―血圧管理を考慮した早期離床方法の検討―kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/p2-4.pdf ·...

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― 63 ― 【 目的 】 脳卒中治療ガイドライン 2015 において、高血圧は脳 卒中とりわけ脳内出血の最大の危険因子である(エビデンス レベル2)。一方、廃用症候群を予防し早期に日常生活の向 上と社会復帰を図るためには、十分なリスク管理のもとにで きるだけ発症早期から積極的なリハビリテーション(以下、 リハビリ)を行うことが強く勧められている(グレードA)。 しかしながら、高血圧性脳出血(以下、脳出血)後の早期離 床において、血圧管理の不良が血腫増大の要因であると報告 もされている(大野、1997)。今回、高度肥満体型の脳出血 症例に対して、体型や動作における血圧変動を考慮すること で、再出血や合併症を発症することなく早期離床が可能と なったため報告する。 【 症例紹介 】症例は右被殻出血により左運動麻痺と感覚障害 を呈した40歳代の男性である。20XX 年5月、左運動麻痺 と感覚障害、呂律困難が出現し当院へ緊急搬送。頭部 CT よ り右被殻出血(2.6 ㎝×1.7 ㎝)の診断を受け、初期治療は点 滴による降圧療法を中心とした保存的治療となった。発症前 の情報より体重 120 ㎏、腹囲 130 ㎝、BMI41.52 ㎏/m 2 (肥満 度4)と高度肥満、高血圧症により収縮期血圧(以下、SBP) が 180 ㎜Hg 台であり降圧薬を内服していた。その他の既往 歴は糖尿病、睡眠時無呼吸症候群(以下、SAS)であった。 主治医より SBP130-160 ㎜Hg の範囲での血圧管理と Tilt- Up(以下、T-up)60°までの安静度の指示を受けた。介入時 の理学療法所見は、GCSE4-V5-M6, SIAS-Motor3~4、 感覚は麻痺側上下肢が軽度鈍麻、病的反射陰性、Trunk Control Test (以下、TCT)は50/100点だが安静度内の実 施項目は満点、ベッド上動作は自立であった。本症例の血圧 変動の特徴としては、ベッド柵を使用した寝返りや起き上が り動作を努力的に行うため、顔面紅潮(以下、紅潮)となり SBP30-40 ㎜Hg 程度の上昇があった。急性期における本人 の HOPE は、トイレで排泄がしたい。 【 説明と同意 】本発表は、ヘルシンキ宣言に従い被験者に対 して、研究内容を紙面および口頭にて説明し、同意を得た。 なお本発表は、当院臨床研究審査委員会(番号1746)に承認 されている。 【 経過 】理学療法の方針は、廃用症候群の予防と本症例の高 度肥満体型と血圧変動を考慮した早期離床とした。2 病日目 より理学療法を開始しとなるが、本症例はベッド上仰臥位で は腹部の膨張感を訴え、紅潮となり安静時 SBP160-170 ㎜ Hg と指示範囲を超えた。そこで血圧管理と夜間時の SAS も考慮し安静姿勢を T-up20°仰臥位にすることで、安静時 SBP130-150 ㎜Hg で夜間時の SAS によるバイタルサインの 変動無く経過できた。3 病日目、降圧剤の投与量は減量とな り、リハビリのみ車いす乗車の許可を受けた。本症例が努力 的な動作にならないようにベッドリモコンを利用しながら、 T-up60°座 位 を 経 由 し 端 座 位 ま で 実 施 し た。 し か し、 T-up40°座位で腹部の圧迫感を訴え、端座位時には脈拍の 上昇や SBP170-180 ㎜Hg と指示範囲を超えた。そこで、 T-up40°で胡坐座位となり腹部の圧迫感を軽減させながら 端座位になることで、端座位時には SBP140-150 ㎜Hg と指 示範囲内になった。5病日目より T-up20°仰臥位から端座 位までの一連の動作が SBP140 ㎜Hg 台で経過したため、血 圧指示の範囲内で車いす乗車まで進めることが可能となった。 その際の移乗動作も、セラピストが立ち上がりの離殿を過介 助で誘導することで、体幹前傾による腹部の圧迫感や紅潮を 認めずに車いすへ移乗が実施できた。また車いす座位は T-up 座位より腹部の圧迫感が軽減し、姿勢の崩れや血圧変 動も少なかったため、車いす乗車の延長を図った。9 病日目、 降圧剤が点滴から内服薬へと切り替わり、安静度は病棟生活 においても車いす乗車の許可を受けた。11病日目からは SBP150 ㎜Hg 台と指示範囲内でトイレでの排泄が可能と なった。15 病日目、急性期における本人の HOPE は達成し 回復期病棟へ転棟となった。最終時の理学療法所見は SIAS-Motor4 ~ 5、感覚は麻痺側上下肢が軽度鈍麻、TCT は 100/100 点、基本動作は SBP140-150 ㎜Hg の血圧指示範 囲内で起居動作が自立、移乗動作が見守り、車いす座位の耐 久性が 2 時間程度可能となった。 【 考察 】本症例は介入初期より画像、年齢、運動麻痺、体幹 機能からも予後は良好と評価できた。しかし、高度肥満体型 であり安静時 SBP180 台と血圧の指示範囲を超えていた。ま た脳出血の再発例の 33% は発症後 14 日以内にみられると報 告されている(橋本、1992)。そこで、本症例の体型や動作 における血圧変動を考慮することで、早期離床が可能になっ たと考えられる。 【 理学療法としての意義 】急性期の脳出血において、患者自 身の病態だけでなく体型や動作における血圧の変動を考慮し、 早期離床を図ることが重要であると考えられる。 高度肥満体型の高血圧性脳内出血一症例における急性期理学療法 ― 血圧管理を考慮した早期離床方法の検討 ― ○島袋 尚紀 ( しまぶくろ なおき ) 1) ,中野 佳樹 1) ,辻内 名央 1) ,高橋 務 2) 1 )独立行政法人 地域医療機能推進機構 星ヶ丘医療センター リハビリテーション部, 2 )独立行政法人 地域医療機能推進機構 星ヶ丘医療センター 脳卒中内科 Key word:高血圧性脳内出血,血圧管理,早期離床 ポスター 2 セッション  [ 内部障害 ] P2- 4

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Page 1: ―血圧管理を考慮した早期離床方法の検討―kinki57.shiga-pt.or.jp/pdf/p2-4.pdf · 度4)と高度肥満、高血圧症により収縮期血圧(以下、SBP)

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【目的】 脳卒中治療ガイドライン2015において、高血圧は脳卒中とりわけ脳内出血の最大の危険因子である(エビデンスレベル2)。一方、廃用症候群を予防し早期に日常生活の向上と社会復帰を図るためには、十分なリスク管理のもとにできるだけ発症早期から積極的なリハビリテーション(以下、リハビリ)を行うことが強く勧められている(グレード A)。しかしながら、高血圧性脳出血(以下、脳出血)後の早期離床において、血圧管理の不良が血腫増大の要因であると報告もされている(大野、1997)。今回、高度肥満体型の脳出血症例に対して、体型や動作における血圧変動を考慮することで、再出血や合併症を発症することなく早期離床が可能となったため報告する。

【症例紹介】 症例は右被殻出血により左運動麻痺と感覚障害を呈した40歳代の男性である。20XX 年5月、左運動麻痺と感覚障害、呂律困難が出現し当院へ緊急搬送。頭部 CT より右被殻出血(2.6 ㎝×1.7 ㎝)の診断を受け、初期治療は点滴による降圧療法を中心とした保存的治療となった。発症前の情報より体重120 ㎏、腹囲130 ㎝、BMI41.52 ㎏/m2(肥満度4)と高度肥満、高血圧症により収縮期血圧(以下、SBP)が180 ㎜Hg 台であり降圧薬を内服していた。その他の既往歴は糖尿病、睡眠時無呼吸症候群(以下、SAS)であった。主治医より SBP130-160 ㎜Hg の範囲での血圧管理と Tilt-Up(以下、T-up)60°までの安静度の指示を受けた。介入時の理学療法所見は、GCSE4-V5-M6, SIAS-Motor3~4、感覚は麻痺側上下肢が軽度鈍麻、病的反射陰性、Trunk Control Test(以下、TCT)は50/100点だが安静度内の実施項目は満点、ベッド上動作は自立であった。本症例の血圧変動の特徴としては、ベッド柵を使用した寝返りや起き上がり動作を努力的に行うため、顔面紅潮(以下、紅潮)となりSBP30-40 ㎜Hg 程度の上昇があった。急性期における本人の HOPE は、トイレで排泄がしたい。

【説明と同意】 本発表は、ヘルシンキ宣言に従い被験者に対して、研究内容を紙面および口頭にて説明し、同意を得た。なお本発表は、当院臨床研究審査委員会(番号1746)に承認されている。

【経過】 理学療法の方針は、廃用症候群の予防と本症例の高度肥満体型と血圧変動を考慮した早期離床とした。2病日目より理学療法を開始しとなるが、本症例はベッド上仰臥位では腹部の膨張感を訴え、紅潮となり安静時 SBP160-170 ㎜

Hg と指示範囲を超えた。そこで血圧管理と夜間時の SASも考慮し安静姿勢を T-up20°仰臥位にすることで、安静時SBP130-150 ㎜Hg で夜間時の SAS によるバイタルサインの変動無く経過できた。3病日目、降圧剤の投与量は減量となり、リハビリのみ車いす乗車の許可を受けた。本症例が努力的な動作にならないようにベッドリモコンを利用しながら、T-up60°座位を経由し端座位まで実施した。しかし、T-up40°座位で腹部の圧迫感を訴え、端座位時には脈拍の上昇や SBP170-180 ㎜Hg と指示範囲を超えた。そこで、T-up40°で胡坐座位となり腹部の圧迫感を軽減させながら端座位になることで、端座位時には SBP140-150 ㎜Hg と指示範囲内になった。5病日目より T-up20°仰臥位から端座位までの一連の動作が SBP140 ㎜Hg 台で経過したため、血圧指示の範囲内で車いす乗車まで進めることが可能となった。その際の移乗動作も、セラピストが立ち上がりの離殿を過介助で誘導することで、体幹前傾による腹部の圧迫感や紅潮を認めずに車いすへ移乗が実施できた。また車いす座位はT-up 座位より腹部の圧迫感が軽減し、姿勢の崩れや血圧変動も少なかったため、車いす乗車の延長を図った。9病日目、降圧剤が点滴から内服薬へと切り替わり、安静度は病棟生活においても車いす乗車の許可を受けた。11病日目からはSBP150 ㎜Hg 台と指示範囲内でトイレでの排泄が可能となった。15病日目、急性期における本人の HOPE は達成し回復期病棟へ転棟となった。最終時の理学療法所見はSIAS-Motor4~5、感覚は麻痺側上下肢が軽度鈍麻、TCTは100/100点、基本動作は SBP140-150 ㎜Hg の血圧指示範囲内で起居動作が自立、移乗動作が見守り、車いす座位の耐久性が2時間程度可能となった。

【考察】 本症例は介入初期より画像、年齢、運動麻痺、体幹機能からも予後は良好と評価できた。しかし、高度肥満体型であり安静時 SBP180台と血圧の指示範囲を超えていた。また脳出血の再発例の33% は発症後14日以内にみられると報告されている(橋本、1992)。そこで、本症例の体型や動作における血圧変動を考慮することで、早期離床が可能になったと考えられる。

【理学療法としての意義】 急性期の脳出血において、患者自身の病態だけでなく体型や動作における血圧の変動を考慮し、早期離床を図ることが重要であると考えられる。

高度肥満体型の高血圧性脳内出血一症例における急性期理学療法―血圧管理を考慮した早期離床方法の検討―

○島袋 尚紀(しまぶくろ なおき)1),中野 佳樹1),辻内 名央1),高橋 務2)

1)独立行政法人 地域医療機能推進機構 星ヶ丘医療センター リハビリテーション部, 2)独立行政法人 地域医療機能推進機構 星ヶ丘医療センター 脳卒中内科

Key word:高血圧性脳内出血,血圧管理,早期離床

ポスター 第2セッション [ 内部障害 ]

P2-4