****** 1.シンポジウムの背景と概要 第36回国際水圏環境工学会 世界大会(The 36th IAHR World Congress、以下「IAHR2015」と表記)が、 2015年6月28日~7月3日の日程でオランダのデン・ ハーグ(Den Haag;The Hague)において開催されま した。ハーグはオランダの中でも国会議事堂や各国大 使館が所在する政治の中心都市であり、国際会議も数 多く開催されています。IAHR2015はそのような国際 会議場の一つ World Forum で開催されました(写真 -1)。 この学会は1938年に第1回が開催されて以降、概ね 2年に1度開催されてきており、水工学関係分野の学 会の中では最も長い歴史を持ちます。河川や港湾に限 らず、世界中から水に関する諸問題に取り組む研究者・ 技術者が集う貴重な機会となっています。今回、本学 会にて寒地河川チームから3名、水環境保全チームか ら3名が参加し発表を行いましたので、以下ではその 概要について発表日及びセッション別に報告します。 また、翌週の7月8日-9日にアメリカコロラド州 ゴールデン市にある USGS(アメリカ地質調査所) Geomorphology and Sediment Transport Laboratory (GSTL)において、USGS の研究者・技術者を対象と 写真-1 会場の World Forum した iRIC(河川の流れ・河床変動解析ソフトウェア) 講習会が開催されました。今回、寒地河川チームから 2名が講師として参加しましたので報告します。 2.IAHR2015における発表について 30日火曜日には、Environment - Ecosystem(環境 -生態系)のセッションにおいて、矢野研究員から Hyporheic flow caused by bar morphology on Chum Salmon spawning area(砂州地形によりシロザケ産 卵域で生じる浸透流)と題して口頭発表を行いました 写真-2(a) )。詳細な現地調査データと数値計算に 基づき、砂州地形により誘発される浸透流がシロザケ 産卵環境に良い影響をもたらすことを報告したもので す。質疑時間では、調査対象の豊平川が寒冷地河川で あることから、河川結氷状況や水中で発生する氷がど のように影響を及ぼすかについて質問がありました。 Sediment - River(土砂-河川)のセッションにお いて、川村研究員から Characteristics of meandering streams after construction of the straight low-water channel in the Otofuke River(音更川における直線 状低水路構築後の蛇行流の特性)と題してポスター発 表を行いました(写真-2(b) )。写真は、ポスター発 表者に対して与えられる3分間の Poster Pitch(ショ ートプレゼンテーション)における発表の様子です。 音更川における低水路河道直線化後の蛇行流路の発達 を検討するため、数値実験を行ったものを報告したも のです。また、同セッションにおいて井上研究員から An experimental study on the bedrock re-exposure by sandbar formation and channel curvature(砂州 形成と河道曲率による岩盤河床の再露出に関する実験 的研究)と題しポスターセッションにて発表を行いま した(写真-2(c) )。石狩川中流部において、岩盤河 床上の砂州形成に関する中規模現地実験の結果を報告 したものです。発表後には観測データに関する情報交 換の打診がありました。 報 告 寒地土木研究所月報 №748 2015年9月 47

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  • 第36回国際水圏環境工学会世界大会(The 36th IAHR World Congress)および USGS での河川の流れに関する数値シミュレーション講習会への参加報告

    阿部 孝章* 井上 卓也** 川村 里実***

    西原 照雅**** 矢野 雅昭***** 杉原 幸樹******

    1.シンポジウムの背景と概要

     第36回国際水圏環境工学会 世界大会(The 36th IAHR World Congress、以下「IAHR2015」と表記)が、2015年6月28日~7月3日の日程でオランダのデン・ハーグ(Den Haag;The Hague)において開催されました。ハーグはオランダの中でも国会議事堂や各国大使館が所在する政治の中心都市であり、国際会議も数多く開催されています。IAHR2015はそのような国際会議場の一つ World Forum で開催されました(写真-1)。 この学会は1938年に第1回が開催されて以降、概ね2年に1度開催されてきており、水工学関係分野の学会の中では最も長い歴史を持ちます。河川や港湾に限らず、世界中から水に関する諸問題に取り組む研究者・技術者が集う貴重な機会となっています。今回、本学会にて寒地河川チームから3名、水環境保全チームから3名が参加し発表を行いましたので、以下ではその概要について発表日及びセッション別に報告します。 また、翌週の7月8日-9日にアメリカコロラド州ゴールデン市にある USGS(アメリカ地質調査所) Geomorphology and Sediment Transport Laboratory

    (GSTL)において、USGS の研究者・技術者を対象と

    写真-1 会場の World Forum

    した iRIC(河川の流れ・河床変動解析ソフトウェア)講習会が開催されました。今回、寒地河川チームから2名が講師として参加しましたので報告します。

    2.IAHR2015における発表について

     30日火曜日には、Environment - Ecosystem(環境-生態系)のセッションにおいて、矢野研究員からHyporheic flow caused by bar morphology on Chum Salmon spawning area(砂州地形によりシロザケ産卵域で生じる浸透流)と題して口頭発表を行いました

    (写真-2(a))。詳細な現地調査データと数値計算に基づき、砂州地形により誘発される浸透流がシロザケ産卵環境に良い影響をもたらすことを報告したものです。質疑時間では、調査対象の豊平川が寒冷地河川であることから、河川結氷状況や水中で発生する氷がどのように影響を及ぼすかについて質問がありました。 Sediment - River(土砂-河川)のセッションにおいて、川村研究員から Characteristics of meandering streams after construction of the straight low-water channel in the Otofuke River(音更川における直線状低水路構築後の蛇行流の特性)と題してポスター発表を行いました(写真-2(b))。写真は、ポスター発表者に対して与えられる3分間の Poster Pitch(ショートプレゼンテーション)における発表の様子です。音更川における低水路河道直線化後の蛇行流路の発達を検討するため、数値実験を行ったものを報告したものです。また、同セッションにおいて井上研究員からAn experimental study on the bedrock re-exposure by sandbar formation and channel curvature(砂州形成と河道曲率による岩盤河床の再露出に関する実験的研究)と題しポスターセッションにて発表を行いました(写真-2(c))。石狩川中流部において、岩盤河床上の砂州形成に関する中規模現地実験の結果を報告したものです。発表後には観測データに関する情報交換の打診がありました。

    報 告

    寒地土木研究所月報 №748 2015年9月 47

  • 写真-2 各研究員の発表状況(口頭発表またはポスター発表形式)

    変化および生物相変化について観測結果、水質予測モデルを構築して将来的な水質の試算結果を報告しました。東南アジアや南米の研究者らと当地での水質問題と対応策について意見交換をし、本研究結果の適用性について議論しました。 IAHR2015が開催されたオランダは、土地を干拓地によって広げてきたため低平地が多く、さらにライン川などの国際河川の河口部に位置するため、国土の60% が水害に遭いやすくなっています。基調講演において、延長360m、高さ22m の巨大な高潮対策の水門の紹介や、自然の力を利用した防潮堤前面の砂浜維持・造成など、日本ではあまり見られない工法の発表がありました。研究発表セッションの中においても、我が国における低平地の水害対策や砂浜保全において参考になる事例紹介が多くありました。

    3.USGS GSTL における iRIC 講習会

     本講習会には、河川工学を専門とした USGS の研究者・技術者13名がアメリカ各地から GSTL(コロラド州、ゴールデン市)に集まり、講習生として参加しました(写真-3)。講師は、GSTL から John Nelson 博士と他3名、イリノイ大学の岩崎理樹博士、および寒地土木研究所から寒地河川チームの井上研究員と川村研究員が務めました。井上研究員と川村研究員は、当所で開発している Nays2DFlood を利用した氾濫シミュレーションに関する講習を担当しました(写真-4)。

     7月1日水曜日には、阿部研究員から Simulation of debris-flow initiation and erosion process by a multi-phase accurate particle method(固液混相流型高精度粒子法による土石流発生・侵食過程のシミュレーション)と題して口頭発表を行いました(写真-2(d))。これまでモデル化が充分に確立されていなかった土石流の現象について粒子法を用いた数値シミュレーションを試みたものです。質疑の時間では他の粒子法との違いについてと、パラメータの設定に関する質問がありました。 7月2日木曜日には西原主任研究員から The estimation of snowmelt runoff using the model considered the characteristics of snow distribution outside of forests(森林外の積雪分布特性を考慮したモデルを用いた積雪流出の推定について)と題した口頭発表を行いました(写真-2(e))。本研究は、融雪・流出モデルに、森林限界以上の高標高帯における積雪分布の特徴を反映する機能を組み込み、ダム流入量の計算精度を向上させたものです。さらに、複数の積雪分布のケースを同時計算することにより、計算精度が低い年が出現することを避ける機能も持たせています。質疑の時間では複数の積雪分布のケースの設定方法と、年度毎に必要な補正係数の設定方法について質問がありました。 杉原研究員からは Water quality improvement by water conveyance in the Barato River(茨戸川における導水による水質改善)と題してポスター発表を行いました(写真-2(f))。茨戸川での導水による水質

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  • 4.おわりに

     今回のシンポジウムに参加し、気候変動の影響や産業界の要望、国際社会の変遷等の要因から、水に関する研究のニーズは益々高まっているという印象がありました。各国の最新の研究成果や、海外研究者との交流を通じて見いだされた今後の研究の方向性について、現在の研究課題、次期中期計画における研究課題設定の中に反映させていく予定です。 そのような意味で、今回 IAHR2015に参加できたことは非常に有意義であったと考えています。なお、次回の世界大会は2017年8月にマレーシアのクアラ・ルンプールで開催される予定とのことです。 また、iRIC 講習会では、USGS の研究者・技術者を対象とした講習を通じて、アメリカで実際に河川計画に携わっている方々と交流することができ、開発中のソフトウェアのアドバンテージと今後の課題を再認識する貴重な機会となりました。 最後に、IAHR2015シンポジウムおよび iRIC 講習会の参加に際してお世話になりました関係各位に心より感謝の意を表します。

    参考文献

    1) Masaaki Yano, Yasuharu Watanabe, Kouki Sugihara, Kazuyoshi Watanabe, Yasuyuki Hirai, Hyporheic flow caused by bar morphology on Chum Salmon spawning area, Proceedings of the 36th IAHR World Congress, Session 5G, Environment - Ecosystem, 2015.

    2) Satomi Yamaguchi, Jungo Funaki, Characteristics of meandering streams after construction of the straight low-water channel in the Otofuke River, Proceedings of the 36th IAHR World Congress, Session 5B, Sediment - River, 2015.

    3) Takuya Inoue, Tomoo Ushiyama, Kazutake Asahi, Mitsuaki Yonemoto, An experimental study on the bedrock re-exposure by sandbar formation and channel curvature, Proceedings of the 36th IAHR World Congress, Session 7B, Sediment - River, 2015.

    4) Takaaki Abe, Takeshi Fujinami, Jungo Funaki, Simulation of debris-flow initiation and erosion process by a multi-phase accurate particle method, Proceedings of the 36th IAHR World Congress,

     講習生からはソフトウェアの操作性・安定性等について高く評価していただきました。講習会の後は、今後の開発・普及に向けて打ち合わせを行いました。

    写真―3 USGS GSTL における iRIC 講習会

      (John Nelson 博士(右)と

        Richard MacDonald 氏(左))

    写真-4 講師を担当する井上研究員と川村研究員

    寒地土木研究所月報 №748 2015年9月 49

  • Catchment, 2015.6) Koki Sugihara, Makoto Nakatsugawa, Water

    quality improvement by water conveyance in the Barato River, Proceedings of the 36th IAHR World Congress, Session 11G, Environment - Impact, 2015.

    Session 9H, Water resources - Catchment, 2015.5) Terumasa Nishihara, Makoto Nakatsugawa,

    Tomohide Usutani, The estimation of snowmelt runof f us ing the model cons idered the characteristics of snow distribution outside of forests, Proceedings of the 36th IAHR World Congress, Session 11H, Water Resourses -

    井上 卓也**INOUE Takuya

    寒地土木研究所寒地水圏研究グループ寒地河川チーム研究員博士(工学)技術士(建設)

    川村 里実***KAWAMURA Satomi

    寒地土木研究所寒地水圏研究グループ寒地河川チーム研究員博士(工学)

    西原 照雅****NISHIHARA Terumasa

    寒地土木研究所寒地水圏研究グループ水環境保全チーム主任研究員

    阿部 孝章*ABE Takaaki

    寒地土木研究所寒地水圏研究グループ寒地河川チーム研究員博士(工学)

    矢野 雅昭*****YANO Masaaki

    寒地土木研究所寒地水圏研究グループ水環境保全チーム研究員技術士(建設)

    杉原 幸樹******SUGIHARA Koki

    寒地土木研究所寒地水圏研究グループ水環境保全チーム研究員博士(工学)

    50 寒地土木研究所月報 №748 2015年9月