発達障害児におけるコミュニケーション行動の評価 …要旨 研究1...

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修士論文

発達障害児におけるコミュニケーション行動の評価指標

に関する研究

Study of an assessment scale of communicative behavior in

children with disabilities

札幌医科大学大学院保健医療学研究科博士課程前期

理学療法学・作業療法学専攻 感覚統合障害学分野

柳谷 聡子 Yanagiya Satoko

要旨

研究 1 コミュニケーション行動の評価指標の開発

はじめに

発達障害児の作業療法において,行動面や社会性の評価は,生活行動の観察や

関係者からの聞き取りによって行うのが一般的である.しかし,これらの方法は

主観的であり,治療経過を明らかにしづらいなどの問題点が指摘されている.そ

こで筆者らは,障害児の行動評価において,客観的な指標が必要であると考え,

新しいカテゴリーシステムを作成した.本研究では,作成したカテゴリーシステ

ムの評価指標としての信頼性を測定する. 方法

対象児は自閉症スペクトラムに含まれる児(AU 群)3 名,精神発達遅滞児(MR群)3 名,健常児 1 名,計7名であった.データ収集は個別作業療法場面で行わ

れ,そこで観察された対象児の行動を 2 名の評価者が分類した.分類指標には“手

段”と“機能”に関する 2 つのカテゴリーシステムを用いた.これらは先行研究

を参考に作成したコミュニケーション行動のカテゴリーシステムである.次に,

評価者間信頼性をみるため,Cohen の kappa 統計量(κ)を用いて 2 名の評価者間の

分類の一致度を測定した. 結果

評価者間一致率(κ)は,“手段”の分類で 0.54~0.95(平均値κ=.72),“機能”

の分類で 0.48~0.72(平均値κ=.63)の値を示した.これらの値は評価指標とし

ての信頼性が十分にあるとはいえない値であった.“手段”の分類で一致率の低か

ったカテゴリーは,「対人行動」と「対物行動」,「発声」と「発語」で,特に発達年齢

の低い児の場合に目立って低かった.“機能”の分類では,「命令」と「呼びかけ」,

「命名」と「報告」で一致率が低かった. 考察

評価者間一致率が低かった要因の一つとして,カテゴリー間の排他性が低かっ

たことが考えられる.これは,カテゴリーシステム(特に“機能”のカテゴリー

システム)において,意味が重複しているカテゴリーが存在していたことからも

推察される.また,もう一つの要因として,言語や社会性発達の未熟な児の行動

の不明瞭さが考えられる.加えて,彼らの不明瞭な行動に対応した定義が設けら

れていなかったことも一致率の低さの要因として挙げられる.本カテゴリーシス

テムが評価指標としての十分な信頼性を得るためには,意味が重複しているカテ

ゴリーを排他的にすること,また,明解性が低い行動に対応した判断基準を設け

ることが必要であると考えられる.

研究 2 評価指標の改正

はじめに

研究 2 では,研究 1 の結果の要因を考慮し,評価指標として十分な信頼性を得

ることを目的としてカテゴリーシステムの改正を行う.その後,改正されたカテ

ゴリーシステムが各対象児の行動特徴を反映しうる指標であるかどうかを検討す

る. 方法

研究 1 で作成したカテゴリーシステムに新たな操作的定義を設けて改正を行っ

た.その改正版を用い,研究 1 と同様の児を対象に,同様の手順で行動分類を行

なった. 結果

評価者間の一致率(κ)は,全ての対象児の行動分類において 0.75 以上の値が得

られ(手段の平均値κ=.86,機能の平均値κ=.80),評価指標としてほぼ十分な信

頼性が得られた.その後,分類結果を集計し各児の行動特徴を導いたところ,AU群では「対人行動」が少なく,“機能”のレパートリーが乏しいという特徴が見ら

れ,MR 群では,積極的な「対人行動」が多く,“機能”では「叙述」の頻度が高い

傾向が見られた.また,発達年齢が高い児ほど,“手段”では「音声」の使用率が

高く,“機能”では「要求」が多かった. 考察

評価者間一致率の上昇は,カテゴリーシステムの改正において詳細な操作的定

義を設けたことが,カテゴリー間の排他性の向上と,分類基準の明確化に反映し,

それらによって得られた結果であると考えられる.さらに,信頼性の得られたカ

テゴリーシステム(改正版)を用いて導かれた各児の行動特徴は,児の疾患特性

や発達状況をある程度反映していることが認められた.このことから,本カテゴ

リーシステムはある程度の基準関連妥当性があることが示唆される.したがって,

本研究で作成したカテゴリーシステムは,発達障害児のコミュニケーション行動

をより客観的かつ量的に評価できる可能性があると考えられる.また,本方法に

よって児のコミュニケーション行動の“手段”と“機能”のパターンを具体的に

示すことは,治療における一助となる可能性が推察される.

第 1 章.コミュニケーション行動の評価指標の開発(研究 1)

1-1.はじめに

1-1-1.研究背景・動機

人は社会的動物であり,家庭・学校・地域社会などの環境の中で,運動や感覚,

認知,知能などのさまざまな能力をその環境に適応するために発揮している.そ

のため,障害によりこの適応が困難となった場合には,個々の能力を評価し,そ

れぞれがどのように行動に影響をもたらしているのかを分析する必要がある.し

かし,発達の初期から障害を持つ発達障害児では,この諸能力を個別に把握する

ことは困難なことが多く,統合的な能力としての「行動」に視点を向け評価する

ことが重要となる. 発達障害児を対象とした作業療法の臨床評価では,一般的に神経学的評価と行

動評価を合わせて行なわれている 1,2).神経心理学的評価では,インフォーマル

なものとして微細な神経学的徴候を見る臨床観察,フォーマルなものとして標準

化されている南カルフォルニア感覚統合検査や日本版ミラー幼児発達スクリーニ

ング検査などが用いられることが多い.特に,標準化されている諸検査では発達

の段階を数値として客観的に示すことが可能であり,治療の効果判定などにも利

用されている.そのため,情報を共有しやすく,かつ経過を捉えやすいという特

徴がある.一方,行動評価は,観察や養育者からの聞き取りによる記述がほとん

どである.しかし,これらの方法にはいくつかの問題点がある.第 1 は,観察者

がもった印象が大きく反映され客観性が低くなるため,信頼性が乏しくなること

である.第2は,観察者が標的とする行動(ターゲット行動)のみに注目すると,

それ以外の行動は見落とされる可能性があるため,児の行動全体に対する評価の

妥当性が低くなることである.このことは情報共有や経過の把握を困難なものに

してしまうため,スクリーニング検査や質問紙などを伴用することによって補わ

れている.しかし,スクリーニング検査や質問紙では,おおよその発達段階を捉

えられることができても,行動に最も影響を与える相手や環境との相互作用がわ

からないため,コミュニケーションの特徴が見えづらいという問題点がある. このような背景から,児の行動評価には,客観性が高く,関わる相手や環境と

の相互関係を捉えることのできる一定の“ものさし”が必要であると考えられる.

1-1-2.先行研究

1-1-2-1.行動評価において観察の視点を一定にする重要性

教育心理学者である Pellegrini 3)は,幼児の行動に関して,一定の理論的観点か

ら現象が検討されるべきと述べ,外部的観点と内部的観点という2つの対照的な

見方を示している.外部的観点とは,行動の物理的特徴に注目し個別の行動現象

を「そのまま記述・測定する」という客観的な見方である.一方,内部的観点と

は,行動を個々に切り離された現象として測定するのではなく,行動のもつ機能

や意味に着目し,行動を前後の文脈から「解釈する」という主観的な見方である.

この 2 つの観点はどちらも重要であり,現象を一番良く記述しようとする点では

両者とも同様であるとされている.しかし,今回の研究で強調したい“行動を客

観的に評価する”ことにおいては,行動を「解釈する」という主観的な見方は適

応しないと考えられる. 行動主義的心理学者で行動分析学の生みの親でもある Skinner4,5)は,人間や動

物を記述する唯一の科学的方法は行動をベースにしたものであり,それ以外の方

法は主観的であるがゆえ確実に失敗すると主張している.その上で,Skinner は内

部的観点の一つであるコミュニケーション行動の機能を,より客観的に示すため,

オペラント条件づけパラダイムによって捉えようとする試みを提唱した.そして,

多くの日常的な発話を機能的に分析し,言語行動を分類した.本邦では,伏見に

よって Skinner の分類に説明が加わった具体的な内容が示されている 6).この伏見

による分類法を用いることにより,内部的観点である行動の“機能”に関して,

主観性を最小限にして分析することが可能であると考えられる. よって,行動評価の観点を整理し,外部的観点と内部的観点の 2 つの側面から

分析することで,児の行動特徴を詳細にかつ具体的に把握できると考えられる.

1-1-2-2.関わる相手や環境との相互作用を捉えることの必要性

Skinner の行動分析学において,「行動」とは「個体の働きのうちで,外界に働

きかけまたは交渉を持つもの」と定義され,生体活動の中で外的環境に関わりを

もつ働きのすべてを「行動」として捉えられている.これを前提に「弁別刺激→

オペラント行動→強化刺激」という三項随伴性の関係が成立し,行動を文脈から

理解することが行動分析学の本質とされている 7).そして,人と人とのコミュニ

ケーション行動は行なう側と受ける側の双方向の働きに視点をおくことの重要性

が指摘されている 8).よって,コミュニケーション行動の分析では,受ける側の

行動も一つの環境刺激として分析されることになる. 同様に,Kantor9)の相互行動心理学においては,詳細な分析には行動の単位とし

て一つの刺激とそれに関連した反応から成る相互行動「刺激⇔反応」を考える必

要がある 10).この考えに基づき園山 11)は,行動とその行動が生起する場を全体的

なまとまりとして分析すべきと述べている. Skinner の行動分析学と Kantor の相互行動心理学の間には多少の相違点がある

が,客観主義である点,文脈上の前後関係から“刺激”となっている人や環境の

分析も必要であると述べている点は共通している.

1-1-2-3.障害児の相互交渉に関する先行研究

障害児および幼児を対象とした相互交渉の分析について,行動をカテゴリー化

できる指標を設けている 7 件の論文 12~21)に関して,その中で用いられている行動

分析の観点を外部的観点と内部的観点で分類し,分析対象も含めて表にまとめた

(表 1). 全ての論文において,関わる相手の行動を分析しているわけではなく,関わる

相手の行動を分析しているもの(a,b,c,d)と分析していないもの(e,f,g)があ

る.前節で述べたように人の行動を分析するには,その個人の行動のみを分析す

るのではなく,環境刺激となる相手の行動を分析対象とする必要があると考える.

次に,これらの論文の観点を,外部的観点と内部的観点で分類すると,2 つの

観点で分析しているもの(a,b,c,e,f)と 1 つの観点のみで分析しているもの(d,g)に分けられる.しかし,c の論文では行動分析の観点が明確に分けられておら

ず,1 つのカテゴリー表に 2 つの観点が混在している. また,a は学習障害児や注意欠陥多動性障害児を,b は自閉症児を対象としてい

るため,これらの障害に特徴的な行動がカテゴリーの項目として挙げられている.

例えば,a では「自主的に修正する」「自分で決める」「遊び言葉を使う」など社

会性レベルが高い項目があったり,b では,「つねる」「たたく」などの問題行動

に関する項目が挙げられている.そのため,応用可能な対象の幅が限定されるこ

とから,他の疾患や障害をもつ児への般化は難しいと判断した. 以上の先行研究をふまえ,児の行動評価は,一定の理論的観点から客観的に分

析すること,相互交渉の視点から文脈を通して児の行動を分析し,環境刺激や相

手の行動も考慮すること,幅広い対象に適応できる指標を用いること,以上の 3点が必要であると考えられる. 1-1-3.研究目的

発達障害児のコミュニケーション行動を客観的に評価することが可能で,かつ

信頼性の高い評価指標を作成すること. 1-1-4.研究課題

外部的観点と内部的観点の理論を用い,コミュニケーション行動の評価指標を

作成する.その後,実際の評価における評価者間一致率の測定より,評価指標の

信頼性を検討する.さらに,十分な信頼性が得られた上で,妥当性について検討

する.

対象児 相手 外 部的観点 内部的観点

a Coster W,Jら12~14) 軽度発達障害児 セラピスト ○ 手段 質 ○

b 沖久美子・大塚玲15) 自閉症児 健常児 ○形式(発話/動作)

態度(肯定/否定/中立)

c 本郷一夫16,17) 障害児 保育者 ○ ●

d 野田裕子・田中道治18) 精神発達遅滞児 健常児 ○ なし 態度(肯定/否定/中立)

e 橋本創一ら19) ダウン症幼児 母親 × モダリティー(言語/動作/言語+動作)

機能 ○

f Topbas Sら20) 言語発達障害児 母親 ×

mode(gesture/vocal/verba l)

意図 ○

g 佐藤孝子ら21) 重複障害児 教師・物・自分 × 動作 なし △

表1 幼児の相互交渉に関する論文

研究対 象 相手の

行動分析*1

行 動分析の観 点著者

2つの

観点*2

*1 関わる相手の行動を,分析している―○,分析していない―×*2 外部的観点と内部的観点の2つの観点で分析―○,どちらか一方の観点で分析―△,観点が混合した指標を用いた分析―●

明確に分けられていない

1-1-5.研究の意義

新しい評価指標ができることによって,第1に,発達障害児の行動特徴を客観

的に評価できること,第 2 に,児の行動の変化や訓練経過を把握することができ

ること,第 3 に,訓練の効果判定に用いることができること,第 4 に,セラピス

ト自身が治療内容を客観的に把握する手段となり,児との関わり方を検討する手

がかりが得られる可能性があること,以上 4 つの有用性が得られると考えられる.

そのため,本研究において信頼性・妥当性を検討することの意義は大きいと考え

る. 1-1-6.研究方法の種類

自然観察法の一つである組織的観察法 22)(予め定めた観点,カテゴリー,手続

きを用いて観察を行なう方法)による質的データ収集および分析による質的記述

パラダイム 20)を採用する.加えて,観察の信頼性は,kappa 統計量を用いて測定

した評価者間一致率より検討し,カテゴリーの妥当性は,生活状況や質問紙より

得られた特徴と今回用いたカテゴリーによる評価結果との関連性より検討する.

1-1-7.用語の定義

・ 行動 Skinner の行動分析学において用いられている定義を用い,「個体の働きのうち

で,外界に働きかけまたは交渉を持つもの」とする. ・ 行動の手段

外界との交渉をもつときの方法とし,具体的な動作や発声の内容とする. ・ 行動の形式

本郷 16,17)は,動作と発声の組み合わせの 3 つの型(発声;発声のみのもの,動

作;身振り,触るなどの動作で発声を全く伴わないもの,発声+動作;発声に何

らかの動作が加わったのもの)を定義した.橋本ら 19)はこれと同義で行動モダリ

ティー(行動様式)として,3 つに分類(言語;言語のみを用いたもの,動作;動作

のみを用いたもの,言語+動作;言語と動作を用いたもの)を行なった.本研究で

は,言語として成立していない音声も重要な行動として扱うことから,本郷の定

義を用いることとする. ・ 行動の機能

外界に対する行動の働きであり,社会的な意味と定義する.手段が「どのよう

に」という行動の方法を表わすことであるのに対し,機能は「何のために」とい

う行動の目的・意図を表わすこととする. ・ 相互作用 人や物や現象など複数の個体間で,相互に相手の意識や行動に影響を及ぼしあ

っている状態と 23)定義する.

・ 相互交渉 相手の行動や感情に合わせて自分の言動を調整し相手に影響を与え相互に作

用しあうものと定義する.相互作用は人と環境との間で影響を及ぼしあう場合に

も用いられることがあるため,“相互交渉”は人と人の間で相互作用が働いている

状態として区別する.よって,狭義の相互作用の意味である. ・ コミュニケーション行動 個人と個人の関わり(相互交渉)において,いろいろな記号を用いてメッセージ

を構成し,情報を伝達,交換する過程 24)と定義する.コミュニケーションの際の

伝達手段として最も効果的に働くのは言語であるが,ここでは,言語以外の非言

語的な伝達手段(表情や身ぶりなど)も含めることとする.

1-2.方法

1-2-1.対象

対象児は,疾患の異なる障害幼児 6 名(以下,障害児)と,健常幼児(以下,健常

児)1 名である(表 2).障害児は平成 16 年 4 月現在,札幌市内の A 幼稚園に在園し,

園付属の訓練センターで週 1 回の作業療法を受けている 3~6 歳の幼児であり,3名が自閉性スペクトラムに含まれる児で,他 3 名が染色体異常による精神発達遅

滞を伴う児である.研究への参加要請は,始めに園長および担当の作業療法士(以下,セラピスト)へ研究の主旨や目的等を説明し,研究協力の同意を得た後,セラ

ピストを通して保護者へ文書で依頼した.その後,保護者より研究の同意が得ら

れた者を対象とした.健常児 1 名は平成 16 年 4 月現在,B 幼稚園に在園している

3 歳 10 ヶ月の幼児である.研究への参加要請は,保護者に直接,研究の主旨や目

的等を説明し,研究参加の同意を得た. 1-2-2.行動分析指標の開発

本研究では,外部的観点の測度をコミュニケーション行動の“手段”とし,内

部的観点の測度をコミュニケーション行動の“機能”として,それぞれの行動カ

テゴリー表を作成した.

1-2-2-1.手段のカテゴリー(表 3)

初めに,本郷の相互作用の形式 16,17)を参考に,行動の形式を設定した(表 3上).「音声のみ」とは音声のみで構成される行動,「動作のみ」とは身振りや触る

などの動作で音声を伴わない行動,「音声+動作」は音声に何らかの動作が同時的

診断名 性別 生活年齢(月齢) *1

A児 広汎性発達障害 男 3歳5ヶ月(41)

B児 自閉症 男 4歳4ヶ月(52)

C児 高機能自閉症 男 5歳5ヶ月(64)

D児 Down症候群 男 4歳1ヶ月(49)

E児 染色体異常(17番染色体欠失) 男 5歳6ヶ月(66)

F児 Prader-Willi症候群 男 6歳2ヶ月(74)

G児 健常 男 3歳10ヶ月(46)

*1 データ収集時の年齢

表2 対象児のプロフィール

または継続的に付け加わったものと定義した. 次に, Topbas の Communicative Modes20)を参考に,音声,動作の内容に関す

るカテゴリー表を作成した(表 3 中・下).音声,動作共に,上位カテゴリーは「対

人」,「対物」,「対自己」,「非相互作用」で構成した.音声の下位カテゴリーには

「発声」と「発語」を設け,言語的に意味を持たないものを「発声」,有意語や擬

音語は「発語」として定義した.動作の下位カテゴリーには,各上位カテゴリー

で示される動作内容を設定した.

1-2-2-2.機能のカテゴリー(表 4)

伏見のコミュニケーション行動の機能的分析 6) と Browder の Language functions25)を参考に,コミュニケーション行動の機能に関するカテゴリー表を作

成した(表 4).上位カテゴリーは「要求言語動作」,「叙述言語動作」,「模倣言語

動作」の 3 つで構成し,それぞれに下位カテゴリーを設けた.要求言語動作には

「要求」「命令・助言」「呼びかけ」「質問」の 4 つを,叙述言語動作には「命名・

記述」「報告・告示」「主張」「肯定的応答」「否定的応答」の 5 つを,模倣言語動

作には「模倣」の 1 つを下位カテゴリーとして設定し,それぞれに定義を記した.

【形式】

カテゴリー

音声のみ

動作のみ

音声+動作

【音声】

上位カテゴリー 下 位カテゴリー コード 定義 例

発声 1 相手に対して発する意味を持たない音声,なん語 「あーあ」,「うー」

発語 2相手に対して発する有意語,擬音語,歌

発音不明瞭でもOK「ちょうだい(ちょーらい)」,「はい」

発声 3 物に対して発する意味を持たない音声 お1と同じ

発語 4 物に対して発する有意語や擬音語 人形を見て「かわいい」や,車同士をぶつけて「ドカーン」

発声 5 口の中の感覚的な遊びや自己刺激としての発声 「らるらるらるらる」「ぱぱぱぱ」などの同じ音を繰り返し

発語 6 相手や物に向かわない発語 駅や車の名前を羅列して言う

非相互作用 その他 7 相手や物と相互作用のない音声 転びそうになって「おっとっと」や,鼻歌「ふーふふふふー」

【動作】

上位カテゴリー 下 位カテゴリー コード 定義 例

身振り 1 人に身体部分を使って意志を伝える動作 指差し,手ざし,バイバイの手ふり

人を触る・動かす 2 相手との身体接触を伴う動作 抱きつく,手をつなぐ,クレーン動作

人に近づく 3 相手との物理的距離を縮める 人に近づいていく,顔を近づける

人を見る 4 相手に注意を向ける 顔を見る,人が行っている動作を見る

物の受け渡し 5 物を媒介とした相手とのやりとり おもちゃを差し出す,おもちゃを受け取る

物を触る・操作する 6 物との接触を伴う動作 おもちゃで遊ぶ,好きな絵を叩く,

物に近づく 7 物と物理的距離を縮める ボールを追いかける,鏡に近づく

物を見る 8 物に注意を向ける 好きな玩具を見ている,鏡を見る

対自己 常同行動 9自己刺激として身体の一部または全体を繰り返し動か

す動作くるくる回る,手をひらひらさせる

非相互作用 その他 10 相手や物と相互作用のない動作 移動,予期せぬ出来事(転ぶ,落ちるなど)

※1つの行動に動作が二つ以上含まれる場合;相互交渉のレベルが高いほうを優先(番号が若い方を優先)

  例えば,拍手しながら相手を見ているときは「身振り」に,相手を見ながら別のおもちゃに近づいていくときは「人を見る」になる

対人

対物

※流れの中で文脈の主体となる物へ向かう行動は対物行動とする.しかし,流れの中から逸脱し,焦点になっていない物へ向かう行動は非相互作用行動になる

※1つのCUで2つ以上の行動があるときは,言語優先→後方優先

<カテゴリー分類のルール>

表3 手段のカテゴリー表

対人

対物

対自己

身振りや触るなどの動作で音声を伴わないもの

音声に何らかの動作が同時的または継続的に付け加わったもの

音声のみのもの

定 義

さらに,各カテゴリー表の下位カテゴリーには,例とコード番号を設定した.

1-2-3.データ収集方法

1-2-3-1.発達状況の測定

KIDS 乳幼児発達スケールを用いて,運動,操作,言語,社会性などの諸能力

における発達年齢を測定した.障害児については T タイプ(障害児用)を使用し,

担当セラピストが記入した.健常児は C タイプ(健常 3 歳 0 ヶ月~6 歳 11 ヶ月用)を使用し,児の両親が記入した.

1-2-3-2.観察場面

障害児の観察場面は,児が通う A 幼稚園の訓練センターにおける個別作業療法

場面とした.調査者や保護者は訓練には介入せず,障害児とセラピストが 1 対 1で関わる場面とした.セラピストには通常通りの訓練を行なってもらうよう要請

した.健常児の観察場面は,本学のリハビリテーション実習棟の遊戯室において,

児が顔なじみの大人と 1 対 1 で遊ぶ場面とした.その場面に保護者は介入しなか

った.A 幼稚園の訓練センター,本大学実習棟の遊戯室にはともに,遊具(スイン

グ,ボールプール,スロープなど)や,人形などの玩具,パズルなどの課題の道具

が設置されている. 児およびセラピスト(健常児の場合は大人)の行動はデジタルビデオカメラを用

いて記録した.カメラは訓練室内に据え置きで設定した.また,筆者は別室にて

訓練を観察し,児の行動の特徴を記録した.

1-2-3-3.分析対象・時間

障害児の分析対象は,本郷 16),野田・田中 18),中島 26)の先行研究と同様に,

上位カテゴリー 下位カテゴリー コード 定義 例

要求 11 自分に対してしてほしいこと(援助や承諾)を相手に要求すること「~ちょうだい」「~とって」「ちゃんと背中押さえててね」「そのイ

チゴ食べさせて」

命令・助言 12具体的な行動の指示によって,相手がすべきことや相手にしてほしいこ

とを要求すること,禁止すること「これ見て」「こっち見ないで」「おもちゃ取って」

呼びかけ 13具体的な行動の指示は無いが,相手の注目を集めるために要求するこ

と,相手の注意を喚起すること

「○○くーん」「ねえねえ」「「どうぞ」,あいさつ「おはようござい

ます」

質問 14 相手に回答や情報を要求すること 「あの積み木で遊んでもいい?」「何時までやるの?」

命名・記述 21相手と状況の共有がある場合に,その状況にある物や出来事に対応し

て述べること,共感する「ワンワン」「ぶらんこーだー」「そうだねー」「今日は暑いね」

報告・告示 22相手が知らない事物に対して述べることや新しい情報を相手に与えるこ

と,説明すること,気づかせること

「あんなところに星があるよ」「○○ちゃん見っけ」「おしまいで

す」

主張 23自分がしたいことや意志を述べること

または5W1H疑問文に対する応答「~ほしい」「赤がいい」「早く帰りたい」「たくさんほしい」

肯定的応答(受け入れ)

24相手の要求に対して肯定的な返事(YES)を表出すること

または肯定的な行動を示すこと「はい」「うん」「やりたい」,指示された内容を行動化する

否定的応答(拒否)

25相手の要求に対して否定的な返事(No)を表出すること

または否定的な行動を示したり,要求された行動を行わないこと「いやだ」「いらなーい」「やらなーい」

模倣言語動作 模倣 31 相手の言葉や動作を模倣すること オウム返し,身振り(拍手など)のまね

※基本的に相手や物へ注意が向けられているコミュニケーション行動(働きかけ,反応行動)を機能で分類する※独り言は含めない※相互交渉が続く場合は,相手の働きかけに対する反応が再び働きかけになる場合もあるので,その場合は働きかけの分類を行う

表4 機能のカテゴリー

要求言語動作

<カテゴリー分類のルール>

叙述言語動作

目的的な活動の開始時点から 10 分間とした.これは,導入のようなセラピストの

説明が中心に行なわれている場面ではなく,活動中の相互交渉が見られる場面で

あること,児とセラピストが継続して映っている場面であることを条件としたた

めである.また,健常児も障害児と同条件とするため,目的的な遊びが始まって

から 10 分間とした. なお,分析対象場面の活動は,A,B,C,D 児が動的活動,E,F 児が静的活動,

G 児が動的活動と静的活動が混合した場面であった.活動内容の詳細は表 5 に示

す. 1-2-4.データ分析

分析対象とした 10 分間のビデオ記録を元に,児およびセラピスト(大人)の発話

や動作をすべて文章で記述した.その文章記述を Communication Unit(CU)27)と呼

ばれるコミュニケーション行動の分析単位に区切り,児とセラピスト(大人)のや

りとりの関係を図式化した(図 1).CU の区切り方および図式化についての判断基

準は後藤ら 27)による方法を参考にした.これは,伝達者の入れ替わりを 1 つの

CU の目安とし,文脈に沿って伝達者と受信者の関係が図式化できるように確定

された基準である.これには,伝達者の入れ替わりがなくても異なる CU が後続

した場合は別々の CU として扱うこと,同じ内容であればその長短に関わらず 1つの CU として扱うこと,非言語的な表出行動も 1 つの CU として扱うことなど

の基準が設けられている.

A児 広汎性発達障害 動的 ボルスタースイング,スクーターボード

B児 自閉症 動的 ボルスタースイング

C児 高機能自閉症 動的 トランポリン

D児 Down症候群 動的 ボルスタースイング,スロープのぼり

E児 染色体異常 静的 型はめパズル(机上)

F児 Prader-Willi症候群 静的 絵カードあわせ(机上)

G児 健常 動的+静的 スクーターボード,ブロック遊び

活動内容対象児

表5 分析場面の活動内容

←子どもの持っている玩具を「ちょうだい」と言

い手を差し出して呼びかける

保育者に渡す →

← 「あむあむあむ」と食べるまねをして見せる

別の玩具を拾う →

←子どもが拾ったもう一つの玩具をくれるよう呼

びかける

保育者に渡す →

←受け取り,「あむあむあむ」と言って食べるま

ねを見せる

保育者を見ながらおもちゃの皿を拾い,自分

の口に近づけて食べるまねをする

保育者にそのおもちゃの皿を差し出す →

図1 児とセラピストのやりとりの関係図の例

児 セラピス ト

次に,作成した行動カテゴリー表を用いて,児の CU のみを手段と機能の両側

面からカテゴリー化した.手段について,まず,形式が音声のみか動作のみか,

または音声と動作が混合したものかを分類した.それから,上位カテゴリーにお

いて,対人行動,対物行動,対自己行動,いずれとも関わりのない非相互作用行

動のどれかに分類した.さらにその行動の内容をカテゴリー表の定義に従って下

位カテゴリーに分類した.機能については,上位カテゴリーとして,要求,叙述,

模倣,のうちどれかに分類し,さらにその内容をカテゴリー表の定義に従って下

位カテゴリーに分類した.全ての下位カテゴリーにはコード番号が割り当てられ

ており,その番号を分析シートに記入するという作業を行なった(図 2).

このカテゴリー化の作業は,筆者およびもう 1 名の作業療法士(小児の作業療法

分野で臨床経験を持つ作業療法士)の 2 名でそれぞれ別に行った.なお,本分析対

象とは別のデータを用いて十分にトレーニングを行なった上で,本データの分析

を行なった. 1-2-5.信頼性(評価者間信頼性)の検討

2 名の評価者による分析結果の評価者間信頼性を測るため,Cohen の kappa 統計

量(κ:kappa coeffic ient,kappa statistics)を用いて測定した. kappa 統計量は,カ

テゴリーなどの名義尺度を用いた評価の一致率を表す指標であり,主観が入る判

定に客観性を持たせるために用いられることの多い統計量である 3).また,単純

な一致(occurrence of agreement)を測るのではなく,偶然による一致を考慮してい

ることが特徴で,医療分野においても,精神疾患の診断の一致に関する研究 28)

や,看護における質的データの評価者間一致率に関する研究 29),新しい評価指標

の信頼性の測定に関する研究 30)などに用いられている. kappa 統計量の方程式は,

音声 動作84 「はいどうぞ」と言いながらブランコに座る

4 0 85 セラピストの様子を見ている

6 86 微笑みながら,座ろうとする(が,落ちる)

87 「どーん」と言う

4 0 88 セラピストの方を見る

8 0 89 別の方を見る

90 「ぶーらんこぶーらんこ」と歌いながらこぎ始める

91 手を差し出す

7 6 0 92 「うーう」といい,ブランコに覆いかぶさって乗る

93 歌の続きを歌いながらこぐ

94 「いちにのさーん,どしーん」と言い,ブランコを止める

10 0 95 前に落ちる

96 「よーし」と言いながら拍手する

4 0 97 セラピストの顔を見て微笑む

98 「もう一回」といい,人差し指を挙げる

99 「どうぞ」と言いながら坐面を叩く

6 31 100 ブランコの坐面をバンバン叩く

101 子どもが叩いた場所を「どうぞ」と言いながらたたく

6 24 102 起き上がりブランコに乗る

103 「いくよー」と言う

4 0 104 セラピストの顔を見る

105 「ぶーらんこぶーらんこ」と歌いながらブランコを揺らし始める

コード番号を記入 行動を記入

図2 分析シートとコ ード化の例

児の行動 セラピストの行動手段

機能行動

κ=評価の一致率-偶然の一致率/1-偶然の一致率 となっているため,単純な

一致率よりも値は下回る. 1-2-6.倫理的配慮

対象児の保護者へは,事前に,研究の主旨,方法,個人情報の保護,同意の撤

回に関する事項を文書にて説明し,同意を得た.研究依頼説明文の詳細および倫

理同意書は別記Ⅲ,Ⅳに記載する.

1-3.結果

1-3-1.各児の発達状況

KIDS 乳幼児発達スケールを用いて測定した諸能力の発達年齢を表 6,図 3 に示

す.6 名の障害児を発達年齢から見てみると,A,B,D,E 児は項目間のばらつ

きは少なく総合発達年齢が 14~16 ヶ月の群,C,F 児は項目間のばらつきが大き

く総合発達年齢が 3~4 歳の群と大きく二分された.

図3 K IDS乳幼児発達スケール

0

10

20

30

40

50

60

70

80

運動

操作

理解

言語

表出

言語

概念

対子

ども

社会

対大

社会

つけ

食事

KIDS項目

発達年齢(ヶ月)

広汎性発達障害

自閉症

高機能自閉症

Down症候群

染色体異常

Prader-Willi症候群

健常

運動 操作理 解言 語

表出言語

概念対子 ども社会性

対 大人社 会性

しつけ 食事 総合発 達年齢 生活年 齢 総合発 達指数

A児 広汎性発達障害 18 17 22 9 17 14 14 19 15 16 41 39.0

B児 自閉症 28 14 18 21 18 14 15 19 12 14 52 26.9

C児 高機能自閉症 28 60 70 48 42 24 58 50 36 45 64 70.3

D児 Down症候群 15 17 12 15 20 20 17 19 12 16 49 32.7

E児 染色体異常 16 17 16 7 20 13 17 17 13 14 66 21.2

F児 Prader-Will i症候群 33 47 43 38 29 24 28 39 36 36 74 48.6

G児 健常 41 60 53 51 47 50 60 44 - 50 46 108.7

表6 KIDS乳幼児発達スケールによる発達年齢(ヶ月)

以下には各児のコミュニケーションに関する発達状況(言語,概念,社会性の項

目より得られた結果)と,データ収集時の観察より得られた児の特徴も合わせて記

述する. A 児は広汎性発達障害(以下,PDD)と診断されており,生活年齢(以下 CA)は 3

歳 5 ヶ月,総合発達年齢(以下 DA)は 1 歳 4 ヶ月であった.KIDS は全般的に 14~18 ヶ月レベルであったが,言語に関しては表出が 9 ヶ月,理解が 22 ヶ月と大き

な差が見られた.観察からもその様子が見られ,自発的な発語はほとんどないが,

理解面では簡単な指示に応じることができていた.同じく観察より,離席が多い,

特定の絵や玩具をじっと見ている,身体を揺らして遊ぶことがあるという特徴が

見られた. B 児は自閉症と診断されており,CA は 4 歳 4 ヶ月,DA は 1 歳 2 ヶ月であった.

KIDS では全般的な発達の遅れがあり,特に,社会性が 14~15 ヶ月と低く,他に

も理解言語 18 ヶ月,表出言語 21 ヶ月,概念 18 ヶ月とコミュニケーションに関す

る項目が非常に低いという特徴があった.観察においてもセラピストとの積極的

な関わりはほとんどなく,鏡や玩具など特定の物への興味が強いが,好きな活動

には熱中して取り組む様子や,簡単な指示や声かけには応じられる様子が認めら

れた. C 児は高機能自閉症と診断されており,CA は 5 歳 5 ヶ月,DA は 3 歳 9 ヶ月で

あった.KIDS は他児に比べ発達指数が高く(70.3%),理解言語は 70 ヶ月と生活

年齢よりも高かく,対大人社会性も 58 ヶ月と年齢相応であった.しかし,対子ど

も社会性は 24 ヶ月と著しく低くいことが特徴であった.観察より,セラピストと

のコミュニケーションは良好で会話の内容は明快である,しかし視線は会いにく

い,やや多動であるという特徴が見られた. D 児は Down 症候群と診断されており,CA は 4 歳 1 ヶ月,DA は 1 歳 4 ヶ月で

あった.KIDS では全般的に 12~20 ヶ月の発達レベルにあった.その範囲の中で

も言語は低い方に,社会性は高い方にあるのが特徴であった.また,観察より,

セラピストへは「あー」「うー」などの喃語に身振りを交えて積極的な働きかけが

あること,また音まねや返事などの応答性もよい様子が見られた. E 児は染色体異常(第 17 番染色体欠失)と診断されており,CA は 5 歳 6 ヶ月,

DA は 1 歳 2 ヶ月であった.KIDS では,全般的な発達の遅れが認められたが,特

に,表出言語が 7 ヶ月と低かった.観察からも有意語は聞かれず「あー」「あ,あ」

がほとんどであった.しかし,身振りを交えて要求や自己主張をしたり,簡単な

指示に従ったり,セラピストの動作を模倣するなどのやりとりが多く見られた. F 児は Prader-Willi 症候群と診断されており,CA は 6 歳 2 ヶ月,DA は 3 歳 0

ヶ月であった.KIDS は項目間のばらつきが大きいのが特徴であった.理解言語

が 43 ヶ月,表出言語が 38 ヶ月とやや高いのに対し,概念が 29 ヶ月,社会性が

24~28 ヶ月と著しく低いことが特徴であった.観察からは,セラピストと言語的

な関わりが多いことが認められた.しかし,会話の内容が文脈に沿っていないこ

とが多かった.

G 児は健常児で,CA は 3 歳 10 ヶ月,DA は 4 歳 2 ヶ月であった.KIDS は全般

的に生活年齢相応の結果であったが,コミュニケーションに関する項目は生活年

齢よりもやや高い傾向にあった.観察からも,大人とのコミュニケーションは良

好で,言語的な働きかけや適切な応答が見られた.また,玩具を介して大人と協

調的に遊ぶことができていた. 1-3-2.カテゴリー分類における評価者間一致率(κ)

10 分間の行動で分析対象となった CU は,最も少ない C 児で 81 回,最も多い

E 児で 172 回であった.この CU を 2 名の評価者によりカテゴリー分類し,得ら

れた評価者間一致率(κ)が 0.8 以上であったのは,E,F,G 児の手段の分析のみ

であった.その他は概ね 0.6~0.8 の一致率であったが,A 児の手段,B 児 D 児の

機能の分析では 0.6 以下という低い結果であった(表 7).平均値は,手段 0.72,機

能 0.63 で,対象児間の有意差や,分析の順序による学習効果は認められなかった

(図 4).

A,B,C,D 児の手段の分析において一致率が低かったカテゴリー項目は,音

声の「対人」と「対物」,「発声」と「発語」,動作の「対物」と「非相互作用」で あった.全般的に一致率が低かった機能の分析では,「命令・助言」と「呼びかけ」,

「命名・記述」と「報告・告示」で不一致が多い傾向が認められた.また,機能

図 4 初 版の評価者間一致率の 平均値(κ)

0.40

0.50

0.60

0.70

0.80

0.90

1.00

手段 機能

(κ)

手段 機能

A児 広汎性発達障害 0.54 0.63

B児 自閉症 0.60 0.48 0.8以上

C児 高機能自閉症 0.64 0.72

D児 Down症候群 0.65 0.55 0.6~0.8

E児 染色体異常 0.80 0.60

F児 Prader-Willi症候群 0.95 0.70 0.6未満

G児 健常 0.84 0.69

平均 0.72 0.63

SD 0.148 0.088

表7 評価者間一致率(κ)

の分析では,評価者の一方がどうしても当てはまるカテゴリーが無く“分類不可”

とし,もう一方が何れかのカテゴリーに当てはめて“分類可能”とする場合が多

かった. 1-4.考察

1-4-1.評価者間一致率が不十分であった要因について

kappa 統計量は相関係数と同様に,-1~+1 の範囲をとるが,+1 は完全に一

致していることを,-1 は完全に不一致であることを示す.負の kappa 統計量は

評価者の一致がチャンスレベル以下(偶然の一致が起こる確率よりも低いこと)

であることを示す.0.6 以上の値は実質的に一致しているとみなされるが,0.8 以

上の値であれば満足できる一致であると見なされる 3).また,単純な一致

(occurrence of agreement)が 0.75 以下を一致率が低いと見なす場合もある 22).した

がって,本分析では満足できる一致率(評価者間信頼性)が得られなかったと解釈

できる.そこで,本研究で用いたカテゴリー表による分析で一致率が十分な値に

達しなかった要因を考察する.

1-4-1-1.カテゴリーの項目構成による要因

全対象児において有意差無く一致率の低かった機能の分析では,カテゴリー表

の要因が大きいと考えられた.一つの行動が複数のカテゴリーに当てはまる可能

性があること,つまり,カテゴリーの構成が排他的ではなく,互いに重なり合う

部分を持っていたことが,評価の不一致に影響した.例えば,児が物を指差しな

がら「あーあー」とセラピストに言う行為を機能で分類する際,複数のカテゴリ

ーに当てはまる可能性がある.それは,物を見つけたことを相手に伝えるという

意味から叙述の「命名・記述」に分類されるが,第一に注目を要求していること

から「呼びかけ」にも分類可能であるため,それらを明確にカテゴリー化するこ

とが困難であった.また,意図が不明確な行動や言いかけて止める発言を分類す

る際に,判断の相違があった点も一致率低下の要因であった.例えば,児がセラ

ピストの手をつかむという動作を,“手をつないでほしい”と判断すると「要求」

となるが,意図が不明確なため「機能なし」とも判断できる.また,「あのねーボ

クねー」と言いかけて止めるような発語を,注目要求と判断すると「呼びかけ」

となるが,内容が完結していないため「機能なし」とも判断できる. また,手段の分析においても,複数の項目に当てはまる行動があった.例えば,

“セラピストに指示されてブランコに乗る”という動作は,ブランコ=物と接触

していることから「対物」に分類される.しかし,ブランコを物として操作した

り遊んだりしているわけではないため,「非相互作用」と分類すことも可能である. このように,今回使用したカテゴリー表は,各カテゴリー間の判別基準が不明

確であり,排他性が低いこと,加えて,意図が不明瞭な言動や言いかけの発言の

分類基準を定めていなかったことが,信頼性低下の大きな要因であると考えられ

た.

1-4-1-2.児の行動の不明瞭さによる要因

本分析における評価者間一致率は対象児間で有意差はなかったが,機能よりも

手段の分析においてばらつきが大きく,特に,A,B,C,D 児と,E,F,G 児で

大きな差があった (Range:0.54~0.95,Mean:0.72,SD:0.148).一致率が低かった

A~D 児の中でも,A,B,C 児は自閉性傾向のある児であり,A,B,D 児は言語

発達,社会性発達が 1 歳~1 歳半と低いレベルであった.自閉性傾向のある児の

行動では,発する音声が人に向いているのか物に向いているのか判断しづらいも

のが多く,それが判断の不明確さに影響したと考えられる.例えば,児がセラピ

ストの持っているボールを見て「ボール」と言うような場面があった.この発語

がセラピストに向いていれば「対人」となり,独り言のようにボールに向いてい

れば「対物」となるが,それをビデオから客観的に判断するのは困難であった.

次に,言語発達,社会性発達が低い児では,発音が不明瞭なものが多かったこと

が一致率の低下に影響したと考えられる.発音不明瞭であっても相手(セラピス

ト)に意味が通っていれば「発語」となり,相手に意味が通っていなければ「発声」

となるが,セラピストが理解しているかまたは理解していないかを,評価者がビ

デオから判断するのは困難であった.特に,A,B 児は上述の 2 つの要因が重な

るため,対物行動で発する音声を「発声」と「発語」に分類することも困難であ

った.しかし,発達的に D 児と同程度の E 児の分析では,十分な一致率が得られ

た.これは,E 児の言語表出が 7 ヶ月レベルで有意語はほとんど聞かれず,音声

は「発声」がほとんどであること,また,音声に変わる手段としている身振りが

判断しやすいことから,明確な判断ができたためだと考えられる. よって,児の発達レベルと評価の一致率に相関はないが,言語レベルや社会性

レベルが低い児の中には,客観的に判断しづらい言動が多く見られるため,それ

らの児の分析における一致率が低下したと考えられる.以上の結果および考察よ

り,先行研究で挙げられた分類測度は,了解性の低い児の行動を対象としていな

いか,あるいは,分類測度の信頼性・妥当性の検討を行なっていない可能性があ

ると考えられる. 1-4-2.信頼性を向上させるために

本分析では評価者間の一致率が低くかったことから,このカテゴリー表は児の

コミュニケーション行動の評価指標として信頼性が低いと考えられる.そのため,

評価指標として十分な信頼性を得るためには,先に挙げた要因を考慮して,カテ

ゴリーの構成や定義を見直す必要がある.まず,手段のカテゴリーでは,「対物」・

「対自己」・「非相互作用」の違いを明確に定義するとともに,相手が意味を理解

しているのか不明な音声を明確に分類するための基準や,自閉傾向のある児で見

られるような,人に向いているのか物に向いているのか客観的に判断できない行

動を分類する基準を設けることが必要である. 次に,機能のカテゴリーでは,「命

令・助言」,「呼びかけ」,「命名・記述」,「報告・告示」の定義は幾通りにも捉え

られる可能性があるため,明確で排他的な定義を設定する必要がある.

さらに,児の行動に対し,内容的に妥当ではないカテゴリー項目は消去または

統合する必要がある.例えば,対自己行動は,自閉的傾向のある A,B,C 児以

外ではほとんど見られない上に,客観的に下位カテゴリーに分類することは困難

であったことから,下位カテゴリーは一つに統合するなどの作業を行なわなけれ

ばならない.また,分類不可能であったり複数の項目に重複して当てはまる行動

について,新たなカテゴリーを設け,その中に分類できるような措置が必要であ

る. そこで,続く第 2 章では,今回作成したカテゴリー表を再構成し,新たに改正

版を作成する.その後の分析において十分な信頼性が得られていた場合,評価指

標として用いることとする.

第 2 章.評価指標の改正(研究 2)

2-1.はじめに

研究 1 で作成したカテゴリー表は,先行研究や既存の分類法を参考に作成した

が,疾患や発達レベルの異なる本対象児らの行動を十分に反映できる評価指標で

はなかった.そこで,第 2 章では,①評価指標としての信頼性を向上させるため,

研究 1 の考察より得られた改正すべき点について検討し,改正版のカテゴリー表

を作成する.②その改正版を用いて,研究 1 と同様の方法で行動分析を行い,分

析において十分な信頼性が得られた場合には,結果を集計し,児の行動評価を行

う.③その行動評価結果が児の疾患特性や発達状況を反映したものであるかを検

討し,改正版のカテゴリー表が行動評価指標として妥当であるか考察する. 2-2.方法

2-2-1.カテゴリー表の改正

2-2-1-1.手段のカテゴリー(表 8)

改正した手段のカテゴリー表を表 8 に示す. 第 1 の改正点は上位カテゴリーの構成である.この評価指標の主たる目的がコ

ミュニケーション行動の評価であることから,上位カテゴリーではまず相手との

関わりがあるかないかを分類する必要がある.したがって,改正版では相互交渉

があるかないかを基準として上位カテゴリーを設定した.「相互交渉あり」は“客

観的に人に対して向いていると分かる行動”とし,「相互交渉なし」は“人以外の

物や環境に向いている行動,またはどこにも向いていない行動”と定義した. 第 2 の改正点は,相互交渉なしの下位カテゴリーとして新たに「対活動」を設

けたことである.これは,相手と直接的な相互交渉はないが,文脈や状況には沿

っている行動を指す.これによって,研究 1 では分類が難しかった,指示されて

“ブランコに乗る”,“物を取りに行く”といった行動を,「対物」や「非相互作用」

と明確に区別して分類することが可能になる. 第 3 の改正点は,対物行動,対自己行動の下位分類を排除したことと,対自己

行動と非相互作用行動を「その他」として統合したことである.相互交渉は複雑

さゆえに,全てのことを記述するのは不可能であり,研究の対象には特定の側面

を選ばなければならない 3)と指摘されている.第 1 の改正点でも述べたように,

本指標の主たる目的はコミュニケーション行動の分析,つまり,対人行動の内容

を詳しく分類することであるため,相互交渉なしの行動を詳しく分析するのは目

的外であると判断した.これによって,自閉傾向のある児に見られた,対物・対

自己行動における発音不明瞭な音声を分析する際の不一致は解消されると考えら

れる. 第 4 の改正点は,対人動作の下位カテゴリーとして新たに「表情」を設けたこ

とである.このカテゴリーは,微笑むや顔をしかめるなどの表情の変化による意

志の表出を,「身振り」や「見る」と区別するために設定した.

さらに,改正版の定義はより詳細に記述し,例には状況設定と具体的な行動を

示した.例えば,音声の「対人」の「発語」は“人に対して発する意味のある言

葉”と定義し,相手に対して不明瞭な発言や意図が不明確な場合は「対物」や「そ

の他」に分類されるように設定した.これによって,人に向かっているのか物に

向かっているのか不明な言動は,“意図が不明確である”と捉え,「その他」に分

類されることになり,分類不可能であったことが解消されると考えられる.

2-2-1-2 機能のカテゴリー(表 9)

改正した機能のカテゴリー表を表 9 に示す. 第 1 の改正点は,操作的定義をより詳しく記述したことである.特に要求の「命

令・助言」と「呼びかけ」,叙述の「命名・記述」と「報告・告示」の 4 つのカテ

ゴリーは,研究 1 において不一致の多かったカテゴリーである.よって,この 4つを判別するための具体的な基準を詳細に記述した.まず,「命令・助言」・「呼び

かけ」を「命名・記述」・「報告・告示」から判別する基準は,相手が次にすべき行

動や相手にしてほしい行動を引き出すための行為である場合とした.相手の注意

【 形式】

初版と同様

【 音声】

上 位カテゴリー コード 操作 的定義 例

発声 10 0人に向かっている発声

言葉自体に意味を持たない

・ 相手に注目してほしいときの「あー」

・ 抵抗するときの「うー」

発語 20 0

人に対して発する意味のある言葉

発音が不明瞭でも理解可能であればOK・有意語   ・擬音語,歌

・ 「プーさんいたね」「かわいいね」「痛いよー」・ 「~ちょうだい」・ 返事の「はーい」

・ いち・に・さん・しを「チーチ,ニー,サー,シー」

30 0 人を意識せず,物に向かって発する音声・ 一人遊びで人形の名前を呼ぶ「りかちゃん」・ 車を走らせながら「ブルン,ブルン」・ おもちゃ同士をぶつけて「ドカーン」

40 0人にも物にも向いていないが,その場の活動や状況に沿って発する音声

・笑い声  ・動作の効果音

・ 人が転んだのを見て「うふふふふ」

・ ブランコに乗りながら「ビューンビューン」

50 0

人にも物にも向いておらず,活動にも沿っていない音声・独り言,鼻歌・感覚遊び的な発声(対自己)

・アクシデントの際とっさに出る音声を含める

・ 自己刺激「らるらるらるらるらる」・ 転びそうになって「おーっと」・ 何かを見つけて「 あっ」

・ 驚いて「えっ」「 キャー」

【 動作】

上 位カテゴリー コード 操作 的定義 例

身振り 1人に対して身体部分を使って意志を伝える・ジェスチャー  ・物をたたいて注意を引く

・ 指差し,手差し,ちょうだいのときに掌を見せる・ 座るところを指示するときにいすの坐面を叩く

表情 2 人に対して表情で意志を伝える・ 微笑む・ 顔をしかめる,頬を膨らませて怒る

接触 3人との身体接触を伴う動作・相手に触る

・相手を動かす(クレーン動作を含む)

・ 手を取って手をつなぐ,抱きつく・ 相手の手を持って動作をさせる

・ 相手が持っているものを取り上げる

接近 4 人と物理的に距離を縮める・ 相手に近づく・ 相手の顔に顔を近づけてじっと見る

見る 5人に注意を向ける相手とアイコンタクトがなくてもOK

・ 相手が話を聞いているか確認して見る・ 遠くから相手の動作を見ている(傍観)

物の媒介 6人とある物を共有している場合に,その物を媒介として関わる動作・物の受け渡し・物を見せる,物の使い方を見せる

・ おもちゃを差し出す,受け取る,・ 相手の前にこれから使用する道具を提示する・ 道具の使い方をやって見せる

7人と場面の共有をしていても対象物の共有はしていない場合に,その物を操作したり,近づいたり,注視する動作

・ 活動とは異なるおもちゃを操作して遊ぶ・ 好きなおもちゃ箱のところに行って眺める

・ 鏡をじっと見る,キラキラしたものを見る

8 人にも物にも向いていないが,場面の活動や状況に沿っている動作 ・ 指示された遊具に乗る,降りる

9

人にも物にも向いておらず,活動にも沿っていない動作

・常同行動,感覚遊び(対自己)・準備,移動   ・予期せぬアクシデント

・ クルクル回る,手をヒラヒラさせる

・ 場所を移る・ 転ぶ,ブランコから落ちる

※1つの行動単位に複数の手段が含まれる場合は,相互交渉ありの行動を優先する※1つの行動単位に複数の動作が含まれる場合にはコード番号の若い方を優先する

その他

その他

表8 手段のカテゴリー(改正版)

対物

下位カテゴリー

下位カテゴリー

対人

対物

相互交渉あり

<カテゴリー分類のルール>

対活動

対人

相互交渉なし

相互交渉あり

対活動

相互交渉なし

を喚起するために“呼びかけ”の要素を含むが内容的に行動の要求が含まれない

ものは「命名・記述」・「報告・告示」とした.そして,「命令・助言」を「呼びか

け」から判別する基準は,具体的な身振りや言葉で指示している場合とした.ま

た,「報告・告示」を「命名・記述」から判別する基準は,相手にとって新しい情

報である場合とした. 第 2 の改正点は,上位カテゴリーに新たに「強制」を設けたことである.これ

は,本人が相手にしてほしい行動を,本人が相手を操作してやってしまう行為と

定義した.たとえば,「靴ちゃんと履きなさい」と相手に指示しながら,相手が自

分で履く前に履かせてしまうような行為を指す.このような行動は,前章のカテ

ゴリー表では「命令・助言」に分類していたが,相手の反応を期待せずに先にや

ってしまっていることから,要求的な意味は薄いと考えられた.よって,新たな

カテゴリーとして設定した. 第 3 の改正点は,上位カテゴリーに「機能なし」を設けたことである.これは,

コミュニケーションの機能や意図,目的を持たない行動や,機能や意図が不明確

な行為と定義した.ただ相手を見ることや,意味なく身体を触るなどの動作,言

いかけて止めた発語(内容が完結していないもの)などはこのカテゴリーに分類す

ることとした.

上位カテゴリー 下位カテゴリー コード 例

要求 11

・「ねえねえ,あれとって」とほしいものを指差して言う

・「これ重たいから持つの手伝って」と言う・相手の持っている玩具をみて「それちょうだい」と言う

・自転車をこぐ練習をしている際,「ちゃんと後ろ支えててね」と言う

命令・助言 12 相手がすべき行動を具体的な身振りや言葉で示している行為

・「いっせいのーでで一緒にスタートしよう」

・「ちょっとまっててね」・「こっちこっち」と手を振って(身振り)を交えて言う

呼びかけ 13相手がすべき行動の具体的な提示は無いが,相手の注意を喚起する行為

・「こっちこっち」と言う(身振り無し)

・「あー」と言いながら相手に物を差し出す・発声なしで相手に 物を見せる,手を挙げる(相手の注意を引くことが目的)

質問 14・「あのおもちゃ取ってきてもいい?」・「まだやるの?」

強制 強制 10・相手の両手を持って打ち合わせ拍手させる

・相手の手を引いてほしいおもちゃを取らせる(クレーン動作)

命名・記述 21

相手と同じ状況下で,相手と共有している物や出来事について名称や特性,感想,感情を述べる行為

または,相手の質問に対する簡単な返事(YES・NO)を述べる行為.「~してもいい?(承諾の要求)」「~しますか?」に対する

Yes/Noの返答,クイズ形式の質問に対する解答

・「これたこだね」「冷たいねー」など(事物の名称や特性)

・「やったー」「すごーい」「ありがとう」(ある状況の感情や感想)・パズルが上手にはまって拍手する

・「準備はいいですか?」→「いいよ/だめ」・「たこはどこにいる?」→「海」

・「たこって海にいるの?」→「そうだよ」

報告・告示 22(相手と同じ状況下にいても)相手にとって新しい情報を伝える行為

・「準備はいいですか?」→「だめ,だってまだ靴はいてないもん」・「水族館にもたこいたんだよ」(新情報)

・「あーあー」と物を指差しながら物と相手を交互に見る(共同注意)

主張 23

・「次は釣りしたい」と言う・「ぼく,赤いのがほしい」

・「おしまいと続けるのどっちにする?」→「おしまいにする」・「どれがほしい?」→「あ,あ,」とほしいものを指差す

肯定的応答(受け入れ)

24 肯定的な返事を表出したり,肯定的な行動を示す行為

・「ちゃんと見ててね」→「はーい」

・「ここに座って」→来て座る・「端に置いておいて」→物を端に移動する

否定的応答(拒否)

25 否定的な返事を表出したり,否定的な行動を示す行為・「ちゃんと見ててね」と言われ,「いやだ」と言う

・「鼻かむよ」と言われ,鼻にあてがわれたティッシュを払いのける

模倣 模倣 31 ・相手が拍手したのを見て同じように拍手する

機能なし 機能なし 0

・相手を見る(注意を向けるのみで他の動作がない)・顔を触る,手をつなぐ(動作の意図が不明確な場合)

・「おいで」と言われて別の遊具の方へ行く・前後の行動と関連がない

・「あのねー」などと言いかけて終わる

※上位カテゴリーを確定してから下位カテゴリーの分類を行なう

<カテゴリー分類のルール>

ある物や出来事,情報について述べる行為(相手の注意を喚起するため

“呼びかけ”の要素が含まれるが,内容的に行動の要求が

含まれない場合)

本人が自分の意志ややりたいことを自ら述べる行為

または,5W1H疑問文に対する返答

相手の命令や呼びかけに対

する返答

※一つの行動単位に複数の機能が含まれる場合の優先順位  要求>叙述, 命令>呼びかけ, 報告・告示>命名・記述

表9  機能のカテゴリー(改正版)

相手の言葉や動作を模倣する行為

相手と同じ状況下にいて表出する言語動作でもコミュニケーションの機能や意図・目的を持たな

い,または,機能や意図が不明確な行為

操作的定義

相手に解答や情報を要求する行為

自分に対してしてほしい援助や承諾を相手に要求する行為

要求

叙述

相手がすべき行動や相手にし

てほしい行動を要求したり促す行為 (次にする 行動を引き

出すため)

本人が相手にしてほしい行動を,本人が相手を操作して(動かして)やってしまう行為(言語指示があっても先に行動を起こしてしまっている場合)

2-2-2.対象

研究 1 と同様の 7 名とした. 2-2-3.データ分析 研究 1 で収集したデータと同様のものを使用し,改正版のカテゴリー表に沿っ

て,研究 1 と同様の手順で,児の行動のカテゴリー化を行なった.評価者も研究

1 と同様の 2 名であった. 2-2-4.信頼性測定 Cohen の kappa 統計量(κ)を用いて,2 名の評価者間の一致率を測定した. 2-2-5.行動評価

κ統計量が十分な値に達し,評価指標として十分な信頼性が得られた場合を条

件として,行動評価を行なった. 改正版を用いた分類結果をもとに,評価者間で評価が不一致であった行動につ

いては,2 名の評価者で見解が統一するまで討議し,最終的に全ての CU をそれ

ぞれ唯一のカテゴリーに分類した.その後,手段,機能それぞれの内容に関する

各カテゴリーに属する数を集計した.さらに,手段と機能の掛け合わせたクロス

集計表を作成し,その代表値(最頻値)から,児の行動傾向を導いた. さらに,以上の分析によって客観的に導かれた行動評価結果と,各児の疾患特

性および発達状況との関連性を考察する. 2-3.結果

2-3-1.カテゴリー分類における評価者間一致率(κ) 改訂版を用いた分析における評価者間の一致率(κ)は,全ての児で手段,機能

ともに 0.75 以上の値が得られた(表 10).対象児間に有意差は認められず,分析の

順序による学習効果も認められなかった.平均値は,手段の分析で 0.86,機能の

分析で 0.80 であった.研究 1 の結果と比較すると,手段,機能ともに一致率が上

昇し,対象児間のばらつきも減少した(図 5).

手段 機能 手段 機能

A児 広汎性発達障害 0.54 0.63 0.82 0.76

B児 自閉症 0.60 0.48 0.75 0.84 0.8以上

C児 高機能自閉症 0.64 0.72 0.88 0.80

D児 Down症候群 0.65 0.55 0.83 0.77 0.6~0.8

E児 染色体異常 0.80 0.60 0.90 0.82

F児 Prader-Willi症候群 0.95 0.70 0.96 0.82 0.6未満

G児 健常 0.84 0.69 0.87 0.82

平均 0.72 0.63 0.86 0.80

SD 0.148 0.088 0.068 0.029

研究1研究2

(改正版使用)

表10 評価者間一致率の変化(κ)

2-3-2.行動評価結果(表 11,12)

改正版を用いた分析により,評価者間一致率が十分な値に達し,評価指標とし

て十分な信頼性が得られたことから,各児の行動評価を行った.

A 児の分析対象時間 10 分間に見られた行動数(CU;Communication Unit)は 86であった.手段の形式は,音声のみが 3 回(3.5%),動作のみが 71 回(82.6%),音

声+動作が 12 回(14.0%)であった.上位カテゴリーでは,相互交渉あり(対人)が

図5 評価者間一致率の平均値の変化

0.40

0.50

0.60

0.70

0.80

0.90

1.00

手段 機能

(κ)

研究1

研究2(改正版使用)

全体 (対物) (対活動) (その他)

3 71 12 26 60 27 18 15

3.5% 82.6% 14.0% 30.2% 69.8% 31.4% 20.9% 17.4%

9 122 8 37 102 24 46 32

6.5% 87.8% 5.8% 26.6% 73.4% 17.3% 33.1% 23.0%

8 45 28 36 45 9 22 14

9.9% 55.6% 34.6% 44.4% 55.6% 11.1% 27.2% 17.3%

8 80 12 44 56 10 34 12

8.0% 80.0% 12.0% 44.0% 56.0% 10.0% 34.0% 12.0%

0 137 35 91 81 4 69 8

0.0% 79.7% 20.3% 52.9% 47.1% 2.3% 40.1% 4.7%

10 37 54 74 27 0 26 1

9.9% 36.6% 53.5% 73.3% 26.7% - 25.7% 1.0%

36 37 66 100 39 1 36 2

25.9% 26.6% 47.5% 71.9% 28.1% 0.7% 25.9% 1.4%

A児 広汎性発達障害

自閉症

高機能自閉症C児

B児

Down症候群

染色体異常

Prader-Willi症候群

健常G児

F児

E児

D児

相互交渉あり

音声のみ 動作のみ 音声+動作相互交渉なし

A児 広汎性発達障害

B児 自閉症

C児 高機能自閉症

D児 Down症候群

G児 健常

表11 対象児の行動評価結果【手段】

上位 カテゴリ ー(上段:回,下段:%)形式(上段:回,下段:%)

E児 染色体異常

F児 Prader-Willi症候群

発声 発語 身振り 表情 接触 接近 見る 物の媒介

A児 広汎性発達障害 3 6 6 1 0 0 14 0

B児 自閉症 3 4 4 3 10 0 15 0

C児 高機能自閉症 0 24 12 0 1 3 6 0

D児 Down症候群 5 12 13 2 6 1 11 0

E児 染色体異常 30 5 36 4 0 0 16 19

F児 Prader-Willi症候群 0 63 27 0 1 0 19 2

G児 健常 0 90 5 0 3 4 25 3

音声 動作

“ 対人” の下位カテ ゴリー(回)

26 回(30.2%)と少なく,相互交渉なし(対物,対活動,その他)が 60 回(69.8%)と多

かった.特に相互交渉なしの中でも,「対物」の割合(31.4%)が最も高かった.対

人行動の内容を見てみると,音声では「発声」が 3 回,「発語」が 6 回であった.

動作では「見る」が 16 回見られた.次に,機能をみると,上位カテゴリーでは機

能を有するものは約 20%であったが,要求 3 回(3.5%),叙述 11 回(12.8%),模倣

2 回(2.3%)見られた.また内訳を見てみると,「命名・記述」,「肯定的反応」がそ

れぞれ 5 回見られた.手段と機能のクロス集計よる最頻値の行動は,手段が「対

物」で機能なしの場合(26 回,30.2%)であった.相互交渉ありかつ機能ありの組

み合わせによる行動は,全てを合計して 11 回(12.8%)見られたが,特に目立った

傾向は認められなかった. B 児の行動数は 139 回であった.手段の形式は,音声のみが 9 回(6.5%),動作

のみが 122 回(87.8%),音声+動作が 8 回(5.8%)であった.上位カテゴリーでは,

相互交渉あり(対人)が 37 回(26.6%)と少なく,相互交渉なしが 102 回(73.4%)と多

かった.特に,相互交渉なしの中で「対活動」が 33.1%と最も高かった.対人音

声では「発声」が 3 回,「発語」が 4 回,対人動作では「見る」が 15 回と最も多

かった.機能では,上位カテゴリーのうち機能なしが 77%であったが,要求が 7回(5.0%),叙述が 24 回(17.3%),模倣が 1 回(0.7%)認められた.機能の内訳では

「肯定的反応」が 22 回と最も頻度が高かった.また,手段と機能のクロス集計の

結果は,手段が「その他」で機能なしの場合(27 回,19.4%)が最も多く,次いで

手段が「対物」で機能なしの場合(24 回,17.3%)であった.相互交渉があり機能

がある行動は,全ての組み合わせを合計して 14 回(10.1%)であり,手段が「対活

要求 強制 叙述 模倣 機能なし

3 0 11 2 70

3.5% 0.0% 12.8% 2.3% 81.4%

7 0 24 1 107

5.0% 0.0% 17.3% 0.7% 77.0%

3 0 30 1 47

3.7% 0.0% 37.0% 1.2% 58.0%

1 2 22 3 72

1% 2% 22% 3% 72%

10 0 71 3 88

5.8% 0.0% 41.3% 1.7% 51.2%

25 1 49 0 26

24.8% 1.0% 48.5% 0.0% 25.7%

16 1 71 0 51

11.5% 0.7% 51.1% 0.0% 36.7%

自閉症

G児 健常

E児 染色体異常

F児 Prader-Willi症候群

C児

上位カテゴリー(上段:回,下段:%)

表12 対象児の行動評価結果【機能】

高機能自閉症

D児 Down症候群

A児 広汎性発達障害

B児

要求 命令・助言 呼びかけ 質問 命名・記述 報告・告示 主張 肯定的応答 否定的応答

A児 広汎性発達障害 0 0 3 0 A児 広汎性発達障害 5 0 0 5 1

B児 自閉症 0 1 6 0 B児 自閉症 0 0 0 22 2

C児 高機能自閉症 0 0 0 3 C児 高機能自閉症 10 1 11 8 0

D児 Down症候群 0 0 1 0 D児 Down症候群 13 0 2 6 1

E児 染色体異常 0 0 10 0 E児 染色体異常 30 1 5 35 0

F児 Prader-Willi症候群 0 0 2 23 F児 Prader-Willi症候群 17 15 9 8 0

G児 健常 0 1 8 7 G児 健常 25 28 5 11 2

“要 求”の下 位カテ ゴリ ー(回) ”叙述 ”の下 位カテ ゴリ ー(回)

動」で機能が「肯定的反応」の場合が 16 回(11.5%)見られた. C 児の行動数は 81 回であった.手段の形式は,音声のみが 8 回(9.9%),動作の

みが 45 回(55.6%),音声+動作が 28 回(34.6%)であった.カテゴリーでは,「対人」

が 36 回(44.4%)と最も多く,次に「対活動」が 22 回(27.2%)であった.また対人

行動では「発語」が 24 回,「身振り」が 12 回見られた.機能では,上位カテゴリ

ーのうち 58%が機能なしであったが,要求 3 回(3.7%),叙述 30 回(37.0%),模倣

1 回(1.2%)が認められた.さらに内容をみてみると,「主張」が 11 回と最も多く,

次いで「命名・記述」が 10 回見られた.また,手段と機能のクロス集計よる最頻

値の行動は,手段が「その他」で機能なしの場合(11 回,13.6%)であった.相互

交渉があり機能がある行動の中で最も多く見られたのは,手段が「発語+身振り」

で機能が「主張」の行動(7 回,8.6%)であった. D 児の行動数は 100 回であった.手段の形式は,音声のみが 8 回(8%),動作の

みが 80 回(80%),音声+動作が 12 回(12%)であった.カテゴリーでは,「対人」

が 44 回(44%)と最も多く,次に「対活動」が 34 回(34%)見られた.対人音声では

「発声」が 5 回,「発語」が 12 回であり,対人動作では「身振り」が 13 回,「見

る」が 11 回見られた.機能では,上位カテゴリーのうち約 70%が機能なしであ

ったが,要求 1 回(1%),強制 2 回(2%),叙述 22 回(22%),模倣 3 回(3%)見られ

た.内訳では「命名・記述」が 13 回と最も多かった.また,手段と機能のクロス

集計よる最頻値の行動は,手段が「対活動」で機能なしの場合(27 回,27%)であ

った.相互交渉があり機能がある行動の中における最頻値の行動は,手段が「身

振り」で機能が「命名・記述」の行動(5 回,5%)であった. E 児の行動数は 172 回であった.手段の形式は,音声のみが 0 回,動作のみが

137 回(79.7%),音声+動作が 35 回(20.3%)であった.カテゴリーでは,「対人」

が 91 回(52.9%)と多く,次いで「対活動」が 69 回(40.1%)であった.対人行動の

内訳は,音声で「発声」が 30 回,「発語」が 5 回であり,動作では「身振り」が

36 回,「物の媒介」が 19 回であった.機能では,機能を有する行動が約 50%見ら

れ,そのうち叙述が 71 回(41.3%)と最も多く,次いで要求が 10 回(5.8%),模倣が

3 回(1.7%)であった.さらに下位カテゴリーの内訳をみてみると,「肯定的反応」

が 35 回と最も多く,ついで「命名・記述」が 30 回であった.また,手段と機能

のクロス集計よる最頻値の行動は,手段が「対活動」で機能なしの場合(53 回,

30.8%)であった.相互交渉ありで機能を有する行動の中での最頻値は,手段が「身

振り」で機能が「命名・記述」の行動(28 回,16.3%)であった. F 児の行動数は 101 回であった.手段の形式は,音声のみが 10 回(9.9%),動作

のみが 37 回(36.6%),音声+動作が 54 回(53.5%)であった.カテゴリーでは,「対

人」が 74 回(73.3%)と最も多く,ついで「対活動」が 26 回(25.7%)であった.対

人音声は全てが「発語」で 63 回見られた.また対人動作の内訳は「身振り」が

27 回と最も多く,ついで「見る」が 19 回であった.機能では,機能を有する行

動が 75%見られ,叙述が 49 回(48.5%)と最も多く,次いで要求が 25 回(24.8%)であった.下位カテゴリーの内訳をみてみると,「質問」が 23 回,「命名・記述」が

17 回,「報告・告示」が 15 回であった.また,手段と機能のクロス集計よる最頻

値の行動は,手段が「対活動」で機能なしの場合(18 回,17.88%)であった.相互

交渉があり機能がある行動の中で多く見られた行動は,手段が「発語+身振り」

で機能が「報告・告示」(8 回,7.9%),手段が「発語+身振り」で機能が「質問」

(7 回,6.9%),手段が「発語+見る」で機能が「質問」(7 回,7%)であった. G 児の行動数は 139 回であった.手段の形式は,音声のみが 36 回(25.9%),動

作のみが 37 回(26.6%),音声+動作が 66 回(47.5%)であった.カテゴリーでは,

「対人」が 100 回(71.9%)と最も多く,次いで「対活動」が 36 回(25.9%)であった.

対人音声は全てが「発語」で 90 回見られた.また,対人動作は「見る」が 25 回

で最も多かった.機能では,機能を有する行動が 63%見られ,そのうち叙述が 71回(51.1%)で最も多く,次いで要求が 16 回(11.5%)であった.その内訳をみてみる

と,「報告・告示」が 28 回で最も多く,ついで「命名・記述」が 25 回であった.

また,手段と機能のクロス集計よる最頻値の行動は,手段が「対活動」で機能な

しの場合(21 回,15.1%)であった.相互交渉ありで機能を有する行動の中で多く

見られた行動は,手段が「発語のみ」で機能が「命名・記述」(15 回 10.8%),手

段が「発語+見る」で機能が「報告・告示」(11 回,7.9%)であった. 2-4.考察

2-4-1.評価者間一致率の上昇について

改訂版を用いた分析における評価者間の一致率(κ)は,全ての児で 0.75 以上と

なり,平均では手段,機能ともに 0.8 以上の値を示したことから,満足な一致率

が得られたと考えられる.よって,改正版のカテゴリー表は,評価指標として十

分な評価者間信頼性が得られたと考えられる. このような一致率の上昇に影響した要因としては,第一に,手段のカテゴリー

において,上位カテゴリーを「相互交渉あり」と「相互交渉なし」としたことで,

分類の基準が明確になった点が挙げられる.例えば,「相互交渉あり」は“客観的

に人に対して向いていると分かる行動”としたことで,人に向いているのか物に

向いているのか不明確な行動は,自動的に「相互交渉なし」に分類できるように

なった.また,相互交渉なしの下位カテゴリーとして「対活動」を設けたことに

より,指示されて物を操作するなどの行動を,単に玩具で遊ぶなどの「対物行動」

と区別して分類できるようになったと考えられる.さらに,「対自己」と「非相互

作用」を統合して「その他」としたことにより,どちらにも当てはまる可能性の

ある行動の問題が解消された.機能のカテゴリーでは,「命令・助言」・「呼びかけ」・

「命名・記述」・「報告・告示」の 4 つのカテゴリーに関する判別基準より明確に定

義したことによって,排他性が増し,判断の不一致が減少したと考えられる.ま

た,「機能なし」というカテゴリーを設けたことにより,意図があいまいな行動や

言いかけの発語などの分類が可能になったため,一致率が上昇したと考えられる.

2-4-2.本カテゴリー表を用いた行動評価結果と疾患特性および発達状況との関連

性について

本研究で作成した「ものさし」である「改正版のカテゴリー表」が,本当に「測

りたいもの」である「児のコミュニケーション行動」を測っているかどうかを証

明するためには,ある基準から見た妥当性,つまり基準関連妥当性の検討が必要

である.基準関連妥当性は,通常測りたいものを測るものさしがすでに存在して

いる際に,それを基準としてみた新しいものさしの妥当性をいう 31).しかし,基

準となる既成のものさしが存在しないため,本研究において新しいものさしを開

発した.本研究で作成したカテゴリー表のように,ある仮説(先行研究において挙

げられている児のコミュニケーション行動の手段と機能の分類)から出発するよ

うな「ものさし」は,絶対的な正当性を証明することはできず,なによりも結果

の有用性からその「ものさし」が「使える」かどうか,検証されていくものであ

ろう 28)という指摘がある.そこで,便宜上,今回の分析における評価結果と,児

の疾患特性および KIDS によって得られた発達状況の関連性について考察し,本

カテゴリー表が評価指標として有用であるかを検討する.

今回行った行動評価の対象場面はいずれも個別作業療法場面であり,セラピス

トと 1 対 1 のかかわりであるにも関わらず,A 児(PDD),B 児(自閉症)ともに「相

互交渉なし」が約 70%,「機能なし」が約 80%であった.KIDS では A,B 児と発

達状況が類似していた D 児(Down 症)と E 児(染色体異常)では,A,B 児に比べて

「相互交渉なし」「機能なし」の割合は低かった.この結果は,PDD や自閉症の

疾患特性として挙げられている社会性やコミュニケーションの障害 32,33,34)が反

映した結果であると考えられる. しかし,疾患特性として A,B 児と同様に社会性やコミュニケーションの障害

があるとされる高機能自閉症 35)の C 児では,「相互交渉なし」と「機能なし」の

割合は A,B 児よりも低くかった.また,手段や機能の内容では「身振り」や「叙

述」など高度なものが多く見られた.このことは,KIDS の結果にも示されてい

るように言語や対大人社会性の発達レベルに差があることが行動評価結果にも反

映されていると解釈することができる. また,D 児(Down 症)と E 児(染色体異常)では,共通して,非言語的な手段で積

極的に働きかけを行っているという特徴が見出された.それは,2 児共通の評価

結果である,音声の使用率が 20%程度であること,動作では「身振り」が最も多

いこと,機能では「叙述」が最も多いこと,さらに,最も多い組み合わせが「身

振り」+「命名・記述」であることからも考えられた.この特徴は,Down 症の

疾患特性として挙げられる精神発達や言語発達の遅れ 36)や人懐っこいなどの性

格特徴 37,38)と,KIDS による発達レベルが強く反映されていると捉えることがで

きる.また,E 児は 17 番染色体のどの部位が欠失しているかは不明であるが,E児 の障 害 像 と類 似 し て い る 17 番染 色 体 p11.2 の 欠 失が 病 因 とさ れ る

Smith-Magenis 症候群では,軽度~中度の精神発達遅滞,特に言語発達遅滞が著明

であることが報告されている 39,40).これらの報告および KIDS による発達レベル

より,今回の行動評価結果は児の特徴を反映したものであると考えられる.

F 児(Prader-Willi 症候群)も疾患の特性として精神発達や言語発達などの遅れが

ある 41)とされているが,D,E 児とは言語面で異なる傾向が見られた.特に,音

声の使用率が高いこと,その音声は全てが「発語(有意語)」であること,機能で

は高い言語能力が必要とされる「質問」や「報告・告示」が多く見られたことが

挙げられる.これは, KIDS に見られるように言語や社会性のレベルが A,B 児

より高いことが客観的に示された結果であると考えられる. 以上のように,今回の行動評価では,疾患の特性だけでなく,各児によって異

なるコミュニケーション面の発達状況が反映され,コミュニケーション行動の特

徴を量的かつ客観的に示されたと考えられる. また,本結果は単に量的な結果だけでなく,出現頻度が少ない手段や機能の有

無を示すことの意義も大きいと考えられる.特に,自閉症スペクトラムの範疇に

ある児では,「相互交渉なし」や「機能なし」が多くを占めることが想定されるが,

わずかに見られるコミュニケーション行動の中で,どのような手段・機能が認め

られるかを評価することが児の発達を捉える上で重要である.自閉症スペクトラ

ム児ではこだわり行動や常同行動など特定の行動をターゲットとして分析される

ことが多いが,コミュニケーション行動の発達を捉えるためには,本研究で用い

たような一定の尺度を用いて継続的に評価することが必要であると考えられる.

2-5.まとめ

2-5-1.研究 1 から研究 2 を通して

本論文は,2 つの研究から構成された.研究 1 では,先行研究より得られたコ

ミュニケーション行動の測度からカテゴリーシステムを開発し,カテゴリー分析

における評価者間信頼性を測定した.研究 2 では,研究 1 の分析における評価者

間信頼性が低かったことから,カテゴリー構成を見直し改正版を作成した.その

改正版を用いて行動分析を行ったところ,十分な評価者間信頼性が得られた.そ

の後,改正版を用いた分析結果を児のコミュニケーション行動の評価としたとこ

ろ,疾患特性や発達レベルをある程度反映していることが示された.これらの結

果から,改正版のカテゴリーシステムは児のコミュニケーション行動の特徴を示

すものとして有用である可能性が示唆された.また,児の発達的な変化や訓練経

過を捉える指標としても有用であると考えられた. さらに,本研究の新しい試みは,手段と機能の結果をクロス表にて記述するこ

とであった.この方法によって,児の行動のパターン(手段と機能の組み合わせ)をより具体的に示すことができた.これはセラピスト自身が児に関わるときの手

がかりとして有用であると考えられる. 2-5-2.研究の限界と今後の課題

本研究の評価車間一致率の測定は初回も改正後も同じ 2 名の評価者で行い,そ

れによって信頼性を示した.しかし,より高い信頼性を示すためには,どの評価

者においても同様の評価結果が得られなければならない.よって,今後は,異な

る評価者を設けて同様の分析を行うこと,または,評価者の人数を増やして分析

を行なうことが課題として挙げられる.さらに,評価者の特性や質による影響を

検討するため,評価者の経験年数と評価内容の関連性などを調査する必要がある

と考えている. 次に,本研究の分析の観点は,コミュニケーション行動の“手段”と“機能”

という特定の側面であることから,別の側面については言及できないという限界

がある.例えば,外部的観点の 1 側面である“表情”や,内部的観点の 1 側面で

ある行動の“質”についてはその特徴を示すことはできない.そのため,表情の

変化が唯一のコミュニケーション手段である重症心身障害児や,行動が場面に適

切か不適切であるかが問題となっている児の評価指標としては内容的な妥当性が

低い可能性がある.また,本研究では,個別作業療法場面という特定の場面を設

定し,幼児期という特定の年齢幅を対象としたことから,他の場面や他の発達段

階の者には適応しない可能性が考えられる.今後は,家庭や保育・教育場面など

異なる場面や,今回の対象児とは異なる発達段階(学齢期,乳児期など),異なる

疾患・障害を持つ者(軽度発達障害児,重症心身障害児など)を対象に信頼性と

妥当性の検討を行う必要があると考えている.

謝辞

本研究を実施するにあたり,快くご協力していただいた聖徳学園なかのしま幼

稚園芝木捷子園長,牧野マキ作業療法士,ならびに園児,保護者の皆様に心から

感謝いたします.本論文を作成するにあたり,御指導を賜わりました主任指導教

員の仙石泰仁助教授,副指導教員の舘延忠助教授に慎んで感謝いたします.また

研究遂行に際し,貴重なご助言を頂きました中島そのみ助手に深く感謝いたしま

す.

文献

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