2010年国勢調査からみる日本の人口高齢化 ·...

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3 2010年国勢調査からみる日本の人口高齢化 地図にみる現代世界 神奈川大学人間科学部 准教授 平井 誠 はじめに 2010(平成22)年に実施された国勢調査によると日本の 人口は1億2805万であった。世界第10位の人口規模を有し ているが、前回調査(2005年)に対する増加率は0.2%で 国勢調査開始以来最低の水準にとどまった。 これは、毎年発行される人口動態統計によってすでに指 摘されてきたように、日本の人口が死亡による減少を出生 によって補えない自然減の局面に入っているためである。 国勢調査の結果も、前回調査に比べ日本人は減少(−0.3%) したものの、外国人の流入がそれを補ったために、人口全 体としてわずかな人口増加となったものであった。 日本の人口が停滞・減少している要因の一つは、少子化 である。日本の合計特殊出生率(TFR)は、1975年以降2.0 を下まわる状態が続いており、2011年は1.39であった。こ のように合計特殊出生率が人口置換水準に達しない状態が 長く続いたことで、年少人口および生産年齢人口が減少し、 その結果として人口に占める老年人口割合の増加、すなわ ち人口高齢化が進行してきた。 本稿では最新の国勢調査である2010年調査の結果を用い て、日本の高齢化の現状を概観することとする。まず日本 の高齢化の進行について確認し、さらに高齢化の地域差を 検討する。さらに、高齢化の進行とともに顕在化してきた 高齢者による居住地移動の動向を検討する。 日本の人口高齢化 人口の年齢構造の変化を人口ピラミッドから確認してみ よう(図1)。日本最初の国勢調査が行われた1920 (大正9) 年の人口ピラミッドは若年層の幅が広く、年齢の上昇とと もに幅が狭まる、いわゆる富士山型を示している。この頃 は日本の人口転換における多産少死の時期で出生率は高い 水準であった 1) 。死亡率が本格的に低下を始める時期にあ たり、これ以前の年齢層の死亡率はまだ比較的高い水準に あった。そのため年少人口の割合が高く老年人口の割合は 低い(5.3%)人口構造であった。 1950年の人口ピラミッドは、1920年と同様に年齢の上昇 とともに幅が狭まる形を示す。人口ピラミッドの中で04 歳がとくに突出しているのは、終戦直後の第一次ベビー ブーム(1947-49年)を示すものである。この大量の出生 のために、老年人口の割合は1920年よりも低い水準(4.9%) となった。この第一次ベビーブームの後に出生率が急激に 減少し、人口転換における少産少死期に移行する。 1980年の人口ピラミッドは富士山型とは異なる形状へ変 化している。30歳代に達した第一次ベビーブーム世代と、 彼らの子どもにあたる第二次ベビーブームの年齢層が突出 し、その他の年齢層が少ないつぼのような形を示す。その 二つのベビーブームに挟まれた20歳代および0-4歳の人口 が少ないため、人口に占める高齢者の割合は高まり老年人 口割合は9.1%であった。 2010年の人口ピラミッドは、二つのベビーブームが突出 するつぼ型であることは変わらないが、1980年から30年経 過したため、人口ピラミッドの二つの山が上方に移動し突 出する形となった。少子化の進行により、若年層の割合は いっそう減少し、高齢層が多数を占めている。2010年の老 図1 日本の人口ピラミッド (1920年、1950年、1980年、2010年) (資料:国勢調査) 7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%) 男性 女性 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 日本の人口ピラミッド(1980年) 7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%) 男性 女性 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 日本の人口ピラミッド(1950年) 7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%) 男性 女性 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 日本の人口ピラミッド(2010年) 7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%) 男性 女性 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64 55-59 50-54 45-49 40-44 35-39 30-34 25-29 20-24 15-19 10-14 5-9 0-4 日本の人口ピラミッド(1920年) 4 4 4 4

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Page 1: 2010年国勢調査からみる日本の人口高齢化 · 日本の人口ピラミッド(2010年) 765432100123 5 67(%) 男性 女性 85-歳 80-84 75-79 70-74 65-69 60-64

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2010年国勢調査からみる日本の人口高齢化

地図にみる現代世界

神奈川大学人間科学部 准教授 平井 誠

はじめに

 2010(平成22)年に実施された国勢調査によると日本の人口は1億2805万であった。世界第10位の人口規模を有しているが、前回調査(2005年)に対する増加率は0.2%で国勢調査開始以来最低の水準にとどまった。 これは、毎年発行される人口動態統計によってすでに指摘されてきたように、日本の人口が死亡による減少を出生によって補えない自然減の局面に入っているためである。国勢調査の結果も、前回調査に比べ日本人は減少(−0.3%)したものの、外国人の流入がそれを補ったために、人口全体としてわずかな人口増加となったものであった。 日本の人口が停滞・減少している要因の一つは、少子化である。日本の合計特殊出生率(TFR)は、1975年以降2.0を下まわる状態が続いており、2011年は1.39であった。このように合計特殊出生率が人口置換水準に達しない状態が長く続いたことで、年少人口および生産年齢人口が減少し、その結果として人口に占める老年人口割合の増加、すなわち人口高齢化が進行してきた。 本稿では最新の国勢調査である2010年調査の結果を用いて、日本の高齢化の現状を概観することとする。まず日本の高齢化の進行について確認し、さらに高齢化の地域差を検討する。さらに、高齢化の進行とともに顕在化してきた高齢者による居住地移動の動向を検討する。

日本の人口高齢化

 人口の年齢構造の変化を人口ピラミッドから確認してみよう(図1)。日本最初の国勢調査が行われた1920(大正9)年の人口ピラミッドは若年層の幅が広く、年齢の上昇とともに幅が狭まる、いわゆる富士山型を示している。この頃は日本の人口転換における多産少死の時期で出生率は高い水準であった1)。死亡率が本格的に低下を始める時期にあたり、これ以前の年齢層の死亡率はまだ比較的高い水準にあった。そのため年少人口の割合が高く老年人口の割合は低い(5.3%)人口構造であった。 1950年の人口ピラミッドは、1920年と同様に年齢の上昇とともに幅が狭まる形を示す。人口ピラミッドの中で0−4歳がとくに突出しているのは、終戦直後の第一次ベビーブーム(1947-49年)を示すものである。この大量の出生

のために、老年人口の割合は1920年よりも低い水準(4.9%)となった。この第一次ベビーブームの後に出生率が急激に減少し、人口転換における少産少死期に移行する。 1980年の人口ピラミッドは富士山型とは異なる形状へ変化している。30歳代に達した第一次ベビーブーム世代と、彼らの子どもにあたる第二次ベビーブームの年齢層が突出し、その他の年齢層が少ないつぼのような形を示す。その二つのベビーブームに挟まれた20歳代および0-4歳の人口が少ないため、人口に占める高齢者の割合は高まり老年人口割合は9.1%であった。 2010年の人口ピラミッドは、二つのベビーブームが突出するつぼ型であることは変わらないが、1980年から30年経過したため、人口ピラミッドの二つの山が上方に移動し突出する形となった。少子化の進行により、若年層の割合はいっそう減少し、高齢層が多数を占めている。2010年の老

図1 日本の人口ピラミッド(1920年、1950年、1980年、2010年)

(資料:国勢調査)

7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%)

男性 女性85-歳80-8475-7970-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4435-3930-3425-2920-2415-1910-145-90-4

日本の人口ピラミッド(1980年)

7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%)

男性 女性85-歳80-8475-7970-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4435-3930-3425-2920-2415-1910-145-90-4

日本の人口ピラミッド(1950年)

7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%)

男性 女性85-歳80-8475-7970-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4435-3930-3425-2920-2415-1910-145-90-4

日本の人口ピラミッド(2010年)

7 6 5 4 3 2 1 0 0 1 2 3 5 6 7(%)

男性 女性85-歳80-8475-7970-7465-6960-6455-5950-5445-4940-4435-3930-3425-2920-2415-1910-145-90-4

日本の人口ピラミッド(1920年)

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年人口比率は23.0%であり、人口の約4分の1が65歳以上という人口構造になっている。 このように日本の人口は、きわめて高齢化の進んだ状態となっている。表1は、2010年における老年人口割合の上位10か国を示している。世界でも高齢化の先行地域であったヨーロッパの国々が含まれ、ドイツやイタリアの老年人口割合は20%を上まわる。しかし日本の老年人口割合はドイツやイタリアをも上まわり、日本は世界で最も高齢化の進んだ国である。

 日本の高齢化をヨーロッパの国々と比べたときの重要な特徴は、その進行スピードである。図2は、老年人口比率の変化を示しているが、いずれの国も右肩上がりで上昇しており高齢化の進行が確認できるが、日本はほかの国々よりも傾きが急であることが明らかである。この急激な高齢化は、第一次ベビーブーム後に出生率が急激に低下したことと中高年死亡率の低下によってもたらされた。このような高齢化のスピードを比較する指標の一つである倍加年数2)を比べると、老年人口割合が世界で最も早く7%に到達したフランスは1864年から1979年までの115年を要して

いる。ノルウェーは92年、スウェーデンは85年、現在日本とほぼ同じ水準まで高齢化の進んでいるドイツは40年、イタリアは61年であった。現在老年人口比率が14%を超える国の多くは40年以上かけて高齢化が進んできた。それに対して日本の倍加年数は1970年から1994年の24年ときわめて短かった。現在の日本は、世界で最も高齢化の進んだ国であるが、それは、先行した国々が経験したことのないきわめて速いスピードで進行してきたのである。

人口高齢化の地域差

 日本全体の高齢化には上述のような特徴があるが、日本国内では、高齢化の程度やその進行スピードに地域的な差異が存在する。図3は、都道府県別の高齢化の状況と、老年人口割合と高齢化の進展度3)を、全国水準を基準として四つのタイプに区分し、1970年と2010年について示したものである。 日本の老年人口割合が7%に達した1970年についてみてみると、四つのタイプのうち最も多いのは27県を占めるタイプⅠである。これは老年人口割合と高齢化の進展度の両

順位 国名 割合(%)

12345678910

日本ドイツイタリアギリシャスウェーデンポルトガルオーストリアブルガリアベルギーフィンランド

23.0 20.7 20.2 18.9 18.1 17.9 17.6 17.5 17.1 17.0

表1 老年人口割合の高い国(2010年)

(資料:『人口統計資料集 2012』より引用)注)原資料は国連の『Demographic Yearbook, 2009-10年版』

図3 都道府県別の老年人口割合および進展度(1970年、2010年)(資料:国勢調査)  (注)凡例中の数字は該当する都道府県数を示す。

老年人口割合の全国値:7.1%(1970年)進展度の全国値   :12.7 (1965-1970年)

Ⅰ:老年人口割合≧全国値、  進展度≧全国値(27)

Ⅱ:老年人口割合≧全国値、  進展度<全国値( 9)

Ⅲ:老年人口割合<全国値、  進展度<全国値( 6)

Ⅳ:老年人口割合<全国値、  進展度≧全国値( 5)

老年人口割合の全国値:23.0%(2010年)進展度の全国値   :14.5 (2005-2010年)

Ⅰ:老年人口割合≧全国値、  進展度≧全国値( 6)

Ⅱ:老年人口割合≧全国値、  進展度<全国値(29)

Ⅲ:老年人口割合<全国値、  進展度<全国値( 6)

Ⅳ:老年人口割合<全国値、  進展度≧全国値( 6)

1970年 2010年

(資料:国勢調査)

図2 65歳以上人口の割合の推移ー諸外国との比較(1950-2010年)

1950 55 60 65 70 75 80 85 90 95 2000 05 10

25

20

15

10

5

0

(%)

日本

イタリア

ドイツ イギリス

カナダ

アメリカ合衆国

韓国

フランス

(年)

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方とも全国水準よりも高いものである。これらは、おもに東北地方の日本海側から北陸・四国・九州地方にみられる。東京、大阪、名古屋の三大都市圏周辺は老年人口の割合が全国水準より低いタイプⅢ、Ⅳである。この中でも東京都と大阪府がタイプⅣになっているのは、都心から郊外への人口流出によって高齢化が進行したためと考えられ、人口を受け入れた郊外(千葉県、神奈川県、埼玉県、兵庫県など)は進展度も低いタイプⅢになったと考えられる。1970年には、非大都市圏を中心として速いスピードで高齢化が進んだ一方で、大都市圏では高齢化は顕在化していなかった。 2010年において、四つのタイプの中で最も多いのは、タイプⅡ(29県)である。このタイプは、老年人口割合は全国水準よりも高いものの、その進展度は全国を下まわる。このタイプは、東北から中国・四国・九州など非大都市圏に多くみられる。つまり、非大都市圏の多くで高齢化は進んでいるが、その進行は弱まってきた状態にある。残る3タイプの中で、東京、名古屋、大阪の大都市圏には、タイプⅠおよびⅣがみられる。この二つのタイプは高齢化の進展度が全国水準よりも高いものであり、現在急激に高齢化が進行している。大都市圏地域における高齢化の急激な進行が読み取れる。なかでも、大阪大都市圏や名古屋大都市圏の郊外にあたる地域でタイプⅠとなっているのは、高齢化の進行が速く、2010年時点で老年人口比率が全国水準を上まわったためと考えられる。 このような、大都市圏と非大都市圏における高齢化の進行の違いは、日本の人口移動の動向と密接にかかわっている。1970年は、青年層を中心に、非大都市圏から大都市圏へ大量の人口移動が発生した時期にあたる。そのため、青年層を失った非大都市圏は急速に高齢化が進み(タイプⅠ)、彼らを受け入れた大都市圏では高齢化の進行が緩やかであった(タイプⅢ)。しかしその後、非大都市圏から

大都市圏への人口移動は弱まり、都心から郊外への移動を中心とする大都市圏内移動が活発になった。大都市圏に流入した人口は郊外に建設された住宅地域等に定着し年齢を重ねている。また郊外で成長した子どもたちの世代が、進学・就職によって郊外を離れるために、若年層の流出も起こりつつある。そのため現在の大都市圏は、老年人口割合は全国の水準より比較的低いものの、高齢化が急速に進みつつある(タイプⅣ)。 このことは、日本国内における老年人口の分布にも表れている。図4は、1970年と2010年における都道府県別の老年人口シェアを示している。東北地方や中国地方、四国地方、九州地方などの、早い時期から高齢化が進んだ非大都市圏では老年人口シェアが低下しているのに対して、大都市圏の都府県は老年人口シェアが増加しているものが多い。その結果、三大都市圏(東京圏、大阪圏、名古屋圏)の老年人口シェアは38%から47%に増加している。なかでも、東京大都市圏では郊外(埼玉県、千葉県、神奈川県)における老年人口シェアの増加が著しく、全体の25%を占める。日本の人口高齢化は、かつては非大都市圏を中心とする問題であったが、現在は多くの人口を抱える大都市圏の問題であり、年齢構造の急激な変化が進んでいるのである。

高齢人口移動

 人口高齢化の進展とともに顕在化したのが、高齢者自身による居住地移動である。2010年国勢調査の移動調査では、270万人(老年人口全体の約8%)が過去5年間に居住地の移動を経験していた。その大部分は市町村内の短距離移動であるが、都道府県の境界を越える移動者も37万人を数え老年人口の分布に影響を及ぼしている。 そこで高齢人口移動の地域性を検討してみよう。2010年国勢調査を用いて、65歳以上人口の移動率4)を都道府県

図4 都道府県別の老年人口シェア(1970年、2010年)(国勢調査より作成)  (注)老年人口シェア=当該県の老年人口÷日本の老年人口×100

1970年 2010年10

9

8

7

6

5

4

3

2

1

0

(%)

北海道

青森岩手宮城秋田山形福島茨城栃木群馬埼玉千葉東京神奈川

新潟富山石川福井山梨長野岐阜静岡愛知三重滋賀京都大阪兵庫奈良和歌山

鳥取島根岡山広島山口徳島香川愛媛高知福岡佐賀長崎熊本大分宮崎鹿児島

沖縄

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別に示した(図5)。転入移動の場合、最小値は富山県の0.45%、最大値は千葉県の2.10%であり、転出移動では最小値は沖縄県の0.33%、最大値は東京都の2.47%で、転入・転出ともに、移動率の違いがみられる。図中の点線は、転入移動率、転出移動率の全都道府県の平均値を示しており、図中右上に位置する都府県は、転出移動と転入移動の両方とも全国の水準を上まわる、移動の活発な地域である。これらは、東京都、大阪府、千葉県、神奈川県、埼玉県、奈良県など、東京と大阪の2大都市圏に属する県が該当する。高齢者の居住地移動が、大都市圏において活発なことが示される。また大都市圏の中でも、東京都と大阪府、兵庫県は転入に比べ転出のほうが高く転出超過を示すのに対して、その他の県は転入超過を示す。大都市圏の中心における高齢者の流出傾向と郊外における流入傾向が明らかである。 高齢人口移動において、大都市圏地域の移動率が高く非大都市圏地域の移動率は低いこと、大都市圏の中でも都心

(東京都、大阪府)が転出超過を示しその郊外県において転入超過を示すことなどは、1970年代から指摘されてきたが、その傾向は現在も継続しているといえよう。 しかし、このような大都市圏を中心とする高齢者の人口移動に近年変化が認められる。東京大都市圏および大阪大

都市圏から他県へ向かう前期高齢者の移動について、移動選択指数5)を図6に示した。東京大都市圏を発地とする移動は関東地方内を目的地とする移動のみでなく、北海道、東北地方および九州地方への移動が多く、大阪大都市圏を発地とする移動は近畿地方のみでなく西日本全域へ向かう移動も多いことがわかる。つまり高齢期の比較的早い時期の移動において、大都市圏から非大都市圏へ向かう移動が増加しているのである。この移動は、かつて高度経済成長期に非大都市圏から大都市圏に大量に流入した集団就職の移動を反転させた移動パターンととらえることができる。このような移動が退職後のUターン等を示している可能性も少なくないが、今後詳細な研究が必要である。 日本は総人口の減少という新たな状況に至っているが、実際に人口減少に直面しているのは進学や就職で若年層が他地域へ流出する非大都市圏地域の県である。これらの人口減少県において、高齢者の流入は、社会福祉サービスの需要をいっそう高め負担の増加をもたらすことが懸念される。しかしその一方で、高齢者の流入は人口減少を緩和させる流れと考えることも可能である。高齢者の中でも比較的若い者が非大都市圏に流入することは、地元での購買行動や、コミュニティ活動への参加などによって、地域の社会経済活動に新たな刺激をもたらすことも期待される。高齢人口の流入は、地域に対して長短両面の効果をもたらすが、非大都市地域への高齢者の流入を積極的に活用することが、今後人口減少社会における地域の運営に大きな鍵となる可能性もある。

転出超過

転入超過

転入率平均値0.96%

東京都

大阪府

兵庫県京都府佐賀県

奈良県神奈川県

滋賀県

埼玉県 千葉県

茨城県山梨県

転出率平均値0.86%

3.0

2.5

2.0

1.5

1.0

0.5

0.00.50.0 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0

(%)

(%)

転出率

転入率

沖縄県

富山県

(資料:国勢調査)

図5 65歳以上における都道府県間移動率(2005-2010年)

注1)阿藤誠『現代人口学─少子高齢社会の基礎知識』日本評論社、

2000年。とくに第7章。2)老年人口割合が7%から14%に達する年数。3)(比較年の老年人口の割合÷基準年の老年人口の割合−1)

×100 で求められる値。4)国勢調査では「5年前の常住地」という質問で移動を集計

しているので、実際には2005年時点で60歳以上人口の、その後5年間での移動を集計している。

5)発地と着地の人口規模から予想される期待移動数と実際の移動数を比較した指標。100より大きいほど期待値以上の移動が行われたことを意味する。 

着地

発地

福 島 県

山 形 県

秋 田 県

宮 城 県

岩 手 県

青 森 県

北 海 道

神奈川県

東 京 都

千 葉 県

埼 玉 県

群 馬 県

栃 木 県

茨 城 県

長 野 県

山 梨 県

福 井 県

石 川 県

富 山 県

新 潟 県

三 重 県

愛 知 県

静 岡 県

岐 阜 県

和歌山県

奈 良 県

兵 庫 県

大 阪 府

京 都 府

滋 賀 県

山 口 県

広 島 県

岡 山 県

島 根 県

鳥 取 県

高 知 県

愛 媛 県

香 川 県

徳 島 県

沖 縄 県

鹿児島県

宮 崎 県

大 分 県

熊 本 県

長 崎 県

佐 賀 県

福 岡 県

埼 玉 県千 葉 県東 京 都神奈川県

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京 都 府大 阪 府兵 庫 県奈 良 県

    ○ ●        ○ ○                     ○    

      ◎      ●             ●

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        ○ ○ ◎ ○  ○ ○ ◎ ◎ ● ● ○    ○ ○ ○ ◎ ● ○        ○ ○ ◎  

○選択指数 100 ~ 150    ◎選択指数 150 ~ 200    ●選択指数 200以上図6 前期高齢者の東京・大阪大都市圏から他県への移動選択指数(2005-2010年)

(資料:国勢調査)