第11965号 amr対策の動向と薬剤師の役割2018/01/01  ·...

当ファイルの著作権は㈱薬事日報社またはコンテンツ提供者に帰属します。当ファイル(印刷物含む)の利用は私的利用の範囲内に限られ、それ以 外の無断複製・無断転載・無断引用はご遠慮ください。当ファイル(印刷物含む)を社内資料、営業資料などでご利用される場合はご相談ください。 株式会社薬事日報社 TEL:03-3862-2141 [email protected] http://www.yakuji.co.jp/ 臨時増刊 医療と薬剤 第Ⅱ集 主な内容 AMR対策の動向と薬剤師の役割 京都薬科大学臨床薬剤疫学教授 村木 優一氏に聞く 多剤耐性菌の拡大を受け、薬剤耐性(AMR)へ の対策が世界的な課題になっている。2015年に世界 保健機関(WHO)は、AMRに関するグローバル アクションプランを採択。それに基づいて、日本で も16年4月にAMR対策アクションプランが策定さ れ、現在そのプランに沿った具体的な対策が進めら れている。薬剤耐性菌の何が問題で、どのような対 策を講じる必要があり、薬剤師はどのような役割を 担うべきなのか。村木優一氏(京都薬科大学臨床薬 剤疫学教授)に聞いた。 使使使使15 15 使使β16 薬剤耐性対策の展望と実践ARM対策 すそ野拡大目指す ASPとは何か ASTの活動と評価 ARM対策と費用対効果 〈グラビア〉 薬剤師比率、大学病院に匹敵 10 ~11 洛和会丸太町病院 漢方の話題〉       伝統医学の歴史の新たな扉が開く年 12 EFEの安全性を検討する臨床薬理試験 13 認知症の漢方治療を支える 薬理学的エビデンス  14~16 北里大東医研が漢方フェア 18 ( 3 ) 第11965号 2018 (平成30) 年 1 月 1 日 月曜日 (第三種郵便物認可) 藥 事 日 報

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当ファイルの著作権は㈱薬事日報社またはコンテンツ提供者に帰属します。当ファイル(印刷物含む)の利用は私的利用の範囲内に限られ、それ以外の無断複製・無断転載・無断引用はご遠慮ください。当ファイル(印刷物含む)を社内資料、営業資料などでご利用される場合はご相談ください。

株式会社薬事日報社 TEL:03-3862-2141 [email protected] http://www.yakuji.co.jp/

臨時増刊

医療と薬剤

第Ⅱ集

主 な 内 容

(4面に続く)

AMR対策の動向と薬剤師の役割京都薬科大学臨床薬剤疫学教授 村木 優一氏に聞く

 多剤耐性菌の拡大を受け、薬剤耐性(AMR)への対策が世界的な課題になっている。2015年に世界保健機関(WHO)は、AMRに関するグローバルアクションプランを採択。それに基づいて、日本でも16年4月にAMR対策アクションプランが策定さ

れ、現在そのプランに沿った具体的な対策が進められている。薬剤耐性菌の何が問題で、どのような対策を講じる必要があり、薬剤師はどのような役割を担うべきなのか。村木優一氏(京都薬科大学臨床薬剤疫学教授)に聞いた。

 

――薬剤耐性菌はどの

ように広がってきたので

しょうか。

 

ペニシリンが発見され

てからすぐに耐性のブド

ウ球菌が出ているよう

に、薬が開発されてはそ

の都度、それに対する耐

性が出現しました。テト

ラサイクリンが出ればそ

の薬剤耐性菌が出現し、

メチシリンが出ればその

耐性のブドウ球菌である

MRSAが出現するな

ど、今もなお問題となっ

ている薬剤耐性菌も存在

します。新たな抗菌薬を

開発してもすぐに薬剤耐

性菌が出現し、いたち

ごっこが続いています。

 

体の中にはたくさんの

微生物が存在していま

す。抗菌薬を投与すると、

その抗菌薬が効きやすい

微生物は死滅しますが、

もともとその抗菌薬が効

きづらい微生物は生き残

ります。その結果、その

抗菌薬に耐性を持つ微生

物が増えていきます。抗

菌薬を使うことによって

微生物が耐性を持つよう

に変化するというより

は、抗菌薬によって薬剤

耐性菌が選択されて増え

るメカニズムが一般的で

す。抗菌薬を乱用すると、

薬剤耐性菌がより選択さ

れて増殖しやすくなるの

です。

 

そのような薬剤への耐

性は微生物がもともと備

えている場合もあります

が、突然変異によって耐

性を獲得する場合もあり

ます。いずれにしても抗

菌薬の安易な使用によっ

て、薬剤耐性菌が選択さ

れ増えてしまうことには

変わりありません。

 

また、他の微生物から

耐性遺伝子を獲得する場

合もあります。そうする

と様々な抗菌薬に耐性を

示すようになり、使える

抗菌薬がなくなってしま

いかねませんから、今こ

れが問題視されていま

す。特に、最終的な切り

札として位置づけられる

カルバペネムに耐性を持

つ、腸内細菌科細菌の増

加が問題です。カルバペ

ネムに感受性を示すもの

の、カルバペネムを分解

する酵素を持つ菌はたく

さん隠れて存在すると言

われていて、これも問題

になっています。ステル

ス型と称され、カルバペ

ネムの耐性基準に満たな

いため、その存在を把握

しづらいです。これらの

菌が様々な耐性の仕組み

を取り込んでカルバペネ

ム耐性菌になり、問題を

引き起こします。

 

人の移動に伴って全世

界的に薬剤耐性菌は広

がっています。抗菌薬の

開発は追いついていませ

ん。薬剤耐性菌による死

亡率は、薬剤感受性細菌

による死亡率に比べて約

2倍高くなると言われて

います。AMR対策を

しっかり実施しないと将

来は、全世界における薬

剤耐性菌による死亡者数

が、がんによる死亡者数

を超えると見込まれてい

ます。

 

――日本における薬剤

耐性菌の発現状況は。

 

海外に比べ日本では、

薬剤耐性菌に感染してい

る患者の数は少なく抑え

られています。ひとつの

医療機関内で薬剤耐性菌

の院内感染が発生して患

者が亡くなるケースは時

折ありますが、それが日

本全体に広がっているか

というと、まだそこまで

は至っていないのが現状

です。

 

とはいえ、いつそれが

起こるのかは分かりませ

ん。日本における薬剤耐

性菌による感染症の発生

状況や抗菌薬の使用状況

など、これまで見えな

かったことを見えるよう

にし、それを指標にして

行動を起こす仕組みが必

要です。行動を起こせる

人も育てなければいけま

せん。

 

感染防止対策加算など

が算定されている医療機

関では、AMR対策に資

金が投じられ、しっかり

とした組織ができつつあ

りますが、それ以外の医

療機関における対策の質

を上げることが今後求め

られます。増加し続けて

いる高齢者施設や在宅医

療におけるAMR対策の

推進も大きな課題です。

各国で行動計画策定

15年にWHOで決議

 

――AMR対策の世界

的な動きや考え方を教え

てください。

 

薬剤耐性菌が蔓延する

現状を受け、世界的に行

動を起こさなければなら

ないとして、15年のWH

O総会でAMRに関する

グローバルアクションプ

ランが採択されました。

全ての国に対して、2年

以内に自国の国家行動計

画を策定し、行動するこ

とが決議されました。

 

抗菌薬が投与されるの

は何もヒトだけではあり

ません。水産や畜産、農

業、ペットなどの領域で

も抗菌薬は使用されてい

ます。また、ヒトや動物

に使用された抗菌薬は環

境中に流出し、薬剤耐性

菌の出現に影響を及ぼし

ます。

 

インドで出現した

ニューデリー・メタロ‐

β‐ラクタマーゼ(ND

M‐1)を産生する新型

多剤耐性菌が世界的な問

題になっていますが、こ

れはインドの衛生管理の

不徹底や上下水道の未整

備が原因と考えられてい

ます。インドではドラッ

グストアで容易に抗菌薬

を購入できるため薬剤耐

性菌が発現しやすく、下

水処理が不十分な上、ガ

ンジス川で沐浴する習慣

があり、薬剤耐性菌の蔓

延を招く温床になってい

ます。

 

こうした背景から、A

MR対策を推進する上で

ワンヘルスアプローチと

いう概念が提唱されてい

ます。これは、人、動物、

環境の健康を維持してい

くには、どの一つの健康

も欠かすことができない

という認識に立ち、それ

ぞれの健康を担う関係者

が緊密な協力関係を構築

することによって、これ

ら3者の健康を維持、推

進していこうとする考え

方です。

 

――日本で策定された

アクションプランの概要

は。

 

ワンヘルスアプローチ

の概念のもと、日本でも

16年にAMR対策アク

ションプランが策定され

ました。WHOのグロー

〈薬剤耐性対策の展望と実践〉ARM対策 すそ野拡大目指す      5ASPとは何か 6ASTの活動と評価 7ARM対策と費用対効果     9〈グラビア〉薬剤師比率、大学病院に匹敵 10 ~11     洛和会丸太町病院〈漢方の話題〉       伝統医学の歴史の新たな扉が開く年   12EFEの安全性を検討する臨床薬理試験 13認知症の漢方治療を支える 薬理学的エビデンス  14~16北里大東医研が漢方フェア 18

( 3 ) 第11965号 2018(平成30)年 1 月 1 日 月曜日(第三種郵便物認可) 藥 事 日 報

Page 2: 第11965号 AMR対策の動向と薬剤師の役割2018/01/01  · フイルのは薬事日報またはンテン提供者にしますフイル物含むの用は私的用の内にられそれ以

当ファイルの著作権は㈱薬事日報社またはコンテンツ提供者に帰属します。当ファイル(印刷物含む)の利用は私的利用の範囲内に限られ、それ以外の無断複製・無断転載・無断引用はご遠慮ください。当ファイル(印刷物含む)を社内資料、営業資料などでご利用される場合はご相談ください。

株式会社薬事日報社 TEL:03-3862-2141 [email protected] http://www.yakuji.co.jp/

臨時増刊

バルアクションプランで

求められた、普及啓発・

教育、動向調査・監視、

感染予防・管理、抗微生

物薬の適正使用、研究開

発・創薬の五つの分野

に、日本独自の国際協力

を加えて、各分野の目標

や戦略、具体的な取り組

みがそれぞれ定められて

(3面から続く)

います。アクションプラ

ン全体の成果指標とし

て、薬剤耐性率の低下や

抗菌薬使用量の削減が掲

げられています。

 

一般的に抗菌薬をたく

さん使えば薬剤耐性率は

高まります。このことか

ら抗菌薬の使用削減だけ

に意識が向きがちです

が、私自身、AMRの主

な対策は、感染症診療の

質を上げることだと考え

ています。つまり、患者

を正しく診断し評価して

適正に抗菌薬を使うこ

と、そして、ワクチンな

どで感染症の発症を予防

して横に広げないことが

重要です。

 

単に抗菌薬を減らすこ

とだけを進めればいいわ

けではありません。極端

に抗菌薬の使用を削減す

るのではなく、他施設や

地域、日本全体での抗菌

薬の使用実態を参考にし

ながら、自施設における

抗菌薬の使い方や用法・

用量の適切性、感染症診

療の方法を見直していく

ことが大事だと考えてい

ます。

使用量動向の把握が重要

データ集計の自動化模索

 

――アクションプラン

に定められた動向調査・

監視の分野では、医療機

関における抗微生物薬使

用量の動向の把握が戦略

の一つに挙がっています

ね。

 

私たちの研究グループ

は厚生労働科学研究の一

環として15年に「抗菌薬

使用動向調査システム」

(JACS)を立ち上げ

ました。全国の医療機関

に、自施設の抗菌薬の使

用量や、AMR対策の取

り組み状況などを、イン

ターネットを通じて入力

してもらいます。収集し

た情報を解析し、日本全

体で抗菌薬の適正使用を

推進するための指標にな

るデータを提供すること

が目的です。

 

また、データを入力す

る医療機関に対しても、

抗菌薬使用量を示す指標

として世界的に推奨され

ている抗菌薬使用密度

(AUD)、抗菌薬使用日

数(DOT)などを入力

データから自動的に計算

してフィードバックし、

自施設での感染対策に役

立ててもらっています。

 

JACSには500以

上の医療機関が登録して

いますが、全てのデータ

を登録している施設はま

だ少なく250前後で

す。院内の抗菌薬使用量

を人手で集計するのは手

間がかかり、それが壁の

一つになっています。現

在、そのデータを自動的

に集計できるアプリケー

ションの開発を進めてい

ます。こうした支援に

よって参加医療機関を増

やしたいですね。

 

また今後は、各医療機

関における院内感染の発

生状況や薬剤耐性菌の分

離状況などを調査する

「厚生労働省院内感染対

策サーベイランス」(J

ANIS)とJACSの

データを読み込んで同じ

プラットフォーム上で解

析できる仕組みの構築

が、国立国際医療研究セ

ンター病院AMR臨床リ

ファレンスセンターで進

められます。大学病院や

地域など、様々な切り口

でデータを集計できる機

能も設けられる予定です。

 

この仕組みが完成すれ

ば、これらのサーベイラ

ンスシステムへの参加が

診療報酬で評価されるよ

うになるかもしれませ

ん。薬剤師には、自施設

での抗菌薬使用量や薬剤

耐性菌の推移を見たり、

他施設と自施設を比較し

たりしながら、より効果

的なAMR対策を実施す

ることが求められます。

自施設の状況に応じ対策を

 

――AMR対策を念頭

に、現場の病院薬剤師は

具体的にどのような行動

をとればいいのでしょう

か。

 

抗菌薬の適正使用の推

進や普及啓発など、基本

的にはアクションプラン

の記載内容を院内での行

動に置き換えていけばい

いと思います。今まで感

染対策の役割が主だった

薬剤師は、今後は抗菌薬

の適正使用推進にも関わ

るべきでしょうし、逆に

抗菌薬の適正使用だけに

関与してきた薬剤師は感

染対策に関わることも必

要です。どちらかしかで

きない薬剤師はチーム医

療の中で敬遠されてしま

いかねません。バランス

良く取り組むことが求め

られています。

 

米国の抗菌薬適正使用

支援(AS)ガイドライ

ンにも記載されています

が、重要なのは、各医療

機関の状況に応じた取り

組みを実施することで

す。できもしないのに手

広くやっても意味があり

ません。以前、特定の抗

菌薬使用時には薬剤部な

どに医師がその使用を届

け出る仕組みが各医療機

関に一斉に導入された

ことがありました。しか

し、形だけにとどまり、

届け出の遵守率が低かっ

たり、届け出を受け付け

ているものの何も介入し

ていなかったりする医療

機関も少なくないようで

す。

 

届け出は、介入する患

者を抽出するトリガーと

して活用できます。届け

出が必要な抗菌薬が処方

される患者は重症である

ことが多いです。感染症

領域の認定・専門薬剤師

は基本的に全ての患者の

抗菌薬適正使用に関わる

べきですが、医療機関に

よってマンパワーの状況

は異なります。届け出を

受け付けた患者を軸にし

て関わるなど、状況に応

じた様々な関わり方があ

るでしょう。

 

――まず取り組みやす

いのは、どんなアプロー

チでしょうか。

 

以前勤務していた三重

大学病院では、血液から

菌が検出された患者のリ

ストを臨床微生物検査技

師からもらって、薬剤師

がその症例を評価し、関

わっていました。この中

には、血液培養が陽性に

なっているにもかかわら

ず、医師がまだ検査結果

を見ていなかったりし

て、抗菌薬が投与されて

いない症例が、数は少な

いものの存在しました。

治療開始が1分遅れるご

とに死亡率が高まるとい

うエビデンスもあります

ので、想定した菌に効果

を示す抗菌薬をできるだ

け早く投与することが必

要です。このようにまず、

見過ごされた患者を助け

るのは取り組みやすいと

思います。

 

それぞれの医療機関の

状況に応じて継続的に実

践できる介入を行い、そ

の成果を評価して病院に

認めてもらい、さらに質

を高めていくことが求め

られます。できることを

確実に実施し、それを積

み重ねて最終的には全て

の患者に関われるように

なれればいいですね。

 

――AMR対策を念頭

に薬局薬剤師には、どの

ような行動が求められま

すか。

 

在宅医療における感染

管理への関わりが必要で

す。点滴時や排泄物処理

時に適切な消毒が行われ

ているかどうかなどを評

価し、訪問看護師ら多職

種や家族に指導すること

が求められます。

 

また、地域の市民に対

して、抗菌薬の適切な使

用を教育する役割も重要

です。風邪に抗菌薬は不

要といった概念や、咳エ

チケット、手洗いやワク

チン接種など教えるべき

内容は多岐にわたりま

す。一般国民により近い

位置にいる薬局薬剤師の

協力なくしてAMR対策

はなし得ません。抗菌薬

の服用を自己判断で中止

したり、残った抗菌薬を

後日勝手に飲んだり、他

人に使ったりすることも

避けるよう啓蒙しなけれ

ばなりません。

 

抗菌薬の9割は内服で

す。AMR対策の効果を

高めるには、経口抗菌薬

の適正使用を推進しなけ

ればなりませんが、それ

には病院だけでなくクリ

ニックでの使用を適正化

する必要があります。一

般的に経口抗菌薬の半減

期は短く、吸収率が低い

ものもありますので、飲

み忘れないように指導す

ることが重要です。飲み

忘れによって低濃度が維

持されれば、薬剤耐性菌

の出現にもつながってし

まいます。

 

各クリニックにおけ

る、抗菌薬を含めた医薬

品の使用動向の把握にも

努めてほしいですね。そ

れは行動を起こすきっか

けになりますし、その

データを共有すること

で、オール薬剤師でAM

R対策をさらに推進でき

ると期待しています。

( 4 )第11965号 2018(平成30)年 1 月 1 日 月曜日(第三種郵便物認可) 藥 事 日 報