8.バイオディーゼルに係わる試験法の開発に関す …...1...
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8.バイオディーゼルに係わる試験法の開発に関する調査
(社)全国石油協会 品質管理事業部 新木一義
1.調査の目的・背景 動植物由来の油脂をメチルエステル化したバイオディーゼル燃料(以下BDF)を軽油
に混合し一般のディーゼル車に使用した場合に、現在の品質確保法(以下品確法)体系の
中で行われている消費流通末端で品質管理を行うには、まず、軽油中のBDFおよび廃食
油等未反応の油脂の混入を識別しなければならない。本研究では、軽油中のBDFおよび
油脂を確認する簡易で有効な分析試験方法としてのスクリーニング分析方法の開発と、B
DF混合軽油のJIS規格試験方法への影響の確認を目的に検討を行った。スクリーニン
グ分析方法としてはIR法、HPLC法およびGC法を検討した。 2.調査の内容・結果・成果 2.1 IR法 EN14078:20031)を参考にして検討した。当初の実施計画では BDFと油脂を独立した試験
法として検討を計画していたが、IR法では BDFと油脂の識別ができないことを確認したの
で、軽油中のエステル化合物スクリーニング法として検討した。また、最小検出量(検出
下限値)、検量線の直線性等の結果が、良好であったので、フローセルを用いた自動化を検
討した。
2.1.1 実験
(1) 分析条件
装置:FTIR-8400 ㈱島津製作所製
セル:KBr セル長:0.5mm
試薬:シクロヘキサン 特級 純度 99.5%以上
:標準脂肪酸メチルエステル(以下 FAME)
オレイン酸メチル標準品 純度 99.0%以上
リノール酸メチル 純度 99.0%以上
:標準トリグリセライド(以下TG)
トリオレイン 純度 80.0%以上
トリリノレイン 純度 95.0%以上
試料:廃食油 使用後の廃棄食用油を回収したもの
BDF 回収廃食油をメチルエステル化して精製したもの
POM パーム油をメチルエステル化して精製したもの
(2) 試料の調製及び操作手順
(イ) 試料の調製:標準物質及び試料はシクロヘキサンで希釈してからIRスペクトル
を測定した。飽和脂肪酸とそのトリグセライド及びパーム油は融点が高く、室温で
固体であるため加温して液体状態にしてから調製、測定した。なお、図1にオレイ
ン酸メチルスペクトルデータ例を示した。
2
(ロ) 操作手順:
① シクロヘキサンのみのIRを測定する。
↓
② シクロヘキサンで希釈した試料のIRを測定する。
↓
③ ②-①の減算処理を行う。
↓
④ 1745cm-1前後のエステル結合の吸光度(以下 ABS)を読みとる。
補正なし:③の減算のみ
補正あり:③の減算後のスペクトルに 1670 cm-1から 1820 cm-1のベースラインを
引いて吸光度を求める。(EN法)
図1オレイン酸メチル 0.63g/Lの減算されたスペクトルデータ
2.1.2 結果
(1) エステル結合の検出波数と直線性
図2に標準 FAME、図3に標準TGの濃度と吸光度の関係の一例を示した。標準 FAMEの
エステル結合の検出波数は 1748~1749 cm-1であった。また、標準 TGのエステル結合の検
出波数は 1748~1751 cm-1と、標準 FAMEよりもほぼ 1~2 cm-1ほど高波数側へシフトして
いるが、その差は小さく、FAMEとTGのエステル結合の検出波数の差を識別することは困
難であった。標準 FAME及び標準TGともに直線性は良好であり、また、減算後のスペクト
ルに 1670 cm-1から 1820 cm-1のベースラインを引いて吸光度を求めるベースライン補正に
より回帰式の切片が小さくなり、低濃度領域では補正の効果が大きくなった。
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オレイン酸メチル
補正あり
y = 0.1085x + 0.0341
R2 = 0.9999
補正なし
y = 0.1087x + 0.0504
R2 = 0.99990.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0
濃度(g/L)
吸光
度(a
bs)
リノール酸メチル
補正ありy = 0.1078x + 0.0273
R2 = 0.9999
補正なしy = 0.11x + 0.035
R2 = 0.9999
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0
濃度(g/L)
吸光
度(a
bs)
図2 標準脂肪酸メチルエステルの濃度と吸光度の関係(例)
トリリノレイン
補正ありy = 0.0856x + 0.0339
R2 = 1
補正なしy = 0.0869x + 0.0468
R2 = 1
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0
濃度(g/L)
吸光
度(a
bs)
トリオレイン
補正ありy = 0.0911x + 0.0266
R2 = 1
補正なしy = 0.0921x + 0.0391
R2 = 1
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0
濃度(g/L)
吸光
度(a
bs)
図3 標準トリグリセライドの濃度と吸光度の関係(例)
(2) BDFの回収率と検量線用標準物質の選択
軽油に BDFを混合して試料を調製し、各標準 FAME溶液で作成した検量線を用いて試料
中のBDF量の回収率を検討した。結果を図4に示した。回収率はオレイン酸メチルを検
量線用標準物質とした場合が、最も 100%に近かった。これは分析に供した BDF組成中に
オレイン酸メチル(45.0%)が最も多かったためと考えられるが、ステアリン酸メチルと
リノール酸メチルを用いた場合も同様に良好であった。
一方、軽油に廃食油を混合した試料について各標準TG溶液で作成した検量線を用いて
試料中の廃食油量の回収率を検討した。結果を図5に示した。トリオレインを標準物質と
した場合が最も回収率が 100%に近かったが、オレイン酸メチルを標準とすると回収率は
15%程度低くなった。
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80.0
90.0
100.0
110.0
120.0
130.0
140.0
150.0
0.624 1.249 2.497 4.995 9.989
濃度(g/L)
回収
率(%
) パルミチン酸メチル
ステアリン酸メチル
オレイン酸メチル
リノール酸メチル
リノレン酸メチル
図4 軽油中の BDFの濃度と回収率の関係(IR法)
80.0
85.0
90.0
95.0
100.0
105.0
110.0
115.0
120.0
0.628 1.255 2.511 5.021 10.043
混合量(g/L)
回収
率(%
)
トリパルミチン
トリステアリン
トリオレイン
トリリノレン
図5 軽油中の廃食油の濃度と回収率の関係(IR法)
(3) 自動化の検討
図6に試作したFT—IRフローセルシステムを示した。フローセル部分はKBrでセル長5mm、
オートサンプラー部分は試料60本連続測定可能であり、オートビュレット部分で試料を
吸引してフローセルに導入する。PC制御部から測定本数等の条件をすべてコントロールで
きる。
図6 FT-IRフローセルシステム
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2.2 HPLC法
2.2.1 分析条件
装置:LC-10システム ㈱島津製作所製
検出器:RID-10A (示差屈折率計検出器)
カラム:シリカゲル ZORBAX Rx-SIL (4.6×250mm,5μm)
移動相:0.4%イソプロパノール/へキサン
流速:1mL/min
カラム温度:40℃
試料注入量:5μL
2.2.2 結果
(1) 各成分の分離と保持時間
各標準 FAME、BDFと標準トリグリセライド、廃食油のクロマトグラムを図7及び図8
に示した。
図7 FAME等のクロマトグラム(注入試料濃度:1.0g/L)
図8 トリグリセライド等のクロマトグラム(注入試料濃度:3.0g/L)
各成分の保持時間は安定しており、FAMEとTGは完全に分離した。また、市販軽油25
試料を測定したところ、FAME及びTGの保持時間と重なる炭化水素ピークは認められなか
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った。
(2) BDF及び廃食油の回収率と検量線用標準物質の選択
軽油に BDF及び廃食油を混合して試料を調製し、各標準 FAME、標準TG溶液で作成した
検量線を用いて試料中のBDF量の回収率を検討した。結果を図9及び図10に示した。
IR法と比較すると回収率は全般的に低めで、BDF及び廃食油の濃度が低くなるほど回
収率も低くなる傾向が認められた。
60
70
80
90
100
110
1.35 2.7 5.41 10.8
濃度(g/L)
回収
率(%
)
パルミチン酸メチル
ステアリン酸メチル
オレイン酸メチル
リノール酸メチル
リノレン酸メチル
図9 軽油中の BDFの濃度と回収率の関係(HPLC法)
6065707580859095
100105110
1.35 2.7 5.41 10.8
濃度(g/L)
回収
率(%
)
トリオレイン
トリレノレイン
図10 軽油中の廃食油の濃度と回収率の関係(HPLC法)
2.3 GC法
2.3.1 分析条件
表1にGC分析条件を示した。FAMEについては条件1及び2で、TGについては条
件3で検討した。
装置:GC-2010型 ㈱島津製作所製、 検出器:水素炎イオン化検出器(FID)
キャリアガス:ヘリウムガス(一般用:純度 99.995%)、 試料注入量:0.5μL
カラム:SOLGEL-WAX (30M×内径 0.25mm、膜厚 0.25μm、カラム上限温度 280℃)SGE社製
UA-TRG(15M×内径0.25mm、膜厚0.1μm、カラム上限温度370℃)FRONTIER LAB社製
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表1 GC分析条件
条件 1(FAME) 条件 2(FAME時間短縮)条件 3(トリグリセライド)
カラム種類 SOLGEL-WAX UA-TRG UA-TRG
初期温度(℃) 100.0 150.0 200.0
ホールド時間(min) 1.0 0.2 0.2
レート(℃/min) 5.0 7.0 30.0
ホールド温度 1(℃) 280.0 180.0 370.0
ホールド時間(min) 5.0 0.0 4.0
レート(℃/min) - 30.0 -
ホールド温度 2(℃) - 300.0 -
ホールド時間(min) - 1.0 -
分析時間(min) 50.00 13.00 13.00
2.3.2 結果
軽油に標準FAME及びBDF、パーム油メチルエステル(以下POMと略)を添加し
た試料の分析条件1及び分析条件2のクロマトグラムを図11、図12に、また、標準T
G及び廃食油、パーム油を添加した試料の分析条件3のクロマトグラムを図13に示した。
分析条件1では5種類のFAMEを全て分離することができ、パルミチン酸メチルと
炭化水素化合物の重複する面積も小さく、定量精度も良好であることが分かった。しか
し、分析時間が50分を要するため、スクリーニング試験には適していない。分析条件
2ではオレイン酸メチルとステアリン酸メチルの分離が悪くなるが、分析時間は13分
に短縮された。
図11 標準FAMEのガスクロマトグラム(分析条件1)
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図12 標準FAME等のガスクロマトグラム(標準FAME2.5g/L、その他は10g/L)
(分析条件2)
TGについては軽油とは十分分離するがピークがブロードでピーク同士の重なりが観
察された。また、廃食油、パーム油では多数のTG化合物と考えられるピークが観察さ
れた。
図13 標準トリグリセライド等のガスクロマトグラム
(標準トリグリセライド 2.5g/L、その他は 10g/L)(分析条件3)
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2.4 スクリーニング分析4方法のまとめ
軽油中のBDF及び油脂のスクリーニング分析法としてIR法、HPLC法及びGC法
を検討した。その結果、以下のことが分かった。
(1) IR法は軽油中のBDFと油脂を分離することはできないが、両者の混合物を全エ
ステルとして検出することが可能である。
(2) HPLC法は軽油中のBDFと油脂をそれぞれ別個のグループとして分離し、両
者を同時に検出することが可能である。
(3) GC法は軽油中のBDFと油脂を同時に検出することは出来ず、それぞれ異なる
分析条件が必要である。したがって、分析時間は2倍かかることになる。一方、個々の
FAME又は個々のトリグリセライドを分離できるのでBDF又は油脂の原料の由来を
解明する方法として利用できる可能性がある。
(4) 分析時間はFAMEとトリグリセライドを別々に測定するGC法が2倍かかるこ
とを除けば各方法とも1試料あたり3~13分であり、スクリーニング法としては充分
短時間であった。また、4方法ともオートサンプラーの利用が可能であり、多数の試料
を自動的に処理するのに適している。
(5) 以上の結果にコストやメンテナンス等も含めた比較を表2に示した。これらの結
果から、今回検討した中では軽油中のBDFと油脂を分離して同時に短時間で検出でき
るHPLC法が最も優れたスクリーニング法と考えられる。
表2 軽油中の FAME、TGのスクリーニング法としての各試験方法のコスト及び精度等比較
GC法 項目 IR法
FAME 用 TG 用 HPLC 法
機器本体 352 385 385 464
オートサンプラー(自動化) 230 90 90 140 設備の概算
価格(万円) ①合計 582 475 475 604
5 年償却としての年間償却費(①/5) 116 95 95 121
分析時間(分) 3 13 13 12
処理能力 (試料数/1 時間:検量線作成等
を含まない) 16.7(注1) 4.6 4.6 5.0
一日最大処理本数(夜間運転含む)(注2) 180 100 100 110
1測定機の年間最大処理本数(夜間運転含
む) (注3) 43740 24300 24300 26730
6万件測定に必要な台数 2 3 3 3
6万件測定に必要な年間償却費(万円) 233 285 285 362
試薬、ガス シクロヘキサン He、H2、N2、Air へキサン、イソプロパノール
①(試料 1 本当り) ¥12.75 ¥5.02 ¥5.02 ¥16.70
カラム、セル、ランプ等 セル、レーザー カラム、セプタム カラム、ランプ
消耗品
②(試料 1 本当り) ¥15.56 ¥6.83 ¥6.83 ¥8.18
10
①+②ランニングコスト ¥28.31 ¥11.85 ¥11.85 ¥24.88
年間6万件測定の消耗品コスト(万円) 170 71 71 149
機器償却費を含む年間6万件測定の消耗
品コスト (万円)(注4) 403 356 356 512
メンテナンス 容易 容易 容易 容易
自動化 可能 容易 容易 容易
FAME と TG の分離 不可 FAME のみ測定 TG のみ測定 各グループとして可能
FAME と TG の同時分析 可(FAME+TG
として定量) 不可 不可 可能
0.13(FAME) 検出下限 (g/L)
1.5(エステル化
合物として) 0.31(FAME) 0.47(TG)
0.10(TG)
0.38(FAME) 感度
定量限界 (g/L) 4.4(エステル化
合物として) 0.93(FAME) 1.42(TG)
0.30(TG)
FAME(1.4~2.9) 日差変動(%)(2.5g/L 測定
時) 1.7~2.2
FAME(10.2~
15.9) TG(4.5~26.6)
TG(1.1~1.5)
FAME(0.9988~1)
精度
検量線の一致度(r2) 0.9996~0.9999 0.9558~1 0.8192~1 TG(0.9996~1)
GC法 項目 IR法
FAME 用 TG 用 HPLC 法
○ △ △ ◎
スクリーニン
グ法としての
評価
FAME と TG の合計量をエス
テル量として検出する。分離
して検出することはできな
い。感度は他の方法には劣
る。
FAME のみ測定する場合
はコスト有利。精度は劣
る。
TG のみ測定する場合は
コスト有利。精度は劣る。
軽油中の FAME と TG を分
離して短時間に同時分析で
きる。感度も良好。
○ △ △ ◎
定量法として
の可能性
EN 法としてすでに制定され
ているが、検討の結果、EN
法と同等以上の定量範囲が
得られた。
個々の FAME の定量に
適している。植物油の由
来を解明する方法として
も利用できる可能性有
り。
個々の TG の定量に適し
ている。植物油の由来を
解明する方法としても利
用できる可能性有り。
回収率の補正が必要だが、
感度も良好であり、FAME 及
び TG の同時定量法として
有望。
(注 1)バックグラウンド補正の時間を含む。
(注 2)9~17時の勤務体系として算出し、17時以降はオートサンプラ-による無人自動測定を行うものとした。
(注 3)年間243日稼動として算出した。
(注 4)GC法は FAMEと TGを別個に測定するため、両方測定する場合は、712万円になる。
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2.5 BDF混合軽油のJIS規格試験方法への影響調査
精製度の高いBDF及び精製度の低いBDFを2号軽油に容量で各々0%,5%,10%,100%
混合して試料を調製し、軽油の JIS規格試験方法への影響を検討した。また、精製度の高
いBDFにメタノールを各々0.05%,0.1%,1%添加したものについて常圧蒸留試験への影響
を検討した。なお、精製度の低いBDFはメタノール、カリウム、遊離グリセリンが高く、
EN14214:20032)の規格から外れる組成であった。精製度の高いBDFはその後の精製工程
でいずれもほとんど除去されている。その結果以下のことが分かった。
(1) 精製度の高い BDFでは 10%混合までは大きな影響はなかった。
(2) 精製度の低い BDFでは 10%混合すると残留炭素分が高くなり規格外となることが
認められた。
(3) 常圧蒸留試験へのメタノール混入の影響は大きく、含有率 0.1%でも初留点が低
下し、以後の蒸留が続かず試験停止となった。BDFは混合率 70%までは常圧蒸留試験
が可能であった。
(4) BDF混合軽油のセタン価とセタン指数は BDF30%混合から乖離し始め、混合量が増えると乖
離が大きくなったが、20%以下の混合であれば影響は小さかった。
引用文献
1) EN14078:2003 Liquid petroleum products-Determination of fatty acid methyl
ester (FAME) in middle distillates-Infrared spectroscopy method
2) EN14214:2003 Automotive fuels – Fatty acid methyl esters (FAME) for diesel
engines – Requirements and test methods