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2010 年 4 月号 欧州経済・金融市場の概況 <ユーロ圏経済> トピックス:ユーロ圏のソブリンリスクと金融不安 ~IMF金融 IMF金融安安定性報告 IMFによれば、ユーロ圏金融機関の未処理損失額は米英の金融機関 よりも相対的に大きいとの試算。両者の差はユーロ圏地域金融機関が 抱える問題に一因があると考えられる IMFはドイツでは大手行以外の地域金融機関に資本増強の必要性 を指摘。スペインについては「悲観シナリオ」でも予想損失額は吸収 可能との見方を示すが、試算の不確実性に留意すべきことも付言。歴 史的な水準に高まったレバレッジ比率や近年の不動産関連への与信 集中がリスクファクター 景気・物価動向 主要国は総じて鉱工業生産が伸び悩み。外需は新興アジア諸国をはじ めとした新興国がけん引役に。個人消費は政策効果の反動減を受けて 悪化基調が持続 3 月のインフレ率は前月から大きく上昇したが、エネルギー物価上昇 が主因であり、コア・インフレ率は低位 金融政策 ECBは適格担保基準の緩和措置延長を発表し、ギリシャ支援の姿勢 を明確化 <英国経済> 英国は 2 期連続のプラス成長を維持するも、寒波や政策効果剥落の悪 影響が出たことで緩やかな伸びに留まる 下院総選挙は 5 月 6 日実施。第三勢力である自民党が支持率を大きく 伸ばす中、選挙戦は混戦模様に 2010 年 4 月 27 日発行 ※当レポートは情報提供のみを目的として作成されたもので、商品の勧誘を目的としたものではありません。

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Page 1: 2010年4月号 - mizuho-ri.co.jp · め、ギリシャの財政懸念は今後も燻り続けるとみられる。 ソブリンリスクの高まりが 金融システム不安を引き起

2010 年 4 月号

欧州経済・金融市場の概況

<ユーロ圏経済>

■ トピックス:ユーロ圏のソブリンリスクと金融不安 ~IMF金融

IMF金融安安定性報告

・ IMFによれば、ユーロ圏金融機関の未処理損失額は米英の金融機関

よりも相対的に大きいとの試算。両者の差はユーロ圏地域金融機関が

抱える問題に一因があると考えられる

・ IMFはドイツでは大手行以外の地域金融機関に資本増強の必要性

を指摘。スペインについては「悲観シナリオ」でも予想損失額は吸収

可能との見方を示すが、試算の不確実性に留意すべきことも付言。歴

史的な水準に高まったレバレッジ比率や近年の不動産関連への与信

集中がリスクファクター

■ 景気・物価動向

・ 主要国は総じて鉱工業生産が伸び悩み。外需は新興アジア諸国をはじ

めとした新興国がけん引役に。個人消費は政策効果の反動減を受けて

悪化基調が持続

・ 3 月のインフレ率は前月から大きく上昇したが、エネルギー物価上昇

が主因であり、コア・インフレ率は低位

■ 金融政策

・ ECBは適格担保基準の緩和措置延長を発表し、ギリシャ支援の姿勢

を明確化

<英国経済>

・ 英国は 2期連続のプラス成長を維持するも、寒波や政策効果剥落の悪

影響が出たことで緩やかな伸びに留まる

・ 下院総選挙は 5月 6日実施。第三勢力である自民党が支持率を大きく

伸ばす中、選挙戦は混戦模様に

2010 年 4 月 27 日発行

※当レポートは情報提供のみを目的として作成されたもので、商品の勧誘を目的としたものではありません。

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みずほ欧州経済情報 2010/4/27 Mizuho Research Institute 1.トピックス:ユーロ圏のソブリンリスクと金融不安 ~IMF金融安定性報告

ギリシャは金融支援を正式

に要請

ギリシャはユーログループ、欧州委員会、ECBに対して正式に金融支援

の要請を表明した(4/23)。

4月11日、EUはギリシャ支援のために 300 億ユーロを拠出する準備が

あることを発表した。しかし、その後、ドイツではギリシャ向け融資を違憲

とする訴訟に向けた動きが伝えられるなど、支援の実効性に対する不透明感

が残存した。このため、支援策発表後の短期国債入札(4/13、20)では応札利

回りが前回入札と比較して急上昇した。ギリシャの 10 年国債利回りが 8%を

上回る水準まで急上昇し、市場が催促相場の様相を呈する中、ギリシャ政府

はついに金融支援を要請するに至った。

ギリシャの支援表明後も、

ドイツ閣僚からギリシャ融

資に対する慎重な発言が相

次ぐなど、市場の不安心理

を和らげるには至らず

金融支援を要請する直前には、①欧州統計局が発表した 09 年のギリシャ

財政赤字が事前の見込み値から大きく上振れしたこと(名目GDP比▲

12.7%→同▲13.9%)(4/22)、②ムーディーズがギリシャの格下げを発表し、

更なる格下げの可能性に言及した(同)ことで、ギリシャへの債務懸念が著し

く高まった。ギリシャは約 80 億ユーロの長期国債償還(5/19)を含め、5 月ま

でに 100 億ユーロ程度の資金が必要と言われているが、市場調達は既に極め

て困難な情勢であり、支援要請は時間の問題と言える状況であった。しかし、

支援要請発表後もギリシャの国債利回りは高止まりし(週明け後は更に上昇)、

市場の不安心理は一向に解消されていない。その背景には、ギリシャ支援の

具体的な諸条件が明らかではないことに加えて、5 月 19 日までにユーロ圏全

加盟国が承認し、ギリシャがデフォルトを回避できるかどうかに関して、市

場参加者が確信を持てないからであろう。最大の要因は、国内での反発が極

めて強く、州議会選挙(5/9)を控えるドイツの動向である。例えば、ギリシ

ャが支援要請を表明した後も、ウェスターウェレ独外務相はギリシャに白紙

小切手を用意していないと、ギリシャへの融資実行に慎重姿勢をにじませ

(4/26)、メルケル首相は支援の条件として追加の緊縮措置が必要であると発

言するなど(同)、市場参加者の不安を助長するような発言が相次いでいる。

ギリシャの短期的な資金繰

り懸念は後退へ。しかし、

来年以降の財政健全化の実

現可能性は依然、不透明

支援が実施されれば、ギリシャの短期的な資金繰り懸念は大きく後退する

(5 月以降、年内に短期以外のギリシャ国債の大規模償還は到来しない)。し

かし、融資が実行されたとしてもギリシャの財政健全化計画の実現可能性と

いう根本的な問題は解決されない。赤字削減幅自体が極めて大胆な目標設定

であることに加えて、①景気が健全化計画の前提よりも下振れする可能性が

高く、②借入コスト増大を回避するためにはEUからの資金支援に頼らざる

図 1 ギリシャ支援策の概要

ユーログループ財務相の合意に基づく声明文(4/11)ユーロ圏各国は、域内全体としての金融の安定を守るためにギリシャに対して必要な場合に提供される金融支援の条件で合意したプログラムの期間は3年となる。ユーロ圏各国は、IMFと共に設計し、IMFと協調するプログラムにおいて、資金の必要を賄うため初年度に最大300億ユーロの拠出を準備する。2年目以降の金融支援は、共同プログラムの合意に基づき決定される。

ギリシャに市場での資金調達の再開を促すため、ユーロ圏各国の融資は優遇的ではない金利で供与される。IMFが用いる価格設定方式がユーロ圏各国による二国間融資の条件設定の適切な基準となる。変動金利による融資はEuribor3カ月金利を基準とする。固定金利による融資は対応する期間のEuriborスワップレートを基準とする。(融資レートには)300bpが上乗せされる。期間が3年を超える融資にはさらに100bp加算する。IMFの手数料と整合させるため、1回限りの手数料として、運用コスト50bpを徴収する。例えば、4月9日時点、期間3年の融資は約5%となる。

(資料)欧州委員会

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Mizuho Research Institute みずほ欧州経済情報 2010/4/27

を得ないが、来年以降の支援実施にドイツが慎重姿勢を示す可能性があるた

め、ギリシャの財政懸念は今後も燻り続けるとみられる。

ソブリンリスクの高まりが

金融システム不安を引き起

こす懸念も無視し得ず

今後は、ギリシャ同様に財政赤字問題を抱える他の南欧諸国への波及リス

クが懸念される。さらに、ソブリンリスクの伝播は金融システム不安につな

がるリスクもある。国債の価格下落や格下げは機関投資家や金融機関に損失

計上を迫るばかりか、国債を担保とした資金調達コストの上昇を引き起こし、

金融システム不安にもつながりかねないからである。

IMFは、ユーロ圏金融機

関の損失額は峠を越えたが、

米英銀よりも相対的に大き

な未処理損失を抱えている

と試算

金融面で注目されるのはユーロ圏の地域金融機関が抱える問題である。

4 月 21 日にIMFが発表した「金融安定性報告(GFSR)」によれば、07 年

から 10 年までのユーロ圏金融機関の予想損失額累計は 6,650 億ドルと、昨

年 10 月時点よりも 1,490 億ドルの下方修正となった。もっとも、09 年末ま

での損失計上を控除した未処理額は 2,500 億ドルと依然として大きな規模で

あり、本年中の予想損失額はECBが昨年 12 月の「金融安定性レビュー」

で示した推計値にほぼ近い金額となった(図 2)。また、未処理額が損失額累

計に占める比率はユーロ圏金融機関が 37%と、米国(23%)や英国(22%)より

も大きく、損失処理が進展していない可能性も示された。

今回、GFSR ではスペインと

ドイツの金融機関の損失見

通しに関する試算を発表

この米英との差は、ユーロ圏各国の地域金融機関の問題と考えられ、注目

すべき国としてはスペインとドイツが挙げられる。スペインでは不動産バブ

ル崩壊によって急激な景気悪化に見舞われ、依然として景気後退を脱してい

ない。今後もバブル崩壊の調整圧力が残存すると見込まれる中、不動産融資

に傾斜してきた地域金融機関が大きな問題を抱えている可能性がある。ドイ

ツでは不動産バブルと無縁であったにも拘らず、07 年 7 月の中堅銀行におけ

図 2 ユーロ圏金融機関の予想損失額の推計(IMFとECB)

10億ドル

保有額予想損失額累計07~10

損失率予想損失額累計07~10

損失率

証券RMBS 966 104.0 10.8 77.7消費者ローン 271 8.0 3.0 5.0商業用不動産 264 40.0 15.2 28.2企業 1,316 0.0 0.0 21.9海外 1,943 72.0 3.7 17.9その他 - - - 125.1Total 4,760 224.0 4.7 275.8 7.0

ローン住宅 4,530 44.0 1.0 61.8消費者ローン 675 25.0 3.7 89.0商業用不動産 1,272 37.0 2.9 52.6企業 5,018 79.0 1.6 291.8海外 4,500 256.0 5.7 -Total 15,995 441.0 2.8 495.2 3.1

20,755 665.0 3.2 770.9 3.9既往損失発生額 415.0 510.5

(注)資産の分類はIMFがベース。ECBとIMFの試算分類の違いは適宜対応(ECB推計では、そもそも  域内・海外の区分がなく、証券も債券等とストラクチャード商品に分類されているため、IMFの分類と  大きく異なるとみられる)。既往損失額はIMFが09年末まで、ECBが09年上期まで。  ECB推計は09年平均為替レートを用いてドル換算(資料)IMF、ECB

IMF金融安定性報告(10/4)ECB金融安定性レビュー(09/12)

合計

10年末までの未処理額

250.0 260.4

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みずほ欧州経済情報 2010/4/27 Mizuho Research Institute る巨額損失の発覚が同年 8 月の「サブプライム危機」の発火点となり、その

後も地域金融機関を中心に海外投資による損失計上が相次いできた。以下で

は GFSR における両国金融機関の損失見通しに関する分析を紹介しつつ、考

察していきたい。

IMF・スペイン中銀の推

計では、予想資本毀損額は

吸収可能な範囲との結果

まず、スペインから見ていくと、GFSR では二段階での損失推計を実施して

いる点が興味深い(IMFとスペイン中銀による共同分析となっている)。ま

ず、スペイン金融システム全体で見た損失額・損失率を推計し、その結果を

元に個別金融機関の格差を考慮して、損失発生が予想される金融機関の損失

額のみを合計するという試算方式である。不動産バブルに地域的な偏在が大

きく(例えばリゾート地の価格上昇幅が大きい等)、それが個別の地域金融機

関にとっては大きな影響を及ぼしうる点を踏まえた分析となっている。

試算によると、10 年から 12 年までの資本毀損額(予想損失額-利益見通

し)は、ベースシナリオでは僅かに留まり、悲観シナリオでも吸収可能な範

図 3 スペイン金融機関の 10-12 年の資本毀損額の推計

10億ユーロ

商業銀行 貯蓄金融機関 商業銀行 貯蓄金融機関貸出残高 798.0 882.0 798.0 882.0

① 問題債権残高 50.0 53.0 62.0 62.0②  貸倒率 25% 25% 45% 45%③:①×② 貸倒損失額 12.5 13.3 27.9 27.9④ 貸倒引当金 23.0 26.0 21.0 23.0⑤:④-③ 純損失額 10.5 12.8 -6.9 -4.9

⑥ 差し押さえ残高 31.0 48.0 36.0 56.0⑦  潜在損失率 40% 45% 55% 60%⑧:⑥×⑦ 潜在損失額 12.4 21.6 19.8 33.6⑨ 引当金 6.0 7.0 6.0 7.0⑩:⑨-⑧ 純損失額 -6.4 -14.6 -13.8 -26.6

⑪ 保有証券損失 -4.0 -1.0 -4.0 -1.0

⑫:⑤+⑩+⑪ 純損失合計 0.1 -2.9 -24.7 -32.5

⑬引当前償却前利益累計

52.0 39.0 41.0 31.0

⑬+⑫ 資本毀損額(ネット) 52.1 36.2 16.3 -1.5資本毀損額(グロス) -1.0 -6.0 -5.0 -17.0

Tier1資本(09年末) 99 78 99 78  (注)全て10-12年を想定。差し押さえ残高は債務と実物資産のスワップを用いた場合の対象ローン残高。問題債権、    差し押さえ残高に損失率の前提を乗じて損失額を算出。純損失額・資本毀損額(ネット)欄のプラスは、損失が発生しない    (利益+引当金が損失額を上回る)ことを意味する。資本毀損額(グロス)は個別行の格差を考慮し、資本毀損が想定される    金融機関の損失額のみを合計。利益累計は10-12年の3年間で、ベースシナリオの利益は10年以降、毎年、前年比▲10%、    悲観シナリオでは10年が同▲25%、11・12年が同▲15%

  (資料)IMF「金融安定性報告」(2010年4月)より作成

ベースシナリオ 悲観シナリオ

図 4 スペイン金融機関の貸倒引当金比率

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

80 85 90 95 00 05

0

50

100

150

200

250

300

350

問題貸出比率(問題貸出/貸出残高)

引当率(貸倒引当金/問題貸出)(右)

(%)(%)

(注)各年末の値。問題貸出は不良債権ではないが、3カ月超の

  延滞債権。貸出残高はインターバンク、政府向けを 除く

(資料)スペイン中銀

図 5 スペインの失業率と長期金利

0

5

10

15

20

25

80 85 90 95 00 05 10

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

20

失業率

長期金利(右)

(資料)INE、Eurostat

(%) (%)

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Mizuho Research Institute みずほ欧州経済情報 2010/4/27

囲との見方が示された(図 3)。その要因として、①スペイン独自の金融規制

である「ダイナミック・プロビジョン」(景気拡大時に引当金を多く積ませ、

不況期にはその取り崩しを認める規制)が、足元までの不良債権増大に対し

て大きな緩衝材となったこと(図 4)、②90 年代初頭の不動産バブル崩壊時と

比較して金利水準や失業率が低位に留まっていること(図 5)、③過去 2 年間

と比較して足元の景気悪化ペースが緩やかになっており、今後は安定化する

と予想されること、などが挙げられる。悲観シナリオでは、貯蓄金融機関の

「資本毀損額(グロス)」(資本毀損が予想される金融機関の損失額のみを合

計した値)が 12 年までに 170 億ユーロと、比較的大きな値となっているが、

スペイン政府が昨年 6 月に設立した金融機関再編のための基金(Fund for

the Ordered Restructuring of Banks, FROB)があるため、十分吸収可能と

の見方である(既に基金の利用申請が 3 件受理されている状況)。悲観シナリ

オは、失業率が前回のバブル崩壊後におけるピークまで上昇し、住宅価格が

更に 15%下落することなど、相応に厳しいファンダメンタルズが前提である。

一方、ドイツでは大手行に

問題はないが、州立銀行に

は更なる資本増強の必要性

を指摘

一方、ドイツをみると(IMFとドイツ連銀の共同分析)、大手行について

は既に十分な損失処理が進展しているが、州立銀行や貯蓄銀行などの地域金

融機関は資本増強が必要であると指摘された(図 6)。この背景には、①足元

までの損失発生額が大手行よりも小さいこと(損失認定が甘い)、②足元の時

点で自己資本比率が低いことなどが挙げられる。

ドイツでは大手行の融資シェアが小さく(3 割程度)、州立銀行などの地域

金融機関の存在感が大きい。このため、ドイツは不動産バブルによる調整圧

力を抱えていないとは言え、地域金融機関の苦境がドイツ景気回復への重石

となるリスクも懸念される。

スペインは、歴史的に高ま

った高レバレッジや不動産

向け貸出への集中という懸

念材料もあり、推計には

「大きな不確実性がある」

では、スペインについては過度に悲観する必要はないということが言える

だろうか。GFSR でも指摘されている通り、様々な仮定の下で算出したひとつ

の試算に過ぎず、結果には「相当な不確実性がある」(GFSR)ことに留意する

必要がある。例えば、推計には、90 年代と比較して 2 倍以上に高まったレバ

レッジ比率が全く考慮されていないこと、また、近年増大した与信の大部分

が建設業・不動産業向け、住宅ローンであったため、ヒストリカルデータを

ベースにした前提以上に不良債権化が進むリスクを指摘できる(図 7・8)。既

に「ダイナミック・プロビジョン」規制によるバッファーは相当程度縮小し

ており、今後は新規不良債権の発生と収益次第ということになる。

図 6 ドイツ金融機関の損失見通し

10億ドル

ベース 悲観 ベース 悲観 ベース 悲観

ローン 1,765 -66 -66 1,806 -102 -102 557 -17 -17証券 346 -66 -77 663 -41 -49 148 -22 -27合計 2,111 -132 -143 2,470 -143 -151 705 -39 -44

32 21 -18 -26 -12 -17

(注)累計損失額は07-10年。純資本毀損額=累計損失額+既往損失額+利益見通し、自己資本比率=Tier1資本/リスク調整後資産

(資料)IMF「金融安定性報告」(2010年4月)より作成

大手行 州立銀行・貯蓄銀行 その他金融機関累計損失額累計損失額累計損失額

保有額 保有額 保有額

Tier1資本(09年末)純資本毀損額利益見通し既往損失額

184.0

621

45.0155.0

25100

24140

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みずほ欧州経済情報 2010/4/27 Mizuho Research Institute ECBの緩和的政策の継続

は、南欧諸国の金融システ

ム不安の抑制に大きく寄与

一方、ECBの非伝統的金融政策が金融不安を抑制している点も指摘して

おきたい。2 頁でソブリンリスクによる金融機関の資金調達への悪影響を指

摘したが、目下、ECBの流動性供給が南欧諸国の金融システム安定化に大

きく貢献しているからである。ユーロシステム全体の流動性供給額(中銀オ

ペ+貸出ファシリティ)に占める各国中銀の比率をみると、金融危機以前と

比較して南欧諸国のウェイトが総じて上昇している(図 9・10)。特に、ギリ

シャでは直近において総資産対比 12%超と、流動性調達における中銀依存度

が一段と高まっている。国債の格付が投資不適格クラスにまで格下げされな

い限りにおいては、ECBによる緩和政策が金融システム不安に発展するリ

スクへの抑止になると考えられる。

ソブリンリスクの解決には、

市場からの信認を取り戻す

しかなく、その過程では域

内各国の協調が求められる

ところ

とは言え、ECBの資金供給は金融機関の短期的流動性を支援するだけで

あり、金融不安の噴出を押さえ込めるとの保証はない。金融機関の損失拡大

懸念が残存する中、ソブリンリスクの更なる広がりを抑えるには、特に南欧

諸国が財政赤字縮小に向けた対策を講じ、市場からの信認を回復するしか解

決方法はない。加えて、「ギリシャ問題」への市場の懸念が著しく高まった

背景には、ユーロ域内の政治的不和も一因と言える。ユーロ圏・欧州委員会

は、今後の財政規律強化や経済政策運営に関する仕組み作りを進める一方、

足元の危機的状況に対しては各国の利害を超えた協調姿勢を示し、市場の信

認維持に努めることも重要と考えられる。

(参考文献)

IMF(2010), “Global Financial Stability Report”, April 2010

―――(2009), “Spain – Staff Report for the Article Ⅳ Consultation”

図 9 ECB流動性供給に占める各国シェア

0

246

810

1214

1618

20

06/12 07/6 07/12 08/6 08/12 09/6 09/12

ギリシャ

スペイン

アイルランド

ポルトガル

(%)

(注)ユーロシステムの市中銀行向け流動性供給額全体に占める各国中銀分

  のシェア。なお、ECBと各国中銀では統計の時点が異なるため、各国合計

  は100%にならない。

(資料)ECB、各国中銀

図 10 南欧各国の中銀オペへの依存度

0

2

4

6

8

10

12

14

06/12 07/6 07/12 08/6 08/12 09/6 09/12

ユーロ圏全体

ギリシャ

スペイン

アイルランド

ポルトガル

(%)

(注)各国中銀の資金供給額/各国MFI(預金取扱金融機関)総資産残高比率

(資料)ECB、各国中銀

図 7 スペインのレバレッジ比率

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

200

1960 70 80 90 2000 10

民間向け貸出/名目GDP比率

(%)

(資料)スペイン中銀、OECD

図 8 スペイン民間向け貸出の内訳

▲ 5.0

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

25.0

30.0

93/12 98/12 03/12 08/12

住宅ローン

不動産業

建設業

国内民間向け貸出

(注)棒グラフと折れ線の乖離はその他向け(製造業、その他サービス業、

   クレジットローン等を含む)

(資料)スペイン中銀

前年比、%

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Mizuho Research Institute みずほ欧州経済情報 2010/4/27

2.ユーロ圏景気動向:春先以降、一段と企業業況が改善

春先以降、企業業況は一段

と改善

4~6 月期に入り、ユーロ圏景気の回復基調は続いている。4 月のユーロ圏

合成PMIは 57.3(前月比+1.4Pt)と前月に続いて大きく上昇し、07 年 8 月

以来の高水準となった(図 11)。なお、4 月中旬以降、アイスランドの噴火に

よる空港閉鎖による悪影響は特にうかがえない結果となった(Markit によれ

ば、調査期間は 4/11~21)。もっとも、調査期間を踏まえると、来月に顕在

化する可能性には留意する必要があろう(英シンクタンクによれば、今回の

空港閉鎖によるEU経済への影響度は、年初の大寒波と同程度となる可能性

がある)。

2 月の鉱工業生産は主要国

で総じて停滞

2 月のユーロ圏主要国の鉱工業生産は総じて停滞が続いた。ドイツ(前月比

▲0.1%)やスペイン(同▲0.6%)がマイナスとなったほか、フランスとイタ

リアは前月比横ばいに留まった(図 12)。

ユーロ圏で最も経済規模が大きいドイツをみると、鉱工業生産指数の水準

は依然として直近のピークである 09 年 9 月を下回っており、昨年後半以降、

停滞感が鮮明となっている。大寒波という特殊要因もあるが、主要輸出先で

あるユーロ域内や近隣諸国の低迷が主因と考えられる。但し、ドイツの代表

的な企業景況感を示す 4 月のifo景況感指数は 101.6 と、08 年 6 以来の

100Pt 超まで改善している(2000 年平均=100 とした指数)。グローバルな景

気回復を追い風に、生産持ち直しの動きは持続しているとみられる。

建設投資の大幅なマイナス

が 1~3 月期の成長押し下げ

要因に

2 月のユーロ圏建設業生産指数は前月比▲3.3%の低下となった(図 13)。1

月に大幅な落ち込みをみせたドイツでは同+1.0%(1 月、同▲14.2%)と小幅

な改善に留まり、2 月も大寒波の影響が続いたことを示した。このため、1~

3 月期の建設業生産指数は 10~12 月期から大幅な落ち込みになるとみられる

(1・2 月平均でユーロ圏が前期比▲4.0%、ドイツが同▲14.8%)。ドイツで

は 1~3 月期がマイナス成長となる可能性も指摘されているが、建設投資の

大幅な落ち込みを無視し得ないためとみられる。

輸出は新興国向けを中心に

改善基調が持続

外需をみると、2 月のユーロ圏域外輸出は前月比+2.7%の増加となった

(図 14)。輸出けん引役は新興アジア(中国、インド、ASEAN、NIEs)向けであ

り、前月比+5.2%と 6 カ月連続で増加し、特に中国向けは過去最高を更新

し続けている。アジア向け以外でも、2 月は中南米(同+11.2%)、アフリカ

(同+3.3%)、OPEC(同+4.3%)など新興国・資源国向けが好調であった。一

方、米国(同+0.2%)は小幅増加に留まり、ユーロ圏を除くEU(同▲0.2%)

図 11 ユーロ圏合成PMI指数

32

37

42

47

52

57

08/4 08/10 09/4 09/10 10/4

製造業 サービス業

合成PMI

 

小→

(Pt)

(資料)Markit

図 12 ユーロ圏各国の鉱工業生産指数

80

85

90

95

100

105

110

115

120

08/2 09/2 10/2

ドイツフランスイタリアスペイン

(2005=100)

(注)各国とも建設業を除く

(資料)Eurostat、各国統計局

図 13 ユーロ圏建設業生産

80

85

90

95

100

105

110

115

120

08/8 09/2 09/8 10/2

ユーロ圏ドイツ

フランス

(2005=100)

(資料)Eurostat

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7

みずほ欧州経済情報 2010/4/27 Mizuho Research Institute は 2 カ月連続で減少するなど、主要輸出先の改善ペースに弱さがうかがえる。

製造業受注は外需中心に持

ち直し

生産活動の先行指標となる 2 月のユーロ圏製造業(大型輸送機器業を除く)

受注指数は前月比+2.5%と 1 月(同▲1.3%)から改善した(図 15)。内訳をみ

ると、域内受注指数が同+1.8%と小幅な持ち直しに留まる一方、ユーロ圏

域外受注指数が同+7.9%と大きな改善となった。寒波の影響があるにせよ、

域内の新規受注の弱さを外需が下支えする構図となっている。

1~3 月期の新車販売が大幅

減となる等、個人消費の悪

化基調が持続

家計部門に目を転じると、2 月のユーロ圏小売数量指数は前月比▲0.6%と

2 カ月連続で低下し(図 16)、1~3 月期のユーロ圏新車登録台数は前期比▲

6.6%と、前期(同▲7.1%)に続く大幅な減少となった(但し、3 月の新車登録

台数は前月比+7.2%増加したため、4~6 月期のゲタは+5.6%となった)。

10~12 月期に個人消費中心で堅調な成長を達成したフランスでは、1~3 月

期の実質家計工業品支出(個人消費全体の 1/4 程度を占める)が前期比▲

1.9%と 96 年 10~12 月期以来の大幅な減少となった。今年から新車購入補

助金が縮小されたことで自動車販売(前期比▲11.5%)に反動減が生じたため

であり、フランスの 1~3 月期実質個人消費は自動車販売の落ち込みだけで

▲0.7Pt 程度押し下げられたとみられる。

失業者増加ペースは徐々に

マイルドに

雇用環境をみると、2 月のユーロ圏失業者数は前月比+61 千人と 23 カ月

連続の増加となったが、増加ペースは昨年後半から徐々に緩やかになってい

る(図 17)。失業者数はドイツでは昨年半ば以降、小幅ながら減少し、スペイ

ンでも昨年末頃をピークに頭打ち感もうかがえる。しかし、最悪期を過ぎつ

つあるとは言え、生産持ち直しペースが弱いため、雇用が持続的な回復に至

るには時間を要するだろう。

3.ユーロ圏物価動向・金融政策:ECBはギリシャ支援の姿勢を明確化

3 月のインフレ率はエネル

ギー要因で大きく上昇

3 月のユーロ圏消費者物価指数(HICP)は前年比+1.4%と、前月から 0.5Pt

の上昇となった(図 18)。この上昇幅の主因はエネルギー物価(前年比+

7.2%)であり、寄与度ベースで前月比+0.4Pt の押し上げとなった。趨勢的

な物価動向を示すコア・インフレ率は前年比+1.0%(前月比+0.1Pt)と落ち

着いた推移が続いている。

ECBは適格担保の緩和措

置延長を決定し、ギリシャ

への支援姿勢を明確化

4 月 8 日のECB政策理事会では主要政策金利が決定され、声明文におけ

る景気・物価判断にもほとんど変化は見られなかった。

今回の注目点は、ECBのレポにおける適格担保条件の緩和措置を現在の

図 14 ユーロ圏域外輸出

▲ 8

▲ 6

▲ 4

▲ 2

0

2

4

6

08/8 09/2 09/8 10/2

100

105

110

115

120

125

130

135

前月比 ユーロ圏域外輸出(右)

(10億ユーロ)(%)後方3カ月平均

(資料)Eurostat

図 15 ユーロ圏製造業受注指数

▲ 12.0

▲ 10.0▲ 8.0

▲ 6.0

▲ 4.0▲ 2.0

0.0

2.04.0

6.0

08/8 09/2 09/8 10/2

80

8590

95

100105

110

115120

125

前月比製造業受注(大型輸送機器除く、右)

(%) (2005=100)後方3カ月平均

(資料)Eurostat

図 16 ユーロ圏小売数量指数

97

98

99

100

101

102

103

104

08/11 09/3 09/7 09/11 10/3

ユーロ圏

ドイツ

フランス

(注)フランスは家計工業品支出

(資料)Eurostat、INSEE

(2008/1=100)

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Mizuho Research Institute みずほ欧州経済情報 2010/4/27 期限である 2010 年末から延長することを正式に表明したことである。この

発表自体は、既にトリシェ総裁が 3 月 25 日の議会証言にて述べていたこと

であり、予想外の内容ではない。注目点は格付け基準でヘアカット率に差を

設けるかどうか、といった点であったが、①A-未満には段階的なヘアカッ

ト率を適用し、現行の「一律+5%」基準から引き上げること、②但し、中

央政府発行証券は対象外(変更せず)、③ユーロ建て以外の証券、非市場性金

融機関発行証券、劣後債については 11 年から担保不適格とし、詳細を 7 月

に公表することが発表された。前回会合時と比較してギリシャの財政懸念が

一段と高まっている状況下、適格担保基準の緩和措置延長と、A-未満のヘ

アカット率引き上げ措置から国債を除くとする措置は、ギリシャ支援が目的

であることは明白である。

質疑応答では手の平を返し

たECBの政策対応に対し

て厳しい批判が相次ぐこと

理事会後の質疑応答では、ギリシャ問題へのECBの対応に対する厳しい

批判が集中した。1 月の理事会では「特定国のために担保基準を変更するこ

とは有り得ない」と言明していたことを思い返すと、手の平を返す決定とな

ったからである。常に「先行きをコミットしない」と政策オプションに対す

る質問には曖昧さを示してきたECBのスタンスからすれば、上記のような

発言が市場参加者の不安心理を煽ってしまった側面は否めないところである。

また、ギリシャ支援への具体的条件に関する質問には、「EU理事会の責任

となる専門事項」であることを理由として、コメントを控えた。

ECBの出口戦略は一歩後

退。ギリシャ問題の拡大を

防ぐ緩和的政策運営は当面

継続へ

4 月 29 日には競争入札に戻して 1 回目の 3 カ月物オペが実施されるが、入

札金額は 150 億ユーロと、同日期限の 3 カ月物オペ(32 億ユーロ)を大幅に上

回る金額を用意している。競争入札に戻して第 1 回目の入札ということもあ

り、ターム物金利の急上昇リスクを抑制するための極めて慎重な措置と言え

る(なお、金額は変更の可能性があるとのこと)。5 頁で指摘したように、南

欧諸国中心に金融機関の中銀依存度が高まっており、今回のギリシャ支援の

措置と合わせ、当面は大規模な流動性供給を続けざるを得ないだろう。

4.英国動向:5 月 6 日総選挙は混戦模様、「hung parliament」に陥るとの見方が主流に

1~3 月期英実質GDPは 2

期連続でプラス成長を維持

1~3 月期の英実質GDP(速報値)は前期比+0.2%(年率+0.8%)と 2 四半

期連続のプラス成長となった(図 19)。もっとも、2 期連続で年率 1%を下回

る伸びに留まっており、英国景気の回復ペースは緩やかである。業種別にみ

ると、政策効果や寒波の影響で商業(流通・外泊業等、前期比▲0.7%)や建

図 17 ユーロ圏失業者数

▲ 200

▲ 100

0

100

200

300

400

500

600

07/2 08/2 09/2 10/2

7.0

7.5

8.0

8.5

9.0

9.5

10.0

10.5

失業者数前月差 失業率(右)

(千人) (%)

(資料)Eurostat

図 18 ユーロ圏インフレ率

▲ 1.5

▲ 0.5

0.5

1.5

09/3 09/9 10/3

コア 食品・煙草

エネルギー HICP

(前年比、%)

(資料)Eurostat

図 19 英国実質GDP

▲ 3.0

▲ 2.0

▲ 1.0

0.0

1.0

08/3 08/9 09/3 09/9 10/3

金融ビジネス 鉱工業建設業 商業

公共サービス 実質GDP

(前期比、%)

(注)寄与度は当社算出   (資料)英国統計局

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みずほ欧州経済情報 2010/4/27 Mizuho Research Institute 設業(同▲0.7%)がマイナスとなったが、金融・ビジネスサービス業が前期

比+0.6%、在庫調整の進展によって鉱工業も同+0.7%と、両業種とも前期

から伸びを高めた。

企業業況の改善にはやや一

服感

企業業況をみると、水準は目安の 50Pt を上回っているものの、足元では

横ばい圏の動きとなっており、3 月のPMI指数は製造業が 57.2(前月比+

0.7Pt)、サービス業が 56.5(前月比▲1.9Pt)とまちまちな結果となった(図

20)。英国景気は回復局面に転じたものの、そのペースは極めて緩やかであ

ることが示唆される。

失業者増加に頭打ち感が出

始めているが、非労働力化

の進行が背景

雇用情勢をみると、2 月の失業者数(ILOベース)は+43 千人と、4 カ月

ぶりの増加となったが、2 月は寒波による影響も大きいとみられる。昨年後

半以降、失業者増加には歯止めがかかりつつあり、失業保険申請ベースの失

業者数をみると、既にピークから 84 千人の減少となっている。しかし、失

業者増加に頭打ち感が出始めていることは、職探しを諦めて労働市場からの

退出者が多いためであり、雇用情勢は依然として厳しい状況と言える。2 月

の雇用者数は前月比▲36 千人と 3 カ月連続で減少し、同労働参加率は

78.5%と 05 年以来の水準に低下した(図 21)。今後の英景気の回復が緩やか

に留まる中では、労働需要の改善も弱いペースに留まると予想される。

インフレ率は再び上昇 物価動向については、3 月の消費者物価指数が前年比+3.4%と 2 月から再

び上昇した(図 22)。エネルギー物価が同+8.5%と前月(同+5.6%)から伸び

を高めたことの影響が大きいが、コア・インフレ率も同+3.0%(前月同+

2.9%)に上昇した。さらに、債券市場に織り込まれるインフレ期待(ブレー

ク・イーブン・インフレ率)をみると、一貫した上昇基調が続いている点も

気懸かりである。大幅なデフレギャップ、労働需給の緩みを踏まえればイン

フレ圧力は限定的と予想される一方、ポンド安による輸入インフレやコモデ

ィティ価格の上昇といったインフレリスクにも注意を要する。

下院総選挙は 5 月 6 日。自

民党が支持率を伸ばす中、

「hung parliament」に陥る

見方がコンセンサスとなり

つつある状況

4 月 6 日、ブラウン首相は下院解散と 5 月 6 日の総選挙実施を発表した。

選挙戦は保守・労働党の二大政党に加えて、第三勢力である自民党の勢いが

増している(図 23)。4 月 15 日に実施された第 1 回党首討論会では自民党が

支持率を大きく伸ばす結果となり、第二回党首討論会(4/22)後も自民党は支

持率を維持している。このため、絶対多数政党の無い議会 (hung

parliament)に陥るとの見方はコンセンサスとなりつつある。問題は総選挙

後であり、連立政権によって政局混乱が生じれば、ポンド売り・英国債下落

図 20 英PMI指数

34

38

42

46

50

54

58

08/3 08/9 09/3 09/9 10/3

製造業PMI サービス業

 

小→

(Pt)

(資料)Markit

図 21 英雇用統計

▲ 120

▲ 80

▲ 40

0

40

80

07/2 08/2 09/2 10/2

78.2

78.4

78.6

78.8

79.0

79.2

79.4

雇用者数 労働参加率(右)

(%)(前月差、千人)

(資料)ONS

同 22 英インフレ率

0.5

1.5

2.5

3.5

4.5

5.5

08/3 08/9 09/3 09/9 10/3

1.0

1.5

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

消費者物価(CPI)コア(エネルギー、食品、アルコール、煙草を除く)インフレ期待(右)

(前年比、%)

(注)インフレ期待=10年国債利回り-インフレ 連動債利回り

(資料)ONS、Bloomberg

(同左)

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Mizuho Research Institute みずほ欧州経済情報 2010/4/27 につながるリスクが残存する。他方、英国の経常赤字が大幅に縮小しており

(09 年 10~12 月期の経常収支は名目GDP比▲0.5%)、英国内での国債消化

能力が高まっているという安心材料もある(図 24)。足元の経常赤字幅は、I

MF支援を受けた 70 年代後半や欧州通貨危機が起こった 90 年代初頭のよう

に大きい水準ではない。

MPC委員の間でインフレ

リスクへの警戒姿勢が強ま

りつつある

4 月の金融政策委員会(MPC)(4/7・8)では事前予想通りの政策金利と資

産購入枠の据え置きが決定された。5 月のMPCは、総選挙実施日と重なる

ため、7・10 日にずれることになっている。

議事録によれば、景気判断が改善すると共に、インフレリスクへの警戒も

前月から若干引き上げられた。景気動向については、多くのメンバーが 2 月

のインフレレポート時よりも英国内外の景気見通しが安定化していると判断

しているようであるものの、英国の主要輸出先であるユーロ圏景気のダウン

サイドリスクに対しては警戒を強めている。一方、インフレについては「幾

分のアップサイドリスク」が指摘された。コモディティ価格の上昇だけでは

なく、金融市場参加者のインフレ期待(ブレーク・イーブン・インフレ率)が

上昇し続けていることへの警戒トーンが強まっており、「委員会はインフレ

期待の動向を緊密に監視していく」としている。

来月発表のインフレレポー

トでは、予想に反するイン

フレ圧力の根強さに対する

BOEの見方が注目点

来月はMPC後の二日後にインフレレポートが発表され(4/12)、前回 2 月

時点よりも見通しが上方修正される可能性が高い。依然として大幅な需給ギ

ャップを抱えていると見込まれる一方、予想に反するインフレ圧力の根強さ

に対するBOEの見方が注目されるところである。もっとも、総選挙後の新

政権の政策スタンスも見えていないため、BOEの金融政策に大きな変化は

生じず、様子見姿勢は続くものと考えられる。

以上

図 23 英与野党の支持率

▲ 10

0

10

20

30

40

50

07/1 07/8 08/2 08/9 09/4 09/11 10/4

保守党労働党自由党

支持率格差(保守-労働)

(Pt)

(資料)Guardian/ICM

図 24 英経常収支

(資料)ONS

▲ 5.0

▲ 4.0

▲ 3.0

▲ 2.0

▲ 1.0

0.0

1.0

2.0

55 65 75 85 95 05

(名目GDP比、%)

05/12 07/12 09/12

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みずほ欧州経済情報 2010/4/27 Mizuho Research Institute 巻末資料:欧州主要経済指標

(エコノミスト 中村正嗣 [email protected])(シニアエコノミスト 中村正嗣 [email protected])

実質GDP成長率(前期比、%) 07 Q1 Q2 Q4 08 Q1 Q2 Q3 Q4 09 Q1 Q2 Q3 Q4 10 Q1ユーロ圏 0.4 0.6 0.3 0.8 ▲ 0.3 ▲ 0.4 ▲ 1.9 ▲ 2.4 ▲ 0.1 0.4 0.0 #N/A ドイツ 0.3 0.8 0.1 1.6 ▲ 0.6 ▲ 0.3 ▲ 2.4 ▲ 3.5 0.4 0.7 0.0 #N/A フランス 0.4 0.7 0.3 0.5 ▲ 0.4 ▲ 0.2 ▲ 1.5 ▲ 1.3 0.3 0.2 0.6 #N/A イタリア 0.2 0.1 ▲ 0.5 0.4 ▲ 0.6 ▲ 0.9 ▲ 2.2 ▲ 2.7 ▲ 0.5 0.5 ▲ 0.3 #N/A スペイン 0.8 0.7 0.6 0.4 0.0 ▲ 0.6 ▲ 1.1 ▲ 1.7 ▲ 1.0 ▲ 0.3 ▲ 0.1 #N/A英国 0.6 0.5 0.5 0.7 ▲ 0.1 ▲ 0.9 ▲ 1.8 ▲ 2.6 ▲ 0.7 ▲ 0.3 0.4 0.2

ユーロ圏統計 07 Q1 Q2 Q4 08 Q1 Q2 Q3 Q4 09 Q1 Q2 Q3 Q4 10 Q1*設備稼働率(%) 84.2 84.1 83.8 83.8 82.7 81.5 74.6 70.2 69.6 71.0 72.0 #N/A雇用者数(前期比、%) 0.4 0.4 0.3 0.4 0.1 ▲ 0.3 ▲ 0.4 ▲ 0.8 ▲ 0.5 ▲ 0.5 ▲ 0.3 #N/A妥結賃上げ率(前年比、%) 2.3 2.1 2.1 2.9 2.9 3.4 3.6 3.2 2.8 2.3 2.1 #N/A労働生産性(前年比、%) 1.0 0.8 0.4 0.6 0.3 ▲ 0.1 ▲ 1.7 ▲ 3.8 ▲ 3.0 ▲ 1.9 ▲ 0.1 #N/A雇用コスト指数(前年比、%) 2.6 2.5 2.8 3.3 2.4 3.6 4.5 3.6 4.3 3.0 2.2 #N/A*経常収支(10億ユーロ) 9.1 4.2 ▲ 11.4 ▲ 28.2 ▲ 30.7 ▲ 44.5 ▲ 49.1 ▲ 29.8 ▲ 12.6 ▲ 8.4 ▲ 7.1 #N/A 名目GDP比(%) 0.4 0.2 ▲ 0.5 ▲ 1.2 ▲ 1.3 ▲ 1.9 ▲ 2.1 ▲ 1.3 ▲ 0.6 ▲ 0.4 ▲ 0.3 #N/A

前月比 前年比Oct-09 Nov-09 Dec-09 Jan-10 Feb-10 Mar-10 Oct-09 Nov-09 Dec-09 Jan-10 Feb-10 Mar-10

*景況感指数(欧州委員会) 89.6 91.9 94.1 96.0 95.9 97.7鉱工業生産指数 0.3 1.3 0.8 1.7 0.7 #N/A ▲ 11.2 ▲ 7.3 ▲ 3.9 1.0 3.8 #N/A製造業受注指数 ▲ 2.4 3.1 0.6 ▲ 1.6 1.5 #N/A ▲ 12.4 ▲ 3.0 9.7 10.4 12.2 #N/A 除く自動車以外の輸送機器 ▲ 1.0 3.0 ▲ 0.6 ▲ 1.3 2.5 #N/A ▲ 12.5 ▲ 3.3 8.1 9.9 14.0 #N/A建設業生産指数 ▲ 0.6 ▲ 1.1 ▲ 1.6 ▲ 0.8 ▲ 3.2 #N/A ▲ 9.0 ▲ 8.5 ▲ 3.8 ▲ 9.7 ▲ 12.4 #N/A

*貿易収支(名目、10億ユーロ) 3.5 3.7 3.4 1.9 3.3 #N/A 域外輸出(同上) 0.8 1.3 2.3 ▲ 0.2 2.7 #N/A ▲ 16.3 ▲ 7.7 ▲ 1.9 6.0 10.5 #N/A 域外輸入(同上) ▲ 1.8 1.2 2.6 1.1 1.5 #N/A ▲ 21.3 ▲ 14.6 ▲ 6.3 1.3 5.4 #N/A

*消費者信頼感指数 ▲ 17.7 ▲ 17.3 ▲ 16.1 ▲ 15.8 ▲ 17.4 ▲ 17.3*失業率 9.8 9.9 9.9 9.9 10.0 #N/A小売数量指数 0.4 ▲ 0.5 0.8 ▲ 0.3 ▲ 0.6 #N/A ▲ 1.2 ▲ 2.0 ▲ 0.3 ▲ 0.8 ▲ 0.8 #N/A乗用車新規登録台数 15.3 28.5 17.7 12.9 3.0 6.9

マネーサプライ(M3) 0.3 ▲ 0.3 ▲ 0.3 0.1 ▲ 0.4 #N/A生産者物価指数・最終財コア ▲ 3.9 ▲ 3.0 ▲ 2.3 ▲ 1.1 ▲ 0.6 #N/A消費者物価指数 ▲ 0.1 0.5 0.9 1.0 0.9 1.4 コア(除く飲食品、煙草、アルコール、エネルギー) 1.2 1.0 1.1 0.9 0.9 1.0

*ECB主要政策金利(末値、%) 1.00 1.00 1.00 1.00 1.00 1.00*Euribor3カ月レート(末値、%) 0.72 0.72 0.70 0.67 0.66 0.63*ドイツ10年国債利回り(末値、%) 3.25 3.16 3.40 3.20 3.11 3.10*ダウユーロ50種株価指数(末値) 2,743.5 2,797.3 2,965.0 2,776.8 2,728.5 2,931.2*ユーロドル(末値、$/€) 1.472 1.501 1.432 1.386 1.363 1.351*ユーロ円(末値、円/€) 132.6 129.6 133.0 125.2 121.1 126.3

各国統計 前月比 前年比Oct-09 Nov-09 Dec-09 Jan-10 Feb-10 Mar-10 Oct-09 Nov-09 Dec-09 Jan-10 Feb-10 Mar-10

ドイツ*ifo景況感指数(91年=100) 92.1 93.9 94.6 95.9 95.3 98.2鉱工業生産指数(除く建設業) ▲ 1.7 0.7 ▲ 0.8 1.1 ▲ 0.1 #N/A ▲ 13.2 ▲ 8.6 ▲ 5.2 2.9 6.5 #N/A*失業率 8.1 8.1 8.1 8.1 8.1 8.0*DAX株価指数(末値) 5,415.0 5,626.0 5,957.4 5,608.8 5,598.5 6,153.6

フランス*INSEE製造業景況感指数 87.0 88.0 88.0 91.0 90.0 93.0鉱工業生産指数(除く建設業) 0.0 0.9 ▲ 0.3 1.1 0.0 #N/A ▲ 8.0 ▲ 3.5 ▲ 2.0 2.6 3.3 #N/A工業品家計消費支出 0.9 0.9 1.3 ▲ 2.5 ▲ 1.4 1.2 3.5 3.7 5.6 1.5 1.3 2.5*CAC株価指数(末値) 3,607.7 3,680.2 3,936.3 3,739.5 3,708.8 3,974.0

英国*CBI製造業生産見通し 4 4 ▲ 7 4 7 5鉱工業生産指数 0.0 0.6 0.5 ▲ 0.5 0.9 #N/A ▲ 8.4 ▲ 5.7 ▲ 3.6 ▲ 1.4 0.1 #N/A*貿易収支(名目、含むサービス、10億£) ▲ 3.2 ▲ 2.7 ▲ 2.8 ▲ 3.9 ▲ 2.1 #N/A 輸出(同上) 2.4 0.4 2.9 ▲ 4.3 5.1 #N/A ▲ 8.2 ▲ 5.2 ▲ 0.5 ▲ 1.5 5.3 #N/A 輸入(同上) 2.9 ▲ 0.8 2.7 ▲ 0.9 ▲ 0.5 #N/A ▲ 4.3 ▲ 3.0 1.5 2.7 3.4 #N/A小売数量指数 0.9 ▲ 0.4 ▲ 0.3 ▲ 3.3 2.6 0.4 3.8 3.2 2.1 ▲ 1.3 3.2 2.2失業率(失業保険申請ベース) 5.0 5.0 4.9 5.0 4.9 4.8消費者物価指数(CPI) 1.5 1.9 2.9 3.5 3.0 3.4ネーションワイド住宅価格指数 0.5 0.6 0.5 1.4 ▲ 0.8 0.7 2.0 2.7 5.9 8.6 9.2 9.0マネーサプライ(M4) 11.2 9.5 7.0 5.1 4.0 #N/A コア(その他金融の資金仲介を除く) 3.1 3.0 2.7 2.7 2.4 #N/A*イングランド銀行政策金利(末値、%) 0.50 0.50 0.50 0.50 0.50 0.50*英10年国債利回り(末値、%) 3.62 3.52 4.01 3.91 4.04 3.93*FT100株価指数(末値) 5,044.6 5,190.7 5,412.9 5,188.5 5,354.5 5,679.6*ポンドドル(末値、$/£) 1.645 1.645 1.615 1.600 1.525 1.518*ポンド円(末値、円/£) 148.2 142.1 150.4 144.3 135.6 141.9(注)*は水準。英国住宅価格指数は前月比を季節調整値、前年比を原数値で算出(資料)Eurostat、欧州委員会、ECB、ACEA、ドイツ連銀、ドイツ連邦統計庁、ifo、INSEE、ONS、BOE、CBI、RICS、Nationwide、Bloomberg、EcoWin

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