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4.ナノ素材 4.1 金属ナノ素材 4.2 セラミックスナノ素材 4.3 カーボンナノ素材 4.4 自己修復材料

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4.ナノ素材

4.1 金属ナノ素材

4.2 セラミックスナノ素材

4.3 カーボンナノ素材

4.4 自己修復材料

221

4.1 金属ナノ素材

4.1.1 はじめに

近年、材料の構造・組織をナノメートルスケールで複合化し、これまで用いられてきたマイクロ

メートル以上の粒径の単相合金や複相合金では得られない様々な高機能特性を発現する新規材料が

開発されている。金属材料の特性は、その微細組織によって敏感に変化する。近年、微細組織がナ

ノスケールにまで制御されたナノ組織材料において、従来の金属材料では実現できなかった優れた

特性が発現することが見いだされている。また、液体を融点以下に冷却した過冷却液体からの結晶

の核生成・成長制御により様々なナノ構造複合材料を作成する研究が極めて活発に行われている。

また、金属ナノ粒子の研究は長い歴史がある。最近では,フラーレン、ナノチューブの発見を契機

にナノテクノロジーの重要さが指摘され、再びナノ粒子研究にも注目が集まることになった。ナノ

粒子を単位とした着色材料、金属ペースト、センサ薄膜等の応用・実用化も進んでいる。金属クラ

スタは、1 個の原子や分子あるいは固体・液体と異なる機能物質の発見に繋がる可能性が高く、現

在では物質の組成、構造、組織を原子・分子レベルで制御できるようになっている。 4.1.2 研究状況

(1)金属ナノ組織制御

金属材料では、展伸アルミニウム合金における溶質原子のナノサイズで析出による時効硬化や鉄

鋼材料におけるナノ析出物を利用した高強度化など、ナノ析出物を利用している。相変態による自

己組織化を活用したナノ組織制御は、構造材料のみならず磁性材料などの機能性金属材料でも古く

から利用された方法である。最近、ナノスケールの原子クラスタや析出物を定量的に評価できる高

性能の電子顕微鏡や 3 次元アトムプローブなどの新しい材料解析手法がナノ組織金属の研究に用い

られるようになり、定量的ナノ組織評価の結果に基づいて理解することが出来るようになってきた。

さらに、計算材料科学の発展により、相変態や加工によるナノ組織形成を予測することもできるよ

うになってきたため、ナノ組織材料の開発がかなり効率良く行える環境が整ってきた。今後「ナノ

組織」制御を「ナノ解析」と「ナノ組織計算予測」を用いて行えば、次世代の高い要求に応えられ

る金属系材料の開発が期待できる。より微細な結晶粒を実現したり従来にないナノ組織を創製する

ために、きわめて急速な凝集・凝固反応を使って極めて非平衡組織を作ったり、従来の手法では考

えられなかったような大きい加工ひずみを加えるなど、新しい手法によるナノ組織制御が試みられ

ている。現在までに、①He ガス中で金属を蒸発させ凝集させたナノ粒子を液体窒素で冷却した基板

に堆積させ、そこから掻き取ったナノ微粉末を固化成形することによりナノサイズの結晶粒から構

成されるナノ結晶金属を作製する技術、②電気メッキ法や無電解メッキ法を用いると比較的簡便に

ナノ結晶金属を作製する技術、③高いひずみで塑性加工を加え結晶粒や 2 相組織を微細化し超高強

度を得る技術、④Cu に Nb, Cr, Ag などの固溶しない元素を添加して 2 相組織を作りそれを線引き加

工してナノ複合組織として高強度と導電性を兼ね備えた導線の製造技術、⑤メカニカルアロイング

やメカニカルミリングによって平衡状態で固溶しない元素同士でも合金を作ったり、ナノスケール

の酸化物を分散させたりする技術、⑥粉末作製から固化するまでの間大気に曝さない高清浄雰囲気

クローズド P/M システムを用いるナノ結晶 Mg 合金の開発、⑦Co-Al や Co-Si など酸素と親和力の

強い元素を含む合金を酸素中でスパッターしたり蒸着したりすると、Co などの強磁性ナノ粒子がア

モルファス酸化物中に分散されたナノグラニュラー組織を形成する技術、⑧スパッター法や分子線

エピタキシー法を使って金属多層膜を作製し新規な磁気特性や高強度を備えたコーティング材料製

造技術、⑨電子ビーム溶解で大量に金属を蒸発させて基板に金属を堆積させる連続蒸着法で 2 mm程度のアルミニウム合金の薄板を製造するプロセスなどが開発されている。 (2)ナノ構造複合材料

ナノメートルスケールで構造・組織を制御したナノ構造複合材料を作り出すためには、材料分野

で長年用いられてきた通常の溶解法で得た鋳塊を加工・熱処理する作成プロセスでは極めて困難で

あり、特別な作製方法を用いる事が必要である。この方法として、スパッター法や真空蒸着法等の

気相凝縮法、単ロール法、双ロール法、高圧ガス噴霧法等の液相の急速凝固法、メカニカルアロイ

222

ングやメカニカルグラインデイング等の固相反応法、及び溶液中での化学反応析出を利用する方法

がある。これらの方法は、得られる材料形状、組成、特性、作製に要する時間や経費などにおいて

それぞれ長所、短所を持っており、これらの点を充分に把握してナノ構造複合材の作製を行う必要

がある。液体を融点以下に冷却した過冷却液体からの結晶の核生成・成長制御により様々なナノ構

造複合材料を作成する研究が極めて活発に行われており、ナノ構造複相材料が薄帯からバルクまで

の広範な形状で作り出されている。バルク金属ガラスの機械的性質の特徴である高強度、高弾性伸

びは成分に関係なくほとんど全ての合金系で得られている。高強度特性の外に、Fe 基や Co 基では

優れた軟磁性を発現する。また、Fe 基、Ni 基、Zr 基, Ti 基等のガラス合金では、Cr, Mo, Nb, Ta 等の元素を添加した場合、353-373K の 1 規定硫酸中などにおいても極めて優れた耐食性を示す。さら

に、バルク金属ガラスを加熱した場合、結晶化前にガラス遷移とそれに続いて過冷却液体域が現れ、

理想的な超塑性を発現し 180 万%に達する大きな伸びが得られている。ニュートン粘性を利用した

インプリント加工により、金属ガラスはナノメートルスケールでの表面平滑性や優れた転写加工性

を示す事が明らかにされている。バルク金属ガラスでは Zr 基や Ni 基合金がスポーツ用具、光ファ

イバ用接続端子、圧力センサ、コリオリ力流量計センサ、スプリング、微小高トルクモーター用歯

車、プラスチックレンズ用金型等に、Fe 基合金は、圧粉磁心としてチョークコイル、ノイズフィル

ター、電磁気遮蔽用シール等に、さらにショットピーニング用ボールとして実用中あるいは実用化

の最終段階にある。ナノ結晶合金では Fe 基ナノ結晶軟磁性合金はスイッチング用コイル、チョーク

コイル等に使用されている。また、Al 基ナノ結晶合金はスポーツ用具、ロボット部材、車椅子部材、

自転車部材、機械摺動部材、金型、釣り具、軽量工具等に実用されている。 (3)金属ナノ粒子

我が国の金属ナノ粒子(金属超微粒子)の研究は長い歴史がある。しかし、産業応用の点で期待

されたような成果を得ぬまま研究はやや沈静化した。その後、ナノテクノロジーの重要さが指摘さ

れ、再びナノ粒子研究にも注目が集まることになった。金属ナノ粒子を応用的視点からみると、20年前には磁気テープ用の素材や表面活性な性質を利用した触媒への応用、セラミックス等の低温焼

結化などが注目されたが、今日では、電池やコンデンサ、表示素子、メモリ、半導体素子製造、触

媒、化粧用品、医療等、幅広い用途が検討されており、化粧品やコンデンサなどの電極材への利用

が成功している。金属ナノ粒子で最も研究されているのは金であり、次いで鉄、銀、銅と続く。し

かし、鉄、銅等では金属ナノ粒子というよりは酸化物ナノ粒子を扱っており、金属ナノ粒子に限定

すると金と銀の研究が過半数を占めている。その他、白金やパラジウム、ニッケル等において金属

ナノ粒子の研究があるが、多元合金ナノ粒子の形で研究されるケースが大部分である。また、パラ

ジウムナノ粒子は触媒研究の他に水素貯蔵材料研究に、ニッケルナノ粒子では、触媒研究や導電性、

磁性の研究がなされている。 (4)金属ナノクラスタ

わが国には、久保の理論および上田等の超微粒子(サイズ 10 nm 以上の粒子)の研究等、世界に

誇る先駆的な基礎研究の実績があり、ナノ粒子を単位とした着色材料、金属ペースト、センサ薄膜

等の応用・実用化も進んでいる。世界的に見ると、気相法によるクラスタの基礎研究とともに、伝

統的なコロイド法を発展させ、金属クラスタの液相合成、応用研究が盛んである。クラスタを実用

化するには、サイズの単分散化や選別、大量合成ならびに安定化、高密度化、配列制御などが課題

である。気相合成クラスタでは、希ガスイオンで原料ターゲットをスパッタし、発生した金属蒸気

を希ガスと衝突させて冷却・凝縮。形成したクラスタを希ガスとともに搬送、ノズルから噴出させ、

高真空槽内の基板上に堆積させるプラズマガス中凝縮法、ターゲットにレーザ光を照射して金属を

蒸発させ、それと同期して He ガスをパルス状に導入し、衝突冷却あるいは超音速断熱冷却してク

ラスタを核生成・成長させるレーザ蒸発法が開発されている。液相合成クラスタでは、水溶液中で金

属イオンを還元するコロイド法により、貴金属や金属酸化物の微粒子が作製されてきたが、最近で

は貴金属や半導体クラスタの合成が盛んである。特に、有機溶媒中で有機金属錯体を加熱分解・還

元する合成法が開発され、酸化され易い遷移金属・合金クラスタも合成でき、注目を集めている。ナ

ノクラスタは表面原子占有率が高く、表面が活性であるので、センサや触媒に応用できる優れた特

徴を有しているが、同時に酸化され易い欠点がある。クラスタ堆積法と薄膜作成法を組み合わせた

223

グラニュラー膜(クラスタが分散した薄膜)、複数のクラスタ源を用いた複合クラスタ・表面被覆ク

ラスタ集合体の作製が試みられている。 4.1.3 今後の展開

金属材料の組織をナノスケールにまで微細化すると高強度、高延性、超組成変形能などの特性が

得ることができることは実験室的には示さていたが、最近ではこれらの変形メカニズムについての

学術的な研究が盛んになっている。しかし、これらを構造材料として工業的に使っていくための最

大の課題はコストであり、コストを度外視しても高特性であれば使用されるような特殊な用途の開

拓が必要である。金属過冷却液体の安定化の指標が見出された事により、これまでアモルファス化

ができないと思われていた Fe-Pt-B 系等の新しい多成分合金においてもアモルファス相の生成が果

たされ、その後のナノ結晶化状態において優れた硬質磁気特性が得られている。今後、この安定化

達成の指標の更なる展開により、実用上重要な他の多数の合金系において大過冷却液体相変態を活

用した新規なナノ結晶材料の創出を果たせるものと期待できる。最近では医療・バイオ研究等への

光特性や磁気特性を利用した DNA のラベリングや薬物送達システム(DDS)、自己組織化を使用し

たナノ粒子配列化などに研究がシフトしている。そのため、製法も研究目的に即して極めて多岐な

ものにとなっている。しかし、産業応用に必要な大量生産を意識した製法の研究はほとんど見られ

ない。我が国の研究は、中国やアメリカと比べ数量的に少ないが、研究内容からみると依然基礎的

研究に関心がいっており、光機能や磁気機能を利用して医療やバイオ分野の発展に寄与するという

ような研究が少ない状況にある。クラスタからの物質創製は、安定かつ高機能なナノメートルの部

品を基本としている。今後の研究を通して、クラスタの機能性やサイズ・形状・配列制御に関するブ

レークスルーを期しているが、それと平行して、ナノレベル機能評価法の改良・開発が必要である。

金属ナノ素材

磁性強度

加工性耐食性

ナノ金属結晶2相組織微細化ナノ複合組織非平衡合金金属多層膜 STM・AFMによる解析

気相凝縮法急速凝固法固相反応法非平衡合金化学反応析出

電池・コンデンサディスプレイ素子メモリー半導体素子触媒日用品・医療

金属ナノ粒子 金属ナノクラスター

金属ナノ組織制御 金属ナノ複合体

金銀パラジウムニッケル

気相合成液相合成安定化複合機能化

(塙 隆夫)

図 4.1 金属ナノ素材

4.1.4_1

224

4.1.4_1 金属ナノ組織制御

金属材料の特性は、その微細組織によって敏感に変化する。そのため、用途に応じてその特性を最適

化するには、微細組織を加工や熱処理によって制御する必要がある。近年、微細組織がナノスケールにま

で制御されたナノ組織材料において、従来の金属材料では実現できない優れた磁気特性や力学特性が

発現することが見いだされたため、ナノ組織制御技術は新しい金属系材料の創製法として注目されるよう

になった。その代表的な例は、結晶粒のサイズを 20nm以下に制御したナノ結晶材料であり、ナノ結晶組織

に由来の優れた磁気特性や力学特性を有することが報告されている。このように従来材料を凌駕する特性

をナノ組織により発現する材料を、「ナノ組織材料」、特に金属系では、「ナノ組織金属(Nano-structured metal)」と呼んでいる。またこのような金属系材料は、現在経済産業省で推進されているプロジェクト名から、

「ナノメタル」と呼ばれることもある。 一方、金属材料ではナノサイズの析出物が材料の強化に古くから利用されてきた。たとえば、展伸アルミ

ニウム合金では、過飽和固溶体から溶質原子がナノサイズで析出する現象を利用した時効硬化が、航空

機材料や構造用高強度材料の開発に使われてきた。鉄鋼材料においても、ナノ析出物(Nano-precipitate)を利用したマルエージング鋼や工具鋼などの非常に高い強度を実現した材料が知られている。このような

材料の開発においては、相分解を用いてナノ析出物をいかに高密度で分散させバランスのよい強度と靱

性を実現することが、最も重要な技術的課題となっていた。相変態による自己組織化を活用したナノ組織

制御は、構造材料のみならず磁性材料などの機能性金属材料でも古くから利用された方法である。しかし、

従来の材料開発ではこれらのナノ析出物の分散状態や組成変化を正確に評価することが困難であったた

め、「あなたまかせ」の「自己組織化」を利用した材料開発であり、組織を自在に制御することは困難であっ

た。ところが、最近、ナノスケールの原子クラスタや析出物を定量的に評価できる高性能の電子顕微鏡や 3次元アトムプローブなどの新しい材料解析手法がナノ組織金属の研究に用いられるようになり、従来間接

的な手法で推定されていた強化機構などを、定量的ナノ組織評価の結果に基づいて理解することが出来

るようになってきた。さらに、計算材料科学の発展により、相変態や加工によるナノ組織形成を予測すること

もできるようになってきたため、ナノ組織材料の開発がかなり効率良く行える環境が整ってきた。現在、環境

負荷の低減への要求から、より軽くより高強度な構造材料の開発の要求が高まっており、今後「ナノ組織」

制御を「ナノ解析」と「ナノ組織計算予測」を用いて行えば、次世代の高い要求に応えられる金属系材料の

開発が期待できる。 上述のナノ組織材料では、合金の相変態という自発的な組織化により得られたナノ組織を利用している

が、より微細な結晶粒を実現したり従来にないナノ組織を創製するために、最近では従来のプロセスでは

使われなかったきわめて急速な凝集・凝固反応を使って極めて非平衡な組織を作ったり、従来の手法では

考えられなかったような大きい加工ひずみを加えるなど、新しい手法によるナノ組織制御が試みられている。

これによって、従来材料にはみられなかったようなナノ組織が実現できるようになり、これにより新しい磁気

特性や力学特性が実現されるようになってきた。 ナノ結晶金属研究の創始者として知られる Gleiter らは、He ガス中で金属を蒸発させ凝集させたナノ粒

子を液体窒素で冷却した基板に堆積させ、そこから掻き取ったナノ微粉末を固化成形することによりナノサ

イズの結晶粒から構成されるナノ結晶金属を作製した。ガス凝集法で作製されるナノ粒子を固化成形して

できるナノ結晶金属は、結晶粒が 5‐25nm にまで微細化されるので、結晶の体積に対する結晶粒界の比率

が従来の金属と比較にならない程高くなる。このため、従来の金属材料とは異なる物性が期待できる。とこ

ろが、ガス中凝集法では酸化されやすい金属で良質のナノ結晶金属を作製することは困難なため、金や

銀などの貴金属のナノ結晶金属での基礎物性の研究が行われた。一般に、金属材料の結晶粒のサイズが

小さくなると強度は結晶粒径の 1/2 乗に反比例して上昇することが、Hall-Petch の法則として知られている。

ガス凝集法により作製されたナノ結晶を用いた Hall-Petch 則がどの程度の粒径まで成り立つかという研究

によって、10nm 程度を限界としてそれよりも結晶粒径が小さくなると逆に強度が小さくなるという現象も新た

に見いだされている。 上述のガス凝集法では実用的な大きさの材料を作製することはとてもできないが、電気メッキ法や無電

解メッキ法を用いると比較的簡便にナノ結晶金属を作製することができる。上述のガス中凝集法のように微

4.1.4_1

225

粉末を固める必要がないので、充填率の高いナノ結晶金属ができる。数時間から 1 日程度の電着で 2mm程度の板材を作製することも可能で、実用的なサイズにスケールアップする技術的障害は比較的少ない。

電着法で作製したナノ結晶銅は通常の金属に比較して著しく低い加工硬化しか示さず、このために

5000%程度にまで圧延できることが発表されている。これは塑性変形が通常の転位の運動によるものでは

なく、結晶粒界での滑りに起因するためであると説明されている。また、磁気記録の書き込みヘッドとして使

われるナノ結晶高磁束密度合金膜の無電解メッキ法による実用的な製造法としても開発が進められてい

る。 液相が比較的低温まで安定な共晶近くの組成の合金を液体から結晶の核生成が起こる速度よりも速く

冷却すると、長周期の結晶構造を持たないガラス状のアモルファス合金(Amorphous alloy)が得られること

がある。このようなアモルファス合金は、溶湯を急速に回転する銅ロールに吹き付けることによって厚さ

20µm 程度の連続テープとして得られる。また最近では、比較的小さい冷却速度でもアモルファス状態の得

られる合金が見いだされ、このような合金は通常の鋳造法でバルク状のアモルファス合金とすることができ

る。このようなアモルファス相は熱的に準安定な状態であり、温度を上げるとより安定な状態、つまり結晶に

変態する。一定の条件を満たす組成のアモルファス合金では、結晶化後にナノ結晶組織が得られる。この

アモルファス合金からのナノ結晶化を応用した工業材料に、ファインメットとよばれるナノ結晶軟磁性材料

や、軟磁性相と硬質磁性相のナノコンポジットで構成されたナノコンポジット磁石がある。また、ナノ結晶化

されたアモルファス合金の中には著しく高強度化する合金もある。通常の溶解鋳造法で作製される高強度

アルミニウム合金の強度は 500MPa 程度であるが、Al、希土類元素、遷移金属元素から構成されるアモル

ファスアルミニウム合金では 1,000MPa を超える強度が報告されており、さらにこのアモルファス相を部分的

に結晶化してナノ結晶組織を形成すると、強度が最高で 1,500MPa にまで達する合金も報告されている。

Al 合金で 1,500MPa を超える強度というのは、従来の常識からは考えられず、このような発見が契機となっ

て、現在ナノ結晶・アモルファス材料の研究が盛んになっている。また Al-Fe-V合金などでは、急冷すること

により準結晶が微細に分散された組織、アルミニウム微結晶の中にアモルファス相がナノスケールで埋め

込まれた組織が形成されることもあり、これらのナノ組織材料も 1,000MPa を超える超高強度を示すことが発

表されている。磁性材料の場合はリボン状でも用途は十分にあるが、強度が必要な構造材料ではバルク状

の材料を作らなければならない。このような理由で液体急冷によってアモルファス微粉末を作製し、これを

固化成形することでナノ結晶組織を有するバルク状の材料を開発する試みもなされている。構造材料では

コストが高いと使用されないため、このような高強度で非常に高価な材料は、コストを度外視して高性能の

要求されるスポーツ用品など、特殊な用途で利用され始めている。 金属材料に高いひずみで塑性加工を加えると結晶粒や 2 相組織が微細化される。2 相組織に強ひずみ

加工を加えて組織をナノスケール化することで超高強度を実現した代表的な例が、ピアノ線である。この材

料は100年以上に渡って使われている工業材料であるが、現在においても大量生産工業材料中でもっとも

強い材料であり、研究室レベルでは 5 GPa を超える強度の極微細線も試作されている。ピアノ線は炭素を

0.8‐1.0%程度含む高炭素鋼で得られるパーライト組織という純鉄と鉄の炭化物との層状組織を線引きによ

り強加工したもので、最近の研究により 2 相層状組織がナノスケールに微細化されると同時に、炭化物も加

工中にナノスケールに粉砕され、それが部分的に分解して炭素がフェライト中に固溶することにより高強度

化することが分かってきた。最近では Cu に Nb、Cr、Ag などの固溶しない元素を添加して 2 相組織を作り、

それを線引き加工してナノ複合組織とした、高強度と導電性を兼ね備えた導線も開発されている。線引き

加工ではバルク状の材料を作ることができないので、最近ではバルク材料に強ひずみ加工を施すなど

様々な加工法が工夫されており、金属組織をナノスケールにまで微細化する試みが盛んに行われている。

たとえば、Equal Angular Channel Extrusion(ECAE)法は金型の導管に材料を押し込んで剪断変形を加え

ながら行う押し出し変形であり、試料の断面形状を変えることなく何度も同じ加工を繰り返すことができる。

折れ曲がり角が 90 度であれば 1 回金型を通過させる毎にひずみ率 1 の剪断加工を加えることができ、こ

れを繰り返すと繰り返し回数分のひずみを同一形状の試料に加えられる。このような方法だと、バルク状の

試料に強ひずみ加工を加えることができて、結晶粒のサイズをナノレベル にまで微細化することが可能で

ある。このようにナノサイズの結晶粒を持つ材料はホールペッチの法則に従って高強度を示し、超塑性現

象が現れる。この他にも丸棒の間に板状試料を押し挟みながら回転を加える torsion straining 法、圧延した

4.1.4_1

226

板材を積み重ねて何度も圧延を繰り返す Accumulative Roll-Bonding(ARB)法などが提案されており、実

験室規模でのナノ結晶材料の作製が行われている。 メカニカルアロイングやメカニカルミリングは、ドラム状の容器に金属ボールと金属粉を入れて容器を連

続的に回転させることにより金属粉に繰り返し金属ボールからの衝撃を与える加工法で、2 種類以上の金

属粉を混ぜ合わせた場合にはメカニカルアロイング、1 種類の金属・化合物の場合はメカニカルグラインデ

ィングと呼ばれる。この手法を使うと平衡状態で固溶しない元素同士でも合金を作ったり、ナノスケールの

酸化物を分散させたりすることができる。また合金元素の組み合わせによってはアモルファス合金粉末を作

製することも可能である。 また液体金属をアルゴンガスジェットで噴射するガスアトマイズ法を用いると急冷凝固微粉末を作製する

ことができる。ガスアトマイズ法により作製した粉末を固化成形、押し出し加工してバルク状の微結晶材料を

製造する方法は一般的な粉末冶金的手法であり、特に新しいわけではないが、最近ヘリウムガスを用いる

ことにより粉末創製プロセスでの急冷速度を著しく改善し、ナノバルク材料の創製を試みている例もある。

従来 Mg 合金など反応性の高い合金をアトマイズで作製することは爆発の危険があるために工業的に採用

されなかったが、粉末作製から固化するまでの間大気に曝さない高清浄雰囲気クローズド P/M システムを

用いて開発されたナノ結晶 Mg 合金は、Mg 合金としては極めて高い強度と延性を兼ね備えるものとして注

目されている。 Co-Al や Co-Si など酸素と親和力の強い元素を含む合金を酸素中でスパッタしたり蒸着したりすると、Co

などの強磁性ナノ粒子がアモルファス酸化物中に分散されたナノグラニュラー組織を形成することができる。

このような組織で酸化物と磁性相の体積分率をうまく制御すると高周波特性の優れた高い電気抵抗値を持

つ軟磁性材料、トンネルタイプの磁気抵抗(TMR)を示す超常磁性膜や、磁気記録媒体に適した孤立強磁

性粒子分散膜を作製することができるために、この技術は実用的に非常に高い関心が持たれている。一般

にスパッタ膜はナノスケールの微結晶で構成されているので、表面に硬度の高いナノ結晶窒化物などをコ

ーティングすることができ、工具などに利用されている。また、スパッタ法や分子線エピタキシー法を使って

金属多層膜を作製し新規な磁気特性や高強度を実現したコーティング材料、さらには X 線全反射のため

の材料開発を模索する研究も行われている。さらに、電子ビーム溶解で大量に金属を蒸発させて基板に金

属を堆積させる連続蒸着法で2 mm程度のアルミニウム合金の薄板を製造するプロセスも開発されている。

元来固溶しない遷移金属元素を大量に過飽和に固溶させることによってアルミニウム合金で 1,000MPa を

超える強度が報告されている。 金属材料の組織をナノスケー

ルにまで微細化すると高強度、高

延性、超組成変形能などの特性

が得ることができることは実験室

的には示さていたが、最近ではこ

れらの変形メカニズムについての

学術的な研究が盛んになってい

る。しかし、これらを構造材料とし

て工業的に使っていくための最

大の課題はコストであり、コストを

度外視しても高特性であれば使

用されるような特殊な用途の開拓

が必要である。一方、磁性材料に

おいては、ナノ結晶材料はすで

に工業化されつつあり、今後新し

い材料開発を動機づけるような新

たな目標設定が必要である。

(宝野和博)

ナノ金属材料

ナノ結晶軟磁性材料ナノコンポジット磁石ナノグラニュラー磁性材料高密度磁気記録媒体超高強度材料超塑性材料高靱性材料高強度軽金属ナノ析出分散材料

ナノ金属材料

ナノ結晶軟磁性材料ナノコンポジット磁石ナノグラニュラー磁性材料高密度磁気記録媒体超高強度材料超塑性材料高靱性材料高強度軽金属ナノ析出分散材料

原子クラスタ ナノ析出物 ナノ結晶ナノコンポジット

アモルファス アモルファス・ナノ結晶

ナノグラニュラー ナノ積層

原子クラスタ ナノ析出物 ナノ結晶ナノコンポジット

アモルファス アモルファス・ナノ結晶

ナノグラニュラー ナノ積層

金属組織制御法(工業的従来法)

1. 溶解鋳造技術2. 加工・熱処理技術3. 粉末冶金技術4. メッキ技術5. コーティング技術

金属組織制御法(工業的従来法)

1. 溶解鋳造技術2. 加工・熱処理技術3. 粉末冶金技術4. メッキ技術5. コーティング技術

ガス凝集法ガス凝集法

薄膜プロセス薄膜プロセス

メッキ法メッキ法

金属とナノテクノロジー

アモルファス

金属ガラス

ナノ結晶化

液体急冷法

アモルファス

金属ガラス

ナノ結晶化

液体急冷法

メカニカルミリング法

アトマイズ法

粉体プロセス

メカニカルミリング法

アトマイズ法

粉体プロセス

ECAPARB

メカニカルミリング

強歪み加工法

ECAPARB

メカニカルミリング

強歪み加工法

熱力学

相変態・析出

計算組織形成予測

相分解の利用

熱力学

相変態・析出

計算組織形成予測

相分解の利用

図 1 金属とナノテクノロジー

4.1.4_2

227

4.1.4_2 STM・AFM等による表面観察・解析

研究状況

STM・AFM は、探針(tip)と呼ばれる先端を尖らせた針を試料の表面に沿って走査しながら表

面形状を観察する走査プローブ顕微鏡(SPM)の一種である。SPM では、探針を 1nm 程度の距離

にまで試料表面に接近させ、そのときに探針-表面間に働く様々な近距離相互作用をイメージング

に利用する。STM の場合には相互作用はトンネル電流であり、AFM の場合には原子間の力である。

この種の近距離相互作用の大きさは探針-試料間の距離が僅かに増加しただけでも急速に減少する

ため、探針を試料表面に十分に接近させると相互作用は探針先端の原子サイズの領域に集中し、探

針のプローブする領域、即ち顕微鏡の分解能、も原子サイズの大きさとなる。特に STM・AFM は

表面の個々の原子を観察することができるため、ナノテクノロジーを支える中核の観察・解析技術

として活用されている。 STM は 1982 年に発明され、「原子が見える」顕微鏡として、これまでに多くの金属・半導体の清

浄表面や吸着表面の原子構造を明らかにしている。これにより STM は表面科学に革新をもたらす

一方、ナノテクノロジー関連では、表面上に形成される多種類のナノ構造の原子レベル評価や、さ

らにはカーボンナノチューブ等の原子配列の観察等に、その威力を発揮している。STM は正確には

表面原子によって作られる電子状態の空間変動をイメージしており、原子の配列だけではなく、そ

の電子状態に関してもピンポイントで観測することができる。この STM のユニークな機能は走査

トンネル分光(STS)と呼ばれており、表面やその上に置かれた原子・分子・クラスタ・ナノワイ

ヤー等々が示す特有の電子状態を調べる際に利用されている。 AFM では探針をカンチレバーと呼ばれる板バネに取り付け、探針先端の原子と表面原子間に働く

力によって生じる板バネの微小な撓みを測定して力を検出する。STM ではトンネル電流が流れる伝

導体に試料が限定されるが、原子間の力は全ての物質に存在しているため、AFM は絶縁体でも観察

が可能である。このため AFM は観察対象が無機・有機を問わず極めて広く、装置の小型化が実現

されたこともあり、現在では光学顕微鏡や走査電子顕微鏡(SEM)と同様の汎用的な顕微鏡として

広く使用されている。大気中で汎用的に使用する場合でも、ナノメートル以下の表面起伏を容易に

観察することができる。最近進歩しつつある技術は NC-AFM と呼ばれる顕微鏡で、探針を取り付け

たカンチレバーを振動させ、探針に加わる力により生じる振動数変化から力を検出する方式が用い

られている。清浄表面では NC-AFM は個々の表面原子を観察することが可能で、この NC-AFM の

発展には、日本の研究者が先導的な役割を果たしている。 表面の形状観察以外に、STM・AFM は表面のナノ加工ツールとしても多用されている。観察時よ

りもさらに探針を表面に近づけると(導電性の探針・試料の場合には、さらに電圧パルスを加える

こともある)、探針-表面間の近距離相互作用が強まり、この相互作用を通して表面や探針の原子(あ

るいは分子等)を人為的に操作することが可能になる。STM・AFM の場合にはイメージしている原

子サイズの領域に相互作用が集中しているため、その箇所を狙って操作できる点が特徴である。こ

れまでに STM・AFM を用いて、表面原子の引き抜き、表面への原子供給、表面原子の移動、等の

操作が実現されており、少し粗いスケールでは、探針による表面のスクラッチ加工も行なわれてい

る。また探針先端直下の狭い領域だけ酸化や電子露光を行なって微細なパターンを作製するナノリ

ソグラフィーも、STM・AFM の活躍の場である。 技術の詳細 AFM、特に NC-AFM を用いた表面原子観察については別項に詳細な紹介があるため、ここでは

STM による表面観察について述べることにする 1)。表面原子配列の STM 観察は表面の起伏が大き

く原子が観察しやすい半導体表面から始まり、より表面起伏が小さな金属表面に観察対象が拡がり

(図 1)、現在では平坦な清浄表面が得られれば、最も起伏が小さな金属表面においても原子をイメ

ージすることが可能になっている。その意味で表面原子観察に関しては、STM は技術的に極限に達

しつつあると思われる。このため最近の研究は原子配列よりも、表面の電子状態、特に表面に作ら

4.1.4_2

228

れた低次元構造に特有の電子状態の観察・解析に重点が移りつつある。Au 原子列の作製とその電子

状態解析 2)、などがその典型的な例である。また 1993 年に STM 観察が報告された表面電子定在波

は、その後も波としての電子の反射や回折・散乱を実空間で観察する標準的な手段として多用され

ている 3)。 基本的に STM によってイメージングされる原子は表面最上層の原子であり、表面下の原子は観

察することができない。しかし表面下にある原子が表面の電子状態を局所的に変化させる場合には、

その変化を通して表面下の原子をイメージすることが可能になる。この種の研究の中で実用的にも

重要な例は、Si 中の個々のドーパント原子の観察である 4)。図 2 は表面を水素終端した n 型 Si(111)表面で観察されるドーパント原子を示している。直接的には水素終端された Si 原子による表面格子

が見られるが、表面下に存在するドーパント原子によって表面格子の電子状態が変化し、ドーパン

トのサイトが局所的に明るくイメージされていることがわかる。また明るい領域の拡がりは、電子

によるドーパントの遮蔽の拡がりを表わしている。個々のドーパント原子の観察は次世代半導体ナ

ノデバイス開発の重要課題の一つであり、この例のような STM 研究が新たな原子レベル半導体評

価法として発展することが期待される STM によるイメージングやトンネル分光(STS)では、大部分の電子は探針-試料間を弾性的に

トンネルする。しかし少数の電子は、トンネルする際にエネルギーを表面上の原子・分子に与えて

励起する非弾性トンネル過程を経ることがある。この非弾性トンネル過程を検出すると、弾性トン

ネル過程の STS と同様に、個々の原子・分子の非弾性トンネル分光(IETS)測定をピンポイントで

行なうことが可能となる。STM による IETS は 1998 年に C2H2分子で初めて観測されたが 5)、最近

では単一スピンの反転過程の IETS も行なわれており、ほぼ完成の域に達した感のある STM 技術に

あって、IETS は今後発展する可能性を含んだ有力な手法である。 今後の展開 STM は探針制御の問題を除くとほぼ完成された技術であるが、AFM では特に NC-AFM の性能が

著しく向上しており、質の高い表面原子像が多く得られるようになっている。AFM は STM よりも

観察対象が広く絶縁体の観察も可能であることから、今後これまで専ら STM が用いられていた原

子像観察にも、AFM が多用されるようになると予想される。 表面観察・解析に関して未解決の重要な問題は、表面原子種の同定である。STM・AFM は表面原

子をイメージすることができるが、その種類を知ることはできない。この問題に対しては古くから

様々な試みが行なわれており、成功例も報告されているが、未だに多くの試料に適用できる一般的

な方法は確立されていない。また探針制御の問題も、原子種同定と並ぶ重要課題である。通常の

STM・AFM 観察は探針の状態が不明のまま行われており、観察結果が妥当であればそれで良しとさ

図 1 Au(111)の表面原子像 図 2 水素終端 n 型 Si(111)の表面直下に存在す

るドーパントの STM 像。ドーパントの上

に位置している数個の表面原子が明るく

イメージされている

4.1.4_2

229

れている。しかし探針の状態制御は STM・AFM 観察の再現性を確立するために避けられない問題

であり、また探針を用いた原子操作・ナノ加工ではその信頼性を左右する重要な問題である。 参考文献 1) STM・AFMに関する研究の最新動向は、以下のSTM・AFMの国際会議報告から知ることができる。

STM’03, AIP Conference Proceedings 696, Springer Verlag (2003). NC-AFM 2003, Nanotechnology, Vol.15 No.2 (2004).

2) N. Nilius, T. M. Wallis, and W. Ho, Science 297, 1853 (2002). 3) H. C. Manoharan, C. P. Lutz, and D. M. Eigler, Nature 403, 512 (2000). 4) S. Kurokawa, T. Takei, and A. Sakai, Jpn. J. Appl. Phys. 42, 4655 (2003). 5) B. C. Stipe, M. A. Rezaei, W. Ho, Science 280, 1732 (1998).

(酒井 明)

4.1.4_3

230

4.1.4_3 ナノ構造複合材料 研究状況 近年、省資源・省エネルギー化、高速応答性、高信頼性などを実現するために、材料の更なる高

機能化が強く求められている。この要望を満たす方法として、材料の構造・組織をナノメートルス

ケールで複合化し、これまで用いられてきたミクロンメートル以上の粒径の単相合金や複相合金で

は得られない様々な高機能特性を発現する新規材料を開発する事が挙げられる。 ところで、ナノメートルスケールで構造・組織を制御したナノ構造複合材料を作り出すためには、

材料分野で長年用いられてきた通常の溶解法で得た鋳塊を加工・熱処理する作成プロセスでは極め

て困難であり、特別な作製方法を用いる事が必要である。この方法として、スパッタ法や真空蒸着

法等の気相凝縮法、単ロール法、双ロール法、高圧ガス噴霧法等の液相の急速凝固法、メカニカル

アロイングやメカニカルグラインデイング等の固相反応法、及び溶液中での化学反応析出を利用す

る方法がある。 これらの方法は、得られる材料形状、組成、特性、作製に要する時間や経費などにおいてそれぞ

れ長所、短所を持っており、これらの点を充分に把握してナノ構造複合材の作製を行う必要がある。

本稿では、ある程度の厚みのある材料を比較的短時間に大量に作成出来る液相急冷法を用いて作成

されたナノ構造複合材料に焦点を絞って紹介する。 技術の詳細 液体を融点以下に冷却した過冷却液体からの結晶の核生成・成長制御により様々なナノ構造複合

材料を作成する研究が極めて活発に行われている。この方法においてナノ構造複合材料を効率良く

作製するためには、過冷却液体が結晶化に対して高い安定性を示す合金を用いて、大過冷却状態か

らの結晶析出の特徴である高核生成頻度、低成長速度を利用する事が重要である。また、過冷却液

体の安定性をさらに高める事により、約 104K/s 以上の超急冷速度によりガラス相を薄帯、細線、粉

末形状材として作製する外に、ゆっくりとした冷却速度(0.01-100K/s)でもガラス相を直径や厚さ

が 1mm 以上の 3 次元形状のバルク材として作製できるようになり、その後のガラス相の加熱に伴

う相変態の利用により、ナノ構造複相材料が薄帯からバルクまでの広範な形状で作り出されている。 図 1 は金属過冷却液体の安定化の成分要因とその要因を満たした合金液体構造の特長をまとめて

いる。図に見るように、金属過冷却液体の結晶化に対する安定性を高めてガラス相を得るためには、

以下の 3 つの成分の特徴を持った合金を選ぶ事が必要である。それらは、①3 成分以上の多元系で、

他の 2 成分の溶質元素総量が 25 原子%以上であること、②主要 3 成分の原子径が互いに約 12%以上

異なっていること、及び③主要 3 成分元素が互いに負の混合熱を有していること、である。これら

の 3 成分則を満たしたガラス合金生成域には 3 元共晶点があり、初晶析出温度(Tl)と 3 元共晶温

度(Tm)の比、Tl/Tmが 1.0 に近い共晶点近傍の組成域で最大のガラス形成能が得られる傾向がある。 なお、3 成分則を満たした合金の過冷却液体は、①高稠密充填原子配列、②対応する平衡結晶と

は異なる新規の局所原子配列、及び③長範囲にわたって引力相互作用を持った均質度の高い原子配

列、の特長を持った新しい構造を有している。この特殊構造のために、①固・液界面が平滑となり、

固・液界面エネルギーが上昇して、結晶の核生成が抑制されること、②原子の再配列が困難となり、

拡散能が低下し、粘性が増大すること、及び③新局所構造液体では結晶化を起こすためには結晶相

への長範囲な原子再配列を起こす必要があるが、再配列は困難であるために、結晶相の成長反応が

抑制されること、などの相乗効果がおこる事が冷却液体の安定化の原因であると理解されている。 表 1 は 3 成分則を満たした合金における液相からの急速凝固により得られる非平衡相の溶質元素

量による変化をまとめている。上記した 3 成分則を満たした合金系において、溶質元素量が 25%以

上では、Fe, Co, Ni, Cu, Ti, Zr, Hf, Mg, Ca, La, Y 基等の多数の合金系で徐冷凝固法の一種である銅鋳

型鋳造法により、直径が 1mm から最大 100mm 迄の金属ガラスが得られている。これらのガラス合

金では、同系の結晶合金に比べて強度が約 2-3 倍、ヤング率は約 1/3-1/2 であり、また弾性限伸びは

約 3 倍も大きい事が特長として知られている。また、結晶合金では得ることが困難な 2000MPa 以上

4.1.4_3

231

の引張強度が Cu 基や Ni 基のバルク金属ガラスで容易に得られている。さらに、圧縮降伏強度は Fe基合金で 3500-4300MPa, Co 基合金では 5200-5400MPa にも達している。 バルク金属ガラスの機械的性質の特徴である高強度、高弾性伸びは成分に関係なくほとんど全て

の合金系で得られている。高強度特性の外に、Fe 基や Co 基では優れた軟磁性を発現する。例えば、

Fe-Ga-P-C-B-Si系やFe-B-Si-Nb系では 1.2-1.4Tの飽和磁束密度(Bs)、2-5 A/mの低保磁力(Hc)、100000以上の最大透磁率(µmax)及び 1kHz で 20000-50000 の有効透磁率(µe)等の優れた特性を示す。優

れた軟磁性にも関わらず、飽和磁歪(λs)は 21x10-6-41x10-6のかなり大きな値を有している。約 104K/s以上の超急冷速度を必要とする通常の Fe 基アモルファス合金に比べて、Hc がはるかに低く、一方

µmaxと µeがはるかに大きい事が特筆される。この大きな違いは、ガラス金属ではアモルファスタイ

プの合金に比べて結晶相に対する相対密度が大きく、内部欠陥が少ない稠密充填度の高いランダム

構造が生成していることに原因している。 また、Fe 基、Ni 基、Zr 基, Ti 基等のガラス合金では、Cr, Mo, Nb, Ta 等の元素を添加した場合、

353-373K の 1 規定硫酸中などにおいても極めて優れた耐食性を示す。 さらに、バルク金属ガラスを加熱した場合、結晶化前にガラス遷移とそれに続いて 40-130K の大

きな過冷却液体域を示す。この過冷却液体域では、ひずみ速度が変化しても粘性が変化しないニュ

ートン粘性を示し、その結果ひずみ速度感受性指数(m 値)は 1.0 となり、理想的な超塑性を発現

し、180 万%に達する大きな伸びが得られている。ニュートン粘性を利用したインプリント加工に

より、金属ガラスはナノメートルスケールでの表面平滑性や優れた転写加工性を示す事が明らかに

されている。 3 成分則を満たした多成分合金系においても溶質元素量が 25%以下になると過冷却液体の安定性

は低下し、バルク金属ガラスは得られなくなる。10-25%溶質量では約 104K/s 以上の超急冷によりア

モルファス相が Fe, Co, Ni, Al, Mg 基等の多くの合金系で得られ、その後の焼きなまし処理によりナ

ノ結晶分散アモルファス相が生成し、アモルファス単相や通常の結晶材では得られない有用な特性

を発現する。例えば、Fe-M-B(M=Zr, Hf, Nb)系では α-Fe + アモルファス相において 1.5-1.7T の

Bs,5-8 A/m の Hc,1kHz で 30000-70000 の µe等の優れた軟磁性を示す。一方、Fe-Pt-B 系では L10-FePtを含むナノ結晶相がアモルファス相から析出し、そのナノ複相材が 0.9-1.0T 残留磁化(Br)、

300-500kA/m の Hc,100-125kJ/m3の最大エネルギー積(BH)maxの相当に優れた硬質磁性を示す。 また、Al-Ln-LTM(Ln:希土類金属、LTM:Fe,Co,Ni)や Al-Ln-LTM-ETM(ETM:Ti,Zr,Nb)系で

Al 以外の溶質量が 10-15%の組成域では超急冷によりアモルファス相が得られ、その後の加熱によ

り Al + Al3LTM + Al11Ln2のナノ複相となる。図 2 は 3 成分則を満たした成分よりなる Al 基合金にお

ける急速凝固粉末押出し法により作製したナノ複相材の組成と機械的性質をまとめている。アモル

ファス粉末を温間押出しする事により得たナノ複相バルク材は、700-1000MPa の引張強度、1.5-8%の塑性伸び、573K で 330MPa の高耐熱強度を示し、高比強度、耐熱摺動磨耗性が要求される様々な

分野に実用されている。 Al-Mn や Al-Cr 系等の急速凝固合金中に準結晶が生成する事が知られている。準結晶生成系のこ

れらの Al 基合金に 3 成分則を満たすように Ln と LTM を添加した Al-Mn-Ln-LTM, Al-Cr-Ln-LTM, Al-V-Ln-LTM 系において、溶質元素量が 5-8%の高 Al 濃度合金域では、急速凝固粉末状態で約 30nm径のほぼ球形の準結晶相が Al 相で囲まれたナノ複相組織が得られる。この複相粉末を 623-723K で

押出しして得たバルク成形材は、図 2 に示すように 500-800MPa の引張強度、5-25%の塑性伸び、573Kで 350MPa の高耐熱強度を示す。高強度と高延性の外に、高耐熱強度を具備した新ナノ複相合金と

して応用化が図られている。 Mg 基合金においても 3 成分則を満たした Mg-Zn-Y 系合金において Zn と Y 量が 3%の高 Mg 組成

で低融点の Mg 基合金としては極めて微細な 100-150nm 径の hcp-Mg 相が生成し、しかもその hcp相中の(0001)面上に面欠陥が高密度に形成され、その欠陥域では通常の hcp-Mg 相の ACACAC 原

子配列に比べて ABCABCABC の 3 倍の長周期原子配列構造相が生成することが示されている。

Mg-Y-Zn 急速凝固粉末を 573-673K で押し出しして得た微細粒径の長周期構造 Mg 合金は、

450-620MPa の高引張強度と 5-12%の塑性伸び及び 473K で 400MPa の高耐熱強度も具備している。

4.1.4_4

234

4.1.4_4 金属ナノ粒子 はじめに

我が国の金属ナノ粒子(金属超微粒子)の研究は、約 40 年前上田良二教授(名古屋大学)が、

その物性に注目し研究を開始して以来、1980 年代には、科学技術庁が創造科学技術推進事業

(ERATO)の中で林超微粒子プロジェクト(5 年間)を実施するなど長い歴史がある。しかし、産

業応用の点で期待されたような成果を得ぬまま、林プロジェクト終了と共に研究はやや沈静化した。

その後、フラーレン、ナノチューブの発見を契機にナノテクノロジーの重要さが指摘され、再びナ

ノ粒子研究にも注目が集まることになった。 金属ナノ粒子を応用的視点からみると、20 年前には、磁気テープ用の素材 1)や表面活性な性質を

利用した触媒への応用、セラミックス等の低温焼結化などが注目されたが、今日では、電池やコン

デンサ、表示素子、メモリ、半導体素子製造、触媒、化粧用品、医療等、幅広い用途が検討されて

おり、一部成功しているものもある。すなわち、化粧品やコンデンサなどの電極材への利用である。

酸化亜鉛粒子の日焼け止めクリームへの応用 2)やニッケルの超微粉の電極素材用として応用 3)、ア

ルミニウム超微粉の点火剤として利用(重火器やロケットの点火剤)4)がそれである。世界は、今、

フラーレン、ナノチューブ、ナノ粒子などのナノ材料と微細加工技術を巡って激しい開発競争に入

っている。 そこで、本節では、金属ナノ粒子研究動向を研究分野毎の論文数や各国の論文数を比較検討する

ことによって金属ナノ粒子研究の現状を検討する。検討の方法は、物質・材料研究機構が購入して

いる電子ジャーナル(Science Direct; Elsvier 社傘下)約 1,800 誌からキーワードを介して論文を抽出

し、抽出された文献を研究分野、国毎に整理分析する。キーワードとしては、ナノ粒子、金属名お

よびその英語名である。例えば金ならば、ナノ粒子と金あるいは gold をキーワードとして論文を抽

出した。

金属ナノ粒子研究の現状

図 1 は、1994 年から 2003 年までの世界で出された論文数とその中の日本人著者の論文数を比較

したものである。日本人著者による論文数は、2003 年では全体の約 8%であり、他の年度でも大体

10%前後である。なお、電子ジャーナルでは日本の国内誌は含まれていないので、日本国内の論文

を含めればこの数字より高い値が出るはずで、日本は実質ではこれより多くの論文を出しているも

のと考えて良い。世界の論文数では、2001 年を境に論文数の増加傾向が顕著となっている。図 2 は、

1999 年から 2003 年まで 5 年間の金属種ごとのナノ粒子論文数を示している。最も研究されている

のは金であり、次いで鉄、銀、銅と続く。しかし、論文の内容を見てみると、鉄、銅等では金属ナ

ノ粒子というよりは酸化物ナノ粒子を扱っており、金属ナノ粒子に限定すると金と銀の研究が過半

数を占めている。その他、白金やパラジウム、ニッケル等において金属ナノ粒子の研究があるが、

多元合金ナノ粒子の形で研究される

ケースが大部分である。例えば、白

金ナノ粒子では、触媒研究で Pt/Ni合金ナノ粒子が研究されており、磁

性研究や水素貯蔵の研究では、Fe/Ptや Pd/Pt のような合金ナノ粒子が研

究されている。また、パラジウムナ

ノ粒子は触媒研究の他に水素貯蔵材

料研究に、更に、ニッケルナノ粒子

の研究では、触媒研究や導電性、磁

性の研究がなされている。 次に、研究の多い金、鉄、銀につ

いて詳細に調べてみた。 図1 10年間の論文数推移(ナノ粒子)

0

200

400

600

800

1000

1200

1400

1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003

年 度

論文

世界の論文数

日本の論文数

4.1.4_4

235

図2 金属ナノ粒子研究論文数の推移

0

20

40

60

80

100

120

140

160

1999 2000 2001 2002 2003

年 度

論文

Au

Fe

Ag

Cu

Ni

Pt

Pd

Al

金ナノ粒子の研究

金ナノ粒子研究論文について 1999 年と

2003 年の研究内容及び主要国について調

べた。1999年の論文数は32報であったが、

2003 年には 130 報となり、約 4 倍に増加し

た。1999 年の研究内容は、微粒子安定化処

理、分級、接合応用など加工関連研究が 10報、光特性研究 8 報、生成研究 7 報、触媒

3 報、結晶構造 2 報、その他 2 報となって

おり、国別では、日本 8 報、アメリカ 7 報、

イギリス、ドイツ、スエーデン、イスラエ

ル、インド各 2 報であった。日本の研究は

生成 3 報、結晶構造、加工各 2 報であった

が、イスラエル(触媒研究)を除く他の国々

は、光特性の研究が中心であった。一方 2003 年では、生成法研究 23 報、光特性研究 20 報、触媒

17 報、DNA 関連研究 13 報、電気特性 11 報、自己組織化研究 9 報となり、特性や機能に関する研

究が大幅に増加している。1999 年に比較的多かった加工関連研究は 8 報であった。生成法研究が多

く見られたが、単純な製法の研究ではなく、光特性や触媒、バイオ・医療関連技術を念頭に、それ

に必要な状態のナノ粒子の作成を意図したものが多い。研究論文数の多い国順では、中国 25 報、日

本 20 報、アメリカ 18 報、ドイツ 6 報、イタリア 5 報となった。日本、アメリカ、ドイツにかわっ

て中国の活躍が極めて目立つ。中国は、ナノ粒子生成、センサ利用、光特性研究、自己組織化研究

に集中している。これに対しアメリカは、製法にはほとんど論文がなく、DNA 関連研究、電気特性

研究、プラズモン特性などの光特性研究、ナノ粒子のキャラクタリゼーション研究が多くなってい

る。日本は、製法研究、触媒研究、電気特性研究、キャラクタリゼーションなどが主要研究分野で

あった。日本の研究の特徴は、光特性研究や DNA 関連研究が少ない点である。しかし、当センタ

ーが矢野経済研究所に委託して実施した国内研究動向調査(2002 年と 2003 年)のナノ材料編から

金属ナノ粒子研究のみを抽出して検討したところ、金属ナノ粒子関連研究者が 65 名おり、和文論文

が 84 報で、この中に 9 報の光特性関連研究があることが判明し、日本にも光特性関連研究がないわ

けではないことが分かる。しかし、医療・バイオ関連研究として DNA に関連した研究論文は見ら

れず、この分野の活動が依然として低いようである。一般に、この分野の日本の活動が少ないとの

指摘が聞かれるが、論文検索した限りではそのようである。 鉄関連ナノ粒子研究 鉄関連ナノ粒子研究論文数は、1999 年が 23 報、2003 年が 60 報となった。しかし鉄ナノ粒子の研

究論文となるとそれぞれ 6 報、24 報で、全体の 23%、40%であった。研究内容的には、1999 年の場

合、生成研究 11 報、磁性 5 報、医療・バイオ 3 報、加工 2 報などで、2003 年になると磁性 30 報、

ナノ粒子の物性(状態分析等)14 報、生成研究 10 報、バイオ関連研究 6 報となり、磁性研究が大

幅に増加している。ポリマーに分散した鉄ないしマグネタイト粒子の磁気特性や各種無機材料中に

分散された粒子の磁気特性研究がメインである。国別に見ると、1999 年にはフランス 7 報、ドイツ

3 報、イギリス、イタリア、日本各 2 報となっており、ヨーロッパ勢の研究が多い。ところが 2003年では、アメリカ 15 報、中国 10 報、ロシア 6 報、日本、韓国 5 報となり、上位からヨーロッパ勢

が姿を消し、アメリカ、中国が躍進している。最近、ドイツ、イギリス、フランスなどの国々から

我々は、1990 年代に十分にナノサイエンスの研究はしてしまった等の声を聞く。この結果はそうし

た声の現れであろうか。なお、1999 年のバイオ関連研究はすべてドイツの研究であったが、2003年はアメリカが半数を占めその他は、フランス、イギリス、中国である。日本は、磁性材料分野で

は多くの実績があるが、今日のナノ粒子研究ではそれ程多くない。

4.1.4_4

236

銀ナノ粒子の研究 銀ナノ粒子研究の主要な研究対象は、光特性研究、触媒関連研究それにバイオ研究で金ナノ粒子

と同様である。論文数は 1999 年が 24 報、2003 年が 64 報で、金同様大きく増加しているが、金に

比べれば論文数が少なく、論文の増加傾向も低い。1999 年の研究内訳は生成法研究 9 報、光特性 7報、加工 2 報、触媒 2 報等で、2003 年には生成法研究 22 報、光特性 15 報、結晶研究 6 報、触媒 5報、バイオ 4 報、加工 3 報となった。生成法の研究が金に比べると相対的に多いが、銀の場合も単

なる生成はほとんどなく、γ線の利用やレーザの利用あるいは溶液中の銀ナノ粒子生成、ポリマー

やガラス中のナノ粒子の均一生成など極めて多岐である。国別に見ると、1999年ではイギリス5報、

中国、日本、ドイツの各 3 報、ロシア、インド、韓国の各 2 報であるが、2003 年では、中国 17 報、

日本、インド 7 報、アメリカの 3 報で、中国の活動がここでも顕著である。生成法研究、光特性、

触媒研究等に精力が注がれている。日本は中国に次いでいるが、生成法の研究が半数それに触媒研

究と光特性研究が同数ある。 おわりに 金属ナノ粒子の研究は、1990 年代におけるナノ粒子の新規特性の発現を目指した生成の研究から、

医療・バイオ研究等への光特性や磁気特性を利用した DNA のラベリングや薬搬送(DDS)、自己組

織化を使用したナノ粒子配列化などに研究がシフトしている。その結果、製法も研究目的に即して

極めて多岐なものにとなっている。また、目的による粒径制御に関する研究もある。しかし、産業

応用に必要な大量生産を意識した製法の研究はほとんど見られない。我が国の研究は、中国やアメ

リカと比べ数量的に少ないが、研究内容からみると依然基礎的研究に関心がいっており、光機能や

磁気機能を利用して医療やバイオ分野の発展に寄与するというような研究が少ない状況にある。 参考文献 1) 固体物理別冊特集号、“超微粒子”、アグネ技術センター(1984) 2) 日経サイエンス 2001/12,p21(scientific American Sept/2001) 3) Web ページ;http://www.kawako.kawatetsu.ne.jp 4) 私信

(小澤英一)

4.1.4_5

237

4.1.4_5 金属クラスタ 研究状況 数個から数万個の原子で構成される物質系は、ナノメートル(nm)の大きさを持ち、クラスタ(あ

るいはナノ粒子)と呼ばれる。ナノメートルは、物質の機能発現の最小単位に匹敵し、1 個の原子

や分子あるいは固体・液体と異なる機能物質の発見に繋がる可能性が高い。また、現在では、物質

の組成、構造、組織を原子・分子レベルで制御できるようになっている。このように物性物理学的認

識とデバイス技術の進歩が相俟って、ナノテクノロジーが注目されており、クラスタの活用は、そ

の根幹をなすと考えられる 1)。 わが国には、久保の理論および上田等の超微粒子(サイズ 10 nm 以上の粒子)の研究等、世界に

誇る先駆的な基礎研究の実績があり、ナノ粒子を単位とした着色材料、金属ペースト、センサ薄膜

等の応用・実用化も進んでいる 1)。世界的に見ると、気相法によるクラスタの基礎研究とともに、

伝統的なコロイド法を発展させ 3)、金属クラスタの液相合成、応用研究が盛んである。クラスタを

実用化するには、サイズの単分散化や選別、大量合成ならびに安定化、高密度化、配列制御などが

課題である。本項目では、金属クラスタの代表的な合成法(気相法と液相法)、安定化・複合機能化

の研究の現状を概観する。 技術の詳細 ①気相合成クラスタ:上田等が開発したガス中蒸発法(希ガス中で原材料を加熱蒸発)は、低融点

の貴金属クラスタの作製に適しているが、坩堝を用いるため、高融点金属クラスタの作製には不向

きである 2)。それに対処するため、プラズマガス中凝縮法(希ガスイオ

ンで原料ターゲットをスパッタし、発生した金属蒸気を希ガスと衝突さ

せて冷却・凝縮。形成したクラスタを希ガスとともに搬送、ノズルから

噴出させ、高真空槽内の基板上に堆積)が開発された 4)。標準偏差 10%以下の単分散サイズのクラスタ作製には、金属蒸気からクラスタ核を一

斉に発生させ、核同士の合体を抑制し均一成長させることが不可欠であ

る。図 1 は、この方法で作製した Co クラスタの透過電子顕微鏡像の例

である(t は有効膜厚)。合金・複合ターゲット、複数のターゲットを用

いると、合金クラスタも作製できる 5)。 ターゲットにレーザ光を照射して金属を蒸発させ、それと同期して

He ガスをパルス状に導入し、衝突冷却あるいは超音速断熱冷却してクラ

スタを核生成・成長させるレーザ蒸発法は、原子・分子レベルのマイクロ

クラスタ作製用に開発されたが、高出力レーザを用いると、金属・合金ク

ラスタも作製できる 4,5)。これらの気相合成法は、応用上重要な大量合成

ができないといわれてきたが、改良・開発が進み、MBE やスパッタリン

グ等の通常の薄膜デバイス合成法と同程度の生成効率が得られるように

なっている。また、クラスタの世界を一躍有名にしたフラーレン合成に

使用されているアーク放電蒸発法に超音速断熱膨張の概念に基づく改良

がなされ、金属と炭素の複合クラスタが大量に合成でき、サイズ制御も

可能になってきた 6)。 クラスタから材料を設計・製作するには、基板上へ堆積させる必要が

ある。その際、クラスタサイズが臨界サイズより大きく、基板温度も低

い場合、図 1 に示すように、接触しても融合せず、初期サイズを維持し

つつ、ランダムなネットワークを形成していく。このクラスタの集合過

程は、パーコレーションとして定量化できる。即ち、クラスタ被覆率(初

期には有効膜厚に比例)を増していくと、ある閾値を境に、最大ネット

ワークの大きさが指数関数的に急増し、幾何学的パーコレーションが達

成される。その他、電気的・磁気的性質も、夫々に異なる閾値で急峻に変化する 4)。一方、臨界サ

図 1 プラズマガス中凝

縮クラスタ堆積法

で作製したCoクラ

スタの透過電子顕

微鏡像

4.1.4_5

238

イズより小さいクラスタは、基板上を表面拡散し、他のクラスタと接触・接合して粗大化する(初

期サイズが損なわれる)。この傾向は、基板温度が高くなる程顕著になるが、表面拡散を適度に利用

し、リソグラフィーや収束イオンビーム法で表面を修飾・パターンニングした基板上にクラスタを堆

積させると、規則配列が実現される 4,7)。 また、構成原子数が少ないマイクロクラスタの研究は、欧米に端を発し、わが国でも基礎研究が

盛んである。その主流は、原子 1 個の違いにより構造、電子状態、機能が著しく変化するクラスタ

固有の性質の解明等の基礎研究である 4)。しかし、金属クラスタとベンゼンのような平面状分子を

サンドイッチした高次クラスタを合成し、光学的・磁気的な機能を増強させる応用研究も進みつつ

ある。高次クラスタのサイズや形状を維持して集合させる(基板上にソフトランディングさせる)

ため、低温基板に Ar の液体や固体を堆積させた後あるいは Ar 蒸気と同時にクラスタを堆積させた

り、界面活性剤で被覆した基板上にクラスタを堆積させることも試みられている 4)。 ②液相合成クラスタ:古くから、水溶液中で金属イオンを還元するコロイド法により、貴金属や金

属酸化物の微粒子が作製されてきたが 3)、ナノテクノロジーブームとともに、貴金属や半導体クラ

スタの合成が盛んである。特に、有機溶媒中で有機金属錯体を加熱分解・還元する合成法が開発さ

れ、酸化され易い遷移金属・合金クラスタも合成でき、注目を集めている 8)。液相法では反応が徐々

に進行するので、温度や溶質濃度を適宜制御して粒子サイズを単分散化することが容易である。図

2(a)は、ジオクチルエーテル溶媒中で Fe アセチルアセトナート錯体をアルコール還元して作製した

Fe クラスタの例であり、サイズ分布標準偏差は 10%以下である(電子回折によれば、bcc Fe の回折

リングが支配的)9)。界面活性剤により被覆された金属クラスタは、相互に融合せず、均一に成長

し、酸化も抑制される。また、クラスタが互いに界面活性剤分子間の疎水基相互作用により緩く束

縛されており、熱平衡的に集合させると、図 2(b)のように、規則配列する。合成の際、還元剤の配

合比の調整、高沸点界面活性剤の使用、高温加熱核生成と徐加熱核成長の 2 段階分離等を考慮する

と、クラスタのサイズとともに形状も制御できる。更に、クラスタサイズに対して、C-C 結合長や

活性度の異なる界面活性剤を選択すると、クラスタ格子の構造や安定性も制御できる 10)。 ③クラスタの安定化と複合機能化:ナノクラスタは表面原子占有率が高く、表面が活性であるので、

センサや触媒に応用できる優れた特徴を有しているが、同時に酸化され易い欠点がある。液相合成

クラスタは、界面活性剤で被覆されおり、酸化の問題は軽減さ

れるが、表面活性が損なわれ、二律背反する。気相合成クラス

タの場合、徐酸化(作製後に僅かな酸素分圧中に保持して表面

を酸化膜で被覆)により、急激な酸化を抑制している。より積

極的に均一な酸化皮膜を形成させると、安定性が向上すると同

時に、酸化膜に起因した磁性、電気伝導性の特徴が付与される4,5)。更に、クラスタ堆積法と薄膜作成法を組み合わせたグラニ

ュラー膜(クラスタが分散した薄膜)、複数のクラスタ源を用い

た複合クラスタ・表面被覆クラスタ集合体の作製が試みられて

いる 11)。 今後の展開

ナノレベルの“ものづくり”として、先ず、巨視的物質を加

工し小さくするトップダウンの方法は、ナノメートルに、加工

の限界がある。一方、原子・分子を積み重ねていくボトムアッ

プの方法は、量子力学・統計力学的な揺らぎをはじめとする困

難さと気の遠くなる作製時間の問題がある。クラスタからの物

質創製は、後者に分類されるが、安定かつ高機能なナノメートルの部品を基本としており、最適な

方法であるといえよう。今後の研究を通して、クラスタの機能性やサイズ・形状・配列制御に関する

ブレークスルーを期しているが、それと平行して、ナノレベル機能評価法の改良・開発を切望する次

第である。

図 2 液相合成した Fe ナノクラ

スタの透過電子顕微鏡像

4.1.4_5

239

参考文献 1) 茅幸二、佃達哉:”図解 ナノテクノロジーのすべて”、川合知二監修、工業調査会(2001)p.42. 2) 上田良二編:”固体物理 別冊特集号 超微粒子”、アグネ技術センター(1984). 3) 日本化学会編:”コロイド科学Ⅰ 基礎および分散・吸着”、東京化学同人(1996). 4) 菅野暁、近藤保、茅幸二編:”新しいクラスタの科学 ナノサイエンスの基礎”、 講談社

サイエンティフィック(2003). 5) K.Sumiyama, T.Hihara, D.L.Peng and S.Yamamuro : ”Encyclopedia of Nanoscience and

Nanotechnology” H.S.Nalwa ed., American Scientific Publishers, Vol.10, p.471 (2004). 6) P.Milani and S.Iannotta:”Cluster Beam Synthesis of Nanostructured Materials”, Springer Series in

Cluster Physics, Springer-Verlag (1999). 7) A.Perez, V.Dupuis, J.Tuaillon-Combes, L.Bardotti, B.Prével, P.Mélinon, M.Jamet, W.Wernsdorfer and

B.Barbara: “Nanoscale Materials”, L.M.Liz-Marzan and P.V.Kamat ed., Kluwer Academic Press, p.3371 (2002).

8) S.Sun, C.B.Murray, D.Weller, L.Folks, A.Moser:Science 287, 1989 (2000). 9) S.Yamamuro, T.Ando, K.Sumiyama, T.Uchida and I.Kojima:Jpn.J.Appl.Phys., in press. 10) R.P.Adnres, J.D.Bielefeld, J.I.Henderson, D.B.Janes, V.R.Kolagunta, C.P.Kubiak, W.J.Mahoney and

R.G.Osifchin, Science, 273, 1690 (1996). 11) R.Katoh, T.Hihara, D.L.Peng and K.Sumiyama:Appl.Phys.Lett. 82, 2688 (2003).

(隅山兼治)

240

4.2 セラミックスナノ素材

4.2.1 はじめに

一般に、セラミックス素材は、粉体を加熱焼結する方法、有機金属化合物や無機金属化合物から

コロイドを作製しゾル・ゲルの状態を経て焼成する方法、粒状・粉体状の原料を溶融し冷却固化す

る方法、そして融液から結晶を育成する方法により作製されている。もちろん、バルク状の材料だ

けではなく粉粒体状のセラミックスも作られており、コロイド析出や沈殿析出後の焼成、また焼成

した固まりの粉砕などによって作製されている。セラミックスナノ素材は、大筋では一般的なセラ

ミックス素材と同様の作製法で作られるが、その作製過程で従来適用されなかった特殊な加熱方法

や微細化法、また微細な制御性に優れる組織構築法などが用いられている。こうした新規技術の開

発によりナノメートルの大きさを基本単位とする構造制御が可能となり、新規のセラミックスナノ

素材が続々と生み出されている。

4.2.2 研究状況

新素材を生み出す原動力となっている代表的な技術を列挙すると、レーザ光による反応・相変化

の誘起や精密加工の利用、特殊な粉砕器や精密コロイド技術によるナノサイズ粒子の作製、分相や

陽極酸化といった自己組織化現象の応用などが挙げられる。コロイドゾル液を用いる方法は不定形

セラミックスナノ素材コーティング膜形成に広く利用されている。また、素材そのものとしての利

用ではないが、セラミックスの一種であるナノゼオライトはそのナノサイズの孔がナノリアクター

として利用されている。 レーザ光の照射では、ナノ結晶の育成やアブレーションによる精密加工、そしてガラス中への誘

起構造の生成がその代表的な新規技術である。レーザ光照射によりナノサイズの結晶をガラス等の

表面に周期的配置で生成した研究例があり、フォトニクス結晶や非線形光学応答への応用が期待さ

れている。アブレーションによる加工では、微細空間を規則的に積み上げて作製されるフォトニク

ス結晶による光 IC や光通信デバイス等の基本的要素技術となる微小空間での光曲げ導波機能や非

線形光学応答機能の発現が研究されている。また、微細な相変化誘起では、ガラス中での誘起構造

の 3 次元規則生成による超高密度光記録媒体やフォトニクス結晶、非線型応答ガラスなどの開発研

究が進められている。 コロイド析出、沈殿析出、粉砕器などにより作製されるナノ微粒子を焼結することにより超高強

度セラミックス、超靭性セラミックス、および超塑性現象の発生する温度が低く速い変形が可能な

高速超塑性セラミックスが実現可能である。また、無機半導体コロイド粒子を溶液やガラス中に分

散することにより高効率蛍光発光体が、また、ナノサイズ誘電体微粒子をエポキシ樹脂に分散する

ことによりフォトニクス結晶が作製されている。セラミックスの微粒子状態での応用としては、二

酸化チタンのナノサイズ微粒子の光触媒や光誘起親水性発現による防汚効果への応用が期待されて

いる。塗料や樹脂等への添加・分散により、建築構造物壁の防汚処理や環境中に浮遊する有害化学

物質の分解無害化への応用が精力的に研究され、既に実用化され市販されているものも多数ある。 分相現象の応用では、二酸化チタン-ケイ酸系融液の分相粒析出を利用した二酸化チタン微粒子の

作製や二酸化チタン多孔体、二酸化チタン微粒子分散体作製の研究がある。また、陽極酸化技術の

応用では、ガラス板等に導電膜やアルミニウム膜を形成し、導電膜を電極としてアルミニウム膜を

陽極酸化することにより 3 次元ナノ構造体薄膜を作製する研究が進められている。チタンゾル液を

ナノ組織に導入して、二酸化チタンナノチューブアレイ高効率光触媒が開発されているほか、非シ

リコン系太陽電池、磁性体の導入による高密度磁気記録媒体などへの応用も研究されている。 一様なガラスマトリックス中に、半導体や金属の微粒子や微空孔など周囲と組成や構造が異なり、

様々な機能発現の源となる活性点が分散したものを、一括してナノガラスと呼んでいる。第 1 の状

態は、ガラス中に原子やイオンの状態の活性点がランダムに分散した状態で、いわゆる普通の機能

性ガラスである。希土類イオンを分散させたレ-ザ発振に使われる蛍光発光体などがこのグル-プ

に属する。第 2 の状態は、原子やイオンが数個集まった微粒子状活性点がランダムに分散した状態

で、ガラスとしての性質が支配的なナノガラスである。非線形光学材料として期待される半導体微

粒子分散ガラスがこのグル-プに属する。第 3 の状態は、活性点のサイズが少し大きくなると共に

4.2.4_1

242

図 1 ナノガラス基本概念

4.2.4_1 ナノガラス 研究状況 図 1 にナノガラスに対する基本的な考え方を示した。一様なガラスマトリックス中に、半導体や

金属の微粒子や微空孔など周囲と組成や構造が異なり、様々な機能発現の源となる活性点が分散し

たものを、一括してナノガラスと呼んでいる。フェーズ 1 に示した状態は、ガラス中に原子やイオ

ンの状態の活性点がランダムに分散した状態で、いわゆる普通の機能性ガラスである。希土類イオ

ンを分散させたレーザ発振に使われる蛍光発光体などがこのグループに属する。フェーズ 2 に示し

た状態は、原子やイオンが数個集まった微粒子状活性点がランダムに分散した状態で、ガラスとし

ての性質が支配的なナノガラスである。非線形光学材料として期待される半導体微粒子分散ガラス

がこのグループに属する。フ

ェーズ 3 の状態は、活性点の

サイズが少し大きくなると共

にガラスマトリックス中に規

則的に配列して分散している

状態で、結晶としての性質が

現れてくるナノガラスであり、

非線形光学材料用のフォトニ

クス結晶としての機能を発現

し得るガラスである。フェー

ズ 3 の状態のナノガラス開発

が現在精力的に研究されてい

る。フェーズ 3 の状態は、化

学的な相として見ればガラス

状態であるが、結晶状態に相

当する物性が発現する状態で

ある。現在世の中で騒がれているナノガラスはこのフェーズ 3 のナノガラスのことであり、最終目

標はフォトニクス結晶として使用可能なガラスの開発である。 ガラス研究者の間では 15 年ほど前からフェーズ 2,フェーズ 3 の状態のガラスを実現しようとす

るアモスタル構想 1)、コンジュゲートガラス構想 1)、ポーリング技術 2)などが提案されており、ナノ

ガラスはこれらの考え方を基盤として、より高精度化・高機能化を目標に研究されている。 技術の詳細 代表的なナノガラス作製技術を以下に紹介する。 ①気相合成法 3)

原料ガスどうしを化学反応させてその反応物を基板に堆積させる CVD(Chemical Vapor Deposition)法や目的物質と同じ材料(ターゲット)にイオンをぶつけて目的のイオンを叩き出して

基板に再び堆積するスパッタリング法などによる気相合成法である。活性点やナノ構造はマスクや

自己クローニング現象を利用して、物質を変えて繰り返し堆積することにより形成する。精度・安

定性共に優れた方法である。自己クローニング現象は、バイアスを掛けた rf スパッタリングで見ら

れる現象で、ディポジションとエッチングが同時に発生することにより基板のパターンが、ターゲ

ットを交換しても保持されて 3 次元に同じ形状の層が堆積する現象である。一種の自己組織化現象

と言える。したがって、基板にリソグラフィー等で精密ナノパターンを作っておき、これにターゲ

ットを繰り返し交換しながらバイアススパッタリングを実施することで 3 次元に周期構造をもつナ

ノガラス構造ができる。

4.2.4_1

243

②レ-ザ誘起構造法 4)

フェムト秒レーザ光をレンズでガラス中に絞り込

み、照射部に構造変化を誘起して屈折率の高い部分

を形成する方法である。点だけでなく線、即ち光導

波路も形成できる。制御性・簡便性に優れる。フェ

ムト秒パルスレーザ光は、ナノ秒オーダーのパルス

レーザ光と異なり、ガラス中に照射した時に加熱効

果以外のイオンの電子状態変化が関与する永久構造

変化(誘起構造)を引き起こすことが知られている。

また、高出力レーザ照射で引き起こされる材料表面

のアブレーションと呼ばれる照射損傷が発生しにく

い特長があり、レーザ照射に最適の光である。銀な

どのイオンの還元およびその逆のイオン化、また、

屈折率パターン形成による回折格子などが現在まで

に実現されている。用途としては、高密度 3 次元光

記録、微細発光光源や微細回折格子などが考えられ

ている。 ③エッチング法 5)

半導体製造におけるフォトリソグラフィー技術を

応用した方法で、精度、安定性に優れた方法である。

気相合成法で堆積したガラス膜を精密加工技術によ

り加工して規則的な穴を空けることにより世界初の

本格的なフォトニクス結晶が作製されている。この

場合、結晶の原子に相当する物が空気柱でマトリッ

クスがガラスそのものとなる。電子線や高出力エキシマレーザ光によるアブレーションを利用した

直接のエッチング加工、そして、放射光 X 線や高速に加速した重粒子イオンビームを照射した後の

照射ダメージ部分をエッチング除去する手法なども用いられている。空孔を利用するのは、屈折率

差を稼ぐのに非常に効果的であること、また、界面が非常に綺麗に仕上げられることによる。 ④陽極酸化法 6)

図 2 に形成法を示す。ガラス表面に導電膜を形成し、更に、この上にアルミニウムの薄膜を蒸着

法やスパッタリング法により形成する。アルミニウム薄膜を陽極酸化してナノサイズの細孔がガラ

ス面に垂直に配列した非晶質アルミナ多孔体薄膜とする。導電膜はアルミニウムの陽極酸化を最後

まで進めるための電極である。また、一般のアルミの陽極酸化膜では不可能であるが、ガラス表面

上の酸化膜では、バリア層と呼ばれる細孔底部のアルミナ膜が側面のアルミナ膜より薄いため、エ

ッチングにより完全に取り除ける。自己組織化過程を利用しているためマスク等なしでナノメート

ルオーダーの細孔組織が形成できる。細孔径は陽極酸化時に用いる酸水溶液の種類より大きく変化

する。酸化直後の細孔径は、リン酸で約 80nm、シュウ酸で約 40nm、そして硫酸で 7nm 程度である。

細孔の個数は、陽極酸化時の印可電圧で変化し、電圧が高いほど少なくなる。細孔径はリン酸等に

よるエッチング処理で大きくすることが出来る。 細孔中にはゾル・ゲル法や電析法により化合物や金属を導入することが出来、ナノ組織に様々な

機能を付加することも出来る。更に、非晶質アルミナと細孔中に導入した化合物との溶解度差を利

用して、アルミナの部分をエッチングで取り除きガラス表面にナノロッドやナノチューブのアレイ

を形成できる。二酸化チタンを導入した光触媒への応用や磁性体を導入した高密度磁気記録媒体、

そして、誘電体を導入した疑似フォトニクス結晶などへの応用が期待されている。 ⑤結晶化法・分相法

結晶化法は、ガラス中にナノサイズの結晶を析出させる方法で、透明結晶化ガラスの製造法であ

る。ガラスの結晶化は一般的に 2 段熱処理法が用いられる。ガラスを結晶核生成温度域で加熱した

図 2 陽極酸化法によるガラス表面への

ナノ構造形成プロセス

4.2.4_1

244

後、析出核を成長せるより高い温度で更に加熱して結晶サ

イズを調整する。ガラスの表面に析出する扁平結晶析出 7)

やレーザ光照射トリガ-による規則的結晶析出 8)を利用し

たナノガラスによる第 2 高調波発生の研究例がある。 分相法 9)は、液相状態で 2 液に分離する液-液分相(安

定不混和現象)或いは液相線温度以下の潜在分相現象を利

用する方法である。安定不混和分相現象を利用する場合の

形成過程の模式図を図 3 に示す。組成は、析出相が液滴と

なる、核形成・成長機構による分相領域を利用する。不混

和温度と呼ばれる分相限界を示す温度以上に加熱して均一

な融液とした後、分相温度域に融液を冷却して所定の時間

保持し分相を進行させる。最終的に分相融液を急冷して分

相粒分散ナノガラス、即ち、第 2 世代のナノガラスを得る。

急冷時に融液を引っ張ったり、圧縮したりすることで分相

粒を扁平に変形させることも出来る。適用できる組成系に

は、アルカリ土類ケイ酸塩系、アルカリ土類ホウ酸塩系、

鉄ケイ酸塩系、チタンケイ酸塩系などがある。また、第三

成分として希土類酸化物等を加えると分相粒中に濃縮され

るため、分相粒の組成だけを優先的に変化させて機能発現

に結びつけることも出来る。 今後の展開 ここで紹介した各種作製法はそれぞれに特徴のあるナノ

ガラスを作製する方法であり、どれが優れているというも

のではない。ナノガラスの種類に応じて使い分けられる。

気相合成法、レーザ誘起構造法、エッチング法は規則的な

2 次元、3 次元分散を作製するのに適しているが、生産性は

あまり高くない。陽極酸化法は順規則構造を有する比較的

大きなナノガラスを生産性良く製造するのに適している。

析出現象を利用する結晶化法や分相法も生産性に優れた方法であるが、規則的な結晶の分散は不得

意である。今後、これらの方法が平行して研究され、それぞれに実用に供し得るナノガラスが生み

出されてゆくと考えられる。 参考文献 1) 山下博志:「新しいフォトニクス時代の材料とデバイス」、(株)ティー・アイ・シー、P.281 (2000). 2) 例えば、R. H.Stolen and H. W. K. Tom: Opt. Lett. 12,585(1987). 3) 例えば、S. Kawakami,T. Kawashima and T. Sato: Appl. Phys. Lett.,74,463(1999). 4) 三浦清貴:「新しいフォトニクス時代の材料とデバイス」、(株)ティー・アイ・シー、P.284 (2000). 5) 例えば、M. E. Zoorob, M. D. B. Charlton, G. J. Parker, J. J. Baumberg and M. C. Netti, Nature, 404, 740

(2000). 6) S. Inoue, S. Z. Chu, K. Wada, D. Li and H. Haneda, Sci. Tech. Adv. Mater.,4,269 (2003). 7) Y. Takahashi, Y. Benino, T. Fujiwara and T. Komatsu:J.Appl.Phys,89[10],5282 (2001). 8) T. Honma, Y. Benino, T. Fujiwara, R. Sato and T. Komatsu:J. Ceram. Soc. Japan,110,398 (2002). 9) S. Inoue, A. Makishima, H. Inoue, K. Soga, T. Konishi and T. Asano, J. Non-Cryst. Solids,247, 1 (1999).

(井上 悟)

図 3 分相を利用したナノガラス作製

4.2.4_2

245

4.2.4_2 セラミックスナノチューブ 研究状況 セラミックスナノチューブは、その形態から二つに分類さ

れる。カーボンナノチューブのように、一本、一本が単独に

存在するものと、多くのナノチューブが蜂の巣状に集まった

MCM41 と名づけられた材料(図 1)1)に代表されるような集

合体を形成しているものとが存在する。 1950 年代に既に、高温で SiO2 のナノチューブの形成が報

告されているが、ナノサイズの材料が注目を集めるようにな

った 1990 年代以降、精力的な研究がなされている。セラミッ

クスナノチューブの応用分野としては、電子材料、非線形光

学材料、先進化学触媒、光触媒、エネルギー変換材料、エネ

ルギー貯蔵材料、などがあるが、ナノチューブという内面・

外面を持つという特性を生かした応用への拡張も、今後期待

されるところである。電子輸送材料としての特性を生かした

例として、色素増感太陽電池への応用 2)や、高度選択分離濾

過への応用の例として内面修飾に基づく分子サイズレベルで

の高選択分離の研究 3)などをあげることができる。 MCM41 のようなセラミックスナノチューブの集合体形成

の方法は、優秀な触媒であり、吸着剤でもあるゼオライトの

孔径の大きいものが切望されるという状況の中で、1990 年に

柳沢、黒田らにより合成され 4)、更に、1992 年にはモービル

の研究グループにより、界面活性剤分子を鋳型とする方法で

合成された。1)この方法は、この分野に強いインパクトを与

え、種々の単独ならびに複合金属酸化物への拡張や、多くの

他の合成法が開発なされるに至っている 5)。 一本の単独ナノチューブの形成については、大きく分けて

アーク放電、レーザアブレーション、Chemical Vapor Deposition (CVD)法などの高温法と、溶液中での水熱合成や

種々の鋳型を用いるゾルゲル法などの低温法とがある。ナノ

チューブの合成に関する特筆すべき技術としては、益田らに

よって開発された陽極アルミナ多孔体の形成(図 2)6)を挙げ

ることができる。ナノサイズの孔が整然と配列した構造を持

つアルミナ膜は、格好の鋳型として、高温法においても低温

法においても多方面に応用され、この分野の展開に大きな寄

与を与えている。 技術の詳細 ナノチューブの集合体形成:モービルの研究グループにより開発された方法は、多くの研究者に

より展開され、これまでに合成された単独および複合金属酸化物ナノチューブは、TiO2, ZrO2, HfO2, SnO2, Nb2O5, MnO2, CdS, CdSe, Ta2O5, WO3, Al2O3, SiAlO3.5, SiAlO5.5, SiTiO4, ZrTiO4におよんでいる。

また、金属の Pt も合成されている。界面活性剤としては、陽イオン性、陰イオン性、ノニオン性界

面活性剤の他に、ブロックコポリマーなどの高分子も用いられている。その形状も MCM41 のよう

なナノチューブの集合体にとどまらず、バイコンティニュアス相と呼ばれる種々の形状も形成され

ている。 MCM41 のナノチューブ形状の特性を生かした応用例として、ナノチューブを高分子作成の反応

図1 MCM41とそのTEM像1)図1 MCM41とそのTEM像1)

図2 アルミナ多孔体のTEM像6)

  (上)上面,(下)側面図2 アルミナ多孔体のTEM像6)

  (上)上面,(下)側面

図 1 MCM41 とその TEM 像1)

図 2 アルミナ多孔体の SEM 像6)

(上)上面、(下)側面

4.2.4_2

246

場として利用する方法が提案されている 7)。(図

3)化学的・熱的に安定なポリマーが得られる他、

特異な構造のポリマーも得られている。 一本のナノチューブの形成:一本のナノチュー

ブ形成法の多くは、種々の鋳型を用いている。鋳

型として最もよく用いられるものが、上述の陽極

アルミナ膜である。陽極アルミナ膜の形成方法を

図 4 に示す。SiC のヘキサゴナルアレイの突起の

あるモルドで孔の位置に当たる表面をへこませる。

陽極酸化により孔を空けると図 2 のような整然と

孔が配列した膜が得られる 6)。孔を利用してナノ

チューブを形成させる方法の模式図を図 5 に示す。

アルミナの配列孔に、PMMA などの高分子を重合

させて孔の形を逆に写し取る。ナノロッドの周り

にセラミックス材料を沈着させてチューブ形状を

形成する。この方法で孔径数十から数百ナノメー

トルのセラミックスナノチューブを得ることがで

きる。非常に整然と配列したナノチューブが得ら

れるので、2 次元フォトニック結晶としての応用

も期待される。 より小さな孔径のセラミックスナノチューブを

得る方法として、カーボンナノチューブを鋳型と

する方法 8)、界面活性剤の作る分子集合体を鋳型

とする方法 9)、タバコモザイクウイルスを鋳型と

する方法、強アルカリ溶液中での反応によりチタ

ン化合物ナノチューブを得る方法 10)などが研究

されている。カーボンナノチューブを鋳型とする

方法は、10~40 nm の細いセラミックスナノチュ

ーブが得られるが、多結晶性となる場合が多い点

が問題である。界面活性剤の作る分子集合体を鋳

型とする方法では、酸化バナジウムについてきれ

いなナノチューブが得られているが、酸化バナジ

ウムのナノシートが渦巻状に丸まってチューブを

形成するため、直径は 30~50 nm となっている。

また、焼成温度が 250以上でチューブ形状が崩

れるという弱点をもっている。溶液中での反応に

よりナノチューブを形成する方法は、直径 8 nmのチューブを、収率 100%近くで得られる点は素

晴らしいが、XRD が TiO2 のピークを明確に与え

ないという点、及び、350以上の焼成でチューブ

が崩れるという弱点をもっている。 今後の展望 上述したように、整然と配列したセラミックナ

ノチューブの合成は可能であるが、更に磨き上げ

ればフォトニック結晶としての高性能化が可能と

なる。また、直径の細い単結晶性のセラミックス

図 3 MCM41を利用した高分子

の重合

アルミを

へこます

陽極酸化で孔を空ける

アルミを取り除く

図 4 陽極アルミナ多孔体の作成法 6)

アルミを

へこます

陽極酸化で孔を空ける

アルミを取り除く

ヘキサゴナル

アレイ

SiC モルド

アルミを へこます

陽極酸化で孔を空ける

アルミを取り除く

陽極アルミナ PMMAで逆に写し取る

金を電析させる

ナノロッドにセラミックスを析出させる

PMMA除去

図 5 セラミックスナノチューブの作成法

陽極アルミナ PMMAで逆に写し取る

金を電析させる

ナノロッドにセラミックスを析出させる

PMMA 除去

図 3 MCM41 を利用した

高分子の重合

図 4 陽極アルミナ多孔体の作成法6)

図 5 セラミックスナノチューブの作成法

4.2.4_2

247

ナノチューブが収率よく得られれば、電子材料としての利用や、量子サイズ効果を狙った応用へも

広がる。更に、ナノチューブの特性である表裏の存在を巧みに利用する方向の研究が進めば、高度

な機能を発揮する材料としての大きな展開が期待できる。 参考文献 1) (a) C. T. Kresge, M. E, Leonowicz, W. J. Roth, J. C. Vartuli and J. S. Beck : Nature, 359, 710 (1992). (b)

J. S. Beck, J. C. Vartuli, W. J. Roth, M. E. Leonowicz, C. T. Kresge, K. D. Schmitt, C. T.-W. Chu, D. H. Olson, E. W. Sheppard, S. B. McCullen, J. B. Higgins and J. L. Schlenker : J. Am. Chem. Soc., 114, 10834 (1992).

2) Motonari Adachi, Yusuke Murata, Issei Okada and Susumu Yoshikawa : J. Electrocheimcai. Soc., 150, G488 (2003)

3) (a) S. B. Lee and C. R. Martin: Anal. Chem. 73, 768 (2001). (b) K. B. Jirage, J. C. Hulteen and C. R. Martin: Science, 278, 655 (1997). (c) M. Nishizawa, V. P. Menon and C. R. Martin: Science, 268, 700 (1995).

4) T. Yanagisawa, T. Shimizu, K. Kuroda and C. Kato: Bull. Chem. Soc. Jpn, 63, 988 (1990). 5) (a) Q. Huo, J. Feng, F. Shuth and G. D. Stucky : Chem. Mater., 9, 14 (1997). (b) J. Frasch, B. Lebeau, M.

Soulard, L. Patarin and R. Zana : Langmuir, 16, 9049 (2000). 6) (a) H. Masuda and K. Fukuda : Science, 268, 1466 (1995). (b) H. Masuda, H. Yamada, M. Satoh, H.

Asoh, M. Nakao and T. Tamamura : Appl. Phys. Lett., 71, 2770 (1997) 7) (a) H. Rahiala, I. Beurroies, T. Eklund, K. Hakala, G. Kimmo, T. Regis, R. Philippe and J. B. Rosenholm :

J. Ctalysis, 188, 14 (1999) (b) J. Hlavaty, J. Rathousky, A. Zukal and L. Kavan : Carbon, 39, 53 (2000). 8) (a) C. N. R. Rao, B. C. Satishkumar and A. Govindaraj : Chem. Commun., 1581 (1997) (b) B. C.

Satishkumar, A. Govindaraj, M. Nath and C. N. R. Rao : J. Mater. Chem., 10, 2115 (2000) 9) (a) G. R. Patzke, F. Krumeich anf R. Nesper : Angew. Chem. Int. Ed. 41, 2446 (2002). (b) Motonari

Adachi :. Colloid Polym Sci., 281, 370 (2003) (c) H-P. Lin, C-Y. Mou and S-B. Liu : Adv. Mater. 12, 103 (2000)

10) (a) T. Kasuga, M. Hiramatsu, A. Hoson, T. Sekino and K. Niihara : Langmuir, 14, 3160 (1998) (b) D-S. Seo, J-K. Lee and H. Kim : J. Crystal Growth, 229, 428 (2001)

(足立基齊)

248

4.3 カーボンナノ素材 4.3.1 はじめに

炭素材料の有効利用の歴史は古く、各種の炭素材料が人工合成され利用されている。その中でも

特に繊維状炭素(炭素繊維;カーボンファイバ、カーボンフィラメント、カーボンチューブなど)

とダイヤモンド薄膜は、低次元新炭素材料というニューマテリアルの代表格として利用されようと

している。炭素繊維は 1960 年以降飛躍的に発展し、炭素材料の応用範囲を飛躍的に広めた。特に、

最近では繊維径がナノメートルサイズのカーボンナノチューブ(Carbon Nanotube: CNT)、カーボン

ナノフィラメント(CNF)が注目されている。CNT は、世界的なナノテクノロジー重点化構想の中

でナノを代表する物質と捉えられており、世界各国の研究者が研究開発に凌ぎを削る状況になって

いる。また、CNT を探針に応用した走査型プローブ顕微鏡(Scanning probe Microscope: SPM)の開

発も進んでいる。フラーレンの研究は 1985 年のサッカーボール型分子 C60 の発見に始まり、1990年の大量合成法の確立を契機に物理、化学、生命、医療、宇宙の研究者が集う学際的な領域へと発

展した。フラーレン分子がナノチューブに取り込まれたソラ豆状の物質(ピーポッド)も発見され

た。電界効果型トランジスタに堆積したフラーレン薄膜のように、他の物質との組み合わせによる

複合材料の研究が電子的、磁気的、光学的物性の観点から注目されている。 4.3.2 研究状況

SPM はトンネル電流や原子間力を検出する走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)および原子間力を顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)の他、摩擦力、静電気力、磁気力、

化学力など様々な力をマッピングする顕微鏡の総称である。これらは、小さな針先で試料表面をな

ぞることが基本であり、これまでの電子顕微鏡と異なって平面情報だけでなく 3 次元情報が正確に

得られるという特徴を持つ。SPM の分解能はそこに使われる探針の先鋭さによって決まる。探針の

多くはカンチレバー型で、試料表面の情報を反映した上下振動変化の検出には、カンチレバーから

の反射光を利用する光てこ方式や圧電信号を利用したピエゾ方式が使われている。探針には半導体

の微細加工技術により作られた Si や Si3N4製のものが用いられているが、探針先端の曲率半径は先

鋭なもので 5 nm、多くは 10 nm を越える。また、先端部分の開き角は 35−70°と大きい。したがっ

て、高分解能化と忠実な深い凹凸の再現に難があり、摩耗や破損も大きな問題である。CNT の出現

は、SPM の抱えるこういった問題を解決できる素材として注目された。CNT は極めて細いので非

常にしなやかで、曲げに対して折れて壊れることはない。このように、細く、長く、強く、しなや

かな CNT は SPM 探針としてまさに夢の新素材であり、その実現および特徴の実証に向けて研究が

進められてきた。 CNT の応用については、電界放出型電子源、走査型プローブ顕微鏡の探針、導電性複合材料につ

いては既に実用化レベル近くまで研究が進んでおり、さらに米国では、宇宙エレベーター計画に代

表されるように航空宇宙分野における構造材料分野への CNT 複合材料の適用について極めて積極

的に研究を展開している。CNT 探針の機能化の充実、つまり磁気力顕微鏡の高分解能化、化学力顕

微鏡の信頼性向上と多様化、熱や光などの検出など、SPM に新たな大きな用途を開くことになるが、

これを実現するためには CNT のさらなる高度なマニピュレーション法の開発が必要である。また、

CNT 探針は熱を利用したメモリ(テラビットメモリ)の書き込み読み出し探針としても Si 探針に

比べ極めて優れた特性を示すことが実証されている。しかし、メモリの並列処理を可能にするよう

に同一規格の探針を一度に多数製造する方法がない。容易ではないが、このような CNT 探針製造

を可能にする新たな方法の開発も重要である。カーボンナノチューブ複合材料の開発は端緒につい

たばかりであり、CNT の特徴を生かした複合材料としての材料設計と成形法の確立が望まれる。具

体的には従来の炭素繊維と比較して①極めて径が細く比表面積が大きいこと、②結晶の完全性が高

くヤング率・引張り強度が大きくて曲げても破断しないこと、③導電率が高いこと、④電界集中を

生じやすいこと、⑤中空構造であり第二物質を内包できること、⑥純炭素物質であるために 3R に

適していること、⑦発塵の少ないことが特徴となろう。反対に成形の観点からは嵩密度が極めて低

249

く、曲がりやすく、凝集しやすいといった困難な点も多く見受けられる。CNT 自身の材料化・規格

化と安全性の確認についても今後の進展が待たれる所である。 フラーレンの研究は 1985 年のサッカーボール型分子 C60の発見に始まった。1990 年の大量合成法

の確立を契機に物理、化学、生命、医療、宇宙の研究者が集う学際的な領域へと発展した。初期の

研究では主に超伝導、磁性、非線形光学特性などの基礎物性が調べられた。最近はフラーレンに種々

の官能基を取り付ける化学修飾や骨格そのものを改築する技術が進歩し、人工光合成、光電変換、

ガス吸蔵、燃料電池、遺伝子導入等の応用を視野に入れた研究が展開されている。フラーレン分子

がナノチューブに取り込まれたソラ豆状の物質(ピーポッド)も発見された。電界効果型トランジ

スタに堆積したフラーレン薄膜のように、他の物質との組み合わせによる複合材料の研究が電子的、

磁気的、光学的物性の観点から注目されている。材料分野における展開を見込んで 2004 年には年間

トンオーダーのフラーレン原料の製造販売を開始した国内企業もある。いま、フラーレンを利用し

た新しい機能性材料の開発およびニーズの開拓に視線が集まっている。初期の研究では主に超伝導、

磁性、非線形光学特性などの基礎物性が調べられた。最近はフラーレンに種々の官能基を取り付け

る化学修飾や骨格そのものを改築する技術が進歩し、人工光合成、光電変換、ガス吸蔵、燃料電池、

遺伝子導入等の応用を視野に入れた研究が展開されている。 フラーレンナノウィスカー(fullerene nanowhisker: FNW)とは、C60、C70、C60誘導体分子などの

フラーレン分子が作る細いひげ結晶のことである。C60 分子が作る FNW は C60 ナノウィスカー

(C60NW)、C70分子が作る FNW は C70ナノウィスカー(C70NW)などと呼ぶ。ナノメートルサイズ

の上限として一般に受け入れられている 100 nmよりも小さい直径を持つ FNWを作ることができる

が、直径が数百ナノメートルのウィスカーに対しても、特に区別することなく、フラーレンナノウ

ィスカーと称している。筆者らが初めて見出した FNW は C60NW である。これは、C60を添加した

チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)のコロイド溶液中に生じた。コロイド溶液の作製には、C60の溶媒と

してトルエンを、金属アルコキシドの溶媒としてイソプロピルアルコール(IPA)を用いていたの

で、溶媒成分のみを使った参照実験を行なうことにより、C60NW の合成法である液-液界面析出法

(液-液法、 liquid-liquid interfacial precipitation method)に到達した。液-液法により、カプセル状や

チューブ状の C60針状結晶も作ることができる。また、熱処理によって、FNW がチューブ状、多孔

質構造など様々な構造に変化することが見出されて来ている。材料分野における展開を見込んで

2004 年には年間トンオーダーのフラーレン原料の製造販売を開始した国内企業もある。いま、フラ

ーレンを利用した新しい機能性材料の開発およびニーズの開拓に視線が集まっている。液-液界面

析出法を用いることにより、様々な組成と構造を持つ FNW を作製することができる。また、FNWは、熱処理によって中空構造、非晶質構造などの多様な形状に変化する。金属内包フラーレンによ

る FNW の作製や FNW の有機修飾など、未開拓のテーマが多数存在する。フラーレン分子や FNWに特有な性質を生かすことによって、燃料電池などの触媒材料、低次元半導体、太陽電池、軽量ナ

ノ配線、電極材料、抗菌材料などの分野で、FNW の幅広い応用が期待できる。FNW の無限とも言

える可能性は、FNW が、個々のフラーレン分子の集まりによって構成されることにある。1µm 以

上の直径を持つ C60 ウィスカーの電気抵抗率が、直径が小さくなるとともに著しく小さくなるとい

う異常な性質を示すこと、高温真空加熱によって C60NW が高導電性となることなどの興味深い性

質が明らかになっている。 4.3.3 今後の展開

気相成長炭素繊維はその質量密度あたりの引張強度、弾性率の大きさから高強度の複合材料とし

て用いられたり、また高分子やコンクリートなど無機材料に混ぜて電気伝導性を持たせたりするな

どの応用が中心であった。現在の CNT、CNF の開発では、その繊維状炭素の直径、長さなどのマク

ロ形状の制御のみでなく、グラフェンシートの積み重ね(結晶構造に相当するもの)、原子の結合状

態などの微細構造(分子構造に相当するもの)の制御が可能となりつつある。これらが達成され、

CNT、CNF が選択合成できるようになれば、よりファインな材料への展開が可能になってくる。す

なわちエレクトロニクス、バイオテクノロジー、エネルギー関連材料など高付加価値材料としての

250

応用が可能となるので、現在多くの研究者、企業によって、選択合成方法の開発とともに様々な分

野への応用への試みが進められている。 複合材料としての研究は、機械的・電気的基礎特性の把握が中心であるが、今後は具体的応用部

材について CNT の特徴を生かした設計・成形手法を開発する方向に研究開発がシフトしてゆこう。

本稿では、樹脂基 CNT 複合材料のみを取り上げたが、金属基の複合材料 16)としても大いに期待さ

れており、今後の発展が期待される。 フラーレンは大量合成によって物性研究における材料物質あるいは化学修飾における出発物質の地

位を確立した。既に芽の出ている電子デバイスや医療応用の分野において C60と C70の実用化が待た

れる。フラーレン生成における構造制御はよく定義された前駆体分子から特定の異性体のみを生成

する方向で進展してきた。大量生産の開始によってフラーレンを手軽に試すことができるようにな

った。いまその多様な可能性の実践が始まっている。 FNW の研究は始まったばかりであり、その基礎的な物性、厳密な構造、化学的な性質は、ほとんど

明らかにされていない。今後、FNW が真に有用なものとなるためには、基礎的な研究に十分な力を

注ぐことが必要である。

(安藤寿浩、中川清晴、蒲生、西谷、塙 隆夫)

・石炭 ・木炭 ・黒鉛 ・活性炭など

・炭素繊維 ・ダイヤモンド薄膜・高分子薄膜 ・ポリアセチレン薄膜など

カーボンナノ材料  ・カーボンナノチューブ  ・カーボンナノフィラメント  ・コイン積層ナノグラファイト  ・カップ積層型カーボンフィラメント  ・ナノクリスタルダイヤモンド  ・ダイヤモンドナノウィスカー  ・フラレーンナノウィスカーなど

カーボンナノ素材

微細高次構造,結合状態の制御

低次元化,構造制御

C60ナノウィスカー構造モデル

図 4.3 カーボンナノ素材

4.3.4_1

251

4.3.4_1 CNTを応用したSPMプローブ

研究状況 走査型プローブ顕微鏡(Scanning probe Microscope: SPM)はトンネル電流や原子間力を検出

する走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)および原子間力を顕微鏡

(Atomic Force Microscope: AFM)の他、摩擦力、静電気力、磁気力、化学力など様々な力をマ

ッピングする顕微鏡の総称である。これらは、小さな針先で試料表面をなぞることが基本であ

り、これまでの電子顕微鏡と異なって平面情報だけでなく 3 次元情報が正確に得られるという

特徴を持つ。SPM の分解能はそこに使われる探針の先鋭さによって決まる。探針の多くはカン

チレバー型で、試料表面の情報を反映した上下振動変化の検出には、カンチレバーからの反射

光を利用する光てこ方式や圧電信号を利用したピエゾ方式が使われている。 探針には半導体の微細加工技術により作られた Si や Si3N4 製のものが用いられているが、探

針先端の曲率半径は先鋭なもので 5 nm、多くは 10nm を越える。また、先端部分の開き角は 35~70 度と大きい。したがって、高分解能化と忠実な深い凹凸の再現に難がある。また、摩耗や

破損も大きな問題である。 カーボンナノチューブ(carbon nanotube: CNT)の出現は、SPM の抱えるこういった問題を解

決できる素材として注目された。全く新しい炭素の構造体で、外径はナノメートルオーダー、

長さは µm で、優れた機械的強度をもつ。また、CNT は極めて細いので非常にしなやかで、曲

げに対して折れて壊れることはない。このように、細い、長い、強い、しなやかというキーワ

ードで表現できる CNT は SPM 探針としてまさに夢の新素材であり、その実現および特徴の実

証に向けて研究が進められてきた。本項目では、CNT の SPM 探針展開に関する代表的な研究

例を述べる。

技術の詳細 CNT を探針とするとき、従来の探針など先鋭化した物の先端に、CNT を取り付けるかそこ

に成長させるという方法がとられる。歴史的には、アーク放電法で合成した多層 CNT をマニ

ピュレーションし市販の探針の先端に取り付けるプロセスが先に開発された 1-3)。その後、シリ

コン探針先端への CNT 合成法 4)が開発された。 Si 探針先端から CNT が突出するように単層 CNT を成長させる方法の一例は、Fe-Mo 触媒 5)

を Si 探針先端に付着させ 900に加熱しメタンガスを導入する。単層 CNT は先端径が小さい

ので、探針にできれば高分解能が約束される。しかし、Si 探針先端に 1 本の CNT を安定に成

長させることの困難さと突出長さ制御の困難さから、未だ広く使われるところまでには至って

いない。したがって、以後 CNT を取り付けて探針とするプロセスを中心に紹介する。 といっても、CNT のハンドリングの困難さからなかなか実現に至らなった。最初は、先鋭化

した先端に CNT をファンデルワールス力 3)で付けたものやアクリル系接着剤 4)で CNT を固定

して探針に利用できたという報告がなされた。しかし、何れの場合も基材の探針先端を CNT集合体に接触させ、偶発的に付着したものを利用しており、希望とする CNT 一本だけを基材

先端部の所定の位置に確実に取り付けることや必要な長さの CNT 探針を得ることなどは極め

て困難である。 これらの問題点を解決するには長さの決まった CNT を 1 本ずつ取り出し、確実に基材の探

針先端に固定する必要がある。このため先ず CNT カートリッジが開発された 3)。交流電気泳動6)による CNT の配向現象と純化作用を利用して、ナイフエッジ上に CNT を横一列に並べたも

のである。 このカートリッジから CNT を取り出し、所定の突出長さで基材探針の所定の位置に取り付

けるために、次に開発されたのがマニピュレータを具備した走査型電子顕微鏡(SEM)である。

基材を CNT に接触させ、その部分に炭素膜を電子ビーム蒸着し固定した後、カートリッジか

ら CNT を引き抜く 7)。図 1 に製作した CNT 探針の電子顕微鏡写真を示す。CNT 探針の外径は

4.3.4_1

253

製造を可能にする新たな方法の開発も重要である。 参考文献 1) 有江隆之 : “カーボン CNT の STM 探針への応用”、 卒業論文 (大阪府立大学工学部、 1996). 2) H. Dai, J. H. Hafner, A. G. Rinzler, D. T. Colbert, and R. E. Smalley, Nature, 384, 147 (1996). 3) H. Nishijima, S. Kamo, S. Akita, Y. Nakayama, K. I. Hohmura, S. H. Yoshimura, and K. Takeyasu,

Appl. Phys. Lett., 74, 4061 (1999). 4) J. H. Hafner, C. L. Cheung, and C. M. Lieber, J. Am. Chem. Soc., 121, 9750 (1999). 5) S. Matsumoto, L. Pan, H. Tokumoto, and Y. Nakayama, Physica B, 323, 275 (2002).. 6) K. Yamamoto, S. Akita, and Y. Nakayama, J. Phys. D: Appl. Phys., 31, L34 (1998). 7) Y. Nakayama, H. Nishijima, S. Akita, K. I. Hohmura, S. H. Yoshimura, and K. Takeyasu, J. Vac. Sci.

Technol. B, 18, 661 (2000). 8) H.Negishi, M. Ohashi, S. Akita and Y. Nakayama, Jpn. J. Appl. Phys. 42 4866 (2003).. 9) 小林和夫: “カーボンナノテクノロジーの基礎と応用”、サイペック(株)(2002).

(中山喜萬)

4.3.4_2

254

4.3.4_2 CNT複合材料

はじめに

カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube: CNT)は、前節までに述べられているように、世界的

なナノテクノロジー重点化構想の中でナノを代表する物質と捉えられており、世界各国の研究者が

研究開発に凌ぎを削る状況になっている 1-6)。 CNT の応用については、電界放出型電子源 3-5)、走査

型プローブ顕微鏡の探針 6,7)、導電性複合材料 8)については既に実用化レベル近くまで研究が進んで

おり、さらに米国では、宇宙エレベーター計画 9)に代表されるように航空宇宙分野における構造材

料分野への CNT 複合材料の適用について極めて積極的に研究を展開している。本稿では、CNT を

複合材料フィラーとして用いたときの機械的特性及び電気的特性について、樹脂基 CNT 複合材料

を中心に実例を交えて紹介するとともに CNT の機械的応用の将来を展望する。 技術の詳細

CNT はその結晶構造に欠陥がほとんどないため、従来の炭素繊維に比べて優れた引張強さや高い

弾性率が期待できる材料である。SWCNT の理論的なヤング率(E)は 3.62TPa、引張強さ(σb)は

9.6GPa、比重(ρ)は約 2 であり、一般的な鉄鋼材料のヤング率が 0.21TPa、引張強さ 0.2GPa、比

重 7.9 であることから、SWCNT の鉄鋼材料に対する比剛性(E/ρ)は約 70 倍、比強度(σb/ρ)

は実に約 190 倍となる。さらに、現在プラスチック系の複合材料にフィラーとして充填されている

炭素繊維などに比べると、 CNT の直径は 100 分の 1 から 1000 分の 1 と非常に小さいにもかかわら

ずアスペクト比は同程度であり、電気抵抗率が従来の炭素繊維などに比べて 1 桁以上小さいことか

ら、導電性複合材料のフィラーとして利用することで、従来よりも少ない充填量で CNT の優れた

機械的・電気的特性を効率良く製品に付与することができると考えられる。 樹脂基 CNT 複合材料については、ここ数年間の研究の進展が著しい。Wood ら 10)は SWCNT を紫

外線硬化樹脂に少量混入した材料をドクターブレード法により厚さ 150µm 以下のフィルムに成形

し、流動方向とそれに垂直な方向とで得られるラマンスペクトルが大きく異なることを明らかにし、

引張試験とラマン分光分析を組み合わせることにより複合材料中のナノチューブの配向を調査する

方法を提案している。Cooper ら 11)は、エポキシに SWCNT および MWCNT を少量混入したナノコ

ンポジットの 4 点曲げ試験とラマン分光分析結果から、応力に起因したラマンバンドのシフトを確

認し、このシフト量からナノチューブの弾性率を決定することができ、 SWCNT で 1TPa オーダー、

MWCNT で約 0.3TPa になることを明らかにしている。Pöschke ら 12)は直径 10~15nm、長さ 1~10µmの MWCNT をポリカーボネートに混合した複合材料のレオロジー特性を調査し、ナノチューブの添

加量が増加すると材料の粘度が著しく増加することを明らかにしている。また、導電率のパーコレ

ーション閾値とレオロジー的な閾値がどちらも 1~2wt%になることを示唆している。CNT 複合材料

の機械的応用としては、静電気除去を目的として自動車の燃料ホースの樹脂部に用いられたのを端

緒として、国産自動車のフェンダー部に用いられたり、テニスラケットに用いられたりすることが

始まっている。また、長さ 30cm の CNT が合成されたとの報告もあり、これを繊維として「着る」

感覚の防弾チョッキを作製できるとの報告もある。 CNT 複合材料の実用化の為には、成形法の確立も重要である。射出成形は成形精度が高く仕上げ

加工が不要で、複雑な形状の成形が可能であるなどの特徴を有するとともに、成形サイクルが短く

自動化しやすいことから量産性に優れた成形法であり、樹脂基 CNT 複合材料の成形法の有力な候

補である。 CNT をポリスチレン、ポリプロピレンに混合した複合材料を射出成形により成形し、

成形品の機械的特性を引張試験により評価した結果を図 1 に示す 13)。ヤング率は、CNT 充填量の増

加とともに特に樹脂の流動方向で大きく改善されることがわかる。これは、CNT が樹脂の流動方向

に配向したためである。一方、引張強さは最大で 30%程度の増加がみられるが、大きく改善された

とは言えない。この理由としては、CNT の長さが短いことが挙げられる。また、 CNT には表面処

理が施されておらず、樹脂との界面におけるせん断強さが弱いために補強効果が現れなかったと考

えられ、CNT を補強材として使用するには、表面処理を施して界面におけるせん断強さを向上させ

4.3.4_2

255

る必要があると考えられる。 使用している CNT 自身の強度と樹脂との界面の密

着力を定量的に解明することも重要と言えよう 14)。 成形品の電気的特性は体積抵抗率を測定するこ

とにより評価した結果を図 2 に示す。CNT を充填し

た場合には、ある一定の閾値濃度を超えると急激に

体積抵抗率が減少し、その後はほぼ直線的に減少す

るという結果が得られ、例えば VGCF を PS に充填

した場合の閾値濃度は約 3.7vol.%であることがわか

る。VGCF をポリプロピレン(PP)に充填した場合

の閾値濃度は 4~5 vol.%と報告されており、PS をマ

トリクス樹脂としても、PP の場合と同程度の少ない

充填量で成形品の抵抗率を低下させることができる

ことがわかる 15)。さらに、MWCNT を充填した材料

では、わずか 3.3vol.%の充填で 107Ω・cm オーダー

の成形品が得られている。以上のように、CNT 複合

材料は、数%の CNT をフィラーとして樹脂に混合さ

せて射出成形することにより、成形品の機械的特性

を損ねずに導電性を付与できる特徴を有する。 今後の展開

カーボンナノチューブ複合材料の開発は端緒に

ついたばかりであり、CNT の特徴を生かした複合材

料としての材料設計と成形法の確立が望まれる。具

体的には従来の炭素繊維と比較して①極めて径が細

く比表面積が大きいこと、②結晶の完全性が高くヤ

ング率・引張り強度が大きくて曲げても破断しない

こと、③導電率が高いこと、④電界集中を生じやす

いこと、⑤中空構造であり第二物質を内包できるこ

と、⑥純炭素物質であるために 3R に適しているこ

と、⑦発塵の少ないことが特徴となろう。反対に成

形の観点からは嵩密度が極めて低く、曲がりやすく、

凝集しやすいといった困難な点も多く見受けられる。

CNT 自身の材料化・規格化と安全性の確認について

も今後の進展が待たれる所である。 複合材料としての研究は、機械的・電気的基礎特

性の把握が中心であるが、今後は具体的応用部材に

ついて CNT の特徴を生かした設計・成形手法を開

発する方向に研究開発がシフトしてゆこう。本稿で

は、樹脂基 CNT 複合材料のみを取り上げたが、金

属基の複合材料 16)としても大いに期待されており、

今後の発展が期待される。 参考文献

1) S.Iijima: Nature, 354 (1991), 56-58. 2) 齋藤弥八, 坂東俊治: カーボンナノチューブの基礎, コロナ社 (1998). 3) A.G.Rinzler, J.H.Hafner, D.T.Colbert and R.E.Smalley: Science, 269 (1995), 1550-1553.

0 10 20 30 40 500

1

2

3

4

5

6

7

Machine direction

Transverse direction

Filler content [wt.%]

You

ng's

mod

ulus

[G

Pa]

(a) ヤング率

0 10 20 30 40 500

15

30

45

60

Tens

ile s

treng

th [M

Pa]

Filler content [wt%]

VGNF/PP VGNF/PP+Elastomer MWCNT/PP VGCF/PP+Elastomer

(b) 引張強さ

図 1 射出成形した各種複合材料の機械的特性

0 2 4 6 8 10 12100

105

1010

1015 P t Filler

Hot press 1.5mm MWCNT 7.2MPa 2mm VGCF 7.2MPa 1mm VGCF 72MPa 1mm VGCF 72MPa 0.5mm VGCF

Filler concentration [vol.%]

Vol

ume

resi

stiv

ity [Ω

・cm

]

図 2 射出圧力と成形品厚さの違いによる複合

材料の体積抵抗率の変化

4.3.4_2

256

4) Y.Saito, K.Hamaguchi, K.Hata, K.Uchida, Y.Tasaka, F.Ikazaki, M.Yumura, A.Kasuya and Y.Nishina: Nature, 389 (1997), 554.

5) Y.Saito, S.Uemura and K.Hamaguchi: Jpn. J. Appl. Phys., 37 (1998), L346-L348. 6) 中山喜萬: 化学, 54 (1999), 42. 7) H.Nishijima, S.Kamo, S.Akita, Y.Nakayama, K.I.Hohmura, H.Yoshimura and K.Takeyasu: Appl. Phys.

Lett., 74 (1999), 4061-4063. 8) 加藤英樹: プラスチックス, 52, 9 (2001), 74-77. 9) NASA ホームページ http://science.nasa.gov/headlines/y2000/ast07sep_1.htm

10) J.R.Wood, Q.Zhao and H.D.Wabner: Composites A 32, 3-4 (2001), 391-399. 11) C.A.Cooper, R.J.Young and M.Halasall: Composites A 32, 3-4 (2001), 401-411. 12) P.Pötschke, T.D.Fornes and D.R.Paul: Polymer, 43 (2002), 3247-3255. 13) K. Enomoto, T. Yasuhara, N. Ohtake and K. Kato: JSME Int. J. Series A, 46-3, (2003) 353-358. 14) 葛巻 徹,光田好孝,北方慎太郎,榎本和城,安原鋭幸,大竹尚登:第 17 回ダイヤモンドシン

ポジウム講演要旨集, (2003) 84-85. 15) 大竹尚登,榎本和城,安原鋭幸:日本複合材料学会誌,28-6(2002)220-227. 16) 大竹尚登,葛巻 徹,光田好孝:高分子,52-12(2003)888-892.

(大竹尚登)

4.3.4_3

258

内包フラーレンの生成を可能にするばかりでなく、燃料電池における水素ガスの保持材料として利

用できる可能性を秘めている。 第三の例はフラーレン骨格そのものを創成する技術の開発である 9-14)。試験管の中でフラーレン

を生成する試みは、真空中で瞬間加熱される最終ステップを除き、60 個の炭素原子骨格を有する前

駆体の合成まで完成している 9)。フラーレンは通常、黒鉛を原料としてアーク放電やレーザ蒸発等

の気相成長の方法でつくられる。生成物は C60, C70, C76, C78, C82, C84等の混合物である。フラーレン

は炭素蒸気が凝集する過程で自然に生成する。直鎖構造をもつ炭素分子 Cn(n=2-30)がその前駆体

と考えられている。そこで炭素鎖分子(ポリイン)をモチーフとする化合物を積極的に合成し、炭

素数の定まった前駆体から特定のフラーレン分子を生成しようとする試みが行われてきた(図 3)。C60のサイズ選択的生成についてはすでに 3 つのグループからの報告がある 10-13)。 高級フラーレン(Cn, n>70)は生成量が少な

いため、特定のフラーレンだけを選択的に生成

することに意味がある。C78は構造異性体が見つ

かった最初のフラーレンである。アーク放電や

レーザ蒸発でも異性体の生成比を系統的に変化

させることができるが 14,15)、一つの異性体だけ

を生成することは難しい。最近、炭素数 78 のポ

リイン骨格をもつ前駆体が合成され、真空中の

レーザ光照射によって炭素骨格のみの C78 が生

成することが確認されている 16)。 第四はフラーレン生成に関わる反応過程の研

究である 17-19)。フラーレンは直鎖構造をもつ炭

素分子の凝集によって生成するが、その過程はどのようなものか。それは制御可能か。炭素鎖分子

の凝集反応を考えるとき、その発熱を無視できないことに気が付く。発熱過程のうち重要なのは、

直鎖構造からグラファイト構造への結合様式の変換である(図 4A)。では実際、炭素鎖分子が凝集

する際にどのくらいの温度に達するのか。フラーレン生成の気相実験では黒鉛の蒸発に使われる外

部からの熱の効果が大きく、反応熱との区別が難しい 17)。最近われわれは低温実験によって炭素分

子の発熱を直接観ることに成功し(図 4B)、自己加熱反応で到達し得る上限温度を求めることがで

きた 18)。

実験はまず、レーザアブレーションで生成した炭素鎖分子(Cn, n=3-21)をネオンやアルゴン固体

中に捕捉する。この固体を昇華温度まで温めると炭素分子が表面に析出して凝集が起こる。その際

の輻射を分光器で測定した。スペクトルは約 2500 K の黒体輻射に一致した(図 4C)。輻射熱に換算

すると、炭素原子 1 個あたり 0.2-0.4eV(4.6-9.2 kcal/mol C atom)の発熱に相当する。炭素微粒子内

で sp から sp2への変換が起こり、解放されたエネルギーが短時間に内部振動に転換される結果、自

己加熱が進むと説明される 19)。気相中で行われるフラーレン生成においても同様の発熱が起こって

いることは容易に想像できる。従って、炭素鎖分子の凝集過程を熱収支の観点から理解し、制御す

ることが特定のフラーレンを生成する技術を確立するうえで重要な鍵を握ると考えられる。

C60

C60X6

(X=H, Cl)

hν / ∆

- 6X

図 3 巨大環状ポリイン分子からのサイズ選択

的フラーレン生成12-14)

図 4 炭素鎖分子の凝集にともなう発熱反応:(A)結合様式 sp から sp2への変換モデル、

(B)炭素試料の発光写真(環の直径は約 1cm)、(C)発光スペクトルと黒体輻射の比較

4.3.4_3

259

今後の展開

フラーレンは大量合成によって物性研究における材料物質あるいは化学修飾における出発物質の

地位を確立した。既に芽の出ている電子デバイスや医療応用の分野において C60と C70の実用化が待

たれる。フラーレン生成における構造制御はよく定義された前駆体分子から特定の異性体のみを生

成する方向で進展してきた。大量生産の開始によってフラーレンを手軽に試すことができるように

なった。いまその多様な可能性の実践が始まっている。今まで以上に多くの研究者が、それぞれの

視点からフラーレンを題材とする研究に参画されることを期待する。 参考文献

1) H. W. Kroto, J. R. Heath, S. C. O’Brien, R. F. Curl and R. E. Smalley: Nature, 318, 162 (1985). 2) W. Krätschmer, L. D. Lamb, K. Fostiropoulos and D. R. Huffman: Nature, 347, 354 (1990). 3) M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus and P. C. Eklund: “Science of Fullerenes and Nanotubes”, Academic

Press (1996). 4) 篠原久典、齋藤弥八:“フラーレンの化学と物理”、名古屋大学出版会 (1996). 5) 日本化学会編:季刊化学総説 43 “炭素第三の同素体フラーレンの化学”、学会出版センター

(1999). 6) H. Imahori, H. Norieda, H. Yamada, Y. Nishimura, I. Yamazaki, Y. Sakata and S. Fukuzumi: J. Am. Chem.

Soc., 123, 100 (2001). 7) Y. Rubin: Chem. Eur. J., 3, 1009 (1997). 8) Y. Murta, M. Murata and K. Komatsu: Chem. Eur. J., 9, 1600 (2003). 9) L. T. Scott, M. M. Boorum, B. J. McMahon, S. Hagen, J. Mack, J. Blank, H. Wegner and A. de Meijere:

Science, 295, 1500 (2002). 10) S. W. McElvany, M. M. Ross, N. S. Goroff and F. Diederich: Science, 259, 1594 (1993). 11) Y. Rubin, T. C. Parker, S. Pastor, S. Jalisatgi, C. Boulle, and C. L. Wilkins: Angew. Chem. Int. Ed. Engl.,

37, 1226 (1998). 12) Y. Tobe, N. Nakagawa, K. Naemura, T. Wakabayashi, T. Shida and Y. Achiba: J. Am. Chem. Soc., 120,

4544 (1998). 13) Y. Tobe, N. Nakagawa, J. Kishi, M. Sonoda, K. Naemura, and T. Wakabayashi: Tetrahedron, 57, 3629

(2001). 14) T. Wakabayashi, K. Kikuchi, S. Suzuki, H. Shiromaru and Achiba: J. Phys. Chem., 98, 3090 (1994). 15) T. Wakabayashi, D. Kasuya, H. Shiromaru, S. Suzuki, K. Kikuchi and Achiba: Z. Phys. D., 40, 414

(1997). 16) Y. Tobe, R. Umeda, M. Sonoda, T. Wakabayashi: Chem. Eur. J., 11, 1603 (2005). 17) S. Suzuki, H. Yamaguchi, T. Ishigaki, R. Sen, H. Kataura, W. Krätschmer and Y. Achiba: Eur. Phys. J. D,

16, 369 (2001). 18) T. Wakabayashi, A.-L. Ong, D. Strelnikov and W. Krätschmer: J. Phys. Chem. B, 108, 3686 (2004). 19) Y. Yamaguchi and T. Wakabayashi: Chem. Phys. Lett., 388, 436 (2004). †) 小松らはその後、H2分子を内包させた C60の穴をふさぐことに成功した。K. Komatsu, M. Murata,

and Y. Murata, Science, 307, 238 (2005).

(若林知成)

4.3.4_4

260

4.3.4_4 フラーレンナノウィスカー

研究状況

フラーレンナノウィスカー(fullerene nanowhisker, FNW)とは、C60,C70,C60誘導体分子などのフラ

ーレン分子が作る細いひげ結晶のことである 1-3)。C60 分子が作る FNW は C60 ナノウィスカー

(C60NW)、C70分子が作る FNW は C70ナノウィスカー(C70NW)などと呼ぶ。 図 1 に示すように、

ナノメートルサイズの上限として一般に受け入れられている 100nm よりも小さい直径を持つ FNWを作ることができるが、直径が数百ナノメートルのウィスカーに対しても、特に区別することなく、

フラーレンナノウィスカーと称してい

る。 筆者らが初めて見出した FNW は

C60NW である。これは、C60 を添加し

たチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)のコ

ロイド溶液中に生じた 4)。コロイド溶

液の作製には、C60の溶媒としてトルエ

ンを、金属アルコキシドの溶媒として

イソプロピルアルコール(IPA)を用いていたので、溶媒成分のみを使った参照実験を行なうこと

により、C60NW の合成方で亜る液-液界面析出法(液-液法、 liquid-liquid interfacial precipitation method)に到達した 1)。 液-液法により、カプセル状やチューブ状の C60針状結晶も作ることができ

る。また、熱処理によって、FNW がチューブ状、多孔質構造など様々な構造に変化することが見出

されて来ている。 技術の詳細

トルエンやメタキシレンなどを用いて C60の飽和溶液を作り、これを、10mL 程度の容量の透明ガ

ラスビンに入れて、21以下に冷却する(溶液 A)。溶液 A に、冷却したほぼ等量の IPA を静かに

加えて、トルエン/IPA の液-液界面を作り、これを 21以下で保存する。IPA の添加法としては、

ピペットを用いて、ガラスビンの壁を伝わらせて行なう、C60溶液に直接滴下するなど色々であるが、

それぞれに応じて、C60NW の長さや太さの分布に違いを生じる。2 週間以上成長させると、数百マ

イクロメートル以上の長い C60NW を得ることができる。長く成長した FNW を、フラーレンナノフ

ァイバとも称している。液-液界面析出法の大きな利点は、常温付近で行なうことができることで

ある。液-液界面形成直後の様子を図 2(a)に示す。C60飽和トルエン溶液に IPA を添加することによ

り、C60が過飽和になり、ウィスカーの核が析出する。矢印で示した茶褐色の部分が核の集まりであ

る。トルエンと IPA は相互に拡散するので、図 2(b)に示すように、界面はしだいに不明瞭になり、成

長した C60NW が綿状に沈殿する。このようにし

て作られた C60NW の例を図 3 に示す。これは、

液-液界面を形成してから約 2 ヶ月間保管後、走

査電子顕微鏡(SEM)で観察したものである。 写真から明らかなように、C60NW は数百マイクロ

メートルからミリメートルオーダーに成長したこ

とが分かる。最近、橘らは、C60NW の成長が可視

光によって促進されるという非常に興味深い結果

を発表した 5)。 溶液中で作製した C60 針状結晶については、溶

媒和した化合物として多くの報告があるが、トル

エンと IPA を用いて作製した C60NW に含まれる

溶媒の量は極めてわずかであった。TDS(thermal

図 1 直径 87 nm の C60ナノウィスカーの透過電子顕微鏡

(TEM)像3)

図 2 (a)液-液界面形成直後、 (b)界面形成から 1 週間経過後の様子

4.3.4_4

261

desorption mass spectroscopy)分析の結果、含ま

れる不純物は主としてトルエンであった。 これまでの観察結果では、トルエンあるいは

メタキシレンと IPA の系で作った C60NW と

C70NW は薄層が積層した構造を持つことが分

かっている 6)。 液-液法を用いると、複数種

類のフラーレン分子から構成されるナノウィス

カー(NW)を作ることも可能であり、C60-C70、

C60-C60[C(COOC2H5)2]、C60-C60C3H7N などの 2成分系 FNW の合成に成功している 7,8)。 図 4 に、C60-5.1mass% C60[C(COOC2H5)2]の組

成を持つ FNW の高分解能透過電子顕微鏡

(HRTEM)写真を示す 8)。1.0nm の間隔で C60

分子が成長軸方向に密に充填していることが分かる。 この例のように、C60や C70分子からなる FNW は、成長軸方向に沿ってフラーレンケージが最密充

填した構造を持っていることが観察されている。しかし、C60[C(COOC2H5)2]のみからなるウィスカ

ーでは、必ずしも C60ケージの最密充填方向と成長軸の方向とが一致しない場合があった 3)。 C60NW は、大気中の加熱により、約 450で酸化され分解が始まるが、TEM による真空加熱実験

では、約 600以上で非晶質構造となることが示された 9)。また、C60NW を、ロータリーポンプ真

空下で 600以上で加熱すると、チューブ構造に変化することが分かった 10)。C60結晶を真空中で加

熱すると、その外形を残した殻構造が生じる。この構造は C60シェル(C60 shell)と呼ばれるので 11)、

C60ナノウィスカーから生じたチューブをC60シ

ェルチューブ、より一般的にフラーレンナノウ

ィスカーから生じたチューブを、フラーレンシ

ェルチューブと呼ぶこととした 10)。図 5 にその

一例を示す。C60 のトルエン飽和溶液と IPA の

液-液法で作製したナノウィスカーから生じた

C60シェルチューブは非晶質構造を示し、その壁

厚は約 15~20 nm、内径は約 150 nm~400 nm で

あった。グラフェンシートを円筒状に丸めたカ

ーボンナノチューブに比べて、非常に大きな内

径を持つことが C60 シェルチューブの特徴であ

る。また、 (η2-C60)Pt(PPh3)2を少量添加した C60

飽和トルエン溶液と IPA を用いた液-液法によ

って、中空構造を有するカプセル状の C60 針状

結晶も作製された 12)。これらの殻構造の生成は、

フラーレン(ナノ)ウィスカーが、コア-シェ

ル構造を持っていることを示唆する。 今後の展開

液-液界面析出法を用いることにより、様々

な組成と構造を持つ FNW を作製することがで

きる。また、FNW は、熱処理によって中空構造、

非晶質構造などの多様な形状に変化する。金属

内包フラーレンによる FNW の作製や FNW の有機修飾など、未開拓のテーマが多数存在する。フラ

ーレン分子や FNW に特有な性質を生かすことによって、燃料電池などの触媒材料、低次元半導体、

太陽電池、軽量ナノ配線、電極材料、抗菌材料などの分野で、FNW の幅広い応用が期待できる。

図 3 ろ紙上に広げた C60 ナノウィスカーの

SEM 像。太い線状像は紙の繊維。

図 5 60030 分の真空加熱で生じた C60シェルチューブ

の TEM 像。

図 4 C60-5.1mass% C60[C(COOC2H5)2]の組成を 持つフラーレンナノウィスカーのHRTEM像

8)。

4.3.4_4

262

FNW の無限とも言える可能性は、FNW が、個々のフラーレン分子の集まりによって構成されるこ

とにある。1µm 以上の直径を持つ C60ウィスカーの電気抵抗率が、直径が小さくなるとともに著し

く小さくなるという異常な性質を示すこと 13)、高温真空加熱によって C60NW が高導電性となるこ

となどの興味深い性質が明らかになっている 14)。しかし、FNW の研究は始まったばかりであり、

その基礎的な物性、厳密な構造、化学的な性質は、ほとんど明らかにされていない。今後、FNW が

真に有用なものとなるためには、基礎的な研究に十分な力を注ぐことが必要である。 参考文献

1) K.Miyazawa, Y.Kuwasaki, A.Obayashi and M.Kuwabara : J.Mater.Res., 17, 83(2002). 2) K.Miyazawa : J.Am.Ceram.Soc., 85,1297(2002). 3) K.Miyazawa,T.Mashino and T.Suga, J.Mater.Res.,18,2730(2003) 4) K.Miyazawa, A.Obayashi and M.Kuwabara, J.Am.Ceram.Soc., 84,3037(2001). 5) M. Tachibana, K. Kobayashi, T. Uchida, K. Kojima, M. Tanimura and K. Miyazawa, Chem. Phys.

Lett.,374,279 (2003). 6) K.Miyazawa, K.Hamamoto,S.Nagata and T.Suga, J.Mater.Res., 18,1096(2003). 7) M.Fujino, K.Miyazawa and T.Suga, The 8th IUMRS International Conference on Advanced

Materials,The Materials Research Society of Japan, Abstracts 1, P.86, October 8-13,2003,Yokohama. 8) K.Miyazawa, T.Mashino and T.Suga, Transactions of the Matertials Research Society of Japan,

29,537(2004). 9) M.Fujino, K.Miyazawa and T.Suga, The 8th IUMRS International Conference on Advanced

Materials,The Materials Research Society of Japan(MRS-J), October 8-13,2003, Yokohama, Abstracts 2, P.36.

10) 宮澤薫一、工業材料、52,24(2004). 11) H. Sakuma, M. Tachibana, H. Sugiura, K. Kojima, S. Ito, T. Sekiguchi and Y. Achiba, J.Mater.Res., 12,

1545(1997). 12) 宮澤薫一、須賀唯知、2004 年春季第 51 回応用物理学関係連合講演会 講演予稿集、P.1515. 13) K.Miyazawa,Y.Kuwasaki, K.Hamamoto, S.Nagata, A.Obayashi and M.Kuwabara, Surf. Interface Anal.,

35,117(2003). 14) 宮澤薫一、藤野真久、蓼沼克嘉、橘 勝、須賀唯知、第 18 回エレクトロニクス実装学術講演大

会講演論文集、P.197、2004 年 3 月.

(宮澤薫一)

263

4.4 自己修復材料

4.4.1 はじめに

自己修復材料とは、材料に生じる損傷を材料自らの力で修復する材料である。材料を、応力の繰

り返し、高温や腐食などの材料にとって苛酷といえる環境下で長期間使用すると、材料中に損傷が

生じ、それが次第に成長する。損傷の成長・蓄積により、材料は劣化し、ついには破損する。材料

の損傷が避けられない所は、構造物であれば、応力が集中する構造の要の部分であり、機械であれ

ば、性能を生み出す心臓部分である。そのため、破損による影響は大きく、時には人命を損なう惨

事を引き起こす。構造物や材料にも、安全性や信頼性を確保するために、生命体と同じような自己

修復機能が望まれる。 生命体にとっては、自己修復能力は必要不可欠かつあたりまえのものであるのに対し、人工構造

物や材料は生命のないものであるからとの考えから、構造物や材料にこのような自己修復機能をも

たせようとする発想はあまり報告されてこなかった。 しかし、材料に自己修復機能をもたせようとする試みは、実は、深く静かに進行していた。金属、

セラミックス、コンクリート、高分子材料、複合材料など、それぞれの材料の構造と特性を熟知す

る専門家が、それぞれの材料の特徴を生かした試みを長年、地道に行っていたのである。これらの

研究の損傷修復の原理となる部分は、実は、ナノレベルでの現象が関係していることが多い。例え

ばポリマーの分子鎖の自己修復においては主鎖が紫外線の影響で切れた場合、修復材を用いて電子

のやり取りや切れた主鎖の端面での化学反応により主鎖を修復し、高温構造材料においては修復元

素の拡散・偏析・析出により、損傷を自己修復するのである。 ここでは、これらの研究の中より、高分子材料の分子鎖を再結合、セラミックスの表面クラック

の自己修復や耐熱鋼のクリープボイドの自己修復、耐食皮膜の自己修復、ピエゾ素子の疲労回復処

理について紹介する。

4.4.2 研究状況

自己修復材料の開発に関する研究においては、ポリマーの分子鎖の自己修復、セラミックスの表

面き裂の自己修復や耐熱鋼のクリープボイドやマイクロき裂の自己修復、耐食皮膜の自己修復、セ

ンサ・アクチュエーター用材料の機能回復などが上げられる。 ポリマーの分子鎖の自己修復においては、紫外線などの影響により高分子主鎖が開裂する等の損

傷が生じたとき、損傷個所の発見、継続的な修復エネルギーの供与、発生する廃棄物の処理等の問

題を解決する必要があった。高分子主鎖が開裂した場合、材料中の修復材(金属イオン、原子、分

子等)を用いて切れた主鎖を修復するものである。種々のポリマーにより自己修復過程は異なるの

で、ポリマーの種類により最適な修復材が必要とし、修復過程において生ずる排泄物(修復系にお

いて生成する余分な物質)の処理が必要な場合もある。ここで修復材というのは電子のやり取りや

化学反応を手助けするものから、主鎖の修復に取り込まれるものまであり、数多くのポリマーごと

に修復システムが構築されている。 また、主鎖の断裂よりも遙かに大きな損傷の自己修復に関する研究も行われている。成形体があ

る方向に引っ張られて変形し高分子鎖が配向配列し、同時に主鎖の断絶が起きているような場合は

微小なひび割れ(クレーズ)が生じる。このクレーズが生じた状態は高分子鎖が伸びきりエネルギ

ーが高い状態にあるこれを高い温度に保つと主鎖の再配列が起こり見かけ上グレーズは消滅する。

これに上記自己修復反応を組合せると高分子鎖同士も再結合し、元に状態に戻すことができる。 高温損傷の自己修復に関する研究においては金属材料を高温の応力下で長期間使用すると、結晶

粒界にクリープボイドと呼ばれる空洞が多数生成し、それらが結晶粒界に沿って成長し、相互に連

結して、粒界き裂を形成し、遂には突然の低延性の破壊を起こす非常に危険な破壊機構である。ク

リープボイドは結晶粒界上の炭化物や金属間化合物等とマトリックスとの界面の応力集中部に発生

し、結晶粒界の空孔が粒界を拡散してクリープボイド中に流れ込み、逆にクリープボイド表面の原

子がボイド表面および結晶粒界を拡散し、流れ出すことによりクリープボイドは次第に大きくなる。

このクリープボイドの成長には、クリープボイド表面の表面拡散と粒界拡散とが関与し、遅い方の

拡散速度によってクリープボイドの成長が律速される。

264

このクリープボイド表面に瘡蓋のように安定した物質で覆って成長を抑制させるのが自己修復

の原理である。表面に偏析・析出する元素として、B と N を添加すると、表面偏析した B と N は

安定な化合物である BN をクリープボイド表面に形成する)。BN の融点は 3000で、高温で極めて

安定であり、耐熱鋼が使用される温度域では拡散はほとんど生じず、クリープボイドの成長は阻止

される。 自己修復性耐食皮膜においては、金属材料を腐食損傷から保護する作用を持つ酸化皮膜の自己修

復に関するものである。金属・合金の表面には一部の貴金属を例外として、必ず酸化物皮膜が表面

を覆っており、これが金属材料を腐食損傷から保護する作用を持っている。金属材料表面に生成す

る酸化物は、炭素鋼、銅・銅合金などに生成するさび..

、Al, Ti, Mg, Ta などとその合金に生成するア

ノード皮膜、さらに鉄、クロム、ニッケルとその合金、ステンレス鋼などに生成する不働態皮膜の

3 つに大別できる。特に最後の不働態皮膜は環境との接触によって自発的に生成する数 nm 厚さの

酸化物ないしは水酸化物で、機械的損傷、化学的な侵食などの何らかの要因で破壊されても速やか

に再生成する自己修復性をもつものである。なかでもステンレス鋼の不働態皮膜は Cr が濃縮してお

り、ステンレス鋼の高耐環境性はこの Cr に富んだ皮膜によってもたらされる。すなわち、ステンレ

ス鋼中で Cr 原子はランダムに分布しているが、水溶液環境では、Fe の選択溶解が進行すると、連

続した Cr 酸化物が最表面を覆いつくすことになる。この不働態皮膜中への Cr 濃縮は、ステンレス

鋼の自己修復作用と密接な関係がある。ステンレス鋼表面が機械的、あるいは酸、塩化物イオンな

どで損傷しても、環境の酸化作用で再び Fe の選択溶解と表面酸化物中の Cr 濃縮が起こるために、

もとの優れた耐食性を回復できる。修復に要する時間は、損傷の程度や環境によって異なるが数秒

あればよく、長くても数時間でもとの状態に復帰する。 固体センサ・アクチュエーター用材料の自己修復においてはこれらに生じるナノオーダーの損

傷が原因である機能劣化と機能回復について述べる。超磁歪合金薄膜運動機能材料は最近注目され

ており、振動吸収、エネルギー変換素子、さらに遅延素子や高感度小型マイクに応用が期待されて

いる。特に、人間生活圏における電磁ノイズ領域で感度が低く、このノイズ領域以上の磁場領域で

磁歪感受率が高い特性の Fe-44%Pd 耐食薄膜を発明し、時間、温度、さらに環境による機能劣化が

少ないFe-Pd 合金薄膜も開発している。この経年変化はいずれも 5%以下であり、機能劣化に強い

画期的な材料である。 さらに、Y系酸化物超伝導体に He イオンを照射すると、表面粗さが小さくなるが、この清浄表

面ナノ研磨プロセスは超伝導特性を劣化させ、遂には絶縁性を示す。さらに、残留 He は時間の経

過に伴い、導電性に成っていき、絶縁特性が劣化する。一方、絶縁性の超伝導体試料を熱処理する

と、超伝導遷移温度の回復熱処理過程を確認した。 機能劣化の自己修復の例として、自動車のボディの耐食性を向上させ、デザイン機能を引き立て

る塗料に着目し、実用化している自動車用のコート材が接触事故による傷が付きにくい理由は、コ

ート材の超弾性によることを見出し、さらに、酸性雨や火山灰に対する耐食性を評価し、塗装材料

の機能劣化を確認した。 4.4.3 今後の展開

主だった自己修復材料の研究を紹介したが、これらの研究は材料研究の中では、ほんの一握とも

いえないほどの少なさである。ポリマー、金属の分野においても、これから益々の発展が期待でき

る。また、損傷の自己修復ばかりでなく機能の自己修復や機能性材料の自己修復、自己修復機能を

応用した電子機能デバイス創製などへの応用が期待する。 今後、ナノレベルでの解析・解析技術の向上に従って、丈夫な材料は、実はナノレベルにおける

自己修復材料であるという報告が出てくるかもしれない。自己修復材料研究のさらなる進展と、よ

り広範な展開と現場での積極的な採用により、この材料が、身近な生活空間の安全確保や産業プラ

ント等の信頼性・経済性向上や様々な分野での技術の発展・信頼性の向上のキーマテリアルとなる

ことを期待したい。

(岸本 哲)

4.4.4_1

265

4.4.4_1 自己修復材料 自己修復材料の研究も最近では少しずつ例が増えてきた。それぞれの研究には様々な着眼点が見

られる。その中で著者らの研究の方向は「生物がその機能を発揮するために創成した(情報―シス

テム-機能)という情報の流れを人工材料に適合する」というものであり、 DNA 情報の代わりに脳

情報、生物体の代わりに人工材料を用いる。このことによって機能としては「故障をしても自動的

にカバーする」「相反する性能を代謝のような能動的な作用で克服する」などを目指している。 DNA 情報を脳情報に置き換えるには情報の抽象化が必要とされるが、これは情報理論を展開すれ

ばよい。しかしその情報で具体的なシステムにするためにはナノテクノロジーが求められる。その

理由はこれまでの人工的材料が、①均一な化学反応、②成形加工などの手段、の二つに大きく分か

れていたからである。マイクロマシンなども今後の有望な分野ではあるが、高分子材料については

成形加工のサイズを小さくしたものとして捉えることができる。 自己修復など生物情報を活かしたシステムの構築には化学反応であって自動的に成形加工など

の手段が使用できる手法が必要であり、まさしくナノテクノロジーの領域なのである。 研究対象の一つであるDNAの補修系ではDNAのらせんの上を馬型酵素が滑ってチミンダイマー

を検出する。材料の中では赤外分光光度計のような分析機器を用いる訳にはいかない。そのために

このようなナノサイズの立体的構造物を巧みに使って劣化部位の検出を行っている。 人工的材料、特に高分子の場合はナノ領域で高分子鎖の運動性が大きく変化することが知られて

いる。著者らの研究によると高分子鎖の立体的配置の記憶性は 100nm 以上で発揮され、多孔質高分

子の壁の面積は 10nm 以下で消失する。従って、高分子主鎖の運動性が変化するのは 10-30nm 付近

と推定される。 Polyphenylene ether の自己修復反応においては 40で高分子中の拡散速度から予想された反応速

度より 150 倍程度高い値が得られたが、これはナノ反応場における高分子主鎖の運動が早いことが

原因していると考えられる。 このようにナノ反応場における高分子の運動性は高いが、場が提供する環境は必ずしもそうでは

ない。一例として、高分子主鎖の開裂はラジカル発生を伴う場合が多いが、このラジカルはナノオ

ーダーの空隙に閉じこめられて一定の時間は安定して存在すると考えられる。つまり高分子の内部

に存在する酸素や水など高分子そのものよりラジカルと容易に反応する物質の活量は空気中または

一般の化学反応中よりかなり低いと考えられるからである。また自己修復ということは反応前に既

に劣化部位が材料中に存在するが、材料中の劣化点は移動しない。従って反応種の活量は溶液系の

半分近くになる。つまりナノ反応場の運動の研究には自己修復はよい対象材料である。 このように自己修復は、高分子鎖自体の運動性や高分子中に発生するラジカルや反応中間体の活

量などナノ反応場の興味ある課題を提供するが、まだその多くは判明していない。またこのように

サイズと材料側が反応化学種に提供する場の大きさや場の特性は Born らの極性項の寄与の研究以

後、体系的にはあまり進歩していない。それが自己修復とナノテクノロジーのこれからの重要な課

題になると考えられる。 著者らの研究に於いて自己修復材料は研究を進化させていく上での一つの段階として捉えてい

る。生体情報の抽象化によって人工的材料に応用しうるものとしては代謝、馴化などがある。 このうち、代謝反応は酸素などのエネルギー発生要素を取り込んで能動的活動を行う。その例と

しては前に記載した Polyphenylene ether の研究がある。酸素は空気中から材料へ拡散し、材料内の

水素と結合して水を発生する。代謝には廃棄物が伴うが、この場合は廃棄物が水なので材料表面か

ら蒸発するが、固体や液体の廃棄物が発生する場合には人間社会における廃棄物貯蔵所かあるいは

細菌のように廃棄物を分解するものを内部に置く必要がある。生体内および環境の情報を人工材料

に転写する課題の一つである。 馴化の研究はまだ緒に就いたばかりである。反応場のサイズはミクロンオーダーであると考えら

れる。Polycarbonate に特定の光を当てると表面の主鎖が Fries 転位反応を起こし、分子吸光係数が高

くなり光劣化は数 10,000nm で止まる。この馴化膜の生成のため error function 状にならないのであ

4.4.4_1

266

る。この膜は特異な曲線の形をしており、先端界面の形がシャープであり、1,000nm 程度であるこ

とも興味がある。 生物の馴化の多くは外部からの負荷要因に対して前駆体で応じるというしくみをとっているこ

とがある。 生体は環境と調和している。環境はナノスケールとはかけ離れて大きい空間での調和が問題であ

るが、生物がナノスケールとメガスケールの両方で調和を保っていることを解明するためにも自己

修復、代謝、馴化などの研究をさらに進めていく必要があり、ナノテクノロジーと情報理論という

二つの爆発しつつある大きな領域の成果を応用できると考えられる。

生物の修復の例・・・紫外線劣化に対するDNAの修復

紫外線

チミンダイマー(損傷部位)

切れ目を挿入

損傷部位の除去

新鎖の形成

修復

紫外線

チミンダイマー(損傷部位)

切れ目を挿入

損傷部位の除去

新鎖の形成

修復

生命を伴わない生命活動体“Lifeless Living Materials” の創製

生 物

人工材料

情 報

能動システム

修復

馴化

呼吸

運動

複製

(武田邦彦)

図 1

4.4.4_2

267

4.4.4_2 自己修復性耐熱材料

研究状況

材料を、応力の繰り返し、高温や腐食などの材料にとって苛酷といえる環境下で長期間使用

すると、材料中に損傷が生じ、それが次第に成長する。損傷の成長・蓄積により、材料は劣化

し、ついには破損する。材料の損傷が避けられない所は、構造物であれば、応力が集中する構

造の要の部分であり、機械であれば、性能を生み出す心臓部分である。そのため、破損による

影響は大きく、時には人命を損なう惨事を引き起こす。主要な構造材料である金属材料の損傷

として、繰り返し応力・歪による疲労損傷、高温・応力下の長期間使用によるクリープ損傷、

そして腐食損傷とがある。破壊に直接つながるのは、疲労損傷とクリープ損傷である。これら

の損傷生成過程は、空孔や転位の凝集や合体により発生するナノメートルレベルの初期過程、

マイクロメートルレベルの成長過程、そしてミリメートルレベルの破壊過程とに分けることが

できる。非破壊検査等により、損傷を検出できるのは、ミリメートルレベルの破壊過程に至っ

てからとなることが多く、ナノからマイクロメートルレベルでの初期や成長期での検出は難し

く、損傷の修復となると、さらに困難である。そこで、材料自身に損傷を修復する機能もたせ

ることが求められ、その試みがなされ始めている 1)。 疲労損傷等によるマイクロクラックや複合材料における強化繊維のマトリクスからの剥離

の自己修復の研究は、高分子をマトリクスとした複合材料について行われている。修復剤を封

入したカプセル 2)や熱硬化性樹脂粉末 3)を分散させたり、修復剤をしみこませた繊維を配向 4)

させたりしている。しかし、疲労が一番問題になる金属材料については、本格的な研究はまだ

なされていない。 高温損傷のクリープ損傷については、高温で活発になる溶質元素の拡散と表面現象を利用し

た巧みな方法が考え出され、成果を挙げている 5,6)。本項目では、このクリープ損傷の自己修復

を代表的な自己修復耐熱材料の例として紹介する。 研究事例(耐熱鋼の自己修復) ①高温破壊のメカニズム

金属材料を高温の応力下で長期間使用すると、伸びや絞りの少ない粒界破壊を起こす。

結晶粒界にクリープボイドと呼ばれる空洞が多数生成し、それらが結晶粒界に沿って成長し、

相互に連結して、粒界クラックを形成し、遂には低延性の破壊を起こす。図 1 にクリープ中の

クリープボイドの生成、成長の様子を示す。クリープボイドは結晶粒界上の炭化物や金属間化

合物等とマトリクスとの界面の応力集中部に発生する。発生したクリープボイドは次第に成長

するが、その成長のメカニズムを図 2 に示す。結晶粒界の空孔が粒界を拡散し、クリープボイ

ド中に流れ込み、逆にクリープボイド表面の原子がボイド表面を拡散し、さらに結晶粒界を拡

散し、流れ出す。その結果、クリープボイドは次第に大きくなる。このクリープボイドの成長

図 1 クリープボイドの生成

図 2 クリープボイドの成長機構

4.4.4_2

268

には、クリープボイド表面の表面拡散と粒界拡散とが関与し、遅い方の拡散速度によってクリ

ープボイドの成長が律速される。 ②クリープ損傷の自己修復 クリープボイドの中は真空状態

であり、クリープボイド表面には、

不純物として僅かに含まれる表面

活性な S が偏析している(図 3)。低融点の S が偏析したクリープボ

イド表面は、拡散速度が増大し、

表面エネルギーが低下するため、

クリープボイドの成長は加速する。

クリープボイド自己修復のポイン

トは、この有害な S を徹底的に除

去し、クリープボイド表面の拡散

を抑制する元素を偏析、または析

出物を析出させることである。Sを除くには、溶解過程で Ce を添加

し、Ce の硫化物を形成させて除去

し、さらに Ti を添加して、残った

S を Ti の硫化物として固定する。Sを徹底的に除くと、他の元素がク

リープボイド表面に偏析できるよ

うになる。偏析する元素として、Bと N を添加すると、表面偏析した

B と N は安定な化合物である BNをクリープボイド表面に形成する

(図 3)。BN の融点は 3000で、

高温で極めて安定であり、耐熱鋼が使用される温度域では拡散はほとんど生じない。そのため、

クリープボイドの成長は阻止される。

③自己修復効果 図 4 はクリープボイド表面へ BN が析出する 304B NTi ステンレス鋼と通常の 304 ステンレス

鋼におけるクリープボイド生成の様子を比較して示す。304 ステンレス鋼では、クリープボイ

ドの成長が著しく、成長して、クラックを形成している。304BNTi ステンレス鋼では、成長が

抑制され、成長したボイドは見られない。その結果、304BNTi ステンレス鋼の破断寿命と破断

延性も格段に向上している。クリープボイド表面への BN の析出は、高温での使用中に生じる

ものであり、使用中にクリープボイドが発生しても、すぐに BN がその表面に析出して表面を

覆い、それ以上の成長を阻止する。これを自己修復効果といってもよいであろう。その結果、

高性能で信頼性の高い耐熱鋼とすることができる。 今後の展開 材料の損傷は、ナノからマイクロメートルスケールで生じ、次第に成長して、ついにはマク

ロな破壊を引き起こす。破壊する前の成長段階で、非破壊的に損傷を検出し、修復するのは困

難であることが多い。そこで、損傷の自己修復機能を材料にもたせるのが望まれる。現在の所、

自己修復方法として盛んなのは、接着剤をカプセル化し、材料に分散させる、比較的マクロな

方法である。しかし、損傷の発生・成長のメカニズムが分かってくれば、損傷生成の初期段階

図 3 クリープボイド表面への S の偏析と BN の析出

図4 BN析出によるクリープボイドの成長抑制 (750,63Mpa でのクリープ試験結果)

4.4.4_2

269

のナノからマイクロメートル領域で、比較的容易に修復することが可能である。本項目で紹介

したように、微量元素の制御のみで、クリープボイドの表面状態を制御でき、損傷を修復状態

にもっていくことができる。最近の研究で、BN の析出でなくても、B の偏析だけでも十分修

復効果があることが分かってきた。より容易で一般的な自己修復技術とすることが可能であろ

う。 参考文献

1) 自己修復材料研究会:“ここまできた自己修復材料”、工業調査会(2003). 2) S. R .White, N. R. Sottors, P. H. Geubelle, J. S. Moore. M. R. Kessler, S. R. Sriram, E. N. Browns

and S. Viswanasan:Nature, 409, 794(2001). 3) M. Zako, N. Takano and H. Fujita:Proc. 5th Japan International SAMPE Symposium, 919(1997). 4) C. Dry:Smart Structures and Materials, SPIE Vol.244, 410(1995). 5) 京野純郎、新谷紀雄:鉄と鋼、88, 277(2002). 6) 京野純郎、新谷紀雄:材料、52, 1211(2003).

(新谷紀雄、京野純郎)

4.4.4_3

270

VergingDecayed

0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.00

0.51.01.52.02.53.03.54.04.5

Strain

Stre

ss (

GPa

)

図1 劣化前後の応力-歪曲線

4.4.4_3 固体センサ・アクチュエーター材要素の機能劣化(ナノオーダー損傷)

研究状況 ナノオーダー損傷が主な原因である固体センサ・アクチュエーター材要素の機能劣化について、

超音波モーターやソナーに利用されているピエゾ素子の疲労破壊限界値と疲労回復処理、超磁歪現

象が期待される鉄合金薄膜の経年変化、さらに、高温超伝導材料の機能劣化について、最近の研究

結果をもとに、紹介する。 最近、誘電材料に関し研究を開始し、表面処理により高比誘電率、高絶縁抵抗、低 tanδ値、し

かも、破壊強度性能を細粒化により向上させ、高誘電材料を高い歩留まりで製造する基礎的研究を

行っている。一方、PZT 材料の圧電特性から、衝突エネルギーの疲労限の予測方法を提案した 1)。 運動機能材料の研究に関し、温度だけでなく、磁場により作動する超磁歪合金薄膜運動機能材料

が最近注目されており、振動吸収、エネルギー変換素子、さらに遅延素子や高感度小型マイクに応

用が期待されている。特に、人間生活圏における電磁ノイズ領域で感度が低く、このノイズ領域以

上の磁場領域で磁歪感受率が高い特性の Fe-44%Pd 耐食薄膜を発明している 2)。しかし、時間、温

度、さらに環境による機能劣化は重要なポイントである。多くの薄膜機能材料において磁歪や磁歪

感受率が年何割も低下する場合が少なくない。一方、経時変化が少ない Fe-Pd 合金薄膜を開発して

いる。この経年変化はいずれも 5%以下であり、機能劣化に強い画期的な材料であり、日本工業新

聞(2000 年 11 月 8 日:耐食性高感度強力超磁歪合金薄膜)で報道された。 電子線は磁場で絞れるため、微細加工や微細表面改質が可能で、高温超伝導体のジョセフソン接

合形成に有望な手段となりえる。そこで、電子線照射の基礎的研究を行った。Y 系超伝導体に電子

線照射を行い、絶縁体になることを確認した 3)。さらに、時効処理によって超伝導遷移温度の回復

過程を確認した。この研究は英国ケンブリッジ大学におけるジョセフソン素子研究の機能変化に関

し、有効な指針となっている。 さらに、Y 系酸化物超伝導体に He イオンを照射し、荒さが小さくなることを見出した 4)。しかし

ながら、この清浄表面ナノ研磨プロセスは超伝導特性を劣化させ、遂には絶縁性を示す。さらに、

残留 He は時間の経過に伴い、導電性に成っていき、絶縁特性が劣化する。一方、絶縁性の超伝導

体試料を熱処理すると、超伝導遷移温度の回復熱処理過程を確認した 5)。 機能劣化の自己修復の例として、自動車のボディの耐食性を向上させ、デザイン機能を引き立て

る塗装は普及している機能材料である。この経年変化や事故による機能劣化を防ぐニーズは少なく

ない。機能劣化を防ぐインテリジェント材料の具体例として自己修復型高分子材料の評価研究を実

施した。ここで、実用化している自動車用コート材が接触事故によるキズが付きにくい理由は超弾

性によることを見出 6)、さらに、酸性雨や火山灰に対する耐食性を評価し、塗装材料の機能劣化を

確認した 7)。 計算技術の詳細 *破壊確率と単一過程でのワイブル関数の応用 ①応力―歪曲線

図 1 に劣化前後の応力―歪曲線の一例を示す。劣

化は破断応力を低下させ、破断歪を低下させること

を確認した。 Weibull 分布をとる際、データの累積破壊確率 Pf

を算出しなければならない。 Pfを与える方法の一つにランク法があり、種々提

案されている。本実験においてはセラミックスの破

断確率の算出に多く用いられている以下のメディア

ン・ランク法を用いて算出した。(1)式にメディア

ン・ランク法で破断確率を算出する式を示す 8)。

Pf =(I‐0.3)/(n+0.4) (1)

4.4.4_3

271

Pfは、破壊確率を表し、I はサンプル数、n は順序

数とする。この式は、簡単に破壊のしやすさを表す

ことが出来簡易的に脆性評価がしやすい。また、サ

ンプル数が少なくても傾向をつかめる利点を持つ。

図 2 に劣化前後の各破断確率における破断応力を

示す。全ての破断確率において劣化は破断応力を減

少させることが確認できる。以上の結果から破壊確

率の概念を用い整理すると僅かな経年変化や劣化が

明確に整理できる。

②Weibull の式について

ある自動車メーカーのリコール問題は、社会全体

の危機管理能力や自浄能力が減退していることを示

している。倫理教育の重要さだけでなく、予測する

手段の確立も重要な課題である。そこで、強度解析

の一手法として Weibull 関数を用いた 9)。Weibull 関数というのは、スェーデンの W. Weibull が鋼球の寿命にはじめて適用した関数である。この関数は

一部の最弱箇所の破壊が全体的機能の破壊に結びつく場合をうまく説明できるといわれている。概

念的には、同一機構の破壊であれば、(3)式に示す指数分布の拡張と考えることができる。

Pf = 1 – exp [‐(σf /σo )m] (3)

σo は、破断応力σfが 0.967 である時の破断応力、m は Weibull 係数である。Weibull 関数は、信

頼性の分野で最も頻繁に用いられている関数である 9) 。しかし、(3)式を用いた場合、低破断応

力でのデータが(3)式の直線からはずれる場合が多い。そこで(4)式に示す補正項σsを導入す

ると、低破断応力でのデータにおける(4)式の直線への相関性が高まる。そこでこの項の物理的

な意味を破断応力下限値σsとし、その応力値以下では材料が破断しないと定義した。

Pf = 1 – exp [‐([σf-σ s ]/σo)m] (4)

式を変形させ左辺を ln-ln(1‐Pf),右辺を ln(σf -σs)の形にまとめると、(5)式が得られる。

ln-ln(1‐Pf)= m ln(σf -σs) - m lnσo (5)

このグラフは直線となり、その傾きから m、

切片(- m lnσo)からσoが求まる。これにより

各破壊確率 Pfにおける破断応力σfが求まる。

図 3 に各炭素繊維の(5)式を用いたワイブル分

布を示す。図 4 に試験結果のワイブル分布にお

ける X 軸、Y 軸の相関係数と破断応力下限値の

関係を示した。相関係数は 2 変数間の関係の強

さを示す指標であり、相関係数の値が大きいこ

とはデータの再現性の高さを表す。この図にお

ける相関係数最大時の破断応力下限値をその応

力以下の値では材料が破断しない応力とする。

表 1 に各炭素繊維の破断応力下限値と Weibull係数、さらに各破断確率における破断応力を示

す。航空機設計強度で多く用いられる破断確率

10-5のときの破断応力と比較すると、当然のこ

とだが破断応力下限値は低い値を示す。

0.0 0.5 1.0 1.5 2.0-3

-2

-1

0

1

ln-

ln(1

-Pf)

lnσ図3 劣化前後のσsを適応させたワイブル分布

1 2 3 4 5 60.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

σf ( GPa )

P f

VergingDecayed

図2 劣化前後の各破断確率と破断応力

4.4.4_3

272

③センサ・アクチュエーター材要素の機能劣化への Weibull 関数の適用

原子力学会や機械学会、さらに産業界でも(4)式はセンサ・アクチュエーター材要素の機能劣

化へも適用されている。破壊確率を故障確率と置き換え、さらに、破断応力を故障時間やその他の

強度因子に置き換えることにより、機能劣化の予測に用いられている。 今後の展開

Weibull 関数は、単一の機構で経年変化が生じ

る場合は適用できる場合が多いが、複雑な要因

が含まれると、予測が大幅に狂う。いずれにし

ても、気の遠くなる実験による実証が必要とな

る。今後の展開では本質的で効果的な研究手法

が重要なポイントとなる。 機能セラミックス材料は誘電材料を研究し

ている。特に、PZT 素子への電子線処理により

疲労破壊に対し長寿命化することを確認し、疲

労回復効果に関する基礎的研究を計画している。

参考文献 1) Y. Nishi, R. Kondoh, K. Yamada, H. Irisawa, Electrical Nondestructive Determination of Collision

Fatigue Limit for PZT, Materials Transactions.45 (2), (2004) 229-232. 2) H.Yabe & Y. Nishi, High noise resistance of Fe-45at.%Pd alloy film with high magnetostrictive

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helium ions, Phys. Rev. B 46(1992) 454-456. 6) K.Mori, T.Okada, K. Oguri and Y.NISHI, 耐候性自動車用コーティングの特性評価、J.Advance

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R..D Uhlmann..,and, J.N. Kreidl, Academic Press, 1980, (5),63-65

(西 義武)

表1 劣化前後の破断応力下限値と航空機設計強度Pf=10-5の時の破断応力

図4 劣化前後の相関係数と破断応力下限値の関係

0.0 1.0 2.0 3.00.92

0.94

0.96

0.98

1.00

σs (GPa)相関係数 

F

破断応力下限値 σs Pf=10-5 Pf=0.967

Vergin 1.85 2.05 6.50Decayed 1.00 1.01 3.98

試料各破断応力 ( GPa )