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1 これからの教育 l 未来への教育 1 これまでの教育 未来への教育を語るとき 、つねに意識しなければならないことがあります。 それは、過去が現在の記録・記憶であり、未来が現在の期待・希望であるということ であります 1 。すなわち、今、ここで記録や記憶をたどりながらこれまでの教育を考え、 また、 これからの教育への期待や希望を明らかにすることが必要です。 「教育史」を、大きくとらえると、以下のような流れがあるといえます。 1 には、 トランスミッション〈伝達〉型の教育の流れです。 これは、学問の系統性にもとづく個々の教科を中心に、児童生徒たちが教師によって さまざまな知識・技能を注入・伝達される教育です。いわゆる教師が効率よく系統主義 的な知識を児童生徒たちに伝達しようとする、伝統的な一斉授業のスタイルです。 まさに、「ちいちいぱっぱ ちいぱっぱ/雀 の 学 校 の 先 生 は/ むちを振り振り いぱっぱ/生徒の雀は 輪になって/お口をそろえて ちいぱっぱ/まだまだいけな ちいぱっぱ/ も一度一緒に ちいぱっぱ/ ちいちいぱっぱ ちいぱっぱ」という清 水かつら作詞・弘田龍太郎作曲の歌「雀の学校」 (1921) のような教育です。 「生徒の 雀」たちは、「雀の学校の先生」からあたえられた系統主義的な知識や技能を、文字通 り身につける (having)教育を受けています。 2 は、 トランスアク シ ョン〈交流〉型の教育の流れです。 これは、教師に支援された児童生徒たち自身が、相互に交流や啓発を行う学習です。こ れは、児童生徒たちの体験をもとに、経験主義的な問題解決的な学習や課題探究型 学習など、児童生徒たち同士が主体的に学び合 う学習スタイルです。

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Page 1: 1章laotao.way-nifty.com/islikewater/files/e68b99e7a8bfefbc...1 章 これからの教育 l 未来への教育 1 これまでの教育 未来への教育を語るとき 、つねに意識しなければならないことがあります。それは、過去が現在の記録・記憶であり、未来が現在の期待・希望であるということ

1章

これからの教育

l未来への教育

1 これまでの教育

未来への教育を語るとき、つねに意識しなければならないことがあります。

それは、過去が現在の記録・記憶であり、未来が現在の期待・希望であるということ

であります 1。すなわち、今、ここで記録や記憶をたどりながらこれまでの教育を考え、

また、これからの教育への期待や希望を明らかにすることが必要です。

「教育史」を、大きくとらえると、以下のような流れがあるといえます。

第 1には、 トランスミッション〈伝達〉型の教育の流れです。

これは、学問の系統性にもとづく個々の教科を中心に、児童生徒たちが教師によって

さまざまな知識・技能を注入・伝達される教育です。いわゆる教師が効率よく系統主義

的な知識を児童生徒たちに伝達しようとする、伝統的な一斉授業のスタイルです。

まさに、「ちいちいぱっぱ ちいぱっぱ/雀の学校の先生は/むちを振り振り ち

いぱっぱ/生徒の雀は 輪になって/お口をそろえて ちいぱっぱ/まだまだいけな

い ちいぱっぱ/も一度一緒に ちいぱっぱ/ちいちいぱっぱ ちいぱっぱ」という清

水かつら作詞・弘田龍太郎作曲の歌「雀の学校」 (1921)のような教育です。「生徒の

雀」たちは、「雀の学校の先生」からあたえられた系統主義的な知識や技能を、文字通

り身につける (having)教育を受けています。

第 2は、 トランスアクション〈交流〉型の教育の流れです。

これは、教師に支援された児童生徒たち自身が、相互に交流や啓発を行う学習です。こ

れは、児童生徒たちの体験をもとに、経験主義的な問題解決的な学習や課題探究型

学習など、児童生徒たち同士が主体的に学び合う学習スタイルです。

成田喜一郎�
全国学校図書館協議会編『学校図書館の活用名人になる:探求型学習にとりくもう』国土社, pp.8-19.�
Page 2: 1章laotao.way-nifty.com/islikewater/files/e68b99e7a8bfefbc...1 章 これからの教育 l 未来への教育 1 これまでの教育 未来への教育を語るとき 、つねに意識しなければならないことがあります。それは、過去が現在の記録・記憶であり、未来が現在の期待・希望であるということ

' これは、「めだかの学校は 川の中/そっとのぞいて みてごらん/そっとのぞい

て みてごらん/みんなで おゆうぎ/しているよ/めだかの学校の めだかたち/だ

れが生徒か 先生か/だれが生徒か先生か/みんなで げんきに/あそんでる/めだ

かの学校は うれしそう /水にながれて つーいつい・・・・・」と茶木滋作詞・中田喜直作

曲の「めだかの学校」 (1951)のような教育です。まさに、「めだかの生徒」たちがお

遊戯をしたり元気に遊んだり、うれしそうに活動 (doing)を通して相互に学び合って

いく教育の流れです。この教育の流れには、生徒の前で鞭をふる「雀の学校の先生」は

おらず、生徒たちの間を巡回しながら支援や援助を進めていく「めだかの先生」がいる

のです。

この系統主義的なトランスミッション型教育(〈雀の学校〉型教育)と経験主義的トラ

ンスアクション型教育(〈めだかの学校〉型教育)は、日本近代教育史や戦後日本教育

史の流れの中で、前者から後者へ、また後者から前者へという変遷をたどってきまし

た。学校現場は、系統主義か経験主義か、 トランスミッション型教育かトランス アク

ション型教育か、教師の教授による知識・技能の注入・伝達 (having)か、生徒の体

験を通した知識・技能の獲得・交流 (doing)か、という両極を揺れ動かされてきたと

いっても過言ではありません。

そして、今もなお、このふたつの教育の流れが、学校教育の現場において、ある時は

いずれかが底流に流れ、ある時はいずれかが主流となり、教育活動が展開しています

が、これからの教育、未来への教育はいかなる方向へと進むのでしょうか。

ふたつの流れがせめぎ合い、ぷつかり合いながら流れに身を任せてゆくのか、それと

も第3の新しい教育の流れを発見したり創造したりしてゆくのか、今、ここでわたくし

たちは選択を迫られています。

2 これからの教育さて、今、ここでわたくしたちをとりまく地球規模の問題や身近な地域の現状と課題

に目を向けると、これまでの学問や教科・領域の系統性や専門性をもってしても、問題

解決することが困難な課題を抱えていることに気づきます。

児童生徒たちだけではなく、おとなたちにも解決することが困難であり、しかもその

まま放置しておくと、次世代市民への大きなツケ=持続不可能性という問題を残しかね

ない多くの現代的課題があります。

【平和】戦争やテロ、核兵器・地雷 ・クラスター爆弾……

1臼+これからの教育 〔り

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【人権】人種や民族、性、阻がいなどをめ ぐる差別や偏見……

【環境】地球温暖化をはじめとする地球環境の破壊・・・・・・

【経済】途上国・先進国間、各国における経済格差や貧困の問題・・・・・・

【資源・エネルギー】水 ・石炭 ・石油・天然ガス ・原子カ・再生可能エネルギー・・・・・・

【災害】多発する風水害をはじめとするさまざまな自然災害・・・・・・

【健康】さまざまな感染症などの病気と「食」や「薬」の安全……

【情報】学校や家庭を超えた個人情報の漏洩やネット犯罪・・・・・・

【犯罪】 地域や学校・家庭で起こる犯罪や非行 ・ いじめ ・ 虐待• …,.

【文化】 歴史的遺産や文化などの多様性と伝承 ・ 継承•…..等

これら以外にも日常的に起こる事件・事故 ・ 事態など、人々の生命や心身の安全• 安

心、文化の持続可能性を妨げるものはたくさんあります。

しかも、これらの現代的諸課題が個別分散的に存在するのではなく、それぞれの課題

が相互に有機的な関連性を有し、さらに、その因果関係は複雑にからみ合っているとい

う、解明・解決・処理困難な状況すら呈しています。

わたくしたちと次世代市民が、持続可能な社会を構築していくための教育への期待と

希望をひらく教育は、いかなる コンセプトで構想されているのでしょうか。

これからの教育は、系統主義的トラ ンスミッシ ョン型教育(〈雀の学校〉型教育)と

経験主義的トランスアクション型教育(〈めだかの学校〉型教育)とを超えた、 トラン

スフォ ーメーション〈主体変様り型教育(〈共に持続可能な未来を創る人間の学校〉

型教育)が求められてきます。

トランスフォーメーシ ョン〈主体変様〉型教育とは、 トランスアクション型教育をさ

らに拡張・深化させ、 トランスミッシ ョン型教育をも排除せず、児童生徒たちはもちろ

ん、教師の〈主体変様〉を引き起こすような「ねがい ・ねらい」や「内容 ・教材=学習

材」、「実践・評価の方法」を有する教育スタイルのことです。「雀の学校」のような授

業と「めだかの学校」のような授業をも包括しつつ、児童生徒ばかりではなく教師も

が、確実な知識 ・概念 ・スキルを身につけ、生きる意味や本質的で根源的な問いに気づ

き、現状変革への意欲をふく らませるような拡張 ・深化を促す教育です。「めだかの学

校の めだかたち/だれが生徒か先生か/だれが生徒か先生か」と「めだかの学

校」の歌詞にあるように、児童生徒たちが教師に学び、児童生徒たち同士が学び合い、

教師が年少者である児童生徒たちから学ぶ古くて新しい「学校」です。ある時は空へ羽

ばたき、ある時は水中を遊泳し、そしてみずからがよって立つ大地―地球 ・地域ーに

学ぷ、〈共に持続可能な未来を創る人間の学校〉型教育です。

〉`

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〈共に持続可能な未来を創る人間の学校〉型教育には、以下のように 10の視点があり

ます。

①学びには、身体、感情、知性、精神のすべての面がふくまれます。

②知ることと学ぶことには、多くの道があります。(七つ多元的な知性:言語的知性、

論理数学的知性、空間的知性、音楽的知性、運動感覚的知性、対人関係的知性、

個人の内面的知性)

③学びには努力と遊びの両面があります。

④学びが促進されるのは、心がやすらぐ環境にいるときです。

⑤学びが促進されるのは、生徒や学生が意欲的にとりくみ、それをなしとげるときです。

⑥学びが促進されるのは、それが実際の生活に関係しているときです。

⑦ 〈自己〉を知ることは、学びの核心です。(「省察」=自省・内省的な考察、主観と

客観の二元論を超える「観想」=黙想・内観による気づき)

⑧成長や発達は大人になってからもつづきます。(生涯学習)

⑨学びには、過去の条件づけを解き放つはたらきもふくまれます。(伝統的には学習

は知識や技能を収集し、蓄積していく過程だと考えられてきました。一方、虐待

を受けた児童生徒、過去に形成されたその子の全人的な成長をはばむ悪習慣 ・行

動パターン等過去に受けた好ましくない条件づけから解放される必要もあります)

⑩直観は、す ぐれた知のあり方です。(論理的思考と直観とのバランスの回復のため

に、芸術や運動などをより重視すべきです。インスピレーション、第六感=五感

(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚) +a、〈直観〉や〈想像力〉の重要性) 3

これまでの教育、今ここで行われている教育をこの 10の視点で見つめ直し、とらえ

直して、〈共に持続可能な未来を創る人間の学校〉へと再構築していく必要があります。

2 学習指導要領と学校図書館

1 カリキュラムとは何か

カリキュラムとは、①学校・教師等の計画・プログラム、②教師の働きかけと児童生

徒たちの学びの履歴の総体、③その評価までも含む包括的な概念です40

1吟これからの教育。

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一般にカリキュラムの訳語として「教育課程」という語が使われますが、カリキュラ

ムの定義のすべてを意味する概念ではなく、その定義の一部分しか示していません。

包括的概念としてのカリキュラムには、一体いかなる意味や意義があるのでしょうか。

●計画としてのカリキュラム

① 公的法的な枠組みとしてのカリキュラム(学習指導要領、地域教育計画等):国・

地方公共団体レベル

②学校が編成される教育計画としてのカリキュラム(教育課程):学校レベル

③ 個々の教師や教科・学年が計画するカリキュラム(年間学習指導計画 ・学習指導

案):教室・教師レベル

④ 児童生徒が自ら作る個別カリキュラム(児童生徒による調べ学習・自由研究、選

択教科、総合的な学習の時間等の学習計画等):児童生徒レベル

●実践・経験されたカリキュラム

①教師によって実践過程で進化•発展するカリキュラム

②児童生徒の学びの履歴の総体としてのカリキュラム

●評価された結果としてのカリキュラム

① 国際レベルの学力調査 (PISA、TIMSS、国際バカロレア資格等)、学習指導要領の

改訂、学校評価・教員評価(自己評価を含む)を通したカリキュラム評価・改善、

児童生徒のポートフォリオ・自己評価・相互評価等

・目に見えないカリキュラム(長期にわたる教育の璽積としてのカリキュラム)

① 隠れたカリキュラム Hiddencurriculum、潜在カリキュラム5Latent curriculum

(学校の伝統・文化、教育環境・雰囲気、日常生活の決まり、教室や学校図書館等

の施設・設備が醸し出すアフォーダンス affordance尺その学校の教師の姿勢・

言動や児童生徒たちの存在そのものなども、このカリキュラムの構成要素だといっ

ても過言ではありません)

②潜在カリキュラムを通して児童生徒に作用する顕在カリキュラム

「本来、教育課程とは、学校の指導のもとに、実際に児童•生徒がもつところの教

育的な諸経験、または、諸活動の全体を意味している。これらの諸経験は、児童・

生徒と教師との間の相互作用、さらにくわしくいえば、教科書とか教具や設備と

012>

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いうような物的なものを媒介として、児童・生徒と教師との間における相互作用

から生じる。これらの相互のはたらきかけあいによって、児童• 生徒は、有益な

経験を積み教育的に成長発達するのである。しかも、児童• 生徒は一定の地域社

会に生活し、かつ、それぞれの異なった必要や興味をもっている。それゆえ、児

童•生徒の教育課程は、地域社会の必要、より広い一般社会の必要、およびその

社会の構造、教育に対する世論、自然的な環境、児童• 生徒の能カ・必要・態度、

その他多くの要素によって影響されるのである。これらのいろいろな要素が考え

合わされて、教育課程は個々の学校、あるいは個々の学級において具体的に展開

されることになる」 7

2 新学習指導要領における学校図書館の位置と役割

包括的概念としてのカリキュラムのもとで行われている教育活動と学校図書館にはい

かなる関係があるのか。公的法的な枠組みとしてのカリキュラムである「学習指導要

領」において学校図書館はいかなる位置にあり、いかなる役割があるのか、探ってみた

いと思います。

2008 (平成20)年に文部科学省より告示された学習指導要領は、教育基本法や学

校教育法の改正などを踏まえ、「生きる力」をはぐくむという学習指導要領の理念を実

現するため、その具体的な手立てを確立する観点から改訂されました。

その改訂のポイントは、以下のように 7点にまとめられます。

①改正教育基本法等を踏まえた学習指導要領改訂

② 「生きる力」という理念の共有

③基礎的・基本的な知識・技能の習得

④思考カ・判断カ・表現力等の育成

⑤確かな学力を確立するために必要な時間の確保

⑥学習意欲の向上や学習習慣の確立

⑦豊かな心や健やかな体の育成のための指導の充実

1998 (平成 10)年の学習指導要領から継承された「生きる力」とは、基礎・基本

を確実に身につけ、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、主体的に判断し、

行動し、よりよく問題を解決する資質や能力であり、自らを律しつつ、他人とともに協

調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性であり、たくましく生きるた

めの健康や体力を意味します。

1烈+これからの教行 @ ノ

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F9 ここには「学校図書館」というキーワードこそありませんが、まぎれもなく学校図書

館を活用した教育が、その「生きる力」を本質的根源的なところで支えています。

NDC (日本回書十進分類法)によって集められたさまざまな分野の読書活動と調べ

学習を軸とした探究型学習を通じて、「自ら課題を発見すること」「主体的に判断し行動

すること」「よりよく問題を解決すること」「自らを律し他者と協調すること」「他人を

思いやること」「感動する心を持つなど豊かな人間性を育むこと」など、まさに児童生

徒の 「知」と「心」を耕すことができます。

もちろん、学校図書館や教室の中だけの読書活動や探究型学習だけで「生きる力」は

育ちませんが、児童生徒が学校や家庭・地域におけるさまざまな人々との出会いや、体

験活動を通して現実的な生活世界と知的な想像力世界とをつなぎ、ふたつの世界を往き

来することで「生きる力」を身につけていくことができます。

読書センターとしての学校図書館、学習・情報センターとしての学校図書館は、児童

生徒たちの日常性の中に「非日常」を持ちこんだり、他者との関係性を構築する前の

「予察(予想・考察)」や、事後の「省察(内省・考察)」の機会をあたえたりすること

によって、抽象レベルの高い階梯にある「生きる力」を、児童生徒の身のまわりや内面

にまで降ろすことができます。

以上のような基本的な前提を踏まえて、学校図書館につながりかかわるすべての人々

は、幼稚園教育要領・解説と小・中・高各教科・領域の学習指導要領・解説のすべてに

目を通しておきたいと思います。

なぜならば、目の前にいる児童生徒たちが、校種や学年など発達段階に応じ、各教

科・領域等でいかなる学びを行っていくのか、児童生徒の学びの履歴づくりにかかわる

者として見通しを持っておく必要があるからです。

ともすると教員は、自分が担当する学級、教科・領域の枠組みのなかで児童生徒を見

がちですが、 一人ひとりの児童生徒にとってはその頭と心と身体の中に、各教科・領域

で学んだ知識・概念・技能、学習•生活経験のすべてを受けとめねばなりません。すな

わち、児童生徒の内面に取りこまれ、培われた知識・概念・技能、学習• 生活経験を

「生きる力」に結実させるには、各校種・学年、各教科・領域等を有機的に結びつけて

いく必要があるのです。

個々の教科・領域等で児童生徒の内面に注入された知識・概念・技能等をつなぎ合

わせるために、児童生徒たちの頭・心・身体を切り裂いて、「接合手術」や「縫合手術」

をすることはできません。ゆえに、少なくとも各学校・各学年、各教科・領域等を担当

する教員は、児童生徒たちの内面にはぐくまれてゆく知識・概念・技能等のつながり

G

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(相互関係性・包括的関連性)をしっかり見すえておく必要があります。

それでは、新幼稚園教育要領 ・ 解説、小 ・中・ 高 • 特別支援学校の各教科・領域の新

学習指導要領 ・解説を読む視点と方法を明らかにしたいと思います。

〈視点と方法〉

① まず、幼稚園教育要領を読み、教科 ・領域等に分化 ・分節される以前の包括的

な学習内容や方法は何かを考えます。(「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」

の5領域が小・中・高の発達段階のどこでどのように扱われていくのかなど、小・

中・高の学習指導要領 ・解説を読む視点を得ましょう)

② 「これからの教育=未来への教育」を考えることができると思われる学習内容や

方法が描かれているところはどこなのかを考えます。(現代的諸課題の解決をめざ

す包括的な概念としてのキーワード「持続可能な社会」を検索してみましょう)

③ 「言語活動の充実」につながる学習活動や内容の取扱い等が描かれているところ

はどこなのかを考えます。(「言葉」「表現」「読む」「調べる」「考える」「言語活動」

「学校図書館」などのキーワードを検索してみましょう)

④ 学習指導要領総則編における「道徳」に関する記述、今次の学習指導要領で初

めて小・中 ・高に置かれることになった領域としての「道徳」を読み、発達段階

を超えて大切にされている概念は何か抽出してみましょう。(共通するキーワード

を検索してみましょう)

⑤ 新特別支援学校幼稚部教育要領、小・中 ・高学習指導要領に設けられている「自

立活動」の章の記述(「健康の保持」「心理的な安定」「人間関係の形成」「環境の

把握」「身体の動き」「コミュニケーション」)、その他の幼稚園や学校種の教育活

動との関連性は何かを考えます。(特別な支援を要する児童生徒の成長•発達の視

点を持ちましょう)

⑥ できれば、新学習指導要領・解説とともに、「学習指導要領一般編(試案)」

(1947)、「学習指導要領一般編(試案)改訂版」 (1951)を読み、過去と現在と

の「対話」を試みましょう。

〈留意点〉

多忙な学校現場では、この作業を一人で行うなど困難です。したがって、同僚との協

働作業で行っていくとよいでしょう。まずは、一人相手を見つけ、二人で対話をもとに

その作業をはじめ、成果物を共有していき、さらに一人がもう一人をふやしていくな

1迂+これからの教育 @

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ど、無理のない方法で行うことが肝要です。

新学習指導要領・解説は、安価な A4判の冊子であるので、できれば個人で買い求め、

マーカーを引きながら読み進めましょう。また、文部科学省のウェブページでも PDF

ファイルをダウンロードできます。

hn ://www.mexc. o.・/a_menu/shorou/new-cs/ 1our ou/index.hrm(9/19.2011取得)

また、「学習指導要領一般編(試案)」 (1947)、「学習指導要領一般編(試案)改訂

版」 (1951)については、以下のウェブページ「学習指導要領データベース」(国立教

育政策研究所作成)で閲覧できるので活用してください。

http://、V¥¥'¥v.nicer.go.jp/guideline/index.htm(9/19.2011取得)

さらに、全国学校図書館協議会 (SLA)では、小・中・高の新学習指導要領の中から、

「学校図書館」関連の記事を閲覧することもできるので活用してください。

hnp://w¥, へv.j-sla.or.jp/marerial/research/posr-46.hrml(9/19.2011取得)

いずれにしても「これからの教育=未来への教育」や新学習指導要領が目指す児童生

徒の「生きる力」をはぐくむ上で、学校図書館とそれにつながる人々(校長をはじめ、

一般教諭・司書教諭・学校司書・回書館ボランティア)が協働 coproduction8するこ

とによって大きな力を発揮するのではないでしょうか。

3学力を支える学校図書館

「これからの教育=未来への教育」、新学習指導要領の目指す教育を通して、児童生徒

にいかなる学力を身につけさせるのでしょうか。また、学校図書館とそれにつながる

人々にはいかなる役割があるのでしょうか。

「学力」については、多くの有識者によってさまざまな議論が行われてきました。

「ゆとり教育」が学力の低下をもたらしたという「学力低下論」,、それに対する「学

力低下論批判」 10が起こりました。また、 OECD(経済協力開発機構: Organization

for Economic Co-operation and Development)による PISA(生徒の学習到達度調

査:Programme for International Student Assessment)の結果をめ ぐって は、国

際比較の中で 「PISA型学力低下論」や「失地回復競争」が起こりました。さらには、

2007年から、全国の小・中学校の小学 6年生と中学 3年生を対象と した全国学カ・ 学

II

@ 晶“

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習状況調査(国語、算数 ・数学における 「知識」に関する調査や「活用」に関する調

査、児童生徒に対する調査 ・学校に対する調査)の結果をめぐっ ては、「都道府県 ・市

区町村・各学校間格差・競争」が浮き彫りにされたりしてきました。

しかし、有識者やマスコミ等が展開するさまざまな学力論には、必ずしも共通した

「学力」観や「学力」の定義があったとはいえません。

こうした内外の議論を背景に、 ここでは新学習指導要領における「学力」観(学力の

重要な要素)を明らかにしておきましょう。

1 新学習指導要領における「学力」観

2008年1月の中央教育審議会答申では、「学力の重要な要素」 として、以下の 3点

を挙げています。

(1) 基礎・基本的な知識 ・技能の習得

①体験的な活動による理解

②音読、暗記・暗誦、反復練習など

(2) 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考カ ・判断カ・表現力等

①感じ取った ことを言葉や身体で表現する(言葉、 歌、絵、身体表現)

②事実を正確に理解し伝達する (観察、 見学・ 調査結果の記述・報告)

③概念・法則を説明したり活用したりする(需要・供給概念で価格の変動をとらえた

り、消費生活に活かしたりすること)

④情報を分析 ・評価したり 、論述したりする(比較、分類、関連づけなどで課題を整

理すること。A4判 1枚約 1000字程度で表現すること)

⑤課題について構想を立てて実践し、評価・改善する Plan・Do・Check・Action

サイクル (仮説を立てる、観察 ・実験を行う、 結果の整理、考察、まと めを行う

こと)

⑥考えを伝え合い、自分と集団との考えを発展させる(相互交流と相互啓発)

(3) 学習意欲(新学習指導要領ては「態度」)

こうした「学力」観をとらえる上で留意すべきことは、 (1)(2) (3)の要素を個々別々に

とらえるのではなく、また、単に機械的段階的に展開させるのではなく、この3つの要

素が児童生徒の内面でつながり、有機的に結びつけていけるかどうかという点が大切です。

1砂これからの教育 パ~\

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その「接着剤」としての役割を果たすのは、何よりも児童生徒の「学びの履歴」をつ

かみ、カリキュラム全体とのつながりの中で学習指導を展開していく教員たちです。

また、児童生徒の「学力」形成とその向上を支え、教員たちの学習指導 ・教育活動を

も支えていくのが「学校図書館」です。

「学校図書館」は、児童生徒たちと本 ・言葉の力、児童生徒たち同士、児童生徒と教

員、教科・領域 ・専門性を超えた教員同士、さらには学校と保護者 ・地域とを結びつけ

る「接着剤」となる可能性を有しています。

15年以上も「学校図書館活用教育」を学校経営の中心にすえ、実践してきた山形県

鶴岡市立朝陽第一小学校では、保護者による教育評価保護者アンケートを実施した結

果、以下のようなデータが得られています。11

表1 保護者による教育評価アンケート(2007)結果より

〇子 どもが楽しく学校に行っている

〇家庭で本の ことが話題になる

〇うちの子は本を読むのが好きである

〇図料館を使った授業のしかたがわかる

98%

71%

85%

97%

01;:(J街館を活用 した学び方を育てる授業実践で効果を上げている 100%

表1の結果を見ると、朝腸第一小学校の児童にとって、学校は楽しいところであり、

家庭で読書が話題になり、読書が好きであり、調べ学習などの学び方がわかり、保護者

も図書館活用教育の効果を認知している、ということがわかります。

単に本好きがふえ、数値としての読書冊数がふえただけではありません。本や学校図

書館を介して会話が進み、人の話を聴く集中力、熟考する力、情報活用能力など「学力

の重要な要素」の定着が図られてきています。

また、こうした児童や保護者の意識や学力要素の質的変化が、教員たちを変え、ま

すます「学力要素」を接着する「探究型授業」を展開し、教員間を接着する「協慟

Coproduction」が行われるようになっていったといわれています。12

これまで述べてきたように、「これからの教育=未来への教育」を創造するためには、

包括的な概念としてのカリキュラム観を持ち、学習指導要領を多面的多角的に読みこ

み、児童生徒の「生きる力」につながる真の「学力」をはぐくむ学校図書館を活用した

教育実践が不可欠でしょう。 (成田喜一郎)

l',

Page 12: 1章laotao.way-nifty.com/islikewater/files/e68b99e7a8bfefbc...1 章 これからの教育 l 未来への教育 1 これまでの教育 未来への教育を語るとき 、つねに意識しなければならないことがあります。それは、過去が現在の記録・記憶であり、未来が現在の期待・希望であるということ

l 山田品編 (1968)屯世界の名苔 14 アウグスティヌス止中央公綸社。

2 「主体変様」とは、心理学者 ・黒田正典の造桔 idiomodif1cationの和訳である。単なる枠組み音の変

化ではなく、 武道 ・茶道 ・歌迅 ・単道 ・呑道など伝統的な芸道などに見られるような個人の内面の主体

的動的な変化を意味 している。黒田正典 (1996)「..主体変様的“ という用話についてJT教百革命:ホ

リスティック教百の日本の源流 黒田正典先生に Iii~ く ホリスティック教育研究会。

3 ジコン .p・ミラー (1997): ・ホリスティックな教師たち-学研よ り婆約。

4 佐藤学 (1996) カリキュラム批評 :公共性の再構築j世様困房よ り要約。

5 柴田義松 (2000),'教育鰈程 カリキュラム入門~有斐OOコンパク ト。

6 環視が動物に提供する「価値」のこと。佐々木正人 (1994)うアフォーダンス: 新しい認知の理綸.

岩波也店。

7 文部省 (1951)i学習指導婆領一般編 (訳案)」の第3迂 「学校における教育課程の構成」を参照。

h11p://www.ni..: 吐匙虻匙咆匹竺臼使呪皿巴 (12/17.2009取筍)

8 荒木昭次郎 (1990): 参加と協働:新しい市民=行政関係の創造」ぎょ うせい。

9 市川伸一 (2002)消学力低下論争」筑摩召房。

10 加藤幸次 ・商浦勝義 (2001)「学力低下論批判j黎明書房。

11 山形県鶴岡市立朝喝第一小学校 (2008)『「図筍館活用教育Jを学校経営の中核に据え心豊かな生涯

学習者を育む.p.20

12 ユネスコ ・ アジア文化センタ ー (2009) ~ESD 教材活用ガイド:持続可能な未来への希望」。

ユネスコ・アジア文化センター (ACCU)のホームページから冊子のすぺてがダウンロードできる。

凹止抄ww.unes.:n-schoul .jp/indi:x.php?pa~c—id=lJI (9/19.2011取得)

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