1 税務における第一人者〝税務マエストロ〟による税実務講座 05 … ·...

No.517 2013.9.30 16 マエストロの解説 多国籍企業の国際的租税回避問題は、現在最 も注目を集めている税務関連のトピックである が、同時に、財政当局、政策当局にとっても積 極的な対応策が求められている問題でもある。 各国政府は、単独での対応ではなく、OECD (経済協力開発機構)の場 1 を利用して世界的に 協調した対応策の検討をまさに開始したところ である。 OECD における議論の推移 1 (1)タックスヘイブンと有害な租税政策 OECD が有する問題意識と言うのは、結局、 OECDという組織ではなく、OECDに加盟し ている各国政府がそれぞれ有しているものであ る。OECD 加 盟 国 は、 こ れ ま で、OECD の 場 (会議等)を通じて、租税に関する問題を検 討、解決してきている。古くは、二重課税排除 のためのモデル租税条約や解釈コメンタリーの 制定、CFC(タックスヘイブン)対策の議論、 移転価格ガイドラインの制定などがあげられ る。こうしたこれまでの議論の多くは、主に二 重課税の排除と租税回避の防止の二つが主要論 点であった。企業のグローバルな事業活動の促 進、つまり自国企業の海外進出を促す一方で、 企業行動としての「租税回避」は防止していく というスタンスである。そこには適正・公平な 課税の実現といった理念が背景に見える。 # 91 品川克己 税理士法人プライスウォ ーターハウスクーパース マネージング・ディレクター略歴 89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国 際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及 び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロー スクールにて客員研究員として日米租税条約につ いて研究。97年より00年までOECD租税委員会 に主任行政官として出向(在フランス)し、「OECD 移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」 の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財 務省を辞職し現職。 多国籍企業の 国際的租税回 避問題② 今週のマエストロ&テーマ 次回のテーマ # 92 無対価分割の取扱い 税理士 朝長英樹 経営戦略の1つとして組織再編成税制を活 用できる方法を、同税制等の創設を主導し た筆者が事例形式で解説する。 ※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。 [email protected] 1 OECDは、国際連合と同様、国際機関の一つであるが、 その位置づけ、性格は国際連合とは異なる部分が多い。国 際連合は各国政府から独立した地位を有し、独立した「国 家」的な機能を果たす一方で、OECDは「事務局」によっ て構成され、各国政府の議論の場を提供することを主たる 機能としている。また、そこでの決定事項は OECD の決定 事項というより、各国政府(またはその代表者)による決 定との性格を持つ。それゆえ、国際連合は「International Organization」 で あ る が、OECD は「Inter-Governmental Organization」と言われることもある。

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Page 1: 1 税務における第一人者〝税務マエストロ〟による税実務講座 05 … · 共和国、マーシャル諸島共和国、モナコ公 国、モンセラット(英領)、ナウル共和国、

No.5172013.9.3016

マエストロの解説

 多国籍企業の国際的租税回避問題は、現在最も注目を集めている税務関連のトピックであるが、同時に、財政当局、政策当局にとっても積極的な対応策が求められている問題でもある。各国政府は、単独での対応ではなく、OECD

(経済協力開発機構)の場 1 を利用して世界的に協調した対応策の検討をまさに開始したところである。

OECDにおける議論の推移1(1)タックスヘイブンと有害な租税政策 OECDが有する問題意識と言うのは、結局、OECDという組織ではなく、OECDに加盟している各国政府がそれぞれ有しているものである。OECD 加盟国は、これまで、OECD の場

(会議等)を通じて、租税に関する問題を検討、解決してきている。古くは、二重課税排除のためのモデル租税条約や解釈コメンタリーの制定、CFC(タックスヘイブン)対策の議論、移転価格ガイドラインの制定などがあげられる。こうしたこれまでの議論の多くは、主に二重課税の排除と租税回避の防止の二つが主要論点であった。企業のグローバルな事業活動の促進、つまり自国企業の海外進出を促す一方で、企業行動としての「租税回避」は防止していくというスタンスである。そこには適正・公平な課税の実現といった理念が背景に見える。

今回のテーマ

マエストロの解説

#01

経営戦略に応える企業再編税制

#02

スカウト最新事情㈪ヘッドハンター 佐藤文男

#03

「スカウト力」をUPさせるキメ技

#04

キャリアシートの書き方

#05

スカウト転職に成功した人々

朝長英樹(税理士法人アクト22代表社員、元財務省主税局)

業界動向を踏まえた効果的アピール法

スカウトサービスで効率よくキャリアアップ

キャリアシートで決まるスカウト転職成功の道

経営戦略に応える企業再編税制

#02

朝長英樹(税理士法人アクト22代表社員、元財務省主税局)

今から考えておく・遺産取得課税方式で相続税対策はこう変わる

#02 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

~「理解」から「活用」の段階へ~グループ税制の使い方

#03 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

今から考えておく・遺産取得課税方式で相続税対策はこう変わる

#04 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

国際課税に潜む見落とされがちなリスク

#05 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

”複雑になりすぎた”法人税をもう一度勉強しよう

#05 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

”複雑になりすぎた”法人税をもう一度勉強しよう

#03 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

今から考えておく・遺産取得課税方式で相続税対策はこう変わる

#04 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

国際課税に潜む見落とされがちなリスク

#05 □□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■

”複雑になりすぎた”法人税をもう一度勉強しよう

~「理解」から「活用」の段階へ~グループ税制の使い方

Maestro&Theme

#91品川克己税理士法人プライスウォーターハウスクーパース(マネージング・ディレクター)

略歴89年より大蔵省主税局に勤務。90年7月より同国際租税課にて国際課税関係の政策立案・立法及び租税条約交渉等に従事。96年ハーバード・ロースクールにて客員研究員として日米租税条約について研究。97年より00年までOECD租税委員会に主任行政官として出向(在フランス)し、「OECD移転価格ガイドライン」及び「OECDモデル条約」の改定、及び関連会議の運営に従事。01年9月財務省を辞職し現職。

多国籍企業の国際的租税回避問題②

#02国際課税に潜む見落とされがちなリスク

今週のマエストロ&テーマ

次回のテーマ

朝長英樹(税理士法人アクト22代表社員、元財務省主税局)

#92 無対価分割の取扱い

税理士朝長英樹

経営戦略の1つとして組織再編成税制を活用できる方法を、同税制等の創設を主導した筆者が事例形式で解説する。

税務における第一人者〝税務マエストロ〟による税実務講座

※取り上げて欲しいテーマを編集部にお寄せください。 [email protected]

1  OECDは、国際連合と同様、国際機関の一つであるが、その位置づけ、性格は国際連合とは異なる部分が多い。国際連合は各国政府から独立した地位を有し、独立した「国家」的な機能を果たす一方で、OECDは「事務局」によって構成され、各国政府の議論の場を提供することを主たる機能としている。また、そこでの決定事項はOECDの決定事項というより、各国政府(またはその代表者)による決定との性格を持つ。それゆえ、国際連合は「International Organization」 で あ る が、OECD は「Inter-Governmental Organization」と言われることもある。

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 そして、このスタンスは1995年以降徐々に変化してきている。それまでは、特定の企業行動を租税回避行為として問題視し、その対応策を検討してきていたが、次第に企業行動の問題ではなく国レベルの問題として捉え、その対象が特定の国・地域の租税政策に移行していったのである。これは、極端な租税優遇策を採る国に自国の産業(及びその所得)が流出してしまっているという懸念、問題意識が顕在化してきたためである。主要国は国家財政の悪化を背景として、適正・公平な課税の実現といった理念よりも、自国の税収確保といった現実的な問題が至上命題となっていたのである。そして、そのために不当な税制を有する国をタックスヘイブンとし、加盟国が率先して糾弾することによって、自国企業及びその所得の移転を防止しようとする方策を採ったのである。当時のOECD における「有害な税の競争(Harmful Tax Competition)プロジェクトでは、1998年に次の4つの基準をタックスヘイブンと判定する基準(いずれかに該当する場合)として発表し、2000年に「タックスヘイブン・リスト」として35カ国・地域を公表した 2。

[タックスヘイブン判定基準](1998年)

i .金融・サービス等活動から生じる所得に対して無税若しくは名目的課税

ii .実効的な情報交換の欠如iii.税制の透明性の欠如iv.誘致される金融・サービス等の活動につ

いて実質的な活動が行われることが要求されない

[タックスヘイブン・リスト](2000年)

アンドラ公国、アンギラ(英領)、アンティグア・バーブーダ、アルバ(蘭領)、バハマ国、バハレーン国、バルバドス、ベリーズ、英領ヴァージン諸島、ドミニカ国、クック諸島(ニュージーランド)、ジブラルタル(英領)、グレナダ、ガーンジー(英領)、マン島

(英領)、ジャージー島(英領)、リベリア共和国、リヒテンシュタイン公国、モルディブ共和国、マーシャル諸島共和国、モナコ公国、モンセラット(英領)、ナウル共和国、蘭領アンティール、ニウエ(ニュージーランド)、パナマ共和国、サモア共和国、セイシェル共和国、セント・ルシア、セント・クリストファー・ネイヴィース、セント・ビンセント及びクレナディーン諸島、トンガ王国、タークス及びカイコス所得(英領)、米領ヴァージン諸島、バヌアツ共和国

(備考)バーミューダ―諸島、ケイマン諸島(英領)、サンマリノ共和国、マルタ共和国、キプロス共和国、モーリシャス共和国の6カ国・地域については、タックスヘイブンとしての要素を除去することを約束したため、リストには掲載されなかった。

(2)税に関する情報交換 1998年に策定されたタックスヘイブンの判定基準は2001年に見直しが行われた。その結果、租税の賦課は主権の問題であること、また金融・サービス等の実質的な活動の判定は困難であることから、タックスヘイブンの判定基準は、「実効的な情報交換の欠如」及び「税制の透明性の欠如」の二つに絞られ、この後は税に関する情報交換の実効性に焦点が移行したと言える3。 こうした動きに拍車をかけたのが、2008年

2  リストに掲載された国・地域は、無税若しくは名目的課税の国が多くあるが、実際に加盟国企業が移転したケースはほとんどないと考えられる。このプロジェクトは、表向きはこうしたタックスヘイブンを対象としつつ、一方で加盟国内での産業誘致の駆け引きがあったと言われている。具体的にはアイルランドのダブリンドック優遇税制、英国シティの金融業に対する優遇税制、オランダの持株会社に対する優遇税制などである。また、スイスの銀行機密も議論の俎上に上がった時期もあったようである。

3  2005年に、OECDモデル条約26条が改正され、銀行機密の否定、自国に課税上の利益がない場合でも情報を収集し提供する、といった内容が加えられ、実質的に情報交換の根拠規定の強化が図られた。 

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ごろ勃発した米ベアー・スターンズの破たん、リーマンショック等の金融経済危機及びUBS銀行巨額損失事件である。こうしたことを背景として、金融システム安定化等の観点から、いわゆるタックスヘイブンへの不透明な資金の流れが諸外国で問題視され、2009年4月のG20サミットを契機に、国際基準に即した税務当局間の納税者情報や銀行機密情報の交換を行う動きが加速していった。OECD では、2009 年 9 月に、「税の透明性と情報交換に関するグローバルフォーラム」を立ち上げ、情報公交換の法制・執行の両面から、OECD非加盟国を含め120カ国・地域の相互審査を進めている。 また、日本を含めOECD加盟国は、タックスヘイブンと言われる地域・国と税に関する情報交換を主な内容とする2国間条約の締結 4 を進めると同時に、積極的な情報交換のスキームを提供している「税務行政執行共助条約」をOECD非加盟国にも開放し、現在56カ国が署名に至っている。

BEPS プロジェクトのターゲット2 OECD加盟国を中心に各国政府は、個別の企業行動としての租税回避を防止すべく、まずは租税回避防止のための国内制度(CFC税制、過少資本税制、移転価格税制など)を確立し、次に、租税回避を誘引する他国の制度を糾弾するため、税制の透明性の確保と情報交換の促進を担保すべく、その土俵の構築に努めてきたといえる。ここで改めて国際課税の現状に目を配ると、そこには依然として大きな問題が存在している。それがまさに昨今の多国籍企業の国際的租税回避問題といわれる「税源浸食と利益移転(BEPS-Base Erosion and Profit Shifting)」

の問題である。これは、多国籍企業が税制上より有利な地域へ利益を移転させ、自国や所得源泉地国の税源を浸食させてしまっているという懸念でもある。 昨今の報道では、スターバックスやアマゾンといった多国籍企業が「租税回避」をしているという単純化された内容となっているが、この

「租税回避」はかつて問題視された「租税回避」とはその範囲が異なっているといえる。かつての「租税回避」は、ある意味合法ではあるが制度の濫用の要素があり、それゆえ規制の対象となっていたものといえる。それは、こうした行為、企業行動そのものが悪であるという前提に立っていたといえよう。しかしながら、BEPSにおける問題意識は、こうした旧来の租税回避のみならず、新たな視点を含んだものである。それは、新しいビジネスモデルや事業環境の変化に現行制度が対応できていないのではないかといった問題意識である。特に電子商取引の発展及び知的財産の重要性の増加に応じて、現在の国際課税制度を根本的に見直す必要があるのではないかといった指摘も生じてきている。 OECDでは、こうした問題意識から、2012年11月20日にBEPSプロジェクトを立ち上げ、2013 年 2 月 12 日 に 準 備 報 告 書「Addressing Base Erosion and Profit Shifting」を公表している。そこでは次の6点が重点検討項目とされている。i .ハイブリッド事業体及びハイブリッド商品

への各国の取扱いの差異ii .デジタル商品及びサービスの提供から生じ

る利益への租税条約の適用iii.関連者間の金融サービス、キャプティブ保

険及びその他のイントラグループ金融取引

4  日本は、マン島、ジャージー、ガーンジー、リヒテンシュタイン、ケイマン、バハマ、バミューダ、サモアとの間でこうした情報交換を主体とした条約を締結している。また、香港との租税条約は、形式的には一般的な租税条約の形態をとっているが、目的は情報交換といえる。

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記事に関連するお問い合わせ先記事に関するお問い合わせは週刊「T&Amaster」編集部にお寄せください。執筆者に質問内容をお伝えいたします。

TEL:03-5281-0020 FAX:03-5281-0030 e-mail:[email protected]※なお、内容によっては回答いたしかねる場合がありますので、あらかじめご了承ください。

に係る税務上の取扱いiv.移転価格、特にリスク及び無形資産の移転、

関連会社間での資産所有権の人為的分割や特異な取引への対応

v. 一 般 的 な 租 税 回 避 防 止 規 定(GAARs)、CFC税制、過少資本税制、租税条約濫用防止規定の活用

vi.特定の活動に関する有害な優遇措置の利用可能性

 OECDは、これまで、こうした問題点に対

し、移転価格、租税条約、税務行政など個別の観点から取り組んできたが、BEPSの問題については、各プロジェクトをすべて集約して取り組む必要があるとして、本年7月19日に「BEPSに関する行動計画(15項目)」を発表したところである。 (次回の10月28日号(No.521)にて、「BEPSに関する行動計画(15項目)」について個別に解説予定)