2 nvu における bbb の役割と cellular metabolic...

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75 ● シンポジウム 3 血液脳関門 要  旨 Neurovascular unit NVU)とは,ニューロンと脳微小循環を基盤として脳機能を統合的に捉え,脳虚血病態を 理解するための conceptual framework である.主要な構造要素としてニューロン,脳微小血管のほか,両者を 橋渡しするアストロサイトが含まれる.血液脳関門(BBB)は NVU の血管側の解剖学的構造に由来するバリア 機能であり,脳微小循環から脳実質内への物質移動の制御機構を担う.BBB という透過性の制限を設けるこ とは,脳の保護機構として重要な生体戦略であるが,BBB には必須物質に対する特異的輸送系のほか,safety system としてエネルギー代替物質となるモノカルボン酸(乳酸,ケトン体)トランスポーターが存在し,さらに 脳実質内には細胞(種)間の合成系と消費系が存在する.NVU 構成要素のうちニューロンとアストロサイトに 注目し,cellular metabolic compartment を介した NVU 維持機構を論じる. (脳循環代謝 2475822013キーワード: neurovascular unit NVU),blood-brain barrier BBB),アストログリア,脂肪酸,乳酸,ケトン体 はじめに 脳のエネルギー産生はグルコースの酸化的代謝に依 存するが,脳内にはグルコース,酸素ともに十分な 備蓄がないために外部からの間断ない供給が必要で ある 1, 2.脳微小循環(毛細血管)はこれらの物質供給 ルートであり,そこには脳に不要あるいは有害な物質 に対しては脳内移行を制限する血液脳関門(blood-brain barrier; BBB)が存在する.BBB を構成するのは血管内 皮細胞同士の tight junction を中心とした水平性接着で あるが,同時に内皮細胞の外側には細胞外マトリック ス(extracellular matrix; ECM)が存在し,さらにその外側 にはアストロサイトの足突起が毛細血管全体を全周に わたり包み込んでいる.内皮細胞およびアストロサイ トに発現するインテグリン受容体は,ECM をリガンド として ECM の内外からの垂直性接着を担う 3.必須物 質については,BBB を通過するため内皮細胞には種々 のトランスポーターが存在する.これらの血管側の機 能構造にニューロンを加え,neurovascular unit NVU)と して仮想的な脳の機能ユニットを想定することで,生 理学的状態における脳循環代謝を理解し,老化,虚 血,炎症性疾患,さらに神経免疫疾患,神経変性疾患 までも含めた病的状態における脳循環代謝の病態モデ ルを構築することが可能である 4, 5.物質代謝という面 から NVU を考えた際に,BBB による物質供給制限 は,細胞(群)間における脳内での物質合成と消費とい cellular metabolic compartment を設けることで必要物 質の不足を回避している可能性がある.すなわち,ア ストロサイトは制限を受けながらも脳内に供給された 物質を代謝(分解・合成)し,ニューロンにとってより 効率的な基質を供給するというモデルが想定される. 本シンポジウムでは具体的なモデルとして,1)グル コース代謝と,2)脂肪酸代謝,それぞれをリンクする 乳酸とケトン体の機能を中心に展望したい. 1.NVU の歴史的背景と意義 今日的な意味での NVU という言葉が初めて用いら れたのは,米国 National Institute of Neurological Disorders and Stroke NINDS)の Stroke Progress Review Group SPRG)による 2002 年報告書である 6.脳卒中の病態を さらに包括的に理解し,臨床応用を推進することの必 2NVU における BBB の役割と cellular metabolic compartment 髙橋 愼一 1 ,安部 貴人 2 ,伊澤 良兼 3 ,飯泉 琢矢 1 ,鈴木 則宏 1 1 慶應義塾大学医学部神経内科 2 東京歯科大学市川総合病院内科 3 Department of Medicine and Neurology, University of Washington, USA 160-8582 東京都新宿区信濃町 35 TEL: 03-3353-1211 FAX: 03-3353-1272 E-mail: [email protected]

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  • ─ 75 ─

    ● シンポジウム 3 血液脳関門

    要  旨 Neurovascular unit(NVU)とは,ニューロンと脳微小循環を基盤として脳機能を統合的に捉え,脳虚血病態を理解するための conceptual frameworkである.主要な構造要素としてニューロン,脳微小血管のほか,両者を橋渡しするアストロサイトが含まれる.血液脳関門(BBB)は NVUの血管側の解剖学的構造に由来するバリア機能であり,脳微小循環から脳実質内への物質移動の制御機構を担う.BBBという透過性の制限を設けることは,脳の保護機構として重要な生体戦略であるが,BBBには必須物質に対する特異的輸送系のほか,safety systemとしてエネルギー代替物質となるモノカルボン酸(乳酸,ケトン体)トランスポーターが存在し,さらに脳実質内には細胞(種)間の合成系と消費系が存在する.NVU構成要素のうちニューロンとアストロサイトに注目し,cellular metabolic compartmentを介した NVU維持機構を論じる.

    (脳循環代謝 24:75~82,2013)

    キーワード:neurovascular unit(NVU),blood-brain barrier(BBB),アストログリア,脂肪酸,乳酸,ケトン体

    はじめに

     脳のエネルギー産生はグルコースの酸化的代謝に依存するが,脳内にはグルコース,酸素ともに十分な備蓄がないために外部からの間断ない供給が必要である1, 2).脳微小循環(毛細血管)はこれらの物質供給ルートであり,そこには脳に不要あるいは有害な物質に対しては脳内移行を制限する血液脳関門(blood-brain barrier; BBB)が存在する.BBBを構成するのは血管内皮細胞同士の tight junctionを中心とした水平性接着であるが,同時に内皮細胞の外側には細胞外マトリックス(extracellular matrix; ECM)が存在し,さらにその外側にはアストロサイトの足突起が毛細血管全体を全周にわたり包み込んでいる.内皮細胞およびアストロサイトに発現するインテグリン受容体は,ECMをリガンドとして ECMの内外からの垂直性接着を担う3).必須物質については,BBBを通過するため内皮細胞には種々

    のトランスポーターが存在する.これらの血管側の機能構造にニューロンを加え,neurovascular unit(NVU)として仮想的な脳の機能ユニットを想定することで,生理学的状態における脳循環代謝を理解し,老化,虚血,炎症性疾患,さらに神経免疫疾患,神経変性疾患までも含めた病的状態における脳循環代謝の病態モデルを構築することが可能である4, 5).物質代謝という面から NVUを考えた際に,BBBによる物質供給制限は,細胞(群)間における脳内での物質合成と消費という cellular metabolic compartmentを設けることで必要物質の不足を回避している可能性がある.すなわち,アストロサイトは制限を受けながらも脳内に供給された物質を代謝(分解・合成)し,ニューロンにとってより効率的な基質を供給するというモデルが想定される.本シンポジウムでは具体的なモデルとして,1)グルコース代謝と,2)脂肪酸代謝,それぞれをリンクする乳酸とケトン体の機能を中心に展望したい.

    1.NVUの歴史的背景と意義

     今日的な意味での NVUという言葉が初めて用いられたのは,米国 National Institute of Neurological Disorders and Stroke(NINDS)の Stroke Progress Review Group(SPRG)による 2002年報告書である6).脳卒中の病態をさらに包括的に理解し,臨床応用を推進することの必

    2.NVUにおける BBBの役割と cellular metabolic compartment

    髙橋 愼一1,安部 貴人2,伊澤 良兼3,飯泉 琢矢1,鈴木 則宏1

    1慶應義塾大学医学部神経内科2東京歯科大学市川総合病院内科3 Department of Medicine and Neurology, University of

    Washington, USA

    〒 160-8582 東京都新宿区信濃町 35TEL: 03-3353-1211 FAX: 03-3353-1272E-mail: [email protected]

  • 脳循環代謝 第 24巻 第 2号

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    要性から,2001年当時の NINDSの DirectorであったGerald Fischbachによって招集された米国の脳血管障害の基礎・臨床研究者が専門部会を開催し,James C. GrottaとMichael A. Moskowitzの Co-Chairのもと 1年後の 2002年にレポートとして報告された.この構成メンバーにはこの領域の研究のリーダーである Costantino Iadecolaや Gregory J. del Zoppoなどの名前がある.レポートには脳血管障害の研究推進のため 15の重点領域が挙げられており,全てに共通した 5つの到達目標の2番目に“血液,血管壁,脳の複合機能の理解”が挙げられている.ここに NVUについての記載があり,その構成要素は,血管壁と細胞外マトリックス,ニューロン,グリアであることが示されている.さらに 15領域のうち第 4領域の“Neurovascular Protective Mechanisms”でも NVUに言及されているが,ここでは NVUを,細胞性要素としての内皮細胞,アストロサイト,周皮細胞(pericyte),非細胞性要素としてマトリックスを構成するタンパクとその調節酵素の総体と定義している.これは,NVUの“微小血管モジュール”(注:筆者の造語3~5))を重視した立場といえるが,NVUとは“血管モジュール”とともに,本来の主役である“ニューロン”,さらにその両者を橋渡しするための“アストロサイト”(血管接着部分のみならず,細胞全体)を含めた構造単位であると考えるのが一般的である(図 1).

    2.BBBの構造と機能

     NVUの“微小血管モジュール”は,元来,虚血時の病態を理解するためのモデルである NVUの中核である.

    また,BBBは虚血時に正常機能を失い,透過性の亢進は脳浮腫と出血性変化の一因となる.古典的には,BBBは血管内皮細胞同士の接着による tight junctionとadherens junctionが中心作用を演じると考えられてきた.前者の構成タンパクには zonula occludens-1 (ZO-1),caludin-5,occludin,junctional adhesion moleculeがあり,後者には cadherinなどがある(図 2)7~9).古くからアストロサイトと BBBには密接な相互作用があることが知られていたが,現在では BBB機能には,この内皮細胞同士の水平性接着に加えて,血管の基底膜を挟んで接着する内皮とアストロサイトの足突起に存在するintegrin受容体,dystroglycan受容体が,基底膜を構成する細胞外マトリックスのタンパク・リガンドと結合することで得られる垂直性接着が重要であることが明らかになってきた(図 2)10, 11).NVUにおける BBBを考えるとき,このアストロサイトによる第 2次バリアという考えは極めて重要となる.何故なら,これら第 2次バリアの破綻は,脳梗塞初期の血管性脳浮腫発生に加え,さらに出血性変化(出血性梗塞),炎症性細胞の侵入12, 13)を惹起し,脳梗塞後の組織破壊に大きな役割を演じるからである.

    3.グルコース代謝におけるアストロサイトとニューロンの機能分担

     筆者らはラットの胎生 16日大脳皮質線条体から調整した初代培養ニューロンと,ラット新生仔の大脳皮質から調整した第 2代培養アストログリアを用い14),代謝に関する検討を行ってきた.グルコース消費の定

    図 1.ニューロン(左)と毛細血管(右),これを橋渡しするアストログリア(中央)によって構成される neurovascular unit(NVU)の構造

  • NVUにおける BBBの役割と cellular metabolic compartment

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    量的指標である [14C]deoxyglucose([14C]DG)のリン酸化率は,ニューロンでは 1.0 pmol deoxyglucose/g protein/ 60 min,アストログリアでは 2.5 pmol deoxyglucose/μg protein/60 minと,アストロサイトで約 2.5倍あった(図 3).次にグルコースに由来する CO2測定を行い,両細胞種の酸化的グルコース代謝活性を定量し比較した.[14C(U)]glucoseから発生する14CO2を定量し,CO2に代謝されたグルコース量を算出すると,ニューロンでは 12 pmol glucose/μg protein/60 min,アストログリアでは 2 pmol glucose/μg protein/60 minと,アストログリアで約 1/6であった15).アッセイ溶液中への乳酸放出量を直接測定したところ,アストログリアからの乳酸放出量は膨大で,計算上は消費されたグルコースの約86%は,乳酸として放出されたと推定された.

     次に大量に放出された乳酸が,細胞のエネルギー基質になっている可能性を検討した.正常脳の細胞外液中の乳酸濃度は 1~3 mMであるため,2 mM乳酸を含有するアッセイ溶液にトレーサー濃度の [14C(U)]lactateを加え,産生された14CO2の定量値から算出した乳酸酸化量は,ニューロンにおいてアストロサイトの約 4倍であった.そこでニューロンとアストログリアにおける乳酸とグルコースのエネルギー基質としての選択性(preference)を検討するため,脳実質の正常濃度である 2 mMグルコースと 2 mM乳酸の競合実験を行った(図 4,5).この結果,ニューロンにおいてはグルコースよりも乳酸をより選択的に酸化的に代謝することが確認された.つまり安静(非刺激)時においても,グルコースは,アストログリアにとって選択性の高いエネ

    図 2.図 1の破線四角部分(NVUの微小血管モジュール)を拡大した blood-brain barrier(BBB)の構造

    図 3.培養アストログリア(左)とニューロン(右)のグルコース消費率の比較

    図 4.培養アストログリア(左)とニューロン(右)の酸化的グルコース代謝に対する乳酸の抑制効果は,ニューロンにおいてより顕著である.

  • 脳循環代謝 第 24巻 第 2号

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    ルギー基質であり,これを用いてアストログリアは大量の乳酸を産生する.乳酸はニューロンにとって,グルコース以上に選択性の高いエネルギー基質となり,直接,TCA回路において酸化的代謝を受ける可能性が示された16).

    4.脂肪酸代謝におけるアストロサイトとケトン体合成

     脳はグルコースに依存して酸化的代謝から ATPを産生するが,心筋や骨格筋細胞は脂肪酸を主要なエネルギー基質とする.すなわち,長鎖脂肪酸は long-chain fatty acid acyl-CoAに変換後,カルニチン依存性に carnitine palmitoyl transferase Iによってミトコンドリ

    アに取り込まれ,β酸化を受け acetyl-CoAまで分解される.その後 acetyl-CoAはグルコース由来の acetyl-CoA同様に TCAサイクルで代謝を受けるが,脳ではグルコース由来の acetyl-CoAと脂肪酸由来の acetyl-CoAは明瞭に分別され代謝される(図 6).これは細胞一般に共通の現象である.すなわちグルコースと脂肪酸はエネルギー基質として相補的であり,一方の利用率上昇は他方の減少となる(Randle仮説17)). 従来,脂肪酸は BBBを自由に透過すると考えられてきたが,そのメカニズムは十分明らかではない.血液中において脂肪酸はアルブミンに結合し運搬されるが,内皮細胞からの脳内への移行に際して,遊離脂肪酸が flip-flopによって細胞膜を通過し,その後神経系細胞においては細胞膜に発現する脂肪酸トランスポー

    図 5.培養アストログリア(左)とニューロン(右)の酸化的乳代謝に対するグルコースの抑制効果は,アストログリアにおいてより顕著である.

    図 6.血液中の脂肪酸の神経系細胞内への取り込みとミトコンドリア内 β酸化およびケトン体合成と細胞外輸送機構モデル

  • NVUにおける BBBの役割と cellular metabolic compartment

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    ター(fatty acid binding proteins; FABPs)によって細胞内に運搬されるというモデル18)が提唱されている. 14Cでラベルされたパルミチン酸(PAL),[1-14C]PALを用いて19),酸化的代謝(ミトコンドリアによる [14C]acetyl-CoA → 14CO2反応)(図 7)を定量したところ,酸化的グルコース代謝の約 1~5%程度であった(図 8).またこのとき,14Cでラベルされた acid-soluble fractionは,[14C]acetyl-CoAが acetoacetyle-CoA → HMG-CoA → acetoacetate(AA) → β-hydroxybutyrate(BHB)と代謝され生じる AAと BHBの 2種類のケトン体(ketone bodies; KBs)を反映する19)(図 7).ニューロン,アストログリアともに PALからの KBs産生は,その酸化的代謝(CO2産生)の約 10~50倍であった(図 8).したがって神経系細胞では脂肪酸代謝はケトン体合成が主たる経路と考えられた.さらに重要なことはニューロンのKBs産生に比してアストログリアにおける産生は約 5

    倍と高く(図 8),これは cyclic thio-NADH法20)を用いたNADの吸光度による AAと BHBの直接測定による結果でも確認された.またアストログリアにおけるその産生は低エネルギー状態で活性化される AMPK依存性と考えられた21). ケトン体は,哺乳期には脳のエネルギー基質として利用されるが,成体においても飢餓状態,低血糖,糖尿病にともなうインスリン抵抗性の高い病的条件下ではグルコースの代替エネルギーとして利用される.生体におけるケトン体の産生は主に肝臓であり(“外因性KBs”),脳には血中から BBBに発現するモノカルボン酸トランスポーター(monocarboxylate transporters; MCTs)によって脳内に運搬される.その後,神経系細胞に取り込まれ,ミトコンドリアでは,KBs → HMG-CoA → acetoacetyl-CoA → acetyl-CoAとして TCAサイクルで利用される可能性がある.しかし,MCTsによる脳内輸

    図 7.[1-14C]パルミチン酸の代謝(acetyl-CoA合成と CO2産生あるいはケトン体産生)

    図 8.培養アストログリア(左)とニューロン(右)の [1-14C]パルミチン酸からの CO2産生あるいはケトン体産生の比較

  • 脳循環代謝 第 24巻 第 2号

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    送は十分なケトン体を供給できないことから,生理的条件下では脳のエネルギー基質とはならない.脳内で合成された KBsに関しては,細胞(群)間移送が生じている可能性がある.脂肪酸由来の acetyl-CoAの利用を検討するため,[1-14C]BHBの酸化的代謝を検討した.ニューロンではアストログリアの 1.5倍の代謝を有したが,興味深いことに乳酸との競合実験では,ニューロンの BHB代謝は乳酸による抑制を受けなかったことから,双方が利用可能な状態では BHBを TCAサイクル基質として利用する可能性を示した.これらの結果は,ケトン体に関して脂肪酸をもとに脳内ではアストロサイトで合成され,“内因性 KBs”としてニューロンで利用される可能性を示す.

    5.虚血条件におけるNVUとmetaboliccompartment の意義

     虚血脳においては酸素供給低下がグルコース供給低下を上回ることや,アストログリアにはグルコース蓄積としてのグリコーゲンがあることから,解糖系活性が維持され大量の乳酸が産生される.乳酸は組織 pHを低下させ,虚血性神経障害の原因となっているが,実際には再灌流下では酸素利用が可能となったニューロンにおける重要なエネルギー基質となる可能性がある.しかし,乳酸はピルビン酸に変換後,さらにピルビン酸脱水素酵素複合体(pyruvate dehydrogenase complex; PDHC)によって acetyl-CoAとなり TCAサイクルで利用可能となる.PDHCは虚血障害を受けやすく22),再

    灌流後にニューロンは乳酸を十分に利用できない可能性がある.一方,ケトン体は前述のとおり PDHCの関与なく acetyl-CoAに変換され容易に TCAサイクル基質となる.我々は低酸素条件での脂肪酸からのケトン体合成を定量し,低酸素はアストログリアにおいて KBs合成を促進することを確認した.さらに低酸素後のニューロンによる乳酸利用率は低下するが,BHBの利用率は増加傾向を示すことを確認した21).これらは低酸素化で起こるアストログリアとニューロンの cellular metabolic compartmentの 1つのモデルと考えられた.KBsにはそれ自身,神経保護作用23)があることは広く知られており,アストログリア由来の KBs合成は虚血性神経障害の病態修飾に重要な働きをもつと考えられた.

    まとめ

     BBBは脳内への物質輸送制限を行いその保護機構を担っている.脳血管障害では BBB破綻とその後生じる炎症性細胞の脳内侵入は重要な病態となる.BBB保護とは内皮細胞の保護であり,またアストロサイトの足突起を含めた NVUの保護でもある.NVUにおいて,グルコースはアストログリアで乳酸に分解され,ニューロンに供給されることでニューロンの ATP合成に効率的な代謝環境を提供する24)(図 9).さらにアストログリアの解糖系はペントースリン酸経路(PPP)を介して酸化ストレスの軽減作用を担うことはすでに報告した25, 26).また脂肪酸代謝に関しても,アストログリアで KBs合成の基質となり,それはニューロンのエネ

    図 9.ニューロン(左)と毛細血管(右),これを橋渡しするアストログリア(中央)によって構成される neurovascular unit(NVU)の構造とグルコース-乳酸代謝の cellular metabolic compartmentモデル

  • NVUにおける BBBの役割と cellular metabolic compartment

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    ルギー基質となる可能性が示された(図 10).生理的条件下での意義は不明であるが,虚血性神経障害の代替エネルギーとなる可能性,KBs自身の有する神経保護効果をもたらす可能性が示された.総じて BBBという制限下における NVU保護のための cellular metabolic compartmentとしてまとめることができ,アストロサイトはその中核を担うと考えられる.

    文  献

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    図 10.ニューロン(左)と毛細血管(右),これを橋渡しするアストログリア(中央)によって構成される neurovascular unit(NVU)の構造と脂肪酸-ケトン体代謝の cellular metabolic compartmentモデル

  • 脳循環代謝 第 24巻 第 2号

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    Abstract

    Roles of blood-brain barrier in neurovascular unit and cellular metabolic compartment

    Shinichi Takahashi1, Takato Abe2, Yoshikane Izawa3, Takuya Iizumi1 and Norihiro Suzuki1

    1Department of Neurology, Keio University School of Medicine, Tokyo, Japan2Department of Internal Medicine, Ichikawa General Hospital, Tokyo Dental College, Chiba, Japan

    3Department of Medicine and Neurology, University of Washington, USA

    Neurovascular unit (NVU) is a conceptual f ramework used to bet ter understand the

    pathophysiology of cerebral ischemia. In cerebral tissue, microvessels are an integral part of the

    neuropil. The close proximity of endothelial cells to astroglial end-feet within microvessels and the

    support of astrocytes for neurons suggest that communication could also be directed from microvessels

    to the neurons they supply. The major components of the NVU consist of neurons, microvessels, and

    astrocytes that are interposed between the neuronal synapse and microvasculature. The blood-brain

    barrier (BBB) is a protective structure composed of endothelial tight junctions (horizontal adhesion) and

    astroglial end-foot enveloping microvessels (vertical adhesion). The BBB plays a pivotal role in

    protecting the brain from unnecessary or harmful exogenous substances. Regarding energy substrates,

    such as glucose as well as fatty acids, specific transporters expressed in the endothelium, astroglia, and

    neurons facilitate transportation into brain cells. In addition to the limited substrates that are allowed to

    pass the BBB, brain cells metabolize and synthesize endogenous materials to supply each other.

    Especially, lactate and ketone bodies are thought to be generated mainly in astroglia to fuel neurons as

    alternative energy substrates. The cellular metabolic compartment is a part of the safety net and plays an

    important role in maintaining normal NVU function.

    Key words: neurovascular unit (NVU), blood-brain barrier (BBB), astroglia, fatty acid, lactic acid, ketone bodies (KBs)