マーケティング・タウンを目指せ! ·...

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マーケティング・タウンを目指せ!

~立山町マーケティングのプラン提案~

山口大学経済学部経営学科 藤田健ゼミ

2013 年 11 月 15 日提出

目 次

第 1節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

第 2節 立山マーケティングの枠組みとプラン創出の考え方・・・・・・ 2

2-1.マーケティングとは何か・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2

2-2.マーケティングを伝統とする町・・・・・・・・・・・・・・ 3

2-3.立山町マーケティングの枠組み・・・・・・・・・・・・・・ 4

2-4.イベント・プラン創出の考え方・・・・・・・・・・・・・・ 5

第 3節 「立山町マーケティング」のプラン提案・・・・・・・・・・・ 6

3-1.マーケティング・コンテンツの開発:CM映像コンテスト・・ 6

3-2.町民向けマーケティング:町民が創る!立山の食!・・・・・ 7

3-3.観光客おもてなしイベント:私が変われる旅~いにしえの立山信仰に触れる

2日間~、癒しのおもてなしイベント@室堂 9

3-4.立山町マーケティングの意義・・・・・・・・・・・・・・・ 11

第 4節 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12

4-1.要約:マーケティング・タウン立山町の全体像・・・・・・・ 12

4-2.結論と今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

1

第 1 節 はじめに

本稿の目的は、地域活性化を実現するアイデアである「立山町マーケティング」の全貌

を明らかにすることである。本稿で取り上げる「立山町マーケティング」は、立山町が独

自のマーケティング計画を策定し、観光客を呼び込み、観光客を満足させる目的で実施す

るマーケティング活動全般をさす。このような「立山町マーケティング」を考えようとし

た背景は、立山町はマーケティングに適した観光資源を数多く保有しているにもかかわら

ず、十分にマーケティングできていないという事実をフィールド調査で明らかにできたか

らである。

「立山町マーケティング」を実現するために、本稿が提案するコンテンツは、以下の 3

点である。①立山町がマーケティング・ツールを自ら保有するための仕組みを提案するこ

と、②次に立山町の町民自身が観光市場に関心を高めるような仕組みを整えること、③最

後に立山町マーケティングを実行に移すために、観光客を呼び込むツアーを造成し、町民

とともにおもてなしをすること、この 3 点である。(図 1 参照)

図 1 本稿が提案する「立山町マーケティング」のコンテンツ

(出所)筆者作成。

本稿が「立山町マーケティング」の枠組みと、そのコンテンツを提示することで、様々

な効果が立山町にもたらされる。本来、立山町はマーケティングに長けた町であった。と

りわけ、立山信仰、立山黒部貫光は、全国の市場にむけてマーケティングを実施し、多く

の顧客(信者)を集めるという成果を残してきた。しかし、現代の立山町はマーケティン

グの能力を十分に発揮していない。地域ブランド開発や多手山プロジェクトなどの個別の

マーケティングは機能しているが、それを統合する枠組みが存在するとは言えない。こう

した状況を打破し、古くから立山町に受け継がれてきたマーケティングの能力を再度、現

2

代に開花させることが期待できるのである。そして、本稿のプランを実現すれば、立山町

は「マーケティング・タウン」として独自の力でまちを活性化することができると考えら

れる。

以上のような本稿の目的を達成するために、本稿がすべきことは 2 つある。1 つ目は、現

代のマーケティングと立山信仰のマーケティングに基づく「立山町マーケティング」の枠

組み(全体像)を明らかにすることである。2 つ目は、前述の枠組みに沿って、「立山町マーケ

ティング」の具体的な内容を提案することである。これらの提案にもとづいて、立山町に

どのような効果や影響があるのか、実現にむけてどのような課題が存在するのかを明らか

にする。

本稿の構成は、以下のようになっている。第 2 節では、「立山町マーケティング」の枠組

みとプラン創出の考え方を明らかにする。第 3 節では、「立山町マーケティング」の具体的

なプランを提案する。第 4 節では、「立山町マーケティング」について全体をまとめる。そ

のうえで、立山町にもたらされる効果や影響、本稿の目的を実現するための実践的課題を

指摘する。

第 2 節 立山町マーケティングの枠組みとプラン創出の考え方

2-1.マーケティングとは何か

一般的なマーケティングは「売れるもの1を作る」ことを起点にした企業の対市場活動で

ある。そして、主に観光サービスを売ろうとする地域がマーケティング活動を展開するた

めには「STP+7P2」を考える必要がある。STP、7P はそれぞれ、表 1、表 2 のように定義

できる。そして、これらの理論概念は、まちのマーケティングでも適用可能であると考え

る。

表 1,表 2 は、まちのマーケティング担当者(以下、マーケターと記す)が意思決定すべき

項目を指し示している。STP とは、標的市場と消費者の心の中のまちの位置づけをマーケ

ターが決定することである。そのうえで、マーケターは自ら決定したポジショニングを実

現するために、7 つのマーケティング要素(7P)を適切に組み合わせていく。これがマーケテ

ィングの一般的な意思決定過程である。3

マーケターは、ターゲットの欲しがるものを提供し、消費者の心の中のポジショニング

を実現できるよう、一貫性のある 7P を組み立てなくてはならない。

1 ここでいう「もの」とは製品・サービスを表す。 2 STP は Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning(ポジショニング)

の頭文字を指し、7P は Product(製品)、Place(流通)、Price(価格)、Promotion(プロモーション)、物的要素

(Physical evidence)、過程(Process)、人(People)を意味する英単語の頭文字をとったものである。 3 製品マーケティングでは製品・流通・価格・プロモーション(これらをまとめて 4P という)についてのみ

考える。主にサービス(製品も含む)を提供する際には、物的要素・過程・人を加えて、7 つの P で考える必

要がある。ただし、本稿では 7P すべてを分析するケースと、4P だけで分析する方がよいケースもあるた

め、その場に応じて使い分けることにする。

3

表 1 STP:理論概念とその定義

理論概念 概念の説明

セグメンテーション (S: Segmentation)

市場全体を似通った特徴の消費者群(市場セグメント)に細分化し、マーケティングを展開すること

ターゲティング (T: Targeting)

どのセグメントを顧客にするのかを設定すること

ポジショニング (P: Positioning)

競合他社との製品差別化を実現できるようなポジショニングを決定すること

(出所)三好(2007),pp.44~45 を参考に筆者作成。

表 2 7P:理論概念とその定義

理論概念 概念の説明

製品 (Product) どのような便益(製品の機能や消費者の目的)を実現するのかに関する意思決定

流通 (Place) どんな経路で消費者に製品を届けるか

価格 (Price) 消費者および流通業者にどのような価格を示すか

プロモーション (Promotion)

自社の製品に関する情報を消費者といかにコミュニケーションするか

物的要素 (Physical evidence)

施設の外観や、建物の規模といったサービスが提供される物的な環境条件のこと

過程 (Process) サービス提供者の技術によって生じるサービス品質の差を最小限にとどめるために、サービス提供までの過程を管理すること

人 (People) サービスを提供する人的品質のこと

(出所)松笠(2011),pp.163~169、三好(2007),pp.49~53 を参考に筆者作成。

2-2.マーケティングを伝統とする町

上述したようなマーケティング理論を、なぜ立山町に持ち込もうとするのか。それは、

立山町は歴史的に「マーケティング・タウン」だったからである。

立山信仰は「人間の救済という価値を、芦峅寺の衆徒が全国を歩き回りながら口頭で死

後の物語を無償で伝える」という形で信仰を広めていた。このように立山信仰は、極めて

論理的に組み立てられたマーケティングを行っていた。これを 4P にあてはめてみると、

表 3 のようになる。

4

表 3 立山信仰のマーケティング要素(4P)

製品(価値) 人間の救済・浄罪

流通 芦峅寺の衆徒が全国を歩き回る

価格 無償(実際にはお布施・お供えなどを受け取っていたかもしれない)

プロモーション 口頭で死後の物語を伝達する

(出所)筆者作成。

次に、STP について考えてみると、「死」は万人の問題であるから、セグメントに分けな

くともすべての人をターゲットにできた。さらに、立山信仰は、男性の救済のみならず女

性の救済も取り入れることで、他の霊山(富士山と白山)と差別化されたポジショニングをし

たのである4。こうして立山信仰は、日本全国から多くの参拝者を集めた。

このように、立山町芦峅寺地区は昔から巧みなマーケティングを展開してきた。しかし、

現在の立山町はどうだろうか。観光立国が声高に叫ばれる時代になっても、立山黒部アル

ペンルートを訪れる 100 万人の観光客をみすみす見逃したままとなっているのが現実であ

る。そこで本稿では、「立山町マーケティング」という枠組みと具体的なプランを提案した

い。

2-3.立山町マーケティングの枠組み

本稿の冒頭でも述べたとおり、立山町マーケティングは、町役場がマーケターとなり、

町民と協力して、観光客を呼び込み満足を提供しようとするものである。つまり、立山町

が一体となって、観光客に対してマーケティングを実施するのである。

この立山町マーケティングの全体像は、以下の図 2 のような主体間の関係で表される。

立山町マーケティングを考える際の主体は、立山町役場・立山町民・観光客の三者である。

このなかで、立山町がマーケティングの司令塔として、マーケティング計画を立案・実行

する。マーケティング計画の内容は、立山町役場が立山町民の地元意識や観光市場への関

心を高め(図中のA)、観光客に情報を提供し(図中のB)、立山町民が主体となって協力して

おもてなしを提供する(図中のC)ものである。これが、立山町マーケティングの枠組み(全

体像)である。

ただし、この枠組みと理論との整合性について、若干補足しておかなくてはならない。

それは図 2 で援用している理論5は、企業が顧客にサービスを提供する際に利用するサービ

ス・マーケティング理論だということである。厳密に考えると、まちのマーケティングは、

サービス・マーケティング理論の範疇にはない。しかし、立山町を一つの組織とみなし、

観光客を顧客ととらえた場合に、この理論を立山町のマーケティングに適用できるのでは

4 このように誰にでも通用するマーケティングを「マス・マーケティング」といい、特殊な事例である。 5 おもな出所は、松笠(2011),p.27 である。

5

ないかと私たちは考えている。

図 2 立山町マーケティングの枠組み

(出所)筆者作成。

2-4.イベント・プラン創出の考え方

立山町マーケティングの具体的なプランを考えるにあたって、私たちが注目したものは

イベント・マーケティングである。イベントは観光目的地において、低いコストで実施で

きるマーケティング手段となる6。また、イベントは立山町に存在するさまざまな資源を組

み合わせることで、町民や観光客に比較的容易に価値を提供できるからである。そのため、

私たちは立山町のイベント・プランの創出に取り組むことにした。

しかし、イベント・プラン創出の過程で、立山町に存在するいくつかの問題に直面した。

立山町には町民向けのイベントが数多く存在し、それなりの効果をあげている。ところが、

観光客向けのイベントとなると、それほど多く存在しないことがわかった7。しかも、個々

の立山町民は観光客の存在を意識してはいるものの、明確な接点もなく、接し方やおもて

なし方法を心得ているとは言えなかった。

こうした問題が存在するがゆえに、単なる観光客向けイベントを創出するだけでは、マ

ーケティングとして不十分なものになってしまう。そう考えたことから、私たちは立山町

役場が立山町民を巻き込みつつ観光客にイベントを提供する複合的なプランを創出するこ

とにした。そこで、以下の 3 つのプランを提示する。

第 1 は「立山町 CM 映像コンテスト」である。これは、立山町役場が立山町民に町の価

6 藤田(2011),pp.176~191。 7 「立山アルペンヒルクライム」など、大成功を収めているイベントも存在するが、より多くの観光客を

迎え入れるには十分な数ではない。

6

値を映像で再発見してもらい、再発見した価値(映像)を観光客に情報提供することを意図し

たイベントである。図 2 でみると、住民への「意識高揚(A)」を基礎としつつ、その成果を

観光客への「情報提供(B)」に転用しようとするプランである。

第 2 は「町民が創る!立山の食!」というイベント・プランである。立山町は豊かな食

の資源を持っているにもかかわらず、それらのほとんどが観光市場向けには活用されない

ままであった。そこで、町民の手で食の資源をレシピやメニューに仕上げてもらい(図 2 の

「意識高揚(A)」)、そのメニューを観光客に提供する(図 2 の「おもてなし(C)」)プランを考

えた。

第 3 は「癒しのおもてなしイベント@室堂」(図 2 の「おもてなし(C)」)である。このイ

ベントは、立山町と KNT が造成するツアー(図 2 の「情報提供(B)」)にあわせて、町民主体

でおもてなしを提供するものである。

このように、立山町役場と立山町民が一体となって、イベントやツアー造成を通して観

光客へのおもてなしをしようとするプランの集合体が、「立山町マーケティング」となる8。

続いて、イベント・プランの詳細を、順番に説明していこう。

第 3 節 立山町マーケティングのプラン提案

3-1.マーケティング・コンテンツの開発:立山町 CM 映像コンテスト

最初の立山町マーケティングのプランは「立山町 CM 映像コンテスト」である。CM 映

像コンテストは、立山町の外部にあるマーケティング資源を活用しつつ、立山町民がマー

ケティング意思決定者となって立山町のマーケティングを進めるプランである。このプラ

ンは 3 つのプロセスに分かれる。順を追って説明しよう。

第 1 は、東京・大阪・名古屋などの都市部に在住する若手映像クリエイターに呼びかけ

て、立山町 CM 映像コンテストの作品を集める段階である。都市部には、映像クリエイタ

ーとして一旗揚げたい人がたくさんいる。そうした人たちに立山町の CM 映像を作って頂

こうというのだ。そのために、映像学科のある大学・専門学校や映像製作事務所に CM 映

像コンテストの告知を行い、参加者を募る。参加者が立山町の取材に来られるよう、KNT

と手を組んで、手ごろな価格の取材ツアーを造成する。コンテストに参加する人たちは、

映像素材を入手するために立山町に滞在し、撮影をして帰る。こうして製作された CM 映

像9を立山町役場に提出して頂く。

第 2 は、集まった CM 映像を立山町民に評価してもらう段階である。審査委員は立山町

長、観光協会事務局長などのほか、プロのクリエイターや映像ディレクターなどをお迎え

8 もちろん、こうした全体像のプランニングとは別に、観光客の満足度・立山町の認知度の向上のための

改善策を講じる必要もあると考えている。改善策のアイデアについては、紙面の都合で掲載できないため、

プレゼンテーションの場で披露したい。 9 なお、CM の長さは、15 秒の通常の CM から 4~5 分の長編 CM までを想定している。

7

するとよい10。さらに、立山町民にも CM 映像コンテストの会場に来て、投票して頂く。会

場は五百石駅の「みらいぶ」で開催すると、町民も集まりやすいだろう。このコンテスト

で上位入賞を獲得したクリエイターたちには、特別町民の称号と金一封を進呈する。その

うえで、クリエイターの作った優秀映像は実際の立山町マーケティングに活かしていくこ

とになる。

第 3 は、優秀な CM を富山地方鉄道立山線の特急列車で放送してもらう段階である。こ

の段階で立山町マーケティングが本格化する。実際の CM 放映のイメージは次のようにな

る。特急列車が寺田駅を通過すると、立山町の CM が始まる。その内容は立山町の魅力を

伝え、人の温かさを伝えるものであると良い。そして、特急が岩峅寺に近づくと、立山信

仰の歴史に思いをはせるようなものになるだろう。特急が雄大な景色の中を走る頃、観光

客をアルペンルートの世界へ誘うような映像を見せられないものだろうか。こうした映像

で観光客に立山町の価値を伝えることが出来るはずだ。

以上が、立山町 CM 映像コンテストのプロセスである11。立山町には残念ながら映像をベ

ースとしたマーケティング機能が整っているわけではない。そこで、立山町は立山町外に

ある映像製作能力を活用し、最も重要なマーケティング・コンテンツである CM を作って

頂く。CM の選考プロセスには立山町民にも参加してもらうと同時に、クリエイターの作っ

た映像を通して立山町の魅力を再発見してもらう。つまり、このコンテストは立山町民の

意識を喚起させる「町民向けマーケティング」の役割も果たしているのだ。

3-2.町民向けマーケティング:町民が創る!立山の食!

二つ目に提案するイベントは、立山町民による観光客に対する「食」のコンテンツ開発

である12。町をあげて新しい「食」のコンテンツ開発イベントを開催することで、①町民自

らが町の食材を再発見するとともに、②マーケティング・コンテンツの開発に携われるだ

けでなく、③観光客と間接的にコミュニケーションすることも期待できる。13

私たちの調査によると、立山町内で「食」の提供に関与しているのは、立山舟橋商工会(以

下「商工会」と記す)の女性部である。実際に商工会の方に電話で伺ったところ、商工会の

10 若手クリエイターは有名な人に評価されることも望んでいるので、立山町外のプロの(できれば重鎮の)

クリエイターを招聘することも、参加者を増やし、満足させるために重要である。 11CM 映像コンテストの運営・進行方法は、立山町インターカレッジ・コンペティションとほとんど同じで

ある。つまり、現在(株)たてやまが保有している運営ノウハウを転用し、微調整をするだけで、このコンテ

ストは実現可能なのである。そのため、CM 映像コンテストの費用はインターカレッジ・コンペティショ

ンとそれほど変わらないと予想される。しかし、その効果はより大きなものになると思われる。 12 ここで「コンテンツ開発」という言葉を使う理由は、新メニューやレシピを作るだけではなく、新メニ

ューの背後にある物語や観光客向けコミュニケーション・ツールを開発することも意図しているからであ

る。 13 フィールド調査の際に「立山町の名物」を紹介していただき、何種類かのメニューを実際に試食してみ

た。大変申し訳ないが、ネーミング、味、メニューのもつ物語性に、それほどインパクトはないと感じら

れた。こうした実体験が、このイベントの開発につながったのである。

8

女性部は、高齢化が進んでいることや、小売店の減少により会員が減少していることが分

かった。そこで、現在将来「食」に関する仕事に就きたいと思っている高校生や専門学校

生14を商工会と結びつけることによって、メニュー開発活動を活性化できるのではないかと

考えた。

「食」のコンテンツ開発イベントは、次の 3 つの過程で進める。①商工会で女性部と学

生が集まってメニューを考案するとともに、新メニューの物語15を創り出す。②開発者がレ

シピを確定させ、「みらいぶ」の調理交流室を使って実際に調理してみる。③町長や役場の

職員、町民に試食をしてもらって、観光客に提供するかどうかの評価を行うという過程に

なる。

このイベントは何らかのテーマを取り上げて、プロジェクト形式で進められる。例えば、

「立山アルペンヒルクライム」にちなんだお弁当や、(次節で述べる)立山信仰に触れるツア

ーにあわせたメニューづくりをすることになる。その際、立山町の食材をうまく活用する

ことを目指す。

ただし、単に新メニューを考案するのではなく16、観光客向けのイベントやツアーにあわ

せてメニューを開発することで、次の 4 つの効果が期待できる。第 1 に立山町民が観光客

への意識や配慮を強めることができる。第 2 に、開発者は立山町の歴史や文化を深掘りし、

新メニューに物語性を持たせやすくなる。第 3 に、実際に観光客が新しい料理を頂くとき、

その土地・その人ならではの物語性があると、観光客は立山町の歴史・文化やメニュー開

発者の思いに触れることができる。第 4 に、特定のイベントやツアーだけの限定メニュー

となれば、観光客に「特別感」を提供することができ、思い出に残る一品になりうる。17

だからこそ、コンテンツ開発イベントは、観光客向けにメニューをつくるだけでは終わ

らない。メニューを考案したメンバーが、メニューのレシピ,開発メンバーのプロフィー

14 例えば、雄山高校生活文化科の高校生や、富山市内の製菓調理専門学校に通う学生などとコラボレーシ

ョンすることを想定している。 15 物語(性)とは、新メニューを説明するストーリーだと思ってもらえればよい。メニューに使われている

食材はどれほど歴史的に意味があるのか、どれだけこだわりをもって作って(生産・調理して)いるのか、地

域の人にとってどういう意味を持つのか、どういうときに食べると良いのか、これを食べた人はどういう

効果があったのか。こうした“土地に根付いた歴史・文化との関わり、生産・調理シーンのこだわりや消

費機会に基づいた物語”を創り出すことが求められる。 16 多くの市町村で実施されている「食」のメニュー開発では、“素材ベース”でメニューや新商品を開発す

ることが多い。そうすると、素材(食材)を粉にしたり、固めたりして、素材本来のおいしさが失われてしま

う。また、食べる側からすると「変わった感じ」はするが「今日だけの特別感」や「満足感」は少ないも

のである。こうした素材ベースのメニュー開発の問題点をクリアするために、“消費機会ベース”のメニュ

ー開発とそれに付随したコンテンツ開発を提唱したい。 17 「食」のコンテンツ開発の効果は、立山町民と観光客の間だけで生じるものではない。このイベントは、

町の食材の価値を立山町民に再発見させることにもつながる。具体的には、立山町の食材や新メニューの

価値をより広く町民に知らしめるためにも、①大阪屋などのスーパーにレシピ集を置いたり、②町民向け

のイベントには特別に出食したりする案も考えられる。そして、メニュー開発者と町民がイベント会場な

どでコミュニケーションすることで、メニューの味付けのレシピの改良につながるだろう。いずれにせよ、

観光客のために「食」のコンテンツを開発することで、立山町民が立山町の食材への関心を高める効果が

期待できる。

9

ル,メニューの背後にある物語などを綴ったカードを用意して、観光客に配布できるよう

にする。そうすると、立山町民と観光客が「食」とそのレシピカードを通して、間接的に

交流できるようになる。こうして「食」の新メニューが、最終的に立山町のマーケティン

グ・コンテンツとして機能するようになる。

3-3.観光客向けマーケティング:「私が変われる旅~いにしえの立山信仰に触れる 2 日間

~」と「癒しのおもてなしイベント@室堂」

最後の立山町マーケティングのプランは、実際に観光客を呼び込み、おもてなしを提供

することである。これまでに CM 映像と「食」のコンテンツを準備し、立山町民の観光市

場への関心を高めたことで、ようやくなしえる活動である。立山町はさまざまな観光資源

を保有しているので、多種多様なツアーを造成することが可能である。しかしここでは、

立山町でもっとも多くの歴史・文化資源を持ちながらも、十分に活用されていないと考え

られる「立山信仰」を中心にした発地募集型企画旅行(以下「ツアー」と記す)を提案したい。

(1) ツアーの概要

このツアーのターゲットは、都市部在住の 20~30 代女性である。都市部には、日々の生

活にストレスを感じ、自分を見つめなおす時間が欲しくて、寺などを訪れたがる女性が多

いからである18。そうした人たちに立山信仰19がある立山町を訪れてもらい、自分を見つめ

なおす時間を用意し、新しい自分を見つけてもらおうというのだ。

このツアーを実施するために、立山町が KNT と組んで 1 泊 2 日のツアーを造成し、都市

部でプロモーションし、集客を進める。ツアー名は「私が変われる旅~いにしえの立山信

仰に触れる 2 日間~」である。なお、発着は東京駅・大阪駅・名古屋駅を想定している。

(2) ツアーのコンテンツ

1 泊 2 日のツアー内容は、図 3 のようになる。ツアー初日は、各発地から富山駅に到着し

た観光客が富山地鉄ホテルで昼食をとった後、富山地方鉄道立山線に乗り込む。特急電車

の車内では、立山町 CM コンテストの優秀映像を特急の中で放映する20。そのうえでツアー

18 私たちはミクシィリサーチでアンケート調査を実施した。調査対象は、関東・東海・関西在住の 20~30

代の女性計 300 人である。この結果から、約 8 割の回答者が日常的にストレスを抱えており、約 7 割の回

答者が、自分を見つめなおす時間が欲しいと考えていることが明らかになった。そして、以上のように回

答した人たちは、ストレスを感じていない、または自分を見つめ直す時間を必要としないと考えている人

たちに比べて、「お寺に行ってみたい」という希望をもつ傾向にあった。この調査から、近年はやりの「寺

ガール」に通じる傾向を見いだすことができた。 19 立山信仰には、立山連峰に登って、現世の汚れを落とし浄化されて帰ってくるという修行を行っていた。

つまり、立山信仰は、修行で自分を見つめなおし、自分を浄化し、新しい自分になって帰るという物語が

埋め込まれている。 20 特急列車は貸し切りになると思われるので、2012 年度の獨協大学のアイデアを活用し、スイーツ列車に

してもよいのではないか。

10

客は立山線千草駅で特急を降り、芦峅寺地域を回り、自分を見つめなおす時間をすごす。

まず、ツアー客は、立山博物館展示館に行き立山信仰の不思議な世界に触れる。この際、

博物館の御案内人をつけ立山信仰を分かりやすく、おもしろく説明してもらうとよいだろ

う。続いて、御案内人の説明を聞きながら閻魔像を拝み、布橋を渡り、立山を眺める。こ

の特殊な信仰の世界に触れつつ歴史的背景21を感じることで、ツアー客は日々の自分を見つ

めなおすことができるのである。

その後、教算坊において、陶農館で働く女性か芦峅寺地区の女性から、立山町の暮らし

についてお話を聞かせていただく。ここでは、今までとは違った生き方(都会を離れ田舎で

暮らすこと)を知り、自分の生き方と重ね合わせたり比較したりすることで、さらに自分の

人生や将来を見つめなおすことができるのである22。日が暮れたころ、教算坊の庭をライト

アップし、落ち着いた空間で、静かな夕食の時間を楽しんでいただく。このとき、芦峅寺

地区に伝わる伝統的な精進料理か、立山町オリジナルのメニュー(3−2.項で説明した「町民

が創る!立山の食!」で作られた新しい料理)をお出しする。夕食の後は、吉峰温泉で温ま

っていただき、吉峰ハイツの和室でゆったりと夜を過ごしていただく。

図 3 ツアー初日の流れ

(出所)筆者作成。

ツアー2 日目は、いよいよ立山信仰の世界に入る。ツアー客は立山黒部アルペンルート(以

下「AR」と記す)に登り、俗世での罪を清め、下山時には新しい自分を発見することを目的

としている23。ツアー客は早朝に吉峰ハイツを出発する。そのとき、芦峅寺地区から案内人

が同行し、AR の雄大な自然や立山信仰の世界について説明を行う24。

ツアー客は室堂のひとつ手前の停留所でバスを降り、遊歩道を歩きながら AR を満喫する。

室堂までの約 1 時間の道のりは、立山信仰の行者の気分に浸りつつ、雄大な山々を眺めな

がら、俗世と離れたひとときを過ごすことになる。室堂に到着したツアー客は、室堂駅に

ある雄山神社のレプリカを参拝し、現世での罪を清める。

21 昔、立山連峰に登れなかった女性は、ツアー客と同じように閻魔像、布橋を使うことで、立山に登るこ

とと同じ効果を得ていた。 22 このツアーは立山信仰にふれて自分を見つめ直すツアーではあるが、「立山町への移住」という生き方を

発見してもらう意図も込められている。「訪れてよし、住んでよし」の立山町を PR する絶好の機会となる。 23通常の AR 観光は山岳観光として位置づけられるが、このときばかりは立山信仰の世界観に触れる旅とな

る。 24この際、ツアー客はできれば山伏のような装束をまとうと、より臨場感が高まる。

富山駅

(昼食) 千草駅

立山

博物館

閻魔堂

布橋

女性の方の話

夕食 吉峰温泉

宿泊

11

このとき、雄山神社の周囲では、立山町民主催のイベントが行われる。このイベントは

ツアー客に雄山神社参拝記念のグッズを手渡すとともに、ツアー客の「これからの目標」

を紙に書いてもらう。目標を書いた紙は、木の筒(グッズ)に入れてお守りとして持ち帰って

もらう。こうしてツアー参加者は、自分を浄化し、新しい自分を発見し、理想の自分にな

る夢を抱いて帰路につくのである。以上の流れは、下の図 4 に示されている。25

図 4 ツアー2 日目の流れ

(出所)筆者作成。

3−4.立山町マーケティングの意義

以上が、ツアーによる立山町マーケティング・プランの全体像である。残念ながら現在

の立山町役場には、一般の観光客に町を回ってもらい、おもてなしをして、まちの良さを

知ってもらう手段を持っているとは言い難い。そんなとき、立山町役場は本稿の提示する

立山町マーケティング・プランを構築することが有効である。立山町役場は立山町外にあ

る資源をつかってマーケティング能力を確立し、立山町内にある資源(立山信仰、観光客へ

のおもてなし意識が高揚した町民、新しい食など)を活用し、顧客ニーズに適合したツアー

を造成する。そうすることで、立山町は行政として独自の「まちのマーケティング機会」

を得ることになる。

立山町マーケティングの効果は、さまざまな側面へと波及するだろう。第 1 に立山町役

場は(株)たてやまだけではなく、立山町民を巻き込んで観光客へのおもてなしを提供するこ

とができる。第 2 に立山町民をマーケティング・プランに組み込むことで、立山信仰や雄

山神社などの古い観光資源を生かすことができる。とりわけ、芦峅寺地域の活性化や(ごく

少数ではあるが)観光による雇用創出も期待できる。第 3 に、ツアー客に立山町の魅力をじ

っくりと伝え、「都会とは別の生き方」を伝えることで移住者向けマーケティングを実施す

ることができる。

本稿が提示する立山町マーケティング・プランは単なるイベント企画や旅行代理店のツ

アー商品ではないことは明らかである。立山町役場はイベントやツアーを活用することで、

25 このとき、室堂展望台でも立山町民主催の「癒やし」イベント(兼立山町 PR イベント)を開催するとよ

い。このイベントは、ツアー客に立山町を広く知ってもらうためのイベントであると同時に、室堂展望台

に来た一般の観光客をもてなすことを目的としたものである。イベントの内容としては、らいじぃが会場

を歩き回って観光客をひきつけ、イベント会場に来た観光客に五百石周辺の菓子店のスイーツを提供する。

登山客のために桶に AR 上のお湯を入れ、簡易の足湯を提供する。ご希望であれば、マッサージ機で肩の

こりをほぐしてもらうこともできる。この際、立山町に詳しい町民が町の様子、名産品などについて紹介

できると良い。

宿泊地 立山駅 ARウォーキング

目標の表明 富山駅

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地域活性化をもたらし、人口減少社会において交流人口・定住人口を増やすことができる

ようになる。立山町マーケティングは、そのためのツールだと言えよう。

第 4 節 おわりに

4−1.要約:マーケティング・タウンの全体像

これまで第 2 節・第 3 節で、立山町マーケティングについて述べてきたことをまとめる

と、図 5 のようになる。

図 5 立山町マーケティングの枠組み・内容

(出所)筆者作成。

第 1に立山町マーケティングは、立山町がCM映像コンテスト「町民が創る!立山の食!」

を実施することで、町民に立山町の魅力を再発見してもらうことから始まる。これらのイ

ベントを通して、立山町に対しての町民の意識を高揚させるのである(図 5 中のA)。

第 2 に、立山町役場は、観光客に、ツアーの造成・募集活動や、作成した CM で立山町

についての情報提供をする(図 5 中のB)。こうした準備を整えたあと、第 3 に町民がイベン

トをしたり立山町の食を提供したりすることで、ツアー客や一般観光客におもてなしをす

るのである(図 5 中の C)。

このように、立山町マーケティングは立山町に観光客を呼び寄せておもてなしをするた

めに、立山町役場を司令塔として全体を統合しつつ、実践を進めていくのである。以上の

ことにより、マーケティング・タウン立山の基本的枠組みとその内実が明らかとなった。

4−2.結論と今後の課題

本稿の目的は、「立山町マーケティング」の全貌を提示することであった。そこで、本稿

では、その統合的なプランを提示し、これを実施することで、立山町が「マーケティング・

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タウン」になりうることを示した。これによって、本稿の目的はひとまず達成されたとい

える。その結果、立山町はこれらの「マーケティング・コンテンツ」を利用して町の魅力

を発信できるようになり、町に観光客を呼び込めるようになるであろう。その際のマーケ

ティングは、表 4 のようなものになるはずである。

表 4 立山町マーケティングの要素(7P)

製品(価値) 歴史・文化・自然に関する観光資源とおもてなし

(今回のプランは「人間の浄罪と新しい自分の発見」)

流通 KNT の販売網

価格 適正な利潤を含んだ料金

プロモーション ツアーパンフレットの配布,CM 映像の活用

物的要素 立山町にある歴史・文化・観光施設

過程 立山町役場が司令塔となり町全体をコントロール

人 観光市場に関心を示し、おもてなしする町民

(出所)筆者作成。

最後に、「立山町マーケティング」を実施するにあたっての 2 つの問題を挙げておこう。

1 つ目の問題は、食のコンテンツ開発や観光客への食の提供を行う際、特定の組織や人に負

担が集中することである。そうした問題を避けるためには、商工会や芦峅寺地区の組織が

観光客を満足させうるメニューを早急に開発し、観光客の来訪頻度が増えても安定的に供

給する仕組みを作っていかなくてはならない。

2 つ目の問題は、現在、観光客を受け入れる体制が(株)たてやま以外で整えられていない

ことであった。最も大きな問題は、都会の女性向けのツアーで利用する立山信仰にちなん

だ宿泊・温泉等の施設が存在しなかったことである。

今後は、上記のような課題を徐々に解決し、立山町が地域住民の協力(食事提供や民泊の

実施協力)を仰ぎつつ、できる限り少ない負担で「立山町マーケティング」を実施できる仕

組みを構築していくべきであろう。

参考文献

石岡ショウヘイ脚本・絵コンテ、brz 作画(2013)『天空をかける橋 山の神に挑んだ男たち』

北日本新聞社。

江澤隆志(2013)『あの世を旅する本 この世で出会える“死後の世界”50選』洋泉社

pp.22~25。

藤田健(2011)「デスティネーションのマーケティング」高橋一夫編著『観光のマーケティン

14

グ・マネジメント』ジェーティービー能力開発、pp.176~191。

松笠裕之(2011)「サービスによる価値創造のメカニズム」高橋一夫編著『観光のマーケティ

ング・マネジメント』ジェーティービー能力開発、pp.23~37。

三好宏(2009)「マーケティング論のなりたち」石井淳蔵、廣田章光編著『1 からのマーケテ

ィング〔第3版〕』中央経済社、pp.20~33。

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