12章 世代混合とcpの破れ -...
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第12章 世代混合とCPの破れ
12.1 世代の混合
カビボ回転 弱い相互作用は SU(2)×U(1)ゲージ理論に基づく。さしあたり、U(1)部分を無視する。このとき、
弱い力の場W±,Zはアイソスピン 2重項に結合する。今までは次の様に、第 1世代、第 2世代、第3世代のアイ
ソスピン 2重項で表されるとしてきた。
クォークセクター
[u
d
] [c
s
] [t
b
](12.1a)
レプトンセクター
[νe
e−
] [ν µ
µ−
] [ν τ
τ−
](12.1b)
混合がなければ、uは dにのみ結合する。すなわち u→ d+W− は起こるが、u→ s+W− は起こらないはずであ
る。しかし、現実にはラムダのベータ崩壊が存在し、起こらないはずの世代を越えた結合 s→ uが生じている。た
だし、中性子 (udd)とラムダ (Λ = uds)のベータ崩壊率は異なる。
n → p+e− + νe ∼ d → u+W− → u+e− +νe (12.2a)
Λ → p+e− +νe ∼ s→ u+W− → u+e− +νe (12.2b)
上の反応はW± を介して行われるが、W± がゲージ粒子であるならば、結合力の強さは同じはずである。実は上
に書いた2重項は、クォークの場合は強い相互作用反応で現れる粒子状態であり、質量固有状態である。弱い相互
作用を行う状態は、質量固有状態と必ずしも一致する必要はないから、弱い相互作用の固有状態を (d′,s′,b′)と書けば、質量固有状態で展開して
d′
s′
b′
= U
d
s
b
(12.3)
と書けるはずである。これを世代混合と言う。ここでU は 3×3のユニタリー行列である。
簡単のため、とりあえずクォークセクターで 2世代混合を考えて、
ψ′d ≡
[d′
s′
]= Uψ, U =
[cosθC sinθC
−sinθC cosθC
]
d′ = cosθC d+sinθC s
s′ = −sinθC d+cosθC s(12.4)
と書く。本来の 2×2ユニタリー行列は、行列要素に位相因子を含むが、上のように書いて良い理由は、次節の
小林-益川行列のところで述べる。これをカビボ混合、θCをカビボ角と言う。ここでは、慣例に従って電荷 −1/3
クォーク ψdの混合のみを考えたが、電荷 +2/3クォーク ψuの混合を考えても
ψ′u = U1ψu
ψ′uψ′
d = (U1ψu)†(U2ψd) = ψ†uU
†1U2ψd ≡ ψ†
u(Uψd) = ψ†uψ′
d
(12.5)
となり、同じことになる。
カビボ混合があれば、(u,d)ペアとの結合は、gW cosθC、(u,s)ペアとの結合は gW sinθC、となり、各ベータ崩壊
第 12章 世代混合と CPの破れ 2
(12.2a)(12.2b)の反応率は、g2W cos2 θC,g2
W sin2 θCに等しくなるはずである。実際にそのようになっており、cosθC ≅0.973, sinθC ≅ 0.22, θC ≅ 13◦が得られている。歴史的には、標準理論発見前に Λ崩壊が既に存在し、(u,s)も 2
重項と考えたのであるが、s→ u+W− の強さが d → u+W− と違う実験事実を一つの普遍結合定数にまとめるた
め、カビボが (ds)混合を思いついたのであった。
FCNC: 香りを変える中性カレント カビボ混合により中性カレント反応がどのように変わるかを調べよう。
JNC = gz ∑i=u,c,d,s
qi(I3−Qsin2 θ)qiZ
→ J′NC = gz ∑i=u,c,d′,s′
qi(I3−Qsin2 θ)qiZ = (u,c項)+gzψdU†(I3−Qsin2 θ)UψdZ
= (u,c項)+gzψd(I3−Qsin2 θ)ψdZ = JNC
(12.6)
ここで、(I3−Qsin2 θ)は、d’, s’に共通であること、およびU†U = 1を使った。すなわち、中性カレント反応は質量固
有状態でも、弱い相互作用固有状態でも対角的であり、香りの変わる中性カレント (FCNC=Flavor Changing Neutral
Current)反応は存在しない。これをGIM (Glashow-Illioupoulos-Maiani)機構という。ただし、s→ (u,c)→ dのよう
に高次の荷電カレント反応を通して結果的に中性カレント反応を起こすことはあり得る。例としてK0L(ds)→ µ−µ+
反応を考えてみよう (図 12.1)。d → sの過程で中間状態として u,cを通るが、GIM 機構により両者の寄与は打ち
図 12.1: GIM機構: 中間状態 uと cの寄与は質量が等しいならば正確に相殺する
消す合うように結合定数がアレンジされている。もしmu = mcならば、両者の寄与は完全に相殺する。質量差が
ある分、相殺が緩和される。しかし、それでも uもしくは c単独の高次効果から推察されるよりは相当小さい。
Γ(K0L → µ−µ+)
Γ(K0L → all)
= (7.15±0.16)×10−9 (12.7)
レプトンの香り保存: レプトンセクターにおけるニュートリノは、質量固有状態として観測されたのではなく、
弱い相互作用反応で現れた 3種類のニュートリノをそのまま 2重項の一員としているから、レプトンセクターは
結合定数の普遍性が成り立つはずである。実際、
µ− → ν µ +e− + νe (12.8a)
τ− → ν τ +e− +νe (12.8b)
τ− → ν τ + µ− +νµ (12.8c)
の反応率は全て等しく、結合定数は一つの gWで表される。ニュートリノは、香りの固有状態が弱い相互作用の固
有状態であり、νeと µ、ν µ と eの結合はない。これは、π,K → µ νe、ν µ + p→ e− +X反応等が観測されていな
いことに現れている。また、種々の中性カレント反応も
Br(µ− → e− + γ) < 1.2×10−11 (12.9a)
Br(τ− → e− + γ) < 2.7×10−6 (12.9b)
Br(τ− → µ− + γ) < 1.1×10−6 (12.9c)
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今のところ観測されていない。観測されれば新物理の展開となる。実際、大統一理論などに必要とされる超対称性
粒子は、質量が大きければ、現在の加速器では生成不可能であるが、弱い相互作用過程の中間状態を通しての間接
的な検出可能性はあり (図 12.2)、レプトンでの香りの変わる中性カレント反応は精力的に探索が続けられている。
γ
図 12.2:超対称性が存在すれば、超対称性粒子の中間状態を通して、µ→ e+ γ反応が起こり得る。
12.2 小林-益川行列
前節の 2世代混合を 3世代に広げると、
JCC =gW√
2ψuLγµψ′
d L, ψu ≡
u
c
t
ψd ≡
d
s
b
(12.10a)
ψ′d = Uψd, U =
Uud Uus Uub
Ucd Ucs Ucb
Utd Uts Utb
(12.10b)
一般に (N×N)ユニタリー行列は N2個の独立な実変数を持つ。このうち、NC2 = N(N−1)/2個の回転角 θi で表
すことができる。残りは位相角 φi となる。一方 2N個のクォーク場は質量項など観測量を変化させないで、位相
変換をする自由度
ψu → Aψu =
eiφu
eiφc
eiφt
·
ψu ψd → Bψd =
eiφd
eiφs
eiφb
·
ψd (12.11)
があり、この変換によりU → A†UB、つまり
U jk → e−i(φ j−φk)U jk (12.12)
となるので、全体に共通な一個の位相を除いた (2N-1)個の位相はクォーク場の再定義で吸収できる。結局
N2− N(N−1)2
− (2N−1) =(N−1)(N−2)
2(12.13)
個の位相が残る。従って N ≤ 2の場合は、Uを全て実数で書いて良い。これがカビボ回転で位相を含めなかった
理由である。しかし、N ≥ 3では位相が必要である。標準理論では N=3なので、3個の回転角と一個の位相角が
第 12章 世代混合と CPの破れ 4
必要となる。Uの表現法は唯一ではないが、通常次のように選ぶ。
U =
1 0 0
0 c23 s23
0 −s23 c23
c13 0 s13e−iδ
0 1 0
−s13eiδ 0 c13
c12 s12 0
−s12 c12 0
0 0 1
=
c12c13 s12c13 s13e−iδ13
−s12c23−c12s23s13eiδ13 c12c23−s12s23s13eiδ13 s23c13
s12s23−c12c23s13eiδ13 −c12s23−s12c23s13eiδ13 c23c13
ただし、 ci j = cosθi j , si j = sinθi j
(12.14)
これを小林-益川行列と呼ぶ。実験的には、第 1世代と第 3世代の混合は非常に小さい (s13 < 4×10−4)ことが判っているので、
∴ |Vus| = s12c13; s12, |Vub| = s13, |Vcb| = c13s23; s23 (12.15)
そこで、s12 = λ, s23 = Aλ2, s13 = Aλ3(ρ− iη)と置くと、λ ≪ 1であるので、O(λ4)以上は省略すると
U =
1− λ2
2 λ Aλ3(ρ− iη)−λ 1− λ2
2 Aλ2
Aλ3(1−ρ− iη) −Aλ2 1
(12.16)
というウォルフェンシュタイン (Wolfenstein)の表式となる。この表式は、小林-益川行列がほぼ対角行列であるこ
とが明白であり、行列要素間の大小が良く見通せる等の利点があり、データ解析に便利である。実験的には
λ = 0.2200±0.0026, A = 0.80±0.04, (12.17a)
ρ̄ = ρ(
1− λ2
2
)= 0.20±0.09, η̄ = η
(1− λ2
2
)= 0.33±0.05 (12.17b)
CPの破れ 第 9章弱い相互作用のところで、弱い相互作用のラグランジアンは CP変換で
LWEAK =gW√
2
[ψ1γµ(1− γ5)ψ2Wµ +h.c.{= ψ2γµ(1− γ5)ψ1W
†µ}
](12.18a)
CP−→ gW√2
[ψ2γµ(1− γ5)ψ1W
µ † +h.c.]
(12.18b)
の様に変換することを見た。これは CP変換で不変なラグランジアンであるが、ここで、3世代クォークの存在を
導入する。ψ1 → ui(= u,c,t), ψ2 → d j(= d,s,b)、Vi j を小林-益川行列要素とすれば、CP変換で
LWEAK∼ uiVi j d jW− +d jV
∗i j uiW
+ CP−→ d jVi j uiW+ +uiV
∗i j d jW
− (12.19)
となるので、CP保存ならば Vi j = V∗i j でなければならない。小林-益川行列の中の虚数部、すなわち位相の存在は
CPの破れを引き起こす。歴史的には、CPの破れは、1967年に中性 Kメソン崩壊で発見された。クォークが 3世
代存在すれば、CP非保存が生じるとして、u,d,sの3個しか見つかっていないときに早くも 6個のクォークの存在
を小林-益川が予言したのであった (1973)。
ユニタリー三角形: 行列要素が複素数を含むときは、小林-益川行列のユニタリー条件は、複素平面で三角形
を表現する。三角形は6個あり全て同じ面積を持つ。辺長、頂角ともに観測量であるが、3頂角が同程度のものが
観測量として有用である。
VudV∗ub+VcdV
∗cb+VtdV∗
tb = 0 (12.20)
第 12章 世代混合と CPの破れ 5
図 12.3: (a)ユニタリー三角形。(b) |VcdV∗cb| = 1で規格化する。
ウォルフェンシュタインの表式 (12.16)を入れると
Aλ3(ρ+ iη)(1−λ2/2)+(−λ)Aλ2 +Aλ3(1−ρ− iη)(1)
≅ Aλ3[(ρ+ iη)−1+(1−ρ− iη] = 0
ρ = (1−λ2/2)ρ, η = (1−λ2/2)η
(12.21)
図 12.3は、この関係式を図示したものである。各三角形の頂角は
φ1 = Arg
[−
VcdV∗cb
VtdV∗tb
]≅ Arg[Vtd] , φ2 = Arg
[−
VtdV∗tb
VudV∗ub
], φ3 = Arg
[−
VudV∗ub
VcdV∗cb
](12.22)
と表される。
演習問題 12.1 この三角形の面積は J/2 = (1/2)ℑ(VudVcbV∗cdV
∗ub) で与えられること、またこれらの量は位相変換
(12.11)で不変であることを示せ。
KM 行列の表し方はいろいろあるが、位相を変えることは、三角形を複素平面で回転することに相当する。三角
形の大きさと形は変わらない。CPが保存していれば三角形の面積はゼロである。標準理論における CPの破れの
検証は、ユニタリー三角形の形を決めることにある。実験データから決めた三角形が閉じない場合は、CPの破れ
が小林-益川行列以上のものを含むことを意味する。上記三角形の面積を混合角等で表すと
J = c12c213c23s12s13s23sinδ ∼ O(λ6) ≤ 10−4 (12.23)
すなわち、CPの破れがあるためには、どの混合角、位相角もゼロであってはいけない*1) 。
演習問題 12.2 |Vud|は核子のベータ崩壊から、|Vcb|, |Vub|は、Bメソンの崩壊から決めることができる。
例: n(udd) → (u+W−)(ud) → p(uud)+e− +ν B0(bd) → (c+W−)(d) → D+(cd)+ ℓ− +ν B0(bd) → (u+W−)(d) → π+(ud)+ ℓ− +ν|Vus|, |Vcd|, |Vcs|を決める方法を考えよ。
12.3 物質宇宙の創成
現在の宇宙には、反粒子は無く*2) 、全ての銀河が物質で構成されていると考えられている。ビッグバン時に
は、粒子と反粒子は同数存在したが、当時のバリオン数を数えると、100億個に対し1個の過剰があれば現在の物* 1) 実は、6個のクォーク質量も全て違わないといけない。* 2) 近傍の銀河系では NN/NN < 10−4、また、遠くの銀河でも、粒子反粒子消滅反応に特有なガンマ線は観測されていない。
第 12章 世代混合と CPの破れ 6
質宇宙に発展できる。そのためには
(1)バリオン数保存を破る基本過程の存在。
(2) CPが破れていること。
(3)バリオン数を破る過程が進行中に熱平衡が破れること。
が必要である。これをサハロフの 3条件という (1967)。これらの条件が必要な理由を明らかにするため、ビッグ
バンの火の玉の中にある、原始エネルギーの固まり (Xボソン)を考える。Xと反Xボソン Xがバリオン数 B1(B1)と B2(B2)で特徴づけられる過程に分岐比 b(b)および b(1−b)で崩壊すると考える。崩壊率を Γとすれば
Γ(X → B1)Γ(X → all)
= b,Γ(X → B2)Γ(X → all)
= 1−b (12.24a)
Γ(X → B1)Γ(X → all)
= b,Γ(X → B2)Γ(X → all)
= 1−b (12.24b)
CPT不変ならば物質と反物質の全崩壊率は等しく、CP不変ならば個々の各崩壊率も等しい (付録 I)。
CPT : → Γ(X → all) = Γ(X → all) (12.25)
最初に Xと Xの数が等しかったとすれば、バリオン数非対称は
∆B = (b−b)B1 +{(1−b)− (1−b)}B2 = (B1−B2)(b−b) (12.26)
B1 , B2はバリオン数非保存を、b, bは CP非保存を意味する。次に CPT定理とユニタリティ(確率保存)のみの
条件から
∑r
Γ(B→ r) = ∑r
Γ(B→ r) = ∑r(B→ r) (12.27)
第 2式は CPTから、第 3式は全ての粒子の和は r と r とで等しいことを使った。上式に CPT変換を施せば、粒子
が反粒子に変わり、時間の向きが逆転するから
∑r
Γ(r → B) = ∑r
Γ(r → B) (12.28)
熱平衡状態では全ての r状態は同じ数だけあるから、仮に条件 (1)と (2)が充たされても非対称は生じないのであ
る。
具体的な数はモデルに依存するが、大統一理論ではバリオン数非保存は自然な過程である。ただし、小林-益川
理論で現在の物質宇宙を生み出すには、CPの破れが小さすぎ、何らかの別な機構が必要と議論されている。また、
宇宙が電弱相へ相転移するとき、量子異常効果 (インスタントン)によって、それまでのバリオン数過剰が消滅す
るので、最初は重いニュートリノ崩壊反応でレプトン数過剰が生じ、電弱相転移でこれがバリオン数過剰に転移
したとする leptogenesis (柳田・福来)が最近有力である。
12.4 混合と香りの振動
12.4.1 2粒子系の力学
GIM 機構による相殺が完全でないことにより、(d ↔ s),(u↔ c),(b↔ d,s)間の遷移が 2個のW± を放出するこ
とにより可能となり、これを仲介にして K0(ds)↔ K0(sd), D0(uc)↔ D
0(cu), Bd(db)↔ Bd(bd), Bs(sb)↔ Bs(bs)の様に、負の香り状態への遷移が可能である。以下、Bd,s ≡ B0, B
0 ≡ Bd,sを例にとる (図 12.4)。正負の香り間の遷
移が可能であれば、混合が起きる。B0, B0は、香り数 B = −1, 1の固有状態であり、強い相互作用で作られる。崩
壊反応は弱い相互作用を通じて生じるので、ほぼ CPの固有状態となる。従って、状態の時間変化は
ψ(t) = a(t)|B0 > +b(t)|B0> +∑ci(t)| fi > (12.29a)
|B0> ≡ e−i2φCP|B0 > (12.29b)
第 12章 世代混合と CPの破れ 7
図 12.4: (a) (b)B−B混合を引き起こす箱形図。
ここに、 fi は、B0,B0から崩壊可能な全ての状態を表す。また、通常は φ = 0と置く。B0,B
0状態間の遷移だけに
注目して、他の崩壊状態への遷移は粒子の消滅と解釈すれば、時間発展は 2×2有効ハミルトニアン H を使って
決められる。ただし、H はエルミートではなく
H = M − iΓΓΓ2
, M = M†, ΓΓΓ = ΓΓΓ† (12.30)
と表される。ΓΓΓが消滅部分を表す。すなわち、
|ψ(t) >= α(t)|B0 > +β(t)|B0> (12.31)
と書くと
i∂∂t
[αβ
]=
[M̃11 M̃12
M̃21 M̃22
][αβ
]M̃i j =< i|H| j >, i, j = 1,2 = B0,B
0(12.32)
が成立する。CPT保存ならば M̃11 = M̃22、CP保存ならば M̃12 = M̃21が成り立つ (付録 I)。以下では CPT保存を仮
定する。この方程式を対角化した固有状態を BL, BH として|BL > = p|B0 > +q|B0
>
|BH > = p|B0 > −q|B0>
|p|2 + |q|2 = 1 (12.33)
と表せば、ハミルトニアンの固有値 λL,H = mL,H − iΓL,H/2を持つ。L,Hは質量の軽い (重い)状態を示す。CP保存
が成り立てば、BL, BH はCP= ±の固有状態であり、p = q = 1/√
2となる。CPの破れが小さければ |q/p| ≅ 1で
ある。
演習問題 12.3 次の等式を証明せよ。
∆ ≡ λH −λL = ∆m− i∆Γ2
= 2√
M̃12M̃21 (12.34a)
qp
=
√M̃21
M̃12(12.34b)
12.4.2 香りの振動
香りの振動とは、例えばB0が時間がたつとB0に変わったり、再びB0に戻ったりする現象である。t = 0にB0, B
0
が作られたとすると、t > 0の崩壊は BL, BH 状態からの反応であり、BL ∼ BL(0)e−iλLt , BH ∼ BL(0)e−iλH t の様な時
第 12章 世代混合と CPの破れ 8
間変化をするから
|B0(t) > =1
2p
[|BL > e−iλLt + |BH > e−iλH t
]= f+(t)|B0 > +
qp
f−(t)|B0> (12.35a)
|B0(t) > =12q
[|BL > e−iλLt −|BH > e−iλH t
]=
pq
f−(t)|B0 > + f+(t)|B0> (12.35b)
f± =12
[e−iλLt ±e−iλH t
], λL, H = mL, H − i
ΓL, H
2(12.35c)
ここで実験事実 (理論的にも正当化できる)を入れて式を簡単化する。mB ≅ 5GeV≫ mK ,mπ であるので沢山の崩
壊チャネルがあり、崩壊幅はほとんど同じである。そこで
∆Γ2Γ
=ΓH −ΓL
ΓL +ΓH≅ 0, ΓL = ΓH = Γ (12.36)
と置く。そうすると
P(B0 → B0) = P(B0 → B0) = | f+(t)|2 = e−Γt 1+cos∆mt
2(12.37a)
P(B0 → B0) =
∣∣∣∣qp
∣∣∣∣2
| f−(t)|2 =∣∣∣∣qp
∣∣∣∣2
e−Γt 1−cos∆mt2
(12.37b)
P(B0 → B0) =∣∣∣∣pq
∣∣∣∣2
| f−(t)|2 =∣∣∣∣pq
∣∣∣∣2
e−Γt 1−cos∆mt2
(12.37c)
これは香りが T = 2π/∆mを周期として振動することを示す。Bメソンの場合、崩壊寿命は τ ∼ 10−12秒と短いが、
cτ ∼ 300µmで、半導体検出器で測定可能である*3) 。ただし、Bsについては下限が判っているのみ。
B0(db),B0(bd)メソンの同定は、次式の左側の反応は可能であるが、右側の反応は存在しないことを使えば良い。
b→ (c,u)+W− → (c,u)+ ℓ+ν, b→× (c,u)+ ℓ+ν (12.38a)
b→ (c,u)+W+ → (c,u)+ ℓ+ν, b→× (c,u)+ ℓ+ν (12.38b)
e−e+ → B0 + B0 → ℓℓ+ X で同符号レプトンペアの存在が混合を表すことになる (図 12.5)。香りの振動から次の
データが得られた。
-0.3
-0.2
-0.1
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0 2 4 6 8 10 12 14
|∆t| (ps)
Asy
mm
etry
図 12.5: B0d −B
0d振動。e−e+ → B0
dB0d +X反応で異符号レプトンと同符号レプトン生成の非対称を崩壊時間差の
関数としてプロットしたもの。∆md = 0.494±0.012ps−1が得られた (Belle: PRL89,251803(2002))。
* 3) K メソンの場合は τ ∼ 10−10秒程度であるため測定が容易で、歴史的にはストレンジネス振動が最初に観測された
第 12章 世代混合と CPの破れ 9
mB0 = 5279.4±0.5MeV (12.39a)
∆mBd = 0.502±0.007×1012h̄/s (12.39b)
∆mBs > 14.4×1012h̄/s 95%CL (12.39c)
ΓBd/h̄≅ ΓBs/h̄ = (1.536±0.014×10−12sec)−1 (12.39d)
12.5 CP非保存現象
CP非保存は、非対称
Af =Γ(B→ f )−Γ(B→ f )Γ(B→ f )+Γ(B→ f )
(12.40)
を検出することにより検証できる。崩壊率の差に現れる CPの破れを直接の破れとよび、混合起源の間接の破れ
(|p/q| , 1)と区別する。CPTが保存している場合の崩壊振幅は次のように書ける (付録 I 参照)。
A(B→ f ) =< f |T|B >= ∑i
DieiδSi = ∑ |Di |eiφWeiδSi (12.41a)
A(B→ f ) =< f |T|B >= ∑i
D∗i eiδSi = ∑ |Di |e−iφWeiδSi (12.41b)
ここで、i は異なる中間状態を示し、φW は弱い相互作用崩壊の位相、δSは終状態の散乱位相で強い相互作用から
生じる。CPの破れを検出することは φW を観測することに他ならない。崩壊率は振幅の自乗であるため中間状態
が一つしかないときは位相は検出不可能であり、CPの破れを検出するには二つ以上の中間状態による干渉効果が
必要である。中間状態が二つあるとき
Γ(B→ f )−Γ(B→ f ) = |D1D2|sin(φW1−φW2)sin(δS1−δS2) (12.42)
すなわち、直接の破れを検証するためには、2種の振幅の弱相互作用の位相、散乱の位相共に異なっていなけれ
ばならない。位相差 φW1 − φW2 を検出するためには散乱位相 δS1 − δS2 を知る必要があり、これは一般的にかな
り困難である。しかし、終状態として、CP固有状態CP| f >= | f >= ±| f >= ξ f | f >を選んで、混合 (B0 → f と
B0 → B0 → f )による干渉を利用すると、散乱位相を混合の位相に置き換えられる。混合は弱い相互作用過程 (図
12.4)であるから、その位相はまさに知りたい量を含む。これを混合と干渉による CPの破れという。
(12.35)を使えば
A(B→ f )(t) = f+(t) < f |T|B0 > +qp
f−(t) < f |T|B0>=< f |T|B0 > [ f−(t)+λ f f+(t)] (12.43a)
A(B→ f )(t) =pq
f−(t) < f |T|B0 > + f+(t) < f |T|B0>= ξ f
pq
< f |T|B0 > [λ f f+(t)+ f−(t)] (12.43b)
λ f =qp
< f |T|B0>
< f |T|B0 >= ξ f
qp
< f |T|B0>
< f |T|B0 >(12.43c)
∴ Γ(B0 → f ; t) ∼ | < f |T|B0 > |2[| f+(t)|2 + |λ f |2| f−(t)|2 +2ℜ(λ f f ∗+ f−)] (12.44a)
= | < f |T|B0 > |2e−Γt[cos2
∆m2
t + |λ f |2sin2 ∆m2
t +ℑ(λ f )sin∆mt
](12.44b)
Γ(B0 → f ; t) ∼∣∣∣∣pq
∣∣∣∣2
< f |T|B0 > |2[|λ f |2| f+(t)|2 + | f−(t)|2 +2ℜ(λ f f+ f ∗−)] (12.44c)
=∣∣∣∣pq
∣∣∣∣2
| < f |T|B0 > |2e−Γt[|λ f |2cos2
∆m2
t +sin2 ∆m2
t −ℑ(λ f )sin∆mt
](12.44d)
第 12章 世代混合と CPの破れ 10
|q/p|−1≪ 0であるので、CPの敗れに起因する非対称を表す式は
Af (t) ≡Γ(B→ f ; t)−Γ(B→ f ; t)Γ(B→ f ; t)+Γ(B→ f ; t)
= Sf sin∆mt−Cf cos∆mt (12.45a)
Sf =2ℑ(λ f )
1+ |λ f |2, Cf =
1−|λ f |2
1+ |λ f |2(12.45b)
となる。第 1項は混合と崩壊の干渉による破れを表し、第 2項は直接の破れを表す。
12.6 ユニタリー三角形の評価
図 12.3(a)のユニタリー三角形の上辺の長さは、ウォルフェンシュタインの表式 (12.16)を使えば
|VudV∗ub| ≅
∣∣∣∣(1−λ2
2)Aλ3(ρ+ iη)
∣∣∣∣ , |VtdV∗tb| ≅ |Aλ3(1−ρ− iη)| (12.46)
で表される。小林-益川モデルが正しいと判っていれば、CPの破れを直接見ずとも辺長だけから三角形が決められ
るが、モデルの検証には頂角 (例えば φ1)を測って、辺長から決めた三角形に合致することを確認しなければなら
ない。これまでに、Vub, Vtd以外は比較的良く決められている。Vubも、Bメソン崩壊の測定から決められる。Vtd
を決めるには tクォークを生産して崩壊モードを観察しなければならないが、将来的にはともかく現段階では不可
能である。そこで、理論情報を使うことにする。
|Vtd|の決定: 演習 12.3で示したように、
∆m(Bd) = mBH −mBL = 2ℜ(√
M̃12M̃21) = 2ℜ
(√(M12− i
Γ12
2
)(M∗
12− iΓ∗
12
2
))(12.47a)
M̃12 =< B0|H|B0>, M̃21 =< B
0|H|B0 > (12.47b)
M̃21は、図 12.4で表される遷移要素である。計算によればこのグラフの寄与は、中間状態 i, j の質量に比例す
る (∝ m2i /m2
W)ので、i = j = t の寄与が圧倒的である。この場合、虚数部は小林-益川行列要素が提供するので、
M̃21 ∝ V2tbV
∗td
2, M̃21 = M̃∗12であり、Vtb ≅ 1を考慮すると
∆m(Bd) ∝ |Vtd|2 (12.48)
となり、質量差 ∆m(Bd)からユニタリー三角形の辺長 ABが決められる。
図 12.6:ユニタリー三角形の頂角 φ1が測れる過程 (B0 → J/ψ+K0s )。(a)トリー図 (b)ペンギン図
φ1の決定: 演習 12.3の式に、上の議論を適用すると
qp
=
√M̃21
M̃12=
V∗td
Vtd(12.49)
第 12章 世代混合と CPの破れ 11
次に、混合の干渉に基づく CPの破れを、終状態 | f >= |J/ψ(cc)+K0S(sd) > (ξ f = −1)に適用して考察しよう
(図 12.6)。この反応には (a)のトリー図と、(b)のペンギン図が寄与する。ペンギン図は強い相互作用を含む過程で
ある。これらの反応の虚数部は小林-益川行列要素で与えられる。トリー図の寄与はV∗cbVcsに比例するのでほぼ実
数である。ペンギン図はループを含むので、VibV∗is に比例するが、i = t の寄与が優勢なので、やはり実数である。
従って式 (12.45)に現れる ℑ(λ f )は
ℑ(λ f ) = ℑ
(ξ f
qp
< f |T|B0>
< f |T|B0 >
)≅−ℑ
(qp
)= −ℑ
(V∗
td
Vtd
)(12.22)=== sin2φ1 (12.50)
となり、頂角 φ1が測れる。現時点では純粋な B0, B0ビームを作ることは難しく、
√s= 2MB ≅ 10GeVの B-ファク
トリーの e− +e+ → ϒ(4S) → B0 +B0反応において、B0 → ℓ+, B→ ℓ−により、片方の B0もしくは B
0を同定した
上で、他方の崩壊モードを検出する。この場合 B0,B0に相関が生じるが、ϒ(4S)(JPC = 1−−)のように、CPが正で
軌道角運動量が奇数の状態を通して対生成を行い、B0, B0の崩壊時間の差 ∆t = (t1− t2)を測定し、t1 + t2について
は積分して消去すれば、t → ∆t とするのみで、式 (12.45)がそのまま成立することが知られている。図 12.7(a)は、
0
0.1
0.2
-8 -6 -4 -2 0 2 4 6 8∆t (ps)∆t (ps)∆t (ps)∆t (ps)
1/N
•dN
/d(∆
t)
qξf =+1
qξf =−1
図 12.7: (a)B0 → J/ψ + K0s 等の崩壊の非対称。qξ f = −1は親が B0で ξ f = −1の崩壊。 (Belle :
PRD66,071102(R)2002) (b)小林-益川モデルの整合性 PDG : Phys.Lett.592(2004)133
そのようにして得られた B0 → J/ψ+K0s の時間分布である。非対称が明瞭に見られ、CPの破れを検証したことに
なる。図 (b)はこれらの非対称から得られた頂角 φ1と、それまでに得られたデータから作ったユニタリー三角形
の整合性を表したものである。全てのデータが同じ (ρ, η)に収束した。従って、現在までの所、観測された全ての CP非保存現象は、小林-益川理論で説明可能である。
演習問題 12.4 B0sB
0s 系では、q/p≅ 1であることを示せ。
演習問題 12.5 ペンギン図を無視してトリー図のみ考慮するとき、B→ π+π−, Bs(bs) → ρ0 +Ks崩壊反応で φ2,φ3
が測れることを示せ。