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2011 年度秋学期
「刑法 II(各論)」講義
2011 年 12 月 16 日
【第 10 回】横領および背任の罪(その 1)
1 横領罪 《山口刑法 pp. 330-341 /西田各論 pp. 223-241、山口各論 pp. 288-313》
1-1 総説
後述のように、客体が物に限定されており、かつ、占有移転を要件としない非移転罪である。
1-1-1 保護法益
委託物横領罪[252 条](およびその加重類型である業務上横領罪[253 条])の保護法益は、(i)
所有権および(ii) 委託(信任)関係である。
(i) 所有権
委託物横領罪においては物の所有権が第 1 次的保護法益とされる。
※ 本権一般が保護されるわけではない。従って、賃借権や質権を侵害しても横領罪は成立しない
(後者について、判例(394)参照)。
委託物横領罪が窃盗罪よりも法定刑が軽いのは、
a. 占有侵害がないことによる違法減少
b. 物を自由に処分できる状況にあることから、動機において誘惑的であることによ
る責任減少
のためであると説明されている。
(ii) 委託(信任)関係
副次的な保護法益とされている。
いわゆる書かれざる構成要件であるが、上記(i)のみを保護法益とする遺失物等横領罪
[254 条]との区別のため必要である。
1-1-2 横領罪の諸類型
a. 委託物横領罪(単純横領罪)[252 条]
b. 業務上横領罪[253 条]
c. 遺失物等横領罪(占有離脱物横領罪)[254 条]
上記のうち、c.が最も単純な横領罪であるのに対して、a.は委託(信任)関係の侵害が付加
された違法加重類型(ただし、後掲【第 11 回】1-4 で触れる通り責任要素においても差異が
生ずる)、b.は a.の責任加重類型であると解されている。
他方、a.と b.は委託(信任)関係を侵害するという背信性を有するので、背任罪[247 条]
と共通性があるともされている(※ この点については学説上議論がある)。
1-1-3 親族相盗例[255 条、244 条]
横領罪には、255 条により親族相盗例[244 条]が準用される。
主たる保護法益が所有権であることから、親族関係が必要な人的範囲は、行為者と委託者の
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間のみならず、所有者との間にも必要である(大判昭和 6 年 11 月 17 日刑集 10 巻 604 頁)。
遺失物等横領罪については、行為者と所有者の間に存在すれば足りる(委託(信任)関係が
ないため)。
なお、判例(230)は、未成年後見人と未成年被後見人との間に 244 条所定の関係がある場合
に、後見人が後見の事務として保管していた被後見人の貯金を引き出した事案について、未成
年後見人の後見の事務の公的性格を理由に 244 条の準用を否定している(【第 4 回】3-1 を参
照)。
1-2 委託物横領罪[252 条]
1-2-1 主体
a. 他人の物の占有者[252 条 1 項]
b. 公務所の命令による自己物の保管者[252 条 2 項]
主体は以上に限定されるので、本罪は真正身分犯[65 条 1 項]である。
1-2-2 客体
1-2-2-1 物
「物」……窃盗罪等における「財物」と同様であるが、動産のみならず不動産を含む。
245 条の準用がないので、財物の意義における有体性説(【第 2 回】2-1 を参照)からは、
電気は客体に含まれないことになる。
また、財産上の利益は含まれない(従って、委託により債権証書を保管中に債権を行使し
て債務者から金銭を取得しても本罪には該当しない。大判明治 42 年 11 月 25 日刑録 15 輯
1672 頁参照)。
1-2-2-2 占有
本罪は自己の占有する他人の物を客体とする。
他人が占有する物、自己と他人との共同占有に属する物については、占有侵害が発生する
ので窃盗罪が成立し、本罪は成立しない(その限界づけについては、【第 3 回】1-1-3 を参
照)。
[委託(信任)関係]
他人の物の占有は委託に基づくことが必要(委託(信任)関係。東京高判昭和 25 年 6
月 19 日高刑集 3 巻 2 号 227 頁など)。
従って、その占有が委託に基づかない場合には、遺失物等横領罪が成立するにとどまる
(誤配達された郵便物についての判例(345)参照)。
委託(信任)関係は、物の保管を内容とする契約(委任・寄託・賃貸借・使用貸借など)
のほか、売買契約の売主としての地位、雇用契約、法定代理人や法人の代表者たる地位な
どから発生する。
判例は、
* いわゆる「二重売買」の場合(後述)
* 指名債権の譲渡人が債務者に債権譲渡の通知をする前に債務の弁済として受領した
金銭を領得した場合(判例(344))
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* 集金を業務とする者が最初から領得する意図で集金した場合(東京高判昭和 28 年 6
月 12 日高刑集 6 巻 6 号 769 頁)
にも委託(信任)関係の存在を認めている。
[占有の意義]
奪取罪における占有が物に対する事実的支配を意味する(【第 3 回】1-1-1 を参照)の
に対して、本罪における占有はそれより拡張され、法律的支配を含む。
[例]* 登記済不動産について、所有権登記名義人(判例(351)など多数)
* 物権的有価証券(倉荷証券・船荷証券など)について、その所持者(判例(353))
← 本罪にいう占有とは、自己が占有することにより処分可能性を有するということ
であり、上記の各場合にはそれによって客体を処分する可能性を有することになる
から、占有が認められることになる。
※ このように考えるならば、登記自体ではなく、登記済証および委任状等のような、登記
移転に必要な書類を所持している場合にも、不動産に対する占有を認めることになる(判
例(352))。ただし、その場合にも登記名義人は依然として移転登記が可能である(いわゆ
る保証書方式による。従って、不動産の占有をなお保持しているといいうる)ことから、
この見解を疑問とする立場もある。
※ なお、未登記不動産については、事実上の支配により占有の有無を決することになる(最
決昭和 32 年 12 月 19 日刑集 11 巻 13 号 3316 頁)。
★ 預金による金銭の占有について
1. 委託された金銭を保管する手段として預金する場合
[判例]
判例は預金による金銭の占有を肯定している(村長が村の基本財産である金銭を
銀行に預け入れ、それを引き出した事案についての判例(354)など)。
[学説]
A. 否定説
この見解によれば、払い戻した金銭について横領罪の成否を問題とすることに
なる。
[批判]
振込・振替送金の場合には、金銭を手にしていないので本罪の成立を認める
ことはできず、背任罪の問題にとどまるが、主体の範囲(本罪の方が広い)や
加重類型の存否(業務上横領罪が存在する)の点で不均衡が生ずる。
B. 肯定説
なお、預金による金銭の占有は、事実上の処分可能性ではなく、銀行および預金者
に対して認められる預金の払戻権限によって基礎づけられるものである。
※ 払戻権限が存在することにより、預金の払戻請求に対する銀行の要保護性が否定され(従っ
て、詐欺罪等の成立が否定される)、払戻権限を有する者に預金の占有が認められることにな
る(払戻権限に基づく預金の引き出し等は有効になる。この場合、払い戻しの委託をするこ
とで、委託者である預金者に本罪が成立することになる)。
※ 特定の日本銀行券の占有は問題とならないから、一定の金額について占有を考えることにな
る(その意味で、預金の占有は、占有概念の拡張のみならず、物の概念の拡張をも含む)。
2. 他人名義の預金を処分しうる地位を有する場合
a. 小切手の振出権限がある場合
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→ 当座預金残高についての横領を、現金化の段階で肯定した裁判例が存在する
(東京高判昭和 51 年 7 月 13 日東高刑時報 27 巻 7 号 83 頁、広島高判昭和 56
年 6 月 15 日判時 1009 号 140 頁)。
b. 預金通帳と登録印鑑やキャッシュカードの所持により処分権限を与えられている
場合
→ 1.の場合と同様に受託者に預金の占有を肯定することができる。
3. 詐欺・恐喝により金銭を預金口座に振り込ませた場合
※ この場合は本罪の問題ではなく、1 項詐欺罪・恐喝罪が成立するか、2 項詐欺罪・恐喝罪の成
立にとどまるかの問題である。1.でみたような預金による金銭の占有の理解を、横領罪固有の占
有概念に由来するものであると解する限り、2 項詐欺罪・恐喝罪の成立にとどまるということに
なる。ただし、大阪高判平成 16 年 12 月 21 日判タ 1183 号 333 頁などの裁判例では 1 項詐欺の
成立が肯定されている。
4. いわゆる「誤振込み」の場合
銀行の過誤により誤振込みが行われた場合には、受取人とは無関係に入金記録の取
消が行われるから、口座名義人が誤振込みであることを知りつつ預金の引き出しや振
込送金を行った場合には、その態様により、
(1) 銀行の窓口から預金を引き出した場合には、1 項詐欺罪
(2) CD 機からキャッシュカードにて預金を引き出した場合には、窃盗罪
(3) ATM 機を利用して、自分の債務の弁済として他人の口座に振替送金した場合
には、電子計算機使用詐欺罪
がそれぞれ成立する。
問題は、振込依頼人の過誤によって誤振込みが生じた場合である。
[事例]
P が Q 銀行の R の口座に振込・振替送金をしようとしたところ、誤って名前の
よく似た X の口座に振り込まれた。これを奇貨とした X が、
(1) 銀行の窓口から預金を引き出した場合
(2) CD 機からキャッシュカードにて預金を引き出した場合
(3) ATM 機を利用して、自分の債務の弁済として他人の口座に振替送金した
場合
のそれぞれについて、X の罪責如何。
[考え方]
A. 「預金による占有」をこの場合にも肯定する見解
→ 振り込まれた金銭は委託に基づかないものであるので、X には遺失物等
横領罪が成立する。
B. 「預金による占有」をこの場合には否定する見解
※ 「預金による占有」は委託物横領罪についてのみ認めうるに過ぎない、と考える場合
である。
→ 振り込まれた金銭の占有は Q 銀行にあることになるので、X には、(1)に
ついては 1 項詐欺罪、(2)については窃盗罪、(3)については電子計算機使用
詐欺罪がそれぞれ成立する。
[判例]
上記事例の(1)に相当する事案についての札幌高判昭和 51 年 11 月 11 日判タ
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347 号 300 頁、(2)に相当する事案についての東京高判平成 6 年 9 月 12 日判時
1545 号 113 頁(送金銀行が円建てをドル建てと間違えたため過剰入金された事
案)は、それぞれ 1 項詐欺罪と窃盗罪の成立を認めている。
その後、最高裁は民事判例において、原因となる法律関係の有無にかかわらず、
誤振込を受けた受取人(上記事例の X に相当)に有効な預金債権が成立してい
るとした(最判平成 8 年 4 月 26 日民集 50 巻 5 号 1267 頁)。
しかし、その後も下級審レヴェルでは、民事と刑事は別であり、誤振込みの場
合には事後措置が執られる銀行実務の実状、銀行が紛争に巻き込まれるおそれが
あることから、銀行にとり看過しえない事柄であり、これを秘して払戻しを受け
れば詐欺罪が成立する、としたものがあった(大阪高判平成 10 年 3 月 18 日判
タ 1002 号 290 頁)。
その後、最高裁は判例(293)において、払戻請求を受けた預金が誤振込みによ
るものか否かは、銀行が直ちにその支払いに応ずるか否かを決するうえで重要な
事柄であり、受取人には誤振込みがあった旨を告知する信義則上の義務があると
して、誤振込みであることを知った受取人がその情を秘して預金の払戻請求をす
ることは詐欺罪の欺罔行為に、誤振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤にあた
るとして、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻を受けた場合に詐
欺罪が成立するとしている。
1-2-2-3 物の他人性
本罪は自己の占有する他人の物(「の」は所有を表す)を客体とする。
← 物の他人性は本罪の保護法益である所有権侵害を構成するための要件である。
(i) 共有物の場合
他人の物には共有物も含まれる(大判明治 44 年 4 月 17 日刑録 12 輯 587 頁。共有物
売却代金についての最判昭和 43 年 5 月 23 日判時 519 号 92 頁をも参照)。
(ii) 二重売買
売買においては、売買契約成立により所有権は移転する(意思主義[民法 176 条])。
[事例]
売主 X が動産または不動産を第 1 譲受人 A に売却したのち、同一物をさらに第 2
譲受人 Y に売却し、Y が対抗要件(不動産の場合は登記[民法 177 条]、動産の場
合は引渡し[同 178 条])を備えた場合、X の罪責如何。
判例はこの場合の売主に委託物横領罪が成立するとしており(動産についての大判明
治 30 年 10 月 29 日刑録 3 輯 139 頁、不動産についての判例(351))、学説も同様に解し
ている。
※ 売主は登記移転等の対抗要件付与に協力する義務があるので、売主の占有は買主との間の委
託(信任)関係に基づくものと考えられるため。
ただし、学説の中には、第 1 譲受人には保護されるべき所有権の実質が存在するこ
とが必要であり、売主について委託物横領罪が成立するためには、代金の決裁の終了ま
たは大部分の授受が終了している必要がある、とする見解が有力である。
※ もし所有権移転時期について特約がある場合には、上記にかかわらずそれに従うべきであろ
う。
目的物が動産の場合は、売却の意思表示があれば既遂になる。
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※ そのような意思表示があれば不法領得の意思を外部に発現させる行為があるといえるからで
ある。
目的物が不動産の場合は、第 2 譲受人に対抗要件である登記が備わった時点で既遂
となる。
※ 不動産の所有権侵害を認めるためには、登記の移転が決定的な意味を持つ(登記の移転によ
り、その段階で第 1 譲受人が確定的に所有権を喪失したといえる)からである。
[問] 上記事例について、Y がその事情を知っていた場合(即ち悪意の場合)、Y
の罪責如何。
* 目的物が動産の場合 → 盗品等有償譲受け罪[刑法 256 条 2 項]が成立
する(大判大正 2 年 6 月 12 日刑録 19 輯 714 頁)。
* 目的物が不動産の場合
[判例]
判例(355)(=判例(372))は、二重売買であることを知るにとどまる場合
(即ち単純悪意の場合)、委託物横領罪の共犯の成立を否定する。
← 民事判例(最判昭和 36 年 4 月 27 日民集 15 巻 4 号 901 頁)において、
単純悪意の場合には取得した所有権を第 1 譲受人に対抗しうるが、背
信的悪意の場合には対抗しえない、とされており、所有権を対抗しうる
という意味において民事法上許容された行為を処罰することができない
と解されるから、背信的悪意者でない限りは本罪の共犯は成立しないと
解すべき。
※ 判例(356)は第 2 譲受人に本罪の共犯(共同正犯)の成立を認めているが、
これは第 2 譲受人である被告人が背信的悪意者であったと評価できる事案で
ある。
[問] 不動産の二重売買の事例について、売主 X に詐欺罪は成立するか。
* 第 1 譲受人 A との関係
当初から二重売買をする意思である場合には、取得した売買代金について A
に対する詐欺罪が成立する。
* 第 2 譲受人 Y との関係(Y が二重売買の点について知らなかった場合)
X が A に登記を取得させる意思であった場合には、Y に対する詐欺罪が成立
する。
※ この意思であったが、結果として Y が登記を取得した場合には、詐欺未遂罪が成立
しうる。
X が Y に登記を取得させる意思であった場合には、二重売買であれば売買
契約を締結することはなかったであろうという特段の事情がない限り、Y に詐
欺罪を基礎づける錯誤(さらにはそれに向けられた欺罔行為)が存在しないと
解される(特段の事情については、判例(357)参照)。
※ Y への移転登記が完了している以上、何ら財産上の損害を発生していないことを理
由に詐欺罪は成立しないとする構成も学説上主張されている。ただし、上記の A に登
記を取得させる意思であったが結果として Y が登記を取得した場合に詐欺未遂罪が成
立しうるとする点とはそぐわないこととなる。
※ Y には A の財産を処分する権限はないので、Y を被欺罔者=処分行為者、A を被害
者とする三角詐欺の構成を取ることはできない点に注意。
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(iii) 所有権留保
代金完済前の買主の目的物処分について、判例(349)(350)は委託物横領罪の成立を肯
定している。
← 所有権留保が実質的には担保であるとしても、売主に留保された所有権はなお
刑法上の保護に値するから、委託物横領罪の成立を肯定すべきと解される。
※ 学説の一部には、早い時期の無断処分についてのみ横領罪が成立するという見解、背
任罪が成立するという見解も存在する。
※ 契約上処分が認められている場合には委託物横領罪の成立は否定されるが、残債務が
わずかな場合においても否定されるべきであろう(可罰的違法性の欠如)。また、残債務
決済のための処分の場合には、後述の不法領得の意思を欠くので不成立となる。
(iv) 譲渡担保
かつては譲渡担保を
a. 売渡担保(所有権は債権者に移転し債務者には買戻権があるにとどまる)
b. 狭義の譲渡担保
b-1. 所有権が外部的にのみ債権者に移転する類型(処分精算型)
b-2. 所有権が内外ともに債権者に移転する類型(帰属型)
と分類し、それぞれについて、
a. → 債権者が買戻期間前に処分しても委託物横領罪は不成立であるが、債務者
が処分すると成立
b-1. → 債権者が期日前に処分した場合には委託物横領罪が成立するが、債務者が
処分しても不成立
b-2. → 債務者が処分すると委託物横領罪が成立するが、債権者が処分しても不成
立
としていた(b-1 類型の債権者については大判昭和 11 年 3 月 30 日刑集 15 巻 396 頁を、
b-2 類型の債務者については名古屋高判昭和 25 年 6 月 20 日判特 11 号 68 頁を参照)。
しかし、形式的に所有権を有する債権者は、清算金の支払義務があるとしても目的物
を自己に帰属させることができる。
↓
* 債務者による不法処分については委託物横領罪の成立が認められる。
※ 実質的に担保であり、債務者は元利合計の支払まで善管注意義務をもって目的物を保管
する義務があるに過ぎないことを理由に、背任罪の成立にとどまるとする少数説がある。
* 債権者の履行期前の処分については委託物横領罪の成立は認められない(背任罪
が成立するとした判例(348)を参照)。
※ ただし、所有権の実質は担保であり、債務者にも実質的には所有権とみうる地位がある
として、委託物横領罪の成立の余地はあるのではないか、また債権者が背任罪の主体とし
ての「他人の事務処理者」とみうるかについて、学説上疑問が示されている。
(v) 寄託された金銭
民事法上、金銭は占有と所有が一致するとされているため、それによれば寄託された
金銭については受寄者に所有権があることになって、委託物横領罪がおよそ成立しない、
ということになるが……。
a. 封金の場合
この場合は特定物として寄託されているので、所有権は寄託者に留保されている
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と解される。
※ なお、封緘物の占有については、内容物=金銭の占有は寄託者に残っているので(【第 3
回】1-1-3 を参照)、その不法処分については窃盗罪が成立することになる。ただし、特
定物としての金銭の占有は受寄者にあるとして、委託物横領罪を構成すると解する見解
も主張されている。
b. 消費寄託(費消を許す趣旨)の場合([例]銀行預金・社内預金など)
金銭の所有権は受寄者に移転するので、受寄者の処分は横領罪の問題にはならな
い。
c. 使途を定めて金銭が寄託された場合
* 民事法上の「占有と所有の一致」原則は、取引の安全・動的安全保護のため
に、金銭について即時取得[民法 192 条]の適用を待つまでもなく所有権の
移転を認める必要があることによるものであり、内部的な所有権保護を目的と
する委託物横領罪の解釈にそのまま妥当すべきものではないこと
* 特定物として寄託した場合との均衡を図る必要があること
から、金銭の所有権は寄託者にあると解し、受寄者による不法処分については委託
物横領罪が成立すると解される(判例(346)参照)。
ただし、寄託された金銭の特定には意味がなく、「金額についての所有権」を認め
るべきであるとされており、この考え方に従うならば、いわゆる一時流用の場合(同
額の金銭を所持あるいはそれと同視しうる場合)には「金額についての所有権」の
侵害がないので、横領行為がないと解されることになる。
※ 以上については、委託者のために集金した金銭(大判大正 11 年 1 月 17 日刑集 1 巻 1 頁)、
債権取立てを委任されて取り立てた金銭(大判昭和 8 年 9 月 11 日刑集 12 巻 1599 頁)、物
の売却を委託された者が売却により得た代金(最決昭和 28 年 4 月 16 日刑集 7 巻 5 号 915
頁)についても妥当する。
(vi) 不法原因給付物
民法 708 条「不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を
請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存した
ときは、この限りでない。」
民事判例によれば、不法原因給付物については返還請求できないことの反射的効果と
して、その所有権は受給者に帰属するとされている(最大判昭和 45 年 10 月 21 日民集
24 巻 11 号 1560 頁)。
↓
不法原因給付物については他人の物とはいえないから、受給者がこれを処分しても委
託物横領罪は成立しないのではないか?(いわゆる「不法原因給付と横領罪」の問題)
[判例]
判例(358)は、給付者が返還請求ができないとしても、受給者にとっては他人の物
であるとして、委託物横領罪の成立を肯定している。
※ ただし、前掲の民事判例以前の判断であることに注意が必要。
[学説]
A. 肯定説
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上記判例の立場を支持するもの。
[批判]
現在の民事判例を前提とする以上、法秩序の統一の見地から、民法上保護され
ない所有権を刑法で保護することになるこの見解はもはや維持できないのではな
いか。
B. 「不法原因寄託」説
給付とは終局的な利益を移転することであり、不法な目的に基づいて物を寄託す
るのは給付ではないから、この場合を「不法原因寄託」として不法原因給付とは区
別し(その分、不法原因給付を限定的に理解することになる)、不法原因給付物につ
いては委託物横領罪は成立しないが、「不法原因寄託」物については所有権は寄託者
に残るので、受託者が不法に処分すると委託物横領罪が成立すると解する見解。
[批判]
民法学においては、民法 708 条についてこのような解釈は採用されていない。
「給付」と「寄託」とを区別することに意味があるのか疑問である。
※ 佐伯仁志=道垣内弘人『刑法と民法の対話』(有斐閣、2001 年)p. 48 参照。
C. 否定説
(vii) 盗品等
a. 盗品等の保管の委託を受けた者がそれを処分した場合
盗品等保管罪[刑法 256 条 2 項]のみが成立し、委託物横領罪は成立しない。
← 委託者=本犯者に所有権があるわけでなく、また受寄者に盗品等保管罪が
成立する以上、この委託は保護に値しないため(なお、窃盗罪等の被害者に
対する遺失物等横領罪の成否が問題となるが、より重い盗品等保管罪に吸収
され包括一罪となる)。
※ ただし、下級審裁判例の中には盗品であるとの認識なく不法に処分した場合に委
託物横領罪の成立を肯定したものがあり(東京高判昭和 24 年 10 月 22 日高刑集 2
巻 2 号 203 頁)、これを支持する学説も一部存在するが、法益侵害は受寄者の認識
とは無関係であり、認識ある場合と同様に成立しないと解すべきである(せいぜい
委託物横領罪の未遂とはいえるかもしれないが、未遂処罰規定がない)。この場合
は盗品であるとの認識がないから、盗品等保管罪の成立を認めることも困難である。
b. 盗品等の処分の委託を受けた者がその売却代金を領得した場合
[判例]
A. 委託物横領罪成立を肯定するもの(判例(359))
← 委託者(=本犯者)が返還請求権を有することは不要であり、不法原因
給付物もなお「他人の物」であるとする。
B. 委託物横領罪成立を否定するもの(判例(360))
← 委託契約は公序良俗に反し無効であるから、委託者は売却代金について
所有権を取得しないとする。
C. 盗品等保管罪が成立するとするもの(判例(361))
← 委託者は所有者でなく、不法原因給付として返還請求権を有しないから
委託物横領罪は成立しないが、盗品等保管罪が成立し、その後の処分は所
有権に対する新たな侵害行為とはいえないとする。
[学説]
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A. 肯定説
[批判]
* 盗品等の処分の委託は違法行為の委託であるから保護に値しない。
* 仮に保護に値する委託(信任)関係があるとしても、委託物横領罪は
それ自体を保護するものではなく、委託者に所有権が認められない以上、
本罪は成立しないのではないか。
B. 否定説
ただし、この場合は窃盗罪等の被害者の所有権に対する侵害行為を問題とす
ることになる(盗品等有償処分あっせん罪[256 条 2 項]および遺失物等横領
罪が成立しうるが、より重い前者が成立し、後者は不可罰的事後行為(共罰的
事後行為)として前者に包括される)。
(viii) 公務所から保管を命ぜられた自己の物
252 条 2 項により、本罪の客体となる。
[例]
民事執行法・国税徴収法において強制執行・滞納処分としての差押えがなされた場
合に、それを債務者・滞納者に保管させる場合[民事執行法 123 条 3 項・4 項、国税
徴収法 60 条・61 条参照]
(※ 今回取り扱う予定であった「1-2-3 横領行為」および「1-2-4 他の犯罪との関係」については、紙幅の都合
上、次回にて取り扱うこととする。)
《参考文献》
1-1 および 1-2 全般について
* 山口厚「横領罪の基本問題」『問題探究 刑法各論』pp. 176-191
1-2-2-2 について
* 上嶌一高「預金による占有」『刑法の争点』pp. 198-199
1-2-2-3 について
* 荒川雅行「二重売買と横領」『刑法の争点』pp. 200-201
* 松宮孝明「非典型担保と横領」『刑法の争点』pp. 202-203
* 豊田兼彦「不法原因給付と詐欺・横領」『刑法の争点』pp. 192-193
《『刑法各論の思考方法[第 3 版]』参照箇所》
1-1 および 1-2-2-2 について: 第 16 講のうち、特に pp. 254-261 の部分、および第 18 講(「誤振込み」について)
1-2-2-3 について(「二重売買」の部分): 第 17 講のうち、特に pp. 268-275 の部分
~「個人の学習目的での利用」以外の使用禁止~