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22 看護学研究 Vol.12(2020) 看護学研究 Vol.12 22−25(2020) 《その他》 6th World Congress on Positive Psychology 参加報告記 川島 一晃 椙山女学園大学看護学部 1. IPPA・World Congress on Positive Psychologyとは? International Positive Psychology Association(IPPA)は,ポジティブ心理学における研究・ 実践・教育に携わる専門家の知見の交流の場として,2007年に設立された.その目的は,⑴ポジ ティブ心理学における研究および実証的な実践の促進,⑵学術領域を超えてポジティブ心理学に 関連する研究者・実践家・教員・学生の交流とコラボレーションの促進,⑶多様なポジティブ心 理学に関連する研究知見・実践知見の共有とされている 1) .また2000年から 2 年に 1 度の頻度で 国際会議(World Congress on Positive Psychology:WCPP)が開催され,IPPAは現在最も大 きなポジティブ心理学に関連する学術団体であると考えられる. 2. 6th World Congress on Positive Psychology (WCPP)@メルボルン 第 6 回目を迎えるWCPPは,オーストラリア・メルボルンで7/18から7/21までの4日間の日程 で開催された 2) .本大会の大会長を務めるLea Warters, PhD(写真1)は,メルボルン大学にお けるポジティブ心理学センターの創設者であり,ポジティブ心理学を子育て,教育,組織運営に 応用する研究を指揮し,その著書「Strength Switch 3) 」はポジティブな子育てに関するベストセ ラーとして知られる.今回のWCPPは,60カ国から1600名を超える参加者があり,まさに国際的 な会議であった.大会事務局によると,本邦からの参加者は100名を超えるとのことで,日本の 研究者・実践者の参加も過去最大であったことが伺える(写真2 ). 写真1 Dr. Lea Walters と 写真2 広島大学の研究グループとポスター会場入り口にて

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22 看護学研究 Vol.12(2020)

看護学研究 Vol.12 22−25(2020)

《その他》

6th World Congress on Positive Psychology 参加報告記

川島 一晃

椙山女学園大学看護学部

1. IPPA・World Congress on Positive Psychologyとは?

InternationalPositivePsychologyAssociation(IPPA)は,ポジティブ心理学における研究・実践・教育に携わる専門家の知見の交流の場として,2007年に設立された.その目的は,⑴ポジティブ心理学における研究および実証的な実践の促進,⑵学術領域を超えてポジティブ心理学に関連する研究者・実践家・教員・学生の交流とコラボレーションの促進,⑶多様なポジティブ心理学に関連する研究知見・実践知見の共有とされている1).また2000年から 2年に 1度の頻度で国際会議(WorldCongressonPositivePsychology:WCPP)が開催され,IPPAは現在最も大きなポジティブ心理学に関連する学術団体であると考えられる.

2. 6th World Congress on Positive Psychology(WCPP)@メルボルン

第 6回目を迎えるWCPPは,オーストラリア・メルボルンで7/18から7/21までの4日間の日程で開催された2).本大会の大会長を務めるLeaWarters,PhD(写真1)は,メルボルン大学におけるポジティブ心理学センターの創設者であり,ポジティブ心理学を子育て,教育,組織運営に応用する研究を指揮し,その著書「StrengthSwitch3)」はポジティブな子育てに関するベストセラーとして知られる.今回のWCPPは,60カ国から1600名を超える参加者があり,まさに国際的な会議であった.大会事務局によると,本邦からの参加者は100名を超えるとのことで,日本の研究者・実践者の参加も過去最大であったことが伺える(写真 2).

写真1 Dr. Lea Walters と 写真2 広島大学の研究グループとポスター会場入り口にて

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看護学研究 Vol.12(2020) 23

川島 一晃

3. Keynote Speech

ポジティブ心理学の提唱者として知られるMartinE.P.Seligman,PhDによる基調講演(写真 3)では,これまでの心理学研究の歴史と世界の動向に触れながら,「この半世紀の間に,世界的に見ても物質的な豊かさは遥かに向上し,生活の利便性が上昇を示す一方で,矛盾にも我々が抱える心理的・情緒的な貧困(PsychologicalPoverty)は年々深刻になってきている様相が観察される」という指摘がなされた.実際に,本邦においても「抑うつ」,「不安」,「攻撃性」といった心理学的要因が背景に想定される病理や対人関係が社会的課題として議論されている.特に若年者の死因の主要因が疾病や事故を上回り,自殺であるという事実4)

は看過できない問題であると考えられる.これらの「打開のために必要な知見はどのよ

うなものか」という問いから本国際会議は開幕した.Seligmanは,自身が提唱するwell-being理論であるPERMA5)(図 1)を例に挙げ,well-beingを構成する要素である「関係性Relationship」や「意味Meaning」がこれからの心理学研究及びその応用実践においてさらに重要なテーマになると論じた.実際,本大会において報告された研究や実践発表においても,良質な関係性,人生や生活における意味に言及する報告は少なくなかった.看護をはじめとした対人援助のフィールドにおいて,この心理的・情緒的な貧困に対応する検

討は問題の解決に密接に関連するだけではなく,その検討こそが時に援助として機能するとも言える.この関係性に関する議論は,従来から臨床心理学の実践6)において指摘されてきていることであるが,WCPPのようにwell-beingの促進を共有する学際的な学術集会において,異なる専門性を有する参加者とその重要性が共有されたことは非常に有意義であったと言えよう.

4. 本大会のプログラム及びワークショップ及び口頭発表セッション

本大会のプログラムは,「BodyandBrain」,「Emotions」,「IndividualsandFamilies」,「Meaning」,「Motivation,Well-being andCoaching」,「PositiveClinicalApplications andMentalHealth」,「PositiveEducation」,「PositiveHealthandWellness」,「Strengths」,「WorkandOrganization」「Technology」,「GlobalPerspective」といった幅広いカテゴリーにおいて,シンポジウム,口頭セッション,ワークショップなどのコンテンツが配置されて展開した.ポジティブ心理学に関する国際会議ではあるものの,参加している研究者・実践者の学術的背景は,心理学・教育学・哲学・経営学・マネジメント学など多岐にわたり,多様な意見がどのセッショ

写真3 Dr. Martin Seligman による基調講演

図1 PERMA 理論

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24 看護学研究 Vol.12(2020)

6thWorldCongressonPositivePsychology参加報告記

ン・フロアにおいても交換されていた.実際に筆者が参加したワークショップ(写真 4)のテーブルは,ヨーロッパ・インド・アメリカ・カナダ・オーストラリアから参加した研究者,実践者で構成されていた.ポジティブ心理学の知見を援用する介入技法の効果最大化を議論するテーマでディスカッションが展開したが,どの参加者からも対象のwell-beingの促進に関する鋭いコメントが提供されていた.シンポジウムでは世界的に著名な研究者・実践者の最新の研究報告が企画され,多くの参加者が最新の知見に耳を傾けていた(写真 5). 6回目のWCPPにおいては,PositiveEducationの展開が特に注目され,ポジティブ心理学が提唱されてから約20年の間の研究知見を如何に応用するかという議論が充実してきていることが伺われた.ポスター会場における筆者のポスター発表時の参加者との意見交換においても,多くの実践者(教師・カウンセラー・コーチ・コンサルタント)からの質問は,具体的にどのようにして介入の対象のwell-beingに変化をもたらすかという側面に関するものであった.IPPAの目的にあるように,学際的に根拠に基づいた実践を重視している姿勢が認められる.一方で,基礎的な研究知見について,熱心に議論する大学院生の姿も散見され,今後の研究知見の蓄積も期待された.

5. 終わりに

わずか数日間という短い会期であるものの,参加者はwell-beingというキーワードによって異なる専門性を有する多様な「仲間」として場を共有し,それぞれが対象とする人間の「持続的幸福」と「well-being」に自身の専門を通じてアプローチし,少しでも支援につなげたいとする前向きで,ポジティブな姿勢を有していた.さらに大会プログラムの様々なセッションにおいて,参加者それぞれが相互をエンパワーしており,肯定的体験が相互に好循環を生み出すことを示唆するポジティブ感情研究を反映しているようであった.本邦において援助職者のメンタルヘルスが問題とされる現状7)について考えた時,援助対象のwell-beingの促進を目的として,健康的に議論している参加者の様子から,援助する専門家自身が一定の肯定性と十分なwell-beingを生きていることの重要性が示唆された.会場であったメルボルンは「世界で最も住みたい街」と呼ばれるようであるが,会場の国際会

議場とその周辺は実に心地よい環境であった.さらに言えば,会期中,写真 6・ 7に示すように会場の上には素晴らしい青空が広がっていたのであるが,日本においてゆっくりと空を見て,心洗われるような体験を筆者自身が十分に感じて(正確には感じられるスピードで)日々を生きて

写真 5 メイン会場におけるシンポジウム風景写真 4 筆者が参加したワークショップのセッション風景

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看護学研究 Vol.12(2020) 25

川島 一晃

いるのかと会議の内外で問われたような大会参加であった.次回のWCPPは2021年にカナダのバンクーバーで開催される.

文献1) InternationalPositivePsychologyAssociationOfficialWebsite.(https://www.ippanetwork.org/about/:7月24日確認)

2) 6thWorldCongressonPositivePsychologyOfficialWebsite.(https://www.ippaworldcongress.org:7月24日確認)

3) LeaW.:TheStrengthSwitch-HowtheNewScienceofStrength-BasedParentingcanhelpyourchildandyourteentoFlourish-Avery.2017.

4) 厚生労働省 自殺対策白書 2019.(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/jisatsu/jisatsuhakusyo.html:7月24日確認)

5) Seligman,M.E.P.:Flourish-AVisionaryNewUnderstandingofHappinessandWell-being-Atria.2011.

6) 河合隼雄:心理療法序説岩波書店.1992.7) 中村美穂・古賀聡:医療領域における臨床心理士による対人援助職のメンタルヘルス支援についての検討九州大学大学院人間環境学研究院紀要,20,23-31.2019.

写真 6・7 大会会場の国際会議場と青空