aij2012 sakae ichiko

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長野県北部地震栄村における農村集落の被災状況と修理再建に向けた課題 —被災古民家の利活用修復を核とした集落総体復興モデルの探求(その 1)— 正会員 ○市古 太郎 1* ,渡邉高章 2* ,志岐祐一 3* 長野県北部地震,長野県栄村,中山間地域,集落復興,住まい再建 A report of disaster reaction and preliminary activities for housing recovery in Sakae village, Nagano from a M6.7 earthquake (12/3/2011) Taro ICHIKO 表 1 青倉集落 り災証明被害別修理再建状況(2012 年 4 月 2 日) 栄村役場 り災証明 調査結果 建物解体 応急対応, 修理完了 建物 小計 新築完成 空地 全壊 2棟 9棟 3棟 14 棟 大規模半壊 0棟 4棟 2棟 6棟 半壊 4棟 5棟 9棟 18 棟 1. 長野県北部地震における栄村での被害と再建の概要 2011 年 3 月 12 日,東日本大震災発生から約 11 時間 後の 3 時 59 分.長野県北部を震源とする M6.7 の地震が 発生し,長野県栄村(人口 2,348 人,924 世帯,2011 年 3月住基台帳)では,直接的な死者はゼロだったものの(そ の後,災害関連死として 3 名),住家全壊 33 棟(非住家 156 棟),住家半壊 169 棟(非住家 134 棟),中条川の土 石流や旧国道 117 号中条橋の落橋といった道路河川の被 害,水田を中心とした 66ha におよぶ農地被害が生じた. 全村民の 65% にあたる 1,519 人が村内 7 箇所の避難所で 避難生活をおくった. 被災した住家は,田の字型プランを基本とした明治末期 から大正昭和にかけて建築された農家住宅が多く含まれ, 水耕栽培と生活とが住家で一体的な機能を有していた.一 体的な機能とは,住家まわりに「たね」(住家周りにある 池のこと.養苗の場であり,夏場は冷蔵庫にもなる),農 業生活用水路,季節毎に移り変わる家庭菜園といった「な りわい(生計)資源」を有することを意味し,これらは「田 なおし」の伝統で整備維持されてきた空石積擁壁など「生 活景」資源にもつながっている.住家とあわせて,これら の資源を復元・活用していくことが,栄村の集落復興には 求められよう. 栄村の復興でもう一つ注目されるのは,地元住民をメン バーとする NPO 組織が,発災前から村おこしに取り組み, 復旧復興にも尽力している点である.山口ら 1) は中越地 震虫亀集落における「地元外 NPO」の果たした役割につ いて,実際の住家修理にコミットした事例は少ないとしつ つも,その意義について評価しているが,発災前から信頼 関係を有する地元 NPO 組織が果たす役割は,復興まちづ くり研究の視点からも注目されよう. そこで本研究では,被害の集中した 2 つの集落(青倉 と小滝)における住家被害状況と修理再建に向けた課題に ついて報告したい. 2. 首都大グループの栄村復興支援調査活動について 首都大学東京では,地元建築家とも協力して栄村復興支 援チームを結成し,集落復興に資する調査活動に取り組 んでいる.2011 年 4 月 8 日の初動調査にはじまり,5 月 2-3 日の被災古民家実測調査,7 月の仮設住宅生活状況調 査,11 月の積雪対応応急修理作業,2012 年 4 月の住家 再建実態調査等が実施されてきた.本研究の内容はこの調 査活動に基づいている. 3. 青倉と小滝集落における住家被災と建物解体状況 表 1 は発災から 1 年目の 2012 年 4 月 2 日時点での再 建修理実態を調査した結果を,行政資料であるり災証明 調査結果と GIS 上で照合し,クロス集計したものである. 全壊 14 棟のうち,11 棟が建物解体され,そのうち 2 棟 は新築再建,また 3 棟は外観上は修理完了となっている. また建物解体比率は,大規模半壊と半壊の方が低くなっ ていることがわかる(全壊で解体率 79%,大規模半壊で 67%,半壊で 50%).2004 年 10 月の中越地震で被災し た虫亀集落では,被害別の住家修復率について,全壊住 家 27%(10/36 棟),大規模半壊 67%(22/33 棟),半壊 7%(4/57 棟)と報告 1) されているように,むしろ「半壊」 の方が解体比率が高い事例もあり.特に青倉集落における 半壊 9 棟をいかに修理再建していくか,注視していく必 要があろう. 同じく図 2 は小滝集落の住家再建状況である.り災証 明資料が入手できなかったため,現地調査のみに基づい ている.小滝でも 4 棟の住家解体が確認された.また非 住家として集落共同で経営してきた牛舎も被災に伴い解 体され,再開の目処は立っていない.集落景観に加えて, 集落の産業構造も変化することが推察される. 被災住家の実測調査結果の一例として,図 3 は青倉集 落で明治末期に建設され今回の震災で半壊と認定された 農家住家の1階平面図である.寝ること食べることに加 え,農作業の場が大きく屋内に確保されていた.震災被 害としては,寝室と座敷に床面の不同沈下と土壁にクラッ クが見られた.また昭和 30 年代には 9 人が暮らしていた が,発災時は 70 代女性 1 人暮らしであった. 実測調査から,対象集落における農家住家の基本的な 間取りは,土間・居間・客間を3分割し、客間の背面に 寝室を設ける「三間取平面」間取り構成が多く,土間に は内厩が確保され,土間は玄関に張り出した中門造となっ ていることがわかった.屋根は茅葺にトタン掛けの寄棟造 が多く,妻側屋根の勾配が左右で異なる建物が多い傾向に ある.おそらく棟の両端の通りを部屋間仕切りの通りに揃 えることで構造的な強度を保とうとしたこと,土間上には 冬場の燃料を保管し,土間側屋根勾配を起こし屋根裏の有 効利用を図ったことが理由と推察される. 4. 栄村震災復興計画の策定中途経緯 栄村では,震災復興計画策定のため,2012 年 2 月 15

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Page 1: AIJ2012 Sakae Ichiko

長野県北部地震栄村における農村集落の被災状況と修理再建に向けた課題—被災古民家の利活用修復を核とした集落総体復興モデルの探求(その 1)—

                              正会員 ○市古 太郎 1*,渡邉高章 2*,志岐祐一 3*

長野県北部地震,長野県栄村,中山間地域,集落復興,住まい再建

A report of disaster reaction and preliminary activities for housing recovery in Sakae village, Nagano from a M6.7 earthquake (12/3/2011)

Taro ICHIKO

表 1 青倉集落 り災証明被害別修理再建状況(2012 年 4 月 2 日)栄村役場り災証明調査結果

建物解体 応急対応,修理完了建物

小計新築完成 空地

全壊 2 棟 9 棟 3 棟 14 棟

大規模半壊 0 棟 4 棟 2 棟 6 棟

半壊 4 棟 5 棟 9 棟 18 棟

1. 長野県北部地震における栄村での被害と再建の概要 2011 年 3 月 12 日,東日本大震災発生から約 11 時間後の 3時 59 分.長野県北部を震源とするM6.7 の地震が発生し,長野県栄村(人口 2,348 人,924 世帯,2011 年3月住基台帳)では,直接的な死者はゼロだったものの(その後,災害関連死として 3名),住家全壊 33 棟(非住家156 棟),住家半壊 169 棟(非住家 134 棟),中条川の土石流や旧国道 117 号中条橋の落橋といった道路河川の被害,水田を中心とした 66ha におよぶ農地被害が生じた.全村民の 65%にあたる 1,519 人が村内 7箇所の避難所で避難生活をおくった. 被災した住家は,田の字型プランを基本とした明治末期から大正昭和にかけて建築された農家住宅が多く含まれ,水耕栽培と生活とが住家で一体的な機能を有していた.一体的な機能とは,住家まわりに「たね」(住家周りにある池のこと.養苗の場であり,夏場は冷蔵庫にもなる),農業生活用水路,季節毎に移り変わる家庭菜園といった「なりわい(生計)資源」を有することを意味し,これらは「田なおし」の伝統で整備維持されてきた空石積擁壁など「生活景」資源にもつながっている.住家とあわせて,これらの資源を復元・活用していくことが,栄村の集落復興には求められよう. 栄村の復興でもう一つ注目されるのは,地元住民をメンバーとするNPO組織が,発災前から村おこしに取り組み,復旧復興にも尽力している点である.山口ら 1)は中越地震虫亀集落における「地元外 NPO」の果たした役割について,実際の住家修理にコミットした事例は少ないとしつつも,その意義について評価しているが,発災前から信頼関係を有する地元NPO組織が果たす役割は,復興まちづくり研究の視点からも注目されよう. そこで本研究では,被害の集中した 2つの集落(青倉と小滝)における住家被害状況と修理再建に向けた課題について報告したい.2. 首都大グループの栄村復興支援調査活動について 首都大学東京では,地元建築家とも協力して栄村復興支援チームを結成し,集落復興に資する調査活動に取り組んでいる.2011 年 4月 8日の初動調査にはじまり,5月2-3 日の被災古民家実測調査,7月の仮設住宅生活状況調査,11 月の積雪対応応急修理作業,2012 年 4 月の住家再建実態調査等が実施されてきた.本研究の内容はこの調査活動に基づいている.3. 青倉と小滝集落における住家被災と建物解体状況 表 1は発災から 1年目の 2012 年 4 月 2日時点での再建修理実態を調査した結果を,行政資料であるり災証明調査結果と GIS 上で照合し,クロス集計したものである.

全壊 14 棟のうち,11 棟が建物解体され,そのうち 2棟は新築再建,また 3棟は外観上は修理完了となっている.また建物解体比率は,大規模半壊と半壊の方が低くなっていることがわかる(全壊で解体率 79%,大規模半壊で67%,半壊で 50%).2004 年 10 月の中越地震で被災した虫亀集落では,被害別の住家修復率について,全壊住家 27%(10/36 棟),大規模半壊 67%(22/33 棟),半壊7%(4/57 棟)と報告 1)されているように,むしろ「半壊」の方が解体比率が高い事例もあり.特に青倉集落における半壊 9棟をいかに修理再建していくか,注視していく必要があろう. 同じく図 2は小滝集落の住家再建状況である.り災証明資料が入手できなかったため,現地調査のみに基づいている.小滝でも 4棟の住家解体が確認された.また非住家として集落共同で経営してきた牛舎も被災に伴い解体され,再開の目処は立っていない.集落景観に加えて,集落の産業構造も変化することが推察される. 被災住家の実測調査結果の一例として,図 3は青倉集落で明治末期に建設され今回の震災で半壊と認定された農家住家の1階平面図である.寝ること食べることに加え,農作業の場が大きく屋内に確保されていた.震災被害としては,寝室と座敷に床面の不同沈下と土壁にクラックが見られた.また昭和 30年代には 9人が暮らしていたが,発災時は 70代女性 1人暮らしであった. 実測調査から,対象集落における農家住家の基本的な間取りは,土間・居間・客間を3分割し、客間の背面に寝室を設ける「三間取平面」間取り構成が多く,土間には内厩が確保され,土間は玄関に張り出した中門造となっていることがわかった.屋根は茅葺にトタン掛けの寄棟造が多く,妻側屋根の勾配が左右で異なる建物が多い傾向にある.おそらく棟の両端の通りを部屋間仕切りの通りに揃えることで構造的な強度を保とうとしたこと,土間上には冬場の燃料を保管し,土間側屋根勾配を起こし屋根裏の有効利用を図ったことが理由と推察される.4. 栄村震災復興計画の策定中途経緯 栄村では,震災復興計画策定のため,2012 年 2 月 15

Page 2: AIJ2012 Sakae Ichiko

*1 首都大学東京 都市環境科学研究科 都市システム科学域*2 株式会社玄海キャピタルマネジメント*3 日東設計事務所

*1 Tokyo Metropolitan University*2 GENKAI Capital Management Co., Ltd.*3 NITTO Architects& Engineers inc.

60 0 6030 m

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全壊   →修理ないし応急対応    3棟     →解体未再建        9棟     →新築再建         2棟大規模半壊→修理ないし応急対応    2棟     →解体未再建        4棟     →新築再建         0棟半壊   →修理ないし応急対応    9棟     →解体未再建        5棟     →新築再建         4棟

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凡 例

非住家建物

謝辞 栄村での現地調査にあたっては,NPO 栄村ネットワークに多くの支援をいただいた.また首都大栄村復興支援チームとして,宮川和工氏(伊藤平左ェ門建築事務所),桜井健也氏 木村美瑛子氏(オリエンタルコンサルタンツ)も共同で調査に従事した.引用文献1)山口実里,福留邦洋,岡崎篤行(2008)中山間地における震災被災住宅の修復過程と専門家の役割 : 新潟県中越地震における旧山古志村虫亀集落を事例として,日本建築学会技術報告集 14(28),pp.573-5762)論文 1) に対する塩崎賢明氏の評論,日本建築学会技術報告集 14(28),p.705

特記事項 訂正月日

図 面 名

工事名称 設計番号

縮 尺

提出日

日 付

御承認日

製図担当

御承認印

検 印

図面番号

1: 1:

60 , 71

宮川

出図 2011,

首都大学東京100小滝青倉Met.プロジェクトT O K Y O M E T R O P O L I T A N U N I V E R S I T Y

3 , 0 3 0 3 , 9 3 9 3 , 6 3 6 3 , 6 3 6

1 4 , 2 4 1

909

2,72

790

94,

545

1,81

81,

818

1,81

8

8,18

1

1 , 0 6 1 1 , 9 7 0 2 , 1 2 1 9 0 9 9 0 9 9 0 9

5,45

4

7 , 8 7 8 6 , 3 6 3

2,12

16,

363

1,81

85,

454

イタマ

所面洗キタタ

仏壇床の間

0 1 2 3 6 9 尺

0 0 . 5 1 2 2 . 5 M

R T さ ん宅  現況平面図

栄村0502調査 図3 2栄村復興支援チーム

実測では、柱間のズレはありますが、定尺にて作図してあります。

ダイドコロ

イマ ザシキ

シンシツ

100 0 10050 m

大被害  →修理ないし応急対応    4棟     →解体未再建        6棟     →新築再建         0棟中被害  →修理ないし応急対応    13棟     →解体未再建        0棟     →新築再建         0棟小+無被害 →修理ないし応急対応    25棟     →解体未再建        1棟     →新築再建         0棟

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凡 例

※小滝では非住家も含む

図 1 青倉集落における住家被害と修理・解体・新築再建状況

図 2 小滝集落における住家被害と修理・解体・新築再建状況

日に第 1回復興計画策定委員会が開催された.概ね全 5回開催し,8月に最終案提言が予定されている.策定委員会の他に村民意向調査(2012 年 1 月),集落別村民懇談会(各集落 2回づつ)といった意見反映の場を経て,村役場内の組織である栄村震災復興本部で 2012 年 10 月に復興計画策定が予定されている. 住宅再建に関しては,①自力再建資金融資,②復興公営住宅建設が基本方針に盛り込まれ,復興公営住宅は 2011年 6月の仮設住宅入居者および村外避難者 102 世帯への意向アンケート,9月の入居希望者への聞き取り調査を踏まえ,第3回委員会(2012 年 4 月 4日)で 8集落に 34戸を建設する計画案が示された.2012 年 12 月に完成入居が予定されている. 住家以外の集落整備方針として「防災力強化となる地域資源を活かした集落整備」を基本方針に農地施設と道

路の復旧が事業項目化されていることに加え,「道路、水路等の共同作業の維持・支援体制の整備」や「集落の生活や生産の結果として形成された風土や文化的景観の保全」といった取り組みについても検討がなされている.5. 古民家再建を核とした集落総体復興に向けて 発災 1年時点での栄村の 2つの集落の住家被災と再建状況について報告してきた.半壊認定で解体された農家住家が確認されたが,塩崎が指摘する「必要以上の除去ではなく,可能な限り修理によって住家復興を遂げる」2)という住宅再建原則は,図 3に示したような集落の重要な生活景資源でもある古民家が被災した栄村の集落復興において,住宅再建に留まらない意味をもっていると言える.被災古民家修理のさらなる支援が求めれよう. また「元に戻すだけではだめ」という声も村民リーダーからは聞かれる.たとえば,震災を契機に子ども世帯が高齢の親を引き取り,空き家化し,修理に躊躇しているケースに対し,古民家を宿泊場所や I ターン暫定受け入れ先としてリノベーションすることがNPOを中心に検討されている.栄村の資源を活かした「集落総体復興」の可能性が模索されている.

図 3 青倉集落での半壊古民家の 1 階実測平面図