an attempt to develop calligraphic teaching materials for...

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165 比治山大学現代文化学部紀要,第20号,2013 Bul. Hijiyama Univ. No.20, 2013 はじめに 我が国の大学生の学習時間が少ないことは,例えば中央教育審議会が答申した所謂「学士課程答 申」 A (以下「答申」という。)においても,内閣府等の調査や国際的な比較を通して指摘されてい る。筆者も,日々の授業を行う中でこのことを実感しているが,多くの大学教員も同様であろうと推 察される。この答申の主旨は,こうした実情を踏まえ,適切な学習時間(授業時間内及び事前・事後 学習)を確保して単位制度を実質化し,学士としての「質保証」を提起したものと理解できる。その ために,教育方法の点検・見直し(シラバスやキャップ制などの相互連携等)を行い,質の向上を図 るよう提言している。 しかし,現今の学生には,学生生活におけるアルバイトの比重の大きさ,経済的な困難を抱える者 の増大,学習に専念できない状況の広がり等,学習時間の確保に支障をきたす現実があることも事実 で,答申においてもこのことを指摘しているが,具体的な学習時間確保の方策については言及してい ない。これについては今後,様々な見地から検討していかなければならない課題であろう。 こうした状況の中で,筆者の所属する比治山大学現代文化学部(以下「本学」という。)では,平 学修意識の向上を図る書道教材開発の試み ---「学習シート」の作成・使用による実践を通して--- An Attempt to Develop Calligraphic Teaching Materials for Raising Students’ Willingness towards Learning ---Through the Development and Use of Portfolios--- 土 橋 幸 正 Yukimasa DOBASHI This article summarizes attempts to develop materials in order to raise students' willingness to study in the authorr's calligraphy course in the Faculty of Contemporary Culture, Hijiyama University. Throughout this course, the students first grasp a whole picture of the calligraphy class. Second, they keep their own records of their learning outcomes in portfolios, which the author has developed from his experience and viewpoints. The teaching method, in which portfolios are utilized, is supported by a number of students. The students keep using the portfolios all through the course, and gradually develop their own awareness towards learning. It was found out that students' interests towards learning increased when they had to submit their assignments as part of post- course learning. On the other hand, students' interests did not increase when they had no need to submit their assignments as part of pre- and post-learning. Further research is still needed to turn students' learning substantial.

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  • 165比治山大学現代文化学部紀要,第20号,2013Bul. Hijiyama Univ. No.20, 2013

    はじめに

    我が国の大学生の学習時間が少ないことは,例えば中央教育審議会が答申した所謂「学士課程答

    申」A(以下「答申」という。)においても,内閣府等の調査や国際的な比較を通して指摘されてい

    る。筆者も,日々の授業を行う中でこのことを実感しているが,多くの大学教員も同様であろうと推

    察される。この答申の主旨は,こうした実情を踏まえ,適切な学習時間(授業時間内及び事前・事後

    学習)を確保して単位制度を実質化し,学士としての「質保証」を提起したものと理解できる。その

    ために,教育方法の点検・見直し(シラバスやキャップ制などの相互連携等)を行い,質の向上を図

    るよう提言している。

    しかし,現今の学生には,学生生活におけるアルバイトの比重の大きさ,経済的な困難を抱える者

    の増大,学習に専念できない状況の広がり等,学習時間の確保に支障をきたす現実があることも事実

    で,答申においてもこのことを指摘しているが,具体的な学習時間確保の方策については言及してい

    ない。これについては今後,様々な見地から検討していかなければならない課題であろう。

    こうした状況の中で,筆者の所属する比治山大学現代文化学部(以下「本学」という。)では,平

    学修意識の向上を図る書道教材開発の試み

    ---「学習シート」の作成・使用による実践を通して---

    An Attempt to Develop Calligraphic Teaching Materialsfor Raising Students’ Willingness towards Learning

    ---Through the Development and Use of Portfolios---

    土 橋 幸 正

    Yukimasa DOBASHI

    This article summarizes attempts to develop materials in order to raise students' willingness to

    study in the authorr's calligraphy course in the Faculty of Contemporary Culture, Hijiyama

    University. Throughout this course, the students first grasp a whole picture of the calligraphy class.

    Second, they keep their own records of their learning outcomes in portfolios, which the author has

    developed from his experience and viewpoints. The teaching method, in which portfolios are utilized,

    is supported by a number of students. The students keep using the portfolios all through the course,

    and gradually develop their own awareness towards learning. It was found out that students'

    interests towards learning increased when they had to submit their assignments as part of post-

    course learning. On the other hand, students' interests did not increase when they had no need to

    submit their assignments as part of pre- and post-learning. Further research is still needed to turn

    students' learning substantial.

  • 成21(2009)年度から新しいカリキュラムに移行し,平成22(2010)年度からはシラバスに,授業時間

    外学習内容(「学習上(予習・復習)のアドバイス」)の記載をするなどの改定を行うこととなった。

    そこで,筆者担当の書道関係科目(表1参照)の内,「書道Ⅰ」が平成22(2010)年度前期に開講開始

    されるのに合わせ,改定シラバスと対応させた新しいシステムで授業を行うことを検討した。その結

    果,履修者の学修B意識を向上させ,満足できる学習B成果を得させるために,学修の全体像を意識

    させ,最終的に学習成果を通覧できる一種の「ポートフォリオ」の性格をもたせた資料(以下「学習

    シート」という。)を作成・使用して指導する方式に思い至った。筆者として実現可能な改善策を実

    践することが,当面は現実的であり,答申の「意」にも沿うことであろうと考えた。

    本稿では,平成22(2010)年度から開始して現在まで継続中の「学習シート」方式による授業実践

    の内,平成24(2012)年度に実施した授業を中心に,その成果と課題について述べる。

    1 本学における書道関係開講科目

    本学における筆者担当の書道関係の授業科目(平成21(2009)年度開始の現行カリキュラム)は表

    1に示した通りであるが,この内「くらしの中の書」「書道Ⅰ」「書道Ⅱ」「書道Ⅲ」及び「子どもと

    書」(表中太字)が「学習シート」方式の授業科目である。

    「くらしの中の書」は,本学及び比治山大学短期大学部の全学生を対象とした共通教育科目の一つ

    で,教養科目に位置付けられ,「用美一体」の書の美の追求を目指している。「書道Ⅰ」「書道Ⅱ」「書

    道Ⅲ」は,筆者所属の本学言語文化学科日本語文化コース(以下「日文」という。)の専門科目であ

    ると同時に,「書道Ⅰ」「書道Ⅱ」は,中学校教諭1種免許状(国語)取得希望者(以下「教職希望者」

    という。)の必修科目(以下「教職必修科目」という。)として位置づけられている。また,3科目と

    も,本学の他学科・コースにも開かれている(自由領域科目)。つまり,教職希望者・日文一般学

    生・他学科・コースの学生が混在して履修するため,履修動機は多様で,配当年次より上の年次の履

    修者もかなり多い。また,書道に苦手意識をもっている学生も少なからず存在し,履修開始時の技能

    水準は必ずしも高いとはいえない。「子どもと書」は,本学子ども発達教育学科の専門科目で,子ど

    もと地域・文化の分野に位置付けられており,自由領域科目に指定されていないため,同学科の学生

    のみが履修している。筆者の兼担科目である。

    2 大学「書道」授業における教材開発

    書道の授業を実践するには,所謂「テキスト」以外に,ワークシート・教具・教材・評価資料等を

    工夫することが必須であり,最も身近な全国大学書写書道教育学会機関誌『書写書道教育研究』を通

    土 橋 幸 正166

    科 目 方法 単位 セメ 開 講 学 科 等 自由領域 学習シート 教職関係

    くらしの中の書 演習 選択2 1 全学科 共通教育科目

    書道A 演習 選択2 3 日文専門 日本語表現分野 2クラス

    書道B 演習 選択2 4 日文専門 日本語表現分野 2クラス

    書道C 演習 選択2 5 日文専門 日本語表現分野

    日本語表現演習 演習 選必2 5 日文専門 日本語表現分野 ゼミ

    特別研究Ⅰ 演習 必修2 6 日文専門 特別研究 卒論 ゼミ

    特別研究Ⅱ 演習 必修2 7 日文専門 特別研究 卒論 ゼミ

    特別研究Ⅲ 演習 必修2 8 日文専門 特別研究 卒論 ゼミ

    子どもと書 演習 選択2 6 子ども発達教育学科専門

    表1 本学における書道関係開講科目(太字:本稿関係分)

  • 覧しても,これに言及したものは多い。

    しかし,本稿テーマに合致した「教材開発」に関連すると思われるものは多くない。ポートフォリ

    オの性格を有するワークシートを工夫した,和田・鈴木・林「自己学習をたすける書道授業の試み」C,

    「学習記録」に基づく自己評価を試行した,鈴木「小学校教員養成用「書写」における自己評価に関

    する試行」D,ワークシートとポートフォリオを一体的に工夫・活用した,大森・林「一人ひとりの

    学習の歩みを追跡することによる授業の再構築」E,を挙げることができるが,直接「教材開発」と

    題したものは見出しえなかった。

    現状を断じるには過誤の恐れもあるが,最終的に学修の全体像を通覧できる一種の「ポートフォリ

    オ」の性格をもたせたテキスト(教材)の作成(開発)については,先例は少ないのではないかと想

    像している。

    3「学習シート」による実践

    平成元(1989)年,本学の前身である比治山女子短期大学国文科への就任以来,筆者担当の書道科

    目においては,中学校用教科用図書(平成2(1990)年度まで),全国大学書写書道教育学会編『書写

    指導』〔中学校編〕,久米東邨編著『書道芸術 漢字編(改訂版)』をテキストとして使用し,適宜補

    助資料を併用する形で授業を行っていた。平成6(1994)年の本学開学後も同様であったが,教職希

    望者の漸減や履修者ニーズの多様化に伴い,平成12(2000)年度頃からは,前記テキストを学習資料

    (教材)用に加工したものや他の資料を適宜提供する形に改め,配付した資料(教材)を各自ファイ

    ルに整理してテキスト化することとし,これを平成21(2009)年度まで継続してきた。しかし,配付

    資料(教材)の整理・活用は思惑通りにいかない場合もあり,時には授業後の教室や廊下のごみ箱に

    廃棄されている現実を目にして,悲しい思いに駆られた。

    こうした経緯を経て,前述のように,平成21(2009)年度から始まる新カリキュラム「書道Ⅰ」の

    開講開始(平成22(2010)年4月)に合わせ,「くらしの中の書」「書道Ⅰ」「書道Ⅱ」「書道Ⅲ」「子ど

    もと書」(表1太字:以下,一括「書道」という。)の授業を,「学習シート」を作成・使用する形で

    逐次開始していくこととしたのである。「書道」履修者の特性(少数の教職希望者,多様な学生・履

    修動機,等)に対応し,資料や毎時間の作品等が蓄積されて最終的には一種のポートフォリオとして

    の機能を持たせることを意図した「学習シート」による学習の継続が,学修意識の向上や単位認定と

    授業外学習との関係認識に,少なからず寄与してくれることを期待した。

    以下に実践の要点を示す。

    1実践の目標

    学習内容を具体化して逐次配付する資料(「学習シート」)を使用した授業を継続することにより,

    学修意識の向上を図る。

    2実践の計画

    ア 実施年度 平成22(2010)年度から実施

    イ 実施科目 前期:「くらしの中の書」(共通教育科目)「書道Ⅰ」(日文専門科目)「書道Ⅲ」

    (同,平成23(2011)年度から実施)

    後期:「書道Ⅱ」(日文専門科目)「子どもと書」(子ども発達教育学科専門科目,

    平成23(2011)年度から実施)

    ウ 評価方法 「学習シート」を作成・使用して授業を行い,「学習シート」使用に関するアンケ

    ートの結果等から,実践の成果と課題を整理する。

    学修意識の向上を図る書道教材開発の試み 167

  • 3実践の内容と方法

    ア 内容

    ①事前学習の意識化

    ②本時学習の明確化

    ③事後学習の習慣化

    ④1単位時間の学習内容の明確化

    ⑤学習活動の活性化(ポートフォリオ)

    イ 方法【資料1】

    ①B5判2穴リング式ファイルに,逐次「学習シート」をセット(保管)していく形式とする。

    ②「学習シート」の内容は,本時の学習テーマとねらい,事前学習事項とメモ,事前学習,本時

    の学習事項とメモ,本時学習の具体資料(手本),事後学習,事後学習事項とメモ,とする。

    ③「学習シート」を使用した学習は,以下の手順による。

    ¡)授業日ごとに,前時授業の提出作品を返却する。作品は「学習シート」に保管していく。

    ™)授業日ごとに,当該授業日の内容と次回授業の事前学習までの範囲の「学習シート」を配

    付する。

    £)授業開始時に,当該授業の事前学習について確認する(全体指導)。

    ¢)本時の学習テーマとねらいを確認し,学習内容の要点を指導する。

    ∞)本時の学習テーマとねらいを踏まえて学習する(全体指導 個別指導)。

    §)授業終了後,事後学習を行う(次回授業時までに)。

    ¶)次回授業時に,提出を指示した事後学習を提出する。提出されたものは評価をし,次回に

    返却する。

    •)各学習の過程において,必要に応じてメモ欄を活用する。

    4授業科目の概要

    「書道」科目ごとの授業概要は,表2に示す通りである。「書道Ⅰ」と「書道Ⅱ」を中学校国語科書

    写の内容にしているのは,両科目が教職必修科目に位置付けられていることに加え,履修者の動機や

    学習経験が多様で,技術水準の差も大きいことから,書写の範疇での学習が適切であると考えるから

    である。書道の入り口ともいえる書写は,学習者の実情に応じて,個別的・弾力的な扱いが可能であ

    る。「子どもと書」は,小学校国語科書写のいわば「教育法」的内容にしているが,教育者・保育者

    を目指す履修者への側面的な支援との思いから設定したものである。

    土 橋 幸 正168

    表2 「書道」科目の授業概要

    授業科目 授   業   概   要

    くらしの中の書 日常的な手書き文字を題材として,《用美一体》としての書の美(芸術性)を追求する。

    書道Ⅰ中学校国語科書写の内容の内,楷書とそれに調和する仮名を主題材として,知識・技能を習得する。

    書道Ⅱ中学校国語科書写の内容の内,行書とそれに調和する仮名を主題材として,知識・技能を習得する。

    書道Ⅲ基本的な書の古典の臨書を通して書表現の技法を培い,それに基づく創作や現代的な創作へと発展させる。

    子どもと書小学校国語科書写の内容を知識と技能の両面から習得し,子どもにとっての「書」について理解する。

  • 4 結果と評価

    1「学習シート」使用に関するアンケート結果(平成24年度)

    平成24(2012)年度に実施した「書道」科目について,「学習シート」使用に関するアンケートを実

    施した。以下に質問項目に対する主たる回答結果を示す(アンケートは【資料2】,アンケート結果

    は【資料3】参照)。

    Q3(「学習シート」使用の授業の賛否)への回答から,「学習シート」を使用した授業が,多くの

    学生から支持されていると考えられる(「大変良い」「良い」の肯定群が全体で77名,93%)。その主

    たる理由は,Q4(「良い」理由:複数回答)への回答から,「学習の記録として役に立つ」(全体で

    50名,65%)「学習内容が理解できる」(同44名,57%)「事前・事後学習が設定してある」(同32名,

    42%)であることがわかる。さらに「手作りでやる気が出る」の回答も同22名,29%であり,実践者

    としては報われる気がする。その「学習シート」の内容別活用度を問うのがQ6(複数回答)である。

    「事後学習(次回提出課題)」(同57名,69%)「いわゆる手本の部分」(同56名,67%)「本時の学習項

    目」(同38名,46%)の度合いが大きいが,「事前学習メモ」(同6名,7%)「事後学習(自主課題)」

    (同19名,23%)「事後学習メモ」(同7名,8%)の活用度は低い水準にとどまっている。この「自

    主的」活用度の低さは,Q7(「学習シート」の活用度)への回答で,積極的活用群が全体で55名,

    66%となっていることと関連しているように思われる。一方,Q8(授業外学習の必要性)への回答

    からは,多くの学生が単位修得のためには授業外学習が必要であることを認識している様子がわかる

    (同77名,93%)。これは,「書道」授業の開始時に単位修得の意味を伝えていることによるものと思

    われる。また,Q9(単位修得における「学習シート」活用学習の効果)への回答から,「学習シー

    ト」を活用した学習は,授業外学習を含めた学修(単位修得)に一定の効果があると多くの学生が考

    えていることが窺える(同74名,89%)。しかし,Q10(授業外学習への取り組み状況)で,授業外

    学習へ積極的に(「十分」「まずまず」)取り組んだと回答したのは全体で57名,69%であり,Q8,

    Q9で示された認識の割には低率といえよう。ただ,《参考》として示した授業評価アンケート結果F

    から,「書道」履修者の時間外学習は,本学全体からみると,低い値ではない(加重平均値で「くら

    しの中の書」3.94,「書道Ⅰ」3・67,「書道Ⅱ」3.81)。特に「くらしの中の書」は最上位であったと

    聞いている。なお,「書道Ⅲ」と「子どもと書」は履修者が少数のため,アンケートを実施していな

    い。Q10と《参考》結果を併せ見れば,「書道」履修者は,時間外学習への取り組み方に関して肯定

    的な意識であったといえよう。

    Q12は,「学習シート」を使用した授業についての意見や感想を自由に問うたものである。内容の

    詳細は省略するが,意見・感想を表にしてまとめた。「目的・内容が分かり,理解しやすい」(全回答

    者における回答数29,回答率45%)「学習内容の記録(振り返り)として良い」(同16,同25%)「資

    料の保管に便利(役立つ)」(同14,同22%)「学習意識の向上(学習に便利)」(同12,同19%)との

    意見・感想が大半を占めた。目的が明確に理解でき,学習を進めるうえで役に立ち,そのことが学習

    意欲を向上・喚起していることが読み取れる。実際,授業が進むごとにシート(資料)が増えていき,

    毎回の作品を閉じ込んでいく中で,徐々に「学習シート」への愛着が生まれていることを実感してい

    るような学生の様子も観察できた。

    また,この実践を始めた平成22(2010)年度以降,授業公開(参観)を兼ねて3名の同僚教員が相

    次いで「書道Ⅱ」「書道Ⅲ」の授業に学生と共に参加するという思わぬ事態が生じたが,学生以上に

    「学習シート」が充実し,このシステムに対して肯定的な評価を得たことを付記し,3氏の熱意に感

    謝申し上げたい。

    学修意識の向上を図る書道教材開発の試み 169

  • 2評価

    前項Aを踏まえ,本実践の成果と課題を整理する。

    成果としては,「学習シート」を作成・使用して授業を行うシステムが,多くの学生から支持され

    たことである(Q3・9・12)。学習内容を具体的に明示した資料を毎時間配付して学習を継続するう

    ちに,その方法が習慣化し,学修意識が徐々に形成されていったのではないかと推定している(Q

    8・10)。学生による「授業に関するアンケート」のⅡ③「予習・復習など時間外の学習をどのくらい

    しましたか」の設問は平成24(2012)年度から新設されたが,全学的に実施される「定例化」した評

    価活動の結果(肯定群51名,67%)と,筆者独自のアンケートQ10の結果(同57名,69%)が類似し

    たものになったことが,これを傍証していよう。実践目標とした「学修意識の向上」については,あ

    る程度の成果があったと評価したい。

    一方課題としては,事前・事後の自主的学習への取り組み方が低調であったことである(Q6)。

    提出を求めた事後学習の課題の活用度は高かったが,自主的な取り組みを勧めた事前・事後学習の活

    用度は低かった。義務付けのない働きかけには意欲を示さない昨今の傾向を是正できなかったと謂う

    べきか。支持率の割に実施率が低かった結果が,それを示している(Q7・10)。今後,真の意味で

    の「学修の実質化」を図るため,どのような運用が可能か考えねばならない。Q12(自由記述)に,

    「授業外学習については個人の意志で行われるもの」「それ(指示された授業外学習)以外をしなくな

    る」という指摘があった。少数意見ながら的を射た声である。一方,「自ら取り組む機会やきっかけ

    がなかった人のためにも良いものだ」という意見も1件あり,今回の実践はこの声に応えるものとも

    いえる。現実の問題(学習量の低調)に直面してこれを打開するため,この意見に示された「二面性」

    をいかに調和させていくかが,大きな課題といえよう。

    このように,「学習シート」を使用して学習を進めた結果,「学修意識の向上」という点ではある程

    度の成果が認められる反面,自主的な授業外学習が低調であり,「学修時間の実質化」については課

    題を残しているというのが,本実践の評価である。

    おわりに

    本学における書道の授業運営をどうするかという問題について,就任以来,あれこれと試行錯誤を

    続けてきたが,多様な履修動機をもつ学生が混在する学習者集団に対して,前述の「答申」が提起す

    る「質保証」の問題に目を向けながら,学修意識を向上させるための方策として,一種の「ポートフ

    ォリオ」の性格をもたせた「学習シート」を使用した授業を実践してきた。その評価は前述の通り,

    「道半ば」といったところである。また,この評価は,アンケート結果(学生の自己申告)に依って

    おり学習時間量の測定を伴っていないため,適性を欠く面は否定できない。

    ただ,資料作成や印刷に相当の時間を費やしながら実践を継続し,限られたデータからではあるが

    成果の一端を感じることができた。この報告に先賢各位のご批正をいただき,さらなる教材開発の一

    石としていただけるならば望外の幸せである。

    A 中央教育審議会「学士課程教育の構築に向けて」(答申)平成20年12月24日,

    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1217067.htm,2013年7月25日。

    B 便宜上,学びの総体的・集積的成果の意味として「学修」を,個別的・過程的行為の意味として

    「学習」を用いて,両者を区別した。

    C 和田圭壮・鈴木慶子・林朋美「自己学習をたすける書道授業の試み」『書写書道教育研究』,2001

    土 橋 幸 正170

  • 年,第15号,pp.71-80。(ポートフォリオの性格を有するワークシートの工夫)

    D 鈴木慶子「小学校教員養成用「書写」における自己評価に関する試行」『書写書道教育研究』,

    2002年,第16号,pp.98-107。(「学習記録」の試みとそれに基づく自己評価・ポートフォリオ)

    E 大森アユミ・林朋美「一人ひとりの学習の歩みを追跡することによる授業の再構築」『書写書道

    教育研究』,2006年,第20号,pp.99-108。(ワークシートの工夫とポートフォリオの活用)

    F 本学が自己点検評価の一環として学期ごとに行っている学生による「授業に関するアンケート」。

    履修者が少人数の一部授業を除き,全教員の授業に対して,学生が,自身の履修状況(3項目)

    と教員の授業の仕方等(共通6項目+教員独自設定3項目)及び自由記述に回答する。項目評価は

    5件法で行い,項目ごとに単純集計と加重平均でフィードバックされる。平成24(2012)年度か

    ら,学生自身の回答項目に「この授業に関して,予習・復習など時間外の学習をどのくらいしま

    したか」が追加され,「たくさんした」「ある程度はした」「少しだけした」「ほとんどしなかった」

    「まったくしなかった」のいずれかに回答する。

    〈キーワード〉

    学修意識,授業改善,書道,教材開発,学習シート

    学修意識の向上を図る書道教材開発の試み 171

  • 【資料1】

    「学習シート」の一例として,「書道Ⅰ」第9回目の「楷書の筆使いと字形⑥」のものを示す。

    ①~③は,第9回目の事前学習として第8回目の授業時に配付する。

    ④~⑥は,第9回目の本時学習・事後学習として第9回目の授業時に配付する。

    ⑦~⑨は,第10回目の事前学習として第9回目の授業時に配付する。

    「書道Ⅰ」では,上記「学習シート」の外に,筆順調査のシート(全240字・12回分)を使用する

    (資料略)。

    土 橋 幸 正172

    ①授業9事前・本時・事後学習内容 ②事前・事後学習メモ ③事前学習課題(2/3)

    ④本時学習課題(1/2 選択) ⑤本時学習課題(2/2 選択) ⑥事後学習課題(1/3)

    ⑦授業10事前・本時・事後学習内容 ⑧事前・事後学習メモ ⑨事前学習課題(2/3)

  • 【資料2】「学習シート」使用に関するアンケート(設問及び回答項目のみ示す)

    Q1 あなたのことに関してお答えください。

    A性別 1 男  2 女

    B学科 1 言  2 マ  3 心  4 子  5 幼  6 総  7 美  8 他[ ]

    C学年 1 4年次以上   2 3年次   3 2年次   4 1年次   5 その他[ ]

    Q2 この授業の履修動機は何ですか(複数回答可)。

    1 専門知識の修得   2 興味がある   3 教養修得   4 資格取得   5 卒業に必要

    Q3 「学習シート」を使用した授業について,どのように思いますか。

    1 大変良い   2 良い   3 どちらともいえない   4 良くない   5 大変良くない

    Q4 Q3で,「1大変良い 2良い」と回答した人だけお答えください。「良い」理由はどんな点ですか(複数

    回答可)。

    1 学習内容が理解できる  2 事前・事後学習が設定してある  3 教員の手作りでやる気が出る

    4 学習の記録として役に立つ  5 その他[ ]

    Q5 Q3で,「4良くない 5大変良くない」と回答した人だけお答えください。「良くない」理由はどんな点

    ですか(複数回答可)。

    1 学習内容の理解に役立たない  2 事前・事後学習が負担である  3 手作りでやる気が出ない

    4 学習の記録として役に立たない  5 その他[ ]

    Q6 あなたは,「学習シート」のどの部分をよく活用しましたか(複数回答可)。

    1 事前学習(資料を含む) 2 事前学習メモ  3 本時の学習項目  4 本時の学習メモ

    5 いわゆる手本の部分  6 事後学習(次回提出課題) 7 事後学習(自主課題)

    8 事後学習メモ  9 あまり活用した部分はない

    Q7 Q6の結果を踏まえると,あなたの「学習シート」活用度はどの程度ですか。

    1 大変積極的  2 積極的  3 どちらともいえない  4 消極的  5 大変消極的

    Q8 大学における単位の修得には,授業のほかに授業外学習が必要であることを理解していますか。

    1 よく理解している  2 理解している  3 理解していない   4 全く理解していない

    Q9 「授業+授業外学習=単位修得」の観点から見て,「学習シート」活用の学習は効果があると思いますか。

    1 大変効果がある   2 効果がある   3 どちらともいえない   4 効果がない

    5 全く効果がない

    Q10 総合的に考えて,あなたの授業外学習への取り組み状況はどの程度ですか。

    1 十分   2 まずまず   3 どちらともいえない   4 やや不十分   5 不十分 

    Q11 総合的に考えて,あなたの授業(時間割上の学習時間)への取り組み状況はどの程度ですか。

    1 十分   2 まずまず   3 どちらともいえない   4 やや不十分   5 不十分

    Q12 「学習シート」を使用した授業について,ご意見・ご感想等を,以下の欄に自由に記述してください。

    学修意識の向上を図る書道教材開発の試み 173

  • 【資料3】「学習シート」使用に関するアンケート結果

    土 橋 幸 正174

    男 女 計くらしの中の書 5 33 10 67 15

    書道Ⅰ 19 59 13 41 32書道Ⅱ 17 68 8 32 25書道Ⅲ 2 50 2 50 4 

    子どもと書 5 71 2 29 7 計 48 58 35 42 83

    Q1 あなたのことに関してお答えください。(学科・学年別集計を除き,性別集計のみ)

    Q2 この授業の履修動機は何ですか(複数回答可)。

    表中の数字は,左は実数,右斜体は割合(%,少数第一位以下を四捨五入した値)を示す。四捨五入や複数回答で,合計が100%にならない場合がある。以下の表も同様である。

    専門知識修得 興味がある 教養修得 資格取得 卒業に必要 計くらし 0 00 13 87 1 07 0 00 3 20 17書道Ⅰ 3 09 19 59 10 31 12 38 4 13 48書道Ⅱ 3 12 17 68 7 28 6 24 3 12 36書道Ⅲ 2 50 2 50 2 50 0 00 0 00 6子ども 3 43 5 71 2 29 0 00 0 00 10計 11 13 56 67 22 27 18 22 10 12 117

    Q3「学習シート」を使用した授業について,どのように思いますか(太字は肯定群)。

    大変良い 良い どちらとも 良くない 大変良くない 計くらし 5 33 7 47 2 13 1 07 0 00 15書道Ⅰ 5 16 25 78 2 06 0 00 0 00 32書道Ⅱ 13 52 11 44 1 04 0 00 0 00 25書道Ⅲ 1 25 3 75 0 00 0 00 0 00 4子ども 3 43 4 57 0 00 0 00 0 00 7計 27 33 50 60 5 06 1 01 0 00 83

    Q4 Q3で,「1大変良い 2良い」と回答した人だけお答えください。「良い」理由はどんな点ですか(複数回答可,太字は上位2項目)。

    内容理解に有効 事前事後学習設定 手作りで意欲向上 学習記録に有効 その他 計くらし 7 58 9 75 2 17 7 58 1 08 26書道Ⅰ 15 50 8 27 9 30 18 60 2 07 52書道Ⅱ 14 58 10 42 7 29 18 75 3 13 52書道Ⅲ 3 75 2 50 1 25 3 75 1 25 10子ども 5 71 3 43 3 43 4 57 0 00 15計 44 57 32 42 22 29 50 65 7 09 155

    Q5 Q3で,「4良くない 5大変良くない」と回答した人だけお答えください。「良くない」理由はどんな点ですか(複数回答可)。

    内容理解に無効 事前事後学習負担 手作りで意欲低下 学習記録に無効 その他 計くらし 0 00 1 100 0 00 0 00 1 100 2書道Ⅰ 0 00 0 00 0 00 0 00 0 00 0書道Ⅱ 0 00 0 00 0 00 0 00 0 00 0書道Ⅲ 0 00 0 00 0 00 0 00 0 00 0子ども 0 00 0 00 0 00 0 00 0 00 0計 0 00 1 100 0 00 0 00 1 100 2

  • 学修意識の向上を図る書道教材開発の試み 175

    Q6 あなたは,「学習シート」のどの部分をよく活用しましたか(複数回答可,太字は上位3項目)。

    事前学習 事前メモ 本時項目 本時メモ 手本部分 事後課題 事後自主 事後メモ 活用なし 計くらし 4 27 1 07 6 40 3 20 10 67 11 73 4 27 1 07 2 13 42書道Ⅰ 7 22 1 03 15 47 7 22 21 66 20 63 5 16 2 06 1 03 79書道Ⅱ 6 24 1 04 10 40 6 24 19 76 18 72 8 32 4 16 1 04 73書道Ⅲ 1 25 0 00 3 75 0 00 3 75 3 75 2 50 0 00 0 00 12子ども 4 57 3 43 4 57 2 29 3 43 5 71 0 00 0 00 1 14 22計 22 27 6 07 38 46 18 22 56 67 57 69 19 23 7 08 5 06 228

    Q7 Q6の結果を踏まえると,あなたの「学習シート」活用度はどの程度ですか(太字は積極群)。

    大変積極的 積極的 どちらとも 消極的 大変消極的 計くらし 0 00 11 73 2 13 2 13 0 00 15書道Ⅰ 1 03 18 56 10 31 3 09 0 00 32書道Ⅱ 0 00 19 76 4 16 1 04 1 04 25書道Ⅲ 0 00 2 50 1 25 1 25 0 00 4子ども 0 00 4 57 2 29 1 14 0 00 7計 1 01 54 65 19 23 8 10 1 01 83

    Q9「授業+授業外学習=単位修得」の観点から見て,「学習シート」活用の学習は効果があると思いますか(太字は肯定群)。

    大変効果あり 効果あり どちらとも 効果なし 全く効果なし 計くらし 2 13 10 67 3 20 0 00 0 00 15書道Ⅰ 4 13 24 75 4 13 0 00 0 00 32書道Ⅱ 8 32 16 64 1 04 0 00 0 00 25書道Ⅲ 0 00 3 75 1 25 0 00 0 00 4子ども 1 14 6 86 0 00 0 00 0 00 7計 15 18 59 71 9 11 0 00 0 00 83

    Q10 総合的に考えて,あなたの授業外学習への取り組み状況はどの程度ですか(太字は積極群)。

    十分 まずまず どちらとも やや不十分 不十分 計くらし 1 07 10 67 3 20 0 00 1 07 15書道Ⅰ 4 13 15 47 10 31 3 09 0 00 32書道Ⅱ 3 12 17 68 2 08 2 08 1 04 25書道Ⅲ 1 25 1 25 2 50 0 00 0 00 4子ども 1 14 4 57 2 29 0 00 0 00 7計 10 12 47 57 19 23 5 06 2 02 83

    Q8 大学における単位の修得には,授業のほかに授業外学習が必要であることを理解していますか(太字は理解群)。

    よく理解している 理解している 理解していない 全く理解していない 計くらし 0 00 12 80 2 13 1 07 15書道Ⅰ 3 09 29 91 0 00 0 00 32書道Ⅱ 3 12 19 76 3 12 0 00 25書道Ⅲ 2 50 2 50 0 00 0 00 4子ども 1 14 6 86 0 00 0 00 7計 9 11 68 82 5 06 1 01 83

    たくさん ある程度 少しだけ ほとんど 全く ノーマーク 計 科目別 学区別 大短共くらし 2 13 12 75 1 06 1 06 0 00 0 00 16 3.94 2.54 2.79書道Ⅰ 4 12 15 44 13 38 1 03 0 00 1 03 34 3.67 2.99 3.03書道Ⅱ 4 15 14 54 7 27 1 04 0 00 0 00 26 3.81 3.27 3.09計 10 13 41 54 21 28 3 04 0 00 1 01 76

    《参考》授業評価アンケート結果(Ⅱ③予習・復習など時間外の学習をどのくらいしましたか。太字は積極群)

  • 土 橋 幸 正(言語文化学科日本語文化コース)

    (2013. 10. 24 受理)

    土 橋 幸 正176

    Q11 総合的に考えて,あなたの授業(時間割上の学習時間)への取り組み状況はどの程度ですか(太字は積極群)。

    十分 まずまず どちらとも やや不十分 不十分 計くらし 3 20 12 80 0 00 0 00 0 00 15書道Ⅰ 8 25 16 50 5 16 3 09 0 00 32書道Ⅱ 6 24 17 68 0 00 2 08 0 00 25書道Ⅲ 1 25 1 25 2 50 0 00 0 00 4子ども 1 14 6 86 0 00 0 00 0 00 7計 19 23 52 63 7 08 5 06 0 00 83

    意見・感想 くらし 書道Ⅰ 書道Ⅱ 書道Ⅲ 子ども 計01 目的・内容が分かり,理解しやすい 8 57 13 48 5 33 1 25 2 50 29 4502 学習内容の記録(振り返り)として良い 3 21 8 30 2 13 2 50 1 25 16 2503 資料の保管に便利(役立つ) 2 14 7 26 3 20 1 25 1 25 14 2204 学習意識の向上(学習に便利) 3 21 2 07 4 27 2 50 1 25 12 1905 技能の向上 2 07 2 0306 レポートが書きやすい 2 07 2 0307 手作り(手間隙)でやる気が出た(良い) 2 07 2 0308 手作りなのに活用できず申し訳ない 1 07 1 0209 最終的に一つの教科書 1 04 1 0210 手本の字が毎回楽しみ 1 04 1 0211 筆順調査は良い機会 1 04 1 0212 保護者へも見せた 1 07 1 0213 リング式は使い勝手が良い 2 07 1 25 3 0514 リング式は使い勝手が良くない 1 07 1 04 1 25 3 0515 シートの枚数が多い 2 07 2 0316 シートのセットが面倒 1 04 1 0217 活用するシートに差がある 1 07 1 0218 シートにある内容以外を学習しない 1 04 1 0219 授業外学習は自主的に行うもの 1 25 1 02

    計 18 46 16 8 6 94

    Q12 「学習シート」を使用した授業について,ご意見・ご感想等を,以下の欄に自由に記述してください。

    回答者数 くらしの中の書:14 書道Ⅰ:27 書道Ⅱ:15 書道Ⅲ:4 子どもと書:4 計641回答に複数の意見・感想がある場合は,それぞれカウントして集計しているため,回答者数とは一致しない。また,授業全般に関する包括的感想(「良い」「役に立つ」「為になる」等)は省略している。

    自由記述の内容(原文のまま 番号は整理番号 下線部筆者)は省略。